恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年09月

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恋の女神は微笑まない (120)


「あ、ねぇ大和くん、さっきの写真、ちゃんと消した? ハルちゃんの」

 大切なことを思い出して、千尋はパタパタと大和のところへと駆け寄って来た。

「心配しなくても、ちゃんと消しました」
「水落に見られてない?」
「大丈夫」

 声を潜めるタイミングは今じゃない…。
 大和はそう思いつつ、例の写真のことが遥希にばれるのを本気で恐れているのか、小声で尋ねる千尋が、今までにないくらいピトッと寄り添って来るのは、悪い気はしない。

「よかったぁ」
「そこまで心配するなら、最初から送らないでよ」
「だから、送らないつもりだったんだって」

 大和が尤もなことを言えば、千尋は焦ったようにパシパシと大和の腕を叩いて、離れて行った。
 もうちょっとくっ付いていたかったのに…なんて、大和が名残惜しく思っていたら、琉と遥希がイチャイチャしている(…というより、一方的に琉が遥希を構っている)のが目に入って、若干イラッとする。
 まぁ、琉の遥希大好きは今に始まったことではないし、こうなることは百も承知で琉と一緒にここに来たわけだから、大和は何も言わないけれど――――大和は。

「ケッ、こんなトコでイチャついてんじゃねぇよ」

 …それを口に出さずにはいられないのが、千尋なのだ。
 もともとそこが定位置だったのだろう、ローテーブルの一角に座った千尋が、新しいチューハイの缶を空けて煽った。

「こんなトコて……ここはハルちゃんちだよ! お前が邪魔なんだよ、何飲んでんだよ、帰れよ!」

 いい雰囲気のところを邪魔されて、琉だって黙っているはずがない。
 恥ずかしがって遥希は琉から離れてしまうし、文句はいくら言っても言い足りない。

「ヤダね。俺は今日、ここに泊まるんだから」
「はぁっ?」

 琉の文句を聞き入れる気などまったくないようで、千尋は澄ましたように顔を背けた。
 そんな千尋の様子に、ちーちゃん、本当にお泊りするのかな…? と、遥希は困ったように千尋と大和を見比べた。
 遥希としては、そりゃ琉とイチャイチャしたいけれど、今日千尋を自分の家に誘ったのは遥希だし、もうこんな時間だし、今さら帰れなんて言えないわけで。
 けれど、大和も来たということは、一緒に帰るということなんじゃないのかなぁ…?

「帰れよっ。意味分かんねぇだろ、お前がここ泊まってったら」
「意味分かんなくねぇよ、俺もう寝るだけだし。お前らがイチャコラしたって、聞こえない振りしてっから、好きにしろよ」
「アホか、お前は~!」

 千尋がどういう意味の『イチャコラ』を言っているのか、鈍い遥希にも分かって、別に遥希に向かって言われたわけでもないのに、勝手に頬を熱くする。
 それこそ、遥希の部屋は壁が薄くて、ただでさえ隣室にいろいろな物音が聞こえているので、遥希の部屋では(なるべく)そういうことはしないようにしているのだ。



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恋の女神は微笑まない (121)


「大和~~~…」

 千尋の相手をするのはもう無理と判断したのか、琉は大和に助けを求めるように視線を向けた。
 見ている分にはおもしろいんだけれど、大和としても、千尋を連れて帰りたいし、琉に恩を着せておくのも悪くないので、もう寝ると言いながら缶チューハイを飲んでいる千尋の隣に行った。

「ちーちゃん、ちーちゃん、一緒に帰ろ?」
「…は? 大和くん、聞いてなかったの? 俺、今日ここに泊まるの」
「いや…さっき電話したとき、一緒に帰ろ、て言ったの、覚えてないの?」
「正直…」
「ちょっと!」

 冗談かもしれないが、顔が本気なので、大和は焦る。
 遥希と違って、千尋は完全に部屋着だし……本当に帰る気はあるんだろうか。

「ちーちゃん、あのね、」
「はいはい、帰ればいいんでしょ、帰れば。どーせ俺は、どこ行ったって邪魔者ですよ」

 大和が根気よく声を掛けようとしたら、『今日はここに泊まる』設定に飽きたのか、あっさりと(しかし嫌味を込めて)千尋は缶を置いて立ち上がった。
 琉は、『そうだよ、邪魔だよ』と言ってやりたかったけれど、言えばまた千尋と応酬が始まると思ったので、さっさと帰ってほしい琉としては、グッと我慢する。
 そんな琉の心中を見透かしたように、千尋はチラリと琉を見て、口を開いた。

「じゃーね、ハルちゃん。今度は水落に内緒でお泊りしようね」
「え? えっ?」

 遥希に向けてのセリフながら、完全に琉のことを見ながら言うあたり……千尋は最後の最後まで琉に突っ掛ることを忘れないのだ。
 どう返事をしていいか分からず困惑する遥希を、琉はギュッと腕の中に閉じ込めたが、そんな琉を鼻で笑い、千尋は投げ出されたままのスマホとカバンを拾って、玄関へと向かう。

「え、ちーちゃん、その格好でいいの?」

 遥希とは違った意味で動揺したのは、大和だ。
 千尋の格好は、先ほど大和が、本当に帰る気あるのかな? と思った部屋着のままだ。半袖パーカーと半ズボンのセットアップだが、パイル地なので、やはり外出着には見えない。
 しかし千尋は、何を気にすることもなく、靴を履いている。
 まぁ…、外はもう暗いから、よく見ない限り生地の素材ば分らないかもしれないが、千尋はアパレル関係で働いている人なので、常にファッションには気を遣っていると思ったのだ。

「じゃあな。…ハルちゃんも、またね」

 大和と一緒に帰るはずなのに、さっさと先に言っている千尋を、大和は慌てて追い掛ける。
 背後で琉が笑っている気配がしたが、それは無視した。



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恋の女神は微笑まない (122)


chihiro & yamato

 完全なる部屋着で部屋を出た千尋に、本当にそれでいいの? と大和は思ったけれど、まったく気にする様子のない千尋は、ビーチサンダルをペタペタ言わせながら先を歩いている。
 半袖パーカーと半ズボンにビーチサンダルて……海やプールじゃないんだから。

 それにしても、ビーチサンダルを履いているということは、今日は仕事が休みだったんだろうか。いくら千尋でも、ビーチサンダルで仕事には行かないだろうし。
 それとも、遥希の家にお泊りするために、いったん家に帰ったのだろうか。

「あっ」

 前髪が邪魔なのか、千尋は前髪を結ってちょんまげにしているんだけれど、ちょっとふらふらしながら歩いているせいで、そのちょんまげが揺れていて、何だかかわいい。
 千尋の後ろ姿を見ながらそんなことを思っていたら、階段のところに差し掛かった千尋が、急に大きな声を上げた。
 夜中のアパートの外廊下なんて静まり返っているから、その声の響くこと…。

「ちーちゃん、どうし…」
「…っぶねぇー」

 何事かと大和が声を掛けようとしたら、千尋は階段を1段下りたところで手すりに掴まって、片足立ちになっている。
 その、宙に浮いているほうの足に、ビーチサンダルがない。

「ビーサン脱げた」

 振り返った千尋が、へらりと笑った。
 笑い事ではないだろうが、どうやら階段を下りようとした拍子に、ビーチサンダルの片足がすっぽ抜けたらしい。踊り場に1つ、ビーチサンダルがポツンと落ちている。

