恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2015年11月

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恋は七転び八起き (58)


「もう平気だから、帰って槇村くん」
「バカか、そんなこと出来るわけないだろ」

 央に何と言われようと、それだけは無理だ。今の央はとても平気そうではないし、いや平気そうに見えたとしても、先ほど央が受けた被害を思えば、とてもここに1人残して帰るなんて出来ない。

「大丈夫だって!」
「じゃあ、どうやって帰えんだよ」
「でっ…電車で帰るよっ、俺んち、もっと先だもんっ。もう帰るっ」

 央は向きになってそう言うと、立ち上がった。涙で顔がぐちゃぐちゃだ。その顔を拭ってやったら、また怒らせてしまうだろうか。

「あ…」

 引っ手繰るようにカバンを手にした央は、そばにあった槇村のスーツの上着を目にして、動きを止めた。無造作に置かれていたその上着の内側、裏地に白い汚れ。乾いた精液が付着していたのだ。

「あの、あ…、ゴメンなさ…」

 そのままトイレを飛び出していきそうな勢いだったのに、央は申し訳なさそうに槇村を振り返った。気が短くて、すぐにカッとなるくせに、こういうことにはちゃんと気が付いて、気にするのだ。

「気にしなくていい、て言っただろ」

 言うと槇村は上着を掴んで、汚れが見えないように丸めた。さすがにこれを着て帰るのは躊躇われたし、ハンカチと違って捨てて行くわけにもいかないので、槇村はカバンと一緒にそれを脇に抱えた。何にしろ、央が気にすることではない。

「なら、出るか」
「…ん」

 槇村を振り払って帰るには、もう勢いもタイミングもなくしてしまったようで、央は大人しく槇村と一緒にトイレを出た。
 あれからどのくらい時間が経ったのか、ホームの混雑は、先ほどより解消されているように見えた。掲示板と腕時計を見比べれば、あと数分で電車はやって来る。
 央には嫌がられるかもしれないが、どうしても央が1人で電車で帰ると言うなら、せめて彼が電車に乗り込むところまでは確認しようと思う。でもやはり心配だから、一緒に電車に乗ってしまおうか。

「まっ…槇村くっ…」

 槇村がこの後の行動をぼんやりと考えていたら、央に名前を呼ばれたので隣を見たが、姿がない。振り返れば、隣を歩いていた央が、いつの間にか立ち止まっていた。



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恋は七転び八起き (59)


「どうした?」

 央は泣きそうな顔をしていた。そういえば、槇村を呼ぶ声も、切羽詰っているようだった。
 槇村は訝しく思いながらも、央のもとへと戻った。

「央?」
「あ…足っ…」
「足?」
「足、動かないっ…」

 央はガクガクと震えていた。カバンをギュッと抱き締め、何とか1歩を踏み出そうとしているけれど、体が言うことを聞かないようだ。そうしているうちに、背後のホームに電車がやって来て、その音に央はさらに体を震わせた。
 先ほどまでの出来事がフラッシュバックしたに違いない。

「槇村く…、や、俺帰るしっ…」
「うん、帰ろうな。でも電車乗らないと、帰れないだろ?」
「ッ…」

 どうするんだ? と、言葉にはしなかったが、槇村が顔を覗き込めば、央はぐしゃりと表情を崩した。

「送ってこうか? 一緒だったら電車乗れるか?」

 さすがにもう、1人で電車に乗って帰るのが無理なのは、央も否定できないだろう。しかし尋ねれば、央がフルフルと首を横に振るので、槇村は眉を寄せた。どこまでも頑なだ。

「央、」
「ちっ、違う…、電車、無理っ…、怖いっ…」

 ならばどうするのだと言おうとしたところで、央は槇村の腕を掴んで、とうとう素直に打ち明けた。1人だろうが、槇村が一緒だろうが、そういうことではなくて、電車に近付くことが怖いのだと、吐露する。

「央、おいで」

 電車に乗らないのであれば、ここにいる意味もないので、槇村はふら付く央に肩を貸してやり、ひとまず改札を抜けて外に出た。
 駅の外ではタクシーが客待ちをしていたが、央を1人でタクシーに乗せるのも、一緒に乗って央の家まで行くのもどうなのかと思う。しかし、バスと言っても、普段バスを利用しない槇村は、央の家のほうへと向かう路線があるのかも知らないし、乗換にも疎いので、名案とも思えない。
 となると、ここから向かえるのは槇村の家くらいしかないわけで。

「どうする? タクシー……か、俺んち…?」
「…槇村くんち?」

 央が不安そうに見上げて来て、槇村はすぐに、「嘘、嘘っ、冗談だって」と取り繕った。央にとって、槇村の家は、嫌な思い出しかない場所だ。今さら行きたいわけがない。



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恋は七転び八起き (60)


「タクシー、1人で乗れるか?」
「乗ったことない…」
「運転手のおっちゃんに、行き先言うんだぞ? 着いたらお金渡して…」
「お金、ない…」

 バスよりはタクシーのほうが無事に家に帰れるだろうと判断して提案したものの、央から返って来たのは、言われてみれば尤ものことだった。
 ここから央の家までの料金は分からないが、高校生の持ち合わせでは足りそうもないことは想像が付く。到着してから家族に払ってもらうにしても、高校生の央がいきなりタクシーで帰って来たら、両親は驚くどころの騒ぎではないし、槇村が金だけ渡して央を1人でタクシーに乗せるのも、何だか怪しい感じだ。
 ならば、槇村が一緒に乗っていくしかないだろう。央を家まで送って、そこで槇村が支払いをする。いや、央が金を気にするだろうから、央を降ろした後、駅まで乗っていって、そこで払えばいい。

「槇村くん」

 痛い出費だが、央の身の安全を考えたらこれしかないだろう、と槇村がタクシー乗り場に向かおうとしたら、央がその腕を掴んで掴んで引き止めた。

「槇村くんち…」
「ん?」
「槇村くんち行ったら、俺、槇村くんち、お泊りするの…?」
「えっ、あっ? お、おぅ、まぁそうなる…かな…?」

 腕を掴んだまま、央がコテンと首を倒して尋ねて来る。なぜか槇村はひどく動揺したが、それは別に央がかわいかったからとか、そんな理由ではない――――と思うことにした。

「…行ってもいいんだったら、槇村くんち行く」



  央・槇村



 もう何度も来ているから、央は1人でだって槇村の家に行くことは出来るけれど、今まで1度だって1人で来たことはない。いつも隣には圭人がいた。時々七海。槇村と一緒に来るのは、これが初めてだ。
 央はぼんやりと、部屋の鍵を開けている槇村の背中を見ていた。央はもう何回も来たことはあるけれど、いつもマンションの前で槇村のことを待っていたし、話もそこで終わっていたから、部屋の前までも来たことはなかった。槇村の部屋は3階だった。

「…どうぞ?」
「お邪魔します」

 央は槇村に続いて玄関に入った。央の家は戸建てで、4人家族の靴が土間に並んでいるけれど、1人暮らしのマンションの一室は玄関も狭く、央がいつも家でしているように、とても靴を脱ぎ散らかしておくなんて出来そうもない。



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恋は七転び八起き (61)


 槇村が部屋の電気を付けてくれる。明るくなった室内は、央の部屋よりは広かったけれど、キッチンもテレビもベッドもすべて1つの部屋にあることを考えると、狭いものだと思った。
 央はまだ1人暮らしの経験がないけれど、いつかそんなときが来たら、こんな部屋に住むんだろうか。央の部屋と違って、槇村の家は物も少なく、片付いているせいか、何だか殺風景にも見えた。
 何となく自分に置き換えた央は、寂しさのあまり1人暮らしなんて無理…と思ってしまう。

「何か食うか? …あぁ、途中で食って来ればよかったな。冷蔵庫、あんま何も入ってない」
「…平気。そんな腹減ってない」

 昼食後、何も食べていないから、時間的には腹が減っていてもおかしくはないのだが、いろいろなことがあったせいか、不思議と空腹感はなかった。というより、食欲が湧かないと言ったほうがいいのかもしれない。

「でも、何も食わないわけにもいかないだろ。作っとくからお風呂……あぁ、お湯溜めないと」

 冷蔵庫の扉を閉めて振り返った槇村が、甲斐甲斐しくいろいろと世話を始める。
 央は友だちの家に泊まりに行っても、ご飯をごちそうになった後は、遅くまで部屋でゲームをしたり話をしたりして遊んでから、寝るころ風呂に入るので、着いて早々風呂を勧められて困惑したが、痴漢にいろいろと触られたり、あまつさえ制服のズボンに精液を掛けられた央を、槇村が気遣っているのだと分かった。

「シャワーだけでいいよ、家でもそうだし」
「そうなのか? ちゃんと入ったほうがいいぞ」

 まるでお母さんのようだと思ったが、央は突っ込むことはせず、今度からそうする、と頷いた。

「そうだ、央、家に連絡したか?」
「してない。したほうがいい?」
「いや…、しなかったら心配するだろ。てか、親に何も言わないで泊まること決めたけど、よかったのか? 帰って来いて言われたら…」
「大丈夫。友だちんちとか泊まることあるもん」

 でも、友だちの家に泊まるときも、央はちゃんと親に言ってからそうするから、黙って家に帰らないのはまずいだろうと、央はカバンからスマホを取り出して、母親へと電話を掛けた。それを心配そうに見つめる槇村の視線が恥ずかしくて、央は背を向ける。

「もしもし? 俺だけど、今日友だち…………友だちんち泊まるから、」

 槇村のことを『友だち』と言っていいものかと一瞬悩んだが、母親は槇村のことを知らないのだから、名前を言っても分からないだろうし、他にどんな言い方をしたらいいかも思い付かなかったので、そう言っておく。
 こちらを気にしている槇村にも聞こえただろうが、一体どんなふうに思ったのだろうか。



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恋は七転び八起き (64)


(だって…、こんなのダメだって…!)

