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もしかしたら君は天使かもしれない。 (30)
「うん、これ」
和衣もかなり驚いているようだが、睦月はマイペースに、持ってきた荷物の中身を広げ始めた。
「お前、何やって…」
「はいこれゆっちの」
何だ何だ? と思っているうち、睦月が『はい』と祐介に渡したのは、一着の浴衣だった。
「は? え? あれっ? これ俺のじゃん!」
「そうだってば」
「はぁ? 何で?」
驚く祐介に構わず、睦月は帯や下駄も取り出して、ポイポイと祐介に手渡していく様子を、和衣はポカンと見ている。
睦月と出会ってもう2年半近く経つのに、未だにその行動の突拍子のなさに、驚かされることがある。
「浴衣送って、てお母さんに言ったら、何か知んないけど、ゆっちのも送られてきたの」
「俺のも?」
「うん」
亮と浴衣で出掛けるのに、実家から浴衣を送ってもらったら、その中に祐介の浴衣も一緒に入っていたとは…。
睦月と祐介は子どものころからの幼馴染みだが、家は隣同士であって、一緒に住んでいるわけではないのに、祐介の浴衣まで送ってくるなんて…………お母さんの情熱、恐るべし…!
「で、浴衣着たら写真撮って送れ、て言ってた」
「…何で?」
「見たいからじゃない?」
「…………」
睦月は何気なくサラッと言ったけれど、写真て…。
でも、睦月のことが本当に好きなんだな、て感じがして、微笑ましく思える。
「後これ、カズちゃん」
「へ?」
はい、と今度は和衣の手に浴衣が乗せられたが、和衣は、実家にだって浴衣がないから、これは和衣のものではないはずだが…。
大体持っていたところで、睦月とは地元が違うから、睦月のお母さんがどんなにがんばったところで、和衣の浴衣を送ることは出来ないんだけれど。
「何か俺の、2個来たからさ、1個カズちゃんに貸してあげる」
「え…」
思いがけない睦月のセリフに、和衣は言葉が続かなかった。
和衣は、本当は祐介と一緒に浴衣を着たかったけれど、口では『別に』と言ってしまったし、その後でだって、睦月に浴衣の話なんかしていないのに、どうして。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (31)
「うん……て、え?」
和衣の戸惑いに気付くことなく、睦月がどんどん話を進めていくから、余計にわけが分からない。
「あの…、何で浴衣、俺に…」
「え、カズちゃん、浴衣着るんじゃないの?」
「え?」
「ん? ゆっちと浴衣で出掛けるんじゃないの? ゆっちだけ浴衣で、カズちゃん、普通の服で行くの?」
「ッ、」
睦月にキョトンとした顔で尋ねられ、和衣は慌ててぶんぶんと首を振った。
何となく素直になれなくて、後悔したばかりなのだ。
でも、そんなこと睦月には言っていないのに、(和衣も人のことを言えた義理ではないが)かなりの鈍感な睦月が、どうしてそれに気が付いたんだろう。
別に気付いたとかでなく、自分たちがそうだから、和衣たちもだと思い込んだのだろうか。そのほうがあり得る気がするが、睦月のせっかくの好意に水を差したくはないので、和衣は口を噤んだ。
「よし、これでオッケ。じゃーね」
「え、あ、うん」
「あ、ゆっち、浴衣着たら写真ね。送んないと、お母さんに怒られる」
「あ…うん」
すべてがあまりに唐突で、祐介も和衣も頭が付いていかず、睦月の言葉にただ頷くしか出来なかったが、この突撃訪問の目的は、祐介たちに浴衣を渡すことだけだったようで、睦月は満足そうに頷いて、部屋を出て行った。
「むっちゃん…」
「アイツ…」
睦月のいなくなった部屋で、和衣と祐介は顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出した。だって、これが笑わずにいられるだろうか。睦月にも、睦月のお母さんにも。
和衣たちが面食らってしまうような睦月の突拍子もない行動も、睦月のお母さんは、全然動じないんだろうな。
「あの、祐介、あの…」
「土曜日の花火大会、浴衣で行こっか」
「…ッ、うんっ!」
この間、浴衣なんて別に…の態度だったこと、どうしよう…と和衣が戸惑っていたら、祐介のほうからそう言ってくれたので、和衣は今度こそ素直に頷いた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (32)
「ねぇ和衣…。何でカメラ構えてんの?」
「え、だって、むっちゃんのお母さんに写真送るんでしょ?」
花火大会当日、祐介は先に和衣の浴衣を着せてやり、それから自分の浴衣を着たのだけれど、着終わった途端、和衣がスマホのカメラを祐介のほうに向けていた。
「いや、別に送らなくていいだろ、俺の写真なんて」
「むっちゃん、怒られちゃうよ?」
困ったように眉を下げる祐介に、和衣はキョトンと答える。
どうやら和衣は、浴衣を届けてくれたときの睦月の言葉を、本気で信じ込んでいるらしい。
いや、睦月のお母さんのことだから、せっかく祐介の浴衣も送ったのに、それを着た写真が来なかったら、きっと怒るに違いないけれど、それでもあえて気付かない振りをしていたのに。
「はい祐介、こっち向いて」
「いや、ちょっ…、つか、何で和衣ので撮んの? それじゃ睦月のお母さんに送れないじゃん」
「むっちゃんに送るし。え、祐介、むっちゃんのお母さんのアドレスとか知ってんの?」
「…知らない」
いくら睦月と幼馴染みとはいえ、その母親とはアドレス交換などしていないから、もし本当に祐介の浴衣写真を送るとすれば、和衣が言うように、睦月に送るしかないだろう。
「祐介! ホラ、ちゃんとして!」
「えぇー…ちょっマジで? 何かすごい恥ずかしいんだけど…」
例えばどこかに出掛けて、記念に撮るというのならまだしも、寮の部屋で浴衣を着た姿を撮るというのは、どんな顔をしたらいいのか、さっぱり分からない。
「恥ずかしくないよ。祐介、すっごくカッコいいっ! こっち向いて!」
どうしていいか分からず、ただ突っ立ったまま、しかしカメラのほうを向くことが出来ずに顔を背けていたら、カメラマン気取りの和衣から注文が入る。
とりあえず視線だけ向けてみると、そこにはとっても目を輝かせた和衣がいて…。
「祐介ー…カッコいぃー…」
「和衣…」
何だかもう、何を言ってもダメそうで、祐介は大人しく和衣の言うことに従った。
「ねぇ和衣、何枚撮ったの? 何かめっちゃカシャカシャ言ってたけど…」
「何枚も! だって祐介カッコいいんだもん!」
「意味分かんない。それ全部睦月に送るわけじゃないよな?」
たとえそれが恋人の欲目だとしても、『カッコいい』と言われて、悪い気はしない。
だがしかし、そんなに何枚も撮って送ったら、何だかすごくナルシストぽくてイヤ…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (33)
「どれのこと言ってんの? みんな同じじゃね? つか、それ以外のは削除してくれるんだよね?」
「え、何で? 削除なんかするわけないじゃん、もったいない!」
「はぁ?」
保存した写真を満足げに眺める和衣に、何と声を掛けたらいいか…。
「えへへ。これ待ち受けにしちゃおっかな」
「絶対やめて」
祐介の浴衣姿の写真が撮れたことがそんなに嬉しいのか、和衣はヘラヘラしながらそんなこと言い出す。
花火大会はこれからだというのに、テンションがすっかりおかしい。
「とりあえずこれ、むっちゃんに送るね。他の写真は、まぁいいじゃん」
「もう好きにして…」
これ以上言っても聞かなそうだし、和衣は後から自分の行動を気にするほうだから、しつこく嫌がるのはもうやめておこう…。
どうせ、和衣のスマホの中に写真が残っているだけだし…。
「ぅ? むっちゃんからメール…………え、」
「何?」
「えっと、あの…」
「あー…」
和衣が戸惑いながら見せてくれた受信メールには、『かずちゃんの写真がない』とある。
どうやら睦月は、祐介だけでなく、和衣の浴衣姿の写真も欲しているらしい。
「え、俺の写真? それもお母さんに送る気かな?」
「…そうなんじゃない?」
「いや……え?」
和衣は、睦月のお母さんと何の面識もないのに…………写真、送るの?
送られても、お母さんだって、誰この人、てなるんじゃない?
