恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2012年08月

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暴君王子のおっしゃることには! (92)


「侑仁はいっちゃんのこと、怒らないわよー。心配するだけで。ねっ」

 ニナにからかわれて焦っている一伽に、エリーがのん気に笑い掛ける。
 おそらく以前、一伽とニナが酔い潰れたときのことを言っているのだろう(侑仁にしたら、あれは一伽の心配というより、店に迷惑を掛けたくないからだが)。

「は? 何で侑仁がコイツの心配するわけ?」
「だって侑仁、いっちゃんと仲良しだもん? 心配するわよ。でしょ?」
「へ…へぇー…、仲良し…?」

 ニナとエリーの話を聞いていた海晴が、意味不明…と眉を寄せれば、エリーが笑顔で返してくるので、海晴は言葉が続かなくて、口元をわずかに引き攣らせつつ、乾いた笑みを浮かべた。
 一伽に(かなり無理やり)吸血されたあの後、友人になったのも、ケンカして友情が深まる的な高校生男子のノリといえば、分からなくもないが、飲み過ぎないように心配するまでになるなんて、ちょっと…。
 しかも、海晴から侑仁が一伽に襲われた話を聞いたはずのニナとエリーも、『結局それはご飯でした』というオチを知ったせいで実感が湧かないのか、侑仁が一伽を心配することに違和感を覚えてはいないらしい。

「ま、とにかく飲もうよ! 海晴が奢るって言ってるし」
「言ってねぇよ!」

 海晴はまだ納得し切れていないのに、その根源である一伽があっさりとそう纏めてポンと海晴の肩を叩いたので、海晴はすかさず突っ込んだ(これはもう反射神経みたいなもの)。

「しかも…何かよく分かんねぇけど、お前、侑仁に『あんま飲み過ぎんな』て言われてんだろ? だったらやめとけ?」
「何で俺、侑仁にそんなこと言われなきゃなんねぇの?」
「知るかよ。心配してんだろ?」

 海晴に侑仁の気持ちは分からないが、ニナやエリーの言葉を借りるとすれば、『心配している』ということだろう。そうでなければ、酔っ払った一伽に、散々手こずらされた経験があるに違いない。
 想像してみて、海晴は後者が正解だな、と思った。
 そうだ。侑仁は一伽が飲み過ぎて具合が悪くならないかとか、そんな心配をしているのではなく、酔い潰れでもしたら、面倒を見てやらなければならなくなるのが面倒くさいから、飲み過ぎるな、と言ったのだ。

(…でも、コイツが酔っ払って、何で侑仁が面倒見ないといけないわけ…?)

 やっぱり理解不能…。
 途中まではいい線行ってると思ったんだけどなぁ…と、海晴は、底を尽いた自分の想像力にガックリした。

「ねぇねぇじゃあバーのほう行かないー?」
「いやニナ、お前は何でコイツに飲まそうとするわけ? 飲ますな、て侑仁に言われてんだろ?」
「だっていっちゃんと飲むの、楽しいんだもん」

 気が付けば、海晴まで一伽の心配をしている始末。
 しかし女子2人は、のん気に、そして豪快に、「さぁ行こ~!」と一伽を連れてバーのほうへと向かったので、仕方なく海晴も後に続いた。

「じゃあアタシねー、ブラック・ルシアンとモヒート!」
「ちょっと待て。何でお前、2杯頼むんだよ。しかもテイスト全然違ぇし!」

 バーテンになぜか2つのカクテルを注文したニナに、海晴は即座に突っ込む。
 ニナが酒豪なのは知っているので、飲んだ後のことはそんなに心配していないが、いきなり2杯頼む意味が分からない。しかも甘口と辛口のカクテルをそれぞれ。

「だって海晴が奢ってくれるって言うから」
「いや、奢んねぇし。つか奢ってもいいけど、何で2杯?」
「どうせ飲むし」
「…」

 言っていることは、別に間違ってはいない気はするけれど、何か間違っている気もする…。
 大体、人からごちそうになろうとしているのに、少しも遠慮がないあたり……何となく一伽と似ている。

「いっちゃんは~?」
「じゃあ俺ねぇ、バラライカとチャイナブルー」
「お前も2杯頼むな」
「エリーは、カイピリーニャとチェリーコークにするー」
「お前もかっ!」

 次々にカクテルを2杯ずつ頼む一伽とエリーにも、ご丁寧に海晴はそれぞれに突っ込んでやる。



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暴君王子のおっしゃることには! (93)


 しかし、どうしてこういうことに…と海晴が頭を抱えている隙に、仕事に忠実な2人のバーテンは、3人に2つずつ、計6杯のカクテルを作り上げた。

「おめぇらも素直に作ってんじゃねぇよっ!」

 カウンターの上にずらりと並べられたカクテル越しに、海晴が声を張り上げて凄んでも、バーテン2人はそれよりもやはりこの状況がおかしくて、吹き出すしか出来ない。
 しかし3人がこれらのカクテルを頼んだのは事実だし、バーテンが作ってしまった以上、今さらなかったことにも出来ないわけで…。

「はぁ…」

 結局は海晴が溜め息とともに肩を落とすことで、決着した。

「海晴は何にするの? あ、ねぇねぇ、これ、上から順番に頼んでってよ! メニューの上から!」
「だから何で? 俺酔わせてどうすんの…?」

 キラキラした目でアルコールを勧める一伽に、海晴は一応突っ込んでみたが、もう先ほどまでのような元気はない。どうしても一伽の発想には付いていけない。

「こないだニナちゃんとそうやって飲んでたら、途中で力尽きたんで、リベンジしようかと」
「いや、だったら自分でやれよ! 何で俺に勧める!?」
「だって俺、ホラ、侑仁に飲み過ぎんな、て言われてるし~」

 今さらいい子ぶってみても遅いのに、一伽は、守る気もなかった侑仁からの忠告を持ち出して、とぼけてみせる。

「だから海晴~、お願いっ!」
「やんねぇよ、バカ。俺ジンバックね」
「あー! そんな無難なの頼んじゃって! 海晴、男らしくない~!」
「うるせぇよ」

 話を聞いてきた限り、一伽は女の子大好きなはずなのに、一体どうしてこんなに海晴を酔わせようとするんだろう…。
 もしかしてニナとエリーと過ごすのに、海晴が邪魔だから、酔い潰してしまいたいんだろうか。だとしたら、そんな回りくどいことしなくたって、違う場所に行くのに。

「違うの~、俺もいろんなの飲みたいけど、結局飲み切れなくて、前とおんなじになるから、海晴がいろいろ頼んだら、それをちょっと貰おうかな、て思って。えへへ」
「いや、口調はかわいくても、言ってる内容、全然かわいくねぇよ」

 男に興味はないが、男嫌いなわけでもない一伽は、別に今一緒に海晴がいることを邪魔になんて思ってはいない。いっぱいお酒を飲むのに、何か都合がいいかなぁ~、とは思っているだけで。

「とりあえず、この2杯、残さず飲んどけ」
「はーい」

 侑仁の忠告には背くことになるが、頼んだからには残さず飲んでもらわないと。
 そう思って海晴が言えば、人から指図されることは嫌いでも、飲めと言われることには何の不満もないのか、一伽は素直に返事をして、グビグビッとバラライカを豪快に飲んだ。

「ちょっ、バッ、おまっ…」

 驚いたのは海晴だ。
 バラライカは、口当たりはいいが、アルコール度数は高い。いくらカクテルグラスで、1杯あたりの量が多くないとは言っても、一気にグラスを空にするようなものではないのに。

「ん、うま!」
「………………、侑仁が飲み過ぎんな、て言った気持ちが、よく分かるわ…」

 おいしそうにグラスを空けた一伽に、海晴は口元を引き攣らせつつ、ぼそりと呟いた。
 先ほどまでの飲みっぷりや話からして、一伽が酒に強いのは分かったが、それにしたってこの飲み方は…。残さず飲め、と言ってしまった先ほどの自分を、海晴は殴り飛ばしてやりたくなった。

「アタシもチャイナブルー飲む~」
「飲むなっ」

 一伽に気を取られている隙に、ブラック・ルシアンもモヒートも飲み干していたニナが、一伽の飲んでいるチャイナブルーを見て、同じものをオーダーする。
 目を離したらいけない人物が他にもいたことに、ようやく気が付いた海晴は、頭を抱えた。
 そして今になってやっと分かったのだ、侑仁がどうしてこんなヤツの世話なんか、わざわざ焼いたのか。

(危なっかしくて、目が離せねぇ…!)

 要は、そういうことだ。
 別に心配するつもりも、世話を焼くつもりもないのだが、このまま放置しておいたら大変なことになる予感だけがプンプンと漂ってきて、とても放っておけないのだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (94)


「エリー! お前はニナを止めろ!」
「えー?」

 ニナやエリーとは結構長い付き合いで、一緒に飲んだことも何度となくあるから、ニナが強いことは知っているが、それでも今の彼女は止めなければヤバいと、海晴は悟っていた。
 だからエリーにそう声を掛けたのに、エリーは分かっているのかいないのか、笑いながらチェリーコークに口を付けている。
 海晴は知らないが、これは以前、一伽とニナが潰れたときと同じパターンだ。エリーはおもしろがっているだけで、危機感がさっぱりない。

 そんな、海晴だけが慌てている状況に、突如転機が訪れた。

「お前は、ホントに! 飲み過ぎんな、つっただろ!」
「…ぅ? !!??」

 もう手に負えないっ! と海晴が音を上げそうになったところで、別の声が一伽を止めに入った――――侑仁だ。
 チャイナブルーももう半分以上飲んでいた一伽は(ペース早っ!)、突然現れた侑仁に本気で驚いたのか、口をあんぐり開けて固まった。

 しかし驚いたのは海晴も同じだ。
 エリーの話では、侑仁はリコと一緒のはずなのに、どうしてここに現れたのだろうか。まさか一伽が心配で…?

「なっ…何で侑仁がこんなトコいんの!?」

 海晴が尋ねるより先、一伽がストレートに質問をぶつけてくれた。
 態度は不遜だが、ヤバイと思う気持ちはあるらしく、一伽は持っていたグラスを、何となく後ろのほうに隠そうとしているが、バレバレだ。

「いたっていいだろ? このフロアにいたんだし。つか、お前のほうこそ何なんだよ」

 慌てる一伽とは対照的に、侑仁はひどく冷静だった。
 同じフロアで踊っていれば、どこかしらで顔を見る可能性は大いにあるし、飲み過ぎるなと念を押して行ったのに、再会してみれば、楽しくお酒をたくさん飲んでいる一伽がそこにいたのだ。
 そりゃ、何なんだ、と言いたくもなる。

「いいじゃん別に~。海晴が奢ってくれたんだし~」
「海晴が?」
「バッ…そうじゃねぇだろ!」

 いきなり振られて、海晴は焦った。
 気が付いたら一伽が勝手に注文していただけで、海晴だって好きで奢ったわけではない。しかし言葉の足りない一伽の説明では、まるで海晴が一伽にたくさんお酒を勧めたみたいだ(現に侑仁もそんな目で海晴を見ている)。

「あの、侑仁、いや、これは…」

 何をどう話しても言い訳のようにしかならないと思うし、いやそれ以前に、海晴には何の非もないはずなのに、でもやっぱり何か言っておかないと……と海晴が焦っていたら、リコが侑仁の腕を引いた。

「ねぇ、侑仁っ」
「あ」

 そんなつもりではなかったのに、侑仁がつい一伽にかまけていたので、リコは少し苛立っているようだった。
 侑仁がリコのほうを振り返った隙に、一伽がここぞとばかりにサッと逃げたので、海晴もとばっちりを食う前にその場を離れた。

「バカっ…! お前、俺のせいにしてんじゃねぇよっ…」
「だって侑仁に怒られる~!」

 侑仁から離れたところで、海晴はすぐさま一伽に抗議する。
 大体海晴は、一伽と侑仁が来たときその場にいなくて、全然状況が分かっていないのだから、誰にも責められる筋合いはないはずだ(確かに一伽は飲んだが、海晴は1度たりとも勧めてはいないわけだし…)。

「つか侑仁、俺のこと見張ってたわけじゃないよね…? 何でこんなタイミングで現れるわけ…?」
「いや、偶然だろ。何が楽しくてお前のことなんか見張らなきゃなんねぇんだよ」

 一伽がこっそりと、嫌そうに海晴に打ち明けてみたら、面倒くさそうにしながらも、海晴は律儀に返してやった。
 侑仁がリコのこと、リコと同じような気持ちで同じくらい好きかどうかは分からないが、少なくとも酒癖が悪くて面倒くさい吸血鬼のお守りをするよりは、リコと一緒のほうが楽しかろう。



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暴君王子のおっしゃることには! (95)


「あーあ、やっぱいっちゃん、侑仁に怒られてる~」

 侑仁たちがあそこにいるうちは、新しいアルコールを頼むのは無理…と、一伽が諦めて薄まりかけたチャイナブルーに口を付けたら、一足先にバーから避難していたニナとエリーが笑っていた。

「ニナちゃん、ズルいー! 俺ばっか侑仁に怒られたー!」

 この間酔い潰れたのならニナも一緒だし、今日は絶対にニナのほうがたくさん飲んでいるのに、一伽だけが怒られた! と、一伽はやり場のない怒りを、とりあえずニナにぶつけてみた。
 しかもニナは、結局エリーが止め切れなかったのか、止める気がなかったのか、今も新しいカクテルを飲んでいる。

「それだけいっちゃんのことが気になるのよ」
「意味分かんない」

 ニナの言葉はもちろん何の慰めにもなっておらず、一伽は分かりやすく拗ねて唇を突き出した。

「でも侑仁、気になるなら、リコじゃなくて、いっちゃんのこと構ってあげればいいのにねー」

 ニナに寄り掛かりながら、エリーは、バーのところにいる侑仁とリコに視線を向けた(彼女もまた、海晴が奢ってやった2杯ではない、新しいカクテルを飲んでいる)。

「エリー、そんなん言ってると、またリコに怒られるよー」
「んー。でもエリー、何で自分がリコに怒られるのか、いまだによく分かんない」

 2人にとって、リコは親友というほどではないが、特に嫌っているわけでもない、ごく普通の友人だ。
 しかし侑仁の彼女になりたがっている1号のリコとしては、友人としてだが侑仁と仲のいいニナとエリーのことは何かと目に付くらしく、しばしば突っ掛られることがある。
 だからこそ、程よい距離感を保たなければなのだが、エリーはつい、リコの地雷を踏んでしまうことがあるのだ、無意識に。

