恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2009年01月

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物書きさんに突撃してみるバトン ~私流小説の書き方~


 1月1日で「恋三昧」は1周年を迎えました。
 拍手、コメント、ランキングのクリックをはじめ、ご訪問してくださるみなさんのおかげで毎日更新することが出来ました。本当にありがとうございます。

 で、まぁ1年経ったということで、改めて物書きとしてバトンに答えてみようかな、と。
 物書きとか、何かおこがましいですけど、すみません。

 では、どうぞー。


 ……あ、ちなみに1月1日から始めたのは、開設日を忘れないためです。


1. はじめましてこんにちは! 突然ですが、あなたのHNと物書き歴を教えて下さい。
 物を書き始めて20年、BLを書き始めて10年の如月久美子です、よろしくお願いします。


2. 今日は御指南よろしくお願いします!
 ……御指南。
 何か…「指南」の意味が分からなくて調べてる時点で、物書き失格な気がするんですが。
 いや、何となくの意味は知ってましたが、こんな場面に使う言葉だっけ? て思って。


3. あなたが小説を書く「手順」を、下の括弧内の言葉をできる限り用いて詳しく説明して下さい。
(ストーリー構成・世界観・登場人物・書き出し・伏線・エピソード・台詞・エンディング・推敲・テンポ・タイトル)

 まずはネタ探し。萌えとかを懸命に探す。お題使用の場合は、お題探し。
   ↓
 世界観は常に現代(現在)の日本、登場人物は自分の萌えを具現化した男たち。
   ↓
 プロットを立てたマネ。
   ↓
 ストーリー構成を考え切らないうちに、見切り発車。
   ↓
 タイトルは最初に付けるけど、自分で考える能力が低いんで、お題サイト様が頼りです。
   ↓
 いわゆる第1章的な部分から、順にエンディングに向って書く。書きたいところから書く手法が自分に備わってないから。
   ↓
 各章の書き出しが台詞から始まる場合が多いと、何か自分が嫌になる。
   ↓
 バカだから、遡って伏線を書き足す。
   ↓
 書いてる途中でも、気が向いたら文章を推敲。
   ↓
 作品によってテンポは変えるけど、1つのストーリーの中では、変更なし。
   ↓
 話の途中にエピソードは含めないです。完結後に番外編みたいな感じで書くことはありますが。
   ↓
 作品完成(ヤッター!)
   ↓
 文章・内容・伏線・誤字脱字などなど再チェックのうえ、ブログにアップ。


 どうです?
 使えって言った言葉、全部使ってるよ!

 ちなみにブログには、話が完結するまでアップしません。
 長編も、全部書き上がるまでは、載せない。全部書き終えてから、それをある程度のとこで区切って、順番に公開してってます。

 なぜなら、不安だから!!!

 だって、
 ・完結しないかもしれないし…(飽きて放置してるの、いっぱいある)
 ・書き進めていくうちに、先に書いた部分を直したくなるかもだし…(伏線とか)
 ・作品をアップする時間はあっても、話を書く時間が毎日あるとは限らないし…

 だから、毎日その日の分を書きながら更新してる人を、本気で凄いと思います。
 たぶん私は一生無理。


4. 小説を書く際に心掛けている事は何かありますか?
 現代設定で書いているので、登場人物を出来るだけ「普通」にすること。
 喋り方(口調やセリフの言い回し)、名前の呼び方、行動など、実際にありそうな感じで書く。

 特に気を付けているのは、名前の呼び方。
 「○○先輩」て呼ぶの、萌えなんですが、私の周りには1人もいないんで、そう呼ばせないようにしてます。
 校風にも依るんでしょうが、私が通ってたところは、小中高校大学と、先輩のことは「~くん」「~さん」だったんですよね。ちなみに今の職場も。


5. あなたの小説中での、「風景描写:心情描写:台詞」の比率を教えて下さい。
 意識したこともないし、計算したこともないです。
 作品によって違うと思うけど、どれかに重点を置いて、わざと多めにしたり少なめにしたりすることはないです。気のむくまま好きなように書いてます。


6. 一人称と三人称、どちらが書き易いですか? また、それはなぜですか?
 一人称は苦手だ苦手だと言いつつ、見れば一人称の話が多いんですが。
 でも書きやすいのは三人称。
 三人称なんだけど、微妙に一人称ぽいのを織り交ぜるのが好き。


7. 影響を受けた作家さんは居ますか?
 いないです。


8. 好きな本を挙げて(何冊でも)、その作品の素晴らしいと思う点を語って下さい。
 BLとは関係なくなりそうなんで、やめておきます。


9. そもそもあなたが小説を書き始めたキッカケはなんですか?
 昔読んだマンガで、主人公の女の子が小説を書いてたのを見て。
 …て、めっちゃ影響されてんじゃん、私!

 だって設問7は、文章の書き方で、て意味かと思ったんだもん…。


10. あなたが小説を書く時の環境は?
 ローテーブルの上に置いたPC(デスクトップ)に向ってます。
 座椅子です。
 夏は背中に扇風機、冬はストーブを当ててます。
 音楽は好きなのを適当に掛けてます。
 見たいテレビとかDVDがあるときは、そっちを点けてます。
 でも結局全然集中できなくて、殆ど筆が進みません。すみません。


11. 作製ツールは、ケータイ派? PC派? それとも紙と鉛筆派?
 PCです。
 サイト作成はしてないのに、HPビルダーで文章を打ってます。

 ネタとかメモとかは、小さい手帳に書いたり貼ったりしてます(絶対に落とせないっ…!)


12. あなたの文章(≠小説)に、こだわりや特徴と言えるものはありますか?
・漢字とひらがなの使い分け
 公用文や新聞・マスコミ等の用字用語に倣うとか(「事」「時」「通り」とかひらがな)、「~して下さい」てしないとか、当て字も出来る限り使用しない(「むちゃくちゃ」とか)

・基本的な文章作法を破らない
 地の文章を書くときは、書き出しを1字下げるとか、閉じカッコの直前以外の「!」「?」の後は1字空けるとか
 あと、「・・・」は三点リーダ「…」にする

・ワードの文章校正機能に引っかかる程度の文法誤用はしない
 「の」を連続使用しないとか、「~たり」は2語以上重ねるとか、「一番最初」みたいな重ね言葉を使わない

・文章の禁則や漢字・ひらがなの使い分けなどのルールを途中で変えない

・web上で公開しているので、機種依存文字を使用しない
 半角カタカナとか、①(←○の中に1)とか


後は、自分ルールですが

・英単語、数字、「!」「?」などの記号は、すべて半角
・会話の相手が電話の場合、『』にする
・地の文と会話文の間を1行空ける
・地の文章が長くなって見づらい場合は、途中で1行空ける
・君付けはひらがな(「~君」→「~くん」)
・会話や一人称の地の文以外では、「ケータイ」を「携帯電話」と書く


13. 「小説」において最重要事項は何だと思いますか?また、その理由も述べて下さい。(exa文の精巧さ、面白さ、ストーリー構成、キャラクター、等々)
 分かりやすさと読みやすさ

 どんなにおもしろくても、相手に伝わらなかったら意味がないかな、と。
 それに、アクセシビリティへの配慮が足らなすぎると、読む気持ちが半減すると思う。

 
14. あなたが「読みたくない」と思う小説はどんな小説ですか?
 ギャル文字で書かれている小説
 登場キャラが、その部分を書いている設定(たとえばメールの内容とか)なら仕方ないですが、地の文がギャル文字だったら、アウトです。

 小説の内容には直接関係しませんが、サイトやブログで、どこに小説ページがあるか分かりづらい場合も読みません。
 あと、目が悪いんで、字が小さすぎるのも、苦手。


15. 以下の言葉を作中で使うとしたら、あなたはどう変換しますか?
 ウルサイ→うるさい
 オレ→俺
 バカヤロウ→バカ野郎
 トニカク→とにかく
 サスガ→さすが
 ヨロシクネ→よろしくね


16. 真っ黒なワンピースを来た黒髪長髪の女の子が、暗闇の中、何かから必死に逃げています。この話を好きに解釈して、小説の一節として文を作って下さい。ただし、「漆黒」という言葉を使ってはいけません。
 たぶんこれから先、こういう設定で話を書くことはないと思うんで、パスで。


17. あなたの小説で、読む際に読者に注意して欲しい点、見てもらいたい点はありますか?
 飽くまでフィクションだということ。
 そして、プロを目指すつもりのない素人が書いているということ。

 都合のいい展開になることや、読者の方が思うような展開にならないこともありますし、アップする順序(長編の途中で別の話を挟むなど)もやりたいようにやってしまいますが、その辺を見逃して、好きなようにやらせてもらえると、ありがたいです。


18. これからも小説は書き続ける予定ですか?
 それ以外の予定が入らない限りは、書いていくんだと思います。
 結婚とかね。
 する予定もないですけどね。
 好きなように生きていきます(…とかって言ってられるような年でもないです)


19. いずれにしろ頑張って下さいね。…では最後に。あなたにとって小説を書く事とは?
 趣味です。


20. ふぅ。お疲れ様でした!
 ……え、これ質問?
 しかも「ふぅ」とか、質問してる人、めっちゃ疲れてるぽい…。
 私の答え、何かウザかったですか?


21. 次にこのバトンを回す人を、何名でもいいので指名して下さい。(0~∞人)
 やりたい人は、どうぞお持ち帰りください。
 同じ物書きとして、みなさんがどんな風に作成したり、こだわりを持っていたりするのか気になるので、たくさんの人がやってくれたら嬉しい。
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カテゴリー:notes

九月 じりじりと焦がれる初秋 (2)


「むっちゃん、お待たせー。…て、あれ?」

 傘を持ってすぐ出て来ようとしたら、ちょうど引き継いだ先輩に声を掛けられて、少し話し込んでしまった。それでも時間にしたら5分ほど。
 けれど、和衣が外に出てみれば、店先にいるはずの睦月の姿がない。

「むっちゃん? え、ちょっ…」

 ウロウロとその辺りを捜し回っていた和衣は、店の横にある路地に入って睦月の姿をようやく見つけたが、いつもとは違う雰囲気、そして側にいる男の存在を認めて、朧げながら、事の次第を悟った。 

「ちょっとアンタ、何してんの?」

 男は、和衣たちが「冷やしラーメン男」と呼んでいる例の男で、片手は馴れ馴れしく睦月の肩を抱き、もう一方の手は睦月の顔の横に突いている。
 壁際に追い詰められている睦月は、和衣の姿を見つけて、ホッとしたような、縋るような視線を向けたが、体勢のせいで、男の腕の中から逃げ出すことが出来ないでいる。

「ねぇ、何してんの、て聞いてんだけど」
「何って…、ちょっとお話してただけだよねぇ?」
「…」

 普段、あいさつ程度しかしたことのないその男の喋り方は、この状況のせいなのか、ひどく嫌悪感をもたらすものだった。

「ね、バイト終わったんでしょ? 遊びに行こうよ」
「い、や…です…」

 そばに和衣が来ても、まるで相手にする気がないのか、男は強引に睦月をナンパしようとしている。

「ちょっと、ヤダっつってんじゃん! 離してよ!」


 いつもだったら強引なナンパでも平気で跳ね返す睦月なのに、今は男の腕の中でかすかに震えていて、拒絶するのも、声を出すことすらままならない様子だ。
 それに気付いた和衣が、無理やり男の手を引き剥がそうとするけれど。

「…チッ、うるせぇな、お前なんかに用事はねぇんだよ」

 あからさまな舌打ちをして、男は軽々と和衣の手を振り払った。
 さすがにこれには和衣も頭に来て、体ごと飛びかかったけれど、体格差がありすぎて、あっさりと突き飛ばされ、勢いで和衣の体は、隣のカフェレストランが使っているゴミ箱の中に放り出された。

「カズちゃん!」
「はは、いいじゃん、あんなヤツほっとこうよ」

 必死に逃げ出そうとする睦月の力も男には敵わず、無理やり引っ張って連れて行かれそうになって、和衣がもう1度立ち上がろうとしたとき。

「また野良猫かー? いい加減…」

 ガチャリとカフェレストランの裏口のドアが開いて、タブリエを着けた男が出てきた。和衣たちの友人で、カフェの調理担当である相楽譲(サガラ ユズル)だ。
 どうやら和衣がゴミ箱を引っ繰り返した音を聞き付け、野良猫がまたゴミ箱を漁りに来たと思って、出て来たらしい。

 しかしそこにいたのは野良猫ではなく、ゴミ箱に放り出された和衣と、強引なナンパに連れて行かれそうになっている睦月。そして呆気なく仮面が剥がれた「冷やしラーメン男」だ。

「えーっと…」

 一瞬、思考回路が止まり掛けていた譲だが、すぐに状況を把握したらしく、スッと眉間にしわを寄せた。
 坊主頭に、ヤクザ顔。
 本人はいたって優しく温和な性格をしているが、そのいかつい風体から、譲に睨まれた男は、一瞬にして竦み上がる。

「俺のダチに、何か用事っすか?」
「あ…いや…」
「もしかしてコイツのこと、こうしたのも、アンタ?」

 未だゴミ箱の中に尻もちを突いたままの和衣を見て、譲はさらに表情を険しくする。

「いや、あの…」

 譲に凄まれて、男は慌てて睦月から手を離した。その隙に睦月は和衣の元に駆け寄る。

「何があったのかよく分かんねぇけど、暴力とかさぁ、人が嫌がることすんのって、良くないんじゃないっすかねぇ?」
「は、はいっ!」

 真正面から譲にメンチを切られた男は、変に声を裏返して、小学生みたいなお行儀のいい返事をした。

「…で、まだコイツらに用事でも?」
「いや、もう! す、すいませんっ…!」

 何度も深く頭を下げて、冷やしラーメン男は走り去っていった。
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カテゴリー:君といる十二か月
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

九月 じりじりと焦がれる初秋 (3)


「どうする? 追っ掛けよっか?」
「…いい。ありがと、譲。……カズちゃん、大丈夫? 立てる?」

 目の前に屈んで睦月が手を伸ばしてくれるけれど、和衣はまだ呆然として、その手を掴むことが出来ない。
 こんなドラマとかマンガみたいな目に遭うとは、ゆめゆめ思ったことがなくて。

