恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2010年12月

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世界はやさしい (14)


「?? カズちゃん、何で中何も着てないの?」

 いつもジャージの下にはTシャツか何かを必ず着ているのに、なぜか今日は、ファスナーを下ろしたらいきなり裸で、和衣自身が一番驚いてしまった。
 一体どうして直にジャージなんか着てしまったのだろうか。
 夕べの酔っての自分の行動をあまり覚えていない和衣は、きっと亮が、そこまで世話を焼くのが面倒くさかったのだろう、なんて、脳内で勝手に責任転嫁して、風呂場に向った。

「ねぇねぇむっちゃん」
「んー?」

 2人しかいない風呂場は、何となく声が響く。
 頭を洗っている最中から、何となく睦月の様子を窺っているようだった和衣は、睦月が体を洗い始めると、少しだけ椅子を近付けて話し掛けてきた。

「あのさぁ…」

 何か言いたいようだが、何だか口籠っている和衣に、睦月は、早く喋れ、というよりは、さっさと体を洗えばいいのに、と思ってしまう。
 普段もそうだが、一緒に風呂に来ても、絶対に睦月のほうが早く上がってしまうのは、単に和衣が湯船に浸かっている時間が長いからだけではなくて、頭や体を洗うのにモタモタしているせいもあるのだ。

「あのさぁ、むっちゃーん…」
「だから、何?」

 タオルにボディソープを垂らしたきり、泡立てもせずに和衣はさらに睦月に詰め寄った。

「昨日、帰る途中に、亮に会ったじゃん?」
「うん」
「そんとき、女の子とかもいたじゃん?」
「いたね」
「みんな酔っ払ってたし、しょーがないのは分かってんだけど、でも亮、女の子に…」

 言い掛けて、亮が酔っ払った女の子に腕を組まれていたなんて、もしかしたら睦月はそんなこと覚えていないかもしれないのに、と思ったら、思わず言葉が止まってしまった。

「何、カズちゃん。どうした?」
「えっと…だから…」
「もしかしてカズちゃん、昨日亮が女の子に腕組まれてんの見て、俺にそれが気になんないか、聞きたいの?」
「ぅ…」

 しかし和衣の考えていることなんて、大体睦月はお見通しなのだ。
 すっかり見抜かれていた和衣は、やはり言葉を詰まらせてしまうが、気を取り直してさらに睦月に詰め寄った。

「だってむっちゃん、気になんないの?」
「別に」
「そんなの」

 睦月にあっさりと答えられて、和衣は唇を尖らせた。

「だってそんなのいちいち気にしてたら、切りなくない?」
「そぉだけど…。でももしそれが祐介だったらさ、俺…絶対そんなの気になるもん」

 あの女の子が、わざと見せつけるとか、ましてや亮をその気にさせようとか、そんなつもりがないことは分かるけれど、でも世の中にはそんな子だって、いないとは限らない。
 でもそれは、睦月が言うように、言い出したら切りがないことだし、まるで亮のことを全然信用していないようだ。
 それは和衣もよく分かっているのだけれど、もし同じように祐介が女の子に、あんなふうに絡まれていたら、とても睦月のように割り切って考えることなんて、出来そうもない。



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テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

世界はやさしい (15)


「しょうがないじゃん。カズちゃんが嫉妬深いのは、今に始まったことじゃないでしょー?」
「嫉妬…」

 それを言われると、和衣には返す言葉がない。
 もうとっくの昔から自覚はしているが、和衣の嫉妬深さは一向に直る気配がない。もちろん祐介のことは、誰よりも一番信用しているけれど。

「でもね、亮が女の子に腕組まれてたのもそぉだけど、けど俺、むっちゃんと手繋いじゃったしさ。なのに、亮のことばっか気にすんの、アレだな、て」
「カズちゃん、俺と手繋いだの? 何で?」

 昨日、和衣と一緒に帰ったことは何となく覚えているものの、手を繋いだ記憶なんてない。
 別に手を繋ぐくらいどうでもいいけれど、何で和衣と手なんか繋いだんだろうか。

「だってむっちゃん、フラフラしてて、危なっかしかったんだもん」
「そうなの? 俺、そんなだった? おっかしぃなぁ、気を付けてたのに」
「全然気を付けられてなかったよ」

 あれの一体何を気を付けていたというのか、と聞きたくなるくらい、昨日の睦月は酔っ払っていたのだが。
 その辺の記憶がどうやらないらしい睦月は、「そうかなぁ」なんて首を傾げている。

「でもカズちゃん、そういうことで手繋いだんでしょ? なら別にいいじゃん。何気にしてんの?」
「だって…」

 それは昨日寝る前に、亮にも言われた。
 和衣だって、変な意味で睦月と手を繋いだわけではないし、そんなこと、誰も責めないだろうことは分かっているけれど。

「…カズちゃん」
「――――…ん? 何…………ぷはっ!」

 タオルを握ったまま考え込んでしまっていた和衣は、睦月に名前を呼ばれて顔を上げた――――途端、顔面に思い切りお湯が掛けられた。
 もちろん睦月の仕業だ。

「ちょっ、むっちゃん何すんの!?」

 睦月が、自分の体を流していたシャワーを、和衣の顔面めがけて掛けたのだ。突然のことに、よけられなかった和衣は、まともにお湯をくらってしまった。
 もともと風呂場で、顔も体もビチョビチョだったからいいけれど、それにしたってひどい仕打ちだ。

「カズちゃん、いろいろ気にしすぎ。俺も亮も気にしてないんだから、カズちゃんが気にすることないの」
「そぉだけどぉ…」

 というかむしろ、聞くところによれば、睦月は相当酔っていたようだから、何もせずに1人で歩かせて何かあったら、そっちのほうが恨みたい。
 和衣の行動は別に何も悪くないし、本人たちも何も気にしていないのだから、和衣1人で何をそんなに悩んでいるのやら。

「はぁ…。俺、いろいろ気にしすぎだよね。どうしたら俺、むっちゃんみたいに何も気になんなくなるかなぁ」
「いやいや、それって俺が痛点ない並みに鈍感みたいじゃん」

 サラッと何の悪気もなく毒を吐いた和衣に、睦月はもう1回シャワーをぶっ掛けてやろうかと思ったが、和衣が本気で落ち込んでいるようなのでやめておいた。



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世界はやさしい (16)


「…てかカズちゃん、いい加減、体洗いなよ。俺もう上がるよ?」
「うぇ!? あれ!? 何で!?」

 気が付けば睦月はもう、頭も体も顔もみんな洗い終わって、上がるばかりになっている。
 和衣と違って、喋っている間もちゃんと手を動かしていたからだ。

「ちょっ…待ってよ、むっちゃん」
「待つから早くして」

 シャワーだけで、湯船に浸かるのと違って逆上せないから、待てと言うならいくらでも待つけれど、そんなに気の長いほうではない睦月は、本当は人を待つのは苦手だ。
 だから上がって脱衣所で待っていようと思ったのに、和衣に「行かないで!」と引き止められてしまい、仕方なく和衣の隣に座り直した。

(…何でカズちゃんが一生懸命体を洗っている姿を、こんなマジマジと見るはめに…)

 もちろん、マジマジと見る必要もないのだが、頭も体も洗い終わったし、他にすることもないから仕方ない。
 和衣に話し掛ければ、きっとまた手が止まってしまうだろうから、やめておく。

「よし、終わった! むっちゃん、終わったよ!」
「はいはい」

 別にそんな報告いらないし、と睦月はあっさり和衣をかわして立ち上がる。
 シャワーだけなのに、湯冷めしそう。



*****

「むっちゃん、頭乾かさないでくの?」

 脱衣場で、さっさと服を着替えた睦月が、頭もロクに拭かないままで出ていこうとするから、ドライヤーのスイッチを入れようとしていた和衣が首を傾げた。

「お腹空いたの」
「だから? 頭乾かすより先にご飯、てこと?」
「そう」

 よくよく考えたらとんでもない理屈だが、単純な和衣は、「そっかぁ、俺もお腹空いてる」と、髪を乾かさないうちにドライヤーを置き、睦月を追って脱衣所を出た。

「カズちゃんも一緒にご飯食べる?」
「亮のご飯?」
「うん」
「むっちゃん、全然ご飯作んないの?」
「作んないの」

 ごくたまーに亮を手伝うこともあるが、そのときも最終的に亮からは「危ないからやっぱ座ってて!」か、「お皿落とさないように、ゆぅ~っくり運んでね!」くらいしか言われたことはないし、その言葉に見合った仕事しかしたことはない。
 そんな調子だから、料理の腕が上がるなんてことも、もちろんない。

「どうする? カズちゃん」
「んー…やっぱやめとく。荷物だけ取りに行くね?」

 別に亮の料理の腕を信じていないわけではないが、睦月と並んで亮の手料理を食べるのは、何だか恥ずかしい。
 携帯電話とか、昨日着ていた服だとかが置きっ放しになっているので、それは取りに行くとして、ご飯は自分の部屋で食べることにする。



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世界はやさしい (17)


「ただいまー」
「……2人して、何で頭ビッチョビチョなわけ?」

 のん気な睦月の声に、テレビから視線を移した亮は、やって来た睦月と和衣の2人が、揃って頭を乾かしていないのを見て、呆れたような声を出した。
 睦月だけならそういうことはよくあるが、和衣が一緒に来たのに、まさかこんなとは。

「早くご飯食べようと思って。カズちゃんの荷物これ?」
「ん」
「はい。ね、ホントにご飯食べてかないの?」
「…うん。また今度ね」

 睦月から荷物一式を受け取ると、和衣は亮にもう1度だけ謝って、部屋を出ていった。

「そういえばねー、カズちゃん、ジャージの下、何も着てなくて、おもしろかったんだよー。何で亮、中に着るの貸してやんなかったの?」

 和衣が出ていった後、睦月は先ほどの脱衣場でのことを思い出して、無邪気に笑った。
 素肌にジャージはまぁいいとして、そんな格好をしている自分に、和衣自身が一番ビックリしているから、それが何だか笑えた。

「渡したよ。なのに気が付いたらアイツ、ジャージしか着てねぇんだもん」

 和衣が酔っ払ってグズグズになっていたから、今さら中にTシャツを着るように言うのも面倒くさかったので、亮はそのまま放置したのだ。
 自分でそんな格好に着替えたことなんて、多分和衣は覚えていないだろうと思っていたが、案の定そうだったらしい。

「むっちゃん、頭拭きなよ。つか、何してんの? メシは?」

 お腹が空いたから、頭もロクに拭かずに部屋に戻って来たらしいのに、睦月はベッドの上に放っていた携帯電話を、何やら弄り始めている。
 とりあえず床に投げ出されているタオルを拾って、亮は睦月の頭に被せた。

「ゆっちにメールしたら食べるー」
「祐介?」

 祐介にメールすることに、(和衣と違って)亮はいちいちヤキモチなんて妬かないが、それにしても祐介は同じ寮の、同じ階に住んでいて、まぁ部屋はいくつか離れてはいるけれど、わざわざメールを送るような距離でもないのだが。

「はい、オッケ」

 メールを送信し終えた睦月は、ベッドに携帯電話を放って(大体からして、睦月は物の扱い方がぞんざいだ)ローテーブルの前に座った。

「ねぇねぇ亮ー」
「ぅん?」
「俺もさぁ、カズちゃんを見習って、もうちょっと嫉妬深い子になろうかなぁ」
「は? 何それ」

 睦月の向かいに座った亮は、意味が分からない、といった感じに首を傾げる。
 箸を手にした睦月は、亮を見て、にっこりと笑った。

「ねぇ亮。昨日会ったとき、一緒にいた子、誰ー? 何で腕組まれてたのぉ?」
「えっ? えっ!?」

 思い掛けない睦月からの質問に、一瞬にして亮の顔が焦りの表情に変わる。

 その話なら、夕べ酔っ払った和衣に絡まれたときに散々説明したが、断じて何の疾しいことのある関係ではない。
 しかしそれを和衣に言ったのと同じように睦月に話して、果たしてそれは苦し紛れの言い訳に聞こえないだろうか。

