恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2011年09月

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楽園にガラスの靴 (51)


「直央くん、怒ってないし、機嫌も悪くないの?」
「ないよ」
「拗ねてる?」
「拗ねてない」
「泣いた?」
「泣いてない」

 俺の予想を次々と裏切る直央くんの答えに、何て言っていいか分かんなくなる。
 ずっとほったらかしにされてたこと、別に全然気にしてないってこと?
 そりゃ直央くんは最初、仕事なんだからしょうがない、とは言ってくれたけど…、そんなの口先だけのことかと思ってた…。

「え、なら何で、一緒に帰ろ、て言うのに、『うん』て言ってくんないの?」
「だって…」

 あの女の子たちとは帰んない、て言ってるのに、何で一緒に帰ってくんないんだろう、て思う。
 でも聞けば、直央くんは目を伏せてしまった。

「何、直央くん、教えて?」
「…だって、怒られたくない、し…」
「え? 怒る? 誰が? 誰も怒んないよ?」

 もしかして、パーティーを途中で抜けて帰ると、誰かに怒られるとか思ってんのかな?
 でも別に、俺らだけじゃなくて、帰ってる人、他にもいるから大丈夫だよ?

「直央くん?」
「…」
「直央くん、教えて?」
「…………さっきの、女の人、とか…」

 直央くんは言いづらそうにしながらも、顔を上げて、そう打ち明けてくれた。
 直央くんがそう言う『女の人』てのは、きっとさっき俺らんトコに来た女の子のうちの誰かなんだと思うけど、仕事の話をしてると思ってるだけなら、怒るとかそんな発想、出てくるわけがない。
 てことは、アイツら、直央くんトコに行って、何か余計なこと言ったんだな? ホントに最悪だ。

「直央くん、大丈夫だから一緒に帰ろ? 誰も怒んないし、俺がそんなことさせないから」
「でも…」
「何?」
「…俺が怒られるのはいいけど、でも徳永さん、あの人たちと帰んないと、何か困ったりするんじゃないの? お仕事とか…」

 …ずっと俺のことを考えて、思ってくれてんだね、直央くん。
 俺のこと…てか、俺の仕事のこと。
 まぁ、今日のが仕事絡みだと思ってるからしょうがないんだけど、でもちょっとは直央くん自身の気持ちとか、俺の仕事じゃなくて、俺の気持ちとかも考えてよ。



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楽園にガラスの靴 (52)


「直央くんは、それでいいの?」
「え?」
「俺が、あの女の子たちと帰るので、いいの? 直央くんは、それで嫌じゃないの?」

 こんなこと聞くなんて、俺も大概、嫌な男だよな。
 直央くんは俺にわがままを言わない、言えない子なのに。わがままなんて言っちゃいけないって、直央くんが勝手に思い込んでるだけだけど、でも言わない。
 だから今、他よりも自分を優先してほしいだなんてこと、俺に言うわけがないのに。

 でも、どうしても直央くんの口から、言ってほしかった。
 仕事なんだとしても、あの子たちと帰んないで、て。

「直央くん、」

 …こんなの、直央くんのわがままじゃなくて、俺のわがままだな。
 直央くんは、いつだって俺の仕事とか、立場とかを考えてくれてて。俺が困んないようにとか、俺に迷惑かけないようにとか、いつも思ってくれてる。
 なのに俺ときたら、直央くんにわがままばっかで、…最後の最後まで困らせてる。

「…徳永さんにも、あのデザート、食べさせてあげたかった」
「え?」
「クリームいっぱい掛かってたけど、ラズベリー? とか、そういうのがね、甘酸っぱくて、すごいおいしかったから、徳永さんでも食べられるな、て思ったの。…で、そんで、一緒に食べたかった…」

 そこまで言って、直央くんは、スンと鼻を啜ると、また俯いてしまった。
 突然の直央くんの言葉に、最初は「は?」てなってたけど、最後まで話を聞いて、直央くんの気持ちがみんな分かって、ギュッと胸が痛くなった。
 ねぇ、これは俺の自惚れじゃないよね?
 直央くん、俺がいなくて寂しかったんだって、思っていいよね?

「…直央くん、お家帰ろ? 一緒に」

 もう1度尋ねたら、直央くんは俯いたままだったけど、コクンと頷いてくれた。



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楽園にガラスの靴 (53)


s i d e : n a o


 徳永さんに連れられて、行くときと同じ真っ黒の高級車……ベンツに乗せられる。
 行くときほどガチガチにはならないけど、やっぱりこんな高級車に乗れば、緊張はする。

 ホテルの人がドアを閉めてくれると、徳永さんが俺の腰を抱き寄せた。
 運転手さんに見えないのかな、見えてるけど見ない振りしてくれてるのかな、て思ったけど、徳永さんにこうしててもらうとすごく落ち着くから、やめて、て言えない。

 …徳永さん、仕事はもう終わったって言ってたけど、パーティー自体はまだ終わってないみたいだった。
 でも俺がこんなだから、途中なのに帰ってくれたの。優しい人。俺がもっとちゃんと出来てれば、こんなことなかったのに…。

 でも、俺がお仕事いいの? て言うと、徳永さんの雰囲気が変わって怖いから、言い出せない。
 さっき…、『俺が、あの女の子たちと帰るので、いいの? 直央くんは、それで嫌じゃないの?』て聞いてきたときの徳永さん、すごい怖かった…。

 何て答えたらいいのか分かんなくて、でも俺が思ってることをちゃんと言わなかったら、徳永さんはますます困るんだろうな、て思って、1人でいる間、ずっと思ってたことを言った。
 パーティーのご飯は、どれもみんなおいしかったけど、徳永さんと一緒に食べたら、もっとおいしかったのに、て思ってたから。

 答えにはなってないけど、それくらいしか言えないから。
 だって、徳永さんのお仕事を差し置いて、俺が一緒に帰りたいなんて、言えるわけないもん。

 そういえば徳永さん、俺に怒ってないかとか、拗ねてないかとか、いろいろ聞いてきたっけ。
 何でそんなふうに思ったんだろ…。
 俺が怒ってると思ったの? 徳永さんにほったらかしにされたから?
 …そんなの、仕事なんだからしょうがないんだし、謝ることもないのに。

 でも…そうだな。
 一緒にいてくれたら、もっと嬉しかったな。



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楽園にガラスの靴 (54)


 キラキラのパーティー。
 徳永さんがいて、宮田さんがいて、キレイな女の人がいて、男の人がいて、豪華な料理があって、みんながご飯しながらお仕事の話してて…………そこに俺はいない。
 俺の居場所なんか、最初からない。

 徳永さんの横には、キレイな女の人が立ってる。
 あぁ…俺がいないから、一緒にいられるんだね。一緒に帰るのかな?

 でも何で?
 徳永さん、俺と一緒に帰るんじゃなかったの?

 あ…、そっか。
 俺、徳永さんに『直央くんは、それでいいの?』て、『俺が、あの女の子たちと帰るので、いいの? 直央くんは、それで嫌じゃないの?』て聞かれたとき、嫌だ、て言ってないや…。

 だから徳永さん、その人と帰るんだ…。
 俺がちゃんと言わなかったから。
 …でも。
 だって、そんなこと言えるわけなかったんだから、しょうがないじゃん…。

 でも何で女の人と腕組んでるの? それはお仕事に関係あるの?
 ――――そんなこと、俺にとやかく言う筋合いはない…。

 俺が徳永さんの恋人なのに、何でその人と腕組んでるの?
 ――――恋人だなんて……ただの金持の気まぐれなのに…。

 ねぇ、徳永さん、ホントにその人と帰っちゃうの?
 俺、1人じゃお家帰れないのに…。
 ねぇヤダよ。徳永さんが、他の誰かとそんなして帰るの、ヤダ…。

 ねぇ、今からでも、嫌だって言ったら、徳永さん、戻って来てくれるの?
 俺と一緒に帰ってくれるの?

