2011年03月
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ホラー映画にはご用心 (8)
映画を見始めたときは、4人しかいなかった部屋の人数が5人に増えたのは、何も呪いのせいではない。
増えた1人は祐介で、彼を呼び寄せたのは睦月だった。
同じ寮に住んでいながら、祐介をメールで呼び寄せるのは睦月のお得意の手段で、もう収拾のつかなくなっている和衣を引き取ってもらおうと、メールしたのだ。
そして、和衣に抱き付かれながらも懸命にメールを打った睦月は、親切心から映画の終了時間も添えてやった。祐介は、少しでも映画を見たくないだろうから。
しかしそれが、仇となった。
睦月は正確な映画の終了時間を知らなかったので、大体このくらいかなぁーと思う時間をメールしたのだが、律儀な祐介は、その時間ちょうどに翔真の部屋にやって来てしまったのだ。
何だか大変なことになっているようなので、早く和衣を迎えに行ってやりたいという気持ちがあったから。
…しかし、そのタイミングは最悪だった。映画はまだ、終わっていなかったのである。
終わっていなかったどころか、中から聞こえる和衣の悲鳴に驚いて祐介がドアを開けた瞬間、クライマックスもいいところ、恐らくこの映画の中で一番怖いであろうシーンが映し出されていたのだ。
和衣の腕から逃れたい一心だった睦月と、和衣を引き剥がしてやろうとしていた真大はテレビを見ていなかったが、和衣を気にしつつ画面を見ていた翔真は蒼褪めて固まり、和衣はもちろん大絶叫、さらにはとばっちりで一番怖いシーンを見てしまった祐介までもが大絶叫という騒ぎ。
つまり。
「苦し…助け…!」
(カズちゃん、離してーーーー!!!)
「カズくん、ちょっ…」
(本気で苦しがってる、本気で苦しがってるから、離してやって…!)
「うっわ!」
(カズ、何してんだ…………って、うわっグロすぎんだろ、これ! もうマジ肉とか食えねぇ!)
「ひっ…ギャーーーーー!!!!」
(ギャーーーーーーーーー怖い怖い怖い怖いゴメンなさーーーーい!!!)
「え、何やって…………うわあぁーーーーー!!!!!」
(中で何騒いで……うわあああぁぁぁぁーーーーー!!!)
というわけである。
映画が終わり、次回の予告とCMが終わり、次の番組が始まっても、5人はへたり込んだまま動けなかった。そんな気力は少しも残っていない。
それでも最初に動いたのは翔真で、テレビのリモコンを弄って、適当にチャンネルを変えた。
映画の後の番組では、出演者が分厚いステーキを頬張ろうとしていたのだ。普段なら『おもしろい』で済むのが、今は最高に悪趣味としか思えなくて。
睦月は睦月で、ようやく力の緩んだ和衣の腕の中から這い出し、(も…絶対にカズちゃんと映画見ない…!)と、固く心に決めた。
始まる前も始まってからも、ずっと和衣は怖がっていたけれど、まさかここまでだったとは。
「こ…怖かった…、怖かったぁ~…」
そんな和衣は、ボロボロと涙を零しながら、グッタリとしている祐介に縋り付いた。
今まで散々、嫌がる睦月に無理やり抱き付いていたくせに、やっぱり抱き付く相手は祐介がいい、なんて、睦月が聞いたら怒り狂いそうなことを思いながら。
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ホラー映画にはご用心 (9)
だって、怖いのは苦手なのだ。
怖いものは怖いし、見たくないものは見たくない。絶対に見ない。生まれてからの20余年、そういうものには極力近寄らない人生を送って来たのに。
なのに、どうしてこんなことに……とは、まだ放心状態の祐介は考えられずにいた。
「翔真くん、大丈夫?」
睦月と和衣に気を取られていて、結局ラストを見逃してしまった真大は、何となくまだ顔色の悪い翔真に声を掛けた。
怖がった翔真に抱き付かれる作戦は成功しなかったが、いつもとは違って余裕のない翔真を見ることが出来たから、まぁよしとするか。
「つかカズちゃん、俺もう部屋戻るからね。バイバイ」
「えっ!? ちょ、むっちゃん、待っ…」
「待たない。怖いんだったら、ゆっちんトコ行って寝て」
和衣は力なく睦月のほうへ腕を伸ばしたが、睦月は空になったポテトチップスの袋を、雑にゴミ箱に押し込めると、コーラとカピバラさんを持って、さっさと翔真の部屋を出ていった。
「ゆ…ゆぅ…一緒に部屋行こ? ねっ? ねっ!?」
「う、うん、分かっ…」
和衣は逃がすまいと祐介の腕にしがみ付く。
祐介だって、あんな怖いものを見た後、出来れば1人で部屋に戻りたくないし、ここは翔真の部屋で、彼の恋人である真大もいるから、早く出ていきたいけれど。
(こ…腰が…)
立とうと思っても、足に力が入らない。
冗談でなく、腰が抜けたかもしれない。
……今回のホラー映画騒ぎの、一番の被害者は、彼だったのかもしれない。
*****
ちなみに、睦月が部屋に戻ると、亮はのん気にバラエティ番組を見ていた。
「お帰りむっちゃん。映画、どうだった?」
「…………。内容、知りたいの?」
「いや、それは…」
単に、『おもしろかったよー』とか『超怖かったよー』とか、そのくらいに感想を期待していた亮は、人の悪そうな顔で聞き返して来た睦月にハッとし、慌てて首を振った。
けれど睦月は、逃げられないように亮のももの上に向かい合うよう座ると、耳を塞ごうとする亮の両手を押さえ付け、にっこりとかわいらしく笑った。
「何かね、いろいろ……頭吹っ飛んだり、血がぶわぁーてなったりしてね、グチャグチャーてなって、最後は…」
「…」
「みんな死んじゃった♪ えへ」
「………………」
いやそれ、笑顔で言うことじゃなくね!? と亮は蒼褪めながら口元を引き攣らせたが、睦月は亮を怖がらせるだけ怖がらせて気が済んだのか、「お風呂行ってくるねー」と部屋を出ていった。
今日は、和衣を誘うと面倒くさそうだから、1人でお風呂に行くことにしよう。
1人、部屋に残された亮は、ふとテレビが消えていることに気付く。
実はこっそり睦月が消していったのだが、そんなことを知らない亮は、何で!? 何で!? と焦りまくっている。
――――二次被害、拡大中。
*END*
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (1)
「俺、思ったんだけどね」
バイトからの帰り道。
3月に入ったとはいえ、夜はまだ寒くて、和衣は肩を竦めながら、真冬並みの防寒対策で隣を歩いている睦月のほうを見た。
「3月のほうが難しいと思わないっ!?」
「…………。…は?」
カズちゃんの言ってることのほうが、意味分かんな過ぎて難しいんだけど…と、睦月はマフラーに首元をうずめつつ思う。
「だからー、3月! ホワイトデー!」
「あぁ」
確かに3月にはホワイトデーがある。
それは分かった。
分かったけれど、それが何?
「だって、何お返ししていいか分かんなくないっ? 超難しいんだけど!」
「カズちゃん、バレンタインにチョコなんか貰ったっけ?」
ホワイトデーにお返しするからには、バレンタインにチョコを貰ったということだ。
けれど、バイト先の義理チョコと、愛菜と眞織からのチロルチョコの詰め合わせ以外に、和衣が女の子からチョコを貰っていたなんて、睦月は知らなかった。
和衣の性格からして、そういうことは絶対に隠しておけないはずなのに。
ということは、やっぱり他には貰っていなくて……だとしたら、義理チョコのお返し?
バイト先でのお返しなら、男性陣全員でお金を出し合うのに便乗するから、悩むとしたら愛菜と眞織の分ということになる。
まぁそうだよね。三倍返しとかしないと、怖そうだもんね。
「違うよ、違ーーうっ! 義理チョコのお返しなんかで、悩むわけないじゃん!」
「でも愛菜ちゃんたち、何かすごいいいの上げないと、許してくれなそうじゃない?」
「いや、許すって…。つか、愛菜ちゃんたちがくれたチロル、一番食べてたのむっちゃんじゃん。むっちゃんがお返ししなよ」
「あはははは」
チロルチョコが詰め合わせになっているボックスを2つ、いつものメンバーでダラダラしていたカフェテリアに、「みんなで食べて」と、愛菜と眞織が置いていったのは2月14日。
あからさまな義理チョコに、亮や智久は苦笑していたのだが、キャー、チョコがいっぱ~いっ! と睦月はテンションを上げて、片っ端から頬張っていた。
とは言え、愛菜も眞織も最初から、この男子どもから大したお返しなど期待はしていないだろうが。
「もー違うの違うの! お返しっつったら、祐介に上げるヤツに決まってんじゃん!」
「………………はい?」
当たり前のようにそう言って来た和衣に、睦月はうんと眉を寄せた。
え、バレンタインのお返しを、祐介に上げるの?
「だって、祐介からもチョコ貰ったもん」
「そうかもだけど…、カズちゃんだってチョコ上げたんでしょ?」
それでおあいこなんじゃないの?
大体去年のホワイトデーは、何上げようかなんて、騒いだりはしていなかったのに。
「去年はさぁ、そんなこと全然思い付かなくてっ。後になって、ホワイトデー! て気が付いたの。だから今年こそは! て思って」
「えー…。別にそんなの、一生気が付かなくてよかったのに」
「ちょっむっちゃん! 何でそんなこと言うの!?」
「面倒くさいから」
だって、本当に面倒くさい。
別に祐介にバレンタインのお返しをやろうがやるまいが、そんなことはどうでもいいけれど、和衣は最初に、『何をお返ししたらいいか分からない』と言ったのだ。
そうすれば、その次に続く言葉は、何となく……でなく、ハッキリと想像が付く。
「もーむっちゃん、そんなこと言わないで一緒に考えてよぉ! ホワイトデー、何上げたらいいと思う!?」
……やっぱり…。
どうせ1人では決められないのだから、何か上げたいだなんて、考えなければいいのに…。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (2)
「えぇー…」
元から睦月は、そういったイベント事へは興味が薄いのだ。
そんなに力説されても、あまりピンと来ないのだが、和衣が『うん、上げたいと思う』以外の答えは期待していないのが分かって、返事に困る。
「何か普通にクッキー? とか、そういうんでいいんじゃない? ゆっちだって甘いモン好きなんだし。あ、俺はもっかいチョコでもいいよ」
「何でむっちゃんにお返ししなきゃなんないの! 何も貰ってないんだけど」
ちゃっかり和衣のほうに差し出して来た睦月の手を、ペチンと叩く。
「でもさぁ、カズちゃんがホワイトデー! て思ってたって、ゆっちはそんなの気付いてないかもよ? 去年、ゆっちだって別に何のお返しもくれなかったんでしょ?」
「…ぅ、まぁ…。んー…何か、そんなにいろいろやんのって、しつこいかな? 重い?」
「いや、分かんないけど」
はっきり言って、こうしたイベントだとか記念日に対する思い入れが、睦月と和衣では両極端すぎて、お互いの意見が参考になるとは思えない。
バレンタインにチョコを贈り合って、ホワイトデーに同じ相手にお返しをするのは、睦月的には、重くはないが、面倒くさいとは思う。
「ぅーどうしよ…」
和衣は単純に、バレンタインにチョコを貰ったんだから、ホワイトデーにはお返ししなきゃ! と思っていたのだが、睦月に言われて、しつこいかな? とも思い始める。
こういう場合、どういう作戦で行くのがいいのか、和衣は全然分からない。恋の駆け引きなんて、したことがないから。
「やっぱ何も上げないほうがいいかな…?」
「知らないってば。カズちゃんが上げたかったら、上げればいいじゃん。ゆっちなら、カズちゃんから何貰ったって喜ぶよ」
睦月は自分が言った一言が、実は余計な一言だったことに、ようやく気が付いた。
何を上げようかだけを悩んでいた和衣は、睦月の言葉に、ホワイトデーにお返しをしてもいいかどうか、そんなことまで悩み始めている。
優柔不断な和衣がこの結論を出す前に、3月14日が来てしまうのではないだろうか。
「はぁ~…。何か俺ってさ、超面倒くさいよね…」
「…」
睦月がいくら自分の気持ちに素直な性格をしていても、さすがに『そうだよ、カズちゃんて、すっごく面倒くさい子だよ』とも言えず、口を噤んだ。
とりあえず、自覚してくれただけでも、よしとするか。
「…上げるなら、クッキーとか、そういうのにしといたほうがいいと思うよ。何か特別なプレゼントすると、誕生日とかクリスマスに、上げるプレゼントが思い付かなくなって、困るのカズちゃんなんだから」
「ぅ、」
確かに。
ホワイトデーは三倍返し、なんて言われることもあるけれど、やっぱり大事なのは気持ちだし、睦月の言うとおり、ただでさえプレゼント選びが苦手な和衣だ、ここで張り切ってプレゼントを選んでしまうと、次がない。
「クッキーかぁ、キャンディかぁー、…後は何だろ、ホワイトデーて」
「分かんない。マシュマロ?」
「マシュマロてさぁ、好き嫌いない? 俺、あの食感がちょっと苦手」
睦月のマシュマロ提案に、和衣は少し肩を竦めた。
甘い物が苦手でないなら、クッキーやキャンディに外れはないだろうけれど、一体何がいいのだろうかと、和衣は悩む。
この際、自分の好みはどうでもいいけれど、そういえば祐介て、何か苦手なもの、あったかな?
