恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2010年03月

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僕らの青春に明日はない (1)


*このお話は、「君といる~」シリーズの番外編です。本編を読んでいなくても意味は通じますが、カップリング等のネタバレにはなりますので、ご注意ください。

「うぅー…むー…」

 授業の前、席に着いた和衣が、うんうん唸りながら前髪を弄っている。
 隣りに座っている祐介は、何してんのかなー、とは思いつつ、無意識の上目遣いで集中している和衣に、何となく声を掛けられずにいた。
 前の席に座っているのは睦月で、振り返って、後ろの席の机に頬杖を突いた状態で、ずっと和衣のことを見ている。

「…………、カズちゃん、さっきから何してんの?」

 先ほどからずっと前髪を構っている和衣を、それと同じだけの時間ずっと見ていた睦月が、コテンと首を横に倒して、とうとう声を掛けた。

「ぅ?」
「何さっきから前髪弄ってんの? 禿げるよ?」
「なっ…! 禿げねぇよ! 違うの、前髪邪魔なの!」

 本当はもっとこまめに美容室とか行けばいいんだけれど、ついサボっていたら、襟足もだいぶ伸びたし、前髪も長くなってしまった。
 中途半端な長さは、そのままにしておくと目に入って鬱陶しいし、耳に掛けようとしても、長さ的にすぐ落ちて来てしまうし、とにかく邪魔!

「切ればいいじゃん」
「そんなん分かってるよ!」

 とっても当たり前なことを言われて、和衣はふて腐れたように返した。
 そういう根本的な解決策なら、和衣だって分かっている。それは分かっているけれど、たった今現在、すっごい邪魔だからどうしてくれようか、て思っているのに。

「カズちゃん、もっとこっち」
「は?」
「顔近付けて。手が届かない」
「…何すんの?」

 おいでおいで、と睦月が手招きしている。
 手が届かないとは言っても、睦月がもうちょっと手を伸ばせば、十分に和衣に届く範囲なのに。
 意味分かんない…と思いつつ、言われたとおり、睦月のほうに顔を近付けた。

「むっちゃん?」

 睦月は手首に掛けていたヘアゴムを外し、和衣に見せてやった。
 赤いゴムの端っこには、小さなイチゴの飾りが2つ付いている。

「何これ、どうしたの?」
「昨日、ガチャガチャしたら出てきたの。ホントは他のが欲しかったのに!」

 何が欲しかったのかは知らないが、どうやら100円玉を何枚か注ぎ込んだのに、最終的に手に入れたもので一番まともだったのが、このイチゴちゃんのヘアゴムだったらしい。

「別にいらないけど、悔しいからさぁ!」

 悔しいから、本当はいらないんだけど、すっごい欲しかったんだーて体で着けてたの、と睦月は、よく分からない理論を発表した。

「ふーん? え、ちょっ…」

 和衣が分かったような分からないような顔をしていると、睦月が徐に和衣の前髪を掴んだ。
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僕らの青春に明日はない (2)


「な、何? 何っ?」
「ジッとしてて! ちゃんと出来ない」
「イタタタタ、や、むっちゃん!」
「前髪、結ったげるから」
「え、いーよ!」

 どうせ、今見せ付けたイチゴのゴムで結ぶに違いない。
 いくら和衣がかわいいモノ好きでも、そんなので前髪を結んだまま、授業なんか受けたくない。

「いいじゃん、邪魔なんでしょ?」
「ヤダよ、恥ずかしい」
「大丈夫だよ、みんな前向いてるし、こんだけデカイ教室だよ? 先生だって気付かないって」

 席数も200席はあるし、和衣たちはだいぶ後ろのほうに座っているから、睦月の言うとおり、普通にしていれば気付かれないに違いない。
 でも…。

「やっぱヤダ、恥ずかしいー」
「ダメ、結ぶの! ホラ、頭」
「何でぇー」
「授業中、後ろでそんなに唸られてたんじゃ、授業に集中できない」

 睦月はそう、尤もらしいことを言ってのける。
 これまでにそんなに熱心に授業を受けたことなんてあったっけ? とは、素直で単純な和衣は思わずに、そっかぁ、とすぐに納得してしまった。

「ちょっ、むっちゃん、痛いっ」
「頭動かさないでよ、ちゃんと出来ない!」
「ホントにちゃんと出来てんの?」

 前髪が邪魔にならないなら、仕方ない、たとえイチゴちゃんのゴムでも、結うのもありかな、て思ったけれど、睦月が極度の不器用だということを一瞬だが忘れていた。

「睦月、髪の毛絡んでる」
「えーでも大丈夫でしょ?」

 見兼ねた祐介がそう言えば、睦月はものすごく適当に返事をした。

「大丈夫じゃない、痛い、むっちゃん!」
「もー、だって!」

 こんなん出来ないし! て睦月が喚き出せば、隣に座っていた亮と翔真も、どうしたものかと振り返った。

「むっちゃん、さっきから何してんの?」
「ねぇねぇショウちゃん、結んで。カズちゃんの髪」
「え、カズの髪?」

 何で? と翔真は首を捻るが、ひどい状態になっている和衣の頭を見て、睦月がやりたかったことだけは分かったので、仕方なく翔真は、1度丁寧に髪からゴムを外すと、和衣の前髪を結ってやった。

「あはは、カズかわいー」

 最近、髪が伸びたせいで、見た目の雰囲気だけは大人っぽい感じだったけれど、前髪を結い上げてツルンとおでこを出すと、やはり"カッコイイ"と言うよりは、"かわいい"と言ったほうが当てはまる。
 翔真も、自分で前髪を結ってあげておいて、妙に幼い雰囲気になった和衣に、思わず笑ってしまった。
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僕らの青春に明日はない (3)


「あれ、昨日ガチャガチャで出したヤツ?」
「うん。もったいないから、カズちゃんに上げた」

 そういえば昨日一緒に出掛けたとき、睦月がガチャガチャに一生懸命になっていたっけ。
 財布の中の100円玉が尽きたところで、睦月はようやく諦めて、『別にこれだってかわいいし、いいんだけど!』と、自分に言い聞かせるみたいに、無理やり納得させていたことを思い出し、亮は少し笑った。

「どぉ~? どうなってんのー?」
「カズちゃん、かわいいかわいい」

 よしよしするみたいに頭を撫でると、和衣は満更でもない顔になる。
 もちろん、カズちゃんて単純…なんて睦月に思われているとは、気付いていない。

「…………、ゆーすけさん、何見惚れてんの?」
「へぇっ!? な何が?」

 キャッキャと戯れている和衣と睦月を眺めていたら、前に座っていた翔真に指摘され、思わず声が裏返った。
 確かにジッと見つめてはいたけれど、見惚れていたとか、そういうことじゃ、えっと、だから…。

「ま、いっけどね~」

 ニヤニヤしながら翔真が前を向いたところで教授がやって来て、結局祐介は、反論のチャンスを失った。



*****

「カーズーちゃんっ!」

 チャイムと同時に授業が終わり、今日はバイトもないから、これから何しよう、なんて思いながら和衣が伸びをしていたら、元気のいい女の子の声が和衣を呼んだ。

「ぅん?」

 その声に振り向けば、同じゼミの愛菜(あいな)と眞織(まおり)が、にこにこーっとした笑顔で立っていた。

「ねぇねぇ、カズちゃんにお願いがあるんだけどー」
「聞いてもらえないかなぁ、て思って」
「お願い? 何? 俺に?」

 人からお願い事なんて、ましてや女の子からなんて、そう経験したことではなくて、和衣は目をパチパチさせた。

「来月の学園祭のさ、イベント!」
「うん」
「優勝すると旅行券10万円分!」
「マジで? すごいね」

 学園祭シーズン。
 和衣たちの通う大学でももちろん、学園祭は毎年催されていたが、実のところ和衣は、そんなに積極的に参加したことがなくて、せいぜい、友だちの出店した模擬店にお客として顔を出すくらいだった。
 だから愛菜と眞織が興奮気味にイベント! と言っても、へーそうなんだ、くらいにしか、思っていなかったのだが。

「カズちゃん、参加してくれない?」
「お願いっ!」

 2人がパシッて顔の前で両手を合わせて頭を下げるものだから、和衣はビックリして、思わず周囲を見回した。
 だって周りには祐介や睦月もいるし、席を立ちそびれた翔真や亮だっているのに、どうして和衣なの?
 やっぱり何かの間違い? とも思ったが、愛菜が再び「カズちゃん、お願い!」と言ったので、やっぱり頼まれているのは自分なのだと理解した。
 でも。
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僕らの青春に明日はない (4)


「え、何で? 俺? 何で?」
「だってカズちゃん、かわいいし」
「絶対に優勝できると思うんだよね」
「…………え?」

 かわいい?

 何となく聞き捨てならない言葉が愛菜の口から漏れて、ピタリと和衣は動きを止めた。
 何だかとっても嫌な予感がする。

「…………、えっとぉー…、そのイベントて……何すんの?」

 和衣は恐る恐る尋ねた。
 でも出来れば、その答えを聞く前に、この場を立ち去ってしまいたい!

「女装男子!」
「コンテスト!」

 あぁこの子たち、息ピッタリでかわいいなぁ……て、そうじゃなくて!

「はぁ~~~~~!!??」

 さすがにこれには、和衣だって声を張り上げずにはいられない。
 女装男子コンテストに出るということはつまり、和衣は女の子の格好をするというわけで。

「やっ、ヤダよ、そんなの! 絶対ヤダ!」
「何でっ?」
「嫌に決まってんじゃん! 女装なんかしたくない!」

 和衣は、ノリでそういうことが出来るタイプではないのだ。
 愛菜と眞織の迫力はすごいが、ここでは絶対に引き下がれない。

「お願い、カズちゃん! 優勝狙いでいきたいの!」
「そんなの、何で、俺関係ないし!」
「優勝したら旅行券だよ? カズちゃんも彼女と旅行、行けるよ?」
「…………。……ッ、や、やっぱヤ!」
「あー、今一瞬、迷った! 迷ったでしょ!? 旅行券、欲しいでしょ? ね、出ようよ~!」
「や、やぁ~」

 確かに、優勝賞品の旅行券は魅力的だ。
 それがあれば、祐介と旅行にも……とは思ったけれど、でも2人の思惑どおりに優勝できるとは限らないし、やっぱり女装なんて恥ずかしい。

「そんなの、俺じゃなくてもっ…他の人でもいいじゃん!」
「他、て?」
「え?」
「ウチらは満場一致でカズちゃんだったんだけど……他に誰かいる? 教えてくれれば、そっちも当たってみるけど…」

 満場一致と言っても、愛菜と眞織の2人でしかない。
 その2人の意見が一致して、すぐに和衣に声を掛けたらしく、それ以外の人については何も考えていなかったらしい。
 これは和衣にとって、女装を逃れる願ってもないチャンスだ――――ったけれど。