 もう…間に合わないの…?





「――――直央くん?」





 徳永さんとあの女の人の後ろ姿を見送るのがすごくすごく悲しくて、気付いたら泣いていて、胸が痛くてどうしていいか分かんなくなってたら、急に名前を呼ばれた。



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楽園にガラスの靴 (55)


 誰が呼んだかも分かんなくて、振り返ろうと思ったら、振り返るどころか俺は目を閉じてて、わけが分からず目を開けたら、そこはベッドの上だった。

 え…、俺、寝てたの…?

「大丈夫? 直央くん。何かうなされてた」
「徳永さん…?」

 目を開けたら、俺の顔を覗き込んでたのはなぜか徳永さんで、徳永さんはスーツ姿じゃなくて、隣にも女の人はいなかった。
 でもここは紛れもなくベッド上で(しかもいつも俺と徳永さんが一緒に寝てる、すっげぇデカいベッド)、徳永さんだけじゃなくて、俺ももうスーツじゃない。

 え? だってパーティーは?
 徳永さん、何でこんなトコいんの?

「何で…?」
「何が?」

 何か…鼻がグジュグジュする…。
 俺、もしかして泣いてたの?

「直央くん、車の中で寝ちゃったから、そのまま連れて来たんだよ」

 ベッドの縁に腰掛けた徳永さんが、俺の頭を撫でてくれる。
 それだけで、何かすごく安心した。

「怖い夢見た?」
「夢…?」

 夢だったの…?
 徳永さんが、あの女の人と一緒に帰ったのが?
 それとも、俺と一緒に帰ってくれたこと?
 パーティーに行ったこと自体が、全部夢…?

「俺…徳永さんと一緒に帰って来たの…?」
「そうだよ。一緒に帰って来たんだよ」
「徳永さん、あの女の人と帰ったりしてない?」
「してないよ。じゃなきゃ、今ここにいないでしょ」

 俺のバカな質問にも、徳永さんは丁寧に答えてくれる。
 でも…だって本当に、どっからが夢で、どっからが現実なのかも分かんないんだもん…。

「ねぇ直央くん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「…何?」

 俺に出来ることかな。
 またパーティーに出てくれってのだったら、ゴメンナサイだけど、お断りしようかな。



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楽園にガラスの靴 (56)


「あのね、…直央くんが思ってること、俺にみんな話してほしい」
「え? 俺の? 思ってること? どういうこと?」

 どういう意味なのか分かんなくて、キョトンてなっちゃう。
 それが徳永さんのお願い?
 でも俺、徳永さんに隠し事なんかしてないよ?

「…分かってる、直央くんが隠し事できない性格なのは。そうじゃなくて、もっと思ってること」
「例えば?」
「んー…じゃあ、今日のパーティーの感想は?」
「感想?」

 何か徳永さん起きてるのに、俺だけ寝てるのも変だなって思って起き上がろうとしたら、「寝てていいよ」てまた寝かせられた。
 しかも、ちゃんとふとんを肩まで掛けられて……風邪引いた人みたい。

「ね、直央くん、教えて? 今日パーティーに出てみて、どうだった?」
「パーティーはぁ…………何か、キラキラしてた」
「え、キラキラ? は?」

 …どうだった? て言われたから、一番思ってたことを言ったのに、「は?」て言われちゃった。
 そりゃ徳永さんは何回も出てるから感じないかもだけど、俺みたいのからしたら、パーティーはキラキラだったよ!

「キラキラしてて、豪華なご飯があって、みんなカッコいいスーツとかドレス着て、挨拶したり、お話したりしてたね」
「…そうだね。で、それ見て、直央くんはどう思ったの?」
「どう、て? キラキラしてて、すごいなぁ、て…。あ、でもご飯は、純子さんの作ったののほうがおいしかったかな。えへへ」

 徳永さんが、思ってることみんな話せって言うから、ホントのこと言ってみた。
 だってご飯は確かに豪華だったけど、やっぱり純子さんが作るヤツのがおいしいもん。

「…後は?」
「後?」

 思ったこと、みんな言ったつもりだったのに、まだ聞かれるから、ちょっと困る。
 何答えたらいいんだろ…。

「直央くん、俺がいない間、1人だったじゃん? そんとき、どうだったの?」
「どう、て…」

 徳永さんがいない間は、ご飯お代わりして……食べてたかな。
 デザートも。
 あ、宮田さんはちゃんとデザート食べられたのかな?



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楽園にガラスの靴 (57)


「あ、そういえばね、徳永さんいない間ね、徳永さん、ご飯お代わりしてて、て言ったから、お代わりして食べてたらね、まだお腹いっぱいじゃないのに、何かもう食べたくなくなっちゃってね、変なの、俺」
「…食べたくなくなっちゃったの?」
「うん。デザートね、いろんなのがいっぱいあってね、見てるだけで楽しくなっちゃうのに、でも何かもう食べたくないなぁー、て思った」

 そんで、ホテルの人に『お取りしましょうか?』て言われたのに、全然ちゃんと答えられなくて。
 俺ってダメダメだなぁ、て思ってた。

「徳永さん、ゴメンね?」
「え、何が? 何、急に」
「だって俺、ちゃんとするって言ったのに、全然ちゃんと出来てなかった…。みんなちゃんとパーティーに参加してるのに、俺、何か途中で疲れちゃって、勝手に外出て、あんなトコ座ってたの。ゴメンなさい」

 あんないいスーツと靴で、何で疲れちゃったんだろ。
 コンビニとスタンドのバイト、立ち仕事だから、俺、立ってるの、全然平気なのに。
 やっぱり場違いなトコにいたからかな。

「…もうちょっとがんばって、あそこで徳永さんのこと待ってられたらよかったのにね、俺。そしたら徳永さんと一緒に、あのおいしいケーキ食べられたのに」
「俺と一緒に食べたかった?」
「…うん」

 徳永さん、お仕事忙しいんだから、そんなわがまま言ったらダメだけど、でも今は、思ってることみんな言って、て言うから、素直に頷いた。
 それに、もう済んだことだから、ちょっとくらいわがままなこと言ったって、平気だよね? て思ったから。

「俺と一緒じゃなかったの、寂しかった?」

 でも、こんな質問は、反則だ。
 だって、俺が答えらんないの、徳永さんだって、分かってるくせに。

「別に、平気だった? 俺がいなくても、直央くん、平気?」

 徳永さんの雰囲気が変わって、またあのときみたいに、怖い感じになる。
 怖い?
 うぅん、そうじゃない。
 怖いんじゃなくて、その目があんまりにも真剣だから、

「…………かった……」

 思わず、言ってしまった。
 言ったらダメだって、思ってたのに。
 言っちゃったじゃんか。徳永さんのバカ。



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楽園にガラスの靴 (58)


「ん? 分かんない。聞こえない」

 徳永さんの顔が近くなる。
 いつの間にか、俺の横に寝てたから。
 肩まで引き上げられてたふとんを少し捲られて、顔を覗き込まれる。ふとんの上から、抱き締められる。

「直央くん、もっかい言って?」

 嘘つき。
 さっき、ちゃんと聞こえてたくせに。

「もっかい聞きたいの。言って、直央くん。俺がいなくて、寂しかった? それとも、俺なんかいなくても、別に平気?」
「…………、…平気じゃないよっ!」

 また『聞こえない』て言われたらヤダから、うんと声を張り上げて、言ってやる。

 徳永さんがいなくて、そばにいてくれなくて、ずっと寂しかったよ。
 何であの女の人たちと一緒にいるの? てずっと思ってた。お仕事だからしょうがないけど、でもそばにいてほしかったよ。
 一緒にいてほしかった。

「ふぇっ…」

 バカな俺の、バカな涙腺がまた緩んじゃって、全然泣きたい気分でもないのに、涙が溢れてきちゃう。
 何で泣いちゃうの、俺。
 今はもう、徳永さんがそばにいてくれるのに。ギュッてしてくれてるのに。

「…ありがと、直央くん。ゴメンね、泣かせちゃって」
「泣いてないっ…」

 思いっきり泣いてんのに、俺は全力でそれを否定した。
 別に悲しくて泣いてるんじゃないし、徳永さんのせいで泣いてるんでもないし、徳永さんが謝るとかないのに。

 え、でも、『ありがとう』て何?