 央は今日、決して下心があって槇村の家に来たわけではなくて、本当にもうなす術もなく、どうしていいか分からなくて付いて来ただけなのだけれど、今まで入ったことのなかった槇村の家に入り、風呂を借り、同じシャンプーで頭を洗い、これから一緒に食事もするとなれば、意識しないほうがおかしい。
 先週の一件で、さすがに央も、もう槇村のことは諦めざるを得ないとは感じているが、好きだという気持ちが消え失せたわけではないから、降って湧いたようなこの状況に、どうにかなりそうだ。

(槇村くん、優しすぎる…)

 顔も見たくないくらい嫌いだと言ったくせに、こんなふうに優しくされたら、勘違いしそうだ。しかも、ちょっとしたドラマか少女漫画のヒーローみたいだったから、何とか押さえ込めようとしている恋心が暴れ出しそうになって、本当に参る。
 助けてくれた槇村には大変感謝しているけれど、もう槇村のことを想ったらいけないのならば、こんなに優しくしないでほしい。

「槇村くん…」

 槇村のことを考えたら胸が苦しくなって、央は慌てて頭からシャワーを被ってごまかす。別に、泣いてなんかいない。



*****

 央が風呂場を出ると、部屋着に着替えた槇村が、キッチンの調理台に向かっていた。
 今までスーツ姿の槇村しか見たことがなかったから、ラフな部屋着の槇村はまた違った印象で、けれどそれもすごく格好よかったから、胸の高鳴りがぶり返してくる。

「…着替え、デカかったか」
「えっ?」

 央が風呂場から出て来ても、全然央のほうを見なかったから、気付いていないのかと思ったら、よく分からないタイミングで槇村が振り返ったので、央は何だか慌てた。

「着替え、デカくなかった?」
「あぁ…うん、ウエストゆっるゆる」
「うるさい」

 槇村が聞いたから正直に答えたのに、なぜか突っ込まれた。もしかしたら、Tシャツのサイズのことを言っていたのだろうか。
 央の身長は、恐らく高校生男子の平均的なものだろうが、体重はまったく平均に追い付いていない華奢な体型だから、人から服を借りて、サイズが合わないことはしょっちゅうだ。



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恋は七転び八起き (62)


『そうなの? 今日唐揚げだったのに、残念だね』
「え、嘘っ、唐揚げ食いたい!」
『電話して来るのが遅い。早く言ってくれたら、明日にしたのに』
「明日も唐揚げにして」
『何バカ言ってんの、2日も続けてなんてするわけないでしょ』
「何で…」

 大好きな唐揚げを食べ損ねて、央はシュンとなる。槇村の家に泊まれることになったのは嬉しいけれど、電車では怖い目に遭うし、唐揚げは食べ損ねるし、最悪な1日だ。

『で、圭ちゃんち泊まるって? アンタ、いっつも圭ちゃんちに泊まるばっかりで迷惑掛けて…』
「圭ちゃんちじゃないよ」
『なら、七海くんか』
「違うって」

 別にここで誰の家に泊まるかをはっきりさせる必要もないけれど、母親は圭人や七海を知っているし、その母親とも友だちなので、2人の家に泊まったことにしておくと、後で嘘だとばれる可能性が高いから、そこだけは否定しておく。

『嘘だ』
「何で!」
『アンタ、他に友だちいないでしょ』
「いるわ!」

 よく一緒にいるのが圭人と七海というだけで、他に友だちがいないわけではない。周囲に、友だちいないキャラに思われるのは切ないが、まぁいいとして、どうして母親までがそんなふうに思っているのだ。

『まぁ誰の家でもいいけど、泊まるなら迷惑にならないようにね』
「分かってるし」

 誰の家でもいいんかい…。聞かれても答えに困るから、深く追及されないのは有り難いけれど、そのセリフは母親として、どうなんだろう。

『あ、純平が電話代わりたいて』
「え、純平くん?」
『もしもし、央ちゃん? なかなか帰って来ないから、心配したわ。お友だちんち泊まるん?』
「うん…」

 急に電話を純平に代わられて、央が戸惑っていたら、純平が母親以上の心配を見せるから、困惑と同時に申し訳ない気持ちになる。
 純平が心配するのも分かる。この1週間、央は死んだように凹んでいたから。もちろん、両親も同じように心配していただろうが、央の性格と子どもの扱いに慣れている2人は、下手に踏み込んで来ないのに対して、純平は分かりやすく心配し過ぎていた。



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恋は七転び八起き (63)


「心配掛けてゴメンなさい…」
『いや、いいけど…………友だちんち、泊まるんだよね?』
「え、そ…そうだけど?」

 念を押すように再度聞かれて、央はギクッとする。もしかして純平は何かに気付いているのかと思ったが、しかし央が今日槇村の家に泊まることになったのは、そもそも槇村に会ったのも偶然だから、そんなわけはないと自分に言い聞かせて、気を落ち着ける。

『…そっか。あんま迷惑掛けたらダメだからね?』
「分かってる」

 誰なのかと聞かれて、母親なら知らない人だと言えるが、槇村のことを知っている純平に対しては、その答えは通用しないから、聞かれたらどうしようと内心焦っていたものの、それ以上は聞いて来なかった。

「…じゃあ」

 電話を切って何となく振り返ったら、槇村が分かりやすくバッと顔を背けた。央の電話を、ずっと気にしていたのだろう。
 槇村のことが好きだいう気持ちだけで突き進んでいた央と違って、槇村はまだ高校生の央との接し方をひどく気にしていたから、やむを得ない事情があったとはいえ、央を家に泊めることになった今の状況は、いろいろと気掛かりに違いない。電話で槇村の名前を出していたら、大変だった。

「お風呂…」
「お、おぅ…」

 明らかに動揺しながら、槇村はタオルと着替えを央に渡し、風呂の場所を教えてくれた。央は何となくの想像で、1人暮らしの部屋は風呂とトイレが一緒なのだと思っていたけれど、槇村の部屋は、それが別々だった。

「シャワー、使い方分かるか? シャンプーとか適当に使っていいから……ちょっ!」

 汗も掻いたし、電車で不快な思いもしたから、さっさと服を脱いでしまおうと思っただけなのに、央がシャツのボタンを外し始めたら、槇村は慌てて脱衣場を出て行った。

「…意識しすぎ」

 槇村のことを好きな央が、槇村の裸にドキドキするのなら話は分かるが、どうして槇村が、央が服を脱ぐのを見て慌てる必要があるのだ。ここまで来ると、かつて高校生と何かあったのではないかと勘繰りたくなる。

 央は無造作に制服を脱ぎ散らかして、バスルームに足を踏み入れる。
 適当に使っていいと言ったので、遠慮なくシャンプーやらボディソープやらを使うことにしたが、普段央が家で使っているものとは違うそれに、何だかドキドキして来た。だって、槇村もこのシャンプーを使っているのだ。いや、当たり前だけれど。友だちの家に泊まるときだって同じことなのに、槇村の家だと思うと、変に意識してしまう。これでは、槇村のことを言えない。



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恋は七転び八起き (65)


「いっぱい食わないと、おっきくなれないぞ」
「槇村くん、お母さんみたい」

 先ほども思ったことを、今度は口にしてみる。だってそのセリフ、まさに央がよく母親から言われていることだ。兄の純平が、どちらかといえば背が高いほうだし、好き嫌いの多い央と違って、何でもおいしく食べるから、つい言ってしまうのだろう。

「後で洗濯機回すから、服、置いとけよ。一緒に洗う」
「え、そんなのいいよ。このまま持って帰るし」

 央が脱いだ服を手にしていたのを見て、槇村はそう言ってくれたけれど、央は遠慮した。風呂やご飯はともかく、洗濯くらい今すぐにしなくても、どうにかなるものではない。これ以上槇村の手を煩わすのは気が引けた。
 それに、槇村が拭いてくれたとはいえ、央の制服のズボンは、見知らぬ男の精液が掛けられたのだ。他の洗濯物と一緒に洗うのは申し訳ない。

