恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2015年03月

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恋の女神は微笑まない (282)


 でもきっと、千尋が顔を上げるまで、大和は手を離してはくれないだろうから、しょうがない、ここは千尋が折れてやることにしよう。だって千尋は大人だし。
 千尋は1度大きく鼻を啜ると、ガバッと顔を上げた。

 顔上げましたけど、何か?

「いや…、そんなに睨まないで…」
「大和くんが顔上げろって言った」
「そうだけど…」

 まぁ、大和は顔を上げろと言っただけで、睨めとは言っていないんだけど。
 もちろん千尋だって、大和を睨んでいるつもりはない。一体どうしてようやく恋人になれた相手を睨まなければならないのだ。ただ、これ以上涙が出ないように、うんと目力を込めているだけだ。

「…ちーちゃん、」

 大和は、困ったふうではなくフッと笑うと、千尋から手を離してくれたけれど、千尋がよかったと思う間もなく、その手は千尋の濡れた頬を拭い、そのまま両手で千尋の頬を挟んだ。

「ちょっ、」

 何すんだ、と千尋が食って掛かろうとするより先、大和の顔が近付いて来て、千尋は思わず目を瞑った。
 もう(仮)の付かない本当の恋人だし、いきなりキスなんて心の準備が…! なんて純情ぶるつもりもないけれど、突然のことに、千尋は反射的にそうしていたのだ。
 けれど。

「…ん? うわっ」

 コツンと当たった感触は、唇でなく額だった。
 あれ? と思って目を開けた千尋は、目の前に大和の顔のアップを見つけて、驚いて目を閉じた。
 キスはされていないけれど、キスできるくらい近い距離に大和の顔があったことからして、千尋の額に当たったのは大和の額であり、額の感触からして、今もまだ現在進行中で大和の顔がそこにある…!

 泣いているうちに治まっていた顔の熱が、またぶり返してくる。
 いや、だってこれ、キスより恥ずかしくないか? こんなこと普通しないし、されたこともない。まるでドラマのワンシーンだ。あ、もしかしてこれ、ドラマか? だって相手は芸能人だし。

(あぁ、なーんだ、これドラマか………………て、そんなわけあるか~~~~!!!)



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恋の女神は微笑まない (283)


「ちーちゃん」

 心の中で1人ノリ突っ込みをしていたら、大和に名前を呼ばれた。
 大和は、変わらない優しい口調で千尋を呼んだだけだったけれど、千尋には分かる、目を開けろと言いたいんだろう。千尋は察しがいいし、空気も読めるのだ。どこかの誰かさんと違って。
 けれど、それと同じくらい素直ではない性格なので、パッと目を開けた後、すぐにまた目を閉じた。
 一応、言うことは聞いた。いや、言われる前に察して行動した。これで十分だろう。千尋はそう思った、けれど、やはりそうはいかなかった。

「ちーちゃん、目」

 大和が喋ると、唇に吐息が掛かる――――そんな距離なのだ。
 大和が目を開けているかどうかは分からないけれど(この状態で、千尋は2回も目を開けたが、2回とも一瞬だったので)、千尋に目を開けるように言っているのだから、大和だって閉じてはいないだろう。
 この距離感でよく目を開けていられるなぁ…とも思うし、熱くなっている千尋の顔が、きっと赤いこともばれているのだろう、とも思う。

「目、開けて?」
「いっ…今開けたしっ」
「一瞬で閉じたでしょ。ちゃんと開けて? ちーちゃんと目見て話したい」

 話すときは、相手の目を見て。
 小学校のときだったかに、教わった気はする。それは千尋もよく分かっているし、いくら千尋が素直でないとはいえ、そうした世の慣習を真っ向から否定する気もない。
 けれど、この距離で目を開けるとか、絶対にあり得ない。

「ッ…大和くんが、手…離してくれたら、開けるっ…」

 千尋は精一杯の譲歩で、そう言った。
 目を見て話すのはいいとして、いつまでもこの体勢でいなければならないことはない。大体ここは玄関先だ。だったら普通に部屋に上がって、ゆっくり話をすればいい。

「大和くんッ…!」
「ん? ちーちゃん?」

 ――――もう、無理。

 ダウンジャケットを着てるし大丈夫、なんて思ったけれど、千尋はずっと大和にしっかり抱き締められていたのだし、千尋も思い切り抱き付いていたのだ。あの、素晴らしい胸筋に。
 そして今は、大和のこのドアップだ。あとちょっとでも動けばキスできるくらいの距離に、大和の顔がある。大和の手が千尋の頬に触れている。唇に、吐息が掛かっている。

 大和が来てから、いろいろとテンパっていたせいで気付いていなかったけれど、何という状況だ。
 もう、心臓が持たない…。

「うぅ~ん…」
「えっ!? ちーちゃん!?」

 大和に名前を呼ばれて、返事をしなければと思いつつも、千尋の意識はそのまま遠退いていった。



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恋の女神は微笑まない (284)


yamato

 前に千尋が倒れたのは、コンサートが終わった後の楽屋で、そのときは自分が宿泊するホテルの一室に連れて行ったから、部屋の中のことは好き勝手に出来たけれど、ここは千尋の家だ。
 もう何回か来ているから、家の中の様子は分かっているけれど、家主がこの状態なのに、あまりウロウロするのも落ち着かない。

 何度か声を掛けたけれど、千尋は小さく反応するだけで、目を覚まさない。
 ずっと抱き抱えているのも(体力的なことだけでなく)しんどいので、どこかに寝かせてやりたいと思うが…………寝室? いや、別に変な意味でなくて!
 意識する必要も、言い訳する必要もないのに、大和は1人で大いに慌てる。

「お邪魔しまーす…」

 部屋に他に誰もいないことは千尋から聞いたけれど(今まで2人であれだけの大騒ぎをして、やっぱり中に男が隠れていた、なんて修羅場はないと信じたい)、それでも大和は一応一声掛けて、中に入る。
 千尋を抱き上げて中へと進み、ソファにしようか、やっぱりベッドか……と思っていたら、突然、パチリと千尋が目を開けた。

「うわあああぁぁっ!」
「ちょっ危なっ!」

 目を開けた千尋は、その視界に大和を見つけた途端、とんでもない勢いで驚いて体を跳ね上げたが、その瞬間に、自分が抱き上げられていると気付いたらしく、手足をバタつかせたので、大和は体勢を崩しそうになる。

「危ないっ、ちーちゃん、危ないっ!」
「あ…?」

 まだ状況を理解できていない千尋がジタバタするものだから、大和は千尋を落とさないよう、咄嗟にしゃがんで身を低くした。

「ビックリした…」
「え? え? 何? あれ??」

 大和がホッと胸を撫で下ろしていると、千尋は大和の腕の中で、辺りをキョロキョロする。

「さっき、玄関でちーちゃん、急にぶっ倒れちゃうから…。呼んだけど起きないし、ずっと玄関にいるわけにもいかないから、ゴメン、勝手に上がらせてもらいました」
「あ……うん、すみませんでした…」

 大和に説明されて、少しは何が起こったのか分かったのか、千尋はばつが悪そうに視線を外した。

「どこかに寝かせたほうがいいかな、て思ったんだけど、目が覚めたなら大丈夫だよね?」
「うん…。はぁ~……心臓に悪い…」
「いや、それ、こっちのセリフだから、ちーちゃん」

 目の前で人が意識を失って倒れるのを見るなんて、なかなか経験するものではないのに、大和はこれでもう2回目だ。しかも同じ相手。



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恋の女神は微笑まない (285)


「だって大和くんの筋肉とか、ヤバいもん、マジで」

 千尋は自分の足で床に立つと、大和の腕の中から抜け出した。
 もう少し抱き締めていたかったな、という思いもあるが、また気を失われても敵わないので、大人しく腕を引っ込める。

「最初さぁ、ダウン着てるし、あんま分かんないから大丈夫って思ってたけど、想像したらヤバかった」
「想像て……ちーちゃん、さっきそんなこと考えてたの? 俺が『目開けて?』て言ってたとき」
「それだけじゃないけど、いろいろ考えてたら、そこに行き着いた」
「何で…」

 千尋の思考回路は、やはりなかなか一筋縄ではいかないようだ。

「てか大和くん、あの状況で目なんか開けさせて、どうするつもりだったの? どういうプレイ?」

 照れたり、千尋の大好きな筋肉に囲まれたりしていると、いつもの調子が出ないようだが、ほんの数分前までそんな状況だったにもかかわらず、大和の腕から逃れた千尋は、いつもどおりの千尋に戻っていた。
 さっきの真っ赤になっていた千尋も十分かわいかったけれど、やっぱりこのほうが千尋らしくていい(琉に言わせれば、「どこが?」ということになるのだが)。

「どうするつもりだった……て、話をするつもりだったよ?」
「は?」
「好きだ、て言うつもりだった」
「ッ…」
「だってまだ、ちゃんと顔見て、目を見て言ってなかったからね」

 千尋が目を閉じていようが、下を向いていようが、あのとき大和が言った言葉に嘘はないけれど、でもやっぱりこういうことは、ちゃんとしないと、と思ったので。
 千尋を見れば、大和にそっぽを向いた横顔、頬がまた赤くなっている。こういうベタなことは、苦手なんだろうか。今「好き」て言ったら、照れて怒るかな。