「えっとー…」

 和衣も何となく勢いに任せて言っただけで、別に他に思い付く人がいたわけではない。
 誰? と言われて、即答できずに、視線を彷徨わせれば、すぐにそれは愛菜に気付かれてしまった。
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僕らの青春に明日はない (5)


「カズちゃん、旅行券、欲しくないの~?」
「ほ…欲しいけど! でも優勝できなかったら、意味ないじゃん!」

 これで旅行券を逃したら、単に和衣が恥ずかしい思いをしただけで、終わってしまう。
 そんなの、絶対に嫌だ。

「大丈夫、3位まで出るから。2位が8万、3位でも5万円分!」
「そういう問題じゃあ~…。だって、何で俺だけそんな恥ずかしい思いしなきゃいけないのっ」
「カズちゃんだけじゃなくて、他にも参加者いるって。だからコンテストなんでしょ!」

 だからそれも、そういう問題じゃな~い!!
 確かに他に出場者はいるに違いないが、和衣の知り合いが出るわけではない。結局のところ、和衣はたった1人で恥ずかしい思いをするだけなのだ。

「えー…じゃあ、他に一緒に出る人がいればいい、てこと?」
「え、いや…」

 それが和衣の最大限の妥協案なのかと、眞織がそう提案してきた。
 でもそう言われても、一緒に出てくれる人なんて…。

 それでもと思って、和衣がゆっくりと振り返れば、亮も翔真も、そして祐介も、女子2人に詰め寄られて情けない顔になっている和衣を、何とも言えない微妙な表情で見ていた。
 だってこの2人に、和衣にやらせるのは無理だよ、と説得するのは、和衣に言い聞かせて参加させるより、ずっと難しい気がする。
 けれど、かといって、和衣の代わりに女装をするのもちょっと…。

 大体、亮や翔真は、ガタイ的にウケ狙いになってしまいそうだし、祐介だって、女性らしい優しい雰囲気は持っているけれど、身長もあるし、顔付きも女の子ぽいとは言い難くて、本気の優勝狙いである愛菜も眞織の期待には、やっぱり応えられないと思う。
 だとすれば。

「むっ、むっちゃん!」
「ぅん?」
「むっちゃん、一緒に出ようよ! ねっ!?」

 まったくもって無謀だと分かっていながら、和衣は縋るように睦月のほうに手を伸ばした。
 他の3人がウケ狙いの女装になったとしても、睦月だったらどうにかなると思う。
 問題は、相手が、女の子に間違われるのが死ぬほど嫌いな睦月だということだけだけど。

「……」

 切羽詰った和衣に名指しされた睦月は、ニッコリと笑顔を作ったが、目が少しも笑っていない。それに、口元も心なしかピクピクと引き攣っている。

「睦月くん、一緒に出る?」

 愛菜は、逃がすまいと和衣の肩に手を置いたまま、睦月を見た。
 確かに睦月なら、和衣にも張り合える。
 しかもそれで和衣が出てくれるなら、当初の計画どおりだ。

 愛菜に声を掛けられた睦月は、一層笑みを深くする。
 その性格を十分過ぎるほど分かっている亮たちは、恐る恐る睦月を見守った。いくら睦月でも、女の子相手にケンカ腰にはならないとは思うが、気は抜けない。

「……、でも愛菜ちゃん、優勝目指してんでしょ? 参加者多いと倍率上がるんじゃない? それだったら、余計なライバル増やさないで、カズちゃんだけに集中したほうがいいと思う」
「あ、そっか。そうだよね」

 睦月は落ち着いた口調で、サラッと適当なことを言ってのけた。口下手で不器用な和衣と違って、口八丁の睦月は、窮地に立たされても、冷静に切り交わす術を持っているのだ。
 その尤もらしい睦月の言い分に、愛菜もすぐに納得してしまった。

「そんなぁ! むっちゃんの意地悪っ!」
「ベーだ」

 和衣には悪いが、睦月だって女装なんかやりたくない。
 彼女たちが最初に目を付けたのが自分でないことに、申し訳ないがホッとしたのも事実だ。
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僕らの青春に明日はない (6)


「も…そんな、無理だって! 何で俺なのっ?」

 分かっていたことだが、睦月にも見放され、今の和衣は完全に四面楚歌状態だ。
 誰も味方になってくれないのなら、自分でどうにか切り抜けるしかないけれど、でもそんなうまい言い分なんて見つからなくて。

「無理じゃないって。カズちゃん、かわいいんだから、大丈夫!」
「かわいくないもんっ。何で、俺のどこがかわいいとかっ…」

 もうその言い方自体がかわいい感じになってしまっていることに、もちろん和衣は気付いていない。
 単に顔だけでなく、こういうところが、睦月でなく和衣が選ばれた要因の1つなのだが。

「もぉ~~~、かわいくないとか、イチゴちゃんのゴムで、前髪キューピーさんにしてる男子に言われたくなぁいっ!!」
「ギャッ」

 ごねて当然なのだが、ごねて、ごねて、ごねまくる和衣に、とうとう愛菜も堪えられなくなったのか、つい大きな声を上げてしまった。
 その指摘に和衣は、慌てて頭に手をやる。
 授業の前、翔真に前髪を結わえられたことを、すっかり忘れていた。

「そんなかわいい格好してて、かわいくないとか、絶対に言わせないっ」
「ちが…違うの、これはぁ!」

 よりによって、どうして今日に限って、こんな格好をしていたんだろう。
 睦月に唆されたとき、意地でも拒んでいればよかった。というか、おととい時間があったとき、髪を切りに行っていればよかった。
 あぁもう、全部が恨めしい。

「だぁ~いじょうぶ、カズちゃんっ」
「優勝目指して、がんばろうね!」
「あぁ~ん、どうしてぇ~!!」



*****

「むっちゃんのバカー! バカバカバーカ」
「もー、うっさいなぁー」
「全部むっちゃんのせいだもんっ」
「何で」

 寮に戻って来ると、なぜか和衣は自分の部屋でなく睦月の部屋にやって来て、どっかりと睦月のベッドに腰を下ろした途端、文句を喚き散らした。
 居場所のない睦月は、仕方なく亮のベッドに転がる。

 亮は、和衣の怒りの矛先が睦月なのだと気付いて、申し訳ないが、早々に翔真の部屋に避難していた。こうなったときの和衣は手が付けられない、ということを、長い付き合いの中で嫌と言うほど知っているのだ。

「何で助けてくんなかったの!?」
「助ける、て何を?」
「女装! コンテスト! 俺、そんなの出たくないっ!」
「そんなの俺に言わないで、愛菜ちゃんたちに言いなよ」
「言ったもん! ずーっと言ってたじゃん!」

 なのに、全然聞き入れてもらえなかったし、誰も擁護してくれなかった。
 あの元気いっぱいの愛菜を口で負かそうなんて、和衣にしたら100年も200年も早いことだが、誰かが助けてくれたら、もしかしたらどうにかなったかもしれないのに。

「いや、無理でしょ、普通に」

 睦月はあっさりと、そう言い切る。
 それが出来るくらいなら、とっくに誰かが助け船を出していたはずだ。
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僕らの青春に明日はない (7)


「でもむっちゃんは、俺がやればいいみたいなこと言った」
「言ってないよ」
「言ったー!」

 和衣がベッドでジタバタと暴れ出すから、仕方なく記憶を辿ってみれば、そういえば確かにそれっぽいことを、言ったような気がしないでもない。
 だって、咄嗟に思い付いちゃったんだもん。

「しょうがないじゃん、カズちゃん、かわいいんだし」
「かわいくないっ! だいたいあのゴムだって、むっちゃんがやったんじゃん!」
「だってカズちゃんが前髪、邪魔そうにしてるから。俺はよかれと思ってやったのに」
「グッ…」

 確かに、前髪が邪魔くさくて、うんうん言っていたのは和衣自身だ。
 でもまさか、そこから女装コンテストに繋がるなんて、一体誰が予想しただろう。

「じゃあ、今からもっかい愛菜ちゃんたちんとこ行って、はっきり断ってくれば?」
「……、え?」

 もそりと体を起した睦月が、すごくまじめな顔でそう言ったので、ただ喚いていただけの和衣も、急に頭の中が冷静になった。

「カズちゃんがホントに嫌なら、ちゃんと言えば分かってくれるんじゃない? そうすれば?」

 愛菜たちだって、勢いで和衣を祭り上げたけれど、別に嫌がらせをしようとしているわけではない。
 感情的にならず、和衣が嫌だと言えば、理解してくれるに違いない。

「お、俺が言うの?」
「カズちゃんが言わなくて、誰が言うの?」

 暗に、一緒に来て説得してよ、という雰囲気を醸し出している和衣に、睦月はビシッと言ってやった。
 こういうところで無意識に甘えてくるから、愛菜たちにまでかわいい、かわいいて言われるんだよ、とは、さすがにかわいそうで言えなかったが。

「うぅー…言えない…」
「何で?」
「だって! そんなこと言えるなら、あのとき言ってるし!」

 言いたいことをよぉーく考えて、バッチリ! て思って臨んでも、相手が鋭い切り返しをしてくると、和衣の頭の中は途端にパニックになって、自分でもだんだん何を言っているのか分からなくなってしまうのだ。
 そんな和衣が、たった1人で愛菜や眞織のところに立ち向かって行ったって、勝ち目があるとは思えない。

「理由さえちゃんと言えば、大丈夫なんじゃない?」
「理由は……恥ずかしい」
「でも、出場する人の恥ずかしさの条件は、みんな同じだと思うけど」
「うぅ…」

 睦月の言うことは、いちいち尤もすぎて、全然反論できない。
 でもそれって、自分が出場しないから言えることだと思う。
 睦月だって、もし愛菜たちにあの勢いで迫られたら、あんなふうに冷静に答えるなんてこと、絶対に出来ないはずだ。

「まぁー……元気だもんね、愛菜ちゃんたち」

 それは睦月も認める。
 別に高飛車だとか、ガサツだとか、そういうわけではないけれど、とっても芯の強い女性だということは間違いない。
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僕らの青春に明日はない (8)


「しょうがないじゃん、カズちゃん、かわいいんだし」
「かわいくないってば! 大体むっちゃんだって、かわいいて言われたら怒るくせに!」
「じゃあカズちゃんだって、怒ればよかったのに」
「女の子に怒れるわけないじゃん!」

 もちろん、相手がとっても悪いことをしていれば、女の子にだって本気で怒るだろうけど、"かわいいて言ったから"なんて理由では、単に器の小さい男のような気もする。
 睦月も、見る人が見ればハッキリ分かるくらい機嫌を損ねていたが、女の子に怒ることはしなくて、冷静に切り返していたし。

「俺、むっちゃんみたいに出来ない…」

 バフッ…とベッドに倒れ込み、和衣は大きな溜め息をついた。
 助けてくれなかった睦月に散々恨み言は言ったけれど、結局のところ、この事態を解決できなかったのは自分の性格のせいだ。
 睦月みたいに、もっとぽんぽん言葉が出てくればいいのに。