「…ずっと、そう言ってほしかったから。直央くんが思ってること、俺の仕事とか、そういうの気にしないで、ホントに思ってること、ぶつけてほしかったから…」
「徳永、さん…?」
「直央くんは優しい子だから、いっつも俺の仕事のこととか、気にしてくれるでしょ? 仕事なんだから……て、いっつも自分を我慢して、」
「我慢なんか、してないよ…?」

 それは我慢なんかじゃなくて、だって徳永さんの仕事が大変で、大事なことは、いくら俺がバカだって分かるから。
 俺がわがままなんか、言えるわけない。



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楽園にガラスの靴 (59)


「…それが我慢だよ。直央くんは気付いてないのかもしんないけど、ホントにしてほしいことを言えない、て……それは我慢してるってことじゃん」
「……」
「だから、直央くんがホントに思ってること、本心を俺にぶつけてほしかった。パーティーから帰るとき、仕事いいの? て言われて、すげぇショックだった。俺のわがままだって分かってるけど、仕事のことじゃなくて、俺の気持ちも分かってよ、て思った」
「徳永さんの、気持ち…?」
「直央くんと一緒にいたい」

 徳永さんの言葉の意味を考える間もなく、唇を塞がれた。
 いきなりだったから、目を閉じるのを忘れちゃって、でも徳永さんも目を瞑ってないから、視線がぶつかる。徳永さんの、真剣な瞳。

「…俺は、直央くんのことが、好きなんだよ」

 唇が離れて、でも顔の距離が近いままで、徳永さんはまっすぐに俺を見ながらそう言った。

「金持ちの道楽でも、気まぐれでもなくて、直央くんが好きなの」
「何で? 何で俺なんかのこと…」
「…直央くん、よく『俺なんか』て言うけど、俺にはその意味分かんない。直央くん、何でそんなに卑下するの? 直央くんは、すごく魅力的な子だよ」
「そんなこと、ない…」

 だって、俺なんてバカだし、何も出来ないし、徳永さんに釣り合うわけない。
 徳永さんの隣を歩くのがあの女の人だって、考えただけでも、悲しくて、胸が痛くて、嫌でしょうがないけど、でもそうだとしたって仕方ない、て思える。
 俺なんか、徳永さんに好きになってもらえるようなトコ、何もないもん…。

「でも、それでも、直央くんのことが好き」

 何で? て、もう聞けなかった。
 今までにももう何回も言われた言葉だけど、こんなにスッと心の中に入り込んできたのは、初めてだった。
 徳永さん、俺のことが好きなんだ。

「俺も、徳永さんのことが好き…」
「えっ!?」
「…かも」
「かもっ!?」

 俺の言葉に、一瞬にして表情を明るくさせた徳永さんは、次の一言でまた、一瞬にして微妙な表情になった。



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楽園にガラスの靴 (60)


 いや、徳永さんのことは、好き……だと思う。
 だって、徳永さんにギュッてされても、キスされても、好きだって言われても、全然嫌じゃない。
 いくら借金を肩代わりしてもらったとはいえ、嫌だったら、口に出して言えなくても、嫌だっ!! て思うじゃん。でも、そんなことないの、徳永さんなら。
 どっちかっていうと……嬉しい。

 今までは、徳永さんに好きって言われたり、キスされたりしても、何で俺なんかに……て思うことが先に来ちゃって、徳永さんが本気で思ってくれてるとか、俺も徳永さんのことが好きなんだとか、考えたことがなかった。
 でも、こうやって考えてみたら、俺、ずっと徳永さんのことが好きだったのかも。

「ねぇ、え、ちょっ、直央くん、もっかい言って!」
「え、何を?」
「何を、じゃなくて!」

 んん?
 何で徳永さん、そんなに焦った感じになってんの?
 俺、また変なことした?

「直央くん!」
「はい?」

「…好きだよ。ねぇ、直央くんは?」

 目を逸らせないくらい近い距離にある、徳永さんの顔。
 甘い言葉と、真剣な瞳。

 俺は、この瞳を前にしたら、完全降伏なのに。





「俺のこと好き? それとも――――」




*END*



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in the train (前編)


**亮タン&むっちゃん編**

 身動きが取れないくらいの満員電車…というほどではないが、そこそこに混雑した電車の車内。
 その混雑具合に見合ったほどのざわつきに満たされた車内に突如、ゴンッ!! と、まるで似つかわしくない、鈍い音が響いた。

「イテェ…」

 低い声を出したのは睦月で、車内に『ゴンッ!!』という響かせたのもまた、彼だった。
 混み合う電車の中、ドア付近に亮と一緒に立っていた睦月は、立ったままウトウトするという離れ業をやってのけた……まではよかったのだが、一瞬深くなった睡眠に頭がガクッと揺らぎ、そのまま額をドアにぶつけたのである。

「ちょっ…むっちゃん、大丈夫?」
「…………ビックリしたー…」
「いや、俺のがビックリしたし」

 亮も、睦月がウトウトしていることは何となく分かっていたのだが、まさかここまで派手に額をぶつけるとは思っていなかったので、相当ビックリした。

「目、覚めた?」
「笑うな」

 睦月は、大丈夫? と、ぶつけた額辺りの前髪をよけて気にしてくれる亮の腹に、パンチを食らわせた。
 心配してくれているのは分かるが、顔が笑っている。

「だっておでこ赤いし」
「ぅぬ」

 亮は、赤くなっている睦月の額をそっと撫でてから、それが見えないように前髪を直してくれたが、睦月はフルフルと首を振って、せっかく整えられた髪を崩してしまった。

「何してんの、睦月」
「も…この髪さ、俺もう髪切る…。あっちぃもん」
「あっちぃの?」

 今の睦月の髪型は、ショートというよりはボブに近いし(それも、どっちかっていうと女の子みたいなボブ)、前髪もだいぶ目に掛かっているので、確かに暑がるのも無理はない。

「睦月、暑いのそんなに苦手だっけ? 寒いのがヤなんじゃないの?」
「寒いのもヤダけど、暑いのもヤダ。ヤダ~~~~」

 うにゃ~~~~、と睦月は、項に掛かる髪をグシャグシャにする。
 子どものような、子猫のようなその仕草に、思わず亮は笑ってしまう。何てかわいいことをする子なんだ。


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in the train (後編)


「ちょっ…頭、ボッサボサ」

 亮は苦笑しながら、睦月の手を止めさせる。
 しかし今は、見てくれよりも、この耐えがたい暑さのほうが我慢ならないのか、睦月はプルプルと首を振る。お風呂上がりのワンコみたいだ。

「ぅ~~~~…おぶっ」
「ちょっ、ブッ…」

 暑い暑いと言いながら首を振っていた睦月は、あんまり周りをよく見ていなかったものだから、また頭をドアにぶつけてしまった。
 あまりの出来事に、亮は、申し訳ないと思うよりも先に、思い切り吹き出した。だってこんな、コントみたいなこと。

「ちょっ…むつ…」

 もう笑うしかない。
 亮は必死に笑いを噛み殺そうとするけれど、もう無理。

「…亮のバカ」
「どっちがだよ」

 亮が笑いながら髪を直してやれば、今度こそ睦月は素直に大人しくしている。これ以上動くと、無駄な体力を消耗するだけだと、気が付いたからだ。
 次の停車駅を告げる車内アナウンスが聞こえた。