「むっちゃんこそ……大丈夫なの?」
「う、ん…」

 けれどそう答える睦月の顔は、薄暗い中でも決して良くないのが見て取れる。
 大丈夫じゃないじゃん、と和衣が声を上げるより先、睦月の体がグラリと傾いた。

「え、むっちゃん!?」

 そのまま前のめりに倒れ込んできた睦月を和衣が慌てて支えれば、不自然なほど早い睦月の呼吸。
 大丈夫!? と聞き返したところで、返事などあるはずもなく、ましてや大丈夫でないことも明らかだ。

「むっちゃん、むっちゃん!」
「え、ちょっ…救急車…! つーか、中入れ、お前ら」

 譲が慌てて店に駆け込んでいった。
 和衣は焦りながらも、言われたとおり睦月を抱えて裏口から店の中に入る。
 譲は知り合いだし、店に足を運んだことはあるけれど、裏口から入ったことは1度もなく、どうしようか迷っていると、譲が水崎朋文と一緒に戻って来て、バックルームへ連れて行ってくれた。
 朋文はこの店のオーナー兼フロア係で、譲と同じく、和衣たちの友人だ。譲から話を聞いたらしく、手際よく睦月を横にならせた。

「過呼吸だよ、大丈夫。睦月くん、ゆっくり呼吸してごらん? ホラ、カズちゃんもここにいるし」

 無理、と言うように首を振る睦月に、朋文は根気よく話し掛ける。
 どうしたらよいのか分からない和衣は、オロオロしながらも、ダラリと垂れて震えている睦月の手を握った。

「目開けて? みんないるからさ。すぐに治まるよ」

 朋文が、安心させるような言葉を続けていると、最初は無理だと首を振っていた睦月も、次第にゆっくりと呼吸できるようになってきた。
 そして15分ほどして、ようやく呼吸が落ち着くと、睦月は体を起こした。

「むっむっちゃん、大丈夫?」
「…カズちゃん」

 目にいっぱい涙を溜めながら、ギュッと手を掴んでいる和衣に、睦月は「もう大丈夫だよ」と答えた。

「念のため、病院に行く? 送ってくけど」
「…いい」
「え、行ったほうがいいよ、むっちゃん!」

 朋文の申し出を断る睦月に、和衣のほうが慌てる。
 最初に救急車を呼ぼうとして、ひとまず朋文に止められた譲も、不安そうに睦月を見守る。

「大丈夫だから……もう帰ろ?」
「むっちゃん…」

 頑として譲らなそうな睦月に、和衣は困ったように朋文に視線を向けた。

「たぶん今のはストレスとかショックで起きた過呼吸だと思うから、帰って安静にしてれば大丈夫だと思うけど…」

 そこまで言って、朋文は口を閉ざした。
 別に自分は医者でも何でもない。過去の経験から判断してそう言うことは出来るけれど、病院に行かなくても大丈夫だと断定することは出来ない。

「明日も具合悪かったら行くから! 今日はもう帰りたい…」

 そう言う睦月に、和衣は黙って頷いた。







*過呼吸(過喚起症候群)について
 過呼吸の対処法には、ペーパーバッグ法(口と鼻を紙袋で覆い、その中で呼吸する方法)がありますが、その有効性を疑問視する意見や、危険視する意見もあるため、この度は記述を避けました。
 また、似たような症状の別の疾病もあるため、詳しく知りたいかたや症状のあるかたは、各自でお調べいただくか、専門医にご相談ください。
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カテゴリー:君といる十二か月
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

九月 じりじりと焦がれる初秋 (4)


「今日は迷惑掛けてゴメンね?」
「迷惑だなんて思ってないよ! ねぇ、むっちゃん、ホントに大丈夫なの? ね、祐介呼んでこようか?」

 寮に戻っても、同室の亮はまだバイトから帰って来ていないのか、睦月の部屋はまだ暗くて、和衣は心配になってそう提案するが、睦月は首を縦には振らなかった。

「大丈夫だから心配しないで?」
「何で? 心配するに決まってんじゃん! 祐介がダメなら、俺が側にいる」
「いや、もう寝るだけだから…。過呼吸は、前もなったことあるから、分かるの。休めば大丈夫」
「…ホント?」
「うん。それにあんまり大げさにしたくないから…」

 ――――みんなには黙っててね。
 そう付け加えて、睦月は自室に引き籠ってしまった。

「…」

 閉ざされた扉を前に、和衣は俯いた。
 睦月が人に知られたくないことを、いくら友人とはいえ、亮たちや祐介に話すわけにはいかない。けれど、今日起きたことを、このまま放っておいていいものかとも思う。

(つーか、でも俺が悪いんじゃん…)

 俺が傘忘れなかったら、むっちゃんを1人にしないで済んだのに…。
 先輩と話なんかしてないで、傘取ったらすぐ戻れば…。
 てか、俺がここのバイトに誘ったから……

「和衣?」
「ッ…」

 呆然と睦月の部屋の前に突っ立っていた和衣の背後、突然掛けられた声に、ビクリと肩が震えた。

「祐介…」
「何してんの、こんなとこで。留守?」

 振り返れば、ちょうど外から帰ってきたところらしい祐介が、睦月たちの部屋の前に立ち尽くしていた和衣を不思議そうに見ていた。
 一足違えば、自分たちが帰ってきたところに出くわしていたはずだ。
 睦月が、祐介たちには知られたくなさそうにしていたことを思い出し、和衣はこのタイミングに少しホッとした。

「…まだ亮、帰ってなかったみたい」
「ふぅん? 睦月は? 今日一緒じゃないの?」
「え、何? どうしたの?」

 祐介の口から睦月の名前が出て、和衣は少し焦った。
 その動揺が知られないよう、冷静を装って聞き返したが、よく考えたら祐介の質問には何も答えていなかった。
 けれど祐介は特に不審に想う様子もなく、「見たがってたDVD借りて来たから、渡そうと思って」と答えた。

「…和衣? え、睦月も部屋いないの?」

 部屋に睦月がいるかどうかも分からず、ドアを開けて確認しようにも和衣がドアの前に立ち塞がっているしで、ボンヤリしている祐介もさすがに怪訝そうに首を傾げる。

「あの、えと…何か…」

 基本的に和衣は嘘がヘタだ。
 嘘、というか、言い訳や取り繕いの類は一切ダメで、いい意味で素直な子なのだけれど、こんな状況のときは、まるで役に立たない。
 しかも恋心を寄せている祐介の前で、嘘なんかつきたくないという気持ちは高まる一方で、睦月からは黙っているように言われているから、余計に考えは纏まらないし、言葉も出て来ない。

「何か、疲れたからもう寝る、て…」

 とりあえず、嘘はついていない。
 本当に寝たかどうかは分からないけれど、本人は確かに寝ると言っていたのだし。
 ただ…歯切れの悪い和衣の言い方に、祐介が本当に納得したかどうかは、甚だ疑問だが。

「…分かった、明日にする。どうせ疲れてりゃ、DVDなんて見れないしな」

 祐介が肩を竦めて自分の部屋のほうへと戻っていくので、和衣もその後を追った。
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九月 じりじりと焦がれる初秋 (5)


 学校に行かなければ和衣に余計な心配を掛けると思ったけれど、どうしても気分が優れなくて、やはり今日の授業は休もうと睦月は決めた。
 亮は、ベッドから下りてすら来ない睦月を心配したけれど、まだ話す気にはなれなくて、適当に「寝不足」とだけ答えておいた。昨日の夜はあまり眠れなかったのだから、あながち間違いでもない。
 亮は心配しながらも学校に行ってくれて、1人になった部屋で、睦月はホッと息をついた。





*****

「え、むっちゃん休み?」

 授業の始まる時間になっても姿を見せない睦月に、驚いた声を出したのは和衣だった。

 昨日の今日で、睦月の休む理由が、単に亮の言うような寝不足だけが原因でないことは、和衣にだって分かる。
 けれど口止めされている以上、余計なことは言えないし、祐介の反応も気になる。
 翔真の向こうに座っている祐介にチラリと視線を向ければ、「昨日も早く寝てたみたいだし、疲れてんのかな」と返して来るので、「そうかも…」と小さな声で答えた。

 友人たちに隠し事をするって、あまりいい気はしない。けれど隠しているのは自分のことではなくて、睦月のことだから、勝手なことは出来なくて。

(どうしよ…)

 知らず、思い詰めた顔をしていた和衣の表情を、祐介は見逃してはいなかった。





*****

 睦月に会うため、祐介は亮から部屋の鍵を借りた。様子を見て来たいからと言えば、亮は疑いもせずに鍵を渡してくれた。
 亮には、具合が悪いのにベッドから下りて鍵を開けさせるのは悪いから、と、相変わらずな過保護っぷりの理由を話したが、本当はどうせ自分が行っても、睦月は鍵を開けてはくれないだろうと思ったからだ。

 ちょうど次の講義は、和衣たち3人は受講しているが、祐介が取っていないものだったので、こっそり鍵を借りた祐介が寮に戻っても、和衣を不審がらせずに済んだ。

 亮から借りた部屋で部屋に入ると、部屋の中は静かだったが、睦月の使っているほうのベッドにあったフトンの膨らみが、モゾリと動いた。

「――――亮、もう授業終わったの…? 今何時?」

 まだ祐介が来たとは気付いていない睦月が、モゾモゾと身じろぎながら体を起こした。

「ねぇ、なん…」

 何時、と続くはずだった睦月の言葉は、そこで途切れた。
 視線の先に祐介を見付けたから。

「な…何? 何でいんの?」
「亮から鍵借りて来た。アイツら、まだ授業だし」
「ゆっちは?」
「取ってないヤツ。ホラ」
「え?」

 ドサリと、フトンの上に買い物袋を乗せられて、睦月は訳が分からず祐介の顔を見上げた。

「どうせ朝から何も食ってないだろ? もう2時になるし……食えよ」
「…うん」

 あまり食欲はなかったけれど、きっと食べなければ祐介は許してくれないだろうと、睦月はガサガサと袋の中を漁った。
 大学の売店で購入して来たらしいそれは、睦月の好きなパンやらヨーグルトがどっさりと入っていて、いくら何でも食べ切れない…と睦月は密かに思った。
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九月 じりじりと焦がれる初秋 (6)


「具合は? 別に寝不足ってだけじゃねぇんだろ? 昨日あんな時間から寝てんのに」
「…」

 昨日、帰って来た後、部屋の前で和衣と祐介が話していたのを、睦月はドア越しに聞いて知っていた。
 決してうまいとは言えないごまかし方で、和衣は懸命に睦月との約束を守ろうとしてくれていた。
 だがそれは、まだ夜の8時にもならない時間で、そんな時間から寝ているのに、今朝もまだ寝不足だなんて、それを知らない亮ならともかく、ちょっと考えたら分かる苦しい言い訳だった。

「具合悪いなら、病院行くか?」
「…行かない」

 メロンパンを齧りながら、睦月は視線を落とした。

「…何があったのか、言ったほうがいいよね?」
「単に風邪引いただけ、とかじゃないんだったら、ぜひそうしてもらいたいけど」

 デスクのところにあるキャスター付きの椅子を引っ張って来て、祐介はそのベッドサイドで腰を下ろした。
 やはり睦月の様子を見て、ご飯を置いて帰るだけ、というつもりは最初からなかったようだ。

「……昨日、バイトの後、ちょっと具合悪くなっちゃったの」
「そのわりには、和衣、ずいぶん深刻そうだったけど」

 顔を上げれば、祐介と目が合って、ヘタなごまかしは効かないと睦月は観念し、昨日のバイトの後に起こったことをすべて、祐介に話した。
 昨日の夜は、とても当分話せそうもないと思っていたが、実際に口を開いてしまえば、すんなりと伝えることが出来た。
 祐介は、睦月が話し終わるまで、何も言わずにずっと聞いていてくれた。

「…だからバイトなんかすんな、つっただろ?」

 話し終わって少しの沈黙の後、祐介の声は静かだったけれど、どこか責めるような響きがあって、睦月は「ゴメン」と俯いた。

「昔のこと、……あのときのこと、忘れたわけじゃないよ? ゆっちにもいっぱい助けられたし」

 今の学校ではもう、睦月と祐介しか知らない、過去のこと。
 睦月の中の、つらい記憶。
 思い出して、睦月の手は、かすかに震えた。

「…でも、ずっとこのままじゃいられないじゃん。一生ゆっちに心配されながら生きてくわけにいかないでしょ? 出来ることからしてかなきゃ、て思って」
「……」
「だからもう大丈夫だってこと、ゆっちに見せたかった。……結局ダメだったけど。やっぱゆっちの言うこと、聞いておけば良かったね。ゴメン」

 睦月は無理に笑って、顔を上げた。
 やはり過保護な幼馴染みの言うことは、聞いておくべきだった。
 今まで祐介の言うとおりにしてきて、間違ったことは1度だってなかったし、それに逆らった結果がこれだ。

 もうあの冷やしラーメン男に会うことはないかもしれないけれど、バイトに行けば、そのときの不安から、昨日のように過呼吸に陥ってしまう可能性はある。そんな状態で、働き続けるなんて、果たして出来るだろうか。

「…ゆっち」
「え?」
「カズちゃんのこと……責めないでね?」
「……」
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九月 じりじりと焦がれる初秋 (7)


 授業に行く祐介を見送った後、睦月は部屋にみんなを集めた。
 そして、バイトを辞めると言い出した睦月に、事情を知らない亮と翔真は驚きを隠せなかった。和衣も、複雑な表情をしている。

「――――……いや、辞めるっつーんならそれでもいいけど、具合悪いなら、ちょっと休ませてもらうだけでもいいんじゃね?」

 亮のもっともな意見に、翔真も頷いている。

「そうなんだけど……うん、何か…」

 みんなの視線を浴びて、睦月は居心地悪そうに俯いた。

「ちょっと聞いてほしい話、あって…。あの、その…、……結構シリアスな感じの話だからさ、ビックリしないで聞いてほしいんだけど…」

 そう言って睦月は、バイトの帰りに強引なナンパに遭って、過呼吸を起こして倒れたことから口火を切り、そしてそうなるに至った、過去の出来事を話し始めた。


 それはまだ、睦月が中学生のころだった。
 当時バスケ部に所属していて、練習を終えて学校を出るのは6時を過ぎてからがざらだったが、夏はまだ明るいし、途中まで一緒に帰る友人もいたから、家族もそんなに心配はしていなかった。