「カズちゃん、そんなに落ち込まないでよ」

 ベッドの上で丸くなった和衣が、とうとういじけてしまったと思ったのか、睦月は和衣のいるほうのベッドに移って、その隣に寝転んだ。

「…別に落ち込んでない」
「でも、いじけてんじゃん」
「いじけてな……ちょっ、むっちゃん!」

 枕をむぎゅーと抱き締めて顔を伏せていた和衣の頭を、よしよしすると言うには強すぎる力で、睦月はグリグリと撫で回した。

「やっ、むっちゃん、やだぁ~」
「恥ずかしいってったって、一瞬じゃん。コンテストなんて1時間かそこらでしょ?」
「1時間は一瞬じゃないー」
「でも一生のうちでは一瞬じゃね?」
「…………。ん、まぁ、そっか…」
「…」

 睦月に撫でられたせいで、後ろ頭の髪の毛グチャグチャの和衣は、ハッキリ言って何の説得力の欠けらもない睦月の言葉に、確かにそうかも…とか思い始める。
 けれど、言っておいて睦月も、カズちゃん、ここまで単純で大丈夫かな、と感じずにはいられない。まぁ、これで気を取り直してくれれば、それに越したことはないけれど。

「カズちゃん、どうする? 今から愛菜ちゃんたちんとこ行ってくる? それとも、覚悟決めてコンテスト出る?」
「うー…………出る…」

 絞り出すような声で、やっとそう言って、和衣はパタリとベッドに潰れ伏せた。

「よしよし、カズちゃん、いーこいーこ」
「あぅー、あーうー」
「だーいじょうぶ。女装したくらいじゃ死なないから」

 睦月にあやすように頭を撫でられて(今度は優しく)、和衣は変な声を上げながら、プールのバタ足みたいに足をバタバタさせる。
 隣に寝そべっている睦月は、伏せている和衣の肩を抱き寄せて、ちっちゃな子どもでも相手にするように顔を覗き込んだ。

「いいじゃん、マジで優勝狙ってさ、旅行券貰っちゃえば、ゆっちと旅行行けるよ~」
「……」

 耳元で唆す睦月の声が、けれど和衣には、悪魔でなく、天使の囁きに聞こえた。
 祐介と、旅行…。
 これまでにお出掛けならよく行っているけれど、旅行と呼べるような遠出はしたことがない。
 これをきっかけに、祐介と旅行に行けたら。
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僕らの青春に明日はない (9)


 もちろん、学校で愛菜たちに断る口実で言ったとおり、優勝か少なくとも3位までにならなければ、旅行券も手に入らないけれど、まず出場しないことには始まらない。
 当たらないとは思いつつ、買わなければ当たらない宝くじと一緒だ。

 女装コンテストになんか参加しない! と愛菜たちに断れない以上、現金かもしれないが、旅行券目当てにがんばるしかない。
 だいたい、愛菜たちが和衣を誘ってきたのも、旅行券が欲しいからだし、きっと他の参加者の目的だって、同じに違いない。
 ならば、和衣だけが1人で悩んでいるなんて、ちょっとバカバカしい。

「そうだよ。あんま深く考えることないって」

 ようやく浮上してきた和衣に、睦月は無責任な慰めの言葉を掛ける。
 参加することになった以上、嫌々出るより、少しでも乗り気になったほうがいいだろう。

「うー、にゃー」
「何カズちゃん、猫みたい」
「俺、出来るかなー?」
「大丈夫、大丈夫」

 そう言いながら睦月は、うにゃうにゃしている和衣に、額をコツンと合わせる。

「むっちゃん、顔近い…」

 こんな距離、祐介とキスするときくらいしかない。
 でもこうやって見ると、睦月のほうが目も大きくてパッチリしているし、顔立ちも整っていると思う。
 それなのに、どうして和衣? と、そんな疑問が再び和衣の頭に浮かんでしまう。

「カズちゃんのほうが、女の子受けする顔なんじゃない?」
「ぅん?」
「女の子がかわいー、て思うのは、俺らが思うのとまた違うじゃん? まぁ、カズちゃんの感覚は知らないけど。でも、うん。カズちゃん、かわいい、かわいい」
「やっ、むっちゃん、擽ったいー」

 猫をじゃらすみたいに、睦月が首元に指を這わすから、擽ったくて和衣は肩を竦めて身を捩った。

「むっちゃんっ!」
「ぎゃっ、ちょっ、カズちゃん!」

 反撃とばかりに、今度は和衣が睦月を擽り出す。

 広くもない部屋に備え付けられているシングルサイズのベッド。
 睦月の逃げ場なんて限られていて、ベッドの下に落っこちないよう、変な格好で体を反らせている。

「ちょっ、ヤダ、カズ…」
『睦月ー、いるー?』
「、ッ!? あっ…ぎゃあっ!!」

 和衣の手から逃げようと、ギリギリまでベッドの端に来ていた睦月は、突然のノックの音と、ドアの向こうからの祐介の声に、一瞬だけ気を取られた瞬間、バランスを崩して、そのまま床に転がり落ちてしまった。

「痛ぇ…」
「むっちゃん、大丈夫ー?」
「カズちゃんのバカ!」
「ゴメンゴメン」

 転落を免れた和衣は、ベッドの上からのん気そうな声で睦月に声を掛けた。

「……何してんの?」

 痛いー、て睦月がひじをさすっていたら、中の騒動を不審に思った祐介が何事かとドアを開けた。
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僕らの青春に明日はない (10)


 睦月の部屋のドアを、返事を待たずに開けるとロクなことがないのは学習済みなので、祐介はノックの後にしばらく待っていたのだが、妙にバタバタしている中の様子が気になってドアを開けてみれば、この有様。

「むっちゃん、おっこっちゃった」
「はぁ?」

 確かに和衣の言うとおり、睦月は変な格好で床に転がっていて、ひどく不機嫌そうな顔で祐介を睨んでいた。

「何してんの、お前」

 事情を知らない祐介は呆れながらも、相変わらずのお兄ちゃん気質というか、保護者本能で、睦月の腕を引いて立たせてやった。

「全部お前のせいだっ」
「いたっ、何だよ、何もしてねぇだろ」

 なのに睦月は苛立ちに任せて、せっかく起してくれた祐介のお腹に、パンチをくれてやった。

「つーか、何だよ、何の用だよ」
「何って…」

 睦月の苛立った睨みをかわしつつ、祐介は視線を和衣に向ける。
 その視線の意味を、苛付いていた睦月ですら気付いたのに、当の和衣は、祐介と睦月が仲良くしててつまんなーい! てちょっとふて腐れていたので、急にこちらを見られてビックリしたのと照れたので、何も考えられないでいた。

「…………。ふーん」
「むっちゃん?」
「ショウちゃんとこ行って、ごはん食べて来よー」

 今日ようやく2人きりになれそうな恋人たちに気を遣ったのか、もう和衣のお守をするのが面倒くさくなったのか、睦月は白々しくそう言って、部屋を出ていった。

「えと、あの…今日はゴメンね、和衣」
「え、何が?」

 睦月が出て行くのを見届けた後、祐介は睦月のベッドに腰を下ろすと、いまだ膝立ち状態だった和衣を隣りに座らせた。

「いや…何か全然フォローできなかったから…」
「…うん、確かに誰も、何もフォローしてくんなかった」

 みんなから、すごく温かな目線で見守られているだけだった。
 まぁ、あの状況で、何かをどうにか出来るヤツはいないとだろうし、さっきまで散々睦月に八つ当たりしたから、今さら祐介に何か言うつもりはないけれど、和衣はちょっと拗ねたふりで唇を尖らせた。

「ゴメン、和衣、あのホント…」
「んふふ、もーいいよ。さっき散々むっちゃんに文句言ったから」

 後で睦月には、ちゃんとゴメンナサイをしておこう。

「コンテストはさー……一応、出ることにしたから」
「そうなの?」
「…うん。だって愛菜ちゃんたちに断れないし、だったらがんばろうかな、て」
「そっか」

 がんばって優勝して、旅行券を……と言おうとして、でもそれって祐介を旅行に誘うことになるのかな、いきなり大胆すぎるかも…と、一瞬でいろんなことを考えて、和衣は口を噤んだ。
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僕らの青春に明日はない (11)


「あ、祐介、あの…」
「ぅん?」

 祐介に寄り掛かって、ぽてりと頬を祐介の肩に乗せていた和衣が、チラリと視線を上げた。

「女装……変でも笑わないでね?」

 最初は嫌だ嫌だの一点張りだったし、断り切れずに出ることを決心したときも、旅行券があれば祐介と旅行に行けるー! て無理やりモチベーションを上げたから、実はよく考えていなかったのだが、祐介は和衣が女装することを、どう思っているんだろう。

「祐介、女装とかする恋人でも、嫌いになんないでね…」
「いや別に嫌いになるとかは」

 何かにつけて悲観的になりやすい和衣は、先ほどまでがんばって上げていたテンションが、もしかしたら祐介に変な子て思われて、嫌われちゃうかも…という勝手な妄想で、一気に急降下してしまった。

「…ホント?」
「そんなことで嫌いにはなんないけど…」
「けど?」
「和衣がすっごい嫌がってんのに、無理してやるとかだったら嫌かな、て」
「ッ…~~~~~!!!」

 たとえどんなことでも、恋人が嫌がることはさせたくないと思うのは、別に祐介だけに限ったことではない。
 祐介も、ごく普通にそう思って、そう言っただけなのに、その言葉と表情に和衣の胸は、きゅうぅ~~~~ん!! と甘い音を立てて撃ち抜かれてしまった。

「和衣?」

 真っ赤な顔で固まってしまった和衣を不審に思って、祐介がその顔を覗き込めば、和衣は無理無理無理無理ー! と、祐介に抱き付いて、その胸に顔を押し付けた。
 単に祐介の顔を見るのが恥ずかしかったからの行動なのだが、このほうがよっぽど大胆だと気付いたのは、祐介の腕が背中に回ってからだった。

「はぅっ…」

 ドキドキを落ち着けるはずだったのに、かえってドキドキしてしまうっ…!

