2009年11月
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その愛を見せてごらん (5) R18
「んんっ…やぁ、たく、み…」
「なぁに?」
本当は拓海も余裕なんて全然ないのに、悠也をさらに追い詰めるため、意地だけで耐え抜く。理性の吹っ飛んだ悠也は、さらなる快感を求めて、拓海が動きを止めても、自分で自分のいいところに当たるように腰を動かす。
「あ、あ……ん」
「腰……動いてる、そんなにイイの? かわいいね」
「や、やだ……言わないでよ…」
拓海の言葉に反応して、悠也の体がヒクリと震えた。
「そういうこと言われると、感じちゃう?」
「あぁ、ダメっ…」
囁かれるたび、悠也の中の締め付けがキツクなる。
「ダメ、じゃないでしょ? もうイキたいの? 自分で腰動かして、気持ち良くなっちゃった?」
「あ、ん……たく…や、イッちゃう、イかせてぇ…」
「もう、イクことしか考えらんなくなってるでしょ?」
「ちがっ……あ、あぁん、」
違う、なんて言葉では否定しながらも、焦らされて、言葉で攻められた悠也はすっかり乱れて、拓海の言葉だけでこのままイッてしまいそうだ。
「拓海……やぁ、お願、……ん…イかせて…」
誘うような仕草で、悠也はペロッと拓海の唇を舐めた。
ゴクリ……拓海の喉が鳴った。
「……うん、いっぱいイかせてあげるよ…」
チュッと耳の裏にキスをしていったん中から身を引くと、悠也の体を伏せにして、その細い腰を掴む。今度は焦らすなんてことしないで、拓海は一気に腰をスラストさせた。
「あ、あぁっ…!!」
ガクリと悠也の腕から力が抜けて、そのまま前へと突っ伏してしまった。けれど腰は拓海に掴まれたままで。尻だけを高く上げさせられ、まるで獣の交尾のような格好で激しく突き上げられる。
「あ、あ、ぁ……そこ、イイ、ぅん…」
「ここがイイの? ここ、気持ちいい?」
「いい、…も…もっと、あっ……」
普段は恥ずかしがってなかなかやらせてくれないけれど、実は悠也がバックの体位が好きなことを、拓海はちゃんと知っている。こんなふうに理性が吹っ飛んでしまえば、絶対に嫌がらないし、むしろもっとねだるくらいだって。
「や、やぁ……いく、イッちゃ……ね、イッてもいい…?」
「いいよ、俺もイきそう……悠ちゃんの中、気持ちいいから……」
「あっ……あぁ、イク、イッちゃう……! ッ、あっ―――」
瞬間、悠也の背中が緊張したように強張って、ギュッと中の拓海を締め付けた。パタパタッ……と、白い液体が床に滴り落ちた。
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その愛を見せてごらん (6) R18
「―――ッ…、はぁっ……!!」
中に、熱いものが注がれる。拓海の精液を最奥に感じ、悠也は敏感な体を持て余すように、ビクビクと体を震わす。
「悠ちゃ…」
クタリとした悠也から体を剥がずと、その中から、自分の放ったものがドロリと零れた。
「ん……はぁ、はぁ……たくみ…」
悠也はゆっくりと体を起こして、拓海を振り返った。その何とも言えない色気のある表情と仕草に、拓海はまた体が熱くなるのを感じた。
「ね…、悠ちゃん…」
「え……?」
「もう1回…………いい?」
起き上がろうとする悠也を抱き寄せ、返事を聞く前に唇を塞いだ。
「……ん…、ダメって言っても……するんでしょ? どうせ…」
「よく分かってるね」
「でも、今度こそベッドでだから、ね…?」
「了解」
*****
「あぁ~、もうこんな時間だよぉ~、今日は買い物行きたかったのにぃ~…」
ベッドの中で責めるような、ふて腐れたような声を出してブランケットに包まり丸くなったのは、もちろん悠也。その横で拓海はひたすら頭を下げている。
結局悠也は、拓海の『いっぱいイかせてあげる』の言葉どおり、ベッドに行った後、散々イカされまくり、やっと解放されたときにはもうお昼過ぎ。朝の7時から始めた濃厚なセックス。時間があったとしても、今さら買い物に出かけられるほどの体力なんか、もちろん残っていない。
「ゴ……ゴメンなさい…」
「それに…」
「え?」
それにって……まだ何か機嫌を損ねるようなこと、したっけ?
