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あなたの思うがまま (18)
「何つー声出してんの、ミキちゃん」
「だって、すげぇ疲れた…」
半端ない疲労感。
セックスでここまで疲れるとか、マジねぇよな…。
「…ねぇミキちゃん」
「あー?」
森下のセックスも大概しつこいけど、ここまで疲れねぇよなぁ…なんて思ってたら、有沢に声を掛けられて、俺は気のない返事をする。
あ、もしかしてチンコ抜きてぇのかな。なら、ダリィけど、起きてやっか。
「有沢、手」
起きるには、有沢が手離してくんないとダメなのに、何かさっきより有沢の腕に力が籠ってる気がする。
どういうつもりだ、て有沢を振り返ったら、何だか情けない顔で眉を下げてる有沢と目が合った。
「…ンだよ」
「ゴメン、ミキちゃん…」
「何が…………て、ちょっ」
有沢の謝罪の意味が分かんなかったのは一瞬のこと。
その意味を尋ねるよりも先に、俺の中が、いち早くその理由に気が付いた――――有沢のチンコが、また硬くなってる。
「テメッ、有沢っ、抜けバカッ!」
「無理。ミキちゃん、もっかいシよ?」
「アホかぁ~~~~~~!!!! ぎゃぁ~~~~!!」
逃げようとする俺の腰を掴んで、有沢が俺を引き寄せる。
もうマジで無理だってばぁ~~~~~~!!
あなたの思うがまま
「あー気持ちよかった! つかさ、ミキちゃんて、エッチ大好きだけど、体力ないよねー」
(…………有沢、殺すっ…!)
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チンコチンコすいませんでした。てか、相変わらず、エロがエロくならないマジック。せっかくアダルトジャンルにいるんだから、度肝を抜くような変態エロが書きたいのに。
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絶望ルーレット (1)
(point of view : mana)
何だかんだで、結局先生んちに来てしまう俺…。
先生の同居人である森下さんが、出張でまたいないせいなんだけど。こないだ来たとき、先生だけでなく、なぜか森下さんからもお願いされて……もうホント、意味分かんない。
今度から、土日フルでバイト入れようかなぁ…。
休みの日にバイト入れまくってんのって、友だちいない寂しい子みたいな感じがするから、今まで避けてたけど、こんなにしょっちゅう森下さんがいないなら、それも考え直さないと。
だって、土日のたびに先生んちに行くくらいなら、バイトしてるほうがマシだ。
つか、先生とのなんて、適当なこと言って断ろうと思えば断れるけど…………バレたときが何か怖そうなんだよね。
しかも、俺がビラ配りしてんのを発見した嗅覚で、嘘なんかあっさり見抜いちゃいそうな気がする。
「あー嫌だ…」
森下さんがいても、暴走する先生をあの程度しか止めらんなかったのに、今日はどうなっちゃうんだろう…。
とりあえず、コスプレの話を持ち出してきたら、即行帰ってやる! て心を決めて、俺は先生の部屋のインターフォンを押した。
『はーい』
………………。
あれ? 何か先生と声が違う気がする…。
森下さんは出張でいないんだから、部屋には先生しかいないはずなのに。
『もしもーし、どちら様ですかー』
ッ…! やっぱり違うっ!
え、部屋番号、間違えた!? 嘘、ヤベッ。
「あ、えと、えと、」
これが電話だったら、『間違えました、すみません』で済むけど、こういう場合は!?
おんなじように言っていいのかな!? 不審者に思われない!? でも、何も言わないほうが変だよな。あ、防犯カメラとかっ…。
『――――え? 何? マナくん? 何それ……て、ちょっ、ミキちゃんっ』
「え?」
今、『マナくん』て言ったよな? やっぱ先生の部屋で合ってる…?
しかも何か、部屋に他にも誰かいる感じ…。
『ゴメン、マナくん。今開けるから、上がって来て? つか有沢っ、おまえはさっさと帰れっ!』
「…………」
今度こそ、先生の声だ。
しかも、俺じゃない誰かに話し掛けてる声まで、スピーカーを通して聞こえてくる。誰だよ、有沢さんて。先生は『帰れ』とか言ってたけど、先客がいるなら、俺のが帰りたいよ。
『マナくーん』
…………まぁ、逃げ切れるとは思ってないけどね。
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絶望ルーレット (2)
先生と2人きりじゃないのは有り難いけど、有沢さんがどんな人か分かんないうちは、安心できない。
三木本先生ほど変態な人はそういないだろうから、そこまで心配することはないかもだけど、そうは言っても先生の知り合いだし、人んちのインターフォンに平気で出ちゃうような人だし……やっぱり不安のほうが大きい。
森下さんみたいに、先生をちゃんと止めてくれる人なんだろうか。
…いや、森下さんだって、決して全面的に俺の味方てわけでもなかったし…………それを思うと、余計に気が重いっ…!
「いらっしゃーい」
「え、」
先生の部屋の前まで行って、ドアが開いた……と思ったら、そこに立っていたのは、先生じゃなかった。
え、部屋違う!? いや、さっきもそう思って、やっぱり間違ってなかったわけだし……やっぱりここ、先生んち? だって、もし間違ってたとしたら、こんな歓迎は受けないだろう。
てことは、この人が、さっき先生が呼んでた『有沢』さん? 何でインターフォンだけじゃなく、ここでも出てくんだ?
「え、えと…」
「有沢ーーー!!!」
俺が戸惑ってたら、奥から先生のデカい声が聞こえてきた。
やっぱりこの人が有沢さんなんだ。
「マナくん、いらっしゃい!」
何かちょっとポカンてなってたら、ようやく先生が姿を見せた。こないだ来たときは、無駄に白衣姿だったけど、今日はスウェットで、部屋着感丸出し。
でも、別に先生の顔なんか見たくなかったけど、有沢さんに面食らってたから、見知った顔に会えて、若干ホッ。
「ささっ、マナくん、上がって、上がって。オラ有沢、さっさと帰れっ!」
「何でよ、ミキちゃん。何で俺に冷たいの…?」
「俺はこれから、マナくんの作ってくれたご飯食べるの! お前の相手してる暇なんかねぇんだよっ」
「えー、俺も食いたい」
「ダメッ!」
…………。
何なんだろうなぁ…、この人たちは。
先生は俺よりは確実に年上だし、この有沢さんて人も、見たところ年下ではない。つまりまぁ、完全にいい年した大人の2人が、玄関先でこのくだらない言い争い…。
つか、ここは先生と森下さんちで、森下さんはいないんだから、有沢さんを家に招き入れたのは先生だろうに、何でこんなに追い払いたがってんだよ。嫌なら最初から家に上げなきゃいいのに。
「まぁまぁ、いいじゃん。いつまで玄関にいる気? はいはーい、マナくん入って?」
「ちょっ…」
先生と有沢さんの言い合いに、もう勝手にやっててよ、俺が帰るから、て言おうと思ったのに、それが言葉になるより前に、有沢さんが勝手に話を終わらせる。
しかも、なぜか有沢さんに腕を掴まれ、驚く暇もなく俺は家に上げられてしまった。
これはちょっと……想像以上に変な人かもしれないぞ、有沢さん。
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絶望ルーレット (3)
俺が有沢さんに戸惑ってると、早速先生が喚き始める。
先生の人格そのものと、言ってる内容は考え物だけど、有沢さんを何とかしてくれるのは先生しかいないから、先生、何とかがんばってくれ。
「はーい、ミキちゃんも部屋に戻りますよー」
「ちょっバカッ! 帰れっつってんだろっ!」
…でも先生は、思った以上に何もがんばってくれず、あっさりと有沢さんに躱されてしまったけれど、それでもそのおかげで、有沢さんの手が俺から離れた。
そして有沢さんは、騒ぎ立てる先生にまったく動じることなく、今度は先生をヒョイと抱き上げた。
え、これっていわゆるお姫様抱っこ? 何でそういう展開になるのか分かんないけど、手を離してもらえたから、まぁいっか。
「下ろせバカッ!」
「何言ってんの、ミキちゃん。1人じゃ歩けないくせにー」
「歩けるわっ! つか、大体、こうなったのはお前のせいだろっ」
「だからー、責任取って面倒見てんじゃん」
…1人じゃ歩けない?
そんなに具合悪いとは思えないくらい先生は元気そうだけど、それが本当なら、有沢さんがインターフォンに出たり、ドアを開けてくれたりした理由は分かる。
「えっと…、お邪魔なら帰りますが」
先生と有沢さんに向かって、そう申し出た。
具合が悪いなら、俺がいたんじゃ邪魔になりそうだし…。看病だって、有沢さんがいるから問題ないだろう(そもそも、有沢さんのせいみたいだし)。
具合が悪いのを喜んじゃいけないけど、これで帰れるなら、そのほうが好都合だ。
…でも先生は、やっぱり一筋縄じゃいかないんだよね。
「邪魔じゃない、邪魔じゃないっ! マナくんは邪魔じゃないのっ。邪魔なのは有沢っ!」
せっかく帰れる口実が出来たと思ったのに、これだもん。
しかも先生は、相変わらず子どもみたいに喚き立てながら、有沢さんのことを悪く言ってるし(こんなに世話してくれてるのに…)。
「だーかーらー、何で俺だけ邪魔者扱いなのよ」
けど有沢さんは、そんな先生にキレることもなく、先生をソファに下すと、肩を竦めながらその隣に座った。
有沢さんの言うことは尤もだと思う。この状況で邪魔者なのは、有沢さんじゃない、どう考えても俺のほうだ。なのに先生は、俺に『帰んないで』て言う。
「でも先生、具合悪いなら、休んでたほうがいいんじゃないですか?」
「具合なんか悪くないし」
「だって、1人じゃ歩けないとか…」
俺だって、先生のこの元気さを見る限り、具合悪いなんて信じらんないけど、1人で歩けないとか言われると…。
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絶望ルーレット (4)
「まぁそうですけど…。つか、足腰?」
先生にそう説明されても、かえって意味不明なだけだ。
でも確かに、先生は今さっき、1人で歩いて玄関まで来たじゃないか。じゃあその、1人じゃ歩けない説は、一体何なんだ。
「有沢のバカが昨日しつこかったの! めっちゃ!」
「しつこい…て、何が」
「セックス」
「ぶっ」
先生からのまさかの返答に、俺は思わず吹き出した。
いや、先生は俺の質問に正直に答えてくれたわけで…………え、てことはこれって、推察力が足らずに聞き返しちゃった俺が悪いの? 空気読めない質問だった?