「睦月、次降りんだから、しっかりして」
「あちぃから降りないー」
「は? 降りないで、どこ行くんだよ」
「どこまででも行く」

 真顔でそう言い返してくる睦月に、亮は「バカ言ってんなよ」と一応突っ込んであげる。
 やがて電車はスピードを落として、駅に滑り込む。停車してドアが開けば、暑い空気が車内に流れ込んできた。

「うわっ、あつっ!」
「睦月、早く降りて」
「ぅん~~~~」

 睦月はひどく嫌そうにしていたが、他の乗降客の邪魔にならないよう、亮は睦月の手を引いて電車を降りた。

「あぅ…暑い…」
「暑いなぁ」
「亮早く、早く涼しいトコ行こ」
「はいはい」

 たあいない会話をする2人の背後でドアが閉まり、電車は再び動き出す。
 ――――腐女子の夢と希望を乗せて。



*END*



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 電車でこんな光景が見れたら、腐女子として本望だろうなぁ、と。
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in the train (前編)


**ゆっちさん&カズちゃん編**

 普段から混んでいる路線なので、ある程度は覚悟していたが、ホームに滑り込んできた電車がすし詰め状態なのを見て、和衣は「ぅ…」と小さな呻き声を上げ、眉を寄せた。
 その声に気付いたのか、隣の祐介がチラリと視線を向けたが、和衣は眉を下げながらも、何でもないというふうに首を振った。
 電車に乗らなければ帰れないのだし、次の電車を待ったところで状況は同じことだ。

 もともと混雑していた電車に、和衣と祐介と、そしてさらに多くの乗客を乗せて扉は閉まる。
 降りるべき駅はまだ先だったけれど、2人はあまり車両の中央のほうへは行かず、ドアの辺りに留まった。もう本当に押し潰されそうだったので。

「…俺、歩いて大学行ける距離に住んでて、ホントよかった」

 乗客が乗り込み、動き出した電車の中、ドア横の壁に寄り掛かった和衣が呟けば、和衣と向かい合うように立っていた祐介は、聞き取れなかったのか、「何?」と聞き返した。

「だってさ、通勤とか通学に電車使う人、毎日こうなんでしょ? 俺、へこたれちゃう…」

 有り難いことに、和衣はバイトに行くにも電車に乗る必要がないので(乗ったところで2駅ほどなので、歩いている)、これだけ人口密度の高い場所で生活しながら、すし詰めの満員電車は、日常生活の一部ではない。
 毎日が通勤ラッシュの人は慣れているかもしれないが、もう大学3年生になるのに、未だに和衣は満員電車に少しも慣れない。

「おっと…」

 カーブに差し掛かって電車が揺れて傾き、祐介は後ろに人に押されて体勢を崩し掛けたが、咄嗟に壁に手を突いたので、和衣を押し潰すことだけは免れた。
 ただ、祐介が手を突いたのがちょうど和衣の顔の横だったので、不可抗力とはいえ、互いの顔の位置が近くなってしまい、和衣は恥ずかしそうに目を伏せた。

「…平気?」
「ん」

 和衣を潰してはいないけれど、苦しくないかな、て思って聞いてみたら、体勢的に和衣の耳元で囁くような形になってしまい(囁く…というか、満員電車という場所柄、声を小さくしただけなのだが)、和衣は擽ったそうに肩を竦めた。
 その様子に祐介は思わず笑ってしまったのだが、そのせいで、また吐息が和衣に掛かって、余計に擽ったい。

「ぅー」
「…ゴメン」



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in the train (中編)


 祐介は体勢を立て直そうとしたけれど、後ろの人からの押してくる力が意外に強くて、壁に突いた手を離せない。
 両腕をそれぞれ和衣の顔の両脇にあるから、和衣は祐介の腕の中に閉じ込められているみたいな格好になって、やっぱり少し照れる。
 けれど、何となく掴まるところが欲しくて、和衣は目の前の祐介の腕に手を乗せた。

「いや、別にいいけど」

 自分からしておいて、和衣が『ダメ?』みたいな顔で祐介のほうをチラッと見るから、祐介は笑いそうになりながらも、そう答えた。
 壁には寄り掛かれても、吊り革や手すりに掴まるには立ち位置が悪くて、和衣は、電車が揺れたりブレーキを掛けたりするたびに足を踏ん張っていたので。

「…祐介」
「ん?」
「うぅん」

 名前を呼ばれて、何? と視線を向ければ、和衣は何でもないと言うように首を振るが、なぜかすごく嬉しそうな顔をしている。
 最初は祐介もあまり気にしていなかったのだが、和衣がチラチラと視線を向けてくるから、段々と気になってきた。ジッと見られるのも気恥ずかしいけれど、チラ見されるもの、何だか…。

「…何、和衣」
「何でも…」
「何でもなくないだろ?」

 これだけチラチラと見ているんだから、何でもないはずがない。
 言いたいことがあるなら言えばいいのに、一体どうしたんだろう。

 けれど、和衣が何でもないと言っているうちに、次の駅に停車し、わずかながらの乗客が降りていき、和衣たちが立っていたそばの席が、1つ空いた。

「座っていいよ?」
「んーん、いい。立ってよ?」

 見れば周りにお年寄りや体の不自由そうな人もいなかったので、和衣を座らせようとしたのに、和衣はそれを断って、立っていることを選んだ。

 降りた以上の乗客が乗り込んできて、電車の中は先ほどよりもすし詰めになる。
 祐介は、なるべく和衣を押し潰さないようにしているけれど、明らかに先ほどよりも密着してしまう状態だ。

「やっぱ座ったほうがよかったんじゃない?」

 空いていた席には、すでに他の乗客が座っている。
 キツくなって、苦しそうな顔をしている和衣に祐介が言ってみても、和衣は、そんなことない、と首を振る。



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in the train (後編)


「いいの、これで」

 和衣はやはり嬉しそうに、フフ、と笑った。
 和衣がいいならいいけれど、何でそんなに嬉しそうなの?

「ん?」

 祐介に腕を掴むのとは反対の手で、和衣は祐介のシャツの裾を掴んでいたんだけれど、立っているのが楽なようにか、和衣はその手を祐介の腰に回した。
 相変わらず、とってもご機嫌。
 最初は満員電車なんて…と嫌そうだったのに。

「…祐介、次降りる駅?」
「うん」
「そっか」

 間もなく到着するというアナウンスが聞こえ、祐介が壁に突いていた手を離したが、なぜか和衣は祐介の腕を掴んだままだ。
 停車の際のブレーキで倒れそうになるから、どこかに掴まっていたいのかな、と思って、祐介は特に気にせず、和衣の好きなようにさせる。

 電車が駅に到着すれば、ホームにはこの電車に乗ろうとする乗客が溢れ返っていた。
 満員電車は、まだまだ続きそうだ。

「ね、祐介……もう降りちゃう?」
「え、降りるよ? 何で?」
「何か残念だなぁ、て思って」
「は? 何が?」

 扉が開くと、乗客が一斉に電車から降り出す。
 和衣たちだって、降りなければ。

「和衣?」
「何でもない、降りよ?」

 和衣は、ちょうど掴んでいた祐介の腕を引いて、電車を降りた。

「どうしたの、和衣。何でずっと嬉しそうな顔してたわけ?」
「満員電車、何かよくない?」
「何が? どこが?」

 暑いし、苦しいし、疲れるし、一体どこがいいと言うのだろう。
 しかしその言葉が口先だけではないことを証明するように、和衣は終始ご機嫌だったのだが。

「だってさ、堂々と祐介にくっ付いてられるじゃん? ギュッて」

 えへへ、と恥ずかしそうに笑って、和衣は歩き出す。
 和衣のご機嫌の理由がようやく分かった祐介も、少し恥ずかしそうにしながら、和衣の後を付いていく。

 そんな2人の背後、電車は再び動き出す。
 ――――すし詰めの乗客と、腐女子の夢と希望を乗せて。



*END*



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映画のような恋がしたい。(だって最後は決まってハッピーエンドだ。) INDEX