「どうする?」
「どうしよう…」
祐介と和衣が顔を見合わせたところで、再び和衣のスマホが鳴った。
『かずちゃんの写真をください』
欲している…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (34)
「それ、どういう趣味? 俺、睦月のことライバルて思わないといけないの?」
「そうじゃなくて…、何かいたずらに使われるとか…。だって、ショウちゃんとか真大の写真、撮ってなかったし」
「そのときはまだ、お母さんに浴衣送ってもらうの、頼んでなかったからでしょ?」
「そっか…」
睦月のことだから、また何か妙なことを考えているのではなかろうかと思ったけれど、そう考えると納得がいく。
お母さんが送ってくれた浴衣が、すべて着用されていると分かるように、写真を送りたいのかもしれない(いや、送るように言われたのかも…)。
「じゃ…、和衣の写真も……撮る?」
「え、ぅ…うん」
改めて祐介にそう言われると、ちょっと緊張する…。
しかし、祐介の写真を撮るときは、困惑気味の祐介に構わずテンションを上げて何枚も写真を撮ったのだから、ここで和衣が拒むことは出来ないだろう。
「えっと…」
『ゆっちー、カズちゃーん!』
「えっ!?」
戸惑いながらも和衣が立ち上がろうとしたら、ドアの向こうから睦月の声が響いて、ビクリと肩を震わせた。
そして、2人が驚いている間もなく、睦月がいつもどおり勝手にズカズカと上がり込んできた。
「もぉ~っ、カズちゃんの写真だってば!」
「わ…分かって…、今撮ろうとしてたとこだよっ」
腰に手を当て、まさに『プンプン』といった感じで分かりやすく怒っている睦月に、和衣は慌てて弁明する。
それにしても、先ほど送った祐介の写真には、バックにこの部屋が写っていただろうから、睦月が、2人がどこにいるかを知るのは簡単だっただろうが、寮のこの部屋の距離感を、直接来るのではなく、メールで済まそうとするあたりが睦月らしいというか…。
「はい、カズちゃん、そっち行って」
「そっち、て?」
「ゆっちの隣、並んで。一緒に撮るから」
「一緒に撮るのっ!?」
面倒くさそうに、シッシッと手を動かして睦月が言えば、和衣が驚いて目を丸くした。だって、祐介の写真はすでに撮って、睦月に送ってあるのに。
でも、和衣と祐介で、一緒に写真撮るの?
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (35)
「ね、ね、むっちゃん。だったら俺ので撮って!?」
「…はぁ?」
目を輝かせて自分のスマホを押し付けてくる和衣に、睦月は嫌そうに眉を寄せた。
睦月自身のスマホで撮れば、そのままお母さんに送れるのに、和衣ので撮ったら、いったん睦月に送って、それから送り直さなければならず、手間が増えるのに。
「むっちゃんので撮ってから、俺のに送ってくれてもいいけど!」
「…………。要は、ゆっちと一緒に撮った浴衣の写真が欲しい、と。そういうことですね、和衣さん」
「はいっ!」
元気よく返事をする和衣に溜め息をついて、睦月は和衣からスマホを受け取った。
「ホラ、早く並んで。ポーズ決めてっ」
「何だよ、ポーズて…」
和衣と睦月の間のものすごい温度差を眺めていた祐介は、キビキビと、よく分からない指示を飛ばす睦月に呆れたように言う。
「いいから! 俺はお母さんに送る写真撮りに来ただけで、お前らがイチャイチャすんの、見に来たわけじゃねぇんだよっ」
若干キレ掛かっている睦月の機嫌を損ねないためにも、仕方なく祐介は和衣と並んで立った。
「えへ…。えへへ、むっちゃん、ちゃんと撮ってね」
「ちゃんと撮るから、カズちゃん、ニヤケてないでちゃんとして」
「えへへへ、ニヤケてないよぉ」
「…………」
祐介と一緒に浴衣姿の写真を撮るのがよほど嬉しいのか、注意しても和衣は締まりのない顔をしている。
睦月は、2人が浴衣を着ている写真が撮れればそれでいいから、和衣がどんな顔をしていようと構わないんだけれど、乙女思考の和衣は、変な顔で写るのを許さないだろう。
だからちゃんとしろと言っているのに…。
「…カズちゃん。俺、1枚しか撮んないからね。変な顔で写っても、撮り直ししたげないからね?」
「ッ!」
睦月に冷たく言われて、和衣は慌てて顔を引き締めた。
変な顔をしていたつもりはないが、睦月がそんな言い方をするということは、そういうことなのだろう。
「はい、チーズ」
ピトッと祐介に寄り添って、睦月のほうを見つめると、シャッター音。
和衣はすぐさま、「撮れた!?」と睦月に駆け寄った。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (36)
「キャ~~~!!! すてき!!」
「カズちゃん、」
「祐介、見て見て!」
睦月の手からスマホを奪い取って、和衣は撮れたばかりの自分たちの写真を祐介に見せつける。
よかった、ニヤニヤじゃなくて、ちゃんとした笑顔で写ってる。
「カズちゃん! 写真っ!」
「え?」
「送れ、つってんだろー!!」
「ひゃあっ!!」
睦月の存在をすっかり忘れて、1人で盛り上がっている和衣に、天誅が下される――――睦月からの、擽りの刑。
「ヤダヤダッ、むっちゃん、やめてぇ~~~」
「許さーん!」
「ギャ~~~」
きっと腕力で言ったら和衣のほうがあるだろうけど、今は浴衣姿ということもあり、分が悪かった。
まったく歯が立たない。
「ちょっ睦月、いい加減にしろって。騒ぐなっ!」
そんな2人に、祐介から叱責が飛んだ。
結局のところ、誰が悪いのかはもうわけが分からないし、どうでもいいけれど、ここは祐介の部屋なのだ。あんまりうるさくして隣室に迷惑を掛けてもらっては困る。
睦月としては、まだ和衣を許す気なんて更々なかったが、祐介が怒るのも面倒くさいし、せっかく着付けした浴衣がグチャグチャになって、和衣がいじけても面倒くさいから、仕方なく和衣から手を引いた。
「ひぅ…、むっちゃんのバカぁ…」
「さっさと送んないカズちゃんが悪い」
和衣は涙目になりながら、スマホを操作して、今写してもらった写真を睦月へ送った。
「和衣、ちょっとこっち来て?」
「ぅ?」
「着崩れてるよ」
「ッ…」
何? とグズグズしながら祐介のほうに近寄ると、祐介は、睦月の擽りの刑によって乱れてしまった和衣の浴衣の裾や襟元を直してくれた。
別に大したことではないんだけれど、こそばゆいような嬉しさで、和衣は頬を緩ませた。
「…勝手にやっててよ」
そんな2人にそう言い捨てて、睦月は部屋を出て行く。
こんなバカップルを構ってる暇など、睦月にはないのだ。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (37)
とても有名な花火大会というわけでもないから、遠方から遥々やって来る人はそんなにいないかもしれないが、打ち上げの規模はそこそこ大きいから、人は結構集まるに違いない。
「花火、楽しみっ」
駅を出て、人の波に乗るように花火大会の会場へと向かう和衣は、隣の祐介に笑い掛けた。
睦月に浴衣を貸してもらったその日から、和衣はずっとテンションが上がりっ放しで、それを何とか自分で抑え付けて来たのだけれど、もうそろそろ我慢も限界だ。
嬉しくて嬉しくて、『キャ~~~~~!!!』てなりそう。
でも睦月から、『あんま浴衣ではしゃぐと着崩れるし、みっともないよ。カズちゃん、そういうの気にするでしょ?』とさりげなく……というか、はっきりと釘を刺されているので、気を付けるけど。
というか、ガサツさで言ったら、睦月のほうが絶対にヒドいはずなのに…。
「うわっぷ! す…すいませんっ…」
女の子じゃないけれど、やっぱりここはおしとやかにしないと…と思っていたのに、慣れない浴衣と下駄で足が縺れて、前を歩く人の背中に顔面をぶつけてしまった。
一瞬だけ相手は振り返ったが、この混雑からして仕方ないと思ったのか、特に何も言わずに歩いていった。
「あぅ…、ゴメンね、祐介…………あ、あれ?」
ダメだ、全然『おしとやか』じゃない……と、和衣はお得意のネガティブさで落ち込みつつ、祐介に謝ったら、隣にいたはずの祐介の姿がなくなっている。
え、もしかして、この混雑で、はぐれたとか?