「ゆ、ゆぅ…あの…ん」

 やっぱ離して……と言う間もなく、和衣の唇は、キスで祐介に塞がれてしまった。
 今日はいろんな意味でいっぱいエネルギーを使ったから、祐介にキスされているとパワーを補給されている感じ。

「…ん」
「あ、ゴメン、つい…」

 唇が離れると、祐介は困ったような顔で眉を下げながら、なぜか和衣に謝った。

「ぅん…? なに…?」
「いや、ここ、睦月たちの部屋…」
「…………、あ」

 たとえ自分たちどちらかの部屋だとしても、寮で気分が盛り上がってしまうのはいろいろとヤバいのに、ここは亮と睦月の部屋。
 気を利かせて(くれたのかどうかは微妙だが)、睦月が部屋を出ていったとはいえ、いつ帰ってくるかしれないし、どんなタイミングで帰って来たって文句は言えないし、というかこれ以上いろいろしてしまうのは、いろんな意味で申し訳ないし。

「…がんばるね、コンテスト」
「ん」

 最後にもう1度だけ、キスをした。
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僕らの青春に明日はない (12)


「ねぇー亮、カズちゃんは?」

 広い教室。
 授業中に和衣の席の位置を確認しておいて、終わったと同時に愛菜と眞織はダッシュでやって来たのに、そこにいたのは亮と睦月だけだった。
 愛菜は緩くウェーブの掛かった茶色の長い髪を、今日はサイドバックで束ねていて、とっても女らしい雰囲気だけれど、しかしそのオーラは相変わらず、強くていらっしゃった。

「えーっと……行っちゃった、かな…?」
「どこに?」
「えっ………………バイト?」
「でも睦月くんいるじゃん」
「…………」

 和衣と睦月が同じコンビニでバイトをしていることも、勤務時間が同じことも、愛菜と眞織は知っている。
 全然うまくない言い訳だった。

「今日、何すんの?」
「コンテストの打ち合わせ」
「……のわりに、カズちゃん、だいぶ脅えてたよね?」

 朝から浮かない顔をしていた和衣だったのだが、今日の授業が終わりに近づくにつれ、まるで何かに脅えるような表情になり、チャイムと同時に祐介の腕を引っ張って、教室を出ていったのだ。
 ちなみに席順が、通路のほうから翔真、和衣、祐介だったため、巻き添えを食らって翔真まで一緒に連れられて行ってしまった。

「あー、衣装の打ち合わせ」
「試着しに行こう、て言ってたからかな」

 眞織は、愛菜とは違う短い髪をクシャリと掻き上げた。

「試着? それだけであの脅え方?」
「なんちゃって制服買うのに、最初はウエストとか測ってって、ウチらで買えばいっか、て言ってたんだけど、やっぱ着たとこ見たほうが分かるじゃん? だからカズちゃんにも一緒に来てほしいな、て」
「え、服買うの?」

 単純に女装だから、誰か女の子の服でも借りるのかと思っていたら、どうやらそれよりももっと本格的に衣装を揃えるらしい。
 それにしても、なんちゃって制服て…。

「今、結構売ってるよね。制服ない高校とかさぁ、みんな、なんちゃって制服着てくんだって」
「私服OKなのに、なんちゃって制服、着てくの?」
「制服あっても、学校終わった後、なんちゃって制服に着替えて遊び行くらしいよー」
「へぇー…」

 女の子て、不思議…と睦月は首を傾げている。
 でもそう言えば、日本の女子高生の制服は、海外でも人気があって、外国の女の子たちの間でも流行っていると、テレビでやっていたっけ。

「え、まさかカズに、そのなんちゃって制服売ってる店に一緒に行こうて言ったわけ?」
「うん」
「……」
「……」

 愛菜と眞織は、何でもないことのように頷いたが、それを見て亮と睦月は何とも言えない表情で視線を合わせた。
 いくら和衣の見た目がかわいくて、本人もかわいいモノ好きだとしても、まさかなんちゃって制服ショップで、自分が着るための制服を買いになんて行きたくはないだろう。
 おまけに試着とか……他の買い物客に変態だと思われかねない。
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甘い惑星 (1)


 ホワイトデー小説。今回はメインカプ拓海くんと悠ちゃんです。タイトルは、約30の嘘さまより。

「拓海、拓海」

 拓海がソファに転がって海外ドラマのDVDを見ていると、その足元の床のところで何かゴソゴソやっていた悠也が、拓海のシャツを引っ張った。

「…ぁに?」
「拓海!」

 ちょうどいいところだったので、何となくぞんざいな返事をすれば、それがおもしろくなかったのか、悠也はグイと思い切りシャツを引っ張った。
 仕方なく拓海は、床にちょこんと座っている悠也のほうに向き直った。

「何、何?」
「口開けて」
「は?」

 わけの分からない悠也の要求に、拓海はその気もないのに、思わず口をポカンとさせてしまった。

「んぐっ!」

 と、悠也はその開いた口に、いきなり何かを突っ込んで来た。

「なっ…ちょっ…」
「うまい? うまい?」


 無理やり人の口の中に何か押し込んでおいて、そんなにすぐ感想なんか求められたって、答えられるわけがない。
 うまいかまずいか感想を聞いてきてるわけだから、とりあえず体に害になるような変なものではないのだろう。

「…………」

 ポリポリ、モグモグモグモグ…………ゴクン。

「どう? うまい?」
「おいしいけど……何? クッキー?」
「はい、もっかい口開けて?」

 ……全然話を聞いていない。

「早く!」

 何だかよく分からないが、悠也がペチペチとももを叩いて促すので、仕方がない、拓海はもう1度口を開けてやる。

「あーん」

 なんて。
 かわいいこと言いながら、悠也はまた、クッキーを拓海の口の中に突っ込む。
 やろうとしていることと言うことはかわいいのだが、どうも口の中への入れ方が雑で乱暴だ。

「拓海、うまい? うまい?」
「おいしいってば」
「じゃ、もっかい」
「ちょっと待ってよ、悠ちゃん! 一体何枚俺の口の中に突っ込めば気が済むわけ?」

 わけも分からず、口の中にクッキーを押し込まれる身にもなってほしい。
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カテゴリー:拓海×悠也
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甘い惑星 (2)


「もー1枚!」
「悠ちゃん!」
「早くー」
「コラ、理由を言いなさい」

 拓海のももに手を突いて身を乗り出してる悠也の脇に手を入れて、その細っこい体を抱き上げると、ももを跨ぐように座らせた。

「あぁん、もう! 口開けてよぉ」

 こんなことをして、祐也は抵抗するかと思ったが、ももの上に座らせたことではなくて、拓海が口を開けないことに対して、何だか駄々を捏ねている。

「開けろって言うなら開けるけど、理由を言いなさい。何で急にクッキーを食べさせようとすんの?」
「お返しだから。はい、あーんして」
「お返しって……むぐっ」

 聞き返そうとする口に、再びクッキー。
 何? お返しって。しかもクッキーって。
 拓海は頭の中を「???」でいっぱいにするが、何のことやら見当がつかない。

「次は違う味のヤツね」
「えっ!?」

 まだ食べさせる気!?
 驚いている拓海を無視して、悠也は無理な体勢で床からクッキーの箱を拾うと、別のクッキーを構える。

「ちょっ、ちょっ、待っ…」
「何?」

 とりあえず悠也の両手を封じて、拓海は新たなクッキーからは逃れる。

「ね、お返しって何? 俺、悠ちゃんからお返しされるようなことしたっけ?」
「した」
「いつ?」
「1か月前」
「1か月前?」

 1か月前といえば2月。
 テレビの画面では、ドラマがどんどんと流れていっている。
 一時停止させるためにリモコンを手にしたら、きっと悠也はまた怒るんだろうなぁ…などと頭の片隅で思いつつ、お返しについて思い出そうとがんばる。

「あ、悠也の誕生日?」

 そういえば先月、悠也の誕生日のとき、ずっと欲しがっていた時計をプレゼントしたんだっけ。
 しかし拓海の誕生日は7月で、まだ先なのに、どうして急にお返しなどと言い出したのだろう。

「ちげぇよ、バカ」

 本当は頭かおでこを叩いて突っ込みたかったのだろうが、拓海に両手を封じられているため、悠也は少し身じろいで、口を尖らせた。

「違うの? だって他に俺、何もしてないでしょ?」
「したよ! したの!」
「何したっけ? え、悠ちゃん?」
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甘い惑星 (3)


 まるでぐずり出した子どものように、拓海のももの上で悠也はジタバタし出す。
 小柄な悠也が重たいということはないのだが、座っている位置が微妙なので、あんまりそこで暴れないでほしい(こんなときに、欲情している場合ではないから)。

「悠ちゃん?」

 悠也はなぜか、耳まで真っ赤にしている。
 しかし一体、今までのやり取りの中のどこに、そんな照れるような部分があったというのか。
 どちらかと言えば「あーん」とかされた拓海のほうが照れて然るべきなのでは。

「悠ちゃん?」
「…………、じゅー…よっか」
「え? じゅーよっか? …………、14日。――――あ、バレンタイン!?」

 そう言えば今年のバレンタイン、拓海は悠也にチョコを上げたっけ。
 前に駄々を捏ねて何とか貰ったことはあるけれど、今年は何も言わなかったので、どうせ悠也は忘れているだろうと、拓海がこっそり用意して渡したのだ。

「そのお返しってこと? ホワイトデーだから?」

 まだ顔の赤い悠也が、コクリと頷く。
 もともと悠也はこうしたイベントには興味のない人だし、拓海もお返しを期待してチョコを渡したわけではないので、ホワイトデーの存在自体をすっかり忘れていた。

「それでクッキー?」
「…ん」

 包みがどうとか、プレゼントがどうとかでなく、いきなり口の中に突っ込んでくるあたりが悠也らしい。
 もしかしたら、照れ隠しだったのかもしれないが。

「ありがと、悠ちゃん。すごくおいし」
「うっせ。忘れてたくせに」
「ゴメン。だって悠ちゃん、超唐突なんだもん」

 いきなり口の中にクッキーを突っ込まれて、それがバレンタインのお返しだなんて、どう考えたって、気付くわけがない。

「悠ちゃん、もう1枚」
「…食べれば?」
「食べさせてよ」

 拓海のももの上に乗っていることも恥ずかしくなってきたのか、悠也はそこから降りようとするけれど、拓海がガッチリと腰をホールドするので逃げられない。

「悠ちゃん」
「分かったから! それじゃ手が届かねぇだろ!」

 照れ隠しなのか、悠也はわざと声を荒げる。
 悠也を落とさない程度に手を緩めてあげると、渋々といった感じで悠也は床に置いた缶からクッキーを1枚取り上げる。

「…ホラ」

 頬を染めた悠也が、もう1枚クッキーを差し出してくる。
 拓海は頬を緩ませ、それを口に収めた。





*END*




 ホワイトデー当日だけのはずが、普通に3話かかってしまいました。
 計画性…。
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僕らの青春に明日はない (13)


「実際に着てみたほうが分かるのに」
「試着しろとは言わないけど、せめて前に宛がってくんないかな、制服」
「まぁー…嫌がるだろうな、それは。もう恥ずかしいとかいうレベルじゃなくて、普通に羞恥プレイの域に達してるし、それ」

