2009年04月
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (7)
「睦月…? ん? どうした?」
あまりにひどくうなされていた睦月に気が付いて、慌てて揺り起こせば、けれど目を覚ました睦月は、夢から醒めてもまだ何かに怯えるように泣きじゃくっている。
亮は途方に暮れたように、その震える肩を抱き締めるけれど、睦月はそれにすら抵抗しようとする。
「睦月…」
「ヤダ…ゆっち…」
しゃくり上げながらも、睦月が呼ぶのは、亮ではなく祐介だった。
外は雨。
強い風が窓を叩く。
こんな夜に睦月を脅かすのは、過去の忌まわしい記憶で。
真大と出掛けていた亮が帰って来ると部屋は暗く、まさかふとんに潜り込んで怯えているのかと慌てたが、そこにも姿はなかった。
翔真と出掛けると言って聞かなかった睦月の言葉を思い出し、彼にメールをしてみれば、一緒に部屋にいると言うから、すぐに迎えに行った。
睦月はクッションを抱き締めたまま、変な格好で眠っていたから、咎めるような翔真の視線を無視して、起こさないように部屋に連れて帰った。
起こさないように着替えさせるというのはなかなか大変な作業だったけれど、それを何とかクリアした後、しかし事態はすぐに一変した。
睦月をベッドに横たえて、自分も着替えようと上着を脱いだときだった。
苦しがる睦月の声に驚いて振り返れば、ひどくうなされている睦月。
呼吸を引き攣らせるようにしているのは、おそらくあのときの夢のせい。
細い体を揺さぶって起こしてやれば、開いた瞳、その焦点は確かに亮に合っているのに、けれど睦月が呼ぶのは、亮ではなくて祐介だったのだ。
「何か…夢見てた。……、昔の」
抱き締めて、その震える背中をさすっていれば、次第に落ち着いてきたのか、泣き止んだ睦月がホッと息をつくのが分かった。
そしてグズリと鼻を啜って、睦月がその腕から出ようとするから、亮は逃がすまいと、少しだけ腕に力を込める。
「俺、ショウちゃんとこ、いた…」
「寝てたから、連れて来た」
少しだけ首を動かして、そばの目覚まし時計を見れば、翔真の部屋で食事を終えてから、まだ2時間くらいしか経っていなくて、食べた後、すぐに寝てしまったのだとしても、寝ていた時間なんて、ほんの少しだっただろうに。
「……夢、見たの…」
「うん」
ゆっちは、助けに来てくれなかった。
夢の中、だけれど。
もう、俺のことは、助けてくれないのかな…?
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (8)
睦月の厭わしい過去。
あのときの情景がそのまま夢に現れるのなら、いつだって睦月にとってヒーローは祐介だろうけど、どうして今も、それが自分にはならないのだろうと、亮は思う。
一緒にいた時間の長さでは祐介に敵わないけれど、でも今、睦月のことを支えているのは、支えられるのは、自分だけのはず。
そう思いたい。
けれど翔真には、睦月を置いて、サッカーなんか見に行くからだよ、て責められた。
睦月が翔真と出掛けようとしたのを、最初に引き留めたのは自分なのに、結局その睦月を置いて、別のヤツと出掛けてしまった。
天気の悪い夜ならいつもで、睦月がこんなふうにうなされたり怯えたりするわけではない。
こちらの心配をよそに、いつもどおり普通であるときのほうが多いのに、今日に限ってこうなってしまったのは、やはり自分が睦月を置いて出掛けてしまったからなのだろうか。
(でも、こないだ俺がショウと出掛けた日は、何ともなかったのに…)
難しいことを考えるのは苦手だから、すぐ思考に詰まってしまう。
「亮…」
「ん?」
まだ雨音の強い窓の外に怯えて、睦月は亮のベッドに潜り込んでいた。
腕の中の睦月は、無言のまま微動だにしていなかったから、てっきり寝てしまったのだろうと思っていたが、どうやら起きていたらしく、ジッと亮を見ていた。
「どうした? 寝てなかったの?」
「眠れない」
「疲れてんだろ? 目閉じてたら眠くなるよ」
「…今日、絶叫マシン、15回も乗ったの。亮も乗せたかった」
「いや、それだけは遠慮しとくし」
「グフフ。ねぇ、亮。俺が眠れるように、子守唄でも歌ってよ」
「バカなこと言ってんなよ」
枕もとの照明だけが点いた、明かりの乏しい部屋。
なぜか知らないが、自然と声も小さくなって、ボソボソと会話が続く。
「…睦月はさぁ」
「ぅん?」
「やっぱり祐介がカズと付き合ってんのは、……寂しい?」
「何それ」
少し身じろいだ睦月を、もう1度腕の中に閉じ込める。
亮の言葉の意味を、本気で分かっていないのか、追及されたくなくて空惚けているのか、睦月は「分からない」とでも言うふうに、亮の顔を見ている。
「睦月」
「ん?」
「好き」
「、ッ…、し、知ってるし!」
不意を突く告白に、思わず睦月の声が大きくなる。
暗いからきっと分からないだろうけど、顔が熱い、赤い。
「ホントに……好きだから、さ」
「だから知ってるって!」
「…そっか」
亮は睦月を抱き締め、頬に口付ける。
羽根のようなキス、なんて、まるで文学的表現が当てはまるような、そんな軽いキス。
もう寝よう、とでも言うように、そっと睦月の髪を撫でた亮は、目を閉じる。
「…………、好きだよ俺も」
「えっ」
何て言った!? て、亮が聞き返す隙も与えず、睦月の唇が、亮のそれを塞ぐ。
重なった唇に驚いて亮が目を開ければ、同じように目を開けていた睦月と視線がぶつかった。
「好き、だってば…」
唇が触れたまま、まるで吐息だけで、睦月が囁く。
「亮が好きだよ…」
だから、もう祐介が助けてくれないんだとしても、亮がいるなら大丈夫だよ。
ホントだよ。
「…うん」
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (9)
今週はずっと雨だと、週間予報でも言っていた。
「…むっちゃん、大丈夫?」
バイト中、お客の流れが一段落したところで、コッソリと睦月に声を掛けたのは、和衣だ。
今はまだ明るい時間だけれど、こんな天気で、しかも睦月の顔色も、いいとは言えない。
「何が? 別に大丈夫だけど」
「ホントのこと言ってよ」
「…言ってるし」
何で言ってくんないの? と和衣は不満顔で睦月を睨むが、睦月は「何でもない」を繰り返す。
前なら特に気に留めなかったことだけれど、今では和衣も、睦月の体調とか顔色を見るのは得意になっている。
バイトから帰るときは一緒にという、あの秋の約束が今も有効と思っているのは、もしかしたら和衣だけなのかもしれないけれど、バイト間は自分が睦月のことを守らなければ! という使命感に燃えているのは確かだ。
なのに睦月は、何でもないような素振りを見せるから、何だか歯がゆい。
もっと頼ってくれていいのに。
祐介や亮のようにはいかないかもしれないけれど、睦月を守りたいという気持ちなら、絶対に負けない。
去年のあの日、何も出来なかった自分が、本当に情けなくて、悔しくて。
だから、今度こそは、睦月を辛い目になんか遭わせない、て思ってるのに。
「…祐介のこと、頼ってもいいよ?」
「え?」
「むっちゃんだから、特別」
突然何を言い出すのかと思えば、けれど和衣の顔は真剣だった。
「何、カズちゃん」
「だって、むっちゃん、」
支えてくれるのは、祐介でしょう?
「もう、平気だよ」
「嘘」
「何で」
自分の前では普通にするし、もし部屋で具合が悪くなったとしても、きっとそんなこと、亮も教えてくれない。
知られたくないのは、分かるけれど。
「疲れてるだけだって。昨日遊び過ぎたから」
「……、でも、何かあったらすぐ言ってよね! 絶対ね!」
「分かってる。ありがと、カズちゃん」
何となくはぐらかされたような気がしないでもないが、睦月の気持ちを尊重したいし、がんばろうとする思いをダメにしたくない。
和衣はもう1度、「絶対だからね!」と言って、商品の陳列に向った。
ウィンドウの向こうは、雨。
睦月は自然と、視線を店内に戻した。
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (10)
確かに数日前までは、長期予報は的中していた。
雨の殆ど降らない空梅雨。
けれど、いつの間にか週間予報には傘のマークが並んでいるし、悔しいことにその予報も当たっている。
バイトを終えた翔真は、徐々に強まる雨足に、思わず舌打ちをした。
寮まではまだ距離があるし……こっからだと、彼女の家のほうが近い…。
(でも急に行くと嫌がるんだよなぁ、部屋汚いとか言って)
翔真としては、別にそういうのはあまり気にしないんだけど。
というか、"汚い"て打ち明けている時点で、今さらという気がするし、本当の理由が別にあるんだとしたら…とか考えたくないから、余計なことは言わないが。
一応、電話してみようか……翔真は、バッグの中から携帯電話を取り出そうと、なるべく雨の当たらない、店の軒下に入って傘を閉じた。
(――――あれ…?)
道路の向こう、シャッターの下りているビルの軒先に駆け込む人影。
傘は持っていないようで、ようやく雨の当たらない場所に落ち着いて、濡れた体を拭っている。
「真大…?」
別に何のつもりもないのに、翔真はバッグの中の携帯電話を握ったまま、次の動作に移れずにいた。
傘はないようで、真大は、止みそうもない空を困ったように見上げている。
どうして、そんなことをしたのかは、翔真自身もよく分からない。
後になって聞かれても、気付けば足が動いていた、としか言ってみようがない。
手にしていた携帯電話を再びバッグの中に戻すと、傘を開いて1歩踏み出した。
道路を横断して、近付いていく。
真大はまだ気付いていない。
「――――何してんの、お前」
スッと、差し出す傘。
突然の翔真の声に、弾かれたように真大が顔を上げる。
「ッ…山口、」
「呼び捨てかよ、ムカつくなぁ」
けれど翔真は、真大のほうに差し出した傘を、引っ込めはしなかった。
どうしてだろう、翔真はひどく自分を嫌っている相手に、傘を差し出している。
「アンタこそっ…、何してんだよ」
明らかに動揺しているくせに、それを悟られまいと、真大はジッと翔真の目を見て、低い声を出した。
「バイト帰り」
「そうじゃなくて、」
どうして傘なんて。
翔真の意図が読めない。
変な勘繰りかもしれないが、そう思うだけのことをしてきている自覚だけなら、真大にもある。
「傘ないんだろ? 入ってけば?」
「ヤダよ! 何でアンタの傘になんかっ」
「どうせ寮に戻るんだろ?」
噛み付くような真大の言葉も、まるで気にしていないように、翔真は冷静に受け答える。
カッとなって1人で熱くなっている自分がバカみたいで、真大は気持ちを落ち着けるように1度大きく息をついた。
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (11)
「分かんね。つーか、何でタメ口なんだよ、お前。いいから早く入れよ」
分からないのは、翔真だって同じだ。
何で真大に傘を分けてやるために、わざわざ道路を横断までして来たのか。困惑とも迷惑ともつかない表情で、傘に入るのを渋っている男を、どうしていつまでも相手にしているのか。
あのときさっさと彼女に電話していたら、今ごろはもう、彼女の家の中だ。
でも。
「あと5秒で入んなかったら、置いて帰る。ごーお、よーん、さーん、にーい、いー…」
「…」
あと一声、という最後の瞬間、真大はひどく悔しそうに、翔真の傘に飛び込んだ。
最初から素直になればいいのに、と、翔真はなぜかちょっとした優越感に浸る。
「お前、もっとちゃんと入れよ。濡れたら意味ねぇじゃん」
「うっさいっ」
翔真の持っている傘は、小さな安物のビニル傘ではなかったけれど、隣の真大があまりに翔真と離れて歩くものだから、肩の半分以上が濡れている。
この期に及んで、並んで一緒に帰るよりは、濡れるほうがマシだとでも思っているのだろうか。
「なぁ」
「…何?」
「何でお前、俺のこと大嫌いなの?」
「なっ…別にそんな、つーか、そんなの関係ないじゃん!」
「だから何でタメ口なんだっつの」
年が違うと言っても1つだけだし、先輩面するつもりもないが、今までまともに会話もしたこともない相手なのに、この扱われようは一体何?
