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僕らの青春に明日はない (59)
「自信……女の子みたくする、自信? そんなの…」
「大げさに考えなくてもいいの。カズちゃん、今のままで十分だから。まぁ…立ったときに足をちゃんと閉じてくれればね?」
「あ…」
女子高生ぽい、完璧な振る舞いが出来ないからといって、そこを非難するつもりはない。
和衣が恥ずかしがってモジモジしている仕草は、それだけでポイントは高いはずだから、それ以上の要求はしない――――ちゃんと足さえ閉じて、立っていてくれれば。
「ゆっち~」
「…何だよ」
和衣が、今度こそホントにがんばる! と、何度目になるか分からない気合を入れ直し、愛菜と眞織からキレイな立ち方を教わっている傍ら、睦月はこっそりと祐介に近づいた。
「そーんなにカズちゃんに見惚れてるくらいなら、はっきりかわいいって言ってあげたら~?」
「なっ…、ッ、俺は別に、」
「別にいいけど~」
まだ何か言いたげにしている祐介にニヤリと笑い掛け、睦月は亮のところへと行ってしまった。
(でも、まぁ……言葉を失っちゃうくらい、かわいかったんだけど…)
祐介が視線を上げた先、和衣は愛菜と眞織から、ビシビシと立ち方の指導を受けていた。
*****
部屋のドアを叩く音に、先に気が付いたのは、亮だった。
眠い目を抉じ開けて、携帯電話で時間を確認すれば、まだ夜中の2時半過ぎだったが、部屋のドアは、偶然何かが当たって音がしたのではなく、控え目ながら明らかに誰かにノックされていた。
しかし、時間も時間だし、眠いし……と、亮は無視を決め込んで目を閉じた――――が。
『りょー…、むっちゃーん…』
泣き出しそうなほどの情けない声が、ドアの向こうから聞こえて来て、亮は慌てて飛び起きた。
この真夜中に、嫌がらせか!? と思われても仕方のない暴挙に出ていたのは、同じ寮で暮らす幼馴染みだったのだ。
仕方なく亮は自分のベッドを下りた。
隣のベッドでは、睦月が声にもノックにも気付かずに眠りこけている。
(てか、お腹…)
今日はお風呂から上がって、すぐにふとんに入ってしまったから、寝ているうちに暑くなってしまったのだろう、睦月はふとんを蹴飛ばしていて、パジャマが捲れてお腹がチラチラしている。
亮は甲斐甲斐しく、睦月のパジャマの裾とふとんを直してあげてから、部屋のドアを開けてやった。
「カズ…」
廊下にいたのは言わずもがな和衣で、声と同じくらい情けない顔で、ようやくドアを開けてくれた亮に、縋るような視線を向けていた。
「…何?」
別に睦月といい雰囲気だったところを邪魔されたわけではないが、気持ちよく眠っていたところを起されたわけで、自然と声は苛付いた調子になる。
しかし和衣はそんなことにまるで気付いていないのか、「りょー!」と泣き付いた。
「ちょっ、おい、カズ…!」
「イダダダ…」
いきなりしがみ付いて来た和衣を、亮は嫌そうに押し退ける。
幼馴染みとはいえ、睦月以外の男に抱き付かれたって、嬉しくも何ともない。
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僕らの青春に明日はない (60)
「だって…」
シン…と静まり返っている寮では、普通の声で喋っていても結構響くから、苛立ちながらも亮は声を潜める。
だいたい、明日は学園祭の女装コンテストの本番だ。
コンテスト自体は午後からだが、午前中から準備をするから、朝だってゆっくりは寝ていられないはずだ。
それなのに和衣は、こんな時間に亮たちの部屋を訪れて来て、一体どういうつもりなのだ。
「どうしよう、眠れない~…」
「はぁ~?」
まさかそれが、夜中に親友を叩き起こした理由だというわけではあるまいと、亮は嫌みたっぷりに聞き返したが、和衣は、亮が本当に聞こえていないのだと思ったのか、「眠れないの!」ともう1度言った。
「…………、部屋帰って、さっさと寝ろ」
「待ってよ、亮! だってだって!」
「シーッ! バカ、静かにしろ…!」
今の時間も、静まり返った寮内も忘れて、和衣が声を大きくするものだから、亮は慌てて静かにさせた。
大学生くらいなら、まだ寝ないで起きている者も中にはいるだろうし、ここが同じ大学に行っている学生しかいない建物だとしても、やはり騒ぎ立てるには非常識な時間帯だ。
「うぅ…だって、何か緊張? して、眠れない…。どーしよぉ…」
「どうしよう、て…」
そんなこと、亮に言われたって、本当にどうしよう、だ。
和衣もそれは重々承知で、でもどうしても眠れなくて、どうしていいか分からなくて、ここを訪れたのだ。
「ふとん入って、目閉じてれば眠くなるから。な?」
「無理ー…。ヒツジも1万3,528匹まで数えたけど、ダメだったの…」
「…………」
コイツって、こんなに繊細なヤツだっけ…? と、亮も何だか少しかわいそうに思えてきた。
「祐介んとこ行って、一緒に寝ればいいじゃん」
「バッ…寝れるわけないじゃん…!」
同じ建物の中には、幼馴染みだけでなく、歴とした恋人だっているのだ。
眠れない夜なら、親友でなく恋人だろう。
「だって、祐介の部屋の人に何て言うの…! そっ…それに、祐介と一緒に寝たら、ドキドキし過ぎて、逆に眠れない…!」
「あのな…」
はぁ~…と、亮は頭を抱えた。
和衣の場合、不埒な思いでなく、本当に純情一心で心臓をバクバクさせているのだと想像が付くが、2人が恋人になって、もうすぐ2年になるのに、たかが一緒に寝るくらいで、眠れなくなるほどドキドキするというのは、いかがなものだろう。
「しょうがないじゃん、ドキドキすんだから…!」
「分かった分かった。で、俺にどうしろっつの…? 寄り添って、寝かし付けてやりゃ、いいわけ?」
「そしたら俺、眠くなる?」
「知らねぇよ。つーか、悪ぃけど俺、そんなことしたくねぇんだけど」
何が悲しくて、幼馴染みを寝かし付けるために、同じふとんで寝なければならないのだ。
やはり最初から無視していればよかったと、亮はドアを開けてしまったことを、少なからず後悔した。
「亮、助けてよぉ~…」
「そんなこと言ったって…!」
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僕らの青春に明日はない (61)
そうしているうちに、朝が来そう…。
「あーもう、カズ…」
「……ぅんー…にゃにしてん、の…?」
「むっちゃん!」
亮と和衣があれこれ遣り合っているうち、とうとう目を覚ましてしまったのか、睦月が目をこすりながらベッドを下りてきた。
「…………、カズちゃん…?」
フラフラとした足取りで亮と和衣のところにやって来た睦月は、しかしどう見ても、間違いなく寝惚けている。
「むっちゃん、俺、眠れないの、どうしよ」
「……ねむれ…、んー…ダメ、寝る…」
「だからね、眠れないの」
「寝るー…」
睦月が寝惚けていることに気付いていないのか、和衣は懸命に睦月に話し掛けるが、全然話が噛み合っていない。
しかし睦月も、起きようとがんばって、目をゴシゴシしているけれど、その努力はまったく功を奏しておらず、瞬きはどんどんゆっくりになっていっている。
「寝、る…」
「あぶ、危な、むっちゃん…!」
「んー…」
立ったままの状態で眠りに落ちそうになった睦月を、慌てて亮が支える。その様子に、ようやく和衣が、睦月は寝惚けているのだということに気が付いた。
「むっちゃーん…」
「カズ、ちゃ…、寝…」
「…ぅ?」
もうそのまま眠ってしまうのかと思った睦月の手が、ガシッと和衣の腕を掴んだ。
「むっちゃん?」
「寝る…、寝よ…?」
クイと和衣の腕を力なく引っ張る睦月は、どうやら和衣に一緒に寝ようと言いたいらしい。
和衣は困ったように亮を見た。
眠れるんだったら、和衣的には睦月だろうと亮だろうと一緒に寝るけれど、よく考えたら、恋人のいる男と一緒に寝るなんて、そんなの絶対マズイ気がする。
しかも同じ部屋にその恋人がいるのに。
「…………。早く寝ろ」
眠ってしまった睦月を抱き上げると、亮は和衣の頭を小突いて、2人を睦月のベッドに連れていく。
「りょぉー…」
「うっせぇな、俺だって眠ぃんだよ。今度こそ寝なかったら、もう知らねぇからな」
狭いベッドに無理やり2人を寝かすと、亮は隣の自分のベッドに潜り込んでしまった。
そりゃ、出来れば俺が睦月と一緒に寝たいよ…とは思っても、和衣と違って、亮は余計な嫉妬なんてしないタチだし、まさか和衣と睦月の仲を疑うようなバカなまねもしない。
それよりも、明日に影響しないように、さっさと寝てくれるに越したことはなかった。
「……亮、おやすみ…」
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僕らの青春に明日はない (62)
………………。
「……………………、カズちゃん?」
朝、睦月が目を覚ませば、なぜか真正面に和衣の顔のアップがあって、まだ変な夢の続きでも見ているのかしら、と思ったが、やはり現実だった。
(何でカズちゃんが、ここにいるの…?)
それも、何でそんな気持ちよさそうな顔して眠っているの?? と和衣にしがみ付かれている睦月は、答えの出ない疑問が頭の中をグルグル回る。
「カズちゃん、カズちゃん、起きてよ」
「ん…んー…」
ユサユサとその体を揺さぶってみても、変な呻き声を上げるだけで、和衣に起きる気配はない。
もしかして、まだ起きる時間じゃないのかも…。
(じゃあ俺も、もうちょっと寝よーっと)
基本的に物事を深く考えないタチの睦月は、亮も起こしに来ないし、和衣もこんなに熟睡しているのだから、起きる時間ではないのだと勝手に判断し、時計を見るという行為を放棄して、目を閉じた。
だって、睦月だって、眠い。
「おやすみなさーい」
・
・
・
・
・
「カズちゃーーん!! 何寝てんのーーーー!!!!」
その声に、睦月が叩き起こされたのは、あれからどのくらい経ってからだっただろうか。
呼ばれた名前は睦月のものではなかったが、あまりに大きいその声に、寝起き最悪の睦月ですら、パチリと目を開けて、思わず「ゴメンなさいっ!」と謝ってしまった。
「あ…愛菜ちゃん…?」
飛び起きた睦月の目に飛び込んで来たのは、すごい形相で怒っている愛菜と、はぁ~…と溜め息をついている眞織だった。
何でこの2人がここに? ここ俺の部屋だよね?