「俺、ゆっちとマシュマロについて語り合ったことないから、好きかどうかなんて、知らないからね」
むっちゃん、どう思う!? と和衣に言われる前に、睦月はそう先手を打っておいた。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (3)
せっかくだから手作りとかどうかな!? と和衣は思ったのだが、生まれてこの方、そんなもの作ったこともないし、第一、同室者に何と言い訳して作ったらいいのかも分からなくて、それは断念した。
相変わらず情報難民な和衣は、鬱陶しがられながらも智久のパソコンを頼りに、今流行りのスイーツやら、ホワイトデーのお返しに人気の品を調べ、買いに走ったのは3月13日。
バレンタインのときと違って、何を恥ずかしがることもないのだから(バレンタインだって、和衣は何も恥ずかしがっていなかったが)、さっさと買いに行けばいいものを、グズグズしているうちに、結局前日となってしまった。
引っ張り連れて行った睦月は、眠かったせいか、ずっと機嫌が悪く、『どれがいいかな!?』と縋る和衣にもつれなくて、ご機嫌取りのためにランチをごちそうしてやるはめに。
どうせこうやって余計な出費を増やすだけなのだから、1人で買いに行ければいいのに、しかし和衣はそれも出来ず、むにゃむにゃしている睦月をあやしながら、ようやく、これぞという品を見つけたのだった。
そして3月14日、ホワイトデー。
祐介の同室者は春休みになると早々と帰省したので、和衣は、心置きなく2人で過ごせると思ったのだが、祐介の部屋に向かってみれば、ドアには鍵が。
「祐介、祐介~」
一応、声を掛けながらノックもしてみたが、反応なし。
出掛けてしまったのだろう。特に和衣とは何も約束していなかったし、祐介にだって自分だけの用事もあるだろうから、仕方がないのは分かるけれど、若干テンションが下がる。
「むぅ…」
けれど、いくら和衣が嫉妬深くても、こんなことにいちいちヤキモチも妬いていられないし、そんなの鬱陶しいだけなのは分かっているので、和衣はちょっとシュンとなりながらも、自分の部屋に戻った。
(今日はバイトの日じゃないし、夜までには帰って来るよね)
そう思って和衣は、1人の部屋でベッドに身を投げた。
でも、バイトとかでなく出掛けるなんて、やっぱり祐介はホワイトデーとか、別にどうでもいいのかな。俺だけ、こだわり過ぎ?
お返しを上げるだけなら、そんなに時間掛かることではないから、ちょっと会えれば用は足りるけれど、お返しを上げて、それで終わりというのも、何だか寂しい気がする。
なんて、1人で考え込んでいたら、睦月が部屋を訪ねてきた。
しかも何だか、ものすごく怪訝そうな顔をしている。
「カズちゃん、何してんの?」
「何って…」
もそもそと起き上がった和衣は、首を傾げる。
別に何かしているわけではないけれど、睦月こそ、何か用事があって来たのではないのだろうか。
キョトンとしている和衣に、睦月も小首を傾げる。
「カズちゃん、バイト行かないの?」
「えっ!?」
訝しげに睦月に言われて、和衣はハッとした。
大体からして、1つのことに集中すると、他が見えなくなるのは和衣の悪い癖だ。今日も、ホワイトデーのことばかり考えていたら、肝心なことをすっかり忘れていた。
今日、祐介はバイト休みだったけれど、和衣本人はバイトの日だったのだ。
「あっ、あっ…そっか! ゴメンむっちゃん、今支度するっ!」
「え、もしかして忘れてたの?」
慌ててベッドから飛び降りた和衣に、睦月は目を丸くした。
春休みとはいえ、よくもまぁ、ここまですっかり忘れることが出来たものだ。
「お待たせっ」
支度をすると言っても、簡単に荷物を纏めるだけなので、そんなに時間も掛からない。
すぐに睦月のところに来た和衣は、しかしベッドの上に、祐介に上げるつもりのお返しを投げ出したままだったことに気付いて、それを机の引き出しにしまった。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (4)
「…だって祐介、出掛けてて、いないんだもん」
「ふぅん。まぁでも、そのほうがよかったかもね」
和衣が戸締りするところを眺めながら、睦月がそんなことを言うものだから、和衣は「何でそんなこと言うの!?」と、すぐに噛み付いた。
「だってさぁ、もしゆっちがいたら、ますますバイトなんて忘れちゃうんじゃない? 最悪、出掛けちゃったりしてたら、バイト、サボりだよ?」
「う…」
確かに。
昨日から、ホワイトデーのことばかり考えていて、バイトのことは少しも思い出していなかったから、ありえない状況ではない。
どうせ祐介は不在だし、今はバイトに集中して、時間が過ぎるのを待とう、と和衣は気合を入れ直した。
*****
バイトが終わった後、面倒くさがる睦月を引っ張って、ダッシュで寮まで戻った。
睦月は、『俺は1人でも帰れるから、カズちゃん先行って』と言ったのだが、バイトの行き来は睦月と一緒に! が信念の和衣にそれは通じず、かといって普通に歩いても帰れず、結局、睦月までもが走る羽目になったのだ。
「もーカズちゃん、信っじらんないっ!」
「だってぇ!」
「これでゆっちがいなかったら、絶対に許さないんだからっ!」
一体誰を許さないつもりなのか、睦月は物騒なことを口走りながら、拳を構えた。
「ゴ…ゴメン…」
「もぉ、あとは勝手にやってよね」
和衣の背中をバシンと叩いて、睦月は自分の部屋に戻った。
時間的には7時を過ぎているから、もう帰って来ているだろうか。とりあえず、バイト中もどことなくそわそわしていた和衣の気持ちが報われれば、何よりだ。
――――て、思ってたのに!
「何でカズちゃん、俺んトコ来んのー!!」
「だってだってぇっ!」
祐介の部屋に行ったら、まだ鍵は開いていないし、中にも人の気配がなくて、まだ帰って来ていない様子だった。
ガーンとなって、しばらく呆然としていた和衣だったが、このやり切れない思いをどこにぶつけたらいいか分からなくて、さっき別れたばかりの睦月の部屋に飛び込んで来たのだ。
「もぉ~っ! 俺、これからご飯なのっ。お腹空いてんのっ。邪魔しないでっ!」
亮は今日、睦月より遅い時間にバイトが入っているから、今は不在だけれど、出掛ける前に睦月の分の夕食を用意していってくれていて。
それを電子レンジに入れようとしていた睦月は、闖入して来た和衣に、不機嫌丸出しで言い放った。
今日は1日、和衣に振り回されっ放しだ。
「だって…。祐介、まだ帰って来てなかった…」
「いやそれ、別に俺の部屋に来る理由になんねぇし」
睦月の言葉は尤もだったが、今の和衣には、ちょっと辛すぎる。
ぅー…と和衣は唇を突き出した。
「ゆっちにメールすれば?」
電子レンジをセットしながら、睦月はそう提案してみる。
和衣が祐介に会いたくて、その彼が帰って来ていないのなら、今どこにいて、いつ帰って来るのか、聞いてみればいい。
なのに和衣は、「でもぉ…」と何か渋っている。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (5)
「なーんかさぁ、そういうのって、ウザくない? 束縛みたいな?」
「えー…。超嫉妬深いカズちゃんが、今さら?」
電子レンジの中で温まっていく料理を見ながら、睦月は冷ややかな視線を向ける。
和衣のヤキモチ妬きは今に始まったことではないし、それは祐介だって、十分に分かっているのに。
「うぅ…何か今日、むっちゃん意地悪」
「そんなの知んない」
温まった料理を持って、睦月はさっさとテーブルのほうに行ってしまう。
もしかしたら、ここでグズっていても、睦月は本当に全然取り合ってくれないかも…。
「カズちゃん」
「ぅ?」
自分の部屋に戻るしかないか…と項垂れていた和衣が、呼ばれて顔を上げたら、睦月が、おいでおいでと手招きしていた。
「カズちゃん、ご飯食べてないでしょ? 一緒に食べよ?」
「…」
「食べよ?」
もう1度言われたら、観念するしかない。
和衣は、アヒルさんみたいに唇を突き出したまま、睦月のもとに行った。
「あ、箸忘れた」
「肉じゃが…」
箸を取りに行った睦月は、ついでに和衣の分のご飯もよそって来てくれた。
メニューは肉じゃがとサラダ。卵焼きは、朝の残りらしい。
これを全部亮が作ったのかと思うと、和衣は何だか笑ってしまう。だって、高校のころまでは、それこそ包丁を握るのも危なっかしかったのに。
「? カズちゃん、何ニヤニヤしてんの?」
「にっ…!? ニヤニヤしてたわけじゃないよ!」
「そう? いただきまーす」
プクッと頬を膨らます和衣は相手にしないで、睦月は律儀に手を合わせてから、箸を手に取った。
「で、むぐむぐ、結局、」
「飲み込んでから喋ってよ、むっちゃん」
じゃがいもを口いっぱいに入れたまま喋ろうとするから、お行儀は悪いし、何を言っているのか分からない。
和衣に咎められて、睦月は十分に咀嚼して飲み込んでから、再び口を開いた。
「結局さぁ、ゆっちはどこ行ってるわけ?」
「知らないよ、そんなの」
「メールしないの?」
「…しない」
ここでメールしないのが、ヤキモチ妬きを治す第1歩だとでも思っているのか、和衣は「絶対しないもん!」と意地になっている。
睦月的には、和衣が祐介にメールしようがするまいがどっちでもいいけれど、早く祐介が帰って来てくれて、このグズっている子を引き取ってくれたらいいのに、とは思う。
「…カズちゃん、トマト食べなよ」
「…」
1つの皿に盛り付けられているサラダを2人でつついていたのだが、どうしても和衣は嫌いなトマトに箸を付けない。
分かっていて睦月は言ってみたのだが、和衣は聞こえないふりで、モシャモシャとレタスを頬張っている。ウサギみたいだと、睦月は密かに思った。
(…ウサギは、寂しいと死ぬ)
箸の先をガジガジしながら、和衣はやはり唇を尖らせている。
和衣がメールしないんだったら、いっそ睦月がメールをして、祐介に早く帰って来るように伝えようか。でもそれも、和衣の気持ちとプライドを傷付けそう。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (6)
和衣はやっぱりトマトを残したけれど、睦月は何も言わず、それを自分の口に放り込んだ。
「ゆっちが帰って来たかどうか、見て来てあげよっか?」
もうすぐ8時。
大学生が帰宅するのに遅いというほどの時間でもないけれど、今日ばかりは、何で帰って来ないんだ!? と睦月までイライラしてくる。
「…俺も行く。てかむっちゃん、ここ片付けないの?」
食事を終えたテーブルをそのままに、部屋を出て行こうとする睦月に、和衣は驚いて声を掛けたが、睦月は「後で」とか言っている。
「ダメむっちゃん。ご飯食べた後は、ちゃんと片付けなきゃ!」
けれど、亮のようには甘やかしてくれない和衣は、食事の終わった食器を丁寧に重ね、睦月に流しのほうへ持っていくように言い聞かせる。
睦月は渋々和衣の言うことを聞くが、流しの中に入れた後、これ、洗わなきゃダメ? と和衣のほうを見る。
「むっちゃん、食器洗ったことないの?」
「なー…きにしも、あらず…」
本当にごくたまーに、睦月も使った食器を運ぶ以外の後片付けに参戦するが、どうにもこうにも手付きが危なっかしくて、途中で、もういいよ、となってしまうのだ。
「もぉー、亮てば! そんなに甘やかしてたんじゃ、いつまで経っても、むっちゃん出来ないままじゃん!」
亮だって、最初は全然出来なかったのが、今日までいろいろとやって来たから、肉じゃがまで作れるようになったのだ。
睦月に何もさせないままだと、本当に何も出来ない子になってしまう。
「はい、洗って! 俺、お皿とか拭いてあげるから」
「えー。俺が拭く係りがいい」
「拭くのなら出来るの?」
「んー…多分」
実のところ、食器を拭くのも、あまりやったことがない。
えへへ、と笑う睦月に、和衣は溜め息を零した。
「これだけの量なんだから、さっさとやっちゃおう?」
結局は和衣だって睦月には甘くて、洗う係りと拭く係りを交代してやることに。この際、もうどっちがどっちでもいい。
手早く2人分の食器を片付けて、今度こそ祐介の部屋に向かう。
睦月はチラリと和衣を見てからノブを回してみるが、やはり鍵は掛かっている。睦月は念のためにノックしてみたり、ドアに耳を当てて中の様子を窺ってみたりするが、やはりいないようだ。
「チッ、何してんだよ、アイツ!」
最後に1発、ガツンとドアを殴って、睦月は吐き捨てた。
和衣はシュンとしつつも、申し訳なさそうな顔をしている。
「ゴメンね、むっちゃん…」
「え、何が?」
「何か…いろいろ巻き込んじゃって」
決して和衣に対して怒ったり苛付いたりしていたわけではない睦月は、急に和衣に謝られてキョトンとしたが、意味が分かって、平静さを取り戻した。
