恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2008年12月

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四月 きっとなにかがはじまる (4)


 入って来たのは、実直そうな若い男。亮たちと同年代くらいか。
 そして彼の発した「睦月」という言葉に反応したのが、今の今まで一発触発状態だった、例の彼で。
 さすがにこれには亮たちも驚いた。

「え……何? どうしたの?」

 席を立ったまま、不機嫌そうにしている『睦月』と呼ばれた彼。そしてそのそばに立つ亮・和衣・翔真。
 事情を知らずに見た者には、少々分かりづらい状況だ。

「あー……えっと…??」

 やって来た彼は、困ったように両者を見比べる。

「何? 何かしたの?」
「別に」

 怒り心頭の彼では埒が明かないと思ったのか、視線は亮たちのほうに向く。

「あ……いや、何か変なヤツらに絡まれたみたいで…」

 どんなふうに説明していいか分からず、先ほどまでの事態を、翔真が掻い摘んで話した。

「え? あ、もしかして助けてくれたの?」
「あ、いや、助けるってほどじゃ…」
「いえ、すみません、ホントに。睦月もちゃんとお礼言った?」

 同い年ぐらいだろうに、何とも保護者のような雰囲気を醸し出している友人の彼に、睦月は頬を膨らませている。

「睦月、」
「お前が遅れてくるからだろ、バカ! だいたいあいつらが先にケンカ吹っ掛けてきたんだ。俺は悪くない」
「何? ケンカしたの? あ、それを止めてくれた?」

 まだ状況を把握し切れていない友人くんが、3人を向く。

「まぁ……ケンカになりそうだったっていうか…」

 ケンカというか、初めはナンパだったのだけれど。
 しかも睦月は、"向こうが先にケンカを吹っ掛けてきた"と主張しているが、少々強引なナンパをケンカに発展させかけたのは、睦月のほうだ。

「そうなんだ。ホントにすいませんでした」

 ケンカを始めようとした張本人ではなく、無関係ともいえる、遅れてきた友人がなぜか謝っているという、不思議な光景。
 しかし睦月のイライラは収まらないのか、彼に言われたとおりに謝るどころか、苛立たしげに紙コップをテーブルに叩き付けると、3人の間を無理やり通り抜けて店を出て行ってしまった。

「あ、睦月、ちょっ…」

 慌てて後を追いかけようとして、けれど潰れた紙コップがそのままになっているのに気付いて、それをゴミ箱に捨ててから、友人くんは店を出ていった。

「何あれ」
「さぁ…」



 それは、高校最後の春休み、思い出作りというには、あまりにも強烈な印象を3人に与える出来事だった。
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カテゴリー:君といる十二か月
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

四月 きっとなにかがはじまる (5)


 桜舞う4月。
 大学の入学式を明日に控えたその日、大半の生徒が引っ越しを終えて一段落したはずの学生寮の3階廊下が、なぜかまたバタバタと騒がしかった。

「普通、入学式の前日に引っ越しなんてするー?」

 段ボール箱を抱えながら、呆れたように言い放ったのは、和衣。

「俺、3月中に荷物だけは運んだけど?」

 それに答えたのは、同じく段ボール箱を持った翔真。

「しかも、これから遊びに行こうって友だち捕まえて、引っ越しの手伝いなんかさせる?」
「その報酬がマックだけなんて、あり得るー?」
「だから悪かったってば!」

 そしてそれに半ばキレ気味に言っているのは、2人よりも多い量の荷物を抱えた亮。
 引っ越し準備の段取りの悪さから、亮だけ寮への引っ越しが何と入学式の前日となってしまったのである。

 寮といっても、別に全寮制の大学というわけではない。
 もちろん厳しい規則などがあるわけでもなく、大学からそこそこ近い位置にある建物を、大学側は安価で学生に提供しているだけのこと。

 家賃の安さが魅力だが、その代わり、それほど広いともいえない部屋は、男2人の相部屋で、風呂とトイレは共同。1人暮らしを満喫するには至らない。
 彼女を自由に連れ込むわけにもいかないし、寮を希望する学生はそれほど多くもない。

 そんな中、亮たち3人は揃って寮を希望した。
 とりあえず家賃は安いし、家具もある程度備わっている。1年住んでどうにもならなかったら、アパート暮らしを始めようという程度の軽い気持ちからだ。

「亮の部屋、何号室?」
「301だろ?」
「何でショウちゃん、知ってんの?」

 和衣の問いに答えたのは、亮ではなく、なぜか翔真だ。

「1年生の部屋割り、入寮希望者の中で50音順なんだって」
「へぇ。だからショウちゃんの部屋番、後ろのほうなんだ」
「そゆこと」

 301号室の前に辿り着き、一応部屋の主になる亮に、ドアを開けさせようと、和衣と翔真は両サイドによけた。両手いっぱいに荷物を抱えていた亮は、ヨタヨタしながらドアを開ける。

「失礼しまー……おわっ!!」

 おそらく先に同室者が来ているだろうからと、亮は挨拶しながら中に入ろうとしたが、荷物の多さにバランスを崩し、そのまま持っていた荷物を部屋の中にぶちまけてしまった。
 もちろん本人も前につんのめっている。

「亮、何やってんだよ、だいじょぶ?」

 たいして心配したふうもない声で、和衣が声を掛ける。

「平気、平気、へー……」

 言いながら立ち上がろうとした亮の動きが止まる。

「亮? どうし…」

 固まってしまった亮を不審に思って声を掛けた翔真も、そのままフリーズ。え? って感じで覗き込んだ和衣も、思わず言葉をなくした。

「「「あぁ~~~~!!!!!」」」

 3人同時の叫び声。寮の廊下中に響き渡る。

「な、な、何で!?」
「何でここにいるの!?」
「まさか、この部屋!?」

 3人から一気に質問攻めにあったのは、部屋に備え付けのデスクに向かっていたその人物。
 数日前にファーストフード店で亮たちの隣のテーブルに着いた、あの『睦月』だったのだ。
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四月 きっとなにかがはじまる (6)


 バタバタとうるさく部屋に乱入してきた3人に、睦月はキュッと眉間にシワを寄せて、冷たい視線を向けている。

「あ……あー、えーっと、」
「秋月亮、くん?」
「え?」

 とりあえず挨拶か、それともこの間の一件について話そうか、亮が戸惑っていると、訝しげな表情のまま、亮の名前を呼んだ。
 あれ? 何で名前知ってんの?

「……入寮者の名簿、見たから」

 思った疑問がそのまま顔に出ていたのか、問われないうちに睦月がそう答えた。それからその視線は、後ろにいる和衣と翔真に向いた。

「あ、俺、翔真ね。山口翔真! よろしく~」

 視線に気付いた翔真が、いつもの明るい調子で自己紹介する。

「俺、和衣! 九条和衣」

 和衣は翔真に顔をくっ付けて、ニコニコ笑顔。
 アイドル張りの笑顔全開な2人に、睦月はポカンとしたまま、何度か瞬きをした。

「お前ら……引いてるって」

 やたらとテンションの高い2人に、亮が呆れたように突っ込みを入れた。

「だーって、テンションでも上げなきゃ、人の引っ越しの手伝いなんかやってらんないもんねぇー?」
「そうそう」
「だから、悪かったっつってんだろ」

 とりあえず引っ越しが完了するまでは、和衣と翔真には逆らえない。亮はまだ寮の玄関先に置きっ放しになっている荷物を思い出し、2人を連れて部屋を出ようとした、そのときだった。

「あれー? もしかして君たちって」

 あのときと同じくらい、絶妙に的外れなタイミングで掛かった声は、3人ともが聞き覚えのあるもので。

「「「えぇ~~~~!!??」」」

 3人はまた声を張り上げた。
 現れたのは、あの日、ファーストフード店にやって来た睦月の友人くん。同じように人の良さそうな笑みを浮かべている。

「え? 何?」

 声を上げたきり固まっている3人に、彼は少し困ったような顔をする。そんなに驚かせるような登場の仕方をしただろうか。

「も…もしかしてアンタもこの大学!?」
「そう」
「もしかしてこの寮に入るの!?」
「うん。あ、307の野上祐介です。よろしく」

 同じように質問攻めに遭った彼―――祐介は、睦月と違って、その1つ1つにあっさりと答え、自己紹介までしてくれて、それに慌てて、亮たちも漸く名乗った。

「じゃあ、3人もこの寮に入るんだ?」
「そうそう。とりあえず1年はね」
「で、亮がまだ引っ越し終わってないから、今日はそのお手伝いー」
「え、まだ終わってないの!?」

 和衣の暴露に、祐介も相当驚いたようで、床に投げ出されたままの亮の荷物に目を遣った。
 入寮が決まって、自分の部屋の片付けも終わった後、何度か睦月の部屋に来たが、何度訪れても部屋には睦月の荷物しかなくて、不思議には思っていたが、こういうことだったのか…。

「今日中に終わるの?」

 明日はもう入学式だ。少なくても荷物だけは今日中に部屋に運び入れてなければまずいだろう。

「終わらせたいなぁー……なんて」

 もう乾いた笑いしか洩れない。
 家具らしい家具は部屋に備わっているが、みんな、自分の持ってきた荷物を部屋に運び入れて、きちんと片付け終えるのに1日は費やしたのだ。このままじゃ、いつまで掛かることやら…。
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四月 きっとなにかがはじまる (7)


「手伝おうか?」

 救いの手を差し伸べたのは、祐介だ。
 親友である和衣も翔真も、(冗談とはいえ)文句ばかり言っていたというのに、今日がまだ2度目の対面である祐介は、当たり前のようにそう言ってきた。

「え!? いいの!?」
「祐介くん、やめといたほうがいいよー。せっかくの休みに、こんなバカに付き合うことないから」

 せっかくの祐介の申し出に断わりを入れたのは、和衣だ。隣で翔真もウンウンと頷いている。

「でも終わんないだろ? それにこの間のお礼も兼ねて」

 この間? お礼?
 チラと、3人の視線は当然睦月に向く。
 とうの睦月は、ますます嫌そうに顔を顰めていて。

「睦月も、一緒に手伝うでしょ?」
「はっ!? 何で俺まで!?」

 話の矛先が自分に向いて、睦月は目に見えて慌てた。
 亮たちだけの前では、殆ど表情の乏しかった睦月が、祐介の登場でクルクルと表情を変える。

「だって、お前が助けてもらったんだろ?」
「頼んでないしっ!!」

 先日のファストフード店の一件を思い出し、怒りからか、それとも恥ずかしさからか、睦月の頬が赤くなった。

「だってこれから1年、一緒の部屋なんだから。だろ?」

 まるで親に諭されるような言い方をされ、睦月は本当に渋々といった感じで立ち上がった。

「え? マジでいいの?」
「だって、人手があったほうが早く終わるだろ?」

 手伝って当然という感じの祐介に、亮のほうが慌てた。まだ会って間もない彼に、そこまでしてもらっていいのだろうか。

「じゃあ、早く終わらせて、夕飯は亮の奢りでおいしいもの食べに行こ!?」

 満面の笑みでそう言ってのけた和衣に、亮の顔が引き攣る。
 2人にマックを奢るだけのはずが、4人への夕食のごちそうに変わってしまったのだから。

(でも1人じゃ引っ越し終わらないし……まぁいっか)

