恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2015年04月

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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (13)


 んー…、もし、純子さんのご飯よりおいしいのがあって、俺がそれを1人で食べてるとして…………ジュル。

「直央くん、直央くん、想像だけでジュルってならないで」
「えへへ。そうだな、すっごいおいしいご飯があって、それ1人で食べてたらね、うん、徳永さんにも食べさせてあげたいなぁ、て思うよ」
「でしょ! 一緒に食べたいでしょ!」
「一緒に、ていうか、うーん…………うん」

 そっか、一緒にか。
 俺としては、徳永さんに食べさせてあげたい、ていう気持ちだったんだけど、そうだな、一緒に食べるほうがいっか。

「徳永さんが、何で打ち上げに乗り気じゃなかったか、これで分かったでしょ?」
「う~ん、まぁ…」
「何その返事! 俺がこんなに説明したのに」
「だってさぁ、俺だよ? そんなおいしいご飯があるのに、それよりも俺とご飯食べたいって思うかな?」

 だって、俺と食べるご飯は普通だよ? なのに、打ち上げでおいしいご飯食べるよりも、俺と一緒に普通のご飯食べるほうがいいとか、そんなのあるかな?
 あ、でも、普通て言っても、純子さんのすごいおいしいご飯だけど。

「分かった! 徳永さん、純子さんのご飯が食べたいんじゃない? だって、純子さんのご飯、すごいおいしいし。俺、徳永さんの行きたいのと違うお店になったから、て思ったけど、お店じゃなくて、純子さんのご飯…」
「直央くん、ストップ!」

 やっと分かったー! て思って、一生懸命蓮沼さんに説明してたのに、止められてしまった。
 なぜ?

「もぉ~、何でなの、直央くん!」
「何が?」
「徳永さんは、直央くんとご飯が食べたいの! そう言ってるでしょ! 純子さんのご飯も食べたいかもだけど、それを、直央くんと一緒に食べたいの! 分かった!?」
「は、はい…」

 『そう言ってるでしょ!』て、言ってるのは蓮沼さんであって、徳永さんではないんだけど、何か蓮沼さんが怖いから、素直に返事をしておく。
 蓮沼先生、スパルタだぁ。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (14)


「ねぇねぇ、それでメール! 何て返事したらいいかなぁ?」

 徳永さんが、あんまり打ち上げ乗り気じゃないのは、まぁよく分かんないけど、蓮沼さんから理由も聞いて、一応分かったってことになったから、ここからは本題。
 俺が聞きたかったのは、これなのだ。徳永さんから、朝も聞いたはずの、今日は打ち上げがある、て内容のメールに対して、どんな返事をしたらいいのか。

「………………直央くん、」
「何? 何?」

 俺、1回聞いたくらいで覚えられるかな? 蓮沼さんが話す速度でメール打つとか、そこまでの技術は持ち合わせてないから、一生懸命覚えないと…て思って、急いで携帯電話を取り出した。
 でも、蓮沼さんは俺を見て、はぁ~…て溜め息ついただけ。

「蓮沼さん?」
「今まで俺の話ちゃんと聞いて、しっかり理解してたら、直央くん、自分でメール出来るよね?」
「えー!」

 思いも寄らない蓮沼さんの言葉に、俺はすごくビックリした。
 俺、徳永さんからのこのメールに何て返事したらいいか、それを聞きたくて蓮沼さんに話したのに、何かいろいろダメ出しされただけで、結局、肝心なことが聞けてない!

「直央くん、メールマスターになりたいんでしょ?」
「う…うん」
「だったら自分で考えないと。直央くん、メールて、ただ、打ち間違いがないかとかだけ気を付けてれないいってもんじゃないんだよ?」
「ううぅ…」

 蓮沼さんからの、厳しいお言葉。でも、言われてみればそうだよね。俺が徳永さんにメールするのに、内容を蓮沼さんに考えてもらうなんて、おかしな話だ。
 でも、こんな全然分かってない俺が考えた内容なんて、絶対にまた何か間違っちゃってて、徳永さんの気を悪くさせちゃうかもしれない…て思うと、蓮沼さんに見てもらいたい気もするんだよね…。

「蓮沼さん…」
「ちょっ…そんなかわいい顔で見ないでよ!」
「かわいい? いや、普通だし」
「とにかく! 徳永さんは、打ち上げよりも、直央くんと一緒にご飯食べたいの。直央くんと一緒にいたいの。それを頭に入れて考えたら、何てメールすればいいか、分かるでしょ!」

 分かんないよぉ、どうしたらいいの? て蓮沼さんを見たら、何か『かわいい』とか言われて意味分かんないけど、でもちょこっとだけヒントを貰えて、よかった。
 徳永さんは、俺と一緒にご飯食べたいのかぁ。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (15)


「う~ん…、徳永さんはぁ…」
「ねぇ直央くん」
「うー…」
「ねぇねぇ、直央くんてば」
「…何?」
「考え込んでるところ悪いんだけどさ」

 蓮沼さんが自分で考えろ、て言うから、一生懸命考えてたのに、途中で話し掛けられて、分かんなくなっちゃった。
 もう。

「そういえば直央くんて、徳永さんのこと、下の名前で呼ぶんじゃなかったっけ?」
「……………………あ、」

 蓮沼さんに言われて、ハッとなった。そういえば徳永さんと、そういう約束してたんだった…。
 いきなりは無理だから、がんばって練習しなきゃて思ってて、でも最近徳永さん帰るの遅いし、何かいろいろあって、すっかり忘れてた…!

「……忘れてたんだね、直央くん…」
「わっ…忘れて…」

 忘れてたわけじゃ……いや、忘れてたけど…。
 あわわ、徳永さんの下の名前……………………はっ…!

「もしかして、徳永さんのこと下の名前で呼ぶことになってたのに、俺が『徳永さん』て呼んでたから、徳永さん、微妙な顔してたんじゃ…。でもそれだったら、余計に俺と一緒にご飯とか思わないよね…?」
「あー……直央くん、ゴメン。俺が余計なこと言った。とりあえず徳永さんの呼び方問題はいいから」
「よくない!」
「よくないかもだけど、でも徳永さんが微妙な顔してたのは、直央くんが下の名前で呼ばなかったからじゃなくて、直央くんと一緒にご飯食べられないからだから。そこは間違いないから。そのつもりで徳永さんにメールしてあげて? ね?」

 そんなの全然よくないのに、蓮沼さんは子どもに言い聞かせるみたいにそう言って来るから、ちょっと納得いかない。お仕事では蓮沼さんのほうが先輩だけど、年は俺のほうが上なんだぞ!

「いや直央くん、そこ気にするくらいだったら、気にしなきゃいけない言動は、もっといっぱいあったから…」
「ウッソ! 俺、そんなダメ発言してた!? ダメダメ!?」

 俺がプンプンしてたら、蓮沼さんが衝撃的なことを言うから、俺はますます驚いた。
 俺、そんなダメなこと言ってたの!?



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (16)


「うーん…、そういうこと言っちゃうのが直央くんのキャラで、徳永さんも直央くんのそういうところが好きなんだと思うから、別にダメダメてことはないと思うけど…………まぁ、どっちかって言うと、ダメかな」

 ガーン…。
 ダメならダメって言ってよ、蓮沼さん!
 蓮沼さんが俺のダメ発言に気付いているってことは、蓮沼さんの前でもそういうこと言っちゃってるわけなんだから、ダメだと思ったら、そのときに言ってくれないと!

「いや、でも、徳永さんは直央くんのそういうところが好きなんだろうから、別に気にしなくてもいいんじゃない?」
「気になるよっ。例えば何? どこ? 何発言? いつ言ったヤツ!?」

 自分でダメだって言っておきながら、気にしなくてもいい、なんて付け加えられても、全然説得力ない!
 俺は蓮沼さんに詰め寄った。

「えー? 例えば? そうねぇ……つか、徳永さんが打ち上げより自分と一緒にご飯食べたいと思うわけがない、てのも、相当だと思うけど」
「えっ………………そうなの?」

 俺は全然そんなつもりなかったけど、それもそんなにダメなことだったの?
 でもだって、そうじゃない? 打ち上げでおいしいご飯が食べられるのに、それを蹴ってまで、俺なんかとご飯食べたいとか思う?

「だって、それじゃ徳永さん、直央くんのこと好きじゃないみたいじゃん」
「…………」
「すごい好きなのに、その相手に、自分の気持ちは『そんなに好きじゃない』だと思われてたら、結構ショックじゃない? その程度にしか届いてないんだ、て思うじゃん。直央くん、そうじゃない?」

 俺…。
 俺は徳永さんのこと、すごい好きだけど、徳永さんに、『俺は徳永さんのこと、そんなに好きじゃない』て思ってる、て思われてたら…………確かにショック…。
 でも、徳永さんと俺じゃ、レベルが違うし…。徳永さんのことをそんなに好きじゃないて思う人はまずいないだろうけど、俺は所詮俺だし。

「直央くんはさぁ、そんなに卑屈にならなくてもいいと思うんだけどなぁ」

 ヒクツ?
 何か前にもそんなこと言われたような…………でも、意味聞きそびれちゃった気がするんだよな。
 こんなことなら、ちゃんと調べておけばよかった。俺、ただでさえ頭悪いんだから、そういうことはちゃんとしとかないとだよね。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (17)


「徳永さんは、直央くんが思ってるよりずっと、直央くんのこと好きだと思うよ?」
「何で蓮沼さんにそんなこと分かるの? 何で蓮沼さん、徳永さんのことが分かるの?」

 何か俺は全然分かってないみたいなのに、蓮沼さんはすごい分かってるみたい。
 俺よりも、蓮沼さんが徳永さんと付き合ったほうがいいんじゃない?

