恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2016年03月

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くだらない明日にドロップキック (2)


 それなのに、だ。
 板屋越は、相向かいにろうとしていた純平に対し、「よぉ、純平」と片手を挙げたのだ。その後に、『久しぶり』とでも続きそうな口調で。
 これには槇村と逢坂もギョッとした顔をしていたが、何よりも仰天したのはもちろん純平で、喉元まで出掛っていた『初めまして』という言葉を、慌てて飲み込んだ。

「…知り合いか?」

 口を開いたのは、純平の隣にいた逢坂だったが、彼は純平と板屋越の両方を見比べながらそう尋ねたので、一体どちらにその質問を投げ掛けたのか分からず、純平は答えるのをやめておいた。
 板屋越が勘違いしているのだろうと思う反面、まだ名乗ってもいないのに純平の名前を知っているあたり、純平のほうが相手のことを忘れているのかもしれないと思ったのだ。何しろ、純平の記憶力は、とんでもなくポンコツだから。

「ん? 知り合い…………あ、会ったことないわ」

 しかし、しばらくの沈黙の後、板屋越が発したのは、そんな気の抜けるようなセリフだった。

「「はぁ~!!??」」

 声を上げたのは、槇村と逢坂だった。純平も、自分の記憶違いでなかったことが分かってホッとするより先、『はぁ~~!!??』と思ったのだが、あまりのことに、声にならなかったのである。
 以前にも会ったことのある人を忘れて、『初めまして』などと言ってしまうことは無きにしも非ずだろうが、何をどうすると、初対面の人間を前にも会ったことがあると思ってしまうのか。しかも、純平の名前を知っていたあたり、誰かと間違えて挨拶したというわけでもなさそうだ。

「いや、どっちだよ。初めて会ったんじゃねぇの? 何で知り合いなんだよ」

 何が何だか分からないのは槇村と逢坂も同じだったようで、大変困惑した様子で逢坂が尋ねた(困惑しすぎて、若干質問がおかしなことになっていたが、ただポカンとなっていた槇村よりは多少マシだろう)。

「いや、知り合いじゃないわな、知り合いじゃない。何かそんな気がしてたけど、完全に今日初めて会ったわ」
「だから、何で知り合いの気がするんだよ」

 板屋越はあっさりと自分の勘違いを認めたが、逢坂の突っ込みのとおり、一体どうして、今まで会ったこともない純平が知り合いのような気がしていたのだ。悪いが純平はまだ、この時点で板屋越の名前すらまだ分かっていない。

「お前らがめっちゃ純平の話するから。そんなの、俺も知り合いなのかな、て思うだろ」
「思うか!」

 どうやら純平不在の席で、たびたび純平のことが話題に上っていたらしい。その場にいない人間の話をするのは、どんな場面においても(良くも悪くも)あることなので別にいいんだけれど、そういうときは普通、全員が知っている人の話題で盛り上がるものではないだろうか。純平のことを知らない板屋越は、よくその話に付いていけたし、純平のことを知り合いだと思うほどになったものだ。



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くだらない明日にドロップキック (3)


「あの…、別にいいんですけど、何で僕の話を…? というか、そもそもどちら様…?」

 いくら相手が自分のことを知り合いだと思い込んでいたとしても、実際にはそうでなかったのだから、一体誰なのかを聞いても差し支えはないだろう。そして、なぜ自分の話で盛り上がったのか(盛り上がったとは言っていないが、その後、板屋越に知り合いだと思われたくらいなのだから、盛り上がったに違いない)、その部分に触れてもいいはずだ。

「何で、て……何か央の話から広がったんじゃなかったか?」
「えぇっ!?」

 央といえば、純平の弟である央のことに違いないが、単純に槇村と逢坂の知り合いに純平がいるから、3人の中で純平のことが話題になっていたのかと思いきや、央のことから派生して純平の話になったとは、思っていたのと話の順番が違った。
 槇村も、央と付き合うまでには散々悩んで、逢坂にも相談していたが、それと同じように板屋越にも話していたというのか。しかし、そもそも純平のことを知っている逢坂と違って、板屋越は純平も央も知らないのだから、話したところで…という気がするし、そこまで純平の話題で盛り上がれるだろうか、とも思う。まさかいろいろ話しているうちに、板屋越は央のことすら知り合いだと思い込んでいるのではなかろうか。