 秋になって間もなく、日が短くなったと感じるころだった。
 その日は天気も悪くて、いつもより帰り道が暗いとは思ったけれど、さして気にも留めず、睦月は途中で友人と別れ、1人で家に向かっていた。

 強い風に、傘を飛ばされそうだと思った、次の瞬間だった。

 背後から腕を引かれ、驚いて振り返れば、知らない顔の男が睦月の腕を掴んでいた。
 当時はずいぶん大人の男のような気がしたけれど、今思えば、20歳代半ばほどだったのかもしれない。

 分からず睦月が男のことを見上げていると、「今日は天気が悪いね」とか何とか、たあいのないことを話し掛けてきた。睦月はそれに返事をしたけれど、気味が悪くて、早く手を離してほしかった。
 しかし男は振り解こうとしてもその手を離してはくれず、逆に反対の腕も掴んできた。
 さすがにこれが異常事態なのだということは分かっていたけれど、力の差で逃げ出すことが出来なかった。
 男はもがく睦月を路地に連れ込み、押し倒した。睦月は、上に伸し掛かる男の顔の向こう、曇天に舞った自分の傘を見た。
 驚いて声も出せずにいるうち、シャツの前が肌蹴られ、冷たい男の手が肌の上を滑っていった。

 雨が、2人の上に降り注いでいた。


『むつ、き…?』

 驚いたような、呆然としたようなその声は、幼馴染みの祐介のものだった。
 祐介とは部活が違って、一緒には帰っていなかった。
 その日は睦月よりも帰る時間が遅く、雨脚が強まる前にと急いで帰る途中、道路に転がっていた睦月の傘を不審に思って、路地を覗いたらしい。

 そこには、知らない男に組み敷かれる、幼馴染みの姿。
 一瞬、その場の3人の時間は止まった。
 真っ先に動いたのは祐介で、夢中でその男を突き飛ばした。道路に転がった男は、祐介のほうへ向かっては来ず、そのまま路地の向こうへ逃げていった。

 シャツもズボンも脱がされていた睦月は、もう起き上がることも出来なくて、祐介に何とか服を着せてもらって、家まで連れて帰ってもらった。

 雨に濡れたせいもあったが、それから5日間、睦月は熱を出して寝込んだ。
 その間に睦月の両親には祐介が話をし、警察への通報で、事件から3日で犯人の男は捕まった。

 それからしばらくの間、睦月は、大人の男は父親ですら怖いと思っていたが、祐介が支えてくれたおかげで、高校にも入学できたし、普通に話も出来るようになった。

 ただ、怖いのは風の強い夜だ。
 昼間に睦月を女と勘違いしてナンパしてくるバカな男なら、どうとでもあしらえるのに、あの日と同じように天気の悪い、風の強い夜は、心の中がザワザワして落ち着かなくなる。
 大丈夫だと言い聞かせるけれど、過呼吸になって倒れたことも、何度かあった。


 そして今回の、ナンパ事件。
 くしくも、あの日と同じシチュエーション。
 あのときほどヒドイ思いはしなかったけれど、つらい記憶を蘇らせるには、十分だった。

「……だからさ、ゆっちが過保護になるの、分かるんだよね。バイト反対したのも、こんなことになるんじゃないか、て分かってんだろうね、きっと」

 膝を抱えて小さくなる睦月は、視線を上げずにそう言った。

「でも、睦月はそれでもバイトしたかったんでしょ?」
「…ん。ゆっちにさ、もう俺大丈夫なんだよ、て見せたかったんだよね。もう平気だよ、てさ」
「なのにバイト、ホントに辞めんの?」
「続けたいけど……バイト中に倒れちゃったら、みんなに迷惑掛かるし…」

 それに、またこんな目に遭うのではないかという不安。
 続けたいという思いとの間で、睦月の心は揺れていた。
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十月 猶予はあとどれくらい (1)


「やっぱりバイト、続ける」

 そう宣言した睦月に、一番驚いたのは、和衣だった。

「そのかわりカズちゃん、バイトから帰るときは絶対一緒にいてよね!」

 と、わざと冗談めかして強調する睦月に、もう過去のことを吹っ切ってがんばりたいと思う睦月の気持ちが見えて、誰もその決断に反対はしなかった。
 そして、体調不良を理由に10日ほど休んだ後、睦月はバイトに復帰することになった。
 本当はそんなに休ませてもらえるとは思っていなかったのだが、お盆に出てがんばってくれたからと、店長が許してくれたのだ。


 そして睦月のバイト復帰の初日。
 まだ帰って来ない睦月を、ソワソワと落ち着かない様子で待っているのは、もちろん祐介。しかもそこは自分の部屋ではなくて、睦月と亮の部屋だ。

 ベッドに転がってマンガを読んでいる亮は、そんな祐介を相手にしていないが、祐介は先ほどから、部屋の真ん中で立ったり座ったりをしたかと思えば、ウロウロと部屋の中を歩き回ったりしている。
 はっきり言って、鬱陶しい。

「……そんなに心配なら、迎えに行けば?」

 マンガを枕元に投げて、亮が呆れたように言い放った。
 そういえばこのシチュエーション、睦月が初めてバイトに行った日と同じだと思った。

「…んだよ! 亮、お前、心配じゃないのかよ!」
「心配だけどさ、睦月がやるって決めたんだから、変に心配しないで待っててやったほうがいいんじゃねぇの? アイツだって、もう親離れしたいんだよ」
「俺はアイツの親じゃねぇ!」
「例えだろ! お前は親以上に過保護だっつの!」
「グ…」

 そう言われてしまえば、返す言葉がない。
 祐介が睦月のことを心配するのは、もう昔からの癖のようになっていて、気付けば親のように睦月のことを気に掛けているのだ。

(睦月より、コイツのほうが子離れしたほうがいいんじゃねぇの…?)

 亮に密かにそう思われているとも知らず、祐介はまたウロウロと部屋の中を歩き回り始めた。

 そういえば、と亮はふと思い出した。
 まだ春のころ、風の強い夜に、震えうなされていた睦月。
 昔いろいろあって、と言っていたけれど、おそらくそれが、この間教えてくれた過去のことなのだろう。
 そのときも、睦月は祐介には話さないでくれと言っていたが、きっと話せば祐介がまた心配すると思ったに違いない。
 睦月はずっと、祐介なしで、1人で立てるようにがんばっているのだ。

 けれど。

「…………。つーかお前、ホンット鬱陶しいから、部屋帰れよ!!」

 まだ1人でウダウダ心配している祐介を、亮はとうとう耐え兼ねて、部屋から追い出した。
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十月 猶予はあとどれくらい (2)


 祐介がいなくなって、静かになった亮たちの部屋が賑やかになったのは、それから10分もしないうちだった。

「あー! 亮しかいないー!」
「ヤッター! ホラ、ゆっちいなかった!」
「何でぇ? 絶対いると思ったのにー!」

 ドアの開く音がしたと思った次の瞬間には、和衣と睦月の声が部屋中に雪崩れ込んできた。
 何事かと思って亮が振り返れば、ひどく悔しそうにしている和衣と、反対に、ガッツポーズを決めている睦月。意味が分からない。

「ねぇ、亮、祐介は!? いないの?」
「え、あ、うん…」
「何でぇ!?」
「何でって…」

 鬱陶しいから、追い出したんですが…。
 ――――とは、頭を抱えて落ち込むという大げさなリアクションをしている和衣には、とても言えなくて。

「何があったの?」

 亮は仕方なく、嬉しそうにしている睦月に尋ねた。

「んー? 賭けてたの。俺らがバイトから帰ってきたら、ゆっちがこの部屋にいるかどうかって。カズちゃんはさぁ、心配して絶対いるって言ったんだけどね」
「だって普通そう思うじゃん。祐介、何でいないの?」

 ドカドカと、2人して亮のベッドに上がり込んで来て。
 大きくもないベッド、いくら和衣や睦月が小柄だとは言っても、3人で上がるには狭すぎる。隅のほうに追い遣られた亮は、壁とベッドの隙間に、読んでいたマンガ本を落っことした。

「……さっきまでいたけど、鬱陶しいから追い出したの」

 手を伸ばしても、マンガ本までギリギリ届かない。
 あー、腹立つ。

「えぇ~? 祐介、さっきまでいたってこと?」
「やっぱり! そうだと思ったぁ! だって前もそうだったもん!」
「むっちゃんズルイ~! 俺、そんなの知らなかった!」
「イダダダ!」

 悔しがってバタつかせた和衣の足が亮に当たって、痛がっているうち、せっかく指先で掴み掛けたマンガを、再び床に落としてしまった。

「カズ、暴れんな!」
「あーん、悔しいよぉ!」

 うつ伏せになって、足をバタバタさせたり、顔をうずめた枕をポカポカ殴ったり、和衣はまるで小学生のようだ。

「ひゃはは。カズちゃん、明日のお昼、よろしくねー」
「えぇー? でも途中までいたんだからさぁ、俺の答えだって間違いじゃないじゃん! イーブンだよ、この賭け!」
「ダメー」
「わーん」

 負けたとはいえ、賭けたのは明日の昼食。大した金額でもない。それにしては和衣があまりに悔しがりすぎだと思う。
 その疑問が顔に出ていたらしい。亮の表情に気が付いた睦月が、ニンマリと口元を歪めて、コッソリと打ち明けた。

「カズちゃんはねぇ、ゆっちに会えないのが寂しいんだよねー?」
「ちっ違ぇよ!」

 先ほどよりも1オクターブくらい高い、引っ繰り返ったデカイ声で否定したところで、説得力はまるでない。
 そういうことかと亮が納得すれば、「違うってば!」と和衣からキックを貰った。
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十月 猶予はあとどれくらい (3)


「そんなに寂しいなら、告っちゃえばいいじゃん」

 まだジタバタしている和衣を押さえ付けて睦月が言えば、これでもかと言うくらいギュウ~と枕を抱き締めて、和衣は小さく「無理…」と答えた。

「何で?」
「だって無理だもん…。嫌われてないのは分かるけどさ、友だち以上には思われてないし…」

 自分で言って、自分で切なくなってきたのか、和衣はウンウン言いながら枕を潰している。

「つーかさ、むっちゃんはどうなの?」
「何が?」
「好きな子、いないの!?」

 自分ばかりが追及されて恥ずかしくなったのか、ようやく枕から顔を上げた和衣が、今度は話の矛先を睦月に向けた。

「いないよ」

 けれど、あっさりと睦月に返されて、和衣はおもしろくなさそうに頬を膨らませる。

「嘘ぉ!」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ、気になる子とか」
「んー…特に思い付かない」

 期待どおりの答えが返って来なくて、睦月の下敷きになっている和衣は不満げだ。
 そんなわけない、絶対そんなわけない、と呪文のように繰り返すものの、睦月からは「だっていないし」としか返事がない。

「じゃあ亮は!?」
「あぁ?」

 人の枕だってのに、先ほどから好き勝手にしている和衣に、実はイライラが募っていた亮は、雑に返事をする。

「今、彼女は? いるの!?」

 マイクを持っているマネで差し出してきた和衣の手を叩き落とす。
 けれどめげない和衣は、「どうなの? どうなの?」としつこい。仕舞いには睦月まで、「知りたい!」とか言って、乗っかって来た。

「彼女はいないです、今」
「じゃあ、好きな子は?」
「――――……、」
「あっ、いるんだ!」

 一瞬、答えを躊躇った亮に、和衣はすぐに反応して突っ込んで来た。
 睦月もおもしろそうな展開に、目を輝かせている。

「どんな子? かわいいの? かわいいの?」
「いや、あのな…」

 興味津々の2人の目に、亮は言葉に詰まってしまう。

「いや、何つーか……よく分かんなくて…」
「はぁ?」

 実際、自分でもよく分からないのだ。
 この気持ちが、"好き"なのかどうか。
 今までの、18歳という年齢にしては決して少なくはない恋愛経験からしても、理解不能。

 けれど普段和衣が祐介に対してキャーキャー言っているのを聞いていると、自分の気持ちも、睦月に対して抱いているこの気持ちも、恋心なのかと思ってしまう。
 だが相手は睦月。
 同級生で、男。

 高校のころに和衣が男から告白されているのを見ていたし(そのころの和衣は、きっぱりとお断りして女の子と付き合っていたが)、実際に今、和衣が祐介に対して恋慕の情を抱いているのが分かるから、別に男という部分に偏見はないが、自分もそうなのかと言われれば、どことなく気持ちははっきりしない。

 だいたい、亮は年齢のわりに恋愛経験豊富だが、今まで付き合ったのは、みんな年上の女性ばかりだ。しかもどちらかと言えば百戦錬磨系の。
 そういう意味でも、睦月は亮の好みのタイプではないはずだ。
 だからこそ、この気持ちが分からない。

「分かんないってどういうことー?」
「どういうことー?」

 亮の答えが不満なのか、和衣と睦月、2人して、伏せた亮の体を揺さ振ってくる。
 和衣はともかく、睦月、お前にそんなに問い詰められたくはないよ……思っても、もちろん言えないが。

「分かんないもんは分かんないの!」

 そう言って、ギャーギャー騒いでいる2人を、ベッドから追い出した。
 隙間に落ちたマンガ本は、もう諦めた。
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十月 猶予はあとどれくらい (4)


「合コンて、何か大学生ぽいね」

 夕べの賭けの結果どおり、和衣から昼食をご馳走になっている睦月は、翔真の「合コンあるけど、行かない?」というお誘いに、微妙に見当違いな返事をした。

「むっちゃん、行く?」
「行かない。だって俺、人見知りするし」

 仲良くなってしまえば、ご機嫌な猫のように懐きまくる睦月だが、そうなるまでにはかなりの時間を要する。
 いくら翔真が一緒に行くとはいえ、知らない人ばかりの場所には、とてもすんなり行く気にはならない。