「ちーちゃん…」

 今日は遥希が酔って寝てしまっていたし、先ほど琉とあれだけやり合っていたから、結構シャンとしているのかと思ったが、やはり千尋も酔っ払っているようだ。
 そういえば、帰る間際まで缶チューハイを飲んでいたっけ。

「ちょっちょっ何してっ……危ないって、ちーちゃん」

 ヘラヘラしている千尋に代わってビーチサンダルを拾って来ようとしたら、千尋が片足でピョンピョンと階段を下り始めたので、大和は慌てて止める。
 素面ならともかく、平地ならともかく、酔っ払いが階段を片足跳びで下りるとか、絶対にあり得ない。

「らって、ビーサン~…」
「今持って来るから!」

 大和は急いで階段を駆け下り、千尋のビーチサンダルを拾って、また千尋のところに戻ろうとしたら、階段を少し下りたところにいる千尋が、裸足の足を大和のほうに向かって突き出している。
 …まぁ、履かせろ、ということなのだろう。

「はい、どーぞ」
「…ん」

 階段の手すりと大和の肩に掴まりながら、千尋は大和にビーチサンダルを履かせてもらう。
 まったく、どこまでも手の掛かる子どものようだ。



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恋の女神は微笑まない (123)


「てか、ちーちゃん、部屋着ていつもこういうの着るの?」
「ん?」
「しかもビーサンだし、海とかにいそう」

 友だちの家に泊まりに行く場合もそうだけれど、男の部屋着なんて、Tシャツとかジャージとか結構いい加減で、こういうセットアップのものを持っている人は少ない気がする。
 しかも、ミントブルーとベージュのボーダーというデザイン、なかなかにかわいいんだけれど。

「ハルちゃんちにお泊りするときはね」
「え、お泊まり用の部屋着なの?」

 友だちの家に泊まるのに、わざわざそれ用の部屋着を用意するとか、何だか女の子みたいだし、面倒くさがりの千尋にしては、すごく意外な行動だ。
 千尋の場合、何も持たずに行って、すべて遥希から借りている、と言っても不思議ではないし、むしろそうしているほうが違和感がない。

「これ、ハルちゃんがくれたヤツだからぁ」
「ハルちゃんが?」
「去年の誕プレ」

 驚く大和に、千尋は予想どおりといったふうに笑いながら、フードを被ったり脱いだりしてふざけている。
 いや、男同士で誕生日にプレゼントを贈り合うのにも若干驚いたが、 このかわいらしい部屋着のチョイスにも驚いた。

「ウチにいるときは着ないし、ハルちゃんがくれたヤツだから、恩着せがましく、ハルちゃんちにお泊まりするとき着てんの! ぐふ」
「あはは」
「つか、ハルちゃんもバカなんだよね。俺、誕生日10月なのにさ、何で半袖半ズボンなんだよ、ていうね」
「確かに」

 季節が一回りして、半袖半ズボンを着るのにちょうどいい季節がきたとは言え、ちゃんと忘れずに着てあげている千尋は、何だかんだ言っても、遥希のことを大切にしているのだ。

(てか…、自分のデザインした服でなければ、プレゼントした服、着てくれるんだ)

 前に大和が、着てほしいな、と思って、着替えとして出した服は、千尋のデザインしたもので、千尋に殴られんばかりの勢いで拒絶されてしまったのだ。

「ちなみにその髪もハルちゃんが?」
「ぅ?」
「その、結んでるの」
「これ? これは自分。何か邪魔だった」

 言われて思い出したように、千尋はちょんまげにしている前髪に触れた。
 前髪もそうだけれど、ショートカットが伸びてボブのような髪型になっている今、襟足に掛かる後ろの髪も鬱陶しいのか、千尋はグシャグシャと後頭部を掻き毟った。

「後ろは結ばないの?」
「え? 前髪と後ろ両方結んだら、それすっごいおもしろい髪型じゃね?」
「いや、両方一気に、て意味じゃないけど…」

 …どうしたら、そういう発想になるんだろう。
 いつかそのヘアスタイルが、最新モードとして登場するときが来るんだろうか。



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恋の女神は微笑まない (124)


「でも、もう切るけどねっ」
「そうなの? かわいいのに」
「邪魔だし、あっちぃもん。ハサミがあったら、今すぐにでも切りたい。今すぐ切る」
「え、それって、自分で、てこと?」

 右手をチョキにして、結っているちょんまげを切り落とす真似をする千尋に、大和は少し慌てる。
 今この場にハサミがないからいいようなものの、あったら迷わずバッサリ行っていそうだ。というか、今まで酔った勢いでそうしなかったのが、不思議なくらいだ。

「今からハルちゃんち戻って、ハサミ借りてくる」
「待って。絶対やめて」

 今から遥希の部屋に戻って琉に恨まれるのも嫌だし、ハサミを手にした千尋が、思い切ったことをするのも困る。
 大和に今出来ることは、とにかく千尋を止めることしかない。

「ちゃんと美容院行って。お願いだから」
「そぉ? 別に大和くんの髪切るわけじゃないんだし、自分の頭なんだから…」
「でもダメ。絶対ダメ」
「ダメ。ゼッタイ」
「いや……うん」

 どこかで聞いたことのある標語のようなことを言って、千尋は「うひゃ」と笑った。
 とりあえず、自分で自分の髪にハサミを入れるようなことさえなければ、大和としては、千尋の髪型にまで口を出すつもりはないんだけれど、今の様子からすると、だいぶバッサリと行きそうな感じだ。

「さ、どうぞ」
「うむ」

 駐車場、車のところに辿り着くと、先ほど脱げたビーチサンダルを履かせてやったのの延長のように、大和は恭しく助手席のドアを開けてやる。
 千尋女王様もそれが分かったのか、ニヤッと笑って傲然と頷くと、車に乗り込んだ。
「…………」

「ねぇちーちゃん、行き先、俺んちでいいよね?」
「えー何でー?」
「いや、だってちーちゃん、酔っ払ってるから危な…」
「あー、俺が酔ってるからって、エッチなことするつもりだ~」

 確かに千尋は酔っ払っている。確実に。一見するよりも、ずっと酔っ払っている。
 しかし大和は、相手が酔っ払っているのに付け込まないし、酔っていなかったとしても、合意なしに事に及ぶような真似はしない。
 思った以上に酔っ払っている千尋が心配なのは本当だし、もともと遥希の家に泊まるつもりだったということは、明日仕事があるとしても、ちゃんと段取りは組んであるだろうから、この間のように慌てることもないはずなので。

「…もう行くよ?」
「しゅっぱーつ」

 何を言っても無駄な気がして、大和は自宅へと車を向かわせた。



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恋の女神は微笑まない (125)


 車が走り出してすぐに寝てしまった千尋が、大和のマンションの前で目を覚まし、『…コーラ飲みたい』と低いテンションで言ったため、駐車場に車を停めてから、改めて2人でコンビニへと向かった。
 もう1度車を出してもよかったけれど、それほどの距離でもないし、常に筋肉を気にしている千尋は、歩くことを嫌がらないから。

「~♪」

 コーラとお菓子を買ってご機嫌の千尋は、鼻歌を歌いながら、コンビニの袋を振り回している。

「…ちーちゃん、そんなに袋ブンブンしてると、コーラ飲むとき噴き出すんじゃない?」
「あ、」

 大和に言われて初めて気が付いたのか、千尋は慌てて袋を抱き抱えた。
 いや、そこまで大事に持たなくても大丈夫だろうけど…。

「前さぁ、同じことしてて。でもハルちゃん、大和くんみたいに教えてくんないから、開けたらコーラぶぁ~~~て噴き出して、ハルちゃんち、ビッチャビチャにした」
「えー…」