てか、カズちゃんがいる…。
状況が全然把握できない睦月は、ベッドの上にペタンと座ったまま呆然としていたが、起きたてだったせいか、大あくびをしてしまった。
「むっちゃん…」
まったく緊張感のない睦月のあくびに、愛菜の怒りも何だか削がれてしまった。
「ね、愛菜ちゃんたち、どしたの?」
「時間になっても全然カズちゃんが来ないから、迎えに来たの!」
「時間? 何の? てか、今何時?」
そういえば、まだ起きる時間じゃなかったから、また寝直したんだったっけ。
あくびをしながら、睦月がそんなことを思い出していたら、「もう10時!」と愛菜に怒られた。
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僕らの青春に明日はない (63)
「ホント、カズちゃん、気持ちよさそうに寝てるよねー」
「むっちゃんも、一緒に寝てたくせに、のん気に笑ってんじゃないの! だいたい何で、カズちゃんと一緒に寝てんの?」
「分かんない。何でカズちゃん、ここにいるの? 俺、亮と同じ部屋なのに」
昨日の夜――――いや、日付が変わった夜中に、眠れないと言って訪れた和衣を、一緒に寝ようと部屋に招き入れたなんてこと、すっかり忘れている睦月は、不思議そうに首を傾げる。
まぁ、和衣がいて、ぬくぬくで気持ちよかったから、別にいいんだけど。
「てか、亮は?」
見回しても、亮はベッドの中にも部屋の中にもいない感じ。
睦月も一応、携帯電話をアラーム代わりにして掛けているが、だいたいいつも亮に起こしてもらっているのに、今日は起こされなかったから、睦月はまだ起きる時間でないと思って、2度寝してしまったのだ。
「亮と祐介くんにはお使い頼んでる」
「お使い?」
「カズちゃんの靴。大きいサイズの、頼んでたのが今日届いたから、亮に取りに行ってもらってるの。その間にカズちゃんの準備しようと思って待ってたのに」
それなのに和衣は、これだけ部屋の中が賑やかになっても、まだ気持ちよさそうに熟睡している。
昨日、遅くまで寝付けなかったのだから仕方ないが、この分では、とてもすぐに準備になんて、取り掛かれそうもない。
「カズちゃん、カズちゃん、もう10時だって。カズちゃーん」
「…ん」
ユサユサと和衣の体を揺さぶってみても、かすかに反応はあるものの、起きる気配はない。
睦月は、自分が起こしてもらうことはあっても、人を起こしたことなんて1度もないから、目を覚まさない和衣に、どう対処していいか分からない。
(亮て、どんなふうに起こしてたっけ?)
殆ど毎日起してもらっているくせに、睦月は、申し訳ないくらいに、肝心な部分を少しも思い出せず。
「カズちゃーん」
「……うー……にゃ、に…?」
「愛菜ちゃんが怒ってる」
「……………………うぇっ!?」
どうしていいか分からなくて、とりあえず愛菜の名前を出してみたら、驚くほどその効果は絶大で、少しも起きそうになかった和衣の目が、いきなりパチリと開いた。
「え? え?」
「カズちゃん、おはよ」
「あ…お、おはよ…ございます…」
掛けられた声に、和衣はゆっくりと顔を向ける。
ベッドの上には睦月がいたが、その向こうには、愛菜と眞織が見えて、ニッコリ笑顔の愛菜の目が、実は少しも笑っていないことは、寝起きの頭でもすぐに分かった。
ここはもう、謝るしかない。
「ごごごゴメンなさ…」
「もう10時だから、早く準備してくれる?」
「はっ…はーい!!」
和衣は慌ててベッドを降りると、パジャマ代わりのスウェット姿のまま、睦月の部屋を飛び出した。
部屋にあった時計をチラッと見た限りでは、もう完全に10時を過ぎていた。
約束の時間て、確か9時…。
「ヤバイじゃん!」
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僕らの青春に明日はない (64)
「お待たせ! ……え、むっちゃん? 何でおにぎり食べてんの?」
和衣は猛スピードでやって来たというのに、ドアを開ければ、睦月はまだパジャマ姿のままで、のん気におにぎりを食べようとしていた。
「おにぎりねー、亮が作ってったんだって。超甘やかしてるよねー」
コンビニのものでない手作りおにぎりを、眞織が尋ねれば、睦月が当たり前のように亮が作ったと答えるものだから、苦笑するしかない。
しかし、相変わらず一切料理が出来ない睦月は、いつだってご飯は亮にお任せだし、亮も亮でそれを容認していて、バイトが遅くなる日や飲み会のときでも、睦月のために夕食の支度をしていってくれる。
今日だって、和衣の靴を取りに行くのに、睦月が起きるよりも先に出てしまうからと、律儀におにぎりを用意していってくれたのだ。
「じゃなくて! 何でむっちゃん、おにぎり食べてんの!?」
「そこにおにぎりがあったから」
「いや、そんな登山家みたいなこと言われても」
「お腹空いたの」
「そうだけど!」
そこに山があるから登山する登山家の気持ちは分からないけれど、お腹が空いているからおにぎりを食べる睦月の気持ちなら、よく分かる。
でも今和衣が言いたいのは、そういうことじゃなくて…。
「だって時間ないんでしょ? むっちゃん、何でそんなにのんびりしてんの?」
「?? 時間ないのは、カズちゃんでしょ? 大丈夫、コンテスト見に行くのには、間に合うようにするから」
「……。…………?? …………え?」
「は?」
「むっちゃん、一緒に行かないの?」
「何で?」
和衣は当然、準備のときから付いて来てくれるものだとばかり思っていたのに、睦月にそんな気は更々なかったようで、何で一緒に行かなきゃいけないの? と首を傾げている。
「一緒に行こうよ、ねぇむっちゃん!」
「…俺、お腹空いてんだけど」
「おにぎり持ってけばいいじゃん! ね? 一緒に行こ?」
お願いお願い~と、まるで子どもが駄々をこねるように、和衣は睦月の腕を掴んで、その体をユサユサと揺さぶる。
とりあえず睦月は、せっかく作ってもらったおにぎりを落とさないようにテーブルの上に置いてから、和衣をストップさせた。
「むっちゃん、お願い。これじゃ埒が明かないから」
とうとう見兼ねたのか、愛菜と眞織まで睦月に手を合わせた。
本当は、おにぎりを食べた後、和衣が出場する女装コンテストが始まるまでの時間、もう1度寝直そうかと思っていたのに、この2人にまでお願いされたのでは、断るに断れない。
「もぉー、分かったよぉ!」
まだパジャマ姿の睦月は渋々立ち上がると、和衣と違って照れもデリカシーもないので、愛菜と眞織がいるのに、構わずポイポイとパジャマを脱ぎ出した。
2人にしたら、睦月なんてもうずっと幼稚園児並みにしか扱っていないので、男のうちにも入らない、パンツ1枚の姿を晒したところで、恥ずかしがって騒ぐこともなかった。
「うーうー」
「むっちゃん、そこ頭じゃないよ!」
ジーンズを履いている途中で、長袖のTシャツを着ようとするものだから、もうめちゃくちゃ。しかも、袖のところから頭を出そうとしているから、全然うまくいっていない。
仕方がないから、和衣がTシャツの首のところを引っ張ってあげた。
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サプライズ三昧
いやマジで。
今年のGWは酒ばっか飲んでて、全然筆も進まなくて、ダメ人間ぷりを遺憾なく発揮してたんですが、連休最後の日にサプライズは舞い込んできたわけですよ。
はい、ドン。
※ イラストの著作権は「BL風味のさくらんぼ」柚子季杏さんにありますので、無断での持ち出しは厳禁です。
いつも大変お世話になっている「BL風味のさくらんぼ」柚子季さんから、こんな素敵なイラストともにメールが届きましたよ、みなさん!
キャーかわいいーーー!!!
カズちゃん、女装がんばってる甲斐があったね!
ゆっちさんの目も、そりゃハートになるよね!