■映画のような恋がしたい。(だって最後は決まってハッピーエンドだ。) (title:少年の唄。さま)
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■苦労人・南条馨の憂鬱
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■恋と呼ぶにはまだ早い
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■ハートのエースは誰のもの? (title:operettaさま)
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■恋の女神は微笑まない (title:明日)
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■どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (title:明日)
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■彼の愛情表現は分かりづらい (title:明日)
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映画のような恋がしたい。(だって最後は決まってハッピーエンドだ。) (1)


haruki


『ちーちゃんにお願いあんのっ。ご飯奢るから、会えない!?』

 と、友人である小野田遥希(オノダ ハルキ)からの電話を受けたとき、嫌だとはっきり断っておけばよかったと、村瀬千尋(ムラセ チヒロ)は、今さらながらに後悔していた。



*****

「はぁ…カッコいい…」

 夜の7時を過ぎたファミレス。
 遥希がうっとりとしながら呟いた相手は、残念ながら向かいの席の千尋ではなく、携帯電話にダウンロードしたばかりの、アイドルユニット「FATE」のPVだった。
 今月は、ダウンロードサイトでFATE特集をしているので、遥希は、ここぞとばかりにPVをいくつもダウンロードしたのである。

「…ハルちゃん」

 今月のおすすめメニューを食べた後、ドリンクバーをおかわりして、追加で頼んだフライドポテトをつまむ千尋は、陶然としている遥希に、冷ややかな視線を向けるが、すっかりPVに気を取られている遥希には聞こえていないようだ。

「ハルちゃん、口開いてる。ハルちゃん!」

 せっかくの千尋の忠告も、残念ながら遥希には届いていないようで、1人で「あぁー、この振りの部分、超~~~~カッコいいんだけどっ! どうしようっ」とか何とか言っている。
 もちろん、PVのダンスの振り付けがカッコいいからといって、遥希がどうにかする必要はどこにもない。

「ハルッ!」
「んぐっ!?」

 いい加減、無視されることに腹が立って来たのか、千尋は、ポカンと開いたままの遥希の口に、フライドポテトを突っ込んだ。
 これにはさすがに遥希も我に返り、ビックリして携帯電話から顔を上げれば、呆れた顔の千尋が、2本目のポテトをロックオンしていた。

「ちーちゃんひどい…、モグモグ、急に何すんのっ?」
「ハルちゃんこそ、口開けたまま何やってんの?」

 そう言ったところで、千尋は、自分が愚かしいことを口走ったことに気が付いたが、時はすでに遅かった。

「何って、PV! ちょっ、ちーちゃん聞いてよ、つか見てよ、このPV! 超カッコよくないっ!?」

 遥希は興奮気味に、FATEのPVが映し出された携帯電話を千尋のほうに差し出して来た。

「…………」



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 前に「小説書きに100の質問」97番で答えてたお話がこれです。よぉ~やく書き終わった…。
 タイトルは、少年の唄。さまより。thanks!
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映画のような恋がしたい。(だって最後は決まってハッピーエンドだ。) (2)


 別に千尋は、遥希が『何をしていたか』を知りたくて、『何してんの?』と問うたわけではない。
 遥希に対して、あからさまに嫌味を言ってみただけだったのに、遥希にはそれが通じず、逆に、見たくもないPVを見せられる破目になってしまった…。

「つかハルちゃん」

 もうPVはいいよ、と千尋は目の前の携帯電話を押し退けた。

「CDにプロモのDVD付いて来たんでしょ? わざわざケータイに落とす必要ないじゃん」
「ちーちゃん分かってない! ケータイに落としとけば、いつでも見れんじゃん」
「あっそ」

 本気で興味がないのか、千尋はズルズルと音を立ててアイスコーヒーを啜るが、遥希はそんな態度を気にせず、「ちーちゃん冷たーい」なんて言いながら、再び携帯電話でPVを再生し始めた。

 …ここの食事を奢ってもらえるのだから、千尋も多少のことは大目に見るが、そもそも遥希は、千尋に何か頼みたいことがあったのではなかろうか。
 まぁ、どうせ遥希頼み事なんて、面倒くさいに決まっているから、PVに気を取られて、頼むことを忘れてくれたら、そっちのほうが有り難いけれど。

「あぁ~琉(リュウ)カッコいい~…。ねっ、ちーちゃんもそう思わないっ?」
「そう? 俺、FATEだったら、琉より大和(ヤマト)のほうがいいけどなぁ」
「えー、うー、大和くんもカッコイイけどー、何か琉のほうがワイルドな感じでいいじゃん」
「はいはい」

 FATEとは、水落琉(ミズオチ リュウ)と一ノ瀬大和(イチノセ ヤマト)の2人からなる超イケメンユニットで、ドラマに主演すれば高視聴率、CDを発売すればミリオンヒットのスーパーアイドル。
 とにかく、世の女の子たち……と、遥希のことを虜にしてやまないのである。

 ちなみに遥希も千尋もゲイで、互いに、相手も自分も面食いだとは思っているが、FATEに対する温度差はありすぎた。
 イケメンはイケメンだが所詮芸能人。恋人どころか実際に会えるわけでもなし、夢なんか見てらんない、と千尋は冷めた調子なのだ。

「あっ、てか、ちーちゃんにお願いがあったんだ」
「……」

 思い出してしまったか……と、千尋は心の中で舌打ちをした。
 先にその見返りを食してしまったのだから、聞かないわけにはいかないだろう――――それがどんな願いでも。

「あのねちーちゃん、また一緒にFATEの写真買いに行こ?」
「え、ヤダ」

 なのに千尋は、いともあっさりと、遥希のお願いを跳ね退けた。



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「何で!? お願いっ。聞いてよぉ!」
「ヤダよ。前行ったとき、お店、女子高生ばっかだったじゃん。男2人で行って、超恥ずかしかったんだから!」

 以前、遥希にたぶらかされて連れて行かされたアイドルショップは、主に女子高生を中心に、100%女の子だけの店内だった。
 そこに男の2人連れが行って、男性アイドルの写真を買うのである。とんだ羞恥プレイだ。

「大丈夫、大丈夫。恥ずかしいのは一瞬だから」
「ハルちゃんだって、恥ずかしいの認めてんじゃん!」
「恥ずかしくないよっ」
「なら1人で行きなよ」
「ウグッ…」

 千尋に尤もなことを返されて、遥希はとうとう言葉を詰まらせた。
 確かにアイドルショップに行ったときは、店内にいたお客さんにも、店員さんにも変な目で見られていたことは、遥希も自覚している。
 でも。
 そうだとしても。

「欲しいのっ、琉の写真!」

 欲しい欲しい欲しい~! と駄々を捏ねてみても、千尋は「知らないよ」と冷たい。

「ここ奢ってあげんのにぃ~、ちーちゃんズルイ」
「…………、…なら自分で払うもん」
「やぁ~」

 千尋は奢られるつもりで来たけれど、会計はまだこれからだ。余計な出費にはなるが、自分で金さえ払ってしまえば、遥希に恩を売られることもない。
 そう思って千尋が会計伝票に手を伸ばせば、それより先に遥希がサッとそれを取り上げた。

「ハルちゃん!」
「ちーちゃん、お願い~!」
「…………」

 このままでは、本気で土下座でもしかねないほどの遥希に、千尋はもう返す言葉をなくしてしまった。

「分ぁ~かったよっ。今回だけだからねっ、これ行ったら、もう絶対に2度と行かないからねっ!」
「ヤッター!」

 千尋のOKの条件をきちんと聞いていたのかいないのか、遥希は千尋が一緒に行ってくれると聞いて、両手を上げて喜んだ。
 ようやく遥希から解放された千尋は、安堵と苛立ちの混じった溜め息をつく。