 祐介は人懐っこい性格をしていて、人見知りもしないのか、会って間もない和衣や翔真と楽しそうに話しながら、階段を下りていく。
 まぁ、これから同じ大学に入学して、同じ寮で生活するわけだから、仲良くなるに越したことはない。
 けれどそれに対し…。

「…………」

 亮と同室になる睦月は、むぅーっとしたまま、みんなよりも1歩後ろを黙って付いて来ている。引っ越しの手伝いなんて、真っ平って顔で。

 別に祐介が言うような、先日のお礼がしてもらいたいわけではないけれど、いつまでもあからさまに嫌な顔をされ続けられると、何だか非常に申し訳ない気持ちになる。

(俺……こんな子と1年間、うまくやってけんのかな…?)
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五月 水面には君という波紋 (1)


 入学して1か月もすれば、その生活にも慣れ始め、新しい友だちも出来てくる。バイトも始めたし、授業はまぁそこそこ楽しい(ものもある)し、一応毎日が充実してる。

「あ、」

 学食で亮たち3人の姿を見つけた睦月が、手を振りながら駆け寄って来た。
 こういうところがかわいいんだけど―――なんて言おうものなら、すぐさま鍛えられた鉄拳が飛んでくるので言わないが。

 最初に寮で顔を合わせたとき、あからさまに愛想のない睦月に、同室である亮はうまくやっていけるのかと一抹の不安を覚えたのだが、単に睦月が人見知りする性格というだけだったらしい。

 初めて会ったファストフード店での印象があまりにも強すぎて、睦月を乱暴な性格だと思い込んでいたが、あのときは、女の子に間違われるのが大嫌いな睦月のイライラが最高潮に達していたらしい。
 今でもその話題を上らせると、顔を赤くして暴れ出すので、それは禁句だ。

「祐介は?」

 いつも一緒にいる友人の祐介の姿がなくて、和衣が尋ねた。

「授業あるって。選択で取ってるヤツ。3人とももうご飯食べた?」
「これから。むっちゃんも一緒に食べよ?」
「うん」

 ちなみに『むっちゃん』という呼び方は、勝手に和衣が付けたあだ名だ。
 大学生男子に付けるには、ちょっとかわいすぎないか? とも思うが、これに関して睦月は何も言わずに受け入れていて、それに倣って、いつの間にか翔真もそう呼んでいる。

「ねぇねぇ」

 日替わり定食の目玉焼きハンバーグの、黄身の部分を突付きながら睦月が口を開いた。

「亮って今、バイトしてるじゃん? 洋服屋さんで」
「洋服、屋…さん」

 一応、何店か店舗展開をしているセレクトショップなんですが。
 何とも言えない表情をしている亮の向かい側の席で、和衣と翔真が苦笑している。

「バイトってどう? いいの? 大変? 楽しい? 俺にも出来そう?」
「は? え?」

 一遍に色々なことを聞いてくる睦月に、亮は少し困惑する。

「何? どうしたの、急に」
「バイトって、どうなの?」

 けれど睦月の顔は真剣だ。

「ねぇ、むっちゃん。今までバイトしたことないの?」

 まさかとは思いつつ、睦月の口振りに、翔真が尋ねると、

「ないよ」

 睦月はあっさりとそう言ってのけた。

「マジで? 高校のころとか、何もバイトしなかったの?」
「してないってば。だってゆっちがダメってゆうから」

 ゆっち、とは祐介のこと。「祐介」という名前から由来しているが、今のところ彼をそう呼んでいるのは、幼馴染みの睦月だけだ。

「てか、何でバイトするのに祐介の許可が必要なわけ? だいたい、祐介だってバイトしてんじゃん」

 親に反対されて出来ないというならまだしも、相手は同い年の友人だ。
 祐介がどういうつもりで睦月にそう言ったかは知らないが、それを無視してバイトしたからといって、何ら問題はないだろうに。

「許可ってわけじゃないけど、だって今までゆっちの言うとおりにしてて間違いなかったし」

 昔からずっと一緒にいて、困ったときは相談に乗ってくれるし、助けてもくれるし、家族は大事だけど、その家族と同じくらい大切で、そして信頼している人間だ。
 だから、祐介がダメと言うからには、睦月には分からないけれど、それなりの理由があるのだろうと解釈し、バイトもしないできたのだ。

(祐介、過保護…)

 3人の胸中を、同じ思いが巡った。






 男のあだ名って、よく分かんないんですが…。
 あだ名メーカーさんに頼ったら、こんな感じになりましたけど……ありですか?
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五月 水面には君という波紋 (2)


「でも何で急にバイトの話なんか?」
「せっかくだから、俺もバイトとかしてみたいなぁって思って」
「え? え? "せっかくだから"って、何が?」

 どうもとんちんかんな睦月の言葉がツボにはまったのか、和衣と翔真は腹を抱えている。

「でもむっちゃん、祐介にいいって言われたの? バイトしていいって」

 目に涙まで浮かべて笑っている和衣が、そう尋ねた。
 いくら大学に進学したからといって、そんなに簡単に祐介の過保護っぷりが治るとも思えないし、睦月の祐介に対する絶対的な信頼が揺らぐとも思えない。

「まだ言ってないの。だから3人とも、ゆっちには内緒ね?」
「内緒? ただでー?」

 わざわざ立てた人差し指を口元に立てる睦月がかわいくて、翔真がそれに乗っかる。

「じゃあ、このにんじんグラッセあげるから」
「それ、単に嫌いなもの、俺に押し付けただけじゃん!」

 お皿の隅に乗っていた付け合わせのにんじんを、有無を言わせず翔真の皿に移した睦月に、すかさず突っ込む。

「口止め料だから」

 けれど睦月は平然とそんなことをのたまった。

「でもさぁ、むっちゃん、ホントにちゃんとバイトできるの?」

 今まで散々笑っていた和衣が、真顔に戻って睦月の顔を覗き込んだ。

「何で?」
「だってさ、お客さんにヤなこと言われても、笑顔で応対すんだよ? 出来る?」
「出来るよ、そんくらい」

 したこともないくせに、やけに自信満々に言い放つ睦月。和衣と翔真は顔を見合わせた。

「"かわいい"って言われても、キレちゃダメなんだよ?」
「女の子に間違われたって、お客さんのこと、殴っちゃダメなんだからね?」
「殴んないよ!!」

 口々に言われて、睦月はさっそくキレ気味だ。隣の亮に、「キレないで、キレないで」と宥められる始末。

「こんくらいのことでムキになってたら、お仕事勤まんないよ?」
「うー…」
「やっぱ、祐介の言うとおりにしといたほうがいいんじゃないの?」
「ヤダー」

 別にものすごく金に困っているわけでもないし、勤労意欲が旺盛なわけでもないが、大学生になったんだし、バイトの1つくらいやってみたいのだ。

「でも亮に出来るなら、俺にも出来る、と思う」
「ちょっ……何それ? 何でそこで俺と比較するわけ!?」

 なぜか引き合いに出されてしまった亮は、慌てる。

「でもさ、むっちゃんが祐介に内緒でバイト始めたって、そんなのすぐにバレるんじゃない? 何かそうなったほうがまずい気がするけど」
「そうかな?」

 和衣の言葉に、睦月は少し考え込む。
 今まで祐介がダメと言って、それに逆らったことはないから、内緒でそんなことをして祐介がどんな反応をするのか、まったく見当がつかない。
 怒るかな、嫌いになるかな。それとも、無理やりにでもバイトをやめさせるかな?

「あ、祐介来たよ」

 噂をすれば。
 授業が終わって学食に現れた祐介が、4人の姿を見つけてやって来る。

「あれ? みんなもうメシ食っちゃったわけ?」

 テーブルの上に並ぶ、空になった食器類。祐介は少し残念そうだ。

 和衣が睦月に、"バイトのこと、言っちゃいなよ"て、目で合図する。それに睦月は、"無理無理、ダメだって!"と、アイコンタクト。

"言いなよ"
"今は無理!"
"言いなってば"
"無理だってば!"

「……何やってんの、お前ら」

 睦月と和衣のアイコンタクトに気が付いた祐介が、不審そうに2人を見る。事情を知っている亮と翔真は、チラリと視線を交わした。

「いやいや、大変だよなぁ、亮くん」
「ホントですねぇ、翔真くん」
「??? 何の話?」

 不思議顔の祐介。

「祐介が過保護だって話」
「は?」
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五月 水面には君という波紋 (3)


 睦月がバイトの話を持ち出してから2週間、彼はいまだ、バイトを始められずにいる。
 別に祐介に反対されたからではない。
 実のところ、祐介にもまだ話してはいないのだ。

 和衣と翔真に、ちゃんと愛想よく出来るのか、絡まれたときちゃんと対処できるのかと散々言われ(亮にしたら、祐介だけでなく、この2人も十分過保護だと思うが)、睦月は一体どんなバイトが自分に向いているのか、悩んでいるのだ。

「だから、そんなに急いで決めなくたっていいじゃん」

 最悪な天気の中、急いでバイトから帰ってきた亮は、ベッドでアルバイトの求人誌を見ている睦月に声を掛けた。

「でもぉ…」
「つーかお前、メシ食ったらちゃんと片付けろよ」

 一応部屋に備わっている簡易式のキッチンのシンクには、フライパンだとか皿だとかが適当に突っ込まれていて、グチャグチャだ。

「食べてないもん」
「は?」
「それは、食べてない。お腹空いたから、がんばって何か作ってみようとしたんだけど、結局ダメで、ムカついたからそこに突っ込んどいたの」

 相変わらずムチャクチャなことを言う睦月。

「じゃあ、メシまだなの?」
「んーん、ゆっちに作ってもらった」
「はぁ~?」

 どこまで過保護なんだよ! と、ここにはいない祐介に心の中で突っ込んでから、渋々亮は睦月が出しっ放しにしたフライパンやらを片付け始める。
 亮だってどれほど家事が出来るというわけでもないし、散らかってるのが大嫌いというほど潔癖な人間ではないが、睦月はそれ以上に大雑把な性格をしている。

「お風呂行ってこよー」

 睦月が出しっ放しにしたものを亮が片付けている最中だというのに、睦月はまったく気にするふうもなくそう言って、部屋を出て行こうとする。

「ちょっとは片付けるの手伝おうとか思わないんだ?」
「んー……じゃあ、ちょっとだけ」

 亮が洗った皿を拭こうと、布巾と濡れたお皿を手にした睦月だったが、次の瞬間。

「わっ!?」

 つるっと皿が滑って、睦月の手から離れる。
 ビクンッ! と、いきなりの出来事に亮は肩を跳ね上げたが、運良く睦月がその皿をちゃんと掴み直したおかげで、床に落ちることだけは免れた。

「危ない危ない」

 そう言って、睦月が危なっかしい手付きで皿を拭き始める。

(ホントに大丈夫かよー…)

 接客業が無理なら裏方の仕事だってあるけれど、食器の片付けもまともに出来ないほど極端に不器用な睦月に、一体どんな仕事が勤まるというのだろうか。
 なのに働きたいという意欲だけは人一倍ある睦月に、亮は本気で心配する。

(祐介のヤツ、今までどんだけ甘やかしてきたんだ!)