「持って帰る? そのまま持って帰ってもいいけど、俺の服、デカいだろ? 大丈夫か?」
「え?」
「え? いや、持って帰るて、着て帰るわけじゃないよな? 他に着替え持ってないだろ? お前、何着て帰る気だ」
「………………あ、そっか!」

 槇村にそこまで説明されて、央はようやく言わんとすることに気が付いた。制服を洗濯しないまま持って帰るのと、槇村の服が央にとって大きいのと何の関係があるのかと思っていたが、他に着る服がない以上、槇村の服を借りるしかないのだから、大いに関係していた。
 まぁ、気持ち悪いけれど、洗濯していない服を着て帰ることも出来るが、さすがに脱いだ下着をもう1度穿く気にはなれない…。

「サイズの合いそうなの、探しとく。趣味まで合うかどうか分からないけど」

 槇村も、そこまで央の服の洗濯に拘っていたわけではないようで、央が何も言えずにいたら、結局槇村から服を借りることになっていた。特に拒む理由もないので、央も何となく頷いたが、しかしその直後、迂闊な返事に後悔した。
 借りたからには、いずれ返さなければならないが、その返し方が分からない。今日はこんなことがあって央を家に泊めてくれたけれど、槇村はもう央に会いたくないだろうから、直接返しには来られないし、純平に頼むとすれば、今日槇村の家に泊まったことを話さなければならない。

「ぅん? どうした?」
「あ、いや、やっぱいい、服…」
「大丈夫だって、そんな変な服じゃないから。あー…まぁ、高校生の好みとは合わないか」

 槇村は、央が服を借りたがらないのは、飽くまで槇村の服のセンスの問題だと思っているようだが、そういうことではない。槇村はきめ細かな性格はしているが、こんなところでちょっと抜けている。いや、むしろ央が、余計なことまで考え過ぎなのだろうか。



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恋は七転び八起き (66)


「槇村くんの服のセンス、疑ってるわけじゃなくて。借りたらその……どうやって返したらいいか…」
「………………あぁ、いや、無理に返さなくてもいいから。服の1着や2着くらい」

 答えるのに少しの間があったのは、央の真意を汲み取るのに時間が掛かったからだろう。それでも聞き返さずに、しかもサラッとそんな提案が出来る槇村は、スマートな大人だ。

「でも…」
「気にしなくていいから」

 それでも気にする央に、槇村はそう言って笑った。央はもう、何度かそのセリフを聞いているけれど、央に気を遣わせまいとする槇村の優しさと寛大さに、気持ちが抑えられなくなりそうで、怖くなる。
 槇村は「ちゃんと頭拭けよ?」と、またお母さんのようなことを言って、コンロに向かった。

「もうすぐ出来るから、座っとけ」

 央は、何か手伝ったほうがいいと思ったものの、料理はまったく出来ないし、かといってテーブルの準備をしようにも、何がどこにあるか分からないから、結局はただ突っ立っているしか出来ず、そんな央に気付いた槇村が声を掛けてくれたので、大人しくテレビの前にあるテーブルのところに着いた。
 友だちの家もそうだけれど、初めて来る家は、何だか落ち着かない。風呂まで借りておいて今さらだが、ここが槇村の家だと思ったらソワソワしてしまい、央は意味もなく部屋の中に視線を向ける。
 槇村の部屋は、最初に感じたとおりすっきり片付いている印象だが、そんな中で、ベッドの上にゲーム機が放り投げられていて、何だか不思議な感じがする。槇村がいい年をしてゲーム好きなのは、純平から聞いていたけれど、本当だったんだ。すごく大人だと思っていた槇村の意外な一面を実際に目撃して、つい胸がときめいてしまう。
 しかし直後、央は自己嫌悪に陥った。槇村のことは諦めなければらないのに、改めて好きになってどうするのだ。意外な一面を知って、その人のことを好きになるのはよくある話らしいけれど、まさか自分の身にも起こるとは思ってもみなかった。しかも今さらのこのタイミングで。

(諦めないとダメなのに…)

 そう思ったら急に切なくなって、央は抱えた膝に顔をうずめた。
 央は今まで、スーツ姿の槇村しか見たことがなかったし、槇村の部屋も、中までは来たことがなかったから、今は、見るものすべてが新鮮だ。だからここは、槇村への気持ちを断ち切れなくさせるものだらけで、央のことをすごく苦しめる。こんなことなら、槇村の家になんて来なければよかった。そうすれば、こんな思いはしないで済んだのに。
 けれど、もしここに来なかったら、央は電車にも乗れず、タクシーにも乗れず、ましてや歩いて帰れる距離でもないから、今晩、どうなっていたか分からない。やはり、槇村には感謝すべきだ。

「央?」
「………………え…?」
「お前、パンツに顔うずめて、何してんだ」
「は? そんなことしてないし!」



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恋は七転び八起き (67)


 頭上から掛けられた声に顔を上げたら、両手に皿を持った槇村が、怪訝そうに央のことを見ていた。
 それにしても、央がセンチメンタルな気分に陥っているときに(しかも、原因は槇村だ。)、一体何を言っているのだ。しかも、どうしてそんな変態みたいな真似をしていると思ったのかと央は憤慨し掛けたが、ふと見たら、脱いだ制服を一式持ったまま膝を抱えていたから、見ようによっては、槇村の言うように見えたかもしれない。
 央はもう1度、「そんなことしてないわ」と言って、ぐしゃぐしゃに丸めていたシャツやズボンを畳んだ。とはいえ、こんなこと普段しないから、全然きれいには畳めないんだけれど。

「…焼きそば」
「麺があったから。焼きそば、嫌いか?」
「うぅん、好き」

 テーブルに置かれた皿には焼きそばが盛り付けてあって、央は目を輝かせる。母親の唐揚げは食べ損ねたが、焼きそばは唐揚げの次の次くらいに好きだから、大満足だ。

「いただきます」
「はい、どうぞ」

 槇村の焼きそばはおいしかったけれど、央の嫌いな玉ねぎが入っていて、ちょっと手が止まる。これで相手が母親なら盾突けるが、さすがに槇村には何も言えないので、央はこっそりと端のほうに退けた。
 槇村は、黙って食事を続けていた。テレビも付いていない室内は、ひどく静かだ。央は、食事のときといえば、家族みんなで話とかしながらするのが普通だったから、今の状況は、静かすぎてちょっと寂しいけれど、槇村は別に央となんか話をしたくないだろうし、央も特に話し掛ける言葉もなかったから、結局沈黙は変わらなかった。

 もともと食べるのは早いほうだけれど、今は黙って食べていたせいか、央はあっと言う間に焼きそばを食べ終えた――――玉ねぎを残して。
 せっかく作ってくれたのに残すのも申し訳ないと、がんばって端っこのほうだけちょこっと齧ってみたものの、やっぱりダメだった。全然おいしくない。しかも、ちょっとしか食べていないのに、口の中に玉ねぎの味がすごく残っている。

「…央、どうした?」

 1人でわたわたしている央に気付いたのか、槇村が顔を上げた。

「何でもなっ…」
「…玉ねぎ、嫌いなのか」
「!!」

 何としてでも隠さなければ、とまで思っていたことではないが、出来れば知られたくないなぁ…と思っていたのに、それがあっさりとばれて央は絶句する。とはいえ、皿の端には残された玉ねぎが盛り付けられているのだから、そのくらいのこと、見ればすぐに分かることだった。



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恋は七転び八起き (68)


「べ別に嫌いとかじゃないしっ…」

 でも央は焦ってそんなことを言ってしまい、それを見た槇村に笑われた。

「知らなかったから。ゴメンな、入れなかったらよかったな」
「別に…」
「無理しなくていいから」

 意地を張る央に余計なことは言わず、槇村は央から玉ねぎの残った皿を受け取った。
 無理して食べることにならずに済んでよかったけれど、だからどうして槇村はいちいち優しい素振りを見せるのかと、央はちょっと怒りたくなる。こんなの、嫌いな相手に対する態度ではない。さっき、優しくするなと言ったのに、ヒドい。

「槇村くんっ」
「そういえば、」
「、」
「…、」

 そんなに優しくしないでくれと、もう1度言ってやろうと声を掛けたら、それと同時に、皿を片付けようとしていた槇村が振り返って口を開いたから、そのタイミングにお互い顔を見合わした。

「…何、槇村くん」
「央こそ…………何?」
「槇村くんから言って!」

 こういう被り方をすると、何となく気まずいというか、譲り合ってしまうというか、変な感じになる。
 どちらが先に言うかなんて、本当はそんな順番どうでもよかったが、央はつい意地を張って、槇村から先に言うように促した。しかも、槇村の態度に対してモヤモヤした気持ちが高まっていたせいか、口調も強くなってしまう。
 槇村は一呼吸置いてから、徐に口を開いた。