 やっぱり、遥希からの電話を受けたとき、最初からはっきり断っておけばよかったと、千尋は今さらながらに後悔するのだった。



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 バイト先のコンビニで、遥希の次にシフトを入れている子が急に具合が悪くなったとかで、他に代わりも見つからず、結局遥希がそのまま連勤した。
 もしかしたら労働基準法とかに違反するのかもしれないけれど、遥希はそういうのをよく知らないし、働いた分は給料に反映させると言うから、二つ返事で引き受けたのだ。

 というのも、遥希は今、先日千尋と一緒にアイドルショップに行って、琉の写真を大量に買ってしまったせいで、経済的にややピンチ状態なのである。
 バイト代の殆どが生活費に消えている中、この衝動買いは結構痛い。

 遥希も普段はそれなりに、計画的にお金を使っているのだが、殊にFATEのこととなると、ついお金を遣いすぎてしまう傾向がある。
 今回だって、最初はこんなに買うつもりはなかったのだが、千尋に次は一緒に行かないと言われ、今買い逃したらもう一緒に行ってくれる人がいない! という焦りから、ついあれもこれもと手を伸ばしてしまったのである。
 …いやそれ以前に、お店で琉の写真を見ているうちに、あれも欲しい、これも欲しい……という気持ちになってしまったのだが。

 だから、ちょっとでも稼げるなら、深夜までのシフトでもがんばる! と意気込んだのだ――――けれど。

「さすがにこれは遅すぎだって…!」

 24時間営業しているコンビニで、バイトの終了時間に早いも遅いもないのかもしれないが、遥希にとっては遅すぎる時間だ。
 終電には何とか間に合いそうだが、ちょっとギリギリな気もする。

「近道……してこっかな…?」

 遥希は少しだけ迷った。
 バイトしているコンビニから駅までの近道はあるのだが、道が細くて暗い路地なので、こんな時間に通るには少し抵抗があるのだ。
 しかし迷っていて終電を逃してしまったら、そのほうがシャレにならない。ここから歩いて行ける距離に、泊めてくれる友人なんていないし。

「ダッシュすれば…」

 足ならそこそこに自信はあるし、第一自分は男なんだから! と自分に言い聞かせ、遥希は路地に入って駆け出した――――瞬間。

「うわっ!?」
「わっ!」

 まさかそんな同じタイミングで、路地から人が出て来るなんて夢にも思わなくて、遥希はそのまま、現れた人に激突して、衝撃で弾き飛ばされてしまった。



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「うぅー…」

 お尻痛い…と思いながら顔を上げれば、遥希とぶつかった相手の人も、後ろに引っ繰り返っていた。

「す…すいませ…」

 痛いというのもあるが、こんなに見事に正面衝突をすることなどあるものかと、ビックリしてしまって、うまく言葉が出ない。
 相手も、結構な衝撃だったのか、まだ立ち上がれずにいる。

 しかし、『相手の人、大丈夫かな?』と、遥希が思ったのは、ほんの一瞬のことだった。
 それよりももっと衝撃的なことに気付いてしまったのだ。

(この人、超イケメン…!)

 …少なくとも、この状況下で考えることではない。

 けれど遥希にしたら、十分衝撃的なことだったのだ。
 サングラスをしているから、顔ははっきりとは見えないけれど、それでもイケメンだと分かるし、何よりもFATEの琉に似ている…!

「ゴメン、大丈夫だった?」
「…………ふぇ…?」

 カッコいい~…と、遥希が見惚れているうち、遥希とぶつかったイケメンは起き上がり、心配そうに遥希の顔を覗き込んでいた。

「うわっ…はいっ、あの、こっちこそすいません! 前よく見てなくて!」
「うぅん、こっちこそゴメン」

 その声も琉に似ているから、遥希は、痛い思いしたけど、ちょっとラッキーかも! なんて、不謹慎にも喜んでしまった――――そのバチが当たったのかもしれない。
 ぶつかった拍子に落としたカバンの中身が、すべて地面にぶちまけられていることに気が付いた。

「あぅ…カバンがぁ…」

 遥希ははいそいそとカバンの中身を拾い集める。
 財布や携帯電話ももちろん大切だが、荷物の中には琉の写真もあるのだ。あれを1枚でもなくしたら、きっと一晩寝込むくらいでは済まない。

「これで全部かな?」
「あ、はい…」

 琉似のイケメンも拾うのを手伝ってくれ、遥希は落としたものをすべてカバンの中にしまった(さすがに写真は自分で回収した)。
 どうやらイケメンくんも携帯電話落としてしまったようで、背面パネルに付いた傷に顔を顰めながらも、ジーンズのポケットにそれをしまった。



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「ホントにすいませんでした! ありがとうございました!」
「ううん、こっちこそ」

 遥希が何度も頭を下げるのがおかしかったのか、イケメンくんが笑顔になる。

(うひゃ~、ホント琉に似てて、かっこいい…)

 ひどい目には遭ったけれど、その笑顔を見ただけで、遥希はほわぁ~んと幸せいっぱいになってしまう。

「じゃ、気を付けて」
「はい! さようなら!」

 琉ではないが、琉に似た人に会えて、遥希のテンションは上げ上げ状態。
 この暗い路地を通るのは怖いかも…なんて思っていたのが嘘のような、楽しげな足取りで、遥希は今度こそ駅に向ってダッシュした。



*****

 午前中は授業がないし、昨日は遅くまでバイトをがんばったし、それに何よりも、FATEの琉に似たイケメンとの遭遇で、テンションが上がってなかなか寝付けなかったせいで、遥希が起きたのは12時少し前だった。
 というか、まだ起きるつもりはなかったのに、耳慣れない電子音がしつこく遥希を起こそうとするから。

「…ぁに…?」

 どうもその音は、外から聞こえて来るわけではない。
 もっとずっと近く……遥希の耳元辺り…

「えっ?」

 ビックリしてハッと目を開けた遥希は、枕元に置いている携帯電話を手に取った。
 先ほどから、遥希の携帯電話が音を立てていたのだ。

「え…何で…?」

 鳴っているのは確かに遥希の携帯電話なのだが、その音は、普通の電子音なのだ。遥希は、電話もメールも、着信音はすべてFATEの曲にしているのに。
 しかも、切れたと思ったらまた鳴り出した携帯電話の背面ディスプレイには、『着信:南條』と表示されている。
 南條(ナンジョウ)というのは、誰かの名字だろうか。だが遥希にはまるで覚えがない。

「誰だよ…」

 手の中で鳴り響く携帯電話を見つめ、まだ寝惚けた頭で必死に考えるが、結局答えは見つからず、遥希は迷った挙げ句、電話に出るのをやめた。
 知らない電話には、出ないに越したことはない。用事があれば、留守電に入れるか、メールを寄越すだろうから。



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「でも何で着信音、普通になっちゃったの…?」

 設定なんて、変更した覚えはない。
 ちーちゃんにいたずらされた? と遥希は、千尋に勝手な濡れ衣を着せようとするが、千尋とは昨日、電話はしたものの、会ってはいない。そのときの着信音は、間違いなくFATEの曲だった。

「ちーちゃん………………あっ、ちーちゃんに、琉に似た人に会ったの、報告しよ!」

 自分の性格を思慮深いと思ったことは、遥希自身も1度だってないけれど、着信音問題をほったらかしのまま、そんなどうでもいい報告に頭がシフトしてしまうのも、どうだろう…。
 しかし遥希にとっては、着信音よりも昨日のイケメンくん。
 何と言っても、FATEの琉に似ていたのだ。これは、遥希の中では、かなり重要度が高い。

「えっへっへー。ちーちゃんに自慢しちゃお~」

 そんな話を聞かされたところで、千尋は全然羨ましがらないだろうし、いい迷惑に違いない。
 間違いなく、『琉本人じゃなくて、琉に似てるってだけの人でしょ?』と、呆れながら言うだろうが、そんなこと遥希には関係ない。電話で報告だ。

