2013年09月
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キャラメル・シュガーの王子様 (17)
若干口元を引き攣らせつつ、愛菜が尤もらしいことを言って、やんわりと断りを入れた。
しかし睦月の熱血は、そんなことでは冷めやらぬようで、足踏みまで始めて部屋の中を見回している。愛菜たちがダメなら…と、次なる相手を探しているのだ。
「じゃあ、誰が一緒に走るのっ? カズちゃん?」
「えっ!? ヤ、ヤダッ!」
声を掛けられないようにと頭を下げていたのに、それこそ無駄な努力で、あっさりと名指しされた和衣はしかし、即行で拒絶した。
体を動かすこと自体は好きだから、睦月に誘われれば、いくらでも走るのに付き合ってやってもいいけど、今だけはゴメンだ。お腹いっぱい過ぎて、動きたくない。
「そうなの? でも、甘いのこんないっぱい食べちゃって、動かないとぶよぶよに太っちゃうよ?」
「ッ…!!!! 走るっ!」
何気に辛辣な睦月の言葉に、単純な和衣はすぐに乗せられて、サッと立ち上がった。
だって、ぶよぶよに太っちゃったら、祐介に嫌われちゃうかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ!
「走ろう、カズちゃん!」
「はいっ!」
そして唖然としているみんなを残し、2人は部屋から駆け出して行ったのだった。
………………。
「何気にむっちゃん、言うことがヒドイ気がすんだけど…」
「甘いのこんなにいっぱい食べて、て…………このバケツプリンパーティーがそもそもの原因なのに…」
「ぶよぶよ…」
集まったメンバーそれぞれの心に、多かれ少なかれ何かを残して、バケツプリンパーティーは終幕を迎えた。
――――とりあえず1つ言えることは。
「もう当分プリンなんて、見たくもねぇ~~~~~!!!!」
*END*
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カテゴリー:Baby Baby Baby Love
もしかしたら君は天使かもしれない。 (1)
「ねぇねぇ、浴衣持ってるでしょ? 10日、浴衣着て来て?」
テストも終わって、夏休みを待つだけの昼下がり、大学のカフェテリアにいたみんなのもとにやって来たのは愛菜と眞織で、何の前置きもなく、そして当然のようにそう言ったのだ。
「………………え…?」
そう聞き返したのは、祐介だ。
聞き返した、というか、あまりにも意味が分からな過ぎて、つい言葉が漏れていただけのことで、状況としては、ポカンとしている他のみんなと同じだった。
いや、唯一睦月だけは、硬すぎてスプーンが刺さらないカップアイスに集中していたから、愛菜の言葉は聞こえていなかったんだけれど。
「10日、浴衣着て来てよ。誰か2人でいいんだけど」
しかし愛菜は、みんなが困惑していることに気付いているのかいないのか、浴衣を着て来てほしい理由を特に付け加えることもなく、話を続けている。
誰か2人でいい、ということは、愛菜と眞織は今、この中の誰か特定の人を誘ったわけではなく、浴衣を持っていて10日が空いている人なら誰でもよくて、声を掛けて来たということだろうか。
ますます以って、意味が分からない。
「えっと…………10日、何があるの?」
誰も何も言えずにいた中、ようやく肝心な部分の質問をしたのは、和衣だった。
愛菜と眞織の、『何で誰も何も言わないの?』という雰囲気が、和衣には耐えられなかったのだ。
「あぁ、これこれ。これ行きたいんだけど……てか、チケットは取ったんだけどね、相手がいなくて」
眞織がカバンから取り出したチラシを覗き込めば、それは、とある音楽イベントのチラシで、カップルで浴衣着用のうえ、来場するように書かれている。
「浴衣…」
「カップル…」
なるほど…と、ようやくみんなは納得した。
要は彼女たちは、この音楽イベントに参加したくてチケットも取ったものの、一緒に行く相手がいないから、この中から適当に相手を探して、お供させようということなのだ。
「別にチケット代、出せとか言わないから! ね、いいでしょ?」
愛菜が両手を合わせて、頭を下げた。
ヤバイ、結構気合入ってる…。これはきっと、誰かが承諾しない限り、解放してもらえないに違いない。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (2)
最初のそう打ち明けたのは、和衣だ。
愛菜たちの強引さが嫌で逃げたかったからではなく、最初から条件である『浴衣着用』の部分をクリアできていないので、期待させないうちに、そう告げたのだ。
「マジで!? カズちゃん、浴衣持ってないの?」
「持ってないよ」
そんなに驚かれること? と和衣は、他のみんなの顔を見回す。
もしかして、この中で浴衣を持っていなかったの、和衣だけ?
「いや、俺も持ってねぇよ」
「俺も」
和衣の心の中の疑問に答えるように、みんな、浴衣を持っていないことを白状する。
そんな中で、睦月だけは、相変わらず静かだ。
「むっちゃん持ってんの?」
「……」
「むっちゃん?」
「…ん?」
持っていない、と言わないから、持っているのかと思って尋ねても反応がなく、何度か声を掛けたところで、ようやく睦月は顔を上げた。
「え、何?」
「だから…………いや、むっちゃん、その前にさ、話聞いてた?」
浴衣を持っているのかどうか聞き直そうとして、しかしそれ以前に、睦月は話を聞いていたのかという根本的なところに辿り着き、眞織は質問を変えた。
「話? つか、ねぇねぇ聞いてよ眞織ちゃん。このアイスさぁ、すっごい硬くてスプーン刺さんないんだよ? やっとここまで食べた!」
「………………。あ、そう…」
カップ半分くらい残ったアイスを見せつけてくる睦月に、どうしようもない虚無感に襲われたのは、愛菜と眞織だけではないだろう。
何となく誰も言葉が続かず、静かになった中、睦月は何も気にすることなく、再びアイスに向き合った。
「あっ、食べたかった? はい」
沈黙の中、その原因など分かっていない睦月は、スプーンに1口分アイスを掬って、眞織のほうに差し出した。
先ほど眞織が声を掛けて来た理由を、話を聞いていなかった睦月なりに解釈した結果だろう。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (3)
「うん」
その言葉に、睦月はパクリとスプーンごとアイスを食んだ。
やはりどうしても、誰も睦月には敵わないのだ。
「えっと…、――――で、誰が一緒に行ってくれる?」
ものすごく無理やり話を軌道修正したのは愛菜で、しかも、まだ誰もOKとも言っていないし、そもそも浴衣を持っていないと言っているのに、どうしてそういうことになっているんだ?