「つーことで、お前はそれも含めていろいろと気を付けろよ?」

 一伽は女の子大好きのようだが、若干女の子に対して夢見がちな気がするので、海晴は、今のニナとエリーの会話も踏まえて、一伽にそう忠告してやった。
 女の子は見た目以上にドロドロした生き物なのだ。

「…ん、女の子って怖いね…。海晴が男に走った気持ちが、今ならちょっと分かるわ…」
「走ってねぇよっ!」

 親切心というか、老婆心というか、とにかくわざわざ一伽に気を遣ってやった海晴に対して、何の謝意を表す気もない一伽は、冗談とはいえ、とんでもないことを、尤もらしくポツリと漏らした。
 一伽の言う『女の子は怖い』は認めないでもないが、それでも海晴は、男よりは女の子のほうがいいのに。

「いっちゃ~ん、もう飲ませてもらえないなら、踊ろっ?」
「踊ろ~」

 新しいカクテルももう飲み干したニナとエリーが、陽気に一伽を誘ってくる(絶対に一伽より飲んでる…)。

「いいよ~。あ、でもその前に、俺トーイレ!」
「オッケー、先フロア行ってるよん。海晴、行こっ?」

 溜め息をつきながら頭を掻いていた海晴を連れて、ニナとエリーはフロアに向かい、3人に手を振った一伽は、こっそりとバーに…ではなく、本当にトイレへと向かった。

「♪~」

 これぞ、という女の子をナンパできたわけではないが、ニナやエリーと騒ぐのは楽しいし、海晴は『かわいい女の子』ではないけれど、おもしろくていいヤツだから、今日は何だかすっごく楽しい。
 気付かぬうちに、一伽は鼻歌なんか歌っていた。

「ねぇ、ちょっと!」
「えっ!?」

 一伽がトイレに入ろうとしたところで、背後から肩を叩かれた。
 一瞬、間違えて女子トイレに入ろうとしてる!? と焦ったが、表示を見れば確かに男性用のトイレで、単に呼び止められただけだと分かった一伽が振り返ると、そこにいたのはリコだった。



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暴君王子のおっしゃることには! (96)


 リコは、侑仁と一緒なのでは? と思ったが、そばに侑仁の姿はない。トイレに行っているのを待っているのだろうか。
 しかしそうだとしても、彼女が一伽に声を掛ける理由がよく分からない。

「え…何?」

 リコの表情が、苛立ちを隠していない雰囲気だったので、一伽は少し警戒しつつ、尋ね直す。先ほど海晴と、女の子は怖いね、という話をしたばかりなので。

「アンタ、ホント何なの?」
「は?」

 えーっと…。
 何だろう。よく分からないけれど、何か恨まれてる系?

 一伽は男の顔を覚えないことにかけては天下一品なので、前に会っても忘れていることは多々あるが、女の子に関しては、そういうことはほぼない。
 リコと会ったのは、正真正銘、今日が初めてだ。
 なのに、どうして一伽は今、リコに絡まれているんだろう。

「アンタ、侑仁の何なの?」
「え、侑仁の? 何が?」

 何でいきなり侑仁の名前が? と一伽は本気で分からなくて不思議がっているのに、その様子がリコには、一伽が惚けているように映ったらしく、さらに表情を険しくする。
 一伽は、女の子相手の経験値は結構高いから、女の子の扱いは苦手ではないけれど、さすがに、会ったときにすでに理由不明で怒っている女の子は、どう対処したらいいか分からない。

「えと…ゴメン、何?」
「何じゃないわよ!」
「え、」

 いつもだったら、こんなふうにいきなり突っ掛られたらキレているところだけれど、今は下手に逆らわないほうがよさそうな雰囲気なので、とりあえず大人しくしている。
 というか、先ほど侑仁と一緒にいるところを見たときは、結構かわい子ぶっていたけれど、わりとキツイ性格なんですね。

「ねぇ、どういうつもりなの? 何で侑仁と一緒に来るのよ。アンタが侑仁と一緒にいたんでしょ? 何なの? アンタのせいで、最近全然侑仁に会えないんだけど! しかもせっかく会えても、今日だって侑仁、アンタのこと気にしてばっかだし!」
「え? え?」

 一気に捲し立てられて、口を挟む隙もなかったのだが、言われたことを頭の中で整理してみると、要は、自分が侑仁の彼女になれないのは一伽のせいだ、と言いたいらしい。
 しかも、最近侑仁と会えないことすら一伽のせいらしい。

 いや…確かに一伽は結構しょっちゅう侑仁の家には行っているけれど、侑仁がリコと会うのをやめさせてまでに会ったことはないし、侑仁が彼女を作るのを妨害したこともない。
 リコと今日初めて会った一伽は、リコが侑仁の彼女になりたがっていることだって、今さっき知ったばかりなのに……

(何でこんなに恨まれなきゃなんないの~~~~!!!???)

 一伽はあまりにもビックリしすぎて言葉に詰まり、何も言い返せなくなってしまった。
 しかしそうしている間にも、リコは思いの丈を一伽にぶちまけてくる。

「え、あの、ちょっ…」

 さっきまでは、別に自分が悪くなくてもとりあえず謝っとこう的な気持ちでいた一伽だったが(普段は、自分が悪くたって謝らない子なのに…)、これは謝るにしたって、ちゃんと誤解を解いておかないと…と思うのだが、それにしても、取り付く島がさっぱりない。

「あ、あの、リコちゃ…」
「もう侑仁に近付かないで!」

 何とか弁解せねば…と、一伽が口を開いたのと同時、リコがビシッとそう言い捨てて背を向けたので、一伽はもうそれ以上、何か言うことが出来なくなってしまった。

「………………」

 一伽は、リコを追い掛けなかった。
 呆然と立ち尽くす一伽の横を、トイレから出て来たごつい感じの男が邪魔そうに通り抜けて行く。

「別に…、俺、何もしてないもん」

 侑仁の家には確かによく行っているけれど、侑仁が無理ていう日には行かないし、遊びに行くのを邪魔立てしたこともない。
 今日だって、侑仁と一緒にこのクラブに来たのは、海晴が一緒に来てもいいと言ってくれたからで、別に侑仁がリコと会うのを邪魔したかったからじゃない。
 侑仁が一伽のことを気にしてばっかりだと言われたって、…そんなの知らない。一伽は何もしてない。

「俺…悪くないもん」

 楽しかった気持ちが急にシュンと萎んで、一伽はトイレの後、フロアに戻るのはやめて、そのままクラブを後にした。



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暴君王子のおっしゃることには! (97)


一伽 と 志信

 この状況は一体何なのか……志信はどんなに考えても理解することが出来なかった。

 閉店後、いつも限りなくだらけた感じで後片付けをしては、店長である航平に突っ込まれまくっている一伽が、今日は黙々とモップ掛けをし、普段の半分くらいの時間で終わらせた。
 そんな一伽に航平も志信も呆然となったのだが、まぁそれが本来のあるまじき姿であるから、余計なことは言わず、一伽を見守った。

 そこまではいい。
 何に邪魔されることなくオンラインの仕事を終えた志信が、店を出て駅に向かって歩き出したら、なぜかその後を一伽が付いて来たのだ。
 一伽の家がどこにあるかは知らないが、もしかして帰る方向が同じなんだろうか…と思って振り返ったら、一伽が当然の表情で、『今日、志信んち行くから』とのたまったのである。

 行ってもいい? ではない。
 行くから――――勝手に決め付けられた。

 確かに今夜は特に用事もなく、まっすぐ帰るつもりだったからいいけれど、以前一伽は、志信の家に行くのは絶対に嫌だと言っていたくせに、一体何の風の吹き回しだ。
 ちっともまったくいい予感がしない――――そう思った志信の直感は、1ミリたりとも外れていなかった。

 途中のコンビニで、ビールの6本パックとお菓子とおつまみみたいのを買い込んだ一伽は、志信の家に来ると、一直線にエアコンのもとへと駆け寄って、勝手にスイッチを入れ、

「んぁ~~~~涼しい~~~」

 …今に至る。

(何でこんなことに…)

 もう何度目になるか、志信は考えてみるが、やはりどうしても理解できない。
 しかしその元凶である一伽は、エアコンの冷気を体いっぱいに浴び、汗が引いたところで、「わーい」とソファに飛び乗って寛ぎまくっているから、まったく、考えるのを放棄したくなる。
 とにかく、どうして標的を志信にしたかは知らないが、一伽の今夜の憩いの場は志信家に決定したようだ。

「てかさぁ、お前、オタクのくせに、アレねぇのな。あの、フィギュアとか」
「(オタクのくせに、て…)あるよ、向こうの部屋」
「あんの!? フィギュア!? 美少女的な!? 萌え~てすんの!? 見たい!!」
「……」

 何となく偏見に満ちた一伽の言葉に、志信は口を噤む。
 絶対に興味なんかないくせに。

「見てもいいけど、壊したら弁償してね」
「、」

 寝転がった状態から、勢いを付けて起き上がろうとしてた一伽は、志信の一言に、中途半端な体勢でピタリと動きを止め、ゆっくりと志信のほうに視線を向けた。
 そんな一伽に気付かぬふりで、志信は缶ビールに口を付けた。先ほど『お前も飲め』と、一伽が無理やり渡したものだ。

「ケッ、別に見たくねぇよ、そんなもん!」

 むすぅ、と分かりやすく拗ねた一伽は、負け惜しみみたいなことを言って、ソファに体を戻した。
 物の扱い方が雑なほうだということを、一伽自身、分かっているらしい。

「つかさぁ、お前、今、向こうの部屋っつったよな?」
「言ったけど? 何?」

 買って来たお菓子をバリバリと頬張りながら、一伽は嫌そうに志信を見た(ソファに、お菓子のクズが零れてるんですけど…)。

「お前一人暮らしだろ?」
「そうだけど」
「何でこんなトコ住めるわけ? 俺ら、おんなじトコで仕事してるよな? おんなじ給料貰ってるよな? なのに何で? お前、航平くんに何してやってんの?」
「…何もしてないけど」

 とんでもない質問をぶつける一伽に、志信は眉を寄せる。
 何してやってる…て、一体どういう意味で言っているんだろうか、一伽は。



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暴君王子のおっしゃることには! (98)


 志信だって、一伽が同じく吸血鬼の雪乃と同居しているのは知っているし、この猛暑の中、エアコンのない部屋での生活を余儀なくされているのも知っている。
 同じ給料を貰っているはずの志信が、自分よりもいい部屋で一人暮らしをしていたら、何かしらを疑いたくなり気持ちも、分からないではないが、それにしても…。

 大体、当たり前だが志信は、航平に何の便宜も図ったことはない。
 一伽の給料を知らないので比べられないが、もし差があるとすれば、志信のほうが早く就職したので、その分くらいかと。

(まぁ…、航平くんが、後片付けに対する働きぶりを給料に反映させてたら別だけど)

 閉店後の一伽のだらけっぷりを見ていたら、航平だって1度ならず思ったことはあるかもしれないが、航平は一伽が言うほど『横暴な店長』ではないから、本当にそんなことをしたことはないだろう。
 志信が思うに、やはり普段の金の使い方の問題では…。

「みんな、いいトコ住んでやがんなぁ、チクショウ!」
「みんなって?」
「侑仁とか」
「侑仁…て、あの、一伽くんが血吸っちゃった男の人?」
「そうそう」

 一伽が生まれて初めて男の血を吸った、その相手が侑仁だ。
 エアコンはあるし、いざというときたくさん血を吸えそうだから…と、一伽は侑仁の家に押し掛けるべく、何を尽くしてやったらいいか、志信や航平に詰め寄って来たのは記憶に新しい。

「アイツさぁ、めっちゃいいトコ住んでんの! だからぜってぇセレブだと思うのに、違ぇて言うし!」
「何してる人?」
「リーマンだって。ま、俺は信じてないけどね!」
「何で」

 なぜかきっぱり言い切る一伽に、志信は呆れながら苦笑する。
 志信は侑仁に会ったことがないので、その人となりは知らないが、わざわざ一伽に職業をごまかして言う理由もないから、やはり普通にサラリーマンなのだろう。

「だってホストみたいだよ、侑仁。でも夜家にいるってことは、やっぱ違うのかな」
「だろうね。リーマンたって、稼いでる人は稼いでるし。その侑仁さんだって、そうなんじゃない?」
「でも俺、アイツのスーツ姿、見たことない」
「いや一伽くん、侑仁さんの家に行くんでしょ? 仕事場じゃなくて。家に帰ってきたら、スーツなんか脱ぐじゃん? 普通」

 志信の言うことは尤もなのに、一伽はいまいち納得できないらしく、「うぅ~ん」と唸りながら、2本目の缶を開けた。
 それにしても、一伽がお酒強いのは知っているけれど、ちょっとペースが速いのでは…?

