恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2012年04月

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タピオカミルクティ(前編)


「んっ…んー…」

 寮の一室。
 大学の売店で買ったタピオカミルクティを飲んでいた睦月が、なぜか突然妙な声を上げ始めたので、雑誌を見ていた亮はそちらに視線を向けたが、睦月は普通にストローでミルクティを飲んでいるだけだった。
 何だ? と思いつつ、雑誌に意識を戻せば、再び「ん゛ー…!」という睦月の声。
 亮に、何かどうにかしてほしいのだろうか。

「どうしたの、むっちゃん」

 無視したら拗ねそう…と思って、亮はアヒル口みたいになってストローを吸っている睦月に声を掛けた。
 すると睦月は、ストローを銜えたまま、亮のほうを見た……が、何も言わない。察しろ、ということなのだろうか。

「…ゴメン、何、分かんねぇ」

 分からないものは分からないので、亮は素直に観念した。
 睦月はむぅと唇を突き出し、眉をうんと寄せてから、「ふはっ…!」とようやくのように息を吐き出し、ストローを口から離した(本当に一体何がしたいんだろう…)。

「この、タピオカが、全部飲めない…」
「は?」

 睦月が亮のほうに、ミルクティの入っているプラスティックのカップを突き出してくるが、それでもまだ、亮にはよく意味が分からない。
 いや、それだけの言葉で、分かれと言うほうが無理だ。

「これさぁ、ミルクティと一緒にタピオカも飲むじゃん? そんときはいいんだよ、そんときは! 俺も、ミルクティとタピオカのバランスを考えて飲んでたつもりだったのに、気が付いたらミルクティだけ全部飲んでた!」

 熱くなりながら、睦月はさらにグイグイと亮のほうにカップを見せつけてくる。
 わけが分からないまま、亮がカップをよく見てみれば、ミルクティはすべて飲み干されていたが、底のほうにタピオカだけが少し残っているのに気が付いた。
 どうやら睦月は、残ってしまったタピオカを、どうにかしてすべて吸い尽くそうと、先ほどからがんばっていたらしい。

「ミルクティがあるうちはさぁ、スルスルーて簡単に飲めんの! で、いい調子で飲んでたと思ったのに、結局タピオカだけがこんなに残った!」

 まるで、プン! という擬音が付きそうな感じに、睦月はふくれっ面になった。
 ようやくすべてを理解した亮は、おもしろくなさそうにしている睦月には悪いが、思わず吹き出しそうになって、慌てて口元に手をやった。
 だって、ミルクティに入っているタピオカだけで、こんなに必死になるなんて、かわいすぎるでしょ!

「もぉ~~~! 何でうまく吸えないの!?」

 睦月は1人で文句を言いながら、カップを傾けたり、ストローの位置や角度を微妙に変えたりしながら、一生懸命に残りのタピオカを吸おうとしている。
 タピオカミルクティの入ったカップには、アルミのふたがピタッと掛かっていて、それにストローを差して飲む、という形なので、亮が思うに、そのアルミのふたを剥いでしまえば、簡単にタピオカが飲めるのではないだろうか。

「ぅーに゛ー…!」

 残りのタピオカと格闘している睦月は、もちろん亮が笑いを噛み殺していることになど、気付いていない。
 唸りながらも、最後の1粒までがんばって吸い込もうと必死なのだ。



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タピオカミルクティ(後編)


(あーかわい…)

 別に亮にどうこうしてもらう気もなかったのか、今自分が陥っている状況を言うだけ言って、睦月は、何も言わない亮に文句を言うでもなく、1人でがんばっている。
 亮も、そんな睦月がかわいくて仕方がないので、あえてヒントは出さずに、睦月のやりたいようにさせてみる。

「はぁっ…全部飲んだ!」

 たっぷり時間を掛けて、ようやく全部のタピオカを吸い終わったのか、睦月は銜えていたストローを離し、空になったカップを亮のほうに差し出して来た。
 そんな…嬉しそうに見せつけてこなくても…(ヤバい、吹き出しそう)。

「もー、タピオカ、超大変!」
「あははは」

 極め付きに、睦月がそんなことを言いながらも、すごく達成感に満ちた顔をしているから、堪え切れずに亮はとうとう吹き出してしまう。
 しかし睦月は、気を悪くするというよりも、何がおかしいの? といった顔で、亮を見た。

「大変だけど、睦月、タピオカ好きだよね?」
「超大好き!」

 別に深い意味はないんだけれど、睦月の行動がかわいかったから、ついギュッとしたくなって、亮は睦月に腕を伸ばすと、そのまま膝の上に抱き上げた。
 暑い時期でない限り、睦月は亮にそうされることを拒まないので、素直にすっぽりと腕の中に納まっている。

「タピオカおいしかった?」
「おいしかった」

 面倒くさいことは大嫌いなはずなのに、タピオカだけは、こんな大変な思いをしてでも飲みたかったらしい。
 もう空になってしまったカップを弄りながら、睦月は名残惜しそうにガジガジとストローを噛んでいる。

「何してんの、もう空じゃん」
「らって」

 もう1滴だって、1粒だって残っていないタピオカミルクティを、しつこくストローで吸い続けている睦月に言えば、唇を尖らせたまま振り返って、上目遣いに亮を見て来た。
 もちろんそれは狙ってやった仕草でなくて、体勢的にそうなっただけなんだけれど、それが劇的にかわいかったので、亮は思わず睦月の手から空のカップを取ると、突き出したままの唇にキスをした。

「ん…」

 最後に甘い唇を舐めて、亮は睦月から離れた。
 キスされた睦月は、される前と同じ、唇を突き出したままでいる。

「…にゃに、亮」

 うっかり噛んで、にゃんにゃん語になってしまったが恥ずかしかったのか、睦月はむにむにと自分の唇を弄りながら、「何、亮」と言い直した(だから、かわいいってば!)。

「笑うな」

 睦月の仕草で亮が笑っていたのはさっきからなのに、今さら睦月は、拗ねたように亮のお腹にパンチを食らわして来た(猫パンチみたいなヤツ)。
 もうホント、どこまでメロメロにしたら気が済むの。

「ゴメンゴメン」

 口先だけで謝って、亮は、性懲りもなく唇を尖らせている睦月を後ろから抱き締めて、『いろいろとごちそうさまでした』と思いながら、空のカップをゴミ箱に放った。



*END*



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 ネタ的には実話です。何であのタピオカ、いいバランスで飲み切れないんだろうー。
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学習しない君に何度だって言う、愛してる (1)


 すみません、お待たせしました。
 2011年好きカプアンケ投票ありがとうお礼小説 第3弾は、3位カプローンシャークの徳永さん×直央くん小説です! (投票結果はこちら→「投票結果を発表しちゃったり、攻めっ子とか受けっ子にいろいろ質問しちゃったりするぞ企画」)
 タイトルはLUCY28さまからです。


s i d e : n a o


 蓮沼(ハスヌマ)さんは、変な人だ。

 俺が言うのも何だけど、はっきり言おう。
 蓮沼さんは、すっごく変な人だ。

 蓮沼さんていうのは、俺がバイトしてるコンビニで一緒に働いてて、俺より2つ年下なんだけど、イケメンで、仕事が出来て、すごく頼りがいがある人。
 なのに、すごく変なの。

 何が変て……まず、俺のお尻をよく触る。
 蓮沼さんとはシフトが重なったり、ちょうど交代で仕事に入ったりすることが多いから、控え室でよく一緒になるんだけど、何か俺のお尻触るんだよね。
 蓮沼さん、すっごいカッコいいから、女の子にモテそうなのに……欲求不満?
 それとも実はすごい恥ずかしがり屋さんで、彼女とか女の子に『お尻触らせて』て言えないのかな(いや…、そんなこと言うイケメン、何か嫌だな…)。

 あと、俺のこと『かわいい』て言うのも、変だと思う。
 だって俺、もう24歳だよ?
 24歳の男の、どこがかわいいわけ?
 徳永さんもよくそういうこと言うけど、セレブだから何か感覚違うのかな、て思ってるんだけど、蓮沼さんは別にセレブてほどでもないのに、何かそう言うの。

 変でしょ?



*****

「直央くん、お疲れ~」

 控え室で制服から自分の服に着替えてたら、蓮沼さんがキラキラのアイドルスマイルで、元気に戻って来た。
 徳永さんの場合、何かハリウッドスター? みたいなカッコよさだけど(日本人だけど…)、蓮沼さんはアイドルて感じのカッコイイだよね。キラキラしてる。

「蓮沼さん、お疲れ様でした」
「もぉ~直央くん! また蓮沼さんてゆってる! 響(ヒビキ)、て呼んでよぉ」

 ボタンを留めながらペコって頭下げたら、そんなこと言いながらベシベシ肩を叩かれた。
 何でそんなテンション? そしてちょっと肩痛い…。

「え、だって何か、蓮沼さんは蓮沼さんだし」

 響ていうのは蓮沼さんの下の名前で、いつからだったか、響て呼べ、て言われてるんだけど、何か今でも蓮沼さんて呼んじゃってる。
 だって、先輩だしね。

「先輩て……でも、直央くんのほうが年上じゃん」
「2コね」
「3つだよ」
「え、」

 今までずっと、蓮沼さんは俺と2つ違いだと思ってたのに、突如訂正を入れられて、ビックリして固まった。
 え、3つ下?

「もぉ~、直央くん、そんなことも知らなかったの? じゃあ俺のこと、もっといろいろ教えてあげる! だからこれから一緒にご飯行こ?」

 俺がガーンてなってたら、なぜか蓮沼さんが俺の肩を抱き寄せた。
 そして反対の手がお尻を撫でてる。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (2)


「…お尻触る人とは、一緒にご飯行かない」
「えっ、えぇ~~~!! じゃあ今日はもう触んないっ、触んないからっ! ね?」

 …今日は?
 もう一生触らなくていいんだけど。

「でもダメ。徳永さんが仕事終わったらまっすぐ帰って来い、ていつも言ってるし」
「徳永さんて?」
「え…徳永さんは徳永さん」

 恋人、て言おうとしたけど、やっぱやめた。
 金持ちの道楽とかでなく徳永さんは俺のことが好きらしく、俺も徳永さんのことはLOVEで好きかも…て思ってるから、恋人同士で間違いないんだけど、蓮沼さんにそのことを言うと、何か面倒くさそうだったから。

「まっすぐ帰って来い……て、何直央くん、その人と一緒に住んでんの?」
「え、まぁ……うん」
「シェアメイト? でも、そんなこと言うシェアメイトとか、普通いないよね?」

 しぇ…しぇあめいと? 何それ??
 つか、もしかして全然うまくごまかせてない?
 でも恋人同士でなくたって、家族とかじゃなくたって、一緒の家で生活することあるよね?
 俺も昔、借金してたアイツと一緒に暮らしてたし、稼いだ金を無駄遣いしないように、仕事が終わったらまっすぐ帰って来いってアイツに言ってたし、俺も言われてた。

「ねぇ直央くん、誰その徳永さんて」
「ぅ、ぬ…、い…いいじゃん、誰だって! とにかく一緒にご飯、ダメなもんはダメなの!」

 何言ってもうまく行きそうになかったから、無理やり話を終わらせた。
 蓮沼さんがいくら何か言ったところで、俺が一緒にご飯行かなければ、それで済む話だ。

「直央くんのケチィ~。そんな束縛男の、どこがいいの?」
「そ…束縛?」
「だってそうじゃん。友だちと一緒にご飯行くのもダメとか言うなんてさ、恋人だとしても、独占欲強すぎ~」

 ちょっと待って。
 蓮沼さん、今『恋人』て言った?
 俺、そんなこと一言も言ってないのに、何でそう思ったの? バレたの? それとも、ただ言っただけ? でも言い方からして、ただの友だちとは思ってないみたいだけど…。
 あ、もしかして蓮沼さん、徳永さんのこと、女の人だと思ってんのかな? いや、でも束縛男てゆったし…。