「でもこれ、カップルで浴衣着用じゃないとダメなんでしょ?」
「そう。何なら浴衣ぐらい買ってあげるわよ? だからカズちゃん、一緒に行こ?」
「ちょっ…そういうことじゃなくて!」
同級生の女の子に浴衣を買ってもらう、て一体どんな状況!? と、和衣はビックリして声を大きくするが、きっと彼女たちにしたら、そのくらいしてでも行きたいイベントなのだろう。
でも、和衣が言いたかったことは、そのことではない。
「そうじゃなくて、カップルで、て…」
どうにかして浴衣を調達して、そのイベントに行くことになったとしても、この中の誰も、愛菜と眞織の彼氏ではないのだから、『カップルで』という条件を満たすことが出来ないのに。
「そんなの、入場するときに一緒にいればいいだけの話でしょ。カップルかどうか証明する方法なんか、元々ないんだから」
「なるほど…」
それは恐らく開催者の意に反することではあるけれど、愛菜の言うとおり、証明する方法などないのだから、形だけでもカップルを装って入場すれば、後はどうとでもなるわけだ。
あぁだから、誰か2人……誰でもよかったのね…。
(浴衣か……いいな)
行き先はともかく(和衣はその手の音楽イベントとか、まったく疎いのだ)、祐介と一緒に浴衣で出掛けるとか、すごくいいと思う……と、和衣は浴衣姿を想像する。
まぁ今回は、和衣がいいと言っても、誰かもう1人が祐介でなかったら、何の意味もないのだけど。
「ねぇ…」
「俺、行ってもいいよ」
「えっ!?」
和衣が祐介に、どうする? と聞こうとしたのと同じタイミングで、このイベントへの参加に了承の返事をしたのは祐介…………ではなく、翔真だった。
驚いて声を上げた和衣は、慌てて口を塞いだ。
これでは、『何でこんなイベントに行くの?』と、批判的な意味で声を上げたと思われかねないから。
そうじゃなくて、和衣がちょっと乗り気になったのに、翔真に先を越されてしまったから、ビックリしたのだ。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (4)
「…ん。出演者とか、ちょっと興味あるから」
途端に顔を輝かせる現金な愛菜に、翔真はチラシを返す。
「じゃあ、あと1人…」
しかしここで和衣は今さら手を挙げなかった。
だって、行きたかったのは、祐介と一緒に浴衣でお出掛けできるかも…と思ったからで、このイベント自体にはそんなに興味がないから、相手が翔真なら、わざわざ行かない。
「亮、行かね?」
「えー?」
和衣はてっきり、翔真はもう1人の相手に真大を選ぶのかと思っていたのに、意外にも亮に声を掛けたものだから、和衣はさらに驚いた。
確かに今この場に真大はいないけど…。
(亮、ショウちゃんと一緒に行くのかな…)
人のカップルのことなのに、和衣は気になってチラリと睦月を見れば、睦月はまったく何も分かっていない様子で、カップアイスを平らげたところだった。
「真大と行けよ。浴衣なんて面倒くせぇ」
しかし、真大に気を遣ったのか、睦月が気になったのか、本当に浴衣が面倒くさかったのかは知らないが、亮はあっさりと断った。
「真大かぁ…、行くかなぁ」
「聞いてみてよ」
愛菜に促されるまま、翔真は真大にメールしているけれど、もし真大が都合悪かったら、やはり和衣たちの中からあと1人、選出しないといけないのだろうか。
しかし、亮はすでに、行きたくない意志を表しているから、そうなると、和衣か祐介? 睦月は当てにならなそうだし…。
もちろん、愛菜たちにそこまでの義理はないのだが、何となくそうしないわけにはいかない、というか、断ったら後が怖いというか……そんな気がするのだ。
和衣的にはそんなに行きたくないけれど、祐介が浴衣でこの3人とお出掛けするほうがイヤだから、だったらやっぱり、我慢してでも和衣が行くべきだろうか。
「真大もいいって」
「うぇっ!?」
真大からの返信を読み上げた翔真に、和衣はまた変な声を上げてしまい、慌てて口を押さえた。
何だ…、和衣が余計なことまで、グルグル考える必要なかった…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (5)
1人で勝手に思い悩んでいた和衣に気付くことなく、愛菜と眞織は喜んでハイタッチしている。
悩んで損したけれど、彼女たちのお供が翔真と真大に決まってよかった。
「用意するのはいいけど…………浴衣と帯があればいいわけ? つか……用意して、どうすんの?」
「は?」
「どうやって着んの?」
「はぁ~? ショウ、浴衣着れないの?」
「うん。つか、普通出来なくね?」
浴衣の着方が分からないこと、そんなに驚かれるとも思わなかったのに、翔真が言えば、愛菜も眞織も唖然としている。
でも翔真は、亮も和衣もそんなこと出来ないのは知っているし(和衣に至っては、ネクタイすら自分で結べないのだ)、そんなに珍しいことではないと思うのだが…。
「ショウちゃん、浴衣着れないの?」
アイスを食べ終わって、ようやくみんなの話を聞くようになっていた睦月が、首を傾げている。
え、睦月にまで驚かれるようなことだった? この中では睦月が、一番浴衣に興味がなくて、面倒くさがりそうなのに…。
「え…、むっちゃんだって出来ないでしょ?」
「浴衣着るの? 出来るよ?」
「「「「「ええぇっ!!??」」」」」
睦月だって出来ないくせに、どうしてそんなことを…と思って尋ねれば、睦月から驚きの返事が返ってきて、亮や翔真、和衣だけでなく、愛菜と眞織も声を大きくした。
愛菜と眞織は、浴衣の着付けくらい普通出来るでしょ? と思っていて、出来ないと言った翔真に心底呆れたのだけど、この神業級に不器用な睦月だけは、無理だろうと思っていたのだ。
「え、むっちゃん、浴衣の着付け、出来るの!?」
「出来るよ」
驚きのあまり、もう1度確認するように聞き直しても、睦月は平然とそう答える。
その顔は冗談を言っているようには見えなかったけれど、睦月は時々シレッと壮大な嘘をつくから(宇宙人を見た的な)、これもまた、そういう類のこと?
「…………ホント?」
睦月のことを信用していないわけではないが、こればかりはどうしても信じられなくて、みんなの視線は祐介に向く。
睦月と幼馴染みである祐介なら、真相を知っているはずだ(そして彼が嘘をつくはずが、それこそない)。
「…ホント」
「「「「「マジぃ~~~!!??」」」」」
祐介は、5人のあまりの驚きぶりに若干口元を引き攣らせているようだったが、コクリと頷いた。
その答えに、5人は再び絶叫した。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (6)
「どうやって着れるようになったの!?」
「だってむっちゃん、浴衣なんか持ってないじゃん!」
みんな驚き過ぎて、矢継ぎ早に睦月に質問をぶつけた。
だって、睦月と浴衣の着付け…………どう考えても結び付かない…。
「浴衣、実家にある」
みんなが一遍にいろいろと聞いてくるから、わけが分からなくなって、睦月はとりあえず、覚えていた最後の質問にだけ答えてみた。
でも、それに答えただけでは、みんなの気持ちは収まらなかったようで、すぐに、『それで!?』と睦月に詰め寄ってくる。
「どうしたのカズちゃん、そんなおもしろい顔して」
「に゛ゃっ!? してないっ! てかっ!」
もし和衣がおもしろい顔になっていたとしたら、それは完全に睦月のせいなのに、何をそんなのん気なことを…。
大体、和衣は今、睦月が浴衣の着付けが出来ると知って、かなりショックを受けているのに(だって、睦月だってネクタイ1人で結べないし、卵も1人で茹でられないほど不器用なのに…!)。
「むっちゃん、何で浴衣の着付け、出来るの?」
とにかく焦っていても仕方がない、と一呼吸おいて、和衣を制した眞織が尋ねる。
祐介にその事実を肯定されてもまだなお、睦月が1人で浴衣の着付けが出来るとは、信じられないでいるのだ。
「何で、て……出来ないと、浴衣着れないじゃん」
「そーだけど! そうじゃなくてっ!!」
「ねぇねぇ亮、眞織ちゃんがおもしろいよ」
「………………」
せっかく冷静になって聞き直したというのに、睦月が微妙に的外れな答えをするものだから、眞織は頭を抱えてから、テーブルをバシバシと叩いていた。
眞織の気持ちが分かるだけに、その様子を『おもしろいよ』と言われても、亮としても、返す言葉がないのですが…。
「あー…………睦月のお母さん、夏は浴衣! とか、結構気合入ってて、夏休みになると、お祭りとかじゃなくても、しょっちゅう浴衣着せられてたんだよね…」
多分睦月は、みんながこんなに驚愕している理由を一生気付けず、的確な返事は出来ないと思ったので、代わりに祐介が、みんなの聞きたがっていることを答えてやった。
「それでむっちゃん、自分で着付けしてたの!?」
「うん、小学校くらいのころから…」
「小学生…」
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カテゴリー:Baby Baby Baby Love
もしかしたら君は天使かもしれない。 (7)
しかし、いくら睦月が究極不器用でも、小学生のころから毎年浴衣の着付けを自分でやっていたのなら、今だって1人で出来て当然だし、出来ることをみんなに驚かれて、不思議がるのも無理はない。
にしても、小学生の子どもに浴衣の着付けを自分でやらせようという、母の情熱もすごいものが…。
「…むっちゃんて、そのころはそんなに不器用じゃなかったの?」
祐介の、和衣とは反対側の隣に座っていた翔真が、こっそりと祐介に尋ねた(さすがに本人がいる前で、堂々とは聞けなかったのだ)。
どんなに母親が気合を入れまくっても、睦月の性格からして、出来ないものは出来ないと突っ撥ねそうだから、とすれば、そのころは、ここまで不器用でなかったとか…。
「いや…、めっちゃ不器用だったよ」
「え、そうなの?」
「だからいっつも、すごい怒られてた」
「……」
さすがの睦月も、母親には勝てなかったということか。
母の情熱、恐るべし…!!