「だってさ、俺がさ、『じゃあスーツ着たトコ見せてみろ』て言っても、面倒くせぇとか言って、着ないんだぜ? 怪しくない!?」
「怪しくはないでしょ、そんなの本気で面倒くさいじゃん」
「そうかぁ? 面倒くさい? でも侑仁、自分でご飯作ったりすんだよ? そのほうが面倒くさくない?」
「いや…」

 その比較って、ちょっと…。
 外食や出来合いのものを買ってくるという手段もあるが、食べなければ生きていけない以上、面倒くさくたって自炊はあり得るけれど、『スーツ姿を見てみたい』というリクエストに応えて、家でわざわざスーツに着替えるなんて、面倒くさいうえに意味がなさすぎる。

「でも、俺だって自炊するけど、慣れたら別に面倒じゃないよ?」
「マジで~? 志信もパスタ茹でたりすんの? 侑仁さぁ、自分でタレ……タレ? あ、ソースか。ソースも自分で作るんだよ? レトルトのじゃなくて」
「へぇ、すごいね」

 それには志信も、純粋に感動する。
 自炊するとはいえ、誰かのために作ってあげるのでもなければ、志信だったら、パスタのソースは出来合いのものを買ってくるけど。



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暴君王子のおっしゃることには! (99)


「で、ムカつくことに、それが結構うまいの」
「ムカつかないでしょ、それは別に。てか、一伽くん、侑仁さんのメシ食ったことあんだ?」
「うん。侑仁ち泊まったとき食った」
「泊まったの?」
「泊まる気はなかったんだけど、酔っ払って潰れちゃって、目が覚めたら侑仁ちにいたの」

 航平の奢りでクラブに行ったとき侑仁と再会したのだが、ニナやエリーたちと楽しく飲んでいたなぁ…と思ったら、次に気が付いたときには、侑仁の家のベッドで寝ていたのだ。
 後から聞いたら、酔い潰れた一伽を侑仁が連れて帰ってくれたらしいのだが。
 まぁ、そこからの流れで、一伽は侑仁の家に行くようになり、その後も何度か侑仁の作ったご飯は食べている。

「だからかなぁ、侑仁の家、台所もデカい」
「そうなんだ。料理するなら、もったいなくなくて、いいんじゃない?」
「つかさ、笑えんだよ? 侑仁てタバコ吸う人なんだけどね、自分ちなのに、台所でタバコ吸うの! 友だちとかで、匂い嫌がる人がいるからとか言って。自分ちなのに、変なの!」
「そうだね」

 ソファの上を転がりながら、一伽は楽しげに笑っている。
 仕事柄、営業時間中にはもちろん笑顔を見せるが、一伽がこんなに楽しそうに笑っている姿を見るのは、志信は実はあまりない。
 航平と言い合って騒いでいるイメージが強いからか、志信は本気で、一伽って何か心から楽しいと思うこととかあるんだろうか、と密かに思っていたくらいなのに。

「でもタバコって何がいいの? 吸ってる人って、何かみんなうまそうにしてるじゃん? 俺、ためしに侑仁から1本貰って吸ってみたけど、全然うまくなかったよ?」
「俺も吸わないから分かんないけど…、吸う人にしたらやっぱうまいんじゃない? 俺、血なんか舐めたってうまいとは思わないけど、一伽くんはうまいんでしょ? それと同じじゃない?」
「ひゃはは、それ、同じこと侑仁にも言われた!」

 一伽の場合、それが主食だから、タバコなどの嗜好品のうまいマズイと比べるのもおかしいかもしれないが、しかし一伽は、志信の言葉に大層ウケている。
 侑仁と同じことを言われたのが、そんなにおもしいのだろうか。

「血はねぇ~、やっぱうまいよ~」
「何急に、しみじみと」
「毎日誰か探して吸血すんの面倒くせぇけど、血吸ってるときは、俺ホント、吸血鬼でよかったなぁ~、て思うもん」
「へぇ」

 そのわりには、飲酒量は多いし、血以外の、人間が食べるような食事も結構食べているし、そのたびにうまかったと言っている気がしないでもないが…。

「やっぱりね~、女の子の血がいい、俺」
「あ、そう。一伽くん、女の子大好きだもんね」
「うん。俺マジ、男の血なんて侑仁からしか吸ったことないもん。あ、前にユキちゃんの血は吸ったか。でも、俺も何回もユキちゃんに血吸わせてるし、お互い様だよね~」

 一伽はへらへら笑いながら、3本目の缶に手を伸ばした。
 本当のところ、志信はビール派ではないので、一伽が飲んでくれて構わないのだが(もともと一伽が買ったものだし)、しかしこの缶ビール、志信の家に押し掛けるお礼のつもりだったんじゃ?

 それはそうと。

「一伽くんて、ホントにその侑仁さんのことが好きなんだねぇ」

 コンビニで買ったサラダをつまみながら、志信が思っていたことを素直に口にした――――途端、缶を開けようとしていた一伽の手がピタッと止まり、「…はぁ?」と、ひどく怪訝そうな視線が志信に向けられた。

「何言ってんの、お前。酔った?」

 …まだ缶ビール、1本も空けてないけど。
 でも弱い人は、コップに1杯も飲まなくたって、酔っ払うらしいし。

 志信が酔っ払って、こんなわけの分からないことを言い出したのなら、まぁ今日のところは許してやろう(でも2度目はない)……と一伽は思ったのだが、志信はあっさりと「酔っ払うほど飲んでないよ」なんて言う。



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暴君王子のおっしゃることには! (100)


「じゃあ何言ってんの?」

 のそのそと起き上がった一伽は、眉間にギュウと皺を寄せて、嫌そうに志信を睨み付ける。
 しかし、分かっているのかいないのか、志信は平然としていて、一伽にしたら、それがまたおもしろくない。

「だって一伽くん、さっきから侑仁さんの話ばっかじゃん」
「んなことねぇよ」
「え、気付いてなかったの? 無自覚?」
「だから違ぇつってんだろ。てか、他に共通の話題ねぇんだから、そうなんだろ!」

 志信は大概空気は読めないうえに、一伽も地雷があちこちに埋まっているので、この2人の組み合わせは、時々とんでもない大爆発を起こす。今がまさにそのときだ。
 一伽が『んなことねぇよ』と言ったとき、嘘でも、『やっぱり俺の間違いだった』とか言って謝っておけばよかったものを、志信は火に油を注いでしまったから、大爆発のち大炎上、だ。

 …だが、ここで怯まないのが、志信でもある。

「でも俺、その侑仁さんに会ったことないし、どんな人かも全然知らないから、別に共通の話題でもないと思うんだけど」
「ッ…!」

 いや、怯むとか怯まないとかそれ以前に、志信は相手の怒りを感じ取るセンサーが、ぶっ壊れているだけなのかもしれない。
 嘘をついてまで謝るのが嫌なんだとしたら、せめて、もう余計なことは言わず、一言も喋らないでくれたらよかったのに、そんなことの出来る志信ではないので、結局大炎上は大延焼だ。

「うるせぇっ! じゃあお前、俺にお前のオタク話、聞けつーのかよっ!」
「や、そうじゃないけど」

 怒り心頭でギャーギャー喚き散らす一伽は、わりと理不尽なことを言い放っている(志信は確かに生粋のオタクだけれど、一伽が想像しているような『オタク話』しか出来ないわけではないのに)。
 しかし、そこまで言われたら、志信も怒ったって逆ギレとは言われないだろうに、怒りの沸点が高い志信は、一伽にどんなに怒鳴られてもヘラッとしていて、それがまた、一伽の怒りを誘う。

「何で俺が侑仁のこと好きとかなんだよ、このバカがっ!」
「えー、だって、…………」

 まだ何か反論しそうな志信を睨み付けてやったら、開き掛けた口を閉じて押し黙ったので、一伽は若干満足。
 まったく本当に志信ってバカなんだから!

 一伽は女の子大好きで、男のことは眼中にないけれど、別に男嫌いとかそういうんじゃないから、侑仁のことは全然嫌いじゃない。それは一伽も認める。
 でも、いちいち志信に何か言われなければならないほど、特別なわけじゃなくて、友だち、ていうか……何かそんなの。

「あ、でもさぁ」
「あぁん?」

 志信を黙らせて気が済んだ一伽は、ようやく3本目の缶を開けてソファに座り直したが、懲りない志信は再び口を開いた。

「侑仁さんは一伽くんのこと好きだよね」

 一伽が睨みを利かすより早く、やっぱり全然空気の読めていない志信は、またも爆弾を落とすのだ。
 しかし意外にも一伽は、『はぁ~!!??』と呆れて声を大きくすることも、『このバカが!』と暴言を吐くこともなく静かなままだ。いや、ポカンと口が開いているから、思考停止したのかもしれない。

「一伽くん?」
「……………………あー…………、何か一瞬旅立ってたわ、俺。何だって? よく聞こえなかった」

 聞こえなかったわけではないが、何だかよく分からなかったので、聞こえなかったということにして、一伽はもう1度聞き直した。
 一伽が聞いたのが、その言葉どおりの意味だとしたら、志信は何だかとんでもないことを言ったような気がするのだが。



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暴君王子のおっしゃることには! (101)


「ん? 侑仁さんて、一伽くんのこと大好きだよね。2人、相思相愛だね」

 志信は臆することなく、同じことを繰り返した。
 いや、同じことというか、『好きだよね』が『大好きだよね』にグレードアップした。しかも後半、アホなことを付け加えた。

「………………。えっと…。志信、とりあえず2発殴っていい?」
「え、何で2発!?」

 もちろん1発だって殴られたくはないけれど、どうしていきなり2発!?
 こういうのって普通、『1発殴らせろ!』とかでしょ、マンガのセリフでも!

「じゃあ1発殴らせて? もう1発は蹴りにするから」
「どうしても2発がいいんだね、一伽くん…」

 飽くまでも1発では足りないらしい一伽は、缶をテーブルに置いて、ソファから立ち上がった。
 あ、本気だ。

「とりあえず10秒待ってやっから、言い訳してみ?」
「内容次第では、1発に減らしてくれる?」
「あと5秒」

 志信にパンチを繰り出すべく、脇を締めてファイティングポーズを決める一伽は、志信の言い訳を聞いたところで、その鉄拳制裁を取り止めてくれるとは、とても思えない。
 しかし、言わなくても殴られるのなら、とりあえず思ったことを言っておこうか。時間がない。

「だって普通、初対面で襲い掛かってきた相手、いくら航平くんの友だちだからって、次会ったとき、酔い潰れたの泊めてくれなくない? 俺だったら、介抱すんのもヤダけど」
「……」
「まぁ100歩譲って、侑仁さんが、お店に迷惑掛けるの悪いとか思ってそうしたんだとして、でもその後、家に来たいて言われても、普通、断固拒否だと思うんだけど」

 だって、一伽のこの性格だ。
 最初の襲撃だって、絶対に悪いとは思っていないだろうし、その後、酔い潰れたのを家に泊めてもらい、翌朝、風呂とご飯と洋服の世話までしてもらったのも、特に感謝するでもなく、簡単にサラッと流しているに違いない。

 初対面でいきなり襲ってきたのを、本当にやむなくだったのだと侑仁が納得し、一伽のことを許したのだとしても、2度目の出会いであんな仕打ちを受けたら、それから先、そうそう一伽のことを受け入れる気にはならないと思う。
 まぁ少なくとも、進んで家に招き入れたくはない。

 なのに侑仁は、一伽の言っていた『尽くす』が、結局ビールとかの手土産を持ってくるくらいで、他に何もしていないにもかかわらず、気軽に一伽を家に呼んでいるのだ。
 これはもう、『好きだから』としか考えられない。

「違ぇよ、侑仁は別に俺のことだけが好きなわけじゃないもん」

 そりゃ一伽だって、人に嫌われるよりは好かれているほうがいいから、侑仁が一伽のこと好きなの、別に嫌ではないけれど、志信の言い方じゃ、『一伽のことだけが特別』みたいな感じがする。別にそんなんじゃないのに。
 とりあえず志信を殴るのは後回しにして、そこのところはちゃんと説明しておこう。

「侑仁はね、1人でいんのが嫌いなの。寂しいんだって。だから別に、俺じゃなくたっていいんだよ。だって侑仁、夜、結構しょっちゅう遊びに行ってるし」

 最初のこととか、酔っ払って迷惑掛けちゃったこととか、嫌われても不思議はないけれど、幸いにもそうはならず、侑仁は一伽のことを受け入れてくれる。
 だからって別に、一伽のことだけが特別なわけじゃない。だって、一伽が侑仁の家に行こうとした日に、友だちとメシ食ってて帰ってないとか、そんなことだっていっぱいあったし。
 一伽は、侑仁の友だちの1人に過ぎないのだ。

「いや、一伽くんにそんだけひどい目に遭わされてんのに、嫌いになってない時点で、一伽くんのことが特別だよ」
「ひどい目て何だよ! 俺が何したってんだよ!」
「え…、…………」

 志信は先ほどのように、思わず『自覚ないの?』と言いそうになったが、言ったら確実に殴られるのが分かったので、そこは空気を読んで、何とか押し黙った。



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暴君王子のおっしゃることには! (102)


 しかし、それにしても一伽のこの無自覚は…。
 本気で自分は、侑仁に何の迷惑も掛けていないと思っているのだろうか。

 そんな一伽を普通に受け入れている侑仁て……これで一伽だけが特別じゃないなんて、もしかして侑仁の友人はみんな、一伽のような性格をしているのだろうか。だから、こんな一伽でも全然気にならないとか?