でも普通そんなこと聞かれたら、そこは適当にごまかすだろ! 何で、何の躊躇いもなく平然と答えてんだよっ!
「何で俺がバカなのー? ミキちゃんだって気持ちよかったっしょ?」
「うっせ、死ね有沢っ」
でも、先生の言葉にフリーズしたのは俺だけで、昨夜のことをバラされたにもかかわらず、有沢さんはケロッとした顔でそんなことを言って、先生の肩を抱いてる。
変態の先生は何も気にしないだろうけど、有沢さんも、そういうの気にしない人なの?
俺がもう、セックスの話を恥ずかしがったり、変に囃し立てたりするような年じゃないから、平気なのかもしんないけど…、でも俺ら、今日会ったばっかりだよ?
赤の他人じゃん? 友だち同士でそんな話題になったのとは、違うじゃん!
「ミキちゃん、昨日は超よがってたくせに…」
「そういう問題じゃねぇよっ、この絶倫っ」
「それって褒め言葉?」
「貶めてんだよっ」
ドン引きしてる俺をよそに、先生と有沢さんの会話はエスカレートしてってる。
つか、セックスして足腰立たなくなるとか、そんなのホントにあるんだ…。そりゃ絶倫て言われるよね、有沢さん。それが褒め言葉なのか貶め言なのかは分かんないけど。
どういうセックスしてんのか知らないけど(知りたくもないし)、そこまでのことされて、よくこの先生が大人しくしてるよな。
それこそ、有沢さんに何か弱みでも握られてんのかな? でも、だとしたら、今こんな態度のわけないか…。てことは先生、そういうセックスが好きなのかな…。
ますます想像したくないけど…………でもこの2人、セックスしてんだよなぁ。何か生々しい…。
……………………。
え、じゃあ森下さんは?
だって先生、森下さんと一緒にここに住んでて、セックスとかしてんでしょ? なのに、何で有沢さんと…。
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絶望ルーレット (5)
でもそういうのって普通、もっとこう…コッソリするよね? あ、だから森下さんが出張で留守の間に、お家に連れ込んだ、てこと? 何かメロドラマみたい…。
けど、そこに俺まで呼んじゃったら、全然コッソリ出来てないから、ダメじゃん! 俺が森下さんに喋っちゃったら、どうすんの?
あ、これってもしかして、先生の弱み握っちゃったことになるのかな?
有沢さんとのこと、森下さんにバラされたくなかったら、俺のことをもう家に呼ばないで、とか、あのメイドさんの写メ削除して、とか言えちゃう?
でも…、森下さんにバレて困るなら、俺が来る前に、有沢さんのこと追い返してるよな?
確かにさっきから有沢さんに、『帰れ』てうるさいけど、結局有沢さんは帰んないし、しかも、有沢さんとセックスしてるのを俺にバラしたのは先生だ。
てことは、全然俺に隠す気ないんじゃん!
俺が森下さんに言うわけないとか思ってんのかな。それとも、森下さんにバレたって構わないとか? あ、森下さんはセフレだから、別にバレてもいいのか。
だとすると、有沢さんは一体何者??
先生が『帰れ』て言うところをみると、有沢さんもここで一緒に暮らしてる、ていうカオスな状況はなさそうだけど、まさか有沢さんが先生の本命の恋人とかじゃないよね?
セフレの森下さんと同居して、本命の恋人は別に住んでるとか……意味分かんなすぎるし。
つーことは…………有沢さんもセフレ? ちょっ…何人いんだよ、セフレ! そ…そうなの? 大人て、そういうもんなの? 俺、そこまで割り切って考えたことないんだけど!
あぁっ、でもセフレ……セックスフレンド――――フレンドて、友だちだもんね。友だちなら、俺だって何人もいる。セックスはしないけど。だからいいてこと? 友だちだから!?
「もぉ~! ホラ、有沢が絶倫すぎてキモいから、マナくんが引いてんじゃんっ」
「えー、俺のせい?」
いや…、確かにドン引きはしてるけど、してますけどね。
それは何も、有沢さんが絶倫すぎるからだけじゃないんですけど…。
「マナくんゴメンね、有沢が変態で」
「え、いえ…」
変態の先生に『変態』て言われてる有沢さんに、なぜか同情する気が起きない…。
まだ会って数分しか経ってないけど、有沢さんが変態なのは、十分分かったし。
つか、先生と2人きりなの嫌だなぁ…て思ってたけど、有沢さんがいても、十二分に嫌だっ…!!
「で、マナくん、今日は何作ってくれるの?」
「え…」
「ご飯」
「あ、はぁ…」
あぁそうだ、俺は先生にご飯作るために、ここに来たんだ。先生と有沢さんのセックスの話を聞きに来たわけじゃない。つか、何でそんな話、聞かなきゃなんないんだ。
でも先生、セックスの話するのも、ご飯の話するのも、テンション同じなんですね。ホントに変態なんだ…。
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絶望ルーレット (6)
「はぁ…」
森下さん…、相変わらずいいように遣われてますね…。
出張で家を空けるのに、残った先生のために材料を買わされて。それを料理するのは俺、食べるのは先生……と有沢さん。他の男に食わすメシの材料、買わされてる…。
つか、有沢さんいるのに、普通に森下さんの名前出すとか…。
もしかして、お互い公認?
…それはそれで、何かおぞましい…。
「えと…冷蔵庫、開けますよ? ――――て、先生、何でこっち来るんすか!?」
たぶん勝手に開けてもよかったんだろうけど、一応断ろうと振り返ったら、ソファのところにいると思った先生が、俺の後ろにくっ付いて来てたから、ビビった。
「だって、マナくんのそばにいたい…」
「…歩くの、大変なんじゃないんですか?」
「大変…」
先生はヨロヨロとダイニングテーブルのところの椅子に座った。
ホントもう…具合悪いときくらい、大人しくしててよ…。
「で、何作ってくれるの?」
「えと…、チャーハンとかは…」
ご飯が炊けてなくても、きっと前にみたいにパックのご飯はあるだろうし、森下さんがいろいろ買って来てくれてるなら、卵ぐらいはあるだろうから。
それに冷蔵庫の横に野菜がいろいろ置いてあるから、野菜炒めとかもいいかも。
「いいねっ! 俺、チャーハン好き! あ、でもマナくんのほうがもっと好きだけどね!」
「…………、そうですか」
別に先生に好かれたいとは思ってないけど、チャーハンと比べられても…。
「俺もチャーハン好きだよん。早く食べたいなぁ」
「有沢、お前まだいたのかよっ! マナくん、有沢の分なんか作んなくていいからね!」
先生しかこっちに来なかったから、俺も、有沢さん帰ったのかと思ってたけど、そうじゃなかったみたい。有沢さんは先生の隣に座って、また先生にちょっかい出してる。
つか…、先生は有沢さんの分を作らなくていい、て言うけど、そこに有沢さんがいて、食べたいとか言ってるのに、作らないていうのも…。
とりあえず、ちょっと多めに作って、盛り付けるときに考えればいっか。
「あ、マナくん、エプロン」
「はぁっ?」
先生と言えばコスプレ、て思ってるから、エプロンと聞いて、またか! て思って睨みながら振り返ったら、先生が手に持ってたのは、一見普通のエプロンだった。
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絶望ルーレット (7)
「ん? エプロン。わざわざ来てもらって、作ってもらうんだから…て、森下が用意してくれた。こないだだってマナくん、エプロンしてたもんね」
こないだのは、メイドさんのコスプレ衣装の1つだと思うけど…。
とりあえず、受け取ったエプロンが普通のだということを確認して、俺はそれを身に着けた。人んち来て料理して、服汚れたって着替えもないから、これは助かる。
「でもさぁ、エプロンつったら、やっぱ裸エプロンじゃねぇの?」
「、」
エプロンを着けて、冷蔵庫に向かおうとしていた俺は、その言葉に足を止めた。
声の主は、有沢さんだ。
この人…………せっかく変態の先生が普通に普通のエプロンを渡してくれたのに、何でそんな余計なこと言うんだよっ! 先生がその気になっちゃたらどうすんだよっ!