柚子季さん、本当にありがとうございました。
最初、柚子季さんからは恥ずかしいんで…てあったんですが、無理を承知でお願いして、アップさせていただきました(ホントすみません、我慢できなくて…)。
本当にありがとうございます。
*かわいいお話たくさん、柚子季さんのBL小説ブログ「BL風味のさくらんぼ」はこちらです。
[http://annebl.blog17.fc2.com/]
*カズちゃんが女装をがんばってる「僕らの青春に明日はない」はこちらからどうぞ(1話から読めます)。
※このお話は「君といる十二か月」シリーズの番外編になります。
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僕らの青春に明日はない (65)
ようやく服を着替え終えた睦月は、携帯電話と財布をポケットに突っ込むと、先ほど食べようとしていたおにぎりを、両手に1つずつ持った。
「むっちゃん…、おにぎり、そうやって持ってくの?」
「ダメ?」
「せめてラップとかアルミホイルに包むとか」
どうせすぐ食べるのにー、という睦月を宥め、眞織がアルミホイルで睦月のおにぎりを包んであげた。
まったく、ちょっと油断すると、何を仕出かすか本当に分からない。
「ちょっ…もう10時半過ぎたんだけど!」
「ヤバ…急ご?」
愛菜と眞織に背中を押され、和衣と睦月も慌ただしく部屋を出た。
*****
大学に着いたときには、もう11時を回っていた(主に、睦月が部屋の鍵を締め忘れたことが原因)。
1度は衣装をすべて着て、化粧までしたので、だいたいの準備時間は分かっていて、単に準備だけなら11時でも十分に間に合う時間ではあった。
しかし、出場者は和衣だけではない。
体育館内にある更衣室は、普段ならコンテスト参加者とその関係者が入っても十分な広さだが、今は体育館で催される学園祭のイベントの道具が詰め込まれているため、いつもよりも狭いのだ。
コンテスト開始時間が近くなるに連れて更衣室は混むだろうから、十分なスペースを確保できないかもしれないと、和衣には早く来るように言っておいたのに。
「入るとこ、ない…」
状況は、さらに最悪だった。
更衣室の中は狭いどころか、和衣たちが入れるスペースすらない。
「じゃあ、トイレ行って着替えてくれば? 個室入って」
「あ、そっか」
睦月の提案に和衣は顔を輝かせたが、愛菜は微妙な顔をしている。
「別にトイレで着替えてきてもいいけど、着替え終わった後、カズちゃん、女子高生の格好で、ここまで来れる?」
「………………」
更衣室からは、ステージに上がるための通路に繋がる出入り口があるので、体育館にいる人たちに見られず、ステージ裏の集合場所まで行けるが、少し離れた位置にあるトイレからは、そういうわけにはいかない。
どうしたって、人目に付かないようにステージには行けないし、第一、男子トイレでは愛菜たちが入れない。
「誰か、準備終わるの、待つ?」
「でもみんな、時間までここにいそうじゃない?」
「う…」
いくら乗り気でも、コンテスト前に、女装した格好で、いろんなところをウロチョロしたがるヤツなんて、そういないだろう。
時間も微妙にあるようで、何かするには微妙に足らない感じだから、眞織の言うとおり、みんな出番まで、ここにいそう…。
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僕らの青春に明日はない (66)
「いや、無理でしょ、むっちゃん…」
無理やりでも、入れるものなら入りたいが、そうする隙間もない感じ。
しかも、中にいる人たちが、早くドア閉めろよ、といった目で、和衣たちのことを見ているから、居た堪れない。
「やっぱ、トイレ行ってきなよ」
「うぅー…」
寝坊したのは自分が悪いんだし、こればっかりはどうしようもない。
いくら和衣がかわいくても、これから女の子の格好をするとしても、女子更衣室に入るわけにはいかないんだから。
「カーズーくん!」
「ぅん?」
コンテストが始まる前から、テンション下がりそう…と、和衣が落ち込み掛けたときだった。
明らかに自分を呼ぶ声だったのに、顔を上げた視線の先にいたのは女子高生。
和衣の思考が、ピタリと止まる。
そして。
「………………、真大!?」
更衣室の奥からやって来た女子高生は、紛れもない、真大だ。
「うわー…女子高生…」
栗色のロングヘアのウイッグを被った真大は、和衣が着る予定の制服とは違う色のカーディガンとスカートを着ていて、胸元もリボンではなくネクタイだったが、間違いなく女子高生だった。
最初愛菜は、ウイッグを被って出場するくらいだから、そうしなければ真大は女の子に見えないのだろうと高を括っていたが、実際に会ってみると、薄く化粧した真大は、一瞬、本当に女の子かと思ってしまうほどで。
それが、薄れ掛けていた愛菜の闘争心に、密かに火を点けてしまった。
「もう着替えたんだ…」
「うん。てか、カズくんこそ、まだ着替えてないんだ?」
「う…」
他意のない真大の言葉が、和衣の胸に刺さる。
無邪気な分だけ、いっそう深く。
「えっと…あのー…」
何と答えていいか分からず、へどもどしてしまった和衣に、隣で睦月が溜め息をつく。
こんな質問に答えられないようでは、本番でステージに上がったときに、どうなることやら。
睦月は本当にステージに上がって、和衣に質問してくるヤツを片っ端から殴っていかなければならないかもしれない。
「着替える場所ないの?」
「え…あの、まぁ…」
「俺が使ってた場所、使う?」
「えっ!? いいの? だって真大…」
とっても有り難い申し出だけど、そうすると、着替え終わった真大は一体どこに行くというのだろう。
まさか、女子高生の格好のまま、更衣室から出ていくつもりなんじゃ…。
「いいよ、使って。俺、時間まで、外回ってくるし」
やっぱり!
真大がコンテストに出ると知ったときから思っていたことだが、どうして真大は女装に対して、こんなにノリノリでいられるのだろう。
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僕らの青春に明日はない (67)
まだ戸惑っている和衣の腕を引いて、真大は奥へと連れていく。
「真大…ホントにいいの? 外行くって…」
「エヘへ、翔真くんと一緒に行くって約束してあるんだー」
とっても嬉しそうに真大はそう打ち明けてくれるが、女装した格好で、恋人と一緒に外を回るって……そんなに嬉しいの? と和衣は密かに思う。
何となく、お互いに恥ずかしい気がする…。
「カズ、おはよ」
「ショウちゃん…」
もうおはようの時間ではないけれど、真大が準備するのに使っていた場所に行けば、女の子たちが後片付けをしている傍らに翔真がいた。
「次ここ、カズくんたちに譲ってもいいよね?」
「ウチらはもう終わったからいいけど」
メイク道具をしまい終えた女の子が、「どうぞ」と和衣たちに場所を譲ってくれる。
「じゃ、俺ら、ちょっと行ってくるね?」
「いいけど、時間までにちゃんと戻って来てね?」
「大丈夫、大丈夫。翔真くん、行こ?」
女子高生になり切っているのか、この格好でこのノリなら誰にも怪しまれないと分かってやっているのか、真大は翔真と腕を組むと、首を傾げてその肩に頭を置いた。
完全に女子高生と、その彼氏。
(そっか、女の子の格好してると、人前でこういうことしても、変に思われないんだ…)
羨ましいような、寂しいような、複雑な気持ち。
要は、その隣に並ぶのが本当に女の子だったら、誰も何も思わないのだ。
でも自分は男で、そのままの姿でやれば何となく変に見られるし、人前で腕が組みたいからって女の子の格好をしても、こうしたイベントでもなければ、そんな格好をすること自体、ちょっと不審に思われてしまうわけで。
「だから、今のうちに楽しんどけばいいじゃん?」
和衣の気持ちを見透かしたように、睦月がポツリと言った。
愛菜と眞織はすでに支度を始めているし、翔真は真大に腕を引かれて出ていってしまっていたから、和衣以外にその言葉が聞こえた人はいなかった。
「普段は出来ないんだから、女装しても変に思われない今のうちに、ゆっちと腕組むなり、手繋ぐなり、いろいろしとけばいいじゃん?」
「むっちゃん…」
もしかしたら真大も、ずっとそんな思いだったのだろう。
いくら真大が、無邪気で無鉄砲な性格でも、人前で男同士イチャイチャしていたら変に思われかねないことくらい、分かっているはずで。
だからこそ、今このチャンスを生かしているのかもしれない。
「…そだね。がんばる」
和衣は睦月に笑い掛け、受け取った衣装に着替え始めた。
真大から譲ってもらったスペースも、そんなに広いわけではない。睦月は邪魔にならないように端のほうによけて、おにぎりを広げた。
はっきり言って、一緒に来たからといって、睦月に何が出来るわけでもない。第一、着替えたりメイクされたりするところを見ているだけで、和衣に『見ないでよ~』と言われるのだ。
一体何のために、付いて来させたのか。
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僕らの青春に明日はない (68)
先日と違って、周りには人が大勢いて、そのみんなが自分と同じ境遇とはいえ、和衣は何だか落ち着かないのか、ひどくそわそわソワソワしているように思えた。
ここが女装コンテスト参加者の更衣室(兼 成り行きからなってしまった控え室)だから当然なのだが、周りには女の子の格好をした男子がいっぱいいて。
改めて、変な空間だなぁ、と睦月は思う。
和衣や真大のように、女子高生の格好をしている人もいれば、いわゆる私服的な格好もいる。ウケ狙いなのか、ナース姿やメイドさんのヤツもいて、しかもそれがガチムチ系の男だから、失笑するしかない。
睦月は勝手に、あれは敵じゃない、あっちはライバルかも…と、参加者を判定する。
だって和衣がこんなにがんばっているのだから、優勝が無理でも、せめて3位までには入ってもらいたい。そして旅行券を獲得し、祐介と一緒に旅行に行ければ、和衣の気持ちも晴れるのに。
(今のところ、一番のライバルは……真大かな)
見た目も完璧に女の子だったし、何よりノリから来る雰囲気が、もうすっかり女子高生だ。
それにもしかしたら、ここにはいなくても、もっとパーフェクトな女装をしているヤツがいるかも…。
いや、でも、和衣の女装も結構いい線を行っていると思う。
ただ和衣は、他の参加者に比べて乗り切れていないし、アドリブにも弱いから、ステージに立った後のことを考えても、分が悪いかもしれない。
「カズちゃん!」
「…ふぇ?」
2個目のおにぎりを食べ終わった睦月が、すくっと立ち上がって、和衣の前に立った。
ちょうどマスカラを塗ろうとしていた愛菜も、ビックリして睦月のほうを見た。
「何ボケっとしてんの! ちゃんと気合入れなよ!」
「え? え? うん…。え?? むっちゃん、どうしたの…?」
ガッシリと和衣の肩を掴んで、睦月が力強くそう言うものだから、和衣だけでなく、愛菜と眞織も、どうした? という顔をする。