(いやいやいやいや、それはない、それはない。こんな特殊な性格、そういないってば)

 志信は何とか自分を納得させようと、尤もらしい想像をしてみたが、やはりどうしても無理があった。
 こんな性格の持ち主、世界中探したって、そうそう見つけ出せない。

 いや、志信だって、まぁ時々イラッと来ることはあっても、基本的に一伽のことは嫌いではない。
 だがそれは、仕事場で会うのと、たまに食事に行ったりするくらいの付き合いだからで、侑仁が受けたのと同じ目に遭わされていたら、絶対に家に上げはしない。

「ったく、ホントにバカなんだから。かわいそうだから、殴るのは勘弁してやるよ」

 一伽はお得意の上から目線でそう言って、よじよじとソファに上ると、寝そべってビールを煽りつつ、お菓子を食べ始めた。

(…俺だったら、この時点で次はないけど)

 いくら同じ職場で働く同僚とはいえ、今日初めてやって来た家で、よくもまぁここまで寛げたものだと、志信は思う。だらしないし、お菓子のクズは零れているし、最悪。
 もう絶対、家になんか上げない。

 なのに侑仁は、拒むことなく一伽を家に上げているなんて、心が広いにしたって広すぎる…と、志信は、まだ会ったこともない侑仁のことを、会ったことがないまま、尊敬してしまいそうになる。

(てか、一伽くんだって、侑仁さんちのほうが居心地いいみたいだし、わざわざ俺んち来なくても…)

 先ほどの一伽の話では、侑仁の家に行けないことはしばしばあるようだったが、今までそういうとき、1度だって志信の家に来たことなんかないのに、今日に限ってどうして。
 だって一伽は、志信の家なんか絶対にイヤだとか言っていた人だ。

「ねぇねぇ一伽くん、何で今日、俺んち来たの?」

 気になったら、たとえ相手が一伽でも、遠慮することなく尋ねるのが、良くも悪くも志信だ。先ほどあれだけ一伽の機嫌を損ねたにも関わらず、平気な顔して口を開いた。
 もちろん一伽は、『は?』という顔で、志信を見遣る。

「…来たら悪ぃのかよ」
「いいとか悪いとかじゃなくて。何でかな、て思って」

 一伽に家に押し掛けられたらこんなになるんだ、て知ってたら、もちろん『来たらダメ』と言っただろうけど、今日のところは今さらなので、もう言わない。
 それよりも、どうしてなのかが知りたかった。

「別にいいじゃん。そういう気分だったんだよ」
「だって前、俺んちなんか絶対ヤダ、て言ってなかった?」
「ッ、前は前だろ! 何だよ、もうっ!」

 一伽は癇癪を起こしたように声を大きくして、ソファから起き上がった。
 単に今日、侑仁の都合が悪くて、他の誰か、一伽を家に上げてくれる人も見つからなかったというなら、そんなに怒らなくたって、そう言えばいいだけなのに、こんな反応するなんて。

「侑仁さんと何かあったの?」
「はぁっ? 何で侑仁と何かあったら、お前んち来なきゃなんねぇんだよっ!」

 相変わらず余計なことを付け加えては、一伽を苛立たせてしまう志信は、今日何度目になるか、再び一伽に怒鳴られてしまった。



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暴君王子のおっしゃることには! (103)


 しかし、やっぱり怯まないのが志信だ。

「だって、俺んちはヤダとか言ってたのに、わざわざ来るなんて、何かあったのかな、て思うじゃん」
「いーだろ別にっ! 涼しいトコで寛ぎたかったのっ! 俺はっ! お前んちだってエアコンあんじゃん!」
「そういうこと? 今日侑仁さんの都合が悪かったの? だったらそう言えばいいじゃ~ん…。そんなに怒んないでよぉ~」
「お前が変なこと言うからだろっ!」
「変なことて? 侑仁さんと何かあったか、てこと? え、一伽くん、侑仁さんと何かあったの?」
「ねぇよっ!」

 …基本的に一伽は、嘘が下手だと思う。
 傲慢で天邪鬼で傍若無人だが、意外なところで素直…というか、自分を隠せない。
 今だって、同じ答えでも、もっと普通に返せば志信だって信じただろうに、これだけ大げさに反応されたら、侑仁と何かあったのがバレバレだ。

「ねぇ一伽くん。侑仁さんと何があったのか知らないけど、これからも、侑仁さんと何かあるたびに俺んちに来るとか言わないでよ~?」
「、」

 それだけは切に願う…と志信は、言わなければ絶対に伝わらないであろう思いを打ち明け、ビールに口を付けた。
 ビールは少しぬるくなりかけていて、志信はそんなビールに気を取られていたから、全然気が付かなかった――――一伽が、人をも殺せそうな目力で、志信を睨み付けたことに。

「………………志信、てめぇ…」
「はぇ? ――――ブッ!」

 一伽の低い声に顔を上げた瞬間、ドスッ! と志信の胸に何かがぶち当たって、それが一伽の投げた缶ビール(開封済み、中身入り)だと分かったときには、もうすでに志信の着ていたシャツはビールに濡れていた。
 しかも、缶はテーブルを挟んだ向かいから投げられたから、当然テーブルの上にも、床にもビールが飛び散っていて、あーもうっ! という状態だ。

 しかし、確実にそれどころではない。
 わりとのんびりした性格で、冷静なタチの志信ですら、この状況はヤバイ! と焦っているくらい、それどころではない。

 一伽の怒りが、冗談でなく、半端でない。

「何抜かしてやがるっバカ志信!! 死ねよ、このヤロウっ!」
「一伽くんお願い落ち着いて」
「さっきから聞いてりゃ、好き勝手なこと抜かしやがってっ! 再起不能にしてやるっ!」

 テーブルを殴りつけ、志信のほうに身を乗り出した一伽は、身軽だし、もともと行儀のいいほうではないから、このままテーブルを乗り越えて、志信に殴り掛かってきそうだ。

 ヤバい。
 さっきは2発とか言われたけれど、確実にそれよりたくさん殴られる。

 志信もやっぱり殴られたくはないので、こういう場合、どうしたらいいかを考える――――と、方法は1つしかないのは、明白だった。

「ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい」

 とりあえず、謝る。
 先ほどはうまく出来なかったが、一伽を鎮めるには、これに限る。

 志信は、ビールでびしょびしょのままにもかかわらず、床に額を擦り付けて土下座した。
 何とも安い土下座だ。

「…………。チッ、また同じこと言ったら、次はねぇかんなっ!」

 どうやら志信の安い土下座作戦は成功したらしく、一伽は盛大な舌打ちをした後、志信を殴ることも蹴っ飛ばすこともせず、ドカドカトうるさく玄関に向かい、嵐のごとく去っていった。
 というか、『次はない』は、志信が言おうと思っていた言葉だったのに。

「これ、訴えたら、確実に俺、勝てるよねぇ~…」

 ようや体を起こした志信は、荒れ果てた室内を見渡し、遠い目をした。



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暴君王子のおっしゃることには! (104)


一伽

 まったく、最悪だ。

 初めて行った志信の家は、広くて涼しくて快適だったけれど、志信はバカなことばっかり言うし、話は噛み合わないし、すっごくイライラして、全然寛げなかった。
 侑仁の家だったら、こんなことないのに。

「バカ志信! も~~~~~ホンット、バカバカバカバカバカ!」

 志信の家を出た後、コウモリ姿に変身して家路を急ぐ一伽は、空を飛びながら、器用にジタバタと暴れた。むしゃくしゃして、ジッとしていられないのだ。

「バカ! 死ね! うわ危ねっ!」

 一伽はコウモリ姿のまま、誰もいない前に志信がいると想像してパンチを繰り出したが、コウモリは羽と手が一緒だから、バランスを崩して、地面に落ちそうになる。
 それはまったく自分のせいなのだが、坊主憎けりゃの世界で、それすらも志信が悪い気になってくるから不思議だ。

「あーもうムカつく!」

 何であんなヤツのために、ビール買ってったんだろう。すごい損した気分。
 やっぱり男の家になんか行くもんじゃない。侑仁の家が快適だったから、ちょっと勘違いしていた。これからは、暑くたってまっすぐ帰ろう(もしくは女の子のところ)。
 だって一伽は、もう侑仁の家に行かないことにしたから、他に行くところがないのだ。

 ちなみに、志信はバカだから分かっていなかったけれど、一伽が侑仁の家に行かないことにしたのは、もちろん侑仁との間に何かがあったからではない。
 ニナが言うところの『侑仁の彼女になりたがっている1号』であるリコに、もう侑仁に近付かないで! と言われたから、やっぱ行かないほうがいいかなぁ…と思ったのだ。

 一伽は別に、リコの恋路の邪魔をしたくて侑仁の家に行っていたわけではないけれど、そういうことなら、もう行かないことにする。
 リコは全然一伽の好みのタイプではないけれど、やっぱり女の子は女の子だから、一伽はちゃんと、リコのことを優先してあげるのだ。

「なのに、志信のヤツってば!」

 侑仁の家に行けないなら、代わりとなる誰かがいるかな、と思って、志信の家に行ってみたけれど、結局このザマだ。
 あー本当にムカつく!

 こうなったら、航平の家にでも行ってみようか。
 給料上げるか、家に上げるか、どっちがいいか、て。

 ……………………。

(…いや。いやいやいやいや、航平くんちはないな)

 前に1度、航平の家に行かせてくれと言ったことはあるが、よくよく考えたら、やっぱり航平の家はない。
 志信なんて何か簡単に言うこと聞きそうだし、どうとでもなりそうだけれど、航平相手では絶対に自分の思うようにならないし、寛げる気もさっぱりしない。

(やっぱり自分ちか…)

 今さら女の子に連絡するのも、ナンパするのも面倒くさいから、今日のところはもう帰ろう。
 そして、雪乃をおちょくって気を晴らそう。

「…ぅ?」

 雪乃にしたら迷惑でしかないことを思いながら、一伽がのん気に羽ばたいていたら、ポツン…と頬に雨粒が当たった。今日も1日よく晴れて暑かったけれど、いつの間にか雲が広がっていたらしい。
 しかし、雨が降って涼しくなるのはいいけれど、濡れるのはイヤ…と、一伽が家路を急ごうと思ったのも束の間、雨足が強まってきて焦る。

「ひぅ…」

 ポツポツだった雨がバシャバシャに変わり、その雨の勢いに押され、一伽の小さな体は、ガクッと高度を下げた。
 羽を動かすのが重たい。



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暴君王子のおっしゃることには! (105)


「ううぅ~~~~」

 前が見えない。
 いきなりこんな降り方になるなんて、もしかして、これが流行りのゲリラ豪雨てヤツ?
 と…飛べない…。

「に゛ゃ!?」

 人間だって、歩くのがやっとという降り方だ。コウモリの姿で飛ぶには限界がある。
 それでもがんばって前に進んでいたのだが、視界不良すぎて目の前の電柱に気付かず、一伽はそのまま電柱に激突した。

「にぃ~…」

 豪雨のせいでゆっくりとしか飛べずにいたのが幸いして、ぶつかったことの体への衝撃は少なかったが、予想だにしない出来事に驚いた一伽は、ふらふらと地面へと落下した。
 さらに悪いことに、道路がすでに冠水し始めていたことで、落下した一伽は、道路の端に集まって流れていた雨水に飲み込まれてしまった。

「うわっぷ! ッ、ん~~~! ぷはっ!」

 人間なら、靴が水浸しになるくらいで済む深さなのだが、小さな今の体は、あっという間に流されてしまう。
 水の中をゴロンゴロンと何回か回転したところで、一伽は運良く歩道のブロックの継ぎ目のところに手を引っ掛け、水の中から顔を出すことが出来た。

「はぁっ…はぁっ」

 水の勢いに負けそうになりながらも、その先にグレーチングが見えて、このまま流れていったら側溝に落ちる…! と一伽は、必死に歩道まで這い上がった。
 ひとまず、雨が凌げるところに移動しなければ――――そう思って、雨の避けられるビルの軒下に向かった一伽だったが。

「ギャッ!」

 雨がすごくて飛び立てずにヨタヨタと歩いていたら、通り過ぎる車が撥ね上げた雨水が、思い切り浴びせ掛けられた。

「うぅ…ひどい…」

 とっくの昔にずぶ濡れになっていたから、水が掛かったことに怒りはしないけれど、こういう目に遭うと、自分の存在が全然気付かれていない感じがして切ない。
 吸血鬼だって、同じ地球の上で暮らす生き物なのに。

「ふ…ぅ、」

 ようやくビルの軒下に避難した一伽は、安堵の溜め息をついた。
 早く帰ろうと思ったけれど、雨がもう少し落ち着かないことには、飛び立ってもまた落っこちそうだから、仕方がない、しばらくはここにいよう。

 けれど、一伽の災難は続いた。

「ヒッ…」

 この激しい雨に、町行く人も先を急ぐことに気を取られ、周囲への注意力が薄れているのか、小さなコウモリはその存在を気付いてもらえず、一伽のすぐそばを人の足がバタバタと過ぎていくのだ。
 あと数センチというところで、踏み潰される危機を逃れてはいるが、このままでは、いつ人間の足の下敷きになってもおかしくはない。

 一伽は気力を振り絞って飛び上がると、軒先の、かろうじて雨の当たらないところにぶら下がった。コウモリなので、逆さにぶら下がることは苦でないのだが、今は体力が消耗しているので、結構大変…。
 いっそ、人間の姿に戻って、電車とかで帰ったほうがいいんだろうか。でも今人間に戻ったって、ビショビショのドロドロだし、この雨でもし電車が止まっていたら、ますます帰る術がなくなってしまう。

(雨、全然止みそうもない…)

 もしかしたら、一晩中降り続くかもしれない。
 そうしたら一伽は、朝までここにぶら下がっていないといけないわけ?

(さすがにそれは無理…)

 そんな耐久レースのような真似、出来るはずもないし、やりたくもない。
 とすれば、一伽に残された道は1つしかない――――今、がんばって家まで飛んでいく。

「よしっ」

 さっきよりはほんの少しだけ、雨足が弱まった気がしないでもないから(多分気のせいだけれど、自分にそう言い聞かせた)、今のうちに飛び立とう。
 大丈夫、一伽は強い子だから。

 そして小さなコウモリの一伽は、土砂降りの雨の中を、再び飛び立っていった。



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暴君王子のおっしゃることには! (106)


一伽 と 雪乃

 いっちゃん遅い…と、何度目か、雪乃が窓の外を眺めたときだった。
 激しい雨の音に紛れて、玄関のチャイムが鳴った。

「え…?」

 この雨の中、わざわざこの家を訪ねてくる人間など、果たしているだろうか。
 そう考えたらちょっと怖くなって、雪乃は身を竦めつつ、息を殺した。

(これで玄関開けたら誰もいないとか、ずぶ濡れの髪の長い女の人が立ってるとかだったら、ちょっとしたホラーだよね…)

 雪乃は怖がりだから、そういう映画が公開されても見には行かないけれど、テレビで予告とか宣伝とかでたまに、チラッとだけ見たことはある。
 今は、何となくその状況を思い起こさせた。

(もぉいっちゃん…、何でこんなときに帰ってこないの~!?)