「ちーちゃん、こっち向いてよ」

 千尋は動かない。大和のほうを向かないけれど、代わりに、どこかに逃げて行ったり、大和に帰れと言ったりもしない。
 心の中で、照れと素直になりたい気持ちが葛藤しているのだろう。意味もなく両手の指先を絡ませたり、大和とは全然違うほうに顔を向けたりしている。
 そんな千尋の様子をかわいいと思いながら、静かに千尋に近付けば、千尋はピクリと肩を跳ね上げた。何ていうか……小動物を連想させる。

「ちーちゃん、」

 千尋は落ち着きなく、キョロキョロと視線をさまよわせながら、時々大和のことを見る。
 本当はがんばって大和を見ようとしているのだろう。千尋の性格からして、本気で嫌なら、もうとっくにキレている。

「…何?」

 ようやく覚悟が決まったのか、千尋がじっと大和を見上げた。
 身長差なんてそんなにないのに、千尋が大和を見上げる形になったのは、千尋が少し俯いているからで、その上目遣いに大和は心を打ち抜かれる。本当に、心臓が持たないのはこっちのほうだ。



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恋の女神は微笑まない (286)


「何、大和くんっ!」

 千尋の上目遣いにドキドキしていたら、まだ数秒しか経っていなかっただろうけど、千尋にとってはとても耐えられないほどの長時間に思えたのか、焦れたような声が上がる。
 それでも必死に大和のほうを見てくれているんだから、本当にかわいい。どこまで大和をメロメロにしたら気が済むんだろう。

「ちーちゃん、好きです。お試しじゃなくて、ちゃんとお付き合いしてください」
「ッ、、、、」

 改めてそう言うと、千尋は顔を赤くして大和を睨んで来る。
 いや、さっきもそう思ったんだけど、でもこれは睨んでいるわけではなくて、大和から目を逸らさないようにがんばっているせいで、目力がすごいことになっているだけなのだ。

「俺も、しゅ、好、きっ…」

 1回噛んで、それでも何とか言い切って、その途端、千尋はバッと大和から顔を背けた。どうやら限界が来たらしい。
 これまでの感じからして、千尋は結構恋愛経験が豊富そうだし、いろいろと奔放なのに、時々こうして純情な一面が顔を覗かせる。それが堪らなくいとおしい。

「ありがとう、ちーちゃん! 超好きっ!」
「ぬ?」

 愛しさが込み上げて来て、大和は思わず千尋に抱き付いた。
 好き、好き、好き――――ずっと思っていた。
 お試しのお付き合いをしたり、週刊誌がもとで離れ離れになったり、気持ちの誤解を解いて、互いに相手を好きだと分かったのに、それでも離れることになったり。
 千尋には何度も、嫌いになってくれと言われたけれど、1度だって嫌いにはなれなかった。ずっと好きだった。ずっと、ずっと。

「う…ぬぅぅ…」
「ん? ちーちゃん?」

 嬉しさのあまりキュウキュウと千尋を抱き締めていたら、腕の中の千尋が呻くような声を上げたので、もしかして力を込め過ぎたかな? と大和は少し腕を緩めて、千尋の顔を覗き込んだ。

「に゛ぃ~~~…………」
「ちーちゃん!?」

 途端、力の抜けた千尋の体が、大和の腕からずるりと滑り落ちていく。慌てて大和は千尋の体を受け止めたが、顔を赤くした千尋は目を閉じたまま、いくら呼び掛けても反応がない。
 調子に乗って抱き締めたのがまずかったらしい。

「あー…」

 数分前と同じ過ちを繰り返した自分に呆れる反面、こんな調子の千尋にもちょっと困ってしまう。
 今告白したばかりで、気も動転しているからだと信じたいが、晴れて恋人同士になれたというのに、抱き締めるたびにこんなことになっていたら、これから先が思いやられる。
 大和は溜め息をつくと、とりあえず、すぐそこに見えるソファに千尋を横たえさせて、その横に腰を下ろした。

「…ちーちゃん、」

 まだ赤い頬に、そっと触れてみる。
 一筋縄ではいかない、このかわいい子を手に入れるために、まったくどれほどの努力と苦労をしたことか。

「ねぇちーちゃん、分かってる?」

 大和は、そのかわいらしい顔に、問い掛けた。



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恋の女神は微笑まない (287)


 本当の恋人としてのお付き合いを始める前に、もう2度と会わないつもりの別れを何度も経験しているのに、それでもこうして恋人同士になれたなんて、ちょっとした奇跡なんじゃないかと、大和は柄にもなく思う。
 お互い相手のことが好きなのだとようやく分かり合えたのに、それでもお付き合いは出来ないと別れた翌日に、間違い電話によって再会する2人なんて、そういるものではない。

 あのときは仕事の時間も迫っていたこともあって、名残惜しくも千尋の家を後にしたのだが、気になって、夕方には南條に行ってもらった。
 本当は自分で行きたかったけれど、仕事を抜け出すわけにもいかなかったし、『別れた2人』という事実が、改めて大和が千尋の家に行くことを躊躇わせたのだ。
 それでも、容体が気になるから、メッセージは送ってしまったのだけれど。

 しかし、ただでさえ千尋はそうしたものに返信なんてしないし、具合が悪くて寝ているのならなおさら望み薄だと、端から返事など期待していなかったのに、そういうときに限って律儀に返事が来るものだから、大和は無駄なときめきと、自分でなく南條を向かわせた後悔に襲われた。
 千尋とは、その前の日にすべてが終わったことは、もちろん分かっていたけれど、くすぶる想いを消せずにいたのだ。

 そこに来て、大和の頼みを不承不承引き受けてくれた南條が、戻って来るなり大和に、「早く仲直りしろ」とか言うから、何を言い出すのかと思ったのだ。
 仲直りも何も、別に千尋とは何の仲違いもしていない。相手を好きだという気持ちは、2人同じだ。仲直りなんて、するまでもない。
 大体、もし大和と千尋がケンカをしているのだとしても、どうして南條がその仲裁に入るのだ。

 わけが分からずに、しかも変わらず千尋との友情が続く南條の立場を羨む気持ちも手伝って(もちろん大和は友情なんかじゃ我慢できないけれど)、「はぁ?」とぶっきら棒に返した。
 その態度をどう受け止めたのかは知らないが、すると南條は、千尋から『ありがとう』という伝言を預かったと言うのだ。
 その『ありがとう』が、大和が訪ねたことや南條を行かせたことを迷惑に思って、『これまでありがとう、もう係わらなくていいよ』という皮肉を込めた意味だったらどうしよう…と焦ったのだが、それは、『今日来てくれて』のほうだったようで、大和は心からホッとした。

 そんな大和に、南條は「お前までまだそんな気持ちでいるなら、全然吹っ切れないんだったら、何かすることがあるんじゃないか?」なんて言って来るから、大和はギョッとして南條を見た。
 まさか南條から恋のアドバイスを貰う日が来るとはゆめゆめ思っていなかったし、そもそもマネージャーという立場からして、その発言はどうなのかとも思ったのだ。
 しかし南條は続けた。

「前も言ったかもしんないけど、俺の立場からすれば、抱えてるアイドルが、2人して恋人が男とか絶対あり得ないけど、でも……お前が本気で想ってるなら、否定はしないよ。幸せになってほしいって思ってる」
「…サンキュ。でも俺も前に言ったけど、ちーちゃんとは縒りを戻すつもり、ないから」
「あのな、千尋もそうだけど、お前も……縒りを戻さないとか、付き合わないとか、1回そう言ったから引っ込みがつかないでいるだけなら、何とかしろ」



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恋の女神は微笑まない (288)


 それは、いつになく厳しい口調で、大和は少なからず驚いていた。
 もちろん仕事に関しては、南條は大和や琉に対して厳しいことを言うことはあるけれど、プライベートのことに関して、こんなに口を出してくることなどなかったから。

「別に、引っ込みがつかなくなってるわけじゃないけど」

 口ではそう反論しながらも、見透かされてるな…と思った。
 大和と千尋は、ずっと相手の気持ちを勘違いしていて、勘違いしたまま、縒りを戻すつもりはないとか、付き合わないとか言っていたのに、本当の気持ちが分かった後も、その言葉だけは取り消すことをしなかった。
 誰かに自分の気持ちを指摘されても、その言葉を持ち出して、2人の今の関係性を正当化しようとしていた。気持ちは置いてけぼりのまま。

「今日、千尋の家に行って、はっきり言って俺、超ガッカリされたからな」

 南條の言葉を素直に認めない大和に、南條はぼやくように言った。

「は? 何でちーちゃんにガッカリするんだよ」
「千尋にガッカリしたんじゃねぇよ。俺がガッカリされたの、千尋に」
「何で」
「行ったのがお前じゃなくて、俺だったからに決まってんだろ」

 千尋の家に行ったときのことを思い出したのか、南條は苦々しそうに眉を寄せた。
 そこまで嫌そうな顔をしなくても…と思うが、長い付き合いの中で、南條は千尋から酷い目に遭わされたことも多かったから、自然とそういう顔になるのかもしれない。

「…何で南條が行くと、ちーちゃんがガッカリすんだよ。友だちじゃねぇのかよ、お前ら」

 『行ったのがお前じゃなくて』の部分はもちろん聞こえていたけれど、それを踏まえて、南條が行ったことに千尋がガッカリしたというなら、それはつい喜んでしまうけれど、あえて気付かない振りで、何でもない振りで、南條に言い返した。

「お前さぁ…………いや、千尋もだけど、相手が自分のことが好きだっていうのを他人越しに知って、密かに喜ぶの、やめてくんない? 千尋も、来たのが俺だって分かって超ガッカリしてたのに、一ノ瀬に頼まれて来たんだって言ったら、超嬉しそうにしてるしよー」