 コーラの入った袋を振り回すこと自体、普通はやらないけれど、間違ってそうしてしまったとして、どうして鎮まるのを待たずに開けてしまうんだろう。
 しかもそれで汚しているのが、自分の家でなく、遥希の家だし…。

「てか、前科があるなら、もうちょっと気を付けてよ、ちーちゃん」
「えへへ。大丈夫、大丈夫。大和くんんちは汚さない」
「いや…、それはありがたいけど、どこからその自信が…?」

 ただでさえうっかりした性格なうえに、今は酔っ払ってもいるのだ。
 過ぎるくらい気を付けたとしても、まだ危険な香りがするのに。
「…………」

「大丈夫、だいじょーうわっ」
「………………。ちーちゃん…」
「えへ」

 軽い調子で言いながらひょこひょこと歩いていた千尋が、何に躓いたのか、思い切りこけている。
 まったく、何が一体大丈夫なんだろう。
 しかも、笑ってごまかそうとしているあたり、少しはばつが悪いと感じているようだ。

「ホラ、しっかりして」

 大和は千尋の手を取って、立たせてやる。

「もうこれで当分コーラ開けらんないんじゃない? 今のでだいぶ揺さぶられたよ」
「うー…。何でさぁ、炭酸をすぐに噴き出させる術はあるのに、それを鎮める方法はないんだろうね」
「何かそんな裏ワザとか、ありそうだけどね」

 さすがに自分の軽率な行動に反省したのか、千尋は大人しく大和の後に付いて、マンションへと入った。



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恋の女神は微笑まない (126)


yamato

 大和が遥希の家から千尋を連れて帰ってしばらくして、大和は再び、週刊誌に名前を載せた。
 表紙には、『FATE 一ノ瀬 新たな恋人!? 激撮・深夜のコンビニデート!』というタイトルが踊り、開いたページには、大和と、週刊誌が伝えるところの新恋人とのツーショット写真が掲載されている。
 コンビニから出る2人と、大和のマンションらしき前で、2人で手を繋いでいる写真が何枚か。
 さすがに背景は、マンションの所在が特定されないようにモザイクがされているが、それがいかにも本当に大和のマンションの前らしいことをを強調している。

 記事によると、大和の新しい恋人は、前にスクープされた女優ではなく、一般人女性。
 そのため、写真では目線がかかっていて、誰か分からないようになっているが、記事を見た大和は、それが誰なのか一発で分かったし、前と違って、一緒にいた友人たちを消されたわけではないことも、分かった。

 間違いなく、大和はこのとき2人きりだったし、一緒にコンビニにも行ったし、マンションの前で手も繋いだ。一般人であることも、確かだ。
 こんな、本当だらけの記事の中で、唯一違っていることといえば、一般人『女性』でなく、『男性』であるということ――――一緒に写っているのは、千尋だ。

 帰って寝るだけだった千尋は、遥希がくれたという、結構かわいめの部屋着を着ていたし、前髪が邪魔だったせいで、ちょんまげみたいに結ってはいたけれど、女ではない。
 着いてから、コーラが飲みたいと千尋が言うので、2人でコンビニまで行ったけれど、デートではない。
 手を繋いでいたのは、転んだ千尋を起こしてやるためだけのことだ。

 真相を知っていれば、この記事がでたらめであることは一目瞭然なのだが、知らない人間が見れば、本当のことのように思える。偽造された写真ですら信じられてしまうのだから、それも当然だ。

 …いや、必ずしもでたらめとは言い切れない。
 相手は千尋であって、女性ではないけれど、だからこそ『彼女』ではないんだけれど、2人は今、恋人なのだ。仮だけれど。仮とはいえ恋人であることに、間違いはないから。

「…大和、これ…」

 声を掛けてきたのは琉で、大和は嫌々ながら、しかしその声色が心配そうなニュアンスを含んでいるのが分かったので、何でもない振りで顔を上げた。

「いや、これって、こないだの…」
「…あぁ」

 千尋のことを知っている人であっても、まさか自分の知り合いがこんなふうにゴシップ誌に取り上げられるなど思ってもみないだろうから、きっと他人の空似だということで、話は終わるだろう。
 しかし、当事者である大和は、もちろんこれが千尋だと分かるし、あの日千尋に会った琉や遥希も、服装などからして、千尋に似た別人だとは思わないだろう。



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恋の女神は微笑まない (127)


 前に、女優との熱愛がゴシップ誌に載ったとき、どうしてこれが千尋じゃないんだろうと思ったけれど、いざ現実のものとなると、とても喜んではいられない。
 あのときは完全にガセだったし、相手もこういうことに慣れていたから、お互いどうということもなかったが、今回は違う。
 彼女とは個人的な付き合いがないから、あの記事以来、接触することもなく、おかげであっさりとほとぼりが冷めたけれど、千尋とは、そうはいかない。
 いや、もう会わないという選択肢がないわけではないが、そんなのは嫌だ。

 千尋が一般人である以上、週刊誌に千尋の個人情報が必要以上に載ることはないだろうが、しばらくは千尋も付け回されるかもしれない。
 嗅ぎ回っているうちに、千尋が男だということが分かれば、記者は追い掛けるのをやめるだろうか。それとも更なるゴシップとして、おもしろおかしく記事を書き立てるのだろうか。

「一ノ瀬!」

 大和は凹み、琉も掛ける言葉を見つけられずにいたら、南條が血相を変えて飛び込んで来た。
 南條の気持ちも、南條が何を言いたいかも分かるが、今は南條の相手など、したくはないのに。

「一ノ瀬、これ…!」
「…分かってる。凹んでんだから、ほっといてよ…」
「ほっとけるかっ! てかこれっ………………千尋だろ?」

 声を荒げていた南條だったが、肝心なところでは冷静になれたのか(悪いが、逆のタイプだと思っていた)、声を小さくして千尋の名前を出した。

「…そーだよ」
「やっぱり…。だったら何でこんな…。だってお前、千尋と何かあるわけじゃないんだろ?」
「何もなくたって、一緒にコンビニ行くことくらいあんだろ」
「だって、手…」
「ちーちゃんが酔っ払ってて転んだから、起こしただけ」
「何だ…」

 あからさまにホッとした雰囲気を出す南條は、まさか本気でこの記事を信じていたのだろうか。何年この世界に身を置いているんだ。
 しかし、南條は知らないだろうけど、性別を間違えているだけで、この記事は大体正解なのだから、それはそれで厄介だ。南條の悩みの種を、また増やしてしまった。

「つか、南條も分かるんだ。これがアイツだって」

 あの日一緒にいた琉や遥希ならともかく、南條だって、千尋を知っている人間のうちの1人でしかないのに、どうしてこの写真を見ただけで、千尋だと分かったんだ。
 記事は、大和と一緒にいるのを女性だと書いているから、通常の知り合いなら、似ていても千尋だとは思わないだろうに。
 他のみんなが、千尋と似ているけど、さすがに違うよな…と思うところを、彼の思考回路は、千尋に間違いない! と、迷う余地なく一直線に繋がってしまったのか。

「いや、だって似てるし…」
「でも女て書いてあんじゃん」
「そうだけど…」

 大和はすでに、この写真の人物を千尋だと認めたので、今さらなのだが、突っ込む琉に、南條は返事に窮している。
 まぁ、南條は千尋が大和と知り合いだと知っているから、なおのこと、この写真の人物を見て、千尋を連想しやすかったのかもしれない。