「…アンタになんか関係ない」
「俺のことなんだから、関係大有りじゃね?」
「言いたくない。…てか、それ聞きたくて、わざわざ傘に入れたわけ?」
「そうじゃないけど、せっかくの機会だからと思って」
「…変なヤツ」
「お前に言われたくねぇよ」
相変わらず、翔真からは一定の距離を保つ真大。
傘に入っていない左肩は、もうずぶ濡れだ。
「真大さぁ」
「!?」
今まで直接真大と会話する機会がなかっただけで、彼がいないところ蒼一郎や亮たちと話をするときは、普通に『真大』と呼んでいたから、何の気なしにそう言ったのに、名前を呼ばれた真大は、ひどく驚いた顔で翔真を見た。
「な…」
「え?」
「き、ッ…気安く呼ぶなよ!」
「ガキかお前。じゃあ真大くん、」
「~~~~~、真大でいいっ」
キモイ! と真大は吐き捨てる。
本当にまだ子どもだな、と、たった1つしか違わない真大を見て、翔真はそう思った。
「真大、何で俺のこと嫌いなの?」
「だから言わないっつってんじゃん! しつこい!」
「ちょっ、傘入れっつーの!」
ただでさえ肩半分がはみ出しているのに、翔真の言葉に暴れる真大は、すっかり傘の外に出てしまって、頭から冷たい雨を浴びている。
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (12)
「ッ…、ムカつく…」
「知ってる。だから何でだって聞いてんの」
「……、覚えてないの?」
「え、何を?」
「やっぱ、山口くんにとっては、あっさり忘れちゃうくらい些細なことだったんだ…」
「え、いや、ちょっ…」
いや、確かに覚えてはいないですけど。
というか、真大の存在自体、亮たちが気付かなければ、大学で会ったのが、本気で初対面だと思ってましたけれど!
「……スミマセン、覚えてません…」
よく分からないけれど、せっかく真大が、自分を嫌っている理由を話してくれそうになったのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「……、取ったじゃん、俺の彼女…」
「…………」
……?
…………??
「え? えぇ~~~~!!!???」
「うわっ、冷てっ、何だよ、もう!」
真大の言葉に驚いた翔真は、思わず傘を振り回してしまい、傘に付いていた水滴が飛び散る。
ただでさえ激しい雨が降っている中で、2人の体が濡れていく。
「いや、だって、……は? 何言ってんの、お前…」
「覚えてないなら、もういいよ。そういうことで、俺はアンタのことが嫌いなの。それが理由」
「ちょっと待てよ、真大。何それ、全然分かんないんだけど!」
「だから、もういいって」
「よくない!」
話を終わらせようとする真大に、食って掛かる。
"もういい"とか、そんな問題じゃない。
確かに、今までお付き合いした女の子の数は多いが、だからと言って、翔真が遊びだと思って付き合った子なんて、1人もいない。
それこそ見た目の判断で、遊んでると思われることは多くて、軽い気持ちで近付いて来た女の子と、付き合ったはいいがあっさり振られた、なんてこともあったし、相手からの強すぎる愛情を重いと思ったこともあった。
けれど、それにしたって、今までに人の恋人を奪ったとか寝取ったとか、ましてや二股だとか、そんなのしたことだってない。
「え、え? 真大、ちょっ、俺、マジで分かんないんだけど」
「だから分かんないなら、もういいってば」
「よくねぇよ!」
「何で。忘れてんならもういいじゃん。思い出してどうすんの? 俺にそんな惨めな思い出語らせて、どうする気?」
「どうするって…」
だってそんなの、絶対誤解だ。
そんな誤解で、ずっとこんな嫌われっ放しなんて…。
「……、ちなみに、その子の名前も教えてはもらえないんでしょうか…?」
飽くまで食い下がろうとする翔真に、真大は困ったような、呆れたような視線を向けた。
「…高波千紗(タカナミ チサ)」
「え? ………………、え?」
「チッ…」
「なっ、今舌打ちしただろ、お前!」
しかも隠しもせずに。
しっかりバッチリ、聞こえるような舌打ち。
そして翔真の突っ込みに、否定しないどころか、冷たい視線を向けてくる。
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (13)
「…………」
「真大!」
「たーかーなーみ、ちーさ! 何回も言わせんな、バカ!」
キレ気味に真大に返され、翔真は何度もその名前を頭の中で繰り返すが、どうしても思い出せない。
今まで付き合った女の子の名前を、きっちり完璧に覚えているわけではないけれど、人の彼女と取ったとか勘違いされるくらいのことをしたのだとしたら、名前を聞いただけで思い出しそうな気はするのだが。
「も…もうちょっとヒントを…」
「…テニス部」
「…………」
「だからもういいって。アンタの記憶力、ニワトリ並みなんじゃねぇの?」
「いや、何かもっと、こう、その子の雰囲気とか、見た感じとか」
どうしてここまで必死になるか、自分でも分からない。
もしかしたら、ここまで来たら、もう後には引けない、みたいな気持ちになっていたのかもしれない。
ある意味、もうヤケだ。
「はぁーっ」
真大は、あからさまに、そしてわざとらしいくらい大きく溜め息をついて、智久が聞きたがっていることに嫌々答えてやった。
「……へぇ? …………? え? えぇ!?」
「何?」
「あーっ! 千紗! 高波千紗!」
「声デカイんだけど」
普段の翔真らしからぬ慌てぶり。
真大がいつものように、嫌悪感を露わにしないのは、そんな翔真の様子のせいかもしれない。
「おも…思い出した! 思い出した、高波千紗! 思い出した!」
「分かったよ、しつこいな。てか、何で今の今まで忘れてたんだよ」
真大の口調は、タメ口どころか、もはや上から目線へと変わっているが、翔真はもう、そんなことにすら気付けずにいた。
だって、ようやく思い出した。
高校のころ、ほんの少しの間、付き合っていた彼女。
かわいい子だった。
けれど、彼女もまた、翔真の外見だけを愛していた。遊びだけの付き合いを望んでいた。
愛を告げてきた彼女の唇が、数日後、別れの言葉を吐いた。
翔真は、引き止めることすら出来なかったのだ。
「千紗……え、彼女? え? え? な、だってさっきお前、彼女取ったとか、え?」
「だって俺と付き合ってたんだもん。なのに途中からアンタが割り込んで来たなら、それって取ったってことじゃないの?」
「え、ちょ、待っ、え!?」
だってあのとき、告白してきたのは彼女のほうだ。
学年も違う千紗のことを、翔真は最初、そんなに知らなかった。もちろん、他に付き合っている人がいるなんてことも。
「だって…はぁっ!?」
「…何?」
「いや…」
本当のことを話そうとして、けれど翔真は口を噤んだ。
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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (14)
彼女のキレイな思い出を、今さら壊す必要なんてあるのかな。
「何、山口くん」
「いや、何でも…」
「ないわけないですよね、あれだけの反応しといて」
「……」
さっきまで普通にタメ口だったくせに、真大は急に敬語になって、しかもそれが決して敬う気持ちから来るものでないことも分かる。
それはつまり、はっきり言えよ、てことだ。
「……告って来たの、向こうなんだけど」
「え?」
「別れよう、て言ったのも」
結局は、見た目だけしか思われていなかった。
中身なんて何も見られていなかったし、はっきり言えばどうでもいいと思われていたわけで。
今、こうして真大に言われても、なかなか彼女のことを思い出せなかったのは、そんな思い出を封印してしまいたかったからかもしれない。
だってそんな惨めな思い。
「嘘……そんなの信じない…」
「うん、彼女のこと信じててやれよ。俺のこと恨んでるほうが、楽だろ?」
真大は何も言わなかった。
落とした視線は、濡れた地面を蹴る、自分の足先をジッと見つめていた。
「……つーかお前、その恨みのために、俺のこと追っ掛けて、ウチの大学入ったの?」
「はっ!? 違ぇよ、蒼ちゃんに会いたくて…あっ」
「……」
別に誘導尋問とか、そんなつもりじゃなかった。
真大はずっと、彼女を翔真に取られたと思い込んで、恨んでいたわけで、それなのに同じ大学に入学するというのは、恨みを晴らすために追い掛けて来たと思われても、致し方ない。
だからちょっと聞いてみただけなのに、うっかり口を滑らせたのは、真大のほうだ。
もちろん、今さら口にして言わなくたって、今までの、真大の蒼一郎に対する態度は分かりやすすぎたけれど。
「何だよ、その顔。弱み握られた、て思ってる?」
「…別に」
「別に何もしねぇよ。お前が誰のこと好きだろうが、俺には関係ねぇし」
言えば、真大はまだ半信半疑のようだったが、少しホッとした様子だった。
けれど、蒼一郎には郁雅がいる。
真大はそのことに、気付いてはいないのだろう。
単なる憧れならいいが、真大の思いは恋心だ。翔真の、『好きだろうが』と言うセリフに、真大は否定もごまかしもしなかったし、何よりその目は、明らかに恋慕の情を孕んでいる。
しかし蒼一郎が隠そうとしていることを、翔真が勝手に喋るわけにもいかない。
真大も、もうそのことには触れないで、と言うように押し黙ってしまったので、寮に着くまでの間、再びその話題が上ることはなかった。
真大と出会って、2か月弱。
ようやく解けた誤解に、ほんの少しだけ心が歩み寄ったような気はしたけれど、しかし確信してしまった真大の想いに、翔真は何とも言えない気持ちのまま、寮に戻った。
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テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
7月 なぜだか夢で会いました。 (1)
何とも言えない変な声を上げて机に突っ伏したのは、蒼一郎。
役に立っているのかいないのか、いまいち分からない扇風機の前を陣取っていた翔真は、「ぁ゛に?」と、これまた変な声で返事をした。
「蒼、どうした? イダッ…」
仰け反るように蒼一郎を見ていた翔真は、体を支え切れずに後ろに引っ繰り返った。
「あっちー…」
「俺だって暑いよ! ショウちゃんがそこいると全然風が来ないんですけど! ……つーかショウちゃん、テスト勉強とかしないの?」
「してるよー。今は休憩中」
「…朝からずっと休憩してんじゃん」
7月に入り、月の半ばを過ぎれば、前期の試験が始まる。
試験でいい成績を修め、今年こそはきちんと単位を取得して留年を免れたい蒼一郎は、いつになく勉強に励んでいる。やはり、郁雅の後輩になるのだけは、避けたいらしい。
「入ったときは先輩だったのに、次の年には同級生で、その次の年は後輩……てのも、何かおもしろいかもよ?」
「おもしろくないよ! あーもう分かんなーい!」
まるで他人事の翔真のセリフに、ようやく浮上しかけていた蒼一郎の頭が、再び机の上にゴロンと乗っかる。
「ショウちゃん、勉強教えて!」
「え、無茶言うなよ」
「だってショウちゃん、先輩じゃん」
「学部違うのに、何教えたらいいんだよ。俺、経済のほうなんて全然知らないんだけど。…てかお前、それ去年も習ったんだろ?」
「多分」
蒼一郎は、真顔であっさりとそう返すが、何せ彼は2度目の1年生だ。「多分」どころか、やることも試験の内容も、他の1年生よりは出来ていいはずなのに。
「あー、無理! 分かんね!」
今度は背を伸ばすように、椅子に凭れた。
ちなみにここ数日、蒼一郎の言うことといえば、「分かんない」か「無理」くらいだ。
「郁に聞けばいいじゃん」
「ヤダ! 超カッコ悪い!」
「来年郁の後輩になるよりかは、カッコ悪くない!」
「ごもっとも!」
郁雅は、こんなに残念な頭の恋人と違ってしっかり者だから、試験のことでは何も心配いらないだろうし、それどころか逆に蒼一郎の心配までしているのを、翔真は知っている。
(何て頼りない恋人…)
年上としての威厳はまるでないが、蒼一郎はまるで気にしていないし、郁雅もそれでよしとしているようなので、あえて突っ込みはしないが。
「てか、ショウちゃんはいつまで休憩してんの? 何でずっと休憩ばっかなの?」
「休憩ばっかって言うな。ちゃんとレポート2つ書いて提出してるし、勉強だってしてる。今はホントに休憩中。あっちーから」
「俺も休憩するー」
「お前は勉強しろ!」
すぐに机に向かうのをやめようとしてしまう蒼一郎に、翔真が一喝する。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (2)
「ダメだって。どうせ蒼は郁んち行ったって、勉強そっちのけでエッチなことするんだろ?」
「違うって! ちゃんと勉強するよ! エッチなことはその後ね☆」
「いや、そこは言わなくていいから」
先にぼけたのは翔真だけれど、そんな生真面目な突っ込みをされると、逆に返す言葉がない。
蒼一郎と郁雅が付き合っているのは、蒼一郎がうっかり口を滑らせたせいで、知っている。
1つ下の郁雅が大学に入る前からの関係だというから、もう1年以上なわけで、そうなればピュアなだけのお付き合いではないのだろう。別に詳しくは聞きたくないが。
「郁んちさー、生意気にもクーラーがあるんだよねー」
「うわっ、生意気!」