「別に俺は徳永さんのことなんてそんなに知らないけど……1回しか会ったことないし。でも、直央くんの話聞いてる限り、徳永さんて、直央くんのこと超好きだな、て分かるよ。そして俺が何で徳永さんと付き合わないといけないの。だったら直央くんと付き合う」

 蓮沼さんが、一遍にいろいろ答えて来る。
 いや、それこそ何で俺が蓮沼さんと付き合わないといけないの??

「徳永さんてさぁ、直央くんのこと好きだって言わないの?」
「言う」
「うわ、すごいナチュラルに惚気られた」
「蓮沼さんが聞いたんじゃん」
「まぁいいけど。言うんでしょ? 好き、て。直央くん、何でその言葉を信じないの? 徳永さんのこと、信じてないの?」
「…信じてなくない」

 徳永さんの言うことを信じてないわけじゃないけど、でも何かそんなのすごすぎて、信じられない感じなんだよね。
 でもそっかぁ、好きなのに、好きだって言ってるのに、俺がそれを信じてないんじゃ、徳永さんだって、いい気はしないよね。

「直央くんが、自分の言動とかが超気になるっていうなら、徳永さんの言うことをもうちょっと信じて、徳永さんの気持ちを考えて、それでメールすればいいんだよ。直央くんの言葉でね」
「…………」

 蓮沼さんの言うことは本当に尤もで、俺は真剣な気持ちでケータイに向き直った。
 ここまで蓮沼先生に教えてもらったんだから、ちゃんと自分で考えて、徳永さんにメール送るぞ。

「がんばってね、直央くん。まぁ、徳永さんのことを何て呼ぶかは知らないけど」
「…!」

 すごいいいことをいっぱい教えてくれたのに、最後の最後に、俺が忘れかけてた爆弾を落として、蓮沼さんはバイバイしていった。
 そういえば、徳永さんの呼び方問題は、まだ解決してなかった…。
 でも、朝も『徳永さん』て呼んでたのに、いきなりメールで下の名前にするのも、何か変というか……わざとらしい感じがするから、ひとまずは『徳永さん』で行こう。
 今は呼び方よりも、メールの内容だ。



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新しい言葉を生み出したい。愛を伝えるために。 (18)


 えーっと…。
 徳永さんは今まで毎日残業で、今日それが終わって、打ち上げで…、残業だったとき、殆ど一緒にご飯食べられなかったから、今日は打ち上げよりも、俺と一緒にご飯が食べたかった…………て、ホントに?
 いやいや、徳永さんのこと疑っちゃダメだけど、これ、俺自身が徳永さんの気持ちがこうなんだって思ってたら、何かそれって自信過剰? 自意識過剰? 恥ずかしい~!
 でも蓮沼さんはそうなんだから、そのつもりでメールしろって言ったし…。

 メールて言えば、前、蓮沼さんに言われて、1人ご飯は寂しい、てメールしたっけ。
 一緒にご飯を食べないてことは、俺はまぁ1人ご飯になるわけだけど、徳永さんは会社の人と一緒に食べてるだろうから、寂しくはないんだろうな。俺も本当のところは、別に1人ご飯は寂しくないけど。
 でもまぁ、1人で食べるよりは、徳永さんと食べるほうがいいけど。

 徳永さんは1人ご飯じゃないけど、打ち上げよりも俺とご飯食べたい、て思っててくれてるんだとすれば、…………まぁうん、そうだよね、俺が今朝徳永さんに言ってたことって、かなり的外れだよね。
 そりゃ徳永さんも蓮沼さんも、微妙な顔をするわけだし、徳永さんが朝も話したことをまたメールしてくるわけだ。

 俺は徳永さんと一緒にご飯したくない、て思われちゃったかな? そんなことないのに。
 もしかして、朝の徳永さんは、今の俺みたいな気持ちだったのかな。そうじゃないのに、気持ちを違うふうに汲み取られて。

 そのせいで、徳永さん、今日1日、もよっとした気分で過ごしてたら、どうしよう。せっかくの打ち上げ、楽しめなかったら困るよ。ただでさえ乗り気じゃないの、実際に参加して、なおも嫌な気分になるとか。
 それが俺のせいなんじゃ、それこそ、一緒にご飯食べる資格ないよ。

「んん…」

 俺は一生懸命言葉を考えて、文章を打ち込む。
 打ち間違いとか、変換ミスとかしなければいいってもんじゃないの。ちゃんと内容を考えて打たないと。いや、もちろん今までだって、ちゃんと考えてたけど。

「よし!」

 考えて、考えて、考えて、ようやく文章が完成する。
 あんまりにも時間掛け過ぎて、徳永さん、もう打ち上げ始まっちゃってたらどうしよう、そしたらメール見てる暇なんてないのに、て思ったけど、まだ大丈夫そうだった。
 きっとお仕事終わった後、打ち上げが始まる前にはメールを見てくれるはずだから、何とかそれには間に合った。

「えいっ!」

 俺は、ありったけの気持ちを込めて、送信ボタンを押した。
 朝、徳永さんの気持ちを分かってあげられなくて、うまく答えられなかったこと、これで伝われ!



『打ち上げ楽しんでください。俺はひとりご飯さみしくないけど、でも一人でおいしいご飯を食べるより、徳永さんと一緒のほうがいいです』



*END*



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それが恋の歌


 2人して出掛けた帰りの電車。
 それほど混雑していない車内で並んで座って、最初のうちはいろいろと喋っていたのだけれど、1日の疲れと電車の揺れが相俟って、すぐに睦月はうとうとし始めた。
 フラフラと舟を漕いでいる頭が、どうかそのまま窓にぶつかってくれるな、と亮が過保護にも思っているうちに、睦月は亮に凭れて眠ってしまった。
 殊に睡眠に関して我慢というものを知らない睦月は、亮に構わず、眠くなったら寝るのだ。

 下車する駅はまだ先なので、亮は睦月を起こさないように気を付けながら(まぁ基本的に起きることはないけれど。むしろ起こすのが大変。)スマホを取り出して、何となく操作する。
 暇つぶしに適当なアプリをいじったり、和衣からの妙なテンションのメールを無視したりしてから、イヤホンを接続して音楽を流した。
 2人でいるのにイヤホンで音楽を聴くのもどうかと思ったが、睦月は寝てしまったし、構わないだろう。

 何曲か流れるうち、亮もうとうとして来て目を閉じていたが、急に片方のイヤホンが耳から抜けたので、その感触に目を開けた。
 どこかに引っ掛かって抜けたか、それともまさか、イヤホンから音漏れしていたことに対して、隣に座っていた人がキレて、イヤホンを引っこ抜いたとか?
 それはかなりの暴挙だけれど、そもそもは亮が悪いので、謝っておかないと…と思ったのだが、隣に座っていたのは睦月だったし、イヤホンを抜いた張本人も睦月だった。
 あぁ…、音漏れがうるさくて、目が覚めたのね。うん、睦月だったら、このくらいのことはやりかねない。

「ゴメンね、むっちゃん、うるさかった?」

 反対側の隣は誰も座っていないから、迷惑を掛けたのは、ひとまず睦月だけだろう。
 それだけで済んでよかったと言えばよかったが、睦月の眠りを妨げるという行為が、本当にそれだけでよかったと言えるレベルかと言われれば、即答は出来ない。
 むしろ、とんでもないことを仕出かしたかも…。

「むっちゃ…………ん?」

 とりあえずもう1度謝っておこう…と思っていたら、亮をジッと見ていた睦月が、徐にイヤホンを自分の耳へと持って行った。それも真顔で。亮を見たまま。
 えー……っと。
 これはツッコんだほうがいいタイプのボケ? それとも天然? いや、むしろ嫌がらせ?
 正解の反応が分からなくて、亮が黙ったまま固まっていたら、睦月は何も言わず(表情も変えず)、前を向き直ってしまった。

 これでもう、正解は聞けない。今さら。
 しかし睦月は、突っ込めとも言わないし、もう片方のイヤホンも貸せとは言わないし、かといってイヤホンを返す気もなさそうなので、これでいいのだろう。
 よく分からないが、これでいいのだ。

 亮が心の中で首を傾げていたら、電車がトンネルに入って、窓の向こうが暗くなった。
 ちょうど向かい側になる窓に、亮と睦月の姿が映る。亮のイヤホンを片方だけ奪い取った睦月は、何事もなかったかのように、再び目を閉じて、亮に凭れていた。
 何となくそれを眺めていた亮は、ハッとあることに気が付いた――――睦月とイヤホンを分け合っている…!