 おそらく睦月が何かしようとするたび、やらなくてもいいと代わりにやってあげていたに違いない。

(これはマジでバイトとかさせてやったほうがいいかも…)

 祐介とは別の意味で、保護者的な発想になっていることに、亮自身、気付いてはいない。

「終わった!」

 乱雑に食器類をしまって、大した仕事をしたわけでもないのに、それでも睦月は満足げだ。

「今度こそ、お風呂行ってこよ!」
「あーはいはい」

 食器を片付けるだけなのに、ムダに疲れてしまった亮は、ベッドに転がった。
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五月 水面には君という波紋 (4)


 風呂の道具を持って睦月が部屋を出ていき、それと入れ違いに翔真が部屋に入ってきて、亮のベッドの縁に腰掛けると、勝手にテレビの電源を入れた。

「何しに来たんだよ、お前」
「だーって、俺の部屋のテレビ、ニュースやってんだもん」
「変えればいいじゃん」
「ダメってゆわれた」
「だったらお前もニュース見ろ」
「いやー」

 翔真はリモコンを亮から遠ざけながら、適当にチャンネルを回して、最終的に何やら流行りのバラエティ番組に定めた。

「じゃあカズの部屋に行けよ」
「カズ、まだバイトから帰ってきてないし。相部屋さんも留守」

 さすがに家主2人が不在の部屋に入ってテレビを見ているわけにもいかない。

「祐介は?」
「……お勉強中」

 実は新入生代表を務めた祐介は、ひょうきんなヤツだけれど、成績優秀で真面目な人間だ。
 かといって、勉強勉強って詰め込むタイプではなく、バイトとかもしてるけれど、空いた時間を亮のように無為に過ごしたりはしないのだ。
 でもおそらく、翔真がテレビを見たいと言って部屋に押し掛ければ、嫌な顔をせずに部屋に迎え入れてはくれるだろうが、翔真も勉強中の人間に対して、そこまで図々しくはなれない。

「お前も暇なヤツだなぁ」
「亮に言われたくないんですけどー」

 ゴロン。勝手に亮のベッドに転がる。亮は面倒臭そうにしながらも、少しスペースを空けた。

「彼女んとこ行けば?」
「別れたし」

 テレビに視線を向けたまま、翔真はあっさりと答えた。

「マジで? かわいい子だったじゃん」
「だってぇ」

 2人でグダグダとくだらない話をしていると、ドアの開く音がする。もう睦月が風呂から戻ってきたのだろうか。
 とくに気にも留めないでいると、2人の乗っていたベッドがいきなり大きく軋んだ。

「うおっ!?」
「いだっ!」

 唐突すぎる衝撃に驚いていると、その張本人がにんまりした表情で亮と翔真を覗き込んだ。

「ただいま~! もうね、外すごい雨と風で、帰ってくんの、超大変だった~」
「カズ…」

 部屋にやって来たのは睦月ではなく、バイトを終えて帰ってきた和衣だった。

「ただいま、じゃねぇよ。お前の部屋はここじゃねぇだろ!?」
「だってショウちゃんの部屋に行ったら、いないんだもん」
「だから、自分の部屋に帰れって!」
「いいじゃん、どうせ亮も暇なんでしょ?」
「うるせぇよ」
「あ、この芸人さん、おもしろいよね。俺、超好き」
「聞けよ!」

 いきなり話の腰を折られて、亮は一応突っ込むが、和衣の意識はすでにテレビに向かっている。

「……つーか、せめぇよ…」

 いくら何でも、シングルサイズのベッドに、男3人はキツイ。和衣は無理やり亮と翔真の間に割り込んで来るし。
 けれど、いちいちベッドを降りるのは面倒臭いし(というか、これはもともと亮のベッドだ)。
 そんな感じで、3人が1つのベッドでウダウダしていると、今度こそ本当に睦月が部屋へと戻ってきた。

「お邪魔してまーす」

 和衣が、ドアのところで固まっている睦月に、お手々ふりふり。睦月はギョッとした顔で3人を見た。

「むっちゃんも一緒にテレビ見るー?」
「…狭くないの?」

 一緒にって、ただでさえ狭いこのベッドのどこで!? て顔をしながら、睦月は首を振って、自分のベッドに荷物を置いた。

「むっちゃん、まだバイト探してんの?」
「探してるー。でもダメなの。何がいいか分かんないの」

 ベッドの上に投げっ放しになっていた求人誌を手に取り、顔を顰める。

「接客は? かわいいから、ニコニコしてればお客さん来そう」

 和衣は亮のベッドを降りて、睦月の持っている求人誌を覗きに行った。

「かわいくないし! てか、それ無理。楽しくないのに笑えって言われたって、笑えない」
「いやいや、そこで笑うのが仕事だから」

 相変わらず世間知らずというか、めちゃくちゃなことを言う睦月に、和衣も苦笑する。

「ねぇー亮。むっちゃんがバイトするって、やっぱ無理な話なんじゃない?」

 ベッドの上の翔真も、呆れたように亮に視線を向けた。
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五月 水面には君という波紋 (5)


 あれからギャーギャーと騒ぎ倒した後、風呂の時間が終わりそうになって、3人は慌てて風呂に向かった。

 亮が部屋に帰ってきたら、睦月はベッドの中で頭までふとんを被っていたけれど、部屋の明かりが点いていて、もしかして亮に気を遣ったのだろうか、いや、求人誌を読みながら、そのまま寝てしまったのだろう。
 寝るにはまだ早い気もしたが、祐介のようにテキストを開く気にもならず、ベッドの中で適当に雑誌を広げた。


 それからしばらくして、亮もウトウトし始めたころだった。もう部屋の電気を消そうかと、ベッドを降りようとしたときだった。

「―――ぅん…うぅ…」

 風の音に混じって聞こえた、苦しそうな声。
 ビクッと亮は肩を竦ませた。実のところ、亮はいわゆる"そういう系"が苦手なのだ。
 部屋の真ん中で亮が固まって、亮が気のせいだ気のせいだと自分に言い聞かせながら耳を澄ましていると、それが睦月のベッドのほうからだと気付いた。

「睦月?」

 彼のベッドに近付いてみると、苦しそうな声を出しているのは、やはり睦月だった。

「おい、大丈夫か?」

 ひどくうなされている睦月の体を、ふとんの上から揺さ振る。

「ヒッ…イヤッ…!!」

 ハッと目を開けた睦月が、顔を近付けていた亮の体を押し退けて、壁際まで逃げた。

「ちょっ…」
「……あ…」

 ふと睦月の視線が焦点を定めて、亮の姿を認識する。

「どうした? すげぇうなされてたけど」
「なっ…何でもないっ!」

 顔を覗き込めば、バッと逸らされて。

「何でもないって……いや、いいけど。大丈夫なのか?」
「…………ちょっと、嫌な夢、見て……」

 睦月は大きく息をついた。

「怖い夢見た~? それなら亮くんが一緒に寝たげようか?」

 わざと明るい声を出して、睦月の顔を覗き込む。『うるさい! さっさと寝ろ!!』って言われるのは覚悟の上、だったのだが。

「ホントにいいの?」

 なんて、上目遣いに見られて。

「は? え? あ、うん」

 今さら冗談だなんて言い出せなくて、亮はコクリと頷いてしまった。
 自分でも、男相手に何やってんだろう、とは思ったれけど。
 睦月に、何言ってんだよって、突っ込めばよかったんだろうか。でも、断わり切れなくて。
 広くもない、シングルサイズのベッド。
 壁際に寄ってふとんに入る睦月の横に、亮は失礼して。

 やっぱりよく意味が分からない。
 相手は女の子でもなければ、小学生でもない。自分と同い年の男子大学生なわけで。
 でも一番わけが分からないのは―――

(何で俺、ドキドキしてんの…?)

 相手は男だ。
 いくら顔がキレイでも、男だ。男だ。男だ。
 亮は、何度も自分に言い聞かせる。

「……ゴメンね」

 体を丸くした睦月が、ポツリと呟いた。

「俺…………風の音、苦手で……」

 窓の外。
 天気は回復する気配がないのか、気味の悪い音を立てながら風が窓を叩いている。雨音も激しくて。嵐。

「昔、ちょっと……その、色々あって……」
「……そうなんだ」

 亮は、所在なさげにしていた手を、睦月の背中に回した。

「もう大丈夫だって思ってたんだけど…………やっぱ、ちょっとまだ、ダメだったみたい…」
「いいよ、こうしててやるから、もう寝よう?」

 そう言うと、睦月は小さく頷いて、目を閉じた。

 亮はふと、昔付き合ってた彼女にだって、こんなに優しい気持ちになったことあったかなぁ、なんて思った。
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五月 水面には君という波紋 (6)


 朝、目を覚ますと、隣―――というか、腕の中に睦月がいて、亮は昨晩のことを思い出した。

 風の音が怖いと、夢にうなされていた睦月に、冗談で一緒に寝てやろうかと言ったことが発端で、結局朝まで同じベッドで過ごすことになったのだ。

(しかも、シャツ、掴まれちゃってるし…)

 しっかりと亮のシャツを掴んでいる睦月の寝顔に、亮は心底困った顔をした。その手を振り解いてでも、ベッドを降りようという気にならないからだ。

 とりあえず、昨晩睦月を苦しめていた風の音は治まっていて、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいるところをみると、天気は回復したようだ。