「え? え? 祐介? あ…」
「和衣!」
肝心の花火大会はまだ始まっていないのに、もう祐介とはぐれたとか、悲しすぎる……と思っていたら、少し前から祐介が人を掻き分けて和衣のところに戻って来た。
和衣が前の人とぶつかってモタモタしているうちに、普通に歩いていた祐介が先を行ってしまっていたようだ。
「ゴメンね、和衣」
「んーん…」
祐介が謝ることはないと思う。
そもそもからして、和衣がダメダメだから、こんなふうになってしまうのだ…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (38)
「…ぅ?」
しょんぼりとなった和衣の前に差し出された祐介の手。
何? と思って祐介を見れば、祐介は、ダメダメな和衣に呆れた顔をするでもなく、手を差し伸べていた。
「何…?」
「手、繋ごっか」
「え…」
思い掛けない祐介の言葉に、和衣は口をポカンと開けて、固まってしまった。いや、足だけは何とかちゃんと動いていたけれど、思考は完全にストップだ。
だって……手、繋ぐ?
もちろん、今までに手を繋いだことはあるけれど、そういうときは、人のいないところか、いても絶対にバレない、例えば映画館とかでしかないのに。
こんな人が大勢いるところで手を繋ごうなんて…………本当にこの人、祐介?
「祐介…………だよね?」
「は?」
何だかキャラが違う気がする……と思って、思わず和衣がそんなことを聞いてしまったが、当然、目の前の祐介は、どういう意味? と首を傾げる。
我ながら、アホなことを聞いたものだと思う。ここまで祐介にそっくりで、声も服装も同じの別人が、いきなり和衣の前に現れるはずがないではないか。
でも…さっき一瞬だけはぐれた隙に、別人と入れ替わったのかも…。
「――――て、何のために?」
「え、何? 和衣?」
「あ…」
「あの……和衣、大丈夫?」
和衣が、思い付いた自分の突拍子もない考えに、自分で突っ込みを入れたら、声に出してしまっていたらしく、ますます祐介に不思議そうな顔をされた。
「えっと…、だって、手…」
祐介に不審がられていると分かり、和衣は慌てて説明しようとしたけれど、動揺するとうまく喋れなくなるのはいつものことで、今も、いきなりそんなこと言われても分からないようなことを言ってしまった。
「手? あー…いや…、またはぐれたら困ると思って…。人多いし…」
「えっ…」
和衣の意味不明な言葉をちゃんと汲み取ってくれたのか、祐介は少しだけ考えてから、答えてくれた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (39)
祐介が急に大胆になるから、和衣はすごくビックリしたけれど、勘違いしていて、恥ずかしい…。
「…」
これだけの混雑で、いろいろな人が来ているから、手を繋いでいる人はたくさんいるけれど、それは男女のカップルか、小さい子どものいる家族連れくらいで……さすがに男の子同士で手を繋いでいる人はいない。
でもこれは、祐介とはぐれないためだし…と、和衣は、誰も何も言っていないのに、心の中でそう言い訳して、祐介の手を握った。
「わっ! え、祐介?」
途端、祐介にグイッと腕を引かれた。
急にどうしたのかと、和衣は、すごく近くにある祐介の顔を見つめた。
もしかして、また和衣は迷子になりそうだったのだろうか。
「…はぐれそうだから、なんて口実」
「え?」
「ホントは、和衣と手、繋ぎたかったの」
「……」
耳元でそう言われて、和衣の顔はますます熱くなる。
え、やっぱりこの人、祐介じゃないんじゃ…?
「ゆぅ…」
そう思って見つめた視線の先、祐介は和衣から顔を背け、反対のほうを向いていたけれど、その耳が赤くなっていた。
「あ、やっぱ祐介だ…」
「は?」
普段はしないようなことをして、この人、本当に祐介? とか思ったけれど、あんな格好いいことした後に、照れて顔を赤くするなんて、やっぱり祐介だ。
またわけの分からないことを言い出した和衣に、祐介は照れと困惑の入り混じった表情で、和衣のほうを向き直った。
「…何笑ってんの、和衣」
「笑ってないよぉー」
和衣はそう否定したけれど、笑っているの、自分でも分かる。
だって、こんなに嬉しいんだから、当たり前だ。 祐介と浴衣で花火大会に来れただけでも嬉しいのに、手まで繋げて、しかも何か祐介がいつも以上に格好いい感じだし…!
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (40)
「…和衣、」
「うにゃ」
ダメ…、どうしても顔がニヤケちゃう。
でも、こんな顔、祐介に見られるのは恥ずかしいから、和衣は下を向いて、繋いでいないほうの手で、頬をむにむにとつまんだ。
「もう花火上がるよ?」
「あぅ」
まだ顔、ちゃんとしてないのに…、でも祐介に言われて顔を上げたら、ちょうど1発目の花火が打ち上がった。
「わぁー…キレー。ねっ?」
「うん」
混雑しているのにかこつけて、和衣は祐介に寄り添って、空を見上げる。
次の花火が上がるまでの間、和衣はこっそりと祐介の顔を盗み見れば、祐介はもう、照れたような表情はしていなかった。
(はぁ~…、さっきの祐介、カッコよかったぁ…)
和衣の頭の中に、先ほど祐介に腕を引かれたときの光景が蘇る。
正直、ここまでうっとりと思い出に浸れるほど格好よかったかと言えば、多分そこまででもない…というか、結構普通のことだったのだけれど、乙女思考の和衣にしたら、祐介との素敵な思い出ランキングの上位にランクしている出来事だ。
『ホントは、和衣と手、繋ぎたかったの』
祐介のセリフを思い出しては、頬が緩んでしまう。
あぁ…、周りの人は、こういう様子を見て、この人はヤバい…と感じるのだろう…。
「和衣?」
「えっ」
しばらく花火を見ながら時々祐介の顔を見ていたら、急にクルリと祐介が和衣のほうを向いた。
「え、何…?」
「いや…」
こそこそと祐介の顔を見ていたのがバレたのかと思ったが、祐介は何も言わずに前を向いて、空を見上げた。
でも、これ以上、祐介に不審に思われないためにも、花火に集中しなければ。…と思うけれど、やっぱり祐介が格好よすぎて、つい視線が向いてしまう。
(あー…、俺にこんな幸せな時間を与えてくれて、何か、みんな、いろいろありがとう…!)
とりあえず、浴衣を貸してくれた睦月には感謝するとして、他にも、鈍感だと言われる自分が気付いていないだけで、きっといろいろな人が、いろいろしてくれたからこそ、今があるのだろう。
もうホント、みんなありがとう!!
祐介と花火を見つめながら、和衣は心の中でずっとそう思い続けていた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (41)
最後の花火が打ち上がって、花火大会終了のアナウンスが流れると、和衣は『はぁ~…』と溜め息を零した。
楽しい時間というのは、やはり、あっと言う間に過ぎてしまうのだ。
「帰ろっか」
「…ん。でも、むっちゃんに焼きそば買ってかないと」
「あー…」
和衣たちの浴衣姿の写真を撮った後、さっさと自分の部屋に戻った睦月だったが、花火大会に出掛けようとしたところで、ひょっこり部屋から顔を出し、焼きそばを買って来いとねだったのだ。
和衣も、睦月に言われるまでもなく、浴衣を貸してもらったお礼は、何かしなければ…と思っていたのだが、それがこの焼きそばでは、安直すぎるかしら?