「有沢さ――――」
「バカッ、有沢、変態っ! 何言ってんだよっ」
憤りを覚えて、有沢さん相手なのに声を大きくしようとしたら、それより先に、先生が有沢さんに怒鳴ってた。
その光景に、ちょっとキョトンとなる。いや、有沢さんにそんなふうに言ってくれて有り難いんだけど…、先週はアンタがこんなだったくせに、いきなり何なんだ。
「もぉ~、マナくんが怒ると怖いんだぞっ。…まぁ、それもかわいいんだけど。つか、怒ってマナくんが帰っちゃったらどうすんだよっ!」
「えー? そしたら2人きりじゃん? また昨日の続き、しよっか?」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、有沢さんが先生を抱き寄せてるシーンで、しかもあとちょっとでキスするとこだったから、慌てて顔を背けた。
別にキスシーンくらい平気だけど、いきなりのことだったから…。
つか、2人とも変態だけど、俺がいるのに、さすがにこれ以上のことはしないよね?
「死ね有沢っ!」
「ぐはっ!」
俺が密かに心配してたら、ドッターン! てデカい音がするから、何事かと視線を戻せば、有沢さんが椅子ごと床に引っ繰り返ってる。そして、右手のこぶしを高々と突き上げている先生…。
もしかして先生、有沢さんのこと、殴り飛ばした…?
「せんせ…」
「マナくん、チャーハン早くね」
「は…はい…」
何でもないような顔で俺のほうを見て、笑顔でチャーハンの話をしてくる先生が怖くて、俺は何も言い返せずにコクリと頷くと、今度こそ冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫の中には豊富に食材が揃ってて…………森下さんがどういうつもりで買い物をして来たのか、まったく分かりかねる。だってこんなの、一食分の材料じゃない。
森下さんが今日の夜には帰って来て、これで料理するというなら分かるけど、そうじゃないなら、誰がこれを使うんだ。
まさか、森下さんがいない間、俺がずっとご飯を作らなきゃいけないとかじゃないよな…?
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絶望ルーレット (8)
「お前が悪い」
俺が嫌な緊張感で気を重くしてる後ろで、先生と有沢さんがシレッと会話してる。
さっきどこ殴られたのか知らないけど、有沢さんは怒った様子もなく、何となくぼやいてるだけ。何なんだろ、この2人…。
とりあえず、野菜炒めとチャーハンに使う材料を用意して、野菜の皮むきから始める。
つか…、今日土曜日で、学校休みだよな? なのに何で俺、友だちと遊ぶでも、バイトに行くでもなく、先生んちで、先生とそのセフレのためにメシ作ってんだ?
大体、有沢さんがいるなら、有沢さんに作ってもらえばいいじゃん! 何で俺が、有沢さんの分まで作んないといけないわけ?
「マナくんて、普段自炊してんの?」
「うわっ!」
何かムカつくから、有沢さんの分、作りたくないよ。先生も作んなくていいて言ったんだし、作んないにしようかなぁ…とか思ってたら、急に声掛けられて、ビクッてなる。
いつの間にか有沢さんが、俺の横に来てた。さっきまで先生と喋ってたよな? て振り返ったら、先生は椅子の上で、だらしないながらも、何とも器用な格好で寝てた。
「…何ですか?」
警戒しつつ有沢さんに尋ねたら、有沢さんは意外そうに少し眉を上げてから、口元を緩ませた(てか、ほっぺ赤い…)。
俺、相当嫌そうな顔してたかな。でも、先生ともだけど、この有沢さんもかなり変態そうだから、これ以上打ち解けたくないし、これでいい。
「ミキちゃん寝ちゃって寂しいから、マナくんとお話しようかなー、て思って」
「俺、料理中なんですけど」
「話くらいは出来んじゃん?」
「邪魔です」
別に料理くらい、話をしながらだって出来るけど、有沢さんと話自体したくないから、キッパリと突っ撥ねる。
嫌なヤツだと思われてもいい。変に気に入られて付き纏われるくらいなら、嫌われて、相手にされないほうがマシだ。
「あは。さっきミキちゃんが言ったとおり、怒ると怖いんだね、マナくん。でもかわいい」
「はぁっ?」
確かにさっき先生は、そんなアホみたいなこと、言ってはいた。でもそれを、どうして有沢さんにまで言われなきゃなんないんだ。
つか有沢さん、俺がこれだけ話をしたくないオーラを出してんのに、何で気付かず話し掛けてくんだよ。鈍感なの? それとも、分かっててやってんの?
「有沢さん、ちょっと退いてください」
「え、何で俺こんなに嫌われてんの? 何かしたっけ? 初対面だよね?」
「…ですけど」
俺が嫌がってんのが分かってんなら離れろよ、て思うけど、有沢さんに退く気配はまったくない感じだ。
何ていうか…、先生もそうだけど、大人のくせに面倒くせぇな、この人。それとも、俺が子どもみたいな態度を取るから、わざとこんな調子なんだろうか。
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絶望ルーレット (9)
「は?」
鬱陶しい有沢さんを無視して野菜を切ってたら、何か面倒くさいことを聞いてくるから、ますますイラッと来る。
先生とどういう関係なのかなんて、そんなの、俺だって知りたいよ。いや、もし分かってたとしても、有沢さんに説明しなきゃいけない理由なんかない。
あ、もしかして、俺もセフレのうちの1人だと思って、わざとそんなふうに聞いて来てるとか?
――――冗談じゃないっ!!
「俺の行ってる大学の先生ですっ。それだけですっ」
そんな勘違いされたんじゃ堪らない…て思って、力いっぱい本当のことを主張する。
ただの大学講師と学生の間柄じゃ、わざわざご飯作ってやったりコスプレしたりはしないかもしんないけど、俺と先生の関係は、『大学の先生とその学生』でしかない。
うん、それだけでしかない。誰が何と言おうとっ!
「ミキちゃんの大学の、学生さん…。だから、先生て呼んでんだ」
「そうです」
「俺、そういう趣味なのかと思ってた」
「どういう趣味ですかっ」
先生じゃない人を、『先生』て呼びたい趣味て何だよ。
でも……三木本先生だったら、職業が本当に先生じゃなかったとしても、『先生』て呼ばせたがるような気もするけど…。
「ミキちゃんから何習ってんの?」
「直接は何も…」
「ふぅん?」
よく考えたら、同じ大学にいるとはいえ、授業を取っているわけでもない学生が、先生の家にいるとか不自然だよな。…いや、授業を取ってるんだとしても、おかしいか。
でも、納得したんだかしてないんだかよく分かんないけど、有沢さんもそれ以上追及してこないから、何も変じゃない、てことにしておこう。
「つか、さっきから思ってたんだけどさぁ」
「…何ですか?」
何だろう…。
俺のこの、『アンタとは話したくないんだよっ』て気持ちが、有沢さんに全然伝わってないのがむなしい…。
「マナくんて、お尻の形いいよね」
「ぶっ」
まだ有沢さんと会話続けなきゃいけないのか…て、相当げんなりしてたところに爆弾を落とされて、俺は包丁を持ってた手を滑らせ掛けた。あっぶねぇー!
つか、何言ってんだ、この人!
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絶望ルーレット (10)
「え?」
あまりのことに俺が声を大きくしても、当の有沢さんは意味が分かってないのか、キョトンとしてる。
もしかしてこの人も、先生と同じ、自覚ないタイプ!?
「何言ってんですかっ!?」
「何、て……だって。いい形だなぁ、て思ったから褒めたんだけど。言われない?」
「言われねぇよっ!」
バッカじゃねぇの!? どこの世界に、男の尻を褒めるヤツがいるんだよっ! しかも男が! 何で男が男の尻を褒めるんだっ!! ――――て、この人もホモだったっ!!
そうだよ、この人、先生とセックスとかしてんじゃんっ! え、まさかそういう意味で、お尻の話してんの!?
やめてよ! 俺、オカマ掘られたくないっ!!
「どした、マナくん。顔色が…………うわ危ねっ!」
俺は咄嗟に、持っていた包丁を有沢さんのほうに向けた。
もちろん、これで有沢さんを刺そうだの、傷付けようだのは思っちゃいない。こんなヤツのために、人生を棒に振る気なんか更々ないし。でも、これ以上、近寄られたくない!
「半径10m以内には近寄らないでください」
「じゅっ…」
包丁の刃先を向けたままそう言えば、有沢さんは小さくホールドアップしたまま固まった。
「……じゅ……じゅーめーとる…。ねぇ、それって、範囲広すぎねぇ…?」
「そのくらい、近寄られたくないんです」
口元を引き攣らせたまま有沢さんは言うけれど、俺もキッパリと言い返す。
だって俺、オカマ掘られたくない。
先生はセックスでは女役だから、俺のことをヤる気はないとかつってたけど、有沢さんは違う。先生とセックスするってことは、突っ込むほうなわけで…………俺の身が危ないっ!
「何でいきなりそんなバイ菌扱いなの? いや、さっきから嫌われてはいたけど…」
ッ! 本気の自覚なしかよっ!
アンタが尻の話とかするからだろっ!!