 わざわざ行ってやったのは俺なのに…と、ブチブチ言っている南條には悪かったが、その話を聞いて、大和はやっぱり密かに喜んでしまった。もう離れてしまった2人なのに、千尋が自分のことを好きでいてくれることが、嬉しいのだ。
 でも、そんな態度を、南條は許さなかった。

「お前らが縒りを戻さないとか、付き合わないって言うなら、それはそれでいいけど、だったらちゃんと、それらしく振る舞え。いつまでも引き摺ってんじゃねぇよ」



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恋の女神は微笑まない (289)


 大和に対して、こんな言い方で、ここまでのことを言える人は、そういない。
 心の中でどんなにボロクソに思っていようと、相手は、押しも押されもせぬアイドルFATEの1人だ。せいぜいオブラートに何重にも包んで、口にするのがやっとのはず。
 それなのに南條は、さらに続けた。

「プライベートのことをプライベートのうちで引き摺ってる分にはいいけど、仕事にまで持ち込むな。仕事に影響するくらいだったら、こんな茶番さっさとやめて、ちゃんと千尋とけりを付けて来い」
「別に仕事になんて」
「ソワソワしながら番組収録してるヤツの、どこがだよ」

 そんなことはない、仕事に私情なんか挟まない、と言い返したかったけれど、傍で見ている人間の、しかもそうしたことを見るという点では素人でない南條が言うのだから、実際、そうだったのだろう。
 確かに、千尋の容体は気になっていたし、送ったメッセージのことも、心の片隅にあった。

「お前がどうしたいのか、もう1回よく考えて、ちゃんと方を付けて来い」

 まったく、どうして南條にここまで言われているんだろう、と何度も思ったけれど、結果、その言葉が大和の背中を押したことに違いはなかった。
 やっぱり千尋とこのまま離れたくはない、という気持ちを強くさせたのだ。

 クリスマスイブである今日に来たのは、別に狙ったわけではなく、仕事が詰まっていて身動きが取れなかっただけだが、南條の言葉に触発されたからといって、あれだけ具合が悪くても仕事に行きたがる千尋に対して、仕事を疎かにして駆け付けなかったのは正解だっただろう。
 しかし、千尋の家に着いて、チャイムを押してもなかなか出て来ない千尋に、まだ帰っていないのか…と思った後、その理由が必ずしも仕事とは限らないことに気が付いて、どれほど焦ったことか。

 大和の気持ちは揺るぎないものになっていたけれど、千尋の気持ちが変わっていないとは言い切れなくて。
 南條の話し振りからして、千尋も大和と同じ気持ちでいてくれているような気がしていたけれど、それは飽くまで南條を通して大和が感じたことであって、実際のところは分からなくて。

 もしかしたら千尋は、誰かとどこかで会っていて、まだ帰って来ていないのかもしれないし、帰っているとしても、誰か来ているから、出るに出られないのかもしれない。
 過ぎていく時間の中で、いろいろと想像して、大和の心は挫けそうになっていた。

 それなのに、ようやく顔を見せてくれた千尋は、大和の話を聞いてなぜか笑い出すから、わけが分からなくなった。大和の言い分のどこに、笑われる要素があっただろうか。
 しかし、千尋の話を聞いて、大和も合点がいった。
 確かに自分たち2人は、いつも相手の思っていることを勝手に想像して勘違いしてばかりだった。今回も大和は、千尋の家に誰かがいると勝手に思って、何も話を聞かずに帰ろうとした。



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恋の女神は微笑まない (290)


 そんな大和に千尋は、すごく率直に、「何で来たの?」と聞いてきた。
 さすがにその質問には面食らったけれど、相手の気持ちを勘違いしたくないという思いからだったようで、千尋はたどたどしくも、懸命に説明してくれた。
 だから大和も、素直に、正直に答えた。
 何度も念を押すように、確認するように、千尋からは聞き返されたけれど、大和は丁寧に答えた。

「好きだよ、ちーちゃんのこと。もう会えないなんて無理。嫌いにもなれないし、忘れられない。そばにいてほしいよ。……ちーちゃんが欲しい」

 けれど千尋は、それに対しての答えを、千尋の気持ちを、言ってはくれなかった。
 大和がこんなに好きだと言っているのに、千尋も、大和のことを嫌いにはなっていないと言ってくれているのに、千尋の欲しがっている彼氏に大和がなれるのかどうかについては、分からないだなんて言う。

 大和が1歩進めば、千尋が1歩下がって。
 なかなか縮まらない距離に、大和はとうとう焦れて、千尋を抱き締めていた。
 その体を抱き締めるのは初めてではない。けれど、初めて抱き締めたのは、ちょうど1年前のことだった。イブの夜、コンサートが終わった後の楽屋で。
 そのときのことを思い出したら、あぁもう1年も経ったのだと思ったら、それでも答えをくれない千尋に、それが答えなのだと大和は感じ取った。
 もしかしたら、また千尋の気持ちを勝手に思い込んでしまったのかもしれないけれど、話してくれないことには、正解も不正解も分からないわけで。

「…タイムアウト」

 気付けば大和は、そう告げていた。
 ハッピーエンドでなくても、方は付けられる。自分が思っていたような結末でなくとも、南條が思い描き、大和にどうにかするように言った結末でなくとも、決着は付けられる。

 もう、これで終わりにする。
 これで、終わりに出来る。

 マネージャーの南條は千尋の友人だし、相方の琉は、千尋の親友である遥希の恋人だから、これから先、まったく係わることなく生きていけるかどうかは微妙だが、この間のように千尋から間違い電話が掛かって来ても、もう出ない。メッセージも送らないし、千尋の家にも行かない。

 そうして大和は、ようやく決意したのに。
 なのに千尋は、

「…ダメ」

 そう言って、大和に抱き付いて来たのだ。
 この状況でダメだと言われたら、それはいろんなふうに考えられるし、まだすっかり未練が断ち切れたわけではない大和としては、都合よく解釈しそうだったから、下手な期待を抱かないよう、大和は慎重にその意味を尋ねたのに、千尋はあっさりと、帰るなという意味だということを明かした。



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恋の女神は微笑まない (291)


 そんなことを言われたら、一体先ほどの決意は何だったのかと自分でも呆れるくらい、大和の気持ちは急激に千尋に傾いてしまう。
 しかし、ならば付き合ってほしい、とストレートに言ったところで、千尋は頑なであることは、勝手な想像…というより、これまでの経験から学習して分かっていたので、あえて遠回しな言い方をした。
 遠回しだけれど、逃げ道のない。
 駆け引きとも言えないようなものだったけれど、千尋はとうとう、大和がいいと言葉にしてくれた。大和のことが好きだから、離れたくない、と。

 …千尋に泣かれたのは、想定外だったけれど。
 それも、こんな大号泣とは。
 それでも千尋は泣き顔を大和に見られたくないのか、意地でも顔を上げまいとしているし、上げたら上げたで、ものすごい目力で睨んで来るし(千尋的には睨んでいるつもりはないのだろうけど)、シリアスな場面のはずなのに、何だか微笑ましい気分になって来た。

 千尋のことはずっと好きだったけれど、もっと、ますます好きになって、好きだっていう気持ちが溢れて来て、ちゃんと千尋の目を見て伝えたいな、と思ったのに、大和が千尋の手を離して、その頬を両手で挟んだら、千尋はまた目を閉じてしまった。
 もしかして、キスされると思ったのかな?
 確かに、キスできそうなくらいの距離に顔を近づけたけれど、まさかこんなかわいい反応をされるとも思っていなかったから、すごく意外だった。一瞬だけ開けて、また閉じちゃうとか。

 けれど、そんなのん気なことを思っていられたのも束の間、顔を真っ赤にした千尋が意識を飛ばしてしまったから、そこから先は大慌てだ。
 まぁ、これが初めてのことではないから、前のときのように、どうしたらいいか分からずに焦るということはなかったけれど、ここが千尋の家だということでの焦りはあった。
 やっぱり人の家だし、勝手に上がるのは緊張する。
 それなのに千尋は、今日1日で2回も気を失って、こうしているわけだ。

「んん…」
「ちーちゃん?」

 むにゃむにゃと、まるで朝、眠りから覚めるみたいに、千尋が身じろぐ。
 大和が声を掛けても、千尋は眠い目をこするみたいにしていて、さっきあれだけ目をこするなって言ったのに…と思う反面、気を失うって結構ヤバいことなのに、千尋がこんな調子だから、こちらものん気な気分で構えてしまう。

「ちーちゃん、大丈夫?」
「…ん? だいじょー………………うわっ! うわうわっ! あうっ!」
「ちょっ、ちーちゃん!」

 大和の存在に気付いて返事をした千尋は、自分の今の状況――――大和に膝枕されていることに驚いて、華麗な反射神経で体を起こしたが、起こしたら起こしたで、大和にうんと顔が近付いて、今度はそれに驚いて元の体勢に戻ったが、それだとやはり膝枕だから、また起きようとして、バランスを崩して床に落ちた。



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恋の女神は微笑まない (292)


「イッテー…」
「えっと………………大丈夫…?」

 見るからに大丈夫でないことは分かるのだが、他に掛ける言葉が見当たらなくて、そんなことを言ってしまう。
 落ちたときに肘をぶつけたのか、千尋は呻きながら肘をさすっている。

「あ…? えっと…?」

 どうして膝枕なんか、と照れて怒り出すかと思ったら、それよりも、なぜ自分が室内にいて、ソファにいて、大和もここにいるのか、ということがまだ理解できていなかったようで、不思議そうにキョロキョロしている。
 まさか、先ほどの告白までも忘れてしまってはいないよね?