「睦月ー、もう起きる時間だよー」
「ん…」

 ユサユサ肩を揺すってやると、腕の中の睦月がわずかに身じろいだ。

「起きて、遅刻するよ。今日1限からだろ?」
「んー……」

 普段は亮よりよっぽど寝起きのいい睦月だが、今日ばかりは風のせいであまり眠れなかったのか、なかなか起きようとしない。

「むーつき」
「…ん、んー……、え…?」

 ゆっくりと開いた睦月の瞳に、亮が映る。まだ微睡みの中にいる睦月は、今の状況を把握できていないのか、ボンヤリと亮の顔を見つめている。

「おはよ」

 一応声を掛けてみると、何度か瞬きした後、「おはよう…」と返してきた。

「……え? あれ?」

 次第に脳が覚醒して来たのか、睦月はキョロキョロと辺りを見回す。そして最後に、もう1度亮を見た瞬間、ビクッと体を大きく震わせた。

「え? え? なん……あ、」

 亮の腕の中という状況に戸惑っていた睦月は、ようやく昨晩のことを思い出したのか、顔を赤くして亮を見た。

「あ、あの……」
「思い出した?」
「ご、ゴメン! え? あ、俺……あのまま寝ちゃったの?」
「うん。俺も自分のベッド行こうかなって思ったんだけどさ…………」

 そう言って視線を向けた先は、睦月が掴む亮のシャツ。

「あ」

 その視線を辿っていった睦月は、慌ててその手をパッと放した。

「ごごごゴメン!!」
「別にいいけど。よく眠れた?」
「…うん」

 睦月がシャツを放したので、亮は睦月に回していた腕を解いて、先に体を起こした。

「あの、ホントゴメン!」
「別にいいってば」

 シュンとしている睦月がかわいくて、思わず笑ってしまう。亮はベッドを降りて、睦月の髪をクシャッと撫でた。

「あ、亮。あの…」
「ん?」
「このこと……俺がうなされてたとか、ゆっちには黙ってて…?」
「?? いいけど?」
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六月 隣の君は肩を濡らして (1)


 梅雨に入って以来、ぐずついた天気が続いている。
 睦月は相変わらずバイトを決め兼ねていて、おまけに睦月が求人誌を片付けていなかったせいで、祐介に睦月がバイトをやりたがっていることがバレてしまって―――案の定、キッパリと反対されて。
 ……睦月の機嫌が悪い。

「だいたい、ゆっちだってバイトしてんのに、何で俺はダメなわけ!?」
「だから、きっと祐介にも何か思うことがあるんだって」

 本日の生贄―――もとい、睦月の怒りの捌け口は、たまたま睦月の部屋にやって来た翔真だった。
 本当は亮を訪ねてきたのだけれど、まだバイトから帰っておらず、代わりに睦月に捕まってしまったのだ。

「でもでも、やりたいの!」

 まるで子供が駄々を捏ねているみたいだ。そして翔真は保育士にでもなった気分。

「何でそんなにバイトしたいわけ? いいじゃん、別にバイト経験がなくたって」
「いや! 俺だってそんくらい出来るってこと、ゆっちに見せてやりたい!」
「え、そういう理由なの?」

 改めて祐介にバイトを反対されて、どうやら睦月のバイトをやりたい理由が、いつの間にか摩り替わっているような……しかしとうの睦月はそれに気付いていないらしい。

「でもむっちゃん、接客も無理、力仕事も無理じゃ、いくらやりたいって言ったって、何も出来ないよ?」
「無理、じゃない…」

 翔真の一言に、睦月は視線を彷徨わせながらも、そう答える。

「ホント~??」
「ホント!」
「じゃあさ、コンビニでバイトしない?」
「コンビニ?」
「何かカズが今バイトしてるとこ、急にバイトの子が辞めちゃって、人手が足りないらしいよ。だからホントにむっちゃんがやりたいなら、言ってあげてもいいけど」
「マジで!? ショウちゃんナイス!!」

 亮のベッドでゴロゴロしていた翔真に、満面の笑みで飛び付いて来る睦月を、翔真は笑顔で受け止める。
 いちいち睦月の愚痴や怒りを受け止めるのは面倒臭いが、この笑顔が見れるなら、そのくらいどうってことない。

「その代わり」

 キュウキュウと抱き付いてくる睦月の体を少し離して、翔真はコツンとおでこを合わせた。

「ちゃんと祐介に許可を得てからね?」
「えぇ~~~」

 途端に不満そうな睦月の声。

「そんなの無理ぃ」
「じゃなきゃダメ。だって俺、そんなことで祐介に恨まれたくないもん」
「むぅ~…」

 膨らんだ睦月の頬をプニプニ突付いていると、「…分かった」と、諦めたように睦月は言った。

「でも早めにね」
「え!?」
「だって他にやりたいって人がいるかもしれないし」
「そ、そっか」

 睦月はパッと翔真から離れたかと思うと、すぐに部屋を出て行こうとする。

「え? え? どこ行く…」
「ゆっちのとこ!」
「はい~~~??」

 思い立ったらすぐ行動、睦月は翔真を残して部屋を出て行った。
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六月 隣の君は肩を濡らして (2)


「でもさぁ、祐介、ちょっと過保護すぎなんじゃない?」

 机に向かってテキストを広げている祐介の背中にそう言ったのは、彼のベッドで寛いでいる和衣。
 ちなみに祐介の相部屋さんは、バイトなのか夜遊びなのか、本日は不在。
 翔真同様、睦月から、やっぱり祐介にバイトを反対されたと、不満をぶちまけられていた和衣は、祐介と2人きりになったのを機に、話題に上らせてみたのだ。

「何が?」

 わざとなのか、本当に分かっていないのか、祐介は椅子を回転させて和衣のほうを向いた。

「むっちゃんに。バイトしちゃダメって言ったんでしょ?」
「あー……もしかして睦月、和衣に何か言った?」
「俺だけじゃなくて、亮にもショウちゃんにもね」
「…………」

 それでか……みたいな顔をする祐介に、どうやら祐介に何かを言ったのは自分だけではないと、和衣は悟った。

「いいじゃん、もう大学生なんだし、バイトの1つや2つくらい」
「そうだけど」
「むっちゃんがね、自分がバイトやらせてもらえないのに、祐介がやってんのはズルイって言うわけ。そう言われちゃうとさ、俺らも『そうだよねー』って言うしかないじゃん?」

 ベッドに仰向けにコロンとなって、逆さまの祐介を見つめる。渋い表情の祐介。

「何? 何かそこまで反対する理由とか、あるわけ?」
「…………」

 祐介は何も言わない。
 彼のことだから、理由もなしにただ反対しているだけとは思えないけれど。

「ゆっちー!!」

 バタンッ!!
 祐介と和衣の間の、妙に重たいような空気を一気に打ち破ったのは、ノックもなしに祐介の部屋に駆け込んできた睦月だった。

「むつ…」
「ねぇねぇ、ゆっちー、やっぱ俺、バイトしていいでしょ~?」
「は!?」

 いきなり部屋に飛び込んできたかと思ったらこのセリフ。しかも今の今まで、和衣とそんなことを話していたというのに。

「ね? いいでしょ?」

 祐介は非常に返答に困った。今ここでダメだと言うには、和衣の視線が痛すぎる。

「な…ってか、何? いきなりどうしたの?」

 前にもバイトをしたいと言われたけれど、ここまで唐突ではなかったし、勢いづいてもいなかったはずだが…………今にも飛び掛らんばかりの勢いで、睦月は祐介の腿に手を置いて見上げている。

「何か、カズちゃんがバイトしてるコンビニでね、募集してんだって」
「え? 和衣?」

 祐介はベッドの和衣に目を遣った。

「あれ? カズちゃんいたの?」
「…………一応ね」

 まったく睦月の眼中になかったことに少々傷付きつつ、和衣は体を起こした。

「ねぇねぇ、カズちゃんがバイトしてるとこ、バイト募集してんでしょ? ショウちゃんから聞いたの」
「うん。急に1人辞めちゃって、足りてないけど。むっちゃん、やる?」
「うん! ね、ゆっち、いいでしょ? カズちゃんと一緒のとこなら」
「あー……うん…」

 睦月の勢いと、和衣の視線に耐え切れず、祐介はつい頷いてしまった。

「やったー!!」

 声をハモらせながら抱き合う和衣と睦月。祐介はもう、溜め息をつくしかなかった。
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六月 隣の君は肩を濡らして (3)


「つーことで、バイトすることに決まりました」

 亮がバイトから帰ると部屋は空で、風呂に入って戻って来たら、部屋の真ん中に睦月がちょこんと座っていて、律儀にも風呂上りの亮にそう報告したのだった。

「……へ、へぇ…?」
「あれ? それだけ?」

 せっかく祐介の許可が出て、念願のアルバイトが出来ると大喜びしている睦月にとって、亮の反応はあまりにも薄すぎてつまらない。

「それだけって?」
「カズちゃんは抱き合って喜んでくれたけど」
「え? じゃあ俺も睦月にハグしてやったほうがいい?」
「んー……じゃあ、そうして?」
「えっ!?」

 冗談のはずが冗談にならないのが、睦月だ。おまけに言った亮のほうが、かえってドキドキするはめに。

「はい!」

 両手を広げてハグを待つ睦月に、亮は仕方なくと自分に言い聞かせつつ腕を回す。

(いや、だからドキドキする必要とかねぇから!)