今までの睦月といったら、一応和衣の応援はしているものの、基本的にはちょっかいを出すことのほうが多かったし、今日だって、準備に一緒に付いてくる気も全然なかったくせに。
「カズちゃん、気合が足んないよ! 何してんの!?」
「…………」
なぜか突如、漲るようにやる気を出した睦月に、和衣は口をポカンと開ける。
「むっちゃん、どうし…」
「もっとシャキッとする!」
「は…はいっ」
分からないけれど、とりあえず、元気な返事だけはしておかないと、何だか怖い…。
和衣の返事を聞いて睦月は満足したのか、さっさと先ほどいたところまで戻って行った。
「むっちゃん…??」
睦月の謎の行動を理解できた者は1人とおらず、みんなで首を傾げるしかない。
けれど睦月的には、おにぎりを食べながら思っていたことを、みんなに伝えた気になっているから、自分の行動でみんながキョトンとしているなんて、思ってもいない。
とにかく和衣には、がんばってもらいたいのだ。和衣自身のために。
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僕らの青春に明日はない (69)
「あ、亮、お帰り」
和衣のアイメイクを再開したところで、お使いに行かされていた亮が、祐介と一緒にやって来た。
手にはショップのバッグ。和衣が本番で履くためのローファーだ。
亮はそれを眞織に渡すと、睦月のそばに行く。
祐介も邪魔になったらいけないと、よけようとしたが、和衣に服の裾を掴まれたので、和衣のそばにいることにした。
「亮、ゆっちと一緒にお使いして来たの?」
「お使い? あぁ、まぁうん、お使い。カズが履く靴だって。てか、むっちゃん、口んとこ海苔付いてるよ? おにぎり食べた?」
「今食べ終わった」
甲斐甲斐しく亮は、睦月の口元に付いていたおにぎりの海苔を取って上げる(先ほど睦月に迫られたときに和衣も気付いたのだが、とても言える雰囲気ではなかった)。
今回和衣が履く靴は、先日愛菜たちが買い物に行ったとき、取り寄せならサイズがあると言われたものだ。
ネットで買うという手もあったが、帰ってから探して、もしいいのが見つからなかったら面倒くさいら、その場で注文して来たのだ。
届くのが本番当日というのがネックだったが、自分たちが準備をしている間に、亮たちに取りに行かせればいいと判断して。
しかし。
「はっきり言って、超羞恥プレイだったから!」
「そうなの?」
亮が持っていたペットボトルのお茶を分けてもらいながら、力説する亮を笑って見ている。
「普通の靴屋だと思ってたのに、なんちゃって制服の店だったし!」
「え」
なんちゃって制服の店といったら、最初に、衣装を買いに行くのに和衣を連れて行こうとして、逃亡を図られたあの場所だ。
女装をするはずの和衣ですら、結局は行かなかったのに、そこに亮が行って来たというのか。祐介と連れ立って。
「亮、制服ショップで靴買って来たの?」
「はい」
「ゆっちと一緒に?」
「…はい」
頼まれたとき、そこがなんちゃって制服の店だとは思ってもみなかったのだ。言い忘れたのか、わざと言わなかったのか知らないが、愛菜も眞織も何も言わなかったから。
しかし、普通の靴屋だとしても、プレゼント用でもない女の子の靴を1人で買いに行くなんて、一体何の辱めかと思う。
だって、いくら注文したのが愛菜たちだったとしても、サイズは26.5cm。もしかしてこの人、自分で履くの? とか思われたら堪らない。
かといって、『これ、友だちが女装コンテストで使うんで』とか言うのも、だから? みたいな報告だし。
だからいっそ、同じ屈辱を誰かと分かち合おうと、白羽の矢を立てたのが祐介で、無理やり言われた店に連れて行ってみれば。
「なんちゃって制服のお店だったんだ」
「はい…」
単に靴を受け取るだけ出ない、更なる辱めが2人を待っていたのだ。
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僕らの青春に明日はない (70)
「あはは、不審者だ」
店の前まで着た瞬間、騙された! と2人はすぐに思ったが、ここまで来て引き返すわけにはいかなくて、変態だと思われるのを覚悟で店内に入ったのだ。
恥ずかしいのは一瞬だけ、もう2度と来ることもないだろうから、変態とでも何とでも思ってくれ! とヤケになったが、店員さんの視線を浴びた瞬間、変態ならまだしも、不審者と思われたらマズイと気が付いた。
だって、万が一通報とかされてしまったら…――――本気でそう思った。
「ギャハハハ、なんちゃって制服のお店で逮捕! とか、超間抜けなんだけど!」
「もう、笑い事じゃないんだからね、むっちゃん」
「そんなとこで捕まっちゃったら、完全に変態だよねー」
睦月が気持ちよく寝ている間に、そんなことがあったとは。
亮と祐介には申し訳ないが、おかしくて仕方がない。
「イヒヒヒ、フハハハ!」
「むっちゃん、笑い過ぎ!」
しかも何か笑い方、変だし。
しかし睦月は、なんちゃって制服ショップで挙動不審になっている亮と祐介を想像したら、笑いが止まらない。
一体どんな顔で、会計とかして来たんだろう。
イケメンのくせに、彼女の尻に敷かれてんの? とか思われたのだろうか。それとも、靴のサイズからして、もしかして自分で履く気? とか思われていたりして。
きっと2人が帰った後、女子高生店員さんたちは、彼らの話題で持ち切りだったに違いない。
「ねぇねぇ亮ー、またお使い頼んでもいいー?」
「イヤ」
睦月が腹を抱えて笑っていたら、財布を手にした眞織がやって来た。
しかしその掛けられた言葉に、亮は即行で拒絶する。
もう騙されるもんか。
あんな羞恥プレイ、一生に1度で十分だ。
「お願い。お昼、何か買ってきて」
「え、お昼?」
「カズちゃん、お腹空いたって。よく考えたら、何も食べてなかった」
そういえば、亮が作ってくれたおにぎりを食べた睦月と違って、ここに来てすぐ準備に取り掛かった和衣は、昨日の夜ごはんを食べて以来、何も口にしていない。
実はずっと言おうと思っていたのだが、寝坊した自分に非があったので、和衣は言い出せずにいて。
しかし、とうとう我慢できなくなったのと、もしこのまま何も食べずにステージに上がって、お腹が鳴ってしまったら、恥ずかしくて耐えられない! と、お腹が空いていることを打ち明けたのだ。
「カズちゃんも、真大みたいに、その格好で行ってくれば? ゆっちと」
「う、ぐ…それは…」
確かにそれは、和衣もチラッと思ったことだ。
この格好なら、堂々と祐介と腕を組んで行くことだって出来る。
でも。
「やっぱ恥ずかしい…」
どうにもそれは決心が付かず、和衣はガックリと項垂れた。
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僕らの青春に明日はない (71)
「お米食べたいー」
そういうことなら仕方がないと、お金を出そうとした眞織に、それはいいと断って、亮は立ち上がった。
なんちゃって制服ショップに行ったことを思えば、おにぎりを買いに行くことなんて、全然大したことはない。
「なるべく急いでね。食べる時間なくなっちゃったら意味ないんだから」
「りょーかい」
「俺も行くー」
もう祐介も来たし、一緒にいなくてもいいよね? と、睦月はパタパタと亮に付いていった。
「おにぎり買う? おにぎり買う? お菓子は?」
「むっちゃん、さっき食べたばっかなんでしょ?」
「アイス食いたい」
亮だってそれほど気を付けているわけではないが、とくに睦月は食生活がいい加減で、空腹を感じたときにお腹がいっぱいになれば何でもいい、というスタンスだから困る。
平気で、お菓子でお腹いっぱいにしようとするし。
「アイスー」
「はいはい」
もしかして睦月、亮と2人になりたいからでなくて、アイスが食べたいから付いて来たとか?
(…………。だろうなぁ…)
アイスアイス~、と妙な節を付けて歌っているご機嫌な睦月を見ながら、やっぱりアイス目当てなんだろうなぁ、と亮は思う。
最近でこそ、"むっちゃん"と呼んでも嫌がられなくなったけれど、その地位が特別上がったようにも思えない。
そこが睦月らしいのだが。
「さっきねぇ、真大、女子高生の格好で、ショウちゃんと一緒に出てったんだよー」
「え、マジで?」
「準備終わったって、カズちゃんに場所譲ってくれてー、そんでショウちゃんと一緒に外回ってくるって」
「あぁ、それでさっきカズに、祐介と一緒に行けっつったんだ?」
「…ん。まぁカズちゃんのことだから、行かないとは思ったけど」
即答で嫌だと言わなかっただけ、少しは心が強くなったのだろうか。
けれど、真大と翔真の2人と違って、和衣と祐介では、何だか却ってギクシャクしそうな気もするが。
「でも、こういうイベントとかで女装してなくても、普通に手繋げたらいいのにね」
「…そだね。…………、亮、早くアイス買おうよ。遅くなると、愛菜ちゃんたちに怒られる」
「アイスじゃなくて、おにぎりでしょ」
「アイスも買うの」
「うん」
亮はコツンと、隣を歩く睦月の手の甲に、自分のをぶつけた。
「カズちゃん、優勝しないかなー。そしたら、ゆっちと旅行行けるのに」
「そうだな」
「俺、旅行て、面倒くさいから、あんま好きじゃないー」
「そうなの?」
「でも亮が連れてってくれるなら、行ってもいいよ?」
亮の顔を覗き込んだ睦月が、ニパッと笑った。
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僕らの青春に明日はない (72)
「じゃ、カズちゃん。こっからは1人だけど、がんばってね!」
「気をしっかり持って!」
「う…うん!」
ステージに上がるための、隣にある準備室には、コンテスト参加者しか行けないことになっているため、愛菜たちが付いていられるのは、この更衣室まで。
まるで今生の別れのように、ガッシリと手を取り合っている和衣と愛菜と眞織。
一体何なんだろう、この光景。
「じゃ、行ってくるね~」
そんな和衣たちとは対照的に、まったく軽やかに挨拶をして、また明日ー、みたいな感じで手を振っているのは真大。
時間が近づいたので、戻って来たようだ。
「真大、パンツパンツ…!」
ステージ横の準備室に行こうとする真大を、一緒に戻って来た翔真が慌てて引き止めた。
短いスカートの裾が変に引っ掛かって、後ろ姿パンツ丸見え状態だったのだ。
和衣が散々パンツが見えると言われても、ここまで大胆に丸見えにはなっていなかったが、それでも真大は気にしていないのか、豪快に笑っている。
「お前、バカ、しっかりしろよ!」
「キャハハハー」
翔真が必死にスカートを直してやっても、真大はまだケラケラしていて。
このハートの強さの、10分の1でも和衣にあれば…と、思わずにはいられない。
「てか、ゆっちもちゃんとお見送りしなよー」
「ちょっ…」
睦月は、隣でボケっと突っ立っているだけの祐介の背中を、ドンッと押した。
「亮、行こ?」
「え、あ、うん」
祐介、置いてけぼり?