「別に、カズちゃんが謝んなくても。つか、やっぱメールしようよ。今どこいんの? て」
「でも…」
そうすれば事は簡単だということは和衣にも分かっているが、何となく踏ん切りが付かない。
そこまでして早く帰って来てもらわなくても、ホワイトデーのお返しなら、明日だって渡せるし…。
「じゃあ、明日にする?」
「んー…」
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (7)
なら、先にお風呂行く? と睦月が声を掛けようとしたら、廊下の向こうで声がして、祐介が帰って来た!? と思ったら、それは別の2人組だった。
「お帰りー、いらっしゃーい」
2人のうち1人は寮生の潤だったが、もう1人は見ない顔だったので、友人を連れて来たのだろう。
人見知りの睦月は、その友人くんには、ペコリの頭を下げただけで挨拶を済ませた。
「あれ、祐介、留守じゃね?」
祐介の部屋の隣が、潤の部屋だ。
鍵を開けながら潤は、和衣と睦月が祐介の部屋の前でゴチャゴチャしているのに気が付いて、声を掛けた。
「ぅ? 何で知ってんの?」
自分が知らないのに、隣室の潤が知っているなんて…とは思わないが(思いそうになって、慌てて堪えた)、でも気になる。
「さっき見掛けた、外で」
と、潤が続けた場所は、人気の複合商業施設の名前。
何でそんな場所に? と和衣と睦月が首を捻るより先、友人くんが爆弾を落としてくれた。
「でも、アイツの彼女、結構かわいくなかった?」
………………。
……………………。
…………………………。
、
え、彼女?
………………。
え、彼女?
「ん? カズ?」
ピタリと動きを止めた和衣に、潤が、どうした? と首を傾げる。
和衣だけではない、睦月も口をポカンとさせたまま、固まっている。
「え、え、潤くん。それホントにゆっちだった? 見たの。何か違う人じゃなかった? 違う人でしょ?」
先にハッと我に返ったのは睦月で、どうかそれが潤の見間違いであることを願って、聞き返す。
だって祐介の彼女は、彼女ではないけれど、恋人は和衣で、今日1日、彼は祐介と会えていないのだ。他に誰が祐介と一緒に歩くというのだ。
「いや、祐介だったって。だって向こうだって、俺のこと気付いたし。挨拶…てほどじゃないけど、ちょっと『よっ』て感じで」
と、潤は片手を少し上げて、そのときの様子を再現してくれる。
そして、その隣には、祐介の『彼女』がいたと言うのだ。
「え、えー、それ、別に彼女じゃないんじゃない? つか、ホントに女の子だった? 男だったんじゃない?」
「いやいやいや、それはない。だって超短ぇスカート穿いてたし」
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (8)
「でも彼女かどうかは…、学校の、あの、ゼミとか一緒の、子、とか」
「いや、でも年下ぽかったし。腕組んでたし」
「ッ!!!!」
「腕組んでたっつーか、組まれてたっつーか」
「引っ張られてた!」
ガーーーーンッッ!!! と、激しくショックを受けている睦月をよそに、潤と友人くんは、そのときの祐介の様子を思い出して、笑っている。
年下で、少し気の強そうな女の子に、グイグイと腕を引かれて行く祐介を見て、あぁやっぱり彼女の尻に敷かれてんだな…と思ったらしい。
「だからもしかしたら、今日は帰って来ねぇかもよ?」
「彼女とお泊まりでなっ」
2人にしたら、たあいもない話題。
まさかそれで睦月がショックを受けているとも、和衣が最初の『でも、アイツの彼女、結構かわいくなかった?』以降、思考がすっかり機能停止して、何も考えられずにいるとも思っていなくて。
じゃーなー、と潤は手を振って、友人と部屋に入って行った。
「カ…カズちゃ…」
「部屋…戻る…」
睦月はただでさえ、人ほど恋愛経験は多くないし、誰かから恋愛相談を持ち掛けられた経験もないのに、いきなりこんな修羅場寸前の状況に直面させられても、どう対処したらいいか分からない。
部屋に戻るという和衣を引き止めたほうがいいのだろうか、でも一緒にいて、どんな言葉を掛けたらいいのか、どう接したらいいのか、さっぱり分からない。
「カズちゃ…」
睦月が、どうしよう、どうしよう…と思っているうち、和衣は、いつの間にか落っことしてしまっていたクッキーの包みも拾わず、フラフラと自分の部屋のほうへと向かって行ってしまう。
「ちょっちょっカズちゃん待って! 待って待って」
睦月は慌てて追い掛け、和衣を引き止めた。
「ねぇ何かの間違いだって。ね、カズちゃん」
世の中には、恋人がいても、他の人と愛し合ったり体の関係を持ったりする人はいるけれど、まさか祐介に限って、それはあり得ないと思う。
それは単に和衣を慰めたいからそう言うわけではなくて、幼馴染みとして、もう20年も一緒にいるんだから、絶対にそう思う。
「ね、メールしよ? ゆっちに。あ、電話!」
「ヤダ…」
潤たちの話が嘘か本当か、でも真実は祐介に確かめたい。確かめるべきだと思う。
もう嫉妬深いとか、鬱陶しいとか、そんな場合じゃないだろう。
「カズちゃん、」
「ヤダッ…、だってもしそれがホントに彼女だったら…」
真実を知るのが怖い。
もし祐介が一緒に歩いていた女の子が彼女だったら。そうしたら和衣は、祐介と別れることになってしまうのだろうか。
「…ゆっちが帰って来るの、もう待たない?」
「…………」
「カズちゃん?」
「…待たない」
「じゃ、お風呂入って、もう寝よ?」
睦月は、床に転がったままのクッキーの包みを拾い上げた。
落とした衝撃でリボンが少し変になっていたけれど、不器用な自分が直そうと思ってもうまくいかないだろうから、やめておいた。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (9)
和衣もそんな睦月に気を遣ったのか、いつもよりもずっと早くお風呂から上がった。
「別に、もっと長く入ってたって平気だったのに、俺」
「…俺だって、1人でお風呂、平気だったのに」
逆上せかけの赤い顔で睦月が言えば、和衣も強がって、そんなかわいくないことを口走ってしまう。
言ってから和衣は、嫌な言い方をしたと反省したが、今さら謝ることも出来なかった。
脱衣場でしっかりと頭を乾かした後、2人して、トボトボと部屋に戻る。
祐介の部屋の前を通り過ぎようとしたとき、和衣がグズッと鼻を啜ったので、睦月はよしよしと頭を撫でてあげる。
果たして祐介はもう帰って来ているのだろうか。だとしたら、今すぐにこのドアを蹴破って、祐介を殴り飛ばしてやりたい!
「カズちゃん…」
ゆっちが部屋にいるか、確かめてみる? と尋ねても、和衣は首を横に振るだけだった。
まさか寮まで彼女を連れては来ていないだろうけど、今はとても祐介に会える精神状態ではないから。
「じゃ、部屋行こ? あ、今日一緒に寝る?」
「え、むっちゃんと?」
「大丈夫、カズちゃんなら蹴っ飛ばさないから」
睦月の寝相が悪いことは、今までにも散々話題に上っているから和衣も知っているが、何の根拠もないうえに、寝ている間のこと、よくそんなに自信たっぷりに言えたものだ。
「前に一緒に寝たときも、蹴らなかったでしょ?」
「まぁ…」
学園祭の女装コンテストに出場する和衣が、その前日、眠れなくて亮と睦月の部屋を訪れた際、寝惚けた睦月に引き連れられて、同じベッドで寝たことならある。
確かにあのときは、蹴られた覚えはない。
「なら、亮のベッドで寝る?」
「えーヤダよ」
睦月の突拍子のない提案に、和衣はようやく少し笑顔を見せた。
「とにかく俺の部屋来てよ! まだ亮帰って来てないし。ね?」
和衣の返事を聞く前に、睦月はその手を掴んで引っ張る。
いつまでも祐介の部屋の前で、グズグズしていたくない――――睦月がそう思ったときだった。
「へぇ、こういうとこ住んでんだぁ。結構おっきいね」
この寮内では滅多に聞けない、女の子の声。
睦月はハッとして声のするほうを振り返った。和衣も呆然とそちらを見つめる。階段のほう。
「もう住んでるトコ見たんだから、気が済んだろ? 帰れば?」
「ヤダ~。部屋も見る!」
「見たって、何もおもしろいことないから。普通だから」
「普通でもいいよー。お茶くらい飲ませてくれるんでしょ? 今日、歩きっ放しで疲れちゃった」
「それはこっちのセリフ」
女の子と、男の子の会話。
女の子の声に聞き覚えはなかったけれど、男のほうは。
「むっちゃん…」
和衣は呆然と、睦月のスウェットシャツの裾を掴んだ。
その声は、今日1日、和衣がずっと待ち続けていた、でももう会いたくないと思っていた人の声に違いない。まだ姿は見えないけれど、親しげに女の子と話しているのが分かる。
その姿を見ないうちに、部屋に戻ってしまいたい、いや、どこでもいいから逃げてしまいたい、でも足が動かない。
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地震/新潟
私は無事ですが、建物等の被害がありました。
まだ揺れてます。
対応のため、当面更新できないかもしれません。
2011/3/12
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ご心配くださったみなさまへ
幸いにも私や家族はケガもなく、また住宅も被害はありませんでしたが、少し離れた地区では、建物被害や道路、水道の被害等も多くあり、避難している人もいます。
復旧には、もうしばらく掛かりそうです。
また、東北地方太平洋沖地震では、こちらより何十倍、何百倍もの被害が出ているかと思います。
この土日は、地震対応で殆どテレビを見ておらず、情報があまりないのですが、情報を得るたびに被害に遭われた人の数が増えていっており、大変胸を痛めております。
被害に遭われた方にお見舞い申し上げるとともに、お亡くなりになられた方のご冥福をお祈り申し上げます。
それから、いろいろなサイトやブログでも掲載されており、ご存じになった方も多いと思いますが、「ボランティア」と「救援物資」はまだ待って! です。
私は新潟に在住しており、大きな地震は何度か経験しているので分かるのですが、被災地は本当に目の前のことで手いっぱいで、受け入れ態勢は何も整っていません。
いきなり来られたり、何か送って来られたり、ボラや物資が必要かどうかを問い合わせられたりしても、対応しきれません。
せっかくの善意を無駄にしたくはありませんが、大変困ってしまいます。
なので、そういうことは要請があってからにしてくださいね。
明日から計画停電も行われるようですから、今出来ることは、「節電」でしょう。
あと、私はよく分からないのですが、恐らく募金を受け付けているところもあると思うので、そういう善意もお願いします。
被害に遭われた方、また、人的・物的被害がなくても怖い思いをされた方はたくさんいると思いますが、そういった方も、互いに励まし合ってがんばりましょうね。
さて、お話の更新ですが、私は書き溜めたお話を少しずつアップしていて、ストックがあるため、明日の分は今のうちに予約投稿したいと思います(毎朝7時ちょっと前更新が、恋三昧なので(笑))。
このような状況の中では不謹慎かなとも思ったのですが、自分を元気づけるためにも、ちょっとだけ通常営業ぽいことをしようと思います。
夜になると気持ちが不安定になるというか、揺れに大変敏感になっていて、揺れていなくても揺れている気がしたり、ちょっとでも揺れると不安感が強くなったりするので、いつもみたいなことをしたら、元気になれるかしら? という素人考えです。
ただ、私は仕事上、地震対応の業務が大変多く、ゆっくりPCに向かえる時間が今のところ少ないので、不定期更新になるかもしれませんし、いただいたコメント等にお返事が遅れるかもしれません。
家には帰れているのですが、PCよりも睡眠時間を確保したくて。
すみません。
ただ、いただいたコメントにはいつか必ずお返事いたします。
大変なときに迷惑かしら、と思いながらのコメントだったかと思いますが、本当に励まされています。ありがとうございます。
被害に遭われた、各所のたくさんの方々のご無事を心よりお祈りいたします。
復興には時間が掛かりますが、少しでも早くの復興を願います。
怖い思いをする人がたくさんいるので、もう余震が起きないことを祈ります。
2011/3/13 如月久美子
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (10)
祐介と、隣を歩く女の子。
先ほど潤が言っていたように、短いスカートの、少し気の強そうな。
祐介はいろいろとショップの紙バッグを抱えていて、でもそれはどう見ても女の子のお店のものだから、彼女のものなのだろう。祐介が、買ってあげたの?