 愛菜たちに連れられて、なんちゃって制服の店で、いろいろと試着させられている親友の姿を、亮は憐れむような顔で思い浮かべた。

「でもさぁ、最終的には女の子のカッコするわけでしょ、カズちゃん。予行演習だと思えば」
「いや、恥ずかしさの度合いが違うだろ、絶対」

 勝手なことを言う睦月に、亮は苦笑する。

「ダメかなぁ、試着」
「愛菜たちだけで買いに行ったほうが、無難だと思う。ここでカズがヘソ曲げて、コンテスト出ない! とか言ったら、元も子もなくね?」
「んー…そっか」

 ひどく残念そうだったが、亮の言い分も一理あるため、愛菜と眞織はようやく納得したように、顔を見合わせて頷いた。

「とりあえず、カズちゃんのスリーサイズ測んないことには始まんないから、カズちゃん、探さなくちゃ」
「キャハハ愛菜、スリーサイズじゃないでしょ!」
「いや、こーなったら、ウエストだけじゃなくて、ヒップもバストも測ってやる~」

 見兼ねた亮の助け船のおかげで、なんちゃって制服ショップでの試着は避けられたものの、和衣が約束を破って逃げてしまったおかげで、愛菜の変な闘争心に火を点けてしまったらしい。
 眞織は屈託なく笑っているが、愛菜は本気の表情だ。
 亮も睦月も心の中で、和衣の無事を祈った。



*****

「はぁっ…ふぅ~…」

 チャイムと同時に、祐介の腕を引っ張って、ダッシュで教室を出て、どっちに行っていいかも分からないまま走ったら、カフェテリアに降りて来てしまった。
 しかも、どさくさに紛れて、翔真まで連れて来ていた。

「カ~ズ~、何で俺まで…」
「だって!」

 今日は、衣装の打ち合わせをするとかで、最初は和衣のウエストだとか肩幅を測らせてくれ、という話だった。
 ところが、どこでどうなったのか、やっぱりちゃんと試着してみたほうがいい、という話になってしまい、授業が終わったら、なんちゃって制服ショップに行くはめになってしまったのだ。

 ――――冗談じゃない!!

 女装コンテストは渋々ながら引き受けたものの、そんなところに女の子2人と、買い物になんか行きたくはない。
 100歩譲って彼女とか、1万歩くらい譲って、愛菜たちの買い物に付き合うのに行くというのなら、何とかがんばれないでもないけれど、自分が着なければいけないものを、そんなところに買いに行けるわけがない。

「ヤダヤダヤダ、そんなとこ絶対に行きたくない~、いくら愛菜ちゃんたちの頼みでも、それは無理~」
「それは言いなよ、行きたくない、て。今逃げたって、どうせ明日また会うんだし」
「あぁっ!」

 翔真は至極当然のことを言ったまでなのに、和衣は言われてようやくその事実に気付いたらしく、ガーン! という表情で固まってしまった。
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僕らの青春に明日はない (14)


「あうぅ…ショウちゃん、俺はどうしたらいいの…?」
「とりあえず、もっかい愛菜たちんとこ行って、ちゃんと言ってくるしかないでしょ。明日になったら、怒りも倍増してそうだし」
「うぅ…」

 なんちゃって制服ショップには行きたくないけれど、何で逃げちゃったの、俺のバカ…! と和衣は激しく落ち込む。
 いつだって和衣は、思い付きだけで行動するから、失敗することが多い。
 今日がまさにその典型だ。

「はうぅ…」
「キャー、真大くん、かわいいー!」
「…………」

 べっこりと凹んでしまった和衣とは対照的に、明るく元気いっぱいの声が、カフェテリアの奥のほうから響いて来た。
 しかもその中に、よく聞き知った名前が含まれていたから、翔真もギョッとした。

「…真大、て真大?」

 和衣は自分が落ち込んでいたのも忘れて、カフェテリアの奥を窺った。
 次の授業が始まったし、昼食時間帯でもなくなってしまったから、カフェテリアには人が少ない中で、奥のテーブルに数人の男女が集まっていて。
 そして、その中心にいるのは、栗色のロングヘアの…………

「真大っ!?」
「ん? あ、翔真くん!」

 思わず声を裏返して名前を呼べば、笑顔の真大が振り返って翔真に手を振った。
 けれどその髪型は、昨日までと打って変わって、長い女の子みたいなスタイルになっている。

「真大、何してんの…?」

 和衣も口をポカンとしたまま、瞬きも出来ずに真大を見ている。もちろん祐介も。

「えへへ、どの髪型が似合うか、お試し中~」
「髪型? でもこれ…」

 テーブルの上にはいくつかのウイッグが並んでいたが、どれを見ても、女の子のヘアスタイルだ。
 まさかこれのどれが真大に似合うか、試しているのだろうか。

「女装コンテスト?」
「あぁ~~~~!!」

 今、女の子になるためのアイテムで、一番身近なことといえば、学園祭の女装コンテストだろうと祐介が呟けば、和衣は同志を見つけたとばかりに声を上げた。

「真大も出るのっ? 女装コンテスト」
「うん。で、どのヘアスタイルが似合うかなぁ、て」
「……え?」

 真大も、同じく女装コンテストに出るのなら、きっと同じ思いを抱えているはずと和衣は思ったのに、何となく真大の雰囲気は違う気がする。
 服装は普通に男の子の格好だけれど、女の子のウイッグはノリノリで着けているし…………あれ?

「真大……女装、ヤじゃないの?」
「え、別に」

 それでもと思って和衣が尋ねてみれば、全然予想していなかった返事が、いともあっさりと返って来た。
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僕らの青春に明日はない (15)


「えっえぇ~~~、そうなの!?」
「ぅん? 女装くらい、別に減るもんでもないし」

 ひどくビックリしている和衣に、真大は事もなげに言う。
 確かに女装をしたからといって、何がどう減るわけでもないが、でもそうでなくて、えっと…。

「ていうか、え、カズくんも出るの? 女装コンテスト」
「え、あ、うん、あの……何かそういうことに…」
「マジで!? じゃあもっと気合入れなきゃ!」
「は?」
「カズくんかわいいし、このままじゃ負けちゃう!」
「え、いや、ちょっと…」

 そんなことで気合を入れ直されても、困る。
 和衣としては、女装なんて嫌だよねー、て愚痴を零せる仲間が見つかったと思ったのに、真大は逆にライバルが現れた! と負けず嫌いな本性丸出しで、和衣に対抗心を燃やし始めてしまった。

「ねぇねぇ翔真くん。翔真くんはもちろん、俺のこと応援してくれるよね?」
「うぇ!?」

 応援も何も、真大が女装コンテストに出ること自体、たった今知った翔真は、まだ動揺が隠せずにいるというのに、真大はちゃっかりと翔真を味方につける作戦に出たらしい。
 栗色のロングヘアをなびかせる真大に腕を引かれ、翔真も真大の友人たちの中に入れられてしまった。
 翔真と真大が付き合っているなんてこと、一緒にいた真大の同級生たちはもちろん知らないが、普段声なんて掛けることも出来ないイケメンの先輩が仲間になって、女の子たちの表情もニコニコと緩み、意外とあっさりと受け入れられた。

「そーゆーことで、カズくん!」
「は、はい!」
「ぜぇ~~~ったいに負けません!」
「え、あ、うん!?」

 そんな、勝手にライバル扱いされても困るんだけど…。
 何だかこれ以上ここにはいられない雰囲気になってしまって、和衣は祐介と一緒にカフェテリアを出た。

「真大…何であんなにやる気満々なの…?」

 カフェテリアを出たからといって、他に行く当てがあるわけでもなく、和衣は途方に暮れたように祐介を見た。

「てかさ、衣装の打ち合わせ、行ったほうがいいんじゃないの?」
「あぁっ! そうだった!」

 真大とのことですっかり忘れていたが、和衣自身も、とっても大事な用事があったのだ。
 何をどうしたらいいか、もう全然分からなくなってしまって、和衣はパニックに陥ってしまう。

「教室、戻ろう!」
「でも次の授業始まってるから、いないんじゃ…」
「あーーー…!!」

 ダッシュで教室に戻ろうとした和衣は、祐介の言葉に、頭を抱えてその場にへたり込んだ。

「ううぅ…、俺、どうしたらいいの…」

 どうせこれから行ったところで怒られるなら、今日は愛菜たちに会わず、このまま寮に帰ってしまおうか。
 何かもう、寝たい…。
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僕らの青春に明日はない (16)


「…帰る?」

 和衣の気持ちを見越したように、祐介はそう言って、和衣の腕を引いて立たせてくれた。

「帰る…。でも、愛菜ちゃんたちに怒られたくない…」
「具合悪かったんだ、て言って、許してもらおうよ」

 体の調子が悪いわけではないが、パニックで今にも倒れそうなくらいに、和衣の頭はグルグルしてしまっているのも事実だ。
 こんな様子では、とても衣装の打ち合わせなんて、出来そうもないだろう。

「やっぱ、断ったら? そんなに悩むくらいなら」
「だい…じょーぶ。やる、て決めたからには、やる! 真大だってあんなに意気込んでたし、俺だって出来る! ……と思う」

 ちょっとやそっとのことでは折れない、強いハートの持ち主である真大と比べるには、和衣はグラスハートすぎる気もするが、昨日睦月に散々宥められて、ようやく決心したのだ。
 やっぱり男なら、1度決めたことは、貫き通すべきだと思う。――――それがたとえ女装でも。

「…帰ろっか」
「うん」
「あ、ゴメン、電話」

 今日はもう寮に帰ろう、と歩き出したところで、祐介の携帯電話が音を立てた。

「亮からだけど、…出る?」
「亮? ……出る…」

 あんまり乗り気はしないけれど、何となく用件も分かるし、出ないわけにもいかない気がして、和衣は仕方なく祐介から携帯電話を受け取った。

「もしもし…」
『え、カズ? お前、今どこいんの? ケータイ出ねぇし、愛菜たちがめっちゃ探してんだけど』
「うー…」

 やっぱり!
 教室から逃げてくるとき、亮と睦月は置いてきてしまったから、きっと彼女たちに捕まったのだろう。

「愛菜ちゃんたち、一緒にいるの?」
『いる』
「ゴメン、今日はもう帰るて伝えて…。明日ちゃんとするし」
『お前、大丈夫なの? 店まで付いて来なくていいから、ウエストだけでも測らせてくれっつってるけど』
「…行かなくていいの? 制服のお店?」

 和衣が逃げた後、亮がうまく言ってくれたんだろうか。
 なんちゃって制服ショップに行かなくていいだけでも、和衣の心は少しながら浮上してくる。

『カズちゃーん、ゴメン! お店はウチらだけで行って来るから、後でスリーサイズだけ、測らせてー?』
「愛菜ちゃん…」

 電話を代わった愛菜が、すまなそうにそう言った。
 けれど、スリーサイズ、て??