でもまぁ、みんなでガンバレガンバレと言うのは、和衣にはちょっとプレッシャーになりそうだし、やっぱり祐介が言ってあげないことには始まらないから、亮は睦月と一緒に更衣室を出た。
「ねぇねぇ、せっかくだから、真ん前に座って、見ようよ」
「真ん前?」
「超ど真ん中」
ニヤリと睦月が笑って見せる。
その顔は決して、前のほうでカズちゃんのこと応援しようよ~、というかわいらしいものではなくて、おもしろいからカズちゃんのこと、じっくり見てやろうよー、というのがすっかり表れている。
「お待たせ」
「愛菜ちゃん、前行こ? 真ん前でカズちゃん見よ?」
「え、真ん前? マジで?」
和衣のお見送りを終えて出て来た愛菜たちは、真ん前で見よう! と張り切る睦月にちょっとビックリする。
今朝、ここに来るまでの睦月は、ちょっかいは出しても、そんなに一生懸命に応援しているようには見えなかったのに、なぜか今になって、俄然やる気を出ている。
「マジで。ゆっちだって前のがいいでしょ? いいよね? ね?」
「えぇ? あの、まぁ…」
「はい、前行こー」
睦月は勝手に祐介の背中を押して、前のほうへと向かってしまった。
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僕らの青春に明日はない (73)
亮と睦月が更衣室を出て、愛菜と眞織に見送られ、最後に祐介にがんばって、と声を掛けられた後、和衣はとうとう1人になってしまった。
ステージに上がるため、横の準備室には参加者が全員集めさせられていたが、知らない人ばかりだから、はっきり言って、すごく心細い。
なのに。
「カズくん、カズくん。もうすぐだね。お客さん、どのくらい来てるかな」
真大はそんなこと少しも気にならないのか、ドキドキしまくっている和衣に無邪気に話し掛けて来る。
それどころじゃないのに~~~!! と思っていても、和衣は言えない。
「翔真くん、どの辺に座ってるかな。手とか振ったら、怒られちゃうかな? …………カズくん?」
1人で勝手にベラベラ喋っていた真大は、ようやく和衣が何も言えずにガチガチになっていることに気が付いた。
「カズくん、大丈夫? 緊張してんの?」
「しっ…してな…」
声が裏返って、まともに返事も出来ない。
本番はこれから。まだステージにも上がっていないのに。
しっかりと閉じて立っていなさい、と言われていた足も、ガクガクと震え出す。
「カズくん?」
「や…やっぱ、緊張、するっ…!」
「大丈夫?」
真大の言葉に、和衣はブンブンと首を横に振る。
全然、大丈夫じゃない。
もうダッシュで逃げ出したい。
「カズくん、深呼吸、深呼吸。はい、吸って、吸って、吸って」
「はっ…く、んっ」
「吸って~」
「ッ、んっ、ふ…、――――て、いつ吐くの!?」
まったく素直に、真大の言葉どおりに、息を吸い続けていた和衣は、とうとう苦しくなって息を吐き出した。
ノリ突っ込みにもなっていない、本気のボケだ。
「じゃあね、手のひらに"人"て字、3回書いて、飲み込むのは?」
「人…」
「間違って"入る"て字、書かないでね?」
「書かないよ!」
それでも和衣は慎重に、手のひらに"人"という字を書き始める――――が、書いたところでピタリと止まった。
「どうしたの?」
「これってさ、1回書くごとに飲むの? それとも3回書き終えたら飲むの?」
「え…えー…」
人前で緊張なんてしないタイプの真大は、『手のひらに"人"という字を書いて飲み込む』という方法を、何となく世間一般的なこととして知っているだけで、実際に自分が試したことはない。
言われてみれば確かに、『手のひらに"人"という字を書いて飲み込む』というだけでは、どのタイミングで飲み込んでいいのか分からない。
分からないけれど、そんなに真剣に悩むようなことでもないと思う。
だが、和衣は本気で困っているようで、どっち? どっちなの? と真大に詰め寄って来る。
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僕らの青春に明日はない (74)
他に何か方法……観客をカボチャだと思え、だっけ?
でも和衣の場合、カボチャになんか見えるわけがない! とか言いそうだ。
「真大、真大ぉ~」
「んーと、んー…だって、そんなの思い付かないし!」
「ヤダヤダ、緊張する~」
「しない、しない」
「する~!」
どうしよぉ~と、泣きそうな顔で喚くこの人は、1つとはいえ、本当に年上だろうか。
真大は一人っ子だからよく分からないけれど、弟がいたらこんな感じなんだろうかと、ふと思う。しかも絶対、1つとか2つの年の差じゃない、もっとずっと年の離れた弟だ。
「あ、カズくん、もう始まる!」
「嘘!?」
2人してわちゃわちゃしているうちに、とうとう時間が来てしまったらしい。
ステージのほうから、司会者の声が聞こえる。
「ヒッ…。ど、しよ…」
「行くしかないじゃん。はい、カズくん、笑って!」
「…っ、ん!」
コクンと頷いて、和衣は必死に笑顔を作ったが、どう見ても引き攣っている。
出場者はステージに上がるようにと、司会者の声がする。参加者がそれなりに多いので、時間を節約するため、一斉にステージに出るのだ。
「カズくん、行くよ!」
「え? え、ちょっ真大!?」
突然真大にガシリと手を握られた和衣は、何か言い返す間もなく、そのまま真大に引っ張られて、ステージに連れられて行ってしまう。
(な…何で俺、真大と手繋いでんの…!?)
ただでさえパニックを起こしていた頭が、さらにグルグルしてくる。
しかしこれは、真大の最終手段だった。
何を言ってもグズグズしている和衣には、絶対にちょっと荒治療が必要だ。もう無理やりでも何でも、ステージに立たせて、度胸を付けさせるしかない。
「ちょっ…真大、手…!」
ステージに置かれた台の上に出場者は1列に並んで立たされて、それでも真大が手を放してくれないから、和衣は困ってしまって、もう泣き出しそう。
エントリー番号順に、インタビューが始まる。
真大が7番で、和衣が8番。
これで1番や2番だったら、本当に何を答えていいか分からないところだったが、適度に後ろのほうだったので、みんながどんな質問をされて、どんなふうに答えているか参考にしようと思ったのに、もうそれどころではない。
「カズくん、笑顔、笑顔」
「む、無理…!」
「ホラあそこ、彼氏見てるよ」
「え!?」
もう、人のインタビューを聞くどころではない。
コソコソと話し掛けてくる真大が客席を指差すので、釣られてそちらに目を遣れば、何列も置かれているパイプ椅子の客席の、最前列、しかもど真ん中に祐介はいた。
隣には睦月や亮、愛菜と眞織もいて、その視線に、却って緊張が増してしまう。
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僕らの青春に明日はない (75)
「無理くないの! 旅行券ゲットして、彼氏と旅行、行こ?」
「……!」
祐介と旅行。
和衣が、折れそうな心を何とか奮い立たせてきた、目指すべきもの。
優勝……は無理でも、3位までに入って、旅行券を獲得して、祐介と旅行に誘う! そのために和衣は恥ずかしいのを我慢してきたのだ。ここで無理だと泣いていては、今までの苦労が、それこそ水の泡だ。
「がんばる…」
それはそれは小さな声で和衣が決意を述べたところで、『エントリーナンバー7、高槻真大さんでーす!』という声に、インタビューが真大の番まで回って来たのが分かった。
そしてそれと同時に、和衣は、他の人が何と答えていたか、全然聞いていなかったことに気が付いた。
(ヤバイ、どうしよ…)
とりあえず真大が何て答えるか、聞いてなきゃ……と必死になっていた和衣は、自分がまだ真大と手を繋いだままでいることなんて、すっかり忘れていた。
だから司会者が真大に、『どうしてお2人は手を繋いでるんでしょう!?』とテンション高く聞いた瞬間、ハッと我に返って手を解こうとしたのに、真大が手を放してくれないから、余計に慌ててしまう。
「ちょっ…真大!」
「いいじゃん、仲良しなんだから。ねっ?」
「あぅ…」
真大にニッコリと笑い掛けられ、うまい言葉も返せない和衣は、結局、真大のなすがまま。
手を解くことも出来ずに、仲良しこよしをアピールされてしまった。
『では続いて、エントリーナンバー8、九条和衣さんで~す!』
「えっ、もう!?」
いつの間にか真大のインタビューも終わっていて、何も心構えが出来ていないうちに、自分の番になってしまった。
しかも、自分にマイクが向けられていることを全然意識しないで喋ったものだから、『もう!?』とビックリした和衣の声が、しっかりとマイクに拾われてしまっていて。
『もうですよ~』
みんな女装に合わせて、それなりにキャラを作っているというのに、和衣がまったくの素なものだから、司会の人も、会場も笑い出した。
それだけで、和衣の心は折れそう。
(もう無理、もう無理、もう無理だから、次行って~~~~!!!)
名前を紹介されただけで、まだ何のインタビューにも答えていないのに、もうおしまいにしてほしくて、和衣はブンブンと首を横に振った。
『九条さん、ずいぶん緊張していらっしゃるようなんで、サックリ行きましょうね~。じゃあ、今日のアピールポイントをどうぞ!』
和衣の緊張が分かったのか、司会者も気を遣って簡単な質問にしてくれたのだが、そうだとしても、和衣はすぐに答えが出て来ない。
だって、何がアピールポイントかなんて、そんなの知らない。
「あ、ぴーる…」
すっかりパニックの和衣は、アピールてどういう意味だっけ!? という、根本的なことまで考え出してしまって。
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僕らの青春に明日はない (76)
ポイントといえば、今履いているハイソックスにに付いている。
5足あるソックスの、どれも同じかと思ったら、みんな違う刺繍がしてあって、愛菜に『めっちゃかわいくない?』と言われたのだ。
『九条さん?』
「ポ…ポイント……靴下に…」
『ん?』
「靴下に付いて、る…」
『………………』
やっとの思いで和衣が答えたのに、なぜか司会の人が固まっている。
それがどうしてなのか分からない和衣も、やはり固まるしかなくて。
「カズくん、カズくん、ワンポイントじゃなくて、アピールポイントだよ!」
「え、」
隣の真大が、ようやく和衣が言わんとしていたことに気が付いて、慌てて教えてあげた。
その言葉に、司会者も会場も和衣の勘違いに気が付き笑い出したが、肝心の和衣本人は、もう頭の中が真っ白で、何が何だか分からない。
とりあえず、みんなが笑っているのは、きっと和衣が変なことを言ったからだと思って、ますます恥ずかしくなる。
「えと、えと……ゴメンなさいっ!」
ちゃんと答えられなくてゴメンなさい、バカなことばっかり言ってゴメンなさいっ! と、和衣はブンッと勢いよく、頭を下げた瞬間。
――――――グワァンッ!