これ以上、悠也の機嫌を降下させるような真似だけは避けたい。出掛けられないとしたって、今日1日のオフを2人で仲良く過ごしたい。
「やっぱ床ヤダ…」
*END*
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みんなのセックスを勝手に考察してみる
*18禁てほどでもないですが、タイトルどおりの内容なので、苦手なかたはご遠慮ください。
何か「君といる~」シリーズのみなさんのセックスについて、考察してみようかと。
みんな、今の恋人とお付き合いするまでは男性経験がないんで、女の子とのことがベースになると思いますが。
そんなの見るの無理! てかたは逃げてくだされ。
レギュラーメンバーの中では、亮タンと翔ちゃんはセックスうまそう。経験も豊富だろうし。天性の何かがある。
そういう意味では、カズちゃんは努力の人かな。
【亮タン】
亮タンは普通にエロそう。雰囲気とか。前戯の段階でフェロモン全開。無意識だけど。テクニックもきっと半端ない。
本番に行くまでのイチャイチャとかは好き。でも終わった後は、うっかりさっさと寝ちゃって、彼女に怒られんの。
女性上位とかは、多分イヤ。押し倒して、ガンガン攻めてくタイプ。
多分セックスは自分本位だろうけど、テクニックがあるんで、最終的には相手も満足、みたいな。
恋人が大事だから浮気はしないけど、フリーのときに誘われると、わりと軽い気持ちで誰とでもエッチしちゃう。
何となく処女は敬遠しがち。わざと避けてるわけじゃないけど、相手も経験豊富なほうが、いろいろ楽しめるし面倒くさくないとか思ってる。
そういう意味では、むっちゃんはタイプとは掛け離れてるけど、なかなか開拓し甲斐があって、よろしいようです。
【翔ちゃん】
翔ちゃんもフェロモン系だけど、どっちかって言うと母性本能くすぐる系? そのせいか、本人は年下から年上まで幅広くいけるのに、年上のお姉さまにモテる。
普段クールな分、彼女の前では甘えたがり。彼女になら、子ども扱いされてもそんなに気にならない。
本編で触れたとおり、初体験は中1のとき、同級生と教室で。その後、手練手管に長けたお姉さまにより、スキルアップ。
亮タンに引けを取らないテクニシャン。
いろんなプレイとか体位を楽しみたいから、そういうノリのいい子が好き。
基本フェミニストだから、間違っても終わった後、先に寝るとかはない。腕枕とかも、ねだられればやっちゃうタイプ。
年上でも年下でも、積極的な子が好き。グイグイ攻めてくるような。だから真大タンに押し倒されちゃうんだよね。
【ゆっちさん】
ゆっちさんは、ノーマルなセックスしかしてないと思う。
基本、正常位。変わったプレイとか要求されると、はっきりと拒絶はしないけれど、何かうまくかわして逃れる。オーラルセックスの経験も、あるかどうか微妙。
イレギュラーな場所でするのも嫌だろうなー。ベッド以外なら、ギリ、自分の部屋のどっか。でもホントは嫌。
尽くす感じのセックスが好きだから、女の子がマグロでも全然オッケー。
自分本位なセックスはしなさそう。最初も最中も終わってからも、常に相手のことを考えてると思う。
年ごろの男の子なんで、それなりに性欲もあるけど、なかなか自分からは切り出せない。
セックスはお付き合いしている人とするもの、て思ってるから、遊びのエッチはない。浮気なんて言語道断。
【カズちゃん】
カズちゃんの場合、セックスて言うより、エッチて言い方のほうが似合うよねー。
恋愛同様、エッチにも夢見がち。ロマンチックな雰囲気、大好き!