「え、じゃあ、祐介も出来んの? 浴衣の着付け」
「うん、まぁ一応…」
睦月母の情熱は、自分の息子だけでなく、その幼馴染みにまで向けられていたのだが、睦月と違ってそれなりに器用で、物覚えのよかった祐介は、そのことで怒られた記憶はない。
大体いつも、『もうヤダぁ~~!!』と言って喚き出す睦月を、宥め賺す係りだったのだ。
「でもよかったじゃん。むっちゃんにやってもらえば、浴衣着て来られるじゃない」
「うん…………まぁ…、…………うん」
子どものころから、ビシビシと母親に鍛えられた腕は本物だろうけど、祐介も着付けが出来ると知ってしまったら、何となく、睦月よりも祐介にやってもらいたい気がする…。
「じゃあ、10日だから。よろしくね」
心の中でとはいえ、中々に失礼なことを思っていた翔真の肩をバシッと叩いて、愛菜と眞織は笑顔で去って行った。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (8)
愛菜たちとの約束の日、睦月が翔真の、祐介が真大の着付けをしてやり、2人は浴衣姿になった。
というのも、翔真の部屋に集まった途端、睦月が『じゃあショウちゃん、よろしくね』と、翔真の浴衣を手に取ったので、自然と祐介が真大を担当することになったのだ。
睦月は、相変わらずの人見知りから、未だに真大と打ち解け切れていないから、翔真を選んだのだろう。
しかし、翔真が心配していた睦月の不器用さ加減は発揮されず、ビシッときれいに決まったので、翔真は、少なからずその腕前を疑ったことを申し訳なく思った。
このときほど、『人は見掛けに依らない』という言葉が、ピッタリと当て嵌まる瞬間はなかったのではなかろうか。
真大も相当驚いていたようで、手際よく翔真に浴衣を着せて、帯を巻いていく姿に、絶句していた。
「はぁ~…、でもホントにむっちゃん、浴衣の着付け、出来るんだねぇ…」
イベントも終わり、興奮も冷めやらぬまま入ったチェーンのコーヒーショップで、豆乳ハニーラテなる飲み物を頼んだ眞織が、一気に半分くらい飲んだところで、しみじみとそう言った。
愛菜と眞織的には、お酒の飲めるところがよかったのだが、翔真と真大が、この後に用事があると言うので、とりあえずの休憩ということで、ここに入ったのだ。
「ホントにむっちゃんがやったの? 祐介くんじゃなくて?」
「やったって。お前、疑い過ぎ」
「だぁって。あのむっちゃんが! て思わない?」
「いや、そうだけど」
今日、浴衣姿でやって来た翔真と真大に、会って早々からイベントが始まるまでの間、愛菜と眞織は散々、今と同じことを聞いてきたのだ。
確かに翔真も、睦月が本当に出来るかどうか疑っていたし、出来れば睦月でなく祐介にやってほしいとは思っていたけれど、実際に睦月に着付けをしてもらった今となっては、そんなに疑わなくても…と思ってしまう。
「でもショウ、これから気を付けてよ?」
「は?」
マンゴーフローズンヨーグルトを飲み干した愛菜が、翔真のほうに顔を寄せて、意味ありげな表情で言って来た。
先ほどまでの会話からして、愛菜が言いたいのは、浴衣の着付けに関することだろうけど、それにしても、気を付けろ、とは?
「『は?』じゃなくて。だってショウ、浴衣の着付け、出来るようになったわけじゃないんでしょ? むっちゃんに着せてもらっただけで」
「そうだけど……だから?」
せっかく買った浴衣、もうこれで着なくなったらもったいないとは思うけれど、着る機会もなかなかないから、次がいつになるか分からないのに、今すぐ1人で着付けが出来なくても、別に困らない気がするのだが…。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (9)
「は?」
「2人とも持って来てないんでしょ?」
「持って来てないけど…………何?」
愛菜の言わんとすることが分からず、翔真は首を傾げる。
確かに今は着替えを持って来ていないけれど、それでどうしてバカ呼ばわりされたいといけないのだ。わけが分からない。
「バカ、着替えがないのに脱いじゃったら、何着て帰るのよ!」
「は?」
ひどく真面目な顔で愛菜は力説するが、やはり翔真は理解できない。
しかし、愛菜の隣にいる眞織が呆れた顔をしているから、彼女はもう、愛菜の言葉の意味が分かっており、何も分かっていない様子の翔真に唖然としているのだろう。
「翔真くん、翔真くん…」
「ん?」
翔真が頭の中を『?』でいっぱいにしていたら、隣の真大が、翔真の浴衣の袖を引っ張りながら小声で名前を呼ぶので、見れば、真大は眉毛を下げて、ひどく困った顔をしていた。
「あの、翔真くん…」
珍しく真大が、何か言いづらそうにしている。
そしてその視線は、困った表情のまま、翔真と愛菜を行ったり来たりしていて。
「はぁ~…。ショウて、時々すっごい天然だよね…」
「何それ」
わざとらしいまでに大きい愛菜の溜め息に、翔真は、おもしろくなさそうに、カップの中の氷をザクザクとストローで掻き混ぜた。
どうやら、話が分かっていないのが自分だけだと、ようやく気付いたようだ。
「だからー」
「何だよ」
「この後に用事がある、て…………2人でどっか行くんでしょ? 盛り上がっちゃって、着替えもないのにホテル行って脱いじゃったら、帰り、何着て帰んのよ!」
「………………。ッ! はっ!? ちょっ、何言ってっ……バッ…!」
これ以上遠回しに言っていたのでは、一生掛かっても翔真には伝わらないと悟ったのか、愛菜はバシッとテーブルを叩いて、思い切りズバッとはっきりそう言った。
さすがにここまで言われて分からないほど、翔真も経験値が低くはない。というか、普通だったら、着替えがないのだから気を付けろ、と言われた時点で気付けたのだ。
しかし、そういうことは、自分たちの関係を知っている人間しか言えないから、まさか愛菜がそんなことを言うとは思ってもみず、何のことかさっぱり分からなかったのである。
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カテゴリー:Baby Baby Baby Love
もしかしたら君は天使かもしれない。 (10)
声を引っ繰り返して動転している翔真に、愛菜は、本気で呆れました! という顔をして、もう1度溜め息を零した。
いやいやいやいや、しっかりはしてますけど…。
「いや、あの、愛菜さん…」
「何よ」
1人遅れてすべてを悟った翔真が、困惑を隠し切れずに愛菜に声を掛ければ、冷たい視線が返って来る。
鈍感で、愛菜曰く『すっごい天然』の翔真に、ほとほと呆れたのだろうが、それよりも今は確認したいことが…!
「えっと…」
「…翔真くん、」
「あ? え?」
愛菜さん、あなたは俺たちのこと、一体どこまで知っているんですか…!?
そう聞こうとした言葉は、再び真大に袖を引っ張られたことで、声にはならなかった。そんなこと確認するな、ということなのだろうか、混乱している翔真には、分かりかねた。
「愛菜~、もういいじゃん、ショウだって、そこまでバカじゃないって」
「どうだか」
「あ、でも寮のあの部屋はダメね。こないだバケツプリンのとき行ったけど、音、外まで聞こえるもんね」
すっかり呆れ返っている愛菜に対し、翔真のフォローをしてやった眞織だが、その後に続いた言葉に、翔真は結局撃沈するはめに。
そう言えば眞織は先ほど、翔真よりも先に、愛菜の言いたいことを理解していたのだ。彼女だって、翔真と真大の関係に気付いていないわけがない…!
「あの、お2人は一体…」
「ねぇ愛菜ぁ、お店混んじゃうから、もう行かな~い?」
「あ、行こ行こ。じゃあね~」
「ごゆっくり~」
爆弾を落とすだけ落として、愛菜と眞織は何でもないような顔で席を立った。
かわいらしい笑顔で手を振って去って行く2人に、真大は作り笑顔で手を振り返したが、翔真はただポカンと口を開けたままで。
「…翔真くん、俺らも帰ろっか」
「…………」
「翔真くん!」
「はぇっ!?」
呆然としていた翔真は、真大に呼ばれて、ようやく我に返った。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (11)
「あ、うん…」
言われて、翔真はのろのろと立ち上がった。
真大が、サッと2人分のカップを手にするから、翔真は、自分の分くらい…と手を伸ばそうと思ったけれど、それより早く、真大はさっさと歩いて行ってしまった。
「真大、あの…」
「何?」
ダストボックスのところで、残った氷と、プラスチックのカップと、ストローの袋を分けている真大に追い付き、声を掛けたのに、何だか素っ気ない。
え、もしかして怒ってる?