「じゃあ、焼きそばとたこ焼きでも買ってくか」
「りんご飴とか」
「綿あめは?」
基本的に睦月は、物欲が殆どなくて、ほんの些細なことで満たされてしまうのだが、そんな彼を喜ばせるものと言ったら、やはり食べ物だろう。主に甘いものだけれど、体に見合わず、食べる量は底なしだから。
「綿あめさぁ、子どものころ、お祭り行くと、よく綿あめ買ってもらったけど、結局全部食べ切れなかったよ」
「あー…確かに綿あめて、結構大きいよな」
「お祭りね、いっつも亮とショウちゃんと行くの。お父さんとお母さんもね。みんなで。で、お母さんとか、どうせ全部食べれないんだから、3人で1個にしなさい、て言うんだけど、それじゃヤなの。みんな、自分で1個持ちたいから」
「あはは」
その様子が想像できて、祐介は笑う。
祐介も子どものころは、睦月と一緒に祭りに行って、やっぱり綿アメは1人1個ずつ買ってもらっていた。祐介的には、睦月と2人で1個でも構わなかったのだが、睦月がそれじゃ嫌だと駄々を捏ねるから。
「じゃあ、綿あめにしよっか、むっちゃんのおみやげ」
「いいけど……袋、アニメの絵描いてあるの、それ持って、電車乗って帰れる?」
「う…」
少し先にある屋台の店先、袋に入った綿あめが並んでいるが、どれもアニメのイラストが大きくプリントされていて、それを見つけた祐介が、尤もなことを指摘した。
袋に入れずに持ち帰るのにも抵抗はあるが、今この場のテンションならまだしも、これから電車に乗って寮に帰るのに、アニメの絵の描かれたのを持っているのも…。
帰るまでの間に、知り合いに会って、冷やかされるようなことはないだろうが(睦月は寮にいるから)、そういうことの出来る2人ではないのだ。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (42)
ここまで来たら、やっぱり綿あめでしょ! と和衣はがんばろうとしたが、屋台の前で実物を見ると、結構大きくて目立つことが分かり、声を小さくして、目標を切り替えた。
祐介としては、和衣がどうしても綿あめにすると言ったら、それも仕方がないと思っていたけれど、早々に和衣が諦めてくれたので、若干ホッとする。
和衣のためにはがんばれるけれど、睦月のためだけにそんな恥ずかしい思いをするつもりなど、更々ないのだ。
「りんご飴だっておいしいしねっ」
「そんな…、大丈夫だよ、無理に言い訳しなくても。そもそも睦月に頼まれたのは焼きそばだけなんだから」
「だって…」
自分が恥ずかしさから逃れるために、睦月へのお土産を変更してしまったのを申し訳なく思ったのか、和衣がやけにりんご飴の良さを強調して来るので、一応フォローしておく。
和衣は照れ笑いを浮かべながら、りんご飴の屋台の前で足を止めた。
「りんご飴くださーい。小さいヤツ2個……あ、祐介も食べる?」
「え、あ、うん」
「じゃあ3個」
急に問われたので思わず頷いたら、和衣は3個もりんご飴を注文してしまった。
1つは睦月へのお土産だから、残りの2つは和衣自身と祐介の分ということだろう。慌てて祐介が財布を取り出そうとしたら、和衣にやんわりと制された。
「ありがとうございましたー!」
元気なおじさんの声に送られ、2人は屋台を後にする。
そういえば、せっかく繋いでいた手、財布を取り出すときに離れちゃったな…。
「祐介ー、りんご飴、今食べる?」
「焼きそば買ってからのほうがいいんじゃない? つか、ありがと、俺の分まで」
「えへへ、今日はいろいろ嬉しいから、そのお礼です」
「俺に? お礼? 何の?」
「いーの!」
祐介が今日和衣にしてあげたことといえば、浴衣の着付けをしたくらいなんだけど。
まぁ、和衣が嬉しそうだから、よく分からないけれど、とりあえず良しとするか。
「りんご飴てさぁ、俺、小っちゃいヤツのほうが好きだよ。だって普通のりんごのて、飴のトコ先に食べ終わっちゃって、最後、結局りんごだけになっちゃうじゃん」
「そうなの?」
「なんない? りんご好きだけどー、りんご飴食うときは、やっぱ、りんごだけじゃなくて、りんご飴として食いたいじゃん? 最後まで!」
いつになくりんご飴に対する情熱を見せてくる和衣に、祐介は笑うしかない。
祐介にとって、りんご飴はそんなに思い出深い品物ではないけれど、一生懸命りんご飴を齧る、子どものころの和衣は、想像に容易い。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (43)
「でも、焼きそば買って帰っても、着いたころには睦月もう寝てそう」
「あー…」
祐介の言葉に、隣から祐介の腕時計を覗き込む。
確かに今から帰れば、一般的な大学生が寝るには、まだ十分に早い時間だけれど、夜はすぐに眠くなってしまう睦月なら、もうとっくにおねむの時間になっているだろう。
「でも、焼きそば楽しみで待ってるかもよ?」
「どうかなぁー。頼んだこと自体、忘れてる可能性もある」
「んー……むっちゃんて、食欲と睡魔、どっちが勝つんだろう」
思うに、帰ったら睦月はもう寝ているだろうけど、焼きそばを買って来たと言えば起きそう。
どちらにしても、約束は約束だから…と、2人は睦月のために焼きそばを購入した。
「あ、りんご飴。食べていい?」
「うん」
自分で買ったものなんだから、祐介に断りを入れることなく勝手に食べればいいんだけれど、普段から和衣は、外で歩きながら何かを食べる行為をお行儀悪いと思っているほうだから、気にしたらしい。
でもこういうのは、花火大会とかお祭りの雰囲気の中で食べるのがいいんであって、お家に帰ってから食べたのでは、やはりつまらないだろう。
「はい」
ビニルを剥がしたりんご飴を1つ、祐介にも渡してくれた和衣は、無邪気な顔でりんご飴に噛り付く。
今日、もう何度となく思ったことだけれど、やっぱりかわいいなぁ。
「ん? 何、祐介」
ジッと見ていたせいで、和衣がその視線に気付いたのか、祐介のほうを向いた。
『何?』と問われても、何でもないのだが、こちらを向いた和衣の口元に飴の欠片が付いていたので、何となく手を伸ばして、それを取ってやった。
「えっちょっ何!?」
すると、和衣は目をまん丸く見開いて、声を大きくした。
祐介にしたら、まさかこんなに大げさな反応を返されるとも思っていなかったので、逆にビックリしてしまった。
「いや、飴の欠片、付いてたから…」
「あ゛ぅ…、言ってよ! 言えば分かるっ!」
「あー…」
顔を真っ赤にして、一生懸命にゴシゴシと口元をこする和衣に、祐介はようやくその反応の意味を理解した。
結局のところ和衣は、祐介の行動に照れて動揺しただけのことなのだ。大体、今考えれば、祐介だって、何でこんなことをしたのか、自分でも分からない。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (44)
「ゴメンゴメン」
「知らないっ」
プンッ、と分かりやすく祐介から顔を背けて、和衣はりんご飴を齧っている。どうやら今の和衣の恥ずかしさは、そんなに簡単に許せるレベルではないらしい。
祐介はそんな和衣の横顔を見つめながら、りんご飴に口を付けた。
「そういえば俺、りんご飴食べるの、初めてかも」
「えぇっ!?」
祐介が何となくそう漏らしたら、どうやらそれは和衣にとっては衝撃の告白だったらしく、さっきと同じくらい驚いた顔で、祐介のほうを振り返った。
「マジで!? りんご飴を! 初めて!」
「え、そんなにビックリすること?」
「祐介んトコの地元では、りんご飴の文化が根付かなかったの?」
「や…そこまでじゃないと思うけど…。りんご飴自体は知ってたよ?」
和衣があんまりにも驚いた顔をしているから、一応そう付け加えておく。
祐介だって別に、りんご飴の存在自体を知らなかったわけではないのだ。でも和衣は、まだ驚きを隠し切れずにいるようで。
「で? どうですか!? 初めて食べたりんご飴の感想は!」
「いや、おいしいけど……ちょっ、近い、和衣」
手にしている齧り掛けのりんご飴をマイクに見立て、和衣はそれを祐介に差し向ける。
りんご飴を食べたことがなかったの、そんなに珍しかっただろうか。
「や…おいしいけど…」
「よかった」
思っていたよりも甘いものだな、とは思ったが、祐介はもともと甘いものが好きだし、飴の甘いのとりんごの酸っぱいの、食感もパリッとしたのとサクッとしたの、2つが合わさって、おいしいものだった。
そんなりんご飴を齧りながら祐介が歩いていたら、隣の和衣が祐介の浴衣の袖を掴んでいるのに気が付いた。
「和衣?」
「えっ? あ、ゴメンっ! 大丈夫だよ、手、ベタベタしてないよ!?」
祐介は、その行為を咎めるつもりで和衣の名前を呼んだわけではないのだが、和衣はそう受け止めたのか、掴んでいた袖をパッと放して、慌てて弁解した。
そして、念のために自分の手が汚れていないか確認しているけれど…………そういうことは別に気にしてないから。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (45)
「ぅ?」
「手、繋ごうよ」
祐介は、行き場をなくしていた和衣の手を掴む。
何度かの瞬きの後、和衣は頬を染めた。どうやら、祐介が何をしたか理解するのに、若干の時間が掛かったらしい。
「ちょっ、あの、ちょっ」
