恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2009年03月

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夕暮れラブソング ~甘い運命 番外編


 コンビニに寄ってから帰ろうと提案したのは晴海のほうで、理由を聞けば、家に何も食べるものがないと言う。
 なら、外で食べればいいのに、とも思ったが、別にコンビニに寄ることを拒否する理由もなかったので、晴海と一緒に、家から最寄りのコンビニの前で車を降ろしてもらった。

「……なぁ、」

 夕暮れ、コンビニ帰り。人通りの少ない路地裏で、章吾は隣を歩く晴海に声を掛けた。

「何でお前が2つも持ってんの?」
「は?」

 唐突な章吾の問いに、晴海は首を傾げた。

「それ! 袋!」
「袋? これのこと?」

 晴海が、一纏めにして持っていたコンビニの袋2つを掲げて章吾に見せてやると、彼は黙って頷いた。
 袋の1つにはペットボトルのドリンクとデザートが入っていて、もう1つには弁当が入っている。
 しかし、なぜ2つ持っているのかと問われても、別に1人で持てない量でも重さでもなく、晴海にしてみたら、どうしてそんなことを聞かれるのかといった思いだ。

「俺も1つ持つ」
「は? 何で? 別に章吾の分まで取ったりしないよ?」
「分かってるよ! そういう意味で言ってんじゃねぇ!」
「……じゃあ、何で?」
「2つあるんだから、1つ貸せよ!」

 おもしろくなさそうな顔で片手を差し出す章吾に、晴海は眉を顰める。
 どう見ても章吾は不機嫌だ。だが、なぜなのか分からない。そして、どうしてそこまで袋を持ちたがるのかも。

「どうしたの?」
「いいから貸せってば!」
「別にいいけどさ、…………何?」

 とりあえず言われるがまま、弁当のほうの袋を章吾に渡した。章吾はそれを奪うように受け取ると、晴海の問いには答えず、さっさと歩いて行く。

「章吾、」
「るせぇ」
「まだ何も言ってないじゃん」

 何を言ってもぶっきらぼうに突っ返してくる章吾に、晴海は肩を竦めた。
 1つ貸せと言われたコンビニの袋も、そのとおりにしてやったわけだし、章吾の機嫌を損ねるようなまねをした覚えはないのに。

「……別にいいじゃん、お前が俺の分まで持つ必要とかなくね?」
「は?」

 少しだけ前を歩く章吾の耳がほんのり赤いのは、この夕陽のせいではないだろう。

「ね、章吾、ちょっと待ってよ!」
「ぁんだよ! うるせぇな!」

 満面の笑みで隣に並ぶ晴海の脇腹に、章吾は拳をくれてやる。

「ホント章吾、かわいーんだから」
「―――――ッ、どこが!?」

 このいかつい坊主の、どこをどう見て晴海はそんなことを言うのだろうか。それでも少しの素直さがあればまだしも、恋人の前でも、少しも素直になれないのに。

「早く帰ろう、章吾」
「え? ギャッ!」

 袋を持っていないほうの手を掴まれて、章吾はまったく以てかわいげのない悲鳴のような声を上げた。

「何す、はるっ…」
「早くしないと日が暮れちゃう」
「知るか! 放せ、バカ!」
「いいから、いいから」
「晴海ー!」

 そういう素直じゃないところも好きなんだってこと、まだ、気付いてないのかな?
 まぁ、当分教える気もないけどね。
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カテゴリー:読み切り短編
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

Sweet Morning (前編)


「……どこ行くんだよ」

 ベッドを降りてジーンズを穿き、シャツ着ようとしたところで、てっきり寝ているものだとばかり思っていた悠也が、拓海の背中に声を掛けた。

「起きてたの?」
「今、起きた。ねぇ、どこ行くの?」

 頭までシーツを被って、目の辺りだけちょこんと覗かせて、本人には悪いが果てしなくかわいい。
 「かわいい」なんて口に出そうものなら、その100倍も文句が返って来るのが目に見えているので何も言わないが。

「コンビニ。タバコ切れたから」

 テーブルの上の、空になって潰したタバコのボックスを悠也に見せた。

「行くな」
「へ?」
「行くなっつってんの!」

 ベッドの上で丸まったまま、悠也は声を張り上げた。

「冷蔵庫の中、何もないから、ついでに買ってくるけど? 腹減ってるでしょ?」
「でも行くな」

 昨日の夜はろくに食事も出来なかったから(そうした原因を作ったのは、帰るなり悠也を求めた拓海なのだけれど)、悠也が寝ているうちに朝食を買ってきてやろうと思ったのだが…。

「しょうがないなぁ」

 とりあえず手にしたシャツを羽織って、拓海はベッドの端に腰を下ろした。

「どうしたの? 朝からゴキゲンナナメだね」
「別に。眠いだけだし」

 そう言う悠也の瞳はトロンとしていて、まぶたも重そうで、いつまた寝入ってもおかしくはない状態なのに。

「だったらもう少し寝てなよ」

 その間にコンビニ行ってくるし―――癖の付いた悠也の髪に指を絡ませながらそう言っても、悠也は「行くな」と繰り返す。
 拓海も「しょうがねぇなぁ」と繰り返し、溜め息をつく。
 その瞬間。

「ひゃあっ!」

 普段の拓海からは想像もつかないような声が、その口をついて出た。

「何すんだよっ!」

 声を荒げながら、拓海は開いていたシャツの前を手で押さえた。悠也が、肌蹴ていた拓海のわき腹をギュッと鷲掴みにしたのだ。

「だって、すげぇ腹筋だなぁと思って」

 何の悪びれたふうもなく、悠也は無邪気な笑顔を見せた。
 かわいい顔に見合わず、筋肉大好きな悠也の相変わらずな発言。
 鍛え方からしたら、悠也のほうが格段に上を行っているが、どうやら自分は筋肉の付きやすい体質をしているのか、いつも悠也に羨ましがられているのだ。

「悠ちゃんねぇ…、あんまりかわいいこと言ってると、朝から襲っちゃうよ?」

 シーツから出ていた悠也の左手を掴んで、シーツをはがすと、その細い体を組み敷く。そして口付けようとした瞬間、

「ダメ!」

 近づいてきた顔を、空いていた右手で押さえた。

「おい…」
「ダーメ!」

 いきなりお預けを食らわされた拓海は不満そうな顔をしているが、悠也は構うことなくシーツを奪い返して、ベッドの隅に転がって逃げた。
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カテゴリー:拓海×悠也
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

Sweet Morning (後編)


「ねぇ、拓海、風呂!」
「はぁっ!?」
「風呂入りたい! ねぇ、風呂!」
「あのねぇ…」

 拓海は大げさに溜め息をつくが、悠也はクスクス笑っているばかりだ。

「眠いんじゃなかったの?」
「目、覚めた」
「はいはい。今、お湯入れてきますよ。ちょっと行ってきてもいいですか?」
「ダメ!」
「ダメって…」

 ここにいて、どうやって風呂の用意をしろというのだ。

「拓海ー、お腹空いたぁ~」

 しかし悠也はシーツに包まりながら、さらに拓海にわがままを言う。

「だからさっき買ってきてやるっつったでしょ!」
「お腹空いた~、何か食いたい~」

 拓海が困っているのを楽しんでいる様子で、悠也は足をバタつかせながら、声を立てて笑っている。
 まったく、どうして今日に限ってこんなにわがままを言い出すのか。
 拓海は溜め息をつきながらタバコに手を伸ばしたが、それはとうになくなっていて、潰れたボックスをゴミ箱に放った。

「拓海、タバコ」

 拓海の脇に細い腕が伸びてくる。

「買いに行かせなかったのは悠ちゃんでしょ?」

 拓海はパチンとその手のひらを叩いてやる。
 だいたい滅多に吸わないくせに、何でこんなときに限って吸いたがるのだ。

「チェッ」

 手を引っ込めた悠也は、モゾモゾとシーツの中に戻った。

「どうしの、悠ちゃん。今日はずいぶんわがままばっか言うね。ん?」
「……拓海、またテスト始まるんでしょ?」

 そう尋ねる悠也の声のトーンは、先ほどとは変わって暗いものだ。拓海は体をずらしてその顔を覗き込もうとするが、悠也はさらにシーツの中に潜ってしまった。

「そうだけど?」

 それは前々から悠也伝えてあることで、今さら確認されることでもないような気がするのだが。

「何かレポートとかも書かなきゃで忙しいんでしょ?」
「うん」
「今日、午後から学校行くんでしょ?」
「ん? あぁ」

 そう答えたとき、拓海はすべてを悟った気がした。今日に限って、どうして悠也がこんなにわがままを言うのか。

「何だ~、悠ちゃん、俺に会えなくて寂しいの~?」

 つい顔がにやけてしまうのを隠せずに、拓海はシーツからはみ出している悠也の髪を、くしゃくしゃと撫で付けてやる。
 『そんなんじゃねぇーよ!』と撥ね付けられると思ったその手を、しかし悠也はされるがままになっている。

「悠ちゃん?」

 からかい過ぎたかな? と思って手を止めると、悠也がシーツに包まったままモゾリと動いた。

「……寂しいよ。拓海に会えなくなるの、チョー寂しい…」

 悠也はシーツから顔半分くらい出して拓海を見つめていた。

「…ッ、もう! 悠ちゃん、ホント素直じゃないんだから」

 今日の午後から学校の拓海は、明日も朝から学校で、悠也とは会えない。
 そうこしているうちにテスト期間が始まって、ますます2人の距離は離れてしまう。
 3年生の拓海にとって、テストやレポートは本当に重要で、そちらに時間を費やさなければならないことを、悠也だって頭では分かっているけれど。
 その寂しさを口に出せずに、悠也はつまらないわがままを言って拓海を困らせようとしたのだ。

「悠也ちゃん、もっとそっち詰めて?」
「へ? なっ…ちょっと!」

 慌てる悠也をよそに、拓海は悠也を壁際に押しやり、空いたスペースに自分の体を横たえる。そしてシーツごと悠也の体を抱き締めた。

「しょうがないから、今日は学校行くまで、悠ちゃんのわがままに付き合ってあげる」
「ちょっ…こんなことしろなんて言ってないっ…!」

 拓海の腕の中でもがくが、シーツのせいで思うように体が動かせない。

「ほら、ジッとする」

 子供に言って聞かせるようなその口調に多少引っ掛かる部分はあるが、でもその腕の中は暖かくて、心地よくて。

「……わがまま言って、ゴメンね」

 いつもより少しだけ素直になって、悠也は目を閉じた。







*END*
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カテゴリー:拓海×悠也
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DELIGHT (1)


「あー、冷たかった…」
「急に振り出してくるんだもんなー」

 日中の天気の良さも、天気予報もすべて裏切って、突然振り出した土砂降りの雨に、ダッシュで帰ってきた遥斗と真琴だったが、その努力も空しく、結局、家に帰ってきたときにはずぶ濡れになっていた。

「やっぱ、どっかで雨宿りしてから来れば良かったかな?」
「今さら言ったって遅いでしょ? 今タオル持ってくるから、待ってて」

 玄関で靴下まで脱いで、遥斗が先に上がり込む。床にしっかりその濡れた足跡が出来ているのが、何だかおかしい。

「はい、とりあえずこれで拭いて」

 持ってきた大きめ伸ばすタオルを真琴に渡した。

「今、お風呂スイッチ入れてきたから」
「じゃ、沸いたら一緒に入ろう?」
「ふ…いいよ」

 わざわざ『一緒に』なんて言ってくる真琴が、何だかかわいく思える。
 風邪を引くなんてもってのほかだから、一緒に入るのが一番手っ取り早い方法だけれど、真琴がそう考えて言ったわけではないことは、すぐに察しがついた。

「何笑ってんの、はーちゃん」
「ううん、かわいいなって思って」
「? 何が?」
「内緒」
「変なのー」

 つられるように真琴も笑い出した。
 2人がだいたいの水分を拭き取ったところで、風呂が沸き上がったことを知らせるメロディが鳴った。

「お風呂、お風呂♪」

 元から風呂好きな真琴は、上機嫌でバスルームに向かう。
 普段はだいたいシャワーで済ませる遥斗も、今ばかりはしっかり温まりたいという気持ちもあったし、あまりに嬉しそうにしている真琴に、湯船に浸かるのも悪くはないと思い直す。