「ちーちゃん」
「あ、あー……」

 大和に視線を定めた千尋は、少し恥ずかしそうな、気まずそうな顔をして…………どうやらこれまでのことを思い出したようだ。
 イブの夜に、1日に3回も気を失うなんて伝説を作りたくないけれど、自分だけソファで千尋が床というのもおかしな話なので、大和が千尋を手招きすると、千尋は渋々といった感じで大和の隣に座った(その顔!)。

「あの…、大和くん」
「何?」
「まだその……まだそんなにくっ付かないでね?」
「は?」

 特に何かちょっかいを掛けようと思ったわけではないが、千尋の突然の申し出に、頭の中が『?』だらけになる。
 聞きようによっては、恋人に対してそのセリフはないんじゃないかと思うが、大和は意味が分からなすぎて、傷付くことも出来なかった。

「ダメ俺、大和くんにくっ付かれると、興奮しちゃう。あの筋肉を想像しただけで、変な気分になる」
「あのね…」

 嫌いだからそばに寄るな、と言われたわけではないから、まぁいいんだけれど、何ともロマンチックな夜にはふさわしくない理由で遠ざけられたものだ。
 しかし千尋は本気のようで、手で頬を扇ぎながら、深呼吸までしている。

「そんなこと言ってたら、俺、ずっとちーちゃんと一定の距離を保ってないといけないんだけど」

 先ほども、ずっとこの調子じゃ先が思いやられる、なんて思ったけれど。
 千尋の口からはっきりとそう言われてしまうと、一気に現実味が増してくる。



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恋の女神は微笑まない (293)


「だって、大和くんがいい体してるのが悪い」
「むちゃくちゃだし…。てか、じゃあ、俺が体型変わったら、ちーちゃん、俺のこと嫌いになっちゃうの?」
「…別にそんなことで嫌いにはなんないけど」

 千尋の筋肉大好きは今に始まったことではないけれど、あまりにも筋肉が好きすぎるから、体型が変わったらどうなるのかと、ちょっと心配になって来る。
 1年前、映画の関係で大和はすごく体を絞っていたけれど、あのときと比べると、今はだいぶ筋肉も落ちているのだ。それでも、同年代の男性から比べれば鍛えているほうだが、千尋のお眼鏡に適うかどうかは分からない。

 千尋が来てくれた今年のコンサートでも、大和は最後のほうで衣装を脱いだけれど、それを見てもまだなお、千尋は大和の筋肉に興味津々なのだろうか。
 それともあのときは、そこまで大和のことを見ていなかったのかな。

「…ん?」

 くっ付かれると興奮する、なんて言っていたくせに、千尋はずりずりと大和のほうに寄って来て、ピトリと寄り添って凭れて来た。
 突然の展開に、大和は声を上げそうになるくらいビックリしたけれど、それは何とか飲み込んだ。ただ、驚いて、ちょっとビクッとなったのは、ばれたかもしれない。

「ど、どうしたの、急に」
「くっ付かないで、て言ったけど、でもやっぱくっ付いてたいなぁ、て思って。…ダメ?」
「ダメなわけないけど! ちょっとビックリした。ちーちゃん、お願いだから今日はもうこれ以上、意識なくすとかやめてね? 何か体にも悪そうだし」

 普通に考えて、気を失うとか、日常生活において、あまり経験することではないのに、日に3回もなんて、何かどこかおかしくなりそうだ。

「ヤバそうになったとき、ダメっつったら大和くんがちゃんと手とか離してくれたら平気だし。収まりがつかなかったら、トイレに駆け込むから大丈夫」
「あのね」

 一体それのどこが大丈夫というのだ。
 いや、男の生理現象を収める手段として、言いたいことは分かるけれど、わざわざ口に出して言わなくてもいい。

「…えへへ」
「え、何?」
「えへへへー」
「どうした、ちーちゃん」

 大変締まりのない顔で、千尋が大和を見つめている。



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恋の女神は微笑まない (294)


「週刊誌でね、女の子に間違われたとき、ホント、マジムカついて、こんな思いするんだったら、絶対に大和くんとなんか付き合わないって思ったけど、でもやっぱ、大和くんと付き合えるようになって嬉しいな、て思って」
「………………」

 それは千尋の正直な気持ちなんだろうけど、このタイミングで言われたら、愛しさが一気に増す。
 さっきは目も開けてくれないくらい強情だったのに、どうして急にこんなデレ期を迎えたんだ。

「言っとくけどね、俺、大和くんが思ってる何倍も、大和くんのこと好きだかんね?」

 呆けている大和の胸倉を掴んで、いや、それは殴り掛かろうとしてるのでは…? とも言える体勢で、千尋が最高の殺し文句を口にする。

「お…俺の思ってる何倍も? でも俺、ちーちゃんは相当俺のこと好きだと思ってるよ? その何倍も?」
「うへ。大和くん、自信過剰! でも、その何倍もだよ」
「俺も、ちーちゃんが思ってる何倍も、ちーちゃんのことが好き」

 それはもう、1年以上も前から千尋のことが好きで、想い続けていて、離れざるを得ない状況になるたび、その想いは増していったのだ。
 その愛の大きさを、口でなんて言い表せない。

「…ちーちゃん、」
「…何?」

 2人、ソファの上。
 千尋に胸倉を掴まれたままの距離感。千尋の手に自分の手を重ねて、さらにその距離を縮める。
 先ほど千尋は、ヤバそうになったら手を離せと言ったけれど、今何も言わないということは、このまま進んでも構わないということなのか。くるっと愛らしい千尋の目が、ジッと大和を見つめている。

「好きだよ、ちーちゃん」

 そういえば、目を見てちゃんと言いたいと思っていたのに、さっきは千尋が気を失ってしまって、言いそびれていたんだっけ。
 そう思って改めて言ったら、千尋は自分が思っていたことと大和の行動が違っていて驚いたのか目を丸くしたけれど、不満を言うこともなく、ニィと口の端を上げた。

「俺のほうが好きだよ、3倍」
「3倍!? …んっ」

 その3倍という数が一体どこから出て来たのか、いや、絶対に大和のほうが千尋のことを好きだとか、言いたいことは一瞬のうちに頭に浮かんで来たけれど、それを言葉にする前に、キスで千尋に唇を塞がれていた。

 ちょうど1年前、酔い潰れて眠る千尋に、大和は内緒のキスをしたけれど、本当の恋人になって最初のキスが、こんなふうに千尋からされることになるとは、想像していなかった。
 千尋は、自分たち2人は、相手の思っていることを勝手に想像し、て勘違いすることが多い、なんて言ったけれど、それは確かにそうかもしれないけれど、千尋の考えていることやその行動を、正しく想像できる人なんて本当にいるんだろうか。
 長い付き合いの南條や遥希とか?
 でも、やっぱりそれは悔しいから、自分が一番、千尋のことを分かっていられる存在でいたいと思う。

「やっぱり俺のほうが好きだよ、ちーちゃんのこと。5倍ね」
「にゃっ!? やっぱり大和くんは、何も分かってないっ!」
「あはは」

 1年掛けて、お試しのお付き合いまでして、お互いのことを知ろうとしたけれど、それでも分かり合えないことはたくさんあって、『好き』と『嫌いじゃない』の違いも見抜けなかった2人だけれど。
 ゆっくりと分かり合っていきたいと思う――――まだまだ先は長いから。



*END*



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (1)


s i d e : h i b i k i


 バイトが終わって、制服から私服に着替えてから、スマホをチェックする。そこまで中毒じゃないけど、バイト中はスマホを見られないから、一応ね。
 来てたヤツに簡単な返信をして、ふと顔を上げたら、同じくバイトの終わった直央くんが、両手でケータイを握って、ものすごく真剣な顔で画面を見てた。
 直央くんは、それこそ俺よりもケータイとかそういうのに関心がないけど、メールマスターになるべくがんばってるから、今もきっとメールを見てるに違いない。

 てか、直央くんて、今もまだガラケーなのね。
 それはまぁ別にいいんだけど、スマホが主流のこのご時世、直央くんがメールマスターになるころには、ガラケーてなくなってるんじゃないかなぁ…とか思う。
 前よりはだいぶ上達したとはいえ、まだ結構モタモタしてるもん、操作。

 せっかくメールマスターになっても、スマホになったら、また一から覚え直しになっちゃうだろうから、だったら今のうちにスマホにしちゃえばいいのに、て思う。
 直央くんが一生懸命だから、水を差すようなことは言わないけど。

「直央くん、メール出来たら、帰ろうね?」
「ぬー…」
「どうしたの? 何か分かんないことあった?」

 ものすごく難しい顔をしてるから、何か操作に躓いたのかと思って、声を掛ける。
 俺も最近ガラケーなんて構ってないから、聞かれても教えられるかどうか不安だけど、絶対に直央くんよりは分かると思う。

「最近ね、徳永さん、毎日残業なの。すごい忙しいの」
「そうなの? 毎日残業なんだ」

 ケータイから顔を上げた直央くんが、難しい顔のまま俺を見て、話を始める。
 徳永さんは直央くんの恋人で、金融系の会社の社長さん。
 直央くんの話し振りからして超セレブぽいから、社長まで残業するほど忙しいのは、きっと会社の経営が危ういからではなく、儲かりすぎて忙しいほうなんだろう。

 その徳永さんが毎日残業で…てことで、直央くんがそんな顔するってことは、寂しいのかな。
 何か悔しいな。徳永さん、めっちゃ愛されてるじゃん。

「今日も遅くなる、てメール来てた」

 ホラ、と直央くんはケータイの画面を見せてくれる。
 いや…、直央くんがいいならいいけど、恋人から来たメール、そんなにあっさり他人に見せる? こういうのって普通、見せてって言われても、断固拒否するところなのに。

 つか…、めっちゃ謝ってんな、徳永さん。
 まぁ、一緒に暮らしてて、毎日残業で帰りが遅かったら、そりゃそうか。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (2)


 あ、そうだ。徳永さんが毎日遅いなら、直央くん、俺と一緒にご飯食べないかな? メールには、先にご飯食べててね、書いてあるけど、1人ご飯は寂しいでしょ?
 純子さんて家政婦さんが来るときは、そのご飯を食べるだろうし、もしかしたら純子さんが一緒に食べるかもしんないけど、そうじゃないときとか。どう?