 誰かの家に行ったきり、雨がすごくて帰って来れないだけかもしれないし、いつもだったら連絡なしに帰って来ないこともあるけれど、今日は心配なのと怖いので、帰って来ない一伽につい文句を言ってしまう。

「ヒッ…」

 先ほどのチャイムは、やっぱり気のせいだった…と雪乃が思い込もうとした矢先、再びチャイムが鳴った。
 やはり、誰かがこの家のチャイムを鳴らしている。

「……」

 雪乃はビクビクしながら、そぉーっと玄関に向かった。
 こういうとき、一伽がいてくれたら気が楽なのに(一伽の神経は、ナイロンザイル並みだから)。

「誰…? ――――ッ…!?」

 雪乃が息を詰めてドアスコープを覗くと、そこには、雪乃が先ほどホラーだよね…と思った状況ーーーーずぶ濡れの髪の長い女……ではなく、ずぶ濡れの髪の短い男がいた――――が。

「いっちゃん!?」

 そこにいたのは、ずぶ濡れはずぶ濡れだが、着ている服が今朝一伽が着替えていたものと同じで、背格好も一伽によく似た男。というか、やっぱり一伽だ。
 一伽は鍵を持っているはずなのに、わざわざチャイムを鳴らすなんて……でもビショビショだし、何か事情があるのだろう。

「いっちゃん、お帰り…?」

 そう思って、雪乃がドアを開けて声を掛けても、一伽は俯いたまま顔を上げない。
 もちろん1歩を踏み出して、中に入ろうともしない。

「いっちゃん? どうしたの? 中入ろ?」

 俯いたままの一伽の顔を覗き込めば、顔も服も泥で汚れている。
 掴んだ一伽の手が冷たくて、まだまだ寝苦しい真夏の夜だけれど、雨に濡れた一伽の体が冷えているのだと分かり、雪乃は早く何とかしてあげたくて、一伽の手を引いた。
 一伽が1, 2歩足を進め、その背後でドアがバタンと閉まった、その途端。

「うぅ……うわぁーーーんっ!!」
「え、ちょっ、いっちゃん!?」

 突如、一伽がボロボロと涙を零して泣き出した。
 雪乃は、正真正銘、出会ってから初めて一伽が泣いているところを見たので(嘘泣きなら何度もある)、動揺は隠せないが、今はそれどころではない。

「ちょっ待っ…タオル持ってくるから…!」

 雪乃はバタバタと中に駆け込んで、しまってあるバスタオルを引っ掴むと、急いで一伽のもとに戻ってきたが、その間も、一伽はワンワンと泣きじゃくっている。
 こんなところで服を脱がせるわけにはいかないので、とりあえず一伽の体を頭からバスタオルで包み込んで、服の上からだが、丁寧に拭いてやる。



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暴君王子のおっしゃることには! (107)


「いっちゃん、寒くない? お風呂入ろうね?」
「うぅー…」

 暑いからって、一伽は夏になるとシャワーだけで済ませてしまう人なんだけれど、雪乃はお風呂大好きだから、こんな真夏の夜だって、お風呂はちゃんと沸いているのだ。
 一伽の泣き方が少し落ち着いてきたところで声を掛ければ、一伽はコクリと頷いた。

「雨、すごいもんね。いっちゃん、駅から走ってきたの? 大変だったね」

 そういえば今朝、一伽は傘を持たずに家を出た。
 天気予報は晴れと言っていたから、傘を持っていかなかったのは雪乃も一緒なのだが、帰宅するタイミングが早かったので、難を逃れたのだ。

「いっちゃん?」

 あらかた水分を拭き取ったところで、風呂場へと向かうと、一伽がキュッと雪乃の手を握った。泣き止んだ一伽の瞳に、再び涙が浮かんでいる。
 最寄りの駅からは、普通に歩いたって5分くらいだ。それだけの距離の間に、一体何があったというのだろう。

「いっちゃ…」
「…じゃない」
「え? ん?」
「駅からじゃな…………わぁーん!!」

 それだけ言うと、一伽はまた声を上げて泣き始めた。

 だって、一伽がずぶ濡れのドロドロなのは、駅から家まで傘がなかったからじゃない。
 志信の家を出て、コウモリの姿で飛び始めて間もなく雨は降り出したが、その雨は瞬く間に豪雨となって、小さなコウモリの一伽に降り注いだのだ。
 激しい雨に飛び続けられなくなった一伽は、電柱にぶつかって地面に落下すると、側溝に流れ落ちそうになり、車に思い切り水を浴びせ掛けられ、人間に踏み潰されそうにもなった。
 こんな惨めな思い、生まれて初めてだ。

「そっか…、大変だったね、いっちゃん」
「ヒック…」

 雪乃がバスタオルで、一伽の顔を優しく拭いてくれる。
 本当は一伽は志信の家でも大変おもしろくない思いをしたのだが、雪乃に優しくされているうち、気持ちが落ち着いてきたので、言うのはやめた。

「いっちゃん、風邪引かないように、ちゃんとあったまってね? 俺、着替え用意してくるから」
「…ユキちゃん、優しい。うへ、俺、王様みたいだ。ねぇねぇ、服は脱がせてくんないの?」
「自分で脱ぎなさいっ」

 一伽も本気で言っていたわけではないようで、濡れた服をポイポイ脱ぎ捨てている。
 少しだけれど、ようやく一伽に笑顔が戻って、雪乃はちょっとホッとした。

「いっちゃん、ちゃんとあったまるんだよ?」
「はーい」

 もうどうせ寝るだけだろうし、一伽はメンズファッションの店に勤めているくせに、寝るときの格好なんて、良くてTシャツと短パン、でなければパンツ1枚という人だから、雪乃は適当に替えの下着とTシャツを用意すことにした。

 あ、上がったら何か飲むかな?
 でも、冷蔵庫の中にはコーラとビールしか……もっと優しい飲み物のほうがいい気はするけれど、一伽にホッとミルクとか、何かちょっと似合わないかな。
 昨日お店から貰ったハーブティの茶葉があるから、それを淹れてあげよう。雪乃も光宏を見習って、ちょっとは上手に淹れられるようになったはずだから。

 …と、雪乃がお茶の支度をしてから、着替えを持って風呂場に行ったら。

「ちょっ、いっちゃん! 何でもう上がってんの!?」

 つい先ほど、ちゃんと温まれと言って雪乃が風呂場を離れてから、まだ10分くらいしか経っていない。
 髪と体は洗ったようだから、その時間を考えると、絶対に湯船になんか浸かってない!



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暴君王子のおっしゃることには! (108)


「ちゃんとあったまりなさい、てゆったでしょ?」
「だって逆上せちゃうもん」
「もぉ~風邪引いても知んないよ?」

 風呂から上がったとは言っても、濡れた髪も体も拭く様子のない一伽に、仕方なく雪乃はバスタオルを取って拭いてやる。
 いつもは雪乃に子ども扱いされると怒るくせに、今日はどうやら甘やかされたい気分らしい。

「後でハーブティー淹れてあげるね? リラックスできるよ」
「えー、ビールがいいー」
「ダーメ。いっちゃん、最近お酒飲み過ぎだよ。たまには飲まない日がないとダメ」

 髪の毛を拭いていた雪乃に顔を覗き込まれ、一伽は思わず目を逸らした。
 …今日はもう、志信のところで飲んで来ちゃった。

「いっちゃん、ちゃんと着替えて来てね。暑いからって、パンツ1枚とかダメだからね」
「あーい」

 雪乃は女の子じゃないから、別にパンツ1枚の一伽を見たって、デリカシーがないとは言わないが、お風呂温まるまでちゃんと入らなかったし、そこはちゃんとさせる。
 一伽の気のない返事を聞きながら、雪乃は風呂場を出て行った。

 一伽がこんなに早く上がるなんて思っていなかったから、まだお湯を沸かしていなくて、雪乃は手早くやかんを火にかけた。
 光宏の家でご飯を作り続けていたから、料理はわりと手際よく出来るようになったほう(残念ながら、まだまだ光宏には負ける)。

「あ、いっちゃん、Tシャツ着てない」

 ポテポテと風呂場から現れた一伽は、雪乃があれほど言ったのに、結局パンツ1枚という姿だった。
 しかし雪乃に咎められても、一伽は素知らぬ顔で雪乃のそばにやって来た。

「ユキちゃん、これ何?」
「ジャスミン」

 冷蔵庫から出しておいたハーブの缶のふたを開け、一伽は眉を寄せて中を覗き込むと、今度はクンクンと嗅ぎ出した(猫? 犬? とにかく小動物ぽい…)。

「ちょっと匂うね」
「匂う、て…。いい匂いでしょ?」

 相変わらずな一伽の口振りに、雪乃は少し苦笑しながら火を止めた。
 ハーブティーなんて、cafe OKAERIで働くようになるまで、飲んだこともなかったんだけれど。…お店でやるときのように、一旦お湯で温めたポットに丁寧にハーブを入れてから、お湯を入れて素早くふたをする。

「3分待っててね」
「カップラーメンみたい」

 面倒くせぇ、て言うのかと思ったら、意外にも一伽はそんなことを言って、ぐふぐふ笑っているだけだった。
 さっきまでの悲しい気分、少しは晴れたんだろうか。

 3分きっかり待って、お湯で温めておいたカップに、ゆっくりとジャスミンティーを注いでいく。
 一伽はカウンターに手を突いて、足をパタパタさせながら、その様子を眺めている。

「ユキちゃん、お店でもお茶淹れてるの?」
「淹れてるよ。最近やっとお客さんに出してもいいことになったの」
「ユキちゃんが淹れたヤツ? ママがいいって言ったの? すごいね! 大橋なんかずっとやってっけど、1回もいいて言われたことないのに!」

 大橋はバイトだけれど、cafe OKAERIでは結構長く働いているのに、実は今まで1度も、コーヒーも紅茶もお客様に提供したことがない。いや、させてもらったことがない。
 cafe OKAERIのママこと笠原美也子は、バイトだろうと正社員だろうと、仕事を任せることに対して区別はないのだが、のんびり屋の大橋は、茶葉をポットに入れてお湯を注いだ後、ボンヤリして3分どころか5分経過しても放置してしまうことが多々あるので、未だにホットドリンクの部門に『よし』が出ないのだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (109)


 というか、いつも腹ペコの大橋は、人が食べている姿を物欲しそうに見ていることがよくあるし(しかし実際は、ただボーッとなっているだけで、何も考えてはいない)、一番混雑するランチタイムに、早くお昼食べたい…という表情を隠しもせずに仕事をしている。
 そんな大橋は、もしかしたらカフェでの仕事には向いてないんじゃないかなぁ…と一伽は時々思うが、大橋には大橋なりのいいところがあるはずなのだと思うことにしている。

「はい、お待たせ」

 お店で出すみたいにソーサーはないけれど、ちゃんとティーカップに注いだジャスミンティーを一伽に差し出す。

「…熱い」
「ホットだもん。今、お湯注いで作ってたの、見てたでしょ?」

 カップを受け取って、とっても今さらなことを言う一伽に、雪乃もごく当たり前のことを返す。
 一伽はそれ以上文句を言うことなく、台所で、立ったままコクコクとジャスミンティーを飲んでいる。額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

「…雨、止まないね」
「でも、あんま涼しくないね」

 雨がまだ、うるさく屋根を叩いている。
 けれど一伽の言うとおり、それほど気温が下がったようにも感じない。蒸し暑い、熱帯夜。

「今度引っ越すときは、クーラーのあるところにしようね、いっちゃん」

 以前にも聞いたことのある雪乃のセリフに、一伽は少し笑っただけで、返事をしなかった。
 クーラーのある部屋に住むことは、一伽にとっても魅力的な生活だった。それはきっと雪乃も同じことで。

 でも。

(何でユキちゃん、引っ越した後も、俺と一緒に暮らす気なの?)

 今は金銭的な都合で一緒に暮らしてはいるけれど。
 雪乃には、光宏という恋人が出来たのだ。今度引っ越したら、雪乃は一伽とでなく、光宏と暮らすんじゃないの?

 そんな発想が少しもない雪乃を、一伽はからかうでもなく、ただ何となく見つめていた。



一伽 と 海晴

 翌日、一伽は仕事に行きたくない気分に、激しく襲われていた。
 それはもちろん志信に会いたくないからで、でもそれで仕事を休むのは何か志信に負けた気がするから、やっぱり休まないことにした(別に一伽が勤勉な性格をしているからではない)。

 職場で志信は、一伽が拍子抜けするくらい普通で、だから一伽もいつもどおりにしていた(何かムカつくから)。
 営業後の後片付けも、いつもどおり。

「ふぅ、やっと終わった」
「あのなぁ…、お前、やれば出来る子だろ? 昨日はあんなに早く掃除できただろ? なのに何で今日はこんななんだよ」
「何でだろう」

 普段と同じく、つまりは昨日の倍くらいの時間を掛けて掃除を終わらせた一伽に、航平は呆れたように突っ込むが、一伽にはやはり通用しなかった。
 ちなみに志信はもういない。相変わらず、自分の仕事が終わるとさっさと帰るのだ。別に一伽は、もう志信の家に行く気なんかないから、そんなに急いで逃げなくてもいいのに。

「大体なぁ、ホントは昨日のペースが当たり前で…」
「あ、メール」
「おい、ゴルァ!」

 航平のお説教など聞く気のない一伽は、携帯電話がメールを受信したのをいいことに、サッと航平に背を向けた。
 鬼のような顔で航平が凄んでみても、一伽はまったくへっちゃらなのだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (110)


「ホントに…。メールすんだったら、早く外に出ろよ。閉めんぞ?」

 結局、航平が諦めて終わるという、いつものパターンに落ち着いた。
 とにかく、店を閉めて帰りたいので、さっさと外に出てほしい。店長のそんなささやかな望みくらい、叶えてくれ。

「えっ…」
「何だ?」

 ジッと携帯電話を覗き込んでいた一伽が、何だか驚いたような声を上げたので、戸締りの確認をしていた航平がそちらを見れば、振り返った一伽が、「何でもない…」と答える。

「もう閉めるぞ?」
「…ん」

 何となく一伽がテンションを落としたように見えたが、航平は何も言わずに一緒に店を出た。

「じゃあな」
「んー、お疲れ、さま、でしたー…」

 メールの返信をするため、携帯電話を覗き込んだままの一伽は、航平のほうに視線を上げることなく挨拶をして、歩いていく。
 別に航平のほうを見ないのはいいけれど(若干ムカつくが)、携帯電話を弄りながら歩くのは危ない……一伽の身の危険はどうでもいいけれど、巻き添えを食った人がかわいそうだ。

「アイツ、大丈夫なのか…?」

 何だか妙にテンションの浮き沈みが大きい気がして、さすがの航平もちょっと心配に思いつつ、一伽の背中を見送った。
 そして、そんな航平の心配を知らない一伽は、受信したメールをもう1度読み返していた。

『いっちゃん聞いて~。リコがとうとう侑仁に告ったんだって~! わざわざメール寄越したんだよ~!! 何かムカつくから、憂さ晴らしにエリーと海晴と飲んでんだけど、いっちゃんも来ない~? てか来て!!』

 かわいらしく絵文字をいっぱい使ったニナからのメール(幸いギャル文字ではなかったので、一伽でも読めた)は、『来て』と言っているわりに、どこに行ったらいいか場所が書いていない…。

(や、じゃなくて、侑仁に告った…? リコちゃんが?)