 しかしよほど嬉しいのか、睦月はキュウキュウと亮を抱き返してくる。

「で、どうやって祐介からOK貰ったの?」

 前の2人同様、睦月から散々、祐介に反対されたことを聞かされて亮は、どちらかと言えばそっちのほうに興味がある。

「えー、バイトやってもいい? て言っただけ」

 亮の腕の中、睦月が顔を上げる。

「はぁ? 今までそう言ってもダメだったんだろう? 何で急にいいなんて言い出すわけ?」
「カズちゃんがバイトしてるとこなの。何か1人足んなくなったから、募集しててね、それをショウちゃんから教えてもらってね、で、ゆっちにお願いしたの」

 バイト許可が出て興奮気味なのか、いつも以上に文法がめちゃくちゃで、理解に苦しむ睦月の説明。
 とりあえず睦月がご機嫌なので、まぁいいけれど。

「カズのバイト先って、コンビニだっけ?」
「うん。明日面接すんの」
「もうそこまで話決まってんだ?」
「カズちゃんが連絡してくれたの。俺がんばるね! そんでゆっちに、ちゃんと俺だってバイトできるんだってこと、見せ付けるんだから!」
「はいはい、がんばってね」

 うん、がんばる! と、亮の腕に抱かれたまま、その胸に頬を摺り寄せてくる睦月。完全に甘えモードのようで。
 亮はまたムダに心拍数を上げるのだった。
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六月 隣の君は肩を濡らして (4)


 面接は、睦月が思っていた以上にあっさりと通過し、レジに立たされたバイト初日。
 一応、接客の基本的な部分は事前に教えられてはいたものの、実際にお客を前にするのはわけが違う。
 おまけにレジの操作を覚えたり、商品の温め方、レジ前の商品の取り扱い方…………バイト経験のない睦月の頭はパニック寸前だ。

 けれど何より睦月が苦労しているのが、笑顔。
 お客様を前にしたら、笑顔で挨拶! これ、基本だから!
 いや、分かってますけどね。

「むっちゃん、笑顔、笑顔。スマーイル」

 商品を棚に並べながら和衣が、眉間にシワを寄せてレジを睨んでいる睦月に声を掛けた。

「分かってるって!」

 一応、私語はまずいと思っているのか、小声で睦月が返してくる。

(何でカズちゃん、何もないのに、あんなにニコニコ出来るんだろ…)

 楽しくもないのに笑わないといけないということが、こんなに大変だったとは。
 初日にしてすでに疲労困憊の睦月は、それでもお客が来れば笑顔を取り戻して仕事に勤しんだ。



*****

「顔の筋肉が、どうにかなりそう…」

 仕事を終え、控え室で私服に着替えながら、睦月はポツリと呟いた。

「むっちゃん、お客さんがレジ離れると、すぐに笑顔消えちゃうんだもん」
「だって、笑顔って疲れる…」
「初日から弱音吐いてたんじゃ、祐介に辞めろって言われちゃうよ~?」
「それはヤダ!」

 祐介の名前を出すと、睦月はすぐに反応して、『絶対がんばるから!』と意欲を見せる。

「何で祐介に…」
「え?」
「…ううん、何でもない。帰ろ?」

 和衣は、仕度を終えた睦月の手を引いて控え室を出る。店長と、シフトで勤務に入ったバイトに挨拶をして、2人は店を出た。
 相変わらずの梅雨空。鬱陶しい雨にビニル傘を広げる。

「でもカズちゃんってすごいよね」
「何、急に」

 何の前触れもなくいきなり褒め言葉を頂いて、和衣は思わず笑ってしまった。けれど睦月は冗談などで言ったわけではないのか、真剣な表情だ。

「だってさぁ、バイト中、ずーっとニコニコしてられるなんて……大人だなぁ」
「ははっ! そんな大げさなもんじゃないし!」
「そんなことないって! カズちゃん超すごい! だからゆっちも許してくれたんだよ」
「え?」
「カズちゃんと一緒だから。じゃなきゃ、絶対許してくんないと思う」
「…………」

 ことあるごとに睦月の口から出てくる祐介という名前。
 睦月は、言葉では彼のことをやかましがっているけれど、それが本心ではないことはすぐに分かるし、祐介がどれほど睦月のことを大事にしているかも伝わってくる。

「祐介ってさ、むっちゃんのこと、よっぽど好きなんだね?」
「えぇ? んー……まぁ、幼馴染みだし」
「それだけ?」

 和衣は少し訝しむ。
 それにしては、大学生男子に対してとは思えないほど、過保護すぎる面もある気がするのだけれど。

「それだけって、何が?」
「いや……仲いいなぁ、て」
「それを言うならカズちゃんたちだってそうでしょ?」
「俺? 俺と誰?」
「えー? 亮とショウちゃん」

 だって、小学校からずっと一緒なんでしょ?

「まぁ…腐れ縁みたいなもんだし」

 和衣は足元の水たまりをよけながら、そう答えた。

「俺とゆっちだってそうだよ?」
「…そっか」
「カズちゃん、どうしたの?」
「何でもない」
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六月 隣の君は肩を濡らして (5)


「あーーーーーーー疲れたー」
「お疲れさま―……って、何で俺のベッドに寝るの!」

 人生初のバイトを終えて帰って来た睦月は、部屋に入るなり、なぜか亮のベッドにダイブした。
 もちろん、ベッドの上には亮がいるわけで。

「睦月、暑いから!」

 扇風機をフル稼働させてもまだ暑い寮の一室で、男2人が同じベッドに転がっていれば、どう考えたって暑いに決まっている。
 なのに睦月は、暑い暑いと繰り返しながら、亮のベッドでジタバタしていて。

「亮ー、疲れたー、暑いー」
「いや、だったらなおさら自分のベッド行ったほうがいいんじゃね!?」
「……だって俺のベッド遠いし」

 遠いと言ったところで、それほど広い部屋なわけではない。なのに至極もっともな亮の言葉に、睦月は平気でそんなことをのたまった。

「で、バイト、どうだったのよ」

 完全に自分のベッドには行く気のない睦月に、亮はとうとう諦めて、せめてもと、端に寄って体を離した。

「…疲れた」
「何、出来そう? 続けられんの?」
「出来るし!」

 そう言われれば、睦月はムキになって言い返す。

 口では疲れたとは言いつつも、やはり祐介の反対を押し切って始めただけに、何としてでも続けたい。
 仕事の内容は、思っていたよりもずっと細かかったけれど、やっていけば徐々に覚えていくだろうし、問題の笑顔も…………きっと慣れるに違いない。

「あ、祐介に報告しとけよ? ちゃんと出来ましたー、て」
「え、何で?」
「何でじゃねぇよ。アイツ、お前がバイト行ってる間、ここでずーっとお前のこと心配してたんだぞ? で、いい加減鬱陶しくなって、部屋に追い返したけど」
「……そうなんだ。じゃあ…」

 亮の口振りから、過保護で心配性な幼馴染みの顔が容易に浮かんで、睦月はもぞもぞと体を動かすと、携帯電話を取り出した。

「え、睦月…」

 ベッドから降りる気配のない睦月に、亮には、まさか…という思いがよぎる。
 まさか、その取り出した携帯電話で、何部屋かしか離れていない距離にいる祐介に報告する気なのだろうか。

「もしもーし、ゆっち?」
「…」

 その、まさかの事態に、亮は言葉を失い、ただぼう然と睦月を見た。

「え? だから平気だったってば! ちゃんとやって帰って来たもん。え? 何?」
『だーかーらー』

 ガチャ!

 電話越しに睦月が何やら聞き返したのとほぼ同時。
 亮たちの部屋のドアが勢いよく開いて、登場したのは、言わずもがな祐介だ。

『何かトラブルとか、』
「だからなかったってば! しつこい、ゆっち!」
『しつこいじゃないだろ、心配してんだぞ、俺は!』

 同じ部屋の中、顔を突き合わせながら、携帯電話で口論になっている2人。
 とりあえず亮は見守っていてみるが、なかなか決着はつきそうになくて。

「…とりあえず、電話切れば?」

 そんなに大きくもない寮内で、部屋まで行かずに携帯電話で祐介に話をしようとする睦月も睦月だが、それにしっかり応えて、しかも部屋までやって来る祐介も祐介だ。

「だから、平気だったってば! ね、亮?」
「えぇ!?」

 いや、俺、お前の働きっぷり見てないし! ―――――急に話を振られた亮は、そう返したいのに、言葉が続かない。
 でもとりあえず、ここは睦月に同意しておかないと、何となく後が怖いような気がして、亮は何も言わずに頷いておいた。

「ほらー」
「…………。はぁー…、まぁ、亮がそう言うなら信用するけど」
「え、俺何も言ってな…」

 ……何も言ってないし、勝手にそんなことで信用されても困るけど、小首を傾げた睦月にかわいく「ねぇー」とか言われて、亮は結局、「うん」と答えてしまった。

「よし、明日からもバイト、がんばるぞ!」

 1人張り切る睦月に、亮と祐介は、それぞれ違った意味で溜め息をついた。
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六月 隣の君は肩を濡らして (6)


 睦月がバイトを始めて10日。
 和衣と一緒だということも幸いしてか、睦月は順調に覚えて、仕事をこなせるようになってきた。

(でも、笑顔はしんどい…)

 接客業としてあるまじき発言ではあるけれど、睦月にとっては1人でレジをするよりも、重たいクリーナーを掛けることよりも、何より作り笑顔をするのが1番の苦労なのだ。
 けれど店長に、本気か冗談か知らないが、和衣と睦月が入ってからお客が増えたなどと言われれば、悪い気はしない。

「むっちゃん、そろそろ上がっていいってー」

 在庫チェックを終えた和衣が、睦月を呼びに来る。
 それとほぼ同時に自動ドアの開く音がして、2人は反射的にそちらを向いて、「いらっしゃいませー」を笑顔とともに言おうとしたが、いや、和衣は飛び切りのスマイルでそう言ったのだが、睦月は渋い顔で、「げ…」と小さく呟いた。

「どうしたの、ゆっち。ストーカー?」
「違ぇよ! 俺もバイト終わったから、寄ったの! お客さんなの! お客さんに向かって、『げ!』はないでしょ?」
「ホントに? 何か、ちゃんとやってるかのチェックしに来たとかじゃないの?」
「違うって!」
「じゃ、ちゃんと何か買ってってね。俺がレジしてあげるから」
「はいはい」

 いつもの調子の睦月に、祐介は呆れつつも、ドリンクのコーナーへと向かっていった。

「…じゃ、むっちゃん、俺、先に着替えてるから」
「え? うん、待っててね? 一緒に帰ろうね?」
「………………。……うん」

 和衣はそっけなく返事を返すと、スタッフルームへと行ってしまった。

「あれ、和衣は?」

 和衣と入れ違いでレジのところにやって来た祐介は、キョロキョロと通路の辺りを捜している。

「先に着替えてるって。ねぇ、俺のこと置いて帰んないでよ?」
「別に置いてかないから、ちゃんとレジに集中しなさい」
「むぅ…135円になりまーす」

 いつもお客さんに見せるような最高の笑顔でそう言えば、祐介は少々顔を引き攣らせている。

「お客さん、135円なんですけどー」
「あ、あぁ…はい。いや、すげぇ笑顔で、ちょっとビビった…」
「何それ」

 ゆっち変なのー、とか言いながらケタケタ笑う睦月のその笑顔は、いつものそれで、祐介はようやく少し安心した。

「じゃ、支度してくるから、待っててね」
「はいはい」

 睦月がスタッフルームに行けば、着替えを終えた和衣がポツンとそこにはいた。

「ゴメンね、カズちゃん。今、大至急で着替えるから、待ってて」
「あ、うん。ねぇ祐介は?」
「ん? 向こう。…………どうした?」
「…え、何が」
「最近カズちゃん、ゆっちの話題が出ると、何か元気ない」
「そんなことないし!」