「あ、そうだ」

 濡れたジーンズを脱ごうとしていた真琴が、何かを思い付いたようで、上半身裸のままバスルームを出て行く。

「何? 俺先に入ってるよ?」

 一刻も早く冷えた体を温めたいと、遥斗は真琴を待たずに湯船に浸かった。外はまだ雨が激しいらしく、静かなバスルームの中、打ち付ける雨音が響く。

「マコ、何やってんだろ…」

 あんな格好でウロウロして、風邪でも引いたら大変だ。遥斗は、真琴の好みの温いお湯に肩まで浸かって、ヤキモキしながら真琴を待つ。

「マコ? 何してんの?」

 バスルーム、磨りガラス越しに真琴のシルエット。

「マコ、風邪引くよ?」
「んー、今行く」

 バタバタと服を脱ぐ気配に、遥斗は真琴が入れるスペースを空けた―――と、そのとき、フッ……と、バスルームの照明が落ちた。
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カテゴリー:遥斗×真琴
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

DELIGHT (2)


「え? 停電?」

 けれど脱衣所の明かりは点いていて。

「マコ?」
「ゴメン、ゴメン」

 突然明かりの消えたバスルームに不審げに声を上げる遥斗。けれど真琴は気にしたふうもなく、脱衣所の明かりを消して入ってきた。

「何持ってきたの?」

 真琴の手元が明るい。

「アロマキャンドル」
「…は? キャンドル? ロウソクなんか点けてどうすんの? 停電じゃないんでしょ?」
「ロウソクって言わないでよ、仏壇に置くわけじゃないんだから」

 ムードのない言い方をする遥斗に、真琴は苦笑しながらバスタブに浸かる。

「ロウソクでしょ」
「アロマキャンドル! ね、はーちゃん、匂い嗅いで? いい匂いでしょ?」

 ニコニコしながら真琴がそのアロマキャンドルを近付けてくるので、遥斗は仕方なく言われたとおりに匂いを嗅いでみる。

「何の匂い? 甘い…」
「これはねぇ、バニラ」
「ふーん」

 別に匂いにもロウソクにも興味のない遥斗だが、真琴が嬉しそうにしているので、それで良しとする。

(マコって、ときどきこういう女の子みたいなとこ、あるんだよね)

 言うとムキになるから言わないけど。

「てか、ウチにそんなのあったっけ?」

 遥斗自身に買った覚えがないのだから、持ち込んだのは真琴だろう。

「前にねー持って来たの。はーちゃんちで一緒にお風呂入るときに使おうと思って。まだあるから、はーちゃんも使っていいよ?」
「マコ、いつもロウソク点けて風呂入ってんの?」
「アロマキャンドルだってば。あのね、疲れてるときとかさぁ、リラックスするために点けるの」

 真琴は、お湯が掛からないところにキャンドルを置く。バニラの甘い香りが、バスルームに広がる。

「講義、大変?」

 今年採った講義の中で、頻繁にレポートの提出を求める教授がいると、以前真琴がぼやいていたことを思い出した。

「大変……てか、それははーちゃんのほうでしょ?」
「でもマコは、誰にも言わないで溜め込んじゃうから」

 雨に濡れたままの真琴の髪の間に指を滑らせる。

「無理しちゃダメだよ?」
「うん」

 遥斗の指先の心地良い感触に、真琴はうっとりと目を細める。その指が顔の輪郭から項へと向かうと、真琴は向かい合ったまま遥斗の肩に頭を預けた。

「はーちゃん……好き…」
「……ん、俺も好きだよ」

 肩口の真琴の頭を起こし、唇を重ねる。唇を何度か舐めると、真琴は唇を開き、遥斗の舌を誘い込む。
 ピチャピチャと舌を絡めているうち、遥斗の体に重みが掛かる。

「ん? マコ?」

 凭れ掛かって来る、真琴の体。

「え? マコ、のぼせちゃった?」
「んーん……ね、平気だから、もっと……続き、しよ?」
「コラ、煽んないの。抑えが効かなくなるでしょ?」
「いいよ…」

 耳を擽る、甘い真琴の声。遥斗は唇で真琴の首筋を辿り、片手で肉の薄い尻を揉む。

「んぁ…」
「煽ったのはマコだからね……」
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カテゴリー:遥斗×真琴
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DELIGHT (3) R18


*R18です。18歳未満のかた、そういったものが苦手なかたはご遠慮ください。

 ロウソクの明かりが、ほのかに揺れるバスルーム。甘い匂いが充満していて。

「ん…、ふぁ…」

 唇を噛んで必死に声を我慢する真琴だったが、バスルームという環境のせいで、噛み殺し損ねた少しの声も、いつも以上に響いてしまう。

「あぁ、んっ……はーちゃ…」

 泡まみれの体を後ろから抱き締められ、よく解されたそこに、遥斗の熱いものが宛がわれる。

「ねぇ、も…」

 ねだるように、真琴は遥斗の胸に頭を摺り寄せた。

「入れるよ?」
「んっ…早くぅ…」

 ゆっくりと狭い場所に自身を埋め込んでいく。敏感な場所を掠めるのか、時おり真琴の体がビクリと震える。

「は…あ、あぁ…!」
「クッ……ちょっ、力抜い…」
「あ、ゃ、あぁっ!」

 自身をやわやわと愛撫され、自然と真琴の体から力が抜ける。
 自重でズブズブと遥斗のモノを飲み込んでいく真琴は、すべてを中に収めたところで、クタリと遥斗に背を預けた。

「……ッ、あ…はぅ…」
「かわいい、マコ……ホラ、見て…?」
「……ぇ…?」

 快楽にぼやけた頭では、遥斗の言葉の意味を理解するには至らなくて、少し首を傾げて背後の遥斗を見た。

「前、見て……マコのかわいい姿、映ってる…」
「…………え…あ……やっ、やだぁっ!!」

 言われるがまま前を向いた真琴は、ほんのりと曇った鏡に自分のしどけない姿が移っているのに気が付き、恥ずかしさのあまり、遥斗と繋がったまま逃げようと暴れ出した。

「コラ、暴れないの」

 腰をしっかりと遥斗に押さえられ、逃げるにも逃げられない。しかも動いたせいで、より深くまで繋がってしまい、真琴はキュッと目を瞑って、その羞恥心と快感から逃れようとする。

「ダーメ、ちゃんと目開けて」

 遥斗はシャワーで鏡の曇りを流すと、顔を背ける真琴の顎を掴んで前を向かせる。

「はぁっ…」

 曇りの取れた鏡に、ロウソクに照らされた肢体が映っている。

「見て……ホラ、マコのここ、俺のこと飲み込んでるのが映ってるよ?」
「や、やぁ…」

 鏡の中、泡まみれの体も、遥斗を飲み込む秘部も、浅ましく勃ち上がった自身も、すべて映し出されていて。
 ロウソクの頼りない明かりしかないことがせめてもの救いだったが、けれど、いつものバスルームとは違う雰囲気に、真琴はいつも以上に感じてしまう。
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カテゴリー:遥斗×真琴
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DELIGHT (4) R18


*R18です。18歳未満のかた、そういったものが苦手なかたはご遠慮ください。

「や…だぁ…」
「何が嫌なの? すごく感じてるくせに……中、さっきよりキツくなってる…」
「ちが…あぅ……あ、あっ」
「違わないでしょ? マコは、ここに俺の突っ込まれて、それ見て感じるんだよね? そうでしょ?」

 言葉で、追い詰める。
 案外真琴は、恥ずかしい言葉を言われたり、言わされたりするのが好きだってこと、遥斗は知っている。

「はぁ…あっ、ん…」
「ねぇ…どうしてほしい?」

 片手は真琴の体を支えるように腹部に回され、空いているもう一方の手は、硬く立ち上がっている胸の突起を弄る。

「はぅっ……あ、あっ…うご…動いてっ…、おくっ……」
「奥、がいいの…?」
「ひぃっ…!」

 グリッと腰を回すように動かされ、いっそう高い声がバスルームに響いた。
 真琴が望む、奥の一番深い場所を下から突き上げるように、遥斗は真琴の体を揺さ振る。
 だらしなく開いた真琴の口からは、もはや言葉にはならない嬌声しか漏れない。

「あっ、んんっ……はーちゃ…あぁっ」
「マコ、かわいい……大好き…」

 ガンガンと腰を突き動かしながら、遥斗は真琴の耳に愛の言葉を注ぎ込む。軽く耳たぶを食むと、中の締め付けがキツくなった。

「あー……ダメ、もぉっ」

 切羽詰ったような真琴の声に、遥斗はすでにトロトロとカウパー液を零している真琴自身に手を掛けた。

「ひぁっ……あ、ああぁっ…!!」

 大きく背を仰け反らせ、真琴は乱れた自身を映し出す鏡に向かって、はしたなく精液を飛ばして達して。そのキツイ締め付けに、遥斗も真琴の中を熱く濡らした。
 ほの暗いバスルーム、二人の吐息だけが響く。




*****

「うー……」

 力の抜けた体を遥斗に預けたまま、真琴が低く唸った。

「何、最初に煽ったの、マコだよ?」
「そうだけどぉ…」

 体に纏わり付く泡はシャワーで洗い流されたけれど、後始末をしていない後ろからは、遥斗の吐き出した精液がトロトロと流れ出ている。

「マコ、ちょっと動ける?」
「無理」
「でも、中に出したの、キレイにしないと、お腹痛くなっちゃうよ?」
「いいもん」
「いいわけないでしょ?」

 諭すようにそう言って、無理やり真琴の体の向きを変えると、中に出した精液を指で掻き出してやる。

「はぁっ…」

 遥斗の指に真琴はビクビクと反応してしまう。

「かわいいね」

 チュッと頬にキス。

「もぉ……はーちゃんのバカ…」
「何とでも」

 上機嫌な遥斗。
 まぁ別に悪くもないか。

「好きだよ、はーちゃん」

 抱き合って、愛を確かめ合って。
 ずっと一緒にいよう。
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カテゴリー:遥斗×真琴
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彼の胸に顔を寄せると、上品な煙草の匂いがしたのです (1)


 2時間。

 2時間我慢すればいい。
 男の下になって、喘いで。
 知らない男だけど、目を瞑ってれば平気。


 平気だよ。









     









 めちゃくちゃに抱かれた後、明希(アキ)は汚れたベッドの上で体を丸くしていた。男は背広の内ポケットから1万円札を数枚取り出して、ベッドのほうへと放った。

 やるだけやってホテルを出ていった男に、心の中で中指を立てて、明希は散らばった1万円札に手を伸ばす。
 1,2,3,4,……7万円。まぁ、悪くはないか。

 床に投げ出されたジーンズのポケットにそれを捻じ込んで、重い体を引き摺りながらバスルームに向かう。
 クソッ、この安ホテル。シャワーは水しか出ない。
 明希は頭からシャワーを被って、汚れ切った体を洗い流す。

 疲労感。
 一眠りしてから帰ろうか、けれどこんなところ、1秒だって長くいたくない。

 フラフラした足取りで、明希はホテルを後にした。

「アキ!」

 ネオンのうるさい街を歩いていると、ギュッと後ろから抱き付かれて、驚いて振り返ると壱哉(イチヤ)だった。

「あれ? 何かお疲れ」
「さっき、バカ1人、相手にしてきたから」
「お勤め、ごくろうさまです」

 真面目な顔して壱哉が敬礼するから、おかしくなって2人で吹き出した。

 壱哉は、明希が何で稼いでいるか知っている。
 明希も、壱哉がどうやって稼いでいるか知っている。

 この街で、2人が生きていくには、それしかないから。

 でも。

 2人は、いつだって1つだ。
 この世界には、2人だけでいい。自分の半身。

「ね、壱哉、ご飯食べた? 俺、お腹空いたんだけど、一緒に食べない? 奢るよ」

 ジーンズから皺くちゃの7万円を取り出し、壱哉に見せ付ける。

「わっ、アキ、リッチ! ゴチになる。俺なんか今日、たった3万だよ」

 1度抱かれただけで7万円だ。運がいい。
 明希も壱哉も、顔は女っぽいが、体は男だ。男相手に、客は女を抱くようには優しくしない。無茶な要求をしてくる割に、相場の価格は女よりも安い。
 割に合わない商売だ。

「今日はもう1人くらい、稼げるかなぁ」
「アキ、口のとこ、トマトソース付いてる」
「ん。壱哉はどうする?」
「うーん、もうちょっと、がんばろうかな」
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彼の胸に顔を寄せると、上品な煙草の匂いがしたのです (2)


 店を出ると、さっそく声を掛けられる。今日の稼ぎから、明希はその客を壱哉に譲ってやった。2人が暗闇に消えるのを見送って、明希は新たな客を物色する。

(あんま金持ってそうなヤツ、いないなぁー)