和衣の足元が、フラリと揺らいだ。
「あれ、2人とも何して…、て、」
「こんのバカーーーーー!!」
「へ?」
部屋に向かって歩いて来た祐介が、自分の部屋の前にいた睦月と和衣に気付いて声を掛けようとした、それとほぼ同時に、睦月は拳を振り上げた。
「あ、むっちゃん?」
しかしそれが祐介にヒットする寸前、妙に明るい女の子の声が睦月を呼んだ。
祐介の、『彼女』…………!!??
「あ、えっ? 由里(ユリ)ちゃんっ…!?」
「だぁ~~~、イッテーーー!!!」
「あ、ゆっちゴメン」
彼女の――――由里の声は、睦月を止めるのには一役買ったが、残念ながら一歩遅く、慣性の法則どおり振り上がった拳は、見事に祐介にクリーンヒット。
帰って来て早々、まさか睦月に殴られるなんて思ってもいなかった祐介は、もちろん何も身構えていなかったから、そのままキレイに後ろに吹っ飛んだ。
「え、ちょっ、お兄ちゃん大丈夫!?」
由里は驚いて祐介のもとに駆け寄った。
「お…兄、ちゃん…??」
まったく何もかも状況の把握できない和衣は、ただポカンと、頬をさすりながら起き上がる祐介を見ていた。
*****
「野上由里です、こんばんはー」
廊下で騒がしくし過ぎだと気付いて、由里も連れて慌てて祐介の部屋に上がり込み、部屋の真ん中にあるローテーブルを4人で囲む。
大変申し訳なさそうな顔をしている睦月と、不機嫌丸出しの祐介、そして何が何だか分からずにいる和衣を前に、由里はニコニコとそう挨拶した。
野上由里。
言わずもがな、祐介の妹である。
「いもーと、さん…」
由里に自己紹介されても、睦月に彼女が祐介の妹であることを説明されても、まだ和衣は十分に状況が把握できなくて、呆然としていた。
だって、祐介に妹がいるなんて聞いたことがない……こともなかったが、こっちにいて、一緒に買い物が行くほどだなんて全然知らなかった。
「俺も知らなかった。由里ちゃん、いつからこっちいたの?」
「あ、もう全然こないだ。私、春から大学行くんで。昨日やっと引っ越しの荷物が片付いたばっかななの」
どうやら睦月も知らなかったらしく驚いていたが、由里はこの春から大学に進学し地元を離れて暮らすのだという。
そして昨日ようやく片付けが終わったので、今日は『進学祝い』と称して、祐介にあちこち連れて行ってもらったというわけだ。
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今回の地震報道で、子どもたちはストレスがだいぶ溜まっているようです
私、ツイッターしないんで、あんま分かんないんですが、今回の地震について、いろいろ呟かれていますようなので、覗いてみました。
主な内容としては、連日テレビで地震のニュースが流れているが、そのニュースを見続けている子どもたちに、相当なストレスが溜まっている。夜泣きしたり、今は大丈夫でも、後で熱を出したり、お腹を壊したりする。テレビを消すか、何か楽しい番組の録画を見せてあげて。――――というようなこと。
詳しくは「https://twitter.com/turubaba」で。
これ、本当です。
子どもだけに限ったことではありません。大人でも、ずっと見続けていると、ストレスや不安感が募って、気持ちが滅入ってしまいます。
現に、私もそういう感じです。
目を反らせない現実ですし、被災された方は、みんながテレビなどを見てほしいと願っていると思いますが、元気な人が元気がなくなってしまうと、よくなるものもよくなりません。
ときどきは気を紛らわせることも大切だと思います。
大変なときですが、みんなで励まし合い、助け合ってがんばりましょう。
ところで、「計画停電」は、全然「計画」どおりになっていないようですね。
鉄道各社の協力のおかげで停電しないで済んだ、というのが、単なる言い訳でないのなら、社会の混乱が大きくならないよう、個人でもさらなる節電に協力しなければですね。
そこで、こちらにお出でくださるみなさまへのお願い。
大変な状況の中、お出でくださり、本当にありがとうございます。
お話を含め、隅々まで読んでいただきたいと思っていますが、このような状況下ですし、いつもより1分早くPCの電源を切るよう、心がけませんか?
夜は1分早く電源を落とし、就寝。
朝なら1分早く電源を落とし、出勤。
よろしくお願いいたします。
私も今日はこれでPCの電源を落とします。コメント等も後で必ず読みますし、返信いたしますので、ご理解ください。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (11)
ところで昨日は、職場で取った電話が、いきなりのクレームでビビりました。県外の方で、ウチの職場に対するクレームというよりは、何か思い込みによるものだったのですが、その方もこの地震でいろいろなストレスを溜め込んでいるようでした。怖かったです。
早くみんなの心に平穏や平静さが戻りますように。
「大学合格したの? おめでとう。由里ちゃん、ゆっちに何か買ってもらった?」
「うん。欲しかったバッグがあって。それ買ってもらった」
「ふぅん」
「それ以外にもいろいろ買ってやっただろ! メシだって奢ったし!」
祐介は苛立たしげに、テーブルを指で叩いた。
引っ越しの手伝いはともかく、今日1日、由里に付き合わされた挙げ句、最後の最後に睦月に殴り飛ばされたのだ、機嫌だって悪くなる。
兄として妹の進学を祝う気持ちはあるし、それを形にして贈ろうとも思っていたが、まさかここまでいろいろと引っ張り回され、付き合わされることになるとは。
なのに由里は、「いいじゃん、どうせお兄ちゃん、暇だったんでしょ?」なんて、あっけらかんとしている。
「あの、祐介…」
不機嫌そうな祐介を前にして、和衣は何だか居心地が悪いような、何も悪くないけれど謝りたいような……むっちゃんか由里さん、もっとちゃんと祐介に謝らないかな…と思ってしまう。
しかし祐介とは長い付き合いの2人は、そんな様子まるで気にならないのか、久々の再会を喜んでいるだけだ。
「…祐介、あの…大丈夫?」
「え?」
そんな、思い切り殴られておいて、大丈夫なわけがないのに。
でも和衣は、何と言ったらいいかうまい言葉を見つけられなくて、結局そんなふうにしか尋ねることが出来ない。
「あの…ほっぺ…」
「え? あぁ、まぁあの…、痛い、けど…」
そりゃそうだろう、としか言いようのない返事を貰って、和衣はシュンとして俯いた。
度が過ぎているとはいえ、睦月が自分のためにやったことだと分かるから、和衣は申し訳なくて仕方がない。
しかし、そんな事情を知らない祐介は、なぜ和衣が落ち込むのか分からないし、実のところ、単に聞かれたことに答えただけで、和衣に対してぶっきら棒に答えたつもりもなかった。
「あ、そういえばさぁ、むっちゃん、さっき何でお兄ちゃんのことぶっ飛ばしたの? いきなり」
和衣がへどもどしていたら、睦月とベラベラ喋りまくっていた由里が、思い出したように、祐介が殴り飛ばされてからずっと思っていた疑問を、睦月にぶつけた。
和衣は、祐介の反応が気になって、チラリと視線を向けた。
「いや、何か…勢い余って?」
「えー何それ」
祐介をぶっ飛ばすまでには、睦月と和衣の間でもいろいろなことがあって、まぁそれはいろいろと大変だったんだよ、とは、説明するのも面倒くさかったので、睦月は適当にごまかした。
その答えに由里はおもしろがって笑っているが、祐介には通用するわけもなく、「何の勢いだよっ」と突っ込まれてしまう。
「あ、あの、ゴメ…祐介…」
「え? え、何が?」
我慢できずに和衣が謝れば、突然の謝罪に祐介は首を傾げた。
睦月には、本気で謝られても謝り足りないくらいのことをされたが、和衣からは何かされた覚えはないのだが。
「あの、何か……あの…」
本当のことを話そうにも、よく考えたら今は由里もいるから、言い出せないことに気が付いた。
まさか実の妹を彼女と勘違いして、ヤキモチを妬くどころか、ショックでフリーズしてしまっていたなんて、言えるわけがない。
「つーか由里、もういい加減、帰れって。ここには泊めらんないんだから。これ以上遅くなったら危な…」
「もーお兄ちゃん、相変わらず過保護! まだ9時過ぎたばっかじゃん」
由里はケラケラ笑っていたが、祐介の言葉は、由里の相手が面倒くさくなったからではなくて、本気で妹のことを心配してのものだということが分かる。
過保護なのは睦月だけにだと思っていたが、どうやら妹にもこの調子のようだ。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (12)
買いだめしたい気持ちは分かります。
今、私の住んでいる地域でも、町内業者も燃料が入荷されず、在庫不足から購入制限が出ています。家にある燃料が切れたら…と思うと、怖くて買っておきたくなります。
でも、こういう事態ですので、買いだめ・買い占めは自粛しましょうね。
新潟も、今日は雪です。職場も燃料が足りなくなり、暖房が点かない状況です。
みなさま、風邪などひかないよう、気を付けてくださいね。
「地元だったら心配しないけどっ…」
「私、これからこっち住むんだよ?」
「そうだけどっ」
「え、由里ちゃん、一人暮らしすんの? 1人? 1人で生活すんのっ!?」
由里のことが心配で堪らないといった様子の祐介を遮って、睦月が全然違った切り口で驚いている。
睦月は今でも、一人暮らしなんて、とんでもない超人がするようなことだと思っている節があるのだ。
「そうだよー、一人暮らし。むっちゃんと違って、1人でご飯作れるしね」
笑顔でブイサインを作る由里は、見た目に違わずきっぱりした性格のようで、兄の親友とはいえ、年上の男に向かって、あっさりバッサリとそう言った。
しかしこればかりは、実家を離れてから既に3年も経つのに、未だに食事の後片付けすら儘ならない睦月に、言い返す言葉はない。
和衣は先ほどの、覚束ない手付きで食器を拭いていた睦月を思い出して笑ったが、それはしっかり睦月に気付かれていて、こっそり蹴飛ばされた。
「でもまぁいっか。お兄ちゃんの住んでるトコも見たし、今日はもう帰るね」
睦月と和衣はすでに風呂上がり、あとは寝るだけの格好をしているし、いくら規則の厳しくない寮とはいえ、いつまでも部外者、それも女性がいるのはよくないと思ったのだろう、由里は荷物をまとめて立ち上がった。
「あ、お兄ちゃん。いくら妹だからっつって、女の子が来たときはお茶くらい出してよね。彼女に嫌われるよ」
「うるさいっ。送ってくから、ホラ、荷物っ」
由里にからかわれ、柄にもなく祐介は顔を赤らめながら、ぶっきら棒に由里の手から荷物を奪った。
何だかんだ言っても、祐介はひどく優しい男なのだ。
「はいはいはーいっ! 俺が由里ちゃん送ってく! ねぇゆっち、いいでしょ?」
何を思ったのか、睦月がいきなりそんなことを言い出した。しかも、小学生みたいに元気よく挙手して。
由里的には、別に誰が送ってくれてもいいし、ここからなら電車で乗り換えなしだから、送ってくれるまでしなくてもいいのだけれど。
「でもむっちゃん、帰り…」
心配そうに言ったのは、和衣だ。
由里を送って行った後、睦月はまたこの寮まで帰って来なければならないのに。バイト帰りですら睦月を1人にさせたくないくらい、祐介に負けず劣らず過保護な和衣は、それを心配する。
「大丈夫。亮のバイト終わるから、一緒に帰って来るし。ちょっ、俺着替えて来るから、由里ちゃん、ちょっと待ってて」
「うん」
睦月はパタパタと部屋を出て行った。
「…てかさ、お兄ちゃん、ここマジ赤いけど」
「当たり前だよ。本気で殴られたんだぞ!」
睦月がいなくなって、由里は改めて祐介の頬を指差して笑ったが、祐介にしたら笑い事ではない。
訳も分からず殴られた後、何となくあっさりと謝られたきり、どうして殴られたのか、その理由を少しも明かされていないのだ。
なのに睦月自身は、もうすでにそのことはどうでもよくなったのか、全然悪びれたふうもなく、由里を送っていくと張り切って支度をしに行ってしまった。
「むっちゃんてさ、相変わらず、何かあると手が出るんだねー」
「だから、笑い事じゃないっつの!」