 和衣はちょっとムキになって言い返すが、睦月にしたら、そんなに大げさに返されるとは思っていなかったらしく、少し驚いた顔でボタンを掛ける手を止めた。

「…何でもない」
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君がニャンと鳴いたから


 @MK様(旧abundantly様) クリスマスフリー絵
@Mk様(旧abundantly様) クリスマスフリー絵

「にゃん!」
「えっ…、…………。……何のマネ?」
「猫のマネ」
「…………」
「ダメ?」
「えっと…(この場合、どの反応が正解だ?)」
「…………」
「…………」
「…さわる?」
「え?」
「しっぽ」
「あー……うん」
「ふわふわvv」
「…………。…うん。えっと…その煮干は?」
「エサ」
「……。寒くないか、そのカッコ」
「寒いかも。あっためる?」
「何を?」
「俺を。あっためてくれる?」
「どうしようかな」
「あっためてよ、クリスマスだし」
「クリスマス、関係ある?」
「プレゼントに」
「なるほど。じゃあ、そうしようかな」
「そうしよう」



君がニャンと鳴いたから、師走25日はクリスマスにゃんこの日





 ……みたいな。




 微妙に噛み合わない2人。
 てか、サラダ記念日とか、私も微妙に古い(知らない人は、知らないままでいてください)。

 というか、フリー絵とはいえ、こんな麗しのイラストに、こんなアホSSとか付けちゃって、どうしよう…。
 どうか誰も怒らないでください。
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六月 隣の君は肩を濡らして (7)


 睦月が支度を終えて和衣と店を出ると、先ほどの約束どおり、祐介は軒下で雨をよけながら2人を待っていた。

「あれ、カズちゃん、傘は?」

 先に気が付いたのは、睦月だった。
 財布と携帯電話をポケットに突っ込んだ和衣は、それ以外、まったくの手ぶらだ。

「忘れたの?」
「……出るとき晴れてたから…」
「…」

 今日の降水確率、90%
 そうでなくてもこの梅雨時期、用心のために傘を持って出掛けるだろうに。

「ちょっ…傘買ってくるから、ちょっと待ってて!」

 と、和衣は、出て来たばかりの店に戻ろうとするから、睦月が慌てて引き止めた。
 つい先日も和衣は、傘を忘れたと言って、ビニル傘を買って帰ったばかりなのだ。

「入っていきなよ。どうせ帰れば傘あるんでしょ?」
「だって…」

 入っていけと言う睦月の持っているのも、コンビニのビニル傘。いくら2人が細いとはいえ、一緒に入るには傘が小さすぎる。

「あ、じゃあ、ゆっちのに入ってけばいいじゃん」
「え、」

 人の傘なのに、勝手にそう提案した睦月に驚いたのは、祐介ではなく、むしろ和衣のほうだった。
 確かに祐介の傘は、安物のビニル傘ではなくて、大きめの紳士用だから、2人で1つの傘に入るならこちらのほうがいいだろう。

「そうしなよ、和衣。何本も買うよりさ」
「…ん」

 コクリ頷いた和衣は、大人しく祐介の傘に入った。

 祐介を真ん中にして3人並んで歩けば、話しているのは睦月と祐介だけで、和衣はずっと黙ったまま祐介の傘の中に、静かに納まっている。
 今日も2人は飽きもせず、睦月がこのままバイトを続けられるかだとか、いやちゃんと出来るだとか、祐介の過保護っぷりを全開にした会話をしていて。

 同じ傘には入っているけど、会話には入っていけない…和衣はそんなふうに思って、小さくため息をついた。
 その次の瞬間だった。

「和衣、」
「わっ」

 グイ、と、思いも掛けない力が、和衣の体を右に引いた。
 和衣の右にいるのは、祐介だ。

「ちゃんと傘入れよ。濡れてんじゃん」

 祐介が、和衣を自分のほうに引き寄せたのだ。

「う、うん」

 何だかドキドキして、ちょっと返事に詰まってしまった。
 慌てた声を悟られたくない。
 時々肩が触れる。

 もう、睦月と祐介の会話は、少しも耳に入って来なかった。



*****

 寮に帰り、部屋に戻る途中、睦月と祐介の後ろを歩いていた和衣は、ふと気が付いた。
 祐介の着ているシャツの、右肩が濡れている。

 自分は、祐介の左側にいた。
 そして、濡れないようにと、引き寄せてくれて。

(俺が濡れないように、傘をこっちにいっぱい分けてくれた…?)

 祐介は優しい男だから、別に傘に一緒に入ったのが和衣でなくたって、きっとそうしてくれる。
 自分だけが特別なわけじゃない。
 勘違いしそうになる自分が、嫌だよ。

 でも…。

「カズちゃん、お風呂行こー?」
「あ…うん」

 でも。だって。


(どうしよう…)


 この気持ちは、









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七月 嫌がらせの至近距離 (1)


「――――てことで、俺は今日から1人部屋だから、ありがたくいつでも遊びに来たまえ」

 少し遅めの昼食を採りながら、仰々しくそう言ってのけたのは、翔真だった。
 ちょうど、日替わりランチのミートスパゲッティを口に含んだところだった和衣は、フォークを咥えながら小首を傾げた。
 ペットボトルのお茶を飲んでいた亮も、手が止まっている。

「ショウちゃん、1人部屋? 何で?」
「相部屋さんが寮出たから。何か彼女出来たら、やっぱ寮じゃ不便だって、いろいろと」
「あ、それで昨日、何かバタバタしてたのか」
「マジかよ。まぁここじゃ、女も連れ込めねぇしな」

 そうは言っても、健康な肉体を持った男の子だ。やっぱり彼女は欲しいし、出来れば自分ちなんかに呼んだりしたい。
 それには、いくら殆ど規則もない寮生活とはいえ、不自由は不自由だ。

「………………。そっか、ショウちゃん、1人部屋か…」
「ん? カズ、どした?」

 急に神妙な顔付きになった和衣に、翔真が心配して声を掛けるが、どうやら耳には届いていない様子で。

「カズ?」
「じゃあ、次の授業が終わったら、全員、ショウちゃんの部屋に集合ね!」
「はぁ?」

 何が、「じゃあ」なのかは知らないが、何やら名案らしきものが浮かんだようで、和衣は勝手にそう決めてしまった。

「ちょっ…カズ?」
「え? は?」

 訳が分からない、といった感じの亮と翔真に構わず、和衣はバン! とテーブルを叩く。
 有無を言わさず。
 まさにそんな感じで。

「何で全員集合??」
「全員つったって、俺ら2人だろ?」

 和衣にわざと聞こえるくらいにヒソヒソと話す2人の言葉に、けれど和衣はそれを無視して、ばくばくとミートスパゲッティの残りを食べた。



*****

「亮、遅い!」

 授業が終わって、亮がちょっとトイレに寄っている間に和衣と翔真の姿が消えていて、仕方がないから先に翔真の部屋に向かえば、そこにはもう2人の姿があって、和衣が待ちくたびれたように頬を膨らませていた。

(だったら先に行かないで待ってろよ…)

 そう言ってやろうかと思ったけれど、今の和衣には、何かを言わせるような雰囲気はまるでなくて。
 亮は大人しく2人のそばに座った。

「これで全員集合? 祐介とかむっちゃんは呼ばなくていいの?」

 大学に入って以来、すっかり仲良くなった2人の姿はここにはなく、翔真は何の気なしにそう聞いた。
 ―――――途端。

「いいの!」

 キッと和衣に睨まれた。

「…何か今日のカズ、妙に荒れてねぇ?」
「生理中でしょ」
「亮! ショウちゃん!!」

 亮と翔真がボソボソ言い合っていたら、バシッと和衣に頭を叩かれた。

「ったくよぉ、何なんだよ、お前ー」
「俺ら集めてどうする気?」

 話なら、先ほどのカフェテリアでも十分出来たはずなのに、それをわざわざ、1人部屋となった翔真の部屋に変更するなんて、それなりに何かあるだろうに。

「で、何だって?」

 焦れた様子の亮に、和衣はキュウと眉を寄せて、唇を噛んだ。

「…………、亮、ショウちゃん、どうしよう。俺、ホモになっちゃったかも…」
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七月 嫌がらせの至近距離 (2)


「亮、ショウちゃん、どうしよう。俺、ホモになっちゃったかも…」

 …………………………。

「……………………」
「……………………」

「……………………」
「……………………」

「ちょっ…黙ってないで、何か言ってよぉ!!!!」

 あまりにも長すぎる沈黙に、先に耐え切れなくなったのは、最初に話を切り出した和衣だった。
 亮はあんぐりと口を開けたまま、間抜けな顔で固まっているし、翔真も(口はちゃんと閉じているけれど)、ぼう然とした、中途半端な顔付きで和衣のことを見ていた。

「ちょっ…は? カズ、ちょっと待て。待て待て待て。何だって?」

 ようやく正気が戻って来たのか、慌てたように和衣に聞き返したのは亮だ。
 もしかしたら、何か聞き間違えたのかもしれない。
 そうに違いない。
 ねぇ、そうだよね?

「……俺、ホモになっちゃった…」

 今にも泣き出しそうな声で、和衣はもう1度、先ほどと同じセリフを言った。

「ななななな何で!? 何でそう思うの!? お前高校のころ、男に告られてもシカトだったじゃん!」
「だって! だってね、だってね、その人のこと思うと、すげぇドキドキするし、普通じゃいられない…」

 亮があまりにも騒ぎ立てるものだから、和衣はとうとう目の縁を潤ませる。

「……てかさぁ」

 そんな2人のやり取りを黙って見ていた翔真が、徐に口を開いた。

「カズのその相手って、祐介だろ?」

 ……………………。

「うえぇ~~~~~!!!??? マジでぇーーーー!!!???」

 和衣からの突然のカミングアウトにも十分すぎるくらい驚かされたが、翔真の言葉も、あまりにも衝撃的すぎて、亮はあらん限りの声を張り上げてしまった。

「オメェ、うるせぇよ…」

 ガツンと翔真にど突かれた亮は、痛ぇ! とまた騒ぎ出す。
 どうも、しんみりと相談に乗る、という雰囲気にはなれないらしい。

「ななななな何でショウ、知ってんの!?」
「知ってるわけじゃないよ。そうじゃないかなぁ、て思っただけ。違うの? カズ」
「………………違わない……」

 どうせ最後には話すつもりだったのだ。
 和衣は翔真の言葉を、素直に認めた。
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七月 嫌がらせの至近距離 (3)


 ここ最近、祐介のことを思うとやたらドキドキするし、祐介と睦月が仲良さそうに話しているのを見るだけで、何だか胸がモヤモヤするし、睦月の口から祐介の名前が出るだけでイライラするし。
 もうどうしていいのか、分からなくなってしまって。