「それとも直央くん、そーゆう束縛系が好きなの?」
「束縛系?」

 蓮沼さんの話すことは、何か難しくてよく分かんない。
 だって俺、誰かとお付き合いしたのって、中学生のときが最後で、もう10年くらい前のことだから、そーゆうこと言われても、何が何だかなんだけど。

「よく分かんないけど……徳永さん、そんな束縛系? じゃないよ」
「ウッソ」

 だって束縛て、どっか行くなとか、誰かと話すんなとか言って、お家に閉じ込めちゃって、いろいろ制限して、自由にさしてくれないことでしょ?
 徳永さんはそんなこと………………言わないばっかりじゃないけど、でも俺をバイトには行かせてくれるし、全然束縛じゃないと思う。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (3)


「あ、じゃあ、束縛系じゃないなら、俺と一緒にご飯行ったって構わないよね? 直央くん」
「うん」
「やった! じゃ、どこ行く? ねぇ直央くん、何食べたい?」
「えっとぉ…」

 あれ?
 蓮沼さんとはご飯行かないはずだったのに、いつの間にか行くことになっちゃってる。
 おかしいな、何で俺、『うん』て言っちゃったんだろ。

「ねぇ蓮沼さん、今日これから行くの?」
「ダメ?」
「だって徳永さん…」
「別に構わないんでしょ? やっぱりダメなの?」
「ダメ、ていうか…。だって何もゆってきてないし。帰って来ると思ってるのに、黙ってご飯食べに行っちゃったら悪いから…」

 俺だって、徳永さんちに住むようになってから、外でご飯食べたことがないわけじゃない。
 友だちいないから、友だちと一緒にご飯はないけど、バイト先での送別会とかで、家でご飯食べれないときはあって、でもそういうときは、ちゃんと徳永さんに言ってるから。
 何も言わないで、ご飯食べてお家に帰るのは、やっぱりよくないと思う。

「じゃ、メールか電話すれば? あ、直央くん、ケータイないのか。その徳永さんのケータイの番号とか分かる?」
「俺、ケータイあるよ」
「えっ!?」

 お金掛かるし、電話する相手もいないから、借金があったころは携帯電話持ってなかったんだけど、今は、ないといろいろ困るから、て徳永さんが買ってくれた。
 でも電話とかメールすんのは、徳永さんと家政婦の純子さんだけで、バイトしてるコンビニとスタンドの店長さんとは、番号を交換した切り、連絡を取ったことはない。

「え、直央くん、ケータイ持ってんの!?」
「うん。え、蓮沼さん、何でそんなビックリしてんの?」
「だって俺、そんなの全然知らなかった!」
「そう? 持ってるんだよ?」

 すごいでしょ? て、蓮沼さんに、カバンから出した携帯電話を見せつけた。
 全然使いこなせてないけど、携帯電話持ってる俺、何かカッコいいでしょ!?

「つか、何でそんな大事なこと、俺に教えてくんなかったの!?」
「は? 何、大事なこと、て」

 何か蓮沼さん、凄い顔してる…。
 がっしり両肩を掴まれて、何か怖いんですけど…。

「直央くん、ケータイの番号とメアドは!?」
「え?」
「俺、未だに直央くん、ケータイ持ってないんだと思って、油断してた! いつの間に買ったの!? 早く教えて!」
「あ、う、うん」

 ケータイの番号とアドレス…。
 えっと、えっと…、教えるって、どうしたらいいわけ?
 とりあえず携帯電話を開いてみて、menuて書いてあるボタンを押してみた。――――で?

「えっと…」
「直央くん、早く! 赤外線!」
「赤外線??」

 何、赤外線て。
 紫外線とは違うの?



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (4)


「ゴメン、蓮沼さん、分かんない」

 そんなに急かされたって、分かんないもんは分かんない。
 だって徳永さんと純子さんの番号とかは、徳永さんが登録してくれたし、店長にもやってもらったから。

「…分かんないの?」
「分かんない。ね、蓮沼さん、あのね、ホントのこと言うとね、俺、まだケータイ練習中なの。殆どあんま何も出来ないの。だから蓮沼さんと番号とか交換しても、何も出来ないよ?」

 別に蓮沼さんが俺のケータイの番号とかアドレス知りたいなら教えるけど、俺、未だにメールの返信とか超遅いから、いろいろ面倒くさいと思うんだけど。

「練習中、て?」
「早くメールの返信が出来るように、純子さんとメールし合ってるの」
「純子さんて?」
「徳永さんちの家政婦さん」
「家政婦て」
「ご飯作ったり、部屋の掃除したりする人」
「それは分かる」

 蓮沼さんの言った『赤外線』とやらをやってみようと、いろんなボタンを押してみるけど、一向にそれっぽいのは出て来ない。
 この分じゃ、俺、一生蓮沼さんに電話番号とアドレス、教えらんないかもね。

「えっと、よく分かんないけど、直央くん、その純子さんて人と、メールやり取りして、練習してんの?」
「うん。純子さん、もう72歳だか3歳なんだけど、ケータイとかパソコンとか、すごい出来るんだよ」
「ななじゅう…」

 うぅ~やっぱり分かんない。
 何でカメラが起動しちゃったんだろ。まぁせっかくだから、蓮沼さんを撮ってみよう。

「何してんの、直央くん」

 画面に蓮沼さんの顔がちゃんと入ったところで決定ボタンを押したら、眉を寄せた蓮沼さんにケータイをガシッと掴まれた。
 これって、『保存』てボタン押さないとダメなんだよね? ちょっ…保存!

「電話番号とメアド、て言ってんのに、何俺撮ってんの? 待ち受けにでもしてくれんの?」
「待ち受け? 蓮沼さんを?」

 それは何かヤダ…。
 今、俺のケータイの待ち受け、すっごいかわいいワンちゃんなの。超お気に入りなの。だから絶対変えたくない。

「冗談だよ」

 蓮沼さんはそう言って、手を離してくれた。
 練習のために、今撮ったヤツ保存しようと思ったけど、いつの間にかこの写真が待ち受けになってたらヤダから、保存しないでカメラを終了した。

「つか、直央くん、早く」
「えぇ~もう無理。分かんない」

 完全にお手上げです。
 だから蓮沼さんも諦めて?
 俺がもっといっぱい練習して、ささっと出来るようになったら、教えるから。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (5)


「ねぇ直央くん。直央くんの練習相手て、その純子さんて人だけなの? 徳永さんとはしないの?」
「用事があればするけど、練習はしない。徳永さん、仕事忙しいし」
「ふーん、そうなんだ」

 そんなこと言いながら、蓮沼さんは俺の手から携帯電話を取って、何か構い出してる。
 あれ? それ、俺のケータイなんだけど。
 でも、俺が、あれれ? て思ってるうちに、蓮沼さんは自分のと俺のを両手に持って、パパパッて何かしてる。すごい早い!

「はい、直央くん。俺の番号とアドレス、登録しといたから」
「蓮沼さん、やってくれたの?」

 そっか、俺があんまりにもモタモタしてたから、見兼ねちゃったのか。あんなすごい速さでケータイ構う人だもんね。そりゃ、俺なんか、超歯痒いよね。
 てか、そんななのに、よく俺なんかとアドレス交換する気になったなぁ。やっぱり変な人。

「ねぇ蓮沼さん、俺、メールすんのも、今くらい超モタモタしてるよ? 電話は結構早く出れるようになったけど。それでもいいの?」
「いいの。つかね、俺も直央くんのメールの練習相手になったげる」
「は?」
「だって直央くん、その純子さんて人としかメールの練習してないんでしょ? 他にも練習相手がいたほうがいいと思わない? でしょ?」

 でしょ? とか言われても、よく分かんないけど…。
 まぁ蓮沼さんがそれでもいいて言うなら、それでいいけど。

「じゃあ決まり! 俺、これから毎日直央くんにメールする!」
「え、毎日? そんなに?」
「そうだよ、毎日練習しなきゃ、上達しないじゃん」
「そっかぁ」

 純子さんとは、多くても週に1, 2回だしな。
 だから、いつまで経っても全然ダメなのか、俺。

「とりあえずじゃあ、今日帰ったら、早速メールすっから」
「うん。てか、今日ご飯は?」

 一緒に行くとか言ったよね?
 行かなくていいなら、そのほうがいいんだけど……何かちゃんとしとかないと、蓮沼さん、いろいろ面倒くさそうだから。

「んーん、今日は辞めとく。やっぱり、今日の今日じゃ悪いしね」
「うん」

 蓮沼さんは変な人だけど、そういうところ、ちゃんと分かってくれる人でよかった。

「じゃ、直央くん、今日メールするから、ちゃんと返してね? 遅くてもいいから、絶対ね?」
「ん、分かった」
「練習なんだからね?」
「はい!」

 そうだよね。
 蓮沼さんだって忙しいだろうに、俺なんかのために時間作ってくれるんだから、ちゃんとしないと!

 俺は気合を入れ直して、蓮沼さんとバイバイした。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (6)


s i d e : j i n


 相変わらず直央くんは、携帯電話を弄るのが遅い。
 電話に出るのは早くなったけど、メールはてんでダメ。
 でも、直央くんがメールするのなんて、どうせ俺か純ちゃんくらいなんだから、ダメでもいいのに、それは納得いかないみたいで、純ちゃん相手にメールの練習してんの。おもしれぇ。

 まぁ、直央くんて結構、どんなことも、ちゃんとしたい! 最後までやり遂げたい! みたいな気持ちが強いから、携帯電話も人並みに使いこなせるようになりたいんだと思う。
 携帯電話なんて、そんなに意気込むもんでもないし、練習するほどのもんでもないと思うんだけど、純ちゃんが『メル友できた』て喜んでるから、いっか。
 しかも直央くんまで、『徳永さんからメール来たときに、すぐ返信できるようになりたいんだもん』とかかわいいこと言ってるしね。

 ちなみに、俺も練習相手になったげようと思ったのに、『一緒にお家いるのに、徳永さんにメールすんの?』て真面目な顔して言うから、結局その話は立ち消えてしまった。

「ねぇねぇ、徳永さん、これどうするの?」

 風呂から上がったら、ソファの下に体育座りした直央くんが、一生懸命携帯電話を弄ってた。
 つか、何でソファの下にいんの? 上、座りなよ。

 メールの練習に余念のない直央くんだけど、俺と2人でいるとき携帯電話に夢中になったらいけない、とは思ってくれてるらしく、携帯電話を弄るのは、俺がまだ仕事から帰って来てないときとかだけなのに、今日はなぜかそうじゃなかった。
 それでも、俺が風呂に入ってる間とか、一応、気を遣ってくれてはいるんだけどね。

「何? どれ?」

 先にお風呂に入った直央くんは、首にタオルを掛けてんだけど、全然頭拭いてなかったみたいで、まだビッショビショだ(そこまでメールの練習に夢中て…)。
 側に行ってソファに座れば、直央くんは携帯電話の画面を俺のほうに向けてきた。てか、純ちゃんとの練習メールとはいえ、そんな簡単にメールを他人に見せちゃって、もう…。

「この絵文字の動くヤツ、どうするの?」

 これ! と、直央くんが画面を指差すから、申し訳ないと思いつつ覗き込めば、妙にテンションの高い文章とデコメ絵文字が踊ってた。
 え、純ちゃんて、こんなメールすんの?
 俺にメール寄越すときなんて、大抵、普通の絵文字も入ってないけど……て、殆どが業務メールだからか。でも、直央くん相手だと、こんなキャピキャピした感じになんの?
 すげぇぜ純ちゃん、侮れねぇ。

「こーゆう絵文字もあんだね。俺、初めて見た! ね、どうやったら出来るの? 俺のでも出来る?」
「え、初めて見たの?」
「うん。だって徳永さんも純子さんも、こーゆうのじゃなくて、動かない絵文字のヤツでしょ?」

 ん? ちょっと待って。
 確かに俺は絵文字なんて、使ったところでせいぜい顔のマークのとか、その程度の(もちろん動かないヤツ)だし、今の話だと、純ちゃんも普通の絵文字くらいしか使わないみたいだ。
 じゃあ、今直央くんが見せてくれてる、そのキャピキャピメールは誰からなんだ?
 バイト先の店長だったら、ドン引きなんですけど。

「ねぇ直央くん、このメール、純ちゃんからじゃないの?」

 恋人が誰とメールしてるか気にして、しかも聞いちゃうなんて、すげぇ小さい男だと思うけど、直央くんがメールする相手なんて、本気で俺か純ちゃんくらいだと思ってたから、恋人だからとかでなく、本当に純粋に、誰とメールしてんのか気になった。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (7)


「このメール、蓮沼さんから」
「蓮沼さん?」

 え、誰?
 バイト先の店長さん? でも直央くん、店長さんのこと、『店長さん』て言ってるよね、いっつも。呼び方変えたの? てか店長、マジでこんなメールすんの?