 苦しいセックスはキライだけれど、金のためだと思えば、何でも出来る。
 そう、すべては金のためだ。
 じゃなきゃ、男になんて抱かれるもんか。

「あ、」

 人通りが少なくなって、別の場所に移動とした明希の目に、1人の青年が止まる。まだ若い男だが、上等なスーツに身を包んでいて、ただのサラリーマンとは一線を画している感じがする。

「ねぇ、お兄さん」

 明希がクイとスーツの裾を引くと、青年は眉を顰めて足を止めた。

「ヒマなら、俺のこと買わない?」
「―――……悪いけど、そういう趣味はないんだけどな」
「オンナより気持ちいいよ」

 とっておきの笑みと、上目遣い。
 これで落ちない男はいない。

 青年は目を細めた。

「ね、どう?」
「……いくら?」

 落ちた。

 明希は口の端を上げた。





*****

 どうせやることは1つだ。場所なんかどこでもいい。
 そう言ったのに、明希が連れて来られたのは、明らかに上に"超"が付く高級ホテル。思わず足が竦んだ。

「怖くなった?」

 エントランスの前で立ち竦む明希に、青年が声を掛けた。少しバカにしたような声色に、明希はムッとして足を進める。
 ドアボーイの不躾な視線が、明希に絡む。身なりからして、こんな高級ホテルに入れるような人間じゃないことは、明希にも分かった。場違いにもほどがある。

「行こうか?」

 けれど青年は、気にしたふうもなく、エレヴェータへと向かう。

「ね、ねぇ……あの、こんなとこ、」
「俺が滞在しているホテルだ。気にすることはない」
「……ソーデスカ」

 部屋は最上階。スイートルーム。
 ようやく明希は、とんでもない人に声を掛けてしまったのだと気が付いた。
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彼の胸に顔を寄せると、上品な煙草の匂いがしたのです (3)


「食事は? ルームサービスでも頼もうか?」
「もう……食べました。それより、」
「名前は?」

 青年は背広を脱いで、ネクタイを緩めた。
 明希は部屋の真ん中に所在なさそうに立ち竦み、嵌め殺しの窓の向こう、煌びやかな街の明かりを見つめる。

「名前」

 もう1度問われて、視線を青年に向けた。
 どうせ一夜限りの相手だ。名前を教える必要なんてない。そう思って口を噤んでいると、

「俺は、篠宮剛(ゴウ)。剛って呼んでいいよ」

 先に名乗られてしまった。
 普通、色々なことを考えて、自ら名乗る客なんていやしない。名乗ったとしても、偽名。なのに、目の前の青年は、フルネームで自分の名前を言う。
 さきほど、フロント係が彼のことを『篠宮さま』と呼んでいたから、おそらく本名なのだろう。

「……明希」
「そう。じゃあ、脱いで、ベッドに上がって」
「え、あ…、あの、シャワー…」
「しなくてもいい」

 もちろん、そのつもりで彼に声を掛けたのだけれど、いきなりのことに、明希はその場に固まってしまった。
 シャワーくらい、浴びさせてほしい。どんな下衆なお客だって、そのくらいのことはさせてくれる。
 それに今日はすでに1人相手にしてきている。水しか出なかったシャワーのせいで、ざっとしか体を流していないのだ。

「お願いします」
「しなくてもいいと言ったんだ。早くしろ」
「…はい」

 明希は観念して、ティシャツを脱ぎ捨てると、ジーンズに手を掛けた。
 篠宮の視線が気になる。
 こんなことには慣れているのに。もっと無茶な要求だってされたことがある。なのにどうして今は、こんなに落ち着かないんだろう。
 きっとこの場所の雰囲気のせいだ。いつもはボロくて狭い、安ホテルの一室だから。ベッドだって硬くて、体中が痛くなる。

「ぁ!?」

 ジーンズの前を寛げただけで先に進まない明希に、歩み寄ってきた篠宮が、その細い体をベッドに押し倒した。スプリングの利いた柔らかなベッドが、2人の体を受け止める。

「この傷は?」

 スルリと首筋から脇腹のラインを辿った篠宮の指先が、明希の腰骨の辺りにある5cmほどの傷痕の上で止まった。

「…………昔、刺され……」

 その昔、客と金のことで揉めたとき、相手にナイフで襲い掛かられた。幸い傷はそれほど深くもなく、一命は取り留めたのだが、明希の体には、いまだにこうして傷痕が残ってるのだ。

「ふぅん」
「ぁ…」

 篠宮の唇が、その傷痕に触れた。ピクリと明希の体が跳ねる。熱い舌でそこをなぞられて、体が震えた。
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彼の胸に顔を寄せると、上品な煙草の匂いがしたのです (4) R18


*R18です。18歳未満の方、そういった表現の苦手な方はご遠慮ください。

 ジーンズに手を掛けられ、下着ごと脱がされる。軽々と体を伏せさせられて、背後から圧し掛かられる。項から耳の後ろ、背中にキスをされて、前に回された手が小さな胸の突起を弄る。

 金を貰う以上、奉仕するのは自分で、早く客の欲望を満たしてやらなければならないのに、あまりに丁寧な愛撫を施されて、明希は甘い吐息を洩らしながら、シーツに顔を押し付けた。

「篠宮さ……やめ、」
「剛と呼べって言っただろ?」
「あぁん、あ、ダメっ…!」

 下に降りてきた手が、明希の下腹部に触れる。そこはもう、熱く濡れていて。
 明希は腰を捩って逃げようとしたが、もう片方の手で押さえられて、動きを封じられる。焦らすように指の腹でなぞられると、ねだりがましく明希の腰が動いた。
 篠宮はニンマリ笑うと、明希自身を強く刺激してやる。

「んんー! あぁ、やっ…!!」

 耳を舌でなぶられ、胸と下半身を攻め立てられると、明希は一瞬身を硬くしてから、自身を解放した。

「はぁ、ン…」

 篠宮の腕が離れ、クテン、と明希の体がベッドに沈んだ。
 背後で衣擦れの音がして、わずかに首を動かすと、篠宮が来ていたシャツを脱いでいた。露になった逞しい体に、明希は息を飲んだ。

「篠宮さん…」
「剛だ」
「……ご、う…、あぁ…」

 そのためのホテルではないから、ローションなんて気の利いたものは置いていなくて、かといって代用できるものをバスルームに取りに行くのも興が褪めるから、篠宮は明希が放ったモノを、その最奥に塗り込めた。

「ハッ…! くぅ…」

 いきなり無遠慮に潜り込んできた指に明希が身を硬くしたのは一瞬で、すぐに明希の中は熱く篠宮の指に絡み付いてくる。
 明希はいやらしく喘ぎながら、腰を揺らす。
 いつもなら、相手の情を煽るため、少し大げさになくらいに喘いでみせるけれど、今日はそんな演技をしている余裕がない。

「あぁんっ!」

 篠宮の指が明希の敏感な場所を掠めると、明希は大きな声を出して、そのきれいな背中をしならせた。

「はぁ、あ、ごうっ…」

 熱っぽい声が篠宮を呼ぶ。
 篠宮は唇を舐めると、ズルッと濡れそぼった指を抜き、篠宮は熱く硬くなった自身をその蕾に突き立てた。

「あぁっ…! や、ぁん…」
「明希」
「はぁんっ!」

 名前を呼ばれて、明希の中がキツク篠宮を締め付けた。

「名前呼ばれると、感じる?」

 恥ずかしくて、明希は涙を零しながら首を振る。
 これは商売だ。対価を受け取るための行為。それだけのこと。感じてるなんて、そんなの演技だから。
 なのに。

「あ、あぁ…!」

 繋がったまま体を返され、体に響く甘い衝撃に、明希は身を仰け反らせた。
 篠宮は明希の膝裏を掬うと、深く突き上げる。篠宮が腰を動かすたび、グチュグチュといやらしい音がする。

「あっ、あぁ…! もぉ…」

 明希が堪え切れないと首を振るたび、真っ白なシーツの上に黒髪が散らばる。
 こんな、与えられるようなセックス、知らない。
 だってセックスなんて、苦しくて、汚くて、ツライだけだ。

「明希…」
「あぁんっ! はぁ…ッ、んん…」

 耳元で名前を呼ばれ、そのまま耳たぶを食まれる。腰の奥から、ぞわぞわと快感が這い上がってくる。さっき見つけられた敏感な場所ばかり突かれて、もう何だか分からない。
 ぐずぐずになって溶けてしまいそうだ。

「ひぁっ…イッ……あぁ、イッちゃう…!」

 舌で胸の突起をなぶられ、いいところばかり突き上げられて、明希の限界はもう近かった。でも、客より先にイクわけにはいかない。明希は自分の指を噛んで、必死に堪える。
 けれどそれに気付いた篠宮は、明希の指を口から外させると、その濡れた唇を自分のそれで塞いだ。この仕事で、キスは禁物だ。だけど明希は振り解けず、深く舌を絡ませる。

「ふ…ううんっ! ああぁっ!!」

 いったん引き抜かれて、そして最奥まで一気に突き上げられると、明希は身を強張らせてイッてしまった。

「はぁ……え? あ、やっ、無理ぃ! はぁっ! あ、!」

 イッて力の抜けた体を繋がったまま抱き起こされ、グンと、深いところまで篠宮が入り込んでくる。たわんだ背中を篠宮に支えられ、ガクガクと突き上げられる。
 もう無理だと、何度も訴える。
 ツラくて苦しいからではない。こんな、甘く蕩けるような快感、今までに感じたことがないから。

「あ、ぁん! ごぅ…」
「明希、かわいい…」

 明希の唇を舐めると、それに応えて、明希が舌を絡ませる。

「あぁ……ごぉ…」

 うっとりした明希の声。
 篠宮はその背中をキツク抱き、熱い明希の中で果てた。
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彼の胸に顔を寄せると、上品な煙草の匂いがしたのです (5)


「―――――ん……あれ…?」

 ふと目を開けると、広がったのは見慣れない天井。柔らかなベッド。清潔なシーツの感触に、徐々に明希の意識が回復してくる。

「え? あっ!?」

 ハッと我に返った明希は、驚いて跳ね起きた。

「フ…、起きた?」

 バネの壊れたおもちゃのように、ピョンッと跳び上がった明希に、近くのソファにいた篠宮が笑みを零した。
 タバコをくゆらせているその姿に、思わず明希は見惚れた。

「あ、えっと……え? あ、俺、寝てました…?」
「寝てた、というか、気を失っていたというほうが正しいかな? そんなに無理をさせたつもりはなかったんだけど」

 あぁ、何という失態。
 イカされて、そのまま気を失うだなんて。
 普段だったら、金を受け取れず、ヤリ逃げされているところだった。
 そうならなかったのは、ここが彼の滞在しているというホテルで、明希だけをここに残していくことが出来なかったからだ。何しろここは、はした金では泊まれないであろう高級ホテルのスイートルーム。

「あの……今、何時ですか…?」
「朝の8時を過ぎたところかな? 何か食べる?」
「いえ…」
「少し食べたほうがいい。明希は少し痩せ過ぎだ」

 篠宮はタバコを消すと、明希のほうにやって来て、そのベッドの縁に腰を下ろした。

「いえ、結構です…。…………もう帰りますから。だからあの、」

 お金―――と口にするより先、篠宮に唇を塞がれた。
 明希は篠宮の胸を押したが、体格に差がありすぎる。顎を捉えられ、角度を変えて、何度も舌を絡められて。
 抱き竦められると、彼の吸っていたタバコの香りが鼻を掠める。