 亮の背中に冷や汗が伝った。
 だって今まで、睦月にこの手の話を追及されたことなんて、1度もない。

「亮、しっかり言い訳考えてね。いただきまーす」

 まさか睦月にからかわれているだなんて思ってもいない亮は、必死になって言葉を探していて。
 そんな亮を見ながら睦月は、(たまにはヤキモチ妬くのもいいな)などと、全然見当違いの楽しみを見つけ出していた。



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世界はやさしい (18)


 結局、睦月と一緒にご飯を食べるわけでもなかったのだから、ちゃんと髪を乾かしてくればよかったと、和衣は雑な仕草で髪をゴシゴシ拭きながら思った。
 最近またヘアカットをサボり気味なので(サボっているとロクなことがないのは経験済みなのだが…)、しっかり乾かさないと髪の毛が言うことを聞いてくれなくなるのに。

(髪乾かして、ご飯食べて……あ、亮にジャージ返さなきゃ)

 亮には、そのままでいいと言われたけれど、洗ってから返す! と和衣が亮の手からジャージを奪い返して持って来たのだ。
 アルコールが抜け切っていないせいか、シャワーを浴びてもまだ眠いのに、やることはいっぱいある…。
 洗濯機回すの面倒くさいなー、もっかい寝たいなー、とダラダラしながら和衣は隣の隣にある自分の部屋に向かう。

(もー部屋の鍵出すのも面倒くさい…。鍵、開いててー)

 それだけの理由で在室を願われる同室者は哀れだが、残念ながら彼はお出掛け中で、和衣の勝手な期待には応えてくれず、部屋の鍵は閉まっていた。

 仕方なく和衣は、亮のジャージを抱えていた右手で、反対の手に持っていたカバンを漁って鍵を取り出そうとするが、ちゃんとカバンを開けずに、ただ手を突っ込んでガサガサしているだけなので、なかなか鍵を見つけ出せない。

「あーもぉ~~~ギャッ!」

 カバンを開けて、鍵の在りかを確認してから取り出せば何てことなかっただろうに、面倒くさがって横着しようとした結果、和衣は手を滑らせてカバンを床に落とした挙げ句、その中身を廊下にぶちまけてしまった。
 この悲惨な結末に、ヒートアップしていたイライラ度は一気に急降下し、和衣は溜め息とともにガックリと肩を落とした。

「俺のバカ…」

 さすがにこれを放ったまま部屋には入れないから、和衣は自己嫌悪でいっぱいになりながら、しゃがみ込んで、カバンの中身を拾い集める。

「てかもぉーっ何でこんないっぱいなのっ?」

 誰に言うでもなく、和衣は1人で文句を言いまくっているが、床に散らばっているのはすべて、和衣自身の持ち物だ。
 荷物が重たいのが大嫌いな睦月から、「カズちゃん、何でそんなカバンでかいの? しかも中身いっぱい」と呆れられているとおり、和衣の大きなカバンの中には、それってカバンの中に常備しておく必要あるの? というものまで何でも入っているのだが、それが今、全部飛び出してしまったのだから、散らばったものも多いに決まっている。

「和衣? え、何してんの?」
「…ふぇ? うわっ」

 運悪く缶ペンケースのふたまで開いて(なぜ送別会に出るのに筆箱を持っていく必要が?)、シャーペンやら消しゴムやらまで飛び出してしまっているのを、うんざりしながら掻き集めていたら、頭上から覚えのある声がした。
 何? と蛍光ペンを握り締めながら顔を上げたら、肩に掛けていたカバンのヒモがずり落ちて、再び中身を零してしまった。

「あぅ…」

 もう嫌ー…、と和衣はしゃがんだまま頭を抱えた。

「何してんの。早く拾お?」
「ゆーすけぇ…」



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世界はやさしい (19)


 和衣に声を掛けてきた主は祐介で、持ち主である和衣がこんなに嫌そうに、渋々荷物を拾い集めているにもかかわらず、少しも嫌がる素振りを見せずに、拾うのを手伝ってくれる。
 何となく情けない気持ちになりながら、和衣は大人しく、祐介が拾ってくれたペンを缶ペンケースの中にしまった。

「何かね、鍵出そうとしたらね、カバン落っことしちゃってね、」

 言っても仕方のないことをボヤキながら、テキパキと動いている祐介にすべてを任せてしまっては悪いと、和衣もさっさと荷物を拾い上げた。

「…………。てか祐介、どうしたの? 何で…」

 さっさとカバンの中身を拾わなきゃ…と思っていたせいで気付くのが遅れたが、そういえば、一体どうして祐介はいきなり登場したのだろう。
 和衣が困っているのを察してくれたの?
 それとも、「もぉ~!」とか1人で言っていた声が大きすぎて、部屋の中にいても聞こえたとか? (だとしたら、祐介の部屋はもっと向こうだから、それ以外の部屋の人にも聞こえていたはずで……恥ずかしい…)

「いや、えっと…」

 すべての荷物を拾い終え(ちゃんとキレイにしまえばいいものを、とりあえずと適当にカバンに詰め込んだだけだが)、和衣が立ち上がろうとすれば、祐介がさり気なく手を貸してくれるから、今さらながら、キュンとかしてしまう。

「てか和衣、部屋、誰もいないの? 行ってもいい?」
「…ん」

 和衣はドアを開けて、祐介を中に通すと、土間のところに設置してある洗濯機に、手にしていた亮のジャージと昨日着ていた自分の服を放り込んだ。

「洗濯機、新しくなったら、よく分かんないんだよね」

 洗濯槽の中ぶたに手を掛けたまま、和衣は並んだたくさんのボタンとランプを見つめている。
 和衣は入学して以来ずっと、以前のこの部屋の住人が置いていった洗濯機を使っていたのだが、先日とうとう寿命を迎えてしまったので、同室者と折半して新しい洗濯機を購入したのだ。
 自分がここまで機械に疎いとは思っていなかったが、洗濯機なんてみんな同じじゃないの? というレベルの和衣は、なかなかその使い方を覚えられない。

「全自動じゃないの?」
「分かんない。でも最新型て言ってたから、多分、全自動…」
「最新型なら、余計そんなに悩まなくていいと思うんだけど…」

 祐介も、親元を離れてから積極的に家事をするようになっただけで、それまでは洗濯だって親任せだったから、そんなに洗濯機の操作に詳しいわけではないが、新しい機種なら、そこまで頭を悩ませなくてもいいような気がする。

「んー…何か特別なヤツ入れないんだったら、スタートを押せばいいだけ、て言われたんだけど……でも反応がない…」

 ボタンやランプはいろいろあるけれど、とりあえずスタートボタンを押して洗剤を入れれば、後は洗濯機がみんなやってくれるはずなのだ。
 なのに、いくら和衣がスタートボタンを押しても、洗濯機はまったく反応してくれなくて、和衣は「うむぅ~」と無意識に唇を突き出した。



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世界はやさしい (20)


 大体和衣は大学に入るまで、制服以外は野球のユニフォームかジャージというのが定番スタイルで、デートのときは亮と翔真にコーディネイトをお願いしていたくらいオシャレには縁遠い子だったので、洗濯に気を遣うという発想がなく、こんな最新型の洗濯機も別に欲してはいなかった。
 というか、安く上げるためにリサイクルショップとかで型遅れのものを買ってもよかったのに、同室者は今までの洗濯機に相当の不満があったらしく、壊れた途端、これ幸いと最新型の洗濯機の購入を決めてしまったのだ。

 2人で大手の家電量販店に足を運んだ際、和衣的には出来るだけ操作の簡単なものを探していたのに、同室者のこだわりで、この洗濯機が選ばれてしまった。
 ボタンいっぱいー、イヤー、と和衣がぼやいたら、特別な素材でない限り、スタートボタンを押せばいいだけだから、と教えられ、実際に操作してみたら、確かにそんなに難しくなかった。

「なのに何で動かないの…?」

 新しい洗濯機になってから、和衣1人のときだって、何度か洗濯はしたことがあって、そのときは全然悩まなかったのに、どうして今日はうまくいかないんだろう。
 祐介に、洗濯も1人で出来ない子なのかと思われたくない…。

「ねぇねぇ和衣、電源入れた?」
「はぇ?」
「電源入ってなくね?」
「あ、あれ?」

 大きめのスタートボタンの横に、電源の「入」「切」のボタンがある。
 そういえば、洗濯物を放り込んでから、素直にスタートボタンしか押していなかったような…。

「あ、あ、そっか…」

 ものすごく単純なところで躓いていた自分に恥ずかしくなり、和衣は今度こそスタートボタンを押すと、テキパキと洗剤を入れて洗濯を開始した。

「いっ…いつもはね、1人でだって洗濯くらい出来るんだよっ?」
「分かってるよ。つか、柔軟剤とかある…。俺、そこまでしないよ?」

 誰も何も責めていないのに、恥ずかしくて1人で言い訳をする和衣に、祐介は苦笑する。
 肝心の電源を入れていないことに気付いていない天然さには、申し訳ないけれど、ちょっと笑ってしまったが。

「それはアイツのー。俺、柔軟剤とか、どのタイミングで入れたらいいのか分かんないんだけど」

 どうしてそんなに洗濯の鬼? と思うほど、和衣にしたら、同室者の彼は洗濯にこだわっているような気がする。
 でも洗濯機を回すのが自分でないときは、恐らく柔軟剤を使ってくれているのだろう、洗濯物はふわふわだし、いい匂いがするから、全然悪い気はしない。

「和衣、ご飯食べた?」
「まだー」

 そうだ。ご飯も食べなきゃだし、頭も乾かさないとだし、でも…。

「和衣? ――――おっと…」

 部屋の中に他に人はいないはずだが、念のため和衣は同室者の使っているベッドのふとんをはぐって、本当に誰もいないかを確認すると、一体何を始めたんだ? と訝しそうにしている祐介のところに戻って来て、キュウと祐介に抱き付いた。

 でも今は、何をするより先に、祐介を補給したい。
 昨日からいろいろと(1人で勝手に)考え過ぎていたせいで、何だかヘトヘトだ。



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世界はやさしい (21)


 もしかして祐介は何か用事があって和衣の部屋に来たのかもだけれど、ゴメンなさい、今はちょっと癒されたい。
 突然抱き付かれた祐介は、少し驚いたふうだったけれど、和衣を引き剥がすこともせず、とりあえず立ったままなのも何だしと、和衣ごとクッションの上に座った。

「あ…髪…。祐介の服、濡れちゃ…」
「平気だよ」

 和衣がめいっぱい祐介に癒されていたら、祐介は也が首に掛けっ放しにしていたタオルで、濡れたままの髪を拭いてくれた。
 そういえば、髪も乾かさないとだったんだ。
 というか、人に髪を拭いてもらうなんて、和衣にしたら、すっごく恥ずかしいのに、意外にも祐介は全然普通だ。

(…………、あ、むっちゃん…! …て、いやいやいや、別に、そんな)

 どうして祐介が普通なのかといえば、今までの人生でずっと睦月に対してそうだったからに他ならなくて、それに気付いた和衣は、またつまらない嫉妬心を燃やしかけ、慌ててそれを打ち消した。

 睦月は、和衣の嫉妬深さを今さらだししょうがないと言うけれど(和衣だって、もうしょうがないとは思っているけれど)、でもそれでも、出来ることならどうにかしたいとも思っているわけで。

(だってホント、こんなつまんないことで嫉妬するなんて、全然祐介のこと、信用してないみたい…)