 しかし、電話をしようと携帯電話を開いたところで、遥希はまたビックリしてしまった。
 待ち受け画面が、いつものものとは全然違うのだ。

「何これ…」

 さすがにこれには、能天気な遥希も焦り始める。
 嫌な予感がして、遥希は恐る恐る着信履歴を開いた。

 遥希によく電話を寄越す人なんて大体決まっていて、第一、遥希の携帯電話に最後に電話を掛けて来たのは千尋なんだから、履歴の一番上は千尋の名前であっていい。
 いや、もしくは先ほど背面に表示されていた『着信:南條』の南條サンでいいはずだ。

 なのにその履歴には、『南條』を筆頭に、『I』とか『樹』という名前が頻出していて、遥希の知った名前なんて、1つもない。
 大体遥希は、携帯電話のアドレス帳は、すべてフルネームで登録する人なので、名字だけとかあだ名とか、そういうのはあり得ないのに。

「え…これ、俺のケータイじゃない…?」

 それでもと思って、開いてみたメールの画面では、見たことのないメールがいっぱい。
 遥希の胸の中が、嫌な予感でいっぱいになっていく。



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「あっ、電話番号!」

 メニューから、この携帯電話自身の番号を見てみればいいのだ。
 表示された電話番号が、遥希の記憶している、自分の携帯電話の番号と一致していればいいのだ。そうすれば、これが遥希の携帯電話かどうか分かる。
 遥希は祈るような気持ちで、電話番号を表示させた。

「ガッ…! まっ、ちょっ、ッ、、、」

 悲しいかな、表示されたのは、見たことのない電話番号だった――――つまり。
 着信音が違うのも、待ち受け画面が違うのも、着信履歴や受信メールが知らない名前で埋め尽くされているのも、この携帯電話が、遥希のものでないからに他ならない。

「マージーでーーーー!!!???」

 遥希は近所迷惑も考えず、声を張り上げた。
 だってこんな、叫ばずにはいられない。

「ななななな何でぇっ!?」

 1人しかいない部屋で、遥希は誰に言うでもなく疑問を口にするが、もちろん答えてくれる人などいるわけもない。
 落ち着いて考えようと、遥希は焦る自分に言い聞かせるが、なぜかベッドの上に正座をしていることにすら気付けないくらいに、動揺しまくっていた。

(だだだだだって、昨日バイトが終わった後、メールとか確認したときは、普通に俺のだったじゃん。なのに何で、一晩経ったら誰かのになってるわけ!?)

「あっ琉!」

 正確には、琉に似たイケメン。
 遥希は昨日、バイト先のコンビニから駅に向かい途中、彼にぶつかって、カバンの中身をぶちまけてしまったのだ。
 確かあのとき、遥希も携帯電話を落としたが、あの人も落とした携帯電話を拾って、ジーンズにしまっていた。

「てことは…………これ、あの人の…?」

 サーッと背中を冷たいものが走る。
 つまり、ぶつかって携帯電話を落とした後、2人はお互いの携帯電話を間違えて持っていってしまったのだろう。

「ウッソー…」

 でももしかして俺、自分のを持って来たほかに、あの人のも持って来ちゃった!? とか、そんなことないよねー……と、絶対にあり得ない希望的観測で、遥希は家の電話から、自分の携帯電話に掛けてみた。
 もしこの部屋のどこかに遥希の携帯電話があれば、着信音が鳴るはずだから。



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「……………………」

 しかしいくら呼び出してみても、着信音にしてるFATEの曲は流れない。
 やはり昨日ぶつかった琉似のイケメンが、遥希の携帯電話を持っていってしまったのだろう。

「ど…しよ…」

 ぶつかった相手がどこの誰なのかも分からないし、FATEの琉に似ているという手掛かりくらいでは、探してみようもない。

「あの人……気付いてんのかな。ケータイ入れ替わっちゃってること…」

 先ほど遥希が家の電話から掛けても繋がらなかったのは、単に手元に携帯電話がなくて出なかったのか、人のものだと分かったので出なかったのか。
 もしかして、もう警察に届けてしまったのだろうか。

「どーしよ…。とりあえずもう1回…」

 それでもと思って、遥希は再び自分の携帯電話に掛けてみるが、やはり繋がらない。
 こうなったら、警察に届けるしかないだろう。そして自分の携帯電話は、止めてもらうしかない。

「はぁ~…」

 昨日は琉に似ているイケメンに遭遇して、超ラッキー! とかのん気に思っていたのに。
 結局ついてない…。

♪~~~~♪~~~~♪

「うぇっ!?」

 遥希が落ち込んでベッドに倒れ込んだ瞬間、滅多にならない家の電話が音を立てて、遥希はビクッとなって飛び起きた。
 しかももっと驚いたのは、そのディスプレイに表示された番号だ。

「俺のケータイじゃん!」

 今、自分の手元にない携帯電話から、家の電話に掛かって来ているということは、昨日のあの人が掛けて来たということなのだろうか。
 遥希は藁にも縋る気持ちで、受話器を取った。

「もしもしっ!?」
『あー…もしもし?』

 慌てて電話に出れば、何となく聞いたことのあるような、男の声。
 琉に似ているこの声は、きっと昨日の人に違いない。



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『あー…えっと、さっき家の電話からこのケータイに電話した? このケータイの持ち主さん?』
「あの…もしかして、昨日ぶつかっちゃった人……ですか?」
『そうそう!』

 遥希が恐る恐る尋ねれば、相手の声が明るくなる。
 やはり掛けて来たのは、昨日遥希がぶつかった人で、向こうも遥希のことを覚えていてくれたらしい。

『ねぇ、もしかして俺のケータイ持ってる?』
「たぶんそうだと思うんですけど…」
『D社のヤツで、黒の』
「そうです」
『それだ!』

 携帯電話の特徴を話すと、相手は間違いない! と声を大きくする。
 逆に遥希は、携帯電話の所在が分かって、ホッとしてしまって、力が抜けてしまった。

「やっぱ、あのぶつかったとき、ケータイ、間違えて持ってちゃったんですよね、俺たち…」
『たぶん。今朝、とんでもない時間にアラーム鳴って、超ビビったし! しかも曲がFATEのだった!』
「あっ」

 遥希がこの人の携帯電話の着信音が分かったということは、相手にも遥希のそういった設定が分かるということだ。
 遥希は、学校の始まる時間に限らず、携帯電話のアラームはいつも朝の7時くらいにセットしているから(今日みたいに起きなくてもいいやーの日は、停止させて2度寝するのだ)、アラームはもちろんのこと、電話の着信音も、みんな聞かれてしまっている。

(ぎゃっ、恥ずかしい!)

 穴があったら入りたい……とはよく言ったもので、遥希は俄かに頬が熱くなるのを感じた。
 しかし電話の相手は、着信音をFATEの曲に設定していることについて、バカにしたふうでもなくて、遥希は少しホッとした。

『とにかく早く交換しちゃわないとだよね。これからとか、時間大丈夫?』
「え、あ、はぁ…」

 本当は学校があったのだけれど、それどころではなくて、遥希はそのまま、彼と会う約束を取り付けた。



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映画のような恋がしたい。(だって最後は決まってハッピーエンドだ。) (11)


 遥希は、昨日の路地のところまで来て、急に不安になった。
 電話の相手の言葉を簡単に信用して、ホイホイ出てきてしまったが、本当に大丈夫なのだろうか。相手の人が、実はすごい悪い人だったらどうしよう…。

 それにしても、待ち合わせた時間より少し早く着いた路地は、昼間の今だって誰もいなくて、人通りの少ない寂しい場所だ。
 よく夜中、あんな時間に通ろうとしたものだと、遥希は自分自身に呆れてしまった。

「――――あの」
「はいっ!?」

 遥希が、どうしようどうしよう…と戸惑っていたら、急に背後から声を掛けられて、ビックリして振り返ったが、そこにいたのは、遥希の知らない人だった。
 周囲には他に人がいないから、この人は遥希に声を掛けたのだろうが、……でも知らない。

「えっと、携帯電話…」
「え…?」

 まだ困惑気味の遥希に、相手も少し戸惑いながら話し掛けてくる。
 この場所で、『携帯電話』というキーワードを持ち出すのは、恐らく昨日ぶつかった人に違いなくて、今遥希が持っている携帯電話の持ち主……のはず。
 遥希よりいくつか年上のように見えるこの人は、人当たりのよさそうな雰囲気を纏ってはいるが、しかし、昨日の人とは何かが違う気がする。

(だって、琉にも全然似てないし!)