「ダメ?」
「ダメとかじゃなくてっ…、祐介、何か今日変…」
「変て」
顔を赤くしたまま俯いた和衣に、祐介は苦笑する。
…確かにいつもだったら、こんなところで手を繋ごうなんて言わないか。これってやっぱり浴衣効果? はしゃいでいるのは和衣だけでなく、祐介も同じだ。
「…でも、繋ぎたかったんだ。嫌だった?」
「なっ…そんなわけないじゃんっ!」
分かっていて尋ねれば、和衣はアタフタしながら否定してきた。
その慌てた勢いで、繋いでいた手が解けそうだ。
「よかった」
「う、ん…」
大人しくなった和衣は、耳まで赤くしたまま俯いた。
あ、かわいい。
「……」
祐介は、サッと辺りを見回した。
駅まではもう少しだけれど、花火大会の会場から離れたのと、混雑を避けるために急がず会場を後にしたおかげで、周りに人は殆どいない。少なくとも2人の後ろには、誰もいなかった。
「、え? ゆ…」
クイと、繋いでいた和衣の手を引く。
驚いた表情の和衣が、祐介を見る。
そしてそのまま、祐介は和衣の唇に、自分のそれを寄せた。
ほんの数秒のキス。
しかし、まるで時が止まってしまったかのように感じたのは、祐介も和衣も同じで。
「ゆ、ぅ…」
「あ…、や、ゴメンっ」
和衣の掠れた声に名前を呼ばれてハッと我に返り、今度は祐介が和衣から顔を背けた。
何でキスしたのかと聞かれれば、したかったから、としか答えようがなく、なぜこんな場所でしたのだと言われても、和衣がすごくかわいかったから、としか…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (46)
周囲に人がいなかったとはいえ、こんなところでいきなりキスをしてしまって、さすがに和衣の顔が見れない…。
そういえば祐介は、和衣に告白したときも、キスが先だった。
自覚はなかったけれど、どうやらテンションが上がると、順番を間違えてしまうらしい…。
「和衣、ゴメンね、あの、」
「あああ謝んないでよっ、別に、そのっ」
「………………」
「………………」
2人して慌てて、アタフタして、でも結局何と言葉を続けていいか分からずに、沈黙に陥ってしまう。
祐介は熱くなった頬を手で扇ぎながらチラリと和衣を見れば、思いがけず目が合った。
「……ふっ、あはは」
「えっ何、祐介!?」
そんな様子に、何とはなしに、笑いが込み上げてきた。
だって、和衣が恥ずかしがるのならともかく、自分から手を繋ぎ、そしてキスまでしておいて、どうして祐介が恥ずかしがらなければならないのだ。そう思ったら、おかしくなって。
「ゴメ……何か今日俺、ダメだわ、おかしい…」
「そうだよ、祐介、今日変だよ」
祐介があまりにも笑うものだから、和衣も恥ずかしさと緊張が解けたのか、笑い出す。
2人で笑いながら、手を繋ぎ直した。
…いつもより少し大胆になるのは、花火大会の余韻と浴衣のせいにして。
「また、来年も…」
「ん?」
祐介たちが乗る路線がもともとそれほど混むものではないのと、駅に来るまでゆっくりしていたこともあって、ホームには人が少ない。
そんなホームで電車を待ちながら、和衣はポツリと口を開いたが、ちょうど向かい側のホームに電車が入ってくる音に掻き消されて、祐介の耳には届かなかった。
「何、和衣」
「…うぅん」
和衣はプルプルと首を振ってごまかそうとしたものの、祐介が顔を覗き込んで『何?』と問うので、視線を彷徨わせた。
ごまかしたくはない言葉だったけれど、タイミングを逃すと、言い出すのが気恥ずかしい。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (47)
本当はそんなことを言ったわけではないのに、和衣はつい口から出まかせを言ってしまう。
でも、今日が楽しかったのは嘘ではないし、そういうことにしておこう。
…て、思ったのに。
「『来年も』て言ってなかった?」
「ッ…、聞こえてっ…!?」
まさかの図星を突かれて、和衣は言葉を詰まらせる。
聞こえていたなら、聞き返さないでよ!
「いや、最初のほうだけしか聞こえなかったけど。来年、何?」
「ッッッ、、、だからぁっ! 来年もっ……」
再び祐介に尋ねられ、仕方なく和衣が意を決して口を開けば、何とタイミングの悪いことに、今度は和衣たちが乗る電車がホームに到着してしまった。
和衣は変な形で口を開けて絶句したまま固まったが、電車が来たからには乗り込まなければ。
ドアが開いて、中からいくらかの乗客が降り、ホームにいた数人も電車に乗り込んでいく。和衣も、それに続こうとする。でも。
「ちょっ祐介! 電車っ…」
歩き出そうとした和衣は、しかし手を繋いでいる祐介が動かないから、立ち尽くすしかない。
そうしている間にも、電車のドアは閉まり、乗ろうとして乗らなかった2人には無関心な乗客たちを乗せて走り出していった。
「ゆ…」
「来年もまた、一緒に花火大会、行こ?」
「………………」
静かなホーム、2人だけ取り残されて。
ゆっくりと静かに紡いだ祐介の言葉に、和衣はポカンと口を開けたまま、すぐに返事が出来なかった。
返事を迷ったからではない、祐介に何を言われたのか分からなかった、いや、分かったけれど、祐介にそんなことを言われるとは思っていなかった、だってそれは、先ほど和衣が言おうと思っていた言葉で。
「………………」
「………………」
「…ダメ?」
「ッ!」
しばしの沈黙の後、祐介に聞き返され、和衣はブンブンと首を振った。
祐介のセリフにビックリして固まってはしまったけれど、ダメのわけがない。また祐介と一緒に花火大会に行きたい、来年も、再来年も、その次も、ずっと。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (48)
和衣は何も言えなかったけれど、また祐介と花火大会に行きたいのだという思いを必死に伝えれば、祐介はホッと息をついた。
大胆なくせに、ちょっとだけ小心。
やはり、いつもどおりの祐介だ。
和衣がこっそりと胸を撫で下ろしていると、次の電車がやって来るアナウンスが流れる。
今度は乗りそびれないようにしないと。
「…つか、やっぱ聞こえてたんでしょ? 最初に俺が言ったの」
「何が?」
電車の入ってくる音に掻き消された、和衣の最初のセリフ。結局は、祐介が言ってくれたのと同じだったけれど。
尋ねても、祐介は空とぼけた様子で聞き返してくる。
「…何でもない」
そう言って和衣は、やって来た電車に乗り込む。
もう追及しなくてもいい、答えは、祐介の赤くなった頬が物語っているから。
「早く帰って、むっちゃんに焼きそば渡そ?」
繋いだ手は、まだ離せない。
*** ryo & mutsuki
ヘッドフォンで音楽を聞きながらマンガを読んでいたから、亮は最初、部屋のドアをノックする音に気付けないでいた。
ただ、そこまでボリュームを上げていたわけではなかったので、『むっちゃーん』という声は聞こえて来て、慌ててヘッドフォンを外してドアのほうを窺った。
『むっちゃーん、いないのー? 焼きそばだよー』
ドア越しに聞こえてきた声は、古くからの幼馴染みであり、腐れ縁でもある和衣のものだった。
だが、和衣が今会いたいのは、亮ではなく睦月のほうだったようで、時々ドアをノックしては、睦月の名前を呼んでいる(それにしても、焼きそば…?)。
「あ、亮。むっちゃんは?」
面倒くさいが居留守を使う理由もないので(長年一緒にいるから分かるが、和衣は何かとしつこいのだ)、亮がドアを開けてやると、浴衣姿の和衣がニコニコしながら立っていた。
和衣と祐介は今日、2人で花火大会に行ったはずだ。浴衣を着た2人の写真をお母さんに送るべく、睦月が一生懸命スマホを構って、喚いていたから、亮もそれは知っている。
しかし今、部屋の前にいるのは、和衣だけだ。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (49)
「…もう寝てっけど」
「やっぱりー」
大体からして、睦月の夜は早いのだ。一般的な大学生が寝るにはまだまだ早い時間だが、ご飯を食べて風呂から上がった睦月にしたら、とっくにおねむの時間だ。
それは和衣も知っていることだろうに、一体どうしたことだ。まさか、今さら一緒に風呂に入る約束? 悪いが睦月は今日、もう風呂に入っているのだが。
「あのね、今日ね、祐介と一緒に花火大会行って来たの」
「知ってる」
「あ、そう? でね、でね、あ、もしかして亮ももう寝てた? ゴメン」
「寝てねぇよ」
なかなか本題に入らない和衣に、ちょっとばかし苛付いていたら、和衣はそれを、寝ているところを起こされたせいで機嫌が悪い、と勘違いしたらしく、見当違いな謝罪をしてきた。
楽しそうに喋っていたかと思うと、急にシュンとして……ホント、目まぐるしいヤツ。
「で、何の用だよ。睦月のこと、起こしたほうがいいわけ? 起きるかどうか分かんねぇけど」
「んー…、あのね、むっちゃんにね、焼きそば頼まれてたの。お土産に買って来てーて。だから、これ」
はい、と和衣は、白いレジ袋を亮のほうに差し出した。
「祐介とね、むっちゃんに焼きそば頼まれたけど、帰ったらもう寝てるんじゃないかなぁ、て話してたんだけどね、一応約束だから」
「ふぅん。焼きそばが来た、て言えば起きるかな、睦月」