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恋の女神は微笑まない (128)


「とりあえず、事務所に連絡してくる。スキャンダルが続いたとはいえ、今回相手が男だってなれば、一ノ瀬もお咎めは受けることもないよ。それに、そうとなれば、こっちだって手を回す」
「…あぁ」

 スマホを手に、再び出て行こうとした南條は、大和の様子に足を止めた。
 今回だって、それっぽく記事を書かれたとはいえ、事務所がうまくやってくれることは大和だって分かっているだろうに、元気がないままなのは、なぜなのか。
 千尋を巻き込んだことを申し訳なく思っているから? それとも――――

「一ノ瀬、もう1回聞いておくけど…………千尋とは、何もないんだよな?」
「…」

 この間、車の中で同じようなことを聞かれて、あのときは、適当に受け流しているうちに話は終わったけれど、今度はそうはいかない。
 イエスかノーか、どちらかを答えなければ。

 大和の頭の中を、千尋の顔と、ファンの子たちの顔と、南條の顔と、事務所の人間の顔と…………よぎって行く。
 自分の気持ちにも、もちろん千尋にも嘘はつきたくないけれど、この状況で、千尋のことが好きで、本当の恋人になれるよう、お試しで付き合っている、などと言えるのか。
 南條は、今回の相手が男だからこそ、手の回しようがあると考えているようだし、お咎めも、大和自身は別にいいけれど、ファンの子たちが悲しむようなことになるのは嫌だ。

「一ノ瀬、」
「南條ー、さっさと電話して来いよ。時間なくなんぞ」

 問い詰めようとする南條を遮って、琉が口を挟む。
 南條は厳しい表情のまま琉を振り返ったが、琉の言うことは尤もなので、それ以上は言わず、渋りながらも出て行った。

「…琉、サンキュ」
「何が? 俺が、時間に正確な、几帳面な男だって、知ってんだろ?」

 南條が出て行くと、大和は大きく息をついて琉に礼を言ったが、琉は笑ってとぼけた。

「…………琉は、」
「ぅん?」
「琉は、今回のことでハルちゃんのこと…」
「…今は俺の心配より、テメェの心配してろよ、バカ」

 そう言って大和の頭を小突いた琉は、しかし頭の片隅に、琉以上に琉の仕事の心配をする遥希のことが思い浮かび、僅かに心を曇らせた。



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恋の女神は微笑まない (129)


chihiro

『FATE 一ノ瀬 新たな恋人!? 激撮・深夜のコンビニデート!』

 千尋は以前、遥希がわざわざ買って来て、見せてくれた週刊誌によって大和の熱愛報道を知ったのだけれど、今回はそれを待つまでもなく、この魅惑的な見出しを目にする羽目になった。
 暑さと邪魔くささの限界に達して行った美容室で、ウェイティングスペースにあった週刊誌の表紙に、彼の名前が載っていたのだ。

 恋人(仮)がいるのに、一体どこの誰と夜中にコンビニデートなどしているのかと、普段は見ない類のそれを手に取ってみれば、相手は一般人女性だという。
 この間噂になった女優のことには一切触れられていないため、どうやら二股ではないようだ。

 車で大和のマンションまで来た後、歩いてコンビニまで行き、買い物を済ませて帰って来ると、2人でマンションへと入っていった。途中、手も繋いでいたらしい。
 ふむふむ、なるほど。大和は彼女と手を繋ぎたいタイプなのか。千尋はわりと、繋がなくてもいい派なんだけど。

「…ぅん?」

 さて、その大和の新しい彼女とやらは、一体どんな顔をしているのか、と写真に視線を移した千尋は、3秒ほどそれを見つめた後、コテンと首を傾けた。
 一般人ということもあってか、彼女のほうは目線が入っていて、はっきりとは顔が分からないようになっているが、それでも千尋は、その写真の人物を初めて見る気がしなかった。

 この彼女が着ている部屋着のような半袖パーカーと半ズボンは、遥希から誕生日にプレゼントされたものに似ているし、彼女のように、前髪をちょんまげにしていたこともある。

 うん。
 この彼女は、千尋だ。

(………………彼女?)

 記事を隅から隅までくまなく読んでみても、大和と一緒にいるのが男だとは書いていない。大和に新しい恋人が出来たとは書いてあるが、それは飽くまで一般人女性であり、ゲイの男ではないのだ。
 しかし、写真はどう見ても千尋である。本人が言うのだから、間違いない。
 つまり千尋は、女性に間違われたうえに、大和の熱愛記事にまんまと利用された、というわけだ。

 それにしても、この記事を書いた人間は、本当に千尋が男だと分からなかったのだろうか。男だとは思ったけれど、写真を撮ってみたら、意外と女にも見えたから、記事にしたのだろうか。
 まぁ、女性ということにしておいたほうが、転んだのを起こそうと掴んでくれた手も、手繋ぎ写真にすることが出来るし、熱愛をでっち上げやすいだろうけど…。

 記者が本当に千尋の性別を間違えたのか、分かっていて事実を歪曲したのか、どちらにしても、千尋はまったくいい気がしない。
 男が好きなゲイとはいえ、千尋はれっきとした男であり、女ではないのだ。

 世の中には、心と身体の性が一致しない人だとか、身も心も男ながら女性の格好をしたい人だとかいて、千尋もセクシャル・マイノリティだから、こうした人たちの抱えているものや置かれている立場は理解できるのだが、かといって自分は、女になりたいわけでも、女に見られたいわけでもない。



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恋の女神は微笑まない (130)


 このときだって、千尋は女の格好をしていたつもりはないし、遥希も、そんなつもりでこのルームウェアをプレゼントしたわけではないだろう。
 しかし千尋は、疑う余地なく『女』だと言われている。
 この週刊誌を見て、どのくらいの人が大和の熱愛を信じるのかは分からないが、少なくとも誰1人として、大和と一緒に写っているのが女であることは疑わないだろう。
 いや、大和自身と、あの日千尋に会った遥希や琉くらいは、これが女ではないと分かってくれるだろうか。

(何だよ、女て…。ふざけんなよ…)

 千尋がゲイであることは、今までに付き合った彼氏と、友人知人の一部くらいしか知らない。
 自分の性癖を隠しておかなければならないのは苦しいことだけれど、理解のない人間に話して、ツラい思いをしたことなら腐るほどあるから、余計なことは言わない。
 最近でこそ、こうしたことをオープンに出来る場も増え、そこそこ楽に生きられるようになったけれど、一昔前は、軽はずみな言動を容易くぶつけられたものだ。
 男が好きだというだけで、『女だ』と貶されたこともある。女になりたい男がいて、それは何らバカにされることではないのに、千尋を侮蔑するために、そんなふうに言って来たのだ。
 だからこそ今回、女と間違われたのが、なおのことショックで、悔しかった。

「――――お待たせしました」
「に゛ゃっ!」

 誰が女だよ、と週刊誌の写真を再び睨んだところで、ちょうど声を掛けられて、千尋はビクッと肩を揺らした。

「すみません、驚かせて」

 現れたのは、千尋がいつも指名している男性美容師だ。
 別に女性に髪を弄られたくないとか、この男が好みのタイプだとか、そういうわけではなく、カットの仕上がりが気に入っているだけでの指名だ。