「篠宮さん、」
「どうして剛って呼ばない? 昨日は何度も呼んでくれたのに」
「あれは……仕事だから」

 自分で言っていて反吐が出そうだ。
 仕事だからだなんて―――どうしてそんなことが言えるんだろう。

「俺、もう帰りますから……昨日のお金を」
「……払うよ」

 スルリ、篠宮の腕が離れる。
 少ししてベッドに放られた1万円札は、ざっと見ても20枚はある。明希はハッとして顔を上げた。

「足りない?」
「ちが……こんな大金!」
「受け取ってくれ。昨日は楽しかった」
「……有り難うございます」

 丁寧に畳まれた自分の服を引き寄せ、明希はゆっくりと袖を通す。
 もう帰ると言ったのは自分だけれど、少しでも長く彼といれたら、と思う自分がいる。

「もう帰るの?」
「……はい」
「帰らせたくないな」
「何を言って…」
「このまま明希を帰らせたくない。側にいてほしい」
「俺なんかに言う言葉じゃないですよ」

 自嘲気味にそう言って、明希はベッドを降りた。

「本気だ」
「余計にタチが悪い」
「好きになったんだ、明希のこと」
「1度寝たくらいで、やめてください!」

 明希は思わず叫んだ。
 篠宮の言葉が本気なのか、からかっているものなのかは知らないが、どのみち、人に愛してもらえるような体ではない。こんな汚れ切った体。

「明希、あぁ、何て言ったら伝わるんだ?」
「帰してください、篠宮さん」
「嫌だ」

 そっと抱き寄せられる。
 あぁ、なんて心地良い温もり。
 冗談でもいい。からかわれているのだとしても。この腕の温もりを失いたくない。

「明希…」

 でも。

「お願いです、篠宮さん、離して」

 腕の中、閉じた目の奥に浮かんだのは、壱哉の顔だった。

 寂しがりで、甘えん坊で、1人じゃダメなの。
 俺が側にいてあげないと。

 ―――それは明希も同じ。

 壱哉がいないと、生きていけないの。


 だって、2人は1つだから。



「篠宮さんと会えて良かった。すごく幸せだった。一晩だけだけど……有り難う。でも帰らなきゃ…」
「……そうか」

 名残惜しいけれど。
 篠宮の腕が離れ、明希は受け取った金をジーンズにしまうと、篠宮に背を向けた。

「さようなら」


















 狭いアパートの1室。
 帰ると、部屋の隅で壱哉が寝ていた。

「……ただいま、壱哉」

 明希は壱哉を起こさないように上がると、篠宮のタバコのにおいの付いたシャツを脱いだ。









*END*
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恋するカレンダー12題 (tittle:Fortune Fateさま)


 「恋するカレンダー12題」は、「君といる十二か月」のセカンドシーズンです。これだけで読んでも通じると思いますが、よろしければ「君といる十二か月」も読んでみてくださいね。
 ちなみにこのお題は、「Fortune Fate」さまからお借りしたのですが、実はお題リクエスト企画にて、私がリクしたお題です。幸せすぎる。


↑OLD ↓NEW

【ファーストシーズン :: 君といる十二か月】

【セカンドシーズン :: 恋するカレンダー12題】
 4月 はじめまして、大嫌い。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6)
 5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
 6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
 7月 なぜだか夢で会いました。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15)
 8月 暑気あたり、気づけば腕の中。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)
 9月 目があう回数が不自然です。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
 10月 寝ても覚めても考えるのは。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
 11月 あったかい期待シタイみたい。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
 12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12)
 1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
 2月 たまには甘いのあげようか、って。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14)
 3月 さよならまた明日、嫌いじゃないよ。
  (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11)

【シーズン番外編 :: Baby Baby Baby Love】
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4月 はじめまして、大嫌い。 (1)


 「君といる十二か月」セカンドシーズンの始まりです。
 「君といる~」から登場している人の紹介がないんで、分かりづらいかもしれませんが、これだけで読んでもたぶん通じると思います。
 でも、よろしければ「君といる十二か月」も読んでみてくださいね。


 この春、晴れて2年に進級した亮たち5人は、相変わらずの溜まり場となっているカフェテリアで、次の授業が始まるまでの時間を潰していた。

 2年になって選択で取れる科目の幅も増え、取りたいと思っていた科目を増やした祐介に対し、必修科目の単位を落とさないことが第一優先の亮は、必修以外の授業は取らないという、まるで正反対のカリキュラムを組んでいた。

 ちなみに睦月は、余計なのを増やすのも面倒くさいし、寮の同室者である亮と一緒にしておけば、毎日のカリキュラムとか亮に合わせればいいし、テストの範囲とかも聞けるし、という相変わらずの発想で、亮と同じカリキュラムを組み、和衣は祐介が取るなら俺もがんばる! と、一緒の選択科目を1つだけ取った(それ以上多いのは、頭のキャパ的に無理だから)。

 もちろんこの2人が、単に都合がいいというだけで亮や祐介と同じ授業を取ろうとしているわけではなく、1年のとき、ささやかな波瀾万丈の末、睦月は亮と、和衣は祐介とめでたくお付き合いするに至ったから、という経緯がある。
 男の子同士ではあるけれど、れっきとした恋人同士。
 付き合い出したばかりの2人なら、出来るだけ一緒にいたいと思うのも、仕方がない(ただ、睦月の場合は、"便利だから"の気持ちのほうがやや多いが)。

「え、ウッソ、まだ来ねぇの? ショウの部屋のヤツ」
「来ないの~」

 亮の驚きの声に、缶のコーラを飲み干した翔真は、ベターとテーブルに突っ伏した。
 幼馴染みの亮と和衣に男の恋人が出来てしまった翔真は、けれどそれにはすっかり順応している。
 今も5人の中に2組のカップルがいて、自分だけが1人という状況だけれど、大学の外には彼女がいるから特別寂しいとも思わないし、亮たち気の置けない友人相手に、今さら気を遣うつもりもない。

「もう4月も中旬じゃん? もう来ないのかもよー」
「でも来ないとも連絡ないし」

 先ほどから、来る来ないと言い合っているのは、翔真の、今年の寮の同室者のこと。
 5人は1年のときから大学の寮で生活しているのだが、昨年、彼女が出来て寮ではいろいろ不便だと、元の同室者が寮を出て以来、翔真はずっと1人で部屋を使っていた。
 寮と言っても、大学からそこそこ近い位置にある建物を、大学側が安価で学生に提供しているだけのもので、特に厳しい規則などはなく、年度の途中でも退寮することも可能となのだ。

 そして2年になり、翔真の部屋にも、4月から新しく入る人がいると聞かされていたのだが、月の半ばとなった今でも、新しい同室者は、姿を見せるどころか、何の連絡もない。
 新入生は新入生だけで部屋割りがされ、それ以外の空き部屋に2年生以上が割り振られるから、人数に偏りがなければ同級生が宛がわれるが、周囲で寮に入るという話も聞かないため、学部が違うか、もしかしたら3年生か4年生なのかもしれない。
 上級生だと何となく寛げないなぁ、と思うものの、どちらにしろ、その人がやって来なければ始まらない。

「来なきゃ来ないでいいけど、てかそのほうがいいけど、いつ来るか分かんないとか、すげぇ面倒くさい…」

 入ってきた日からいきなり部屋が汚いのも悪いと思って、翔真もそれなりに部屋の片付けをしたのだが、いつまで経っても来ないため、また部屋が散らかり始めている。

「事務の人に聞いてみたら?」
「んー…この週末に来なかったら、そうしよっかな。もしかしたら土日に引っ越しとかするつもりなのかもしんないし」

 春休みが終わり、授業が始まってしまった今、引っ越しだの部屋の片付けだのをするのに、学校が終わってからでは時間もないし、夜にバタバタするのも隣室に迷惑だから、時間に余裕のある土日に予定しているのかもしれない。
 半月以上も待っているのだから、今さら慌てても仕方ないだろう。

「亮みたいなヤツじゃないといいけどね」
「ねぇ」
「おい、ちょっ…」

 サラリと毒のある発言をした和衣に、翔真があっさりと同意するから、亮は焦って突っ込んだ。
 去年の4月、引っ越しの段取りが悪くて、亮も入学式前日にようやく寮への引っ越しをしたのだ。
 今回、いつまで経ってもやって来ない翔真の同室者の状況が、あまりに亮のときと似ているため、何かにつけて2人にからかわれている。

 しかし、この状況が亮のときと似ていると、最初に気付いたのは祐介で、彼は和衣たちと違って亮をからかいこそはしないものの、何のフォローもしないし、恋人である睦月もそのことはほったらかしだ。

「何かよく分かんねぇけど、ショウの同室の人、早く来てくれ~…」

 お前が来ないと、俺はいつまで経っても言われ続ける~、と、まだ見ぬ翔真の同室者に、亮は祈りにも似た言葉を吐くのだった。


Fortune Fate

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4月 はじめまして、大嫌い。 (2)


 日曜日、彼女にデートのドタキャンをされた翔真は、亮たちと祐介たちをそれぞれお見送りした後、やさぐれた気持ちでベッドに転がった。
 人のデートのお見送りって、こんなにもつまらないものなのか。
 外は天気もいいし、出掛けたいけれど、こんなときに限って他の友人たちも捕まらない。

(何て日だ…)

 本当にふて寝でもしてやろうかと、何をするでもなく、転がったベッドの上、翔真が目を閉じてウトウトしていると、どのくらい経ったのか、にわかに廊下がガヤガヤし始めたのに気が付いた。
 まだ頭がしっかりと覚醒していないせいで、何で騒がしいのかが分からない。
 しかし特別係わる気もなくて、寝返りを打てば、不意にこの部屋のドアの開く音がして、慌てて体を起こした。

「え、」

 開いたドアのほうを見やれば、金髪でピアスをした、いかにもチャラついた感じの男がそこには立っていた。
 いや、立っているのは別にいい。
 そうでなくて、翔真はちゃんと部屋の鍵を掛けていたのだ。
 どうせ今日は一緒に遊ぶ相手もいないし、誰も来やしないだろうと思って(それにふて寝するつもりだったし)、日中ならいつもは開けておく鍵を掛けていたにもかかわらず、その男はドアを開けてそこにいたのだ。

「え、なん…」
「あ、ショウちゃんだよね、よろしくー」
「え? え?」

 何で鍵開いてんの? とか、何の用なの? とか、聞きたいことがいろいろあって言葉に詰まっている翔真を尻目に、その男はものすごく気軽に、普通に挨拶をして来て、余計に言葉が出て来ない。
 確かに親しい友人からはショウちゃんとかショウとか呼ばれているから、別にそう呼ばれたって嫌ではないけれど、それにしたって初対面なんですが…。

「藤野蒼一郎(フジノ ソウイチロウ)です。今度、この部屋に住むことになりましたんで、よろしくお願いします」

 その、見た目チャラついた男、蒼一郎は、外見に似合わず至極まっとうな挨拶をすると、こちらが申し訳なくなるくらい深々と頭を下げた。

「え、あ、はぁ…よろしく、お願いします…」

 呆気に取られていた翔真も、何となくだが、ようやく事態が飲み込めて来て、慌ててベッドから下りて頭を下げた。

「え、藤野くん、俺のこと知って…?」

 こちらから名乗る前に、すでに自分の名前を知っていた蒼一郎に、翔真はまだ驚きを隠せないまま、何度も瞬きする。

「えー、だってショウちゃん有名だもーん、知ってるよ。俺の友だちとかも、話したいーて子、いっぱいいるし」
「有名? 何それ??」
「え、だってカッコいいじゃん。女の子とか、しょっちゅう話題にしてるよー」
「……」

 確かに女の子のほうから告白されるケースは、翔真の人生において大変多いことではあるけれど、それと、蒼一郎の言う『有名』というのがどう結びつくのか、翔真自身、いまいちよく分からない。

 それに、噂だの話題というのは、得てして尾ひれの付きやすいものだ。それも"よくない"ほうの。
 翔真は、アイドル並みの甘いマスクの持ち主で、確かに恋愛経験も少なくはないが、だからといって、派手な女性関係を送っているわけでも、女の子にもてることをひけらかすわけでもない。
 単に見た目から、そう判断されやすいだけのことだ。

「てことで、ひとまずは1年間、よろしくお願いしまーす、山口先輩」

 何か見た目だけで勝手に噂されたりしてんのか、俺……と、初めて蒼一郎を見たとき、完全に外見だけでチャラい男だって思った自分を棚に上げて、翔真が軽くショックを受けていれば、蒼一郎は再びお行儀よく挨拶をした。

「…て、え? 先輩? 1年?」

 確かに最後、蒼一郎は翔真に向かってそう言った。
 うっかり聞き逃すところだった翔真は、よく分からないまま聞き返す。
 入寮希望者の人数の都合で、違う学年の人が同室になる場合もあるが、2年の翔真に『先輩』と言うのは1年生だけで、新入生なら、新入生だけで部屋割りをするから、翔真とは同じ部屋にはなり得ないはずなのに。


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4月 はじめまして、大嫌い。 (3)


「そ、俺、1年生なの。2回目だけど」
「え?」
「俺、去年も1年生なんだよねー。でも単位と日数足らなくて、今年も1年生なんだー」

 あははー、てのん気に蒼一郎は笑っているが、絶対に笑っている場合ではないと翔真は思う。
 けれど、本気で気にしている様子のない蒼一郎に、突っ込むのも忘れて、翔真もつられて笑ってしまった。

「でもさ、ずっと誰も来ないから、どうしちゃったんだろうて思ってたよ。もう来ないのかと思った」
「いやぁ~、あはは、ちょっといろいろ手続きとかしてたらさぁ」
「手続き?」