「…俺、男に興味ないんで」
「え? ………………。あっ、そういうこと!? 大丈夫、大丈夫。そんな警戒しなくても、いきなりなんて襲い掛かんねぇから――――」
「10m!」
「うわっ」
俺の行動と言わんとすることの意味を、ようやく理解したらしい有沢さんが、そう言いながら気安く肩を叩いてきたので、俺は再び包丁を有沢さんに向けた。
何か俺まで、危ない人みたいだ…。
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絶望ルーレット (11)
「分かっ…分かったから、ちょっ…包丁下して!」
有沢さんが、慌てて俺から飛び退いた。
もしかしたらこの人、先生以上にバカなんじゃないだろうか。
「俺、ノンケとはやらない……ばっかじゃないけど、でも、ミキちゃんのにお手付きしようとは思ってないから」
「…………」
何かいろいろ……不穏なこととか、ムカつくこととか言ってるけど、今の俺は、有沢さんのどんな話も聞きたくはないから、早く離れろ、と目で訴え掛ける。
有沢さんは乾いた笑みを浮かべたまま、半歩ずつ後退っていって。俺は、有沢さんがキッチンを出ていくまで、ずっと包丁を構えたまま、有沢さんのほうを睨み付けていた。
「はぁ~~~っ…」
有沢さんの姿が見えなくなったところで、俺は大きく息をついた。
先生がしつこいし、俺のメイド姿の写真も持ってるから、仕方なく先生んちに来たけど、これってただ嫌ってだけじゃなくて、身の危険もあることだったんだ…。
先生は、頭のおかしい変態なうえにホモ。でも、セックスでは女役。
森下さんは先生のセフレだけど、先生よりはいくらかマシ。
有沢さんは、先生と同じかそれ以上の変態で、さらに先生のセフレ。
――――て、この中だったら、俺にとっては、有沢さんが一番最悪じゃんっ!
そんな人と今、2人きりみたい状態だったなんて…。
とりあえず隣の部屋に追い出したけど…………大丈夫かな。
いざとなったら先生を起こせば…。でも先生だって、どこまで頼りになるか分かんない。期待しても、こないだの森下さんみたいに、俺の味方をしてくれないかもしれないし…。
とにかく、早くご飯作って、さっさと帰ろうっ!
有沢さんがそばに寄って来てないか気にしながら、料理を再開する。
でも、先生にも有沢さんにも背中を向けた状態だから、後ろが気になって、なかなか集中できない。クソッ、チャーハンも野菜炒めも、しょっちゅう作ってるだろっ! ちゃんとしろよ、俺!
――――カタンッ!
「ッ…、、、、、」
気合を入れ直して、フライパンを取り出したところで、背後からした音にビビッて、ビクッてなった。
恐る恐る振り返ったけれど、そこに有沢さんの姿はなく、さっきと同じ格好で眠りこけてる先生しかいない。
「何…?」
隣の部屋からした…てほどの音でもない。
その場を動かずに、視線だけをキョロキョロさせてたら、先生の足元……というか、体勢的には手元になるのかな、床にスマホが落っこちてんのを見つけた。
さっきのは、これが落っこちた音だったようだ。
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絶望ルーレット (12)
無駄にビビらせやがって。
でも、先生の格好がさっきと変わってなくて、スマホがここに落ちてる、てことは、もともとこのスマホはテーブルに上がってたとかじゃなくて、先生が手に持っていたということだろう。
で、寝てるうちに、手の力が抜けちゃって、落っこちた…………何で手に持ったままだったのかは、深く考えないようにしよう…。
「あ…」
先生のことは嫌だけど、スマホ落っことしたの見つけといて、そのままほったらかすのも何だから、テーブルの上にでも置いといてやろうと思って、それを拾い上げたんだけど。
ふと、思った。
今の隙に、俺のメイド写真、削除しちゃえばよくね?
先生は寝ちゃってるし、有沢さんは向こうの部屋だ。
人のスマホを勝手に構うのはちょっと気が引けるけど、でも自分が写ってる写真を削除するだけで、何も悪いことをするわけじゃない。よし、そうしよう。
先生は、さっき俺が有沢さんとあれだけ言い合ってても起きなかったんだから、多分今だって起きないだろうけど、それでも静かに慎重にスマホの電源を入れる。
パターンロック…!
いや、俺もパターンロック使ってるから、先生がそうしてたって不思議じゃないし、予想外でもないんだけど、いざ目の当たりにすると、ちょっとショック。
指の跡とかで、分かんないかな。
「…………」
ダメだ、分かんねぇっ…!
すっごいキレイに…てほどじゃないけど、指の跡が分かんない程度には画面が拭かれてて、読み取れない。
「はぁっ…」
何で最初、メイドの写真、撮らせちゃったんだろうなぁ…。
でもあのときは、まさかこんなに先生んちに来るはめになるとは思わなかったしなぁ…。
「ご飯出来た~?」
「うわっ!」
ガックリしてたところに急に声を掛けられて、屈んでた俺は、ビビった拍子に尻もちを突いてしまった。あっぶねー、先生のスマホ、放り投げるトコだった。
「なっ…何ですかっ!?」
声は有沢さんで、慌てて辺りを見回したら、一応さっきの『半径10m以内には近寄らないで』という俺との約束は果たそうとしているのか、キッチンには入らず、入口のところから顔を覗かせていた。
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絶望ルーレット (13)
「まっまだですよっ!」
結局先生のスマホはまったく弄らなかったんだけど、やっぱりちょっと疾しいと思うところもあったからか、妙に焦っちゃったけど、俺は何でもないふりで、パッと立ち上がった。
「…………ぅ……?」
「ッ…!」
そばで大きな声を出したせいか、今まであれだけ騒いでも起きなかった先生が反応するから、そっちにもビビる。
あ、スマホ返さなきゃっ。
「せっ先生っ、スマホ落っことしてましたよ、はいっ」
「……んー…? ぅん…」
寝惚けてんのか、先生はよく分かってない様子で、俺が差し出したスマホを受け取った。
俺は有沢さんをチラッと見てから、シンクのほうに戻る。ヤベェ…、有沢さんに変に思われてないかな。
「何か…首痛ぇ…」
後ろから、何とも怠そうな先生の声がする。
きっと、変な格好で寝てたから、首とか痛くなっちゃったんだろう。
「あれ、有沢まだいたの?」
「ヒデェ」
「つか、そこで何してんの?」
「だって、半径10m…」
「は?」
寝起きで何気にひどいことを言い放ってる先生と、俺が言った『半径10m』を守ろうとしてる有沢さんの会話が聞こえる。
そりゃ、いきなり『半径10m』とか言われても、意味分かんないよな。
「半径10m以内に近付くな、て…」
「誰の? マナくんの?」
「そう…」
「10mて、もっと向こうじゃね? あっち行けよ、有沢」
「ミキちゃんまでヒドイっ…!」
先生の知り合い(てか、セフレ…)相手に、『半径10m以内に近付くな』て、俺も相当なこと言ったよな、て思ってたら、それを聞いた先生は、俺に文句を言うでもなく、有沢さんを慰めるでもなく、さらに追い打ちをかけるようなことを言ってる。
でもここで、有沢さんのこと、全然かわいそうとか思えねぇー。
「俺、メシ食うまで帰んないかんねっ!」
もう有沢さんも意地になってるのか、子どもみたいにそう言い張って、譲らない。
有沢さんの分なんか作んないつもりだったけど、何かいろいろ面倒なことになりそうだから、やっぱり作ることにしよう…。
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絶望ルーレット (14)
「そんなんっ。ミキちゃん、ずっと寝てたじゃんっ」
「それはお前が昨日しつこかったから。俺、今超疲れてんの。責任取って、さっさと帰れ」
「そんな責任の取り方、ヤダ~!」
…別に手伝ってほしいとは微塵も思ってないけど、人が料理してんのに、2人とも少しも手伝う気なしとかな。
さっきも思ったけど、何で休みの日に俺、友だちと遊ぶでもなく、先生んちに来て、先生とそのセフレのためにメシ作ってんだ? ホントに意味分かんねぇ。
森下さんにも頼まれちゃったし…て、今日ここに来る約束を取り付けちゃったあの日の俺のバカっ! 森下さんの頼みを聞かなきゃなんない義理なんかどこにもないのに。
「とにかくっ。有沢はマナくんの半径100m以内に近付くなっ!」
「ちょっ範囲広がってるし! 100mつったら外じゃん」
いや…有沢さんがそばに来ないなら、それに越したことはないけど、100mとか…。
先生て、有沢さんのことが好きなのかそうじゃないのか、よく分かんねぇー。でも、森下さんともこんな感じだったから、これが先生の好きのデフォルトなのかな。
「ミキちゃん、そこを負けて15mくらいにしといてよ…」
「ダメッ! お前みたいな絶倫野郎が近付いたら、マナくんが妊娠しちゃうっ」
「しねぇよっ!」
人の会話を盗み聞きとかするつもりはないんだけど、この2人は声が大きいから自然と耳に入ってしまうわけで…………とんでもないことを言う先生に、思わず突っ込んだ。
何なんだ、その変態な発想は! あ、先生は変態だから、しょうがないのか。
「…しない?」
「誰が妊娠なんかするかよっ」
振り返った俺を、先生が疑わしげな目で見てくる。
いくら有沢さんが絶倫だからって、そばに寄って来られただけで妊娠なんかしないし、有沢さんとセックスする気なんかないし、そもそも男なんだから、誰の子どもだって妊娠するはずがないっ!
有沢さんと2人なのヤダなぁ…て思ってたけど、先生が起きたところで、ちっとも全然何にもよく何ねぇっ…!
「これ以上変なこと言ったら、俺もう帰りますからねっ!」
「ちょっ! もぉー有沢黙ってろよっ」
「アンタだよっ!」
キレかけた俺に、先生が有沢さんを怒鳴るけど、変なこと言ってるのは先生も一緒だ。
あーもうっ、どうしてこう、揃いも揃って変態なんだっ!!