「蓮沼さんは、一緒に仕事してる人」
「店長さん?」
「うぅん、違う。あのね、蓮沼さんね、メールの練習するの、練習相手になってくれるって。だからね、今メールしてね、あの、さっきメール来て、それに返信して、そしたらこのメール来てね、あの、これ、絵文字さ、動くの」
「う…うん」

 デコメの絵文字が本気で珍しいのか、直央くん、ちょっと興奮気味になってる…(そのおかげで、何が言いたいのかよく分かんないんだけど…)。

「ねっ、徳永さん、これどうするの!?」
「ちょっ…」

 とりあえず直央くんをソファの上に引っ張り上げたら、メールに夢中の直央くんは、俺の横に座ったのはいいんだけど、思っきし俺のほうに身を乗り出して来たっ! 距離近っ!
 いやいや、嬉しいけど! 嬉しいですけどね、でも、こーゆうこと、無意識でやってくれんの!?

 無駄にドキドキしながら、直央くんから携帯電話を受け取る。
 俺だって普段、こんなかわいい絵文字なんて使わないから、よく分かんないけど、でも少なくとも直央くんよりは分かる自信はある。
 てか、さっきは純ちゃんとの練習メールだと思ってたから、まぁいいかな、て思って見たけど、そんな知らない人からのメール(練習だけど)、俺が見ていいの?

「えーっと…」

 うわぁ~…すげぇな、このメール…。
 絵文字の多さもだけど、文章も…。これ…。え、女子中学生? いや、一緒に仕事してる人て言ったよな? 中学生はバイトできないから……女子高生?
 え、直央くん、女子高生とアドレス交換して、メールすんの?

 何か予想外な展開が多すぎて、ちょっと思考停止しそう…。

 マジ誰、蓮沼さん。マジ何なの?
 どこから突っ込んだらいい? いや、聞かないほうがいい? そこには触れないほうがいい!? 男として! 恋人として! どっち!?

「徳永さん? ダメ? このケータイ、こーゆうの出せない? 絵文字、ダメならダメでもいいよ? 俺、蓮沼さんからこーゆうメール来たから、こんな感じで返したほうがいいのかな、て思っただけで…」
「いや、そうじゃなくて、いや、あのね、」

 直央くんは、俺がこーゆうデコメの絵文字のやり方が分かんないと思ったらしく、気を遣ってくれたけど、そういうことじゃなくて。
 いやいや、全然そういうことじゃなくて。

「直央くん、蓮沼さんて何? 何で女子高生とメールなんか」

 いちいち聞くなんて、とは思うけど、もうわけ分かんな過ぎるから、思い切って聞いてしまった。
 何、もう俺!

「女子高生? 誰が?」
「だから、その蓮沼さん!」
「蓮沼さんが? 女子高生?」

 こんなメールするなんて、女子高生か女子中学生か、て思って聞いたんだけど、言われた直央くんは、なぜかキョトンとしてる。
 やっぱ、こんなこと聞く俺に、引いてる? やっぱり? だって気になったんだもんっ!



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (8)


「蓮沼さん、男だけど」
「えっ…?」
「蓮沼さん、男だよ? 俺ね、蓮沼さん2コ下だと思ってたら、3コ下だったんだよ。それ今日発覚した。俺もう長いこと蓮沼さんと一緒に仕事してるのに」

 蓮沼さん=男、ていうことが分かって、頭の中真っ白になり掛けてるのに、直央くんはそんなの全然気付いてなくて、蓮沼さん情報をどんどん教えてくれる。

 いや、ちょっと待ってくださいよ。
 この女子高生か女子中学生か、ていうメールをくれたのが蓮沼さんで、その蓮沼さんは直央くんがバイトしてるコンビニで一緒に働いてる人で、それが男?
 え、それが男?

「徳永さん? どうしたの?」
「は? 蓮沼さん、男?」
「え、うん」
「蓮沼さん、男…?」
「うん。え、何で徳永さん、そんなに疑うの? ホントだよ?」
「や、別に直央くんのこと疑ってるわけじゃないんだけど、」

 だって、もし蓮沼さんが男だってのが嘘なら、こんなに下手くそな嘘はないし、第一、メールの相手をごまかしたいなら、最初から俺にメールを見せなきゃよかったわけで。
 いくら直央くんでも、そのくらいのことは分かると思う。
 てか、直央くんは嘘つくような子じゃないのは知ってる。

 でもね、そうだとしても、やっぱり分かんないんだ。
 このメールを送って来た蓮沼さんが男で、直央くんより3つ年下とはいえ男で、一緒に働いてる人で、でもこんな女子高生チックなメールを送ってくる、て。
 だって。

 21歳男子は、こんなメールしねぇだろ!

 マジで何者?
 蓮沼さん。

「ねぇ徳永さん、絵文字」
「え、あ、うん…、とりあえず、返信の画面に…」

 何だかいろいろとわけ分かんないし、釈然としないんだけど、直央くんがメールの練習したがってるから、とりあえずやり方は教えてあげる。
 直央くんは相変わらず俺にくっ付いたまま、言われたとおりに画面を展開してる。

「で、この『絵文字』てボタン…」
「あっ出た!」
「…てか、直央くん、文章打たないの?」

 使わなくても、そのくらいの操作なら深く考えるまでもない…て思っていたら、案の定、直央くんの欲してた『動く絵文字』はすぐに見つかったんだけど、直央くんはそれに嬉しくなっちゃって、文章も何も打たないうちに、バババァーて、その絵文字を入力しまくった。

「すっごぉ~い! 動いてる~! 俺、こんなの知らなかった! やっぱ蓮沼さんの言うとおり、他の人とも練習してみないとダメだね!」
「蓮沼さんがそんなこと言ったの?」
「ぅ? んー…うん、何かそんなこと。でもマジそうだね。俺、蓮沼さんとメールして、初めてこんな絵文字知った! 動くヤツ! もっと練習して、徳永さんにもこーゆうの送れるようにがんばるね!」

 いや、そこはそんなにがんばんなくてもいいけど…。
 そのうち、直央くんまで、こんなキャピキャピしたメール送ってくんの? えー………………あ、でも、それはそれでかわいいか。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (9)


 ていうか、直央くんから蓮沼さんについていろいろ聞き出したけど、でも全然要領を得ないというか、さっぱり人物像が思い浮かばないんですけど!
 結局、何なの!

「ねぇねぇ直央くん」
「ん~…?」

 直央くんは俺に寄り掛かったまま(調子に乗って俺は直央くんの肩を抱き寄せたけど、超リラックスモード。かわい…)、がんばって文字を打ち込んでる。
 中身を見るつもりはないんだけど、直央くんが、これは? これは? て聞いてくるから、結局その内容が分かっちゃう(でも大した内容じゃない。動く絵文字がすごい! て感想とか)。

「うぅ…ん」

 …声だけ聞いてると、すごい色っぽいんだけどね。
 でも直央くんは、携帯電話からちっとも顔を上げてくんない。
 とりあえず送信するまで待ってみるつもりだけど、終わりそうもねぇんだよなぁ…。
 だって直央くん、入れたい絵文字じゃないの入れたり、2個続けて入れちゃったりして、でもそれを消すのに、間違えて前の文字とか消しちゃってるから。

「よし、送信っ!」

 ようやく完成した文章を何度も読み返して確認してから、直央くんは、わざわざ『送信』とか言いながら、送信ボタンを押した。
 でも、『ありがとう』が『ありとう』になってたけどね。

「ねぇ直央くん、もういい? ちょっといい?」
「はい」

 話を聞くときは、ちゃんと携帯電話を閉じてテーブルの上に置くあたり、素直で真面目な子なんだよね、直央くんは(ピントは若干ずれてるけど)。

「あのさ、結局、蓮沼さんて何なの?」
「え、だからコンビニで一緒に働いてる人で、俺より年下なんだけどね、先輩でね、……あ、仕事めっちゃ出来る」
「いや、そうじゃなくて…」

 それはもう何回も聞いた。てか、年上とか年下とかいう情報は、俺にはどうでもいい。
 そうじゃなくて、人となりとか、そういうことを知りたいんだけど、俺。

「それからねぇ、イケメン!」
「へぇ…」
「後はねぇ、んー…あ、蓮沼さん、変な人だな」
「は?」

 すごい仕事が出来るとか、イケメンとか言っておきながら、その直後に『変な人』だと言い切るてどういうこと?
 いや確かに、あんな女子高生みたいなメールする男、ちょっと変わってる、とか思われてもしょうがないけど…。

「だってね、蓮沼さん、しょっちゅう俺のお尻触るんだよ?」
「はぁっ?」

 何だそれ、て、つい声が大きくなる。
 だって、そりゃそうでしょ。お尻触る、て何だ。しかも、しょっちゅうとか。

「後ねぇ、俺なんかのこと、かわいいとか言うの」
「はあぁぁっっ!!??」
「変でしょ?」

 何だそれっ! て、ますます声が大きくなっちゃったのに、直央くんときたら、のん気に『変でしょ?』なんて言ってるし。
 変でしょ? じゃねぇだろ!
 変とか、そういうレベルじゃねぇだろっ!



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (10)


「直央くん!」
「うわっ」
「何なんだよ、ソイツ!」
「イテ…」

 直央くんが寄り掛かってんのに、思わず立ち上がっちゃったら、直央くんがコロンとソファの下に落っこちた。
 でも、俺のモヤモヤした気持ちは収まんなくて、直央くんに『大丈夫?』とか声を掛ける余裕もない。

「つか、マジ何なの、ソイツ。つか、直央くんも何なのっ?」
「え、俺? え? え? 何が?」

 本気で分かってない様子の直央くんに、苛立ちが増す。
 その蓮沼てヤロウ、別に変なヤツでも何でもねぇよ。明らかに直央くんのこと狙ってんじゃん。気に入ってっから、ちょっかい掛けてんじゃん。あからさまにアプローチしてんじゃん!

「ねぇ徳永さん、何? 急にどうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇよ。そんなの変な人じゃなくて、ただの変態だろ、ソイツ!」
「え、蓮沼さんのこと? 何で?」
「はぁーもうっ」

 ソファにドカッと座って、抱えた頭を掻きむしった。

 何で分かんねぇかな、直央くんは。
 いや、直央くんの場合、鈍感なところに加えて、誰かが自分のことなんか好きになるわけない、て思い込んでるところがあるから、なかなか分かんねぇのかもだけど、それにしたって!