「イッ…ター…」
前もロクに見ていなかった和衣は、頭を下げた拍子、司会者が持っていたマイクに、剥き出しのおでこを思い切りぶつけてしまった。
もちろんその音は会場中に響き渡っているし、和衣が反射的に繋いでいた手を解いて、おでこを押さえて蹲るから、みんな、何が起こったかすぐに悟った。
「うぅ…痛いー…」
まったく、昔のコントそのもの。
しかしそれを、狙ってでなく、天然でやってしまうのだから、笑いが起こらないわけがない。
会場中が爆笑に包まれ、和衣はもう本当に居た堪れなくなってしまった。
「カズくん、大丈夫!? 立てる!?」
「立てな…恥ずかし…」
おでこが痛いのもそうだけれど、恥ずかしすぎて顔も上げられない。
そんな和衣の前に回って、真大は顔を覗き込もうと身を屈めた――――が、今度はそんな真大の行動に、会場中が笑い出す。
『高槻さん、パンツパンツ…!』
真大は最初から気にしていなかったので、今も全然気になっていないが、短いスカートで会場のほうにお尻を向けて身を屈めれば、当然パンツは丸見え。
今日の出場者の中で、見た目はきっと1,2を争うほどの美少女に変身した真大なのに、その豪快な行動と、思い切り男の子仕様のトランクスというギャップに、みんなおかしくて堪らないのだろう。
「カズくん、立って、ホラ、パンツ見えちゃう!」
いや、それはお前のほうだろ、とみんなが突っ込む。
パンツ丸見えの子に、パンツ見えちゃう! と指摘されても、一体何の説得力があろうか。
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僕らの青春に明日はない (77)
「うー…」
司会の人も肩を貸してくれて、和衣はようやく立ち上がることが出来た。
「えーっと、今の頭突きで、質問の答え忘れちゃったみたいなんで、次行っちゃってくださーい!」
どうぞー! という感じで、真大が次の出場者のほうを指すので、司会者も笑いながら、和衣の隣に移動した。
「カズくん、大丈夫…?」
「ゴメ…真大…」
「痛い? あとで彼氏にナデナデしてもらおうね?」
そう言って真大は、先ほど振り解かれてしまった手を、もう1度繋いだ。
再び手を繋ぎ直す必要なんてないのだけれど、和衣はもうそんなことを考える余裕もなくて、大人しく真大と手を繋いでいた。
しかし、そんな余裕なしの和衣はもちろん気付いていないが、和衣の後ろにはあと10人くらい出場者がいて、その誰もが内心穏やかではなかった。
何しろ、和衣と真大でこんなに笑いを取ってしまったのだ。同じネタは通用しないし(和衣的にはネタでなく本気だったが)、寒い答えもしたくないが、あれ以上の笑いを取る自信もない。
中にはウケ狙いで、ゴツい体に無理やりメイド服や露出度の高い衣装を着けた者もいたが、和衣たちの後では、それもいまいち盛り上がりに欠けた。
そして結局、みんな無難な答えしか言えず、とくにインパクトも残せないまま、インタビュータイムは終わってしまった。
「もう終わり? 俺もうお家帰っていいの?」
「まだ、まだ。これから投票とかだよ」
もう帰ろうよ、と勝手に台を下りようとする和衣を、真大が引き止める。
無意識で、無自覚で、無防備なのに、無敵。
まさに和衣は、そんな子なのだ。
『ではみなさん、投票が終わるまでの間、最後のアピールをしちゃってくださ~い!』
審査は、会場に来ているお客さんの投票による。
席に着いている人に投票用紙が配られるほか、会場の入り口でも配布しているので、誰でも自由に投票が出来て、最終的に得票数の多かった人が優勝ということになる。
みんな最後の足掻きとばかりに、思い思いにアピールをしている中、和衣だけが「帰る、帰る~~~~」と駄々を捏ね、真大に「もうちょっとだから!」と宥められている。
女装コンテストの参加者なんて大抵、悪目立ちをしたいか、賞品目当てのどちらかだから、みんな投票が終わるまでがんばるものだ。
まさか和衣のように、ステージに上がってまで帰りたがっている者なんて、めったにいなくて、だからこそ、帰りたがる和衣と、それを引き止める真大は、相変わらずステージの上で目立ちまくっている。
「カズくん! ホラ、手振ろう? 投票してー、て」
「やぁ…!」
「旅行券! 彼氏と旅行!」
「ッ!」
和衣を釣る手段は、もはやこれしかない。
賞品の旅行券のことをチラつかせると、和衣はハッとして、大人しくなった。
「お手振り、お手振り」
真大に言われ、和衣なりにがんばって笑顔を作って、手を振る。
もはや、真大と手を繋いでいる理由なんて、どうでもよくなっていた。
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僕らの青春に明日はない (78)
「振って、ない…」
「振りなよ」
そう言われても、祐介のほうを向くのも何だか恥ずかしくて、ステージに上がった最初に、真大に言われてそちらを見て以来、視線すら向けていなかった。
それに、単に恥ずかしいというのもあるが、ステージ上がってからの数々の失態に、きっと愛菜と眞織が凄く怒っている…! と思ったら、怖くて見れないのも事実だ。
(一生懸命謝ったら、許してくれるかなぁ…)
きっと旅行券は無理だろうから、どんな償いをしたら、許してもらえるだろう。
精一杯に手を振りながら、和衣は纏まらない思考で、謝罪の言葉を考えていた。
***
投開票が終わり、とうとう結果発表が始まる。
司会者が結果の書かれた紙を受け取り、大げさなまでに恭しい態度でそれを広げ、わざとらしく咳払いをするから、会場からも笑いが漏れるが、和衣はそれどころではない。
参加賞以外の賞品が出るのは5位以上だが、順位は最下位からすべて発表されるので、和衣は、旅行券は無理でも、せめて最下位だけにはなりませんように! と、お祈りしなければ。
和衣が必死にお祈りをしていたら、会場がどよめいて、和衣の隣にいたゴツいメイドさんがペコリと頭を下げた。どうやら彼が最下位だったようだ。
(よ…よかった…)
最下位にならなかったというだけで、和衣はホッと気が抜けて、その場にへたり込みそうになってしまう。
どうせ旅行券なんて無理だから、順位が発表されるたびに拍手をしているだけでいい。あとは、愛菜たちへの言い訳を考えるのと…。
(でも…何て言おう…)
何か言い訳するまでもなく、愛菜も眞織も、和衣のダメダメっぷりを見ていたのだから、何を言っても無駄な気もするが。
(あーもぉヤダよぉ…。こんな恥ずかしい思いして、愛菜ちゃんたちにも怒られて、一体何のためのコンテストだったんだろ。祐介にはがんばるって言ったけど、全然がんばれてないし、……はぁ…)
根本的にネガティブな和衣は、1度考え出すと、悪いほうへ悪いほうへと、物事を考えがちだ。
だから、会場がどんどん盛り上がっていくのとは全然比例せず、和衣の気持ちはどんどん下向きになっていく。
(もう拍手する元気もない…)
はぁ…と、溜め息とともに、和衣は気の入っていない拍手すらも、やめてしまった。
大体、投票はもう終わったのだ。今さらアピールする必要もないのだから、もうステージから下ろしてほしい。
『第2位は――――九条和衣さんで~~~す!!!』
(もう帰りたい…。こっそり帰っちゃえばバレないかな。でも、愛菜ちゃんたちに…)
「カズくん、カズくん…!」
『九条さん、第2位ですよ~! 九条さ~ん!』
クイクイと隣の真大に腕を引かれるが、とてつもなく落ち込んでいる和衣は、まったくそれに気が付かない。
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僕らの青春に明日はない (79)
『九条さん、相当ビックリしちゃったみたいで、声も出ないみたいです~』
ボンヤリしている和衣を、2位になったことに驚いて呆然としているのだと勘違いした司会者が、そう言って会場を沸かせる。
しかし和衣は、それでもまだ何のことか分からずに、キョトンとしていた。
(え…俺が帰ろうとしてたのが、バレちゃったとか…? 怒られる…?)
『賞品の旅行券、8万円分です! どうぞ~!』
「………………。……え?」
"女装コンテスト第2位 おめでとう~"と、形式も何もない書き方をした熨斗袋を差し出され、和衣はわけも分からずそれを受け取る。
どういうこと? と、隣の真大を見れば、「カズくん、おめでとう~!」とパシパシ肩を叩かれる。
「え? ……え?? 2位?」
「カズくん、2位なんだよっ?」
「……え…。え、えぇ~~~~~~~~~!!!???」
受け取った賞品と、真大や司会者からのおめでとうの言葉の意味がようやく脳内に行き渡ったのか、だいぶタイミングを外して、和衣は素っ頓狂な声を上げた。
「なっ…嘘、何それ!」
『九条さん、ようやく我に返ったようです! さぁ、今の心境をどうぞ!』
「はぁ!? し…しんきょう、て何!?」
賞を取ったら取ったでパニックの和衣は、思ったままを口に出してしまうが、それもすっかりマイクに拾われ、会場中の爆笑を誘ってしまう。
『では一言、お願いします!』
「ひ…ひとこ…、あ、ありがとうござい――――うわぁっ!」
今度こそマイクに頭をぶつけないよう気を付けて、和衣はお礼を言うために一歩踏み出した――――ところまではよかった。
すっかり気が抜けて、自分が一段高い台の上に立っていることをまったく忘れていた和衣は、思い切り足を踏み外し、台から落っこちてしまった。
「イッター…」
お尻を強かに台にぶつけ、その衝撃と恥ずかしさに、和衣はペタリとへたり込んでしまった。
こんなつわものに、並大抵の人間が敵うわけがない。
『く…九条さん…?』
「お尻……痛い…」
別にそんな言葉を、第2位受賞の喜びの言葉になんて、したくない。
けれど司会者は、これ以上和衣から何か話を聞くなんて無理だと判断したのか、和衣が立つのを手伝うと、『ありがとうございました~!』と、和衣のそばを離れてしまった。
和衣は、最後の最後まで恥ずかしい思いをして、コンテストを終えたのだった。
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僕らの青春に明日はない (80)
「優勝で~す!」
イェ~イ! と、旅行券の入った熨斗袋を大きく掲げ、女子高生の格好のまま、みんなのところへ戻って来た真大とは対照的に、一緒に来た和衣は、心底疲れ切った表情をしていて、かなりのローテンションだ。
「カズちゃん、お疲れ~」
「よくがんばったよ~」
ヘトヘトの和衣のところに、愛菜と眞織が駆け寄って来て、2人して和衣に抱き付いた。
そう言えば、何も言い訳を考えてない! と和衣は焦ったが、愛菜と眞織は少しも怒っていなくて、それだけで和衣は救われた気持ちになる。
「カズちゃん、よくがんばったね、偉い偉い」
「えら…でも、ダメダメだった…」
「ダメじゃない、ダメじゃない」
マイクにおでこをぶつけるわ、台から転げ落ちるわ、ステージの上に立った自分は、まったくどうにもならないくらい、ひどいものだった。
終わってよかったとホッとされることはあっても、決して褒められるようなことはないのに。
「そんなことないって! カズちゃんが一番かわいかったし、一番アピール出来てたよ~!」
「あ、ぴーる…」
あれが、アピール?