 確かにリコは『侑仁の彼女になりたがっている1号』だとニナから教えられていたし、何よりもリコ本人から、邪魔だから近づかないで、的なことを言われていたから、別にそのことに驚く必要はないはずなんだけど。
 でも何だかビックリしている自分がいる。

(ふぅん、告ったんだ…。つか、何でニナちゃんがムカついてんだろ。わざわざ報告してきたからかな)

 女の子はムツカシイ…。
 そういえば前に海晴と、女の子は怖い…て話、したっけ。

 昨日のことでいろいろムカついているから、憂さ晴らしというなら一伽もしたいし、ニナたちにも会いたいし、とりあえず行くとするか。
 でもその前に、場所を教えてもらわなきゃ。

(…つか、ユキちゃんにも、メールしとこっかな)

 今まで一伽は、夜遅く帰るときも、朝帰りするときも、雪乃に連絡なんかしたことないけれど、昨日はいろいろ心配掛けちゃったから、遅くなる、てメールしとこう。
 何か、らしくない…と思ったけれど、一伽は素直な気持ちで雪乃にメールを送った。

「…そっか、リコちゃん、告ったんだ」

 雪乃から『気を付けてね』てお母さんみたいなメールと、ニナから場所を伝えるメールが来て。
 ポツリ呟いた一伽は、携帯電話をポケットにしまい、指定された場所へと急いだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (111)


 行ってみたら、そこは結構おしゃれなダイニングバーで、奥のテーブル席に3人はいた。
 ニナたちとクラブ以外で会うのは、実は初めてだ。

「お待たせ」
「いっちゃん、待った待った~!」

 ニナは相変わらずのテンションで(まぁお店の中、かなり賑やかだし、いっか…)、一伽はニナとハイタッチをかわす。
 そういえば、最後にニナたちに会ったのは、一伽がリコに『侑仁に近付かないで!』とクラブで言われたときで、あのときは、トイレの後、結局黙って帰ってしまったんだっけ。
 …でも、こうやって変わらずに迎え入れてくれて、嬉しい。

「…こないだ、ゴメンね。黙って帰っちゃって」
「こないだー? あ、craze? そうそう、いっちゃんいつの間にかいなくなっちゃってんだもん。結局海晴と踊っちゃった」
「俺とじゃ不満なのかよっ!」

 冗談めかして言うニナに、海晴が即座に突っ込んだ。エリーがグラス片手に笑っている。
 全然深刻そうじゃない雰囲気が、一伽には心地よかった。

「じゃ、いっちゃんのカクテル来たから、とりあえず乾杯しよっか」
「え、俺まだ頼んでないけど…」

 一伽はまだ何も注文していないのに、店員が一伽の分のカクテルを持って現れた。
 他の3人のグラスには、まだだいぶ中身が入っているから、やはり一伽の分で間違いないわけで。

「うん。いっちゃん来るていうから、頼んどいたの。ホワイト・ルシアン。いっちゃん、強いお酒好きでしょ?」
「あ、そー…。ありがとー…」

 ニコッと笑いながらそう言ってのけるエリーは、全然まったく何の悪気もなければ、そういう計算でもなく、一伽のためにホワイト・ルシアンを頼んでおいてくれたのだろう。
 確かに一伽はお酒は好きだが、必ずしも強いお酒が好きなわけではないし、ましてや今まで一緒に飲んで、ニナともども酔い潰れてきた流れからしても、普通は強いお酒、頼まないんじゃないかなぁ…。

「大丈夫よ、いっちゃん。今日はうるさいこと言う侑仁がいないから」
「いや、侑仁がいなくなって自重はしろ、お前ら!」

 若干口元を引き攣らせてしまった一伽に、ニナがウインクすれば、即行で海晴が突っ込んだ。
 今日は憂さ晴らしだし、ニナの言うとおり、とやかく言う人もいないし、ならいっぱい飲んじゃおっかなぁ、と一伽が開き直ったところだったのに。
 潰れたらいろいろ面倒くせぇだろ! と言う海晴は、ちょっとだけ侑仁に似ている。

「大丈夫、大丈夫。はい、カンパーイ!」

 頭を抱える海晴を無視して、3人はグラスを合わせた。
 甘いテイストのホワイト・ルシアンが染み渡る。

「でさ、ねぇ、あの、さっきのメール……リコちゃんが侑仁に告ったって…」

 うまい話の持って行き方が分からなくて、一伽は単刀直入に切り出した。
 別に侑仁とリコのことなんかどうでもいいんだけれど、でもやっぱりちょっと気になるから。

「そうなんだよ~、リコったら、わざわざメールしてきちゃってさぁ!」
「エリーのトコにもメール来たのよ。今まで殆どメールくれたことないのに」

 女の子2人は、2人ともそれなりに不満があるらしく、「ねぇ~」と頷き合っている。
 そして海晴は海晴で、何だかおもしろくなさそうだ。

「海晴のトコにもメール来たの?」
「来ねぇよ」
「なら何でそんなに怒ってんの?」

 てっきり、リコがわざわざそんな報告メールを寄越したことで、海晴もイライラしているのかと思ったら、そうではないらしい。
 なら、なぜ?



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暴君王子のおっしゃることには! (112)


「別にそんな報告いらねぇけどよぉ、俺、あんなに協力させられたんだぜ? お前らにそんなメール送るくらいだったら、俺にじゃね?」
「海晴、めっちゃリコに使われてたよね~。侑仁呼んで! メールして! て。自分ですればいいのに」

 そういえば、一伽が侑仁の家に行っているとき、侑仁をクラブに誘う電話をくれたのは海晴で、あれもリコに頼まれてのことだったっけ。
 海晴は、一伽が一緒にいるなら来ても構わないと言ってくれたけれど、リコは一伽が一緒だったこと、すごく不満だったようだ(ホント海晴、報われない…)。

「てか、何で海晴、しょっちゅうお膳立てさせられてたの?」
「知るかよ!」
「いいように使われてたのよ」
「うっせぇよっ」

 ニナとエリーに好き放題言われて、海晴は突っ込みまくるしかない。
 海晴だって、何が悲しくて、そんな恋の橋渡し役みたいな真似しなければならないのかと、何度思ったことか。

「え、まさか海晴、リコのことが好きだったとか?」
「好きなのに、リコは侑仁のことが…」
「仕方がない、俺は身を引いて、リコの恋を応援しよう…」

「――――て、勝手な話、作ってんじゃねぇよっ」

 好きになった相手には別の想い人がいて、その子を悲しませないために、自分の気持ちはひた隠しにして協力してあげる……どこかで聞いたことのあるような話かと思ったら、どうやら海晴はそうではなかったらしい。
 妙な小芝居をする2人に突っ込む海晴に似合うのは、こんなダイニングバーよりも渋谷か六本木あたりのクラブだろうな…と、一伽はグラスに口を付けながら、密かに思った。

「ねぇ、で、あの…」
「ぅん?」
「侑仁て…………その…、オッケーしたの?」

 いつの間にか話が逸れていたので、一伽は全然うまくない感じで、軌道修正した。
 エリーは次のお酒を注文すべく、メニューを見ている(もしかしたら、ニナや一伽なんかより、エリーのほうがよっぽどお酒、強いんじゃ…?)。

「それは知んない。メールには告ったとしか書いてなかったし」
「でもわざわざお前らにメール寄越すくらいなんだから、オッケーされたんじゃねぇの? フラれたのに、告ったとかいうメールするかぁ?」
「だよね」

 海晴の尤もな説に、ニナが頷く。
 確かにそれはそうだ。侑仁からオッケーの返事が貰えたからこそ、リコはニナやエリーにメールをしたのだろう。フラれたことをいちいち伝えるほどの間柄ではないようなので。

「そっか…、侑仁、オッケーしたんだ」
「多分だけどな……て、一伽、何でお前が暗くなってんだよ」
「え、何が?」

 海晴に言われて、意味分かんない…と一伽は視線を向けた。
 別に一伽、暗くなんかなってないし。

「まさか、いっちゃんこそ、リコのこと好きだったとか?」
「まさか」

 それはない、と一伽は即座に突っ込んだ。
 何も知らなければ、ちょっと血を吸うのに声掛けちゃおっかなぁ…という気になるくらいの外見だったけれど、実は結構キツイ性格だったし、お付き合いするとかはないなぁ。

(なのに侑仁てば、オッケーしちゃったんだ…。バッカだなぁ)

 でもリコは、侑仁の前ではかわい子ぶっていたから、侑仁はリコのそんな性格を知らないのかもしれない。ということは、リコはこれから先ずっと、侑仁の前でそんな子を演じ続けなければいけないということだ。
 …変なの。

「ねぇエリーちゃん、俺もお代わり頼むー」
「やった! 何にするの?」
「んー…カイピリーニャ」

 一伽がお酒を飲むとエリーが喜んでくれるので、もしかしたらそれが、一伽がいっぱい飲んでしまう原因かもしれない。
 だからって別に、エリーに責任があるとは思っていないし、ダメなのは一伽自身だと分かってはいるんだけれど…。



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暴君王子のおっしゃることには! (113)


「またお前は、強い酒頼みやがって…」
「だって、そういうの飲みたい気分ー」

 海晴の呆れた声に、一伽はグデッと椅子の肘掛けに体を預けた。
 今日はとやかく言う侑仁がいないんだし、好きなだけ飲ませて。昨日は志信のせいでいろいろムカつくことがあったし、今日も何か…何かよく分かんないけど…。

「いっちゃん、やっぱ今日元気ないねー」
「マジで、リコのことが好きだった、とかじゃねぇんだろうな」
「…ねぇよ」

 気に掛けてくれるニナは嬉しいけれど、ふざけたことを言う海晴はムカつく。
 とりあえず一伽は、海晴をギロリと睨んでおいた(その視線に気付いた海晴が肩を竦めたので、効果あり。ちょっと満足)。

「違うわよ、海晴。いっちゃんはリコじゃなくて、侑仁のことが好きなのよ。ねっ」
「「はぁ!?」」

 のんびりとした口調で、海晴の言葉を否定したエリーに、思わず大きく反応したのは、海晴と……そして一伽だった。
 いやいやいやいや、エリーさん。あなたは一体何を言い出すの?

「あの…エリーちゃん、何言って…」

 さすがに女の子を睨み付けることは出来なくて、一伽は体を起こして、何とかエリーに声を掛けた。

「ぅん? どうしたの、いっちゃん」
「いや…」

 どうしたの? は、こっちのセリフ…。
 でも一伽はそれを言葉にすることが出来なくて、代わりに口を開いてくれたのはニナだった。

「そうなの? エリー。いっちゃんて侑仁のこと好きなの?」

 ポカンとしている男2人に代わって、ニナが訝しげに尋ねてくれる。
 そうそう、もっとちゃんと言ってあげて。そんなことないんだから……と、一伽が心の中でニナのことを応援していたら、しかしニナはニナで、とんでもないことを言い出した。

「いっちゃんが侑仁のこと好きなんじゃなくて、侑仁がいっちゃんのこと好きなんでしょ?」
「はい~!?」

 ニナの爆弾発言に反応したのは、海晴だけだった。
 エリーは「それもそうだけど」と平然としているし、一伽はすっかり固まってしまって、何も言えなくなってしまっていたのだ。

「ニナまで何言って…」
「えー? だって侑仁、いっちゃんに超優しいじゃない? まぁもともと侑仁て、見た目派手なくせに無駄に甲斐甲斐しいけど、男の子にあんなに優しいの、いっちゃんにくらいでしょ?」
「う~ん…」
「じゃあ海晴、侑仁にそんなに優しくされたことあんの?」
「………………、ない」

 いや海晴さん、そこは何とかがんばって、優しくされたエピソードの1つや2つ、思い出してよ! と一伽が念じてみても、海晴はすっかりニナの説に納得している。
 結果、3人の出した答えは、『侑仁は優しいことは優しいヤツだが、男に対してそんなに甲斐甲斐しいのは一伽にくらいなものだ』ということだった。

「嘘ー…。そんなことない。何で俺ばっか。そんなわけないもん」

 やって来たカイピリーニャを飲みながら、一伽はがんばって反抗する。
 別に侑仁に優しくされるのは全然嫌ではないけれど、自分だけが特別みたいに言われるのは、何かちょっと違うと思うから。

「いや、違わない。俺、前に侑仁と飲んでたとき、潰れたけど、結局放置されたもん。しかも床!」
「キャハハハ。海晴、放置され過ぎ!」

 海晴の酔い潰れたエピソードに、ニナがウケまくって笑っているけれど、一伽はちっとも笑えない。
 何なの、みんなして。



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暴君王子のおっしゃることには! (114)


「…別に、そんなんじゃない。だって侑仁は、リコちゃんに告られて、オッケーしたんだもん。別に俺だけが特別なんじゃないもん」

 ガジガジとお行儀悪くグラスの縁を噛みながら、一伽は何とか反撃に出た。
 志信だけでなく、ニナやエリー、海晴までそんなこと言い出して、何だかすごく分が悪くて、嫌な気分だったけれど、これは決定打になると思った。

 侑仁はこれから、リコと付き合うのだ。侑仁の特別は、一伽じゃなくてリコ。
 これで、誰にも何も言わせない。

「そっかー。侑仁、リコと付き合うんだもんね。じゃあこれからは、やっぱいっちゃんよりリコが特別なのね」

 さっそくエリーが納得された。
 言っていることは、何となくまだ一伽の気持ちが伝わり切れていない気がするが……まぁいい。これで一伽のこと、とやかく言われなくなるのなら、何でもいい。

「でも侑仁、リコのどこがいいんだろうねー」
「顔だろ」

 ぼやくようなニナの言葉に、あっさりと答えたのは海晴だ。
 一伽もそれには同感だ。もしあのクラブでの出会いがあんなふうでなく、トイレの前でのこともなくて、ただ単に見掛けただけだったら、吸血しようと声を掛けたと思う。

「けど、侑仁だってバカじゃないんだし、ナンパならまだしも、本カノを顔だけで選ぶかなぁ?」
「でも選んじゃった」

 侑仁が女の子を好きになる基準は知らないから、もしかしたらナンパも本カノもみんな、顔でしか選んでないのかも。
 だとしたら、リコはかわいいから、選ばれて然りだと思う。

「いや、分かんないよ、いっちゃん。リコには、ウチらが分かんないだけで、すっごい魅力が隠されてんのかも」
「…隠され過ぎてて、俺には分かんない」

 少なくとも一伽には、さっぱり分からない。
 まぁ、言ったニナですら『ウチラが分かんないだけで』と付け加えているのだから、相当奥底に隠されている魅力に違いない。

「まぁ、俺らには分かんなくても、侑仁には分かるんだろ? だからこそ付き合うわけだし」

 大体、一伽のときだってそうだ。
 海晴にしたら、一伽はおもしろいし、こうやって一緒に飲む分には全然いいけれど、最初の印象はよくなかったし、にもかかわらず次に会ったときに酔い潰れたのを世話してやったとか、そこまでする気には、申し訳ないが、ちょっとならない。
 そういう意味では、侑仁の感覚はもしかしたら、普通からはちょっとずれているのかも。

「リコの魅力かぁ…」

 何杯目かのカクテルグラスを空にしたエリーが、腕組みまでして考え込み始めた。
 一伽はこの間のときしかリコに会ったことがないし、あんなことがあったから、そんなにいい印象はないけれど、一応エリーはリコの友人なわけだし、そんなに悩まなくても…。
 女の子の友情て、そんなものなの?