「俺はただ、マナくんが有沢の餌食にならないように、心配しただけなのに…」
「どこがだよっ!」
俺の妊娠を心配する前に、俺がオカマ掘られないかを心配してくれ!
絶倫過ぎるという有沢さんが、昨日散々ヤッたけど、今日もまたシタいとか言ったって、俺、ケツ貸す気はないかんなっ!
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絶望ルーレット (15)
未だにキッチンの入り口のところに突っ立っていた有沢さんが、ジッとこちらを見ていた。
ちょっ…マジで俺、セックスの相手は無理ですよ!?
「マナくん、何でミキちゃんには優しいのに、俺にはそんな冷たいの…?」
「はぁっ!? どこがっ」
有沢さんの発した言葉は、俺が思っていたのとは違って、それにはちょっとホッとしたけれど、声を大きくして反論したくなるくらいにはアホなことだった。
有沢さんに冷たいのは事実だけど、別に先生にだって優しくなんかしていない。有沢さんも先生も、どっちも同じくらい嫌だから、どっちも同じくらいの態度だ。
もし態度が違って見えるのなら、少なくとも先生には、お尻を狙われる心配がないせいだろう。
「だってマナくん、ミキちゃんには、10m以内に近付くな、とか言わない…」
「そりゃ、有沢は変態だもん。マナくんに嫌われるに決まってんじゃん」
しょんぼりしてる有沢さんに向かって、自信満々にそう答える先生。
いや、変態なのはアンタも一緒だよ。でもそれを言うと、態度が違う、て有沢さんがまた言い出しそうだから、黙っとくけど。
「…もうすぐ出来上がりますから、皿…」
皿とかそういうのを出してもらおうと思ったけど、そういえば先生は、1人で歩くの大変なんだ、てことを思い出して、言い掛けたところでやめた。
別に先生のことを心配してるわけじゃない。ただでさえ家事的なことはダメで、何の役にも立たないのに、今の状態で手伝われたって、かえって邪魔なだけだと気が付いたんだ。
「…ん、出すよ、お皿!」
「いや、いいです。座っててください」
「何で? 手伝う! だってさ、何かそういうの、新婚さんみたいじゃない!?」
「じゃないです」
早速、先生のおかしな妄想が始まった。
皿とか出すのを手伝ってもらう、てだけで、何で新婚さんみたいだとか、そういうことを思うわけ?
「ねぇねぇ~、今日は新婚さんごっこしよっか?」
「しません」
「何で~? こないだ夜ご飯食べてかなかった分、今日、いろいろしてくれるんじゃないの?」
「もう、十分いろいろしましたけど」
とりあえずご飯しか作ってはいないけど、変態の相手を散々したんだから、もうこれで十分だと思う。
「ミキちゃん、歩くの大変なんだから、俺が手伝ったげるよ。ね、だからキッチンに入ってもいいですか?」
「…………」
変なところで従順らしい有沢さんは、俺がいいと言うまでは、本当にキッチンに入って来ないみたいだ。
あんまり近寄られたくないけど、ずっとそこから見られ続けるんのもキモいから、いい、て言っちゃおっかな。先生も起きたことだし(役立つかどうかは分かんないけど)。
でも、それを許さない人が1人…。
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絶望ルーレット (16)
「別に先生だけ除け者にはしてませんし、何かいろいろ違うんで、アホなこと言うのやめてもらっていいですか」
泣き真似してる先生にそう言いながら、俺は自分で皿を出したりレンゲを出したりする。
何か言うより、自分でやったほうが早い。
「んー…マナくんのお手伝いしちゃダメなら、ミキちゃんのために何かしてあげる。何してほしい?」
有沢さんの言うことも、いろいろどうかと思うところはあるけれど、とりあえず俺に係わらないなら、何でもいい。
てか、さっきから先生にヒドイことされたり言われたりしてるわりに、有沢さんて先生のこと好きなんだなぁ。
「俺のために…。じゃあ有沢、トイレ行って来て?」
「「は?」」
先生、有沢さんに一体何頼むんだろうと思ったら、今までになく意味不明なことを言い出すから、思わず『は?』て言っちゃったら、有沢さんも分かんなかったみたいで、おんなじこと言って、2人の声が被った。
「トイレ…? 何で?」
「俺、おしっこしたい」
「だから? トイレ行けばいいじゃん」
「歩くの大変だから…。有沢、俺の代わりにトイレ行って来て」
「…………」
えー…っと。
多分冗談だとは思うけど、先生、こういうこと真顔で言うから、何だかよく分かんない。
分かんないから、対応は有沢さんに任せよう。どうせ有沢さんが頼まれたことだし。
「トイレまで連れてってあげるから、それで許してください」
「………………」
「おしっこすんの、手伝ったげるからっ」
ッ!!!???
有沢さん、何て答えるのかな…て思ってたら、俺の想像を遥かに超えた、途方もないくらい変態なことを申し出るから、思わず持ってたお皿を落っことしそうになった。
「漏れそうだから、何でもいいからトイレ」
さすがにこれには先生も突っ込むだろうと思ったのに、先生は文句らしい文句も言わずに、有沢さんのほうに両手を差し出した。
それは、椅子から起き上がらせろ、なのか、抱き上げろ、なのかはよく分かんないけど、何も突っ込まずに手を伸ばしたてことは、有沢さんの申し出を受け入れた、てこと…!?
「………………」
呆然とする俺に構わず、有沢さんは先生を抱き上げてキッチンを出て行った。
え、今の、冗談だよね?
でも、冗談なんだとして、どういう意味の冗談なわけ? 有沢さんも先生も全然笑ってなかったけど…………俺に聞かせたかったの? いや、俺だって全然笑えねぇけど。
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絶望ルーレット (17)
混乱しながらも、俺の足はキッチンの入り口のほうへと向かっていた。先生たちの後を追うつもりはないんだけど…………そーっとキッチンの外を窺ってみる。
でも、リビングにはもう、2人の姿はなくて。ここからだとトイレは死角だから、有沢さんも一緒にトイレに入ったのか、外で待ってるのかは分かんない。
もうちょっと向こうまで行けば見えるけど、それで事実を知ってどうするつもりだ? て思う。
もし2人してトイレに入ってたら入ってたでドン引きだし、そうじゃなくて、有沢さんがトイレの前で待ってたら、俺が様子を見に来たのがバレて気まずいし…………やっぱりやめておこう。
大体、いくら2人が変態とはいえ、一緒にトイレとかあり得ないから、やっぱりさっきのは、変態なりの冗談なんだろう。
そうだ。よく分かんないけど、あれはそういう冗談なんだ。意味が分かんないのは、俺が先生たちみたいな変態じゃなく、普通の人だからだ。うん、そうに違いない。
…ということにしておこう、と1人で納得したところで、リビングの向こうから声がしてきて、俺はハッとした。先生たちがトイレから戻って来たんだ。
俺は、様子を窺っていたことがバレないように、素早くキッチンの中に戻った。
「もぉ~。昨日あんだけヤッて、出しまくったんだから、おしっこしか出ないってば。有沢のバカ」
「そうなの?」
「何かチンコの先がヒリヒリする…」
「舐めて消毒してあげよっか?」
「死ね」
冗談てことにしておこう…ていう俺の期待を裏切るような会話が聞こえて来たけど、とりあえずそれは無視して、出来上がったチャーハンを、2つのお皿に盛り付ける。
先生の分と…………有沢さんの分。ムカつくから有沢さんの分は作らないにしようかと思ったけど、じゃなくて、俺が食べずに帰ればいいんだ、て気が付いた。
ご飯を作るところまでが仕事だから、役目はちゃんと果たしたわけだし、これで帰ったって構わないわけだ。まぁ…先生がそれで納得するかどうか分かんないけど。
でも、コスプレさせようとしたら即帰るとは言ってあるし、先生のしたいことで、それ以外に何かあるとは思えないから、帰ろうと思えば帰れるはずだ。
「えっ…、マジで俺の分ないの!?」
キッチンに戻って来た有沢さんが、テーブルの上の2つのチャーハンを見て、驚いた声を上げた。
それより……トイレに行くときは、有沢さんが抱き上げてった先生が、帰りは普通に歩いてきたけど…(トイレで何してたとか、ますます考えたくない)。
「これ、有沢さんの分です、どうぞ」
「じゃあこれは?」
「先生の分」
有沢さんの分でない、もう1つの皿を指差されたので、はっきりと答えてやる。
もともとは先生のご飯を作りに来たんだから、先生の分がないわけないじゃないか。
というか、先生のトイレの後、有沢さんとの半径10mの約束、有耶無耶になっちゃってるけど……まぁいっか。どうせ俺、もう帰るし。
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絶望ルーレット (18)
「俺はもう帰るから、いいです。2人で食べてください」
「…………」
俺の答えに、先生は何か言ってくるかと思ったけど、レンゲを口に銜えたまま黙ってる。
何かそれがかえって不気味だけど、何か言われないうちに、さっさと帰っちゃおう。
「――――マナくん、」
エプロンを脱ごうと、後ろのヒモに手を回したところで先生に呼ばれて、振り返ったらいきなりスマホで写メを撮られた。
「ちょっ…」
「グフ」
何でいきなり写真撮んだよ!