「ねぇ何で? 何で徳永さん、蓮沼さんのこと変態とか言うの? 蓮沼さん、変態じゃないよ?」
「しょっちゅう人のケツ触るヤツの、どこが変態じゃねぇんだよ。てか、直央くんも何すんなり触らせてんの? 何かおかしいとか思わないわけ? それが普通とか思ってんの?」
「それは…」

 あぁ、ダメだ。
 気持ちが抑えらんない。
 直央くんに対して、こんな態度取りたくないんだけど、今はイライラのほうが強くて、言葉が止まらない。

「別にそんな…しょっちゅう、て言ったって、控え室で会ったときとかだけだよ? 仕事中はそんなことしないよ? 蓮沼さん、ちゃんと仕事してるよ?」
「仕事中とか、そういうことじゃなくて!」
「じゃあ何っ?」

 俺が、言いたいことが伝わんなくて苛立たしいのと同じように、直央くんももどかしいのか、声を大きくしてきた。俺は俺で、直央くんの思ってることが分かってないみたい。
 いやでも、分かってないのは直央くんのほうだ。
 まるっきり分かってない。

「大体徳永さん、蓮沼さんに会ったこともないのに、何でそんなことが言うの!?」
「会わなくたって分かるよ、そんな変態」
「何でっ! 徳永さんこそ何なの? 何でそんなこと言うの!?」」
「言っとくけど、ソイツがケツ触るとか言い出したの、直央くんだからね? そんなの普通に変態じゃん」

 うん。俺の言い分は間違ってない。
 どんなに仕事が出来たって、普段は真面目に仕事をこなしたって、そんなことするヤツは変態だし、最低だ。直央くんだって嫌がって…………あれ?
 直央くん、ホントに嫌がってる? 蓮沼とかいうヤツにケツ触られて、『変な人』とは言うけど、ヤダとは言わないよな? むしろソイツのこと庇ってるし!



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (11)


「ねぇ直央くん、ホントに分かってる? 俺ら、恋人同士なんだよ?」
「そんなの分かってる!」
「分かってねぇよ」

 あのね、普通の男は、恋人が他の男にケツ触られたとか言われたら、嫌な気分になるんだよ? しかもソイツのこと庇われたら、怒りはしなくたって、いい気分はしないの。
 せめて直央くんが、蓮沼のすることを嫌だって思ってくれてたらいいのに、そういうわけでもないから、余計に腹が立つ。

 俺よりソイツのほうがいいの? なんて、アホなことは思わない。自信があるとかじゃなくて、そんなのただの被害妄想みたいな嫉妬だし、いちいち言い出してたら切りがないから。
 でも直央くんは、『超』が付くくらいの鈍感だから、違う意味で心配なんだよ。いつの間にか絆されちゃってるんじゃないかとかさ。

「…徳永さんだって、何も分かってないじゃん」

 苛立ちが治まらなくて、ドカッとソファに身を投げたら、立ち竦んだままだった直央くんが、ポツリと言った。さっきまでのような、怒った感じはない。
 意味が分かんなくて視線を向けたら、直央くんは泣きそうな顔で俺を睨んでた。
 …あぁ、俺はまた、直央くんを泣かせちゃうのかな。でもゴメン、全然優しく出来そうもない。全然優しい気持ちになれない。

「蓮沼さんは、徳永さんが思ってるような人じゃない。悪い人じゃない」
「…」
「会ったこともないのに、蓮沼さんのこと、悪く言わないでよ…」

 まだ、ソイツのこと庇おうとすんの?
 もうやめてよ。直央くんの口から、蓮沼の名前なんか聞きたくない。

「蓮沼さん、ホント…」
「分かったよ、蓮沼の話はもういい。俺の前で、2度とその名前は出さないで」
「違う、蓮沼さんは…」
「もういい、つってんだろっ!」

 なのに、直央くんがまた蓮沼の名前を出すから、俺はキレてしまって、つい声を荒げてしまった。
 けれど直央くんは、怯まずに言葉を続けてきた。

「蓮沼さんは、初めて出来た友だちなのっ! 俺っ、ずっとひとりっ……アイツは一緒に借金っ…でも友だちじゃないしっ…、だから蓮沼さんのことっ…」

 ずっと我慢していた涙が、ボロボロと直央くんの瞳から零れ落ちていく。
 それなのに、ギュッと唇を噛んで涙を堪えようとして。

「徳永さんのバカッ! 嫌いっ!!」
「ちょっ」

 直央くんのほうに伸ばし掛けた手はバシッと振り払われて、唖然としている間に、直央くんはバタバタと寝室のほうに消えて行った。
 追い掛けないと――――そう思うのに、足が動かない。立ち上がれない。
 直央くんの言葉が、グルグルと頭の中を回ってく。

 まだ俺のとこに借金があったころは、友だちを作るとかそんな余裕はなかっただろうから、蓮沼が初めての友だちだっていうのは、きっと本当のことだと思う。
 一緒に借金返してたアイツは、友だちとは言わないだろうな。最終的には借金を直央くんに押し付ける形で、どっかに逃げちゃったわけだし。

『蓮沼さんは、初めて出来た友だちなのっ!』

 ――――だから、悪く言わないで。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (12)


 何で直央くんが蓮沼のこと庇うのか分かんなくて、何で直央くん、俺がイライラしてんのが分かんないの? とか思った。
 俺って心狭い? 独占欲? 束縛? 嫉妬?

 俺に、直央くんが知らない交友関係があるように、直央くんにも直央くんの世界があって、直央くんが、今よりもその世界を広げることを悪いとは思わない。
 メールする相手だって、友だちだって、増えていくのは自然なことで、それに俺が口出しすることじゃないから。

 でも本当は、俺の腕の中に閉じ込めたまま、どこにも出したくはないんだよ。
 ずっと離れずにいたいんだよ。

 俺はそんな出来た大人じゃない。



*****

 あれから取り留めもないことばかり考えて、ふと時計に目をやれば、すでに1時を回っていた。
 直央くんが寝室に駆け込んでから、どのくらい経ったのか分からない。何ですぐに追い掛けなかったんだろう。よく分かんない。
 同じことを言い合うだけだと思ったからかな。…やっぱりよく分かんない。

 テレビも付いていないし、音楽も掛かっていない部屋は静かだ。
 頭も体も重い。でも何とかソファから立ち上がって、直央くんがいる寝室に向かう。なるべく静かにドアを開ける。

 直央くんは、ベッドにはいなかった。
 ベッドとは反対側に置いてあるソファの上で丸くなっていた。
 ソファはそこそこ大きいし、直央くんは小柄だから、身を丸めたていたら足がはみ出すようなことはないんだけれど、やっぱり寝るには窮屈そうに見える。

 ベッドはいつも使ってるものなんだし、何もソファで寝なくたっていいのに。
 俺とは一緒に寝たくない、て主張? とか一瞬思ったが、そうじゃない、てすぐに思い直した。いっそ、そうならよかったけど、そうじゃない、直央くんは遠慮してるんだ。
 俺らは恋人同士で、一緒に住んでて、ここで一緒に寝てるけれど、直央くんの中では、ここは、このベッドは『徳永さんのもの』だから、勝手にしたら悪いて思ってる。

 …それが、俺らの関係。

 確かに付き合い始めたきっかけは、決して健全なものとは言えない。
 でも俺は本気で直央くんのこと愛してて、直央くんだって、俺のこと好きでいてくれている……はず、なのに。

「…直央くん」

 声を掛けても、直央くんは目を閉じたまま。
 本当に寝ているのか、寝たふりなのかは分かんない。
 その手には、携帯電話が握られている。蓮沼にメールしたの? さっき送ったのの返事、きっと来たんでしょ? それともやっぱりやり方分かんなくて、送るのやめた?

 …ゴメン、直央くんのこと好きだけど、直央くんのこと、全然分かんないよ。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (13)


s i d e : h i b i k i


 昨日、直央くんとメアド交換して、練習相手になったげた。
 いや、『なってあげた』とか、そんな超上からレベルじゃないよ。やり取りからすれば『なってあげた』んだけど、俺の気持ち的には、『なってもらった』て感じです。

 かわいいかわいい直央くん。
 大好き。

 直央くんは、俺がこのコンビニで働き始めて半年くらいしてから、同じくバイトとして入ったてきた子。
 俺だってまだ入って半年だったのに、直央くんと勤務時間が被ることが多かったからか、なぜかいろいろ教えてあげる係りみたいになってた。

 そのころの直央くんは、接客以外じゃ全然喋んないし、暗かったし、人と係わらないようにしてたから、俺も仕事を教える以外に喋ったことがなかった。
 でもそれは、直央くんに結構な額の借金があったせいだったんだけど、俺がそれを知ったのは、直央くんが来てから1年もしてからだった。

 知ったのは、たまたま。
 休みの希望を入れようと思ってシフト表見てたら、直央くんの勤務がひどいことになってるのに気が付いた。
 恐ろしいくらいみっちりと埋まった直央くんの勤務は、労働基準法? よく分かんないけど、そういうの的にダメなんじゃないか、てバイトの俺でも思っちゃうくらいだった。

 確かにこのコンビニは、人員に十分な余裕があるとは言い難くて、シフトが埋まんないときは、店長が残業するのもよくあることだった。
 でもそれにしたって、直央くんばっかにこんなに偏んなくても…て思って、店長にこっそり聞いたら、実はそれは直央くんが希望したことだって知った。
 とにかくシフトの空いてる時間を聞きまくって、来れるときは来ようとするから、店長も頭を悩ませながら、直央くんの勤務を組んでたらしい。

 いくら何でも仕事しすぎじゃね? て心配になって声掛けたら、直央くんはこれからスタンドで仕事がある、て平然と言ってのけたから、死ぬほど仰天したっけ。
 だって、コンビニでこんだけ働いたほかに、スタンドでもバイトしてるて何だよ、て思わね? 直央くんのことだから、そこでもこの調子なのは、聞かなくても分かったし。

 直央くんが向かうスタンドと俺んちは、コンビニからだと逆方向だったけど、俺は直央くんの後に付いてって、何も知らない振りで、何でそこまで働くの? て聞いてみた。
 心配する気持ちが大半。でもほんの少しの興味。
 いつもは暗いだけで、ちっとも融け込んでこない直央くんのこと、もっと知りたくなったんだ。

 この働き方からして、直央くんが金に困ってるのは、すぐに想像できたし(単に家に帰りたくないだけなら、どっかで適当に時間潰したらいいからね)、今までバイト先でみんなから距離を置いてたのは、そのことに触れられたくなかったからなのも分かった。
 なのに俺は、それに気付いていながら、敢えて聞いてしまった。

 隣を歩く直央くんは、何も言わなかった。
 失敗だった。やっぱこんな子どもでも、聞いちゃいけないことだった。嫌われちゃったかな。でもまぁいっか、今までだって特別好かれてたわけじゃないし。
 そう思ってたら、けれど、直央くんの反応は、俺が想像してたのとは全然違った。

 絶対に、余計なお世話だよ、ほっとけよ、てオーラ出されて、ガン無視されると思ったのに、直央くんはビックリした顔で、ポカンと俺を見てるだけだった。
 直央くんの反応の意味が分からなくて、俺も『え、何?』みたいな感じになってたら、『何で蓮沼さん、俺がそんなに働いてんの、知ってんの?』て逆に聞かれてしまった。
 え…そこ? て思ったけど、たまたまシフト表を見たんだって正直に言ったら、直央くんは疑うことなく納得してくれた。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (14)


 けれど、それからはまた沈黙だった。
 俺的には、どうしても理由を聞きたかったわけじゃなくて、こんなに働き詰めじゃ絶対にぶっ倒れちゃう、て思ったから声を掛けただけなんだけど……そう言ったら、直央くんはますます驚いた顔をした。
 何で驚くの? 普通心配するでしょ、そんなの。
 でも直央くんは、自分が他人から気に掛けてもらえるなんて思ってもみなかったらしくて、俄かには信じられない様子だった。