寮で暮らす翔真たちは、クーラーもない2人1部屋で、いまいち効果の期待できない扇風機がフル稼働させながら汗を流しているというのに、アパートで1人暮らしをしている郁雅の部屋にはクーラーが付いているという。
別に彼が悪いわけではないが、思わず妬みの言葉が口を突く。
「だから俺、郁んち行って勉強する」
「俺も行く!」
蒼一郎の言葉に、扇風機の前に転がっていた翔真が、ガバッと起き上った。
「ショウちゃんはダメ」
「何で!? 俺も郁んちで勉強する! クーラーの効いた部屋で勉強する!」
「ショウちゃんには扇風機あるじゃん」
「わーん、蒼一郎のバカー。俺が寝たふりしてる間に、エッチなことしてもいいから! 見て見ぬふりするから!」
ね、お願い! て翔真が頼み込んでも、蒼一郎は結局OKしてくれなかった。
暑さに耐え兼ねた翔真がギャーギャー喚き散らす横で、蒼一郎はさっさと郁雅に連絡をして、出掛ける支度をしていく。
「――――あ、そうだ、ショウちゃん、お願いがあるんだけど」
「…何?」
バタバタと暴れたせいで余計に暑くなったのか、翔真は扇風機の首を下向きにして、ぐったりと横たわっていた。
「俺が郁んちに行くこと、真大に黙っててくんない?」
「え?」
蒼一郎の口から出たその名前に、翔真は驚いて目を開けた。
「俺が郁と出掛けたとか言うとさぁ、真大、何か怒るんだよねー」
そう言って蒼一郎は、困ったように肩を竦めてみせた。
翔真は、床に転がったまま、ジッと蒼一郎を見た。首を振る扇風機の風が、汗ばんだ翔真の体を撫でていく。
蒼一郎は本気で分かっていないのだろうか。
真大が何か怒る、の"何か"の意味を。
「だからさぁ、もし真大がここに来て、俺がどこ行ったか聞いたら、分かんないって言っといて? お願い」
「あー…うん、いいけど。でもアイツ、俺になんか聞かないだろ、どうせ」
「え、でも何か誤解が解けたって言ってなかった? この間。仲直りしたんじゃないの?」
「…ぁ、うん」
あの雨の日、何を思ったか、雨宿りをしていた真大を傘に入れて帰った翔真は、真大の誤解を解くことで、ほんの少しだけ心を歩み合せたのだ。
だがもちろん、真大はまだ翔真の言葉を全面的に信用したわけではないようだし、翔真としても、好きだった彼女を信じていたい真大の気持ちも分かるから、このまま自分のことを恨んでいても構わないといったのだ。
ズルイ言い方かもしれないけれど、どちらを信じるかは真大が決めることだから。
それに翔真は、誤解が解けたことを手放しには喜べなかった。
知ってしまった真大の気持ち。
単に憧れや友情で、真大が蒼一郎に懐いているわけではないこと。
蒼一郎は本気で気付いていないのか、分かっていて知らないふりをしているのか、真大が自分に向ける気持ちを、友情で片付けようとしている。
蒼一郎には郁雅がいるのだから、真大から愛情を向けられても困るのは分かるが、2人の事情を知っている翔真としては、どちらかの味方をするというのは心苦しかった。
「じゃ、行ってくるねー」
「あ、うん…」
にこやかに出掛けて行く蒼一郎を、翔真は複雑な気持ちで見送った。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (3)
資料を集めたいのと、涼しくて静かなのが理由だ。
昨日は早めに来たおかげで席が空いていたが、今日はどこも塞がっている。
次の授業が始まれば、出席する学生たちは出て行くから、タイミングさえ合えば席に着けると思ったのだが、どうやら今日は無理そうで、祐介と和衣は諦めて退室した。
「帰る?」
今日はもう授業がないから、帰って大人しく勉強しようかと祐介は提案するが、和衣はあまりい顔をしない。寮が暑いのは、分かりすぎるくらい分かっているから。
「じゃあ、外の図書館行く?」
「うー…」
和衣は迷っていた。
大学から離れた場所に公立の大きな図書館があり、蔵書の数も多いし、学習室の席もかなりあるのだが、先日そこに行った友人から、混んでいて学習室もいっぱいだったという話を聞いたばかりだからだ。
この炎天下、行ったはいいが席が空いてなかったなんて言ったら、それこそ悲惨だ。
「カフェ、行こっか」
「…うん」
涼しいけれど決して静かではない、大学のカフェテリア。勉強するに向いているとは言えないが、あそこなら確実に席は空いている。
散々考えた末、和衣はその言葉に頷いた。
「でもカフェいると、絶対何か食べちゃうんだよねー」
「いいんじゃない? 和衣、痩せ過ぎだもん、もっと何か食べたほうがいいよ」
「ヤダ。太ってぶよぶよになった俺なんて、祐介だって嫌でしょ?」
「いきなりぶよぶよ? てか、お菓子ばっか食べてないで、ちゃんとご飯食べな」
「…分かってるし」
もともと睦月に、保護者のように過保護にしていたせいか、ときどき祐介は恋人である和衣にさえ、まるでお母さんのような言い方をしてくる。
嫌ではないけれど、いつか恋人としてでなく、手の掛かる子どものように思われるようになったら嫌だなぁ、て和衣は思う。
カフェテリアには、和衣たちのように行き場のない学生がたくさんいて、テーブルにテキストを広げていた。
それでも今はまだ授業中だから、席はまだ十分空いてる。
「あー…今日バイトだー…」
席に着く前に買ってきたいちごミルクのパックにストローを刺した和衣は、ウンザリしたようにテーブルに突っ伏した。
今のコンビニバイトは嫌いではないが、試験前で勉強に追われている和衣には、ちょっと憂鬱だ。
「バイトのシフト変えたら? 取ってる授業の時間とか変わったんだから、バイトもちょっとはそれに合わせないとキツイんじゃない?」
「そうなんだけどー」
祐介のもっともな意見に、しかし和衣はすぐには納得しない。
「だって和衣、水曜日、授業終わったらダッシュでバイト行かないと間に合わないんだろ? ちょっと無理があるんじゃない?」
水曜日は5時限目まであって、チャイムと同時に授業が終了しても6時を過ぎるのに、話が途中のままでは終わらせてくれない教授のおかげで、終了時間をだいぶオーバーしてしまうことがあった。
そんなサービスいらないのに、と思うが、教授はもちろんお構いなしだ。
「そうなんだけど、だってむっちゃんが待ってるし」
「え?」
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7月 なぜだか夢で会いました。 (4)
最初は和衣の授業が終わるのを待っていたが、あまりにもギリギリすぎるので、先に行くことにしたのだ。もちろん和衣は心配で反対したが、まだ明るい時間だから大丈夫と言うから、不満は残るが了承した。
バイトが終われば、もう真っ暗だから、帰りは一緒だ。あの日以来、和衣は、バイトが終わったら睦月と一緒に帰ると決めている。
だから、和衣がバイトのシフトを変えれば、睦月だって動かさないといけないと、本気で思っていた。
それを祐介に伝えれば、何とも言えない表情で目を逸らされた。
「え、何?」
「…何でもないよ」
まだ話は途中なのに、祐介は「もう勉強始めよう?」と、テキストを広げた。ガチャガチャとペンケースの中を探っている祐介の手付きは少し雑で、いつもの祐介らしくない。
「祐介、どうしたの?」
「え、何が?」
不思議に思って和衣が尋ねても、飽くまで白を切ろうとするのか、祐介は和衣のほうに顔を向けない。
「バイト……やっぱ時間変えたほうがいいかな…?」
「いや、和衣がそれでいいって言うなら、いいんじゃない?」
「本気で思ってる?」
「思ってるよ」
「言ってよ、ちゃんと」
テキストに視線を落としたままの祐介の腕を、和衣はキュッと掴む。
言ってくれなきゃ、分からない。
祐介にだって、和衣に言いたくないことの1つや2つあるだろうけど、それを隠しておきたいなら、そんな顔をしないでほしい。気付かせないでほしい。
いやきっと、今の祐介の態度だって、他の人が見ていたら、特に何も気にならなかったかもしれないけれど。
でも自分は祐介のことが好きで、好き過ぎて、些細なことにまで目が行って、そして気付いてしまう。
「祐介、ちゃんと言ってよ、ねぇ」
「言ってるって。和衣のバイトなんだし、俺が口出しすることじゃないって思っただけ」
「…」
祐介が話を中断したのは、絶対にそんなことのせいじゃないて分かるのに、でもこれ以上聞き返せない。
あんまりしつこいのは、嫌がられるかもしれない、て思ったから。
祐介を好きになって、恋人同士になって、和衣は前よりもずっと臆病になった。
きっとそんなことはないって信じているけれど、でももしかしたら自分の言動や行動、少しのことでも、もしかしたら祐介の気に障るようなことがあったら、嫌われるんじゃないかって、ずっと怯えている。
和衣はもう1度だけ声を掛けようとして、でもやっぱりやめて、ノートを開いた。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (5)
「え?」
水曜日。
いつものようにダッシュでコンビニにやって来た和衣は、バイトの間中、ずっと上の空だった。
お客さんが来ても挨拶をしそびれたり、おにぎりやらお弁当の陳列を間違えたり。こんな調子だと、いつレジをし間違えてもおかしくないと思い、心配になった睦月が声を掛けた。
「何が? 俺、また何か間違えちゃった…?」
「そうじゃないけど、何か元気ないし、ボーっとしてる」
「…ゴメン。気を付ける」
「いや、いいんだけどさ、……大丈夫なの?」
和衣は視線を彷徨わせた後、力なく笑って頷いた。
あれ以来、祐介は和衣のバイトのことについて何も言って来ない。和衣がそのことを相談しようとしても、『和衣のバイトのことだから』と言って、口を出さないという態度を続けている。
そんな状態のまま、週が変わって水曜日。
5時限目の選択科目は、チャイムと同時には終わってくれなくて、10分オーバー。ただでさえ急がないと間に合わないのに、このロスは大きい。
慌ててテキストやらを片付けている和衣の隣で、祐介はその様子を黙って見ていた。
何か言いたいことでもあるのだろうかと、いや、何か言ってほしいと和衣は期待したが、結局祐介は何も言わずに和衣を見送った。
そのときの、祐介の顔が忘れられない。
(バイト……どうしよう…)
真面目な性格の祐介のことだ。バイト自体に反対はしなくても、そのことで授業が疎かになるのを、快くは思っていないだろう。
和衣はきちんと授業が終わるまで教室にはいるけれど、チャイムが鳴ってもまだ終わらないときは、早く終わってほしいと、ソワソワしているのも確かだ。
そんな態度が、祐介には伝わっているのかもしれない。
(バイトの時間ずらして、水曜日はむっちゃんのお迎えに行こうかな。それなら時間も余裕があるし…)
もしかしたら、祐介よりも過保護かもしれない発想に陥っていた和衣は、「お疲れ様」と言う店長の声にハッと我に返った。
時計を見れば、もう上がる時間だった。
「今日カズちゃん、ずっとボーっとしてたね」
「うーん…」
「やっぱダッシュで来るの、大変なんじゃない?」
「いや、ダッシュなのは別に平気なんだけど…」
バックルームで着替えながら、何となく和衣は口籠ってしまった。
「早くテスト終わるといいねー。休みになったら、バイト来るのも楽になるじゃん」
「…うん」
少なくとも、夏季休暇の間は時間的な余裕があるから、睦月の言うとおり、バイトに来るのは楽にはなるが、それでは根本的な解決にはならない。
やはりもっと祐介と話をしたほうがいいのかもしれない。
怖がっているだけでは、何も変わらないし、前にも後ろにも進めない。
「夏休みになったら、ゆっちといっぱい一緒にいられるじゃん」
「え、何急に」
「んー? だってカズちゃん、ゆっちとあんま一緒にいられなくて、寂しいんじゃないの?」
「そんなこと…」
睦月たちと違って部屋が別だから、1日のうちでも一緒にいられる時間は限られているが、それでも学校では会えるから、寂しいと感じるほど離れ離れでいるわけではない。
なのに、睦月が今指摘したように、和衣の心の中は、寂しさを感じている。
(…そっか、心が遠いんだ)
近くにいるのに、その心の内が分からないから。
祐介が何を考えているのか分からなくて、分かってあげられなくて、それが辛い。
何か言いたそうな顔をしているのに、何も言ってくれない祐介の心を、すごく遠くに感じた。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (6)
試験が終わった解放感から、打ち上げと称して飲みに行った連中もいたが、翔真は何となくそんな気にもなれず、ごく普通に帰宅した。
ギシリ。
椅子の軋む音に目を開ければ、蒼一郎が部屋を出て行こうとしている。
「あ、悪ぃ、俺がいると集中できない?」
一応静かにしていたつもりだが、人の気配がするせいで蒼一郎が勉強に集中できないのだとしたら、申し訳ない。
蒼一郎がそんなに繊細なヤツだとは思わないが、何しろ蒼一郎はこの試験で悪い点を取るわけにはいかないのだから、気を遣ってあげたい。
「うぅん、違う。ちょっと真大のとこ行ってくる」
「え、真大?」
「分かんないとこあるからさ、聞きに」
蒼一郎が勉強を聞く相手は郁雅だろうと思ったが、今、手っ取り早くそばにいるのは真大だし、意外にも(と言ったら悪いが)真大の成績は結構いいらしい。
「電気消してくよー」
「えー…そんなんしたら、俺寝ちゃうー…」
「ショウちゃん、超眠そうじゃん」
「んー…」
試験が終わって気が抜けたせいか、まだ寝るような時間でもないのに、本当にウトウトしてきてしまった。
蒼一郎に適当に返事をして目を閉じると、数分もしないうちに眠りに落ちた。
翔真の意識が浮上したのは、あれからどのくらい経ってからだろうか。