「エリーちゃん、めっちゃ悩んでる」
「そりゃ悩むでしょう、改めてリコの魅力を挙げろ、て言われたら。嫌なトコはすぐに言えるけどねー」
「…女の子、怖い」
「そうよ、女は怖いのよ」

 どこまでが冗談なのかは分からないが、ニナはニヤリと一伽に笑ってみせた。
 でもやっぱり、多少は本気なのかな。そうは言ってもきっとニナは、エリーのいいところだったら、すぐにたくさん列挙できるはずなので。

(…そんな女の子なのに、リコちゃん。なのに侑仁、付き合っちゃうなんて、ホントにバカなんだから)

 エリーが、次のカクテルを頼むついでに一伽の分も一緒に頼んでくれたので、何も言わなくても一伽のところには新しいカクテルがやって来る。
 それに口を付けながら、一伽はボンヤリとそんなことを思った。



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暴君王子のおっしゃることには! (115)


 侑仁、バカだな。
 リコは悪い子ではないかもしれないけれど、侑仁と一緒にいるときのような振る舞いを、誰の前でもしているわけではないのに。

 …でも、エリーやニナはすごく悩んでいるけれど、何の魅力もない女の子なんていないから、リコにはリコのいいところがあって、侑仁はそこを好きになったに違いない。
 リコのいいところは、侑仁だけが知っていればいいのだ。

(あーあ、これでホントにもう、侑仁の家に行けなくなっちゃうな…)

 リコにあんなこと言われた後、侑仁の家には行けないと思っていたけれど、志信の家であんな目に遭った後、やっぱり侑仁のところがいいな、て思って、コッソリだったら大丈夫かな、とか考えたけれど、これで完全にダメになってしまった…。

「いっちゃーん。リコに侑仁取られたからって、そんなに落ち込まないでよー」
「いや、別に落ち込んでないから」

 元気出して? と愛らしく微笑んでいるエリーはかわいい。
 いつもだったら、こんなかわいい子と一緒にお酒飲んで、楽しくて仕方がないはずなのに、今日はどうしてか、全然そんな気分にならない。いや、楽しいことは楽しいんだけれど、心から楽しめない。

(あうー、何か、もよっとする…)

 もやっと、ていうか……何かやっぱり、もよっとする感じ…。
 何でだろう。こんなおしゃれなお店、性に合わないのかな。

「おい、寝るなー、一伽ー」

 …海晴の声が、遠くに聞こえる。
 海晴てば、飲み過ぎるなとか、侑仁みたいなこと言うの。

「でも、こないだcarazeでもリコ、めっちゃ必死だったもんね。これで報われたの?」
「さぁ。でも少なくてもこれでウチラ、いちいち突っ掛られないでしょ、リコに」
「お前ら、何かしょっちゅうリコに絡まれてたよな」

 肘掛けに体を預けたまま目を閉じていると、3人の会話が聞こえてくる。

「絡まれなくなるのはいいけど、リコが侑仁と付き合うのは、何かムカつくー」
「何でだよ。エリーてそんなにリコのこと嫌いだっけ?」
「嫌いじゃないけど、リコが侑仁と付き合うのはムカつくのー。だってエリー、リコから結構ヒドイこととか言われたのよ。なのにいちいち、侑仁に告ったとかメール来るし」

 大人しめのエリーにしては珍しく、リコに対してはいろいろと不満があるようだ。
 エリーがリコに何を言われたか知らないが、初対面の一伽に対しても、あれだけ言ってくるリコだ。接触の機会の多いエリーは、きっといろいろあったに違いない。
 一伽から見ても、リコとエリーの性格が合うとは思えないし。

「エリー、侑仁は絶対リコよりいっちゃんのほうがいいと思うー」
「まだンなこと言ってんのかよ」
「エリーはずっと、侑仁といっちゃんのこと押してるよね?」
「だってニナもそう思うでしょ?」

 先ほど一伽の言葉に納得されたふうのエリーだったが、意外と信念は強かったようで、再びそう主張し始めた。
 エリーにしたら、侑仁がリコと付き合うのはムカつくけれど、一伽だったらオッケーらしい。

 …ていうか、一伽が寝てると思って、勝手なこと言って。
 何回も言っているけれど、別に一伽は侑仁とは何もないし、好きとかじゃないし、いや嫌いなわけじゃないけど、そういうんじゃなくて…。

「でも一伽は、めっちゃ女の子大好き~! て感じじゃん? 侑仁だって、男が好きとか聞いたことねぇし」

 そうそう海晴、いいこと言う……と一伽は夢うつつに思う。
 一伽は女の子が好きなの。だから侑仁のことは嫌いじゃないけれど、特別にそういうふうに好きになんかならないの。侑仁だってそうなら、なおさら。

「でも、にもかかわらず! みたいなトコはあるでしょ?」
「あ?」
「女の子は好きだけど、侑仁だけは別、みたいな。侑仁だってそうでしょー? 酔い潰れても、海晴は床に放置だけど、いっちゃんならちゃんとお家に連れて帰るもん」



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暴君王子のおっしゃることには! (116)


 侑仁だけは別、とかじゃない…。
 なのに何でみんなして、そんなこと言うの? これじゃまるで、昨日の志信みたいだ。
 昨日、志信の家で散々な目に遭ったから、そのストレスも発散したかったのに、全然そんなふうにならない。ニナやエリーのことは好きだけれど、今日はすごく嫌だ。
 一伽がそうじゃないて言っていること、どうして分かってくれないの?

「確かになぁ、女の子大好き! 男なんかヤダ! て言いながら、侑仁の血は吸うし、侑仁の家には行くもんな、コイツ」

 とうとう海晴までがそんなことを言い出した。
 バカ、違う。
 男の血なら雪乃のだって吸ったことあるし、侑仁の家は涼しくて快適だし、志信のバカはムカつくから、他に行くトコないだけだもん。

「でもさぁ、」

 やっぱり侑仁といっちゃんよね、とがんばるエリーに、ニナが口を開いた。

「でも侑仁は結局、リコと付き合うわけでしょ? 侑仁が決めたことだし、これ以上ウチラがどうこう言ったって始まらないじゃん」
「まぁそうだけど…」

 そうだ。侑仁はこれからリコと付き合うんだから、一伽なんか、もう関係ないのだ。
 もともとリコからはあんなこと言われていたし、侑仁の家には行けないんだから、もう侑仁と会うことだってないし、もしかしたらクラブとかで会うかもだけど、それだけだし。

 周りが変なふうに言うだけで、そもそも一伽と侑仁は、ただの友だちでしかないのだ。
 たまたま腹ペコで死にそうだったから、男だったけどしょうがなく侑仁の血を吸っただけだし、ゆっくり寛げる涼しい場所が侑仁の家くらいしかなかっただけだし、それだけのことだ。
 …それだけの。

「侑仁といっちゃん、よさげだったけどなぁ。侑仁は結局リコのこと選んじゃったかー」

 あーあ…と、エリーの落ち込む声。
 なぜエリーが落ち込むのかは分からないが、とにかくエリーは少なからずショックを受けている。
 でもこの場合、ショックなのは、侑仁に選んでもらえなかった一伽なのでは?

(つか、ショックて…)

 別にショックなんか受けてない…と、一伽は自分自身に突っ込んだ。
 何が何だか、自分でももうよく分からない。

 そんなこと言ったって、侑仁はリコのこと選んじゃったもん。
 だからもう、一伽は侑仁に会えないの。

(…侑仁に、会えない)

 そう思ったら、急に胸が痛くなって、一伽はビックリした。
 え、病気? 心臓の? それとも、もしかしてお酒飲み過ぎちゃったから、アル中的な? うぅ…死んじゃうかも…。

「ねぇ、いっちゃん大丈夫かな? めっちゃ眉間にしわ寄ってるけど」
「気持ち悪いの? おーい、いっちゃーん」

 ニナとエリーの声。
 違う違う違う、そんなんじゃない。全然誰も、一伽の気持ち分かってない。
 侑仁のことなんか好きじゃない。気持ち悪いんじゃない。侑仁だけが特別なんじゃない。そんなんじゃないのに。

「いっちゃん?」
「うぅ~…」
「起こしたほうがいいのかな? いっちゃーん?」

 悔しいような、悲しいような、寂しいような、いろんな感情が入り混じって、涙が零れそうになって、一伽は必死にそれを堪えた。
 だってもう遅いじゃん。
 侑仁はリコのことを選んじゃったんだもん。一伽が侑仁のこと好きでも、もう遅いもん。

 一伽が、侑仁のこと好きでも。

(違うよ、侑仁のことなんか好きじゃないよ、俺、侑仁のこと好きじゃない。好きじゃない。好きじゃない、好きじゃ……………………嘘、好き)


「いっちゃん?」
「大丈夫?」


 遠くに3人の声を聞きながら、一伽の意識はそのまま落ちて行った。
 涙が零れ落ちたのかどうかは、知らない。



 ――――バカは、俺だ。



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暴君王子のおっしゃることには! (117)


一伽 と 侑仁

 確かに一伽は、海晴と、ニナとエリーと飲んでいたのだ。海晴の隣の席で、椅子の肘掛けのところに凭れて目を閉じながら、3人が話すのを聞いていた。
 いくら一伽がたくさん飲んだのだとしても、それは間違いない。

(なのにどうして…)

 どうして一伽は今、そのダイニングバーでなく、ベッドの中で目を覚ましたのだ。
 しかも、自分の家ではない。

「や…ヤバ…」

 このところ、外で飲むと必ず潰れちゃう。記憶の限りでは、強い酒だったかもしれないが、昨日は3杯しか飲んでなくて、今までならそのくらい、どうってことなかったのに。

 ていうか、ここはどこだ?
 昨日一緒だった3人のうちの誰かの家だとして、でも女の子の部屋ぽくないから、海晴の家だろうか。でも、何となく前にも来たような気がするから、やっぱり別の誰か?

 とりあえず、同じベッドでは誰も寝ていないことに、ちょっとだけホッとしつつ、一伽はベッドを降りる。
 自分以外のいない寝室のドアをそっと開ければ、そこは、見覚えのあり過ぎるリビングだった。

「えっ何で!」

 せっかく今まで静かに行動していたのが全部無駄になるような大きな声を上げて、一伽はドアをガバッと開けた。
 だってここ、侑仁の家だ。
 しかも、侑仁もいる。

「え、何で…?」

 本気で意味が分からなくて、一伽がもう1度口走ったら、ソファに座ってPCを広げていた侑仁が、呆れたように一伽のほうを見た。

「何でじゃねぇよ。つか、何ではこっちのセリフだよ。飲み過ぎんな、つってんのに、何で言うこと聞かねぇんだ、いっつも」
「だって…」

 怒ったような口調の侑仁に、一伽は何も言い返せなくなってしまう。
 確かに、いつもそうだ。
 いつも一伽は、侑仁にあんまり飲み過ぎるなと言われるのに、結局酔い潰れるほど飲んでしまう。侑仁が怒るのも、無理はない。

 しかも、侑仁はいつも口ではそんなこと言っていても、ここまで怒った雰囲気ではなかったから、そんな侑仁を見るのは初めてで、一伽はすごく気まずくて、下を向いた。
 リコと付き合うことになったのに、一伽がまた侑仁の家に来てしまったから、怒っているに違いない。

 別に一伽だって、来たくて来たわけじゃないのに。
 一伽は、侑仁の家にはもう来ないにしようと思っていたのに、気が付いたら侑仁の家にいたのだ。酔い潰れたのは一伽が悪いけれど、ここに来たのは一伽のせいではないと思う。

「あの…、その、何で俺、ここに…?」

 侑仁と喋るのは気まずかったけれど、これは聞いておかないと…と思って一伽が何とか顔を上げれば、侑仁は大きく溜め息をついた。
 相変わらず覚えてなくて、悪かったってば!

「海晴だよ、海晴が連れて来てくれたの。ちゃんと礼言っとけよ?」
「え、海晴…? 何で海晴が?」
「何で、て……お前、昨日、海晴たちと飲んでたんだろ? それも覚えてねぇのかよ?」
「それは覚えてる、けど…」

 というか、それしか覚えていないんだけれど。
 海晴と、ニナとエリーと飲んでいて、気が付いたら侑仁の家のベッドで寝ていたのだ。
 何でそこで一伽が酔い潰れると、侑仁の家に連れてこられるわけ? だって海晴、侑仁がリコと付き合うことになったの、知っているのに、どうしてそんなこと。
 そんなに一伽のこと、自分の家に連れて帰るの嫌だったの? 一伽て、そんなに迷惑な子なの?