 祐介は誰に対しても優しい男だけれど、和衣のことを一番に大事にしてくれるし、俺も同じくらい祐介に返せてる? と思うくらいいっぱいの愛情をくれるのに。

「俺、祐介のこと、好き」
「ん? どうした、急に。俺も好きだよ?」

 髪を拭く手が止まって、祐介が和衣の顔を覗き込んだ。

「何かね、急に言いたくなっちゃった」
「そっか」

 祐介がまっすぐに見つめて来るから、和衣も目が逸らせない。
 いつもだったら、こんな距離で見つめ合っていたら、ドキドキして恥ずかしくてどうにもならなくなるのに、今はそれよりも、もっとちゃんと自分の思いを伝えなきゃ、て気持ちになる。

「昨日ね、バイト先の送別会で、」

 酔っ払った睦月が危なっかしくて、本当は不本意だったけれど睦月と手を繋いで帰っていたら、途中で亮と会って。
 和衣は、人前で祐介と手を繋いだこともないのに、それより先に睦月と手を繋いでしまって、何だか切ない…て思っていたのに、亮は酔っ払った女の子に絡まれて、腕なんか組まれちゃって。
 無理にでもその腕を解けば場が白けてしまうだろうし、亮だって不本意だっただろうに、和衣はその光景に、1人で勝手に気分を害してしまったのだ。

 睦月はそのときのことを覚えているのかいないのか、さっき風呂場で話をしていても、全然気にする様子がない。
 でも、もし睦月がそのことを気にしたとしても、それは亮と睦月の問題で、和衣の出る幕ではないのに、でもなぜかそのことを考えるとモヤモヤしてしまう。

 そしてモヤモヤしつつも思うのは、それならば、酔っ払った睦月が危なっかしかったからとはいえ、睦月と手を繋いでしまった自分は? ということ。
 亮も睦月も何も気にしていないのに、和衣は1人で、やっぱり悪かったよね…と後悔し続けている。



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世界はやさしい (22)


「俺だってむっちゃんと手繋いじゃったのに、何で亮のこと責める気持ちがあるんだろ、て思うとね、何かもう…」

 自分勝手すぎるー、と和衣はまた自己嫌悪に陥ってしまった。
 それに、睦月は全然平気そうだけれど、もしあのときの亮の立場が祐介だったら…と考えたら、和衣はとても冷静ではいられないと思う。

「俺、こんな嫉妬深い子で……ちょーーーーっっ鬱陶しいよね…」
「え、何で?」

 昨日からのことを話し終えた途端、和衣はものすごい勢いで落ち込んでしまって、祐介にしたら、一体どの辺りのことでここまで落ち込む必要が? とキョトンとしてしまう。

 和衣に言われるまでもなく、祐介は和衣の嫉妬深さに気付いているが、今までにそれによって嫌な思いをしたことは1度もないし、どちらかと言えば嬉しいくらいなんだけれど。
 それに、その嫉妬深さを何とか改善しようと、密かに必死になっている和衣は、とってもかわいいと思う("密かに"と思っているのは和衣だけで、祐介はもちろん気付いているが)。

「俺さ、今まで和衣に、鬱陶しいとか言ったことある?」
「…………、…ない」
「俺は、和衣のそういうトコも含めてみんな、和衣の全部を好きになったんだけど」

 祐介の両手が、今度は和衣の頬を包んだ。

「だって、何か…」

 それは分かっているし、分かっているんだけれど。
 頭では理解できても、なぜか納得していない心。ジレンマ。

「つか、そんなこと言ったら俺だって、和衣と手繋ぎやがって~て睦月にちょっと嫉妬してる」
「そっ…それはむっちゃんがフラフラしてて危なくて…」
「分かってるよ。でもそんな些細なことに嫉妬すんのは、和衣だけじゃない、てこと。睦月が危なっかしかったからそうしてくれたって分かってるし、ちゃんとしてくれてありがとうなんだけど、でも何かヤダなーて、和衣が感じてるみたいに、俺もそう思うわけ」

 和衣だけが嫉妬深くて、おかしいんじゃなくて、そういうことなら祐介だって同じように感じているし、思っている。
 恋する人なら、当たり前の感情。

「だってむっちゃん、全然気になんない、て言うし…」
「そりゃ、人によって感じ方はいろいろだし。だから、和衣だけが特別変な子なわけじゃないの」

 分かった? て問われて、和衣は頬を包まれたまま、コクリと頷いた。
 夕べの亮も、先ほどの睦月も、きっとこういうことを言いたかったんだろうけど、完全に心まで納得させることが出来ないでいたのに、祐介に言われたら、すっと心の奥まで沁み込んできて、素直に理解できる。
 好きな人の言葉だから?
 魔法みたい。

「ゆぅ…ん」

 何だかもう祐介の言葉を聞いているだけでうっとりしていた和衣は、近付いてきた祐介の顔に目を瞑るのを忘れてしまったが、そのままキスを受け入れた。

(祐介、かっこいぃー…)

 もう多分、何千回、何万回と思ったことを思っていると、幸せな気持ちが体中を満たしていく。
 好き。大好き。



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世界はやさしい (23)


「ゆぅ…好…」

 ――――きゅるるるる~。

「……………………」
「……………………」

 ………………え?

「………………」
「……あ…、ぅ…ッ…」
「ぶっ…」

 甘い甘い雰囲気にはまるでそぐわない間抜けな音に、唇を離して、2人して「え?」て見つめ合った。
 2人のキスを中断させた、その音の正体に、先に気付いたのは和衣で、途端に顔を真っ赤にさせたが、祐介も申し訳ないとは思ったが、分かった途端に思わず吹き出してしまった。

「だって、だってっ!」
「あははっ、和衣、ご飯まだなんだっけ?」
「あぅ…あぅー…」

 音を立てたのは、和衣の腹の虫。
 祐介に甘えていてすっかり忘れていたが、そういえばご飯を食べていなくて、お腹が空いていたのだ。
 和衣的には、祐介の気持ちを受け入れて、もうお腹いっぱい、胸いっぱいーて感じだったけれど、お腹の虫くん的には、少しも満足していなかったみたい。

「ご飯、食べよっか」
「…ぅん。あ、でも祐介はもう食べたんだよね? じゃあえっと…」

 自分だけが食べるなら、簡単なもので済まそう、そういえば食パンが残っていたような…

「え、でももう12時過ぎてるし、俺も昼食うよ?」
「えっ!? もうそんな時間なの!?」

 まだ朝なのだとばかり思っていたが、よく考えたら、起きた時間だって早くはなかったうえに、風呂まで入りに行っているのだ。
 12時を過ぎていたって、何の不思議もない。

「食べに行く? あ、でも洗濯機終わんないとダメか」
「うん…。俺、作るよ。祐介、何がいい?」

 料理は、すごくとっても上手、とまではいかないが、祐介においしいものを食べてもらいたい一心で、和衣は結構料理の練習をしているのだ。
 名残惜しいけれど、祐介の腕の中から抜け出し、和衣は冷蔵庫の扉を開ける。
 洗濯機は同室者くんの意見が通ってしまったが、冷蔵庫の買い替えのときは、和衣が「絶対絶対ぜぇーったい、これじゃなきゃヤダ!」とこだわりを発揮して、小さいながらも高性能のものを買ったのだ。

「すぐ作るから、待っててね」

 そんなことを言いながら狭いキッチンに立つ和衣は、(何か新婚さんみたい!)と、乙女思考全開の幸せに浸る。
 手っ取り早く出来るメニュー……と、選んだのはオムライス。今まで和衣はオムライスで失敗したことはない。
 いつか、こんな狭い寮の一室じゃなくて、同室者が帰って来るのを気にするんじゃなくて、祐介と一緒にこんなふうに過ごしたいな。



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世界はやさしい (24)


「あ、そういえば祐介、どうして今日、こんないいタイミングで来てくれたの? 俺が荷物散らかしちゃって、騒いでたの、聞こえた?」
「あー…いや、睦月が…」
「むっちゃん?」

 なぜに睦月の名前が、ここで登場? と、玉ねぎを刻んでいた和衣が振り返った。

「和衣がもうすぐ部屋に戻るから行ってやれ、て睦月からメール来て」
「は? ウッソ。むっちゃんから?」
「うん。何のこと? とか思ったけど、とりあえず外出てみたら、和衣、部屋の前で何かしてるし」

 行ってみれば、ぶちまけたカバンの中身を必死に掻き集めている和衣と出くわした、というわけだ。

(むっちゃんてば…)

 笑えるくらいに面倒くさがりな睦月だが、(睦月にしたら本当にどうでもいいことで)グチャグチャと悩みやすい和衣のことを面倒くさがることもなく、最後までフォローしてくれる。
 和衣は自分の性格を、鬱陶しい…とすぐに卑下するが、祐介だけでなく、みんな、そんな和衣のことを大切にしてくれるのだ。

「和衣? どうした?」
「え…」
「泣いて…?」
「あ、うぅん、玉ねぎ、ちょっと目にしみた…」

 本当は睦月の行動とか、いろんなことにちょっと感動してしまったのだが、和衣はそう言ってごまかして、玉ねぎに向き直った。

「ホント? 大丈夫?」
「何が? 大丈夫だよー。てか祐介ゴメン、洗濯機…」

 うまくごまかすなんて苦手ー、と和衣が焦っていたら、タイミングよく洗濯機が、洗濯の終わりを告げるブザーを鳴らしてくれた。

「祐介、ゴメンね、そこにあるカゴの中に入れといてもらっていい? 後で干すから」
「いいよ、俺が干す。このハンガーとか使っていいの?」
「え、いいよ、祐介!」

 そこまでさせるのは悪いと、和衣は慌てて止めたが、祐介は構わず洗濯機のふたを開けている。

「ご飯出来るまで、もうちょっと掛かるでしょ? 待ってる間、することないし」
「う、うん…。ありがと…」

 祐介にしたら、きっと他意もない、大したことでもないんだろうけど。

(でも…でもっ…)

 あーーーーもうっ!!
 ちょーーーーーーっっっ幸せっ!!!

 まったく単純もいいところだけれど、きっと睦月にも亮にも呆れられるに違いないけれど、でも幸せなんだから、仕方がない。
 幸せすぎて、罰が当たりそう……なんて、和衣は本当にどうしようもなく幸せボケをしたことを思いながら、刻んだ玉ねぎをフライパンに移す。

(あ、上にケチャップで何て書こうかな? やっぱハートかなー?)