『今日が無理なら、明日でもいいよ』
「うー…ホントに、サイズ、測るだけ? 俺、制服のお店、行かなくてもいい?」
『オッケー、オッケー。カズちゃんに似合いそうなの、ちゃんと選んでくるから、任せといて!』
「いや、あの…」

 女の子の制服で、似合いそう、とか言われても…。
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僕らの青春に明日はない (17)


「……、サイズ測るだけなら、今日でもいいよ」

 本当は帰るつもりだったけれど、明日になったところで、やることは同じだ。だったら、嫌なことはさっさと済ませてしまったほうがいい。
 いいよね? と祐介に視線で窺えば、コクリと頷かれたので、和衣はそう申し出た。

『カズちゃん、今どこいるの? まだ学校いる? サイズ測るだけなら、どこでもいいよね? カフェテリアとか…』
「カフェはダメ!」
『え、何で?』
「何でもダメ! 他のとこがいい」

 だってきっと、カフェテリアにはまだ真大たちがいる。
 あれだけ対抗心を燃やしているのだ。和衣たちまで同じ場所でそんなことを始めたら、火に油を注ぐことになりかねない。

『じゃあさ、ウチら今、302教室にいるのね。そこ来てもらってもいい?』
「分かった」
『待ってるねー』

 用件を伝えた電話は切れて、和衣はそれを祐介に返した。

「ゴメン、やっぱ今日行ってくるね。愛菜ちゃんたち、そんなに怒ってなかった」
「俺も行くよ」
「え? あ、うん……うん」

 なんちゃって制服を、あれこれ着せられている姿を祐介に見られるのは気が引けるが、今日はまだ女の子の格好をするわけではないから、付いて来てもらってもいいかな、と戸惑いながらも和衣は祐介と一緒に、指定された教室に向かった。

「カズちゃん、遅ーい!」
「ゴ、ゴメン! ――――て、むっちゃん!」

 教室のドアを開けた途端に言われ、てっきり愛菜か眞織かと思ったのに、文句を言ったのは眠そうな顔をしている睦月だった。

 先ほど授業を受けた200以上も席のある大きな教室と違って、こちらは30人も入るかどうかの小さな教室で、睦月は机に突っ伏していて、亮はその隣で携帯電話を構っているし、愛菜と眞織は雑誌を何冊も広げていた。

「むっちゃんねぇ、カズちゃん来なーい、何してんのー! て、ウチらより怒ってたよ。はい、むっちゃん、チョコ上げるー」
「あー…む」

 逃げ出してしまった和衣を探して待つのに、なぜか付き合わされてしまった睦月は、いつまで経っても戻って来ない和衣に待ちくたびれてしまったらしい。
 その間、愛菜と眞織に相当構われていたらしく、呼び方もいつの間にか『むっちゃん』になっている。
 眞織に一口チョコを口の中に入れてもらった睦月は、口をモグモグさせているが、よく見れば机の上にはチョコやお菓子の包み紙が散らばっていて、随分と餌付けされていたようだ。

「むっちゃん、ゴメンね?」
「…別に。早くウエストでもヒップでも、好きなだけ測られちゃいなよー」
「すっ…好きなだけなんて、測らせないもんっ」

 今まで服を買うのに、まともに採寸などされたことがないので、一体どういうふうにするのかは知らないが、ヒップなんて測る必要があるのかと思わずにはいられない。

「じゃ、カズちゃん、上脱いで!」
「……は?」

 シャキーン! と早速メジャーを取り出した愛菜が、和衣にズイと詰め寄った。
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僕らの青春に明日はない (18)


「え、何て?」
「早く上脱いでよ、カズちゃん」
「なっ何で? 何で脱ぐの? 今日、サイズ測るだけなんでしょっ?」

 やっぱり騙された!? て、慌てて逃げ出そうとした和衣を、息もピッタリに眞織が捕まえた。

「やぁ~、嘘つき~!」
「何が嘘つきなの! 脱がなきゃ測れないでしょーが」
「脱がなくても測れる~! やっぱ今日試着させるつもりだったんだ~、わーん」
「させないってば! 眞織、そのまま押さえてて!」
「ギャッ」

 眞織に軽々と取り押さえられている和衣のシャツの裾を、愛菜は何の遠慮もなく、ガバッと捲り上げた。

「愛菜ちゃん、だいたーん」
「むっちゃーん、そんなのん気なこと言ってないで、助けてー」

 けれど睦月は、席を立つ気配すらない。
 亮も何と声を掛けていいか分からないといった表情をしているから、和衣は最後の頼りとばかりに祐介を見れば、一応は止めようとしてくれたのか、両手を和衣たちのほうへ伸ばしていたが、愛菜と眞織の気迫に負けたのか、そのままの格好で固まっていた。

「もー、ウエスト測るだけでしょ! そんなに暴れないの!」
「ひぅ…」

 もう大人しくするしかないと、和衣は素直にその身を愛菜たちへと捧げた。

「えーっと、ウエストはー…」
「早くぅ~…」
「ちょっカズちゃん、動かないでよ」

 お腹を丸出しにされて、女子2人にウエストを測られている姿は、ハッキリ言って格好いいとは言えない。
 というか、絶対間抜けだと思う。

「うっわ、ほっそ!」
「えぇ~、何ー?」

 自分の前に屈んでいる愛菜の様子は気になるが、身じろげばまた怒られるので、和衣は視線だけをがんばって落とす。

「ウエスト61センチ!」
「うっそ、マジ? カズちゃん、超細い!」
「羨ましー」
「うぅ…」

 愛菜と眞織は口々に細い細いと言いながら羨ましがるけれど、和衣は男なんだから、そんなに細いと言われたって全然嬉しくない。
 もっといっぱい食べて、体を作らなきゃ、と和衣は密かに決心した。

「次は肩幅ね」
「…脱がなくてもいいよね?」
「全部はいいけど、上に着てるパーカーだけでも脱いでよ」

 仕方なく言われたとおりに、羽織っていたパーカーを脱げば、やはり亮や翔真とは元からの体格も違い、明らかに和衣の体の線は細い。
 また愛菜たちにキャアキャア言われながら、和衣は肩幅を測られ、続いて股下、膝上、果ては腕の長さまで、事細かにサイズを測られていった。
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僕らの青春に明日はない (19)


「よっし、採寸はこのくらいでいいかな」
「これで終わりー? もういいー?」

 サイズを測られるだけ、と思っていたが、結構ヘトヘトになる。
 単に愛菜と眞織のパワーが凄すぎたのかもしれないが、この2人に交じって買い物になんか行った日には、到底体力が持たないと思う。

 ようやく解放された和衣が、ドサリとパイプ椅子に腰を下ろせば、睦月がよしよしと頭を撫でてくれた。

「ねぇねぇ、そういえばさ、ショウちゃんは? カズちゃん、一緒に連れてったんじゃないの?」
「あーんー、何か真大に…、……真大も女装コンテスト出るって、そんでカフェテリアで会って、何かショウちゃん応援して?」
「??? 何それ」

 疲れているせいなのか、いつものことなのか、和衣の言っていることは支離滅裂で、結局のところ睦月には何のことだか分からない。
 同じく和衣に連れて行かれた祐介に視線を向ければ、真大も学園祭の女装コンテストに出場するらしく、カフェテリアで偶然会った翔真を、「応援して!」と仲間に引き入れたのだと、教えてくれた。

「へぇ、真大も出るんだ」
「なーんかねぇ、真大、めっちゃノリノリで気合入ってんの。俺、何か超ライバル視されてんだけど…」

 闘志を燃やしまくっている真大の姿を思い出し、和衣はまたちょっと肩を落とした。

「誰、真大くんて。うちの学部だっけ?」
「2年生ー。高校のころの後輩なんだけど…」
「かわいいの?」
「え?」

 メジャーやら雑誌やらを片付けていた愛菜が、どうなの? と和衣に迫った。

「は?」
「どうなの? その子、かわいいの? カズちゃんよりも?」

 そんなにノリノリで、しかも対抗心をメラメラさせている相手なら、強力なライバルになりかねない。
 念のために作戦をもう1度練り直したほうがいいのではないかと、愛菜は思ったのだ。

「か…かわいいて言うか……どうだろ…?」

 いくら和衣が男とはいえ、自分と比べて真大がかわいいかどうかなんて判断できないし、答えられるものではない。
 とりあえず、さっき見掛けたときに被っていた、栗色のロングヘアのウイッグは似合っていたかな、とだけ和衣は答えておく。

「ふぅん、ウイッグか…。じゃあ、結局かわいくたって、ウイッグ被んなきゃ、男に見えちゃうてことだよね。大丈夫、カズちゃんはそんなのなくても十分かわいいし、そのままで行けるよ!」
「いや、それ、全然褒め言葉じゃない…」

 いっそ、入念に化粧をして、ウイッグも衣装もばっちり決めなきゃ女に見えない、て言われたほうが、ずっと嬉しいのに。

「向こうも女子高生で来るかな?」
「いや、絶対そうでしょ。変なコスプレするより、女子高生が一番食い付きいいもん」
「ウチらも、制服のかわいいの、ゲットしなきゃだよね!」
「うん!」
「…………」

 もしかして、真大の話を出してしまったの、非常にまずかった?
 愛菜と眞織の闘争心を、ますます煽ってしまったのでは……と和衣が思ったときには、すでに遅かった。
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僕らの青春に明日はない (20)


「もぉ~絶対に負けてらんない!」
「カズちゃんだって、後輩になんか負けたくないでしょ!?」
「え、えー…」

 負けたくない、ていうか……勝って嬉しいと思える内容のコンテストではないが、ここで「うん」という以外に、答えはない気がする…。
 和衣が返事に困っているうち、愛菜と眞織は、がんばろうね! と決意を新たにしていた。

「ねぇ、ゆっちー、ちょっと来てー」

 和衣の頭をポフポフしながら、気合を入れまくる愛菜たちの様子を見ていた睦月が、そのそばで、呆然と突っ立っているだけの祐介を呼んだ。
 しかし祐介は、愛菜と眞織を見つめたまま、反応がない。

「ゆっち! ちょっと来て!」
「えっ?」

 もう1度呼ばれて、ようやく祐介は我に返った。
 女の子てすごいな…と、祐介は実家にいる2人の妹のことをボンヤリと思い出していたのだ。
 おっとり型の祐介と違って、妹たちも元気はいいほうだ。もしかしたら友だちと一緒のときは、こんななのかな。だったらちょっと怖いかも…。

「何、睦月。え、ちょっ…」

 呼ばれるがままに睦月のほうに行けば、ガシリと手首を掴まれ、なぜか手を和衣の頭の上に乗せられた。

「何、」
「交代して」
「は?」

 交代?
 和衣の頭に手を乗せて?
 そういえばさっきまで、睦月は和衣の頭を撫でてあげていた。まさかそれの交代?