 …いや、別にこんなこと、大したことではないんだけれど。
 それは分かっているが、まさか睦月とこんなカップルぽいことをするときが来るとは思ってもみなかったので、ちょっと感動。
 まさか睦月は、そのつもりで亮からイヤホンを奪い取ったのだろうか。睦月に限ってそれはないと思うが、この際、どっちでもいい。理由はどうあれ、この事実が嬉しい。

(いかん、顔がにやける…)

 イヤホンで何か聞きながらにやけていたら、絶対に変な人にしか見えない。何か変なものを、もしくはいかがわしい何かを聞いている人だとしか思われない。
 しかも、2人でイヤホンを分け合っているから、睦月まで変なのを聞いている人みたいになってしまう。
 それはまずいと、亮は咳払いを1つして、口元を引き締めた。

 亮は幸せを噛み締めながら、下車駅が来ても降りずにこのままどこまでも行ってしまいたい衝動を、必死に堪えるのだった。



*END*




タイトルは「明日」から!
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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (1)


ryu & yamato & nanjo

 この界隈は若者の街であり、FATEが所属する事務所の公式ショップもある。
 だから、真っ昼間で人通りも多いそんな場所を、琉や大和が堂々と歩けるわけはなかったが、スモークフィルムの貼られた車の窓ガラス越しに眺めるくらいは可能だった。
 だから大和は、何となく、窓の外の景色を眺めていた。ただそれだけだったのだ。

「うぇっ!?」
「…ん?」

 マネージャーである南條の運転する車で次の現場に向かう途中、リアシートで琉はウトウトしていたが、隣に座っていた大和が変な声を上げたので、目を開けた。
 ちょうど赤信号で車を停めた運転席の南條も、ルームミラー越しに大和の様子をチラッと見る。

「何? 何かあんの?」
「えーっ? 何もない何もない。つか南條、何停まってんの? ちゃんと運転してよ」
「信号赤だし」

 大和のほうが歩道側の席にいたから、窓の外、歩道か通りのショップに何かあったのかと、琉も窓の外を覗こうとしたら、大和があまりにも出来の悪い芝居でごまかそうとしたので、琉だけでなく南條も眉を寄せた。

「何だよ、何があんだよ」
「何もねぇし! ちゃんと座ってろよ、バカ琉」
「おい、大人しくしてろって――――うえぇっ!?」

 リアシートで騒ぎ出した2人を注意した南條は、視界の隅に入った窓越しの光景に、大和と同じように変な声を上げ、おまけにポカンと口を開けた。
 わけが分からないのは、琉だ。
 一体何なんだと、大和と南條が止めるのも聞かず、窓の外を覗き込んだ―――――そして、固まった。

「えっ………………ハルちゃん…?」

 窓の外、歩道を歩いていたのは、琉の愛しい愛しい恋人の、遥希だった。
 大和と南條はそれを見て変な声を上げ、琉は固まったのである。

 遥希だって大学生だし、遊びに出掛けることくらいあるだろう。今日は土曜日で、大学だって休みだから、昼間からこんなところにいたって、何も問題ない。
 問題なのは、遥希の隣にきれいな女性がいて、2人で楽しそうに、幸せそうに笑い合って歩いていることだ。

「ちょっ南條、何発車してんだ、車停めろ~~~っ!」
「信号青ー!」

 琉の悲痛な叫び声を無視して、無情にも車は動き出した。
 南條だって、あれが本当に遥希なのか、隣の女性は誰なのか、事の真相を追及したいが、信号が青に変わったのだ。後続車にクラクションを鳴らされてしまったら、発車しないわけにはいかない。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (2)


「あ…あ…あ…ハルちゃ…ん…」

 運転中だというのに、琉はシートベルトを外すと、ちょうど子どもが電車で外の景色を見るときのように、座席に反対向きになって、後ろの景色を見ている。
 あれが本当に遥希だったのだとしても、その姿はもううんと小さくなっていて、いや車はカーブを曲がってしまったから、とっくに見えなくなっているというのに。

「水落、危ないからちゃんと座れ!」

 大の大人に言うセリフではないが、危ないものは危ないので、南條は声を大きくして注意する。
 というか、南條だって、先ほど見た光景ですっかり動揺していて、とにかく事故らないよう、ハンドルを握ることに集中したいのに。

「だって、だって、ハルちゃんが…!」
「いや、見間違いだろ。だって、ハルちゃんが女の子と歩いてるわけ…」
「わーわーわーっ!」

 遥希が女性と並んで歩く、という言葉を聞くだけでも嫌なのか、琉は、大和の言葉を騒いで掻き消した。
 そんな琉に対して、今度こそ南條は、「うるさい」とは言えなかった。いや、注意したい気持ちは山々だったが、いろいろなことが頭の中をよぎって、出来なかったのだ。

 今、こうして騒いでいる琉は、まもなく地の底まで凹むことになるだろう。そうなったときが一番厄介なのだ。
 遥希のことに関して、琉は、自分で浮上してくる術を持たないヘタレだ。そうなると、そのとばっちりは、マネージャーである自分に回ってくる羽目になる。
 いくら担当アイドルの管理が仕事とはいえ、この難題を解決するのは、かなりの労力を要することになるし、場合によっては、千尋にまた頼まなければならなくなるかもしれない。
 千尋には以前、遥希の風邪騒動のときにもお世話になり、その後、散々お世話してやったのだ。その二の舞はゴメンだ。

「見間違いだ、つってんだろ」
「大和…」

 甘い顔立ちとは裏腹に、鍛え上げた体、その腕力を以って、大和が無理やり琉の体を前に向かせ、シートベルトを装着させた。
 琉は、縋るような目で大和を見る。
 琉はもう、遥希のことが好き過ぎて、何でも遥希に見えちゃうんじゃないか、ていうところがあるけれど、大和が見間違いだと断言してくれるなら、それを信じたいと思う。
 なのに。

「見間違い? 見間違いだった? あれ、ハルちゃんじゃない!?」
「多分」
「多分~~~!!??」

 …琉を慰めるつもりでついた嘘なら、最後までつき通してくれ。
 南條はそう思うが、しっかり者ながら意外と天然の大和は、これで十分自分の役目を果たしたと思っているのか、「琉、うるさい」なんて突き放している。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (3)


「多分て何だよ、大和~~~!!!」
「うっせぇなぁ…」
「お前、さっきのあれがハルちゃんじゃなくて、千尋だとしても同じこと言えるか!? このヤロウ~~~!!!」

 テンパりすぎて、テンションもキャラも壊れてしまった琉が、しつこく大和に絡む。
 大和はそんな琉を邪魔そうに押し退けながら、それでも素直に琉の言葉を受け止め、脳内で先ほどの遥希を、最近ようやく本当の恋人になれた千尋に置き換えてみる。

「………………、いや、見つけた俺が言うのも何だけど、一緒にいたの、女の子だったじゃん? ハルちゃんの場合、それって、そういうことになるのかね」
「え…」
「かといって、男2人でいるのを疑うのもだし…………そうなるとハルちゃんもちーちゃんも、誰とも一緒にいられなくなるよな?」
「た…確かに…」

 ゲイである2人は、女性に対して恋愛感情はないから、ノン気の男と違って、先ほどの光景が疑わしいものだとは言い切れないけれど、でも相手の女性もそうだとは限らない。
 遥希がゲイだということを知らなくて、遥希のことを好きになっちゃって、ぐいぐい攻めて来て、遥希もそれに押されて、その子のことを好きになっちゃうかもしれない。
 今まで知らなかった女性の魅力に気が付いて、そのままどんどん気持ちが傾いて行って……

「…………想像だけで、よくそこまで落ち込めるよな、お前」

 最初に言い出したのは自分だけれど、琉がどんどんと落ち込んで、絶望の淵に立たされる様を見ていると、琉の遥希への想いの強さに、ちょっと引く。
 もしこれが千尋だったら…………うーん…、千尋が今さら女性に傾くとか、あるかなぁ…?

「つかさぁ、だったら今メールしてみればいいじゃん。もしくは電話。今どこいんの? て。そうすりゃハッキリすんだろ」
「でっ…でもっ…」

 大和はとても面倒くさそうに、しかしとっても尤もなことを、冷静に伝えた。事情がハッキリすれば、何もかも解決するのだ。
 しかし、その会話を聞きながら、琉にそれが出来れば苦労はいらない、と南條は運転しながら思う。琉に対して気を遣いすぎる遥希と、遥希のことに関してヘタレすぎる琉に、振り回されるのは結局南條なのだ。

「なら俺が聞いてやろっか?」
「………………へ……?」
「俺がハルちゃんに聞いてやろっか?」

 思い掛けない大和の言葉に、本気で琉の目が点になっている。
 大和だって遥希とは友人だし、琉が聞けないと言うなら、代わりに聞いてやってもいいと思っただけのことなのだが。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (4)


「ど…どーやって…?」
「どう、て……普通に電話して」

 他にどんな方法があるんだと言わんばかりの表情で、大和はカバンの中からスマホを取り出した。
 その様子を見て、琉の顔色が変わった。

「ちょっ待て大和、お前、ハルちゃんの番号知ってんの!? ケータイの!」
「…知ってるけど?」
「何でっ!」
「何で、て………………お前、面倒くせぇなぁ」

 うん、確かに面倒くさい。
 長い付き合いの大和が言うまでもなく、琉はひどく面倒くさい男だ。
 琉と一緒になら、大和だって遥希とは何度も会っているから、連絡先くらい交換している。まさか、自分以外の人間は、遥希の連絡先を知らないとでも思っていたのか。

「じゃあ、どうしたいか、お前が選べよ」
「ぅん?」

 それでも、親友であり、仕事の相方である琉を放ってはおけない大和は、溜め息をついて、琉に向き合った。

「あれは見間違いってことで、ハルちゃんに何にも聞かないか」
「うん」
「お前が自分でハルちゃんに聞くか」
「うん」
「俺が代わりに聞くか」
「うん」
「南條に頼むか」
「俺に振るなっ!」

 最後の選択肢に素早く反応したのは南條で、琉の返事よりも早く突っ込みを入れたが、途端に大和から、「えー」と非難の声が上がった。

「南條ひどーい。琉が落ち込んでんのに、協力しないつもり~?」
「俺は前、散々協力させられたうえに、嫌というほど迷惑も掛けられたんだ。今回は免れて然るべきだと思います」
「あぁ、ハルちゃんが全然会ってくれない、て言ってたヤツ? 結局風邪引いてたんだっけ?」

 南條の言い草は結構ひどいものだし、ニヤニヤしながら頷く大和にもムカつくけれど、それでも言い返せないのは、それがかなり的を射ているからで。
 その話を出されると、琉は肩身が狭いのだ。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (5)


「俺がハルちゃんの番号知ってんのが嫌だっつーなら、お前、自分でハルちゃんに聞けよ。それか、見なかったことにして……じゃなくて、見間違いってことで、何も聞かないことにするか」
「いや、ちゃんと小野田くんに話を聞け。何も聞かないと、前みたいに1人で凹んで、周りに迷惑が掛かる」