目を開ければ、蒼一郎が消していった部屋の電気が点いていて、眩しい。部屋の中は静かで、この明るさのせいで目が覚めたのだろう。
部屋の電気が点いているということは、まだ朝にはなっていないということだ。
「蒼…?」
人影が見えて声を掛ければ、起きたばかりでうまく声が出ない。
寝返りを打ってその人影を見れば、それは蒼一郎ではなく真大だった。蒼一郎と一緒に来たのだろうか、けれど他に人の気配はない。
「真大…?」
「あ、山口くん、おはよう」
「おはようって……まだ夜じゃん」
翔真は何となくそう突っ込んだが、気になったのはそこではない。
どうやら1人でここに来たらしい真大が、どうしてか翔真ににこやかに笑い掛けている。
「え…何で…」
驚いて体を起こせば、「何そんなに驚いてんの?」と、真大はケラケラ笑い出す。
これが驚かずにいられるだろうか。
いくら誤解が解けて少しは打ち解けたとはいっても、それは"前に比べたら"というだけで、実際はこんなに笑って話が出来るほど仲良くなったわけではない。
なのに。
「山口くん、何でそんな顔してんの?」
「だって…」
真大は何も気にしていないように笑っている。
「あ…蒼は? 勉強教えてもらうって、お前の部屋…」
「んー? 終わった」
相変わらずのタメ口。
いつもと変わらないはずなのに。
「終わったって……いや、何でお前がここに…」
「ダメ? いいじゃん、山口くんに会いたかったんだし」
「俺に?」
まさか何か裏でもあるのではないだろうか、しかし真大はにこにこしながら、翔真のベッドに腰掛けた。
一体今は何時なのだろう。
朝にはなっていないが、ずいぶん遅い時間のはずなのに、パジャマ代わりのスウェット姿の翔真と違い、真大は部屋着でもない、まるでこれから出掛けるような格好をしている。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (7)
「冷たいこと言うんだね……翔真」
「えっ」
真大に名前で呼ばれて、ギクリと心臓が跳ねる。
前に、『山口』と思い切り名字を呼び捨てで呼ばれたことはあるが、下の名前を呼ばれたのは初めてだ。
「ダメ? そう呼んだら」
「ダメ、じゃない…」
真大に顔を覗き込まれ、翔真はやっと声を出して返事をした。
変に喉が渇いている気がする。
「真大…」
「なぁに、翔真」
真大が笑い掛ける。
名前を呼ぶ。
クラクラする。
「まひ…」
「ショウちゃん」
――――え…?
「ショウちゃんー、起きなよー。もう起きないと遅刻だよー」
何、で…?
だって今、翔真、て…。
「ショーちゃん!」
「うわっ!?」
開けた視界。
目いっぱいに広がっていたのは、蒼一郎の顔。
「え? え?」
「あのさー、寝起きだから許すけど、人の顔見てそれだけ驚くって、ちょっと失礼じゃないー?」
わけが分からずに翔真がキョロキョロしていると、蒼一郎が笑いながら簡易キッチンのほうへと向かっていく。
「夢…?」
さっきまで翔真の隣で真大が笑っていたのも、『翔真』て甘い声で呼ばれたのも。
あまりにもリアルな感覚に、まだあれが夢か現実か、区別がつかない。
けれど、今部屋が明るいのは日の光が差し込んでいるからで、部屋には翔真のほかに蒼一郎しかいない。
真大はいない。
さっきまで真大の隣に座っていたはずの翔真も、なぜかまだベッドに横たわっていて。
「蒼…、昨日何時くらいに帰って来た?」
まだわけが分からなくて、翔真はベッドを下りると、蒼一郎のもとに行く。
「1時過ぎくらいだと思うけど?」
「真大は? ここに帰って来たのって、お前だけ? それか、お前が帰る前に真大がここに来なかった?」
「えぇ? 来ないんじゃない? 俺、ずっと一緒にいたし」
怖いからトイレも一緒に行ったし! と、蒼一郎は余計な情報まで付け加える。
「…そう」
「んー? 真大に何か用事?」
「うぅん、そうじゃない。何でもない」
蒼一郎がずっと真大と一緒にいたのだとしたら、やはりあれは夢だったようだ。翔真に笑い掛けたのも、名前を呼んでくれたのも。
どうしたってあのとき部屋にいたのは、自分と真大だけだ。
蒼一郎が無駄な嘘でもついていない限り、物理的にあり得ない状況なのだから、夢と結論付けるしかない。
それに、『翔真』なんて……いくら何でも、そんなふうになんて呼んでくれるわけがない。
(でも、呼ばれて嬉しいとか、ちょっと思ったし…)
何てことだ! と、翔真は頭を抱える。
夢に出てくるなんて、そんな、思春期じゃあるまいし。しかも名前を呼ばれて嬉しいとか。
「はぁ…」
試験が終わって、やっと一段落したというのに、翔真の心はなかなか晴れることはなかった。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (8)
店長にひどく期待に満ちた目で見られ、とても睦月はそれを裏切ることなど出来ず、結局今年もお盆に帰省の夢は叶わなかった。
「あぅ…」
いつものカフェテリアでその話をすると、みんなの何とも言えない視線が集まって、いたたまれなくなった睦月は、テーブルに突っ伏した。
「いいもん、俺、バイトがんばるもん! みんな実家帰って楽しんで来ればいいんだもん!」
わーん、と泣きまねする睦月を、仕方なく翔真があやしてやれば、亮が「何でお前がそんなことすんだよ!」て騒ぎ出す。
単に座っていた席の問題だったのだが、騒ぎ立てる亮を尻目に、睦月が翔真に甘えるものだから、亮はさらに悔しそうにテーブルを叩く。
そんな亮を制止しながら、和衣はけれど亮を羨ましく思った。
もし祐介が睦月みたいなことをしたら(彼の性質上、そんなことは絶対しないだろうが)、以前だったら和衣も、亮のように感情を露にしていたに違いない。
だって嫌だもん。
冗談でも、自分以外の人に抱き付くとか、甘えるとか、そんなの嫌だ。
でもそんなこといちいち言って、面倒くさいとか思われたくないし…。
「もー、亮しつこい!」
あんまりにもうるさい亮に、とうとう睦月がキレた。
もちろんそれが冗談なのは分かるし、言われたのは亮だけれど、思わず和衣までギクリとしてしまった。
横目でチラリと祐介の様子を窺えば、睦月にキレられて落ち込む亮に苦笑している。
(どう…思ってるのかな。俺が亮みたいなこと言ったら、祐介、何て言うのかな…?)
和衣は人知れず溜め息をついた。
「ねぇ、でもさぁ、カズはお盆は帰るんでしょ?」
「え、うん」
翔真の言葉に、何の気なしに返事をした和衣は、そこでふと気が付いた。
あ、という顔をする和衣に、睦月が「どうしたの?」と小首を傾げる。
「むっちゃん、ダメじゃん! そしたらむっちゃん、1人でバイトじゃん!」
「あ、そっか」
お盆に帰省する和衣と、そのままバイトを続ける睦月。
いくら何でも、一緒になんて帰れない。
「うん、まぁでもいいよ。何とかする」
「何とかって?」
「うー…ん、何とか。何とかは何とか!」
特に何の当てがあるわけでもなかったようで、和衣に突っ込まれた睦月は、全然言い訳にもならない言葉でごまかそうとする。
「大丈夫だよ、カズちゃん、実家帰んな?」
「でも…」
何かそんなの、納得がいかない。
睦月本人がいいとは言っているけれど、でも何かそんなの…。
「だったら亮が、ご飯係で残ればいいじゃん」
「ちょっショウ! 俺はご飯係じゃねぇ!」
「似たようなもんじゃないの?」
全然違ぇ! て、また亮が騒ぎ出すから、結局お盆の話はうやむやにそれで終わりになってしまった。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (9)
翔真に言われるまで、全然気付かなかった自分の鈍感さが、恨めしい。
こんなことなら、もっとちゃんとシフト表を見ておけばよかった、と、睦月と別れてからも、和衣はずっと思い続けていた。
「和衣」
「今から勤務の変更とか出来るかな?」
「かーずい」
「え?」
1人で悶々と悩み続けていた和衣は、自分を呼ぶ声にようやく我に返った。
祐介の部屋。
同室者がさっさと帰省したと聞いて、和衣はさっそくやって来たのだ。
「ねぇ祐介、どう思う?」
「…バイトのこと?」
「うん」
和衣はすごく真剣に悩んで、まじめな質問をしているのに、祐介の表情は何だかうんざりしているようにも見える。
「睦月がいいって言ってるんだから、いいんじゃないの」
「でも!」
いつもだったら、誰よりも睦月のことを心配するはずの祐介らしからぬセリフに、思わず和衣も声を大きくしてしまう。
「もし何かあったらどうすんの!?」
「そうだけど」
「やっぱ俺、バイト…」
「和衣!」
まだバイトの話を続けようとする和衣に、祐介が声を荒げた。
今まで、付き合うようになってからはもちろんのこと、出会ってからだって1度もこんな強い口調の祐介は見たことがなくて、和衣は驚いて少し怯んでしまった。
「祐介…?」
「和衣の気持ちは分かるけど、そこまで睦月に合わせなくたって、」
「でも!」
「最近和衣、口を開けばその話ばっかだよ」
「そんなことないよ! …ねぇ、祐介、何で怒ってんの?」
怒らせるつもりなんかない。
怒らせたくなんかないのに、けれどそんな和衣の気持ちとは裏腹に、自分の何かしらの態度が祐介を怒らせているのも事実で。
「別に怒ってるわけじゃないよ」
「でも怒ってるでしょ?」
「そうじゃないって」
苛立たしげに溜め息をついて、祐介は体ごと和衣から視線を外す。
まるで、もう話すことなんかないと言っているようだ。
「何で何も言ってくんないの…?」
「…え?」
「祐介こそ、最近ずっとそんなじゃん! 言いたいことあるなら、言ってよ!」
「別に、」
ゆっくりと、和衣のほうを向き直った祐介は、けれど何かを話し出そうとはしない。
和衣は、キュッと唇を噛んだ。そうでなければ、泣き出してしまいそうだった。
「…言いたいことはないけど、」
「ッ…、それは、俺とは話したくないってこと?」
「そういう意味じゃないよ」
「嘘、そういうふうに聞こえるもん! もういいよっ」
「和衣!」
和衣が祐介に背を向けるのと、祐介が椅子から立ち上がるのは、ほぼ同時だった。
しかし伸ばされた祐介の手をすり抜けて、部屋を飛び出してしまう。
祐介は追いかけようと1歩踏み出したけれど、目の前でバタンとうるさく閉じたドアを、開けることは出来なかった。
「クソッ」
祐介は忌々しげに、壁を殴った。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (10)
思わず祐介の部屋を飛び出してしまった和衣は、行き場がなくて、涙を堪えながら廊下をうろついていた。
自室の前まで来て、けれど部屋には同室者がいるから、泣いて帰れば何事かと思われる。
「ど…しよ…」
何だか急に心細くなって涙が溢れ出し、和衣はその場に蹲った。
こんなところで泣いている場合じゃない、せめて自分の部屋に戻ろうと思うのに、足が動かない。
「ぅ、う…」
「――――カズちゃん?」
「ッ!?」
突然掛けられた声に、弾かれたように顔を上げれば、驚いた顔の睦月が駆け寄ってきた。
「カズちゃん…?」
「ふ…ぅ、う…、ふぇっ…」
睦月の顔を見たら、急に安心してしまって、涙が止まらなくなった。
安普請のアパート。
廊下であまりバタバタしていると、何かあったのかと部屋から顔を覗かせる輩もいるだろうから、睦月は何とか和衣を立たせると、自分の部屋に連れて行った。
幸い、亮は出かけていて、いない。
「むっちゃ…ど、しよ…」
「ん? どうした?」
「ど…しよ、俺…」
睦月の腕の中、伝えたいことはあるのに、涙で言葉が詰まって出て来ない。
どうしよう、祐介とケンカをしてしまった。
いや、ケンカならまだしも、一方的に言い捨てて、部屋を出て来てしまった。
呆れたのか、怒っているのか――――嫌いになってしまったのか。
追いかけても来てくれない…。
「どうしよう、むっちゃん、どうしよう…」
「何があったの? ね、教えて?」
「俺、祐介に…」
祐介に、ひどい言葉を投げ掛けてしまった。
もっとちゃんと話を聞けばよかった。
話すことはないって言ったけど、でももっと丁寧に聞いて上げればよかった。
怒らせたのはきっと自分で、その原因を、もっと考えればよかった。
「うぅ…、どうしよう…」
睦月の胸に縋り付きながら、和衣は泣きじゃくった。
もう涙の止め方も分からなくて、ただ祐介と言い争ってしまった事実が、後悔とともにグルグルと頭の中を回って。
「祐介に…、嫌われたら、俺、ど…しよぉ…」
「何で? ゆっちはカズちゃんのこと、嫌いになったりなんかしないでしょ?」
「でも…でも俺…、俺が…ふうぅ…っく…、うぅ…」
和衣の言葉からすると、おそらく祐介とケンカでもしたのだろうと推測できたが、あまりにも和衣が自分を責めるものだから、本当に心配になる。
長い付き合いの祐介だが、彼が怒るといえば、相手のことを心配してからこそのことで、無意味に人を、ましてや恋人を傷付けるようなまねなんて、するとは思えないのに。
「…ね、カズちゃん。ゆっちはさ、カズちゃんのこと泣かすようなヤツじゃないでしょ? カズちゃんだって、ゆっちのこと怒らせたりとか、するような子じゃないでしょ? ね、何があったの? 教えて?」
「だっ、て…ゆう…怒って……俺が、ひどいこと…言ったから…」
「ひどいこと、言っちゃったの?」
「ゆう…何も言ってくんな、い…から、だから…分かんな、い、て、ふぇっ…」
言ってくれなきゃ、分からないのに。
怒ったり、辛かったり、何か嫌なことあったり、そんなの全部知っていたいし、分かち合いたいよ。
教えてほしいよ。
俺じゃ頼りにならない?