 直央くんが信じなくても、心配なの! と主張すれば、直央くんはふにゃんと表情を崩した。
 あ、かわいい。
 こんな顔するんだって、知らなかった。
 仕事中、お客さんが来れば笑顔で接客するけど、そういうのじゃない、素の表情。

 それから直央くんは、『あそこのスタンド』て、もう1つのバイト先を指差した。結局、ただ微笑まれただけで、俺が聞きたかったことを話してもらえないまま、時間切れになってしまった。
 そう思ったときだった。
 直央くんがクイと俺の腕を引いて、『みんなには内緒だよ?』と声を潜めた。俺が足を止めると、直央くんも立ち止った。

『俺、借金があんの。いっぱい。だからいっぱい働かないとダメなの』

 子どもみたいなあどけない顔して、大人が子どもを諭すようなことを言って、直央くんは俺の腕を離して、スタンドのほうへとスタスタ歩き出した。
 俺はただ、その場に立ち尽くしていた。
 直央くんが教えてくれたことは、想像どおりだったから別に驚かなかったけれど、そのとき見せてくれた表情とか、仕草とか、全部に心を持って行かれた。

 数十メートルくらい歩いたところで、直央くんがクルッと振り返って、俺に向かって小さくバイバイしてくれた。
 慌てて手を振り返した俺に、直央くんはまた、ふにゃんて笑った。

 …これで、大好きになっちゃったんだなぁ、て思う。
 好き、て言っても、恋愛感情とは違う。同性愛に偏見はないけど、俺はホモじゃないから。若気の至りで男と致しちゃいそうになったこともあるけど、結局、男相手には勃たなかったし。

 でも、かわいいものは大好き。
 だから、直央くんも大好き。
 何かこう…、もきゅもきゅ! てしたい感じ(分かんない? 分かるよね?)。

 だから、これからは出来るだけ直央くんのこと助けてあげよう、て思った。
 ただ、俺の収入もバイトくらいだから、借金自体をどうにかしてあげることは出来ないし、直央くんも、それは自分の問題だから、て言うから、大抵は、お腹空かしてる直央くんにご飯を食べさせるくらいだったんだけど。
 それも、直央くんが人から何か奢られるのを嫌がるから、『作り過ぎて余った』て嘘ついて、家のご飯をタッパーに詰めて持って来る、ていう小細工までして。

 けれど、ある日突然、事態は一変した。
 とうとう直央くんがぶっ倒れて、バイトを休んだのだ。

 直央くんが休んだ穴を急には埋めらんなかった店長が代わりに仕事に来てて、ちょっと疲れた顔してたけど、普段直央くんがその数十倍も仕事をしてるの知ってるから、店長は愚痴も零さず、ただ直央くんの心配をしてた。
 実のところ、俺も店長も前の日から、直央くんの顔色が悪いのを気にしていて、心配してた矢先のことだったんだ。

 あんなに直央くんのこと気に掛けてたのに、結果、こんなことになってしまって、俺はひどくショックだった。
 そんな働き方してたら、ホントに倒れちゃうよ? て何回も直央くんには言ったけど、直央くんはただ、『働かないとお金が貰えないから、働くしかない』て言うばかりだった。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (15)


『だーいじょうぶ。俺、体力には自信あるから、いっぱい働けるよ!』

 直央くんは、細っこい腕で力こぶを作る真似をしたけど、もちろんそんなモン、出来ちゃいなかった。
 そんな会話をした2日後にぶっ倒れる、て…。

 バイトが終わって、俺は直央くんの様子を見に行きたい、て思ったけど、よく考えたら、直央くんの家なんて知らなかった。
 連絡してみようにも、直央くんは電話を持ってないから無理(休みの連絡は、直央くんじゃない別の男の人からあったらしい。そういえば直央くんは、一緒に借金返してる人と同居してる、て言ってたから、その人は携帯電話でも持ってて、それで掛けて来たんだろう)。

 直央くんは、本当はバイトの掛け持ちじゃなくて、ちゃんと就職したかったらしいけど、中卒だから雇ってくれるトコがない、て零したことがあった。
 そのころから借金返してたの? 未成年にそんな額貸してくれるトコなんかないよね? てことは、親の借金? ――――聞きたいことはいっぱいあったけど、聞いたことはなかった。

 俺は、他の誰よりも直央くんのことを知ってるつもりで、何も知らなかった。
 そのことに打ちひしがれつつも、このまま直央くんの体調がよくならなくて、万が一のことがあったらどうしよう…て、俺は自分の具合が悪くなりそうなくらい、心配しまくった。
 直央くんに会えない1日が、永遠のようにも思えた。

 でも直央くんがバイトを休んだのは、きっかり2日だった。
 バイトに復帰したのは嬉しかったけど、またこんななったら大変だから、もう少し休んだら? て言ったら、直央くんは、もう今までみたいな働き方をしないでもよくなった、て打ち明けてくれた。

 直央くんは、ようやくすべての借金を返し終えたのだ。
 休んでた2日の間に何かあったのかもしれないし、ただコツコツと返し続けた結果なのかもしれないけれど、それは教えてくれなかった。

 前みたいなむちゃくちゃな働き方をしなくなった直央くんは、前よりもよく笑うようになった。
 俺以外の前にも、本当の笑顔を見せるようになったのはちょっと悔しかったけど、でも、それでも、直央くんの一番の友だちは俺だ、て思ってる。思ってた。
 だから昨日、俺の知らない直央くんのいろんなことを一気に知ったときは、ちょっとどころでなく動揺してしまった。

 だって、誰よ、『徳永さん』て。
 直央くんは今まで、一緒に借金返してた人と節約のために同居してたけど、その人はもうどこにいるか分かんないらしいから(あんま詳しく言わないけど、多分逃げられたんだと思う)、『徳永さん』はその人じゃない。

 新しいルームシェアの人かな、て思ったんだけど(一緒に借金返す人でなくなって、ルームシェアすれば家賃の節約にはなるしね)、話を聞いてると、どうもそんな感じじゃない。
 仕事終わったらまっすぐ帰って来い、なんて、普通シェアメイトが言うセリフじゃないよね。

 恋人かな、て思って鎌掛けて『恋人』とか『束縛男』て言ったら、直央くんが分かりやすく反応したから、すぐに分かったけど。
 でも、束縛系か~(直央くんはそうじゃない、て言うけどさ)。俺は束縛苦手だけど、直央くんこんなにかわいいし、束縛したくなる気持ちは分からないでもないよね。

 つか、直央くんにも恋人が出来ちゃったのか。
 俺、ちょっと寂しいんですけど。

 でも、思いがけず直央くんのケータイの番号とメアドをゲット出来たのは、ラッキーだったけどね(直央くんがケータイ持ち始めたの、知らなかったのは悔しいけど)。
 しかも、まだメールとか全然出来なくて練習中だって言うから、それに託けて、メールし合う約束を取り付けちゃった。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (16)


 まぁそれなりに下心的なものもあるんだけど、とりあえず、直央くんとメールできるようになったのが嬉しい。
 直央くんの話じゃ、その徳永さんて人には用事があればするくらいで、メールの練習は72歳だかの家政婦さんとだけだから、直央くんとメールできるのは、ホントに限られた人だけ!
 昨日の様子からして、直央くんは自分からメアドを教える感じじゃないし。

 昨日、早速直央くんにメールしたら、1回目の返信はただ文章だけで、あんま絵文字とか使わないのかな、て思ってたら、時間が掛かって返って来た2回目のメールには、ふんだんにデコメが使われてた。
 メールの練習相手になるなんて、下手くそな口説き文句みたいだと思ってたけど、本気で直央くん練習する気なんだ、て分かったら、笑いが止まんなくなった。
 何て真面目で素直ないい子!
 もうホント大好き!

「でもなぁ…」

 3度目のメールに返信がなかったのが、ちょっと気になるところ。時間掛かり過ぎて、途中で眠くなって寝ちゃったとか? 何か直央くんなら、あり得りそう。
 どうだったのか聞いてみたいけど、今日は直央くんと一緒のシフトじゃなくて、ちょうど交代で入っちゃってるから、あんま話出来ないかな。寂しい…。

 でも今日もメールするし! て意気込みながら控え室で着替えてたら、直央くんが仕事を上がって控え室にやって来た。

「直央くん、おつか……えっ!?」

 いつもどおりに直央くんに挨拶しようとしたら、すごい勢いで睨まれて、ビクッてなった。
 え、何? 何で?

「え、直央く…」

 恐る恐る直央くんに声を掛けたけど、直央くんはむすぅ~とした顔のまま、黙々と着替えてる。
 え、マジで何? 何でご機嫌斜め?
 さっき店に入ったとき見掛けたら、普通に接客してたじゃん。笑顔だったじゃん! なのに何で!?

「えと、直央くん、あの、どうし…」
「蓮沼さんのバカっ!」
「えっ、え、え!?」
「ッッッ…もう知らないっ!」

 着替え終わった直央くんは、ちょっと涙目になりながら俺に向かって声を荒げると、俺の体を押し退けて控え室から去って行ってしまった。

「え…」

 え?

 えぇ~~~~~~~~~~!!!!????




「な…」

 何が起こったの、今。
 バイト来て制服に着替えてたら、直央くんが仕事上がって控え室に来て、そしたら急に睨まれて、蓮沼さんのバカ…!!??

 俺何した? 何もしてないよね?
 一生懸命心当たりを探ってみるけど、全然思い浮かばない。だって今日、会って5秒もしないうちに睨まれたし!
 昨日は…メアド聞いて、メールの練習相手になって、メールのやり取りもしたけど、普通だった。お尻は触ったけどいつものことだし、今日はまだ直央くんに指1本触れてないのに。

「ガーーーン…」



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (17)


 一体全体、自分の身に何が起こったのか、さっぱり分からない。
 でも俺、もしかしなくても、直央くんに嫌われた…?

「嘘…」

 ヒュウ…て背筋が冷たくなってく。
 嘘! 嘘、嘘!!
 何で直央くんに嫌われなきゃなんないの!? そんなのヤダ!!

 どういうことなのか直央くんに確かめたくて、でもこれからバイトなのに直央くんの後を追うわけにもいかないし、メール……電話……て思ってたら、店長に呼ばれてしまった。
 直央くんは気になるけど、仕事をサボるわけにはいかない。
 借金を返し終えても、直央くんは相変わらず仕事の鬼だから、仕事を一生懸命にやらない人は嫌だって言うから…。

 とにかく仕事に集中するしかない。
 気の持ちようだけど、集中してると、あっという間に時間が過ぎてく気がするから。
 仕事が終わったら、直央くんに電話しよう。出てくれるかどうか分かんないけど、このままじゃ気になって、夜も眠れない。

「蓮沼くん、どうしたのー? 今日、超暗くない?」
「…そうスか?」

 夕方の混雑時間帯が一段落したところで、一緒のシフトに入ってたセンパイに声を掛けられた。
 つかセンパイ、心配してるんじゃなくて、おもしろがってるよね?
 しょうがないじゃん、暗くもなるでしょ、そりゃ。
 しかも俺の気を知らないセンパイは、「何があったの~?」なんて明るく聞いてくる。かわいい笑顔。でも、直央くんのほうが何十倍もかわいいと思う。

「彼女とケンカ~?」
「違います」

 …ウザ。
 センパイはかわいいけど、こういうトコがちょっと。
 女の子は好きだけど、こういうの見てると、やっぱ幻滅しちゃうよね。俺、女の子に過剰な期待し過ぎなのかな。女の子はもっと、柔らかくて、ふわふわしてて、甘いものなんじゃないの?