その理由を考えてみて、思い当たることと言ったら、先ほどまで一緒だった愛菜と眞織の爆弾発言しかない。
別に2人の関係を恥じて隠したいわけではないが、自分の知らないところで人にバレていたとなったら、非常に気まずいし、恥ずかしい。
今までに何回か一緒になったことがあるとはいえ、愛菜と眞織は真大にとっては先輩だし、2人はあの性格だから、表に出せなかっただけで、実はずっと怒っていたんだろうか。
「あのさ、さっきの、アイツらの…」
「…外出て喋んない? ここ人多いし」
「あ、うん」
そういえばここは、混雑したチェーンのコーヒー店で、ざわついた店内では、他人の会話など、その気になって聞き耳でも立てていなければ、内容など入って来ないだろうけど、まぁ……こんなところでする話ではないと思い直し、翔真は素直に真大の言葉に頷いた。
「あの……さっきの…」
「翔真くんさぁ、」
「え、何?」
外に出て少し歩いたところで再度声を掛ければ、真大は先ほどのように困ったように眉を下げた顔で、少し強めの口調で翔真のことを呼んだ。
やっぱり、愛菜たちにバレていたこと…
「もぉ~、翔真くん、何であんなに言われるまで、何言われてるか分かんないわけ!?」
「…は?」
「普通さ、すぐ気付くでしょ!? 『着替え、ないんでしょ?』て言われた時点で!」
「は? いや、だって…、え?」
あ、あれ?
真大が怒ってるの、愛菜と眞織に関係がバレてたからじゃ…?
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (12)
「え? え? さっきの?」
「普通、あそこまで言われたら気付くでしょっ? つか、あそこまで言われる前に気付くって! 何ハッキリ言われてんの!」
「だって…」
真大が、翔真の思っていたような理由で怒っていたのではないと分かり、若干ホッとしてみたものの、つまるところ、怒っていることには変わりがない。
翔真は、慣れない浴衣姿で、懸命に真大の後を追う。
「だって、愛菜が俺らのこと気付いてるとか思わなかったし。分かるわけねぇじゃん」
「俺は分かった! てか、あの2人が俺らのこと、全然気付いてないとか、ホントに思ってたの?」
「え、真大、知ってたの? アイツらが気付いてる、て」
「………………。はぁ~…」
キョトンと返した翔真の返事に、真大は一瞬の間の後、肩を落としながら溜め息をついた。
別に真大とて、愛菜と眞織が自分たちの関係に気付いている、と確信していたわけではない。学年も違う2人とは、これまで何度会っているが、込み入った話などしたことはなかったし。
ただ翔真が、あの学園祭の女装コンテストでは、幼馴染みである和衣でなく真大にずっと付いていた上に、その後も何かにつけて一緒にいて、今回だって、普段一緒の仲間の誰かでなく、わざわざ真大を選んだとなれば、単なる先輩・後輩の関係でないこと、あの2人なら気付いていても不思議ではないのに。
「翔真くんてホント…」
「何だよ」
「…何でもない」
天然……と、愛菜のように言ってやりたかったが、本人がまったく気付いていないのだから(だからこそ、天然なのだろう)、言うのはやめておいた。
「…もういいや。早く行こ、翔真くん」
「え、うん。え? どこに?」
少しだけ歩みを速めた真大に、翔真は慌てて隣に並ぶ。
盗み見た真大の横顔は、先ほどよりも穏やかだ。
「どこ、て……さっきまでの会話の流れで、行くトコなんか1つでしょ? ホントに分かってないの? 今度こそ怒るよ?」
…穏やかだと思っていた真大の顔、眉間にしわが寄る。
今度こそ、ということは、さっきまでのアレは、怒っていたわけではなかったのか……なんて思っていたら、ギロリと睨まれた。
「あ、えっと……ゴメン、降参、です…」
愛菜と眞織に関係がバレていたことを知って、混乱しているところに来て、真大が若干ご機嫌斜めなので、いつもより頭がうまく働かないのだ。
いつまでもまごまごと考えているより、さっさと観念したほうが、被害は拡大しない。
「俺んち、でしょ?」
「え、真大んち?」
「………………。嫌ならホテルでもいいけど?」
「ッ…!!」
真大の言葉の意味を理解するのが遅れた翔真は、その後に付けくわえられたセリフに、慌てて首をブンブンと振る。
「じゃ、行こっか、翔真くん。早く帰って、お代官様ごっこ、しよ?」
「バッ…しねぇよっ!」
屈託のない笑顔でそう言った真大の言葉を、翔真は今日一番の速度で理解し、即座に拒絶したのだった。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (13)
もちろん2人に忠告されるまでもなく、この格好でホテルなんかに寄るつもりなど最初からなかったから、ちゃんと真大のアパートにやって来たし。
大体翔真は、愛菜の言いたいことはすぐに理解できなかったけれど、浴衣を脱いでも自分では着れないことは、ちゃんと分かっていたのだ。
「あぁ~~っつい!!」
ドアを開けて中に入れば、閉め切った室内は、蒸し暑い空気が充満している。
真大は履いていた下駄を脱ぎ捨てると、ダダダーッと駆けていってエアコンのスイッチを入れた。その後ろ姿に、翔真は苦笑いする。
「あの会場もさぁ、すっごい暑かったよね」
「人、多かったからな」
冷房の直下で、浴衣の胸元を広げながら、真大は冷風を浴びている。
翔真は古典柄のベーシックな紺色の浴衣を着ているが、真大が着ているのは今どきらしいレオパード柄だ。以前よりもだいぶ明るくなった髪型とも合っていると思う。
「翔真くん」
「ん?」
真大にちょいちょいと手招きされて、翔真は素直に真大のそばに行く。
エアコンの冷たい風が気持ちいい。
「浴衣似合うね」
「え? あ、そう? …ありがと」
真正面から真大にそう言われて、翔真は素っ気なく返事をすると、照れたように視線を外した。
まるでアイドルのような甘いマスクで、昔から女の子に持て囃されてきた翔真だったけれど、必ずしもそれは彼にとって嬉しいことばかりではなかったから、翔真は外見について褒められると、どんな態度を取っていいか分からなくなるのだ。
「似合ってるよ――――今すぐにでも脱がしちゃいたいくらい」
「…は? 何、脱がしたい、て。似合ってんじゃねぇの?」
「似合ってるからだって。脱がしたくなる気持ち、翔真くんだって男なんだから、分かるでしょ?」
「…………」
…まぁ、分からないばかりじゃないけれど。
まさか自分が言われることになるとは思っていなかったから、戸惑っただけだ。
「じゃあ、行くよ?」
「ぅん?」
翔真の帯に手を掛けた真大が、何やら期待に満ちた目で見つめてくる。
浴衣を脱がせてくれる、ということなんだろうが…………その顔は?