「えと、あの、…………」

 ウチの央ちゃんとも知り合いで? それとも知り合いだと思い込んでいるのですか? と尋ねようとして、純平は未だに板屋越の名前を知り得ていなかったことに気付く。相手はやたらと自分の――――自分たち兄弟のことを知っているようだが、こちらは全然知らないというのは、何だか変な気分だ。

「えとー……おたくさんは、」
「板屋越」
「え?」
「板屋越なつめ」
「あ、あぁ…」

 唐突に言うものだから、一瞬何のことか分からなかったが、どうやら彼は自己紹介――――というにはまだ言葉が足りなかったが、ひとまず名乗ってはくれたようだ。何となく言い淀んだ純平の心を察してくれたのか、ただ単に『おたくさんは』と言われたのが嫌だったのかは分からない。

「板屋越さんは、ウチの央ちゃんのことを知って……いや、話を聞いてとかでなく、その、」
「ん? あぁお前知らんのか」
「え?」
「俺、アレですけど。お前の央ちゃんの、担任の先生ですけど」
「うえぇぇ!!??」

 純平が『ウチの央ちゃん』と言ったのは、弟という意味で言ったのであって、別に自分のものだと主張したかったわけではないのだが、そこに突っ込むよりももっと重大なことをサラリと言われ、突っ込みそびれた上に変な声を出してしまった。おかげで、隣の逢坂から、「うるさい」とど突かれるはめになった。



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くだらない明日にドロップキック (4)


「え? え? 央ちゃんの……担任…?」
「そー」

 呆然としながら――――出来れば嘘であってほしいと願いつつ尋ねた純平の言葉に、板屋越はいともあっさりと肯定の返事をくれる。念のため槇村と逢坂の顔を見たが、2人ともそれを悪い冗談だとは言ってくれなかった。

「担任の先生、というと……学校の先生…?」

 ここまで念押しして聞かなくとも、答えはそうであるに違いなかったのに、それでも純平は聞かずにはいられなかった。それでもまだなお、そうではないという答えが欲しかったのだ。

「お前、何回聞くんだよ。学校の先生じゃなかったら、担任の先生になれないだろ。いや、今はそんなんもありか? よく民間出身の校長とか言ってるしな。でも俺はあれだよ、ちゃんと学校の先生だよ」

 しつこい純平の問いに気を悪くしたふうもなく、板屋越は笑いながら答えてくれた――――純平の望んでいない答えを。
 会ってまだ数分でもない板屋越の何も知らないのだから、彼が弟のクラス担任であることを嫌がる理由などあるはずもないのだが、何というか、第一印象でそう思ってしまったのだ。

 何しろ板屋越は、学校の先生どころか、一般的なサラリーマンにも見えない長髪で、服装も、仕事帰りとは思えないラフさだ。今日は金曜日で、央は普通に学校に行ったから、担任の板屋越が休みのはずはないし、制服で仕事をする業種でもないから、途中で着替えたとも考えにくい。つまりは、この格好で教壇に立っているということだ。
 同じラフでも、例えば今板屋越がジャージ姿で、体育教師だから普段からこの格好なのだと言ってくれたら少しは気が晴れるが、とても体育教師には見えない貧弱な体付きだし、およそスポーツで汗を流すようなタイプにも見えない(そもそも、こんな時間に居酒屋にいる時点で、部活動の顧問もしていないに違いない)。

 服装にしろ、髪型にしろ、ファッションに大らかな社風の会社もあるだろうが、教師としてはいかがなものだろうか。いつもふざけてばかりいる純平だが、変なところで頭の固い純平は、ついそんなことを思ってしまう。
 そういえば、央から先生に対しての不満を聞いたことがなかったが、それは単に自由で楽だからという理由なのではなかろうか。大人から見て『いい先生』でも、厳しい先生は生徒に人気はない。板屋越は、自身がこれだけ自由なのだから、生徒にもとやかく言わなそうだ。