由里の言葉に祐介はまた機嫌を損ねたが、彼女の言い方からして、睦月のその性格は、相当昔からのようだ。
そういえば和衣たちが初めて会ったときも、女の子に間違われてナンパされていた睦月は、その男の胸倉を掴み上げていたっけ。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (13)
自分がいないところでいろいろ言われているなんて思ってもいないだろう、睦月が完全防備で戻って来た。
「むっちゃん、厚着過ぎ!」
「だって寒いもんっ」
ダウンジャケットにマフラーはもちろん、手袋とニットキャップも装備した睦月に、由里は笑い出す。
春物のコートにミニスカート姿の由里とは、本当に対照的な格好をしている睦月は、寒いのは大の苦手のくせに、どうして由里を送っていく役を買って出たのだろう。
「由里ちゃんこそ、寒くないの? スカート」
「平気。慣れてるもん」
由里は祐介から荷物を受け取って立ち上がった。
やっぱこういうときって、荷物持ってあげたほうがいいのかなぁ、と睦月は思ったけれど、荷物が多いの苦手だし…とも思う。それで結局、半分だけ持ってあげることにした。
それがいかにも睦月ぽくて、笑ってしまう。
「じゃーねー」
睦月は祐介と和衣に手を振った後、和衣の背中をバシンと叩いてから、由里と一緒に部屋を出て行った。
そして和衣は、そこで初めて、睦月が由里を送っていくことを申し出たのか気が付いた。睦月は、和衣たちを2人きりにさせてあげたかったのだ。
その証拠に、お風呂に行くときに部屋に置いて行った、祐介に上げるためのクッキーの包みを持って来てくれた。
(…ありがと、むっちゃん)
いろいろと面倒くさがるけれど、睦月はやはり和衣に対して優しいのだ。
「ねぇ祐介」
ようやく2人きりになれて、和衣は少し祐介のほうへずり寄る。
祐介は、「ん?」と和衣の顔を覗き込んだが、和衣が寄り掛かると、その肩を抱き寄せてくれた。
ふと見れば、祐介の頬は、まだほんのり赤い。…引っ叩くどころでない、本当にぶっ飛ばしていたのだから、当たり前だ。
「…むっちゃんのこと、怒んないでね?」
「まぁ、…うん」
和衣に言われなくても、もうあのまったく何も悪びれた様子のない、というか、殴ったこと自体忘れてしまっているのではないかという睦月に、今さら怒る気力も起きない。
それでも和衣がひどく気にしているようなので、「怒んないよ」と伝えた。
「祐介てさ、いいお兄ちゃんだね。優しくて」
「何急に。つか、どの辺が?」
優しいと言うよりは、単に由里に振り回されていただけなのでは? と祐介自身は思うのだが。
昔から、気の強い妹2人に、祐介はずっと振り回されっ放しなのだ。
「俺の兄ちゃん、超怖いよ? 全然優しくない」
「全然?」
「…まぁ、ちょっとは優しいけど」
一番上の兄は、年が離れているせいかそうでもなかったけれど、和衣が小さいころ聞かん坊だったからか、2つ上の二番目の兄とはケンカばかりしていたし、和衣にとっては結構怖い存在だった。
「それは男兄弟だからじゃない? さすがに妹相手じゃ」
「ホラ、優しいー」
「そうか?」
和衣が微笑ましそうに笑っていて、祐介は、そうかなぁ? と思うけれど、少し気恥ずかしくて頭を掻いた。
そんな祐介は、何となくかわいいようにも思える。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (14)
「え?」
和衣は、睦月に渡されてから、ずっと隠すように手の中で弄んでいた包みを、祐介のももの上にさっと乗せた。
もう全然うまいタイミングなんか見つけられなくて、唐突に話題を変えてしまったせいか、祐介がポカンとしているのが分かって、和衣は視線を彷徨わせてしまう。
「祐介はいいお兄ちゃんだけど、俺は弟じゃなくて……その、恋人…だから。バレンタインのときの、その…お返し」
あ、角が潰れてる。
何言ってんだろう…と恥ずかしくなって俯いた和衣の視線の先、祐介に渡した包みの、角の部分が潰れてしまっている。
(しかも、何かリボンも変になってるし…)
渡してから気が付いたけれど、何だか全体的にヨレヨレで、プレゼントとして、これってちょっと…。
まぁ、問題は外見じゃなくて中身だよね! …と和衣は思ったが、祐介は、ひどく驚いた顔で受け取った後、優しく笑ってお礼を言ったものの、すぐにはその包みを開けてくれない。
(やっぱこんなじゃ…。つか、それ以前に、バレンタインにチョコ贈り合ったのにホワイトデーもなんて、やっぱ鬱陶しかったかな…)
祐介の反応に、ついまたネガティブ和衣が発動してしまい、勝手にどんどん落ちて行ってしまう。
和衣が密かに落ち込んでいるとも知らず、祐介は「ちょっと待って、和衣」と、貰った包みをテーブルに乗せ、自分のカバンを引っ張って来て、中を探り始めた。
「…はい、これ」
「え?」
祐介が、カバンから取り出したものを、和衣のほうへと差し出した。
薄いピンク色をしたシフォン素材の袋の口を、リボンで絞った包み。かわいい形のキャンディが、透けて見える。
和衣はパチパチと何度か瞬きしたけれど、脳が機能停止状態からうまく復旧していないのか、何だかよく分からなくて、呆然と祐介を見つめてしまう。
「え?」
「え、ホワイトデー…」
何度も和衣が聞き返すものだから、祐介のほうも不思議そうな顔になって、「えっと、ホワイトデーだから…」と繰り返した。
「え、え? 俺に? え、俺にっ!?」
「うん」
ようやく祐介の言葉が脳に行き渡ったのか、和衣は目を真ん丸に見開いた。
先にお返しを渡したのは和衣のほうなんだから、そんなに驚かなくてもいいのに…と、祐介は和衣の驚き方に、少し笑ってしまう。
「え…俺に…?」
「そうだってば。何でそんなに疑うの?」
「だっ…だって…ホワイトデー…。だって、祐介…」
どうしても信じられないらしい和衣に、とうとう祐介は声を上げて笑い出す。
戸惑いながらも和衣は、祐介の手から、そのかわいい包みを受け取った。
「俺に…。祐介、ありがと…。俺、貰えるとか思ってなかったから…」
自己満足かもしれないけれど、和衣は、祐介に渡せたらいいと思っていただけで、そりゃ貰えたら嬉しいけれど、祐介がホワイトデー忘れていたとしても、それは仕方がないと思っていたから。
ビックリしたのと嬉しいのとで、気持ちがフワフワしてくる。
「まぁ…あの…、…うん。由里が…」
「え?」
「いや…、何か今日買い物してたら、由里が買ったほうがいいって。俺、どうしようか悩んでたんだけど…」
祐介は、少し気まずそうにモゴモゴしながらも、素直にそう打ち明けた。
先ほどの由里の雰囲気からして、『買ったほうがいいに決まってんじゃんっ!』と、祐介を押し切ったに違いない。
でもそれでも、祐介は、そこまでするのを面倒くさいとか、ウザいとか思わないでいてくれたんだ。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (15)
今日は喜怒哀楽がいっぱいあった1日で、でもまさか最後にこんなことが待ってるんて、思ってもみなくて。
今まで祐介と一緒にいて、嬉しかったこととかいっぱいあったのに、今日は一段と胸がいっぱいになってしまう。
「え、そんなに何かいろいろあったの? 今日?」
和衣が1人で(いや、睦月も巻き込んで)、勝手にヤキモキしていたことを知らない祐介は、不思議そうな顔をする。
だから和衣は、本当は内緒にしておこうと思っていたことを、正直に打ち明けることにした。思っていることを言わないでいると、却って後で大変な事態に陥ることは、経験済みだから。
「…あのね、今日祐介ずっといなかったじゃん? で、ホワイトデーの、いつ渡そうかなーとかって思ってたら、俺、バイトあんの、すっかり忘れてたの」
「え、バイト行かなかったの?」
「むっちゃんが迎えに来てくれて、思い出した。そんでね、バイトから帰って来ても祐介いないし、むっちゃんと一緒にご飯食べて、それでもいなくて、そしたら潤くん帰って来てね、」
そこでいったん言葉を止めて、和衣は祐介を見た。
「祐介、彼女と一緒だったよ、て言われた」
「…………、はっ!? え、あの…彼女? え、誰の? 俺の?」
何にも全然やましいことはないけれど、急に浮上した自分の浮気疑惑に、祐介は困惑する。確かに今日、潤とは会ったけれど、それでどうして『彼女と一緒だった』なんて言われてしまうんだろう。
少しも気付いていない様子の祐介に、和衣はクスリと笑った。
祐介のことはもちろん信じているけれど、もし本当に浮気をしていたのだとして、ここまで気付かないふりが出来たら、本当に名演技だ。
「祐介、今日は由里ちゃんと一緒だったんじゃないの? 1日」
「え、そうだけど…、あっ、えっ? もしかして由里のこと!?」
和衣に言われて、祐介はようやくハッとした。
まさか潤は、由里を見て、祐介が彼女といると思ったのだろうか。
…あぁしかし、祐介は一緒にいたのが妹だから何も考えていなかったし、意識もしていなかったけれど、知らない人が見たら、そう思ってしまうかもしれない。
「祐介が、ホントに誰か別の彼女とデートしてたんでなきゃ、潤くんが見たの、由里ちゃんだと思うけど」
「いやいや、誰ともしてないし。由里だから、マジで」
由里の買い物に付き合わされているときに、潤に会ったのだ。
もちろん他の誰かとデートもしていないし、潤が和衣に話したのは、間違いなく由里のことだ。
「きっと潤くんたち、由里ちゃんが祐介の彼女だ、て思ってるよ?」
「勘弁して」
祐介は心底嫌そうに即答した。
あれが妹だからいいようなものの、彼女だったら、少しどころでなく苦手かも…。男を尻に敷くほど気が強いのは、身内だけで十分だ。
「…ていうかさ、睦月が俺殴ったのって、もしかして…」
「あわわわわ、…ゴメンね」
和衣と睦月がずっと一緒にいたのなら、睦月だって潤の話を聞いているはずで。
祐介が、和衣でない誰か他の女の子とデートをしていたのだと、そう思ってしまったのだとしたら…。
「潤くんたちの話聞いた後で、あの、祐介たち帰って来たから……ゴメン」
「いや、いいんだけど…」
睦月の暴挙の理由が分かったところで、別に和衣を責めるつもりもないし、今さら睦月に怒る気力もない。
大体、睦月の傍若無人ぶりには、子どものころから慣れているのだ。
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キャンディじゃなくてキスが欲しいよ (16)
「いや、それは……誰だってそうでしょ。俺だって和衣のこと信じてるけど、そんなこと言われたら、最初は絶対ガーンてなるよ」
相手を信じているからこそ。
強くもなれるけれど、弱くて脆くもなるから。
「ホント、よかっ…」
ホワイトデーどうしよう、と悩んでいたときから、ずっと張り詰めていた気が抜けて、和衣はほぉ…と息をついた。
今日は1日、ずっとこの腕が欲しかった。こうやって抱き寄せてほしかった。
「和衣、これ食べる?」
「ぅ?」
「糖分、補給する?」
「…えへへ、食べる」
持ったままにしていたキャンディの袋を指差され、和衣はコクンと頷いた。
今日はフル回転させたり、思考停止に陥らせたり、頭を酷使し過ぎたから、確かに糖分補給は必要かも。
和衣が袋のリボンを解いたら、祐介が中から1つキャンディを取り出して、個包装も開けてくれるから、甘えて、すべてお任せしてしまう。
「…甘い」
思いがけず『あーん』までされてしまって、和衣は恥ずかしいのを紛らわすように、ちょっと素っ気ないような、かわいげのないセリフを吐いてしまった。
「甘い? 何味?」
「…いちご。いちごミルク…かな?」
口の中で融けていく、幸せの味。
寄り掛かったまま祐介を見つめていたら、祐介の顔が近付いてきた。
「…ん? ンッ!?」
顔、近すぎない? なんて思っていた和衣は、相当なのん気者かもしれない。
気付いたときには、唇が重なっていた。
「ゆぅ…」
「いちごだ」
祐介にキスされたのだと分かって、俄かに和衣の頬が赤くなる。
もうキスなんて何度もしているけれど、こういう不意打ちには弱いのだ。
(俺、キスしてほしそうな顔、してたかな…?)