「ねぇ、直央くん、じゃあ…」
「何で徳永さん、忙しいのに、毎日俺にメールくれるんだろ?」
「、っ、ん? えっ?」

 さっそく今日、ご飯どう? て誘おうと思ったら、突然直央くんが、俺の思いも寄らなかった質問をしてきて、思わず固まってしまった。
 聞こえなかったわけじゃないけど…………聞き間違いかな?

「え、何?」
「ん? だからぁ、何で徳永さん、毎日メールくれるのかな? 忙しいのに」
「……………………」

 えっと………………いくら直央くんがスーパー鈍感で天然だとしても、今のは冗談だよね?
 疲れてる俺を、癒してくれようとしたんだよね? 全然笑えないけど。

「えっと、直央くん…」
「徳永さんね、蓮沼さんみたいに、メールの練習相手になってくれてるから、それで俺にメールしなきゃ、て思ってるのかな。でもそんな、俺の練習の相手なんて別にいいのに、お仕事…」
「ちょっ、直央くん、ちょっと!」
「ぅん?」

 直央くんなりのジョークなのかな、てことで済まそうと思ったのに、続いた説明を聞く限り、直央くんは冗談でも何でもなく、本気でそう思ってるみたいで…。

「直央くん、それ徳永さんに言った?」
「何を?」
「メールの練習に付き合う約束になってるからメールくれるの? とか、忙しいんだからメールしなくていいよ、とか」
「まだ言ってない」

 俺的には別に、徳永さんが傷付こうがどうしようが知ったことじゃないけど、でも、直央くんが無意識の天然でとはいえ、恋人を傷付けるようなことを、黙って見過ごすわけにはいかないから、はっきりと忠告しておく。

「まだ言ってないんだったら、これから先も、絶対に言っちゃダメ!」
「………………ぅ?」

 力を込めて言ったのに、直央くんは何のことか分かんないみたいで、コテンと首を横に倒した。
 か…かわいい…! ――――じゃなくて。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (3)


「とにかく、言っちゃダメ。メールくれてありがとう、お仕事がんばってね、て返事しておけばいいから」
「そうなの?」
「そう。で、時々、寂しいな、て言えばいいの。何で忙しいのにメールするの? とか、絶対言っちゃダメだからね!」
「んん??」

 毎日残業で忙しくても、徳永さんが直央くんにメールをくれるのは、別に練習相手だという義理を果たすためじゃなく、単純に直央くんのことが好きだからだ。
 好きだからメールしたいんだし、帰りが遅いことや、一緒にご飯が食べられないことを申し訳なく思うからこそメールをしてるのに、直央くんてば、その気持ちをまったく理解していないだけでなく、むしろ、忙しいのに何でメールして来るの? て捉えてる。
 別に徳永さんのことなんか全然どうでもいいけど、ちょっと同情するよ、不憫すぎて。

「何でダメなの? だって忙しいの、俺になんかメールしてる暇ないんじゃないの?」
「直央くんにメールする時間くらいあるでしょ? 実際、メールして来てるじゃん」
「だから、忙しいのに無理してるのかな、て思って。俺がいつまで経ってもメール下手くそだから、徳永さん、メールの練習相手になってやんなきゃ、て思って…」
「いや、だからね、」

 何でそういうふうに考えるかなぁ、直央くんは。
 大体、メールの練習相手だって、直央くんが頼んだわけじゃなくて、徳永さんが自分からなりたいて言ったんでしょ? それって、俺とかが練習相手てことで直央くんとメールしてるのにやきもち妬いたからでしょ?
 つまりは、メールの練習相手ていうのは口実で、徳永さんは、単に直央くんとメールしたいだけなんだから。
 徳永さんがしたくてメールしてるのに、忙しくても直央くんと繋がってたくてメールしてるのに、忙しいんだからメールしなくていいよ、とか言われたら…。

 繊細な男心をまったく解さない直央くんが、もどかしくもあり、でもかわいくも思う。
 徳永さんもきっと、こんな直央くんに焦れつつも、結局は『かわいい~!』て思ってんだろうな。

「分かった、直央くん。何でダメなのか、俺がじっくり教えてあげる。これから」
「これから?」
「そう、これから。徳永さん帰って来るの遅いなら、直央くんだって、お帰り遅くたって構わないでしょ?」
「んー…………まぁいいけど」
「じゃあ、ついでに、今日一緒にご飯食べない?」

 ちょっと強引だったかな、て思ったけど、直央くんは少し考えて、結構あっさりとオッケーをくれた。
 だから俺は、その勢いに便乗して、さっき誘いそびれたご飯に、直央くんを誘ってみる。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (4)


「今日、純子さんが来る日? ご飯作って待ってるの?」
「違う」
「なら、いいでしょ? 飲まず食わずで説明してもいいけど、直央くんだってお腹空くでしょ?」
「そ…そんなにたっぷり? 説明、たっぷりなの? 分かった、じゃあ俺も心して聞かないと。ちゃんと勉強しなきゃだね」
「………………」

 もちろんメールの返事についての説明はするけど、それは直央くんをご飯に誘うための口実で、その説明ばかりを何時間もするつもりはないのに、直央くんはすっかりその気だ。
 あー…………話の持って行き方、間違えちゃったかなぁ…。
 直央くんて、向上心の塊だよね。それがたとえ、若干見当違いなものだとしても、その志だけは見習いたい。
 でも、直央くんががんばるって言うなら、俺もしっかり教えてあげるよ。

「とりあえず直央くん、まずは徳永さんに、『今日蓮沼さんとご飯食べてく』て返事してね? で、『毎日1人ご飯寂しい』て」
「ぅ? でも、純子さんと一緒に食べることもあるから、毎日1人ご飯じゃないけど…。それに俺、1人でご飯食べるの、寂しくないよ?」

 それは分かってるってば。でもそれを正直に言ってどうするの。
 直央くんは1人ご飯、慣れてて寂しくないかもしれないけど、それを言われたら徳永さんのほうが寂しくなっちゃうでしょうが。俺がいなくても平気なの? て。

 で、そこに俺の名前を出したのは、もちろんちょっと徳永さんを妬かせたい気持ちがあったからで、それはあまりにも見え見えのだと思ったのに、直央くんてば、

「蓮沼さんとご飯行くのをメールするのは、蓮沼さんに言われなくてもそうしようと思ってたよ! 外でご飯食べるときは、いつもそうしてるもん」

 なんて、ちょっと自慢げに言ってる。
 いや、直央くんがそういうメールする理由は、家でご飯が出来てないよ、ていう連絡をしたいからでしょ? 徳永さんも外で食べて来るか、何か買って来ないと、ご飯がないよ、て伝えたいだけでしょ?

 あー……これは相当みっちり教えないとダメかもね。
 てことは、行き先は、長居しても平気なファミレスかな、と俺は、真剣な顔でメールを作成している直央くんを見ながら、そう思った。



*END*



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世界はほんの少しの溜め息で出来ている (1)


 翔真が風呂に入っていたら、後から睦月と和衣がやって来たが、翔真はもう髪も体も洗い終わっていたので、ちょっと話をしただけで風呂から上がったのに、それから何分もしないうちに睦月が脱衣場に現れたから、髪を乾かしていた翔真はギョッとすると同時に、苦笑もした。
 相変わらず睦月は、長風呂の出来ない子のようだが、それにしても、上がるのが早すぎる気がする。
 時々風呂場で2人を見掛けると、睦月は和衣に『もっとしっかりあったまらないとダメだよ』とか、『100まで数えないと』とか、『肩まで浸かるより、半身浴のほうがいいんだよ』とか、お母さんなのか、OLさんなのかよく分からないことを言われているが、今日はそれを逃れて、さっさと上がったらしい。

「ギャー、寒いー」

 睦月はダッシュで着替えのところに向かうと、ろくに髪も体も拭かないうちに、パジャマ(…というか、パジャマ代わりの高校時代のジャージ)を着ている。
 本人がそれでいいならいいけれど、寒がっているのならなおのこと、しっかりと髪や体を拭いてから服を着たほうがいいだろうに。

「ショウちゃん、ショウちゃん、」
「ん?」

 服を着終えた睦月がパタパタと翔真のところに駆け寄って来て、足踏みをしながら、翔真の服の袖を引く。
 ……どうしてそんなに落ち着きがないのかなぁ…。

「何、むっちゃん、どうしたの?」

 一応、ドライヤーを止めて、聞き返してあげる。
 睦月を相手にしている和衣が、時々お母さんみたいになっているけれど、睦月のこういう姿を見ていると、その気持ちが少しだけ分かる。