「あの…、ウチの央ちゃんは、学校ではどんな様子ですか…?」

 何もこんなところで保護者面談を始めなくてもよさそうなものを、なぜか純平は真面目な顔で、正面に座る板屋越に尋ねた。純平は、とにかく気になって仕方がないのだ。それは央が槇村のことを気になって仕方がなかったような、そんな青春めいた、ストーカー染みた気持ちではなく、この人が担任で、本当に央は大丈夫なのかという意味での、気になって仕方がない、だが。
 槇村も逢坂も、『はぁ?』という顔をしたが、板屋越だけは真剣な表情で徐に口を開いた。



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くだらない明日にドロップキック (5)


「そうだなぁ、お前の央ちゃんは…」
「いや、あの…、『お前の央ちゃん』ていうのはちょっと…、何かちょっと違う感じになるんで…」
「………………。そうだなぁ、槇村の央ちゃんは…」
「おい!」

 純平に『お前の央ちゃん』呼ばわりを指摘されて、板屋越は少しの間を置いてから『槇村の央ちゃん』と言い直したが、それはすぐに隣から突っ込みが入った。表情はまったく変わっていないから、ボケたのか本気で言ったのか、初対面の純平には分かりかねたが、長い付き合いの槇村と逢坂には、これが板屋越のボケだということには、すぐに気が付いていた。

「兄貴と恋人を前に言うのも何やけど、お前らの央ちゃんは、非常に残念な子やなぁ」
「………………」
「………………」
「…………それは認める」
「…………はい」

 本当にこの人が担任で大丈夫なのかと、初対面ながら大層失礼なことを思っていた純平だったが、それと同じくらいかそれ以上に随分なことをあっさりと返されて、しかし純平は反論も出来ずに、槇村ともども素直に頷いた。それが央を表すのに大変的確な言葉であることは、央が生まれてから17年間一緒にいる純平がこの中では一番分かっている。
 こんななりでも教師は教師、担任は担任なのだ、生徒をよく見ているのだろう――――それを実の兄と恋人に向かって包み隠さず言ってしまうことが、果たしていいのかどうかはともかく。

 そうした意味では、板屋越の第一印象は、純平にとって必ずしもいいものとは言えなかった。相手が純平のことを、実際に会う前から親しく思ってくれていたほどには、決して好感を持ってはいなかった。表面上の、大人の付き合いをする分には悪くはなかったけれど、ここから友情を育んでいくのは、非常に難しいことのように思えた。

 しかし話し始めてみれば、板屋越は思っていた以上におもしろい人物で(会ってもいない人間を会ったことがあると思って勝手に親近感を抱いてしまう時点で、随分と興味深い思考回路はしているが)、思い掛けないほど話は弾んだ。
 槇村にも逢坂にも通じない、わけの分からな純平のギャグも、板屋越は呆れるどころか心底笑ってくれたし、逢坂が突っ込みを諦めるほどの板屋越のボケも、純平には大変ウケた。
 酒の力もあっただろうが、とにかく板屋越との会話すべてがおもしろかったし、一緒に過ごす時間は大層楽しかった。人が抱く第一印象など、こんなにも当てにならないものかと思うほど、板屋越に対する印象は変わった。

 だから、正直に言う。この日はいつも以上に飲み過ぎたのだ。後から思い返しても、あのときは確実に飲み過ぎていた、と猛省するくらいには飲み過ぎていた。楽しくて、酒が進んだ。それは間違いない。
 もちろん、飲み過ぎていたのは純平だけでなく、純平は酔って力の加減をなくした逢坂に、体中の至るところを嫌と言うほどド突かれたし、槇村はゲラゲラと笑いっ放しで、およそ人間の言葉を話しているとは思えない状態になっていたし、板屋越は……まぁ彼の平素をそれほど知らないから何とも言えないが、とりあえず下ネタばかり言っていた記憶だけはある。
 全員が、飲み過ぎていたのだ。