「じゃあ、一緒に行くの、亮だけ?」
「え、何で俺、行くこと前提なわけ?」

 まだ何も答えていないのに、勝手に行くことにされている亮は、慌てて翔真を見た。
 そうは言っても、祐介に夢中な和衣が行くはずもないだろうし、もし祐介を誘って、「行く」なんて答えられれば、和衣のショックは計り知れないだろうから、そうなれば行くのは亮だけだと思ったのだが。
 けれど和衣は気になったのか、「祐介、行かないの?」と恐る恐る尋ねて、「俺、そういうの、苦手だし…」という返事を貰って、1人でホッとしていた。

「でもショウちゃんモテるのに、合コン行くんだ?」
「えぇー…何か新しい出会いが…」

 何となく口を濁す翔真に、ピンと来ていない睦月と祐介に対して、長い付き合いの亮と和衣は、また彼女と別れたな……ということを瞬時に悟った。

 アイドル顔負けの美貌を持つ翔真は、昔から黙っていたって女の子が寄って来たけれど、どうも長続きしたためしがない。
 別に遊びで付き合っているとか、そんな軽い気持ちでは全然ないのに、相手との気持ちの比重が違うのか、なかなかうまくいかないのだ。

「で、亮、行くの? 行かないの?」
「えー…」
「亮、好きな子いるのに行くの?」
「、」

 どうしようか返事を迷っていたところに、睦月に無邪気な顔で尋ねられ、パスタを巻いていた手が止まる。
 昨日の話を知らない翔真と祐介の視線が亮に向く。

「え~、亮、いつの間に彼女出来たの~?」

 ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる翔真を、亮は鬱陶しそうに手で払う。

「違ぇって。ちょっと気になる子が…」

 目の前に座ってます――――とも言えず、適当にごまかしながら、残りのパスタを口に運んだ。
 チラリと睦月に視線を向けてみても、やはり睦月はそんな亮の気持ちなど、微塵も気付いていない様子。昨日、はっきりキッパリ「気になる子はいない」と言っていたのだから、当然だ。

(…待てよ)

 昨日はあまり深く考えていなかったが、睦月に気になる子がいないということは、自分のことも別に友だち以上には思っていないということだ。
 和衣が、祐介には友だち以上には思われていないと言ったのは、あくまでも想像のことだが、こちらは本人がはっきり口にしたのだから、すでに絶望的だ。

(ガーン…)

 いやいやいや。
 今のところ気になる人がいないと言うのなら、アタックすれば、まだ望みはあるということだ。

(いや、アタックって!)

 それでは完全に睦月のことを好きになってしまった、ということになってしまうわけで。

「亮? 亮、どうした?」

 すっかり食事の手の止まっているところを、翔真に肩を揺すられてハッと我に返ったが、睦月が不思議そうな表情で顔を覗き込んでいたから、亮はビックリしてフォークを投げ出してしまった。

「…何してんの?」

 さすがに亮のこの不審すぎる行動には、みんながポカンとしている。

「な…何でもないっす…」

 亮は残りのパスタをガツガツと頬張った。
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十月 猶予はあとどれくらい (5)


 最近の和衣の目標は、祐介と2人で食事をすることだ。
 たかが食事くらいと思うが、取っている授業の関係もあって、実は昼食すら今まで2人きりで取ったことがない。
 学校にいるとき以外は基本的に自炊だから、部屋が違う以上、2人きりにもなかなかなれないし、睦月のように「出来ないから作って!」なんて言うことも出来ない。
 だから今の和衣は、どうやったら祐介とご飯が食べれるか、それだけに頭を使っているのだ。

「え、別に普通にご飯食べに行こー、でいいじゃん」

 本日の睦月と和衣の作戦会議の場所は、年度途中でめでたく1人部屋を満喫している翔真の部屋だ。
 かつての同室者が使っていたほうの、カバーも掛かっていないベッドのマットレスの上に転がって、どうやってさりげなく祐介を食事に誘い出すかについて、議論している。
 ちなみに睦月たちの部屋は、亮がまだ提出していないレポートを今夜中に仕上げると言うので、うるさくしたら悪いと、それなりに気を遣って諦めた(もちろん代わりに翔真が被害に遭っているとは、まったく気付いていないのだが)。

「帰って来てから、わざわざ祐介だけメシに誘い出すって、変じゃない?」
「じゃあ帰る前に。食べてから帰ろうよ、て言うの」
「だって、むっちゃんとか、みんないるじゃん!」

 なのに祐介だけにそう声を掛ければ、嫌がらないとしても、「何で?」と普通に疑問に思われるのは間違いない。

「じゃあ、バイトの帰りは? バイト終わったら、誘うの。バイト終わった? てメールとかして。で、俺も終わったから、一緒にご飯行こうよー、て。どう? どう? この作戦」
「だって、むっちゃんどうすんの?」

 例の件以来、バイトの帰りは必ず2人一緒だ。
 冗談ともつかない言い方だったが、「バイトから帰るときは絶対一緒にいてよね!」と言う睦月からの言葉もあるのに、その睦月を置いて、わざわざ祐介だけ誘えば、やはり何かあったのかと思われ兼ねない。

「えー、じゃあもう諦めなよ」
「ヤダ! ヤダヤダヤダー!!」

 何とかいい作戦考えようよーと、和衣は泣き出しそうになりながら、睦月に縋り付いた。

「うぅ~ん、じゃあ、ショウちゃんは?」
「はい!?」

 とりあえず、触らぬ神に何とやらで、2人の話は聞いていたものの、会話に参加していなかった翔真は、突然睦月に話を振られて、ビックリして飛び起きた。

「え、え、何が? え、俺?」
「もぉ! 考えてなかったの? どうやったらカズちゃんが、ゆっちと2人でご飯に行けるか!」
「あー……はぁ…」

 翔真にしてみたら、いくら好きになった相手とはいえ、誘うのは同級生の男だ。たかが食事くらい、どんな理由だって2人で行くことは容易いだろうにと思う。

「えー…メシくらい普通に誘えばいいじゃん。別に作戦なんて…」
「それが出来ないから、いろいろ考えてんの! ショウちゃんも、協力してよぉ!」
「じゃあさ、木曜日は? 祐介だけが3限取ってて、アイツ、いっつも後でメシ食ってんじゃん。カズ、それ待ってて、一緒に食べれば?」

 別に作戦と言うほどでもないし、名案と言えるものでもないが、とりあえず思い付いたことを言ってみれば、和衣と睦月は見開いた目を輝かせる。

「それいい! ショウちゃん、頭いい!」
「すげぇ!! 超いい作戦!!」

 キャー! て感じで2人は、ハイタッチを交わした。
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十月 猶予はあとどれくらい (6)


「うぅ…お腹空いた…」

 木曜日。
 翔真の考えた、祐介と2人きりでご飯を食べるぞ作戦のため、和衣は昼の時間だというのに、1人何も取らずに祐介が来るのを待っている。
 時間編成の関係で、2限と3限に続けて授業があると、ちょうどいい時間に昼食を取ることが出来ず、木曜は、祐介だけ1人遅れて食事をしているので、和衣はそこを狙って祐介を食事に誘うのだ。
 大した作戦とも思えないが、和衣と睦月が盛り上がっているので、あえて口は挟まない。

「カズちゃん、1口食べる?」

 向かいの席の睦月が、ピラフを乗せたスプーンを和衣のほうに差し出すが、首を振ってそれを断った。
 おそらく授業に出ていたり、部屋で1人でいたりすれば、このくらいのことは我慢できるのだ。けれど周りで食事をされると、どうしたってキツイ。

「あと10分で授業終わるからさ、もうちょっとだよ、カズ」
「ガンバレ!」

 何の励ましだかよく分からないが、とりあえず和衣が必死なので、亮と翔真も応援してみる。
 これが失敗すれば、和衣が目に見えて落ち込むのが分かっていたし。

「じゃ、俺ら部屋戻ってっからさ、うまくやんなよ」

 祐介が来る前に、和衣を1人にしておかなければ意味がないと、睦月たちは和衣を残してカフェテリアを出ていった。

 取り残された和衣は、無駄にドキドキしていたが、チャイムが鳴って少しして、カフェテリアに入ってくる祐介の姿を見つけると、急いで席を立った。
 授業では、仲良くしている友だちときっと一緒だろうが、食事はいつも食べ終わった和衣たちが待っていると思って、祐介はカフェテリアには1人で来るのだ。

 それでも今日に限って誰かに誘われてしまっていては、元も子もない。
 まだ和衣の存在に気付かず、日替わりランチのメニューを覗き込んでいる祐介に、声を掛けた。

「ゆ…すけ、一緒にご飯食べよっ?」
「え、和衣。何、まだ食べてないの? みんなは?」

 いつもだったら、食べ終わっても、席でダラダラみんなで喋っているのに、今日はなぜか和衣1人。しかもまだご飯を食べていない様子で、祐介は不思議顔だ。

「えと…うん、何か…」

 そういえば、そこまでの言い訳を考えていなかった。
 言葉に詰まりながらも、適当にごまかせば、祐介はそれ以上追及して来なかった。

(あぅ…心臓潰れそう…)

 今まで付き合ってきた女の子とだって、片思いをしていた子とだって、食事くらい普通に行っていた。
 なのに相手が祐介というだけで、和衣は信じられないくらい心臓がバクバクいって、何だか顔も熱い。話をしようと思っても、普段みんなでいるときは平気なのに、2人きりだと思った途端、何を話していいか分からなくなって、まともに会話も出来ない。
 自分がここまで乙女チックだとは思わなかったが、胸の鼓動は抑えられなかった。

「あ、そういえばさ、和衣、映画行かない?」
「………………。うぇっ!?」
「え、何、その驚き」

 ビックリしすぎて箸を投げ出してしまった和衣に、声を掛けたほうの祐介も何だか驚いている。

「映画とか、嫌いだっけ?」
「ちっ違うの。あの、いや、何で俺のこと誘うのかな、て。むっちゃんとか…」

 誘われて嬉しいくせに、予期せぬ祐介の言葉に動揺しまくって、何だかかわいくもない返事をしてしまい、余計に和衣は焦ってしまう。

「睦月に言ったんだけど、何かダメだって言われてさぁ。和衣がその映画見たがってたって言うから、誘ってみたんだけど……あんま好きじゃなかった?」
「ううん、そんなことない! 超見たかった!」

 確かにその映画は、和衣もずっと見たいと思っていたものだったけれど、睦月の前でその話をしたことはない。
 おそらく和衣に気を遣ってくれたに違いない。

(むっちゃん、ありがとう…!!)

 心の中で手を合わせ、和衣は嬉しさのあまりご飯を頬張って、祐介に「落ち着いて食べなよ」と、お母さん並みの注意を受けてしまった。
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十月 猶予はあとどれくらい (7)


「カズちゃん、うまくいくかな?」

 和衣と祐介の食事の邪魔をしてはいけないと、睦月たちが自分の部屋に戻ってくれば、暇だからと、翔真もそれについて来た。

「でもさぁ、これでカズと祐介がうまくいけば、むっちゃん、これからは寂しくなるね?」
「え、何で?」

 翔真の言葉に、睦月は首を傾げた。

「だってさ、今までは祐介がいろいろむっちゃんのこと見ててくれたけど、今度はそんなことしてくれなくなるよー? 構われなくなったら、寂しくなるんじゃない?」
「……。べっべっつに! 寂しくなんかないし!」

 けれど実際のところ、小さなころからずっと祐介に世話を焼かれっ放しの睦月は、本当に祐介が自分以外の人を構い出したらどうなるのか、想像も付かなかった。
 互いに彼女のいた時期もあったけれど、自分は彼女とは別物の位置だと考えていたから、そんなに気にならなかった。
 けれど今度は和衣だ。今までの女の子とは違う。
 目の前で、自分以外の男を優しくする祐介に、どんな気持ちになるのだろう。

「……ショウちゃん」
「ん?」
「俺も合コン行ってみたい」
「はいっ!?」

 いきなり突拍子もないことを言い出す睦月に、翔真だけでなく、亮まで大きな声を上げた。
 おそらく睦月の中では、いろいろなことを考えた結果に導き出された言葉なのだろが、聞いているほうとしては、あまりに突然すぎて、わけが分からない。

「だってさ、カズちゃんはゆっちとラブラブでしょ? ショウちゃんは合コン行って、彼女出来てラブラブでしょ? 亮は好きな子とラブラブになるんでしょ? そしたら俺だけ1人ぼっちだ…」

 少しの間にいろいろなことを考えたようで、想像だけで、どうやら寂しくなってしまったらしい。

「でもさ、むっちゃん、合コン行くなんて言ったら、きっと祐介が許さないよ?」
「だってゆっちには、カズちゃんがいるじゃん」
「いや、そうだけどさ…」

 困ったように亮と翔真は顔を見合わせた。

「ね、いいでしょ?」
「え、あ、うん…まぁ…もしそういう機会があったら、ね…」

 顔を引き攣らせながらそう答えた翔真に、睦月は無邪気に「絶対ね!」と言ってトイレに立った。

「あのさー…」

 睦月のいなくなった部屋、疲れたように口を開いたのは翔真だ。
 念のため、廊下に出て、睦月がいないことを確認してから、おもむろに口を開いた。

「むっちゃんて、もしかしなくても、お前の気持ちに気付いてないよな?」
「はぇ!? おおおおお俺の気持ちってっ!?」

 あからさますぎるくらいに驚く亮に、翔真はさらに呆れ顔になる。

「だってお前、むっちゃんのこと好きだろ?」
「バッ、ちょっ、ショウ! 何言っちゃってんのっ!?」

 それだけ動揺すれば、肯定の返事をしたのと同じだよ、と翔真は内心思う。
 けれど亮は、「違ぇし!」とか言いながら、顔を赤くしている。

「言っとくけど、翔真くんの目はごまかせないよ? 素直に白状しなさい。こないだ言ってた気になる子って、ずばりむっちゃんのことでしょう」
「……いや、だから…」

 気になると言えば、気にはなる。
 けれどそれが、恋心かどうか判断が出来ないでいるから、困っているのだ。

「いや、もうそう思ってる時点で、恋だって。素直に気持ちを認めろよ」
「認めてどうすんだよ…」

 何せ相手は、超が付くほどの鈍感な睦月だ。
 翔真にはバレバレの気持ちも、まるで気付く気配なく、気になる子はいないとキッパリ断言しているのだから。

「つーか、俺の気持ちって、そんなにバレバレ…?」
「さぁ。カズは今、自分のことでいっぱいいっぱいだからねぇ、分かんないけど。てか、肝心のむっちゃんが、あれだからねぇ…」