慌てて先生のほうに手を伸ばしても、先生は俺からスマホを遠ざけて、なおも俺の写真を撮り続ける。
「何してんだよっ!」
「新婚マナくんの写真撮ってる」
「…………」
いや…、そんな直球で返事返してほしくて聞いた質問じゃねぇんだけど。つか、寧ろ質問でもねぇんだけど。
しかも、新婚て何だ、新婚て。
「…何で今、俺の写真撮ったんですか」
「後で、マナくんのかわいい姿でオナろうかと思って」
「ッ、、、」
真顔で。
何の悪びれもないような顔で、サラッと先生がそんなことを言うから、俺は返す言葉を失った。
「エプロン姿もかわいいね」
何も言えないでいる俺に、先生は笑顔のまま写真を撮り続けてる。
はっ…ヤバい! このままじゃ、メイド姿の写真を消すどころか、新たな写真を先生のスマホの中に増やしてることになるじゃないかっ!
「つかっ…、先生、前に写真撮ったとき、そういうことしない、て言った…」
「うん。まぁ、あれはあれ。今日のはまた別じゃん?」
「何でだよっ!」
何だよ、その屁理屈!
何で今日のは別なんだよ!!
「だって俺…、今日マナくんが来てくれるの、もんのすごい楽しみにしてたのに、マナくんがもう帰っちゃうから…」
「だから! ちゃんとご飯作ったじゃないですか。最初からそういう約束だったでしょ!?」
確かに先週、先生は『すっごい楽しみにしてる』とは言ってたけど、それは先生が勝手に期待してただけで、約束としては、ご飯を作るというだけのものだ。
それなのに、帰ると言っただけで写真撮られて、その写真を…………に使われるなんて!!
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「ッ…!」
そんな…約束は破ってない、みたいな言い方をされると、何て返したらいいか分からなくなる。
この人、変態だし、頭おかしいし、ガキかっ! て思うことばっかなんだけど、何かこう…変なトコで頭が回るから困る。やっぱり先生のほうが上手なの? それとも俺が単純なだけ?
「えー、ミキちゃん、もう出し尽くしたんじゃないの? まだオナりたいの?」
隣から有沢さんが口を挟んでくる。
言ってる内容はあれだけど、先生を止めてくれるんだったら、この際、何でもいいっ!
「かわいいマナくんを見てると、ムラムラしてくる」
「んなの、1人でオナニーしなくても、俺がいんじゃん」
「お前がいるから何なんだよ。マナくんのかわいさに勝てると思ってんのかっ!」
「かわいさでは勝てないかもだけどさぁー」
…有沢さんも、思ったより全然頼りない。
てか、自分のやりたいことのためなら、どこまでも突き進もうとする先生に、勝てる人なんていないのかもしれない。
でも、写真をそういうことには使わないで、て言ったら、まだ帰るな、てことになるだろうけど、そう使うのを許すなら、もう帰れるてことだよな?
自分の写真がオナニーのネタに使われんのはキモいけど、それは俺のいないところだし、本当にそんなことするかどうかなんか分かんない。
もしかしたら、今俺を引き留めるために、そんなこと言ってるだけかもしんないし――――て思ったけど。
「クフ。マナくん、かーわいい。俺、この写真だけで、3か月は持つな」
「さっ…」
スマホを操作しながら、ニヤケた顔で恐ろしいことを言う先生に、俺は絶句する。
オナニーとか何とか、そんなの口先だけのことで、本当はしないかも…なんて思ってたけど、変態の先生にしたら、そういうのは冗談とかじゃないのかも…。
「つか、3か月て。ミキちゃん、オナニーだけで3か月も持たないでしょ! すぐ欲しくなっちゃうくせに」
「平気だもん。つか、マナくんかわいすぎて勃ちそう、今」
「ちょっ! やめてくださいっ!」
何かフリーズしちゃって、先生と有沢さんのやりとりを呆然と眺めてたんだけど、先生の最後のセリフに、思わず我に返って、声を大きくした。
「嘘嘘、大丈夫。今は勃たない。だってホラ、何ともないでしょ? 見る?」
「見ねぇよ、バカっ!」
スウェットのウエストの部分を広げて、見せてこようとする先生を怒鳴りつける。
どうしよう、もう泣きたいよ。こんな変態の相手し続けるなんて、無理!
「泣きそうな顔もかわいいね、マナくん」
「触んなっ…」
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絶望ルーレット (20)
どんな顔をしてても『かわいい』と言ってくる先生の感覚は全然分かんないし、これじゃ、一体どんな顔をしたらいいのかも分かんない。どうしたら先生は、俺に愛想を尽かしてくれるんだろう。
「ミキちゃん、泣き顔も写メんの?」
「だってかわいい」
「マナくん、ホントに泣いちゃうよ?」
「1枚だけ」
一応、有沢さんが止めに入ってくれたけど、そんなことで先生が気を変えてくれるはずもなく。
こちらにレンズの向いている先生のスマホが、シャッターの音を立てる。
「マナくん、かわいい…」
先生はスマホの画面を見ながら、満足そうに微笑んでる。
俺の気持ちなんて、お構いなしかよ。
「っ…、とにかく! もう帰りますっ」
何をどう言ったって先生には通じないし、写真を撮られたからには、先生のズリネタには使われちゃうのかもしんない。
だとしたら、一刻も早くこの場を去ったほうが、これ以上嫌な思いをしないで済むし、余計な写真を撮られないで済む。
「―マナくん、」
キッチンを出ようとするとき、後ろから声を掛けられたけど、もう振り返らない。
さっさと帰るんだから!
「大丈夫だよ、マナくん。俺のスマホ、勝手に弄ってまで写真消さなくたって、どこにも流さないからさ」
「ッ!?」
振り返らなかった俺の背中に投げ掛けられた、先生の言葉。
俺の足は一瞬止まったけど、何でもないふりで、玄関へと向かった。
絶望ルーレット
(先生、俺が先生のスマホ構おうとしてたの、気付いて……寝てたんじゃねぇの!?)
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love & kiss & hate (1)
出張から帰って来てみたら、ミキくんと一緒にいるのがマナくんでなく、有沢くんだったというハプニング。
一応、修羅場ぽくしたほうがいいのかなぁ、とも思ったけど、面倒くさいのでやめておいた。
「でもせめて、お帰りとか、お疲れさまとか言ってよぉ~。俺、出張帰り!」
「森下~、おみやげはぁ?」
「だから出張だってば」
のんきにみやげの催促をしてくるミキくんに、俺は突っ込みを入れる。
まぁ、遠くまで行ったんだから、みやげの1つもあったっていいんだろうけど、今回は日程がキツキツだったから、それどころじゃなかった。
「つか、マナくんは? 一緒じゃないの?」
あんなにマナくんと一緒に過ごしたがってたくせに、何で一緒にいるのが有沢くんなのさ。
しかも、2人でソファに座ってるってのに、ミキくんが思いっ切り足を投げ出してるから、有沢くんがすっごいキツそうにしてる(それでも、それを許しちゃってる有沢くんがスゴいよ。俺なら即行退く)。
「マナくん、ご飯作ったら帰っちゃった」
「また変なことして怒らせたの?」
「変なことて何だよっ! 普通のことしかしてねぇよっ」
俺の言葉に、ミキくんがすぐさま騒ぎ立てるけど、変態のミキくんにとっては普通のことでも、マナくんにしたら十分に変なことだろうからなぁ…。
でも、絶対変なことされるて分かってるのに、ちゃんとご飯だけは作りに来てくれるところが、真面目だよな。
「てかミキくん、またマナくんの写真撮ったの?」
スマホを弄りながらニヤニヤしてるミキくんに、一応聞いてみる。
「新婚マナくーん」
「…新婚?」
また意味不明なことを言ってるミキくんに、眉を寄せる。
コスプレはなしの約束だったけど、まさかまたコスプレさせたの? それでマナくん、怒って帰っちゃったわけ? ミキくんには、学習能力てものがないのかな。
「かっわいー」
ホラ、て俺に向かって見せてくれたスマホの画面には、俺が用意したエプロンを着けたマナくんが写ってる。
これのどこが新婚なのかと思うけど、ミキくんは非常に満足げだ。
「ミキちゃん、写真、森下に見せていいの? 何かどこにも見せない、みたいなこと言ってなかった? マナくんに」
「…ん。でも森下はいいの」
有沢くんの尤もな主張に、ミキくんは何の根拠もないくせに、簡単に返事をしている。
確かに前、俺の口車に乗って、ミキくんはマナくんの写真を見せてくれたけど、それって今も有効だったんだ。ミキくんて素直なのか何なのか、よく分かんない。
まぁ、ミキくんのスマホの中に入ってる写真見ただけじゃ、何をどうすることも出来ないし、もちろん何かする気もないから、いいけどさ。
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love & kiss & hate (2)
マナくんの写真を見ながら、ウットリとそんなことを言ってるミキくんは、彼を見慣れてるはずの俺からしても、なかなか気持ち悪い。
もしマナくんの前でもこんな調子だったんだとしたら、そりゃ帰りたがるわな。
「つか、ミキちゃん、もうずっとこの調子なんだけど。これだけでオナニー3か月持つとか言ってんだぜ?」
「へぇー…相変わらず変態だねぇ」