 世界はいつも、みんなにやさしい。




*END*



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それはすべて夜のせい


 おもしろくもないバラエティー番組に飽きてあくびをしたところで、奥からドアの開く音が聞こえ、ようやく悠也が風呂から上がったのだと分かった。
 ちょっと前まではカラスの行水だった悠也が、どういうわけか最近は湯船に浸かる魅力にはまり、拓海よりもずっと長風呂になってしまった。

「ふぅ~」

 スウェットの下穿きだけ穿いて、上着は右手に持ったままの悠也の左手に、持ち物は何もない。もちろん右手にもあるのは上着だけで。
 タオルを持たない悠也がスリッパも穿かずにペタペタこちらに来る間にも、拭いていない髪からポタポタと雫が床に落ちている。

「悠ちゃん、少しは髪拭いてきなよ!」

 拓海は慌ててタオルを持ってきて悠也の頭に被せた。
 なのに、拓海が濡れた床を拭いてやっているのもお構いなしで、悠也はケラケラ笑っている。

「髪!」

 少しも言うことを聞こうとしない悠也の頭を、拓海は半ば強引に拭き始めた。

「イデデ! ちょっ、待ってよ拓海!」

 無理やりワシワシと髪を拭かれて、悠也は何とか逃れようとするけれど、うまく逃げ出せない。

「ちょっ、ちょっと待って! 痛、痛いってばっ! やっ、いたっ…!」

 悠也のあまりの痛がりかたを不審に思って、拓海は髪を拭く手を止めた。

「どうしたの?」

 悠也の顔を覗くため、顔を隠すタオルを取ろうとすると、

「っ! イタッ…ヤダ、ちょっと!」
「え? え?」

 さらに痛がる悠也に、わけの分からない拓海はもう1度タオルを引っ張る。

「イダダッ! 耳がっ…!」
「耳?」

 肩を竦めるようにしている悠也が、タオルの上から左耳を押さえているにことに気付き、拓海は右側からそっとタオルを剥いでいくと、悠也の左耳に輝くピアスに、タオルの糸がほつれて絡まり、そこに数本の髪の毛まで絡みついていた。

「拓海が乱暴にするから…」

 少し涙声になっているのは、相当痛い証拠だ。

「ゴメン、大丈夫?」
「なわけないだろ! いてー…もう、何とかしてよ! 拓海」

 涙目で睨まれ、不謹慎にも拓海は、(これがベッドの上とかだったらかわいいのになぁー)などと思ってしまったり。

「とにかくちょっとそこ座って? ほどいてやるから」

 どんな状況になっているか見えないうえに、あからさまに不器用な悠也よりは、拓海に任せておくほうが無難だろう。
 悠也はタオルを持っている拓海とタイミングを合わせて、ソロソロとソファに腰を下ろした。

「ちょっとタオル持ってられる?」
「ん、何?」
「糸はハサミで切ったほうが早いだろ?」
「ヤダよ!」

 拓海のもっともな提案を、悠也は即座に拒絶した。

「何で? 大丈夫だって、髪は切らないから」

 たとえ切れたとしても、絡んでいる数本だけだ。髪形に影響など出やしない。
 ハサミを取りにいくのを邪魔しようとする悠也が、すぐに動けないのをいいことに、拓海はさっさとハサミを持ってきた。

「ヤダヤダ! ちゃんと絡んだのほどいてよ!」
「大丈夫だって、ジッとしててよ」

 怖がって膝を立てて身を小さくしている悠也の向かいで、拓海は床に膝をつき、悠也の耳にかかる余計な髪を掻き上げた。

「ヤダよ、ヤダ…ひゃっ!」

 刃先の冷たい感触が耳たぶに触れた瞬間、悠也はピクンと肩を跳ね上げた。

「バカ、危ないから、動くなよ」
「だって! ヤダよ、もぉ~…」

 泣きが入っても、拓海はハサミを使うことをやめようとせず、絡んだ糸の切りやすい位置を探っている。

「早くしてよぉ…」

 ギュッと身を硬くして、悠也は糸が切られるその瞬間を待っている。
 耳の近くでザリザリと刃と刃の擦り合わされる音がリアルに聞こえて、悠也はきつく拓海のシャツを掴んだ。

「ま、だ…?」
「もうちょっと」

 耳に拓海の吐息がかかる。

「ね、まだ…?」
「もうちょっ…あ、取れた!」

 その言葉と同時に、重たかった頭の左側がふと軽くなった。

「取れたよ、悠ちゃん」

 ようやく取れたタオルを見せられ、悠也はやっと息を緩めた。
 ―――のも束の間。

「ひゃあっ!」

 左の耳たぶに温かい感触が走り、悠也はまた首を竦めた。
 ゆっくりと拓海のほうを見ると、彼はニヤリとした表情でこちらを見ていて、拓海に耳たぶを舐められたのだとやっと気が付いた。

「しょーどく」

 悪びれた様子もなくそう言う彼に、悠也は照れ隠しに「バカ」と返す。

「だーって、悠ちゃんの反応がかわいいんだもん」
「かわいいとか言う……んっ!?」

 かわいいから。
 だから、かわいくないことを言おうとする口はさっさと塞いで。

「悠ちゃんかわいいから、欲情しちゃった」
「……バカ」

 拓海のキスをすんでのところでかわして。

「おい」
「さっき俺に痛い思いさせたから、今日はダメ!」
「ちゃんと消毒してやったじゃん」
「そんだけじゃ、サービスが足んない!」

 悠也が八重歯を覗かせながら笑うと、拓海の口の端が少し上がる。

「じゃ、今日はスペシャルサービス付きで」
「ひゃひゃひゃひゃ。オヤジくせぇ~」
「うるさい」
「じゃ、ベッドまで運んで? お姫様抱っこね」

 早速の無理難題を拓海に突き付けて、悠也は最高にゴキゲンだ。

「わーかったよ!」

 ひょいっと、わりと簡単に悠也を持ち上げて寝室に向かう拓海に、悠也は満面の笑みでしがみ付く。

「次はねー」
「まだ何かあんの!?」

 いいようにからかわれているだけと分かっていながら、拓海は突っ込み返さずにはいられない。
 悠也はそんな拓海を見て、笑みを深くするばかり。

 本当は耳元を掠めた拓海の吐息に、実は自分もちょっとその気になったんだよってことは、今日は内緒にしておこう。



*END*





 いきなし悠ちゃんたち…。いや、何となく。
 長くてすいません。切りどころが分かんなかった。
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ふたりでひとつのマフラー (1)


「これってさぁ、首苦しくないのかなぁ」

 いつものカフェテリアに、相変わらずのメンバーで集合して、時間を潰していれば、雑誌を見ていた和衣が声を上げる。
 隣でモグモグとお菓子を頬張っていた睦月が、「何?」と雑誌を覗き込んだ。

「コレ! 首、苦しそうじゃない?」
「んー?」

 和衣が指さして訴えた写真では、男女のカップルが、2人で1つのマフラーをしている、いわゆるラブマフラーというヤツ。
 確かにピタッと寄り添った感じはラブラブだが、2人で1つのマフラーなんて、苦しいのでは? しかも、写真を撮るのはジッとしているからいいけれど、実際にやったら、とっても動きにくそう…。

「……、ふぅん?」
「何むっちゃん、その反応」
「いや、別にー」

 夢見がちで、ロマンチックな雰囲気大好きの和衣のことだから、こんなラブマフラー、やってみたい! と言い出すのかと思いきや、意外にも現実的なことを言ったので、睦月は少し驚いたのだ。

「マフラー長いし、平気なんじゃない?」
「そっかなぁ…」

 そう言われても、和衣はまだピンと来ないのか、首を傾げている。
 すると睦月はそんな和衣にクルリと背を向けて、反対側の隣に座っていた亮の背中をペチペチ叩いた。

「ねぇねぇ亮、マフラー貸して」
「ぅん? 何むっちゃん、寒いの?」

 翔真と話していて、和衣と睦月のやり取りを少しも聞いていなかった亮は、急にマフラーを欲しがり出した睦月を不思議がる。

「寒くないけど。亮のマフラー、長くなかったっけ?」
「んー…長いかな? はい」

 よく分からないが、とりあえず言われたとおり、睦月にマフラーを渡してやる。
 何を始めるんだ? と、亮だけでなく和衣も祐介も翔真も、睦月のほうを見ていると、睦月は受け取った亮のマフラーを、なぜか和衣の首に巻いていく。

「カズちゃん、ちょっと首ちゃんとして」
「首、ちゃんと? んー? むっちゃん、何すんのー?」
「試したげる。ゆっちー、ちょっとこっち来て」

 マフラーの端のほうを和衣の首に巻き付けた睦月は、向かいに座ってた祐介に手招きした。
 祐介も、睦月が何をしたいのか全然分からなくて、言われるがままに、睦月のほうに行く。

「ここ座って?」

 睦月はわざわざ自分の座っていた椅子を空けて、それを和衣の隣に動かすと、そこに祐介を座らせた。
 ますます何がしたいのか、分からない。
 亮と翔真も、神妙な表情で、顔を見合わせた。

「…ん、ゆっちも首ちゃんとして」
「は?」
「ちょっ…むっちゃん!?」

 突然のことに、祐介と和衣は慌てた。
 ムギュムギュと無理やり祐介の体を和衣のほうに近付けて、睦月はマフラーの反対側、長く残っていたほうの端を祐介の首に巻き始めたのだ。
 睦月の言った『試す』とは、ラブマフラーの実践に他ならない。



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ふたりでひとつのマフラー (2)


「バッ…おま、何す…」
「キャッ、ン、や、苦しっ」
「ぅわっ!? ゴメッ…」

 睦月を怒ろうと祐介は立ち上がり掛けたが、そうすれば当然、1つのマフラーで繋がった和衣は勢いで引っ張られ、首をマフラーが締め付ける。
 車のドアとか遊園地の遊具にマフラーの端を挟んで、首が締まってしまった…なんて恐ろしい事故が祐介の頭の中をよぎり、慌てて元の位置の戻った。

「ごごごゴメン! 和衣、大丈夫!?」
「…ん、へーき…」

 いきなり首が締まったせいで、思わず涙が溢れてしまったが、喉を喘がせながら呼吸を整えている和衣は、「平気だよー」とキツくなったマフラーを、少しだけ緩めた。
 そんな和衣より、明らかに祐介のほうがうろたえていて、椅子に座り直した後も、頬が触れるくらい近い位置にある和衣の顔に、あたふたしている。

「どう、カズちゃん。首苦しい?」
「えー?」

 雑誌を見て『首苦しくないのかなぁ』と言い出した和衣に、結局のところどうなのかを判断させるためにラブマフラーを実践したのだけれど、しかし、たった今現在、首を締め上げられた和衣にそれを聞いても…。

「でもやっぱ、動きづらそーかも」

 椅子から立ち上がるのも、2人でタイミングを合わせないことには、先ほどの和衣のように苦しい思いをしてしまうわけで。
 動くにも動けず、大人しく並んで座っている和衣と祐介を興味深げに見ながら、翔真は言った。

「もうちょっとマフラーが長かったら、楽勝だよね」
「んー…まぁ」

 確かにマフラーが長くなれば、少しは楽な体勢になれるかもしれないが、しかし相手の動きとタイミングを図らなければならないことに変わりはない。
 それに長くして、楽に動けるようになるということは、密着度は少なくなるわけで…。

「やっぱ、こんくらいでいいんじゃない? ラブマフラーなんだし」

 そもそもラブマフラーなんて、こんなふうに2人で1つのマフラーを巻いて、何かしようという発想はないのだろう。
 要は2人でピットリくっ付いていられれば、それでいいのだ。

「…ま、俺のマフラーだけどね」
「あっ」

 和衣と祐介が、2人で1つのマフラーをしてラブラブするのは構わないが、そのマフラーはもともと亮のものだ。それで勝手にいちゃつかないでほしい。
 そう思って、亮がちょっとだけ皮肉って言ってやれば、珍しく和衣がその意味に気が付いたらしく、ハッとした顔になる。

 ……そこまではよかった。

「グエッ!」
「んぁっ! ッッッ、祐介、ゴメン!!」

 焦った和衣がうっかり立ち上がろうとしたものだから、今度は祐介がそれに引っ張られる形になって、首を締め上げられてしまった。
 和衣は慌てて座り直す。



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ふたりでひとつのマフラー (3)


「ごごごごゴメンねっ!」
「ケホッ…、いや、大丈夫…」

 言葉のあやでなく、本当に首を絞め合っている2人に、亮と翔真は呆れた顔で溜め息を零したが、睦月だけはよほどおかしかったのか、腹を抱えて笑っている。

「むっちゃん、笑ってる場合じゃないんだからねー!」
「いいじゃん、いいじゃん。あ、そーだ、カメラ」
「え!? ちょっ…」

 ひとしきり笑った後、睦月は何を思ったのか、携帯電話を取り出してカメラを起動させると、それを和衣たちのほうに向けて構えた。
 もちろん睦月が何をしようとしているかなんて、そんなの考えるまでもない。
 こんな写真を撮られたら困ると、和衣は慌てふためきながら睦月のほうに手を伸ばそうとするが、1人で椅子から立ち上がるわけにはいかなくて、思うように身動きが取れない。