「…いや、先週、悪かったな、て思って」
「…………え?」
「先週。お前のこと、嫌いだとか顔も見たくないとか言ったから…………ゴメンな」
「……………………え?」

 先週は、2人の間にいろいろなことがあったけれど、槇村が言っているのが、木曜日に再び槇村に会いに行った央に対し、帰宅した槇村が話も聞かずに帰れと言ったときのことだと、央はすぐに分かった――――分かったけれど、どうして今槇村は謝ったのか、央は2度も聞き返したのに、まったく理解できなかった。
 央は、槇村を怒らせるようなことをした覚えはあるが、謝られるようなことをされた覚えはない。いや、怒らせるようなことをした自覚もなかったが、それは圭人に散々説明されて何とか理解したのだ。しかし圭人は、央が謝られる可能性について、何も言っていなかった。



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恋は七転び八起き (69)


 しかし、あの夜の出来事により央は死ぬほど凹んだが、同時に、今まで誰に何を言われても諦めるという発想のなかった央の中に、初めて、槇村のことを諦めなければいけないという気持ちを芽生えさせたのだ。
 槇村を好きだという気持ちは消えていないのに、槇村のことを諦めなくてはいけない。それは8回も失恋している央にとってもツラい決断だったが、何とか自分に言い聞かせて今日まで来たのだ。槇村に会わない生活を続けていくうちに、いつか槇村のことも、この苦しさも、みんな忘れることが出来ると思って。
 それなのに、今日こうしてまた槇村に会うし、顔も見たくないと言っていたくせに優しいし、挙げ句に、嫌いだと言ったことについて謝って来るし。気持ちはグチャグチャだ。

「何、それ…」

 歯を食い縛っていなければ泣き出してしまいそうだったけれど、央は何とか声を絞り出して槇村に尋ねた。

「いや…、ひどいこと言って傷付けたから。話も聞かないで帰れとか言って……イライラしてて――――なんて言い訳にはならないけど…………ホントにゴメン。謝らないと、てずっと思ってたんだけど、連絡先も知らないし、お前の兄ちゃんにも何か聞けんくて…」

 槇村は本当に申し訳なさそうにそう言って、「ゴメンな、央」と頭を下げたが、央は何も言葉に出来なかった。
 だって、そんな。
 あの日以来、槇村のことを諦められるよう一生懸命に努力して来た央の気持ちも知らないで、そんな簡単に謝らないでよ。今さらそんなこと言われたら、また忘れられなくなる。

「槇村くんのバカッ!!」
「なっ…何だよ、急に」
「バカやからバカやって言ってんのっ! 何だよ、何で謝んだよ、今さら何だよ!! ううぅ…」

 とうとう堪え切れずに、央の瞳から涙が零れ落ちた。今泣いたら何だか卑怯な感じがして、央は目をこすって何とか涙を止めようとしたけれど、うまくいかなかった。

「央、」

 宥めるつもりだったのか、槇村が央の頭を撫でようとしたが、央はその手を振り払った。

「俺のこと嫌いなんだったら、謝らないでよ!」
「でも…、あれは言い過ぎやったから。そこまでお前のこと」
「ッ…! そこまで嫌いじゃないとか、そんなの今さら絶対に言わないでよっ! 何で分かんないのっ? 俺、槇村くんのこと好きなのに、槇村くんのこと諦めないといけないんだよ!? そんなことされたら、諦められなくなるじゃんかっ…!!」

 央は今日、電車の中であんな目に遭って、恐怖のあまり槇村の前で号泣しているけれど、それと同じくらいの涙が、悔しさと怒りのあまり溢れて来る。
 槇村は央に謝ることによって、央を傷付けたという罪悪感から解放されるかもしれないが、謝られた央はかえってツラいのに。そんなことも分からないの? 今こうして槇村に優しくされるだけで、央はどんどん槇村のことを好きになっていくのに、それなのに槇村のことを諦めなければいけない央の気持ちが分からないの?

「槇村くんなんかっ…、槇村くんなんか……」

 ――――嫌いになれたら、どんなに楽だろう。



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恋は七転び八起き (70)


  槇村・央



 泣きじゃくる央を前に、槇村はただ茫然としていた。泣いている央を慰めたい、慰めなければ、という気持ちはあったけれど、体が動かなかった。今触れたら、それだけで傷付けてしまう。

「央…」

 槇村はこの1週間、どうやって央に謝ろうかと、そればかり考えていた。ひどいことをした自覚はもちろんあって、だからこそ、謝って然るべきだと勝手に思っていた。
 しかしどうだ、実際に謝ってみれば、央をこんなに泣かせてしまった。謝っても許してもらえないかもしれないとは考えたけれど、まさか泣かれるとは思っていなかったので、槇村は少なからず動揺した。
 諦められなくなるから謝るな、優しくするなと言われて、槇村はようやく央の涙の理由に気が付いた。そんな当たり前のことを、槇村は央を泣かせるまで気付かなかったのだ。

 そもそも槇村は、央が本気で槇村のことを諦めようとしているなど、思ってもいなかった。振られても振られても槇村の前に現れる央に、どうしたら諦めという言葉が結び付けられるだろう。
 だから今回だって、いい加減、槇村には愛想を尽かしただろうと思う一方で、時が経てばまた槇村の前に現れるかもしれない、と心のどこかでは思っていた。しかし実際には、央は自分の気持ちに整理を付けて、前に進もうとしていたのだ。今度こそ槇村のことを諦め、その想いを断ち切ろうとしていた。槇村が気付いていなかっただけで。

 だがこれは、ずっと槇村が望んでいたことのはずだった。央が槇村のことを諦め、もう槇村のところに来なくなってくれたらいいと思っていた。それがようやく叶ったのだ。これで槇村は、央から解放される。
 それなのにどうだろう、心は少しも晴れない。央を傷付けたことは本意ではなく、今まさに槇村のせいで泣いている央がいるのだから、心に蟠りがあって当然だけれど、でも、それだけじゃないんだ。

「央」

 槇村は明確な意志を持って央に手を伸ばし、そして抱き締めた。央は抱えた膝に顔をうずめていたけれど、何が起こったのかはすぐに分かったようで、ハッとして顔を上げると、慌てて槇村の体を押し返した。

「ちょっ何すんだよっ、やめろよっ!」
「…ゴメン、央」
「ッ! 謝んなって言っただろっ! 離せっ!」
「違う…、ホントにゴメン、央…」

 央は両手両足でもがいて槇村の腕から逃れようとしていたが、槇村はそれでも腕を解かなかった。央をこの腕から、逃したくはなかった。そういうことだ。そういうことなのだ。央のことを、離したくない。

「ゴメン、央…」



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恋は七転び八起き (71)


 今になって気付いてしまった自分の想いに、どうしようもない気持ちに襲われる。こんな年にもなって、一体何をしているのだと、自分を殴り飛ばしたかった。
 どんなに央に優しくするなとか心配するなとか言われても、それは無理だと思ってしまうのは、相手が央だからだ。振られても振られてもめげずに槇村のところにやって来る央を、それでも嫌いになれなかったのは、お前だからだ。先週の夜のことを謝りたいと思ったのは、謝るのが当然だからではなくて、仲を取り戻したかったからだ。

「槇村くん、何で謝んの…?」

 央も最初は、単に泣きわめく央を宥めようと槇村が謝っているのだと思っていたようだったが、槇村の様子に気付いたのか、抵抗をやめて、自分の肩口にある槇村の顔を見た。しかし槇村はしっかりと下を向いて、表情だけは見られないようにした。

「槇村くん?」

 呼び掛けられ、槇村は首を横に振った。どうして謝ったのかなんて、そんなの、今さら自分の気持ちに気付いてしまったからだ――――央のことを好きだという気持ちに。もっと早く気付いていれば、こんなに央を苦しめなかったのに。そう思ったら、謝って済むことではないけれど、謝らずにはいられなかったのだ。
 だから、謝った理由だって、言えない。もう今さら何も言えない。その理由も、槇村の本当の気持ちも。槇村のことを諦めようとする央の努力を無駄にしないためにも。

「――――好きだ、央」

 言ったらいけない、のに。そう思う心とは裏腹に、槇村の口からはそんな言葉が飛び出していた。
 告げた瞬間、腕の中の央の体はビクリと震えたが、それきり動かなかった。何を今さら、と思っているだろうか。それとも、頭の中が真っ白になって、何も考えられないでいるのだろうか。

「…央」

 槇村はようやく、央の肩にうずめていた顔を上げた。衝動的に想いを告げてしまったが、このままではいられないと、頭の中の冷静な部分がそう訴えたのだ。
 央は唖然とした表情で固まっていた。槇村がその顔を覗き込んでも、瞳にはその姿が映っているのに、槇村のことを認識できていない様子だった。

「央?」
「――――…………え…………?」

 何度か目の前で手を振ると、央は何度か瞬きをしてから、何とか槇村に視点を合わせた。槇村も央のことを見ていたのだから、目が合うのは当然のことだったが、その瞬間、央の顔が驚くほど一瞬で真っ赤に染まった。



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恋は七転び八起き (72)