 寮に入るのに、そんなに難しい手続きなど、あっただろうか。
 けれど、もう3月中にはこの部屋に誰かが入ることは決まっていたから、今さら手続きもないだろうけど。

「実はさぁ、前住んでたアパートが火事になっちゃって」
「えぇっ!? なっ…そ、え? け…ケガは!? な、何? 無事なの!?」

 蒼一郎の口からは、あまりに予想だにしなかった衝撃的な言葉が飛び出して、翔真は声が引っ繰り返りそうになりそうなほど驚いているというのに、当の蒼一郎は、まるで拍子抜けするほど平気そうな顔をしている。

「平気平気。俺、ちょうど出掛けてたからさぁ、ケガとかはないんだけど、帰ってきたら、家全焼。荷物とかみんな燃えちゃってて」
「そう…なんだ…」
「うん。で、寮があるの思い出してさぁ、一応申し込んでみたら空いてた」
「じゃあ、今までそのことでいろいろしてたんだ…?」
「うん。一応ここにも顔だそうとは思ってたんだけど、なかなか出来なくて。ゴメンねー」
「いや…こっちこそ…」

 そんな事情があったなんて知らなかったから、ずっと、何してんだ? とは思ってはいたけれど。
 呆然とする翔真に、けれど蒼一郎は何も気にするふうもない。

「ま、しょうがないよね。とりあえず住むとこも見つかったし、ま、いっかなぁーて」
「……、そ、そっか…」

 妙にポジティブな蒼一郎に、翔真はそれだけ返すのが精一杯だった。

「じゃあ、今までは実家にいたの? 友だちのとこ?」
「うん、まぁそんなとこ。やっと新しい荷物とか揃えられたから、今日引っ越…」
「蒼ー、お前いつまで待たせ…」

 バタンッ。

「うわっ」
「ッ!?」

 会話に夢中になっていたというわけではないが、ドアの向こうの様子にまるで気付かずにいたら、ノックもなしにいきなりドアが勢いよく開いた。

「……あ、すいません…」

 部屋に蒼一郎しかいないと思っていたのだろう、ドアを開けた男は、翔真の姿を見つけ、慌てて頭を下げた。
 手には段ボール箱。
 もしかしたら蒼一郎の引っ越しの手伝いをしに来たのだろうか。

「郁、ゴメンー。ねぇねぇ、それよりさぁ、ショウちゃんが同じ部屋だったんだよ、すごくない!?」
「え、あ、うん」

 恐らく今言うべき話はそれじゃない、とは、翔真も、『郁』と呼ばれた男も感じていることだった。
 "郁"は翔真のほうに向き直ると、段ボール箱を持ったままだが、「佐野郁雅(サノ イクミヤ)です」と丁寧に挨拶をした。
 見た目で判断されたくない! とは翔真自身、思ったばかりだけれど、引っ越しを手伝うほど仲のいい友人のわりに、郁雅は、蒼一郎と違ってチャラついた雰囲気がないと思った。


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4月 はじめまして、大嫌い。 (4)


「とにかく、さっさと荷物運んじゃったほうがよくない? 俺も手伝うよ」

 どのくらいの量があるか知らないが、今日は日曜日。
 今日中に荷物を片付けてしまわなければ、明日からはまた学校だ。
 翔真は、どうせ暇だし、と手伝いを申し出た。

「助かる、ショウちゃん。下で真大(マヒロ)が待って…」
「ちょっ、そーちゃん、郁! 何してんのっ!?」

 さっさと荷物を運ぼうと、3人が部屋を出ようとしたところに、ちょっと甲高いようなバカデカイ声が響いた。
 その声に、もちろん翔真も蒼一郎も驚いたけれど、郁雅なんて、驚いた拍子に持っていたダンボールを床に落っことしてしまった。

「うわぁ、ゴメン!」

 慌てて箱の中身を確認すれば、どうやら壊れ物はなかったらしく、一安心する。

「ビビらせんなよ、真大」
「だって2人とも遅いんだもん」

 3人を驚かせた男は、まるで悪びれたふうもなく、ちょっと拗ねた様子でそう言った。
 まだ少し子どもっぽさの残る顔立ちで、どちらかといえば、"かわいい"といった雰囲気だ。

「あ、真大聞いてよ。俺、今度ショウちゃんと同じ部屋なんだよ!」
「山…」

 蒼一郎の紹介に翔真が会釈をすると、真大は一瞬驚いたような顔をした後、その幼い表情をグッと険しくした。

「山口…翔真くん…?」
「え? あ、はい」

 確認するように言われ、翔真はコクリと頷いた。
 何となくだが、彼からは友好的な雰囲気が漂ってこない。

「ね、蒼ちゃん、郁、早く荷物運ぼ!」

 翔真に挨拶でもするのかと思いきや、真大はそう言い捨てて、クルリときびすを返した。
 蒼一郎のフレンドリーさにも驚いたが、彼のこの態度にも、翔真は呆気に取られた。
 人見知りするといえば、初めて出会ったときの睦月のことを思い出すけれど、それにしたってこれは、いくら何でもひどすぎる。

「あー…えっと、アイツもね、えっと、高槻真大(タカツキ マヒロ)っていうんだけど、俺の今の同級生なの」

 さすがにこの雰囲気はよくないと思ったのか、蒼一郎が慌ててフォローした。
 今の同級生、ということは、1年生ということだ。
 それならば、彼との接点は、あっても、4月に入ってからの半月なわけで、たったそれだけの間に、一体何をしてしまったのだろうかというほどの態度だ。

「えっと、あの、ゴメンね、ショウちゃん」
「いや、いいけど…、あの、もしかしたら俺、引っ越しの手伝い、しないほうがいいかな…?」

 どうせ暇だし、引っ越しの手伝いくらいしてやろうと思っていたのだが、あまりにも真大に歓迎されていない自分がチョロチョロしていると、かえって迷惑かとも思う。

「ゴメンね、真大には後で言っとく。あんなヤツじゃないんだけど…」
「いや、いいよ、よく分かんないけど。ホント手伝わなくても大丈夫?」
「うん。荷物もそんなにないから大丈夫。郁もいるし」

 蒼一郎は明るくそう言って、郁雅の肩を抱いた。


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4月 はじめまして、大嫌い。 (5)


「ショウちゃん、同じ部屋になった人、来た?」

 週が明けて月曜日、いつものカフェテリアで、和衣は眠そうな顔をしている智久に尋ねた。

「来たよ、昨日。何かいろいろあって、引っ越しすんの遅れたみたい」
「へぇ。何、引っ越しのお手伝いして、今日は疲れてんの?」
「いや…」

 結局、部屋までの荷物運びも何となく手伝いづらいし、実際運ばれてきた荷物もそれほど多くなかったので、大した手伝いもしていない。

 しいて疲れたと言えば、あの真大のあからさまな態度くらいなものだ。
 わけも分からず人に嫌悪されるというのは、結構キツイ。身に覚えがないだけで何かしてしまったのだろうか、けれど接点すらも思い出せないし。

「あ、ショウちゃん!」

 翔真が人知れず溜め息をつこうとしたとき、前方からやって来たその姿に、慌てて席を立った。
 今どき、茶髪や金髪なんて別に目立つような存在ではないけれど、元気に手を振って近づいてくる蒼一郎は、明らかに目立ちすぎる。

 蒼一郎の元気な声と、翔真の慌てっぷりに、同じ席にいた4人だけでなく、周りもみなこちらに注目している。
 けれど当の本人はそれに気付いていないらしく、隣を歩いていた郁雅がギョッとした顔で蒼一郎を抑えている。
 そしてその隣には――――真大。翔真の姿を見つけ、あからさまに顔を顰めた。

「あー…えっと、コイツ…。同じ部屋になったの…」

 ポカンとした顔をしている4人に、翔真は戸惑いながら紹介した。
 蒼一郎は相変わらず、みんなにもとても気軽に挨拶をしている。

「あ、れ…? マヒロ?」

 まるで昔から友人だったかのようにフレンドリーな蒼一郎に驚いていたら、亮がその後ろで険しい表情をしている真大に気が付いた。
 知り合いなの? と、翔真が目で亮に尋ねる。

「真大だよな?」
「え、亮くん? 亮くんもこの大学なの?」

 どうやら真大のほうも亮のことを知っているらしく、驚きを隠し切れない様子だ。

「え、亮の知り合い?」
「高校のころの後輩。同じサッカー部だった」
「え、」

 その発言に驚いたのは、翔真だ。
 亮と同じ高校だということは、つまり翔真とも同じだったということだ。

「ビックリしたー、こんなとこで会えるなんて思わなかった!」

 そう言う真大は、昨日、翔真と初めて会ったときとはまるで違って、本当に嬉しそうな表情だ。
 何となく納得がいかない。
 同じ高校とはいっても、亮と違って、翔真はサッカー部ではなかったから、特に真大とも接点はなかったとはいえ、だとしたらなおさら、なぜあんなに嫌悪感を丸出しにされなければならないのだろうか。

「真大ってさぁ、サッカー超うまかったよね」
「え、カズくん!?」

 亮の向かいにいた和衣が、思い出すようにそう言えば、その存在に気が付いた真大が、さらに驚いた顔をする。
 まさか揃ってここで再会するとは、ゆめゆめ思っていなかったらしい。

「カズちゃんもサッカー部だったの?」

 3人のやり取りを見ていた睦月が尋ねた。
 そういえばみんなの高校のころの話って、あまり聞いたことがなかった。

「うぅん、俺、野球。でもグラウンド、隣でやってたから」
「え、カズちゃん、野球部!? 似合わない……ねぇ、坊主だったの?」
「似合わなくない! それに坊主でもない! むっちゃん、何笑ってんの!?」

 坊主ではないと言っているのに、勝手に和衣の坊主姿を想像したのか、睦月は思わず吹き出してしまった。

「でもすごいビックリした…。亮くんとかとまた会えるなんて、思わなかったー」
「俺も思わなかった。え、真大がショウと同じ部屋なの?」
「…、違います。俺も寮に住んでるけど、階も違うし」

 翔真の名前が出て、スッと真大の声が硬くなった。
 亮はそれに気付かなかったようだけれど、翔真はしっかりとそれを感じ取っていた。

(俺、コイツに何かしたっけ…?)

 同じ高校だったのに気付かなかったことは、悪かったと思う。
 素直に非は認める。
 でも真大には、それだけでない何かを感じざるを得ない。

「同じ部屋なのは俺! よろしくね」

 今年も1年生だけど……と、蒼一郎は、何も自分からバラさなくてもいいようなことを付け加えて笑った。


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4月 はじめまして、大嫌い。 (6)


「…亮たちと同じ高校てことは、翔真とも一緒なんでしょ、高校」
「え?」
「いや、あの真大くんて子。何かあったの?」

 授業前、たまたま祐介と2人きりになったら、そんなことを聞かれた。
 祐介は、何かを勘ぐっているふうもなくて、翔真は空惚けようともしたけれど、ごまかすのをやめて、溜め息とともに吐き出した。

「よく分かんないんだよね。同じ高校っつっても学年違うし、部活も違ったから。昨日、引っ越しの手伝いにアイツも来たんだけど、正直俺、それが初めて会ったんだと思ってたし」
「そうなんだ。そのわりには何か、妙に翔真のこと敵視してたよね」
「…」

 久々の再会を喜んでいた亮や和衣は(もちろん睦月も)、先ほどの真大の態度には気付いていないようだったが、どうやら何も言わなかっただけで、祐介は感付いていたらしい。

「それもよく分かんないんだよね。俺、何もした覚えがないのですが」
「勝手に何か恨まれてるってこと? 怖いね」
「…だよね」

 自覚なしに、彼の気に障ることをしてしまったのだとしたら、根は深いかもしれない。

「覚えてなかったこと、怒ってるだけならいいんだけど」
「学年違って、他に繋がりもなければ、そんなに覚えてないよ、普通」
「じゃあやっぱ、違う恨み? もしかして高校のころから恨まれてた? その恨みを晴らすためにアイツ、俺と同じ大学に…!?」
「いや、それ、サスペンスの見すぎだよ、翔真」

 翔真の想像力に、祐介は思わず吹き出した。

「じゃあ、何? ……はぁ…、昨日まではあんなに平穏だったのに、蒼が来た途端…」
「蒼…? あぁ、藤野くん? すごい仲よさそうだったね。むしろアイツと昔から知り合いだったのかと思うくらい」
「アイツこそ、間違いなく初対面だよ!」