「カズちゃん、ホラ、ちゃんとして!」
「ちゃんと、て何ー!?」
「こーゆーの撮るんだから」

 そう言って睦月は、最初に和衣が見ていた雑誌の、ラブマフラーの写真を見せ付けた。

「なっ…いいよ、ちょっ、むっちゃん!」
「ウグッ」
「わーゴメン! 祐介!」

 ニンマリと(悪魔のような?)笑顔を浮かべながら、携帯電話のカメラを構える睦月に、和衣が同じ過ちを繰り返し、再び祐介の首が締まってしまう。
 和衣は泣き出しそうな顔で祐介に謝りながら、その首元を緩めてやる。

「だーいじょうぶ。撮ったら、ちゃんとカズちゃんにも送ってあげるから」
「それの何が大丈夫なわけー!?」
「待ち受けにでもしたらー?」

 和衣たちが動けないのをいいことに、睦月は勝手なことを言いながら、とうとう決定ボタンを押して写真を撮ってしまった。

「ちょっと、むっちゃーん!」
「んふふふー」

 そんな写真を携帯電話で撮って、一体何がそこまでおもしろいのかとは思うが、睦月は満足げに撮れた写真を亮に見せている。
 和衣と祐介はと言えば、どうしていいか分からないと言った表情で、困ったように顔を見合わせるが、その顔があまりに近すぎて、照れたように視線を外している。

 そんな様子を見ながら、翔真はふと思う。

(そんなに恥ずかしいなら、マフラー解けばいいじゃん…)

 別に解けないよう固く結ばれているわけではないのだから、そんなに慌てふためくくらいなら、いっそ外してしまえばいいのに。
 せっかくだから解きたくないのか、それとも慌て過ぎて、解こうと思えば解けるということに気付かないのか。
 この2人からして、恐らく後者なのだろうけど。

 ――――でも、まぁ。

(おもしろいから、もうちょっと黙ってよーっと)

 まさか密かに翔真がおもしろがっているなんて思っていないだろう和衣と祐介は、1つのマフラーに巻かれながら、ちょっかいを出してくる睦月と亮を追い払おうと、躍起になっていた。



*end*



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片手はてぶくろ、片手は繋ぐ (1)


『真大、ゴメン!』
「…………。はい?」

 今日は6限目まで授業があって本当にウンザリだけど、その後には翔真とデートの約束もあるから、本日最後の授業がんばろう! と真大が気合を入れ直したときだった。
 カバンの中の携帯電話が音を立て、開いた液晶ディスプレイには翔真の名前。
 何でこんな時間に? と思いつつ、真大が電話に出てみれば、電話の相手は『もしもし』よりも先に謝罪の言葉を口走った。

『今日、会えなくなっちゃった…』
「は? 何で?」
『…バイト。ミナト、真大も知ってんだろ? アイツ、インフルになっちゃって、代わりに出てくれって…』
「マジで?」

 真大は携帯電話を耳に押し当てたまま、何てことだ! と宙を仰いだ。
 ミナトこと、福原湊(フクハラ ミナト)
 翔真がバイトするカフェで働く、ハニーフェイスの男の子。
 流行に乗っかって、インフルエンザにかかった彼を責める気はないが、タイミングが悪すぎる。どうして病欠の代打が翔真なんだ。

『ホンット、ゴメン! 他も当たってもらったんだけど、どうしてもダメで…』
「…そう。てか、そんなに謝んないでよ。バイトならしょうがないじゃん」
『え? あ、うん』

 真大がそう言えば、翔真は少し拍子抜けしたような声を出した。
 せっかくのデートをキャンセルされて、真大のことだから、絶対にすごく文句を言うと思っていたのに、意外にもあっさりと納得したので驚いているに違いない。
 もちろん、真大のテンションはがた落ちしているが、湊も好きで罹患したわけではないし、まさか翔真に、バイトと恋人を天秤にかけさせるつもりもないから。

「何時まで? まさか最後までとか?」
『いや、9時まで』
「…ふぅん、お疲れ様」

 翔真がバイトしているカフェは、24時まで営業している。
 インフルエンザということは、湊は1週間くらいは出て来れないだろうから、もしかしたら今日以外にも翔真が臨時で出たり、そんな時間まで働かなければならない日が増えるのかも…。

(テンション下がるー…。湊くんのバカー…)

 思わず恨み節を口に出しそうになり、けれど真大は慌てて口を噤んだ。
 真大以上に、翔真は大変な思いをするわけだし、気の優しい湊は、きっと今回の件でひどく心を痛めているに違いないから。

『あの…真大、ホントにゴメン』
「だからいいってば。翔真くんがそんなに気にすることじゃないじゃん。てか、チャイム鳴っちゃったから、教室入んないと」
『え、あ、うん』
「バイトがんばってね」

 なるべくガッカリした声を出したくはなかったのに、真大はそこまでは大人になり切れなくて、最後は素っ気なく言って電話を切ってしまった。

「はぅ…、俺って大人げない…」

 携帯電話を握り締め、真大は激しく自己嫌悪した。



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片手はてぶくろ、片手は繋ぐ (2)


*****

 急にバイトが入ったと、デートのキャンセルを告げる電話をすれば、意外にも真大は素直に了承してくれた。
 絶対に、もっと激しく「えぇ~~~~~!!!」とか言われると思ったのに。

(でも…)

 最後、電話を切るときの声が寂しそうだった。
 わがままを言ったら困らせるとか、きっと思ったのだろう。
 無自覚の自己中で、無遠慮に見える真大だが(その印象もあながち間違いではないのだが)、実は結構いろんなところで気を使っているのを、翔真は知っている。
 今回だって、絶対凹んでいるはず…。

 ただ、湊を恨んでも仕方がなくて、今回だって、翔真が引き受けなければ、他の誰かが困ったのだろうし、自分が都合の悪い日は、同じように代わってもらうことだってあるのだろうから。

「翔真くん、これ2番テーブル、お願い」
「あ、はい!」

 バイト中に不謹慎だが、ボンヤリと真大のことを思い出していたら、マネージャーから声が掛かった。
 デートをキャンセルしてまでバイトに来たのだ。今は仕事に集中しなければ。
 けれど、そう思って料理を届けたテーブルがカップルで、しかもやけにイチャイチャしているから、結局テンションが落ちた。

「ショウ、ホントは今日、予定あったんだろ?」
「はい?」

 料理を届けて戻ってきたら、バイト仲間の安喜隼人(アキ ハヤト)がニヤリとした顔で言ってきた。

「何が? 何で?」

 図星を指されて、でもそれを悟られたくなくて、翔真はぶっきら棒に早口で聞き返した。
 そんな言い方をすれば、肯定しているも同然なのに。

「さっきから、めっちゃ時間気にしてんじゃん。デートだったんかぁ~?」
「うっさい、仕事しろハゲ」

 したり顔の隼人に、翔真は容赦ない言葉を投げ掛ける。
 もちろん隼人は、禿げてなんかいない。ヤクザみたいな顔付きはしているが。

「何じゃボケ、ケンカ売ってんのかぁっ!?」
「もー隼人、湊がいなくて寂しいからって、俺に当たらないでよ」
「なっ…ア、アホか、おま…何言って、」
「イタッ」

 キレたふりで翔真の胸倉を掴み上げようとした隼人は、翔真からの切り返しの言葉に動揺して、その手で思い切り翔真の頭を叩いた。
 動揺するのは構わないが、加減知らずに、力いっぱい頭なんか叩かないでほしい。普通に痛いから。
 というか、そこまで分かりやすく動揺されると、逆にからかい甲斐もない。アタフタしながら頬を赤らめるヤクザ顔のイケメンに、翔真は溜め息を零した。

「隼人のほうが、分かりやす過ぎ」
「うっさい、ボケ」

 毒舌で、いつも湊のことをからかって遊んでいる隼人だが、その実、湊に密かに恋心を寄せる純情派だ。
 鈍感そうな湊が、その思いに気付くのは、一体いつのことになるやらだが。

「ホラ、仕事仕事」

 トレイの裏で隼人のお尻を叩いて、翔真はオーダーを取りに向かった。



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片手はてぶくろ、片手は繋ぐ (3)


 ピンチヒッターだからといって、おまけはしてもらえず、きっちり時間まで働かされた翔真は、同じく仕事を終えた隼人とスタッフルームに下がる。
 翔真は、隼人や湊と一緒に勤務することはあるけれど、シフトが微妙に違うため、休みに遊ぶことはあっても、2人と帰りが一緒になったことはない。
 今日は湊の代わりに仕事をしたのだから、普段なら隼人は、湊と一緒に帰っているのだろうか。

「ねぇねぇ、隼人て、いっつも湊と一緒に帰ってんの?」
「あぁん?」
「うわぁ、柄悪ぅ」

 別に大したことは聞いていないのに、湊の話題になると隼人は敏感だ。
 この渓谷のように深く刻まれた眉間のしわ、湊に見せてやりたい。

「湊がバイト休むと、いろんな意味で大変…」

 まさかこの後、湊に会えなかった愚痴とかを散々聞かされるはめになるんだろうか。
 翔真だって、今日は会えるはずだった真大と会えなくて、テンション下がりっ放しなのに。

「…お先に失礼しまーす」

 隼人よりも、ほんの少しだけ早く帰り支度を整えた翔真は、嫌な予感を的中させないために、分かっていてわざとそう言って、スタッフルームを出ようとする。
 もちろん翔真の挨拶に隼人の返事はなく、ギロリと鋭い視線で凄まれた。

「もぉ、隼人、一緒に帰りたいなら、素直にそう言いなよー」
「うっさい、誰がお前なんかとっ」
「じゃあ待たない」
「待たんかい、コラ」

 バッシーン! と力いっぱいロッカーの扉を閉めたら、勢いがあり過ぎて扉が開いてしまい、余計に隼人をイライラさせる。同じ過ちを繰り返せばさらに苛立ちが募ると、隼人は一呼吸おいてから、ゆっくりとロッカーを閉めた。
 まったく、ロッカーの扉を閉めるくらいで何をしているのやら。
 それでも翔真は、ドアに寄り掛かって、隼人を待っていてやる。どうせ今日は真大とも会えないのだし、このまま隼人に付き合ってやろう。

「隼人さぁ、湊んちにお見舞い大作戦したら?」
「はぁ?」
「弱ってる湊んとこ行って、優しく頼りになる隼人を演出してさ、湊の身も心もゲット! どう?」
「出来るか、ボケ! だいたいアイツ、インフルなんだぞ? 行ったって会わせてもらえるわけねぇじゃん」

 湊は実家暮らしだから、インフルエンザで寝込んでも、看病してくれる家族がそばにいるので、その点は心配する必要はない。
 しかし隼人の言うとおり、見舞いに行ったところで、会わせてもらえないだろうし、逆に気を遣われそうだ。

「具合悪いのに、電話も出来ないしね」

 湊、早く良くなるといいねぇ、と言いながら裏口から外に出れば、冷たい風が2人に突き刺してくる。
 愛しい人に会えない者同士、余計に寒さが身にしみる。

「さむっ…」
「ショウ、何かあったかいもんでも飲んで帰るか…?」
「そだね…」

 ズルリと鼻を啜り上げた隼人は、そう提案する。
 今は別に洒落たカクテルも、キレイなおねーちゃんも、クラブミュージックもいらない。熱燗でも飲んで帰ろうか…。



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片手はてぶくろ、片手は繋ぐ (4)


「……翔真くん」
「うぇっ!?」

 何だかしんみりとなってしまったところで、地を這うような低い声に名前を呼ばれ、翔真はビックーン! と肩を竦ませた。

「え? え? 真大? え?」

 聞き覚えのある声に辺りをキョロキョロと見回せば、まさか絶対にいるはずのないと思っていた真大の姿がそこにあり、翔真はますます仰天する。

「は? え? 何で? 何でお前、こんなとこいんの!?」
「いたら悪いの?」

 まさか偶然通り掛ったわけがあるまい、翔真のことを待っていたに違いないが、何だか真大の機嫌はすこぶる悪い感じ。
 マフラーを鼻先まで引き上げていて、表情のすべては窺えないが、目が笑っていない。
 せっかく待っていてくれたのに、『何でいるの?』はやっぱり言い方がまずかったか。