今日はずっと祐介不足の状態だったから、もしかしたら、知らずそんな顔になってたかも…。
だってそりゃ、お返しのキャンディはすてきな贈り物だけれど、それよりもやっぱり、キスのほうが何倍も魅力的だから。
「ゆーすけ」
「ん?」
「…キス、して?」
自分からねだっておいて顔を赤くしている和衣に、祐介は思わず口元を緩ませる。
まだキャンディを舐めている途中で、片方の頬が膨らんでいて、それはすごくあどけないのに、無意識に潤んでしまっている瞳が、色っぽい。
「ゆ、ぅ…?」
何で笑ってるの? 俺やっぱ変なこと言った? と、その瞳が不安を宿す前に、祐介はその甘い唇に、キスを落とした。
*****
翌日。
祐介がクッキーの包みを開けたら、和衣が落っことしてしまった衝撃で何枚か割れていて、外見がヨレヨレでも中身で勝負! と思っていた和衣は激しく絶望したが、そんな和衣に、祐介は優しいキスを上げたのだった。
illustration by ポカポカ色
ちなみに睦月は、愛菜と眞織へのホワイトデーのお返しに、ママの味でお馴染みのキャンディを、各味取り揃えて贈ったとか(コンビニの袋のまま)。
*END*
back
当初、ホワイトデーにゆっちさんが留守で、カズちゃんがヤキモキしてるだけのお話だったんですが、これだけカズちゃんが大騒ぎして、何の理由もないて言うのもなぁ…て思ってたら、女の子に振り回されるゆっちさんになりました。
最初は、由里ちゃんの役、愛菜ちゃんだったんだけど、愛菜ちゃんがゆっちさんをここまで振り回す理由がなくて……結局、妹さん登場です。きっとゆっちさん、もう1人の妹にも、こんな調子なのかと。
てか、由里ちゃんを送ってったむっちゃん、由里ちゃんと一緒にいるところを亮タンに見られてたらおもしろいのに。
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死にたい三月
「今どき、第2ボタンとか、流行んねーだろ。そんなの」
窓の外、卒業式を堂々とおサボりしちゃったアイツに、真っ赤な顔して告ってる女の子。
見ない顔だなぁ。1年かな。
あーあ、もう死んじゃいたい。
死 に た い 三 月
「彗(スイ)ー、帰ろうぜ」
ガラガラとうるさく開いたドアの音に、ふと意識が戻る。
ストーブも消えちゃって、誰もいない教室。結構寒い。
俺は壁に凭れて、後輩の子とかに貰った花束とかプレゼントに埋もれてる。半分は克希(カツキ)が貰ったのもの。
「彗、帰ろ?」
「んー」
手を伸ばしたら、克希が引っ張って体を起こしてくれた。
克希の片手には、またプレゼント。
さっきの子から貰ったのかな。
「俺と帰ってていいわけ?」
マフラーを巻き直しながら尋ねると、克希がきょとんとした顔で振り返った。
「何で?」
「さっきの子と帰んなくていいの?」
「あー……見られてた?」
「こっから丸見え」
あー、荷物多くてめんどくせぇ。
女じゃないんだし、花とかこんなに貰っても、困るよ。
つーか克希、貰ったばっかのプレゼント、俺に押し付けるな。
「かわいい子だったじゃん」
「だって別に好きじゃないし」
サラリと克希は言ってのける。
かわいそうに。
コイツはこういうヤツなんです。
あんな純情そうな子にはもったいない。…………ううん、あんな子に、克希はもったいない。
「でも、ボタン上げてたじゃん」
「ボタン?」
「第2ボタン」
「だって欲しいって言うから」
「他にも欲しがってた子、いたと思うけど」
そうだよ。
克希のボタン、欲しかったのは、あの子だけじゃない。
「彗も、欲しかった?」
「何で俺が、」
克希のボタンなんか、欲しがらなきゃいけないの。
「欲しくないの?」
「欲しくないよ」
欲しがらなきゃいけないの。
どうせ貰えっこないもの。
欲しくなんか、ない。
「そっか。じゃあ上げない」
「え?」
驚いて顔を上げたら、克希の右手に制服のボタン。
「何、で…?」
「彗に上げようかな、って思ってたから」
でもいーや。
克希はそう言って、教室の窓を開ける。
決してキレイとはいえない投球フォーム。
「え? え? ヤダ、待って!!」
待って待って待って!!
花束とかプレゼントを蹴散らして、克希の背中にギュッと抱き付いた。
勢い付いて克希にぶつかったから、克希は窓の縁んとこにお腹ぶつけて、「ぐぇっ」とか言ってる。
「いてぇ……何すんだよ、バカ」
「克希…」
ズルズルと2人の体が床に崩れる。
「克希、克希、克希……ふぇ…」
「泣くなよ、バカ」
克希がモゾモゾ動いて、俺のほうを向く。キュウって背中に克希の腕が回って。
あったかくて、心地良くて、涙が止まんない。
「克希、ゴメンー…」
「バーカ。俺が他のヤツにやるわけねぇじゃん」
「だってぇ…」
「もう泣くなって」
涙でグチャグチャになった顔を、克希がハンカチで拭いてくれる。
卒業式だってこんなに泣いてないのに、俺。
そっと、唇が重なって、離れる。
一瞬の、こと。
ビックリしすぎて、涙が止まった。
「あ、ゴメン、思わず…」
克希もビックリしてるみたい。
ふふ、バーカ。
「思わず、しちゃったんだ?」
「うん。好きだから」
「そっか」
「彗は?」
「好きだよ」
今度は俺のほうから、克希にキス。
「彗…好き」
「うん。好き」
あぁ、もう。
死んじゃいたいよ。
手の中にギュッと克希の第2ボタン、収めて。
*END*
昔、別ブログ(閉鎖済み)で書いたのの、焼き直し。もともと男同士で書いてて、でもそのブログでアップするために男×女に書き直してアップして、今回もっかい直しました。
てか、卒業シーズンは、微妙に終わってる…。
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溺れてしまえ (1)
私の住んでるところでは、メールが来ても揺れなかったり、メールが来ないのに結構揺れを感じたりして、「このメール、うるさいだけで全然当たんないじゃん」て雰囲気になってます。
何かオオカミ少年みたい…。
本当に大変なときに、みんなが信用しなくて、被害が拡大したらどうしようと心配です。
どうしてそうなったのか、真大の部屋で借りて来たDVDを見ているうち、翔真はいつの間にか、真大のももに頭を乗せている自分に気が付いた。
最初は2人して、体育座りのように膝を立てて、並んで座っていたはずなのに。
そういえば途中、何となく真大に凭れ掛かったような気がする。それから多分、真大が足を伸ばしたから、横になってそのももに頭を乗せたんだったっけ?