「あはは、それ、俺らも言ってた! 眠気と食欲、どっちが勝つんだろ、て」
「…試す?」
亮は袋の中を覗き込んでから、ベッドでまさに「大」の字になって寝ている睦月を振り返った。
和衣も部屋の中を覗き込む。
「うぅん、いい。もしなら明日食べて? あ、あとりんご飴はおまけね。ホントは綿あめにしようとしたんだけど、ちょっと、あの……あれだったから、りんご飴にした」
「あれ、て?」
「いや…まぁまぁ」
アニメの絵が描かれた袋を持って来るのが恥ずかしかったから、とは何となく言い出しにくくて、だったら最初から綿あめの話など出さなければいいのに、それが出来ないのが和衣だ。
全然うまくない和衣のごまかし方に、亮はとりあえず素直に騙されておく。
「あっ、てかゴメン、亮の分っ…」
綿あめでなくりんご飴を買って来たことよりも、もっと重大な問題に気が付いて、和衣はハッとした。
睦月に頼まれた焼きそばを買って来たところまではよかったのだが、睦月には同室者である亮がおり、おまけに和衣たちは亮とは知らぬ仲ではないのだ。
普通、亮の分だって買ってくる。
愚鈍な和衣はそういうこと、なかなか気付かないほうだけど、あのときは祐介も何も言わなかった…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (50)
「別にいいけど」
分かりやすくシュンとする和衣に、亮は苦笑する。
睦月への土産を忘れなかっただけでなく、おまけのりんご飴も買って来たのだから、それで十分だろう。
「つか、祐介は? 一緒じゃねぇの?」
「一緒だよ。でも今、先に部屋」
「? 何で?」
「だだって、恥ずかしいじゃんっ」
「…そうか?」
亮は、2人が花火大会に行ったことも知っているし、その浴衣姿も睦月のスマホで見ているのに、それでいて、今一緒にここに来ることの、一体何が恥ずかしいのだろう。
まぁ、大体こういう場合、恥ずかしいだの何だのと言い出すのは和衣だから、祐介も意味不明と思いつつ、和衣の言葉に従ったのだろう。
「とりあえず、むっちゃん寝てるし、お礼とか、明日また来るね」
「おぅ」
「あ、亮も」
「ん?」
「ありがとう」
「は? 何が?」
ここには和衣だけで来たけれど、この後、再び祐介と会うつもりなのだろう。ソワソワした雰囲気を隠し切れないまま、和衣は亮にお礼を言ってきた。
しかし、浴衣を貸したのは睦月だし、着付けをしたのは祐介だ。亮には、和衣に礼を言われる覚えがない。
「何?」
「だって亮が、むっちゃんと一緒に浴衣着たい、ていっぱい言ってくれたから……だから何か俺も浴衣で祐介と出掛けられたのかな、て…」
「はぁ?」
確かに亮は、睦月と一緒に浴衣で出掛けたい、と騒いだけれど、それは他意などない自分の願望なだけであって、和衣のことを思って言ったわけではなかったのだが…。
まぁ、和衣が勝手に感謝してくれる分には、一向に構わないけれど。
「ね、亮もむっちゃんと出掛けるんでしょ? 浴衣で」
「あぁ、うん、まぁ」
「どこ行くの? 俺、今日の花火大会、来るのかと思ってた」
「暑くて、混んでて、腹の足しにならないところに、睦月が行きたがると思うか?」
和衣ほどのロマンチストでなくても、やはり夏の定番イベントとして花火大会は外せないが、睦月にしたら、それほど魅力的ではなかったようで、誘ってもいまいち乗り気ではなかったのだ。
亮としては、そこまで嫌がるほどのことでもないけれど、睦月を説得してまで行かなければ、というほどでもなかったので、結局今年は行かないことで事は収まった。
それでもちゃっかり和衣に焼きそばをねだっているところが、睦月らしいといえば睦月らしいのだが。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (51)
「は? 何で?」
「むっちゃんのお母さんに送るのに」
「え、俺らの写真も?」
「だって、むっちゃんのお母さんに送るのに、むっちゃんの写真がないの、おかしいじゃん。ね、撮ったら俺にも見せてね?」
「…あぁ」
亮も、和衣と祐介の浴衣姿の写真を見ているから、ここで拒むのもどうかと思い、渋々頷いた。
でも最終的に、和衣に写真を見せるかどうかは、睦月が決めそうだし、嫌だと言って見せなそう(それに対して、和衣がキャンキャンと文句を言う姿が、目に浮かぶ)。
「じゃあね、亮。お休み」
「おー…」
全身に幸せ感を滲ませ、和衣は亮に手を振ると、パタパタと走り去る。
亮がその背中を見つめていたら、案の定、和衣は自分の部屋を通り越していったが、どの部屋に入るかまでを見届ける気のない亮は、静かに部屋に入った。
*****
夕ご飯を食べて、お風呂に入り、マンガを読んでいるころにはもう、睦月は、花火大会に行く和衣と祐介に焼きそばを頼んだことなど、すっかり忘れていた。
それが睦月という人間だ。
だから夕べ和衣が、2人の部屋にお土産の焼きそばとりんご飴を届けたとき、睦月を起こさなかったのは正解だったのだ。睡眠妨害に遭ったときの、睦月の凶悪さたるや…!
「これ何? りんご?」
レンジで焼きそばを温めている間、睦月はもう1つのお土産であるりんご飴を手にして、不思議そうにしていた。
「え、りんご飴。…知らないの?」
シンクに向かっていた亮が、睦月のほうを振り返る。
まさか知らないはずはないだろうから、最後の『…知らないの?』は失言だったと、亮は口に出してから気が付いたが、もう遅かった。睦月は不機嫌そうな顔をし…………
「知らない」
……てはいなかった。
キョトンとした顔で、「りんご飴?」と首を傾げている。
「え、知らないの!?」
「知らないってば。これりんごなの? 小っちゃくない?」
割りばしの部分を持って、りんご飴をくるくる回しながら、睦月は驚いた顔をしている亮を見つめた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (52)
「え、お祭りとかでさ、りんご飴、売ってるじゃん。見たことない?」
「んー……ない、かな」
「マジで?」
祭りの屋台で必ずしもあるとは限らないが、20年も生きて来てその存在を知らなかったというのは、ちょっと驚きだ。
亮は驚きを隠せないまま、温まった焼きそばと、自分の分の朝食を持って睦月のところに行った。
「ねぇねぇ先にこれ食べていい? りんご…飴?」
「焼きそば冷めるよ? それに甘いからさ……後からのほうがいいんじゃね?」
「そう?」
ご飯とおやつの区別があまり出来ていない睦月は、自分が食べたかったら順番も何もなく食べてしまうので、初めてのりんご飴は我慢できないかと思いきや、わけが分からな過ぎたのか、素直に亮の言うことを聞いて、りんご飴を置いた。
「つか亮、今日どっか行く?」
「ぅん?」
「行かないならさぁ、浴衣着て写真撮ろ? 昨日カズちゃんたちの写真送ったら、お母さんに、俺の写真がない、つって怒られたし…」
割りばしをガシガシ噛みながら、睦月は溜め息を零した。
そういえば昨日、和衣と祐介の浴衣姿の写真をお母さんに送って満足したのも束の間、すぐさま電話が掛かって来て、祐介が格好いいことと和衣がかわいいことを捲し立てられた後、睦月の写真がないと怒られたのだ。
このまま電話で親子ゲンカが始まるのかと、亮は内心冷や冷やしたのだが、何と珍しいことに、睦月は何も反論することなく、素直に謝ったのである。
さすがの睦月も、お母さんには敵わないらしい。
「…つかさ、別に睦月が出掛ける気ないならそれでもいいんだけど、せっかく浴衣着るのに、写真だけ撮ってすぐ脱ぐの? 浴衣で出掛けようよ」
「亮、カズちゃんみたい」
暑いから嫌だと、即行で返事が来るかと思いきや、睦月はふにゃりと表情を崩す。
本気で嫌なら即答するはずだから、これはちょっと脈ありだ。
「でもどこ行くのー? 何でもないのに、浴衣着てく?」
「まぁそうなんだけど…」
睦月に言われて、亮は口籠る。
目的がなければ浴衣を着てはいけないということはないのだから、何を躊躇うこともないのだが、何もないのに浴衣を着るという習慣は、残念ながらそれほど根付いていないわけで。
自分から、睦月と一緒の浴衣で出掛けたいと言っておきながら、亮はどうしていいか分からなくなる。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (53)
「何」
焼きそばを完食した睦月は、りんご飴を持って、亮を自分の机のほうへと連れて行き、パソコンの電源を入れた。
「…ね、これ、このビニル、取って食べるの?」
「へ? いや、そりゃそうでしょ」
「だって取れない」
睦月は、パソコンが起動するまでの間にりんご飴を食べようと思ったのか、りんご飴に巻かれているビニルを懸命に剥がそうとしているが、過ぎるほど不器用な睦月は、うまく出来ずにいる。
「はい、どうぞ」
「ありがと。………………」
「大丈夫だから、食べなよ。てか、周りの部分、飴なんだからね? 固いんだから、気を付けて食べてよ?」
「ん」
亮に、代わりにビニルを剥いでもらった睦月は、受け取ったりんご飴と亮を、不思議そうに交互に見る。
本当に食べれるの? と疑わしげだ。
「いただき~」
大きな口を開けてりんご飴に噛り付く睦月を、亮は微笑ましく見つめる。
というか、りんご飴に気を取られて、当初の目的を忘れているんじゃ…?