「何だ真大、ショウちゃんのこと、待ってたんかぁ?」
「そーです。だから隼人くん、今日は間違っても、俺らのこと、邪魔しないでくださいね?」

 ニヤニヤとからかうように言った隼人だったが、真大に本気の目力で言い返されて、思わず怯んでしまう。
 隼人もわりと怖いものなしの強気な性格だが、真大のほうが怖いもの知らずで大胆不敵なので、さすがの隼人も、敵わないことのほうが多い。

「てか真大、いつからいたんだよ。こんな寒いのに…」
「9時に終わるって言ってたから、それに合わせて来た。マジでめっちゃ寒いんだけど」

 真大は肩を竦めながら、翔真の隣に寄り添った。
 この寒い中、翔真に会いたくて、わざわざここまで来たのだ。このまま隼人と、飲みになんか行かれてたまるものか。

「翔真くん、何か食べてく? もうこの時間じゃヤダ?」
「いや、いいけど……お前、食ってねぇの?」
「んー…ちょっとだけ」

 9時にバイトが終わると聞いた時点で、翔真を迎えに行こうと決めていたし、翔真が賄いか何かでご飯を食べていなければ、一緒に食べるつもりだったから。
 デートはキャンセルになっても、ちょっとでも会えるなら。

「ちょっ…お前ら、俺がいんのに、何勝手に2人の世界に浸ってんだ!」
「イテッ」

 隼人の存在を無視して翔真と真大で話を進めていたら、2人して隼人に、とっても嫌そうな顔で頭を叩かれた。

「隼人くん、まだいたの?」
「いるわ、アホ!」
「じゃ、またね。バイバーイ」

 常人なら、とても平静ではいられないであろう隼人の凄みも、真大は何てことなくかわし、しかも笑顔で手を振る豪胆さ。
 それに隼人は何も返せない。
 突っ込み同士だが、意外と気は合うのかもしれない(言えば絶対に2人とも、激しく否定するだろうが)。

「もぉ隼人くん、邪魔しないで、て言ったでしょ。どこまで付いてくる気?」
「うるせぇっ、駅がこっちなんだから、しょうがねぇだろ!」

 最初は翔真と一緒に帰るつもりだった隼人も、まさか真大が来たのに、それを邪魔してまで飲みに行く気はないし、こんなバカップルからは一刻も早く離れたいが、向かいたい駅の方向があるのだから仕方ない。



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片手はてぶくろ、片手は繋ぐ (5)


「翔真くん、何食べてくー?」
「んー…」
「てかさ、手袋とかしないで、手冷たくないの?」

 コートにマフラー、手袋と、完全防備の寒さ対策をしている真大と違って、翔真は厚手とはいえコートのみの格好。
 見ているだけで、何だか寒そう…。

「手袋いる? はい、貸してあげる」
「ん? あ、うん。…え、片方?」

 なくても別に平気だが、貸してくれると言うなら有り難く受け取ろうと思ったのに、なぜか真大は片方しか渡してくれない。
 翔真が不思議そうにしていると、真大は「片っぽ、着けて?」と言ので、翔真は言われるがまま、渡された左手用の手袋を嵌める。着けないよりはマシだけど、片方だけなんて…。

「そんでね、こっちの手は、こう」
「は? ちょっ…」

 手袋を着けていない右手を掴まれ、焦る翔真に、真大はニコリと笑い掛けた。

「これなら、こっちの手も、あったかいでしょ?」

 片方の手袋を分けてもらい、もう片方の手は繋いで。
 へたな少女マンガよりも、ずっとバカップルかもしれない。

「おま…あのなぁ」
「えっへっへ。大丈夫、誰も見てないよ」

 寒さにかこつけてピッタリ寄り添って歩けば、手を繋いでいることなんて、よほどその気になって見なければ、気付かれないだろう。
 意外にも真大は、こういうことが好きだし、真大のペースに巻き込まれていると思いつつ、翔真も強く拒もうという気にならない。
 デートはドタキャンになったけれど、こういうのも、悪くはない。

 …と思っていたが。

「お~ま~え~ら~、何してんだっ!」
「あ、隼人」

 そういえば隼人の存在を、すっかり忘れていた(たぶん真大は、分かっていて心の中で抹消していた)。
 けれど隼人は翔真たちの後ろを歩いていたから、きっとずっと2人のやり取りを見ていたに違いない。

「人が大人しくしてたら調子に乗りやがって~~~~」
「アダダダダダ」

 怒りをまるで隠そうともしない隼人は、その怒りのままに、こぶしで真大のこめかみをグリグリと攻撃する。

「もー隼人くんのバカー。湊くんに告れないからって、俺らに当たんないでよ~、ヤキモチ~?」
「やかましわっ!」
「やーい、隼人くんのヤキモチ妬き~」

 わざわざ煽るようなことを言って、真大は隼人をからかって遊んでいる。
 この分だと、インフルエンザが治って出てきた湊は、隼人に、愛情の裏返しで相当酷い目に遭わされるだろうと、他人事ながら翔真はおかしくなる。

「真大ぉ、今日はかわいそうだから、隼人と一緒にご飯、食べたげる?」
「そだね、1人じゃかわいそうだしね」
「ちょっ、何だかわいそう、て! つーかお前ら、いつまでやってんだ! 手!」

 隼人にど突かれても、手を離せない。
 …うん。相当のバカップルだと思う。



*end*



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同意の返事 (1)


 寒い夜は、温かいお風呂にゆっくり浸かって、あったまるのがいい。

 それは分かっているのだが、すぐに逆上せてしまうタチの睦月は、湯船に浸かるのが苦手で、いつもシャワーだけで済まそうとしては、和衣に無理やり湯船に入れられている。
 今日だって和衣に言われて湯船に浸かったものの、やっぱり我慢できずに、ほんの1分足らずで上がってしまった。

 ちなみにお風呂大好きの和衣は、いつだって長風呂で、今日もまだのんびり風呂に浸かっている。
 そんな感じなので、一緒に風呂に入ったところで、絶対に睦月のほうが先に上がってしまうのに、睦月はいつも和衣を風呂に誘うのだった。

「あぅ…寒い…」

 部屋まで戻る廊下が寒いことは分かっているので、パジャマ代わりのスウェットの上に、もう1枚ちゃんとパーカーを羽織っているのだが、それでも寒い。
 普段なら面倒がって自然乾燥させている髪の毛も、睦月にしては珍しく、風呂場できちんと乾かして来たのに(風呂場には、誰かが置き忘れて以来、共用となっているドライヤーがあるのだ)。

「んんー…寒い~…」

 睦月たちの暮らす寮は、その格安の家賃に見合った暖房設備しか兼ね備えておらず、部屋までの廊下が寒いのはもちろんのこと、それぞれの部屋も各自で暖房器具を用意しないことには寒さを凌げない。
 まぁ要は、何も兼ね備えていないのと同じことなのだが。

 でもしかし、それでも部屋に戻れば、今いるこの廊下よりは、少なくとも寒くはないはず。
 そう思って睦月は、部屋まで急いだのに。

「あー寒かっ…………さむっ!」

 部屋の中が暖かいと思っていたので、外の寒さが口を突いて出そうになったのだが、入った部屋の中が外と大差ない寒さだったので、睦月は思わず竦み上がった。

「何でっ」

 睦月が風呂に行くため部屋を出るまでは、室内は確かに暖かかったのだ。
 ストーブを点けたまま部屋を空にするのは危ないと思っていたら、入れ違いに亮が風呂から戻って来たので、そのまま出て行ったから、部屋の中は暖かくていいはずなのに。
 まさか亮が止めてしまったのかと、慌てて睦月がストーブを見てみれば、3時間稼働しっ放しだったストーブが、安全のために自動で消火したのだった。

 で、亮は?

 ストーブが消えて部屋が寒くなれば、亮だって我慢せずにストーブを点け直すと思っていたのに(面倒くさがりの睦月だって、そのくらいのことはする)、ベッドに突っ伏した亮は、中途半端にふとんを掛けて熟睡していた。

「ちょっ…」

 実は昨日、徹夜で課題を仕上げた亮は、1日中「眠い~」と繰り返しながら、ウトウトしていた(意外にも今回の課題と相性がよかった睦月は、早めに終わっていた)。
 だから寮に帰って来た亮は、睦月に「ご飯作るの無理…」と謝って、さっさと風呂に行ったのだ。

「だからって、ストーブ…」

 お風呂から帰ってくれば、暖かい部屋が待っていると思っていた睦月は、恨めしげに亮を睨むが、しかしこのままでは絶対に風邪を引いてしまうと、ちゃんとふとんを掛け直してあげる。
 普段、亮に同じようなことをしてもらっているくせに、爆睡している睦月はそんなこと何も知らないので、「ホント、亮てば手が掛かるんだから…」などと勝手なことを言っている。

「はぁ…俺も寝よ…」

 いつも寝るよりは早い時間だけれど、亮も寝てしまったし、他にすることもないし、寒いからさっさと寝てしまおう。



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同意の返事 (2)


 睦月は部屋の電気を消して、自分のベッドに潜り込んだ――――が。

「ひぅっ…さむっ!」

 冷え切った部屋。
 冷たいふとん。
 はっきり言って、何も安眠をもたらしてはくれない。

 きっと我慢してふとんに入っているうちに暖かくなるだろうけど、風呂を出てからずっと寒い続きの睦月には、一瞬でも耐えられなくて、すぐにベッドから這い出た。

「うー…」

 睦月は一瞬だけ考えて、今度は徐に、亮のベッドに忍び込んだ。
 ぬくぬく。
 すでに亮の体温で暖まっていたふとんの中は、程よい暖かさで心地よい。

「…ん…?」

 勝手にベッドに入って、勝手に亮にくっ付いて睦月がぬくぬくしていると、熟睡していても違和感を覚えたのか、亮がもぞもぞと身じろぎ出した。

「え…? え? え、むっちゃん!?」
「亮、動くな…」

 徹夜明けで1日眠くて、帰って来た後も、ご飯を作るのはちょっと無理…と、さっさと風呂に入って、ベッドに倒れた……というところまでは何となく覚えているのだが、次に目を開けたとき、どうして目の前に睦月が気持ちよさそうに寝ているのだろう。

「むっちゃん??」
「…ぁんだよ…?」

 驚いた亮が恐る恐る声を掛ければ、せっかく眠くなってきたのに…と、不機嫌そうに睦月は片目を開けた。

「え、なん…どしたの、むっちゃん」
「寒いんだから、ジッとしてろ…」

 重たいまぶたに耐えられず、目を閉じた睦月はムギュと亮にしがみ付く。
 これ夢かな? それとも寝惚けてる? と亮は思うが、しかしピタッとくっ付いている睦月の体温はやけにリアルだ。

「んー…ぬくぬく…」
「あ、そう…?」

 もしかして睦月は、亮のこと、湯たんぽか何かと間違えているんじゃないだろうか。
 しかし確かに部屋の中は冷え切っていて、睦月でなくても、ぬくもりが欲しくなるのも無理はない。

「えっと、むっちゃん…?」
「…んだよ、ダメなのかよ」

 再び眠りに落ちようとしたところで声を掛けられ、睦月の眉間にしわが寄る。

「亮、俺がここで寝たらダメなの?」
「ダメじゃないけど…」
「いい?」
「いい、です…」

 半ば無理やりとはいえ、亮から同意の返事を貰った睦月は、嬉しそうに口元を緩めると、亮の胸に頬を付けて目を閉じた。
 まったく何と言うあどけない寝顔。
 そんな気持ちよさそうに寝息を立てられても。

(――――生殺し…)