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (14)
「バッ…」
そういえば確かに真大は、さっきそんなことを言っていたっけ。
でも、あのときもそんなのただの冗談だと思っていたし、だからこそ、そんな他愛もないこと、帰ってくるまでの間に忘れていた――――けれど。
「じゃあ行っくよぉ~」
「ちょっ待て待て真大!」
「翔真くん、ちゃんと『あ~れ~』て言ってね」
「うわっ」
帯の結び目を解いた真大は、ニッコリと笑うと、翔真が止めるのも聞かず、帯の端を掴んでグイッと引っ張った。
翔真はもちろん、お代官様ごっこなんかするつもりはなかったけれど、帯を引っ張られた勢いで、体がクルッと一回転して、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
「って~…」
「もぉ~翔真くんてば大胆なんだからぁ~!」
「バカかっ」
「えへへ」
それっぽい悲鳴も、『おやめください、お代官様』と許しを請うことも出来ないまま、ベッドに突っ伏した翔真に、真大が気の抜けるようなことを言ってくる。
でも、無邪気に笑いながら、翔真の上に被さるようにベッドに乗ってくる真大を見ていると、怒るのがバカバカしくなるというか、何だかいろいろどうでもよくなってくる。
「でもさ、やっぱ浴衣てエロいよね。特に脱ぎ掛け」」
「変態か」
「だって何かいつもと感じ違うし…………て、ちょっ待って」
言いながら翔真に伸し掛かろうとした真大が、首を振りながらベッドから降りた。
「どうした?」
「何か……足が…。ちょっと待って翔真くん」
何があったのかと翔真が少し体を起こして見遣れば、真大は半笑いで、自分の浴衣の帯に手を掛けている。
足が…と言ったが、真大は別にケガなどしていなかったはずだから、もしかして、今日1日、慣れない草履を履いていたせいで、何かあったのだろうか。
それにしては、真大は足を気にしたふうもなく、浴衣を脱いでいるのだが…。
「真大?」
「やっぱダメだ、浴衣。足が……開かない」
「は?」
ベッドに乗ったはいいものの、浴衣は巻き付けるようにして着ているから、足が思うように開かず、どうにもならなくなったらしい。道理で苦笑いしているわけだ。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (15)
「だって…………あっ、翔真くん待って! ダメ!」
しょうがねぇなぁ、なんて思いながら、翔真も、中途半端になっていた自分の浴衣を脱ごうとしたら、なぜか真大に慌てて止められた。
「脱がないで!」
「え、何で?」
浴衣を脱ぎ捨てた真大が、ピョーンとベッドに飛び乗って来るから、体がバウンドして後ろに引っ繰り返ってしまう。
眉を寄せて真大を睨んでも、真大は悪びれたふうもなく、そのまま翔真に伸し掛かって来た。
「ちょっ、おいっ!」
「ダメ、脱いじゃ」
「何でだよ、おい、ちょっ…真大!」
せっかく袖から腕を抜いたのに、再び着せられてしまい、まったく意味が分からない。
着付けの真似事でも……いや、もう1度お代官様ごっこをやりたいとか? …と嫌な予感がしたものの、真大は翔真に浴衣の袖を通させただけで、それ以上のことをしてこなくて。
「……一応聞くけど、何?」
「さっき言ったじゃん。脱ぎ掛けのほうがエロいなぁ~、て」
「で?」
あ、もっと嫌な予感。
「このまま、シよ?」
「…お前、ホンット、バカだな」
「褒め言葉として受け取っとくね」
想像した中の、一番最悪の予感が的中して、翔真は、これでもかと言うほど呆れたふうに溜め息をついたが、真大は少しもめげることなくニッコリ笑うと、翔真の上に跨った。
「あはは、いー眺め。翔真くん、超かわいい」
「うっせ。かわいいて言うなって」
口先だけだけど、ちょっとムッとした雰囲気を出して真大の体を押し退けようとしたのに、逆にその手を捕まれて、指先にキスされた。
「かわいいよ、…好き」
そのまま指先を絡められ、手を繋がれる。
真大の反対側の手が浴衣の下に滑り込んできて、スルリと胸を撫でた。
「ちょっ…、なぁ真大、本気でこのままする気?」
「だけど?」
胸を撫でられただけで、わずかながら甘い吐息を漏らしてしまった身として、今さらこんなことを聞くのは野暮だと分かっているが、つい口を突いて出てしまった。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (16)
「何?」
有無を言わせない真大の表情。
それでもやっぱり言わせてほしい。
「浴衣、汚れたらどうすんだよ」
「洗う」
「どうやって!」
結構恥を忍んで言ったはずなのに、真大にあっさりと返されて、思わず突っ込む声が大きくなる。
普通の服なら洗濯機に掛ければいいけれど、浴衣はそういうわけにはいかない。いや、やってやれなくはないだろうが、浴衣を洗濯機で洗った後、どうすればいいか分からない。
この浴衣だって、明日にはクリーニングに出すつもりだったのに、もし着たままヤッて、そういう汚れが付いてしまったら、とてもそんな真似できない。
「大丈夫、大丈夫」
「いや、どっからそんな自信が出てくんだよ」
「汚さないようにすればいいだけじゃん?」
「お前なぁ…」
そういえば以前、真大が女子高生のコスプレをしたときも、そんなことを言って、結局最後までヤッてしまったんだっけ。
今は、そのときのコスプレほどのマニアックさはないけれど…………こういうの、好きなんだろうか。
「んなこと言って、翔真くんだって、その気なくせに」
「はぁ? 何でだよ」
「ちょっと勃ってる」
「バッ…! それはお前が触るからだろっ」
不意に下着の上から自身を撫でられて、腰がビクリと跳ねた。
そうだ、そんなところ刺激されれば、男なんだから、その気でなくたって反応するに決まっている。別に、この雰囲気に飲まれたわけじゃない、絶対――――多分。
「じゃ、その気にしてあげる」
「ッ、ぁっ…」
翔真が何か言うより先、真大が翔真の乳首を吸い上げ、反対側は指先で捏ねたり抓んだりすれば、繋いでいる手に力が籠る。
モゾモゾと翔真の下肢が動くけれど、真大はあえて気付かないふりで、しつこく胸を愛撫する。
「真大っ」
「んー? ひもちいい?」
「ひっ…」
口を離さないまま喋ったら、歯が当たったのか、翔真の体がグンとしなる。
翔真の自由なほうの手が、真大の体を押し返そうともがくけれど、浴衣の袂が自分の体の下に挟まっているせいで、あまり腕を動かせず、残念ながら無駄な努力にしかなっていない。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (17)
(ヤバイな、このシチュエーション…。めっちゃ興奮する…)
耳まで真っ赤に染めてもがいている翔真を見下ろして、真大は思わずそんな不埒なことを考えてしまう。
だって、無理やりヤッているわけじゃないけれど、思うように抵抗できないとか…。しかも浴衣だし…、肌蹴てるし…。コスプレとか好きだけれど、その中でもこれは格段にヤバいかも。
お代官様ごっこは、帯を解くところだけでなく、その後もかなり重要のようだ。
「ね…、まだその気にならない?」
「んぁっ…」
乳首に強く吸いついた後、鎖骨から首筋まで舌で辿って、赤くなっている耳を食む。
そのまま耳に吐息を吹き込むように尋ねれば、翔真はフルフルと首を振った。
「まだならないの…?」
その仕草の意味がそういうことではないと、本当は感じすぎているのだと、分かっていて真大は、わざとそんなふうに聞き返す。
翔真もそれに気付いたのか、悔しそうに睨み付けて来たけれど、涙の溜まった瞳でそんなことをされたって、今の状況では興奮材料にしかならない。
「翔真くん、かーわいい」
「クソッ、後で覚えてろよっ…」
心の声が大きくなって、口を突いて出てしまったら、翔真に物騒なセリフを返される。
ゴメン、と笑って舌を出せば、翔真はそんな真大も受け入れてくれるのか、溜め息交じりに視線を逸らした。
真大は繋いでいた手を解くと、下にずり下がって、翔真の下着に手を掛けた。
きっと翔真は、すぐにでも脱がせてくれると思っただろうが、その期待を裏切るように、真大は形のいい臍にキスをして、舌を脇腹のほうへと滑らせていく。
「ちょっ…!」
翔真の非難めいた声が聞こえたけれど、まぁ、とりあえず無視。
こんな素敵なシチュエーション、次にいつ訪れるか分からないから、今日はとことん楽しんじゃおう。
大体、袂が体の下になっているだけで、それ以上は何も拘束されていないのだから、逃げようと思えばいくらでも逃げられるのに、翔真がそうしないのは、少なからず彼も、この状況を楽しんでいるからに違いない。
「翔真くん、その気じゃないのに、ここ、さっきよりおっきくなってるね。気持ちいいんでしょ?」
「うっせっ…」
「もー、怖いんだからぁ~」
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (18)
きっともう、こういう刺激だけでは物足りないはずで、その証拠に、無意識だろうけど翔真は、自身を真大の手に擦り付けるように腰を動かしている。