それとも、聞かれたくないことなのに、しつこかった?
ごめんなさい、怒らせるつもりじゃなかったの。
祐介のこと、一番に分かってあげたかったの。
「ゆ…すけ、ゴメン…」
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7月 なぜだか夢で会いました。 (11)
「え、何?」
そんなにうるさく入って来たつもりもないが、静かにしろという睦月からのサインに、思わず声を潜ませて尋ねた。
「カズちゃん寝てるんだから、静かにして!」
「え、カズ?」
寝てる、て? と亮が部屋を見渡せば、なぜか和衣が、亮のベッドで寝ていた。
「何でカズが俺のベッドで寝てんの…?」
「泣き疲れて寝ちゃったから、俺がベッドまで運んだの」
「いや、睦月が運んだのはいいんだけど、何で俺のベッドなの?」
「だって俺のベッドに寝かせたら、俺が寝れないじゃん」
「……」
確かに睦月の言い分は間違っていないが、だとしたら、同じ理屈で亮だって寝ることが出来ないということを、睦月は本気で分かっていないのだろうか。
「俺、カズと添い寝なんて、ちょっと嫌なんだけど…」
子どものころは一緒に寝たこともあるけれど、この年になって、何も1つのベッドで寝たくはない。
しかも泣き疲れて寝たということは、一緒のふとんに入って添い寝をする以上、やはり何か慰めてやったりしなければならないのかとも思うし。
「カズちゃんだって、お前と一緒に寝るとか、嫌がると思うよ」
「じゃあ、むっちゃんのベッドで寝かせてくれる? 一緒に寝よ?」
「むっちゃんとか、キモイ。つーか、暑くて狭いからヤダ」
ちょっとだけかわいくおねだりしてみたら、あっさりバッサリ、しかも何だか全否定ぽくて、亮は少し落ち込んだ。
「おい、じゃあ俺はどこ行きゃーいいんだよ」
「何とかして」
「……、祐介んとこ行こうかな…。一緒の部屋のヤツ、もう実家帰ったって言うし…」
「ダメ」
至極まっとうなことを言ったつもりなのに、睦月からすかさず反論の声が上がった。
「あんなバカのとこなんか行くな」
「ひどい言い草だな、おい」
「バカだよ、あんなヤツ」
ひどく憤慨している様子の睦月に、亮は眉を寄せた。
今までそれとなく祐介への文句は聞いてきたが、睦月が、こんな言い方で祐介を貶すようなことなんて、1度だってなかったのに。
「え、もしかしてカズが泣いたとかって、まさか祐介…?」
「よく分かんないんだけど、ケンカしたみたい。でもカズちゃん、何かすごい自分のこと責めてるし…」
「ウッソ、コイツらが?」
だって和衣はべた惚れ過ぎるくらい祐介に惚れているし、祐介だって本当に和衣のことを大事にしているのに。
「でも、だとしたって、ケンカくらいすんじゃん」
「ま、普段あんま口に出さないヤツほど、心の中で何思ってんのか分かんねぇしな。実は祐介もいろいろ考えてんのかもよ?」
「何で口に出さないの?」
「え、そりゃ、言いたくないことだって…」
「あるかもしんないけど、でもそれでカズちゃん傷付けて、……それでもいいの?」
睦月にまっすぐに見つめられ、亮は返す言葉がなかった。
人には、たとえ愛する人にだって、いや、愛する人にだからこそ、言いたくないことだとか言えないことだってある。
いくら睦月だって、それが分からないことはないだろう。
でも睦月の言うとおり、そのことでまた、愛する人を傷付けてしまうことだってあって、それでも言わないままでおきたいことなんて、一体何があるだろう。
「…亮、俺のベッドで寝ていいよ」
「へぇっ?」
「俺がゆっちのとこで寝る」
「…………、えぇっ!?」
驚いて素っ頓狂な声を上げる亮を置いて、睦月は部屋を出て行った。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (12)
「、いきなり人の部屋来て、何だよお前」
「バカだからバカっつったの」
思いがけず鍵の開いていた祐介の部屋に入れば、机に向かっていた祐介がすごく嫌そうに睦月を見た。
机に向かっていたといっても、本もノートも、何も広がっていない。
睦月は立て続けに文句を言って、祐介のベッドに転がった。
「ちょっ、睦月、何して…」
「いいじゃん、俺、今日ここで寝る」
「お前がそこで寝たら、俺はどこで寝たらいいんだよ」
「隣空いてんじゃん」
すでに帰郷した同室者のベッド。
ずぼらな性格なのか、帰省してしばらくはここに戻ってこないだろうに、ベッドから抜け出したときのままの格好で、ふとんがグチャグチャになっている。
祐介は、2つのベッドを見比べた後、溜め息をついて椅子に座り直した。
やはりあのグチャグチャのベッドでは、寝る気にならないようで、しかも、どうせ睦月も口だけで、そのうち帰るだろうと踏んでいるらしい。
「ゆっちってさぁ」
睦月がやって来て、何かしなければ話に付き合わされると思ったのだろう、祐介は取って付けたように、カバンの中から手帳を取り出して広げた。
ベッドの中の睦月はその様子を眺めながら、聞こえないふりでもするつもりの祐介に構わず、話し始めた。
「ゆっちって、昔から、何でも自分で解決してたよね」
「…何、急に」
祐介がゆっくりと睦月を振り返った。
「相談とかさ、あんましないじゃん? 昔から。何で?」
「何でって…」
そんなこと言われても、困る。
別に意識してそうしてきたわけではないし、自分では必要なときは相談なり、話なりして来たつもりだ。
「睦月こそ、何で急にそんなこと、……どうしたの?」
「知りたくなったから。何でなの?」
「別に理由なんかないよ、そんなの」
「ふぅん」
さらに追及されるのかと思ったが、睦月は急に興味をなくしたように、ゴロリと転がって、タオルケットに包まった。
「ちょ、おま…ホントにそこで寝る気かよ」
「寝るってば。だって俺のベッド塞がってるし、他に寝るとこない」
「は? 塞がって…て、何で?」
「亮が寝てるから」
「はぁ?」
ますます意味が分からない。
亮と睦月は同じ部屋だから、誰がどっちのベッドを使おうと知ったことではないが、亮が睦月のベッドを使っているのなら、もう片方のベッドが空いているのでは?