 徹夜明けで、寝不足で。
 亮だって、1秒を惜しむくらい睡眠時間を確保したくて。
 しかし腕の中、愛しい恋人に無防備な寝顔を晒されて、それでまったく何の気も起こさずに、のん気に寝ていられる間抜けな男がこの世にいるだろうか。

「んー…りょう…、寝…」
「…………、……はぁ…。おやすみ、むっちゃん」

 仕方がない。
 今日はそんな間抜けな男に成り下がって、朝までこのままくっ付いて眠ることにしよう。



*end*



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部屋でまったり (1)


 出掛ける準備を整えて、さぁ家を出ようというところで、郁雅の携帯電話が音を立てた。
 何てタイミングだと思いつつ、靴を履く途中だった郁雅は、片手でカバンの中を探りながら、もう片方の手で器用にドアチェーンを外す。

「………………、…はぁ?」

 カバンの片隅から拾い上げた携帯電話を、これまた器用に片手で操作していた郁雅は、着信したメールを見て眉を寄せた。

『イクんち行くから、そのまま家で待ってて

 ご丁寧に、文末に家の絵文字まで入れて送られてきたメールは、蒼一郎からのもの。
 これから家に行くというその内容に、郁雅は驚きとも呆れともつかない声を上げた後、それでもともう1度読み返してみても、やはり間違いはなかった。

「…………、…何で?」

 今日は2人で映画を見に行く約束だ。
 2人の住んでいる場所と映画館の位置から、途中の駅で待ち合わせをしているのに、蒼一郎が郁雅の家に来るというのは、一体どういうことだろう。

「何考えてんだ、アイツ」

 映画館は、蒼一郎の住んでいる寮からのほうが近いから、駅での待ち合わせが無理なら、郁雅が寮に迎えに行ったほうが早いのに。
 そうでないと、蒼一郎はいったん逆方向に来てしまうことになる。もしかしたら蒼一郎は、何か用事でもあって、郁雅の家の近くまで来ているのだろうか。
 よくは分からないが、郁雅は勝手にそう結論付け、訝しみつつも了解のメールを送って靴を脱いだ。

 エアコンを止めた室内は、あっという間に冷え切っている。
 どうせ蒼一郎はすぐ来るだろうし、面倒くさいから、エアコンは点けないで、コートを着たままでいようか。

 けれど中途半端に時間を持て余してしまって、仕方なしに携帯電話を弄ってみても、郁雅は必要なときにしかしない子だから、暇潰しにメールをする相手も思い付かない。
 テレビを点けて、全部のチャンネルを回してみたが、全部つまらない。
 実は意外と気が短い郁雅は、何だか待ち惚けを食ったような気になって、気付けばイライラと指先で本棚を叩いていた。

「あー…もうっ」

 郁雅は一呼吸置いて、ベッドに腰掛ける。
 読み掛けの本を手に取るけれど、全然集中できない。
 だって気持ちがもう、外出モードだ。ソワソワしているわけではないけれど、家の中でのんびりしていようという気分にはならない。

「遅ぇな、アイツ…」

 メールをした時点で、一体どこにいたのだろうか。
 まさか寮を出ようとしていたところだったりして。

(……………………)

 何となく嫌な予感がして、郁雅は先ほど受信したメールの時間を確認する。

「うっわ!」

 予感的中。
 寮から待ち合わせの駅まで行くのに掛かる時間を、メールの受信時間にプラスすれば、ちょうど待ち合わせの時間。
 やはり蒼一郎は、寮を出ようとしたところで、先ほどのメールを送って来たのだ。



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部屋でまったり (2)


 蒼一郎の住んでいる寮からは、駅までの時間も入れて、40分以上は掛かる。
 てっきりこの辺りにいて、すぐに迎えに来るものだと思い込んでいた郁雅は、あまりの事実に気が抜けて、そのままベッドに倒れ込んだ。

「ふざけんなよー…」

 早くてもあと30分は来ないだろう。
 この出掛ける気満々な気持ちを、一体どうしてくれるつもりなんだ。
 だいたい郁雅だって、家を出る直前だったのだ。もしこれでもっと早くに郁雅が家を出ていたら、一体どうするつもりだったのだろうか。

 もともと蒼一郎というのは、物事をあまり深く考えないというか、肝心なところで1歩足りないようなところがあるから、今日だって、郁雅が家を出ているかもしれないなんて、少しも思わなかったのだろう。

(メール…)

 今どの辺なのか、あとどのくらいで来るのか、メールしてみようか。
 けれどそんなことを知ったところで、何が出来るわけでもないから、やめておいた。

「つーか、寒ぃし!」

 蒼一郎がすぐ来ると思って、点けないでおいたエアコン。
 コートは着込んだままだったが、あと30分は来ないんだとしたら、とてもこのままでは耐えられない。
 郁雅はベッドを飛び降りて、エアコンのスイッチを入れた。ついでにコートも脱ぐ。
 何だかとてつもなく面倒くさい気持ちになって来てしまった。

 郁雅はあくびを1つして、ベッドに転がった。



*****

「あーさむっ、さむ、さむ、さむーーーっ!!」

 大概、物言いが大げさな蒼一郎とはいえ、今日の寒さは、本当にこのくらい叫んでもいいと思う。
 暖房の効いた車内に未練を残しつつ、郁雅の家の最寄りの駅で電車を降りた蒼一郎は、ギューッとコートの中に首を竦めて先を急ぐ。
 やっぱり今日は、郁雅の家に行くことにして正解だ。
 こんな寒い外、1秒だって長くいたくはない。

「イークー」

 郁雅の住むアパートが見えたところで、とうとう蒼一郎は駆け出し、ダッシュでアパートの階段を駆け上がる。
 そんなことをしなくとも、家で待っていろと言われた郁雅は、もちろん素直に家で待っているはずだが、蒼一郎のほうが待ち切れなくなっていた。

「イクー、イク、開けてー」

 ピンポーンとインターフォンを押した後、反応のない室内に、蒼一郎は続けざまにインターフォンを押しては郁雅の名前を呼んだ。

「イクー」
「…うるせぇよ」

 ガチャリと鍵の開く音がして、ようやくドアが開いたかと思うと、ひどく不機嫌そうな顔をした郁雅が、コート片手に顔を覗かせた。



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部屋でまったり (3)


「だって寒かったんだもん」
「いや、『だもん』とか、別にかわいくねぇし。つか、え、何?」

 蒼一郎が来て、これでようやく出掛けられる、と、郁雅が外に出ようとするのとは反対に、なぜか蒼一郎は郁雅の家に上がろうとしている。
 郁雅は訝しむように蒼一郎を見遣るが、蒼一郎はそれに気付かないのか(彼に限っては、"気付かないふり"など、そう出来るものではない)、「寒い寒い~」と言いながら靴を脱ぎ始めている。

「は? ちょっ蒼!」
「ぅん? 何イク、早く戸締めてよ、寒いじゃん」
「いやいやいやいやちょっと待て。お前、何普通に部屋に上がろうとしてんの?」
「え、寒いから」
「…………」

 引き止められた蒼一郎は、至極真面目な顔で、そして真面目な気持ちでそう返答したのだが、もちろん郁雅が聞きたかったのは、そんなことではない。
 当たり前だが、今日はこれから一緒に映画を見に行くはずなのに、なぜ蒼一郎は部屋に上がろうとしているのか、ということだ。

「いや、だって映画行くんじゃねぇの?」

 だが、このくらいのことでいちいちキレていたら、こののん気な男とは付き合っていられないことを、郁雅は長年の経験から熟知している。
 郁雅は苛立ちを極力抑えつつ、相手から的確な返事が返ってくるであろう質問をしてみる。

「だって出掛けんの寒いじゃん? 映画見終わった後、どこ行くにしても寒いしさぁ、それならイクんちでイチャイチャしてたほうがよくない? DVDも借りて来たしさぁ」

 ジャーン! と間抜けな効果音付きで、蒼一郎はDVDのレンタルショップの袋を掲げ、しかも「ちなみにポップコーンも買ってきましたー」とか言いながら、ポカンとしている郁雅をさて置いて、ポップコーンが入っているらしい袋も見せてくれる。

「は?」
「ん?」

 DVD借りて来た?
 ポップコーン?
 いや確かにそれは映画館の雰囲気だけれど。

「はぁ~~~~~~??」

 ついに郁雅は大きな声を上げてしまった。
 どうしていつも、蒼一郎の行動は、こうも突拍子もないのだろう。

「え? 何、イク。どうした?」
「どうした、じゃねぇよ! おま…そういうことなら、ちゃんと言えよ、アホ!!」
「え、メールしたじゃん、イクんち行くって」

 なぜ郁雅が大きな声を出すのか本気で分かっていないのか、今度は蒼一郎のほうがキョトンとする。

 確かに蒼一郎からはメールが来たし、郁雅はそれに了解の返事をした。
 しかし蒼一郎からのメールには、『イクんち行くから、そのまま家で待ってて』+家マークの絵文字しか書かれていなかったのだ。それだけの文面で、一体どうやって『郁雅の家でDVD鑑賞』ということを汲み取ればいいというのか。

「おま…ホント…」
「え、何、イク」
「いや、ちゃんと聞かなかった俺が悪かったんだよな…、うん、よく分かった…」

 今さら何か言ったところで、蒼一郎のこの性格が変わるとも思えないし、こういうところがなくなったら蒼一郎らしくないと思うし(多分、恋人の欲目だが)、今日はこれ以上、何か言うのはやめよう。
 映画は、特別にすごく見たかったものというわけではなく、映画でも見に行く? くらいのノリだったから、蒼一郎の提案する、お家でDVD鑑賞でも別に悪くはない。



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部屋でまったり (4)


「イク? ぅん? やっぱ映画館のほうがよかった? 大丈夫だよ、ポップコーン、ちゃんとキャラメル味にしたし!」

 黙り込んだ郁雅をどのように受け止めたのか、蒼一郎が慌てたようにフォローしてくる。
 どうでもいいけれど、キャラメルポップコーンが好きなのは、蒼一郎自身だ。
 もう笑うしかない。

「え、何? 何、イク何で笑ってんの?」
「何でもねぇよ。早く入れ、寒いから」

 土間のところで突っ立ったままになっている蒼一郎を押して、郁雅もブーツを脱ぐと部屋に上がった。
 蒼一郎との玄関先でのやり取りのせいで、再びエアコンを切った室内は、温度を下げている。

「えー! イクんち寒いっ、何でっ!?」

 寒い外からやって来て、暖かな室内を期待していたのであろう、蒼一郎は部屋に上がった途端、憚りもなくそんなことを言ってのけた。
 仕方がない、郁雅は出掛けるつもりで支度をしてたのだから。
 大げさに騒ぐ蒼一郎を無視して、郁雅は再びエアコンのスイッチを入れ直した。

「イクー、どれ見る?」
「何借りて来たの? つか、何枚借りて来てんだよ!」

 勝手にコタツのスイッチを入れ、家主よりも先にコタツに入った蒼一郎が、4枚のDVDを郁雅に見せている。
 何がいいか分からなかったから……としても、これはちょっと借り過ぎなのでは…?
 2時間半×4本なんてことになれば、日が暮れるどころの騒ぎではない。

「だから、イクの見たいヤツでいいよ」
「他のは?」
「んー…後で見る? まぁそれは後で考えよう。とりあえずイク、座って、座って。寒いから。ホラ」

 そんなに大きくもない、一辺に1人しか入れないサイズのコタツなのに、蒼一郎はふとんを巻くって、自分のすぐ隣に座るよう郁雅を手招いている。
 成人男子が2人並んで入るのは、絶対に間違いなく無理なことは、こののん気な間抜け男だって、分かっているはずなのに。

「イクー、早くっ」

 ニコニコしながら待っている蒼一郎を見ていたら、ついつい郁雅もその気になってしまって。
 うっかりキツキツのコタツの隣に滑り込んでしまった。
 コタツの、入れる辺なら、あと3つもあるのに、なぜか2人してキュウキュウになりながら、同じ個所に入っている2人。