「ね、で、何だったの?」
「ぁにが? 甘いー」
「何が、じゃなくて。何か見せたかったんじゃないの?」
りんご飴に夢中になっている睦月は、ガジガジとそれを齧ってばかりで、少しも話が先に進まない。
亮が言えば、睦月は案の定、あ、という顔で、パソコンに向き直った。
「これこれ」
睦月はインターネットを立ち上げると、お気に入りに登録してあった、海の近くにあるテーマパークのサイトを開いた。
こことは違う場所だが、前に睦月に付き合って、絶叫マシンに乗りまくったことを思い出し、亮は身震いした。浴衣で睦月と出掛けたいとは思うが、絶叫マシン目的なら、勘弁願いたい。
「……あのですね、睦月さん」
「これ!」
「ッ、ぎゃあ~~~~!!!」
嫌な予感がして、改まって睦月に声を掛けたというのに、まったく無視されて、亮は睦月に腕を引かれるがまま、パソコンに目を移した――――途端、みっともないほどの悲鳴を上げて後退った。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (54)
あまりに突然の亮の行動に、睦月はビックリしてポカンとなった。
見せたのはテーマパークのサイトのうち、睦月が行きたいと思っていたアトラクションの特設ページだけで、それ以上のものは何もない。一体全体どうしたことか。
「ちょっむっちゃんっ 何っ!?」
「いや、何、て……こっちのセリフだけど…。亮、どうしたの?」
両手で顔を覆って、でも指の隙間からちょっとだけ目を出して…………睦月のほうを見たいのか見たくないのか、よく分からない。
あまりの亮の行動に、睦月も手にりんご飴を握ったまま、ポカンとなってしまう。
「ちょっちょっむっちゃん! そのホームページ、何っ!!」
亮て、慌てると『むっちゃん』て呼ぶんだなぁ…と睦月は、慌てふためく亮を見ながら思う。
睦月は、時々照れて、『亮のくせに、むっちゃんとか呼ぶな』とか言うけれど、今となってはもう、ずっと『むっちゃん』と呼んでくれても構わないのに。
「ちょっ早く消して! それ消してっ!」
「………………。…これのこと?」
亮が顔を背けながら指を差しているのは睦月のパソコンで、彼が悲鳴を上げたタイミングを考えると、消せと騒いでいるのはパソコン自体の電源ではなく、今表示されているサイト――――テーマパークの夏季限定アトラクションであるお化け屋敷のページのことだろう。
「消した!? ねぇ消した!?」
「え、まだだけど」
「ちょっ消してよーマジでぇ!」
消せと言われても、これを見せたかったのに、しかし亮はジタバタしているから、このままでは埒が明かないと思って、睦月はとりあえずブラウザを最小化する。
サイトをちょっと見ただけでこの反応…………睦月は、亮と一緒にこのお化け屋敷に行こうと思っているのに、大丈夫かなぁ…。
「…亮、もう大丈夫だよ」
「はぁ~~~~~、もう、ないわー」
睦月が声を掛けると、亮は大きく息をついて、チラリと、本当にサイトが消されているかを確認してから、睦月のほうにやって来た。
睦月の性格を熟知しているからこそだろうが、そんなに疑わしそうにしなくても…。
「亮、ホームページ見ただけで怖がってたら、ここ行けないよ?」
「行かないよっ! むっちゃん知ってるでしょ、俺がこういうの嫌いなの」
「亮が苦手なのって、絶叫マシンじゃなかったっけ?」
睦月も、亮の絶叫マシン嫌いなら、嫌と言うほど知っている。
だからこそ、睦月なりに気を遣って、今回は絶叫マシンでなく、お化け屋敷のほうを選んだのだが…………そういえば亮は、ホラー映画とかも、とっても苦手だったっけ。
わざとでなく、普通に忘れていた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (55)
「いい、て何が?」
恋人の苦手なものを全然覚えていない…て、やっぱりちょっとダメかなぁ、と思って、あえてその部分には触れず、このお化け屋敷の良さを強調してみる。
まぁ、説明がざっくり過ぎて、亮には伝わっていないみたいだが…。
「んーと……他のアトラクションが割引になる」
「…浴衣でお化け屋敷に入ると?」
「うん」
これは嘘でも何でもないことだから、睦月はしっかりと頷く。
それを説明したくて、お化け屋敷のサイトを亮に見せようとしたのに、亮が怖がってうまくいかなかったのだ。
「むっちゃん、それ自分で調べたの? お化け屋敷とか、割引とか」
「うん。だってホラ、愛菜ちゃんたちがイベントに浴衣で、とか言ってたじゃん? だから調べれば他にもあるかなぁ、て思って。ねっ、亮、行こうよぉ~」
「やっ、ちょっ…」
甘えるようにすり寄ってくる睦月に、亮はすっかり動揺する。
行き先はともかく、睦月が一緒に浴衣で出掛けるために、自ら労力を費やして下調べをしてくれたことは、純粋に嬉しい。行き先はともかく。
それに、睦月は自分の欲求に非常に忠実だから、亮があまりに拒み続けると、それならば他の人と出掛ける、という選択肢を選んでしまうので、この辺りで亮が妥協しないと…。
「…………分かった、行く……」
「やったー!」
ガックリと項垂れて了承した亮に、睦月は食べ掛けのりんご飴を振り回しながら、子どものように喜んだ。
*****
普段、出来上がった料理をテーブルまで運ぶのも危ういほど不器用だとは思えないくらい、睦月は手際よく亮の着付けをすると、手早く自分も浴衣に着替えた。
これには本当に、亮も感心するほかない。
「よしっ、さぁ行っくぞぉ! オー!」
浴衣を着たからではなく、お化け屋敷に行けるということでテンションの上がった睦月は、自分の掛け声に自分で返事をして、右のこぶしを振り上げている。
睦月が楽しそうだからいいけれど、行く先を考えると、亮はどうしてもテンションを上げられない。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (56)
「ぬ?」
「写真いいの? お母さんに送らないと怒られるんでしょ?」
「あ、そうだった」
写真のことを本気で忘れていたのか、睦月は右手を挙げたまま、ハッとなった。
亮は睦月のお母さんに会ったこともないし、彼女の浴衣への情熱は睦月と祐介の話でしか知らないけれど、昨日和衣が言っていたとおり、友人の写真は送ったのに、睦月自身の写真を送らないというのはおかしいだろう。
「じゃあ…、撮るから、亮、ポーズ決めて?」
「え、ちょっと待って。何で俺の写真撮ろうとしてんの?」
「お母さんに送るため」
「いや、そうだけど、そうじゃなくて。むっちゃんの写真撮らなくてどうすんの?」
別に亮の写真を撮って送りたいなら、それはそれでいいけれど、最終的に睦月の写真を送らなかったら、何の意味もない。
今の雰囲気からして、睦月は亮の写真だけ送って、それで終わりそうだ。
「そっか。じゃあ亮、撮って」
はい、と亮に自分のスマホを差し出した睦月は、ものすごく姿勢正しく気を付けをして立った。
人には、ポーズを決めて、何て言っていたくせに、自分はその格好…。いや、それが睦月の中では、ポーズを決めたということなのかもしれないが…。
「ねぇ…、本当にそのポーズでいいの? 気を付け…」
「ダメ?」
「むっちゃんがいいならいいけど……結構おもしろいよ?」
寮の一室で、浴衣姿で気を付け…。
どう考えても、おもしろすぎる。
「いや何か…ちゃんとしてる感を出したほうがいいかな、て思って。俺がちゃんとしてるほうが、お母さん、安心するでしょ?」
「そうだけど…」
お母さんに心配を掛けたくないという気持ちが睦月の中にあることは大いに結構だけれど、この気を付け写真を送ったら、かえって心配してしまうような気も…。
「普通のがいいと思うよ?」
「そう? でも何か普通て困るね。ここで浴衣着て普通に…て、どんな格好したらいいの?」
「んー…」