「ショウちゃん、早く頭乾かさないと大変!」
「いや、頭乾かしたほうがいいのは、むっちゃんのほうだよ」

 もう大体髪を乾かし終えた翔真と違って、睦月はまだ全然乾かしていないどころか、タオルでも殆ど拭いていないから、髪はまだびしょびしょだ。
 翔真に何か言うくらいなら、絶対に睦月のほうが髪を乾かしたほうがいい。

「早くしないと、カズちゃんがお風呂上がって来る! 早く逃げないとっ」
「は? 逃げる?」

 カラスの行水もいいところの睦月と違って、長風呂の和衣は、まだ上がっては来ないだろう。
 いや、和衣のお風呂大好きが極端だとしても、睦月が風呂から出て来るのが早すぎただけで、普通に風呂に入って、髪や体を洗って、温まって出て来るなら、もう少し時間は掛かるはずだ。
 というか、たとえ和衣が改心して、すごく早く風呂から上がるようになったとしても、別に逃げる必要などないのでは…? と思うが、睦月は早く早くと翔真を急かす。



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世界はほんの少しの溜め息で出来ている (2)


「早く! 早く部屋に行こう。早くしないとカズちゃんに捕まる。カズちゃんのどうでもいい話に付き合わされるよっ」
「話?」
「もぉー今日のカズちゃん、めっちゃウザいからね。話、超長いっ」
「え、」

 持って回った言い方も、オブラートに包んだ言い方もせず、まったく以てストレートに睦月は言い放つ。
 しかし言われてみれば、バイトから帰って来たときに出くわした和衣は、妙にテンションが浮かれていたっけ。
 そのテンションが続いているのだとして、しかも話したいことがあるのだとすれば、お構いなしに話は長くなるだろう。それも、睦月や翔真にとっては、どうでもいいような内容で。

「…急ごうか」

 和衣には悪いが、睦月にはいいことを教えてもらった。
 別に和衣のことが嫌いなわけでも、和衣と話をしたくないわけでもないが、風呂から上がって、あとは寝るばかり、まったりと自分の時間を過ごしたいな、と思っているときは、勘弁願いたい。

 翔真はドライヤーを止めて、部屋に戻る準備を始める。
 いくら和衣でも、まさか部屋まで押し掛けては来ないだろう……と信じたい。

「ショウちゃん、ショウちゃ…………あっ」
「ん? ――――あ、」

 早く早くと言いながら、モタモタと不器用そうに支度をしていた睦月の、翔真を呼び掛ける声が止まった。何事かと振り返ろうとした翔真も、ふと鏡に映った姿に、あっとなる。
 予想よりもうんと早く、和衣が風呂から上がって来たのだ。あぁ…。

「もぉ~、むっちゃん上がるの早過ぎ! ちゃんとあったまった? 風邪引くよ? つか、頭びっしょびしょじゃん!」
「………………」

 脱衣場に来た和衣は、一応はちゃんとバスタオルを手にしたものの、すぐに睦月を構い出す。
 睦月を気に掛けてくれるのはありがたいし、このくらいのことはいつものことだが、ここは予想どおり、いつもよりもテンションが鬱陶しい…。

「……ショウちゃん、」
「…はい」

 和衣が睦月に気を取られている隙に、こっそりと脱衣場を後にしようとしていた翔真は、しっかりばっちり睦月に見つかって、がっしりと腕を掴まれた。



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世界はほんの少しの溜め息で出来ている (3)


「むっちゃん、頭!」
「分かってるよ、うっさいなぁ!」

 和衣もまだ体を拭いている途中だというのに、別のタオルでわざわざ睦月の髪を拭こうとするから、鬱陶しがって睦月は和衣の手から逃げる。
 しかし、どんなに邪険にされても、和衣は何だかヘラヘラしていて…………やはりちょっとテンションがおかしいかも。

「うぜぇなぁ…」

 その様子を眺めていた翔真が、ポツリと本音を漏らした。

「まぁまぁ、しょうがないですよ、もうすぐクリスマスですから。ね、カズちゃん」

 もう諦めて、睦月は和衣の話に付き合ってやるスタンスになったのか、ガシガシと髪を拭きながら、和衣の話に乗ってやる(しかし、翔真を巻き込むことは忘れない)。

「そーだけどぉ、でもそれだけじゃないかんね!」
「え、そうなの?」

 テンションがおかしくても、睦月よりはテキパキと身支度を整えた和衣が、きっぱりと答えた。
 それに睦月は、目を丸くした。睦月はてっきり、もうすぐクリスマスが来るから、それが楽しみで和衣が浮かれているものだとばかり思っていたのに。

「クリスマスより先に、記念日だもん」
「何の?」
「お付き合い始めた日」
「おつき…」

 睦月と違って、髪を乾かさないまま部屋に戻ろうなんて気は起こさない和衣は、ちゃんとドライヤーを手にする。
 睦月は髪の毛とかどうでもよかったけれど、聞き返した手前、答えを聞かなければ…と、和衣の隣に並んだ。そんな睦月の頭を、手持無沙汰の翔真が乾かしてやることに。

「カズ、付き合い始めたのってクリスマスじゃねぇんだ?」
「違うよー、それより前に告った……てか、告られたんだもん。で、クリスマス、一緒に過ごしたんだもん。はぁ~…」

 告白されたときのことを思い出したのか、和衣はうっとりとしながら翔真に答えた。
 ドライヤー2台が稼働しているので、小声で話していたのでは聞き取れないが、幸いにも脱衣場には他に誰もいなかったので、3人は普通かそれ以上の声で話し続ける。
 いや、別に人に聞かれて困るようなことは話していないが、やっぱり事情を知らない人に聞かれたら、ちょっと恥ずかしいし。



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世界はほんの少しの溜め息で出来ている (4)


「で? 何かすんの?」
「それを悩んでんの! 何かしたいなぁとは思うけど、その後すぐにクリスマスでしょ? 何したらいいんだろ、て思わない? てか、そんな続けざまに何かしたがるって、ウザいとか思われるかなぁ…」
「いや…」

 祐介が、和衣のすることで何かウザいと思うようなことなんか、あるはずがない。それは幼馴染みの睦月でなくたって、翔真にも分かる。
 それなのに和衣は、いちいち気にしては、その記念日が来るまでグズグズと悩んだり、浮かれたりしているのだろう。
 翔真は祐介とは違うから、そんな和衣に付き合わされるとしたら、それはかなり鬱陶しくてウザい。まぁ、言わないけれど。

「てか、むっちゃん、静かだね。眠くなった?」

 髪をあらかた乾かしたところで、翔真はドライヤーを止めて、睦月の顔を覗いた。
 油断すると睦月は、湯船に浸かっていても、ご飯を食べていても、眠くなったら寝てしまうのだ。当たり前のように人に髪を乾かしてもらっている最中に、寝ないとは限らない。

「眠くなってない。ビックリして、むしろ目が覚めた」
「何かそんなにビックリすることあったっけ?」

 和衣のテンションが妙なことを翔真に教えてくれたのは睦月だから、そこは驚かないはずで、だとすると、今までの会話のどこに、絶句するほどの驚きがあったのだろうか。

「いや…、カズちゃんてそんなに記憶力よかったんだぁ、て」
「ちょっと! どういう意味!?」

 和衣もドライヤーを止めて、絡みづらい感じで睦月に突っ掛って来る。
 まぁ確かに、『どういう意味!?』と言いたくなる気持ちも、分からないではない。睦月の眠気を覚ますほどの驚きが、そんな失礼なことだったなんて。

「だって、お付き合いした日とか、覚えてるなんて! カズちゃん、すごいね」
「普通覚えてるでしょ、そんなの」

 記念日が好きなのは、何も女の子の特権ではない。夢見がちなタイプの和衣は、もちろんそういうことを大切にするほうなので、ちゃんと覚えているし、むしろ覚えていて当然と思っている。
 翔真も、和衣ほど記念日に関心があるわけではないが、さすがに恋人と付き合い始めた日くらいは覚えている。
 しかし、睦月の驚き方からして、これは完全に覚えていない反応だ。

「普通覚えてるの? 覚えてるのが普通なの? ショウちゃんも覚えてる?」
「え、まぁ…………うん」

 首をグリンと傾けて、仰け反るようにして、睦月は翔真を見る。
 必ずしも記念日を覚えているのが普通とは限らない、世の中にはいろいろな人がいて、睦月のように記念日には興味のない人だっているだろうけど…………それよりも、こちらに話を振ってくれるな。



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世界はほんの少しの溜め息で出来ている (5)


「いつ?」
「えぇっ、別にいいじゃん、俺の話は」

 しかし、翔真の願いもむなしく、睦月は聞かれたくないことを聞いてきた。
 覚えていないわけではないが、この場で言いたくないので、翔真は拒んでみるが、睦月は許してくれない。

「やっぱ覚えてないんだ」
「覚えてるってば!」
「じゃあいつ?」

 言ってくれるまでは絶対に諦めない、言わないのなら覚えてないってことにする、とでも言わんばかりの目力で、睦月は翔真を見つめる。
 こんなところで、そんな意志の強さを示されても。

「…………24日」
「いつの?」
「………………12月」

 追及の手を緩めない睦月に、翔真はとうとう白状した――――途端。

「ウッソ、ショウちゃんこそクリスマスなんじゃん。イブ!」

 食付いて来たのは、案の定、和衣のほうだった。
 だから言いたくなかったのに!