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くだらない明日にドロップキック (6)


 コントのようなお手本の千鳥足で店を出ると、逢坂がタクシーを捕まえて、槇村を押し込んだ。そしてちゃっかり自分もそれに乗り込んで帰って行ったことなら、純平の記憶にも残っている。純平と板屋越が残されて、同じようにタクシーを拾ったことも、朧げながら覚えている。だが、その後が分からない。

 家の方向が同じなら、1つのタクシーに乗る意味もあるが、そうでないなら――――実際がそうであったとしても、互いの家の場所を知らないのなら、別々のタクシーに乗るのが普通だろう。だから本来ならば、純平と板屋越は店の前で別れて、それぞれの場所に帰っているはずだった。

 しかし、ベロベロに酔っ払った人間の思考回路などまったく使い物にならないわけで、何を思ったのか、純平と板屋越も、槇村たちと同様に同じタクシーに乗ってしまったのだ。いや、そうした覚えはないが、結果から推測するに、そうとしか考えられなかった。でなければ、純平が板屋越の家になどいるはずがない。

 どちらが運転手に行き先を告げたのか分からないが、最終的に行き着いた場所が板屋越の家だった以上、板屋越なのだろう。板屋越が家に来いと言ったのか、純平が行きたいと言ったのかは分からない。2人で飲み直そうという話にでもなったのかもしれないが、それも分からない。
 純平の記憶は、4人で居酒屋を出た後、槇村と逢坂を見送り、タクシーを拾ったところまでしかないのだ。

 次に気付いたときにはもう、熱い吐息を零しながら喘ぐ板屋越が下にいて、2人はセックスをしていたのである。そこに至るまでの記憶は、驚くほどきれいさっぱりと抜け落ちている。
 純平は今までに男とセックスをしたいと思ったことはないし、どれほど酔って正体をなくそうとも、酔いに任せて女の子を抱いたこともないから、自分から板屋越を誘ったとは思えないのだが、かといって、板屋越に誘われて、それに乗ったとも思えない。いや、思いたくない。

 しかし、どちらが誘ったにしろ、相手がそれを受け入れたのでなければこの状況はあり得ないのだから、願いとは裏腹に、純平の望んでいない現実がそこにはあったのだろう。
 酔った勢いで――――なんてことはドラマやマンガでは聞くけれど、現実にも起こり得るのだなんて思ってもみなかったし、それを自分自身で経験するはめになるとも思っていなかった。

「純平ッ…!」

 切羽詰った声を上げて板屋越は純平にしがみ付き、互いの腹の間で熱を弾けさせた。そのキツイ締め付けに、純平も奥歯を噛み締め、薄い皮膜越しに板屋越の最奥に精を放ったのだった。



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くだらない明日にドロップキック (7)


 目を覚ますと部屋の中はもう明るく、スズメの鳴く声まで聞こえてきて、あぁ、これが朝チュンというヤツか…と純平はふとんの中でぼんやりと思った。何しろ純平は昨日、槇村と逢坂、そしてその友人である板屋越と一緒に飲み過ぎて、あろうことか板屋越とセックスをしてしまったのだ。暗転した次にはスズメが鳴いているなんて、まさに言葉どおりのシチュエーションだ。

 昨日の記憶は、わりとないほうだ。どのくらい飲んで、いつごろ店を出たのか、タクシーに乗った気はするが、なぜ板屋越と一緒に乗ることになったのか、その辺りは曖昧で、何より、どうして板屋越とセックスすることになったのか、さっぱり思い出せない。
 というか、それを思い出せないのも問題だが、今日これからどんな顔をして板屋越に会ったらいいのか……そのほうが問題だ。
 覚えている限り、板屋越は激しく抵抗していたわけではなかったし、自分とのセックスをひどく嫌がっていた様子もなかったから、顔を合わせた途端に殴り飛ばされることはないだろうけど、何事もなかったようにはいられない。