何も人の部屋まで来て寝なくとも、そちらで寝ればいいのではなかろうか。
「だって亮のベッド、カズちゃんが使ってるし」
「え…?」
「てことで、俺の部屋のベッドは全部埋まってるのです。だから俺はここで寝る」
「ちょっ待っ…、和衣、お前の部屋にいんの?」
「いるけど?」
驚いた祐介が、慌てて睦月のタオルケットを引っぺがすものだから、包まっていた睦月はひどく鬱陶しそうに祐介を見た。
「何で和衣がお前の部屋にいんだよ!」
「別にいいじゃん、いたって。何怒ってんだよ、お前」
狼狽している祐介をよそに、睦月はゆっくりと起き上がって、息をついた。
「カズちゃん、泣いてたよ」
「え…」
「何驚いた顔してんの? お前が泣かせたくせに」
「俺が…」
「分かってんだろ? カズちゃんさぁ、張り詰めすぎちゃって、もうパンクしちゃいそうだよ」
「…」
やはり思い当たることはあるようで、祐介は視線を彷徨わせている。
いくら睦月が鈍感だって、そんな祐介の態度に気付かないはずもなくて、呆れたように祐介を見ている。
「カズちゃん、お前が何も話してくんないて言ってたよ」
「何も、て…」
隠し事をするというわけではないが、祐介が昔からあまり自分のことや思っていることを表に出さないタイプで、睦月はもう慣れていて何とも思わないけれど、和衣は違う。
だって、恋人だから。
友だちと、恋人は、だって違うから。
やっぱり何だって打ち明けてほしいし、分かってあげたい、て思うから。
「カズちゃん泣かせてまで話せないこと、て何?」
「そんなの…」
「別に俺には言わなくてもいいけどさ。何かな、て思っただけ。もう寝る!」
「え、おい、ちょっ…」
そう言ってタオルケットに包まる睦月に、祐介は慌てるが、今度はタオルケットを引っ張ったところで、睦月は顔を覗かせなかった。
「もうお前と話すことなし! 後はカズちゃんに話せ!」
「ちょ、睦月!」
一方的に話を打ち切られ、戸惑いながらもう1度声を掛けてみたが、睦月からはもう反応がない。
何となく後味の悪い、嫌な終わり方。
(話すことないとか…)
けれど、同じセリフを和衣に言ったのは、他ならぬ祐介で。
言われてみてやっと気付いたけれど、結構ショックな言葉だ。
(――――バカなのは俺だ)
しかも睦月に言われて思い知るとか。
昔からずっと、ずっと面倒を見てきたつもりになっていたけれど、いつの間にか睦月も自立していて、こんなふうに気付かせてくれる。
「……ありがと、睦月」
ほんの少しだけ、タオルケットの膨らみが動いた気がした。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (13)
いつの間に眠りに落ちていたのかは分からないけれど、ふと意識が浮上してきて、そばに人の気配がするのに気付いた途端、和衣は一気に覚醒した。
「…え、……、ッ、ゆうっ…」
「シー…!」
目を開けて、そこにいたのは祐介で、ビックリしすぎて変な声を上げそうになったけれど、祐介が静かにと言うように、立てた人差し指を口元にやったので、息と一緒に声も飲み込んだ。
「な…」
薄暗がりの中、何度も瞬きをして、自分を覗き込むその顔を確認するけれど、やはりそれは間違いなく祐介で。
和衣は、自分があまりにも祐介のことを思い過ぎて、夢にでも出てきたんだろうかと思った。だって祐介はすごく怒っていたはずなのに、今まさに目の前にいる彼は、ひどく穏やかな顔をしている。
「和衣、ゴメン。起きれる?」
「え?」
「ちょっと外、行こう?」
祐介がひどく真剣な表情なので、和衣は思わず頷いた。
起き上がってみれば、ここがいつも自分が使っている側のベッドでないのに気が付いた。そしてよく見れば、部屋自体、自分の部屋ではなくて、睦月の部屋だ。
「ここ、むっちゃんの…」
睦月の部屋だが、寝ていたのは亮のベッド。
そしてなぜか、睦月が普段使っているベッドには、亮が寝ている。
「…ん、だから出よ?」
「うん…」
何だかよく分からないけれど、和衣は言われるがまま、ベッドを下りて部屋を出る。
時計は見忘れたけれど、外はまだ暗い。夜。
「祐介、どこ行くの…?」
「ちょっと話出来るトコ。外、出よっか?」
「でも俺、こんな格好…」
真夏、夜になっても蒸し暑い空気。
和衣はTシャツとジャージ姿。睦月の部屋に駆け込んだときは、ジーンズを穿いていたから、睦月が着替えさせてくれたか、やはりこれが夢かのどちらかだろう。
どこで話をしようか、みんな寝ているだろうとはいえ、この静まり返った夜中、廊下で話なんてしていれば、部屋の中にまで声は漏れるだろうし、誰に話を聞かれるか分からない。
夢かもしれないけれど、せっかくもう1度、祐介と話せるチャンスが出来たのに……と、和衣が困惑していると、キィ…と小さく音を立てて、先のドアが開いた。
誰か出てくる…! と和衣は身を固くしたが、現れたのは睦月で、よく見ればそこは祐介の部屋だった。
「むっちゃん…?」
少し離れた場所だったけれど、思わず漏らした和衣の声が聞こえたのか、睦月がゆっくりとこちらを振り向いた。
ひどく眠そうな顔。
寝癖も付いているし。
「……トイレ…」
寝惚けた調子でポツリ呟いて、睦月はトイレへと向かった。
和衣と祐介は顔を見合わせたが、「俺の部屋、行こう」と祐介が手を引くから、和衣はそれに従ってしまった。
「むっちゃん、戻って来るよ…?」
「鍵閉めたから、平気」
そういう問題? と和衣は首を傾げるが、元はといえばここは祐介の部屋だ。
祐介がベッドに腰を掛けるので、和衣もその隣に座った。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (14)
「…うん」
どこを見ていたらいいか分からなくて、伸ばした足、自分の爪先をジッと見ていた和衣だったが、返事をしたきり何も話し出さない祐介にチラリと視線を向ければ、バッチリと目が合ってしまって、そのまま動けなくなってしまった。
「……ぁ…、……あの、俺…」
「待って和衣、ゴメン!」
「え? え?」
「ゴメン、まず謝らせて! …ゴメン」
何か喋らなきゃ、と焦る和衣の言葉を制して、祐介は捲し立てるようにして謝った。
「ど…して、祐介…、何で謝んの…?」
「…和衣のこと、すごい傷付けたから」
「でも俺も今日、ひどいこと言った…」
自分の投げ付けたひどい言葉を思い出し、和衣は再び目を潤ませる。
「違う…、今日だけじゃなくて、俺、和衣がいろいろ悩んだり考えたりしてるのとか、全然分かってなくて…。和衣も一生懸命俺の話、聞こうとしてくれたのに、話すことないとか、俺、すげぇひどいこと言った」
「祐介のせいじゃない…。だって俺、しつこかったよね。言いたくないことだってあるのにさ、無理に聞こうとして……ゴメン」
祐介にずっと見られているのが堪らなくなって、和衣は顔を背けて目を伏せた。
「前はさぁ、和衣がそう思ってたのかな、て思ったんだ」
「え?」
「和衣が、睦月の話ばっかするから、……ちょっと嫉妬した」
「えっ」
思い掛けない言葉に、和衣は驚いて顔を上げる。
「え…、むっちゃん…?」
「睦月の、バイトのこと。和衣、ずっとそのこと気にしてるし、何か……うん」
「別にむっちゃんは…、俺、そんなつもりじゃなくて…」
「分かってる。俺だって睦月のこと、もうあんな目に遭わせたくはないし…。分かってたんだけどさ。何かすげぇイライラして……和衣が悪いわけじゃないのに、何か乱暴な言い方して、……ホント、ゴメン」
目の前で頭を下げる祐介に、和衣は何とも言えない気持ちになって、鼻の奥のほうがツンッ…てなって、泣かないように唇を噛んだ。
言われてみれば、祐介の前で、睦月の話ばかりしていた。
確かに睦月のことは心配で、バイトのときは亮も祐介もいないし、自分が何とかしなきゃ、て思っていたから、自分の都合を無理してでも、睦月のそばにいようと思ったし、そうしてしかるべきだと感じていた。
だから、今までずっと過保護なほど睦月のことを心配していたはずの祐介が、どうして理解してくれないのかとも思った。
でも考えてみれば、いくら心配だとは言っても、好きな人の前で、友だちのことを、それ以上に大切に思うような言い方をするなんて、軽率だったのかもしれない。
大丈夫だと言う睦月の言葉を、もう少し信じて上げてもよかった。
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7月 なぜだか夢で会いました。 (15)
「和衣が謝ることじゃない、俺が…、っ、」
俺が悪い――――続けようとした祐介の言葉は、そこで途切れた。
隣に座っていた和衣が、キュッと抱き付いて来たから。
「も…謝んないで。祐介の気持ち、ちゃんと分かったから…」
「和衣…」
「だから、俺もちゃんと言うから、祐介も何でも話して? 全部は受け止めらんないかもだけど、俺、何でも分かって上げたいの。……出来れば、むっちゃんよりも」
「…うん」
祐介も、和衣の背中に腕を回した。
華奢な体を包み込む。
「ホント、一番好きなの、…祐介のこと」
「俺もだよ」
「好き…」
ずっと心が遠かった、その切なかった想いが、祐介の腕の中、ようやく融けていく。
堪えていた涙が溢れて、祐介のTシャツに染み込んでいく。
顔を上げさせられそうになって、でも泣き顔を見られたくなくて拒んだけれど、「和衣」て呼ばれて、少し頭を動かした。
「俺も和衣のこと、一番に好きだよ」
親指で涙を拭われて、1つしゃくり上げた和衣の唇に、キスを落とした。
*****
翌日、カフェテリア。
「変なんだよね、俺、昨日、ゆっちの部屋で寝たはずなのに、目が覚めたら自分のベッドで寝てた」
不思議そうに首を傾げる睦月の言葉に、ギクリとしたのは、祐介だった。
昨日、トイレに起きた睦月が祐介の部屋を出たのと入れ違いに部屋に入り、そのまま鍵を閉めてしまったのだ。だから入ろうと思っても、睦月は祐介の部屋には入れなかったし、寝惚けていたようだったから、無意識に自分の部屋に帰ったのかもしれない。
けれど祐介は、内心の焦りを悟られないよう、視線を外したまま、コーヒーを啜った。
「でも、むっちゃんのベッドで、亮が寝てなかった?」
夜中、睦月の部屋で目を覚ました和衣は、祐介に連れられて部屋を出る前、確かに睦月のベッドで眠る亮の姿を確認している。
和衣の言葉に、睦月は少し考えた後、眉を寄せた。
「?? 亮……床で寝てたよ?」
「???」
睦月と同じよう、不思議顔をする和衣の隣。会話を聞いていた翔真は、ふと思った。
(むっちゃん、気付いてないだけで、絶対亮のこと、寝惚けて蹴落としてる…)
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (1)
あの浮かれ具合からして、聞かなくても行き先は何となく分かるので、翔真は何も言わないでいる――――のに。
「ショウちゃん、郁んとこ行ってくるね。真大が来たら、知らないって言っといて」
わざわざ蒼一郎は、そんなことを翔真に頼んでくる。
蒼一郎が郁雅と出掛けていることが知れると、真大が怒るから――――というのが理由らしいが、怒るのは真大が蒼一郎を友情でなく"LOVE"として好きだからで、蒼一郎はそのことを分かっているのだろうか。
翔真は、蒼一郎と郁雅が付き合っているのを知っているから、黙っていろと言うなら黙っているが、それを知らない真大を騙しているような気がして、何となく申し訳ない気分になる。
「あのさぁ、蒼。どこに行ってるか言わないでほしいんだったら、俺に行き先言わないで出掛けたらいいんじゃね? 真大に聞かれたとき、知らないフリすんの、何だか心苦しいのですが…」
「……、あ、そっか!」
かねてから思っていたことを口にすれば、蒼一郎はしばしの沈黙の後、ようやく合点がいったのか、あぁ! みたいな顔をした。
本当に勘弁してほしい。
「じゃあ、今度からそうするね。今日のは聞かなかったことにして」
「あー…はいはい」
「じゃーね」
本当に分かったのかどうか怪しいが、蒼一郎は晴れやかに出て行った。
誤解が解けて以来、真大は前よりも打ち解けてくれるようにはなったけれど、翔真が、大好きな蒼一郎と同じ部屋であることに、やはりまだ蟠りがあるのか、亮や和衣に対してほど、気安くは接してくれない。
なのに、翔真の夢の中には勝手に現れるし、もう堪らない。
これじゃ、まるで真大に恋をしているみたいじゃないか。
(あーもう、面倒くさっ!)
彼女にでも連絡しようかと、翔真が携帯電話を手繰り寄せた、そのときだった。
『蒼ちゃん、いるー?』
ガンガンと乱暴なノックの後、廊下から真大の声が響いた。
このタイミングのよさ、いや悪さは、果たして本当に偶然だろうか。
「蒼ちゃん、またいないのー?」
「ちょっお前、」
翔真が返事をしないうちからドアが開いて、真大が上がり込んでくる。
「…何で蒼ちゃん、いないの?」
「出掛けたから」
「またぁ? 俺が来ると、いっつも出掛けてるんだけど!」
「知らねぇよ、お前がそういうタイミングで来るんだろ」
蒼一郎が、嫌でわざと避けているという様子でもないので、やはりタイミングが合わないだけなのだろう。
そんなに会いたければ、連絡でもしてから来ればいいのに。
「あーあ、じゃあ郁んとこでも行こうかな」
「えぇっ!?」
がっかりした真大が漏らした言葉に、翔真は過剰に反応する。
だって、郁は今、蒼一郎と一緒にいる――――翔真は知らないことになっているけれど。
「…何?」
「あ、いや…あの、真大、もしあれなら、俺と出掛ける!?」
「……、何で?」
「ですよねー」
訝しげな視線を向ける真大に、何とかごまかそうとして、けれどかえって墓穴を掘った気がしてならない。
「…考えとく」
「え!?」
ごまかすためとはいえ、自分から誘っておいて、真大にきっぱりとは拒絶されなかったことに、翔真は逆に驚きの声を上げてしまう。
真大は、そんな翔真を一瞥すると、部屋を出て行った。
(え…マジ…?)
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カテゴリー:恋するカレンダー12題
テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
キャラ対話バトン
亮「え、何このノリ…」
拓海「(何か覚えのあるテンションなんだけど…)」
智紀「(ウゼェ…)」
―――さて気になる対話のお題はぁ~!? ジャカジャカジャカジャカ~、ババンッ! 『実は意外とヘタレかも?!なキャラ』です!!