「ひ…」
「ッ…、なっ、なっ、なな何言ってんのっ!! はぁっ!? 何言ってんのっ!!」

 大丈夫か、と槇村が声を掛けようとするより一瞬早く口を開いた央が、一気に捲し立てる。どうやら、先ほど槇村が告げた言葉が、今になってやっと脳の肝心な部分に行き渡ったようだ。しかし、すっかり動揺した央は、壊れたロボットのように、同じセリフを繰り返すだけだ。

「央、ちょっと落ち着け、て」

 央をこんな状態にさせた張本人が何を言うか、しかしそう言うしかないくらい、央はパニックを起こしている。

「は…? 何言って……………………何…………」
「ちょっ、央!」

 それこそ機械だったら、ちょうど電池切れか燃料切れを起こしたところだろう。央は力なく最後の一言を発して、ふらりと後ろに引っ繰り返りそうになったが、槇村が腕にその体を抱いたままだったから、倒れることは免れた。

「央…、大丈夫か?」
「………………大丈夫、じゃないわ…………バカ、アホ…」

 槇村の腕の中で、茫然としたまま、それでも央は何とか反論して来た。それにしても、そのくらい罵られてもまだ足りないくらいのことを槇村はしたけれど、よく一回りも年の離れた相手に向かって、『バカ』だの『アホ』だのと言えたものだ。

「……どんだけ俺の気持ち引っ掻き回せば気が済むの…………」
「…ゴメン」

 消え入りそうな央の言葉に、槇村は素直に謝った。責めるような言葉だったが、央は槇村の腕から逃げ出そうとはしなかった。腕の中で大人しく、槇村のことを見つめていた。

「……やっと、今になってやっと、自分の気持ちが分かって…………でも、そんなの今さらだろ?」
「…今さらだな。てか、今て? いつの今? たった今?」
「……たった今。お前に好きだって言うた直前」
「ホントにたった今だな…。バッカじゃね?」

 央のひどい言い様に、さすがに突っ込んでやろうかと思ったが、言葉とは対照的に、央は今にも泣き出しそうな表情だった。

「…………もっと早くに気が付いて、素直にお前に伝えられてたら、こんなにお前のこと傷付けたり、苦しめたりしなかったのに、て思って…」
「……だから、さっき謝ったの?」
「…うん」
「…勝手だね」
「…ゴメン」

 央は槇村の腕に預けていた体を起こして、しっかりと槇村と向き合った。



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恋は七転び八起き (73)


「…俺、もう槇村くんのこと、好きじゃないよ? だって槇村くん、俺のこと嫌いだって言ったじゃんか。だから…、だから俺、槇村くんのこと諦めようとし…………」

 央が言葉を詰まらせたのと同時に、その目に浮かんだ涙がボロリと零れ落ちた。槇村は、今度は躊躇いなく、その涙を拭った。央は抵抗しなかった。拭っても拭っても、涙は零れた。

「俺っ…、槇村くんのこと、もう好きじゃないっ。今さらっ、そんなの今さら言ったって、もう遅いっ…!」
「…うん」

 槇村の告白が今さらだということは、槇村自身が一番分かっていることだった。しかし、改めて央にその言葉を突き付けられて、胸が痛む。でもこんなの、央の心の傷に比べたら。そのくらい、槇村は央のことを傷付けた。

「もう、おそぃ………………ッ、槇村くん…、」
「…ん?」
「…………好きっ……」

 央は、言葉とともに槇村に抱き付いた。槇村の胸に顔をうずめたまま、好きだと何度も繰り返す。槇村は央の薄い背中に腕を回した。

「…俺も好き」

 伝えれば、央はまた、肩を震わせた。槇村は、あやすように背中を叩いてやる。……槇村は、この背中を何度見て来たことだろう。槇村に告白を断られて、寂しげに駅へと戻る央の後ろ姿。

「央、好きだ」
「…ん、好き」
「央と付き合いたい」
「…ぅん」
「央と恋人になりたい」
「う、んっ、俺もなりたいッ…」

 槇村は背中に回したその腕に、力を込めた。



*****

 互いに想いを伝えあった後、照れ臭いような、面映ゆいような雰囲気が漂って、央は何も言えずに膝を抱えて恥ずかしそうにしているし、槇村も空気に飲まれてモジモジしている始末。これじゃあまるで思春期の恋心だ。央はまだ高校生だからともかく、槇村にいたってはもう34なのだから、これではまずい。



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恋は七転び八起き (74)


「あのっ…」
「なぁ、」
「………………」
「………………」

 勇気を出して声を掛ければ、同じタイミングで相手も口を開いた。そういえば先ほども、こんなことがあった。もしかしてこれは、すごく気が合うということなのだろうか。それはすごく嬉しいけれど、何も今ここで発揮されなくても。
 気まずい空気が流れ掛けたところに、軽快な音楽が割って入って来て、2人とも大げさなくらいにビクリと体を竦ませた。
 槇村には聞いたことのない曲は、央のスマホの着信音だったようで、央はゆっくりとカバンのほうを振り返ってから、再び槇村のほうを見た。電話に出てもいいか聞きたいのだろう、槇村は無言で頷いた。

「――――もしもし…?」

 央は槇村に背を向けたまま、電話に出た。その間に槇村は立ち上がって、タオルを濡らしに行く。電話を盗み聞きするつもりはないが、央が特に声を潜めもしないので、その会話が聞こえてくる。相手は圭人のようだ。

「…うん、大丈夫だって、ホントに。圭ちゃん、心配しすぎ。…………ん、でも今日一緒に帰れなかったの、圭ちゃんのせいじゃないし。気にしないでよ。…うん、…うん、分かった。ありがとう圭ちゃん。……バイバイ」

 電話が終わったのを見計らって、槇村は央のもとへと戻る。ホラ、と濡れたタオルを差し出せば、央が不思議そうに首を傾げた。

「目、冷やしといたほうがいいぞ。明日、腫れてるから」
「あ…」

 泣き過ぎた央の目は、すでに少し腫れぼったくなっていたが、明日に影響を残さないためにも、今からでも冷やしておいたほうがいいだろう。央は素直にそれを受け取って、目元に当てた。

「でも、こーすると、槇村くんのこと、見えない…」
「そりゃまぁ…。別に俺のことなんか見なくていいし」
「いやだ! 槇村くんのこと見てたい!」

 先ほどまで槇村と同じくらい恥ずかしそうにしていたくせに、央が急にぐいぐいと攻めて来るから、照れて槇村はつい素っ気ない態度を取ってしまう。そういうことをまっすぐに言われるのが、非常に苦手なのだ。

「コラ、央。ちゃんと当てときなさい」
「槇村くんのバカ」

 まぶたを冷やさなければ意味がないのに、槇村のこと見ようとして、タオルの位置が目の下に来ているから、槇村は罵られつつも、央の手からタオルを取って、目の上に乗せてやった。しかし、央は前を向いているから、押さえなければタオルが落ちてしまうというのに、央はまったく手を出す気配がない。
 央が分かっていてわざとやっているのには、もちろん気付いている。だが、気付いたところで、央が自分で押さえるか、上を向いてくれない限り、槇村は手を離せない状況に変わりはない。



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恋は七転び八起き (75)


「…央、タオル落ちる」
「押さえてたら、落ちない」
「自分で押さえんかい」
「槇村くんのこと見えなくて寂しいから、触っててほしいの」
「おまっ…」

 恥ずかしげもなくそんなセリフを吐く央に、槇村のほうが動揺で言葉を詰まらす。こんなことをサラリと言えるのは、若さゆえだろうか。しかし槇村昔から、この手の甘い雰囲気が苦手だ。やはり年齢ではなく、本人の素質の問題だろう。
 それにしても、2人で向かい合って、槇村が央の目元に濡れタオルを押し当てるという光景は、随分と滑稽なものだ。槇村は少し考えてから、央が見えていないのをいいことに、体勢を入れ替えるべく、そっと手を伸ばした。

「ひゃっ!」

 槇村はクルリと央の体を反転させて自分と同じほうを向かせると、後ろから抱き締めるように、央の背中を自分の胸に預けさせた。何が起こったのか分かっていない央は、驚いて身を捩ったが、槇村はやんわりとそれを制する。

「タオル、落ちるだろ。ちゃんと押さえとかないと」
「ちょっ槇村くんっ…」
「これなら、自分で押さえられるだろ?」

 槇村は、片手を央の腹のあたりに回したまま、反対の手で央の手を取ると、タオルを押さえさせた。先ほどまで強気に甘えて来ていた央は、耳まで赤くなっている。大人をからかいすぎるもんじゃない。

「…恥ずかしいんだけど」

 槇村の腕の中で大人しくしつつも、央はポツリと漏らす。

「お前が触っててほしいて言ったんだろ」
「さっきみたいのでいいじゃん!」
「いや、あれはあれで、おかしな光景だったし」
「こんなん何か、こっ恋人同士、みたいじゃんかっ…」
「みたい、て……恋人になったんじゃないのか、俺ら」

 異様なまでに照れる央が、何だかおかしい。いや、こんな甘ったるい空気だとか、恋人らしい雰囲気とか、本当は槇村だって恥ずかしくて仕方ないのだが、自分が優位に立っていると平気だなんて、まったく子ども染みていて苦笑したくなる。