 それなのに、会った瞬間から『ショウちゃん』て、すごい気軽に声掛けられたけど。

「何か一気に賑やかになったね」
「ホントだよ…」

 翔真が苦笑いを浮かべたところで、ココアの缶を振り振りしながら和衣がやって来た。

「ショウちゃん、どうしたの? 難しい顔して」
「俺だって難しいこと考えるときだって、あるの」

 そう言われても和衣はまだピンと来ていない様子で、祐介の隣に座って小首を傾げている。

「和衣、野球部だったんでしょ? 高校のころ」
「そうだよー」
「なのに、あの真大くんのこと、よく知ってるみたいだったね」
「祐介、気になる~?」
「いや、そうじゃなくて…」

 ココアの缶に口を付けながら、和衣がニヤニヤしながら祐介の顔を覗き込む。
 別にいいけど、こんなところでイチャつかないでほしいと、翔真は密かに思う。

「だってグラウンド、隣だったし。それに真大、サッカー超うまかったんだよ」
「へぇ。後は?」
「え? んー…あ、先生来た」
「あ、ちょ…」

 老婆心ながら、真大のことを聞こうとした祐介だったが、講師の先生が入って来てしまい、結局話はそこで中断してしまった。


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (1)


 友人として過ごす間に、実は第一印象とは感じの違う人だった、ということはよくあるものだが、蒼一郎に関しては、そういったことはまるでなかった。

 そして蒼一郎の人懐こさは、誰か特定の人たちだけということはなく、まるで分け隔てがないため、人見知りの激しい睦月ですら、ほんの数日ですっかり仲良くなっていた。

 翔真は、こんな調子で蒼一郎が、だれ彼構わず寮の部屋に友人たちを呼ぶのだろうかと思っていたが、基本的には寮の外で会っているらしく、ときどき郁雅が遊びに来るくらいで、その辺りは亮たちより、わきまえているかもしれない。

 ちなみに真大もときどき蒼一郎のところに来るが、部屋に翔真がいると分かると、嫌な顔をして出て行くか、蒼一郎を連れ出してしまうので、一緒になったことはない。
 もしかしたら翔真がいないときは部屋に上がっているのかもしれないけれど、それを確認する術はないし、いちいち蒼一郎に聞くのも、何だかこちらが気に掛けているみたいなので、そうはしない。

(何か、俺がいない隙に、勝手に何か構われてたりとかしないよな…)

 被害妄想もいいところだが、勘繰らずにはいられない。
 そのくらい、真大の翔真に対する態度はあからさまなのだ。

「俺、アイツに何したわけ…?」

 あんな態度を取るヤツに、無理に好かれたいとは思わないが、意味もなく嫌われるのは、どうも釈然としない。
 イライラしながら、翔真が重苦しい溜め息をついたときだった。

「そーちゃーん!! お誕生日、おめでとー!!!」
「うわぁっ!!」

 ベッドに転がって、1人モヤモヤ考えていた翔真は、ノックもなしに開いたドアと、それに続くデカイ声に驚いて飛び起きた。

「あれ…?」
「何だよ、お前、いきなり入ってくんなよ!」

 こんな礼儀知らずなヤツ、真大以外、いるはずがない。
 いや、亮や和衣もおそらくこんなだろうけど、同じ行為でも、相手が真大だと思えば、余計なイライラが増す。

「…」
「蒼なら出掛けたよ」

 親切にもそう教えてやれば、真大は露骨に嫌な顔をした。

「蒼ちゃんのこと、気安く呼ばないでよ!」
「は? どう呼ぼうが俺の勝手だろ」

 初めて会ったときいきなり『ショウちゃん』と呼んできた蒼一郎は、翔真が『藤野くん』と呼ぶのを堅苦しいと言って嫌がり、『蒼でいいよ』と言ったのだ。
 気安い呼び方かもしれないが、相手が嫌がるのに無理に呼んでいるわけではない。

「…アイツならホントに出掛けたよ」

 いないと言っているのに部屋を出て行こうとしない真大に、翔真はもう1度言ってやる。
 朝から妙にウキウキしていた蒼一郎は、その日の夕方、学校が終わって1度帰って来た後、『週末は帰んないから』と出掛けていき、その言葉どおり、日付が変わった今もまだ帰って来ていない。

 翔真の言葉を信じたくないなら、勝手に家捜しでもすればいい。ただ、こんな狭い寮の一室、小柄ともいえない蒼一郎が隠れる場所なんて、そうあるはずもないが。


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (2)


「お前さぁ、そんなに蒼のこと好きなの?」
「なっ…、そんなのアンタになんか関係ないだろ!」

 突っ掛かるつもりはなかったが、いつもなら翔真の顔を見ればさっさと部屋を出て行ってしまう真大が、今日はいつまでも帰らないし、蒼一郎の不在に、あからさまにガッカリした顔をするから、日ごろの鬱積した思いが、溢れそうになっていた。

「分かりやすいね。大好きな蒼ちゃんが、俺と一緒の部屋なのが気に入らないんだ?」

 わざと挑発するような言い方をすれば、真大は悔しそうに唇を噛んだ。
 本当に分かりやすい。

「もしかして俺が蒼と何かしてるんじゃないかって、お前、それでしょっちゅうここに来るわけ?」
「ッ…、何かしてんのかよっ」
「さぁね。教えなーい」

 実際のところ、蒼一郎とは何もない。
 身近に2組の男同士のカップルがいるし、男同士ということに偏見はないけれど、翔真自身、男を恋愛対象としては見れないし、もちろん蒼一郎のこともそんなふうに思ったことなどない。

 真大が"そういう意味"で蒼一郎のことを好きなのかは分かりかねたが、いつもと違って自分の一言一言にいちいち反応する真大を嘲弄したいような気持ちになっていたのは確かだ。
 人のことを言えない。
 自分だって、十分タチの悪い気質をしていると、翔真は思った。

「何かしてたとしても、それこそお前になんか関係なくね?」

 わけも分からず嫌われているなら、別に好かれたいとも思わないし、いっそもっと嫌われるようにでも仕向けてみようか。
 どんな反応をするんだろう。

 すごく嫌な感じで翔真が鼻で笑えば、真大は抑えきれない怒りに肩を震わせた。
 痛いくらいに握り締めたこぶし。

「うっさい! アンタはまた俺の大事なものをっ…!」
「え? ――――イテッ!」

 怒りに任せた真大のセリフに、どういうことかと翔真が眉を寄せた次の瞬間、真大は持っていた荷物を思い切り翔真に投げ付けた。
 いきなりのことに、まるで身構えていなかった翔真は、それをキャッチすることも出来ず、腹にぶつけて床に落っことしてしまった。

「ちょっ、おいっ!」

 そして真大は呼び止める翔真の声を無視して、そのまま部屋を飛び出していった。

(ヤベ…からかい過ぎた…?)

 やっぱり、好きとか嫌いとか、そういった人の感情をからかうのって、よくないと思う。
 さっきはつい感情のまま、いろいろと言ってしまったけれど、これでは真大を傷付けただけでなく、蒼一郎にだって悪い。

 いや、でも普段、わけも分からず嫌われて、嫌な思いをしているのはこちらだ。このくらいのことし返したって…………でも。

「はぁ…」

 溜め息交じりに真大が投げ付けていった包みを拾い上げると、翔真はその溜め息の意味を考えるのも嫌で、ベッドに転がった。


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (3)


 結局、蒼一郎は金曜と土曜の夜をどこかで過ごしてきたらしく、帰って来たのは日曜日の夜だった。
 翔真が彼女とのデートから帰って来ると、ちょうど部屋の前で鍵を開けている蒼一郎と出くわした。

「あ、お帰りショウちゃん」
「…て、お前も今帰って来たとこじゃねぇの?」
「そう。ただいまー!」

 部屋のもう1人の住人が一緒にドアの前にいるのだから、当然室内には誰もいないというのに、蒼一郎は元気に挨拶をして中に入った。

「ショウちゃん、彼女とデートだったの?」
「はぇ!?」

 ベッドの上でカバンを開けて、2泊分の荷物を片付けていた蒼一郎が、上着を片付けて戻って来た翔真に、不意にそんなことを尋ねた。
 彼女の存在も、確かに今日デートだったことも、別に隠すつもりはないからいいんだけれど、今までデート帰りでも蒼一郎にそんなことを聞かれたことがなかったから、ビックリして変な声を上げてしまった。

「あー…いや、別に追及するつもりはないんだけど、あの…ここ」
「え?」

 何となく気まずそうに蒼一郎が、自分の首元を指差す。
 それでもまだよく分からなくて、翔真が首を傾げていれば、蒼一郎は一瞬、視線を彷徨わせた後、口を開いた。

「いや、随分積極的な彼女だなぁ、て…」
「えっ!?」

 ようやく蒼一郎の言いたいことが分かって、翔真が慌てて鏡を覗き込めば、確かに蒼一郎が指し示した個所には、クッキリとまではいかないが、明らかにそれと分かる痕……キスマークが付けられていた。

「チッ…」

 自己主張のつもりか、独占欲の表れか、けれど翔真はキスマークを付けられるのがそんなに好きではなくて、思わず舌を鳴らしてしまっていた。
 しかも上着を脱げば、すぐに分かってしまう場所……すごく面倒くさい。

「すごい嫌そうな顔するねぇ、ショウちゃん」
「だってヤなんだもん」
「かわいくない?」
「ない!」

 むぅ、と言い返せば、子どもみたいな翔真の態度がおもしろかったのか、蒼一郎は声を上げて笑い出した。
 蒼一郎はのん気に笑っているが、よく考えたら、昼間からいたしちゃっているのがバレバレで、翔真にしたらそれも恥ずかしい。
 彼女は翔真と同い年だけれど、学生ではなくて働いているから、明日は月曜日で仕事だし、いつもより早く家を出なければならないと言って、今日はその日のうちにバイバイしたのだ。

「んはは、ショウちゃんのそんな顔、初めて見たー」
「なっ…何それ」
「だってあんま焦ったり慌てたりとか、顔に出さないじゃん」
「ッッ…」

 他意なく言う蒼一郎の言葉にも反応してしまって、翔真は次の言葉が出て来ない。
 確かに蒼一郎の言うとおりの部分はあるが、わざとそうしているわけではなくて、単に顔に出ないだけのこと。翔真だって人間だから、慌てることも、焦ることも、今みたく言葉を詰まらせてしまうことだって、いくらでもあるのだ。

 蒼一郎とは、どうも自分とのタイミングというかテンポが違うせいか、思わずそういったことが表に出てしまうのかもしれない。
 だからといって蒼一郎のことが嫌いだとか、感情が顔に出るのが嫌だとか、そういったことはないのだけれど、それをいちいち指摘されるのは、何だか恥ずかしい。

「でも、ショウちゃんのそういう顔もいいよね。あ、明日から涼しい日が続くといいけどねー」
「え? あ、う……そだね…」

 天気が悪くて涼しければ、首元を隠すような服装を着ていっても、不審には思われないから。
 おそらくそんなつもりで言ったのだろう、蒼一郎の言葉に、翔真は顔を赤くしながら何とか返事をした。
 蒼一郎の前では、どうしてか、らしくない自分しか出せない。


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (4)


 どうも調子が出ない……と、翔真はこっそり溜め息をついて、風呂に向かおうとした、その背後。

「あれ、これ何? ショウちゃん?」

 これ何? の時点で部屋を出てしまっておけばよかった、最後に"ショウちゃん"と呼ばれて、聞き流すわけにはいかなくなってしまった。

「何?」
「これ。ショウちゃんから?」

 振り返った先、蒼一郎が手にしていたのは、翔真が机の上に上げておいたそれほど大きくもない包み。キレイにラッピングされていたそれは、訳あって少々崩れている。

「あー……真大が…」
「え、真大?」

 昨日、翔真しかいないこの部屋に飛び込んできた真大は、翔真との言い合いの末、手にしていたその包みを翔真に投げ付けて、部屋を出ていったのだ。

 真大もこの寮に住んでいるから、返しに行こうと思えば出来るが、翔真が行ったところで会ってくれるかどうかも分からないし、それに本当に必要なものなら、嫌でも自分から取りに来るだろう。そうでなくても蒼一郎に持たせればいいと思ったのだ。

 それに、昨日真大がここに来たとき、『そーちゃーん!! お誕生日、おめでとー!!!』と元気いっぱいに叫んでいたので、もしかしたらこの包みは、蒼一郎への誕生日プレゼントなのかもしれないという気持ちもあった。

「蒼、誕生日なの?」
「うん、ありがとー」
「え、いや…」

 まだ、おめでとうとは言ってないけど…。

「誕生日プレゼントってこと? 真大から?」
「…分かんない。昨日、誕生日おめでとうて言いながら、ここに来たから」
「で、これ置いてったんだ?」
「置いてったっていうか……うん、あの…うん」

 怒りに任せて投げ付けていったとは、何となく言い出しづらくて、翔真は黙っていた。

「そっか、じゃあ明日、お礼言っとかなきゃな。でもさぁ、ショウちゃんしかいなかったのに、真大、よく置いてったね? ちょっとはショウちゃんのこと、好きになったのかな?」
「いや…」

 むしろその逆ですよ、とは言っていいものかどうか、分からない。
 ちょっとは好きになったどころか、前よりも盛大に嫌われてしまった。いや、別にいいんですけどね…………多分。

「でも蒼ゴメン、俺、何も用意してなかった…」
「え、いいよ、別に。誕生日がいつだなんて教えてなかったし。じゃあ、来年は期待しちゃおっかなー、あはは」
「……期待に応えられるように、がんばります…。あ、もしかして誕生日だから出掛けてたんだ? 何かすげぇ嬉しそうにしてたもんな」

 金曜の夜、ウキウキそわそわと出掛けて行った蒼一郎を思い出す。
 今となっては、それが誕生日を誰かと過ごすためだったのだと、分かる。いや、"誰か"なんて、あのウキウキ加減から言ったら、恋人しかいないだろうけど。

「えへへー、郁、1人暮らしだしねー」
「へー……、………………へぇ?」

 ……郁?