和衣という人間をアピールするポイントが、あんなドジをすること? それってちょっと、複雑な気持ち…。
「でも投票する人に、どれだけ印象付けられるかでしょ? カズちゃん、ちゃんとそれが出来てたもん!」
「だからこその2位でしょ! がんばった、がんばった」
愛菜と眞織は、テストで100点満点を採った子どもを褒めるように、和衣の頭を撫でてやる。
かわいい女の子2人に抱き付かれて、たぶん男だったら誰しも今の和衣を羨ましがるだろうが、和衣としては、怒られなくてよかったけど、出来れば祐介に抱き締めてほしい~、なんて思ってしまった。
「これ…、りょ…旅行け、ん…」
これですべての役目は終わり。
商品である旅行券を愛菜に渡して、祐介のところに行こうとした和衣は、しかしとうとう足の力が抜け、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「カズちゃん、大丈夫?」
「む…むっちゃ~ん…」
立てなくなってしまった和衣の前に、睦月がしゃがんで目線を合わせてくれたので、和衣は思わず抱き付いた。
もう全然大丈夫じゃない。
和衣は、最初から最後まで、ずっと大丈夫なんかじゃなかった。
実際のところ、コンテストが終わってから、どうやってステージを下りて、ここまでやって来たのかも、よく分からないのだ。
「カズちゃん、よくがんばったね」
「俺、がんばった? ちゃんと出来てた?」
「何基準の"ちゃんと"かは分かんないけど、とりあえず、ちゃんと笑いは取れてたよ?」
「うぅ…」
そこは全然がんばる気なんて、なかったのに…。
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僕らの青春に明日はない (81)
「ぅ?」
そりゃ、あれだけのことをしたら、女装がどうこう以前に、笑われるに決まってるよね…と、和衣はステージでの失態を思い出して、また少し暗くなる。
そんな和衣の耳元で、睦月は声を潜めた。
「ゆっちの前で、俺なんかに抱き付いてて、いいわけ?」
「………………。ギャッ、ダメ!」
「うわっ!?」
睦月の言葉に、和衣は自分が今何をしているのか、今さらながらに気が付いて、ダメダメ~! と、思わず目の前の睦月を突き飛ばしてしまった。
「イッター…」
「あ、むっちゃん!」
「…カズちゃんのバカ」
「ゴゴゴゴゴメン!」
パニックになった和衣は、本当に何を仕出かすか分からない。
少しの親切心と、多大なるからかう気持ちで睦月は言っただけなのに、まさかこんなに思い切り突き飛ばされるとは。
「ゴ…ゴメンね、むっちゃんっ」
「…別にいいけど」
絶対にいいなんて思ってない! とはっきり分かるくらいに、睦月は不機嫌そうな顔で和衣から離れると、さりげなく祐介の足を蹴っ飛ばしていった。
「カーズくん! 一緒に写真撮ろっ?」
「わっ、真大っ」
今度こそ祐介のそばに……と思ったのに、次は背後から真大が飛び付いて来て、まったく身構えていなかった和衣は、いいように真大に振り回されてしまう。
「ね、写真!」
「写真?」
「うん。今ウチら、写真撮ろう、てなったんだけど、せっかくだからカズくんも一緒に撮ろうよ。みんなで撮ろ?」
せっかくだから、ということは、もちろんこの格好で写真を撮るということなのだろう。
女装姿をみんなの前で晒すのも恥ずかしいが、こんなものが写真になって、ずっと残るのは、もっとずっと恥ずかしい気がするのだが…。
「いいじゃん。記念、記念」
「何の記念!?」
「女装記念」
真大がシレッとした顔で言うものだから、和衣は反論の言葉を失う。
申し訳ないが、そんな記念日、和衣はいらない。
なのに真大は、「亮くんたちも、一緒に写真撮ろ?」と、さっさと周りに声を掛け始めている。周囲がそれに賛同すれば、ますます和衣は何も言えなくなってしまうのに。
「センパイ方も、一緒に写真写りましょう」
"人見知り"という言葉は、真大の中にはないのかもしれない。
バタバタしている和衣たちを笑って見ていた愛菜と眞織も誘っていて、結局、和衣と真大、そしてその女装に協力した人たち全員が、写真に収まることになった。
もちろん今日の主役である和衣と真大は、否応なしに真ん前の真ん中だ。
「翔真くん、並んで撮ろうよ」
どこに立とうかと迷っていた翔真の腕を引き、真大は自分の隣に座らせた。
すると、真大のメイクを担当していた女の子が、「そうやって並ぶと、真大くんと翔真さん、恋人同士みたい~」などと騒ぎ出し、真大も調子に乗って、翔真と腕を組む。
こういうノリのときは、楽しんだ者勝ちなのだ。
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僕らの青春に明日はない (82)
「イテッ」
後ろの列、隣で真大たちの様子を見ていた祐介の背中を、睦月がバシンと叩いて前に行かせる。
こういうとき、和衣も大概ぼんやりしているので、自分だって真大みたいに祐介と並んで写真が撮れるよう、ちょっとは考えればいいのに、睦月に背中を押されて隣に来た祐介に、心底ビックリした顔をしている。
「むっちゃん…」
和衣がこっそりと後ろにいる睦月を窺えば、睦月は意味深に和衣を見た後、わざとらしく視線を外した。
「カズちゃんたちは、腕組まないの?」
「へっ?」
もう撮影かな? と和衣が前を向いたところで、今度は眞織から意外なことを言われてしまう。
「向こうがカップルぽく写真撮るなら、カズちゃんだって、そうしなよ。カズちゃんの場合、清純系だから、祐介くんと合うじゃん」
「あー、そうね。亮の場合、女にだらしなさそうな感じだから、カズちゃんとはちょっと…」
亮を引き合いに出して、勝手なことを言う愛菜と眞織に、亮は一応、「うるせぇよ」と突っ込むが、もちろん聞く耳など持ってもいない。
何だかおもしろそうになって来たので、睦月も「ゆっちがやんないなら、俺がカズちゃんと腕組む!」と名乗りを上げれば、「それじゃ、幼稚園児2人組だから」と眞織に言われてしまった。
「だったら大人しく、ゆっちと腕組んでろよー」
隣同士に座ったというのに、なかなか腕を組もうとしない和衣と祐介に、睦月は冗談めかして促した。
和衣と祐介は、1度顔を見合わせてから、おずおずと腕を組む。まったく、一体どこまで初々しいカップルなんだろう。
「じゃ、撮りますよ~」
コンテストの司会者が、預かったデジカメを構える。
最後まで、何でもこなすようだ。
「はい、オッケーでーす」
撮影が終わって、みんながバラバラとその場を離れ出すが、和衣は何だか祐介の腕を離したくなくて、立ち上がれない。
コンテストの前に真大たちがそうしたみたいに、本当は和衣だって、みんなの前で祐介と腕を組んだり、手を繋いだりしたかった。
こんな格好だからこそ、誰にも変に思われず出来ることなんだと思えば、切なさは増すけれど、それでも。
「和衣?」
「…へへ。終わったら、気が抜けちゃった」
和衣は笑ってごまかす。
手を繋ぎたいとか、今なら出来ること、きっと祐介だって同じ気持ちだと思う。
だからそんなこと、言わなくてもいい。
「お疲れ様」
少しだけ、祐介の手に力が籠もる。
分かってる、から。
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僕らの青春に明日はない (83)
さっそく賞品である旅行券を分けた愛菜と眞織が、まだ座ったままの和衣たちのところへやって来たが、それでも何となく離れ難くて、和衣は疲れているのを口実に、祐介に寄り掛かっていた。
しかし、渡された旅行券を見て、和衣はギョッとする。
「えっ、こんなに!?」
和衣に渡されたのは4万円分で、こんなの絶対に多すぎる。
なのに愛菜は、「だってカズちゃんが一番がんばったんだから、当たり前じゃん」と、事もなげにそう言う。
「じゃあ、みんなは…?」
「後は、ウチらが2万円ずつ」
「そうなの?」
和衣はてっきり、みんな平等に分けるものだとばかり思っていたのに、どうやらそうではないらしい。
愛菜や眞織だって十分にがんばったし、亮や睦月、祐介だっていろいろしてくれたのに、と和衣が思っていたら。
「ねぇ、俺の分は?」
3人だけで旅行券を分けようとしているのに気が付いた睦月が、さっそく和衣たちの間に割り込んで来た。
1人当たりいくらになるかはともかく、愛菜と眞織の計算では、その中に睦月や亮が含まれていなくて、俺だってがんばったのに! と、睦月が頬を膨らませている。
「あ、むっちゃんも欲しいの?」
「欲しい。でもまぁ、別に旅行なんて行きたくないけど」
「どっちなの」
旅行券は欲しいけれど、別に旅行は好きではないとか、意味が分からない。
相変わらずな睦月に、愛菜は苦笑した。
でも確かに、睦月は睦月なりにがんばったし、亮と祐介には、前代未聞の羞恥プレイまで体験させてしまったのだから、何もなしというのも申し訳ない。
「じゃあ…カズちゃん3万円で、あとは1万円ずつ?」
「え、俺だけそんな…いいって! 俺も1万円でいい!」
自分だけ多く貰うことには抵抗があるのか、和衣は手元に1万円分だけ残して、残りを愛菜に渡そうとするし、しかも祐介まで、「俺もとくに何もしてないし…」と、辞退を申し上げ始めるから、ますます計算が分からなくなってしまう。
「えっとだから…」
「じゃあ、2万円ずつ、4人で割れば?」
頭を悩ませている愛菜と眞織に(睦月は言うだけ言って、自分では何も考えていない)、祐介が提案した。
しかし、全部で6人のはずなのに、4人で割るということは、誰か2人はあぶれるわけで。
「4人て、どういう4人?」
「1,2,3,4」
そう言って祐介が順番に指したのは、和衣、愛菜、眞織、そして亮。
残念ながら、その中に睦月は含まれていなくて、「俺が入ってない!」と、すぐさま睦月が喚き出した。
「お前は何もしてないだろ」
「したもん! 俺だってがんばったもん!」
睦月だって、和衣が優勝するように、何かいろいろがんばったし、気合だって入れてあげた。
たぶん、"何もしていない"なんていうことはないはずだ。
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僕らの青春に明日はない (84)
「え、カズちゃんの貰ったら、意味ないじゃん」
和衣が手元にある旅行券を睦月に渡そうとするから、睦月はギョッとした後、眉を寄せた。
一体和衣は、どこまでお人好しなんだろう。本気で、旅行券を取るのは愛菜と眞織のためだけだった、とでも言うつもりなのだろうか。
「じゃあ、やっぱカズちゃん3万で、あとは1万ずつ。これで決まり。いいでしょ?」
「やっ、それじゃ、俺だけ多い!」
「もーうるさい! 計算が面倒くさいから、もういいの!」
「そんなぁ~…」
ピシリと愛菜に言われ、和衣は言い返す術を失う。
だいたい、自分の取り分が少なくて文句を言うならまだしも、自分の分が多いから嫌だと嘆く人間なんて、そうそういるものではないが。
「あ、いいこと思い付いた! 俺2万円分貰うから、この1万……愛菜ちゃんと眞織ちゃんで分けてよ。ね、そうしよ?」
はい! と、今度は和衣が、有無を言わせずに1万円分の旅行券を愛菜に渡した。
つまりこれで、和衣は2万円、愛菜と眞織は1万5,000円ずつ、あとは1万円ずつという分け前になる。
一番がんばったのは和衣かもしれないが、愛菜と眞織だったそれに負けないくらいがんばって気合を入れていたから、人が好すぎると言われたとしても、和衣は彼女たちに旅行券を多く分けてあげたい。
全然乗り気になれない和衣に挫けることなく、全部用意してくれて、段取りもしてくれたのは、この2人なのだから。
「亮ー、はい」
「…は?」
貰った旅行券の裏も表もしっかりじっくり見た後、睦月は自分の旅行券を亮のほうに差し出した。
「何、どうしたの? 睦月?」
「持ってて」
「俺が?」
「そう」
え、何で? と不思議顔の亮に構わず、睦月は旅行券を亮に押し付けてしまった。
受け取った亮も、どうしていいのか分からない。だって睦月は、『持ってて』と言っただけで、『亮に上げる』とは言っていないわけで。
「睦月?」
「いいじゃん。だって旅行は、亮が連れてってくれるんでしょ?」
「…………。…ふはっ、もちろん」
本当に好きな人の前では素直になれない睦月の、精一杯のおねだり。
亮は、笑顔でOKの返事をするしかない。
「祐介、あの…」
愛菜と眞織が、どこ行くー? なんて話し始め、意識がこちらに向いていないことを確認すると、和衣は首を傾げて、ポテッと祐介の肩に頭を乗せた。
「…お疲れ様、和衣」
「ん…。あの…あのね、祐介、……旅行…」
旅行券貰えたし、一緒に旅行……と言おうとして、和衣は口を噤んだ。
愛菜と眞織に、『旅行券を取ったら、彼女と旅行に行けるよ~』と唆され(和衣の場合、厳密には"彼女"ではないが)、ステージ上で真大にも『旅行券ゲットして、彼氏と旅行!』と言われていたので、和衣はすっかりその気になっていたのだが、そう言えば祐介の気持ちを聞いていない。
ここで祐介を旅行に誘うのは、あまりにも唐突すぎるだろうか。
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僕らの青春に明日はない (85)
そういえば旅行券を分けるとき、祐介は1度、その受け取る権利を辞退したのだ。
言わないだけで、睦月みたく、旅行がそんなに好きじゃないとか? それか、もしかしたら和衣ではない誰かと行くのかも?