「あ、あ…、ヤ、ヤダ…」
「何がヤダ? 嫌なら、もうやめちゃおっか?」
「あっ…?」
最後に強く握ってから手を離すと、翔真は名残惜しそうな声を上げ、困惑したように真大を見た。
直接触ってほしいのは明らかなのに、翔真はどうしたらいいか分からないのか、視線を彷徨わせている。…自分に主導権のないセックスには、まだ慣れないらしい。
先ほどの、『後で覚えてろよっ…』というセリフが一瞬頭をよぎるが、まぁそのときはそのときだ、と真大は思い直して、真大は笑顔で翔真に顔を近付けた。
「どうしてほしいの? 翔真くん」
「ッ…」
指先で、濡れた下着の上から膨らみをなぞってやれば、翔真の瞳は再び涙に濡れる。
堪え切れないように体をくねらせながら、翔真は何度も唇を舐めたり、噛んだりする。
「言わないの? このままがいい?」
言えば、口には出さないが、翔真はブンブンと首を振って否定する。
しかし真大は、それで許す気はないのだ。
「じゃあ、どうしてほしいか、言ってよ」
「はぁっ…ぁ、真大っ…」
「ダメ、そんなかわいい顔したって。ね、言って? それとも、ホントにこのままがいいから黙ってるわけじゃないよね?」
「ちがっ…」
下着越しに、先端を爪先で弄ったり、裏筋をなぞったりすると、もっと強い刺激を欲するように、翔真の腰が揺れ動く。
その様子に真大は、体はこんなに素直なのになぁ…なんて、AVのセリフのようなことを思う。しかし、嫌がっている相手を少しずつ陥落させていくのは、思いの外、興奮するかもしれない。
あぁホント、ヤバいなぁ…。
「『俺のチンコ、直接触って、グチャグチャに扱いて、イカせて』でしょ?」
「ッ…」
今、翔真のしてほしいと思っているであろうことを、いやらしい言い方で言ってやれば、再び翔真は顔を赤くした。
そんな……きっと経験値からしたら、真大よりもレベルは高いはずなのに、どうしてこんなことで赤くなるんだ。思わぬところで純情さを出すから、本当に堪らない。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (19)
「それだけじゃないでしょ?」
「もっ…許して…」
とうとう翔真の瞳から涙が零れ落ちた。
というか、『イカせて』なんて、そんなセリフを吐くのは初めてじゃないくせに、言った途端に自身が大きくなったのは、翔真もこのシチュエーションに興奮しているのだろう。
「ちゃんと言ったら、してあげる」
「…」
だったら、もっと楽しむしかないよね、と真大は笑顔で翔真に告げる。
真大が示したセリフを言わない限り、どうあって解放されないのだと思い知ったのか、翔真は強く唇を噛んで視線を落とした後、意を決したように真大のほうを見た。
「真大、おねが……直接触って、グチャグチャにして…………イカせて…っ」
「…………。オッケ」
涙を零しながら、濡れた唇が吐き出したセリフは、真大が言わせようとしたそれだけれど、想像以上の破壊力を以って襲い掛かって来るから、真大は思わず喉を鳴らしてしまう。
しかしすぐに、その願いを叶えるべく、下着を脱がせて、直接翔真のモノを擦り上げてやった。
「ひ、ああぁっ、あ、あ…らめ、らめっ」
「もうダメじゃないでしょ? こうされたかったんでしょ?」
「あっ、あーイクッ、ぅん、ん、イッ…」
散々焦らされていたところに、こんなに強い刺激を与えられ、翔真はあっという間に上り詰めていき、真大の手の中に精液を吐き出した。
「翔真くん、気持ちよかった?」
「はぁっ…っ、てめっ…」
「気持ちよかったよね? こんなにいっぱい出したんだし」
翔真に怒られる前に、真大は手の中の白濁を見せ付けてやった。
どうせ最後は怒られるんだし、今はとことん楽しんじゃおう。
「ヤッ…、ちょっ…」
トロリと精液が真大の手から垂れて、翔真の頬に落ちた。
普段、真大のモノを口でしてくれることも、吐き出したものを飲んでくれることもあるのに、翔真は嫌そうに顔を顰めた。やっぱり自分の精液は嫌なのかな。
「舐めんなよ、バカッ」
ためしに、指先に付いていたのをペロッと舐めたら、翔真が不自由な手で真大の腕を叩いた。
「翔真くんのじゃん」
「だから何だよバカッ、拭けって!」
「はいはい。もぉ~さっきまであんなにかわいかったのに」
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (20)
翔真は、素面だとあまり感情を表に出すほうではないし、一見するとクールで大人の印象だけれど、こういうときは何だかすごく子どもみたいでかわいい。
…しかも、そうさせているのが自分だということが、ちょっと嬉しい。
「もぉマジこれ脱ぎたい…」
「えぇ~? めっちゃ興奮すんのに」
「バッカじゃね?」
「実は翔真くんだって興奮してたくせにイテッ」
本当のことを言っただけなのに、今度は腹を叩かれた。もうホント、乱暴なんだから。
でも、冷めていればこんな調子だからこそ、さっきみたいなシチュエーションで、より燃えてしまうのだということ、気付いていないのかな。
(燃える…………萌える?)
とにかく今日の真大は、このまま翔真のペースに持っていかれる気など、更々ないのだ!
「まぁまぁいいじゃん、翔真くん」
「ちょっ待て、おまっ……何丸め込もうとしてんだっ…」
「あはは」
全然うまくない口説き文句で翔真を説き伏せて、真大はローションを取り出すと、手のひらに垂らした。
その間に、翔真が何とか浴衣を脱ごうと動いていて、気付いた真大は、何気なく浴衣の裾を膝で押さえて、それを阻止する。今の翔真の体勢では、真大がそうしていることは見えないはずだ。
「あ…」
「冷たい?」
「へ…き」
ローションを絡めた指を秘所に押し当てると、翔真は掠れたような甘い声を上げて体を震わせた。真大は乾いた唇を一舐めして、ゆっくりと指を翔真の中に埋め込んでいく。
もともと何かを受け入れるための器官ではないそこは、何度体を重ねても最初はキツくて、真大はローションを注ぎ足しながら、解すように掻き混ぜる。
「うぅ…ふ…」
「…ちょっとローション多すぎたかな。すっげ、グチュグチュ言ってんね」
「あぁっ、ァッ、んっ、ふぁっ、あっ」
そんなこと言えば、いつもの翔真だったら、絶対に『うっせぇ』とか言うはずなのに、いや、ついさっきまでそんな調子だったのに、今はもう快楽に溺れて、気持ちよさそうに喘いでいる。
中から指を引き抜くと、トロリとローションも溢れてきて、それを零さないようにしながら、真大は指を2本に増やして、再び中に押し込めた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (21)
「ぅん? 何?」
指を抜き差しする速度を上げながら、チラリと翔真を見遣る。
もどかしそうに体を捩っている翔真は、きっと後ろだけでなく、前も弄ってほしいんだと思う。分かっているけれど、気付かぬ振りで聞き返せば、翔真はゆるゆると首を振った。
「やぁ、真大ぉ…」
「だから、何? つか、気持ちいいんでしょ? そういう顔、してる」
「うぅん…!」
ベロリと首筋を舐め上げると、翔真は体を震わせながら、中の真大の指を締め付けた。
その締め付けに逆らうように2本の指を広げたり、折り曲げて掻き回したりしてから、もう1本指を増やす。でも、中の肝心の場所も、触ってあげない。
「ッ…、真大っ…!」
翔真は、非難するような目で、真大のことを見た。
中に埋まる真大の指は、確実に翔真のことを気持ちよくさせてくれているけれど、こんな焦らすやり方じゃなくて、早く突き上げるような快感が欲しいのに。
「は…はぅ、ん…、ぁ」
もう意味を成すような言葉を発することも出来ず、翔真は快楽に蕩けた体を捩らせて、熱い息を吐き出す。じれったくて、もどかしくて、早くどうにかしてほしくて。
不自由な手は諦め、太ももを真大の腰に擦り付け、早くするように促す。
早く、早く、早く。
「――――翔真くん、」
翔真の足を開き、真大がそのままその間に割って入ったから、ようやく入れてくれるのだと、翔真はぼやけた思ったけれど、しかしそうすんなりとはいかなかった。
真大は、空いているほうの手で翔真の片足を抱えたけれど、もう一方の手の指は、相変わらず翔真の中に埋もれたまま。そして翔真の目を見て、凶悪なほどかわいい笑顔で、名前を呼ぶ。
いくら快感に流されているとはいえ、その意味が分からないほど、翔真もバカではなかった。
「クソッ…」
「…まだ、そんなこと言う余裕あったんだ」
思わず漏れてしまった言葉に、真大が意外そうな顔をする。きっと翔真が、すっかりグズグズになっていると思っていたに違いない。
しかしその直後、再び笑顔に戻って、「だったら、俺がどうしてほしいと思ってるかも、分かるよね?」なんて言い出しすから、翔真はキュッと唇を噛んだ。
「ね? 翔真くん」
「ッ…」
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (22)
けれど今日の真大は、どうしても譲れないものを持っているようで、翔真がそれに反抗すること許さない。いや、反抗は認めているが、すればするほど、かえって燃え上がらせている気がする。
(それはやっぱり、このシチュエーションか…?)