よくは思い出せないが、気持ちいいからいいや…と、翔真はのん気に映画に視線を戻した――――が、それも長くは続かなかった。
画面では、日本でも人気のハリウッドスターが英語で何か捲し立てていて、翔真は必死に字幕を追うが、少しも頭の中に入って来ない。
(あぁ…ヤベェな)
翔真はボンヤリと思った。
映画を見たいと言ったのは翔真で、このDVDを選んだのも翔真なのに、全然映画に集中できなくなってしまって……しかし翔真がヤベェな、と思ったのは、そのことではなくて。
(何か………………ムラムラする…)
一体どこでスイッチが入ってしまったのか、何だかそんな気分になってしまったのだ。
映画はアクションもので、何のエロティックな場面もなかったのに。
少し長くなった前髪を弄ったり、むにむにと唇を押してみたりしたけれど、残念ながら少しも気が紛れなくて、翔真は何となく目の前にある真大の膝に手を乗せてみる。
それから意味もなく膝の上で手を動かしていたら、真大が手を重ねてきた。
「擽ったい、翔真くん」
「…ん」
「どうしたの?」
「…何でもない」
何でもないこともないけれど…………何か言いたくない。
まだ真っ昼間だってのに、こんななっちゃって、欲求不満か? 最後にヤッたのって、いつだっけ? そんなに前じゃない気がする、でも。
テレビの中で、派手に爆発が起こる。
視界の隅に、炎上する車が見える。よく分からない英語のセリフが、頭の中を通過していく。
真大の意識がテレビに戻ったのか、重なっていた手が、ももの脇へと落ちた。
再び手が自由になったのをいいことに、翔真は真大の膝からももの辺りまでを撫で上げてみる。
ビクッと真大のももが震えて、その振動が伝わって来る。何となく何度かそれを繰り返していたら、擽ったいのか嫌なのか、真大の膝がモゾモゾと動いた。
「もぅ、何なの翔真くん」
「…何でもないけど」
「擽ったいからやめてよ」
真大はまた翔真の手に自分の手を重ねようとしたが、翔真はその手を払って、体の向きを変えた。
ももに頭を乗せている状態で、寝返りを打ってテレビから真大のほうを向くと、翔真の目の前にあるのは真大の腹部……というか、下腹部なわけで。
(あぁ…ヤバイな)
ついさっきもそう思ったばかりなのに、また同じことを繰り返している。
ヤバイ……けれど、その衝動への抑止力が薄れていく。
チラリと視線を上げると、真大はテレビに集中しているから、翔真はそっと手を伸ばし、真大の穿いているジーンズのフロントホックに手を掛けた。
「えっちょっ何!?」
先ほどから翔真が何かやっているのは分かっていたが、ジーンズのウエストを引っ張られるような感覚に視線を落としてみれば、翔真がジーンズの前を寛げようとしている。
さすがにこれは、今までのように『何でもない』では済ませられない。真大は慌てて翔真の手を押さえた。
「翔真くん!」
「いーから、お前はテレビ見てろよ…」
「ちょちょちょちょちょっ」
抵抗する真大を無視して、翔真はホックを外すと、ファスナーを下してしまった。
しかし翔真から逃げようと思っても、背中は壁に預けている状態だし、ももに頭を乗せた翔真は、真大が動けないようにしっかり押さえているし、逃げ場がない。
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溺れてしまえ (2) R18
「翔真くっ…ッ、」
ジーンズの中に手を忍び込ませ、下着の上から真大の股間を撫で上げる。
真大のももに手を突いて、今度はうつ伏せの状態に大勢を変え、下着のゴムの部分に指を引っ掛けた。
「ちょっマジ待ってよ、翔真くん!」
「…んだよ」
「何してんの!?」
なぜか若干不機嫌になりつつある翔真に、真大も焦る。
しかしこの場合、もしキレるとしたら、それは真大だろうに。
「いいじゃん、口でしたいのっ。大人しくしてろよっ」
「はいー!?」
言うに事欠いて、この人は一体何を言い出すのだろう。
なのに、慌てる真大を尻目に、翔真は真大の真正面に回ると、真大の膝を立てさせて、その前に身を屈めた。
「いやいやいやいや翔真くん、おかしいでしょ、それ」
「何でだよ、嫌なのかよっ」
「そうじゃなくて! 何なの急にっ」
この体勢で、しかもジーンズの前を広げられた状態で、『口でしたい』の意味が分からないわけもないし、もちろん嫌なわけもないのだが、唐突すぎてわけが分からない。
真大は必死に、翔真の肩を押さえて行為を止めようとするが、翔真の手は真大のボクサーパンツのゴムのところに掛かっていて、今にも脱がさんばかりだ。
「翔真くん、ちょっ待って、お願い! 待って待って!」
「やら」
「んっ…」
すっかりうろたえている真大を笑って、翔真はとうとう下着の前を下げると、露わになった真大のモノを口に含んでしまった。
「ん…ふ、」
「翔真っ…はぁっ…」
咎めるように翔真の名前を呼んだ後、真大の口からは、感じ入った熱い吐息が漏れる。
それに気をよくした翔真は、上目遣いに真大を見ながら、まだ硬さのないそれを口いっぱいに頬張って、たっぷりと唾液を絡めながら舌を動かした。
オーラルセックスは、するのも、されるのも好き。
フェラは、真大と付き合うまでは、相手が女の子だから、もちろんしてもらうことしかなかったけれど、実際にやってみて、嫌じゃないな、て思った。
相手が真大だからかな。そうだろうな。
根元から先端まで舐め上げたり、ちゅばちゅばと音を立てながら吸い付いたりしながら、段々と熱く硬くなっていくソレをうっとりと舐め上げる。
深く口に銜えたまま、何となく視線を上げたら、困ったような表情を隠し切れないまま、しかし感じている真大と目が合った。
「…真大、あのひゃ」
「わっ、ちょっ、そのまま喋んないでよっ」
焦った声で、真大が翔真の頭を強引に上げさせたので、口からズルリと真大の昂ったものが抜け落ちた。
「真大、ヤなの? したくない?」
自分の唾液と、真大の先走りの液で、口の周りがベトベトになっているのが分かる。それを拭いもせず、翔真は下から真大を見上げながら尋ねた。
真大はまだ戸惑った顔をしている。
そんなに嫌ならやめてもいいけど、でも今は何だかいろいろムラムラしているし、やめたくないなぁ。
「真大」
「…別に嫌なわけじゃないけど、何か……すっごい急でビビっただけ。翔真くん、ヤリたいの?」
「うん」
素直に翔真が頷けば、真大は溜め息混じりに肩を竦めた。
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溺れてしまえ (3) R18
「ヤリたい。やろ? つか、やる」
「うわっ」
真大からまだ返事を貰わないうち、翔真は無理やり下着とジーンズをももの辺りまで下ろして、再び頭を下げた。
何だか妙に落ち着いて喋るから、もう萎えてしまったのかと思ったけれど、真大のモノはまだ硬さを保ったままで、翔真は熱く濡れたソレにタラッと唾液を垂らすと、グチャグチャと手で擦り上げた。
「ちょっ、も…翔真く…」
「気持ちい…?」
「いーけどっ…、何でそーゆーっ…」
焦った真大の言葉は、途中で途切れた。翔真が、聞こえないふりで、手の動きを再開したから。
真大が言わんとすることは分かる。多分、『何でそーゆーAVみたいなマネすんの!?』と続けたかったに違いない。だってこれ、この間見たAVで、女優さんがやってたから。
「気持ちいーならいーじゃん」
「んぁっ…」
翔真は、チュパッと先端に吸い付き、舌で舐め回した後、いったん口から出して、追い上げるように擦り上げ、陰嚢を揉む。
頭上から聞こえる、真大の息を詰めるような声が、翔真をも高揚させていく。
2人の熱い吐息と、いやらしい水音と、遠くで爆音。
キーン…と耳鳴りがしているみたいな感覚になって、もうそれ以外のことが分からなくなっていく感じ。
だから。
ちょっと、油断していた。
「ぁっ…」
翔真の口からかすかに甘い声が漏れ、突いていた肘がカクリと折れたかと思うと、その体がそのまま前に突っ伏してしまった。
「ちょっ…まひ…」
何とか腕に力を入れて顔を起した翔真は、実に悔しそうに真大を見上げた。
行為に集中し過ぎていて気付かなかったのだが、いつの間にか、翔真の肩を押さえていた真大の手が離れて、翔真の腰のほうへと伸びていたのだ。
そして、シャツが捲れてわずかに露わになっていた腰の辺りを滑ったものだから、その感覚にビックリした……というよりは、思わず感じてしまった。
「いいじゃんっ…、翔真くんだって気持ちよくなりたいでしょ? 俺にもさせてよ」
「ん…ん、」
そう言いながらも真大は、翔真がじれったそうに腰を捩らせるのを分かっていて、ジーンズのウエストに沿って、指先でそっとその腰をなぞることしかしない。
もどかしい刺激が嫌で、翔真は恨めしげに真大を睨んだ(もちろん口には、昂った性器を銜えたまま)。
「もっ…やるならちゃんとしろよっ…、バカ真大っ…!」
「だってズボン下ろせないんだから、しょーがないじゃんっ。手、届かないのっ…!」
真大だって、何も仕返しをしたくて、翔真を焦らしているわけではない。
壁に背中を預けて、M字開脚みたいな格好になっている真大の前で、四つん這いで身を屈めている翔真のズボンを脱がそうと思っても、ベルトのバックルにも手が掛けられない。
背中から腰まで手を滑らせるのが、本当に精いっぱいなのだ。
「ん…」
翔真はゆっくりと体を起こすと、真大の前に膝立ちで立った。
唾液と先走りでベットリと濡れた口の周り。赤い舌が、ベロリと下唇を舐める。わざとだ、て分かっているのに煽られて、真大は翔真の体を乱暴に引き寄せると、唇を奪った。
腰を抱きながら、グチュグチュと翔真の口の中を蹂躙する。
翔真は片手を壁に突いて、反対の手で自分のベルトのバックルを外そうとがんばるが、利き手でないほうだから、なかなかうまくいかない。
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溺れてしまえ (4) R18
「ん…ぅん、まひ…」
「翔真くん、早く外して? 触ってほしいんでしょ?」
「分かってっ…ッんぁ!」
あえて手伝おうとはせず、真大は翔真の耳元に息を吹き掛けるようにしながら、シャツの裾から中に手を忍ばせて、爪の先で胸の飾りを引っ掻いてやった。
その拍子に、壁に突いていた手が滑って、真大の肩に掛かる。
背中をビクビクと震わせながら、翔真はようやくベルトを外すと、前を広げた。
「もう濡れてんね。俺の舐めて感じたの? それとも映画見ながら、ずっとこんなだったの?」
「んっ、はっ…ぁ」
余裕あるふりで尋ねたけれど、興奮で、真大の声も上擦っている。
翔真も答えようとしても、真大に下着の中に手を突っ込まれ、先走りの液を零して濡れている先端を親指でぬるぬると撫でられて、もうダメ。
しかも、その快感に腰が引けそうになっても、真大がガッチリとホールドしているので、それも叶わなくて。
それでも翔真は、空いているほうの手で、真大の熱に触れた。体勢的に、もう口ではしてあげられないけれど、この熱をもっと感じていたい。
「翔真くっ…」
感じている真大の顔が、真正面にある。
こんな顔をさせているのが自分なのだと思うと、それだけで体が熱くなってくる。
「ヤバ、イキそ…、ちょっ…」
奥歯を噛んで堪えるけれど、翔真の手はそれを許してくれず、先端への刺激を強くして、真大を追い上げる。
翔真が熱い息をを漏らしながら、目を眇める。彼もまた、限界が近いのだと分かる。
「翔真っ…」
「ぁ、ゃ、いく、ッ…」
達する瞬間、「真大」と甘い声で呼ばれ、唇を塞がれた。
翔真の手の中へ射精したのと同じに、真大の手の中も熱く濡れる。
ビクビクと翔真の体が震えながら、真大へと凭れ掛かって来る。唇は離れ、翔真の頭がクタンと真大の肩の上に乗る。熱くて荒い吐息が、真大の首筋を掠めた。
「…翔真くん」
すっかり脱力してしまっている翔真を、真大はかろうじてキレイなほうの手で抱き寄せた。
「イテ…膝…」
ずっと膝立ちをしていた翔真は、真大の腕の中で少し身じろいで、正座を崩したような格好でペタンと座った。
床はフローリングだ、痛いに決まっている。
「だいじょぶ? つか、俺も腰痛いんだけど」
中途半端に膝を立てた状態で、背中をずっと壁に押し付けていたのだ。
途中から翔真が体重を掛けて来ていたから、腰からももにかけてが、重くだるいように痛い。
「で、結局何だったの?」
「何が…?」
ゆっくりと顔を上げた翔真は、まだ若干放心状態気味の表情だ。
真大はがんばって手を伸ばしてティシューを取ると、自分の手と口周りを拭いた後、ベタベタの翔真の顔も拭ってやった。
「何で翔真くん、急にこんなことしたの?」
「何か、急にムラムラした」
「えー…。何で? どの辺で?」
男だし、いろいろなことでそんな気分になるのは真大だって分かるけれど、今日の翔真はあまりにも唐突すぎて、真大にはちょっと分かりかねた。
「てか、ひどいな、これ」
「翔真くんのせいじゃん。何他人事みたいに言ってんの!」
翔真が『ひどい』と言ったのは、互いの下腹部の辺りから、その床の辺り。
着ていたシャツもズボンも、もちろん下着も2人分の精液でベチョベチョだし、床にもかなり垂れている。
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溺れてしまえ (5) R18
「…脱ぎたい、これ」
「脱ぎなよ。つか床拭くから、翔真くん、ちょっと退いて」
真大がティシューで床を拭いているそばから、翔真がダラダラとズボンと下着を脱ぐものだから、結局また床が汚れてしまう。
というか、着替えも出していないのに、ここでポイポイ脱がれても…。
「お前も脱げよ。スゲェ間抜けだから、その格好」
「翔真くんがやったんでしょ! 言われなくても着替えるよ、もぅ」
「ダメ!」
「は?」
立ち上がろうとする真大を、なぜか翔真が制する。
「だぁーめ! 着替えるんじゃなくて、脱ぐの」
「はい?」
「まだ続きすんだから」
「は? 嘘でしょ?」
翔真の言葉に、真大は耳を疑った。
今ので気が済んだんじゃなくて?