「大和くん?」
「あ…」

 何を気にする必要もないのに、大和の名前が出て、千尋は反射的に週刊誌を閉じた。

「読むなら席までお持ちしますよ?」
「え? あ、これ…。いや、いいです」

 席に案内されるのに、千尋が週刊誌をしまおうとすると、美容師は丁寧にそう言ってくれるが、千尋はそれを断った。
 もうこれ以上、これを読む気にはならないから。

「でも、村瀬さんがそういうの読むなんて、珍しいですね。芸能人のゴシップとか、あんまり興味ないと思ってました」

 席に着くと、美容師はケープを掛けながら、どんな髪型にしたいか聞くより先に、千尋にそんなことを言って来た。
 普段の会話から、千尋がゴシップやらスキャンダルに興味がないことを知っていて、今回のことがよほど珍しく見えたのだろう。

「全然興味ないです。…たまたまあったから。でも、あーゆーのが出ると、やっぱ女の子は、『ギャ~!』てなるんすかね」
「そんな悲鳴? 『キャー』じゃなくて?」
「そんなかわいい声を出す女子は、しずかちゃん以外に見たことがない」

 千尋は冗談でなく、本気でそう言ったのだが、美容師はたいそうウケている。



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恋の女神は微笑まない (131)


「…じゃあ、お客さんで、あの記事見て、『キャー』て言った人、います?」
「うーん…。中高生くらいの子なら言うかもしれないけど、ウチのお客さんはもうちょっと年齢層高いから。こういうのが大抵嘘…ていうか、話盛ってるとか、写真合成してるとか分かってるのか、何も言わないですよ」
「『ギャ~』とも?」
「少なくとも、僕が担当したお客さんは、言わなかったかな」

 そう言って、笑いながら美容師は、ヘアカタログの雑誌を数冊持って来てくれた。

「今日はカットですよね。どのくらい切りますか? 伸びたところ、揃えるくらい?」
「いや、ばっさり。もう暑すぎて。あと1ミリでも伸びたら、俺、死んじゃう」
「そんなに?」

 ここ最近は、そんなに大きく髪型をチェンジしていなかったから、いつもどおりと思ったのだろう。千尋からのオーダーに、美容師は少し驚いたような顔をして、雑誌をパラパラと捲る。
 千尋の希望に沿い、かつ千尋に似合いそうな髪型を探してくれているのだろう、しかし千尋の答えは1つだ。

「坊主で」
「えっ!?」
「この際、坊主でお願いします」
「いや……この際?」
「それなら、涼しいし、面倒くさくないかなぁ、て思って」

 千尋の想像だけれど、もし丸坊主にしたら、体を洗う延長で、頭まで石鹸でゴシゴシできそうな気がする。
 そうしたら、すごく楽だと思うんだけど。

「えっと…、村瀬さんがそうしたいって言うならしますけど…………冗談ですよね?」
「ぅん? 坊主にするなら、自分でバリカンでやれ、と」
「いや、そうは言いませんけど! ばっさり行くのは簡単ですけど、伸びるのは時間掛かりますからね? 本当にいいなら、やりますけど…」
「美容師的感覚からして、俺、坊主にしないほうがいい?」

 千尋がいいならやる、とは言ってくれているものの、どうもその言い方からして、彼は千尋の坊主をあまり積極的には支持していないようだ。
 それこそ、少し前までは、若い年齢で丸坊主にしていたら、ちょっといろいろ誤解されたかもしれないけれど、今はわりと普通の髪型になっていると思うのだが。

「坊主まで行かなくても、ベリーショートとか…」
「そのほうがよさそうですか?」
「村瀬さんに坊主が似合わないとは言わないけど…、服…、お店で売ってる服の感じに、坊主が合わないんじゃないかと思って」
「………………。なるほど」

 千尋は自分が涼しく楽になることしか考えていなかったけれど、そうか、そういうことも気にしないといけないのか。
 確かに、千尋の勤める店で売っている服に、坊主頭が似合いそうなラインはない。

「じゃあ、涼しくて楽で、ウチの服に合いそうな頭、お任せで」
「…自分で坊主を否定しておいて何だけど、すごい難しいオーダー受けちゃったな」

 服に合う髪形もそうだけれど、それ以前に、千尋に似合う髪形でもなければならない。
 美容師は笑って肩を竦めると、ハサミを手に取った。



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カテゴリー:映画のような恋がしたい。(だって最後は決まってハッピーエンドだ。)

10日間ほどお休みします。すみません(>_<)


*本日のお話の更新は1つ前の記事です。


 いつも恋三昧にお出でいただき、誠にありがとうございます。
 さて、更新を楽しみにしてくださっているみなさまには大変申し訳ないのですが、明日から10日間ほど、更新をお休みします。
 その間、PCに向かうことが出来ないので…。
 スマホからや予約投稿などの方法もありますが、そうした時間を取ることも難しい可能性があるため、更新お休みという形にいたしました。
 22日か23日には再開できると思いますので、それまでお待ちいただければと思います。

 お話もまだ途中なのに、大変申し訳ありません。
 去年の12月のように、入院だの手術だのといったことはありませんので、ご心配なく(*^_^*)
 また、そのときのように書きかけのお話のデータをブッ飛ばすようなことのないよう気を付けますので、再開までお待ちいただければと思います。

 これからも恋三昧をよろしくお願いいたします。
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恋の女神は微笑まない (132)


 このところカットをサボって、いいように伸びていた髪の毛に、ハサミが入る。
 もともと坊主希望だった千尋にすれば、どれだけ切られてもショックは受けないので、遠慮なく行ってくれていいんだけれど、そこはプロの手にお任せする。

 …でも、出来れば、女の子には間違われないような髪型がいいな。
 さっきの記事を気にしたわけじゃない。そんなんじゃないけれど、でも、もしかしたら、髪の毛が伸びて、女の子みたいな髪型に見えたのかな、とは少しは思ったので。

 けれど、坊主頭がおしゃれに普及したのと同様、男の長髪だって昔ほど珍しいものではなくなったはずだ。
 千尋のは、長髪というほどでもない、ショートカットがちょっと伸びた、ボブくらいの髪型だが、それでも女の子に間違われてしまうなんて……坊主以外の選択肢なんて、ない気がしてくる。

 今からでも、やっぱり坊主にして、と言おうかとも思ったが、自分のために一生懸命考えてカットしてくれている美容師の姿を見ると、それも出来なくて。
 千尋はただ黙って、髪の短くなっていく鏡の中の自分を見つめていた。



*****

「今日は、お疲れでした?」
「え?」

 カットが終わり、会計をしようとレジの前に行ったところで美容師にそう言われ、千尋は受け取ったバックから、視線を彼に移した。

「何かちょっと……元気がないみたいだったので」

 カットの最中、あまり喋らないのは今に始まったことではないし、いつもと同じだと思うけれど。
 それでも千尋がいつもと違って、元気がないように見えたのだとしたら、それはきっと暑さのせいだろう。暑くて暑くて、もうバテバテだったから。うん、そのせいしかない。

「…髪切って涼しくなったから、もう大丈夫です」
「そうですか? ご希望の坊主には出来なかったですけど」
「この長さでも暑さに我慢できなくなったら、今度こそ坊主に」
「自分で刈っちゃう前に、絶対にここに足を運んでください」

 結局髪型は、美容師の提案したベリーショートに落ち着いたわけだが、ここ何年もこんなに短くしたことはないから、これはこれで涼しいし、結構いいと思う。
 地球温暖化が進んで、夏の気温がもっと上がるようなことがあったら、坊主にするかもしれないけれど、そうでなければ、この髪型で夏は乗り切れそうだ。

「ありがとうございました」

 笑顔で美容師に見送られ、千尋は店を後にする。
 店舗がビルの5階にあるため、エレヴェータで下りることになるのだが、先ほど会計のときカバンを開いたら、スマホに着信を知らせるランプが点滅していたので、今のうちに確認しておくことにする。