「はっ? ちょっ…」
「俺、ちょっとカフェテリア行ってくる。偵察しに」

 ウイッグを被った真大がどんななのか、ちょっと見てみたい。
 まだカフェテリアにいるかどうかは分からないが、とりあえず和衣をよしよしする役目は祐介に任せて、行ってみよう。

「むっちゃん! むっちゃんまで、その真大くんの応援に回んないでね? ちゃんとカズちゃんの応援だからね!」
「大丈夫! 俺、カズちゃんの味方です!」
「なら、よろしい」

 なぜか眞織と睦月は、敬礼し合っている。
 タイプが似ているとは思えないが、どうやらこの2人は気が合うらしい。

「亮も行こ?」
「え、あ、うん」

 どうせこの後、愛菜と眞織は衣装を買いに行くのだろう。
 和衣と祐介が、頭をよしよしされているところに残されるのも気まずいので、亮は慌てて睦月の後を追った。
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僕らの青春に明日はない (21)


「いやまさか、お前と2人でメシ食うのを、気まずいとか思う日が来るとは、夢にも思わなかったわ、マジで」

 大学のカフェテリアでロコモコ丼を頬張りながら、睦月はしみじみと、目の前に座っている祐介に言った。
 祐介と睦月2人きりで食事をするのは実に久々のことで、けれど睦月が気まずさを感じているのは、単に久し振りだからという理由からではなく、祐介が醸し出している鬱々とした雰囲気のせいだった。

「つーかさ、気になるなら、カズちゃんとこ行ってくればいいじゃん」
「いや、それは…」

 今日は、和衣の衣装合わせの日なのだ。
 気乗りはしないが、出場を断らなかった以上、この日が来ることは避けられないわけで、しかし和衣が1人で愛菜と眞織のもと衣装合わせをするのは、とても精神力が持たないと、亮が付き添っていた。

 睦月の言うように、祐介も和衣のところに行きたかったが、和衣が恥ずかしいと言ってそれを拒んだのだ。
 ちなみに睦月は、来れば絶対に茶化すと思ったのか、絶対に来ちゃダメ! と念を押されていた(睦月にしても、行ったらノリで、『着てみたら~?』となるのが嫌なので、行く気もなかったが)。

「カズちゃんもさぁ、恥ずかしいったって、亮は見るじゃん。ゆっち、いいの? 亮なんかに、先にカズちゃんの女装見せちゃって」
「いいも何も」
「てかさ、ゆっち、ちゃんとカズちゃんの応援してる?」

 何だかんだ言っても、睦月は和衣の味方だ。
 和衣は女装コンテストに積極的ではないが、出るとなったからには応援もするし、ちょっと面倒臭いけど、愚痴だって聞いてあげる。

「いや、だって、何て言えばいいわけ?」
「は?」

 何を今さら、そんなボンヤリしたことを聞いてくるのかと、睦月はスプーンを銜えたまま顔を上げた。

「女装した格好見て、かわいいとか、似合ってるって言っていいの? それって褒め言葉か?」
「……」

 生真面目な性格の祐介は、どうやらずっとそんなことで悩んでいたらしい。
 和衣はそんなに乗り気ではないし、『俺はかわいくない!』て言い張っているから、"かわいい"も"似合ってる"も褒め言葉にはならないだろうが、しかし、これだけがんばっているのに、"似合わない"と言うのも、どうかと思う。

「だから、何て言っていいか、分かんないんだってば!」

 祐介には珍しく、混乱しているようだ。
 ちょっとしたことでも深刻に受け止めがちな和衣のこと、誰よりも祐介の言動を気にするはずだから、迂闊なことは絶対に言えない。

「つーか、ゆっち的にはどうなの? カズちゃんの女装。してほしいの? してほしくないの?」
「そんなの、分かんねぇよ」

 だって、恋人にぜひとも女装してほしいとか思うのは何だか品がないし、かといって、気乗り薄な女装をがんばっている和衣に、変だからやめろと言うのは、あまりにもかわいそうだ。

「そんなに嫌なら断れば、て和衣には言ったけど、やるって決めたからにはやる、て言うし」
「カズちゃんも、変なとこで頑固だしねー」

 和衣は、かわいい純情乙女みたいなくせして、日本男児みたいな古風な部分もあって、きっと今回もそんな部分が強く出てしまったのだろう。
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僕らの青春に明日はない (22)


「てかカズちゃんも損な性格だよね。出るて決めたんだったら、開き直っちゃっえば楽なのに」
「そりゃそうだけど」
「ゆっちがもっと応援すればいいんだよ。そしたらカズちゃん、がんばれるのに」

 和衣はわりと思い込みが激しいほうだから、祐介が応援しているとなれば、たとえ女装でも、張り切るような気がする。

「応援つったって」
「何で? ゆっちはさ、したくないの? 女子高生姿のカズちゃんと、制服エッチ」
「バッ…!!」

 いきなりとんでもないことを言い出す睦月に、祐介は思わず声を大きくしそうになったが、授業が始まって学生が少なくなったカフェテリアは静かで、祐介は慌てて口を噤む。
 けれど、うろたえていたのも事実で、トレイの上に置いていたオムハヤシのスプーンに手を引っ掛けて、ポーンと後ろへ飛ばしてしまった。

「…………、何してんの?」
「お前のせいだろっ!」

 睦月にとっても呆れたような視線を向けられつつ、祐介は急いでスプーンを拾って席に着いた。

「スプーン変えて来ないの?」
「あぁっ」

 落としたスプーンをそのまま使いそうになったのを睦月に指摘され、祐介は慌てふためきながら、新しいスプーンを取りに行った。
 真面目一辺倒というわけではないが、多分、同世代の男子よりは落ち着いている祐介が、ここまであたふたするなんて滅多にあることではなくて、睦月は何だかおもしろくなってきた。
 和衣をからかうのは、そろそろかわいそうになって来たから、これからは祐介を標的にしてやろう。

「はぁ~…」

 新しいスプーンを持って来た祐介は、しかし残りのオムハヤシを食べる気力もなくなったのか、トレイにスプーンを置いてしまった。

「そんなに悩むなよ。禿げるよ?」
「禿げない!」

 それでも睦月の言葉に突っ込むだけの元気はあるのか、祐介は、バンッとテーブルを叩いた。

「……、口んとこ」
「ん?」
「ご飯、付いてる」

 そして、どんなにからかわれても、睦月への保護者気質は変わらないのか、祐介は、睦月の口元に付いているご飯粒を指摘してやった。

「…お邪魔しますよー」
「あ、ショウちゃん」

 オムハヤシ一口ちょうだーい、と睦月が祐介の皿に手を伸ばしていたら、翔真が2人の席にやって来た。
 心なしか翔真はお疲れ気味の様子で、睦月の隣に座ると、テーブルに突っ伏した。

「ショウちゃん、どうしたの? 元気ないね。ゆっちのオムハヤシ食べる?」
「いや、人が食ってんの勧めんなよ」

 自分の食べているロコモコ丼だって、まだ半分も残っているというのに、なぜか睦月は祐介のオムハヤシを勧めるから、面倒くさいと思いつつ、祐介は一応突っ込んでおいた。
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僕らの青春に明日はない (23)


「んーん、さっき真大と食ったから、いい」
「真大は? 一緒じゃないの?」
「授業行った」

 真大とは、今までロクに話をしたこともない睦月だが、亮や和衣が仲良くしているし、呼び捨てにしているから、勝手に呼び捨てにしている。
 相変わらず人見知りが激しいので、翔真の恋人で、亮や和衣の後輩だとしても、すぐには打ち解けられそうにもなかったが。

「ねぇねぇショウちゃん。ショウちゃんからも、ゆっちに何か言ってやってよ。コイツさぁ、全然カズちゃんの応援しないんだよ」
「いや、だから」

 和衣と違って、真大は女装することに何ら抵抗がなく、とってもノリノリだから、翔真だって張り切って応援が出来るだろうけど、こちらは、いまだにどんな声を掛けたらいいのかで悩んでいるのだ。
 まったく、立場は同じなのに、こうも違いものなのかと思わずにはいられない。

「応援! そう、応援! 俺だって、応援はするけどさぁ! つーか、祐介は何そんなにのん気にしてるわけ!?」
「は? え? はい?」

 翔真は、ガバッと急に起き上がったかと思うと、大げさな仕草で頭を抱え、それからバシバシとテーブルを叩いた。
 何か様子が変?
 問い詰められた祐介としても、そんなにのん気にしていた覚えもないのだが。

「ショウちゃん?」
「だってさぁ、真大の女装、普通にかわいいわけ。どうすんの、そんなの! あれでコンテスト出るとか言ってさ、俺以外にあんな姿見せるなんて、もうマジで気が気じゃないんだけど!」
「…………」

 思いの丈を一気にぶちまけた翔真は、再びテーブルに伏してしまった。
 どうやら翔真の悩みは、祐介とはまるで違うようで、せっかく同じ境遇の男を見つけたというのに、これではまったく相談できそうにない。

「祐介だってそうでしょ? 自分以外に、カズのかわいい姿、見せたくないでしょ?」
「え、えー…」

 伏せた状態のまま、顔だけ少し上げ、翔真が向かいに座る祐介を見据える。
 言っていることは分かるのだが、実のところ、祐介はまだ和衣の女装姿を見ていないわけで。
 でもそんなことを言ったら、何だか翔真に怒られそうな気がして、祐介は口を噤んだ。

「でも真大の応援はしてあげたいし……ホンット、複雑な気持ち! だよね、祐介!」
「えっと……うん?」

 確かに祐介も複雑な心境ではあるけれど、……うん、その複雑さの種類が違う。

「真大も、女子高生になるの?」
「…そう。制服のスカートとか超短くてさ、真大の生足が…」

 本気で悩んでいるようだから言いたくはないが、翔真って、こんな性格だったっけ?
 それだけ真大に惚れ込んでいるということか。

「でもショウちゃん。真大と制服エッチが出来んのは、ショウちゃんだけだよ?」

 さっき祐介が大慌てしたネタを、今度は翔真に振ってみれば、またそんなことを! と顔を引き攣らせている祐介とは対照的に、翔真は急に明るい顔になった。

「そうなんだよ、むっちゃん! そう、それが恋人の特権だよね」
「ねー」

 めっちゃいいよね! と翔真は、とんでもない睦月の考えに大いに共感しているし、口振りからして、すでに制服エッチは実行済みなのだろう。
 祐介はもう、掛ける言葉もなくなった。というか、自分だけ悩んでいるのが、何だかすごくバカバカしくなってしまった。
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僕らの青春に明日はない (24)


「…ごちそうさま」
「え、ゆっちどこ行くの?」

 いつの間にかオムハヤシを食べ終えていた祐介が、トレイを持って立ち上がった。
 翔真と喋ってばかりいて、全然食べていなかった睦月は、慌ててロコモコ丼を掻き込むが、祐介はそれを待たずに席を離れてしまった。