 苦労するよ? と、今さら言われなくても、十分すぎるほど分かっていることを言われ、亮はガックリと肩を落とした。
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十一月 蹲る身体を貫き去る風 (1)


「今日ね、カズちゃんとゆっち、デートなの」
「そうね。デートて言うかどうかは知らないけど」

 昨日の夜、和衣の洋服選びに散々付き合わされて、疲れた睦月はまだ眠そうで、朝食の後も、まだウダウダとベッドに転がっていた。

 普段から祐介とは一緒にいるし、今さら服装も何もないとは思ったのだが、「ダメ! 初めてのお出掛けなんだから!」と、乙女全開の和衣に押し切られ、同室者がバイトから帰ってくるまでとの約束で、睦月は服選びを手伝ったのだ。

「デートでしょ? カズちゃん、あんなに気合い入れて服選んだんだし」
「服ったって、毎日会ってんのに、今さらじゃね?」
「でもやっぱ、勝負服、着なきゃ」
「…勝負服とか、そんなの持ってんの? アイツ。つーか、たかが映画でそんなに決め決めにされても、祐介、引かないか?」

 そうは言っても、2人はまだ、清い関係のお友だちだ。
 和衣はデート気分でも、祐介にしたら、普段一緒につるんでいる友だちと映画を見に行くだけのこと。
 なのにそんなにいつもと違う雰囲気で来られたら、何か妙に思うのではないだろうか。

「俺もそう言ったけど、何かそれもカズちゃんなりの作戦らしいよ。何かいつもと違うね、てことに、気付いてもらいたいんだって」
「…………。……へぇ…」

 作戦も何も、気付いてもらえたら単に和衣が嬉しいだけのことのような気もするが、恋する乙女と化した和衣にとっては、大作戦なのかもしれない。
 意外と健気で一途な親友に、亮は呆れつつも、少し感心していた。

「あー、でもさぁ、カズちゃんとゆっちはデートでしょ? ショウちゃんも新しい彼女とデートでしょ? 何かウチらだけ部屋に閉じ籠ってて、寂しいね」
「え、じゃあ俺らもデートする?」
「何で俺と亮がデートなの? 亮がデートするのは、好きな子とでしょ?」

 だから、その"好きな子"はお前のことだって!
 全然気付いてないかもしれませんけど!!

「どうしたの? その子とうまく行ってないの?」

 人の気持ちを知る由もない睦月は、心配そうな顔をしてそんなことを言ってくるから、返事に困る。
 答えられずに亮が机に突っ伏せば、本当に心配になったのか、睦月はベッドを降りてそばにやって来た。

「亮?」
「睦月さぁ…ホントに好きな子とか、いないんだ?」
「? うん、いないよ」

 何の躊躇いもないその返事は、本当に本心なのだろう。
 他に好きな人がいないのなら、睦月の彼氏というポジションを狙うチャンスはまだあるということだけれど、しかしこれだけ気付いていない子を相手に、どうしたら良いものかと、亮は本気で頭を抱えたくなる。
 しかも睦月の場合、自分がそれほどまでに鈍感だということに、まったく気付いていないから、なお悪い。

「亮、大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかも」
「え、え、どして? 嘘、どうしたの? 好きな子とうまく行かなくて、ツライの?」
「睦月に言っても…」
「何で? 話、聞くよ?」
「いいって」
「何で? 俺じゃダメ?」

 顔を上げれば、本当に心配そうな睦月の表情。
 まさかその原因が、自分自身にあるとは、夢にも思っていないだろうけど。

 ねぇ、本当に話してもいいっていうの?
 まさか。

 もうその瞳から逃げ出したくて、亮は椅子から立ち上がった。
 部屋から出たい。
 睦月の前から消えたい。

「ねぇ、亮」
「――――好き、なんだ」
「え? 何が?」

 ほら、やっぱり分かってない。

「亮」

 引き止めようと、シャツの裾を掴む、睦月の手。
 亮は振り返った。

「睦月のことが」
「え?」
「睦月のことが好きなの」
「え? え? 何言って…」

 睦月の顔に、見る見る広がる戸惑いの色。
 分かっていたことだけれど、胸が痛い。

「…………――――なんてな。嘘だよ、冗談」
「え…」

 だから、笑ってそうごまかすしかないじゃないか。
 ――――ちゃんと笑えてる?

「…ワリ、ちょっと出掛けてくる」

 まだ何か言いたそうな睦月の手を離して、今度こそ亮は部屋を出て行った。

 1人取り残された部屋。
 睦月はただ呆然と、解かれた手を見つめていた。
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十一月 蹲る身体を貫き去る風 (2)


 焦って部屋を出て、そこで亮はふと気が付いた。
 財布も持っていない。上着もない。かろうじてポケットに携帯電話。
 11月の寒空の下、このまま外出するのは、どうしたって厳しい。となれば、行く先は、寮の同じ階にある翔真の部屋くらいだろう。

「ショウ~、いる~?」

 ノックして、ドアの外から声を掛ければ、すごく面倒くさそうな声がした後、中から翔真が出てきた。
 長袖のTシャツにスウェットのパンツ姿。寝癖はひどいし、眠そうな顔をしているし、「…何」と問い掛ける声も低くて、どう見ても寝起きだ。

「起き立て?」
「…立て」
「入っていい?」
「…ん」

 まだ寝ぼけた様子の翔真の後について部屋に入れば、ドアが閉まった途端に翔真は再びベッドにダイブした。

「え、ちょっ、寝んの!? 何で!?」
「…るさい、亮」
「もう11時になんのに! 起きろよ、ショウ! 起きて俺の話を聞け!」

 わーわー言いながら、フトンを被って丸くなっている翔真の体を揺らせば、隙間から覗いた目がギロリと亮を睨み付ける。
 一瞬怯んだ亮だったが、今ばかりはそれどころではないと、「起きて、起きて!」と繰り返す。
 いいかげんしつこい亮に、とうとう観念したのか、翔真は苛立たしげに頭を掻きながら起き上った。

「…んだよ、くだらねぇ話だったら、ぶっ飛ばす」
「くだらなくない、くだらなくない! 一大事だから、ショウ聞いて!」
「何」
「言っちゃった」
「は?」
「睦月に言っちゃった、好きって」
「……………………………………」
「え、聞いてる?」

 あまりに長い翔真の沈黙に、再び彼が眠りに就いてしまったのかと顔を覗き込めば、その目はちゃんと開いていて。
 何で反応がないの? と亮が思った、次の瞬間。

「うぇ~~~~~!!!???」

 ようやく亮の発した言葉の意味が脳に行き渡ったのか、翔真はフトンを投げ飛ばし、その勢いに、ベッドの脇に座っていた亮は床に引っ繰り返ってしまった。

「ままままマジで!?」
「マジで!」
「…で、反応は?」

 その言葉に、起き上った亮は顔を曇らせる。

「どうだったんだよ、むっちゃんの反応」
「…戸惑い?」
「…………。だよねー」
「つーか、冗談てことにしちゃった!」
「え、」

 亮が、今朝の睦月とのやり取りすべてを話せば、翔真は口をポカンと開けたまま固まった。

「おま…それでむっちゃん置いて、部屋出てきたの…?」
「うん」
「ひでぇ!」
「だからショウんトコ来たんじゃん! どうしよう!」
「知るか、アホ!!」

 亮のことを、子どものころからバカだバカだと思ってきたが、恋愛に関してはわりとうまく器用に立ち回る男だったので、今回もそんなに心配はしていなかったのだけれど、まさかこんなことを仕出かすとは……正真正銘のアホだ、と翔真は確信した。

「しょうがねぇじゃん、言っちゃったもんは!」
「冗談だ、て言ったにしたって……その後、そのまま部屋出てきたんだろ? それでその言葉、ホントに信じると思うか? いくらむっちゃんだって、そこまでアホじゃねぇだろ」
「今から言い訳しに行ったって、遅いよな!?」
「余計怪しいわ!」
「あぁ~、どうしよう、ショウ~!!」
「ウゼェー!!!」
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テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

十一月 蹲る身体を貫き去る風 (3)


 夕べ睦月と一緒に選び抜いた服を着て祐介に会えば、すぐに「いつもと雰囲気違うね」という欲しかった言葉を貰って、それだけで和衣の心は浮足立っていた。
 でも、「祐介と出掛けるからだよ」とまでは言えなくて、「…ちょっとね」とごまかしてしまったけれど。

「映画、おもしろかったね!」
「うん」

 興奮気味に話す和衣に、祐介は笑って答える。
 こんなに喜んでもらえるなら、誘った甲斐があったと思う。

「でも和衣がこんなに映画好きだって知らなかった」
「ん、結構見に行ったりするよー。祐介も、結構行く?」
「まぁ、時々。じゃあ、また何かおもしろそうなの来たら、見に行こっか」
「えっ…」

 祐介のさり気ない一言に、和衣は一瞬言葉を詰まらせる。別に嫌だからというわけではない。むしろ逆だ。
 まさか、祐介からそんなことを言ってもらえるとは思ってなかったから、ビックリしてしまったのだ。

「え、ヤダ? あ、俺よか彼女だよなー、映画見に行くなら」
「ちっ違うの! 行きたい! あの、何か…また誘ってもらえると思わなくて、ビックリして…。行きたいよ、祐介と。うん、行きたい!」
「そう? 何かそんなに言われると、ついいっぱい誘っちゃいそう」
「い…いいよ! いっぱい誘ってよ!」
「うはは、何かそのうちウゼェて言われそう」
「言わないよ!」

 それは単なる社交辞令的な言葉なのかもしれないけれど、和衣にしたら、また次がある、そう思うだけで、それこそ天にも昇る心地だ。

「まだ時間早いし、どっか寄ってく? それとも何か食う?」
「あ、えと…うん」
「ん? どうする?」

 もしこれが女の子とのデートだったら、こんなセリフ、きっと自分が言うのだろう。高校のころ付き合っていた彼女とのデートも、大体そんな感じだった。
 でもそれを今、祐介から言われて、勝手にデート気分が盛り上がってしまう。
 ……まぁ、実際はデートでも何でもないんだけれど。

「…ん、どっか寄ってきたい。で、ご飯食べてから帰る」

 自分でも欲張りなことを言っていると思ったけれど、でもまだ一緒にいたい。
 普段から一緒につるんでいるといえばつるんでいるけれど、2人きりになるチャンスはめったにないから、今の時間を大切にしたい。

「じゃあ、どこ行く?」

 和衣が、欲張りすぎたかなとドキドキしているのとは裏腹に、祐介はあっさりとそれに乗ってきてくれた。
 しかも和衣の意見を優先しようとしてくれるし、優しい。
 他意がないからこそ、なのだろうけど。

(でも、そんな優しくされたら、勘違いしそうになっちゃうじゃん…)

 根本的に祐介は、誰に対してもひどく優しい男だ。
 幼馴染みの睦月には時々厳しいことも言うが、それも彼を心配してのことだというのは、すぐに分かる。
 なのに、2人きりのときに、こんな風に優しくされたら、まるで自分だけにみたいな気がしてしまって。
 もしかしたら、想いが通じ合えてるんじゃないかって、錯覚しそうになる。

(こんなこと……もし他の誰かも同じこと思ってて、先越されちゃったらどうしよう…。相手が女の子だったら、勝ち目ないよね…)

 デート気分で、1人で勝手に舞い上がっていたけれど、今日のことだって、祐介にしたら、単に友人の1人を誘ったに過ぎないわけで。でもこれがもし女の子だったら、本当にデートになるんだろう。
 祐介の性格からして、お付き合いもしていない女の子と、2人きりで映画になんか出掛けるとも思えないから。

 男だから、気軽に誘ってくれた。
 友人だから。

(なのに、もし告白したら?)