 大和と南條から、とても慰めているとは思えないような口振りのセリフが掛けられて、しかしこれも今までの琉の行い故のことだから、何も言い返すことが出来ない。

「でもさぁ、南條。そうは言っても、聞いたら聞いたで、結果次第じゃ…」
「大和ッ!」

 縁起でもないことを口走ろうとする大和を、琉はキッと睨む。
 琉がヘタレなばかりに、こんなふうに言われるのは分かっているが、その最悪の想像だけは、いくら冗談でもしていただきたくはない。

「水落、お前が自分で小野田くんに確認しろ。確認しないまま勝手に凹んでたら、絶対に許さん」
「南條さん、何か怖いっす…」

 大和にそんなことを言われて、やっぱりハルちゃんに聞けない…と琉が密かに思った矢先、南條がビシッとそう言った。
 南條だって十分にヘタレのくせに、こんなときだけ、そんなに強気にならなくても…。

「分かったって! 聞くよ、聞く! 今日ハルちゃん、家に来るしね。そのとき、ちゃんと聞きます!」
「何つって」
「え?」
「何つって聞くわけ? ハルちゃんに。今日、どこの女と歩いてたの、て? ベタなドラマだなぁー」
「るせっ」

 ヘタレだと思われっ放しなのは嫌だから、遥希にちゃんと確認すると言っているのに、大和がいちいち余計なことを言ってくるから、本当に腹が立つ。
 そんな三文芝居みたいな真似、大和に言われるまでもなく、やりはしない。

 とはいえ、果たして遥希に何と言って尋ねるべきか、琉はすぐには思い浮かばなかった。
 今までに付き合ってきた彼女たちだったら…………何か尋ねるでもなく、見て見ぬふりをしていた気がする。彼女が他の男と一緒にいて、いい気はしないけれど、それ以上でもなかったから。
 けれど、遥希に対しては。
 真実を聞くのも怖いし、聞き方によって、遥希を傷付けるようなことになってしまうのも嫌だ。

 …こんなだから、みんなからヘタレと言われてしまうことは、琉自身が一番よく分かっているのだけれど。
 しかし、遥希のことに関しては、琉はどうしても強くはなれないのだ。

(ハルちゃん…)

 琉はキュッとこぶしを握り締め、唇を噛んだ。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (6)


*****

「ねぇハルちゃん」
「なぁに~?」

 遥希が、琉のためにご飯を作ってくれたから、後片付けくらいはやろうと思ったのに、『琉、疲れてるでしょ? 俺がやるよ』と遥希がさっさとキッチンに立ってしまって。
 でも、そんなにお任せじゃ悪いし、琉も遥希ともっと一緒にいたいから、邪魔にならない程度にお手伝いをする。
 そして琉は、遥希の洗った皿を拭きながら、思い切って遥希に声を掛けた。

 琉の家に来てからずっと、今声を掛けられてもまだなお、遥希に何か疾しいことがあるようには見えなくて、やっぱり今日見掛けたのは遥希ではなかったか、もしくは本当に遥希だったとしても、一緒にいたのは別に何でもない相手だったのかと、思えてくるんだけれど。
 けれど、南條には念を押されているし、そうは言っても、やっぱり琉も気になるから、ちゃんと聞いておこうと思う。

「あのさ、…………、あの、」
「何?」
「えと、いや、今日移動中さ、ハルちゃん見掛けたんだよ」
「、――――え、俺?」

 遥希が、琉のほうを向く。
 その一瞬前、グラスに付いた洗剤の泡を流す遥希の手が、少しだけビクリと震えたように見えたのは、それこそ、琉の見間違いなんかじゃないはずだ。

「うん、最初大和が見つけたんだけど、ハルちゃん、」

 女の人と一緒に歩いてたよね?

 …と続けようとして、さすがにこの聞き方はないな、と琉は口籠った。
 男友だちとのことをいちいち詮索する彼氏を、女の子は面倒くさいと思うものだ。
 今日、遥希と一緒にいた女性が、琉が心配しているような関係の人でなかったとしたら、遥希だって琉のこと、面倒くさいと思うかもしれない。そういう男には、なりたくない。

「えっと…………ハルちゃん、今日、何してたの?」

 何気ない会話を装って、でも何だか探りを入れているような質問になってしまった。
 すごく微妙。

「えと、今日はバイトとか…」

 しかし、そんな琉の質問に突っ込むことなく、遥希は素直に答えてくれる。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (7)


「バイト…。そっか、土曜日で大学お休みなのに、仕事とか大変なんだね」
「ふふ、琉に大変て言われるなんて。琉のほうが、絶対お仕事大変なのに」
「ハルちゃんのほうが大変だって。俺なんて、まず、勉強が無理だし」

 かわいらしく笑う遥希につられて、琉も頬が緩む。
 つい、先ほどの微妙な空気を忘れてしまいそうになるけれど、今はそれで話を終わらせてはいけないのだ。

「じゃあ、俺の見間違いだったのかな。ハルちゃんのバイトしてるトコと全然違う場所だったし」
「う、うん。そう思う」
「そっか…、そうだよね」
「うん、そうだと思う」

 バイトだったと言う遥希の言葉に、琉がホッとしたのも束の間、遥希の態度に琉はやはり少し引っ掛かった。
 遥希は恐ろしく嘘が下手くそだから、バイトだったというのが嘘なら、態度はもっとバレバレのはずで、そういう意味では、それは嘘ではないはずだ。
 しかし、琉に言えない何かを隠しているのは、まず間違いない。

 最初に遥希がハッとしたのは、琉が遥希を見掛けたと言ったときで、しかし、バイトをしているところや、その行き帰りなどで街中を歩いている姿を見られただけなら、そんなに動揺することはないだろう。
 むしろ、いつ? とか、どこで? とか、話を続けて来ていいはずなのに。
 どこで見掛けたのかも聞かないまま、遥希は、琉の見間違いだということで、話を決着させたがっているようにしか思えないのだ。

(それって、やっぱ俺には隠しておきたいことがあるから…?)

 そして、その隠しておきたいことというのは、あのとき遥希の隣を歩いていた女性のことなのだろう。
 そもそも遥希はゲイなんだし、本当に女性と一緒に歩いていたとしても、何の疾しいこともなければ、琉に隠す必要はないのだ。それなのに、この態度…。

「――――ハルちゃん、」
「え、何?」
「…何でもない。好きだよ」
「なっ…何急にっ…」
「だって好きだから」

 本当は俺に何か隠してるんじゃない?
 あの女の人は誰?

 聞きたい言葉を飲み込んで、代わりに琉の口から出たのは、そんな愛の言葉で。
 遥希は頬を染め、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 ねぇ、その態度は、嘘なんかじゃないよね?



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (8)


*****

「ヘタレー」
「…」
「琉のヘタレー」
「……」
「琉くん、超ヘタレー」
「うっせぇよっ!」

 レギュラー番組の収録前、宛がわれた楽屋で、ここぞとばかりに琉を弄る大和に、とうとう琉が大きな声を上げた。
 夕べの、遥希が琉の家に来てからのことを洗いざらい白状させられて、話終わった途端に、この始末である。まぁ、昨日の話を聞けば、大和がそう言うのも無理はないが。

「一ノ瀬。これから収録なんだから、水落をこれ以上凹ますな。面倒くさくなる」

 大和に怒鳴った後、テーブルに突っ伏して動かなくなった琉を見て、南條が大和を窘めた。
 琉の話を聞くつもりはなかったが、南條がいる前で、聞こえるくらいの声の大きさで喋っていれば、嫌でも耳に入ってくる。ただでさえ凹んでいる琉をこれ以上落ち込ませては、非情に面倒くさいことになる。

「でもさぁ、ハルちゃんに話聞いたはいいけど、肝心のことを聞けなかったうえに、ハルちゃんが何か隠してるかもしれない、て余計な事実に気付いちゃうとか、なくね?」
「一ノ瀬!」

 これ以上凹ますな、と言っているのに、追い打ちを掛けるようなことを言うんじゃない!

「だって、琉がヘタレなのが悪いんじゃん。つか、どうすんの? ハルちゃんと一緒にいた人、誰なのか、今さら聞けなくね? 完全にタイミングを失ったというか」
「ぐぅ…」

 微妙な雰囲気とはいえ、昨日のことは話を終わらせてしまったから、大和の言うとおり、もう1度聞くには、タイミングを逸している。
 この件について、遥希を追及するというならまだしも、さりげなく様子を窺うなんて、絶対に無理。

「やっぱ見間違いなんだって。ハルちゃんも、見間違いだって言われて、うん、て言ったんだろ?」
「でもハルちゃん、俺がどこでハルちゃんのこと見掛けたのか知らないのに、うん、て言ったんだよ。バイトしてるトコとは違う場所だとは言ったけど、俺、それ以上は言ってねぇの! なのにハルちゃん、俺の見間違いかな、て言ったのに、うん、て…」

 昨日の遥希とのやり取りを思い出し、琉は再び地の底まで凹んだ。
 遥希が何かを隠しているかもしれないという事実も悲しいが、自分が遥希を疑う日が来るなんて、そのほうがショックだ。

「ハルちゃんのこと信じろよ」
「信じるよ! でも、何か俺に隠し事してる感じなんだよ、どうする!?」
「いや、どうするったって…。そもそも、ハルちゃんが何か隠してるかもしれない、てのも、お前の想像だろ? 昨日は動揺しすぎてたせいで、そんなふうに見えただけかもしんねぇじゃん」

 遥希がもし琉に何か隠し事をするとしたら、琉に風邪をうつさないようにとか、琉に迷惑を掛けないようにとか、そんな理由以外に考えられない。
 もちろん遥希だって人の子だから、琉のためを思う理由ばかりではないかもしれないけれど、今ここで想像しているような疾しいことがあるとは、とても思えないのだ。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (9)