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (5)


 郁て、あの、この部屋にときどき遊びに来る、蒼一郎が学校でもよく一緒にいる、佐野郁雅?
 カフェテリアとかで、フレンドリーさ満載の蒼一郎が、人目も気にせず翔真に向かって手を振ってるのを必死に止めようとする、あの佐野郁雅?
 翔真に嫌悪感丸出しの真大と違って、ちゃんと常識を身に着けてて、年齢のわりには大人っぽく見える、あの郁雅?

「ちょっと待って、蒼」
「何?」
「あー……えっと、蒼、この週末、郁んとこ行ってたの?」
「そうだよ?」
「郁、て……あの佐野郁雅?」
「うん」

 念のためにと翔真が聞き返しても、蒼一郎は間違いなく、翔真が想像しているとおりの佐野郁雅だという。

「え、お前、誕生日に郁と一緒だったの?」
「そうだよ」

 恐る恐るの翔真の問いにも、蒼一郎はあっさりと答える。
 金曜の夜に、あんなにウキウキとしながら出掛けて行った先が、郁雅の家? いや、友だちなんだし、郁雅の家に何かとってもすてきなものがあって、それを楽しみにしてたのかもしれないけれど、でも誕生日に?
 誕生日は、友だちと過ごす派?
 あ、いや、彼女いないんだったら、別にそこは追及するとこじゃないよね。
 そうだよね、そういうことだよね。

「そりゃだって、やっぱ誕生日は恋人と過ごしたいじゃん?」

 何とか自分の中でそれなりの答えを導き出した翔真に、蒼一郎から追い打ちを掛ける一言が。
 思考回路が、止まり掛ける、
 いや、いっそ止まってしまえばよかった。
 もしくは、何も気付かないくらい鈍感だったらよかった。『そっかー』て、笑い流せればよかった。

「ちょ、蒼、ちょっ、あの、」
「え、何? どうしたの?」
「どうしたの、て…」

 今、さらっとカミングアウトしたよね?
 気付いてない?
 もしくは、重苦しい空気じゃ言い出しにくいから、わざとそんなふうに言ったの?

 で、俺にどんな反応を望んでるの?

「蒼一郎、お前は今、自分が何を口走ったか、分かっているか?」
「ぅん?」

 いや、分かってない!

 翔真は、本気でこの能天気男を呪いたくなった。
 深い溜め息をつく翔真に、何も分かってない様子の蒼一郎が、どうしたのー? なんて顔を覗き込んでくる。

「なぁ蒼、お前…………郁と付き合ってんの?」
「………………、うぇっ!?」

 それでもドア越しに誰かに聞かれやしないかと、翔真がうんと声を潜めて尋ねれば、数秒の沈黙の後、蒼一郎は変な声を上げて、その場から飛び退いた。
 しかも足元なんてまるで見ていないもんだから、部屋の真ん中に置いてあったローテーブルに思い切り引っかかって、蒼一郎は間抜けな格好で床に転がった。バカすぎる。

「なななな何でショウちゃんが知ってんの!?」
「バカ、お前が今言ったんだよ!」

 驚愕と、テーブルに足をぶつけた痛みで、蒼一郎は起き上がれないままの蒼一郎に、翔真も自然と声が大きくなってしまう。


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (6)


 あぁ、もう、何てことだ!
 やっぱり最初から聞かなかったふりで、部屋を出ていってしまえばよかったんだ。

「お前さぁ……俺だからいいようなものの…」

 翔真が呆れたような声を出せば、まだぶつけた足が痛いのか、蒼一郎は足をさすりながらようやく体を起こした。

「ショウちゃん~、俺ぇ~」
「あー、もう! いいって! 別に俺、そういうの気になんないし。誰にも言うつもりないから」

 心底呆れているのは確かだが、男同士というのを気にならないというのも、蒼一郎と郁雅のことを誰にも言うつもりがないのも本心だ。

「俺の友……知り合いに、男同士で付き合ってる人いるけど、別に変だとも思わないし、キモイとも思わないよ」
「ショウちゃん~!!」
「だからさっさと泣き止んで、鼻かめ!!」

 自覚なしにカミングアウトをしてしまっていたショックと、意外にもあっさりと理解を示してくれた翔真に、蒼一郎の涙腺はすっかり壊れてしまったのか、ボタボタと涙を零している……し、鼻水も垂れている。
 そばにあったティシューの箱を投げ付けてやれば、蒼一郎は思い切り鼻をかんだ。

「ったく、浮かれた拍子に、他のヤツにまで喋るなよ?」
「気を付けるよー」

 まだ鼻をグズグズさせながら、蒼一郎が頭を下げた。

「で、郁とはいつから付き合ってるわけ?」
「えぇ!?」

 人のそんな話、興味なんかないほうなんだけど、まぁいろいろとお騒がせされたから、何となくその仕返しに聞いてやる! て、翔真が蒼一郎の顔を覗けば、蒼一郎はひどく困惑した表情をしていた。

「…聞いてどうすんの?」
「どうもしないけど。興味本位。だって郁とは1個違うんだろ? どこで知り合ったのかなーて」
「高校一緒だから。郁が大学入る前から、付き合ってたの」
「へー。え、もしかして郁と一緒にいたくて留年したとか?」
「違う! それは本気で単位が足りなかったから! 出来れば俺は、ずっと先輩面してたかったの!」

 蒼一郎は必死で否定するが、そうだとしても、その理由だって、そんなに大きな声で言えるようなものではないと思う。
 話だけ聞くと、ずいぶん蒼一郎が郁雅に惚れているようだけれど、わざわざ恋人を追って同じ大学に入学した郁雅だって、十二分に蒼一郎のことが好きなんだろう。
 一途同士というわけだ。

「ま、別にお前らの恋路を邪魔するつもりはないけどさ、あーでも次に郁がここに遊びに来たとき、何か意識しちゃいそう…」
「え、ダメ! ショウちゃんがライバルになったら、俺、敵わないかもしれないから!」
「そういう意味の意識じゃねぇよ!」

 冗談でボケているのか、本気で言っているのか、蒼一郎の言葉は、いまいち分かりづらい。
 でも多分本気だろうな、と翔真は思う。
 蒼一郎は、チャラい見た目に反して、真面目でしっかり者だが、どこか抜けている。何が抜けているかといえば、おそらくは頭のネジが1本くらい。
 だからこそ、本当のしっかり者である郁雅が放っておけないのかも。

「あ、てかさ、真大は…?」
「え?」

 真大が友情からか恋心からかは分からないが、殊に蒼一郎のことを気に入っているのは、今さら確認するまでもないことだ。
 彼は蒼一郎と郁雅の関係を知っているのだろうか。
 いや、知らないからこそ、あんなに無邪気に、無邪気な振りでそばにいれるのだろう。

「知ってんの? 蒼と郁のこと…」
「言ってないから、知らないかも」
「アイツ、すげぇ蒼のこと気に入ってるじゃん」
「……、そうだね」


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5月 名前を呼ぶと目で威嚇する。 (7)


 真大が蒼一郎に抱いている想いは、恋心かもしれない。
 でなきゃ、いくら仲のいい友だちだって、あんなにベッタリはしない。
 翔真だって、亮や和衣たちとはよくつるむけれど、真大のあのひっ付き方は、やっぱり単なる友情ではない。
 真大は蒼一郎と郁雅の関係を知らないようだから、単純に自分が蒼一郎に片思いをしているだけだと思っているのだろう。

(片思い…)

 翔真は、ハタと気が付いた。
 もしかして真大は、同室の翔真も、蒼一郎にそういった想いを向けていると思っているのではないだろうか。
 蒼一郎への片想い同士。つまりライバル。
 だから、翔真のことが嫌いで、あんな態度を取る。

(冗談だろ…?)

 もしそんなふうに思われているのだとしたら、とんでもない勘違いだ。
 翔真は、確かに男同士の恋愛に偏見はないし、蒼一郎のことも嫌いではないけれど、それは飽くまで友情であって、恋愛感情ではない。

 だったらいっそ、蒼一郎のことは友だちだとしか思ってない、て言ってやればいいのだろうか。
 けれど蒼一郎には郁雅という恋人がいて、結局は真大の片想いは儚く終わってしまう。彼の想いが実れば、他に悲しむ人が出てくる。

「はぁ…」
「また、何かされた?」
「え?」

 こっそりとついたはずの溜め息は、どうやら隣の祐介にはバレていたらしい。チラリと視線を向ければ、「ん?」と祐介は小首を傾げた。
 意外と男らしい性格をしている祐介は、けれど時おり女性的な仕草を見せる。前にそれとなくそんな話をしたら、『妹が2人いるからかなぁ』なんてのん気な返事が返ってきた。

「真大くん」
「あー…」

 翔真の溜め息の意味を、やはり祐介は気付いていたらしい。
 まだ教授が来ないことを確認しつつ、祐介の隣にいる和衣を見れば、前の座席にいる睦月と何やらコソコソ話をしていて、亮が話の輪に加わろうとすると、「ダメ!」と追っ払っている。
 きっと、祐介と一緒に出掛ける場所だとか、プレゼントだとか、何かそんなことを相談し合っているのだろう。亮より祐介の存在を気にしたほうがいい気はするが。
 とりあえず周りがこちらを気にしていないのが分かって、翔真は重たい口を開いた。

「別に何かされたってわけじゃ……相変わらずだよ」

 例の一件以来、さらに嫌われてしまったのだろうと思っていたが、真大の態度に変化はない。
 顔を合わせれば、露骨に嫌な表情をされたり、睨まれたりはされるが、それ以上は何もないのだ。
 ときどきなぜか蒼一郎がすまなそうに謝って来ることがあるけれど、蒼一郎が悪いわけではないので、『心配すんな』て言っている。
 そんなことしてたら、そのうち肝心の蒼一郎にまで愛想を尽かされるんじゃないかとも思うが、それを真大に伝える術はないし、そんな優しい気持ちも更々持ち合わせていなかった。

「そのわりには、随分参ってる感じじゃない?」
「…ハハ、バレた?」
「わけもなく嫌われる、て、何かヤダね」
「……うん」

 いや、理由は何となく分かって来たけれど。
 でも誤解を解くことすらできなくて、どうしたらいいか、もどかしい。
 別に無理に好かれたいとは思っていなかったけれど、そうやって過ごすのも、意外とストレスが溜まるものだって気が付いた。

「あんまり溜め込み過ぎないほうがいいよ」
「…サンキュ」

 亮や和衣の前では、真大はあからさまなことをしないので、時々しか会わない2人は真大の翔真に対する態度に気付いていない。
 もちろん、祐介だって亮や和衣と同じくらいにしか真大に会っていないけれど、高校時代の思い出や懐かしさがなく、先入観なしに真大を見ているせいか、祐也の態度に気が付いて、さりげなく気を遣ってくれるから、ありがたい。
 ちなみに、そういう意味では同じ立場であるはずの睦月は、やはりまるで気付いていないようで、そこが睦月らしかった。

「何の話~?」
「何でもねぇよ」

 睦月たちに相手にされない亮が翔真たちを振り返ったのと、和衣と睦月が「それ超いい作戦!」て笑い合ったのと、教授が入って来たのはほぼ同時だった。


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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (1)


 最近、天気予報がよく当たる。
 今年の梅雨は雨が少ない、と言ったら、本当に空梅雨になった。6月に入ってからも、雨が降った日なんて殆どなくて、晴天ばかりが続いている。

「今日も天気いーね」
「昨日、良純さんが晴れるって言ってたもん」
「ヨシズミさんて誰?」

 むっちゃんの知り合いの人? と不思議そうな顔をしている和衣は、どうやら睦月とは違う局の天気予報を見ているらしい。

「あー、日曜日も晴れるといいなぁ…」
「ゆっちとデート?」
「うん。晴れるかな? 晴れるよね?」

 そればかりは睦月に聞かれたって、何とも答えてみようがないが、和衣が『晴れるよ』て答えを待っているのが分かったので、睦月は適当に「晴れるんじゃない?」と返しておいた。

「でも雨降ったらどうしよー…。梅雨だもんね、降るかもだよね?」
「…晴れるってば。てか、いいじゃん、降ったって」
「ダメ、遊園地行くんだもん」

 雨が降っても行けなくはないが、やはり晴れているよりは十分に楽しめない。だからどうしても晴れてほしいと、和衣はずっと願っているのだ。

「…へぇ。じゃあ、てるてる坊主でも作れば?」
「! そうする!」

 睦月は冗談半分で言ったのだけれど、和衣はその言葉を真に受けて、授業終わったら即行帰っててるてる坊主作る! と意気込んだ。
 ちなみに、睦月の言葉の半分は冗談だったけれど、残りの半分は本気で、日曜日に晴れて和衣と祐介が遊園地に行けばいいと思ってのことだ。

(ゆっち、絶叫系とか超苦手だもんなぁ。カズちゃんの前でどんな反応すんのか、超見たい…!)