「…は?」

 数件のメールに、2桁に上る電話の着信。
 こんなストーカーみたいな真似をするのは遥希くらいしかいないけど、遥希の場合、メールの数が多いのであって、電話は用事があるときくらいだから、今回はその数が逆だ。



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恋の女神は微笑まない (133)


 何となく嫌な予感を覚えつつ、千尋はまずメールを開いた。
 そこに表示されていた予想どおりの名前にイラッとしつつ、ついでに電話の着信履歴も確認してみれば、これまた同じ名前のオンパレードで、余計に苛つく。
 そこでちょうどエレヴェータが1階に到着したので、それをいいことに、千尋はメールの受信も電話の着信も見なかったことにして、スマホをカバンの中に戻した。歩きスマホはよろしくない。

 夕方になっても、外の空気は暑苦しくて、千尋は眉を寄せる。まぁ、今まで襟足にも掛かって鬱陶しかった髪を切ったので、多少は楽になったけれど。
 こんな日は、さっさと家に帰って、クーラーのガンガンに効いた部屋で、ビールでも飲むに限る。

「…チッ」

 せっかく千尋が、帰ってからのことを思って、少し気をよくし始めたというのに、カバンの中のスマホの振動を感じてしまった。消音にするだけでなく、バイブ機能も切っておけばよかった。
 仕方なくカバンからスマホを取り出すと、液晶画面には案の定、南條の名前。
 さすがにこれ以上無視し続けると、南條の頭髪が本気で心配になってくるから、出てやることにするか。

「もしも…」
『ああぁぁっやっと出たっ! 何回電話したと思ってんだよっ』
「数えてねぇよ」

 挨拶もそこそこに、一方的に捲し立てて来た南條に、千尋は冷たく言い返す。
 美容室ではカバンを預けていたのだ。着信など、気付くはずもない。

『つか、ちょっと話があるんだけど、いいか?』
「ヤダ」
『えっ』
「イ・ヤ・ダ。お前の話なんか聞きたくない」
『は? え? ちょっ…』

 一応、南條を気遣って、電話に出ることは出たものの、それ以上は優しくしてやるつもりもなく、千尋はにべもなく電話を切った。
 南條からの話なんて、きっとロクなことがない。
 これからご飯でも食べよう、俺がご馳走してあげるから、とかだったら、もう少しくらいは電話を切らずにいたかもしれないけれど、そんなことはまずないだろうし。
 週刊誌でムカついた分が、髪を切ったことで少し緩和されたものの、まだまだ機嫌は十分に悪いから、よっぽどのおもてなしでも受けない限り、南條の話なんか聞いてやる気になどならないのだ。

 ひとまず履歴から南條の着信をすべて削除すると、南條からの電話を気にしなくて済むように、バイブ機能も切ってから、千尋はスマホをカバンの中に戻した。
 今は、暑さをはじめ、色々なことでイライラしているのだから、もうこれ以上、苛立たせてくれるなよ。

 すげなく電話を切られ、困ったように眉を下げているであろう南條の情けない姿を想像し、千尋は少し笑ってから、今度こそ家に帰るべく、歩き始めた。



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恋の女神は微笑まない (134)


 家にまだビールがあったかどうか分からなかったが、もしなかった場合のショックは計り知れないので、念のために6缶パックを2つ買って帰ったら、冷蔵庫には、ビールが4本、缶チューハイが5本と、結構な数が入っていた。
 暑い中、重い思いをして、買って帰って来たのに。
 …筋肉を鍛えるための、トレーニングということにしておこう。

 千尋は普段、一応ギリギリ自炊と呼べるようなことをしているのだが、今日はもうそういうことは一切放棄したい気分だったので、ご飯もみんな買って来た。
 外はまだ明るい時間だけれど、部屋も涼しくなったし、もう飲んじゃおう。
 今日はいろんなことでイライラさせられたから、後はもう、自分を甘やかせてあげたい。

「ぷはぁ~」

 グビッと一気に半分くらいビールを開けると、千尋は大の字に後ろに引っ繰り返った。…まだ、食事の最中だというのに。
 1人で食事なんて寂しすぎるけれど、1人ご飯のいいところは、どんなにだらしない格好で食べても、誰からも怒られないことだろうか。
 もちろん千尋だって、いつもこんなことをしているわけではないのだが、今日はもう、自分自身を戒める力などないのだ。

「はぁ~…」

 さっき南條に八つ当たりしたことで、ちょっとは気が済んだけれど、やっぱり涼しい部屋と、冷たいビールの力には敵わない。
 今日は飲んでさっさと寝てしまおう。それが一番だ。

「…あ、」

 そういえば南條で思い出したけれど、先ほど、南條からの着信が鬱陶しいからと、スマホを消音にしたうえに、バイブ機能も切ったんだった。
 千尋は、朝の目覚ましにスマホのアラーム機能を使っているから、今のままにしていて、明日の朝、音が鳴らなかったら困る。面倒くさいけれど、マナーモードを解除しておかないと。

 起き上がってカバンを取りに行ったほうが絶対に早いのに、こういうところが不精なので、千尋は寝転がったまま、うんと手を伸ばしてカバンを取ろうとする。
 なかなかカバンに手は届かないし、伸ばし過ぎて、腕も若干怠い。

「ん…にゃ」

 ずりずりとカバンに這い寄って行き、やっとカバンを手に取ると、中からスマホを取り出した。
 ホーム画面にメールと電話のアプリが表示されているので、否が応でも着信数が見えてしまうのだが、先ほど南條からの着信履歴は削除したはずなのに、あれ以降、電話の着信が5件もある。
 まさか、懲りずに南條がまた電話を掛けてきたのだろうか。せっかくほろ酔いでいい気分になって来たのに、興醒めだ。
 とりあえず忘れないうちにマナーモードは解除して、仕方がない、今度はこちらから電話をして、もう掛けて来るなと南條に言ってやろう。

「え…」

 テーブルのところに戻って、ビール片手に着信履歴を見れば、今度の相手は南條ではなく、大和だった。5件とも。最初に掛かってきたのが30分くらい前で、それから数分おきに着信がある。
 何だろう…、千尋に電話を掛けてくる人て、こういうストーカーみたいな掛け方をする人しかいないんだろうか。



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恋の女神は微笑まない (135)


「…」

 折り返し、掛けてやるべきだろうか。
 これだけ電話をして来ているということは、大和はきっと千尋とどうしても話をしたいことがあるはずで、タイミングからして、その内容は、千尋が想像していることと相違ないだろう。
 でも今日はもう、あの週刊誌のことには、これっぽちも触れたくないんだけれど。

 ……………………。

 うん、無視しよう。
 もともと千尋は、受信はしても返信はしない人間なのだ。あえてここで、こちらから発信する必要はないだろう。無視だ、無視。

 千尋はスマホを投げ出すと、起き上がって食事を再開した。
 普段は殆どテレビは見ないのだけれど、何も音がないのが急に寂しく思えて来て、テレビのスイッチを入れてみる。時間的には夕方のニュースで、当たり障りのない内容に、ホッとした。

 掻き込むようにご飯を食べて、グビグビとビールを飲んで、よく分からないニュースに耳を傾ける。
 さっそく缶が1本開いてしまって、千尋は冷蔵庫に向かうが、最近飲み過ぎなのも自覚しているので、結局ビールではなく、麦茶のペットボトルを手に取った。
 それから、ビールの空き缶を潰して、無駄に投球フォームを決めてゴミ箱に投げたら、距離にして1mくらいなのに、外した。