お代官様ごっこと称して帯は解いたけれど、肌蹴た浴衣は着せたままとか。
マニアックと言えばマニアックだが、まぁ分からないでもない。何だかかんだ言ったけれど、翔真だっていつもより確実に興奮している。
「翔真くん、言わないの?」
コテンと首を倒す仕草は、ひどく幼いように思えるのに、真大の纏う雰囲気にそんな気配は微塵もない。ライオンとか豹とか肉食動物に狙われた、獲物のような気分だ。
…ダメだ。
やっぱり勝てない。
「真大…………入れて。お願い」
真大の目を見つめたまま、必死に声を絞り出してそう言ったら、思いがけず体がブワッと熱くなった。
こんなセリフ、今までにだって何度も言ったし、もっといやらしい誘い文句だって知っている、でも。
何度か瞬きしただけで、真大は動かない。
これだけでは足りなかったんだろうか。先ほどの件もあるし。もっと、今の状況に相応しいようなセリフ? でももう頭の中は飽和状態で、何も考えられない。
真大が欲しい。
今、こんな浴衣に腕を絡め取られていなかったら、無理やりにでも真大を押し倒して、貪っているだろうに。
「…かわい、翔真くん」
「ぇあ…? ふあぁっ…――――ッ…!」
「クッ…」
まだ、『かわいい』などと抜かすのか、なんて思ったのも一瞬のことで、ズルリと指を抜かれると、今度こそ何の躊躇いもなく、真大の猛ったモノが一気に中まで入って来た。
そして、イッた――――翔真が。
「え…?」
声を発したのは、真大だった。
入れた瞬間のキツイ締め付けに奥歯を噛んで堪え、ふと視線を向ければ、翔真の腹が精液でべっとりと汚れている。まさか、散々焦らされたせいで、入れただけでイッてしまったのだろうか。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (23)
声を掛けても、翔真の反応はない。目は開いているけれど、虚ろな瞳は真大を映していないようだ。
先ほどまでかすかに残っていた理性が、今度こそ本当にぶっ飛んでしまったらしい。
「翔真くん、翔真くん」
「あ…?」
声を掛ければ、焦点の合った目が真大を捉えたけれど、翔真自身は、まだ自分がイッたことに気付いていないようで、ぽわんとしている。
今日は、浴衣姿の翔真を見た瞬間から、理性は打ちのめされっ放しだったけれど、もう本当にヤバい。ダメだ。ヤバいとはずっと思っていたが、もう1度言う。ヤバい。
「あ…俺ぇ…――――んぁっ! ああぁっ、あンッ、んっ」
翔真が意識をはっきりさせる前に、真大は翔真の両足を掴んで、激しく腰を打ち付けた。
本当はもっと焦らして、泣いて縋るように求めるまで、そんなことを思っていたけれど、やっぱり無理だった。翔真のこんな姿を見たら、そんな余裕、なくなる。
主導権が自分にあっても、結局は翔真に逆らえない、体。
「ぅああっ、やぁっ、ダメダメッ、そこっ…」
先ほどまではわざと避けていた、中のその場所を狙って腰を動かせば、翔真はビクンと体を跳ねさせるし、その中はキュウキュウと真大のモノを締め付けてくる。
イッたばかりなのに、休む間も与えず続けてしまって、大丈夫かな…と思う気持ちが一瞬頭をよぎったけれど、それでやめられるほど真大は大人ではなく。
「翔真くん、かわい……好き」
「ふぁああ、ん…っ」
顔を近付けて、唇を奪う。
両足を抱えたままだったから、腰が高く浮いて、体の硬い翔真にしたらツライ体勢だろうし、多少の理性があれば恥ずかしがるようなポーズだったけれど、翔真は真大のキスに応えながら、揺さぶられている。
いや、揺さぶられているというよりは、自ら積極的に腰を振っているんだから、真大が心配するまでもなかったのかもしれない。
「はぅ…ッ、ん、らめ、イクッ、また、あっ、あぁっ」
「っあ、イキそうっ…? でもダメ待って。俺もっ…」
「やっやら、イキた――――きゃああっ!」
「ちょっ!」
仕掛けたのは真大だが、まさか翔真がそこまで大きな声を出すとは思っていなかったから、真大は慌てて手を離した。
やったことといえば、翔真の昂ったモノを握ったことなのだが、もうイク寸前だったのと、真大の手がローションでベッタベタだったせいとで、とんでもない快感に襲われたらしい。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (24)
しかし、今の翔真に声を我慢しろと言うのは酷だし、無理な話だろうから、真大は手にローションを注ぎ足してから、再びキスでその唇を塞ぐと、ゆるゆると扱く。
「ぅんん~~…っ、」
中の締め付けが、さらにキツクなる。
翔真は波のように押し寄せてくる快感に、固く目を閉じ、眉を寄せてやり過ごそうとしているけれど、どうにもならないのか、ただただ首を振っている。
中は、一番いいところだけを突き上げられ、ローションと精液でグチャグチャになった前は、もどかしいほど優しく刺激されているのだから、当然だろう。
「んっ、ぅ、んっ」
「翔真くん…」
「あ、や…」
少しだけ唇を離せば、翔真は目を開けて、懇願するように真大を見た。
お願い、続けて翔真の唇はそう動いたけれど、声にはならない。もう喘ぐしか出来ない口の周りは、どちらのものとも言えない唾液で濡れていて、すごくいやらしい。
女の子が着るような華やかな柄ではなく、紺色のシックな風合いの浴衣だけれど、その上で快感に溺れて乱れる翔真は、いやらしくて、とてつもなくかわいい。
「真大ぁっ…」
「…ん、」
理性はもう、ずっと前からお出掛け中だ。
それなのに、こんな甘ったるい声で名前なんか呼ばれたら。
「…翔真くん、好きだよ」
「ふぅ、ん、真大…、ああぁっ!」
もう焦らすのはやめて、翔真の足を抱え直すと、ガツガツと腰を打ち付ける。
浴衣を汚さないように気を付けるはずが、いつもよりも多めにローションを使ったせいで、腰を動かすたびに、グチュグチュと中から溢れてくる。
「ああぁ…、も、ダメ……」
「ッ、クッ…」
「はっ、あ、ッ、ああっ、ンンッ…!!」
真大の体を挟み込んでいた翔真の太ももに、ギュッと力が籠る。
ゆるゆるとしか動いていなかった、翔真のモノを弄る真大のローション塗れの手が、先端の部分を強く刺激してきて、翔真は堪え切れずに精液を吐き出し、そのときの強い締め付けに、真大も翔真の中でイッた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (25)
「だからぁ~、ゴメンてば、翔真くん。いい加減、機嫌直してよぉ」
「…別に機嫌なんか悪くねぇし。つか、何謝ってんの?」
それの一体どこが『機嫌悪くない』だ、と言ってやりたくなるくらいの不機嫌さでミネラルウォーターを煽る翔真に、真大は両手を合わせるが、翔真の態度はつれない。
もちろんそれは真大のせいだから、ここはもう、ただひたすらに謝るしかない。
「翔真く~ん、ゴメンね? ねっ?」
「…」
タオルケットに包まって、ベッドの隅で膝を抱えている翔真に近付いて、小首を傾げて謝ってみるが、翔真は無反応だ。かわい子ぶって謝る作戦は失敗のようだ。
「大丈夫、浴衣なら俺が何とかするから」
「当たり前だよっ! つか、どうするつもりだよっ!」
このままだんまりを決め込むのかと思った翔真が、『浴衣』というキーワードに反応した。
やはり原因は、この浴衣だったのだ。
浴衣のままヤッたことが、ではない。
着たままヤッて、そういう汚れが付いたらクリーニングに出すにも出せないから、汚れないようにするはずだったのに、結局精液とローションでベッタベタになったから。
大体、ローションなんて、なぜかいつもよりたっぷり使ってしまったのだから、浴衣に垂れないわけがない。
精液だって、翔真が最初にイッたときは、真大も浴衣に付かないように気を付けてティシューで拭ったけれど、入れただけでイッた2回目以降は、もう何も考えていなかったし。
「どうする、て……クリーニング出す」
「バッ…」
「だって洗濯機で洗ったって、その後どうしていいか分かんないじゃん」
翔真が、どうするつもりだ、と言うから答えたのに、なぜか咎めるような目で見られる。
でも自分では洗えないんだし、そうするしかないと、真大は思う。
「大丈夫、俺が出すから」
「…」
そう言って翔真の顔を覗き込めば、先ほどのように『当たり前だろっ!』とは怒鳴って来ない。
嫌がる翔真を無理やり丸め込んでヤッてしまったのは事実なので(無理やりヤッたわけではない、丸め込んだだけで。本気で嫌がられれば、ちゃんとやめた。でも、そんなに嫌がられたら、それはそれで泣く)、その責任を取るのは道理だと思ったのに。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (26)
まったく反応がないのは、やはり機嫌が悪いからだろうと思うけれど、酔っ払いが『酔ってない』と言うように、機嫌が悪い人間は『機嫌は悪くない』と言うものだから、これ以上、一体どんな声を掛けたらいいのやら。