「何のんきなこと言ってんだよ、森下!」
オナニー3か月はともかく、マナくんの写真だけで、ミキくんが盛り上がっちゃうことは知ってるから、そこは驚かない。
でも前は、メイクはしてなくてもメイド姿だったのが、今度のは、普通にただエプロンをしてるだけなのに。それだけでムラムラ出来ちゃうて、もうホント、変態としか言いようがない。
「だってマナくんがかわいいんだもん、しょうがないっ!」
俺らの会話、聞いてんのか聞いてないのかよく分かんなかったけど、写真を見ながらも耳には入ってたのか、ミキくんがいきなり声を大きくした。
いやだから…、『マナくんがかわいい』ことを、しょうがないの理由にしないでよ。
「でもミキちゃん、マナくんとセックスしたいわけじゃないんでしょ? 全然手出そうとしなかったもんね」
やっぱり有沢くんもそこは気になったみたいで、ミキくんの腰を抱きながら尋ねてる。
つか、今日は有沢くんがミキくんの相手してくれるみたいだし、俺、風呂入って寝ちゃっていいかな。
「マナくんは、そこにいてくれるだけでいい」
「そうなの? でもコスプレはさせたいんでしょ?」
「してくれたら、なおいい」
やっぱり、ただそこにいるだけじゃ、済まないんだね…。
でも、この変態ミキくん相手だと思うと、ただそこにいるだけなのも嫌だよね、普通。
「とりあえず俺、風呂入ってくるわ」
「えー、俺も風呂入りてぇ」
「じゃあ先に行ってきなよ」
どうせまだマナくんの写真見てるんだろうと思って、バスルームに向かおうとしたら、ミキくんがそう言ってくるから、譲ってやることにする。
別に何もかもが彼優位というわけじゃないけど、つまんないことで揉めても、面倒くさいし疲れるだけだから。
「バカ! 何でそこで、一緒に入ろう、とか言わねぇんだよっ」
「え、一緒に入りたいの? 有沢くんと入れば?」
ミキくんが、何の意味もなく、一緒に風呂に入りたがるはずがない。
いつもだったら、まぁいいかな、て思うとこだけど、今日は疲れてるし、出来れば勘弁願いたいんだけど。
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love & kiss & hate (3)
「――――俺だって、何かするかもよ?」
する気はないけど、ちょっとだけ反発したくて、ミキくんに顔を近づけてそう言えば、ミキくんは嫌そうに眉を寄せた。
大体、風呂場で何かやんのは恥ずかしいからヤダとか、そんなタイプじゃないでしょ。…あ、昨日やりまくって疲れてるから、やるのが面倒くさいてこと? ったくもー。
「いいじゃん森下なんてー。俺と一緒に入ろ?」
「えぇ~」
「ちょっミキちゃん、嫌な顔しすぎ!」
別に有沢くんの肩を持つ気も、味方する気もないんだけど、ミキくん、それは確かに嫌な顔しすぎだよ…。
ちょっと有沢くんに同情する。
「じゃあねー」
「あっ、コラ、森下っ!」
2人がじゃれ合ってる隙に、バスルームに向かう。
ミキくんの声がした気もするけど、聞こえなーい。
「森下なんかもういいじゃん。ミキちゃん、俺と楽しも?」
「バカ、死ね有沢っ!」
「ヒドッ」
うーん…。有沢くんて、ミキくんのこと好きすぎるよね。
マゾなのかな。
*****
風呂から上がると、リビングが妙に静かで、ちょっと不安がよぎる。
寝室行ったら、もう2人が始めちゃってたとかだったら、俺が寝るトコないじゃん。俺、人がセックスしてんの見て楽しむとか、そんな性癖ないんだけど。
でも、心配はただの取り越し苦労で、静かなのはミキくんが寝てるからだった。
有沢くんは、そんなミキくんの肩を抱いてビール飲んでるけど…………今日、帰る気ないの? 別にいいけど、そうなると、この3人の順位からして、俺がベッドからあぶれる気がするんだよね。
ミキくんがベッドを譲る気がないのは間違いないとして、有沢くんも何気にうるさそうだから。張り合ってもいいけど、面倒くさいし。
「…んだよ」
俺の視線に気付いたのか、有沢くんが不機嫌そうにこちらを見た。
「何でも。俺、もう寝るね」
だったら先に寝ちゃえばいいのか、て思って、思惑に気付かれないよう、さっさと寝室に向かう。
「―森下」
なのに、有沢くんに呼び止められて、仕方なく足を止めて振り返った。
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love & kiss & hate (4)
「あのマナくんて……何者?」
「は?」
まったく予想外のことを尋ねられて、言葉に詰まる。
そんな深刻そうな顔して、何言ってんの?
「だってミキちゃん、めっちゃマナくんのこと気に入ってんじゃんっ。何なの? 誰なの?」
「ミキくんの大学の学生でしょ」
「それは俺も知ってる!」
「俺だって、それしか知らないよ」
ある日突然、かわいい子を見つけた、みたいな話になって。
いつの間にか、その子のメイド姿の写真を持ってて。
で、ウチに来てご飯作ってくれるようになってた、ていうね。
「何で?」
「何が?」
「何でミキちゃん、そんなお気に入りなの? マナくんのこと」
「知らないよ」
何でそんなこと、俺に聞くの。
今日1日、ミキくんと一緒にいたんだったら、聞けばよかったのに。
「森下~~~…」
「えぇ~? かわいいからじゃないの? ミキくん、マナくんのこと、ずっと、かわいいかわいい、て言ってんじゃん」
知らない、て答えてんのに、そんなふうに縋られたって困るけど、とりあえず思い付く範囲で答えておく。
果たしてマナくんがかわいいかどうか……その辺のミキくんの感覚は、俺にはちょっと分かりかねるけれど、本人がそう言ってるんだから、そういうことなんだろう。
まぁ、かわいい、てだけで、あそこまで執着されちゃうマナくんは気の毒だけど。
「かわいい…。さすがにかわいさでは、マナくんに敵わないよな…。まぁそれ以外の部分では、負ける気はしねぇけどっ」
「何張り合ってんの?」
「お前にもだよっ! お前にだって負けたくないし、つか負けねぇしっ。負ける要素がない、森下ごときにっ」
「…………。別に思うのは勝手だけど、本人前にして、よくそこまで言えるね」
つか、そんなにデカい声出すと、ミキくんが起きるじゃん。
ベッドで寝ようという、俺の目論見が…。
「森下はいいとして、マナくん…。あぁっ、勝てる気がしねぇっ…!」
「…………」
ちょいちょい失礼なこと言うよなぁ…有沢くん。
でもホント、マナくんと張り合ってどうすんの。
「ねぇ有沢くん、もういい? 俺寝るよ?」
「…森下のバカ、死ね」
ひどい言われようだけど、ここは大目に見ることにする。
お休み有沢くん。
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love & kiss & hate (5)
げ、ミキくんが起きた。
完全に目を覚ます前に、逃げちゃおう――――そう思ったのに。
「ったく、さっきからゴチャゴチャうるせぇんだよっ! お前らがマナくんのかわいさに敵うわけねぇだろっ! しかも、マナくんのかわいさが分かんないとは何だぁ~~~~!!!!」
俺の願いも空しく、ミキくんはしっかりバッチリと目を覚ましてしまった…。しかも、うたた寝だったとはいえ、寝起きであることには違いないのに、とてもそうとは思えないテンションだし。
つか、マナくんのかわいさが分かんない的なこと、確か心の中で思ってただけなのに、何でバレてんの?
「バカバカっ、今日はマナくんがすぐ帰っちゃって、俺、傷心なんだぞっ。もっと慰めろぉ~~~~!!!」
「ちょっミキちゃん、落ち着いてっ。落ちる落ちる!」
ソファの上なのに、いきなりスクッと立ち上がるものだから、ミキくんがソファから落っこちそうになって、有沢くんが慌てて支えてる。
よし、ミキくんのことは、有沢くんに任せよう。
「オイ森下っ、てめぇ、どこ行く気だっ!」
「どこ、て…」
コッソリこの場から逃げ出そうとしたのに、後ろからミキくんに声を掛けられて、嫌々ながら振り返れば、ミキくんがソファの上で仁王立ちしてた。
あぁ…。
「もう寝るんだよ、お休み」
「寝るぅ? よし、俺も寝るぞっ」
「えっ…」
なるべくサラッと言って逃げようとしたのに、ミキくんはそれを許してくれなかった。
「んだよ、嫌なのかよ」
「いや、そうじゃないけど…。ミキくん、お風呂入るんじゃないの?」
ミキくんと1つのベッドに入るのが嫌なわけじゃないけど、今はまぁ…………でもさすがに、嫌だとか言えないよね(空気読めなくても、俺、大人だから)。
だから、遠回しに、逃げる口実を言ってみたんだけど。
「風呂はいい、今日はもう寝るっ」
えー……。
「ミキちゃん、もう寝るの? じゃあ俺もっ」
えぇー……。
ミキくんの『もう寝る』発言の後には、予想どおりの有沢くんの言葉。
こうなると思ったから、早く寝たかったのに…。
「さぁ寝るぞっ」
ソファからピョーンと飛び降りたミキくんが、俺を追い越して寝室に向かう。
そして有沢くんも…。
「ちょっ待ってよっ」
俺も慌てて2人を追い掛けたけど。
「…………」
確かにね、ベッドはクイーンサイズですから。寝ようと思えば、男3人だって、寝られますよ。
でも、先にベッドに乗った2人が、まさに「大」の字になって寝てたら、俺はどこに寝ればいいんだっつの!