「…チッ」

 自業自得なので、千尋はのろのろと缶を拾って、ゴミ箱に入れる。最初からこうしていれば、何のこともなかったのだ。
 しかも、千尋が1人でバカなことをやっていたら、先ほど投げ出したスマホが、部屋の片隅で音を立てていた。
 電話に出られない状況でもないのに、着信音が鳴っていて、それを無視するというのは、いくら千尋でもなかなか出来るものではなくて、千尋は渋々スマホのほうに向かう。
 千尋が電話に出るまでの間に切れないかなぁ…と、若干思わないでもなかったんだけれど、残念ながら千尋が慌てることなくスマホのところに辿り着いてもまだ、電話は切れずに繋がっていた。

「………………」

 表示されていたのは、大和の名前。
 予想どおりすぎて、笑うしかない。

「…もしもし」
『あ、ちーちゃん…。あの、』
「大和くんが何回電話して来たかなんて、数えてないからね」
『え?』
「…何でもない」

 先ほど南條からは、電話に出て早々に、なかなか電話に出なかったことを責められたから、今度は先取りで言ってやったのだが、大和にはそんなつもりがなかったのか、ピンと来ていないようだ。
 先走り過ぎた。



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恋の女神は微笑まない (136)


『ちーちゃん、ゴメン。迷惑掛けて…』
「何が? 別に迷惑なんて掛けられてないけど」
『だって…。あ、まだ見てない…かな? 実は週刊誌…』
「見たよ。今日美容院行ったら、置いてあったから。お試しの恋人がいんのに、どこの誰とコンビニデートしてやがんだよ、て思って見てみたら、俺だったね」
『あ、うん…』

 大和の注意力が足らなかったから写真を撮られたんだ、と言えばそれまでだが、今回の件、何も大和がすべて悪いわけではないのに、思い出したらまたイライラして来て、千尋は冷たい声を出す。

「言っとくけど、俺、女じゃないからね」
『分かってる…、それは分かってるよ』
「大和くんが分かってるから、何? 俺、女に間違われた。男なのに。写真写ってるのに、女、て…!」

 週刊誌の写真には目線が掛かっていたから、あれを見て千尋と思う人はいないかもしれないけれど、だからと言って、女だと記事に書いていいわけではない。
 書いた人は、本当に千尋のことを女だと思ったのかもしれないが、千尋にしたら、間違えたとか、そんな簡単に済まされることではないのだ。

 千尋を知っている人の中には、あれが千尋だと気付いて、男のくせに女と書かれていると嘲笑するかもしれない。
 気にしすぎと言われるかもしれないけれど、千尋の写真が載って、女性だと書かれた事実に変わりはないのだ。

「もぉヤダ、こんなのっ…」

 大和と付き合ったりしたから、こんなふうに写真を撮られて、女に間違われて、週刊誌に載せられたのだ。
 たとえお試しでも付き合わなかったら、大和と知り合いにもなっていなかったら、こんな目に遭わずに済んだのに。

『ちーちゃん、ゴメン。週刊誌の件は、事務所のほうでも…』
「お試しのお付き合い、もうやめる」
『え?』
「大和くんとなんか、絶対に付き合わないっ。ホントの恋人にもなんないし、お付き合いだって絶対にしないっ」
『ちょっ、ちーちゃ…』

 電話越し、千尋を呼ぶ大和の声、何かを言い掛けていたのは分かったけれど、千尋はそれを最後まで聞かずに、電話を切った。

「ううぅっ…」

 感情に任せて言いたいことを言い切ると、ボロボロと涙が零れて来て、千尋はその場に膝を抱えて蹲った。
 別に今回のことで、大和のことが嫌いになったわけではない。単純に、大和に対しての気持ちだけで言えば、付き合いたくないくらい大嫌いなわけではない。
 けれど、大和と付き合うことで女に間違われるのは、死ぬほどムカつくし、絶対に嫌だ。
 身勝手だと分かっていても、嫌なものは嫌なのだ。


 だから絶対に、大和となんか、付き合わない。



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恋の女神は微笑まない (137)


ryu & nanjo

 千尋とともに写った写真が週刊誌に載せられたことで、大和が落ち込んでいるのは分かる。
 スクープされたのが誰か別の相手ではなかったから、浮気を疑われる心配はないだろうけど、売名スキャンダルを欲している女の子と違って、千尋はこういうこと、絶対に嫌いだろうし。

 けれど、スクープされた相手が実は男で、事務所も動いて、この件はこれ以上悪い方向に向かわないはずなのに、どうして南條まで憂いに沈んでいるのか、琉には解せない。

「…おい」
「…………」
「おい、南條」
「………え?」
「青だよ」

 ハンドルを握って、前を見ているはずなのに、信号が青に変わっても発進しない南條に、琉が苛立ったように何度か呼び掛ければ、南條はようやくハッとして、アクセルを踏んだ。

 恐らくマスコミ関係は、もうそれほどしつこく大和を追い掛けないだろうが、タチの悪いファンも中に入るので、心配性の南條が気を抜けないでいるのは分かる。
 しかし、そのために今大和は、琉と別れ、そういう子たちの間で顔の割れている南條ではない、別のスタッフに送ってもらって、自宅ではなく仮住まいとしたホテルに向かっているのだ。
 そこまで過度に心配することもないだろうに。

「心配しすぎだよ、お前。性別偽ってまで記事書くなんて、て社長も怒ってたんだろ? 手打ってくれる、つってんだから、任せときゃ大丈夫だって」

 単に事務所の偉いさんだけでなく、社長まで動くとなったら、もう『絶対に大丈夫』と言っても過言ではない。
 所属している琉たちにしたら、おもしろくて優しいおじさんだけど、革新的で、独創的で、今まで色々なものや人をヒットさせてきた、業界での影響力の大きい人だ。
 多少の真実を混ぜた誇大な記事なら、社長の登場はなかっただろうが、さすがにここまでねつ造された記事となると、黙ってはいられなかったようだ。
 だから、もう大丈夫。

 ただ問題は、故意か過失か、千尋の性別が偽られていたのは間違いないけれど、その千尋が大和と付き合っている、という点が必ずしも嘘ではないということだ。
 お試しとはいえ、2人は付き合っている。
 そのことは、当事者と琉と遥希の4人しか知らないことだから、絶対にばれないけれど、あの記事すべてが嘘だと思っている社長に対しては、少し申し訳ない気持ちになる。

 いや、でもそれだったら、琉がそれを気に掛けて暗くなることはあっても、だからどうして南條がそんなに凹んでいるんだ。

「…なぁ、水落」
「何だよ」
「本当に一ノ瀬と千尋、何にもないんだよな?」
「、」

 まさに今思っていたことを突かれ、まるで心を悟られたような気持ちになり、琉は思わず視線を泳がせた。サングラスをしているから、南條には気付かれなかっただろうけど。



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恋の女神は微笑まない (138)


 まさか南條も、実は大和と千尋の関係を知っていて、だからずっと気に病んで、沈んでいたというのか。
 けれど、誰かが言わなければ、南條はそんなこと知り得ないわけで…………うっかり口走りそうなのは、4人の中では遥希だけれど(恋人なのに、こんなこと言ってゴメン!)、遥希は相変わらず南條のことを、仕事上の人と思っているところがあるから、琉の仕事と関係ない話をするとは思えない。