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暴君王子のおっしゃることには! (118)


「海晴が今住んでるトコ、シェアハウスだから、連れて帰れねぇんだよ。で、お前んちも分かんねぇし、相変わらずお前は起きねぇしで、俺んトコ電話来たわけ」
「シェア…」

 知人友人を宿泊させてはいけないのは、シェアハウスの一般的なルールらしい。
 カッコいい言い方をすればシェアハウスだが、要は一伽と雪乃が一緒に住んでいるのと同じことなわけで、確かにあの部屋に誰かを宿泊させられたら、ちょっと鬱陶しい…。

 かといって、いくら一伽が酔い潰れているとはいえ、ニナやエリーの家に連れて行かせるのは、やっぱりちょっと問題ありだから、海晴が侑仁に連絡を取るのも仕方がない。
 今のところ、海晴と一伽に共通の男の友人は、侑仁くらいだから。

(てか海晴て、航平くんとも知り合いなのかな)

 航平は、侑仁と友人なのだ。もしかしたら海晴とも知り合いかもしれない。
 航平の家に連れて行かれなくてよかったと思う反面、でも侑仁の家でもやっぱり気まずいし……海晴と一緒に飲んで潰れた場合、一伽に行き先などないようだ。
 いや、気まずい以前に、侑仁の家にはやっぱり来ちゃダメだから、今度はちゃんと海晴に自分の家を教えよう(酔い潰れないように気を付けようとは思わないあたりが一伽なのだ)。

「…ん、海晴に礼言っとく。あと、侑仁も……ゴメンなさい」
「は? 何だよ急に」

 一伽が素直に謝ったら、侑仁はポカンとした顔になった。

「また迷惑掛けたから…。あと、侑仁の家にも来ちゃったし」
「いや、まぁそれはしょうがねぇからいいけど…」
「ゴメンなさい、もう来ません」
「え…、何? 何かお前、大丈夫か?」

 ペコリと頭を下げた一伽が、いつもと全然違う調子なので、さすがに侑仁も訝しく思ったのか、眉を寄せた。

「大丈夫。だからもう帰……え、」

 またリコに怒られないように、侑仁のことをこれ以上怒らせないように、さっさとこの場を立ち去ろう…と、玄関に向かおうとした一伽は、壁に掛かった時計が目に入り、そのまま固まった。

「え、侑仁、この時計…」
「何?」

 一伽が指差したのは、壁掛けの普通の時計だ。
 侑仁にしたら、特別な思い入れがある代物ではないし、もちろん一伽との思い出も何らない。

「や…じゃなくて、この時計、時間合ってる?」
「は? 合ってっけど……何?」

 あまりにも一伽が呆然とした様子で聞いてくるから、念のために腕時計で確認してみたが、やはり時間に間違いはない。一体何なんだ。

「だって、もう11時じゃん! え、夜の11時? なーんだ」
「なーんだ、じゃねぇよ。夜の11時のわけねぇだろ。お前が来た時点で、日付変わってたっつの」
「ウッソ。え、え、どうしよう! 仕事…! てか侑仁は!?」

 今日は土曜日でもないし、日曜日でもない。
 侑仁はカレンダーどおりの休みだと言っていたから、平日の今日は仕事のはずだ。なのにどうして、昼の11時に、普通に家にいるわけ? やっぱりホストだったの?
 というか、一伽だって今日は仕事が…!!

「休み取ったよ。しょうがねぇから」
「えっマジで!? 大丈夫なの!? まずくない!?」
「お前だけ残して家空けるほうが、よっぽどまずいっつの!」

 侑仁の勤め先は、休みとかそういうことに寛容なほうで、超繁忙期でもない限り、急に休みを取ったからって疎まれることはまずなくて、今朝も代表である滝沢に電話をしたら、『お前、最近全然休み取ってなかったんだから、休め休め』と逆に言われたくらいだ。

「じゃあ侑仁、今日休みなの…? で…でも何かあれだから、俺帰るね……つか俺、仕事…!」

 一伽のために…いや、一伽のせいで1日仕事休みになったようだが、やっぱり長居は出来ない…と、一伽は玄関へと向かう。
 侑仁は休みでも、一伽は仕事なのだ。
 こちらは侑仁の会社と違って、休みとかいちいちうるさい航平が店長なのだ。昨日仕事を休まなかったのは、志信への対抗心もあったけれど、やはり航平が怖いというのもある。



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暴君王子のおっしゃることには! (119)


「や、航平にはもう電話したし」
「ふぇっ!? マジで!? どどどどーしよ、これで遅刻しても怒られない? それともむしろ逆にすっげぇ怒られる!?」
「……、お前さ、日ごろ航平とうまくやってんの?」

 航平に対して不遜な態度を取るわりに、なぜか一伽は航平のことを無駄に怖がっているというか、警戒しているところがある。
 こんな調子で、普段一緒にどうやって仕事をしているんだろう。

「あーもうもうっ、侑仁のバカ! だったら起こしてよっ、航平くんに電話するくらいならぁ!」
「何回も起こしたけど、お前が起きなかったんだろ」

 侑仁だって、そこまで気を利かせるくらいなら、言葉どおり叩き起こしてでも一伽を起こしたかったけれど、何をどうしても一伽は起きなくて。
 なのに一伽は、侑仁にしたら何のタイミング? と思うような、わけの分からないときにいきなり起きるし、航平に電話したことをひどく責めるし……まったく。

「つか、航平、お前のこと心配してたけど?」
「…へ…?」
「何か様子が変過ぎる、て」
「変過ぎる…」

 一体航平の目に、一伽はどんなふうに映っていたのか。
 何かもっと他に言い方はなかったのかと思うが、侑仁が言うには、航平は一伽のことを心配していたようだし…。

「だからとりあえず今日は休め、てさ。優しい店長の言うことをちゃんと聞くように、て伝言」
「休め…」

 いつも、キビキビ働けと口うるさい航平の言葉とは、とても思えない。
 もしかしてこれって、このままずっと休んでていいよ、てことなのでは…?

「どうしよう侑仁…、俺ニートになりたくないっ!」
「いや、別に航平、クビだとは言ってねぇし」
「でもあの人が…あの航平くんが休めなんて……何もないのにそんなのあり得ない…!」
「…お前、航平のこと、何だと思ってんの?」

 心配だから休め、という航平の言葉を、どうしてそこまで素直に受け止められないのか、航平の友人である侑仁には理解し難いが、きっと一伽には一伽の思うところがあるのだろう。

「侑仁、俺ホントにニートにならない…?」
「これからのお前のがんばり次第なんじゃね?」
「……」
「つかまぁ、今日は航平が休めっつってんだし、それなのに仕事行ったほうが、怒るんじゃね?」
「そっか…」

 侑仁としては、そんなことくらいで航平が怒るとは思わないけれど、そうでも言わないと一伽が納得しそうもなかったのでそう言ってみたら、思いの外あっさりと一伽は納得した(単純…)。

「と…とりあえず、でも俺、帰ったほうがいいよね、あの…」
「え? あぁ、そう?」

 2人とも仕事は休みになってしまったので、急いで支度をして出掛けなければ、ということもなくなったのだが、でもやっぱり一伽はここに長居すべきではないと思って、一伽はへどもどしながら言った。
 そりゃ一伽だって、侑仁の家は涼しくて快適だし、それに……まぁいろいろ、ここにいたいなぁとは思うけれど、リコのことを考えたら、そういうわけにもいかないので。

「リコちゃんに、侑仁の家に来ちゃってゴメンなさい、て……いや、何も言わなかったらバレない? 俺が侑仁の家に来たの。あの、何とか侑仁の力で良きに計らって…」
「何言ってんだ、お前」

 またリコに怒られるのだけは勘弁! と思って、でも正直に打ち明けて謝るのと、黙っていて何もなかった振りをしているのと、どっちがいいのか分からないので、そこは侑仁にお任せしたい。
 きっとリコは、一伽が何か言うより、侑仁のことなら信じるだろうから(というか、一伽の顔なんて見たくないだろうから)。
 とにかく一伽は、リコに怒られたくないし、まぁだから…侑仁にも怒られたくないから。



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暴君王子のおっしゃることには! (120)


「何で急にリコが出てくんの? え、お前がここに来たこと、リコに黙ってればいいってこと?」
「だって…」

 登場したリコの名前に、どうしてだか侑仁はキョトンとした顔をしている。
 リコは侑仁の彼女になったんだから、一伽の言葉は足らなかったかもしれないが、もうちょっと察してもよさそうなのに。

「侑仁だって余計なこと言って、リコちゃんのこと、怒らせたくないでしょ?」
「はぁ? え、余計な? 何でリコが怒んの?」
「だからー」

 えぇー、侑仁てこんなに鈍感なヤツだったっけ?
 何で全然分かんないの? 一伽に言われたくないかもだけれど、女心、全然分かんない人なの?
 だってリコは侑仁の彼女になる前から、一伽が侑仁と一緒にいるの、すごい怒ってた人なのに、晴れて彼女となった今、一伽が侑仁の家に泊まったなんてことが知れたら…。
 あ、リコは侑仁の前では怒らないのか。
 ということは、標的はやっぱり一伽…!?

「ちょっ…侑仁! 俺、リコちゃんに怒られたくない! ちゃ…ちゃんとしてね? きっとリコちゃん、侑仁が言えば怒らないから…!」
「いや、だから何なんだって。リコが何で怒るんだよ」

 航平に対してもそうだが、リコに対しても無駄に怯えを見せる一伽に、侑仁は、航平とリコの共通点て何だろうなぁ…なんて思ったが、結局思い付かなかった。
 とにかく。
 侑仁には、一伽がどうしてそんなにリコが怒ると主張するのか分からなくて、頭の中は『?』だらけなのだ。

「あのさ、本気で意味分かんねぇから、一から説明してくんね? どうせ今日は時間出来ちゃったんだし」
「いや、出来れば一刻も早く、ここから立ち去りたいです…」
「ふーん、だったらリコに言っちゃおっかな。昨日一伽が来て、泊まってった、て」
「にゃぁ~~~それはぁ!」

 よく分からないが、とりあえずそうハッタリをかけたら、一伽は、それだけは困る! とジタバタし出す。
 本当に一体何があったんだ。

「だってそんなの……俺がいちいち言わなくたって、侑仁、分かるでしょ?」
「分かんねぇ、つってんだろ」
「何で! バカ! リコちゃんと付き合うんだったら、俺は来ちゃダメだろ! 侑仁だってヤだろ!?」
「は?」

 何でこんなこと俺に言わせるんだ! と一伽はぐずるように暴れているが、それに対して侑仁は、ますます意味不明…という顔をしている。
 それがまた、一伽をおもしろくない気持ちにさせる。何で全部一伽に言わせようとするんだ。

「いや、ちょっと待っ…お前何言って…、は? リコと付き合う、て……何が? 誰が?」
「え、侑仁が」
「は?」
「え?」
「は? 俺?」
「そうだ、つってんだろ!」

 このまま永遠に続きそうだった『は?』と『え?』の繰り返しは、苛立った一伽によって断ち切られた。
 こうなると、察するとか察しないとかいう以前の話のような気がする。一伽がここまでハッキリと言ってやったのに、どうしてその返事が『は?』なのだ。

「え、何で?」
「は? 何が?」
「…………」
「…………」

 どうしても話が噛み合わない。
 一伽にしたら、侑仁が何について『何で?』と聞きたいのかさっぱり分からなくて、『何が?』と聞き返すのだが、侑仁にしてみると、一伽が何について『何が?』と言ってくるのか分からないので、結局『???』に陥ってしまう。



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暴君王子のおっしゃることには! (121)


「…あのですね、一伽さん。やっぱり1度、話を整理しませんか?」
「……まぁ、そういうことなら…」

 本当は一刻も早く帰りたかったけれど、やはりこのまま帰るのは無理があるので、一伽は侑仁の提案に乗ることにした。

「で、誰がリコと付き合うって?」
「だからー、侑仁」
「何で」
「そんなの知るかよ、それはお前のことだろっ!」

 侑仁が何でリコと付き合うことにしたのかなんて、そんなの一伽が聞きたいことだ。
 なのにどうして侑仁は、そんなシレッとした顔で『何で』とか言うのだ。

「俺のことったって…………俺、別にリコと付き合ってねぇけど」
「…………………………、え?」
「は?」
「え?」

 これでは先ほどまでの状況に逆戻りだ。
 しかし一伽の頭の中は、先ほどよりもさらに混乱を極めていた。

「侑仁、リコちゃんに告られたんじゃないの?」
「え? あぁ、まぁ告られたけど」
「そんで付き合ってるんじゃ…」
「付き合ってねぇよ」
「はぁっ!?」

 だって昨日、海晴たちと飲んでいるとき、ずっとそういう話をしていた。
 リコが侑仁に告白して、それをわざわざニナとエリーにメールしてきて、だから侑仁はオッケーしたはずだ、て…。

 オッケーした『はず』て…。

「オッケー…してない、の…?」
「してねぇよ」
「ウソ…」

 侑仁の思い掛けない答えに、一伽はポカンと口を開けて固まった。
 いや、リコの告白に侑仁がオッケーした、という昨日の話は、確かに一伽たちの推測でしかなかったけれど…!

「じゃあリコちゃん、侑仁にフラれたのに、メール…」
「メール?」
「いや、だからぁー…………何かニナちゃんたちのトコに、リコちゃんからメール来て、侑仁に告ったって…」
「リコから?」
「…わざわざそんなメール寄越すくらいだから、侑仁はオッケーしたんだ、て…」

 一伽は渋々昨日のことを打ち明けた。
 昨日の話は推測だったけれど、状況からしてそう考えるのは普通だと思う。

「いや、断ったことは断ったよ。でもそしたら、もう少し考えてくれ、て保留させられた」
「保留…」

 保留といっても、侑仁は1度断っているわけだし、それは保留であって保留でないようなものだ。
 それでもニナやエリーにメールをしてくるのは、やはり牽制のつもりなのだろうか。

「じゃあ侑仁…、リコちゃんと付き合わないの…?」
「あぁ。一応答えは保留中てことになってっけど、断るよ。リコと付き合う気はねぇし」
「そ…なんだ、断るんだ…」

 その事実を知った一伽は、何だかホッとして、ふにゃっとなってしまった。
 だからといって、昨日自覚してしまった自分の気持ちがどうこうなるとは思っていないんだけれど(別にみんなに乗せられて、侑仁も一伽のこと好き…なんて勘違いはしない)、でもちょっとホッ。

「じゃ…また侑仁の家に来てもいい?」
「別にいいけど?」
「そっか、よかった」

 今も侑仁の彼女の座を狙っているリコにしたら、一伽が侑仁の家に行くことはきっとおもしろくないことだろうけれど、侑仁がいいと言ってくれたのだからいいのだ。
 もう侑仁に会えなくなるかも…と思っていた一伽にとっては、一安心だ。



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