「…なぁ、槇村くん」
「何だ」
「……圭ちゃんに言ってもいい? 槇村くんと、その…恋人…」

 今までに何度も槇村に告白しては、付き合いたいとか恋人になりたいとか普通に言って来ていたくせに、実際に付き合うことになったら、恋人という単語に過剰反応するのは何なんだろう。…かわいいけど。



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恋は七転び八起き (76)


「ねぇ、ダメ? 圭ちゃん、めっちゃ心配してくれてて、だから、」

 無言の槇村に、央が心配そうに言葉を続ける。視界が遮られて槇村の顔を見ることの出来ない央は、その沈黙の意味も分からず、きっと誰かに言われるのを嫌がって黙ったとでも思っているのだろう。だが、実のところ槇村は、いちいち照れまくっている央がかわいいなぁと思っていただけで、そんなの実際に槇村表情を見ればすぐに分かることだった。

「…槇村くん? ダメだった…?」
「あ? あぁ、いや…。何、アイツ、そんなに心配してる? さっきも電話寄越してたもんな」
「…ん、電話は最近結構来る…。今日は一緒に帰れなかったし…」

 圭人は、央が槇村に告白しに来るとき、大抵一緒に来ていた仲で、しかしそのときは結構面倒くさそうな様子だったから、央のことをそんなに心配するようになったのは最近のこと――――きっと先週の一件以来だろう。あのときも圭人は一緒だったから、央の身に何があったかも、その後の央の様子も、よく分かっているはずだ。

「俺は圭人にも謝らないとだな」
「…? 何で?」
「圭人がお前のことめっちゃ心配してんの、俺のせいだろ? …てか、付き合うことになったの、アイツに言って大丈夫か? お前のこと、めっちゃ心配してんだろ? 今さら何だ! て、俺、めっちゃ怒られるんじゃないか?」
「そんなの、怒られてよ。圭ちゃんに謝って、怒られて。なら、言ってもいいよね?」
「…おぅ」

 付き合うことになったのを、誰彼なく話されるのは抵抗があるが、相手は事情をよく知る圭人だ。心配も掛けているし、央が話したいと言うなら、それを拒否できない。
 それよりも、もう高校生ではない槇村は、自分の恋愛事情をいちいち友人には打ち明けないが、今回ばかりは逢坂や板屋越に言ったほうがいいだろうか。逢坂はともかく、板屋越には言っておかないとまずい気がする。…言ったら言ったで殴られるかもしれないが。

「あ、七海にも言っていい? あ、でもアイツはいっか、言わなくても」
「いいんかい」

 七海とは、槇村も1度だけ会ったことがある。圭人の代わりに、央と一緒に槇村の家まで来たことがあるから。1度だけとはいえ、わざわざそんなことに連れて来るくらいだから、圭人と同じくらい仲がいいだろうに、どうしてそんな、どうでもいいみたいな扱いなのだ。

「…央。お前が話したいんだったら、圭人と七海には言ってもいいけど、あんまりベラベラいろんなヤツに喋ったらダメだからな?」
「はーい」

 央の友人は圭人と七海以外まったく知らないが、念のために釘を刺しておく。央は、突拍子もないことを、平然と、まるでごく当たり前のことのようにやってのける男なので。



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恋は七転び八起き (77)


 それにしても、央は友人に槇村との関係を話すことについて、いちいち槇村に断りを入れているが、槇村ももし話すとなったら、そうすべきなのだろうか。央こそ、槇村の交友関係など知らないはずなので(もしすごく詳しかったら、ちょっと引く…)、勝手に話しても構わないか。板屋越は央のクラス担任だが、央はそのことを知らないわけだし。

「あ、それよりも央、」
「ひゃっ」
「何だよ!」

 央の目に当てていたタオルが温くなったから、換えたほうがいいかと思って外したら、逆にこちらがビックリするくらい央が驚くから、何事かと思った。

「だだって、槇村くんの顔、めっちゃ近いから!」
「いや…、ずっとこの体勢だっただろ」
「見えなかったから、忘れてた…」

 今さら顔を赤くしつつ、しかし央は体を起こすことなく、そのまま槇村に体を預けている。まぁいいんだけれど、タオル…。

「あ、それで、」
「ちょっ槇村くん!」

 変なところで央が驚いたせいで中断した話を続けようとしたら、再び央に遮られた。少しも話が進まない。しかも、槇村の話を止めたくせに、央は何も言わずに槇村の顔を見ているだけだ。

「…………央? 話、続けていいか?」
「いや、違うでしょ!」
「は? 何が?」

 央が話し出さないから槇村が話そうとすれば、それは止められてしまうから、わけが分からない。こうして央と付き合うことになってはみたけれど、もうさっそく若者と心が通じ合えない。

「今は何かこう……チューとかする雰囲気じゃん。槇村くん、何普通に話とかしようとしてんの」
「いや、全然そんな雰囲気じゃないだろ。普通に話とかする雰囲気だろ」
「何で! ギュッてして、チュッてするところでしょ!」
「するか」

 思った以上に夢見がちな央に、槇村は頭を抱えたくなった。槇村が分からないのは、若者全般の心理ではなく、央の思考回路だけかもしれない。しかし、その央と付き合うわけだから、やはり問題はある。

「槇村くんのケチ!」

 …槇村に後ろから抱き締められていることを意識しただけで顔を赤くしているヤツに言われたくはないところだが、とりあえず槇村はグッと言葉を堪える。相手が逢坂や板屋越だったら言い返しているところだが、高校生相手に向きになることはない。向きになることは…



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恋は七転び八起き (78)


「意気地なし! 腰抜け!」
「………………。…央、いい加減にしろよ?」
「ん? うわっ、んっ!」

 槇村は央の体の向きを変えさせると、片手でその細い腰を抱き、もう片方の手で顎を掴むと、その唇を塞いだ。
 顔が近付いた瞬間、驚きで目を見開いていた央が、咄嗟にギュッと目を瞑ったのが分かった。固まっている央の唇を割って舌を差し込み、縮こまっている央の舌に絡ませると、ビクッと央の体が震えたのが伝わって来た。

「はっ……ん…、槇村く…」
「お前はホントに…。誰が腰抜け…………央?」

 さすがに腰抜けとまで言われて、何もしないままではいられない。たっぷりと唇の感触を味わってから離すと、央はポワンとした様子で、何度も瞬きしながら槇村を見た。

「槇村くんにチューされ…、初チューなのに、こんな……大人だぁ…」
「え、」

 央は夢見心地にぼんやりと呟くが、それを耳にした槇村は、事の重大さに気付いて固まった。

「ちょっ、央、え?」
「ふぇ…?」

 初めてのキスに酔い痴れている央は、槇村の呼び掛けにも反応が薄い。いや、だから、初めて、て…!

「央!」
「ぅん…?」
「おま…初めてて…、まさか今のが、その、ファーストキス的な…?」
「うん!」
「!!」

 央を正気に戻すため、その両肩を掴んで揺さぶりながら、槇村は一縷の望みに賭けて尋ねたが、それはあっさりと裏切られた。我に返った央は、明るい顔で元気よく頷いた。本当にこれが初めてのキスだったようだ。
 衝撃で槇村は卒倒しそうになった。央の恋愛経験に思うところがあったわけではない。槇村がショックを受けたのは、央の初めてのキスを、こんな形で奪ってしまった自分に対してだ。
 槇村は今さらキスに思い入れもないからいいけれど、やはりファーストキスは心に残るというか……央は少女漫画的思考を持っているところがあるから、余計にそういうことに夢見ているだろうに…。

「央、あの、ゴメ…」
「何がぁ?」

 キスをしておいて謝るなんて野暮もいいところだが、しかし央は、そんなことも分かってない様子で、あどけなく聞き返してくる。その笑顔すら、槇村の罪悪感を煽るというのに。

「…………何でもない」

 央に対して申し訳ないと思うなら、せめてこのキスが、央の中で嫌な思い出にならないように努めるだけだ。それが大人であり、男だろう。そう思いつつ槇村は、まだ幸せそうにほわほわしている央を抱き寄せ、もう1度口付けた。思いのほか槇村も、幸せ気分に浸っているようだ。



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恋は七転び八起き (79)


  央・槇村



 槇村がシャワーを浴びる音を聞きながら、央はふとんの上でゴロンゴロンと転がっては、ジタバタと暴れていた。だって、こんなシチュエーション、大人しくしていられるわけがない。…いや別に、ふとんの上とはいっても、槇村が敷いてくれたお客様用のふとんの上であり、槇村が寝るベッドとは別なのだが。
 しかし、ほんの数時間前までは、槇村のことを諦めなければ…とか、それなのに槇村は優しいし、どうしたらいいんだ! とか思って、もだもだしたり憤ったりしていたのに、槇村とお付き合いすることになり、しかもキスまでしてしまったのだ。央が舞い上がるのも無理はない。