亮「!?」
拓海「えっ…」
智紀「ちょっ」
歩「ッ、」
蒼一郎「えぇっ!? 何で効果音、自分で言ったの!?」
亮「ビックリすんのは、そこじゃねぇよ!」←蒼一郎をど突く
―――数々のヘタレキャラを生み出してきた、この如月久美子。その中でも選りすぐりの5名を集めてみました!
亮「何で!? 何で俺が選ばれんの!? ヤダ!」
智紀「俺だってヤダよ! 拓海はともかく、何で俺!?」
拓海「えっ、俺はともかくって何!? てか何この人選!」
―――(いきなり収拾つかない…。)えーっと…ここに集まった人たちは、私の中の、心の投票箱に投票数の多かった順に選ばれております!
蒼一郎「つまり……久美子さんが思うように選んだってこと…?」
亮「この5人の順位、聞きたいような聞きたくないような…」
―――ちなみに1位は…
歩「わーわーわー! 聞きたくない! そこは聞きたくない!」←耳を塞ぐ
智紀「じゃあお前はそうやって耳塞いでろ。代わりに俺が聞く」
拓海「でも俺、歩は1位じゃないと思うな」
歩「マジで!?」
拓海「だってテーマは、"実は意外とヘタレかも?!"なキャラ、だろ? 歩の場合、全然"実は"でも、"意外と"でもないじゃん。普通に、見た目どおりにヘタレじゃん」
歩「Σ( ̄Д ̄;)!!!」
亮「…何か拓海ってヤツの言い分、すげぇ分かるわ、俺」
蒼一郎「どういうこと?」
亮「アイツの言ったこと、お前にも当てはまるってこと」
蒼一郎「ド━━━(゚ロ゚;)━━ン!!」
―――順位の発表はさておき、今回ランクインされたみなさんへ、コメントをいただいております。まずは悠也さんからです。VTRスタート!
悠也『拓海がヘタレ? あー……うん。そうだね、うん、間違いない』
拓海「ちょっ悠ちゃん、ちょっとは否定してよ!」
智紀「(間違いないとか言われてる…)」
―――続きまして、慶太さんから。
慶太『ヘタレって……え、相川さんが? そうかな? まぁ、歩はしょうがないと思うけど…』
歩「しょうがないって何だよ! 慶太のバカ! バカバカバカ~!」
拓海「(慶太って、ときどき容赦ないな…)」
真琴『えー、でも相川さんだって…』
慶太『うわっ、急に割り込んでくんなよっ』
真琴『慶太にメロメロで、何か尻に敷かれてそう』
慶太『んなことねぇって!』
真琴『えー? えー?』
拓海「トモ…言われ放題だな…」
歩「真琴にな…」
智紀「でもお前も、しょうがないとか言われてたけどな…」
―――えー…っと、気を取り直して、次は睦月さんからです、どうぞ!
睦月『えー? 亮がヘタレ? 俺、亮よりゆっちのほうが、ヘタレて感じするけど』
和衣『ちょっ、むっちゃん! 何でそんなこと言うの!?』
睦月『だってホントのことだもん』
和衣『そんなことない!』
睦月『そんなことあるって』
和衣『ない!』
睦月『あーるー!』
和衣『ないー!!』
翔真『ちょ、2人とも落ち着いて…』
祐介『何でこんなことで言い争いに…』
睦月『うっさい!』
和衣『2人は黙ってて!』
翔&祐『『……はい…』』
亮「(…………、何でショウと祐介が、ここに選ばれねぇんだよ…)」
蒼一郎「(何か納得いかない…)」
―――えー…次行ってよろしいでしょうか? 続いては、郁雅さんからです!
郁雅『え? え? コメント? 蒼に? いや別に…』
翔真『別にってお前…、そっちのほうが何気にひでぇよ。何かフォローしてやれって』
郁雅『だって…、……何を?』
翔真『……』
蒼一郎「メソメソ…」
亮「(掛ける言葉も見当たらねぇ…)」
―――みなさん、愉快なコメント、ありがとうございました~! みなさん、いかがでしたでしょうか!? 『実は意外とヘタレかも?!なキャラ』…
亮「ちょっ、勝手にまとめんな! 俺はまだ納得してねぇ!」
拓海「俺だって!」
智紀「俺も!」
―――えー……続けたいのは山々ですが…(チラリ)←ドアのほうに視線
歩「え、何? あ、慶太。そんなとこで何してんのー?」
智紀「えっ!?」
悠也「つーか、いつまで待てばいいわけ? 俺もう帰りたいんだけど」
拓海「え、ちょっ、悠ちゃん待って!」←悠也のところへダッシュ
睦月「俺もう帰る…」
亮「ちょっ待って! 行く行く、今行く!」←慌てて睦月を追い掛ける
慶太「相川さん、もう帰りませんか?」
智紀「あー悪ぃ、すぐ行く! 慶太ゴメン!」←急いで慶太のもとへ
郁雅「(……遅い…)」
蒼一郎「ゴゴゴゴゴメン~~~!!(あぁ~、その無言が逆に怖い~)」←ひたすら頭を下げる
歩「…あれ? みんな帰っちゃった? ちょっ、置いてかないでよぉ~」
―――えー……っと、(誰もいなくなった…)質問がですね、まだ続いてるみたいなんでね、あの…。
真琴「じゃー俺が付き合ったげる!」
―――Σ( ̄Д ̄;)(指定テーマに程遠いんですけど! てか、何でいんの!?)
真琴「じゃあ、俺が質問する役ね? 第1問! 次に回す人は?」
―――……(勝手に進められてる…)
■次にまわす人
―――えーっと、では、メンタルメンテのイチゴさんに。すてきなキャラがたくさんいらっしゃるので。
真琴「イチゴさん、ご面倒でなければ、お願いしま~す。それ以外にも、やりたい人がいたら、どうぞお持ちくださ~い。じゃあ、久美子さん、指定テーマはどうしますか?」
■指定
―――『ツンデレキングに輝くキャラは!?』でお願いしますっ!
真琴「ツンデレ…。久美子さんの趣味ですね。力入ってますね。ちなみに悠ちゃんみたいな男の人がタイプですか?」
―――ヤツは神だ…、ツンデレの神様だ…。
真琴「何かよく分かんないんで、次行きますね~。その人のいいところはどこですか?」
■その人のいいところは?
―――いろんなジャンルとか設定のお話が書ける人です。で、キャラの一人ひとりがホント魅力的。いろんな知識を持ってるんだろうなぁ、と思います。
真琴「すげぇ…。久美子さんも、見習わないとだね! じゃあ、その人との出会いはいつですか?」
■出会いは
―――実は、うちのブログに初めてコメントをくださったのが、イチゴさんです。超感激しました!
真琴「おぉ~! 何か運命の出会いっぽいね! イチゴさんのおかげで、今の久美子さんがあるね! じゃあ、その人は自分のことをどう思ってますか?」
■その人は自分のことをどう思ってる?
―――えっ…(何かその質問の仕方、妙じゃね? どう思ってると思うか、じゃなくて?)
真琴「どう思ってますか?」
―――(そんなまっすぐな目で見つめられても…)えーっと…、変態?
真琴「あー……」
―――…………。
真琴「…………。じゃあ、今後どうしていきたいですか?」
―――(否定されなかったし!)
■今後どうしていきたい?
―――これからもよろしくお願いしたいです。
真琴「よろしくお願いする? 一生の友?」
■一生の友?
―――はわわ…恐れ多いっす! でもそうだったら嬉しいです。
真琴「俺からも、よろしくお願いします。てことで、『キャラ対話バトン』お楽しみいただけましたか~!? 俺も楽しかったよ♪ じゃ、みんな、またね~!」
―――(セリフとテンション、取られた…!)
真琴「あ、はーちゃーん!!」←はーちゃんとこにダッシュ&抱き付き
遥斗「うわっ…イテテ…、マコ、気を付けて…」
真琴「あのね、あのね、今俺ね、司会のお仕事してきたんだよ。ちゃんと質問とかしてきたの! すごいでしょ!? はぁ~、いっぱい喋って疲れた~」
遥斗「お疲れ様」
真琴「はーちゃん、これからお仕事? 時間ある?」
遥斗「仕事はないけど、ちょっと用事…」
真琴「ねぇねぇ、こないだ出来た新しいカフェ行きたいんだけど、一緒に行かない? てか、行くよね? ねっ?」
遥斗「え? え? あの、ちょっ…」
真琴「早く早く~」
遥斗「マコ、ちょっ待っ…」←マコちゃんに引っ張られるがまま
―――…………(……ヘタレ…)
*END*
私って、ヘタレ攻めが好きなのかも。(今さら)
てか、このバトンおもしろい~。 いろんなテーマで、やり続けたい。
柚子季さん、バトン回してくださって、ありがとうございます! なのにこんなですみません。
にしても、この記事、文字がカラフルすぎて、目、痛くないですか?
配色のセンスがね、ノーセンスなんでね。そういう意味でも、すみません。
BL妄想劇場 ←参加しました。素敵な妄想いっぱい。
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (2)
それこそノックもなしに部屋に来るなんて、真大くらいだと思っていたが、蒸し暑い夜、いきなり部屋に飛び込んできた和衣は、そのままの翔真に抱き付いた。
「カーズ!」
「あぁん、ショウちゃん、1人? よかった、ねぇ、聞いて! あのね」
咎めるような翔真の言葉を無視し、抱き付いたままの和衣が、一気に捲くし立てる。
よその男に抱き付いている場合か? いや、それ以前に、暑いんですけど…。
「ショウちゃん、聞いてよぉ~」
「聞く! 聞くからちょっと離れろ、暑いって!」
邪魔そうにされ、和衣は仕方なしに翔真から離れた。
「何、どうした?」
「あのね、あのね」
暑いから離れてくれと言っているのに、抱き付くのをやめた和衣は、それでも翔真のそばに来ようとする。
少し距離を置こうとすれば、その分だけ和衣が近づいてくるので、面倒くさくなって、翔真は動くのをやめた。
「あのね。あのー…」
自分から聞きたいことがあると言ってきたくせに、いざ話す段になって、和衣はモジモジと口籠もってしまった。
「あの、ホラ、俺、祐介と付き合ってるじゃん? 去年の12月からだから、もう半年以上経つんだけどさ」
「うん」
「その、……、そのー…あのね、俺ら、まだキスまでしか、したことないの…」
「……、ふぅん?」
キスだけで半年とか、翔真だったら多分ないけど、祐介は誠実な男だし、あり得るかもしれない。和衣のことも、ひどく大事にしているようだし。
というか、そんな報告をされても反応に困るだけなのに、けれど和衣は確実に、何かを答えてほしそうに、期待する目で翔真を見ている。
「ねぇ、ショウちゃん。やっぱ、お付き合いして半年以上経つのに、キスだけとか、やっぱないよね? このままじゃいけないよね?」
「いや…いけないかどうかは分かんないけど…」
ガシッ、と和衣の手が、翔真の肩を掴んだ。
先ほどせっかく開けた距離が、またグッと近づいた。
「俺はいけないと思うの。もっと先に進みたいの!」
「へ、へぇ…」
心なしか、和衣の目が据わっているように見える…。
「だから、どうしたらいいか、教えて?」
「は? どうしたら、て…」
「どういうふうにしたらいいか、とか…」
…………。
………………。
…???