「でも、疾しいことがないなら、俺がハルちゃんのこと見掛けた、て話になったら、どこで? とか、いつ? とか聞いて来ねぇ?」
「聞く」
「だよな!?」

 絶対に聞くとは限らないが、そう会話を続けるのが自然な流れではあると思う。
 しかし、遥希の気持ちや性格を、大和はそこまで熟知しているわけではないから、何とも言えない。千尋だったら、『へぇ』で終わらせそうだし…。

「もうこうなったら、あれじゃね?」
「…何?」
「南條に頼んで、ちーちゃんに聞いてもらう」
「おいっ」

 大和の提案に突っ込みを入れたのは、当然、いきなり話を振られた南條だったが、琉も『何でだよ!?』という顔で、大和を見た。
 確かに南條は、高校来の千尋の友人だが、大和だって千尋の恋人だ。千尋に事情を聞いてみるというのであれば、南條に頼まずとも、大和が聞いたらいい。

「だって、ちーちゃん、そういうの、すごい面倒くさがりそうだし…」
「それは俺が聞いたって同じだろ」
「それに…」
「それに?」
「せっかくちーちゃんと一緒なのに、琉の話題で過ごすとか、嫌だし」
「………………」

 冗談だとは信じたいが、シレッとした顔でそう言われると…。
 琉は再び、テーブルに突っ伏した。

「一ノ瀬!」
「えー何で? 俺が悪いの? 琉がヘタレなだけなのに? 南條だって放棄したくせに、俺だけの責任なの?」

 大和も、自分自身のことで琉や南條にはいろいろと助けられているから、琉に協力する気がまったくないわけではないが、自分だけがこんなに責められるのは納得がいかない。
 そもそも、何度も言うが、琉がヘタレで気にし過ぎなのが悪いのに。

「と…とにかく! 千尋に会うんだったら、ついでに聞いてみてくれよ、一ノ瀬」

 これまでに、千尋に嫌というほど迷惑を掛けられ、琉のおかげでとばっちりを受けて来た南條は、今回こそ千尋を巻き込んでは係わりたくないらしく、絶対に引き受けようとはしない。
 大和の態度もなかなかだったかもしれないが、何気に南條もひどい。

「…………貸し1だかんな、2人とも」

 これで琉が期待するような、納得するような答えを得られなかったときは、一体どうしたらいいものかと、大和は密かに溜め息を零した。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (10)


yamato & chihiro

 仕事の後、大和は、取り付けていた約束どおり千尋と会って食事をして、そのまま千尋の家にやって来たのだが。

「言っとくけど俺、ハルちゃんのお守係じゃないからね? ましてや水落のことなんか知らねぇよ」
「ですよねー」

 遥希絡みで琉が凹んでいる、と大和が話を切り出した途端、千尋はすごく嫌そうに顔を顰めて、そう言い放った。
 取り付く島もないとはこのことか。大和はごまかすように笑った。

「…で、水落が何だって?」

 千尋はテーブルの上に散らばっていた紙を纏めながら、面倒くさそうに、しかしそれでも聞き返してくれた。
 琉のことはどうでもいいけれど、やはり遥希のことは気になるのだろう。それか、今大和に執った態度が素っ気なかったから、それを気にしてくれたんだとしたら、ちょっと嬉しい。

「昨日さ、移動中にハルちゃん見掛けたんだよね」
「へぇ」
「いや、実際ハルちゃんだったかどうかは分かんないんだけど。車の中からちょっと見ただけだから。ハルちゃんに似てる人がいたんだけど、その人、女の人と歩いてて」

 千尋が手を止めて、大和を振り返った。
 ここまでの話で何かピンと来るものがあったのかどうか、その表情からは読み取れない。

「…それで水落が凹んでんの? ハルちゃんが女と歩いてたから。でも見間違いかもなんでしょ?」
「俺もそう言ったんだけどさ、琉、超気にしちゃって。でも、『ハルちゃんに確認もしないで、1人で勝手に悩んで凹むな』て南條に言われて、昨日の夜、ハルちゃんに聞いたらしいんだよね」
「『ハルちゃん、女と浮気してる?』て?」
「いや、そんな聞き方はしてないと思うけど…」

 昼間の琉の話を聞く限りでは、女性と一緒に歩いていたこと自体にも触れられていないようだったし。
 琉もそこまで下手くそな男ではないだろう。

「『ハルちゃんのこと見たよ』て言ったら、何かハルちゃんの様子が変だったみたいでさぁ。ハルちゃん、昨日はバイトだったらしいんだけど、バイトだったら、見られても別に動揺しないじゃん?」
「まぁね」
「何か…、『どこで見たの?』とか聞かれることもなく、『バイトしてるトコとは違う場所だったし、見間違いだったかな』て言ったら、それで片付けられたらしい。どこで見たのかも言ってないのに」

 どこで見掛けたのかを聞いてこそ、自分がそこにいたかいないかが分かるのであって、たとえバイトの場所とは違っていても、もしかしたらどこかで見られたかもしれないという可能性はあるのに。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (12)


 そんなかわいい仕草とは裏腹に、千尋は真顔で、真っ直ぐに、大和にそう言って来た。
 意味深なセリフに、大和は言葉を詰まらせる。

「えと…、ちーちゃん、それどういう…」
「とりあえず水落には、『お前が心配してるようなことはないから凹むな』つっといて。あと、『ハルちゃんを信用しろ、バカ野郎』て」
「あ? え? え??」

 先ほどの言葉の意味も分からないうちに、琉への伝言を頼まれて、大和は混乱する。
 しかし、千尋のこの物言いからして、千尋が遥希の事情を知っていることは間違いないだろう。そして、やはり遥希は何かを隠しているのだ、残念ながら。
 とはいえ、事情を知ったうえで千尋がそう断言するからには、遥希の隠し事は、琉が一瞬でも想像したような疾しいことではないのだろう。

「ハルちゃんは俺が何とかするから、大和くん…………」
「…ん?」

 千尋は、大和の背中に回していた腕を解くと、そのシャツの胸倉をクイと掴んだ。

「もう、ハルちゃんと水落の話は終わりにしてよ」
「、」

 そのまま引き寄せられて、唇を重ねられた。





chihiro & haruki

「なぜか俺が心配するはめになったから心配してやるけど、」

 と、恩着せがましい前置きをして千尋が口火を切ると、久しぶりに千尋からご飯のお誘いを受けて、のん気にやって来た遥希は、思わず身構えた。
 最近何かを仕出かした覚えはないのだが、どこか店で食べるのではなく、すぐに千尋の家に直行したあたり、何か言いたいことがあったからなのだろう。

「ハルちゃんこないだ、水落たちに見られたんだって? あのショップの近くで」
「えっ………………え、何でちーちゃんが知って…」

 ズイと詰め寄って来た千尋に、遥希は一瞬言葉をなくしたが、それだけのセリフながら、千尋が何を言わんとしているのかすぐに気が付いて、ハッとした。
 琉が遥希のことを見掛けたという話なら、この間、琉本人としたばかりだ。あのときは確か、琉の見間違いだということで、話は落ち着いたはずだけれど…。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (11)


「実際、どこで見たわけ?」
「えっと…」

 テーブルの片付けを再開した千尋にその場所を伝えると、再び千尋の手が止まった、しかしそれはほんの一瞬のことで、千尋は今度は散らばったペンを集めている。
 もちろん大和はそれを見逃さなかったけれど、ひとまずは口を出すのをやめた。これで拗れれば、千尋からはもう2度と、何も聞き出せなくなってしまう。

「…大和くんたち、そんなトコ行くんだ?」
「移動でたまたま通り掛かっただけ。あの辺、ウチの事務所のショップもあるし、さすがに車からは降りらんないよね」
「まぁそうだろうね」

 千尋は纏めた紙とペンをテーブルの端に置いた。…本格的に片付けるつもりはないらしい。
 大和が何となく視線を向けると、それは服のデザイン画で、そういえば千尋は自分でデザインした服を店に置いているのだということを思い出した。

「で、そこでハルちゃん見たんだ?」
「んー…、ハルちゃんに見えたんだけど…」
「水落のヤツ、ハルちゃんのことが好きすぎて、幻覚でも見たんじゃね?」
「いや、俺も見てるから。それに南條も」

 琉だけだったら幻覚説もあり得るけれど、何しろ最初に遥希を見つけたのは、他ならぬ大和なのだ。少なくとも、幻覚ではない。
 しかも、もし琉が遥希の幻を見るなら、女の子と歩いているような幻覚は見ないだろう。幻覚でそんなのを見て、1人であそこまで凹んでいたら、重症すぎる。

「ホントに見間違いだったかもしんないけど、ハルちゃん、何か隠してるみたいな感じだ…て、それで琉が凹んでんの」
「隠してる、ね」
「………………ちーちゃん、何か知ってる?」

 大和はとうとう切り出した。
 琉が昨日遥希に聞こうとして聞けなかったことを、千尋に尋ねるというのが大和の使命なのだ。
 本当にまったく何も千尋が知らないのなら、それはそれでいいけれど、もし少しでも何か知っているのなら、教えてもらいたい。

「……大和くん、」

 千尋は大和の隣に座って、もぞもぞと抱き付いて来た。
 あぁかわいい…とか思っている場合ではないけれど、やっぱりかわいい。

「世の中には知らなくていいこともあるし、人にはみんな、知られたくないことがあるんだよ」
「え…」



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (13)


「大和くんから聞いたんだよ。つか、聞きたくもなかったけど、水落のヤツ、めっちゃ凹んでるらしいよ」
「えっ琉が!? 何でっ?」
「ハルちゃんが、何か隠し事してるみたいー、て」
「………………」