どこか出掛けた先で記念写真を撮るというなら、それなりにポーズもあるだろうけど、確かに『普通』と言っても、どうしたらいいものか。
「じゃあ、亮、先にやって。普通に。俺、それ真似する」
「えー…、何かむずい…」
「ほらぁ! 難しいでしょ!? 何か出来ないでしょ!? やっぱ気を付けしかないじゃん!」
「そ…そう…?」
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (57)
しかし、ならば先にやってみろと言われても、何も出来ない亮は、それに反論する術もない。
「カズたち、どうしてたっけ?」
「カズちゃんたちと同じにするの? カズちゃん、ゆっちと一緒に撮ったんだよ?」
「あぁ、だったな。俺らも一緒に撮ろうよ」
「いいけど……どうやって? 誰が撮るの? 自分撮り? 出来る? 浴衣、ちゃんと入る? 浴衣メインだからね! 浴衣入んなかったら、意味ないんだからね!」
「分かってるってば…」
ついさっき、『俺の顔なんて見飽きてるでしょ』なんて言っていた人に、そんなこと言われたくはない。
けれど、三脚のようなものにスマホを固定して、セルフタイマーで撮るならまだしも、スマホを手に持って、自分たちのほうにカメラを向けて撮るのでは、全身を撮影するのは難しいかもしれない。
「カズ……いや、祐介、呼んでくる?」
先に思い付いた自分の幼馴染みの名前を慌てて引っ込め、亮は祐介の名前を挙げてみる。
別に和衣だっていいんだけれど、昨日のあの態度からして、ウザったいくらいに乗り気で来るだろうから、何となく面倒くさい気がするのだ。その点、祐介にはその心配がない。
「そうだよね、何かカズちゃん、面倒くさいもんね」
「………………、まぁ…うん…」
亮も、内心そう思っていたものの、そこまでハッキリ口に出せるほどの図太さは持ち合わせていなかったのだが、どうやら睦月はそうではなかったらしい。
まぁ、まったく悪気なく言うところが、睦月なのだが。
「じゃあゆっちにメールしよう」
「待って、むっちゃん」
寮の同じ階で生活しているにもかかわらず、睦月がメールで和衣や祐介に連絡を取ろうとするのはいつものことなのだが、今はそれはやめたほうがいいと思い、亮は睦月を止めた。
もしかしたら今、2人が一緒にいないとも限らないわけで、祐介だけを呼んだつもりが、和衣もくっ付いてくる可能性だってあるのだ。
「部屋行って、コッソリ呼んでくる? でもカズちゃんいたら、おんなじことか…。つか、出掛けてるかもだよね? 日曜だもん。やっぱメンドイから、一緒に撮らないにしよっか」
「じゃあ、むっちゃんの写真、撮ってあげる」
「え、亮が先。俺、気を付けしか出来ない」
「気を付けでいいじゃん」
最初に気を付けで撮ろうとしたのは睦月自身だ。今さら何を恥ずかしがることがあるというのか。
でもまた、どういうポーズで写真を撮るか、どちらが先に撮るかを言い始めると、堂々巡りとなって、時間だけが過ぎていき……お化け屋敷に行きたくない亮にとっては喜ばしいことだけれど、そういうわけにもいかないだろう。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (58)
「えぇー…、まぁいいけど…、俺の写真なんか送って、ホントどうすんの?」
和衣の写真は、睦月のお母さんも知っている祐介と一緒に映っていたから意味は分かるだろうけど、亮だけが写った写真を受け取っても、困るんじゃないかなぁ…。
「俺が着付けしたよ、てことで」
「ちゃんとそういう説明付けてよ? 写真だけ送ったって、絶対意味分かんないから」
「はいはい。じゃあ、はい、チーズ」
「ちょっ…ちょっと待ってよ、むっちゃん」
写真を撮るのが亮で、撮られるのが睦月なのに、なぜか睦月が掛け声を掛けるし、大体、亮はまだカメラの準備もしていないのに。
亮は急いで睦月のスマホを構える。
「はいっ」
「チーズ」
睦月がビシッと気を付けをしたところで、カメラのボタンを押す。
口ではあれだけ『気を付け』と言っていたけれど、それもきっと睦月の口先だけの冗談だと思っていたのに、本当に気を付けの写真になってしまった…。
「むっちゃん、撮れたけど、本当にこれでいい? 気を付けしてるので」
「うん、いい、いい」
撮れた写真を睦月に見せれば、睦月は嫌な顔1つせずそれを保存して、今度は亮のほうにカメラを向ける。
やはり本気で亮の写真も撮るつもりなのだ。
「亮も気を付けだからね!」
「わーったよ」
自分の気を付けをした写真を見ても、それを良しとしたのだから、当然、亮の写真も気を付けということになるだろう。
睦月のお母さんが見るだけだし、別にいいかなぁ、とは思うけれど、やっぱり変じゃない? という気持ちも拭い切れない(というか、本当に睦月のお母さんしか見ないんだよね?)。
「はい、チーズ!」
しかし、ご機嫌で写真を撮る睦月に、結局は何も言えず、亮は睦月に言われるがまま、浴衣で気を付けの写真を撮らせてしまった。
「よし、後はこれをお母さんに、送る、」
「…………」
撮った写真を付けてメールを送れるのかと、心配になって睦月の手元を覗き込むと、とりあえずちゃんと写真は添付できているようだ。しかしタイトルは一言、『俺』…。
しかも、本文は? と亮が聞く前に、睦月はさっさと送信した。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (59)
「出来た!」
今度は亮の写真…と、先ほどと同じように、今度は亮の写真を添付した睦月は、タイトルのところに『亮』とだけ入力すると、そのまま送信してしまった。
睦月のスマホで送ったのだから、最悪、睦月の写真のほうは、タイトルに『俺』だけでもお母さんは分かるだろうけど、亮の写真は、それだけでは絶対に意味不明だ。
亮があれほど説明を付けろと言ったのに…………いや、睦月の中では、これが精いっぱいの説明だったのかもしれないけれど、これだけでは絶対に、睦月が着付けをした、というのは伝わらない。
「あ、お母さんから…………『亮て何?』だって」
「そりゃそうでしょ」
というか、『何?』ではなく、『誰?』なのでは? と思って、返信されたメールを見れば、睦月が口に出して言ったとおり、『亮て何?』と打たれていて。
何と言うか……この母にして、この子あり、という感じがする。
「ん…、んー…、よしっ」
「ちょっ…ホントによしなの? …て、あーもうっ」
言葉足らずな睦月のメールでは伝わり切らないだろうと思って、送る前に見ようと思ったのに、亮が見た瞬間に睦月はさっさと送信ボタンを押してしまう。
見せたくない、というよりは、見せるまでもない、といった具合だ。
とりあえず、『俺が着付けした』という内容だったからいいけれど、肝心の『何?』の部分に答えていない…。
「またメール来た」
「何て?」
「『亮、かっこいい』……て、俺のことは!? 昨日、俺の写真がない、つって怒ったくせに、何で俺の写真の感想がないんだよー!!」
確かに…。
昨日、睦月が電話で怒られたのは、睦月自身の浴衣を着た写真がなかったからで、翌日すぐにそれを実行したというのに、その件にまったく触れないというのは…。
というか、亮が何者なのかという件について、睦月はまったく答えていないのに、もう聞いてこないけれど、睦月のお母さんの中ではもう解消されたのだろうか。
いや、それ以前に、何でもう呼び捨て?
睦月はかなり重症な人見知りだけれど、彼女はそれとは真逆の性格に違いない。
「え、むっちゃん、それ送るの?」
「えいっ!」
睦月がお母さんに返した返事は、『俺は?』……どうやら自分のことに触れられていないことが、相当ご不満らしい。
それから1分くらいで、また返事が来る。
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