「ふぇ~…祐介ねぇ…」

 驚いているのか、感心しているのか、何だかよく分からない声を上げて、亮は後ろに引っ繰り返った。
 和衣は心配そうに亮のことを見ている。

「まぁいいんじゃね? アイツ、真面目でいいヤツだし」
「……亮、気持ち悪いとか思わないの…?」
「え、別に」

 それでも不安げな声を上げる和衣に、亮はあっさりとそう答えた。隣で翔真も、うんうん、と頷いている。

 別に気持ち悪いとか、そういうのはない。
 そりゃ、いきなりカミングアウトされれば、驚きはするけれど。

「ショウちゃんも?」
「別に気持ち悪いとかはないかな」

 素直にそう答えれば、和衣はあからさまにホッとした顔になる。

「確かに祐介、いいヤツだしね。カズが惚れちゃってもしょうがないよね」
「ホントにホント? 俺、大丈夫?」
「え、カズは別に大丈夫でしょ?」

 単なる気休めではなく、翔真はそう答える。
 ようやく和衣の気持ちが浮上してきたのも束の間。同じく翔真の言葉に、和衣はまた、一気に落ち込む羽目になる。

「でも、祐介がホモかどうかまでは知らないけど」
「…」

 そうなのだ。
 別に自分たちは、親友が誰を好きになろうが構わないのだが、その相手、肝心の祐介が、同じ気持ちかどうかまでは、何とも言ってみようがない。
 仮に祐介が同性愛に偏見がないとして、しかし彼自身がそうかまでは分からないし、100歩譲って祐介が同性愛者だとしても、和衣のことを好きだとは限らないのだ。

「あーカズ! そんなに落ち込むなって! 別に希望がまったくないわけじゃないんだから!」
「うぅー…」

 慌ててフォローする亮に、和衣は「うわぁーん!」と泣きながら縋り付いた。

「ショウ!」
「だって…」

 別に翔真とて、和衣を落ち込ませるつもりはなかったのだけれど。

「大丈夫だよ、カズ! これから猛アタックすれば、きっと実るって!」
「う゛ー…」

 和衣は、返事の代わりに、グズッと鼻を啜った。
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七月 嫌がらせの至近距離 (4)


 和衣がホモになったからって、別に何がどう変わるわけでもない。…………と、亮は思う。
 唯一変わったことといえば、和衣が前より乙女チックになったかなーというくらい。
 何だか急に、祐介と2人きりになるのを恥ずかしがったり、いつもどおりの祐介の笑顔に顔を赤くしたり。翔真に、「思春期の女の子みたい」と突っ込まれても、ど突いたりなんかしない。

「カズはホントに恋しちゃってるんだねぇー」
「うん」

 恥ずかしげもなくそんな会話をしているのは、和衣と翔真。亮は自分のベッドに転がってマンガを読みながら、何とはなしに、その会話を耳に入れている。

(つーか、何でコイツら、ここにいるの…?)

 せっかく翔真は1人部屋になったというのに、どうしてその部屋の住人までもがここに集まるのか、よく分からない。

「何かね、もう無理…」
「え、何が?」
「ドキドキしすぎて。苦しい…」
「恋とはそういうものだよ、九条くん」
「先生、助けて…」
「どれどれ」

 何だかよく分からないコントを繰り広げ始めた2人に、亮は溜め息をついて寝返りを打った。

 その次の瞬間だった。
 バタンとドアの開く音に、睦月が帰って来たのだろうと、亮がたいして気にも留めずにいると、

「亮ー、ノート見せてぇー!」
「ぐえっ…!」

 うつ伏せになっていた亮の背中に、衝撃と重み。
 亮は、カエルが潰れたような声を上げて、そのまま睦月の下敷きになった。
 帰って来た睦月は、「ただいま」よりも先に、勢いよく亮の背中に飛び乗ったのだ。

「むっちゃん、亮が潰れてるから…」
「あ、カズちゃん、ショウちゃん。ただいまー」

 亮の背中に乗っかったまま、睦月は2人のほうを向いた。その様子に、和衣も翔真も苦笑いを浮かべている。

「ねぇねぇ、それよりさぁ、ノート見せてー。倫理学の」
「……はぁ?」

 睦月の下敷きになりながらも、亮は首を捻って睦月を振り返った。

「ノート! だって倫理学の試験、ノート持ち込みでレポート書かなきゃいけないんでしょ?」

 亮の背中から降りもせず、睦月はゆさゆさとその背中を揺すった。

「え、むっちゃん、倫理学、ノート取ってないの?」

 睦月と亮のやり取り(というより、一方的に睦月が喋っていただけだが)に、和衣は驚いて声を上げた。

 もうすぐ始まるテスト期間。
 その中で倫理学の試験は、時間内にレポートを作成することになっていて、自筆のノートの持参が認められている。
 つまりは、どれだけ授業をちゃんと聞いて、ノートを取っていたかで、レポートの良し悪しが決まる仕組みなのだ。
 テキストに載っていないことも授業には登場したので、単にテキストを書き写すだけでは、テストでいい点は取れない。
 そのことを知っているので、たいていの学生はわりと真面目に授業に出ていたのだが。

「取ってない。後で見せてもらえばいいかなーと思って」

「…………」
「…………」
「…………」

 とんでもないことをサラリと言ってのける睦月に、3人とも呆れ顔で固まった。
 そういえば睦月は、倫理学の時間、ここぞとばかりに寝ていることが多かったことを、翔真は思い出した。
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七月 嫌がらせの至近距離 (5)


「でも、ノートのコピーじゃ、バレるんじゃない?」
「うん。だから今から書き写す。今からならまだ間に合うでしょ?」

 まだ亮が見せるとも何とも言っていないのに、もう見せてもらえることになっているかのような睦月の口振り。
 でも、何だかんだ言っても、結局は亮が負けて、ノートを見せることになるのがいつものパターンなのだが。

「でもさぁ、今から必死にノート書き写すくらいなら、授業中にコツコツ書いてたほうが楽だったんじゃない?」

 至極もっともなことを言う和衣に、亮も翔真も賛同した。

「だって、しょうがないじゃん。今さらそんなこと言ったって始まんないし!」
「そうだけど、」
「次からは! 次からはちゃんと授業中にノート取るから! だから亮、今はノート見せて」

 何の説得力もない睦月の言葉に、亮は顔を顰めたが、それよりも何よりも。

「つーか、睦月、重い…暑い…」

 とにかく今は、早く背中の上から退いてほしい。

 クーラーなんて気の利いたもののないこの部屋で、いくら扇風機がフル稼働していても、べったりと背中に貼り付かれていては、汗だくになるに決まっている。
 けれど睦月は、亮がいいと言ってくれるまで、背中から退く気はないらしい。

「ね、お願い!」

 かわいらしく小首を傾げる姿は、下手なアイドルよりもよっぽどかわいくて。

「分かった! 分かったから、ひとまず俺の上から降りてくれー!」

 とうとう亮は、負けた。

「やったー!」

 ようやく亮から承諾を得た睦月は、ガッツポーズを作りながら、やっとその上から退いた。

「よかったね、むっちゃん」
「うん。だってさぁ、ゆっちに言ったら、『自分で授業中寝てたのが悪いんだからダメ』とか言って、ノート見せてくんないんだもん」

 やはり睦月も暑かったのか、机の上に放り投げておいたうちわで、バサバサと自分を扇ぎながら、ふて腐れたようにそう言った。

「、」

 睦月の口から「ゆっち」という名前が出た瞬間、和衣の顔が一瞬曇ったのを、亮と翔真は見逃さなかった。
 もちろん、和衣の恋心を知らない睦月は、いつもの調子で彼の名前を口にしたのだし、祐介からノートを見せてもらえなかったというのも、本当のことだろう。

 彼が、祐介との仲を見せ付けるためにそんなことを言ったわけではないことくらい、和衣にだって分かるから、すぐに笑顔を見せて、「ふーん」といつもどおりの返事をした。

(あー…俺ってヤな子…。むっちゃんにヤキモチ妬いてどうすんの…?)

 別に祐介と気持ちが通じ合ったわけじゃない、単なる和衣の片想いで。
 睦月と祐介も、自分たちと同じ幼馴染みの腐れ縁。

 分かっているのに、今までのように振る舞えなくなってしまった自分に、和衣は自己嫌悪した。
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七月 嫌がらせの至近距離 (6)


 最近になって気が付いたこと。
 意外にも睦月は、スキンシップ過多な男だということ。




「あぅ…手が痛い…」

 ぼやくような声がしたかと思ったら、ドサリと音がして、亮が視線を向ければ、睦月がそのまま机に突っ伏していた。

「終わった?」
「……終わった」

 ノート持ち込みの試験に備えて、睦月が、亮のノートを書き写し始めてから丸2日。嫌だ嫌だと言いながらも、何とかようやく転記が終わったらしい。

「他の試験の勉強とか、間に合いそうなわけ?」
「うー……でも亮、教えてくれるでしょ?」

 机に突っ伏したまま、首だけ捻って亮のほうを向いた。

「え、俺に勉強のこと聞く? 悪いけど、マジで無理だから」

 自慢じゃないが、一流でも何でもないこの大学に入れたことだって奇跡と言われた亮が、他人に勉強を教えるなど、まがり間違ってもあり得ないと、亮はきっぱりと拒絶する。

「ケチー」
「だってマジで、自分のだけで精いっぱいだし」
「えー…。……ね、今何やってんの?」

 もうノートを書くのは飽き飽きといった感じで席を立った睦月は、それでも真面目に机に向かっていた亮の背後に来ると、ベッタリとその背中に貼り付いて、後ろからノートを覗き込んできた。

「ちょっ…睦月、暑いって!」

 窓を開け放して、扇風機もフル稼働させているが、一向に気温の下がる気配のない室内で、睦月のこのスキンシップは、正直キツイ。
 でも、そんな睦月を無下に出来ない自分がいて。

「どっか涼しいとこ行ってやろうよー」

 睦月も暑いなら、ひとまず離れてくれればいいのに、背中にくっ付いたまま、ユサユサ肩を揺さぶり始める。

「どっかってどこよ」
「図書館とか」

 とりあえず涼しければどこでもよいが、勉強するなら図書館かな、という安直な考えで、睦月はそう提案してみた。

「あー…でもこの時期、すげぇ混んでて、席開いてないってショウが言ってた。朝一で行く? 授業の前とか」
「……面倒くさい…」

 早起きは苦手。
 それも勉強のために、わざわざ早起きするなんて、たぶん無理。

「じゃあ、我慢して部屋でやろうぜ。つーか、マジで離れて。暑ぃ…」
「えー…もー」
「だって睦月だって暑いんだろ?」

 後ろから首元に回って来ている睦月の手を解けば、それでも不満そうに睦月は亮に纏わり付いてきた。
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七月 嫌がらせの至近距離 (7)


「睦月!」
「もー!! 亮まで俺に冷たい!!」

 暑さに耐え兼ねて声を上げれば、逆に睦月も喚き出した。

「は?」
「だって、何か最近、カズちゃんが俺に冷たいもん。寂しい」

 睦月のその言葉に、亮はギクリとする。
 和衣は、祐介とも睦月とも、今までどおり、普段どおりに接しようと必死に努力しているのけれど、亮が見ている限り、どうもうまく自分をコントロールできてないような気がしていたから。

「俺、カズちゃんに何かしたかなぁ…」

 心配そうにそう言いながら、睦月はムギュムギュと亮に抱き付いて。

(ちょっ…抱き付きすぎだから!)