「ねぇ、翔真くん、ゴメンね?」
翔真が機嫌を損ね、怒っているのだとしたら、この汚れた浴衣の始末の仕方についてだけのはずで、それを真大が一手に担うとしたら、もう怒る理由などないはずなのに。
でも翔真は、一向に機嫌を直さない。
どうしよう、さっきまであんなに翔真のことを天然で鈍感だと思っていたのに、これでは人のことが言えない。
「…だから別に怒ってねぇ、つってんだろ。謝んな」
これ以上近付くな、と言うように、翔真はタオルケットの中から伸ばした手で、真大の顔を押し返す。
しかし、そうは言っても翔真は、怒ってはいないかもしれないが機嫌は直っていないし、いや、かろうじて直っていたとしても、確実に拗ねてはいるから、謝りたいのに。
「翔真くん…」
「だからぁ! 謝んなっ」
「まだ名前しか呼んでない…」
「…………」
なぜか翔真は真大が謝ると怒るから、今度は謝らずに理由を聞いてみようと思ったのに、名前を呼んだだけなのに怒られてしまった。きっと翔真も、条件反射で声を大きくしたのだろう。
「…マジで、怒ってるわけじゃねぇから」
「じゃあ何?」
「ッ…だからっ…」
視線を落とそうとする翔真の頬を両手で挟むと、そのまま顔を上げさせる。
途端に翔真は、気まずそうに視線を逸らした。
「…別に、怒ってるとかじゃなくて」
「うん」
「だから……俺の…が……だし…」
「え、何? 何て?」
何となくもにょもにょ…と喋られて、聞き取れなかったから、聞き返したらまた機嫌を損ねると思ったけれど、有耶無耶のままにはしたくなくて、真大はやっぱり聞き返す。
しかし翔真は、口を閉ざしてしまって。
「…………」
これ以上はダメか…と諦めて、真大がベッドを降りようとしたら、伸びて来た翔真の手に腕を掴まれた。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (27)
「…………。マジ、怒ってないし、」
「…うん」
「でも何か1人で大人げなかったから、だから、何か…」
尻すぼまりに翔真の声が小さくなっていって、聞き取れなくなって。
でも真大は、翔真の次の言葉を待った。
きっと彼にも思うところがあって、なかなか言い出せないんだろうから。
「何か…、何かお前が、全部自分が悪いみたいなこと言うし、浴衣も何とかするし、とか言うし、」
「だってそれは、俺が悪かったから…。浴衣は汚さない約束だったの、俺が破っちゃったでしょ?」
「そうだけど! でもそんな、何でもかんでもお前に任せきりなのはヤなの! 分かれよ!」
「…………」
最後は声を大きくして、翔真は掴んでいた真大の腕を放した。
そこで真大は、翔真がこんな拗ねたような態度を取っていたのか、ようやく気が付いた。
浴衣が汚れたら『俺が何とかする』と言った真大に、翔真は当然だという態度だったけれど、本当に何もかも委ねてしまうのは、年上としてのプライドが許さなかったのだろう。
そんなことくらい…と言われそうだけれど、真大も男だから翔真の気持ちは分かる……分かっていたのに、目の前のご機嫌取りに必死で、気付かなかった。
…翔真のことを笑えないくらい、鈍感だ。
「もーヤダ。何言ってんの、俺…」
深い溜め息をついて、翔真は抱えた膝に顔をうずめた。
どうやら翔真は、さらに自己嫌悪のループに陥ってしまったようだ。
そんなこと別に気にすることもないのに、と真大は思うけれど、いやきっと翔真もそれは分かっているのだろうけど、自分の心が納得し切れていないのかもしれない。
「ね、翔真くん。顔上げて? 仲直り……て、別にケンカしてたわけじゃないけど、でもまぁ何ていうか……仲直り、しよ?」
「……」
「ダメ?」
こんな言葉で、翔真を説得できるとは思っていないけれど、このままなのは嫌だから。
いつもみたいに、笑い合いたい。
「翔真くん、」
「……」
「あの……――――うわっ!?」
やっぱり、今は何を言っても翔真の心には響かないのかもしれない――――なんて真大が思ったのも束の間。
バッとタオルケットを跳ねのけた翔真が、真大に抱き付いて、いや飛び付いてきた。
「ちょっ翔真くん!?」
もちろん真大は何も構えていなかったから、そのまま後ろに引っ繰り返った。
ベッドの上だったからよかったものの、下手したら後頭部を強打しているところだった。
「バカ、好きだよっ!」
「翔真くん…」
ギュウと真大に抱き付く翔真は、肩口に顔をうずめているから、その表情を窺うことは出来ない。
でも、触れるぬくもりと、抱き付く腕の強さと、その言葉から、翔真の気持ちが伝わってくる。
「…ん、俺も好きだよ」
真大も、翔真の背中に腕を回す。
今日は一波乱も二波乱もあったけれど、互いに好きだという気持ちが伝わり合えば、それでいい。
だから浴衣のことは、また明日、考えよっか。
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (28)
(ショウちゃん、浴衣、いいな…)
10日――――愛菜たちとの約束どおり、翔真と真大は浴衣姿で出掛けて行った。
2人とも、寮の翔真の部屋で、睦月と祐介に着付けをしてもらったのだが、何となく、暇だったし、興味もあった和衣も、その場に同席していたのだ。
祐介は言わずもがなだが、睦月も、和衣が想像していたよりも、ずっと手際よく翔真に着付けをしていた。
「気になる?」
「ふぇっ?」
出掛ける翔真たちを見送って、部屋に戻る途中、祐介に顔を覗き込まれた和衣は、ちょっとぼんやり考えていたから、ビックリして変な声の返事になった。
「浴衣。気になるの?」
「え、いや、別に…」
本当はすごくすごーく気になっていたけれど、何となく素直になれなくて、ついそんなふうに答えてしまう。
「そう?」
「…うん」
大体、浴衣なんて持ってないし。
着付けだって、出来ないし。
「俺は気になるっ! すごーく気になるっ!」
「え、」
まるで和衣の気持ちをそのまま代弁するかのように声を上げたのは、亮だった。
何だかすごく気合いが入っていて、拳まで握り締めている。
「何…、亮、どうした?」
「カズ、お前バカか? 浴衣着たくねぇの?」
「バカじゃないもん…」
「いーや、バカだね。さっきの、あのショウたち見てて、浴衣気になんねぇとか、バカじゃん? 俺は着たいね、浴衣。そんでむっちゃんと一緒にどっか行きたい」
「……」
そんなの、和衣だって、同じだもん。
浴衣で祐介とお出掛けしたいな、とか思ったもん。
でも、それを素直に言えなかった上に、何となく突っぱねてしまった手前、今さらどうしたらいいか分からないだけだ。
「ね、むっちゃんだって浴衣着たいよね?」
「…メンドい」
「ちょっ!」
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もしかしたら君は天使かもしれない。 (29)
しかし、そのくらいのことで、亮は諦めなかった。
「むっちゃん、着ようよ~、一緒に。ねっ?」
「えぇ~…」
「浴衣着て、一緒にお出掛けしよ?」
「…………。まぁ…別にいいけど。でも浴衣どうすんの? 亮、持ってないじゃん」
「んー…、ショウたちも買ってたし、買っちゃおっか」
亮の押しに対抗するほうが面倒くさいと感じ始めたのか、もっと嫌がると思っていたのに、和衣の予想に反して、睦月は意外にもすんなりと了承した。
これで亮と睦月も浴衣で出掛けることになり、和衣たちだけが取り残されてしまった。
祐介が浴衣を着て出掛けたいと思っているかどうかは分からないが、和衣が『別に』とか言ったから、亮と違って、浴衣で出掛けることを押しては来ないだろう。
(はぁ~…、何で俺、あんなふうに言っちゃったの…)
あんまり人を羨ましがるのはみっともないとは思うんだけど、せめて、少しは気になる、くらいのことは言っておけばよかった…。
「じゃ、今度浴衣買いに行こ?」
「…ん。でも俺、実家に何個かあるし、送ってもらおっかなぁ」
何だかんだで睦月も乗り気になってきたのか、楽しげな様子で。
それを見つめながら、和衣は小さく溜め息をついた。
*****
『ゆっちー、ゆっち、ゆっちー』
廊下から聞こえてきた、自分の名前を連呼する睦月の声に、部屋にいた祐介と、一緒にいた和衣は、ビックリして顔を上げた。
「入るよー」
…と言ったときにはもう、祐介の返事を待たずにドアを開けて、睦月は中までズカズカと上がり込んできていた。
これで、部屋に祐介がおらず、同室者だけだったら、どうするつもりだったのだろう。
「あ、カズちゃんもいた」
廊下で騒ぐな、と言ってやろうとしていた祐介が、勝手に部屋に入ってきた睦月に唖然としてているうち、睦月が持っていた荷物をドサドサと祐介のベッドの上に置くから、本当に何から言ってやればいいか、分からなくなってしまった。
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