 けれど、その半分の本気は、そんな動機から来るものだったが。

「むっちゃん、何笑ってんの?」

 情けない顔をする幼馴染みの顔を想像していたら、思わず笑ってしまっていたらしい。
 睦月は慌てて緩んだ口元を引き締めた。

「亮ー、俺らも日曜日、出掛けるー?」

 教授のところに寄っていた祐介がやって来て、和衣がそっちに気を取られたのをいいことに、睦月は机に突っ伏してウトウトしていた亮に声を掛けた。

「ん? どこ行きたい?」
「遊園地ー。そんで、いっぱい絶叫マシン乗る」
「え、無理無理無理無理」

 眠そうな顔をしていたくせに、睦月の口から"絶叫マシン"という言葉が出た途端、亮は急に真顔になって、思い切り拒否してきた。

「苦手なの?」
「ウン」
「…ちょっとはカッコつけて、『そんなことないよ』とか言えよ」

 昔から亮は、お化けと注射とジェットコースターは、大嫌いだった。睦月の前ではカッコいい男でいたいとは思うけれど、苦手なものは苦手だ。

「じゃあショウちゃん、一緒に行くー?」
「え? 遊園地? いいけど?」
「え、ちょっ」

 あっさりとOKの返事を出す翔真に、亮は慌ててそれを遮った。
 絶叫マシンには乗りたくないが、翔真を睦月と一緒には出掛けさせたくはない。

「ヤダ、ショウちゃんと行く。俺、絶叫マシン乗りたい」

 で、絶叫マシンに乗りたくなくて怖がってるゆっちを見たい!

「…むっちゃん、一緒に行くのはいいけど、何か別のこと企んでない?」


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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (2)


 日曜日、みごと良純さんの予報は当たって、朝から快晴だった。
 約束どおり遊園地に行くという和衣は本当に嬉しそうだったが、祐介は心なしか顔色が悪かった。理由を知っている睦月は、ニヤニヤしながら2人を見送ると、クルリと振り返った。

「じゃ、俺らも出掛けよっか、ショウちゃん」

 ニッコリと睦月が笑い掛けたのは、亮ではなく、翔真だ。

「むっちゃん、やめとこうよ。俺、亮に恨まれんの、ヤなんだけど…」
「ショウちゃんの意気地なし! 絶叫系、大丈夫て言ってたのに!」
「いや、そっちは大丈夫なんだけどさ…」

 そうでなくて、あぁ見えて睦月にべた惚れの亮を差し置いて、睦月と一緒に遊園地になんか出掛けてしまったら、後で亮に何を言われるか、分かったものではない。

「いいんだって。何だかんだ言って亮のヤツ、サッカー見に行ったんだから。あのバカ!」
「サッカー? 試合?」
「そ。何だっけ、あの蒼ちゃんとしょっちゅう一緒にいるヤツ」
「…真大?」

 まさかと思って翔真がその名を口にすれば、睦月は「そう!」と、すぐに返事をした。
 実は夕べ蒼一郎から、真大にサッカーの試合を見に行かないかと誘われたと、話を聞かされていた。けれど蒼一郎はサッカーには詳しくなくて、結局断ったらしい。
 そして真大が次に目を付けたのが、亮のようだった。高校のころ、サッカー部で活躍した亮が、今もサッカーを好きなのは明白だったから、誘いやすかったのだろう。

 けれどおもしろくないのは睦月だ。
 睦月には、翔真と出掛けるのもダメとか言っておいて、自分はさっさと真大とサッカーを見に行ってしまうなんて。

「俺さぁ、サッカー詳しくないからよく分かんないんだけど、何か超有名なとこの試合らしいんだよね。そしたらさぁ、亮のヤツ、超喜んじゃって! バッカじゃないの!!」
「あー…むっちゃん、アイツ、バカだから許してやって」
「ぅむー…まぁ、ショウちゃんがそう言うなら…。つーかさ、アイツ、何なの?」
「え? 亮?」
「違う、あの真大って子。ショウちゃんのこと、好きなのかな?」
「は?」

 ……………………。
 …………えー…っと……。

「は?」

 どんなに一生懸命考えようとしても、考えれば考えるほど、睦月の言葉の意味が分からない。

「だってよくショウちゃんのこと見てんじゃん」
「誰が?」
「真大」

 見てる?
 睨んでるの間違いじゃなくて?

「ホントは今日のサッカーも、ショウちゃんのこと誘いたかったんだよ。でも俺がショウちゃんのこと誘っちゃったから、その腹いせに亮のこと誘ったのかも」
「いや、むっちゃん、違う。それは絶対違う」

 果てしない勘違いをしている睦月に、翔真は力いっぱい否定する。
 けれどそれが睦月に通じたのか通じないのか、「だったら俺らも、アイツらに見せ付けてやろう!」とか何とか言いながら、出掛ける前からどっと疲れてしまっている翔真の腕を引っ張った。


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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (3)


 日中、あれだけ晴れていた空が、日が沈むのを見計らったように曇り出していた。

 和衣たちから遅れて出発した睦月と翔真は、2人が行くと言っていた遊園地に行ったはずなのに、晴天の日曜日、混雑していたこともあってか、結局2人の姿を見つけることは出来なかった。
 せっかく祐介がどんな顔をしてるか見ようと思ったのに…と、睦月は少し残念がったが、合計で15回も絶叫マシンに乗ったおかげで、帰りにはすっかりご機嫌だった。

「どっかでメシでも食ってく?」
「うー…ん」

 翔真の提案に、睦月は少し迷っているようだった。
 別にデートのまねごとをして、亮に見せ付けようなどというつもりで言ったわけではない。睦月は自炊が出来ないから、帰ってもしまだ亮がいなければ、翔真が作ってやることになるのだ。せっかく外に出てるし、それならどこかで食べて帰ったほうが、面倒くさくない。

「いや、帰ろっかな…」

 ヒュウ…と、足元をぬるいような風が吹いていって、睦月は視線を泳がせながらも、翔真を見上げた。

「あ…。……天気、崩れそうだしね。帰ろっか」

 睦月の言いたいことが分かって、翔真はすぐにその意見に賛成した。

 いまだに、睦月を苦しめる、過去の記憶。
 前よりも随分よくなったのだと睦月は言うけれど、それでもこんな日はまだ心が落ち着かなくなるらしい。

 これまでずっと、まるで保護者のように睦月を守ってきた祐介が和衣と付き合うようになって、支えを失った睦月がどうなるのかと心配したこともあったが、亮とうまくいっているようで、今のところひどい発作は起きていないようだったが、今日はその亮が、睦月ではなく真大と出掛けてしまっている。

 少しくらい風が強かったり雨が激しかったとしても、亮がいてくれれば、心のざわつきを抑えることが出来るのだけれど、今日はその亮も祐介もいない。
 しかも睦月が自分からどこかに行ったのではなく、亮のほうから睦月ではない相手を選んで出掛けてしまった。亮にそんなつもりがないのは分かるが、睦月にしたら何となく見放されたみたいな気持ちになってしまって。

 こんなときは、何となくマズイな、と睦月は感じるのだ。

「じゃ、今日はショウちゃんのおいしいご飯を食べにおいで」

 ポン、と睦月の肩に手を置いて、翔真が顔を覗き込んだ。
 睦月の瞳には、隠し切れない不安が浮かんでいる。

「帰ってさ、俺の部屋、おいで?」
「ショウちゃん、料理すんの?」
「するよ。大学入ってから、ずっと作ってるし。もしかしたら、亮より上手かもよ?」
「……、じゃあ、食べに行く」

 翔真の笑顔に安心したように、睦月はホッと息を吐き出した。




 寮に戻ってくると、睦月の部屋はまだ暗く、亮は帰ってきていなかった。
 昼間のサッカーの試合が、いくら何でもこの時間まで続いているはずはないので、おそらくどこかで食事でもして来るつもりなのだろう。

 こんなときに何てヤツだと、翔真は内心、亮に憤慨していたが、睦月は特に気にしていない様子で、「これでショウちゃんのご飯が食べれる~!」なんて言っている。
 わざと気にしていない素振りをしているのかもしれないけれど。


Fortune Fate

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6月 離れて歩くずぶ濡れ相合傘。 (4)


「お邪魔しまーす」

 蒼一郎もまだ帰ってきていないのか、翔真の部屋も空だった。

「何作るの? 俺も手伝う?」

 上着を片付けている翔真の背後にくっ付いて、睦月はチョコチョコとしている。
 本人は無意識だろうが、これだけスキンシップが多ければ、亮が祐介とは違った意味で心配するのも無理はない。

「え、むっちゃん、手伝ってくれんの?」
「あー……うん」
「…もしかして、そんな気ないのに、言った?」
「そんなことないけど! がんばるよ! 何でも言い付けて!」

 睦月は慌てて手伝う気を見せるが、今までの睦月の生活や亮からの話を聞く限りでは、とても何でも言い付けても大丈夫だとは思えない。

「いや、うん、すぐ作るから、座って待ってて。テレビ点けてもいいし」

 いないほうがはかどりそう…とはとても言えなくて、翔真は、「えー、手伝うのにぃ!」と無駄な意気込みを見せる睦月を座らせた。

「テレビつまんないなー…。あ、ショウちゃん、こないだ言われたレポート、もう書いた? 俺、まだ書いてないんだよねー。てか、そろそろ試験の心配したほうがいいのかな? 今年はね、結構がんばってノート書いてるんだよー。あのね、あのね、」
「むっちゃん、どうしたの?」

 やけに饒舌になっている睦月を不思議に思って翔真が顔を覗かせれば、テレビのリモコンを握り締めた睦月が、ジッと翔真のほうを見ていた。

「むっちゃん?」
「…え?」
「どうしたの?」

 包丁を置いた翔真がそばに来ると、睦月は「何が?」と言わんばかりにその顔を見つめる。

「何でもないならいいけど、……、あ、ねぇむっちゃん、やっぱちょっと手伝ってくんない? 2人でやったほうが早いじゃん? お腹空いたでしょ?」
「え、うん」
「だから手伝って? ね?」

 戸惑っている睦月の手を引いて、翔真は簡易のキッチンに連れて行く。
 窓の外、雨の降り出した音がする。
 無意識のようだけど、気を紛らわそうと口数の増えている睦月に、それならば(役には立たなくても)そばにいて手伝わせていたほうがいいかもしれない。

「何したらいい? 何か切るの?」
「むっちゃん、包丁使える?」
「使えない」
「……、あ…そう…」

 こうもあっさりと返事を返されると、逆に何と言っていいか分からなくなる。
 というか、本当に一体、何を手伝わせたらいいんだろう。

「大丈夫! 俺、切るよ!」
「え、むっちゃん、無理だって!」
「でーきーるー!」
「あぁ、ちょっ…」

 翔真が止めるのも聞かず、睦月はその手から包丁を奪い取ってしまった。


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