 唖然とする遥希に、千尋は先日大和から聞いた話をそのまましてやった。
 琉が遥希を見掛けたという話に、遥希が動揺していたこと(その日はバイトだったと言うけれど、バイトしているところを見られても、動揺することもないだろうに)。
 どこで見掛けたのか尋ねることもなく、見間違いだということで片付けられたこと。
 遥希が何かしらを琉に隠しているのではないかということ。

「まぁ、ハルちゃんが水落に隠してることならあるけどねー」
「…………ぅ……、…ちーちゃん、言っちゃった? あのこと」
「言ってない。ハルちゃんが直接水落に言ってないこと、俺が言うわけないじゃん、しかも大和くんに」

 千尋は冷めた目でそう言って、缶チューハイをグビッと煽った。
 千尋はどちらかというと破天荒というか、突拍子もない思考を持っている人だけれど、こういうところは意外と律儀だ。

「言ってないけど、『ハルちゃんは俺が何とかする』とは言ったから、ハルちゃん、何とかして」
「何とかって!」
「だって、何とかしないと、水落凹みっぱなしだよ?」
「ぅ…」
「俺は別に水落が一生凹んだままでも構わないけど、ハルちゃんはそれじゃ困るでしょ? 一応、『水落が心配してるようなことはないから、ハルちゃんのことを信用しろ』て伝えるように大和くんには言ったけど」

 千尋は、琉の精神状態に関心はなくとも、自分の親友たる遥希が、琉を愛してやまない遥希が、琉を傷付け、それを気付かないままでいる、という状況は、さすがに放っておけないようだ。

「大体さぁ、ハルちゃん嘘つくのへったくそなんだから、水落に言われたとき、ごまかさなきゃよかったんだよ。そうすりゃこんな面倒くさいことにならなかったのに」
「言えるわけないじゃん、そんなのっ!」
「言えないようなことなら、最初からすんな」
「ウグッ…」

 あまりにも尤もなことを言われ、遥希は反論できなくなる。
 琉に言えないようなことをしたから、琉に見掛けたと言われたときに動揺したのであり、見間違いだとごまかしたのだ。隠し事をしたのだ。それが嫌なら、こんなこと最初からしなければよかったのだ。

「ったく…、たかが水落の写真買いに行ったことくらい、素直に言えばよかったのに」
「だから言えるわけないじゃんっ!!」

 心底呆れた声を出す千尋に、自己嫌悪に陥っていた遥希が、それでもがんばって突っ込んだ。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (14)


 …そう。
 遥希が隠し、ごまかし、そして琉をここまで凹ませたこととは、遥希がFATEの所属事務所公式のショップに、琉の写真を買いに行ったという出来事なのである。
 しかし、千尋にとっては『たかが』のことでも、遥希にしたら、それで済まされるものではない。ちょっとやそっとのことで、琉に言えるものではないのだ。

「何で言えないの? 別に悪いことしてるわけじゃないのに」

 千尋がサラリと言ってのけるのは、これまた尤もなこと。遥希は金を出して琉の写真を買っているのだ。しかも、不正なルートではなく、公式のショップで。何の後ろ暗いことだってないのに。
 だが、それだけでは片付けられない事情が、遥希にはあった。

「だって、恥ずかしいじゃん…」

 ――――琉の写真を買っていることを琉に知られたら、恥ずかしい。
 これが、遥希が琉に素直に言えなかった、琉に見掛けたと言われたときに見間違いだと答えてしまった、大いなる理由だった。

「それが分かんない。恥ずかしいなんて、そもそも写真買いに行く時点で十分恥ずかしいじゃん。スーパー羞恥プレイじゃん。なのに、それはよくて、水落に知られるのは恥ずかしいとか、意味分かんない」
「買うのが恥ずかしいのは、その瞬間だけでしょ? お店にいる間だけだし。そこまでしょっちゅう行くわけじゃないし、他のお客さんだって、もう2度と会わない人たちじゃん。でも琉は違うもん。琉に写真買いに行ってること知られたら、ずっといつまでも恥ずかしいじゃん。琉に会うたびに恥ずかしい」
「…………」

 遥希の羞恥心のポイントはいまいち分かりかねる。
 どうして、琉の写真を買いに行くことを知られるのが恥ずかしいというのだ。コンサートに行って、グッズを買いまくっていることは、もうとっくに知られているのに。
 千尋はそう思うけれど、遥希にしたら、そうでもないらしい。

「コンサートはコンサートだし。ショップ行って、写真まで買ってんのか、て思われたら、やっぱ恥ずかしい…」
「…そう?」

 コンサートのグッズ全買いも、ショップで写真を買うのも、同じレベルだと思えてならない千尋は首を捻るが、そこには遥希なりの線引きがあるようだ。
 しかし、それは飽くまで遥希の基準であって、恐らく琉の心境も千尋と同じだろうから、別に写真を買っていることを知られたって、平気だと思うんだけどなぁ…。

「まぁ、ハルちゃんがどんな羞恥プレイを楽しもうと勝手だけど、」
「羞恥プレイじゃないっ」
「今回のこと、どうすんの? いや、これから先のこともあるけど、まずは今回のことでしょ? 水落のヤツ、ハルちゃんが何か隠し事してる、て思ってんだよ? まぁしてるけど。でも別に浮気とかじゃないのに、そう思われてるかもなんだよ!?」
「えっ、えっ!? 浮気っ!? 何でっ!?」

 もじもじしているだけで、事の重大性を分かっていない遥希に声を大きくすれば、遥希は言われて初めてその可能性に気付いたのか、目を丸くした。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (15)


「だって、ハルちゃんが見られたの、写真買いに行ってるときなんでしょ? そのときハルちゃん、俺の姉ちゃんと一緒じゃなかった? 水落、ハルちゃんが女と歩いてた…て凹んでんだよ? 浮気してるとか思ってんじゃない?」
「え、浮気て……ちーちゃんのお姉ちゃんと?」
「だって水落、俺の姉ちゃん、知らねえじゃん」
「…………」

 遥希はゲイだけれど、別に女嫌いでもなければ、女性恐怖症でもないから、普通に女性と会話も出来るし、千尋の姉には写真を買うのによく付き合ってもらっている。
 しかし、千尋の言うとおり、琉は千尋の姉は知らないから、遥希が知らない女性と仲良く歩いているように見えたかもしれない。
 それだけで遥希が浮気していると思われるのは心外だが、それでも今回の件で遥希が浮気を疑われるとしたら、女性(千尋姉だが…)と一緒に歩いていたことをごまかしたのが原因だ。
 もし琉が、遥希が女性と歩いているところを見ただけで、遥希が浮気していると思うような狭量な男だとしても、遥希が正直に答えていたら、それを信じてくれていたはずだ。

「ど…どうしよう、ちーちゃん…」
「どうしようったって…、一緒に歩いてたのは俺の姉ちゃんだって言ったところで、友だちの姉ちゃんなら浮気相手にならないわけじゃないしねぇ。何で一緒にあそこにいたのか言わなきゃ、誤解は解けないんじゃない?」
「でもさ、今さらホントのこと言ったって、1回は嘘ついちゃったことになるよね!?」
「ついちゃってるしね、実際。だから、最初に聞かれたとき、ごまかさないで正直に言っとけばよかったんだよ」

 実際のところ、琉たちが見掛けたのは、琉の写真が欲しいのに1人では買いに行けない遥希が、相も変わらず千尋に冷たくあしらわれ、千尋の姉と一緒に買いに行っている姿だ。
 こんなこと、いちいち恥ずかしがってないで、素直に言っていれば、ここまで大げさにはならなかったのだ。

「そうだけど…、でもちーちゃんだって、大和くんの写真買いに行ってるの、もし大和くんが『見掛けたよ』て言ってきたら、『見間違いだよ』て言うでしょ?」
「そもそも買いに行かないし」

 100万歩譲って、もし大和の写真を買いに行ったとして、今回の遥希のように、その姿を大和に見られたとしたら…………普通に、正直に答えるだろうなぁ…。
 写真を買いに行くこと自体は死ぬほど恥ずかしいが、それを大和に知られたからといって、別に恥ずかしいとは思わない。いや、それでからかわれたりしたら、パンチを繰り出すかもしれないけれど、聞かれて答えるくらいは、どうということもない。

「あのさぁ、もう今回のことは起こっちゃったし、ごまかしちゃったから今さらだけど、水落に知られて恥ずかしいなら、そもそも写真買いに行くこと自体、やめたら?」
「そんなの無理っ」
「でもさぁ…、別にハルちゃんも、自分の1日の行動を逐一水落に報告してるわけじゃないだろうから、まぁいいっちゃいいだろうけど、これから先さ、水落の写真買いに行って、でもそれを言わないでいるのって、水落に見られてないとしても、何か隠し事してるみたいに感じない?」
「…………」



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (16)


 琉とは無関係の、例えば大学の授業で何か分からないことがあって大変だったとかそういうことは、琉との会話で話題に上るかもしれないが、言わないでいても問題のないことだ。
 琉に黙っていたからといって、遥希も隠し事をしている意識など湧かないだろうし、いつの間にか何となく忘れてしまうに違いない。
 しかし、今回の件があった以上、これから先、琉の写真を買いに行くことを黙っているのは、今感じているような後ろめたさを感じてしまうのではないだろうか。
 千尋と違って、何かと気にし過ぎる遥希の性格なら、なおさら。

「まぁ、ハルちゃんの良心が痛まないなら、今回のことは水落の見間違いってことにして、次から、写真買ったんだよ、て言うようにすればいいと思うけど。そうすれば、これから先は、隠し事してる感はないじゃん」
「でも、今回のことは、嘘ついちゃってるよね?」
「まぁね。今さらだけど」