 ただぶつかって、落とした荷物を拾ってくれただけの人なら、遥希だってそんなに詳しく覚えていないだろうけど、何しろ昨日ぶつかったのは、テンションが上がり過ぎて寝付けなくなるくらい、FATEの琉に似ている人だったのだ。
 だから、断言できる。
 この人は、昨日ぶつかった人じゃない。

「これ、あなたのですよね?」

 しかし遥希のそんな疑惑など気付くはずもなく、相手は遥希の携帯電話……と同じ機種、同じ色の携帯電話を差し出した。
 それこそ、中を確認するまで分からない――――能天気なくせに、妙なところで慎重な遥希は、すぐにはその携帯電話を受け取らなかった。

「えっと……誰、ですか?」
「あ、すみません。あなたの携帯電話を間違えて持っていった者の代理で来たんです」
「代理…」

 何か胡散臭い……とは、いくら遥希でも、面と向かって本人には言わないけれど、何となく怪しい。
 携帯電話を、本人以外の人に返すのも気が引けるし。



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「あの、あなたが持ってきた携帯電話は?」
「あります、けど……でも、本人以外に返すって、何か……いいんですか? 何か勝手に違う人に渡しちゃうのって…」
「そうですけど、本人は今ここに来れないんで」

 そう言われても、遥希は何だか納得できない。
 意地を張りたいわけではないけれど、本当にいいのか心配。
 何なら警察にでも届けて、そこに取りに行ってもらったほうがいいような気がする。それなら確実に本人確認もするだろうし。

「ホラ南條、やっぱ俺が行くって言ったじゃん」

 遥希が考えあぐねていると、通りのほうから人影が近付いてくる。
 その声には、聞き覚えがあった。

「コラ水落! 出てくるなって…!」

 代理だという人が、慌て出す。
 声を掛けながらこちらにやって来たのは、まさに昨日の、琉似のイケメン。今日はサングラスをしていないから、一段と琉に似ている。

「昨日の人!」
「これ、だよね? ケータイ」

 イケメンくんが、『南條』と呼んだ人から携帯電話を受け取って、中を開いて見せてくれた。
 確認したら、それは間違いなく遥希のものだったので、遥希も持って来た携帯電話を差し出した。

「今朝、ケータイ違うって気が付いて、南條のから何回か電話したんだけど、全然出てくれなかったから」
「南條…」

 そういえばそれは、朝、遥希の手元にあった携帯電話に表示されていた、着信の名前だ。
 代理と言って最初に来た人を『南條』と呼んでいたから、彼が南條さんなのだろう。

「…すいません。何かそのとき、まだ電話が違うって気付いてなくて。何か知らない番号だし、よく分かんなくて出なかったんです。すいません…」
「いや、それは俺も一緒。だって見た目一緒だから、分かんないよね。まさか入れ替わってるなんて思わないし」
「はい」
「で、どうしよーって思ってたら、ケータイ鳴って、『家』て表示されてるから、もしかしてこのケータイの持ち主!? て思って掛け直してみたの」
「あ…」

 遥希は基本的にフルネームでアドレス帳を登録しているけれど、自分の家の電話番号だけは、『家』と入れている。
 別に意味はなかったのだけれど、今回はそれに救われた。



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「俺も、家の電話に自分のケータイの番号が表示されたんで、もしかしてって思って出たんです。何回か掛けたけど出なかったから、警察に持ってこうと思ったんですけど…」
「そうなんだ! よかったー、超いいタイミングじゃん!」
「はい」

 遥希の話に、パァッと顔を明るくさせて笑った顔は、まさに琉そっくり。
 ここまで似ていると、本気で間違われるんじゃないだろうか。

「ん? どうした?」
「わっ! いや、あの!」

 うわ~琉に似てるー、と遥希が呆けていたら、琉そっくりの顔が覗き込んできた。
 いくら偽者とはいえ、ここまで似ていたらドキッとしてしまう…。

「え、だいじょう…」
「あの、FATEの水落琉に似てるって言われませんか!?」

「……………………」
「……………………」

 ………………。

 遥希的には、結構勇気を振り絞って言ったのに、イケメンくんも、南條さんも、ポカンとしたまま固まっている。
 もしかして2人とも、琉のことを知らなかった? それとも、遥希が1人で興奮気味だから、引いてしまったのだろうか。

「あ、えっと…」
「……プ…」
「え?」
「ぶははははっ!!!!!」
「えぇ!?」

 ポカンとしていたイケメンくんが、なぜか突然吹き出したと思ったら、ものすごい大笑いを始めた。
 南條さんのほうは、必死に笑いを堪えている様子。

「え…えと…」
「うはは、俺、そんなに似てる?」
「は、はぁ…」
「そっかー似てるかー」

 目に涙を浮かべるほど大笑いされて、今度は遥希がポカンとする番だ。
 そこまで笑われるほどのことを言っただろうか。

「あははは、似てる…似てるよな、そりゃ」
「え?」
「だって俺、本人だし」



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 ………………。

 ?????

「……………………。えぇーーーーー!!!???」

 琉(のそっくりさん……だと思う)の言葉が、脳の隅々まで行き渡って、遥希はとんでもない声を張り上げた。
 だってそんな、芸能人なんて、ましてやFATEみたいなスーパーアイドルなんて、そう簡単に会えるものではない。そんなの、マンガかドラマの中だけの話だ!!

「そんな……嘘…」
「ホントだって。あっはっはっ。何なら免許証でも見る? そっくりさんにケータイ返したんじゃマズイしね」

 当たり前だが簡単に信用しない遥希に、琉はわざわざ免許証を出して見せてくれた。
 そこには、免許証の証明写真だというのに、全然いまいちな感じでなく、グラビアと同じくらいカッコよく映った琉がいて、氏名の欄には『水落琉』という文字。

「ほっ…」
「ん?」
「本物ーーーー!!!??」

 こればかりは、遥希だって信用しないわけにはいかない。
 遥希の今目の前にいる、昨日ぶつかって、間違えて携帯電話を持っていってしまった相手は、水落琉。遥希がずっとずっとファンで、好きで堪らなかった人。

「いや、何か変だなーとは思ってたんだけど」

 め、目の前で琉が喋ってる…。
 そっくりさんじゃなくて、本物の琉が動いてる…。

「着信音とか俺らの曲にしてるくらいだからFATEのこと知ってんだろうなって思ってたのに、そのわりには反応薄いし、…あ、もしかして大和のファン? だから、俺にはあんまり興味なかった?」
「ちちちち違います! りゅ…水落さんの超ファンですっ!」

 もちろんFATEのもう1人のメンバー、一ノ瀬大和のことも好きだが、遥希は大の琉ファンなのだ。
 そこのところを本人に誤解されたら困る! と遥希が力説すれば、琉はまた笑い出した。

(琉だー、本物の琉だー! あぁ、嬉しすぎて死んじゃいそう…)

 FATEのコンサートにはよく行くけれど、遥希が取れた席の中で一番よかったものでも、そこそこの距離はあって、目の前でタッチまでしてもらえている女の子を、何度羨ましいと思ったことか。
 それが今、ほんの1mという近さで笑っているのだ、気が遠くなりそうなくらい嬉しい。



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