「……、え?」
「え、ショウちゃん、聞いてた?」
恥ずかしいのに一生懸命聞いてるんだから、何回も言わせないでよ! と和衣は拗ねるが、翔真にしたら、それどころではない。
えーっと…和衣と祐介が付き合うようになって、半年以上経って、でもまだキスまでしかしてなくて、まぁそれはいいとして、えっと、だからそれ以上に進みたい、と…。
「え、つまり祐介とエッチしたいってこと?」
「もうっ、ショウちゃんのバカ!」
「イデッ!」
和衣の一連の言葉を、それなりに解釈してみたんだけれど、それを言えば、真っ赤な顔をした和衣に思い切り突き飛ばされた。
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (3)
「違わないけどっ、そそそそそんなにハッキリ言わないでよっ…!」
頬を赤らめて照れている和衣は確かにかわいいけれど、もう20歳になろうかという年齢で、ここまで恥ずかしがられると、何だか話を続けづらい。
しかも和衣は、高校のころに付き合っていた彼女がいたわけで、その子とはキス以上の関係までいたしちゃっているわけだから、今さらここまで照れる必要もないと思う。
「だ、だ、だって、男となんかしたことないもん!」
「え、うん、俺もないけど…。だからえっと…何だっけ?」
「だからー、男とエッチとかしたことないから、どうしたらいいか分かんないの。ショウちゃん、教えて!」
「え、いやたった今、俺も男とはしたことないって言ったよね? なのに何で俺に聞く?」
それこそ、男同士お付き合いしている亮や睦月に聞くならまだしも、今も現在進行形で女の子と付き合っている翔真に、どうして聞こうなんて思ったのだろう。
しかも、男とはしたことがないって、ハッキリそう言ったのに。
「だってショウちゃんなら、いっぱいエッチとかしてるし……何となく分かるかなぁ、て思って」
「いや、女の子との経験値をいくら積んだって、男とのやり方なんて、何も学べやしねぇよ?」
「でも他に聞く人いないし! ショウちゃん、教えて!」
「むちゃくちゃだー!」
和衣のあまりの言い分に翔真は思わず喚くが、必死な和衣は、お願い、お願い! と翔真に迫る。
いくら親友とはいえ、何が悲しくて、他人のセックスを指南しなければならないのだ。
冗談じゃない。
「俺だって冗談じゃないよ! 冗談でこんなこと言えるわけないじゃん!」
「なお悪い!」
「あぁ~ん、ショウちゃん、お願~い!」
きっと祐介ならメロメロにしてしまいかねない和衣の甘えた声も、長い付き合いの翔真には通用しない。
暑いのにキュウキュウと抱き付いてくる和衣を、ウザったそうに引き剥がした。
「もー、手っ取り早くビデオでも借りたら?」
「じゃショウちゃん、一緒に借りに行こ?」
「え、絶対ヤダ」
まぁ、そうは言ってもお年頃ですし。ビデオ屋に行って、のれんの向こうのアダルトコーナーに寄っちゃうこと、なきにしもあらずですけれど。
でも飽くまで女の子メインのヤツなわけで。男同士のDVDとか、あるのかどうかすら、確認しようと思ったこともない。
しかも和衣の場合、一緒に借りに行くだけでは飽き足らず、一緒に見ようと言い出すに違いない。
「1人でそんなの借りに行くなんて無理だし!」
「じゃあネットで調べるとか」
「ネット…? だって俺、パソコンないんだけど」
「祐介が持ってんじゃん。一緒に調べて勉強しなよ」
名案とばかりに翔真が提案すれば、和衣は驚愕したような顔で固まった。
そしてまた、見る見る間に赤くなる顔。
「どうした?」
「ッッッ、そんなのダメに決まってんじゃん! 祐介になんて言えるわけない!!」
「何で。ケンカまでして、何でも言い合える仲になったんだろ? カズがそんなでどうする!」
睦月の機転で仲直りしたとはいえ、和衣たちはつい1か月前に、相手の心の内が分からなくなって、派手にケンカをしたばかりだ。
聞きもしないのに、和衣が事の顛末を翔真に話して聞かせたくせに、もうそのことを忘れたわけではあるまい。
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カテゴリー:恋するカレンダー12題
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (4)
「えー? でも、祐介の知らないとこでいろいろ覚えてさ、初めてのときにすげぇ知ってるほうが、そう思われるんじゃね? どこで覚えた? みたいな」
「えっ…、あ、そ、そうかな? やっぱそうかな? 何も知らないほうがいいかな?」
ただ照れていただけの和衣が、翔真の言葉に、急に深刻そうな顔付きになった。
「いや、どっちがいいかは知らねぇけど。知識として知ってんのと、体が慣れてんのは違うし。別に祐介とシたいって思ってんなら、いろいろ知ってたっていいんじゃね?」
「だ…だよね? 知ってたっていいよね? ね? だから一緒に調べよ? ショウちゃんだってパソコン持ってんじゃん。ネットしよ!」
「えぇ~?」
結局は、一緒に調べなきゃいけないの? そういうことなの? と翔真が問う隙も与えず、和衣は勝手に翔真のノートパソコンを広げると、電源を入れた。
「カズも自分のパソコン買いなよ、いい加減。レポート書くときとか、大変じゃない?」
「だってパソコン高いもん。レポートのときは、学校の電算室に籠るし!」
「あっそ」
翔真をパソコンに向かわせると、和衣は蒼一郎の椅子を引っ張って来て、隣に座って画面を覗き込んだ。
「…で、何て検索したらいいわけ? ゲイのサイトとかあんの」
「そんなの分かんないよぉ」
そんな泣き出しそうな顔をされても困る。
こっちだって、力になりたいとは思っても、知らないものは知らないんだから、しょうがない。
とりあえずそれっぽい単語を検索して、サイトをいくつか見てみれば、やはり和衣の知りたい内容が内容なだけに、際どい画像も多いし、直接的な表現も多い。
うわー結構グロいなぁ…とか思いながら、翔真がチラと隣を見れば、先ほどまで頬を赤くしていた和衣の顔が、今度は蒼ざめている。
「カズ?」
「こ…こんなの、無理! 無理無理無理! 俺、こんなの出来ないっ!」
「いや、でもこれ、エロビの紹介だしさ、大げさに書いてあるって」
いろいろ見ているうち、どうやら、ゲイのDVDを紹介するのサイトに辿り着いていたらしい。
女の子がメインのアダルトビデオでもそうだけど、やっぱり"エロ"の部分がメインだから、特にパッケージや紹介文は、何かにつけて大げさに、そして卑猥に表現されている。
それを見た和衣は、頭の中で、パッケージの男優と自分を置き換えてしまったらしい。
「いやいやいや、これはないだろ! 絶対しないって!」
パニックに陥る和衣を、翔真が慌てて宥める。
今画面に出ているDVDはどれもSMっぽいもので、実際に行われたら犯罪なのだは? と思わせるストーリー仕立てのようだから、男同士のやり方は知らない翔真でも、これが男同士のセックスのすべてだとは到底思えない。
「他の…、他の見よ!」
アワアワしている和衣を宥めつつ、翔真は別のサイトを展開させる。
言い出した和衣がこんな状態なんだから、もう見るのはやめようと言ってもいいはずなのに。まるでどつぼにでもハマった気分だ。
今度は、和衣たちと同世代くらいの半裸の男の子2人が、笑顔で身を寄せ合い写っている画像。長い紹介文の後に、今度は抱き合ってキスをしている画像。
軽いタッチではあるけれど、結構生々しいのも確かで。
和衣は真剣な表情で画面を睨んでいるが、何だか様子が妙だ。
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (5)
「は…や、ヤバ…、鼻血出そ…」
「えぇー!? ちょちょっと! カズ!」
別に純情ぶるつもりはないが、しかしサイトに載っている内容は、和衣には刺激が強すぎたようで、のぼせたような顔で鼻を手で押さえている。
さっきまで蒼かった顔が、今度は赤い。
「カズ、大丈夫!?」
「無理…」
ズルリと、椅子の上を滑った和衣の体を、床に崩れ落ちる前に、何とか翔真が受け止めた。
「は、ぁ…ショウちゃーん…」
「よしよし、もう大丈夫だから」
祐介とキス以上の関係に進みたい! と勢い込んでいた和衣だったが、生々しい画像や内容に当てられて、すっかり意気消沈している。
和衣も、女の子とはキスのその先まで進んだことはあるけれど、まだ高校生だったし、今サイトで見てきたようなあれこれのこともしない、ある意味セオリーどおりのセックスだった。
若さゆえの興味もあるが、祐介と一緒に気持ち良くなるためには、今いろいろと見て回ったサイトのようなことをしなければならないのだろうか。
だとしたら、いくら何でもハードルが高すぎる。
「無理…、こんなの無理だもん…」
すっかり落ち込んでしまった和衣は、そのまま翔真の机に突っ伏した。
「だから、祐介と一緒に見なって。一緒に勉強すれば平気だから!」
そしてあわよくば、そんな雰囲気になって、一気にエッチにまで持ち込めるかもよ! と翔真は無責任な慰めをする。
もちろんそんなことで宥められる和衣ではなくて、もう無理だぁ~、て泣き伏せっている。
「わーん、男同士でエッチなんて無理~、俺もう無理~~!!」
「ッッ、分かった! 分かったから、カズ、声デカイ!」
これから和衣が祐介と次へ進めるかどうかなんて、そんなの知ったことではないが、あまりデカイ声で叫ばないでほしい。
隣の部屋とも廊下とも、壁は薄いのだ。
叫んでいるのは和衣だが、ここは翔真の部屋だから、人に聞かれたら、変に思われるのは翔真のほうだ。
「ショウちゃ~ん!!」
「わっ、ちょ、カズ抱き付くなっ、…て、」
――――ガチャ。
え?
「ただいまー」
あ。
「うわぁっ!!」
「きゃあ!」
ガラガラガッシャーン!!
感情のままに抱き付いてくる和衣を引き剥がそうとしていた翔真が、2人の会話の間に割り込んできた声に驚いて振り返れば、そこには郁雅とのデートから帰って来た蒼一郎の姿。
驚いた翔真が椅子ごと後ろに引っ繰り返れば、抱き付いていた和衣も勢いでそのまま翔真の上に落っこちた。
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (6)
あまりにも賑やかな出迎えに、蒼一郎も思わず眉を寄せた。
おそらくは自分が2人を驚かせてしまったに違いないが、それにしてもビックリし過ぎだと思う。
「大丈夫?」
「痛い…」
蒼一郎は、引っ繰り返ったままの椅子を直して、涙目になっている和衣の手を引いて起こしてやった。
和衣が上から退いてくれたおかげで、ようやく翔真は起き上がることが出来た。
そしてふと、思い出した。
――――ゲイサイト、開きっ放しだ…!!
翔真は和衣を押し退けて立ち上がると、急いでパソコンのディスプレイを閉じようとした――――が、焦っていたせいで和衣の足に突っ掛かり、パソコンまで辿り着けなかった。
「カ、カズ、ちょっ…」
「ショウちゃん?」
パソコンまであと数センチというところで惜しくも崩れ落ちた翔真に、蒼一郎は不思議そうに首を傾げながら、「どうしたの?」と、点きっ放しになっているパソコンの画面を覗き込んだ。
「うわっ、ダメ!」
慌てた翔真が引き留めようとするも間に合わず、蒼一郎は開いていたサイトを見て固まった。
「え…これ見て騒いでたの? 2人とも…」
「あーーー!!!」
蒼一郎に言われて、和衣はようやく、どうしてこんなにも翔真が慌てたのか気が付いた。
2人でこっそりゲイサイトを見ていたのが、全然関係ない蒼一郎にバレてしまった。
「そそそ蒼ちゃん! あのね、これね!」
今度は和衣が翔真を退けて、蒼一郎をパソコンから引き剥がそうとするが、時すでに遅し。
パソコンの画面には、バッチリと半裸の男の子2人。しかもキスシーン。
ごまかしようがない。
「あのね、あのね、」
「え、カズちゃんて祐介くんじゃなくて、ショウちゃんと付き合ってんの?」
「えぇ~~~~!!!???」
慌てて取り繕おうとする和衣は、あっさりとそう言ってのけた蒼一郎に、驚き過ぎて、あらん限りの声を張り上げてしまった。
もう隣の部屋だとか、廊下に聞こえるとか、そんなこと全然気にもしていない。
「な、何? 何で? え? えっ?」
「カズ、とにかく落ち着きな、ねっ? 蒼もちょっと黙ってて」
ただでさえ、いろいろ見てきたゲイサイトで飽和状態に近いのに、それを蒼一郎に見られた上に、思わぬ指摘。もう何が何だか分からない。
もう今にも引っ繰り返りそうなくらい、いっぱいいっぱいになっている和衣を落ち着かせるため、翔真はいったん蒼一郎を黙らせると、グルグルしている和衣を座らせた。
「俺、ショウちゃんと付き合ってんの? 違うよね?」
「違う違う、付き合ってない」
「だよね? 俺が付き合ってるのって、祐介だよね? ねっ?」
そうだそうだと翔真は、頭を抱える和衣を宥めるが、そばには蒼一郎がいるわけで。
もう今さら、聞かなかったことにしてくれなんて、言えるわけもない。
蒼一郎が郁雅と付き合っているなんて知らない和衣は、蒼一郎がサラッと自分たちの関係を言い当てたこと、バレてしまったことがショックでならないらしい。
しかも衝撃の余り、蒼一郎の存在を心の中で抹殺してしまったのか、隠しておきたいことを口に出してしまっているし。
「ゴメン、そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだけど…」
あまりにも和衣が動揺してしまっているので、蒼一郎は申し訳なくなってしまった。
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