 もうすでにこれだけ罪悪感でいっぱいの遥希が、今回のことを正直に琉に言わないでいるのは無理があるような気はするが、遥希の心の中ではまだ、恥ずかしさとの闘いが繰り広げられているのだろうか。
 千尋としては、羞恥心と罪悪感のどちらに軍配が上がってもいいけれど、これから先も、写真を買うことを琉に言わないで、ずっとごまかし続けられる自信がないのなら、いずれは写真を買っていることを琉に話して恥ずかしい思いをするのだから、今こんなに悩んでいないで、すべてを正直に話せばいいのに、と思う。

「…ハルちゃーん、全部ホントのこと言うのがいいんじゃない? こないだごまかしたのは、写真買ってたって言うのが恥ずかしかったからだ、て言えば済むことじゃん?」

 すっかり冷静さを欠いて蒼褪めている遥希に、千尋は溜め息交じりに助言してやった。
 これが最善の策かどうかは千尋にも分からないけれど、遥希に嘘がつき通せるとは思えないし、これから先のことを思うと、さっさと正直に打ち明けるのが得策だと思う。

「ハルちゃんだって、水落に疑われたままなの、嫌でしょ?」
「ヤダっ!」
「今のままだったら、いや、水落はハルちゃんのことを信じるとは思うけど…………俺が信じろって言ったし、でも、心のどっかでずっと引っ掛かったままでいるかもだよ?」
「ヤダ、そんなの…」

 実際、琉がいつまでもこのことを引きずって、遥希のことを何かしら疑うような気持ちを持ち続けるかどうかは分からないが、このままでは、結局のところ、遥希自身の気持ちもスッキリしないままだと思う。

「…言う、琉に、ホントのこと」
「そーして。これで俺も嘘つきにならないで済む」

 遥希のことは何とかする、と大和に言った手前、事態が何も前進しなかったら、千尋の立場がない。

(大体、南條も南條だよ。ハルちゃんと一緒にいたの、俺の姉ちゃんなんだから、浮気がどうとか言う前に、何とかしろよな)

 もー絶対に今度南條に何か奢らせてやる! と、千尋が密かに勝手に決意したことなど、もちろんかわいそうな南條は知るはずもなく、今回もしっかりとばっちりを受けるのだった…。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (17)


ryu & haruki

 電話とかメールとか遊びのお誘いとか、何でも遠慮しないで言って! と常々言っているのだが、相変わらず遥希は自分から琉に連絡することに対して消極的だ。
 にもかかわらず、突然、『琉に会いたい。会って話がしたい。いつなら会える? 早く会いたい』という、熱烈なメールが届いたものだから、楽屋でスマホを見ていた琉は、そのまま椅子から転がり落ちた。

「うおぉーい、何だぁ?」

 もう仕事も終わって私服に着替えていたから、衣装の汚れやセットの乱れを気にする必要はないが、コントみたいな見事なこけ方をした琉に、大和は仕方なく突っ込んでやった。

「大和! 大和ッ!」
「…何だよ」

 例の遥希の件以来(一応、大和は千尋からの伝言をしっかり琉に伝えたのだが)、琉は、やはりどこか落ち込んだ様子だったのに、急にテンションが高くなるから、椅子から落ちた拍子に、頭でもぶつけたのではないかと、ちょっと心配になる。

「ちょっ、これ見て! 見て!」

 しかし、大和の心配をよそに、琉はバネの壊れた人形のように跳ね起きて、スマホの画面を大和に見せ付けた。

「ハルちゃんからメール! 何これかわいい! こんなこと、ハルちゃんから言われたことない!」

 恋人からのメールをそんなにあっさり他人に見せるなよ、という言葉を飲み込んで、大和は琉のスマホを覗く。
 遥希が琉に宛てたメールなんて今までに見たことがないから、これが遥希らしいかどうかは判断しかねるが、確かにこのメールは、遥希らしからぬ雰囲気がある。
 琉が喜んでいるからいいけれど、こんなメールを送って来るなんて…………先日の件もあるし、次なる波乱を呼ばなければいいと、大和は密かに願う。

「会えるー、すぐ会えるよ、ハルちゃーん!」

 大和の心配に気付くこともなく、遥希からのメールに浮かれる琉は、先ほどから一転、テキパキと帰り支度を始める。
 そんな琉を、単純だなぁ…と呆れつつ、自分のところにも千尋から何かメッセージが届いていないか、こっそりスマホを覗き込んだ大和は、それこそ千尋のキャラではない、と苦笑して、こちらからメッセージを送るのだった。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (18)


 琉が到着すると、遥希がいつもどおりかわいい笑顔で出迎えてくれたけれど、しかし何か少し思い詰めたような雰囲気に思えて、琉は遥希を抱き締めるより先、「どうしたの?」と声を掛けた。
 そういえば遥希はメールで、『会って話がしたい』と書いていた。

 ――――話。
 琉は、遥希のほうから会いたいというメールが来たのと、実際に遥希に会えるのとで嬉しくなって、あまり深く考えていなかったけれど、一体どんな類の話なのだろう。
 話がしたいなんて、わざわざ言って来たことからして、何か重要な話かもしれない。
 …この間のあの女性のこと? そんな深刻そうな顔をしているなんて、まさか本当にあの女性のほうがよくなったとか? もしかして、話て…………別れ話!?

「ハルちゃんっ…!」
「琉、ごめんなさいっ!」
「イヤだぁ~~~~~~!!!!」
「えっ?」

 謝罪の言葉を口にして深々と頭を下げた遥希は、それに被せるように否定の言葉を叫んだ琉に、わけが分からず顔を上げた。すると琉は、顔面蒼白、今にも泣き出しそうな顔で頭を抱えているから、ますます分からなくなる。
 遥希が謝ったことに対して、許さないという意味なら、『ダメだ』とか言うはずだろうけど、琉は『イヤだ』と言ったのだ。

「………………え?」

 ちょっと間を置いて考えてみたけれど、やはり分からなくて、遥希は再び聞き返す。
 本当は『何が?』と聞き返したいところだけれど、それは何となく口に出しづらい感じだ。もしかして、鈍感な遥希が分かっていないだけで、言ったら余計に琉の感情を逆撫でてしまうかもしれない。

「えっと…………琉?」
「おっ…俺、ハルちゃんと別れたくないっ…!」
「えっ? う…うん、俺も琉と別れたくないよ?」
「へっ…?」
「え?」

 琉の口から『別れたくない』という言葉を聞いて、いや、そのセリフなら遥希が言いたいくらいだし、今そう言って縋るのは遥希のほうだと思った。
 だって遥希は、琉に嘘をついてしまったのだ。それで琉が遥希を嫌になって、もう別れたいとか思っても、仕方がないのに。

「え…、じゃあハルちゃん、何で今謝ったの?」
「何で、て…」



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (19)


 琉が叫んで遮ったから続きを言えなかったが、もちろん遥希は、琉に嘘をついてごまかしたことを謝りたかったのだ。
 しかし、琉の話を聞いていると、どうも琉は、遥希が琉と別れたがっていて、今の『ごめんなさい』の後には、『もう別れてください』というセリフが続くと思っているような気がしてならない。
 不思議そうにしている琉に、遥希は言葉を続ける。

「えっと…、前にホラ、琉が俺のこと見た、て言ったときあったでしょ? あのとき俺、見間違いだって言ったけど、でもあれ、見間違いじゃなくて…、だから俺、琉に嘘ついちゃったから、謝らなきゃ、て思って…」
「それで謝らなきゃ、て…? それで、俺と別れようと思って、じゃなくて?」
「え?? てか、むしろ何で琉は、俺が琉と別れたがってると思ってるの?」

 琉が、嘘をついた遥希と別れたがっているというのならまだしも、どうして遥希が琉と別れたいなどと思うことがあるだろう。
 もしかして、琉と一緒にいるときの遥希の態度が、そんなふうに見えるのだろうか。そんなつもりなんか全然ないのに、もしそう受け止められていたとしたら、すごいショック…!

「俺、琉といるの、何か嫌そうに見えた…?」
「ちがっ…、だってハルちゃん、こないだの、あの……見間違いかも、とかって言ったとき、その…女と歩いてたじゃん?」
「え、あ、うん…」
「何かそのこと言いにくそうだったし…、隠したいってことは、その…、その人のほうがよくなったからなのかな、とか思って…。いや、女の人だったけどさ、でも何をきっかけに女の人のほうがよくなるとも限んないし…」

 そういえば千尋が、琉は、遥希があのとき一緒に歩いていた女性と浮気していると思ってるかもだよ、とか言っていたっけ。
 つまり、遥希は別に琉と別れたそうな雰囲気は出していなかったものの、あのときのことを琉に隠し、ごまかしたことで、琉は遥希に何か疚しいことがあるのでは、という疑念を持ったのだ。
 やはり千尋の言うとおり、ちゃんと正直に言っておけばよかった。

「違うの、その…、そのとき何かついごまかしちゃって、琉に嘘ついちゃって、俺はそのことを謝りたかったの。てか、そのこと自体も謝りたいし、琉をそんなに悩ませてたんだとしたら、それも謝りたいっ」

 もとは遥希が見間違いだと嘘をついたせいだけれど、とはいえ、遥希は浮気を疑われたのだ。そこまで必死に謝らなくても、恐らくはいいんだろうに、そうもいかないのが遥希だ。
 ブンッと音がしそうなくらいの勢いで、再び頭を下げた。

「ちょっハルちゃん!」

 放っておいたら、一生頭を下げたままなのではないかと思わせる遥希に、琉は慌てて顔を起こさせた。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (20)


「じゃあハルちゃん、別にその人のほうがよくなったとかじゃないの…?」
「とかじゃないよ、琉のほうがいいよ。…琉がいいよ」
「ッ…! ハルちゃん大好きっ!」
「うぐ」

 恐る恐る核心に踏み込んで遥希に尋ねれば、遥希は照れて頬を染めつつも、ハッキリとそう答えた。
 遥希のその言葉に、それだけで、琉は復活できる。ここしばらくの凹みまくっていた気持ちが、一気に晴れる。遥希のことが好きすぎて、堪らずに琉は遥希を抱き締めた。