「せまっ」
「それはしょーがない」
「つか、2人でコタツ入って、誰がDVDセットすんだよ」

 4枚のDVDの中から見るものを選ぶのも大変だが、それをプレーヤーにセットしに行くのも、まだ冷えた室内では一苦労だ。
 いや、部屋はそのうち暖まるだろうけど……でも、このぬくぬくしたコタツから出るのは…。

「じゃあ、ジャンケンで負けたほうね」

 そんな子どものような提案をしたのは、もちろん蒼一郎だ。
 郁雅は即座に、ウェ~、と顔を顰めたが、すぐにいいことを思い付き、頬を緩ませて同意した。



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部屋でまったり (5)


「「ジャーンケーン、ポン!」」

 仰々しく振り被って(狭いのに…)行ったジャンケンの結果は、意外にもあっさりと勝負がついた。
 差し出した手は、郁雅がグー、蒼一郎がパー。

「おっしゃーーーー!!!」

 蒼一郎は勝利の雄叫びを上げ、ガッツポーズを決める。
 負けた郁雅は、さぞかし悔しがっているだろうと思いきや、しかしなぜかそれほど嫌がる素振りも見せず、「じゃあこれ見ようぜ」と、DVDの1枚を手に取った。

「あ、蒼」

 DVDを手にコタツを出た郁雅が、クルリとコタツのほうを振り返った。

「俺DVDセットするから、蒼、飲み物用意して?」
「…………。…えっ!?」

 肩までふとんを引っ張り上げて、コタツに潜り込んでいる蒼一郎に、郁雅はそう言ってにんまりと笑った。
 のん気にぬくぬくしていた蒼一郎は、一瞬思考が付いていかなかったが、その言葉の意味が分かった瞬間、素っ頓狂な声を上げた。

「えっ、ちょっ、えっ!? え、イク、えっ!?」
「だって映画館行ったって、見るとき飲み物くらい買うだろー。つか、ポップコーンだけとか、ぜってぇ喉乾くし! 蒼、飲み物ー」
「えぇ~~~~!!!???」

 ものすごい顔でビックリしている蒼一郎に、郁雅は思わず吹き出してしまいそうだけれど、そこは我慢して、意地悪そうな笑顔を作り続ける。
 先ほど素直に、蒼一郎の提案したジャンケンに乗ったのは、負けてもこう切り返すつもりだったからだ。

「ちょっ、そ…イク…!」

 そんなのひどい! と蒼一郎は泣きそうな顔で、恨めしげに郁雅を見るが、郁雅は「早くー」と急かす。

「早くしないと、映画始まるぞー」
「イク~~~~」

 笑いながらも、DVDをセットしようとしている郁雅に、蒼一郎は慌ててコタツを抜け出した。
 どうせなら、最初から2人で一緒に見たい。
 飲み物の準備をしていて、最初を見逃したとか、そんなの、絶対に嫌だ!

「ねぇねぇイクー、氷ないよー?」
「はぁ? 氷?」

 この寒いのに、何で氷? と思って、郁雅は、コタツに戻ろうとしていた足でキッチンに向ってみれば、蒼一郎が冷凍庫の扉を開けて、中を覗き込んでいた。

「え、何で氷?」
「だって、コーラ…」

 冷凍庫から振り返った蒼一郎は、まるでマンガのように眉を下げている。
 先に用意したのであろう、グラスとコーラのペットボトルがシンクの脇に上がっている。
 恐らく蒼一郎の中では、ポップコーンにはコーラ、コーラの中には氷が浮いていて……という発想だったのだろう。
 しかし残念ながら、この真冬に、郁雅は氷など常備していない。

「氷はいいじゃん、別に暑いわけじゃないんだし」

 郁雅がDVD、蒼一郎が飲み物を準備するはずが、結局、郁雅までキッチンに来てしまい、しかも最終的にグラスにコーラも注いでしまって。
 これではすべての用意を郁雅がしたも同然だ。

「ホント、お前って…」

 呆れながらも郁雅がグラスを2つ持って戻ってくれば、DVDは自動再生ですでに始まっていて、さらにガックリくる。
 溜め息混じりに郁雅がもそもそとコタツに潜り込めば、狭いというのに蒼一郎は、やはり郁雅の隣に無理やり体を滑り込ませてくる。

「おま…ホント、マジ狭い…」
「いいから、いいから。リモコンは? 始まっちゃってんじゃん」

 郁雅の不満の声は聞こえないふりで、蒼一郎は郁雅の肩を抱きつつ、もう片方の手でリモコンを探る。
 テレビの画面が、映画の配給会社のロゴマークに切り替わる。
 郁雅がコテンと蒼一郎の肩に頭を乗せれば、さらにキュッと肩を抱き寄せてくれる。
 確かにこんなこと、いくら暗い映画館の中とはいえ、出来っこない。

(あーあ、これじゃ、ますます好きになっちゃうじゃん…)

 果たしてあと2時間、最後まで映画に集中していられるだろうかと、郁雅は密かに思った。



*end*




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ひっついて (1)


 カフェSpicaは夜9時に閉店するが、片付けをして、スタッフが帰るのを見送った後、朋文や譲が店を出るころには、もうちょっと夜は更けている。
 天気予報では雪が降るなんて言っていたけれど、結局降らなかった今日も、やはりこの時間になれば、かなり冷え込む。

「寒っ…」

 冷たい空気に思わず肩を竦めた譲は、キャップを目深に被り直し、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。

「コラコラ譲~、両手をポッケに入れて歩くと、危ないよ~」
「ウザッ」

 店の戸締りをキチンと確認した朋文が、少し先を歩く譲の後ろ姿に声を掛ければ、譲はひどく嫌そうに眉を寄せ、そう吐き捨てた。
 だって本当に、マジでウザい。

(だいたい何だよ、"ポッケ"て!)

 小学生かよっ! と突っ込もうとして、いや、今どき小学生だってそんな言い方はしないと思い直す。
 どうも朋文はいろんな意味で、何かからピントがちょっとズレている。少なくとも、譲とは1ミリだって合っていないと思う。

「譲ってば~」

 身長差10cmが、直に足の長さに比例しているとは思いたくないが、やはりコンパスの幅が違うのか、朋文はすぐに譲に追い付いた。
 非常に鬱陶しいが、向かう方向が同じなので仕方がない(ダッシュするのも面倒くさいし、逃げたところでどうせまた会うから)。

 それにしても。

「…オイ」

 隣に並ぶのはいいが、その距離感がおかしい。
 近い。
 近すぎる。
 どうして朋文とそんなに寄り添って歩かなければならないのか。

「オイ、朋文」
「何?」
「何、じゃねぇよ」

 何も分かっていないような顔で、爽やかに聞き返して来たって、そんなものにごまかされない。

「近ぇよ、バカ」

 譲が朋文から離れれば、その分だけ朋文は距離を詰めて来る。
 歩道の端まで来て、ガードレールに阻まれて、逃げ場がなくなる。

「朋文、バカ、近ぇっつの! 何だよ!」

 本当はその頭をど突いてやろうかと思ったが、寒くてポケットから手を出したくないから、譲はグッと我慢する。

「だって寒いんだもん」
「『だもん』じゃねぇよ、かわいこぶんな!」
「イタッ」

 手が使えないなら…と、譲は隣の朋文の足を蹴っ飛ばした。



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ひっついて (2)


 本気の力でなくても、ゴツいエンジニアブーツで蹴られればそれなりに痛いはずだが、やはりピントがズレているのか、朋文は「痛いよ、譲~」と言いつつも、情けない顔でヘラヘラ笑っている。

「ったく、鬱陶しいから、あんまひっつくんじゃねぇよ」

 今度は逆に朋文の体を肩で押し戻して、歩道の真ん中ら辺まで戻ると、譲はまた少し距離を取って歩き始める。
 朋文は、それでも懲りずに距離を縮めたそうに、タイミングを計っているようにも見えたので、とりあえず譲は一睨みしておく。

「譲だって寒がってたじゃん」
「それと何の関係があんだよ」
「…くっ付いてたら、寒くない…」

 シュンとしながら朋文がもそもそと答えれば、隣からは盛大な溜め息が聞こえる。
 譲は、本当は『アホか!』て突っ込みたかったのだが、たぶん朋文は本気で言っているはずなので、何だかかわいそうになって(きっとこんなことくらいで朋文は凹まないだろうけど)、溜め息だけに留めておいたのだ。

「譲、寒くないの?」
「寒ぃけど」
「だったら~」
「意味分かんねぇよ、バカ! てか、ひっつくな、朋文!」

 嫌がる譲を無視して、朋文は恥ずかしげもなく譲をハグする。
 力で負ける気はしないが、悲しいかな、腕の長さのせいだろうか、朋文の腕の中から抜け出せない。

 ――――というか。

 どうして。

 人前で、朋文にハグ、されているん、だ??

 …………………………。

「このアホがーーーーー!!!!!」
「ギャッ!」

 相楽譲の右アッパー、見事に決まりましたー!

 自分の置かれた状況に慌てるあまり、思わず振り上げてしまった手が、朋文の顎にクリーンヒット。
 朋文の体は壊れたおもちゃのように、ピョーンと後ろへと吹っ飛んだ。

「ハッ…! ちょっ、バカ、朋文、何してんだ!」

 何だ? ケンカか? と、周囲の視線が2人に集まり出し、ハッと我に返った譲は、自分で殴り飛ばしておいて、慌てて朋文の元に駆け寄る。

「譲、ひどいよぉ~」
「いや、悪ぃ、えっと…」

 この場合、どう考えても譲のほうが分が悪い。
 朋文が抱き付いて来たのがいけないんだと言えないこともないが、しかし先に手を出したのは譲だから、やっぱり譲のほうが悪い気がする。



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ひっついて (3)


「立てるか? 朋文」
「無理かも…」
「マジで!? そんな!?」
「うん…。だから譲…………おんぶしてって?」
「…………」

 たぶんマンガなら、『てへ』とかいう擬音が付くだろう、そんな笑顔で朋文は譲の顔を覗き込んだ。
 …これだから朋文は、空気が読めないピント外れな男なのだ。

「死ね、このアホーーー!!!!」
「ギャーッ」

 譲はグーに握ったコブシを、ゴンッと朋文の頭の上に振り落とした。
 一夜にして、いや、ほんの1分足らずで、譲の鉄拳を2度も食らった男は、たぶん他にはいないだろう(大体、譲は見た目と違って優しい男なので、そうそうコブシを振り上げること自体がないのだ、朋文以外に)。

 譲は今度こそ朋文を置いて、さっさと歩き出した。
 本気で心配した俺がバカだった。

「譲、待ってよぉ~」

 どれだけ怒鳴られ、殴られ、蹴られても、めげない朋文は、ズンズンと先を歩く譲を追い掛ける。
 よほどの鈍感か、相当のマゾヒストでなければ、この仕打ちには耐えられないだろうに、しかし譲に追い付いた朋文は、嬉しそうにその隣に並ぶ。

「もぉ~乱暴なんだから、譲は~」
「うっせぇ、みんなお前が悪ぃんだよ!」
「そっかなぁ?」

 理不尽な怒りを向ける譲に、朋文は空惚けたような相槌を打つ。
 怒鳴られ、罵られているというのに、満更でもない表情。

(だってさ、譲がこんな態度になるのは、俺だけなわけでしょ?)

 みんなに優しい譲。
 そんな、みんなと同じなんて、いらないから。

(俺はいつだって、譲の特別でいたいんだよ)

 それが、こういう乱暴な形でも。

「あー、俺ってマジでマゾかもー」
「はぁっ? 今さら何言ってんだ、この変態」
「譲ヒドッ!」

 しかし譲は、ひっつくようにピッタリと隣に寄り添って歩く朋文を、もう邪険に振り払わなかった。



*end*



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カテゴリー:Baby Baby Baby Love
テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

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