「は…はぅ…、チューしちゃった…」

 央は先ほどのキスを思い出して、1人で顔を赤くする。恋人が出来るのは初めてではないが、キスをするのは初めてなのだ。
 前に付き合った彼女とは、キスに至る前に別れていて、その子には申し訳ないけれど、今になってみれば、そのときキスをしていなくてよかった、と心から思う。初めてのキスが、槇村とで本当によかった。

「んーんー! あ~あぁ~~あだっ!」
「………………何してんだ」
「あ、槇村くん」

 嬉しさと恥ずかしさが入り混じり、居ても立ってもいられない気持ちで、手足を投げ出したまま転がっていたら、央はキッチンカウンターに右手を思い切りぶつけた。しかも、そのタイミングで、ちょうど槇村が風呂から上がって来たので、思い切りそれを目撃されてしまった。

「だって…………………………」
「央?」

 央は、落ち着かなくて、と言葉を続けようとしたが、風呂上がりの槇村を見て、そのまま固まった。ふとんの上で、妙な格好のまま動かなくなった央に、槇村は髪を拭く手を止め、怪訝そうに眉を寄せたが、央にしたら、それどころではなかった。いや、槇村のその表情や仕草を含め、それどころではなかった。

「…………槇村くん、かっこいい…………」
「は?」

 スーツ姿ではない、部屋着の槇村を見たときも格好いいと思っていたけれど、風呂上がりの濡れた髪とか…………

「おい、大丈夫か? 央?」

 央の知っている槇村は、いつもスーツ姿で、央のことを見つけると、困ったような呆れたような疲れたような顔をしていたから、違う一面を見ただけで、もうどうしようもないくらい胸が高鳴ってしまうのだ。
 槇村とお付き合い出来ることになったけれど、果たして心臓が持つのだろうかと、ちょっと心配になる。



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恋は七転び八起き (80)


「もぉ、槇村くん、何でそんなにカッコいいわけ!?」
「何言ってんだ」
「心臓に悪い」
「知るか」

 央の理不尽な怒りをぶつけられた槇村は、プイと顔を背けた。怒らせただろうかと央は焦ったが、濡れた髪の間から覗く耳が赤いのに気付き、単に照れているだけだと分かった。真正面から褒められることに慣れていないのだろう。でも、槇村はこんなに格好いいのに、それを言う人はいなかったのだろうか。

「槇村くーん…」
「何だ」

 それでも央が呼べば、槇村は面倒くさそうにしながらも、振り返ってくれる。あぁ、それだけで嬉しいなんて、我ながら重症だと思う。

「俺…、ホントに槇村くんと付き合うんだよね…?」
「え? あ…うん」
「俺…槇村くんと、チューしたよね…?」
「お…おぅ」
「はぅ…………幸せ…………」
「そ…そか…、よかったな…」

 幸せを噛み締める央の傍らで、槇村は何とも言えない表情をしている。もしかしたら、こんなことで感動している央に呆れているのだろうか。でも、槇村と違って、央の恋愛の経験値など、せいぜい手を繋いで映画を見に行ったくらいだから、何かにつけて幸せ気分に浸ってしまうことくらい、許してもらいたい。

「槇村くーん…」
「何ですか」

 央の話が終わりそうもないと思ったのか、槇村は肩を竦めて央のそばに座った。

「槇村くんとお付き合いすんの、圭ちゃんに言ってもいい、て言ったじゃん…?」
「まぁ…………おぅ」
「さっきチューしたのも言って」
「ダメだ」

 言ってもいいか、と央が最後まで言い切る前に、槇村は被せるようにして、きっぱりと拒否した。

「圭ちゃんだよ?」
「圭ちゃんでもダメなの」

 圭人のことなら槇村もよく知っているはずで、付き合うことなら話してもいいと言ったくせに、どうしてキスのことはダメなのだろう。
 というか、央につられたのか、わざとなのか、槇村まで圭人のことを『圭ちゃん』と呼んでいる。圭人はすごく大切な友だちだけれど、しかも今のは圭人は全然関係ないけれど、ちょっと圭人に嫉妬。



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恋は七転び八起き (81)


「七海は?」
「ダメ」
「そんなら、誰になら言ってもいいの?」
「誰にも言ったらダメです。そういうのは、人にベラベラ話すもんじゃないの」
「そうなの? でも俺、嬉しすぎて、言っちゃうかも…」

 だって、クラスの女子は、昨日彼氏とデートした的な話を、しょっちゅうしている。央だって、せっかく彼氏が出来たのだから、圭人や七海と、そんな話で盛り上がりたい。

「槇村くんはしないの?」
「何を」
「俺とチューしたこと、話さないの? 友だちとかに」
「話すか」
「…友だちいないから?」
「いるわ!」

 冗談で言ったのに、即行で否定された。
 央だって、槇村に友だちがいないとは思っていないが、実のところ、槇村の交友関係など、何も知らない。初めて電車で見掛けたときも1人だったし、当たり前だが家にも1人でしか帰って来なかったから、誰かと一緒にいる槇村を見たことがないのだ。

「例えば誰ー?」
「いや、言っても知らないだろ、お前、俺の友だちなんて。お前が知ってるのなんて…………あっ!」
「ぅ?」
「そうだ、忘れてた! 兄ちゃん! お前の兄ちゃんに何て言うんだ!」
「純平くん…? 何がぁ?」
「いや、お惚けかましてる場合か。兄ちゃんに何て言うんだ!」

 忘れてた! と槇村が焦った顔をする。どうやら先ほど途中になっていた話は、このことだったらしい。しかし、慌てる槇村とは対照的に、央は冷静だ。答えが決まっているから。

「純平くんには言わないよ」
「えぇっ!?」

 央の中でたった1つしかない答えを告げれば、槇村は驚愕に固まった。央が圭人や七海に話してもいいかと聞いたときは、かなり渋々オッケーしたくせに、純平には話すことはまったく構わないということなのだろうか。むしろ、話すべきだと言わんばかりだ。

「何で純平くんに言わないといけないの? 恥ずかしいじゃん!」
「いや…、えぇーっ…そうか…?」

 だって純平とは、家で毎日顔を合わせるのだ。しかも、会社に行けば純平は槇村とも会うわけで、それなのに槇村と付き合うことを知られてしまったら、恥ずかしくて堪らない。まともに純平の顔など見れなくなる。



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恋は七転び八起き (82)


「あんま人にベラベラ言うな、て言ったの、槇村くんじゃん!」
「そうだけど…。でも純平…兄ちゃん、お前のためにいろいろがんばったんじゃないのか…?」
「それはそれ」

 きっぱりと言い切れば、槇村はあんぐりと口を開けたまま、何も言わなくなった。

「だから槇村くんも、純平くんには言ったらダメだからね? 他に友だちいないからって」
「いるわ!」

 それでも突っ込みだけはしっかりと入れてくれる槇村にギュウと抱き付けば、よしよしするみたいに抱き締められた。幸せだ。



  央・純平



 槇村の家に泊まることになって、思い掛けず槇村と付き合うことになって、キスまでされたけれど、それ以上のことはないまま、朝を迎えた。本当のことを言えば、央は期待しないばかりでもなかったのだが、央が未成年であることを非常に気にしている槇村が手を出すはずもなく、健全な一夜を明かしたのだ。
 それから夕方まで一緒に過ごして、央は家へと帰った。
 本当は明日も日曜日で休みだからもっと一緒にいたかったけれど、さすがに高校生の央が二晩も帰らないのは問題があると、槇村に帰るように言われたのだ。『そんなの気にしなくていいのに』と央は口では言ってみたものの、実際に央は、1度も家に帰らず丸2日も遊び呆けたことなど、今までにもなかった。
 駅まで槇村に送ってもらい、1人で電車に乗ろうとしたのだが、槇村も改札を潜って一緒に電車に乗って来て、過保護…とちょっと思ったが、少しでも長く一緒にいられるのが嬉しくて、央は何も言わなかった。
 電車が到着すると、槇村は家まで送ろうかと言ったが、槇村とのことは純平には言わないことにしたので、見られてもまずいと思い、寂しいけれど駅でバイバイをした。

「お帰り、央ちゃん」
「ただいま、純平くん! …………どしたの?」

 台所にいる母親に声を掛けてから部屋に向かえば、ちょうど自分の部屋から出て来た純平に声を掛けられた。タイミングの良さからして、もしかしたら、央が帰って来た音に気が付いて、部屋から出て来たのかもしれない。
 しかし、槇村と想いを1つに出来て幸せいっぱいの央と違って、なぜだか純平の表情は暗い。

「純平くん、どうしたの」
「いや…、央ちゃんこそ、どうしたの。元気になったならいいんだけど…………心配してたんだよ? 昨日電話来たときも、死にそうな声出してたから」
「あ…」

 そういえば、昨日純平に電話をした時点では、まだ槇村との関係は変わっていなかったし、何よりも電車の中であんな目に遭った後で、いろいろと気持ちが荒んでいたのだ。
 先週来、落ち込み続けていた央のことは、一緒に生活している純平はよく知っているわけで、それなのに、帰って来た央が急にこんなに元気になっていたら、不思議に思うのも無理はない。