「…んだよ、したくねぇのかよ」
「そうじゃないけど! あーもう、分かったよ! でもベッド行こうね? 体痛くなるから」
どうやったって、翔真には敵わないのだ。
真大はとうとう観念すると、いつの間にかシャツ1枚だけになっていた(しかも前のボタンをみんな外してある)翔真を連れて、ベッドに上がった。
ベッドの上で翔真を組み敷こうとすると、なぜか真大の体は仰向けに返されて、翔真のほうが伸し掛かって来た。
低反発の、気持ちいい枕に後頭部を預け、真大は恐々と翔真を見上げた。
まさかこの人、俺のこと、ヤリたいとか…?
「ぶっ…お前、何でそんな顔してんの?」
「え、だって…」
真大のおっかなびっくりした顔がおかしかったのか、翔真が吹き出した。
彼にとっては笑いたいくらいおもしろいことかもしれないが、真大にしたら、全然笑えない状況だ。だって本当に、今にも食われそう…。
「まぁいいや。はい脱いで。バンザーイ」
翔真は楽しそうに真大の手を上げさせ、着ていたトレーナーを脱がし、ジーンズと下着も剥ぎ取った。
「あの、ちょっ、翔真く…」
笑顔の翔真に腹の辺りを跨がれて、真大は焦ったように声を上げた。
しかし翔真は、わざとなのか本気なのか、その様子にはまるで気付いていない。
「重い?」
「いや…平気だけど。それ以上、体重掛けなかったら」
突いた膝で自分の体を支えているから、今のところ平気だけれど、翔真は細いわりに筋肉があるから、本気で乗られたら結構重いと思うので、遠慮願いたいが。
「じゃ、今日俺が上ね」
「……………………」
………………。
「………………ぅえええ!!??」
「うわっ!?」
「グェッ…」
翔真の言葉が脳に行き渡って、意味を理解した瞬間、ビックリし過ぎて真大は思わず起き上がってしまって。
しかもそれに驚いた翔真が体勢を崩して、真大のお腹に座ってしまったから、油断していた真大は、「グェッ」となってしまった。
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溺れてしまえ (6) R18
「何してんだよ、バカ」
自分で仕出かしたことだが、翔真に腹に乗られて、真大は噎せ返っている。
翔真はそんな真大を笑いながら、体勢を立て直して真大と向かい合って座った。
素っ裸で(翔真はシャツ1枚羽織ってはいるが)、ベッドの上で膝を突き合わせて座っている姿は何となく間抜けだが、翔真は楽しげに、そして甘えるように真大に抱き付いた。
「あの…翔真さん、あのねっ、んっ…」
さっきの話の続きを詳しく聞きたいような……聞きたくないような、でも聞かないわけにはいかないだろうと、真大が口を開きかけたら、すぐにそれは翔真の唇に塞がれた。
首の後ろに腕を回され、キュウと抱き付かれ、食むように唇を重ねられる。
真大は目を閉じそびれたけれど、翔真も瞳を開けたままで。視線が絡む。
たっぷりの口付けの後、焦ってキョドキョドしている真大が分かっているだろうに、翔真は実に楽しそうに、真大を押し倒した。
その笑顔が、今は怖い。
しかし翔真は、さらに笑みを深くする。
「お前さぁ、ひゃっひゃっ、さっきから何でそんな顔なの? 超笑えんだけど」
「…笑えないよ、全然」
「上になるからってったって、別にお前に突っ込みたいとかじゃねぇから」
「えっ、そうなの!?」
真大の思っていることが勘違いだと教えてやれば、真大は素っ頓狂な声を上げ、あんぐりと口を開けた。
「え…てことは何? 何なのっ?」
「だーかーらー。俺が上んなってやる、てば」
きじょーい。
真大に覆い被さって、鼻先が触れ合うほど近くまで顔を寄せて、わざと吐息のように囁いた。
ビックリした真大が、先ほどのように飛び起きるだろうことも、翔真の中ではお見通しだったので、真大の肩を強く押さえ付け、先手を打ってキスで唇を塞いだ。
悲鳴のような真大の声は、くぐもった音にしかならなかった。
(ちょちょちょちょちょちょちょっ…!!!)
上げようとした声は、キスによって奪われてしまって。
真大は、真ん丸に目を見開いて、真正面にあるキレイな顔を見ることしかできない。
だって、今さら突っ込みたいと言われても、それはちょっと困るけれど、突然の翔真の『騎乗位』発言も、困りはしないが、驚きはする。
とにかく翔真の気を鎮めさせないと。
いや、つか別に、嫌なわけじゃないけど。
散々翔真に煽られて、真大だって、結構もうその気だけれど。
でも。
「ふぁっ…」
キスから解放すると、真大が大きく息をついた。
翔真は体重を掛け過ぎないように気を付けながら、唇だけでなく、頬や目尻やおでこにもかわいいキスを落としていく。
「やるったら、やるんだからな」
かわいい行動とは裏腹に、翔真は、ハッキリとキッパリと宣言する。
…もう逃げられない。
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溺れてしまえ (7) R18
キレイな顔が、真大の前で快感に歪んでいた。
「ふぁっ…ん、や…ぁ、も…」
「ぁに?」
飽くまでもマウントポジションを崩す気のない翔真に、真大は少し上体を起こし、背中を枕に預けた格好で、ちょうど目の前の位置になっていた乳首に軽く歯を立てる。
舌先で転がすように舐めると、翔真の中が、キュッと真大の指を締め付けた。
「もっ…いいじゃんっ、入れろよっ…!」
たっぷりとローションを絡めた指は、すでに3本も中に収められていて、しかもいいところばかりを、翔真が好きなふうに動かしていたから、体はもうすっかりグズグズなのに。
それでも真大が次の段階へと進んでくれないから、翔真は駄々を捏ねるように声を上げた。
「真大も、も…入れたいん、だろ…?」
グズッと鼻を啜って、両手で真大の頬を押さえると、その唇を誘うように舐める。
視線を交わしたまま、翔真は真大の熱く勃ち上がっているモノに指を絡めた。
「…ん、入れたい」
真大は素直にそう答え、唇を重ねる。
我慢できずに舌を入れてきたのは翔真で、舌を絡めたり、上顎を舐めたりしながら、グチグチと真大のモノを擦り上げる。
「ふぁっ…」
絡み付く舌先に軽く舌を立てれば、驚いたように翔真の体が大きく震え、指で散々犯し尽くした中がキツくなる。
キスが解かれ、2人の間にポタリと唾液が垂れ落ちた。
「翔真くん、…入れてい? それとも自分で入れる?」
「……入れ、る…」
翔真の濡れた唇を拭って問い掛ければ、やはりその気はその気だったらしく、翔真は躊躇うことなくそう答える。
真大が、惜しむように締め付けてくる翔真の中から指を引き抜けば、溢れたローションがももを伝い落ち、その感触にすら感じてしまうのか、翔真はあえかに喘いだ。
翔真が、他に男と経験がないことはもちろん分かっているけれど、ここまで開花するなんて。
「ぁ…」
真大の肩に手を突いて腰を浮かすと、翔真は、勃ち上がった真大のモノを自分の後ろに宛がった。
真大は、騎乗位の経験は、昔付き合っていた彼女と実は1度だけあって、でもそのときは、特別な快感というよりは、普段のセックスとそんなに変わらない気がしていたけれど。
今こうして、真大を翻弄しつつも、真大の動き1つでどうにでもなってしまう、このかわいい恋人を見ているだけで、気が触れるほどの快感に襲われる。
「んぁっ、あっ、ッ…」
熱く濡れた先端に入り口を押し広げられ、翔真はキュッと目を閉じた。
息を吐きながらゆっくりと腰を落としていくと、ズルズルと内壁を擦りながら、真大のモノが中に入り込んでくる。
あり得ないところにあり得ないモノを受け入れようとして、なのに、痛いのに、ジワリと快感が広がってくる。
(翔真くん、かわい…)
固く閉ざされた瞳。濡れたまつ毛が、かすかに震えている。
真大は口元に笑みを浮かべ、戯れに下から何度か突き上げてみる。
「ひぁっ、ぅ、ッ!」
突然の動きに、翔真は思わず背を仰け反らせたが、自分の中がズブズブと真大のモノを飲み込んでいくのは止められなくて、一気に根元まで侵入を許してしまう。
翔真はガクリと項垂れ、真大の腹筋に手を突いた。
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溺れてしまえ (8) R18
「は、ぁ…」
短い呼吸に合わせるように、翔真の中が収縮しているような気さえする。
見れば、翔真のモノは熱く勃ち上がったままで。翔真の体をこんなふうにしてしまったのは、紛れもなく真大であり、その事実が何だかひどく真大の心を満たした。
「真大…」
少し鼻に掛かったような甘い声が、真大の名前を呼ぶ。
翔真はゆっくりと顔を起こし、片手を真大の肩に掛け、もう片方の手で自分の腹を触った。
「ん? 何?」
「何か…、すご、お腹の中、いっぱい、みたいな感じっ…」
「いっぱいみたいな感じ、する?」
「…ん」
最初から、すごく奥のほうにまで真大がいる。
熱くて、堪らなくて、どうにかなりそう。
翔真は熱い息を漏らしながら、汗で頬に張り付いていた横の髪を耳に掛けると、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「翔真くん、自分で動くの?」
その問い掛けに頷くと、翔真は真大を仰向けに押し倒した。
自ら腰を動かして快感を貪っている翔真の姿は、何だかとってもセクシーで、変な話、それだけで結構興奮する。
「はぁっ…まひろ、の…熱い…」
中から真大のモノが抜けそうになるくらい腰を上げ、それからゆっくりと腰を下ろしていく。
さっき真大が突き上げたときみたく、奥の奥までは入れられないけれど、がんばって奥のほうまで入れて、また腰を上げてを繰り返す。
「翔真くん、かわい」
「ッ、かわいいて言うなっ…!」
「ちょっ…」
だって本当にかわいいんだから、仕方がない。
真大が思ったことをつい口走ったら、翔真にキッと睨まれて、しかもなぜかその中もキツクなる。
わざと? それとも感じたの?
「ゴメン、てば」
真大は肘を使って体を起こすと、チュッと翔真の唇にキスをして、額に張り付いている前髪をよけて、かわいいおでこにもキスをした。
そのキスにごまかされたわけでもないだろうが、翔真はそれ以上は言い返さず、動きを再開した。
「ぁ…あ、ん、ふっ…」
自分で動きながら、段々と我慢できなくなってきたのか、翔真は、2人の腹の間に手を伸ばして、濡れた自分のモノに触れた。
だって真大の手は、翔真の腰を支えるか、汗ばんだ翔真の背中を滑ってじれったい快感を与えるか、時おり濡れた唇に指を捻じ込んで翔真の口の中を犯すか、そのくらいしかしてくれないから。
なのに。
「ダメ、翔真くん」
「え…? あ、ヤ…何? 何で…?」
真大は、翔真の手をそこから引き剥がすと、互いの手の指を絡めるように繋いでしまった。
翔真自身は、もっと刺激が欲しくて、ずっと涙を零しているのに。
「ダメ、触っちゃ。翔真くん、後ろだけでも気持ちいいんでしょ? さっきから、すっごいギュッてなってる」
「うっせ…! ァ…、お…まえの、だって、超デカくなってっ…」
「だって、気持ちいーもん」
「うぅん…!」
翔真がもどかしそうに、真大の手を解こうとするけれど、それを許してくれない。
逆に、身を捩ったら中で真大が当たるポイントが変わって、しかも気持ちいい部分を抉ったものだから、翔真の口からは文句でなく嬌声が漏れてしまう。
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