 どうして肝心なところは覚えていないのに、セックスをした記憶だけはあるんだろう。やったこと自体を忘れるなんて、失礼極まりないけれど、いっそそうだったら楽なのに…などとも思ってしまう。それか、相手が何も覚えていないとか。
 都合のいい話だとは分かっているけれど、マンガやドラマなんかだと、そんな展開じゃないか。酔った勢いでセックスをしてしまった時点で、ドラマみたいな話の流れなんだから、最後までそうであってくれてもいいのに。そんな夢のようなこと、ないものだろうか。

 ……夢? 夢か? もしかして、これ全部夢なんじゃないだろうか。
 いや、セックスする夢を見るとか、だいぶ高校生みたいな話で、十分恥ずかしいけれど、でももしかしたら夢なのかも。だって、いくら酒を飲み過ぎて酩酊していたとはいえ、自分が初対面の男とセックスするなんて、あり得ない。
 そうだ、夢だ。
 だってホラ、今純平の隣には、裸で眠る板屋越の姿なんかない。純平は……パンツも何も身に付けていない全裸だけれど、今までに裸で寝たことなんかないけれど、そこはそれ、酔っ払って脱いだに違いない。
 そうだ、すべては夢だ………………

「――――て、そんなわけあるかーーー!!!! アダダダダ…」

 自分の心の声へのセルフ突っ込みに大声を上げて起き上がった純平は、襲ってきた二日酔いから来る具合の悪さに頭を抱えた。板屋越とセックスしたのは夢かもしれないが、夕べ飲み過ぎたのは夢ではないようだ。

「お前、朝から何騒いでんだ」
「うぇ…?」

 頭上から降って来た声に重い頭を上げると、そこにはスウェットの下履きだけ履いて、上半身裸の板屋越がいた。



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くだらない明日にドロップキック (8)


「あ…」

 昨晩のことは夢かもしれないと一瞬は思ったものの、すぐにそんなわけはないと突っ込みを入れただけで、実際に板屋越に会ったらどんな顔をして何を話せばいいのかまでは考えていなかったので、突然の板屋越の登場に、純平は言葉が続かない。

「あ…、えと…」
「お前、意外と激しいセックスするんだな。おっちゃん年だから腰痛いわ」
「ぶっ」

 出来ればあれは夢だったと思いたかった純平に、板屋越はあっさりと現実を突き付けてくる。

「あ、ああの、あのですねっ…」

 大変恐縮してしまい、純平は思わずベッドの上で正座になったが、全裸だから格好悪いことこの上ない。しかし今は、そんなことを気にしている場合ではなかった。純平は、言い訳より先に、深く頭を下げた。

「昨日はホントにすみませんでしたっ!!」

 どういう経緯で板屋越とセックスをすることになったのか覚えていないから、純平に謝る必要があるのかどうかは分からないが、シチュエーションが純平にそうさせた。少なくとも、板屋越の腰が痛いのは、純平のせいだ。

「お前、ホントにおもしろいヤツだなぁ」
「は…はい?」

 にもかかわらず、純平に掛けられたのは、気の抜けるようなそんな言葉だった。声にも少しの怒りが滲んでおらず、わけが分からなくて純平がおずおずと顔を上げれば、板屋越はバリバリと腹を掻きながら笑っている。童顔の板屋越は純平よりも年下に見えるが、行動が所々でオッサンくさい。

「全裸で正座だけでもおもしろいのに、全裸で土下座とか、どんだけだ」

 焦っていたせいで気付いていなかったが、もとが正座だったせいで、純平は土下座のスタイルになっていたのだ。しかも全裸だ。なおも格好悪い。板屋越に怒った様子がないのは、もしかしたら純平の姿があまりにも間抜でおもしろかったからかもしれない。

「これはっ…」

 昨夜2人に何があったかを覚えている板屋越なら、純平が今全裸でいる理由は分かっているだろうに、そんなことを言わなくても…と純平は少し拗ねた気持ちになって、掛けぶとんを引っ張って下半身に掛けた。すると今度は「乙女だなぁ」と笑われる。



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くだらない明日にドロップキック (9)


「それよりも、昨日…」
「おぅ、そうだったな。まぁ今回は許しといてやるわ」
「!」

 純平が無理やり軌道修正した途端、板屋越に容赦されて、純平は肩をビクつかせる。許してもらえたのだから恐れることはないわけだが、しかし許されたということは、そもそも許してもらわなければならない何かをしていたということで、それはつまり、昨夜のあれは、純平が無理やりやったということに繋がる。

(マジか…!)