「和衣?」
「…何でもない」
結局和衣は、祐介を旅行に誘えないまま、目を伏せた。
周りはまだ賑やかなのに、和衣はコンテストが一段落したのと、大好きな祐介に寄り掛かっている心地よさも手伝って、何だかまぶたが重たくなってくる。
心地よい疲労感?
体力的に疲れるようなことはしていないけれど、気力は相当すり減らしてしまったので。
「カズちゃん?」
誰かが和衣を呼んでいる。
こういう呼び方をするということは、祐介ではない。睦月か、愛菜か、眞織か……しかし目を開けるのが億劫で、和衣は聞こえないふりをする。
「カズちゃーん、寝ちゃったの?」
起きたほうがいいのかな?
でも、まだこうしていたい。
「疲れてんだよ」
「でも、ここで寝られても」
「ゆっちが、おんぶして帰ればいいんだよ」
そんな勝手なことを言っているのは、睦月。
それに反応した笑い声も聞こえるけれど、段々とその声も、遠ざかっていく。
「和衣?」
祐介の声がする。
ふわりと、意識が遠のく。
いつか、祐介と旅行に行けたらいいな。
***
こんなに強く思っているんだから、夢の中だけででも祐介と一緒に旅行に行けないかな、と思っていたのに、和衣は夢を見たのか見ていないのか思い出せないくらい、ぐっすりと熟睡してしまっていた。
ふと目を開けたら、見慣れた寮の天井。
いつの間にか帰宅して、寝ていたらしい。
「…ん」
蛍光灯の灯りが眩しくて、今がもう夜なんだな、と分かる。
でも何だか起きる気力がなくて、和衣は寝返りを打って、目を閉じようとした――――が、ふと気付く。
ふとんが、自分のものじゃない。
(寝惚けて…)
まさか寝惚けて、人のふとんに入ってしまったのだろうか。
でも入ると言ったって、誰の…。
「…え? …………。…………え?」
壁際に寝返りを打った和衣は、慌てて体を反転させて、部屋の中のほうを向く。
自分の部屋ではない。
つまり、間違えて同室者のベッドに入ったということではなくて、でも。
(この部屋…)
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僕らの青春に明日はない (86)
ガバリとふとんを跳ね上げて、和衣は飛び起きた。
見覚えがあると思ったのは、単に同じ造りの寮の一室だからということでなく、よく訪れている祐介の部屋だったからだ。
「あ、起きた?」
「ゆっ…祐介…!」
慌てている和衣とは対照的に、ボリュームを絞ってテレビを見ていた祐介は、のん気に振り返った。
「…え? え? なん…何で俺…」
わけが分からない。
いつの間に祐介の部屋に来て、いつの間に祐介のベッドに入って、一体どのくらい眠りこけていたんだろう。
今まで何度となく祐介の部屋には来たけれど、未だかつてこのベッドで寝たことはないのに、何を無意識に潜り込んでしまったんだろう。
まさかそういう願望があったとか?
それが行きすぎて、無意識のうちに祐介の部屋に…?
「コンテスト終わった後、和衣、体育館で寝ちゃったじゃん」
「嘘…」
祐介に言われたことが、俄かには信じがい。
けれど。
コンテストが終わって、写真を撮って、旅行券を分けて。
ずっと祐介に寄り掛かっていたら、何だか気持ちよくて、ふわふわしてきて……そこから先の記憶がない。まさかそのまま寝てしまったとか?
「起こすのもかわいそうだし、そのまま寮まで連れて来たんだけど、和衣の部屋開かないし、でも鍵もどこにあるか分かんないから、俺の部屋に連れて来ちゃった」
「そうなんだ…」
何て信じられないことをしているんだろう。
祐介は何でもないことのように言うけれど、とっても迷惑を掛けているし、自分だけでなく、祐介だって絶対に恥ずかしかったに違いない。
しかもよく見れば、和衣はまだカーディガンとシャツを着ていたけれど、胸元のリボンは外されていたし、スカートもジャージに穿き返られていた。
全部、祐介がやってくれたのだろうか。
もう本当に、自分が信じられない。
「…ゴメンね、祐介。祐介…着替えさせてくれたの?」
「え、あ…うん、その…」
和衣は本当に、迷惑を掛けて申し訳なかったと謝っただけなのだが、祐介は照れたように目を逸らした。
男が、男の服を着替えさせてやっただけなのだから、実際は何も照れることなんてないのだけれど、そうは言っても2人は恋人同士。寝ているとはいえ、服を脱がせたら思わずそんな気になってしまいそうで、祐介は何とか自制したのだ。
しかし祐介だって、そんなに節操なしの男ではない。
和衣が服を脱ぐだけで、自制しなければならないほど、無闇に欲情なんかしないのだが、今日に限っては、体育館から寮に来るまでの間、睦月に散々、『カズちゃんの寝込み、襲うなよー』と、するわけもないのに、そんなことを言われてしまったから、何だか変に意識してしまったのだ。
「ゴメン、全部着替えさせてあげられたらよかったんだけど…」
スカートは、ジャージを穿かせた後に脱がせればよかったけれど、カーディガンを脱がせ、シャツを脱がせ……そして全部着替えさせるには、今日の祐介は、ちょっと理性が持ちそうになかった。
そんな男心に気付かない和衣は、別にいいよー、なんて笑っている。
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僕らの青春に明日はない (87)
「ん?」
「メイク落とすヤツだって。化粧って、こういうの使わないと落ちないの?」
和衣の隣に座った祐介は、愛菜から渡されたクレンジングの入った紙袋を、和衣に見せた。
ファンデーションを落とすクレンジングから、アイメイク、リップ、それぞれに専用のリムーバーがあるとかで、肌が荒れるといけないからと、化粧水やら乳液まで預かってしまった。
「女の子って、大変だよねー」
本番前の打ち合わせでメイクまでした和衣は、1度だけクレンジングも体験しているが、顔を洗うだけなのにこんなに大変なの!? と心底驚いた。
和衣だって出来ればさっさと化粧なんて落としてしまいたいけれど、こんなに面倒くさいと、疎かにしてしまいそう。
しかし愛菜から、メイクしたまま寝ないようにと、キツク言われているのだ。……もう寝てしまったけれど。
「お化粧…落とさなきゃ」
まずはマスカラを落として、それからリップ……和衣は前に教えてもらったクレンジングを思い出しながら、紙袋の中を漁る。
「ん? 祐介?」
コットンにアイメイクのリムーバーを取ろうとしていた和衣は、不意に祐介に腕を掴まれて顔を上げた。
「…お疲れさま。よくがんばったね」
「ぅ、ん」
頭を撫でられ、腕の中に抱き寄せられる。
祐介の胸に頬を押し付けるような格好になって、シャツにメイクが付いちゃう…と思ったが、でもその腕を解けない。
コンテストが終わって、旅行券を分けている辺りから、和衣はずっとホッとしていたけれど、祐介に改めれ言われて、頭を撫でられて、本当に全部終わったんだぁと実感したら、気が抜けていく。
「……俺ね、ホント、女装すんの超嫌で。祐介にはがんばる、て言ったけど、がんばれないかも…とか、思ってたし、ステージの上でも全然ダメダメで……でも、旅行券取れて、愛菜ちゃんたちに怒られなくて、よかった」
「そうだね。てか、あんだけがんばれば、怒られないでしょ。全然ダメじゃなかったよ?」
「そんなことないもん。祐介、優しいから、そんなこと言ってくれるの」
「何で。そんなことないから、2位になったんでしょ」
ちゃんと結果が残せているのに、ダメだったと繰り返す和衣に、笑いながらも祐介は、抱き寄せた背中をポンポンしてあげる。
確かにインタビューにはまともに答えられないし、パフォーマンスも何も出来ていなかったけれど、肝心の見た目は群を抜いていたし、狙ってやっていたわけではないが、観客を惹き付けていたのも事実だ。
恋人としては、妬けないこともなかったけれど。
「俺…ね、愛菜ちゃんたちに怒られたくなくて、旅行券取らなきゃ、て思ってたけどね、でも…」
「ぅん?」
「旅行券取れたら、旅行行ける、し…」
さっき体育館で言えなかったこと。
祐介と一緒に、旅行。
「和衣?」
何も言わなくても、ギュッてしてほしいなぁ、と和衣が思うと、祐介はよくそうしてくれるけれど、祐介は別に魔法使いでもエスパーでもないから、何でも分かってくれるわけではなくて。
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