 和衣のことも、睦月のことも心配だけれど、それにしたってこの体勢は…!!
 変に心拍数が上がるのを感じて、亮は焦る。
 別に自分は和衣と違って、男を好きになるようになったわけではない。女の子のほうがいい。
 なのに、睦月にくっ付かれると、妙に心臓がバクバクして、調子が狂ってしまう。

(バクバク?)

 いや、何で?
 バクバクとか、ドキドキとか。

『その人のこと思うと、すげぇドキドキするし、普通じゃいられない…』

 ……………………。

(…………でぇ~~~~~~!!!!???)

 ドキドキ?
 バクバク?
 そんなの普通じゃないじゃん!
 ……て、「普通じゃない」って!

「亮? 亮? どうした?」
「―――――…………え……?」
「何ボーっとしてんの?」
「うわぁーーー!!!」

 ハッと我を取り戻した亮の目の前には、睦月の顔のドアップ。
 驚きのあまり、亮は思わず飛び上がってしまって、その弾みに椅子が引っ繰り返った。
 そして頭部には、鈍い痛み。

「イッテー!! 何やってんだよ、亮のバカ!」

 睦月のキンキンとした声に目をやれば、両手で顎を押さえた睦月が、恨みがましげに亮のほうを見ていた。
 自分の頭の痛みと、顎を押さえている睦月。
 どうやら立ち上がった拍子に、頭を睦月の顎にぶつけてしまったらしい。

「もう…何なの?」
「…………何でもない……と、思う」
「何それ」

 睦月は顎をさすりながら、呆れたような、諦めたような顔で亮から離れた。

(何でもない。何でもない)

 こんな。
 こんな気持ち。

 きっと何かの間違いだ。
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藤崎兄弟


(悠也 + 真琴 + 奏)

悠也「お前んち、4人兄弟なんだって?」
真琴「そうだよー。今度紹介するね」

*****

奏「初めまして、藤崎奏です」
悠也「あ、どうも。えっと…、真琴の…………兄ちゃん?」
真琴「弟だよ!!」




身長差10cm 奏>マコ + 童顔 + 甘えん坊の末っ子体質 = 弟に見られるのはいつもマコちゃんです。


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七月 嫌がらせの至近距離 (8)


「あ、ショウちゃん、一生のお願い。環境科学のノート見せて。そして出来れば勉強教えて」

 最近お気に入りのサラダうどんをつつきながら、到底『一生のお願い』をするとは思えない口振りで、睦月は向かいに座っていた翔真に言った―――――祐介がトイレに立った隙を見計らって。
 真面目にノートを取っていないことがばれれば、またうるさいお小言を聞くはめになるから。

「ね? お願い!」
「いや…まぁ、いいけど。でもむっちゃん、亮からノート借りるとか言ってなかったっけ?」
「だって亮、バカなんだもん。使えなくて」
「あ、なるほど」

「…て、オイ! そーゆーことは、せめて本人のいないところで話せ!」

 黙って睦月と翔真のやり取りを聞いていた亮が、とうとう2人に突っ込みを入れた。
 だいたい、頭の程度なんて、亮も翔真もそんなに変わらないのだ。
 自分だけが一方的にバカにされるのは、何だか癪に障る……というか、同じレベルだっていうのに、睦月が自分でなく翔真に頼ろうとするなんて、何かそんなの嫌だと思う。
 別に睦月が誰からノートを借りようと、そんなこと別にどうだっていいはずなのに、けれど他の人に頼られるのは、何か嫌だ。

(…………て、)

 これは世に言う嫉妬というヤツなのでは…。

(何言ってんだって、バッカじゃねぇの、俺! 嫉妬とか! だから違ぇし! これじゃホントに睦月のこと好きみてぇじゃん! そうじゃなくて!)

「亮、どうした?」
「えっ!?」
「そんな、ちょっとバカにされたくらいで落ち込むなって。今に始まったことじゃないだろ?」

 全然何のフォローにも慰めにもなっていない言葉を掛けられて、亮はようやく我に返る。
 顔を上げれば、ノートを見せてもらえることになった睦月が、嬉しそうにサラダうどんを頬張っていた。

「でもさぁ、むっちゃん、環境科学の時間、結構ちゃんと授業受けてなかった?」
「うーん…そのつもりだったんだけど、今ノート見ると、何書いてるか、わけ分かんないんだよねー。あはは」

 と、睦月はのん気に笑っているが、絶対に笑っている場合ではないと、翔真と亮、そして和衣は思う。
 きっと昔からこんな調子で、ずっと祐介が助けて来たのだろう。
 そのことを思って、和衣の胸は少し痛む。それに亮も。

「ね、だから見せてね?」
「あーはいはい」

 本当かどうか分からないが、次からは真面目にノートを取ると言う睦月の言葉を、しょうがないからこの際、信じることにしよう。
 どうせなら、補習を受けずに、みんな一緒に夏休みを迎えたい。
 それに、和衣のこともあるし。
 翔真は、人知れず溜め息をついた。
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すてきなプレゼント


(高遠 + 慶太 + 真琴)

高遠「久住ー、真琴ー、ちょっとおいで」
慶太「何ですか?」
高遠「いつもがんばってる2人に、いいものを上げよう」
真琴「何々!?」
高遠「はい」←2人の手に、ボトルを1本ずつ渡す
真琴「あ、温感ローション!」
高遠「この間、ネット見てて発見した、ラブローション」
真琴「ヒアルロン酸入り、て書いてある!」
高遠「何かよさげだろ?」
真琴「すっごい! ね、慶太。…慶太?」
慶太「………………」←立ったまま固まっている
真琴「慶太、大丈夫!?」
高遠「(おもしろい…)」


高遠さんに、2人のことを何て呼ばせてたか、忘れてて調べ直しましたよ。慶タンは、久住て名字だった。てか、高遠さんて誰? とかだったら、どうしよう…。


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八月 瑠璃色の夕べに君はいない (1)


 亮と翔真と和衣と祐介のおかげで、睦月は何とか夏休みの補習を免れた。
 まぁ、祐介以外の3人も、本当のことを言えば、自分の勉強だけでも手いっぱいなところがあったから、祐介のお世話にはなったのだが。

 しかしさすがに睦月も申し訳ないと思ったのか、「今日のお昼、俺が奢ってあげる」と申し出た。
 もちろんその後に、「でもあんま高くないヤツね」と付け加えたが。

「ねぇねぇ、みんな夏休みはどうすんの?」

 サラダうどんにマヨネーズを掛けながら、睦月は小首を傾げた。
 よく考えていなかった睦月は、普通に学校があるときと同じようにバイトを入れてしまって、これでは実家にも帰れないのだと気が付いたときには、試験が無事終わって、夏休みを待つばかりになっていたのだ。

「みんなお家帰っちゃうの? 俺、一人ぼっち?」

 グルリと4人の顔を見回せば、「お盆には帰るつもりだけど…」と、全員から同じ答えが返って来た。

「えぇ~?」
「むっちゃん、お盆にもバイト入れちゃったの?」
「うん。後でお盆だって気が付いた。あ、それで店長にすっごい感謝されたのか!」

 ようやく合点がいったのか、睦月は1人で納得しているが、後の4人はただポカンとするばかりだ。
 亮たちは会ったころから何となく思っていたが、やはり睦月は少々世間知らずというか、1人で普通に生活していくための能力は低いようで、幼馴染みの祐介が過保護になるのも無理はなかった。

「ま、いっか。お盆終わった後に休みがあるから、そのときお墓参りすれば、お母さんも怒んないよね?」
「知らねぇよ。悪いけど俺、おばさんに言い訳すんのヤなんだけど」
「何で? ゆっちがうまく言ってくれれば大丈夫。お母さん、ゆっちのこと、超信用してるから」
「信用されてるから、裏切りたくないの。だからハッキリ言う。睦月はお盆にバイト入れたから帰って来ないって」
「ダメ、そんなの!」

 お願い、これ上げるから! とか言いながら、睦月は嫌いなパセリを祐介の皿に移した。

「お前なぁ、」

 ガタンッ。

 祐介が突っ込みを入れ掛けたところで、突然、和衣が音を立てて椅子から立ち上がった。
 睦月も祐介も、キョトンと和衣に視線を向ける。

「カズちゃん?」
「……これ、片してくる…!」

 どうしたの? と尋ねる睦月に、トレイを持った和衣はそう言い捨てて、さっさと席を離れた。
 残された4人のうち、亮と翔真は何となく事情が分かるだけに、少々居た堪れない。

「……俺、カズちゃんに何かしたかなぁ」

 和衣がいなくなった席で、睦月がポツリと漏らした。
 食器を片付けてくると言った和衣は、そのまま席には戻らず、カフェテリアを出ていってしまっていた。

「何か最近、カズちゃんに避けられてる気がする…。俺、何かした? それともゆっち、何かしたの?」
「何もしてねぇよ!」
「じゃあ何で? 俺、カズちゃんに嫌われちゃった?」

 むぅ…と唇を突き出して、けれど睦月の瞳は不安に揺れていて、今にも泣き出しそうな雰囲気に、亮も翔真も何も言えなかった。
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高遠さんのメモ帳 (昨日の続き)


(高遠 + 智紀)

智紀「高遠、てめぇ、慶太に余計なことすんじゃねぇ!」
高遠「何のこと?」
智紀「だから、余計なモン渡すんじゃねぇっつーの!」
高遠「……。…あぁ! 新しいラブローション?」
智紀「デケェ声で言うな!」
高遠「どうだった? よかったろ?」
智紀「うっせぇ!」
高遠「…よくなかったの?」
智紀「よかったけど! て、そうじゃなくて!」
高遠「そっか、あのローションはよかった、と…」←何か手帳に書き込み
智紀「(何のメモだ、それ…!!)」


高遠さんは、「ろくな愛をしらない」とか読めば、どんな人か分かると思う。でもそのころとは、もうキャラ違う…。


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