 頭を割られるようなショックに見舞われる。酔った勢いとはいえ、いや、酔ってでもそんなことをする自分だとは思っていなかったからこそ、ショックは大きい。
 しかしその一方で、そうだとしたら、どうして板屋越は、こうも簡単に純平のことを許してくれるのかという疑問も浮かぶ。そういえば板屋越は、最初からそんなに怒っているようではない。

「えー…………っと、あの…、こんなことを言うのは大変心苦しいというか、申し訳ないというか…」
「何だよ」
「板屋越さんはその…昨日のこと、いや、そのこと自体は覚えてると思うんですけど、その、何でそうなったかとか、覚えて…」

 質問自体も大層無粋なのに、全裸で正座なものだから、まったく格好がつかない。もし目の前にいるのが彼女だったら、確実に純平は即行捨てられているだろう。

「ぁん?」
「いや、あのっ、覚えてるとは思うんですけど! あの、すみませんっ! いや、あの、すみませんっ、僕がすっかりですね、忘れてるから、教えてもらいたいと、そう思ってっ…」
「お前、どんだけ謝んだよ」

 板屋越の発した『ぁん?』という相槌が、純平には大変機嫌の悪い声色に聞こえたものだから、すっかり焦って、必要以上に謝ってしまった。いや、まだ必要以上の謝りかどうかは分からない。純平が無理やりやったうえに、そのことを忘れているのだとしたら、このくらいの謝罪では、到底足りないだろう。
 しかし板屋越は、ただ単に純平が歯切れ悪く喋るのが聞き取れずに聞き返しただけだったようで、慌てる純平に苦笑した。

「お前、デカい図体して、小動物みたいなヤツだなぁ。まぁそんなかわいげはないけどな」
「そ…それはともかく、昨日っ! 昨日何があったのか、教えてくださいっ!」

 もうどれだけ怒られようと、罵られようと構わない、昨日何があったのか教えてもらいたい。つべこべ言わずに謝るべきところなんだろうけど、何も分からずに謝ったのではまるで気持ちが籠っていない。純平は、そんな上辺だけの、言葉だけの謝罪はしたくないのだ。だから、裸で土下座…と笑われたばかりなのに、純平は再び深く頭を下げた。



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くだらない明日にドロップキック (10)


「いや、それ俺に聞かれても」
「………………はい?」

 事情を知り得るのは純平と板屋越の2人だが、純平はすっかり忘れてしまっていて、しかし板屋越はどうも覚えているらしいから尋ねたのに、そんなふうに返されると、純平は返事も困るし態度にも困る。訝しみながら顔を上げると、板屋越もキョトンとしているから、純平の困惑はさらに増す。板屋越に聞かないで、誰に聞くと言うのだ。

「えと…、板屋越さん、昨日のこと…」
「セックスしたことか?」
「ッ、ぁ、ッ…、そうっ…です……」

 純平が、なるべくふんわりと尋ねようとしているのに、板屋越が切り込んで来るものだから、いちいち焦らなければならない。いや、『セックス』という単語1つで焦る三十路男というのも、なかなかに格好のつかないものであるが、生まれて初めて男とセックスをした翌日に、なぜそうなったかも分からない状況下では、それも仕方がないことだと分かってもらいたい。

「それでそのっ……何でそうなったのか、教えてもらえないでしょうか…?」
「だから、俺に聞かれたって、知らんし」
「いやいやいやいや」

 板屋越は飽くまでも白を切ろうとするが、しかし2人がセックスをした理由を知らなければ、純平が無理やり板屋越を抱いたという事実がなければ、板屋越が純平を許すとか許さないとかいう状況にはならないはずだ。
 板屋越の眉を寄せた渋面は、それが彼のデフォルトであり、特別に不機嫌なときでなくても作られる表情だと、ようやく純平も分かって来たので、変に慌てることなく、『またまたぁ~』という調子で突っ込んだ。