 なら、千尋だろうか。長年の友人で、気軽に何でも話せる仲だし…。
 しかし、どうがんばっても、千尋が南條に恋バナをしている姿は、想像できない。千尋の場合、恋愛でどんなに悩み苦しんでも、南條にだけは相談しなそうだ。

 後は…、誰かが南條に話さなくとも、南條は千尋と高校来の友人であり、千尋がゲイであることも知っているから、何か気付くところがあったのかもしれない。
 けれど確信が持てないから、わざわざ今、琉にこんなことを確認して来たのではないだろうか。

「…どういう意味だよ」

 内心の動揺を悟られないように、軽く息をついてから、琉は聞き返した。

「前に2回、一ノ瀬に確認しようとしたけど、はぐらかされたから」
「へぇ」

 そのうちの1回なら、琉にも覚えがある。
 週刊誌が発売されて、しかしスクープ写真に写っていたのが千尋だと分かり、南條が事務所に連絡を入れに行こうとしたときだ。何しろ、そのときはぐらかしたのは、他ならぬ琉だし。

「しかも、千尋に話聞こうとしたら、『お前の話なんか聞きたくない』とか言われて、電話切られたし…。めっちゃ怒ってたから、多分アイツも、あの週刊誌見たんだろうけど…」
「単にお前が怒らせただけなんじゃねぇの?」
「それこそ、何もしてねぇよ」

 千尋に話を聞こうとして、それも出来なかったということは、やはり南條はまだ、大和と千尋の関係については半信半疑で、真実は知らないようだ。
 きっと南條には、本当のことを言っておいたほうがいいんだろうけど、大和のことなのに琉が勝手に話すわけにもいかないから、今は黙っているしかない。

「…つか、もし大和とアイツが『何か』あったとして、だったらお前、どうするつもりなんだよ」
「どう、て…。…………別にどうするつもりも」
「だったら別に、何があろうと、聞き出すことねぇじゃん」

 それは、大和に味方したい琉の感情論ではない。
 大和と千尋の間に何かあったとしても、本当に南條がどうするつもりもないのなら、2人の関係を探る必要などないのだ。知ったところで、何もしないのだから。

 しかし、本人に2回、千尋に1回、そして琉にまで確認しようとしているのだ。絶対に『どうするつもりもない』わけがない。
 それを南條に言ってやろうかとしたが、それより先に南條が口を開いた。



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恋の女神は微笑まない (139)


「別に俺は人の恋愛に口出す気はないけど…、………………でも俺は、FATEのマネージャーだから」
「……」

 南條はそこまでしか言わなかったけれど、そこに込められた思いに気付けないほど、琉だって鈍感ではない。
 お互いに好き合っていても、一緒にいられないことだってあるということを、琉はよく知っている。立場や境遇や……自分1人の問題ではない様々なことが、自分たちを取り巻いているのだ。

「でも…、お前たちには幸せになってほしいとは、思ってるんだよ、俺は」

 お前たち――――琉に向かってそう言うということは、それは大和のことだけでなく、琉のことも含まれているわけで。
 胃を痛め、頭が禿げ上がりそうなくらいに心配させられてもまだなお、琉や大和のことを気に掛けてくれる南條は、本当によく出来たマネージャーだ。
 恋愛禁止を謳う事務所ではないとはいえ、男同士でのお付き合いを認めてくれるほどの寛大さはないだろうから、心配性でヘタレな性格の南條が、事務所や社長に内緒で、琉と遥希の関係を容認してくれているのは、奇跡に近い。

 琉としては、これから先も遥希と別れる気など更々ないから、いつか社長にも話して、認めてもらいたいとは思っているけれど、なかなかタイミングがなくて。
 大和と2人でそんな報告をしに行くことになったら、それはそれでシュールか…? とも思うし、それよりもまずは南條に言うべきか? とも思う。
 何にせよ、今回の週刊誌の件が落ち着くまでは、大人しくしているほうがいいだろう。

「まぁ、俺らのこともだけど、自分の心配もしなよ、南條サン」
「どーゆー意味だよ」

 琉はサングラスを外して、ニヤリと笑った。
 ルームミラー越しに、南條がリアシートの琉を見る。

「早く、かわいい恋人、紹介してよ、て意味」
「ッ…! たとえ恋人が出来たって、絶対にお前にだけは紹介せんっ!」

 琉にからかわれて、南條はムキになって返す。
 南條だって出来れば、人の心配より自分の心配をしたいけれど、仕事と恋の両方に同じくらいの比重を掛けられず、いつもどちらか一方だけ……それも仕事のほうにばかり気を取られてしまうから、結局長続きしないのだ。

「そーなの? 俺らだけが幸せになったら悪いかなぁ、て思ったんだけど」
「やかましいわっ」

 最後は冗談のように話が終わって。
 笑いながらサングラスを掛けて車を降りた琉も、その背中を見送った南條も、まさかもう、1つの恋が終わっていたことなど、知る由もないのだった。



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恋の女神は微笑まない (140)


chihiro & haruki

 まったく…。
 相変わらず、千尋の働く店の位置情報が危ういくせに、どうして遥希はわざわざ店まで来ようとするんだろう…。

『ちーちゃ~ん、迷ったぁ~』

 千尋の店まで迎えに来ると言った遥希の言葉に従って、暑い中、千尋が大人しく店の前で待っていたら、遥希からのヘルプを求める情けない声の電話が。
 文句の100個くらい言いたいのをグッと我慢して、千尋は遥希に今いる場所を尋ねるが、遥希からの返事は『分かんない…』だ。

「じゃあ、来た道戻って、駅まで行って」
『え…』
「分かんなくなったら、人に聞くっ」
『は、はいっ』

 不安そうな声を出す遥希に活を入れて、千尋は自分の駅へと向かった。
 前もそうだったけれど、こんなことなら駅で待ち合わせをすればいいし、というか、結局行き先は千尋か遥希の家のどちらかになるんだから、最初からそちらへ向かえば済むことなのに。

「…いないし」

 千尋よりは遥希のほうが駅に近い位置にいるんだから、千尋が駅に着くころには、遥希がそこで待っていると思ったのに。
 まさか出口を間違えているとか? でも、前回も駅で待ち合わせたし、それはないと思うんだけど……と思っていたら、キョロキョロしながらやって来る遥希の姿が見えた。
 しかし、遥希のほうはまだ千尋を見つけていないのか、不安そうな顔で周囲を見回している。
 いや…、駅までの道が分からないんだとしても、ついさっき通ったばかりの道なんだから、少しくらい見覚えがないんだろうか。

「はぁ~っ」

 いくら相手がまだこちらに気付いていないとはいえ、この間の遥希のように、声を張り上げて名前を呼んでやる気にはなれないので呼ばないけれど、そうすると、遥希は一体いつ千尋に気付くんだろう。

「…ハルちゃん、」

 とりあえず、遥希のことを呼んでみる。
 そばにいても、よく聞いていないと聞こえないくらいの声で。
 それは、わざわざ千尋が呼ばなくても、いい加減、遥希ももうそろそろ千尋の存在に気付くだろうと思ってのことだったんだけれど、この様子だと、とても気付きそうにない。

「ハルちゃん」
「あっ…………えっ? ちーちゃんっ! 髪!!」
「だから、声デカいってば」

 千尋の1メートルくらい前まで来ていてもまだ、ちーちゃんいない…とボンヤリしている遥希に、若干の苛立ちも混ぜながら、千尋が声を掛けると、遥希はようやく千尋の存在に気付いたようだ。
 しかも、声がデカい。
 これでは、何のために千尋が声を大きくしないようにしていたのか分からない。



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