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カテゴリー:恋は七転び八起き

恋は七転び八起き (83)


「えっと…、うん、元気だよ! ゴメンね、心配掛けて………………え、もしかして、俺が帰って来ないから、心配で1日中家にいたの?」

 元気になったのも本当だし、心配を掛けたことを申し訳なく思う気持ちも本当なので、何の嘘もついていないのだが、自分で決めたこととはいえ、槇村とのことを純平に黙っているのが心苦しくて、何となく言い訳しているような口振りになってしまった。
 ちなみに、最後に続いた質問は本気だ。だって、純平の格好は、どう見ても外には1歩も出ていない感が漂っている。

「いや、央ちゃんのことは心配してたけど、家にいたのは、1人の時間を大切にしてたからです」
「あっそ…」

 純平の返事に央は、またか…と呆れることさえしない。いつでもどこでも無駄に明るい純平だが、実は1人の時間もこよなく愛していることを、央は知っている。休みの日、央は友だちと遊びに出掛けることが多いけれど、純平は日がな一日部屋に籠っていることがよくある。いや、籠っているというか、引き籠っているというか。
 それにしても、1日中家にいた純平は、もちろん部屋着の姿なのだが、見慣れているせいか、槇村の部屋着姿のように別にドキドキすることもない。実の兄にときめいても仕方ないのだが、純平だってわりとイケメンの部類に入るはずなのに、一体何が違うのだろう。

「とにかく! もう大丈夫だから!」
「…………そう。なら、いいんだけど」

 余計な詮索をする性格でないことは分かっているが、それでも、先ほど感じ取った気まずさから抜け出せなくて、央は無理やり話を切り上げた。わざとらしすぎる! と自分の演技の下手くそさに泣けてくるが、純平はそれに納得したのか、それともこれ以上聞いても無駄だと思ったのか、引き下がってくれたので、央はホッとして部屋に戻った。

「圭ちゃんに電話しないと!」

 昨日は圭人からも、心配されて電話を貰っていたのだ。元気な声を聞かせたいし、槇村とのことも報告したい、と央は早速スマホを取り出して、圭人の電話番号を表示させた。
 しかし、通話ボタンをタッチする瞬間に、はたと手を止め、ゆっくりと壁のほうを見た。1枚隔てた向こうは、純平の部屋だ。普段からそこまで生活音は響かないが、もしかしたら圭人への電話の声が聞こえるかもしれない。

 どうしよう…と悩みながら央が思い出したのは、先ほどの純平の態度だ。言いたいことがありそうな雰囲気を出しながらも、結局何も言わなかった純平。昨日の電話だってそうだ。何かに感付いているのかと思ったけれど、追及されずじまい。有り難かったけれど、もしかしてすべて分かっていて黙っているのではないかと、つい勘繰ってしまう。
 急に不安になって、央は部屋を飛び出すと、隣の純平の部屋に向かった。

「純平くん!」
「んぁ!? ビックリしたー…………央ちゃん? え、どうしたの」
「………………あれ?」



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カテゴリー:恋は七転び八起き

恋は七転び八起き (84)


 純平がすべて分かっているとして、どうやってその情報を知り得たのかと考えたとき、央の部屋から聞こえて来る声や音からなのではないかという結論に達した央は、今も純平が壁に耳を押し当てて央の部屋の様子を窺っている、と思って純平の部屋に飛び込んだのだが、純平はテレビで映画のDVDを見ているだけだった。

「央ちゃん?」

 キョトンとしている純平は、央が部屋に駆け込んで来たのを察して、慌てて何事もなかったようにソファに戻った、なんていう様子はまったくなく、最初からそこでそうしているようだった。

「何かあった?」

 ドアのところで茫然としている央に、このまま流せる状況ではないと思ったのか、DVDを一時停止させた。
 しかし央としては、純平の(今となっては完全なる濡れ衣の)犯行現場を取り押さえるためにこの部屋に来たのであって、『何かあった?』と言われても、答えがない。

「えっとー…、圭ちゃんに電話しようと思って…」
「うん。………………うん?」

 嘘をつくのは嫌いなので本当のことを話すが、どこまで言っていいものかと思って口を噤めば、純平は不思議そうな顔をした。それはそうだろう。圭人に電話しようとしているのに、一体どうして兄の部屋に駆け込んで来る必要があるのだ。とすれば、最後まで話さなければならないが…………言えない、絶対に。
 そもそも、どうして純平が自分の行動を監視するような真似をしていると思ったのかといえば、純平が何だかやけに央の行動を見透かしているように思えたからだが、純平にそんなつもりがなく、単に央の思い過ごしだとすれば、央のほうに、そう思えるような心の有り様があったからに他ならず、そんな出来事といえば、槇村のことしかないわけで。

「………………純平くん、ちょっと話、あるんだけど…」
「ぅん? 何?」

 央が言えば、純平はテレビを消して、ソファの端に動いた。
 央の一人妄想からの自己嫌悪など知る由もない純平は、純粋に央のことが心配なのだろう。央はつい先ほど、もう大丈夫だと元気な姿を見せて部屋に戻ったばかりだが、昨日までの様子を知る純平としては、その言葉を鵜呑みにはしていなかったはずだ。

「……あのね、えっと………………これ見て」
「ん?」

 純平の隣に座った央は、持って来ていたスマホを操作して、アドレス帳の画面を出した。人の携帯電話を見るなんていいのだろうか…と戸惑った様子だったが、純平は言われるがままに画面を覗いた。

「これ………………槇村くんの」
「……………………ん?」

 央が見せたのは、アドレス帳に登録したばかりの、槇村の電話番号とメールアドレスだ。今まで知らなかったそれを、これを機に交換したのである。
 それを見た純平は、何度か瞬きした後、コテンと首を横に倒した。別にかわいくはない。



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恋は七転び八起き (85)


「えー……っと、…………央ちゃん?」
「これ、槇村くんの」
「それは聞いた。槇村くんて…………あの槇村くん?」
「他にどの槇村くんがいるの」
「まぁそうだけど…………えっと…、槇村くんと仲直りした、てこと? いや、仲直りていうか、まさか…」

 先週の槇村とのことは、純平に詳しく話したわけではなく、『槇村くんと何かあった?』と聞かれて、『ちょっと…』と答えたくらいだったから、純平は、央の凹み具合と合わせて、激しくケンカをしたとでも思っていただろうが、純平にすら明かしていない連絡先を槇村が央に教えたとなると、仲直りどころではない進展があったと察したに違いない。

「槇村くんがね、俺のこと好きだって言ってくれたんだよー!」
「おおぉ~マジですか! おめでとう央ちゃん!」

 それこそ槇村ではないが、どうやって純平に話そうかと思ったのも一瞬のこと、央は嬉しさをそのままに、ストレートにその事実を純平に明かした。
 高校生の弟が、自分の職場の先輩(男)と付き合うとなれば、普通はいろいろな意味でショックを受け、何を考えているんだと怒るか、やめておけと忠告するところだが、これまでの央の行動を知っている純平は、素直に喜んでくれた。そこには、弟の願いが叶って喜ばしい気持ちと、弟がストーカーにならなくてよかったという安堵の気持ちの両方が混じっているのだが、それは央の知らないところだ。

「ありがとう、純平くん! 純平くんのおかげ……かどうかは分かんないけど、ありがとう純平くん!」
「いやいや、俺のおかげだって、ちょっとはあるでしょう、央ちゃん! お兄ちゃん、結構がんばったよ?」
「そうだったっけ?」

 例のボイン騒動の際は、純平に多大なる迷惑を掛けて世話になったというのに、そんなことはきれいさっぱり忘れて、央はそんな冷たいことを言っている。これが央だ。

「え、でも、じゃあ央ちゃんが昨日お泊りしたのって、まさか、槇村くんち…?」
「………………」

 純平が急に真面目な顔になって尋ねて来たので、央はちょっと考えたが、正直に頷いた。
 槇村には、キスしたことは内緒だと言われたが、槇村の家に泊まったことについては、何も言われていない。普通に考えれば、それも言わないほうがいいのだろうが、しかし昨日央がどこかしらに泊まったという事実を知っている純平には隠せないので、仕方がない。

「あ、でも純平くん。俺が槇村くんと付き合うことになったの、内緒だからね?」
「そりゃまぁ、誰にも言いませんけど」
「槇村くんにも内緒にしてね? 俺、槇村くんに、純平くんには言わない、て言っちゃったから。槇村くんの中で、純平くんは俺と槇村くんが付き合ってるのを知らない、てことになってんの」
「そ…そうなの…? 俺には言わないことにしてたのに、言ってもいいの? いや、全部聞いてから言うのも何だけど…」

 いきなり央が部屋にやって来て、槇村と付き合うことになったのを純平に打ち明けたのであって、決して純平は自分から央に何も尋ねていないのだが、それがまさかそんな秘密の共有になろうとはゆめゆめ思っていなかったようで、唖然としている。



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