「…いらっしゃいませー」

 センパイと話し続けんの面倒くせぇ、て思ってたら、自動ドアの開く音がして、俺はそちらに顔を向けた。
 もう2年もこの仕事してっからさ、お客さんが来ると、もう反射的に体が動いちゃうんだよね。

 入って来たのは俺よりもいくつか年上ぽい若い男だったけど、既製品とは思えない仕立てのいいスーツを着こなしてる感じが、ただのリーマンじゃない雰囲気を醸し出してた。
 こーゆう人でもコンビニなんか来るんだな……て、それって偏見? ま、買い物してくれりゃ、何でもいいけどね。

 それよりも、早くバイト終わんねぇかな。
 あと15分…て時間を気にしてたら、今来た男が、俺のいるレジの前に来た。センパイ、イケメン好きなのに、隣のレジに入っちゃってる。残念!

「…アンタが蓮沼さん?」
「はい?」

 何も商品を持たないでレジに来たから、振り込みかタバコかな、て思ってたら、なぜか名前を確認されて、いきなりのことだったから、俺はお客さん相手なのに、ついそんな口調で聞き返してしまった。
 え、知り合いじゃねぇよ? こんなヤツ。つか、知り合いじゃねぇから、この人も俺の名前確認したんだよな。

 で、何?



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (18)


「えっと…」
「ちょっと話あんだけど。直央くんのことで」
「、」

 直央くん。
 いきなり登場したコイツ自身のことより、『直央くん』て名前がコイツの口から飛び出したことに動揺しちゃったけど、何でもない振りを装って、相手を見た。
 隣のレジにいたお客が帰っていく。センパイがこっちを気にしてる。

「…後15分くらいで仕事終わるんで、それからじゃダメですかね?」

 もしかして、コイツが『徳永さん』なんだろうか。
 初対面だけど、この人が俺に向けてる感情が、けっして好意的なものじゃないって分かる。でも最初から突っ掛ってくる感じじゃないから、言えば通じると思って、丁寧にそう告げた。
 さすがに店の中で何かあったらマズイ。

「分かった。外で待ってる」

 よかった。ちゃんと大人だった。
 徳永さんらしき人はそう言って、外へ出て行った。
 でも、何か1個でも商品持って来きてレジしてる最中に話すとか、もっとうまくやってよ。あれじゃ、完全に俺に用事があって乗り込んできたの、バレバレじゃんか。

「ねぇ蓮沼くん、大丈夫なの?」

 ホラ来た。
 早速センパイが気にしてんじゃん。ただ気にするだけならいいけど、余計なこと言い触らされたらどうすんの?

「別に、大丈夫ですけど?」

 何でもない顔をするのは得意。
 ちょっと笑ったら、センパイは『ならいいんだけど』て笑い返してくれる。センパイも、何でもない顔をするのが得意だから。

 時間になって、次のシフトの人と交代して、俺は控え室に下がる。
 もぉ~、バイト終わったら、すぐに直央くんに電話するつもりだったのに~!
 でも後15分で、て言っちゃったから、あの人、俺の仕事終わる時間分かってるし……直央くんに電話してる時間、ないよね…。

 直央くんのことを気に掛けつつ、挨拶して店の外に出たら、出入口のそばに設置してある灰皿のところで、その人はタバコを吸ってた。
 俺は深呼吸を1つしてから、近付いた。

「…お待たせしました」

 俺が声を掛けたら、こっちをチラッと見てから、タバコを消してくれる。
 意外と…ていうか、見た目どおり、ジェントルマンですね。

「で、話って? えっと……徳永さん?」

 多分この人が『徳永さん』て人なんだろうなぁ、て思って、そう呼んでみたら、ピクッと眉が動いた。
 え、違うの?
 確かにアンタ名乗ってないけどさ、初対面なのに直央くんの名前出してきたから、そうなのかな、て思っちゃうじゃん。他の直央くん繋がり、知らねぇし。

「えと…違いました? どちら様でしたっけ?」
「いや、違わないけど」

 何だよ! 違わねぇなら、そんな顔すんなよ!
 俺に名前呼ばれんの、そんなに嫌かよ!



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (19)


「それで、その『徳永さん』が、『直央くん』のことで、俺に何の用ですか?」

 相手が不機嫌そうだから、つい、こっちの態度も硬くなってしまう。
 大人げないかもしんないけど、そんなのお互い様だ。何で俺が、初対面のこの人に、こんな顔されなきゃなんねぇの?

「俺のこと知ってんなら、そんなの言われなくても分かんだろ? 蓮沼くん?」
「さぁ、何のことだか。アンタのことは、昨日直央くんから名前聞いたくらいで、なぁーんにも知りませんから」

 多分恋人なんだろうなぁ、とは思ってるけど。
 その恋人が、わざわざ俺のトコに乗り込んでくるてことは、昨日メアド交換したことが原因かな。直央くんの話聞く限りじゃ、何か束縛系だしね。

「つか、恋人が、友だちとメールするくらいで目くじら立てるなんて、ちょっと心狭いんじゃないスか?」

 心の中でベーッと舌を出しつつ、徳永さんに言っててやる。
 あ、徳永さんの口元、ちょっと引き攣ってる?

「てめ、やっぱ俺のこと知ってんじゃねぇかっ…」
「ふぅん、やっぱ直央くんの恋人なんだ? 徳永さん」
「、」

 一応、鎌を掛けてみたんですけどね。
 直央くんもそうだけど、この人も結構単純だね。

「まさかホントにそんなことで、わざわざここまで来たんですか? 直央くんとメールすんな、て俺に言うために? いくら何でも束縛しすぎなんじゃ?」
「違ぇよ! そんなこといちいち言いに来るかよ。おめぇの顔なんか見たくもねぇよ」
「何で俺、初対面のアンタにそこまで嫌われないといけないの? 俺が直央くんのことでアンタに関係するのなんて、昨日メアド交換したことくらいなんですけど」

 だって昨日の今日だし。このタイミングでこの人が俺のトコ来るなんて、そんくらいのモンでしょ?
 それ以外に俺、この人から恨み買うようなことした覚えないんだけど(だって、この人の存在知ったの自体、昨日のことだし)。

「それ以外にだって、いろいろしてんだろうが。俺と直央くんの関係知ってんなら、なおさらやめてくんねぇ?」
「え、な何が? は?」

 ちょっ…凄むと何か怖いよ、この人。迫力が半端ない。
 てか、マジで俺、何もしてないし!
 どーゆうこと? 話したのがダメとか? そこまで束縛すんの? 何? 何?

「なぁアンタ、恋人いる?」
「は?」

 何ですか、急に。
 ちょっと雰囲気和らいだからいいけど、でもやっぱ怖い! 直央くん、ホントにこんなヤツが恋人なの!? 脅されて付き合わされてんじゃなくて?

「いや…今はいないスけど…」
「いたことは?」
「あります…」

 何で俺、こんなこと、この人に打ち明けてんだろ。
 でも何か素直に答えないと、何されるか分かんなくて怖いし。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (20)


「じゃあ聞くけどさ、いくら相手が友だちとはいえ、自分の恋人がしょっちゅう尻触られてる、て知ったら、いい気しなくね?」
「げ」

 何でこの人、そのこと知ってんの? ――――て、直央くんが言ったのか! 昨日? 昨日だよね? それ知って怒ってんの? 乗り込んできちゃったの!? マジでー!?
 いや、確かに恋人にしたらおもしろくないことだろうけど! 乗り込んでくるほど!? そこまで溺愛!?
 ヤバイー! 完全に俺のほうが分が悪いじゃん!

 けど、柄にもなく俺がアワアワしてたら、徳永さんが言葉を続けた。

「直央くんがアンタのこと庇うからあんま言いたくないけど、一応どういうつもりか聞こうと思って」
「庇って…」

 直央くん、俺なんかのこと庇ってくれるの…? キュン…!
 でも、直央くんがバラしたせいで、この人も怒ってるし、俺もこんな事態に陥ってるんだけどね。

 …て、あれ?
 直央くんが俺のこと庇ったって……なのに何で今日会ったとき、あんな睨んで来たの? あんなふうに俺に怒ってたら、普通、庇ってくんないよね?
 てことは、その庇ってくれてたときは、直央くん、まだ俺のこと嫌いじゃなくて、その後から今日俺に会うまでの間に何かあったってこと?

 えーっと、ちょっと待って。
 徳永さんは、俺が直央くんのお尻触ってたのが嫌だったんだよね? しかも、それなのに直央くんが俺のこと庇うから、余計おもしろくなかったんだよね?
 ――――で。
 何だかんだあって、今日になったら直央くん、昨日は庇ってくれた俺のこと嫌いになっちゃったんだよね?

 …て。
 その『何だかんだ』て、完全にケンカじゃんか!!

 え、何。この2人ケンカしたの?
 そんで直央くん、ケンカの原因が俺を庇ったことだから、俺にバカとか言ったのね。
 んで、徳永さんは、もともと俺のこと嫌だってことに加えて、直央くんとケンカしちゃったから、そもそもの原因たる俺に文句を言いに来た、てわけか。

「はぁー…なるほど」
「は?」
「あ、いえ」

 急に一気に納得しちゃったもんだから、思わず口に出ちゃった。
 そっかー、ケンカしたかー。

「つか、どういうつもりなのか、て聞いてんだけど」
「あ、」

 1人で納得してたけど、そういえば徳永さんからの質問に答えてなかったっけ。
 どういうつもり、て……それって、何で俺が直央くんのお尻触るか聞きたい、てこと? そんなの、直央くんがかわいいから構いたいだけに決まってんじゃん。
 もしかしてこの人、俺が直央くんのこと好きだから、それでちょっかい出してるとか思ってんの?
 別に俺直央くんのことは大好きだけど、LOVEて意味で好きなわけじゃないし、恋人いるのに奪ってやろうとか思ってないんだけどな。

「おい蓮沼。どうなんだよ」
「えー別にぃ? だって俺、直央くんのこと大好きだし。そりゃ構いたくなるでしょ、あんだけかわいかったら」



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (21)


 つか、俺のこと呼び捨てかよ。すんげぇ低い声出しちゃってさ。そんなに俺のこと嫌いかよ、て思ったら、つい俺も、挑発するような口調になっちゃった。
 別にLOVEで好きなわけじゃないけど、敢えて、そういうふうにも取れるように答えたら、案の定、徳永さんの顔がますます険しくなる。
 この人、大人かと思ってたけど、案外子どもだね(まぁ俺も全然人のこと言えないけど)。

「てか、そんなことで直央くんとケンカしたわけ?」
「ッ…」
「直央くん泣いちゃって、かわいそー」

 2人がケンカしたってのも、直央くんが泣いちゃったってのも、全部俺の憶測だったけど、どうやら正解だったみたいで、徳永さんはあからさまに動揺してる。
 何で俺が知ってんだ、て思ってる?
 だって直央くん、さっき俺の前ですら涙目だったもん。徳永さんのこと好きなのにケンカしちゃったら、そりゃ泣くだろうなぁ、て想像付くよね。

「今日俺、直央くんと入れ代わりで仕事だったけど、会ったとき、ちょっと泣いてたから心配してたんだよね。ふぅん、そっか、そーゆうことだったんだ」
「…」
「つか、仕事終わったら、すぐに直央くんに連絡しようと思ってたのにさ、徳永さん来るから出来なかったじゃん。もしかして今ごろ1人で泣いてるのかも」

 うん。
 俺、嘘は言ってない。

「なっ…ッ、もとはと言えば、蓮沼、お前がっ…」
「俺が何? もしかして徳永さん、俺に直央くん取られるとか思ってんの? へぇ、そんなに自信ないんだ? だから直央くんが俺のこと庇ったのおもしろくなくて、直央くんに何か言っちゃったんでしょ」

 殆ど当てずっぽうで言ったけど、あながち間違いでもないみたいで、徳永さんは反論してこない。
 もぉ~、原因は俺とはいえ、そんなことでケンカしないでよね。
 はぁ~あ。徳永さんのことは気に食わないけど、大好きな直央くんにいつまでも悲しい思いさせたくないから、ここはちょっと、俺が大人になりますか。