「いや、ホントに覚えてない」
「だってさっき僕のこと許すとか…」
「お前が謝るから」
「はい?」

 先ほどから会話が噛み合っていないような気がしていたが、その理由が何となく見えて来て、しかしそれはそれでどうも納得がいかなくて、純平は首を捻る。

「昨日何でお前とセックスしたかは覚えてないけど、お前が謝るから、お前が無理やりやったのかな、て思って」
「違いますっ!!」

 いや、純平も記憶がない以上、違います、と断言は出来ないが、同じように記憶のない人間から、無理やりやったのだと決め付けられたくはない。というか、『無理やりやった』というワードを、そんないとも簡単に、しかも淡々と発しないでほしい。もし本当に純平が無理やりやったのだとしたら、板屋越は無理やりやられた側なのだ。



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くだらない明日にドロップキック (11)


「何だ…、板屋越さんも覚えてなかったんですね…」
「そう言ってんだろ」
「でも、俺が無理やりやったと思ってたわけですよね? それなのに、何でその……全然怒ってないんですか…?」

 それは先ほどから純平が不思議に思っていたことだ。結局のところ板屋越に昨日の記憶はなかったのだが、覚えていないとはいえ、純平が無理やりやったのだと思っていたわけで、それなのにどうしてそんなに平然としていられるのだ。いくら純平が全裸で正座のスタイルで、土下座までしたとはいえ、そんなこと、怒りを消すようなものではないだろう。

「まぁ、気持ちよかったし、いいかな、と」
「ダメですよ! 絶対ダメ!!」

 それこそ高校教師とは思えぬセリフを口にした板屋越に、純平は身を乗り出して声を張り上げる。その拍子にふとんがハラリと捲れ上がったかものだから、慌てて掛け直したら、また笑われた。

「自分を大事にしてください!」
「何だそれ」

 板屋越はバカにしたような笑みを浮かべたが、純平は怯まなかった。

「セッ…セックスは好きな人と…」
「俺のこと無理やりやったヤツが、よく言うわ」
「無理やりはやってません!」
「気持ちよさそうに腰振りやがって」
「あばばばば何てことを…!」

 セックスするに至った理由は覚えていないが、やったこと自体なら純平も板屋越も覚えているのだ。昨夜のセックスがどんなだったのかを、今さら口にされることほど恥ずかしいものはない。

「赤くなるなよ、処女か! いや、処女か。オカマ掘られたのは俺のほうだしな」
「やめてくださいっ!」
「だから赤くなるな、て言ってんだろ!」

 板屋越のあまりにも明け透けな言い方に居た堪れなくなって、純平はふとんを引き上げて顔をうずめた。
 2人とも、もうセックスだの何だのを恥ずかしがる年ごろではないから、板屋越が突っ込みたくなるのも分かるのだが、かといって高校生じゃあるまいし、素面でそんな話をするような年でもないのだから、純平の突っ込みだって分かってほしい。というか、先ほどからどちらもボケてはいないのに、互いに突っ込んでばかりだ。

「はぁ…、とにかく落ち着きましょう、板屋越さん」
「落ち着くのはお前だ」

 すーはーと深呼吸を繰り返す純平に、板屋越が冷静に返す。自分で言っておいてなんだが、確かに落ち着くのは純平のほうだった。



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くだらない明日にドロップキック (12)


「まぁいいだろ、2人とも覚えてないんだし、お互いやりたくなったからやった、てことで。無理やり襲っただの跨っただの言うより、そのほうが平和だろ」
「は…はぁ…」

 いくらベロベロに酔っていたとはいえ、初対面の男とやりたくなるとは思えなかったが、板屋越の言い分は尤もで、それが一番平和的な解決策に思えた。やられたほうの板屋越がそれでいいと言っているなら、そうしておくのがいいのかもしれない。