「行っちゃったー」
「祐介も悩んでんだよ。カズの女装、みんなに見られるなんて、彼氏としてはやっぱ複雑だってー。俺以外のヤツが、和衣の生足を見るなんて! て」
「カズちゃんが生足かどうかなんて、分かんないよ?」
「生足だろー? 女子高生は、寒くても元気に生足! じゃない?」
「……ショウちゃん、足フェチ?」

 祐介の気持ちなどまるで理解しない2人は、勝手なことを言いながら、ダラダラとカフェテリアで時間を潰していた。



*****

「マジで祐介、連れてかなくていいのかよ」
「だって恥ずかしいもん!」

 女装コンテストの衣装合わせに、和衣は亮だけを連れて向かっていた。
 最終的には祐介にも女装した姿を見られることにはなるだろうし、それももちろん恥ずかしいけれど、愛菜や眞織にアレコレされているところを見られるのは、絶対に堪らなく恥ずかしい。
 亮に見られるのだって十分に恥ずかしいが、1人で衣装合わせに臨む元気もないから、やっぱり付いて来てもらいたい。

「あのさぁカズ、お前、出るって決めたんだったら、もっとやる気出せば?」
「なっ…、出せるわけないじゃん、亮のバカ!」
「でも、お前がそういう微妙な態度だと、祐介、困ってんじゃね?」
「え、祐介?」

 急に恋人の名前を出され、しかも困るとか言われて、和衣はめちゃくちゃ焦ってしまった。
 これでも、恋愛事に関しては、この幼馴染みの言葉は信頼しているのだ。

「な、何で? 何で祐介が困んの?」
「いやだって、お前がやる気なら応援するだろうし、嫌でやめたいつってんなら断る理由とか考えてくれそうだけど、嫌だけど出るとかじゃ、何て言っていいか分かんねぇじゃん」
「まぁ…」
「アイツのことだからさぁ、ノリで、お前の女装が見たいとか、間違っても言わないと思うけど」
「…うん」

 それは、何となく和衣も分かる。
 こんなときだから、もしかしたら和衣を元気付けるために、そういうことを言ってくれるかもしれないが、普通だったら、そんな変態くさいこと絶対に言わないと思う。
 現に祐介は、和衣がそんなに嫌ならやめたら? と言ってくれたのに、それを和衣が、やると決めたからにはやる、と言って、出場を決めたのだ。
 それなのに和衣がこんなでは、亮の言うとおり、きっと祐介はどうしていいか分からなくて困ってるかも…。

「はぁ~…そっか。やる気、出さなきゃだよね」
「つーか、やる気出さねぇと、アイツらのテンションに付いていけない気がする…」

 すでに教室で待っているであろう愛菜と眞織のことを思い出し、亮は何とも言えない顔をした。
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僕らの青春に明日はない (25)


「お待たせです…」

 教室のドアを開ければ、やはり愛菜と眞織はすでに来ていて、机の上に衣装を広げていた。

「あ、カズちゃん、待ってた待ってた。あれ? 亮だけ?」
「そうだけど?」

 和衣に続いて教室に入ったのが亮しかいないことに気づいた愛菜が、少し不満そうに2人を見た。

「え、俺ダメ?」
「別に亮がダメなわけじゃないけど、何人かに見てもらいたいじゃん。この衣装でいいかどうかとか、ここ、こうしたほうがいいとか、何か意見がほしいし」
「あー…まぁ。でもまぁ、とりあえずはいいじゃん、これから呼びに行く時間もないんだし」

 睦月たちなら、カフェテリアで昼食を取っている。
 呼んで来ようと思えば呼んで来れるけれど、和衣はまだちょっと恥ずかしがっているし、睦月はノリで自分まで女装させられては堪らないと嫌がりそうだし、ひとまずはこれで許してもらいたくて、亮は適当に言い訳した。

「まぁ、何かあれば、また集まればいいしね。じゃ、カズちゃん。早く着替えて」
「え、もう!?」

 笑顔に戻った愛菜に言われ、和衣は思わず怯んでしまう。
 やる気を出すとは言ったものの、まだ心の準備が出来ていない。
 だって、そこにあるの、スカートだよね…。

「女子高生なんだから、当たり前でしょ! とりあえずスカートとシャツ着て」

 はい! と眞織に衣装を手渡された和衣は、困って亮を見たが、そんな目で見られたところで、亮だって困る。

「はい…」

 受け取った衣装を手にモジモジしていた和衣は、やる気を出さなきゃ…と何とか自分に言い聞かせ、シャツに手を掛けた……が。

「え、何でこっち見てんの?」
「は?」

 愛菜と眞織、そして亮の視線が自分に向いていることに気が付き、和衣は戸惑う。
 だって、これから着替えるのに。

「別に素っ裸になるわけじゃないでしょうが! 何、生娘みたいなこと言ってんの!」
「だって恥ずかしいー! ヤダ、こっち見ないでよ~!」
「あーもう、分かったから、向こう向いてるから、さっさと着替えて!」

 出だしからこの調子では、時間がいくらあっても足りない気がする。
 余計な押し問答は時間の無駄だと、愛菜と眞織はクルリと和衣から背を向け、亮も仕方がない、顔を背けた。

 別に和衣の裸なら(それこそ本当にパンツ1枚穿いていない素っ裸を)寮の風呂場で何度も見ているから、何を今さらと言いたいところだが、すでに心が折れそうな和衣に言うのはかわいそうなので、黙っていた。

「うぅ…」

 3人の視線がなくなり、和衣はホッと息をついたのも束の間、渡された衣装を見て、気が重くなる。

(スカート…)

 生まれてこの方、和衣はふざけてでも穿いたことなんかない。
 それをまさか、成人式を迎えた後に、初体験するハメになるとは…。
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僕らの青春に明日はない (26)


「カズちゃん、もういいー?」
「まっ…まだ全然ダメ!」

 ちゃんと背中を向けてくれてはいるが、モタモタしている和衣に痺れを切らしたのか、愛菜から声が掛かる。
 和衣は慌ててシャツを着替え、そしてスカートを手に取った。

(あーん、もうっ…!)

 これを穿かないことには、何も始まらないし、終わらない。
 和衣は覚悟を決めて、スカートに穿き替えた。

「い…いいよ…」

 背後から和衣のか細い声が聞こえて来て、3人は早速、和衣のほうを見たが……姿がない。

「カズちゃん?」
「…はい」

 愛菜の声に、和衣は机の端から顔を覗かせた。
 どうやら机の陰に、しゃがんで隠れていたらしい。

「何してんの、もー!」
「だって、だって、やっぱ恥ずかしいっ」
「往生際が悪いっ!」

 無理にでも引っ張って立たせようかとも思ったが、こちらが強く出ると、和衣も激しく抵抗すると、愛菜と眞織はここ数日で悟ったので、ひとまず落ち着くために息をついた。

「カズちゃん。そこでそうしてたって、しょうがないってこと、分かってるんでしょ?」
「分かってます…」

 眞織の言うことは尤もで、着替えた姿を披露しなければ、この衣装合わせの作業はいつまで経っても終わらないのだ。

「…笑わないでよ?」

 男の子がスカートを穿いているのだ、絶対に変に決まってる。
 それを承知で和衣に女の子の格好をさせたのだ。変だからって笑われても仕方はないが、やっぱり笑いものにされるのは傷付くから、やめてもらいたい。
 和衣は恐る恐る立ち上がり、みんなの前に出た。

「何か、足スースーする…」

 月並みな言葉だけれど、まさにそんな感じ。
 だって足元がスースーするし、パンツ1枚みたいな感じで、何だか心許ない。
 こんなの穿いてるなんて、女の子ってすごい…。

「キャー、カズちゃんかわいいっ!」
「超いいっ! めっちゃ似合ってる!」

 和衣がビクビクしていたら、和衣のスカート姿を見た愛菜と眞織は、キャーと互いに両手を握って喜び合った。
 赤のタータンチェックのミニスカートに、白のブロードシャツ。まだそれしか着用していないが、想像以上の出来映えだ。

「嘘ー、変じゃない?」
「じゃない、じゃない。超かわいい。ねっ、亮!」
「えっ、あー、まぁ…」

 突然話を振られた亮は、何となく曖昧に返事をする。
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僕らの青春に明日はない (27)


 確かに愛菜と眞織が喜びたくなるくらい、スカート姿の和衣はかわいいが、それよりも、また"かわいい、かわいい"と連呼され、和衣が機嫌を損ねなければいいが、と心配だ。
 それに…。

「かわいくても、その足、なくね?」
「ぅん?」

 亮に言われて、和衣自身も自分の足元に視線を落とす。

「あ」

 いくらかわいくても、和衣だって男の子。
 すね毛の処理なんて、もちろんしたことがないから、履いていた丈の短い靴下では、それをまったく隠し切れていなかった。

「確かにねー、その足はないよね」
「しょうがないじゃん、男なんだから!」

 和衣だって、好きで生足を披露しているわけではない。
 "ない"とか言われたって、そんなの困る。

「剃る?」
「ヤダッ!」

 冗談だとは思うけれど、愛菜の言葉は、どうも本気に聞こえるから怖い。
 それだけは絶対にイヤ! と、和衣は激しく拒絶した。

「まぁ、ハイソックス履けば、大丈夫でしょ。えっと靴下は…」
「靴下も買って来たの? 言ってくれれば、靴下くらい、俺だって長いのあるのに」

 机の上に広げられた衣装の中から、眞織が靴下を探し始めるから、和衣は驚いた。
 まさかそこまで買って来るなんて、思ってもみなかったのだ。

「でも、カズちゃん、持ってるって言ったって、メンズのでしょ?」
「メンズ……でも、黒とか紺なら何でもいいんじゃないの?」
「ダメダメ。やっぱ女の子のとは全然違うもん。ホラ、このワンポイント、めっちゃかわいくない?」
「…………、うん」

 愛菜が紺色のハイソックスを、何と5足も並べてくれて、そのどれもに、みんな違ったワンポイントが刺しゅうされている。
 言うとおり、どれも確かにかわいいけれど、こんなに小さなワンポイント、みんな気付くんだろうか。
 和衣はあんまり気にしたことはないけれど、女の子ってこんなに細かいところまで拘ってるなんて、ホントすごい。

「でも何で、こんなにいっぱい買って来たの?」
「5足組だったの。大丈夫、全部カズちゃんに上げるから」
「…………」

 大丈夫て、何が大丈夫?
 別にいらないんだけど…。
 いくら、こんな細かいところまで誰も見てないでしょ? と思っていたって、愛菜たちに『全然違うし』と言われた後では、やっぱり女の子もの…と思えて、普段に履く気にはなれない。

「ていうか、衣装、全部買って来たの? 愛菜ちゃんたちが?」
「うん」
「あの…今さらこんなこと言うの、あれだけど……お金は…?」

 何の気なしにシャツとスカートを着てしまったが、よく考えたら、どれも愛菜と眞織がお金を出して買って来たのだ。
 一体どれだけ買ったのか知らないが、一式揃えるとなると、金額だって相当するに違いない。
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