「うっせぇな、お前がいちいち反応するから、言いたくなかったんだよっ」

 キャッキャと喜んでいる和衣の頭を、ドライヤーを置いた翔真が叩く。
 それでも、テンション壊れ気味の和衣は、どんなにド突かれてもヘラヘラしていて、逆に翔真のほうが、頭を叩きすぎておかしくさせてしまったか…? と思ってしまうほどだった。

「ちなみに、むっちゃんはっ?」

 浮かれた調子のまま、和衣は、今度は睦月に尋ねて来る。

「いや、俺のことはいいじゃん、別に」

 睦月は表情を硬くして和衣を見ると、先ほどの翔真と同じようなことを言った。
 だが、それでは今度は翔真が許さない。

「むっちゃん、俺には言わせたのに、自分だけ言わないとかダメでしょ」
「…………」

 その言葉に、睦月はバッと翔真のほうを振り返ったが、翔真の言うことは尤もで、睦月は言い返すことが出来ない。
 睦月は、翔真と和衣を交互に見た。



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世界はほんの少しの溜め息で出来ている (6)


「…答える前に確認したいことがあるんだけど…………いい?」
「何?」
「その…、いつから付き合い始めたとか…………普通、覚えてるもん? 覚えてないなんて、あり得ない? 人間失格?」
「いや、そこまでではないけど…………むっちゃん、覚えてないんだね…」

 記念日だとかそういうことに無関心な人間がいないわけではない、とは先ほど思ったところだし、睦月の反応からして、付き合い始めた日を覚えていないんだろうなぁ、とも思っていたけれど、やはりそうだったか…。

「えぇ~、むっちゃん覚えてないのぉ~?」

 亮もそこまで記念日とか気にするタイプではないから(というか、どちらかというと、そういうことを忘れていて、彼女に怒られるタイプだった)、別に睦月が覚えていなくても問題なさそうだが、和衣は頬を膨らませて睦月に絡んでいる。

「いっ…1月っ………………だった気がする…」
「1月の何日?」
「いや、カズ……もういいじゃん? むっちゃんと亮のことなんだし…」

 しつこい和衣に、翔真は睦月に助け船を出してやるが――――

「そんなのダメだよ、むっちゃん! ちゃんと思い出さなきゃっ!」
「思い出せねぇよっ」
「ダメ! ちゃんと思い出しなさいっ」

 どうやら和衣の乙女思考に火を点けてしまったようで、1人で勝手に意気込んでいる。
 睦月はジタバタと暴れて和衣から逃げようとするけれど、和衣は少しも離してくれない。

(あぁ~…、コイツは記念日とか大好きだもんな…。付き合い始めた日を忘れたこと、亮が許しても、カズが許さなそう…)

 和衣に絡まれる睦月を気の毒そうに見つめながら、翔真はとにかくこれ以上、自分に飛び火して来ないことを祈るばかりだった。

 ――――ご愁傷様。



*END*



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 女子か。
 というか、記念日のお話は、「もどかしいくらい無欲なところ」で書いてるので、何かちょっと辻褄が…て感じですが、サザエさん時空なのでご容赦!

 ちなみにタイトルは「明日」から。
 お題配布サイトをやってるわりに、全然自分のお題でお話を書いていないんで、何か使ってみよう強化月間みたいな感じで、がんばって使ってる。
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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (5)


s i d e : j i n


 仕事は好きだし、忙しいのはありがたいことだ。
 それは分かっている。承知している。了解している。

 ――――だがしかし。

「何なんだよ、この忙しさはぁ~~~~~っっっ!!!!!」

 とうとう我慢の限界に来た俺は、椅子を蹴散らして立ち上がると、バンバンとこぶしで机を叩いた。
 ヤベ、弾みで書類が何枚か床に落ちた。

「徳永くん、うるさい」

 そんな俺に、すごく冷静に、そんでもってすごく冷たい感じで言って来たのは、桜子お姉さん。
 ウチの会社で、社長の次くらいに偉い人。ちなみに社長は俺だから、俺の次くらいに偉い人なわけで、だからその…俺のほうが偉いんだけど、全然まったく敵わないお方(だって怖いもん!)。
 てか、社長の俺を「くん」付けで呼ぶのは、社内では桜子さんだけだし、タメ口なのも彼女だけだ。俺の立場、弱すぎる。

「だって超忙しいじゃん。何で? 何で!?」
「決算期が近いからです」
「去年の今ごろ、こんなに忙しくなかったじゃん!」
「働きの問題ではないないでしょうか――――社長の」
「おいっ!」

 社員の働きが、と言われても困るけど、口調を変えて、マジっぽい感じで言われると、本当にそうみたいで嫌なんだけど…。え、マジで俺のせいなの??

「ねぇ、ねぇ、マジで俺のせいなのっ…?」
「…………」

 心配になって、桜子さんの机に近づいて、こっそり尋ねてみたら、すごく面倒くさそうな、嫌そうな顔で睨まれた。
 そんな顔しなくても…!

「はっきり言うけどっ!」
「は…はいっ!」

 バンッ! と、俺よりも力強く、桜子さんが机を叩いた。
 こ…怖い…。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (6)


「去年の今ごろも、今と同じくらいに忙しかったからっ!」
「え…、そ、そーだっけ…?」
「徳永くんは現場第一だから社内の様子が分かってないみたいだけど、この時期が修羅場なのは当然でしょうがっ! 無駄口叩いてる暇があったら、さっさと仕事するっ!」
「はいぃぃっ!!」

 桜子さんをこれ以上怒らせたら大変なことになると思い、俺は慌てて自分の席へと戻った。それ見て、周りの席の子とか、ちょっと笑ってるし…。
 てか、こんな状況でよく笑ってられるな、て思うかもしんないけど、基本、桜子さんが怖いのは俺に対してだけだから、今の桜子さんの怒りが他に飛び火することはないんだよね。
 だから、俺が桜子さんに怒られてるときは、大体こんな。
 社長の威厳、ゼロだな、ホント。

 大体、俺は社長なのに、何で社長室じゃなくて、他のみんなと同じところで仕事してんだ、て話なんだけどな。他に部屋がないわけじゃない、いくらでもあるのに。
 これじゃ、1人でいたら、ちゃんと仕事しねぇみたいじゃん。
 デスクワークが好きじゃないだけで、仕事しないわけじゃないのに。

 だからってわけじゃないけど、俺は会社の中のことは桜子さんに任せて、殆ど外回りに徹してる。
 社長自ら取り立てに行く会社なんて、よほど小規模のとこじゃなきゃ普通はないんだろうけど、1日中パソコンに向かってるより、こっちのほうが俺には向いてるし。

 なのに、何で今俺は、こんな状況なんだろう…。
 今の時期が毎年こんなに忙しくて、でも俺はそれを知らなかったってことは、去年まではこの時期、現場に出てたってわけで…………何で今年はそうじゃないんだろう。
 きっとまぁいろいろな理由(主に桜子さんの差し金)があるんだろうけど、確かめるのも怖いからやめておく(そんな暇があったら働けって怒られるだけだ)。

「はぁ…」

 今日もまた残業…、直央くんとご飯食べられない…。
 もう心が折れそうだけど、忙しいのも、早く帰りたいのも俺だけじゃないから、がんばって仕事に向き合う。がんばれば、早く仕事は終わって、早く帰れるんだ。
 そう自分に言い聞かせて、仕事を区切りのいいところまで進める。

 で、ちょっとトイレに立ったついでに、スマホを確認。実はさっき、直央くんにメールしといたんだよね(今日も帰りが遅くなる、て内容だけど…。マジで泣く)。
 今日も残業になりそうだってことは、朝、出勤前にも伝えてはいるんだけど、やっぱり本当に残業です、てことは改めてちゃんと言っておきたいし、一緒に暮らしてるのにすれ違いばっかりでゴメンていう気持ちもあるし、1人でご飯させてゴメンね、とも思うし、何よりも、直央くんにメールしたいし!!



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (7)


 はっきり言って、メールだけが、今の俺にとって、唯一の心の拠り所だ。
 だって、このくらいでしか、直央くんと繋がってらんないし。

 トイレに誰もいないのを確認すると、こっそりスマホを取り出す。本来の就業時間は終わってるから、別にここまでコソコソしなくてもいいと思うんだけど、何かつい…。
 でも、液晶画面に表示されたメールの受信マークに、胸が躍る――――直央くんからだ!

「直央く…………ん、ッ…!?」

 取るものもとりあえず、直央くんからのメールを開いた俺は、飛び込んで来た文面に、本気で絶句した。
 だって、ちょっ…蓮沼とメシとか! 何で? 何で? 何でっ!?

 …………………………。

「ふぅ~…」

 別にいいんだけどね、メシくらい。蓮沼は直央くんの友だちなんだし、そりゃ、メシくらい一緒に食うことだってあるよね。今日は純ちゃんの来る日じゃないし。
 思わず取り乱してしまったぜ。メシくらい何だ。何の問題もないだろ。何も…………

「――――て、何で蓮沼とメシなんだよ、直央く~んっ!!」

 俺だって、ここしばらく、直央くんとまともにメシ食ってないってのに…! いいわけないだろ、問題ありありだっつの! 何直央くんのこと誘ってんだよっ!!

「………………」

 いや、待て。
 本当に蓮沼のほうから誘ったのか?