「けど、これからは酒は控えることにします…」
「ぅん?」
「覚えてないだけで、俺、酔った勢いで無理やりやったかもしれないわけだし…、またこんなことしたら…」
「フン」

 暗くなる気持ちのまま項垂れた純平の頭上で、板屋越の鼻を鳴らす音が聞こえた。気になったが、板屋越の機嫌が悪いのだとしたら目も合わせづらいから、純平は視線だけをゆっくりと上に向けた。板屋越は純平のほうを見てはいなかった。変わらぬ渋い表情からは、その気持ちを読み取ることも出来なかった。
 おもしろいヤツだと会う前から親近感を抱かれていたが、素面になればこんなにも頭が固い男だと分かって、つまらなくなったのだろうか。純平はおどけていることが多いけれど、根本は真面目なのだ。
 そういう意味では、板屋越は純平と正反対のようにも思えた。教師でありながらこの外見だし、素面でもこの発想をする性格だし、そんな彼からすれば、ひどく生真面目なことを言う純平は、つまらないかもしれない。
 しかし純平は、そんな板屋越に対して嫌悪感もないし、ガッカリした気持ちにもならない。自分がそうでなくても、破天荒な性格は弟の央で慣れているし、楽しいことは大好きだ。だから、このまま板屋越の気持ちが自分から離れて行ってしまったら、それはとても悲しいことに思えた。

「板屋越さん…」
「ん?」

 板屋越に愛想を尽かされたくないと思ったせいなのか、思わず板屋越に声を掛けていた。このまま無視されてしまったら、泣きたくなるほど寂しいと思ったのに、意外なほどあっさりと板屋越は純平のほうを向いた。あまりこだわりのない性格なのかもしれない。
 声を掛けたきり呆けている純平に、板屋越は眉間のしわを深くしつつ、タバコを手に取る。答えない純平を無視して、箱を振ってタバコを1本出すと、口の端に銜えた。タバコを吸わない純平にしたら、その仕草はまるで映画の登場人物のようだった。

「何だ」

 あまりにも純平が黙ったままだったせいか、板屋越は訝しむように首を傾げた。純平はただポカンとそれを見ていた。その不躾な視線に、板屋越はさらに眉を寄せたかったのかもしれないが、もうすでに最深の渓谷となっていたそこは、もうそれ以上しわを深くすることはなかった。



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くだらない明日にドロップキック (13)


「純平?」
「あ…、いや、あのっ…」

 板屋越に名前を呼ばれた純平は、そこでハッとした。俄かには信じがたいが、どうやら自分は今、板屋越に見惚れていたらしい。

「何だよ」
「何でもないですっ…」
「何でもないことないだろ」

 焦って両手を顔の前で振ったら、掛けていたふとんがずり落ちて、今度は慌ててそれを引っ張る。1人でバタバタしている純平に、板屋越は薄く笑ってタバコに火を点けた。たったそれだけのことだ。それだけのことで、目が覚めてから散々ぐじぐじと考えて来たことが、急に1つの答えとなって、ストンと純平の頭の中に落ちて来た。

(あぁ…)

 好きなのだ、この人が。
 昨日一緒に飲んで楽しかったことも、理由は分からないがセックスをしたことも、無様に慌てる様を笑われたことも、自分とは正反対だと感じたことも、みんな含めて。

「好きです、板屋越さん」

 そして気が付けば、そんな言葉が口から零れ落ちていた。目の前の板屋越が、キョトンと瞬きを2, 3度したのを見て、しまった、と気が付いた。何言うてんねん俺! と思った。だが、遅かった。言ってしまった。その想いに偽りはなかったが、こんな状況下で、少なくとも素っ裸で言うセリフではなかった。けれど。

「なら、付き合うか――――純平」

 純平が、自分の発したセリフに慌てふためくよりも早く、口の端をニヤリと上げた板屋越がそう答えたものだから、純平の心臓は、それこそ乙女のように音を立てた。あ、と思ったときにはもう、より深いところまで堕ちていた。タバコの煙が、昇っては消えていく。



*END*



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タイトルは明日から。自給自足。
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