 祐介の友情が、愛情に変わってくれたらいい。
 でも、そうでなかったら、その先に待っているのは、友情の崩壊しかない。

(…怖い)

 もう自分は、祐介なしではいられないくらい、好きになってしまっているのに。

「和衣? どうした? 疲れた?」

 急に黙り込んでしまった和衣に、隣を歩いていた祐介が顔を覗き込んで来る。
 よほど深刻そうな顔をしていたのか、すぐに祐介の表情が心配そうなものに変わった。

「…ううん、違う、ちょっと考え事…、ゴメン」
「そう? 寒いし、どっか入ろうぜ?」
「うん」

 もう考えるのはやめよう。
 今は、一緒にいられるこの時間を、楽しもう。

「あのね、俺、行きたい店あんの。そこ、行ってもいい?」

 泣きたいような気持ちを隠して、和衣は精一杯笑った。
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十一月 蹲る身体を貫き去る風 (4)


「暗くなるの早いよなぁー」
「何か日が短くなると、寂しいよね」
「そだね」

 まだ6時を過ぎたばかりだというのに、11月、店を出てみれば、日はすっかり暮れていた。

「てかさ、和衣、服買いすぎじゃね?」

 いくつものショップの袋を大変そうに抱えながら歩く和衣に、祐介は苦笑する。
 商品を見ても、買うまでにはじっくり考える祐介と違って、和衣の場合、欲しいと思うとつい手が伸びてしまって、その結果が、これだ。

「だってさ、買わないで後悔すんの、ヤじゃん。あんとき買っとけばよかった~、て」
「でも店員さんのおだてに乗りすぎ」
「だって、めっちゃ褒めるんだもん! 何かさ、ついその気になっちゃわない!?」
「あはは、和衣、超いいお客さんだよ」
「むぅ~…」

 さすがに今日は買いすぎたかな、と和衣も思っていた。
 下がってしまったテンションを無理やり上げたせいで、感覚が少しおかしくなっていたのかもしれない。
 しばらくは節約しないと…。

「でも、似合ってたよ、和衣に」
「えっ…」
「え、」
「え…」
「あの、…うん、似合ってた、よ…?」
「あ…りがと…」

 不意を突く祐介の言葉に、和衣は頬が熱くなるのを感じる。
 もう1度言われて、やっと返事をしたけれど。

(暗いし…顔赤いの、バレてないよね…)

 男に褒められて顔を赤くしている男なんて、変に思われ兼ねない。
 冷たい風が頬を撫でていく。早くこの熱くなった顔が、冷めてくれたらいい。

「…メシでも食って帰ろっか」
「う、ん」

 ぎこちなくならないように、精一杯いつもどおりに振舞って、和衣は頷いた。

「何食べる? てか、近くがいいよね?」
「え、何で?」

 祐介の提案に首を傾げていると、

「だって、荷物多くて大変でしょ?」
「…………」

 祐介が、すごく当たり前みたいに、さりげなくそう言ってくれるから。
 バカだと思うけど、こんなことで胸が熱くなったり、いっぱいになったりして、そのたびに、やっぱり祐介のことが好きなんだって、実感してしまう。

「俺、別にファミレスとかでいいよ」

 きっとデートなら、すてきな雰囲気のお店に行くんだろうけど、今日は一緒に出掛けられただけでも幸せだから、それは次の楽しみにとっておこうって思う。
 それに、買い物しすぎて、もうお金の持ち合せもあんまりないから。

 和衣の言葉に、結局この近くのファミレスに行くことになって、そちらに向かって歩き出せば、少しして、向こうから来た自分たちと同い年くらいの女の子が、声を掛けてきた。

「祐ちゃん、久し振りー!」

 祐介を呼ぶその呼び方は、和衣の周りにはいない。けれど祐介が普通にそれに応えているところを見ると、大学以外の友人なのだろう。
 女の子は、11月のこの寒空の下、元気にミニスカート姿で、祐介の友人にしてはちょっと珍しいかも、と思えるような、少し派手な雰囲気を持っていた。

「あ、高校のころの同級生で…」

 見ず知らずの女の子の登場に和衣が戸惑っていると、祐介がそう紹介してくれ、その子にも和衣が大学の同級生だと紹介した。
 話によると、彼女は高校を卒業してから、美容師の専門学校に通うため、祐介たちと同じように地元を離れていたらしい。
 卒業以来だよねー、という女の子の声に、お盆に帰ったとき会わなかったんだ、などと、和衣は心の中で声を掛ける。

 久々の再会に盛り上がる2人の話に、当然のことながら和衣はついていけない。これでもっと口上手だったり、人見知りをしたりしなければ、積極的に会話に混じっていけるけれど、それも出来ない。

 さっきまであんな些細なことで、1人幸せに浸ってたっていうのに。
 今はもう、こんなにも胸が痛い。

「ね、もうご飯食べた? 一緒に食べ行かない?」

 その子の提案に、和衣はギクリとした。
 単に、久々に会った同級生を誘うだけの言葉だろう。もちろん和衣にも一緒に行こうと言ってくれる。
 どうする? という感じで、祐介は和衣を見た。

 何も答えられない。
 だって今日は。
 2人きりだけれど、デートではないけれど、でも。

「…俺はいいや。もう帰るし、祐介、食べてきなよ?」
「え? は?」

 視線を合わせずにそう言う和衣に、戸惑ったような祐介の声。

「俺、先に帰るから…、じゃ」

 和衣は女の子に頭を下げると、祐介の顔を見ようともせずに、その脇をすり抜けていった。
 後ろで、祐介の引き止めるような声がしたけれど、振り返らなかった。

 角を曲がって、祐介たちの視界から自分が消えただろう瞬間、和衣は走り出した。
 肩から下げているショップの袋が邪魔して、うまく走れない。けれど、和衣は足を止めなかった。
 走って走って、人気の途絶えたところで、立ち止まって蹲った。

「うぅ…」

 涙は、気付かないうちからずっと零れていたらしい。
 蹲って抱えた膝に、どんどん染み込んでいく。

 胸が痛い。
 痛い。

 この感情、この醜い感情が何なのか、和衣は知っている。

 ――――嫉妬だ。




 冷たい風が、和衣の体を貫いた。
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十一月 蹲る身体を貫き去る風 (5)


「お前、部屋に戻れよー」

 昼前から翔真の部屋に来て、1日中ウダウダと、空いているほうのベッド(マットレスのみ)に転がっていた亮に、とうとう翔真はそう漏らした。

「帰れないー」
「ウゼェ、つーの!」

 あ゛ーとか、う゛ーとか、変な声を上げては、ベッドの上を転がる亮。
 本当に鬱陶しい。

「どっちにしたって、ずっとこのままってわけにはいかないんだから、戻って話しろよ、バカ亮!」
「ショウ、一緒に来てー」
「何でっ?」
「俺が何か変なこと言いそうになったら、うまくフォローして!」
「出来るかぁ!」

 ぐずっている亮の背中を蹴飛ばしてやれば、ゴロリと転がった亮が壁にぶつかった。

 このままではいられないという翔真の言葉は、間違いではない。
 あんなことを言って、逃げ出すように部屋を出て、このままでいられるはずがないのだ。

「…部屋、戻る」
「おー、そうしろよ」

 ようやく決心のついたらしい亮に、翔真は本当にホッとしたような声を出した。

 だが、困ったことに、戻った部屋は空だった。
 睦月はどこかに出掛けたらしい。
 祐介の部屋だろうかとも思ったが、祐介は今日、和衣とデートだから不在のはずだ。

「何だ…」

 やはりこのままではいられないと、もう1度睦月と話をする決心をしたというのに…と、睦月の不在を残念に思う気持ちと、会って何を話したらいいのかも分からずにいたのも事実で、睦月がいないことにホッとする気持ちが入り混じった。

「どーすんだよ、俺…」

 先ほどまで、翔真の部屋でさんざんゴロゴロしていたというのに、今度は部屋に戻って、自分のベッドに身を投げた。
 今さらながら、勢いだけで部屋に戻って来たのだと思い知った。
 今日1日、翔真の部屋でどうしたらいいのか考えていたはずなのに、結局何も考え付いてなんかいなくて、どうしたらいいのか、グルグルと頭の中を回る。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……心の中で何度も繰り返していたとき、ガチャリとドアの開く音。
 ノックもなしに開いたそれに、睦月が帰って来たのだと思って体を起こせば、立っていたのは祐介だった。

「何だ、お前か…」

 あからさまにガッカリした表情で、しかもすごく失礼なことを口走った亮に、けれど祐介は何も突っ込まない。

「亮、お前しかいないの?」
「あ? そうだけど?」

 まさかデートの最中に、睦月のことが心配になって帰ってきたとか言うつもりじゃないだろうな、と、亮は訝しむように祐介を見た。

「いや…和衣がいないならいいんだ」

 部屋の中をグルリと見回すと、祐介は難しい顔で出ていった。

「何だアイツ…」

 閉じたドアに呟いた後、亮はそのままベッドに仰向けに倒れた。
 祐介の闖入により、何をどこまで考えていたのか、分からなくなってしまう。自分で思っていた以上の、頭のキャパのなさに、亮はガッカリした。

 溜め息を1つついたところで、再びドアの開く音。
 また祐介が戻って来たのかと、面倒くさくて亮はそちらに視線を向けることすらしなかった。
 ガサリと何か物の落ちる音がして、それからそれを慌てて拾う音。
 いったい何をしているのだと、ようやく亮が体を起こせば、そこにいたのは祐介ではなく、コンビニの袋を持った睦月だった。

「え、あ…」
「バ、バカ!」
「えっ!?」

 戸惑いを隠せない亮に、いきなり浴びせられた罵声。
 ずっとずっと、睦月に会ったら何を言おうか考えていて、結局何も思い付かずにいて、けれど顔を見た瞬間に、まさか「バカ」とか怒鳴られるなんて思ってもみなくて、言葉が続かない。
 とにかく謝って、それから…

「亮のバカ! お前がいるとか思わなくて、閉めてった鍵開いてるから超ビビったじゃん! しかもビックリした拍子に、袋落っことして、プリン、グチャグチャになっちゃったじゃん!」
「え? え?」

 もしかしてその怒りは、プリンがグチャグチャになったことに対しての怒り?
 今朝の亮の行動に対しては??

「あー、もう! 弁当もグチャグチャになってるー! どうしてくれんだよ!」
「いや、どうして…ていうか、えと…それは…?」
「ご飯。だってゆっちいないし、お前もいないし、お腹空いたし、買ってくるしかないじゃん!」

 平然とそうのたまう睦月に、亮は目眩すら覚える。
 やはり睦月にとって、亮は単なる食事係でしかないのか。
 あの、冗談という言葉を、本気にしたのか。
 予想外すぎる睦月の言動に、一体どうしていいものか、まったく分からない。

「…んだよ」

 呆然としてしまった亮に、睦月はムッとした顔で唇を突き出し、クリームの潰れてしまったプリンを、恨めしそうに冷蔵庫にしまう。

「あ…いや、その…、えっと、睦月、あのさ…ちょっと話…」
「…何? 今朝のことなら、聞きたくないんだけど」
「違うんだ、俺、」
「聞きたくないってば!」

 冷蔵庫を閉じて振り返った睦月は、泣き出しそうな顔をしていて、けれどその瞳はひどく冷たいものだった。
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十一月 蹲る身体を貫き去る風 (6)


 祐介が寮に戻っても、まだ和衣は帰ってきていなかった。
 あの後、彼女と食事はせずに帰って来たのだけれど、どこかで行き違ったのだろうか。和衣自身の部屋にもいないし、亮や翔真の部屋にもいなかった(おまけに2人には、何だかひどく迷惑そうな顔をされるし)。
 携帯電話も、呼び出せど繋がらず。
 探すところもなくて、仕方なく祐介は自室へと戻ろうとした。

「え…」

 足を1歩進めたところで、背後から聞こえた、小さいけれど驚いたような声に祐介が振り返れば、そこには、ハッとした表情の和衣が立ち竦んでいた。
 和衣は荷物をたくさん抱えていて、でもその姿はさっき別れたときよりもひどく重そうに、邪魔そうにしているようにも見える。

「お帰り」

 掛けられた声に、和衣は返事を出来なかった。
 どうして彼がここにいるのか、食事をして来たにしては、いくら何でも帰ってくるのが早すぎる。それに、どうして和衣の部屋の前になんかいるのか。
 いろんなことが一気に頭の中を駆け巡って、和衣は落ち着きなく視線を彷徨わせるだけで、声すら出せない。

「和衣、あのさ、ちょっと話、あるんだけど……いい?」
「――――……え……俺に…?」
「うん。いい?」

 いいか悪いかはよく分からないけれど、真剣な表情の祐介に、和衣はコクリと頷いた。
 同室者は彼女の家に泊まりに行くとかで不在だから、和衣は自分の部屋に祐介を上げた。

「…何?」

 部屋に入るなり、和衣はショップの袋を乱暴にベッドに放り投げた。
 ほんのさっき、祐介にも褒められて、あんなに嬉しい気持ちになったものなのに。

「和衣、何でさっき、先に帰っちゃったの?」

 祐介にそう問われて、和衣は何も言えず俯いた。
 だってそんな……言えるわけがない。
 恋人でもないのに、女の子相手に嫉妬しました、だなんて。
 いや、たとえお付き合いしている恋人同士だとしても、こんなことくらいでいちいち嫉妬するような男、面倒くさいに決まっている。祐介には、そんな風に思われたくない。

「俺、今日、和衣と出掛けたの、すごい楽しかった。映画も、買い物も」
「お…俺も!」

 先に帰ってしまったことを責められるのではないかと、何となく心の中では思っていたのに、祐介の口から出たのはそんな言葉で、それは和衣も同じだったから、慌てて答えた。

「…そっか、よかった。和衣が急に帰るって言い出すから、俺、何かしたかなって思って」
「違う、そんなことない…」

 俯きがちに、和衣は首を振った。
 祐介は、何もしてない、何も悪くない。
 もっと怒って、責めてくれたらいいのに。

「ホント? じゃあ、また和衣のこと、誘ってもいい?」
「え!?」
「出掛けたりとか」
「う、うん!」

 今日こんなことになって、そんな直後なのに、どうしてまた誘ってくれるのかは分からなかったけれど、本当に嬉しくて和衣は素直に頷く。
 急に笑顔を見せてくれた和衣に、ようやく祐介もホッと息をついた。
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十一月 蹲る身体を貫き去る風 (7)


 何がどういう風に功を奏してそうなったのか分からないけれど、祐介との次の約束を取り付けた和衣は、浮かれ気分だった。
 だから、睦月がいつもと違う様子だということに、バイトの帰り、2人きりになるまでまるで気が付かなかったのだ。

「どしたの、むっちゃん」

 祐介と一緒に映画を見にって、途中いろいろあって気まずくはなったんだけど、でも仲直りして、次また出掛けるんだー、と、捲し立てるように一気に喋った後、和衣はようやく、口数の少ない睦月を不思議に思って声を掛けた。

「…何が?」
「何か元気ない」
「カズちゃんは元気だね」
「うん!」

 微妙に的外れなことを返され、はぐらかされたのに、和衣はそれに気付かず、嬉しそうに頷いた。

「今度はもっといい雰囲気になるようにがんばるんだ!」
「そのためには、そのヤキモチ妬きなトコ、直さないとだよ」
「う…分かってる…」

 さすがにこの態度が良くないのは、和衣も十分に分かっているのだけれど、勝手にヤキモチを妬いたうえに、それを態度に出してしまうから、なお悪い。
 睦月にまで嫉妬したことで、一度は反省はしたものの、結局同じことを繰り返してしまっているから、始末に負えないと、自分でも思う。

「もう告っちゃえばいいじゃん。で、俺はすぐヤキモチ妬いちゃうから、女の子と話しないでー、て言えばいいじゃん」
「言えないよ、そんなの! 超カッコ悪い!」
「…………」