「俺、昨日直央くんとメアド交換したんだけどさ、直央くんてホント、メールすんの遅いよね」
「なっ…何だよ、急に」

 狼狽えてる徳永さんを尻目に、俺は自分の携帯電話を取り出して、メールを起動させる。

「俺これから、直央くん慰めるメール、送っちゃおーっと」
「はぁ!?」
「それに直央くんから返信が来るのと、アンタが直央くんトコ帰って仲直りすんのと、どっちが早いかなぁ~」
「!?」
「直央くんの返信のほうが早かったら、俺、いーっぱい直央くんのこと慰めてあげんだから。そしたら、直央くんの気持ち、どっちに傾くかなぁ~」

 クフ、て笑い掛ければ、徳永さんの顔色が変わる。
 ホーント、単純。

「クソッ!」

 徳永さんは、さも忌々しげに舌打ちをすると、俺を一睨みしてから、側に停めてあった車に乗り込んだ。
 わぉ、そのBMWの持ち主さんでしたか。

 乱暴に車が発進してく。
 もー、地球に優しくないんだから。

 でも、直央くんが心を許してくれる人、俺だけじゃなかったの知って悔しかったから、ちょっとくらい意地悪させてよね(あ、やっぱ俺も、まだまだ子どもだね)。

「…さてと」

 直央くん宛てに、メールの作成。
 あの携帯電話の使い方レベルからして、直央くんが自分1人で俺のアドレス消したり、着信拒否したりするのは無理だろうから、メール自体が届かないことはないだろうけど……ちゃんと見てくれるかな。
 これ見てくんなかったら、徳永さん無理やりお家に帰しちゃったの、意味がなくなっちゃうからね。

「そーしん!」

 直央くん自身のためにも、ちゃんとメール見てくれますように。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (22)


s i d e : j i n


 昨日の夜、ソファで丸くなって眠ってる直央くんをベッドに運んで一緒に寝たけど、朝起きたら直央くんの姿はなくて、すげぇショックだった。
 前と違って直央くんは、早朝や深夜まで仕事してるわけじゃないから、朝起きて直央くんがいなかったことなんかないのに、今日は俺が寝てる隙にどこかに消えてた。

 昨日、寝てる直央くんを起こして謝ろうと思ったけど、あのときは2人とも冷静じゃなかったから、朝起きてからにしようと思ったのに。
 それでもと思って、直央くんの携帯電話に掛けたらベッドの片隅で鳴り続けてて、俺は直央くんを傷付けたきり謝ることも出来ずに、仕事に向かうはめに。
 もちろんこんな調子だから、仕事だって全然集中できなくて、桜子お姉さんに怒られまくった(社長の威厳ゼロ…)。

 今日ばっかりは残業は無理! て桜子お姉さんに土下座して(俺が社長なのに…!)、就業のチャイムとともに会社を後にして、向かった先は直央くんのバイト先。
 時間的に、直央くんがいないのは分かってたけど、もしかしたら蓮沼に会えるかもしれないと思ったから。

 別に蓮沼に会って、何をどうしようというつもりはなかったんだけど、蓮沼のことを何も知らないまま直央くんと話しても、また昨日の繰り返しになりそうだったし。
 まぁ、一体どんな変態野郎なのか見てやりたい気持ちと、何のつもりなのか問い詰めて、ちょっと牽制してやりたい気持ちはあったけど。

 ただ、実際に会ってみた蓮沼は、俺が思ってたような変態ではなかったけれど、すんげぇ生意気な感じで、決して俺にいい印象を与えてはくれなかった。
 マジで直央くん、何でこんなヤツのこと庇うわけ?

 しかも蓮沼のヤツ、俺らがケンカしたこととか、直央くんが泣いたこととかも知ってて、直央くんに慰めるメール送るとか言い出すし。
 そうなったら、俺のほうが完全に分が悪い。だって直央くん、蓮沼のことは庇うけど、俺には『嫌い』て…。

「クソッ」

 苛立ちを思い切り運転にぶつけながら家まで帰って、車をパーキングに適当に突っ込んで、エレベータのボタンをガチャガチャ押しまくって、部屋へと向かう。
 早く直央くんに謝りたい。
 昨日あんななってから、直央くん、ずっと傷付いたままなの? 蓮沼の言うとおり、1人で泣いてるの?

「直央くんゴメンッ!!」
「んグ?」

 慌てて部屋に駆け込めば、いつものリビング、ソファのところ、相変わらず上じゃなくて下に直央くんは座ってた。
 片手に携帯電話、もう片方の手に、大福…?
 いきなり飛び込んできた俺に、直央くんが驚きながらパシパシ瞬きしてたら、直央くんの手元から何かが零れ落ちて、コロコロッとテーブルの上を転がった。

「イチゴ…」

 イチゴ大福、食ってたのかな…?

「あの、これ、純子さんがくれたの。ホントはね、ご飯の前におやつ食べちゃダメなのに、でもね、純子さんね、疲れたときは甘いもの食べたほうがいいですよ、てゆってね、」

 慌てたように言葉を紡ぐ直央くんに、俺はテーブルの上に転がったイチゴを拾うと、その口元に運んだ。
 いや、無意識に手が動いちゃったんだけど、直央くんは素直にイチゴを口に入れた。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (23)


「徳永さんの分も…」
「え?」
「徳永さんの分もあるの。純子さんが、徳永さん帰ってきたら、上げてくださいね、て」

 直央くんが、もう1つイチゴ大福を取り出して差し出してきたので、俺も言われるがまま、それを受け取った。
 えっと…。何で俺ら、イチゴ大福のやり取りなんかしてるんだ? ――――そうじゃなくて。

「それより直央くん、あの…蓮沼から、メール来た…?」

 昨日みたいにすごく怒った感じじゃないから、大丈夫かなて思って隣に座ったら、拒絶されることはなくて、ちょっとホッとした。
 でも、直央くんの手に携帯電話があったから、もう蓮沼からメールが来たんじゃないか、て気が気じゃない。直央くんのこと慰める、て……俺、間に合わなかった?

「蓮沼さんからメール……さっき来た。お尻触ってゴメンなさい、て」
「えっ?」

 は? どういうこと?
 何その内容。だって蓮沼は、直央くんのこと慰めるメールするとか言って…。

「えっと、これ…」

 あんまりにも俺がキョトンとしてたからか、直央くんは大福を置いて、携帯電話を俺のほうに見せてきた。
 あの…まぁいいんだけど、相変わらずメール…見せてくれるのね。

 画面には、蓮沼からのメール。
 昨日見たほどじゃないけど、21歳男子のメールとは思えないくらいには絵文字が飾られてる。でも、送信者のところに『蓮沼響』てなってるから、間違いはないんだろう。

『今までお尻触ってゴメンね。許してくれる? どうか今までみたいに仲良くしてください。あと、徳永さんとケンカしちゃったの俺のせいだよね? 徳永さんすごく落ち込んでたから、仲直りしてね』

 語尾の全部に、俺にしたらウザったいくらいの絵文字が使われてるけど、でも内容は、俺が思ってたのとは違って、何か俺らのことを気に掛けてくれてる文面。
 何で? 俺にあんなこと言っといて、結局送って来たメールがこれ?
 だってお前、直央くんのこと好きなんじゃねぇの? 直央くんにメールして、あわよくば奪っちゃおうか、みたいな感じだったじゃん。なのに、何で?

 これも何かの作戦? 直央くんのことまで騙すの? でも、蓮沼の感じからして、直央くんにそんなことするわけないよな。むしろ騙すんだったら、俺のほうだと思う。
 てことは、直央くんにメールした内容がホントで、俺に言ったのが嘘てこと?

 は? 何? 意味分かんねぇ。
 何のためにそんなこと――――て、俺らを仲直りさせるためか!?

 じゃあ俺にあんなこと言ったのは全部演技で、俺が早く直央くんのところに向かうように仕向けたってこと?
 確かにあの場で、俺が蓮沼から直央くんと仲直りしろとか言われても、『はぁ?』てなるに決まってるもんな(自分で想像つく。大人げないのも分かってる)。

 これで俺らが仲直りすれば、蓮沼にしたら、大好きな直央くんをこれ以上悲しませることはないし、俺には一泡吹かせられるもんな。
 てか、もしうまく行かなかったら、本気で直央くんのこと奪う気だったんじゃねぇだろうな……いやいや、蓮沼のおかげで仲直りしようとしてんだから、悪く考えちゃダメだ、悪く考えちゃ…(でも!)。

「徳永さん…、蓮沼さんのこと、許してもいい?」
「え?」



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (24)


 シャツの裾を引かれて直央くんのほうを向いたら、直央くんは、黙ってた俺が怒ってると思ったのか、困ったように眉を下げてた。
 もちろんもう怒ってなんかいないし、てかむしろ、昨日の自分を殴り飛ばしたいくらい反省してるんだけど。

「昨日は、徳永さん、何で蓮沼さんのこと悪くゆうの? バカバカー! て思ってたけど、今日になってよく考えたら、俺、徳永さんにひどいことゆって、徳永さん怒らせたから、嫌われちゃったんだ、て分かって…」
「別に嫌いになんか…」
「俺が蓮沼さんと友だちでなくなったら、徳永さん、俺のこと許してくれるのかな、とか思ったけど、でも俺、蓮沼さんと友だちでいたいし、そう思ってたら、蓮沼さんから、今までみたいに仲良くして、てメール来るし…」

 直央くんの声がだんだん小さくなってって、最後は俯いてしまった。
 昨日は、蓮沼のことをよく知らないまま、ただ頭に血が上って、直央くんに苛立ちをぶつけてた。だって、あんな話聞いたら、少なくとも平気な顔はしてられない。
 でも、直央くんの言葉、もっとちゃんと聞いてあげればよかった。そうしたら直央くんのこと、こんなに傷付けずに済んだのに。

「徳永さん、俺が蓮沼さんのこと許さないで、今までみたいに蓮沼さんと話とかしないようにしたら、俺のこと許してくれる?」
「ちょっ…待って、直央くん!」

 どんどんと話を進めていく直央くんに、俺は慌ててストップをかけた。
 確かに昨日は、蓮沼のこと知らないせいで、直央くんにひどいこと言っちゃったけど、別に直央くんから友だちを奪うような真似をするつもりはない。

「蓮沼は、大事な友だちなんだろ?」
「…ん」
「その…尻触るのはどうにかしてもらいたいけど…、これからも蓮沼と友だちでいてよ」
「…それでも徳永さん、俺のこと許してくれるの?」
「許す……てか、許してほしいのは、俺のほうだし」

 直央くんの顔を上げさせたら、目にはうっすらと涙が浮かんでた。
 あぁ、もう泣かせたくない…て何度も思ったのに、また。

「直央くん……昨日はゴメン。俺、何も知らないでヒドイこと言った」
「え? え? 何で徳永さんが謝るの? 俺が徳永さんのこと嫌いとかゆっちゃったのに」
「でも、嫌い、て言われてもしょうがないこと言ったし、直央くんのこと、傷付けちゃった。…ゴメン。直央くんこそ、俺のこと、許してくれる?」

 友だち失っちゃうくらい悩ませて、俺のほうこそ、許してもらえないほどのこと、してるのに。
 でもやっぱり直央くんのことが好きで、側にいてほしくて、離したくない、て思ってる。

 そんな勝手な俺を、嫌いにならずに、許してくれる?

「徳永さんのことは、ずっと許してるし…」
「ホント? 俺のこと、嫌いになってない?」
「なってない…」

 額がくっ付くほどの距離で、直央くんの顔を覗き込む。
 瞬きの瞬間、直央くんの目からとうとう涙が零れ落ちてしまった。

「俺、徳永さんのこと、嫌いになってないよぉ…」

 ポロポロと涙を零しながら、直央くんが腕の中に飛び込んできた。
 小さい肩が震えてる……昨日、俺に嫌いって言って寝室に駆け込んだ後、こんなふうに1人で泣いてたの?