 これまでのことを考えれば、誘ったのは蓮沼のほうだとは思うけれど、メールの続きにある『毎日ひとりご飯さみしい』ていう文章が気になるんだよな。
 今までに――――最近の残業続きの数日だけでなく、付き合ってから今までに、直央くんからこんなメール貰ったことないのに、急にこんな…………もしかしてずっと思っていたのを言えずにいて、とうとう我慢の限界が来たとか?
 それで、寂しさに耐え兼ねて、直央くんのほうから蓮沼を誘ったんだとしたら、どうしよう…!!
 今日のメシくらいだったら、そのくらいだったら、それだけだったらいいけど、このままどんどん蓮沼のほうに気持ちが傾いてっちゃったら…。

「そんな…!」

 もしかして、今ってすげぇ緊急事態?
 超ヤバい状況?



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (8)


 それなのに、何で俺はこんなところにいるんだ。即行で帰んなきゃダメなのに、なぜだ。仕事だからか。
 あぁ、何でこんなに忙しいんだ? いや、俺だけが忙しいわけじゃない、みんなが残ってる。みんな一生懸命に仕事してるのに、みんなが忙しいし、残業してる。
 どうすれば早く帰れるんだ?

「――――あぁ、そっか!」

 すっげぇいいこと思い付いた。
 俺って超天才じゃね? て思って、ダッシュでみんなのところに戻る。

「もっと人を雇おうっ! 人が増えれば、仕事も早く片付……」
「バカ言ってないで、さっさと仕事しろ~~~~!!!!!」

 俺の名案を最後まで聞くことなく、桜子さんが即行で突っ込みを入れた。しかも、さっきは机を叩くだけだったのが、今度は机を叩いたうえに、結構な勢いで立ち上がって。
 でも俺は怯まない。

「何で!? みんな早く帰りたいだろ? ――――どうやったら早く帰れるのか。早く仕事が終わればいい、それだけだ。そのためには、もっと人を増やして…」
「うるさいっ、社長が公私混同するなっ!!」

 またしても最後まで言わないうちに、桜子さんに怒鳴られた。結構力説してたのに。
 しかも、公私混同て!!

「公私混同!? 何で! どこがっ!?」
「さっき『直央く~ん』て叫んでたのが、聞こえてないとでも思ってたかっ! 採用する人数は計画的にやってるの! 徳永くんも決裁したでしょうが!」
「あうぅ~…」

 俺が早く帰りたい理由は、確かに直央くんに会いたいからだけど、みんなが早く帰りたいのだって、プライベートな時間が欲しいからだろ?
 なのに、何で俺だけ公私混同!? 何で、何でっ!?

「採用権のある徳永くんが、自分のプライベートのために人員を増やすことの、どこが公私混同じゃないというのか、はっきり説明してもらいましょうかっ、えぇっ!?」
「あわわわわわ」

 口に出して言っていたつもりはないのに、俺の心の中は桜子さんにバレバレだったのか、怒涛の勢いで詰め寄られた。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (9)


「説明できないんだったら、無駄口叩いてないで、さっさと仕事するっ! 今のやり取りで、どれだけ時間を無駄にしたと思ってるのっ!」
「ははははいっ!!!」

 これ以上桜子さんを怒らせたら本気で身が危ないと悟って、俺はダッシュで自分の席に戻って、仕事を再開した。
 さすがにもう誰も笑ってないし、空気もかなりピリピリしてる。こんな雰囲気じゃ、仕事がやりにくくて、かえって早く終わらないんじゃないかと思うけど、怖くて言い出せない…。

「みんな、大きな声出して、ゴメンね。徳永くんのことは気にしなくていいから、後でちゃんと締め上げておくから、みんなは自分の仕事をがんばってね」

 俺に対してとは全然違う、すっごい優しい声で、桜子さんがみんなに向かって言う。
 それって逆にプレッシャーじゃね? とか思ったけど、桜子さんの声色は、そんな威圧感のあるものじゃなくて、普通に、自然な、楽しげなトーンだから、全然そんな雰囲気になってない。すごい…(てか、締め上げる、て…!?)

「この修羅場を乗り切ったら、打ち上げでもしましょうか――――徳永くんの奢りで」
「ヤッター!」
「こないだ出来たフレンチのお店がいいです~」
「天空のフレンチ、ねっ」

 えっとー…、何かどんどん勝手に話が盛り上がってるけど…。
 その天空のフレンチレストランて、結構高いお店だよね。そこに行くの? この修羅場が終わったら? 俺の奢りで? ここにいるみんなの分を、俺が奢るの??
 いや、まぁ値段とかそういうのは別にどうでもいいんだけど…、俺、仕事が終わったら、即行で直央くんに会いたいのに、この残業三昧の日々が終わったら、直央くんとゆっくりご飯したいのに、なのに俺、それも叶わず、みんなとご飯なの…??

「あ、あの…桜子さ…」

 何かいろいろと聞き捨てならないことが聞こえて来て、桜子さんのほうをちらっと見たら、ギロッと睨まれた。それだけで俺は、何も言えなくなってしまう。

 だから俺は、時々思うんだ。
 俺よりも桜子さんのほうが、取り立てに向いてるんじゃないか、て…。



*END*



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (10)


s i d e : n a o


 徳永さんが、やっと忙しさのピークが終わる、これで残業三昧の日々から解放される、て言うから、毎日大変だったの終わるから、それは喜ばしいことだと思ったのに、なぜか徳永さんは浮かない顔をしてる。
 いくら徳永さんがお仕事大好きでも、あんなにいっぱい残業とかしてたら、ちょっとは休みたいと思ったのに。やっぱり徳永さんて、すごいな。

「休まないで仕事をすることに関しては、直央くんのほうがすごいでしょ」
「俺ぇ?」

 バタバタと朝の支度をしながら徳永さんがそんなことを言って来るから、よく分かんなくて首を傾げた。
 俺の何がすごいんだろ。今日だってバイト、2時までなのに。

「いや、今日のことだけじゃなくて…………まぁそれはいいとして。てか、これで当分残業がなくなるのはいいけど、今日はその打ち上げだからね…」
「打ち上げ」

 打ち上げって、お仕事とかイベントとか終わって、お疲れ様でした、てするヤツだよね?
 大変なお仕事終わったんだから、打ち上げくらいあっても別におかしくはないと思うけど、でも何で徳永さん、あんまり嬉しそうじゃないんだろ。

「おいしいご飯、いいね。みんな、ヤッターて思ってるね」
「…………」

 徳永さんセレブだし、会社もすごいから、きっと打ち上げもすごいところでやるんだろうなぁ、てことは、きっとすごくおいしいご飯が食べられるんだろうなぁ、て思ってそう言ったのに、徳永さん、何か微妙な顔してる…。
 あれ? 何か間違えちゃった?
 でも、お仕事終わって、みんな、ヤッターて思ってるから打ち上げやるんだよね? で、おいしいものも食べられるんだから、俺、変なこと言ってないよね??
 あ、もしかして、今日のその打ち上げの場所、徳永さんが行きたいと思っていたのとは違う場所になっちゃったのかな? 

「じゃあ、徳永さんは、何が食べたかったの?」
「は? え?」

 徳永さんの行きたいお店は、きっとすごく高級なところだろうから、俺なんかが行けるようなところじゃないだろうけど、何とかがんばって、俺が徳永さんを連れてってあげるとか出来ないかな、て思って聞いてみたら、何か

ポカンとされちゃった。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (11)


「今日のその打ち上げ、徳永さんの行きたいのと違うお店になっちゃったから、あんまり嬉しそうじゃないのかな、て思って…………違うの?」
「まぁ………………うん」

 あ、違うんだ。
 遠回しでもなく、肯定しつつも自分の意見を言うでもなく、結構はっきりと言われちゃった。ホントに違うんだ…。

「えっと…」
「まぁ、とりあえず行って来るね…」
「あ、はい。いってらっしゃい」

 いつもどおり徳永さんを玄関までお見送りしたけど、徳永さんは最後まで微妙な表情で、会社へと向かって行った。
 そんなに嫌なのかな、打ち上げ。俺、仕事を辞める人の送別会には出たことあるけど、そういえば今までに打ち上げって出たことがないから、よく分かんないや。
 でも、みんなでがんばったお仕事終わって、その打ち上げなんだから、そんなに嫌なものじゃないと思うだけど…。
 もし何か嫌なことがあるとしたら、自分が行きたいのと違うお店だとか、いや、どっちかっていうと行きたくないお店になっちゃったとかかな、て思うけど、そうじゃないみたいだし。
 う~ん、分かんない…。



*****

「――――…………ていうことがあったんだけどね、」
「直央くん…」

 バイトが終わった後、朝の徳永さんとの一連のやり取りを蓮沼さんに説明したら、蓮沼さんの表情が、すごい微妙なヤツになった。朝の、徳永さんみたいな顔。
 てことは、やっぱり俺、何か間違っちゃってるんだ。

「やっぱ俺、何か変なこと言ってる? ダメだった?」

 本当はこんなこと蓮沼さんに言うつもりなかったんだけど、お昼に徳永さんから、今日は打ち上げだよ、てメールが来てたから、何て返事していいか分かんなくて、蓮沼さんに聞いたら、一から説明するはめになっちゃったんだよね
 だって、今日打ち上げがあることは、朝聞いたのに、何でまたメールして来るのかな、て思うじゃん。
 俺のメールの練習相手をするのに、書くことがないからなのかな、とも思ったけど、俺のそういう勘て結構外れるから、念のために蓮沼さんに聞いたの。
 そしたらこの顔。



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