 1人で勝手にヤキモチを妬いて、先に帰ってくるほうがよっぽどカッコ悪いような気もするけれど、猛省している様子の和衣には黙っていた。

「でも告白はするよ!」
「え、するの?」

 まだ恥ずかしがるのかと思っていたら、和衣の口からは意外な決意が飛び出した。

「する! だってクリスマス、一緒に過ごしたいじゃん!」
「いや、過ごしたいのは分かるけど…」

 それは、祐介が和衣の告白にOKすることが、大前提なのでは?
 やっと動き出したばかりの2人の関係。
 祐介は優しい男だから、和衣を傷つけるようなマネはしないだろうけど、そうは言ってもモラリストの彼が、そう簡単に男同士ということを受け入れるとも思い難い。

「だからがんばるの!」

 こぶしを握り締めて意気込む和衣の隣で、睦月は「はいはい」と適当に返事をする。
 こういう一直線な性格の和衣はかわいいと思うけれど、自分にはまねできないな、と思う。

 そして。
 次はどんな作戦で行こうかなー、なんて、大人の駆け引きなんてまるで出来もしないくせに、そんなことを言っている和衣は、結局、睦月から話を聞き出すという、当初の目的を忘れていた。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (1)


「よし、これに決めた!」

 睦月が転がっているベッドに投げ出された洋服十数着。
 それほど大きくもない備え付けのクロゼットの、どこにそんなに入っているのかと思うけれど、和衣は次から次に洋服を出してきては自分の前に宛がってみせ、それを繰り返すこと1時間、ようやく明日着ていく服が決まったらしい。

「それって、最初に出したヤツでしょ? 結局それでよかったんじゃん」

 前回同様、和衣のファッションショーに付き合わされた睦月は、あくびをしながらそう言った。
 明日は、祐介と2度目のお出掛け。
 前よりも積極的に行くと決めた和衣は、ファッションチェックに余念がない。
 けれど最終的に和衣が選んだ服は、一番初め、睦月に「この服どう!?」と言って自分で決めた組み合わせだ。
この間一緒に買い物したとき、祐介がずいぶん褒めてくれたんだと、和衣が力説するものだから、睦月は覚えていたのだ。

「だってこれ、良くない?」
「いや、いいとは思うけど…」

 だとしたら、睦月が付き合ってやったこの1時間は、一体何だったのかと詰め寄りたい。
 和衣にまるで悪気がないようだから、我慢はするけれど。

「そういえばさ、むっちゃんはどうなの? 亮と」
「は? 何が?」

 散らかし放題にしていた他の服を片付け始めた和衣に尋ねられ、適当に服を畳んでいた睦月の手が止まった。

「むっちゃんたちの、その後の進展具合は?」
「何の話?」
「もぉー、亮とのこと!」

 畳んでいた服を放り投げて、和衣はベッドに飛び乗った。
 睦月は少し鬱陶しそうな顔をして、和衣を見ないように服の片付けを再開する。

「だってさぁ、俺が思うに、亮が言ってた気になる子って、むっちゃんのことだよ」

 和衣は自信満々にそう言った。
 自分の恋心だけでいっぱいいっぱいではあるけれど、そうだとしたって、腐れ縁の亮のことなら、よく分かる。
 なのに睦月は、あっさりと「違うよ」なんて答える。

「違わないって! 絶対そうだよ!」
「違うって。だって冗談て言われたもん」
「…え?」

 睦月の顔を覗き込もうとしていた和衣は、表情を曇らせた。

「…どういうこと?」
「知らないよ。好きだって言われて……でも冗談だって言われた」
「何それ」
「知らないってば!」

 睦月は畳み終えた服を和衣に押し付けると、そのまま和衣のベッドに転がった。

「俺、アイツが何考えてんのか、よく分かんないんだけど。好きとか、そんなの冗談で簡単に言えるもん?」
「だから、冗談なんかじゃないんだって!」
「冗談じゃないなら、何で冗談だとか言うわけ? 好きだっつって、でもすぐに冗談だって言って、部屋出てったの。何それ、意味分かんない」
「……むっちゃんは亮のこと、どう思ってんの?」

 睦月から受け取った服を床に置いて、和衣は睦月の横に寝そべった。

「どうって……何が?」
「好きとか、嫌いとか」
「…分かんない、普通」
「普通って何?」
「普通は普通。だってよく分かんないもん」

 目をクリクリさせて和衣に顔を覗き込まれて、答えないわけにはいかない雰囲気に、睦月は思っていることを吐き出した。

 春に出会って親しくなって、確かに亮のことは好きだ。
 でもそれは、亮だけに特別に抱く感情というわけでなくて、和衣や翔真にも同じ気持ちなのだと思う。
 ……というか、思ってきた。
 亮に好きだと言われて、戸惑って、嬉しいと思って。
 けれど亮は、冗談だと言った。
 冗談て。
 その言葉を聞いたとき、激しくショックを受けたのは事実だ。

「てことは、むっちゃん、亮のこと好きなんじゃん」
「…かも。だけど、だから何?」
「それを亮に言ったらいいじゃん? 俺は亮のこと好きって」
「言わないよ、そんなの。だってそんなこと言ってさ、『冗談て言ったじゃん』とか言われたら、俺、超間抜けじゃん」
「冗談なんかじゃないと思うけどなぁ…」
「いいんだよ、別に」
「もうすぐクリスマスなのに?」
「関係ないもん。てかカズちゃん、明日出掛けるんでしょ? 片付けてもう寝なよ」

 あくびを1つして、和衣を跨いでベッドを降りると、睦月はそのまま部屋を出ていった。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (2)


 昨年出来たばかりの複合施設。
 親子連れやカップルの目立つそこに、祐介と和衣はいた。

 この間は和衣の行きたいところに出掛けたから、今日は祐介の好きなところに行こうと言ったのに、

「俺の行きたいとこ? 和衣と一緒なら、俺、別にどこでもいいよ」

 なんて、祐介が言うものだから、和衣は思わず顔を赤くしてしまった。
 祐介は、人の気も知らないで、勘違いしそうになることを平気で言ったりやったりするから、ちょっと困る。
 嬉しいけれど、1人で勝手に舞い上がって、でももし恋人同士にはなれなくて、友だちにも戻れなかったとき、ショックはきっと大きいだろうな、とか、いろいろなことを考えて、素直に喜べない。

「……でも、俺も祐介と一緒なら…」

 これからは積極的に行く! と心に決めていたこともあって、けれどちょっと恥ずかしくて、和衣はモゴモゴとそう言った。

(何かホントにデートしてるみたい…)

 ただのお出掛けだし、と自分に言い聞かせても、やはり緩む頬は抑えられない。
 今日の行き先も、最終的には祐介が決めたけれど、実は和衣も行きたいと思っていた場所で、もしかしたらそれも考慮してくれたのかな、とか思い、思わず顔がにやけそうになって、和衣は両手で頬を叩いた。

「和衣!」
「わっ」

 突然、グイと腕を引かれて、和衣は驚いて祐介を見た。

「どっち向かってんの? エスカレータ、向こうだよ?」
「あれ?」

 1人でグルグルといろんなことを考えているうち、どうやら祐介とは違う方向に向かって歩いていたらしい。
 祐介に腕を掴まれて、和衣はようやく我に返った。

「和衣、大丈夫?」
「いや、何か、人多いなぁ…とか思って」

 考えていたのは全然別のことだけれど、和衣は何となくそう言ってごまかした。
 人が多いのは事実で、祐介もそれに納得したようだけれど、なぜか掴んだままの和衣の腕を放してくれない。

「祐介?」
「あっち、行こ?」
「え、うん」

 腕を掴んでいた手を、今度は手首を掴み直して、祐介は和衣を引っ張っていく。
 手を繋いでいるとまではいかないけれど、それに近い雰囲気に、和衣の心臓がバクバクとうるさく鳴り出す。

 何で手を掴まれているんだろう。
 でも祐介は何も気にしていないみたい。
 混雑していて、はぐれないようにとか、きっとそんな理由だとは思うけれど。

(熱い…)

 祐介が掴む手首が、熱い。
 やっぱり祐介のことが好きなんだって再認識して、和衣の胸は甘く痛んだ。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (3)


「とってもお似合いですよー」

 その言葉に、和衣は弱い。
 どのくらい弱いかというと、店員さんに言われたら、ついその気になって、ちょっと高くても、思わず買ってしまうくらい。

 祐介にも、「和衣、超いいお客さんだよ」とからかわれたけれど、その祐介だって、和衣の買うものを褒めるのだから、タチが悪い。
 和衣にしたら、店員さんに褒められたからじゃなくて、祐介がいいって言ってくれたからだよ! て言ってやりたいくらいだ。

 ちなみに今回の品は、シンプルな感じのファッションリング。
 お値段、約20,000円。
 バイト代が出たばかりだから、買おうと思えば買えるけれど、実は和衣は祐介にクリスマスプレゼントを買いたいと考えていたから、それを思うと、これを買うのはちょっと厳しい。

「あぅ…」
「どうするの?」
「また…今度にする…」

 名残惜しいけれど、今回ばかりは諦めよう。
 今日は自分へでなくて、祐介へのクリスマスプレゼントを見付けるのが目的なんだから。
 後ろ髪を引かれつつ店を出ると、祐介が、「ホントに良かったの?」と顔を覗き込んできた。

「いいの」

 いつまでも残念がっていてもしょうがない。
 ひとまずは気持ちを切り替えて、プレゼント選びに専念しよう。

 ……でも、祐介の欲しがってるものって、何だろう。
 アクセサリも少しは持っているけれど、気に入ったのを長く使うタイプのようで、新しいものを欲しがっている姿は見ない。

 睦月に相談したら、「新しいパソコンじゃない?」なんて、とてもじゃないが、プレゼントに買ってあげられそうもないものを言われ、念のために翔真と亮にも話を聞いてみたら、「そういえば電子辞書が壊れたって言ってたよ」なんて、ものすごく現実的なことを言われてしまった。

(何かもっと心に残るようなものがいいな。で、出来ればいつもそばに置いててくれられるような…)

 そんな夢見がちなことを思いつつ、ショーウィンドウをキョロキョロと覗く。
 あのマフラーすてきだけど、夏には着けてもらえないし……なんて、ボンヤリ考えていたら、どうやらまた祐介とは別の方向に歩いていたらしく、再び祐介に手を引かれてしまった。

「何か今日の和衣、すぐ迷子になるね」
「なってないよ!」

 子ども扱いされているとは思いつつ、和衣はその手を解けなかった。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (4)


 食事を終えて外に出れば、もうすっかり空は暗くなっていたけれど、クリスマスらしくイルミネーション華やかな周囲には、関係なかった。

「あ! あそこ、クリスマスツリーあるよ!」

 さっきまで手を掴まれて恥ずかしいだなんて思っていたくせに、広場の中央に立つ大きなクリスマスツリーを見付けた和衣は、無邪気に祐介の手を引いて走り出した。

「すげぇ、キレー。ねっ?」
「うん」

 人の背丈よりもうんと高いツリーを、和衣はウットリとした顔で見上げている。

「和衣、あのさ」
「ぅん?」

 声を掛けられて振り返れば、ひどく真剣な表情をした祐介の顔がすぐそばにあって、和衣はビックリして肩を跳ね上げた。

「何…?」

 え? 顔近すぎない?
 いくら何でもそれじゃ……

「…、」

 声を掛けたきり何も言わない祐介と、そして過ぎるくらい近くにある祐介の顔を不思議に思っていると、ゆっくりと、さらに祐介の顔が近付いてくる。

「ゆ…」

 呼ぼうとした名前は、途中で途切れた。
 唇に柔らかな感触。
 それは、ほんの一瞬で。

 もしかして今、キスされた…?

「え…?」
「あ、ゴメン…!」

 驚きで瞬きも出来ずにいる和衣に、キスを仕掛けた祐介は、咄嗟に謝ってしまった。
 和衣は、キスされた唇に、そっと触れる。

「ゴ…ゴメン! ホント…」

 自分からキスしておいて慌てふためいている祐介は、何だかいつもの雰囲気とは全然違って、それに周りはイルミネーションでキラキラしているし、ちょうど陰になってて誰にも見られないところとはいえ、こんな外で祐介がキスしてくるなんて、そんなのあり得ないし、

「……夢…?」
「え!?」

 俺、祐介のことが好き過ぎて、夢見てるのかなぁ。
 もしかして今日一緒に出掛けたのも、ご飯食べたのも、クリスマスツリー見たのも、みんな夢かなぁ。
 目が覚めたら、これから出掛けるところだったりして。
 うぅん、一緒に出掛ける約束したのも夢かも……

「か…和衣?」

 目の前で振られる手。
 覗き込まれる顔。
 祐介の、顔……

「わぁっ!? イダッ!」

 ドアップの祐介の顔にビックリして、和衣は思わず後ろに飛び退いて、その拍子に背中を壁にぶつけた。

「だっ大丈夫? 和衣!」
「わわわわっ! えっ? えっ? えっ!?」

 パニック状態の和衣は、その場にへたり込んで、両手で口を押さえている。
 イルミネーションの明かりだけの下だけれど、顔が真っ赤なのが祐介にも分かる。

「ゆ…すけ…」

 今度は長いまつ毛を何度も羽ばたかせて、和衣は何とか声を絞り出して祐介の名前を呼んだ。

「今…」
「あ、あの…ゴメン…」
「え…何で謝んの…?」
「いや、急に…」
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (5)


 みんなイルミネーションに気を取られていて、誰も他人のことなんて気にしていないけれど、和衣があまりにも大きな声を出して騒いだものだから、何組かのカップルの視線がこちらに向いていた。
 それに気付いた祐介は、まだ呆けている和衣の手を取ると、腰が抜けている和衣を何とか引っ張って、ダッシュでその場を離れた。

「ちょっ…ゆう…!」

 祐介のこんな行動力にも驚きだが、今はそれどころでもなくて、もつれそうな足を何とか動かして、祐介の後を追う。
 2人が逃げ込んだ先は、ちょうど搬入口にあたるところで、夜のこの時間は誰もいなかった。