あぁ~~~もぉ~~~~!!!!
love & kiss & hate
「なぁなぁ、有沢ー、森下ー。どうせだから3人でやっちゃう!?」
「えー? 俺、森下のチンコなんて見たくねぇんだけど」
(お願いだから、俺を寝かせて…)
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何も知らないふりで生きることだって出来るの (1)
(point of view : mana)
「…え、何?」
授業が終わって、荷物を片付けてた俺は、隣の席に座ってた友だちの瑛士の視線に気が付いて、首を傾げた。
何だか瑛士、キョトンとしてる。
「いや…、何かマナ、今日機嫌よくね?」
「え、そう?」
確かに今、機嫌は決して悪くないし、機嫌がいいことを隠すつもりもないけど、そんなことわざわざ言われるとも思ってなかったから、こっちまでキョトンとなってしまった。
「ん。だって最近、めっちゃ落ちてたじゃん。いっつも『はぁ~~~~…』みたいな」
「何それ! 人生に疲れちゃってる人じゃん」
「そうだよ! 最近のお前はそんなだった! マナ、めっちゃ人生に疲れてた!」
「……」
瑛士のわざとらしい溜め息に笑って返せば、逆に力説されて、俺は返す言葉をなくした。多分瑛士は、少しの冗談も混ぜてそう言ったんだろうけど、でも…。
人生に疲れちゃってたかどうかは別として、ここ最近、いろいろ疲れてたのは事実だ。原因は、言わずもがな、三木本先生。あの人に振り回されてるおかげで、すっかり疲れ切ってる。
「…んだよ、んな深刻な顔して。ホントに人生に疲れちまったとかじゃねぇよな? 何か悩みとか…」
「うぅん、じゃない! 瑛士、大袈裟!」
瑛士は、見た目派手でいかついヤンキーみたいな感じだけど、そんな外見とは裏腹に、人情の厚い優しい男だ。
最初は冗談ぽく言ってた瑛士だったけど、俺が何も返さなかったせいか、本気で心配になったようで、真剣な顔で尋ねてくるから、俺は慌ててごまかした。
瑛士とは、男の娘メイドのバイトをしてることさえ打ち明けてる仲だけど、三木本先生とのことは、何て言ったらいいか分からなくて、実は何も言ってない。
もし話せば、きっと瑛士のことだから、先生を説得しようとしてくれるんだろうけど、瑛士をこんなことに巻き込みたくないし。
「大丈夫。ホントに人生に疲れちゃったら、ちゃんと瑛士に相談するから!」
「お、おぅ…。いや、疲れちまう前に相談しろよ!」
「…うん、ありがと」
熱血教師みたいになってる瑛士に、俺は素直に頷く。
友だちに心配かけてダメだな、て思うけど、こうやって心配してくれる友だちがいることに、ちょっとホッとする。
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何も知らないふりで生きることだって出来るの (2)
「あ、そっか。今日はデートか。だから機嫌よかったんだな」
「デっ…ちが、そんなんじゃ、ッ、瑛士のバカっ」
「はいはい。もう行けって。時間なくなんぞ」
瑛士に冷やかされて、俺はすっかり動揺しちゃったけど、そんな俺を軽くあしらうように、瑛士はニヤニヤしながら手を振ってる。
…もう。今日これから会うのはお兄ちゃんなんだから、別にデートじゃないのに。
瑛士と別れて教室を出ると、今日のこれからの予定を頭の中で再確認しながら、校門へと向かう。
夕飯の買い出しして、予約してあるケーキを取りに行って、待ち合わせの場所に行く。何を買うかもバッチリ決めてあるから、余計な時間を食うこともない。
…よし、完璧。
ホントは一緒に買い物したいんだけどね(だってそれこそデート……てか、新婚さんみたいじゃね!?)。
でも、ケーキのことは内緒だから、バレないためにも、先に買い物を済ませておかなきゃ。
「あっ、すいません!」
校門を目指して闇雲に走ってたから、向こうから歩いてくる人にぶつかっちゃった。
俺は走ってたから、ぶつかった人、絶対痛かった、しかも女の子だし! て思って、慌てて頭を下げる。その子は、「大丈夫」て言ってくれたけど、気を付けなきゃ。
てか、こんなにダッシュしてると……もしかして目立つ?
ヤバい…。あんま悪目立ちすると、先生に見つかっちゃうかもしれない。初めて会ったときだって、ただベンチに座ってただけなのに、いつの間にか忍び寄られたもんな。
最悪の事態を想像して、俺は走るのをやめると、他の学生に紛れて校門へと向かった。今日ばっかりは、絶対に先生に捕まるわけにはいかないんだ。
「ふぅ…」
とりあえず、誰にも捕まらずに学校を出れたし、後は駅に向かうだけだ。
でも、油断は出来ない。だって先生は前、俺がバイトのビラ配りしてるトコに急に現れたんだし…。
…つか俺、先生のことばっか気にしてるよな。もしかして、毒されてる…?
嫌だ嫌だ嫌だ。もう2度と関わりたくないのに。
少なくとも今日だけは、先生の顔なんて見たくもないし、脳裏に浮かべたくもないし、想像したくもない!
俺は頭の中から先生のことを追いやって、電車に乗り込んだ。
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何も知らないふりで生きることだって出来るの (3)
まだ就職活動も始まってない大学生の俺が来るには、ちょっと不似合いな場所だけど、早くお兄ちゃんに会いたいから、会社まで迎えに行くんだ!
もちろん、お兄ちゃんに会えるなら、いつだって早く会いたいけど、今日はとりわけ特別な日だから。だって今日は、お兄ちゃんの誕生日――――の翌日!
プレゼントも買ったし、ケーキも用意したし、ご飯も作ってあげる。一緒にお祝いするんだもんっ。
「クフフ」
楽しみ過ぎて、どうやったって笑顔になっちゃう。
俺にとって、1年の中で一番大切な日だもんね。お兄ちゃんの誕生日の翌日は。
……………………。
つか、まぁ…。
何で誕生日の翌日なんだよ、て突っ込まれんのは百も承知なんだけどね。
どうせお祝いするなら、誕生日当日のほうがいいのは分かってるし、出来ることなら、誕生日当日に祝ってあげたいし、一緒に過ごしたいとは思ってる。
でも、もしかしたらだけど、当日は、一緒に過ごす誰かがいるのかもしんないじゃん? 考えたくないけど、彼女とか…。
それなのに俺が、お兄ちゃんの誕生日、一緒にお祝いしたい! とか言えないもんね…。
――――て、まぁ、お兄ちゃんに彼女がいるかどうかは知らないんだけどね、確認してないからっ!
だって、もし確認して、彼女がいることが分かったら、一生立ち直れないけど、知らなければ、たとえ彼女がいたとしても、いないかもしれない、て思い続けられるじゃん?
だから、誕生日当日の予定を聞いて、その日は彼女と過ごすとか、絶望的な言葉を聞かないために、最初から当日は誘わないようにしてんの。
でも…。
去年も今年も誕生日の翌日を誘ったのに、何の疑問も投げ掛けて来ないのは、やっぱ当日は彼女との予定が入ってるからなのかな。何で当日じゃねぇの? て言って、予定を当日に変更されたら困るから。
ただ単に、俺の予定的に、今日のほうが都合がいいから、と思ってんだったらいいけど。
「はぁ…」
ウキウキした気持ちが萎み掛けて、俺は慌ててモチベーションを上げ直す。
今日はお兄ちゃんの誕生日をお祝いするんだから、別に彼女の存在とかそんなのどうでもいいし、落ち込んでる場合じゃないっ!
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何も知らないふりで生きることだって出来るの (4)
「わっ、お兄ちゃん!」
こぶしを握り締めて気合を入れてた俺は、会社のエントランスに背中を向ける形で立ってたから、お兄ちゃんが近付いて来てるのに気付かなくて、急に声を掛けられて、ビクッとなった。
「お疲れ、お兄…――――ッ!!!???」
振り返った俺は、大好きなお兄ちゃんに笑顔を向ける――――と同時に、その隣にいた人物に目を奪われ、そして絶句した。
だって…。
そこにいたのは、三木本先生のセフレで同居人の森下さんだ。
「ゴメンな、森下。今日は弟と…」
お兄ちゃんが森下さんに話し掛けてる…。
てことは、単なる通りすがりじゃなくて、知り合いてことで……俺は見てないけど、もしかして今、一緒に会社から出て来た? 同僚さん? え、嘘…。
「ふぅん? 弟…」
呆然と森下さんを眺めてたら、目が合った。
ヤバイ!
「初めまして! 弟の川瀬真歩です!」
咄嗟に俺の口を突いて出た言葉。
もちろん、森下さんとは『初めまして』じゃない。でも、森下さんと知り合いなのがお兄ちゃんにバレたら困るから、どうしようって思った結果、初対面を装うことを閃いちゃったんだ。
だって、どう考えても、俺と森下さんが知り合いとか、不自然だし。説明するとなったら、絶対に三木本先生のことに触れないわけにはいかなくなるし。
そんなこと、お兄ちゃんに知られたくない!
「………………」
「………………」
「…………、どうも。こんにちは」
俺の目力が通じたのか、森下さんは余計なことを言わずに、笑顔で挨拶だけをしてくれた。
でも森下さんて、ちょっとくせ者なんだよね。今だって、知り合いだってことは黙ってくれてるけど、決して初対面の振りをしてくれたわけじゃないし。
森下さんがいつ余計なことを言わないかハラハラしてたら、お兄ちゃんが、森下さんが会社の後輩で、今同じ課で働いてるんだってことを教えてくれた。
ウッソー。
さっきの嫌な予感が確信に変わって、俺は絶望の淵に立たされる。
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