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「徳永さんのこと、嫌いじゃな…だから俺、徳永さんに嫌われたくないぃー…」
「…嫌いになんかなってねぇよ。俺のほうこそ、直央くんに嫌われたままだったらどうしようかと思ってた」
「ふぇ…徳永さ…、ごぇんなさいぃー」

 ワンワンと泣き出してしまった直央くんをギュッと抱き締めて、「ゴメン、大好き」て繰り返す。
 直央くんも、『好き』て言ってくれるんだけど、泣きながらだから、殆ど言葉になってない。でもそれが愛おしいと思う。

「直央くん、ゴメン。もう泣かないで? 仲直りしよ?」
「はいー…」

 直央くん、泣き過ぎて鼻水まで垂れて来ちゃってるから、ティシューを何枚か引き抜いて、目元とビショビショのほっぺと鼻を拭ってやる。
 この子、もう24歳だよね? もうホント、何でこんなにかわいいの?

「…直央くん、好きだよ」

 もう絶対に、直央くんのこと、傷付けたりなんかしない。
 約束するよ。



*****

 ようやく涙の止まった直央くんは、とりあえず、食べかけだった大福を口に運んでる。
 純ちゃんは優しいおばあちゃんだけど、ご飯はしっかり食べなきゃダメですよ、て怒ってくれる人。
 でも今日はご飯の前なのに、直央くんにイチゴ大福を上げたってことは、直央くんが弱ってんのにすぐに気付いた、てことだろうなぁ。やっぱり人生の先輩には敵わない。

「直央くん、これも上げるよ」
「ぅ?」

 食べ終わって残念そうになってる直央くんの手に、俺の分だっていうイチゴ大福を乗せてやる。
 いいの? いいの? て顔をしながらも、直央くんは素直に、嬉しそうにそれを受け取ってくれた。

「おいしい?」
「ん。でもイチゴ、徳永さんに上げる」
「え?」

 一口食べて、大福の中からイチゴが顔を覗かすと、直央くんは大福を俺のほうに差し出してきた。
 イチゴだけでも食べろ、てことか。その発想がかわいいね。

「ありがと、直央くん」
「えへへ」

 何か直央くんに『あーん』してもらって、嬉しいけど、ちょっと照れるね。
 イチゴのいい香り。

「ねぇ直央くん、蓮沼にメールする?」
「ぅん? あ、そっか」

 直央くんがすっかり忘れてるみたいだったから、言わないでおこうかな、て思ったけど、蓮沼のことは許そう、て決めたから、一応言ってみる。
 てか直央くん、口のトコ、粉だらけ…。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (26)


「ねぇ徳永さん、蓮沼さんがお尻触ってたの、許してあげていい?」
「もう絶対しないならね。ねぇ直央くん、もう絶対触んないで、てメールしてよ。そんでその後に、怒ってる顔の絵文字入れて? 動くヤツ」
「えっ!? 絵文字入れんの?」
「だって直央くん、そういうメールできるようになりたいんでしょ? 練習練習」

 直央くんが蓮沼みたいなメールするようになったら、…………うーん、24歳男子としてはともかく、すっごくかわいいと思う。

「待って、えっとね、えーっと、もう絶対に……えっと、何だっけ、えっと……んっ! 徳永さん何すんの!?」

 えーっと、ばっかり言ってる直央くんの粉だらけの唇が、むぅと尖っててかわいかったんで、ついキスをしちゃったら、すごくビックリされた。
 いきなりしたからビックリしてんの? それともまだキスに慣れない?

「直央くん、早くメール」
「わっ分かってるよ!」

 俺が急かすと(別に蓮沼に早くメールしてほしいわけじゃない。ただ直央くんを構いたいだけ)、直央くんは両手で携帯電話を持ち直して、文章を打ち始める。
 ホントに俺が言ったとおりに打ってくれるんだね。

「えっと…もう絶対にお尻…触らないで…………よし、これでオッケ?」
「絵文字、絵文字」
「あ、そっか。絵文字…」

 盗み見する気はないんだけど、直央くんの肩を抱き寄せた状態だと、目を閉じるか、無理に顔を背けないと、どうしても視界に入っちゃうんだよね。
 でも直央くんは全然気にしないし、むしろ『どう?』て見せて来るから、見ていいんだろうけど…。

 昨日教えた絵文字の入れ方を覚えててくれたのか、直央くんはそこそこ慣れた感じで絵文字を表示させたけど、さっき俺が言った『怒った顔の』てのを一生懸命探してる。

「ねぇこれ? これでいい?」
「そんなに怒った感じのにするの? 俺はそれでもいいけど」

 直央くんが、怒りマークが何個も付いた、すごく怒った感じの絵文字を選択するから、何かちょっと笑えてくる。
 俺はまぁそのくらい怒りたい気持ちはあるけど、直央くん、昨日は庇おうとしてたじゃない。なのにそれ?

「んー、これにする! 俺、こんくらい怒ってる!」
「そうなの? でも許すんでしょ?」
「許すけど……でもこれにする! そんで…そしたら今までみたいに仲良くするね…と。ね、徳永さん、これでいい?」

 何で直央くん、いちいち俺に確認を求めるんだろう。
 そうされて煩わしいと思うことはないけど、直央くんのほうこそ、面倒くさくないのかな。

「俺と仲直りしたことは書かないの?」
「あ、そっか。えっと…」
「ねぇ、ハートマークいっぱい入れてよ」
「えっえっ、ハートマーク!? えっと…ん、にゃ」

 ハートマーク、ハートマーク…と、文章を打たないうちに絵文字を探してる直央くんの頬にキス。
 別にいんだけど、文章打ってからじゃないと、また変なトコに絵文字が入っちゃって、ややこしくなるんじゃない?



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (27)


「にゃう…ん、徳永さん、や、メールできないー」

 直央くんメール遅いから、打つのを待ってる間が手持ち無沙汰で、ついちょっかい出したくなって、キスしちゃって、そのせいでますます時間掛かっちゃってる。

「やぁ、徳永さん、やめてよぉ」
「何で? 俺にチューされるのイヤ?」
「ヤじゃないけど、メールできないー。俺、メールのプロになるんだから!」
「え、メールのプロ?」

 何それ。
 てか直央くん、そんな頂点を極めるようなレベルでメールの練習してたの? だとしたら、もっともっと、すごーくいっぱい練習しないとダメだよ…。

「メールのプロは、こんくらいのことでメールできないとか言ってたらダメなんだよ?」
「そうなの?」
「どんな状況でもメールできないと」

 よく分かんないけど、直央くんの話に乗ってやったら、直央くんは本気にしたのか、単に乗り返してきただけなのか、「がんばる!」て言って、メールの作成を再開した。
 じゃあ俺も、またキスしていいよね? て勝手に解釈して、直央くんの頬にキスする。

「うぅん…」

 直央くんは擽ったそうに肩を竦ませたりするけど、逃げ出しもせず、俺の腕の中で大人しくしてる。

「んー…出来た! ねぇ徳永さん、これでい……ん!」

 ずっと携帯電話のほうを見てた直央くんが急に俺のほう向いたから、顔を近付けてた俺はよけることが出来なくて、近すぎる距離に唇がぶつかった。
 全然痛くはないんだけど、いきなりのことだったから、俺もビックリ。直央くんは、もっとビックリしてる。

「あわわわわ、徳永さん、ゴメンなさい!」
「何で謝んの? 俺、嬉しいんだけど。直央くんのほうからキスしてきてくれた」
「ちっ違う違う!! キスしてない!」
「したじゃん。ねぇねぇ直央くん、もっかいしてよ」
「やっヤダよ! てか、してないし!」

 顔を赤くしながら、直央くんはポカポカと猫パンチみたいなパンチを繰り出して、俺を叩いてくる。
 全然痛くないし、逆にすっごいかわいいんだけど。

「やっ、もぉ徳永さんなんか――――」
「ん? 何?」
「…………何でもない」

 多分『嫌い』て続けたかったんだと思う。
 でも、さすがに昨日の今日で、本心ではないとしたって、それは言えないって直央くんも分かってるみたいで、わざと聞き返したら、目を逸らされた。

「ちょっ、でももぉメールするから、徳永さん邪魔しないで!」
「邪魔してないよ、チューしてるだけ。てか、こんなんでメールできなくなってるようじゃ、メールのプロにはなれないよ?」
「分かってる!」

 直央くんは、ぷぅ、と分かりやすく頬を膨らませて、携帯電話に向き直る。
 ちょっかい出してる俺のせいでもあるんだけど、このままじゃ、いつになったら蓮沼に返信できるのやら。



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学習しない君に何度だって言う、愛してる (28)


「ハートマーク入れた?」
「入れた。……これでいいよね?」

 直央くんは、今度は慎重に俺のほうを向いて、携帯電話を見せて来た。
 蓮沼のメールには及ばないけど、ふんだんに絵文字の使われたメール。とりわけハートの絵文字が多い気がするのは、単に文面的にそうなっただけ? わざとそうしてくれてるんだったら、嬉しいな。

「よし、そーしん!」

 えいっ! て掛け声を掛けて送信ボタンを押した直央くんは、メールを送り終えると、満足そうに俺を見た。

「ねぇねぇ徳永さん、俺何かすごくない!?」
「え、何が?」

 何急に。
 直央くん、今メール送信しただけだよね? そんなに興奮して、『すごくない!?』とか言う部分、あったっけ?

「俺、あんなに絵文字いっぱい入れたの、メールに! すごい!」
「あー…そうね、すごいね」

 そこまで自画自賛するほどのことじゃないけど、まぁ、直央くんにしたらすごいほうかな。昨日初めて、デコメの絵文字知ったんだもんね。
 でも、直央くんの言うメールのプロになるまでは、まだまだ道のりは遠そうだけどね。

「ねぇ直央くん」
「はい」
「やっぱり俺も、直央くんのメールの練習相手になる」
「え、徳永さんも?」

 キョトンとした顔の直央くんを、膝の上に乗せるのように、抱き上げた。
 何だろ…キスだとあんなに照れるくせに(それもホント、ちゅーレベルのキス)、こうやって膝に乗せんのは全然恥ずかしがんないんだよね、直央くん。
 好きな子とはいつもくっ付いてたい俺としては、それは嬉しい限りなんだけど。

「徳永さん、お仕事忙しいのに、俺のメールの練習に付き合ってくれんの? 見てのとおり、俺、こんなにメールすんの遅いけど」
「だって、蓮沼とはすげぇメールすんのに、俺とは連絡事項のみ、て何? 俺だって、直央くんともっとメールしたいよ」
「俺、まだ練習中なのに?」
「だーかーらー、ちょっとでも早く上達するために、俺も練習相手になんの。前直央くん、俺からのメールに早く返信できるようになりたい、て言ってたけど、俺は返信遅くてもいいから、直央くんとメールしたい!」

 蓮沼のことは許したけどさ、でもよく考えたら、アイツがこんな調子で毎日直央くんにメールを送って来るのかと思ったら、ちょっと気が気じゃない。
 …て、何笑ってんの? 直央くん。

「徳永さんのワガママー」
「あー俺はワガママですよー。そうやってワガママ言ってでも一緒にいたいくらい、直央くんのことが好きなの。分かってる?」

 随分大人げない主張だとは、自分でも思うけど。
 でもそんくらい好きなんだから、しょうがない。

「直央くん?」
「…分かってるよ!」
「!」

 俺の膝の上、クルッと振り返った直央くんが、少し伸びをして俺の唇にキス。
 今のは、意図してない偶然なんかじゃないよね?

「直央くん」
「なっ何」

 直央くんの小さい体を、ギューッと抱き締めた。

「好きだよ」

 あぁもう。
 キス1つで、俺の世界は幸せに満ち溢れちゃうんだ。



*END*



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