「はぁ…ちょっ…、……何…?」
「ゴメ…だって…」
「てか、何…? 何なの? 何だっけ!?」

 クリスマスツリーにはしゃいで、その後のあまりにも急な出来事に、思考が追い付かない。

「え、俺、祐介にっ…!!!」

 ようやく呼吸が整うころ、パニックに陥っていた思考回路が落ち着きを取り戻したのか、和衣は祐介にキスされた事実を思い出した。

「ゴメン、和衣! ホント! あの…」
「え、ちょっ…謝んないでよ。てか、何で、キス…」

 祐介は気まずそうに視線を外した。
 でもこればかりは、聞かずに済ますわけにはいかない。

「ねぇ、何で…?」
「あの、そんな重く受け止めなくていいし、その…ヤダったらヤダって言ってくれていいんだけどさ、その、俺、」

 困った顔で祐介の言い淀む様子に、和衣の心臓もバクバク言い出す。

「……好き、なんだ」
「え?」

 一瞬、言われた意味が分からなくて、和衣は思わず聞き返した。
 祐介はさらに困ったような顔をする。
 心なしか頬も赤い気がして。

「好きだ……和衣のこと」
「うん。…え? ………………。……え? …………えっ? ………………。えぇっ!!??」
「え、あ、いや、その、そんな、ゴメン!」

 祐介の言葉の意味が脳に行き渡った、その次の瞬間。
 和衣は、先ほどのキス以上に驚いて、声を張り上げてしまった。静かなそこに、和衣の絶叫が響き渡って、慌てて口を押さえた。

「い…今、何て言ったの…?」

 聞き間違いでなければ、"好き"て言われた気がする…。
 しかもその後、また謝られたような気も…。

「だから、その…好き、て…」
「え…?」
「和衣のこと、好き…」

 もう1度、祐介の口からその言葉を聞いて、ポカンを口を開けたままの和衣は、そのままの格好で固まってしまった。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (6)


「ゴ、ゴメン! あの、いや、そんな…困らせるつもりじゃなかったんだけど、その…やっぱ伝えておきたかったていうか、あの…」

 何も答えずに固まっている和衣をどう受け止めたのか、祐介は慌てて言葉を続けた。
 先にキスをしておいて、今さら告白もあったものではないし、しかも言い訳だなんて、みっともなさすぎる。
 けれど、どうしても伝えておきたかったから。

 ハラリ。
 溢れた涙が、和衣の頬を伝う。

「和衣!? あ、あの、ゴメン! 泣くほど嫌だった!? ゴ、ゴメン…!」
「違う…違うの、祐介…」

 そうじゃなくて。
 祐介の言葉が、気持ちが嫌だからじゃなくて。
 まさかそんなこと、言ってもらえるなんて思わなかったから。

「俺も、祐介のこと、好き…」
「えっ!?」
「好き、て言ったの!」

 言った後、また涙がボロボロと零れて、和衣はしゃくり上げながら必死に涙を拭った。

「ウソ…」
「嘘じゃない!!」

 泣くつもりなんかないのに、驚きと嬉しさと、何だかいろんな感情が入り混じって、涙が止まらない。

「嘘じゃない……俺、ずっと祐介のこと、好き……うぅ…うー…」

 何とか言葉を紡いで、その想いを伝えて、後はもう涙で言葉にならなかった。
 へたり込んで泣きじゃくっている和衣を宥めるように、祐介が背中をさすってくれる。

「落ち着いた?」
「…ん」

 まだ鼻をグズグズ言わせながらも、ようやく涙の止まった和衣は、コクコクと頷いた。

「ビ…クリした…。だって祐介…」
「ん?」
「好き、て……ホント?」

 まだ夢の続きじゃないよね?
 ずっとこんなシーンを思い描いてて、その妄想が夢に出てきたとか。

「ホントだよ。ずっと好きだった」
「だって……そんなの全然分かんなかった…」

 だって祐介は優しくて、それは和衣だけにじゃなくて、でも。
 でも…。

 また一緒に出掛けたいと言ってくれたのも。
 和衣が行きたい場所に付き合ってくれるのも。
 服とかアクセサリを褒めてくれたのも。

「和衣だから、だよ? …て、何でまた泣くの!?」
「だってぇ…」

 すっかり涙腺の壊れてしまった和衣は、せっかく止まった涙を、また溢れさせる。

「す…ごく、嬉しくて、だって、好きになってもらえるなんて…」

 いつか"恋人同士"て関係になれるように、ずっとがんばってはきたけれど、まさか祐介のほうから「好きだ」て言ってくれるなんて、本当に夢にも思っていなくて。

「俺もすごく嬉しい…」

 恋人たちが賑わうクリスマスのスポットの裏手、イルミネーションも何もないその場所で、祐介はもう1度、和衣の唇にキスをした。 
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (7)


 和衣の涙も止まって、人前に出ても泣いていたことがバレないくらいに落ち着くのを待っていたら、すっかり遅くなってしまった。
 けれどそんな時間になって、駅から寮までの道のり、殆ど人がいないのをいいことに、2人は指先を絡めていた。
 恥ずかしかったけれど、和衣がそうしたいと言ったのだ。

「帰ったら、むっちゃんに報告しなきゃだねー」
「え、何で睦月に?」

 和衣の口から飛び出した幼馴染みの名前に、祐介はギョッとしたが、その後に続いたセリフに、さらに仰天することになる。

「だっていっぱい相談に乗ってもらったし、言わなきゃでしょ?」
「ちょっ…ちょちょちょちょっと待って! 和衣!」
「何?」
「もしかして睦月って、知ってんの…? 和衣がその…」
「ぅん? 知ってるよ。亮もショウちゃんも」
「ッ…」

 何でそんなこと聞くの? と言わんばかりの表情で不思議がっている和衣の隣、言葉を失っている祐介は、何となく顔面蒼白な気が。

「祐介、どうしたの? 言ったらまずかった?」
「いや、そうじゃないんだけど…」

 今まで誰にも気付かれないようにひた隠しにして来たつもりだったけれど、もしかしてすべてが和衣から筒抜けだったとしたら、すごく恥ずかしい。

「最初はね、亮とショウちゃんに相談してたんだけど、むっちゃんにもバレちゃったの」
「そうなんだ…」
「だって、誰にも相談しないなんて、俺、無理だもん…。亮とショウちゃんは親友だし…」
「いや、いいんだけど…」

(誰も何も言わなかったけど、もしかして俺の態度もバレバレだったりして…)

 鈍感な幼馴染みはともかくとして、翔真あたりは気付いていそうだ。
 それでも何も言ってこなかったのは、彼の大人たるところだろう。

 想いが通じ合って嬉しいはずなのに、寮に戻る祐介の足取りは少し重かった。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (8)


「カズちゃんと付き合うことになったんだって?」

 告白から一夜明け、祐介は睦月と2人、カフェテリアの片隅で、顔を突き合わせていた。
 ちなみに和衣は亮が教授のところに行くのに付き合っているし、翔真は彼女のところで、今はいない。

「…和衣から聞いたの?」
「昨日、寝てるところ、叩き起こされた」

 まだ亮がバイトから帰って来ていなかったこともあって、部屋の鍵を掛けずに寝ていた睦月は、興奮気味に部屋に駆け込んで来て、ベッドの上に飛び乗った和衣に揺さ振り起こされた。
 そして和衣は、寝惚け半分の睦月に、その日1日の出来事を捲し立てたのだった。

「おめでと」
「あ、うん、ありがと。てか、睦月、和衣から相談とかされてたんだって?」
「うん。ゆっちは何も相談してくんなかったね」
「いや、うん……ゴメン」
「何で謝んの?」
「いや、何となく?」

 何となく気まずそうな、それでいてちょっと照れたような祐介の顔は、今までずっと見てきた幼馴染みの顔ではあったけれど、どこか今までとは違うような気がして、睦月は少しだけ寂しくなった。

「別にいいけど。カズちゃん、すげぇ嬉しそうだった。クリスマスまでにがんばる! てずっと言ってたし」
「そうなんだ」
「…ゆっち、いつからカズちゃんのこと、好きだったの?」
「え、いや…いつって言われても…。結構前、かな。気になるようになったのは、夏ころかも」
「ふぅん」

 そういえば、和衣の、祐介に対する態度がわりとあからさまになってきたのも、そのころからだ。
 特に睦月が絡んだときなんかの。
 ということは、和衣の懸命なアピールは、決して無駄ではなかったというわけだ。

「でも、カズちゃんはすげぇ分かりやすかったけど、お前は全然分かんなかったよ」
「そうかな」

 そういえば、同じことを昨日、和衣にも言われた。
 確かに気付かれたらまずいと思って隠してはいたけれど、そんなに誰にもバレないほど、隠し事が上手だなんて思ったこともなかったのに。

「だって、やっぱその気もない人には、告れないじゃん。気持ちがバレて引かれるのもヤダし…」
「じゃあ何で言おうと思ったの? カズちゃんが自分のこと好きかもって思った?」
「え、いや、何ていうか…」

 和衣の態度も何となく気にはなっていたけれど、祐介の場合、これまでの経験や状況と違って、今回だけはわりと衝動的に動いてしまった部分もあった。
 だって、告白するより先に、思わずキスしてしまうなんて、祐介の人生の中で、絶対にあり得ないことだ。

「何か、言わずにはいれなかったんだよ。言わなきゃ後悔するって」
「それで思わす告っちゃったんだ」
「まぁ…うん。あのタイミングが正解かどうか分かんないけど、まぁ結果としては良かったっていうか…」
「タイミングねぇ」

 頬杖をついて、冷めたココアのカップを眺めながら、睦月はポツリと呟いた。

「……睦月、今誰か好きな人がいるの?」
「、何、急に」

 いきなりそんなことを言われ、言葉に詰まる。
 視線を上げれば、相変わらずの心配そうな顔をした祐介がそこにはいた。

「何だよ。話せよ」
「…いい。ゆっちに相談する気、ないし」
「それは、俺がお前に相談しなかったから?」
「違うよ」

 別に、今回相談されなかったことを、どうこう思う気持ちはない。
 昔から祐介は、1人で何でも解決する子だったから、睦月は今まで、祐介からじっくりと何かを相談された記憶がないし、それが普通のように思っていて、頼られないことを不満に感じたこともなかった。

 その代わり、祐介が睦月に対して過保護だということもあって、睦月は今まで嫌というほど祐介を頼って生きてきた。
 それはそれで、別にいいも悪いも思ったことがなかったけれど、前に翔真に言われたとおり、これからはきっと、祐介は和衣のほうを優先するだろうし、自分だって一生、祐介を頼りに生きていくわけにはいかないということも分かっている。

 それと、今回のことを祐介に相談しないというのは別問題かもしれないけれど、出来れば祐介なしで、自分だけで何とかしたいという気持ちが強い。

「でも…何かあったら、話くらいしろよ」
「…ん、分かってる」

 それでも過保護な幼馴染みに、睦月は少しだけ笑った。
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十二月 滲む涙も君との聖夜 (9)


 バイトが終わった後、睦月は、和衣のクリスマスプレゼント選びに付き合わされていた。
 あの日、それとなくショーウィンドウを覗いたり、自分の欲しいものを探すふりをしながら祐介へのプレゼントを探していたのだが、結局見つからず、最後は祐介からの告白による衝撃で、そんなことすっかり忘れていた。

「……何で俺がそれに付き合わなきゃいけないわけ?」

 冬休みに入って、時間はたっぷりあるのだから、何もバイトが終わってからでなくても、昼間行ってくればいいのに…と、睦月はぼやく。

「だって、昼間、むっちゃんだけ誘って買い物行ったら、変に思われるかもじゃん!」
「カズちゃんじゃないんだから、アイツはそんなことでヤキモチ妬かないよ」
「でもでも! プレゼントのことは内緒にしておきたいから!」

 ね、お願い! と必死な様子で頼まれれば、睦月だって無下に断ることは出来なくて、結局、明日の昼食で手を打つことにした。

「で、カズちゃん、何買うの?」
「分かんない」
「は?」
「祐介って、何が欲しいのかな?」
「はぁ~?」

 もしかして、まだ何も決めてないとか?
 もしかして、今日、1からそれを探すつもりとか?

「カズちゃん、全然決めてないの…?」
「うん」
「……」

 あっさりと言ってのける、この恋する乙女を、一体どうしてくれようか。
 言葉をなくしている睦月の横で、和衣は「ねぇねぇー」と無邪気に顔を覗き込んでくる。

「だからー新しいパソコン欲しがってたって」
「そんなの買えるわけないじゃん! それに何かもっと心に残るようなものがいい。形にも残って、心にも残るもの」
「カズちゃん、注文多い…」

 和衣の言い分は分かるが、自分がプレゼントを贈るわけでもないのに、そんな難しいリクエストに応えて、祐介へのプレゼントを探し出すなんて、出来そうもない。

「でもさぁ、心に残るものって……だったら、カズちゃんが自分で探したほうがいいんじゃない?」
「だって分かんないもん。むっちゃんのほうが知ってるでしょ?」
「でも俺、ゆっちにプレゼントなんかしたことないし…」
「あぅー」
「無難に服とかでいいんじゃない? アイツ、あんまアクセとかしないしさぁ」

 バイト先からそう遠くないショッピングモールを訪れた2人は、ひとまず中を1周しながら、それぞれのテナントを覗いていた。

「服かぁ…」

 確かに無難と言えば無難だ。
 祐介の毎日着ている服を思い浮かべれば、大体の好みも分かるから、外すこともないだろう。
 けれど、和衣はなぜか不満顔だ。

「服の何が嫌なわけ?」
「嫌じゃないけど、何かもっと特別っぽいものがいい」
「何その特別っぽいものって。俺、彼氏に上げるプレゼントなんて選んだこともないのに、そんなの難しいって」
「そっかー」

 確かに、それは和衣も同じことだ。
 今までのプレゼント選びは、上げる相手が女の子だったから、悩んだといえば悩んだけれど、わりと店頭で見掛ける定番的なもので良かった。
 それが、今度は相手が男になったというだけで、こんなにも難しくなってしまうなんて。
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