「…でもハルちゃん、いや、まぁいいんだけど…、いい、ていうか、その……結局誰…、あの、何で見間違いてことに…」

 遥希を腕に抱いたまま、琉はボソボソと口にする。
 本当は、一緒にいた女性が誰なのかを知りたいけれど、たった今『大好き』と言った相手に直球でそれを聞くのは、まだ疑いを持っている感じがするとでも思ったのだろう、遠回しな言い方で聞いてきた。

「あれは…」

 聞かれて遥希は、上げた顔を再び伏せた。
 今日は、琉に謝ることはもちろんだが、本当のことを話すつもりで、勢い込んで来たのだから、ちゃんと言わないと。

「あの…、………………あれは、ちーちゃんのお姉ちゃん……」
「…………………………」
「…琉?」

 遥希が何とかがんばって、正直に打ち明けたというのに、琉からの反応がない。遥希があんまり小さい声で言ったものだから、聞こえなかったのだろうか。
 声を大きくして言えないなんて、千尋の姉と何か疚しいことがあったみたいだが、いわゆるそういう意味での疚しいことなど何もなく、ただ単に、ここに至ってもまだなお、琉の写真を買いに行ったことを言うのが恥ずかしくて、つい声が小さくなってしまっただけなのだが。

「えっと…、ちーちゃんのお姉ちゃん…」
「いや、うん、それは聞こえてたんだけど…、千尋の………………姉?」
「うん」

 聞こえていなかったのかと思って、もう1度言ってみたら、ちゃんと聞こえていたようだ。
 けれど、聞こえていたのにそういう反応ということは、もしかして琉、遥希と千尋姉との関係を何か疑って…………

「ちがっ…ちーちゃんのお姉ちゃんとは何でもないんだよっ!? 琉の写真買うのにいっつも付いて来てもらってるだけでっ……あばばばば」
「……………………写真?」
「あのっ、だから、あのー」



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (21)


 琉に嘘までついて、今まであんなに必死に隠してきて、今日はそれを打ち明けるつもりでいたものの、なかなか踏ん切りが付かずにモジモジしていたくせに、勢い余ってうっかり喋ってしまった。
 ああぁ…、琉も変な顔をしている。
 どんなふうに言っても、きっと琉は『は?』と思っただろうけど、もうちょっと違う言い方をすればよかった。
 こんな焦ったふうに言ったのでは、千尋姉と何かあって、それで慌てて嘘を重ねたと思われかねない。いや、いくら慌てたとはいえ、嘘が下手すぎると思っただろうか。

「…………。…写真?」
「…うん」
「俺の?」
「……うん」

 琉に問われるがまま、遥希はコクリと頷いた。
 あぁ~…、こんな変な空気の中で知れてしまうのなら、本当、最初に言われたときに、ちゃんと言っておくんだった…!

「えっと…、ゴメン、ハルちゃん、千尋の姉ちゃんと写真買いに? 俺の?」
「うぅ~…、だっ…だからぁ! 琉の写真買いに行くの、ちーちゃんが一緒に行ってくれないから、ちーちゃんのお姉ちゃんと一緒に行ってるのっ! こないだ琉に見られたのも、そのときでっ……」

 恥ずかしさのあまり、遥希は真っ赤になりながら、琉の胸に顔を押し付けた。

「えっと…、えーっと…、じゃあ、見間違いとか言ったのって、写真買いに行ったのがばれないように…?」

 遥希は顔を上げず、無言のまま頷いた。
 別に琉は全然何にも悪くないけれど、何であのとき遥希のことを見つけたんだろう、と思う。
 琉に隠し事をするのは嫌だけれど、見つからなければ、遥希はこんなに恥ずかしい思いをすることもなかったし、これから先も、琉の写真を買いに行くことが出来た。
 千尋の言うとおり、別に遥希は、自分の行動のすべてを琉に報告しているわけではないから、写真を買いに行ったことをいちいち琉に言わなくてもいいだろうけど、買いに行く子なんだ…とは思われ続ける。
 それに、今回のことで、写真を買いに行くことを意識するようになっちゃったから、行ったことを黙っていたら、何となく心苦しい気持ちになりそう。

「えっと…、あの、ハルちゃん、ちょっと聞いてもいい? あの…無神経だと思われるかもだけど…、その…何がそんなに恥ずかしいの?」
「…!」

 それなのに、遥希がこんなに、こんなに、こーんなに恥ずかしくて死にそうになっているのに、琉がそんなことを言って来るから、信じられなくて、遥希はバッと顔を上げた。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (22)


「あ、いやっ…、だからその、ゴメン、ハルちゃん、そんな顔しないで!」

 一応、『無神経だと思われるけど』と前置きしていたから、琉も多少は自覚していたんだろうけど、それ以上に遥希が恥ずかしがり、傷付いた様子だったので、慌てたようだ。

「あのっ、えっと、恥ずかしかったんだよね、写真、千尋の姉ちゃんと一緒だったの、知られるの」
「えっ…………ちーちゃんのお姉ちゃんと一緒だったのは、別に恥ずかしくないけど…」
「えぇっ!?」

 琉がものすごくアワアワするから、今度は逆に遥希のほうがちょっと冷静になる。
 琉の写真をショップにまで買いに行っていることを知られるのが恥ずかしかっただけで、千尋の姉と一緒に行ったことは、別に恥ずかしくなんかない。
 むしろ、1人で行く恥ずかしさを緩和してもらっているから、すごく助かっている。

「え…、じゃあ、ホントにただ……ただ写真を買いに行ってるのが知られるのが恥ずかしかった、てこと…?」
「他に何の恥ずかしいことがあるのっ!」
「いやっ…、えーっと…」

 再び遥希が頬を染めて、力一杯そう言って来るものだから、突っ込みたいところは山のようにあるものの、琉はそれ以上言い返すことは出来ず、何となく曖昧に頷いた。

 確かに、写真を売っている公式ショップのお客は、その99%が女の子と言っていい。
 コンサートに来る男よりも、その割合は少ないはずで、だから遥希が写真を買いに店を訪れるのを恥ずかしがるのは、分からないでもない。

 しかし、遥希が、CDやDVD、雑誌をすべて買い、琉が出ているテレビをすべて録画し、必死にチケットを入手しては欠かさずコンサートに参戦し、グッズも全買いする熱烈なファンであることは、もうすでに琉の知るところなのだ。
 写真を買いに行くことが恥ずかしかったとしても、それを琉に知られることの何がそんなに恥ずかしいというのだ。

 大体、遥希が琉の写真を持っていることは、初めて会ったとき――――路地で偶然ぶつかったあのときから知っている。遥希がぶちまけた荷物の中に、琉の写真があったから。
 あれはコンサートでの売り物ではなくて、ショップで売っているタイプのもので、真面目な遥希が、そうした写真を公式以外で買うわけがないと考えるのは、自然なことだ。

 なのに、何を今さら――――!?

 琉は唖然も呆然も通り越して、驚愕のあまり卒倒しそうになったが、遥希のほうが、恥ずかしさでどうかなりそうになっていたので、自分までそうなるわけには…と、何とか持ち堪えた。

「そ…そっかぁ、恥ずかしかったかぁ…」

 遥希の羞恥心のポイントやレベルは、琉には分かりかねるが、とにかく、ショップで写真を買っていることを知られるのだけは恥ずかしいということだけは分かった。



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どうせ伝わらないのなら、言葉なんていらない (23)


「それはやっぱり、ショップが女の子ばっかりだから…?」

 コンサート会場でも写真は売っていて、グッズ全買いの遥希は、当然そこで写真も買っているだろうに、それは恥ずかしくないんだとしたら、ショップに行くことが恥ずかしいことになる。
 コンサートも女の子だらけだけれど、やはりそこは違うのかもしれない…と、琉が何とか無理やり理解したのも束の間、

「女の子ばっかなのもだけど…、それより、だって、写真全買いしてるとか、やっぱ恥ずかしいじゃん、琉に知られたら…」
「…………………………ッ…!!」

 だから、CDやDVDなら初回版と通常版の両方を買ったり、テレビも番組だけでなくCMをも漏れなく録画したり、コンサートのグッズだって早起きして買いに来たりするのに、どうして写真の全買いだけはそんなに恥ずかしがる!?
 いや、それよりも、写真全買い、て…!

「え、ハルちゃん、写真も全部買ってるの…?」
「うん。琉の写ってるのだけだけど」

 当然でしょ、と言わんばかりの顔で、遥希は頷く。
 例えば新曲のPV撮影のときとか、オフショット用のカメラが入っていて、その後、それがショップで売られることは琉も知っている。
 ただ、たくさん撮られた写真のうち、どのくらいが売り物になるのかはよく分からないし、遥希の言うような全買いをした場合、一体いくらになるのかも想像しかねる。
 しかし、1枚当たりの単価が決して安いわけではないから、大学生である遥希にとっては、大変な出費になりそう…。琉が言うのも何だが、阿漕な商売だ。

「ねぇハルちゃん、それってすごく大変なことなんじゃないの? 写真選んだりとか」

 費用もそうだが、ショップでは、壁一面に貼り出された写真の中から欲しい写真を選び出し、専用の用紙に欲しい枚数を記入して会計をする方式だから、全買いということは、欲しい写真を厳選する作業はないものの、すでに持っている写真と被らないように気を付けねばならない、という注意点はある。
 どれを持っていて、どれを持っていないのか、すべて把握していなければいけないはずだ。

「でも、いっつも琉くんセット買ってるから」
「りゅ…琉くんセット…??」

 琉も、ショップでの写真の販売方法については知っていても、そこまで具体的に何か知っているわけではない。初めて耳にする言葉に、琉は困惑を隠せない。



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