ちなみにゆっちさんと付き合う前、エッチまで至った彼女は1人で、ラブホ経験は1回。でもラブホはアップアップ。
カズちゃんて、彼女のこと超大事にしそう。エッチも丁寧そう。つーか、前戯 長そう。
ベッドの中ではずっとイチャイチャしてたいけど、裸とかちょっと恥ずかしい。
自分でリードするのは不得意だけど、男なんだから女の子のことは守んなきゃ! みたいな古風なところがあって、あんまり積極的な女の子は苦手。
エッチに興味はあるけど、恥ずかしいから、変わったプレイや体位はノーサンキュー。でも相手が望むなら、がんばっちゃうと思う。
【むっちゃん】
一番分かんないのは、むっちゃん。
女性経験は不明。お話の中でその部分に触れるつもりはなくて、ずっと曖昧な感じで行こうかと。
基本的に性に対して淡白で、ソロプレイも殆ど経験なし。高校のころも、みんなが何でそんなに女の子とかエッチなことに興味津々なのか、理解不能。
でも亮タンとのセックスで、相手に求められるのって何かいいかも…とか思い始めてる。
経験が少ない分、セックスは相手任せだと思う。でも気にしなーい。
これからテクニカルプレーヤー亮タンによって、どんどん開発されてっちゃうんだろうか。そうなったら、エッチは大好きになるだろうな。気持ちいいから。
かといって、浮気とか、遊びのエッチとか、そういうのには走らなそう。
【真大タン】
エッチには興味津々。多分いろんなことしたいはず。研究熱心てほどではないけど、いろいろ調べてそう。
でも経験値は低いと思う。こなしてる数的に。
何とかしてテクニックを磨きたいとか思ってそう。
セックスを楽しみたいから、相手がマグロだと気分がしらける。しかも、まだまだお子ちゃまだから、隠してるつもりで、結構顔に出てる。
ベッドの上ではわがままそう。わがままって言っても、甘えん坊の子どもみたいなヤツ。
セックスの前も後も、ずーっとイチャイチャしてたいタイプ。
翔ちゃんとのセックスで、攻めを譲る気は更々ないし、強気で迫れば押し通せることを、たぶん本能的に悟ってる。
いつも思うんだけど、何で私ってこんなにバカなんだろう。
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01. 決まらない服 (1)
お題配布サイト「heaven's」さんからお借りしました「ラブラブデートで10のお題」です。
まずはゆっちさんとカズちゃん編から。
「もーどうしよ…」
ベッドに投げ散らかされた服の山。
和衣は疲れ果てて、その上に身を投げた。
同室者が、彼女のとこに泊まりに行くと言って部屋を出て行ったのが2時間前。
和衣はドアの隙間からそぉーっと、その背中が階段を降りて行くのを確認すると、すぐに部屋に備え付けのクロゼット(と呼ぶほどオシャレなものではないが)から服を取り出しては、あれこれ組み合わせてはみたものの。
「あぅ…決まんない…」
明日は久々に祐介とデートなのに、服が全然決まんなーい!!
もう2時間も服選びに専念しているというのに、少しも着ていく服が決まらない。
亮や翔真あたりからは、どこの中学生? と呆れた突っ込みを入れられそうだが、決まらないものは決まらないのだから、仕方がない。
『カズちゃーん、お風呂行こー』
「ひゃっ!」
ベッドの上でうにゃうにゃしていた和衣は、突然のノックと、のん気な睦月の声にビックリして、ベッドから跳ねるように飛び起きた。
睦月には亮という同室者がいて、しかも恋人という関係にありながら、お風呂の時間はこうやって和衣を誘いに来る。
別に恋人同士だから一緒にお風呂、とかはないし、寮の風呂は他にも入る人がいるから、あれこれなんて出来ないのだけれど、もう大学生になった男子だし、わざわざ別の部屋の友人を誘うまでもないような気もするが、睦月は相変わらずだ。
「ゴメ…今行く……ギャッ!」
慌ててベッドを降りようとした和衣は、散らかし放題だった服に足を取られ、バランスを崩してベッドから落っこちてしまった。
「イッター…」
『カズちゃん?』
ドアの向こう、和衣のドタバタが聞こえたのだろう、睦月の訝しげな声がする。
「今い……うわっ!」
『カズちゃん? 大丈夫?』
急いで行こうとするのだが、慌て過ぎていて、足に服が絡まったままであることに気付かず歩き出すものだから、今度は床で思い切り転んでしまった。
「い…ぅ…」
強かに膝をぶつけた和衣は、恐らく明日の朝には青く痣になっているだろう膝に、膝の出るズボンはダメだ…と痛みに泣き出しそうになりながら思った。
『カズちゃーん、ねぇー、お風呂行かないのー?』
「あっ今行く! ゴメン!」
ドタバタしていて、うっかり睦月のことを忘れかけていた。
今度はちゃんと足元に気を付けて、お風呂の道具を持って部屋を出た。
「カズちゃん、何バタバタしてんの? 部屋の模様替え?」
「んーん、服選び。明日何着てこーかな、て思って」
「??? 服選ぶのに、そんな大がかり?」
実はもう2時間も服選びをしていながら、全然決まってはいないのだと告げれば、睦月は心底呆れた顔をして、和衣から目を逸らした――――その後に続く言葉を、何となく想像できたから。
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01. 決まらない服 (2)
ホラ来た!
過去に何度も和衣のファッションチェックに付き合わされている睦月は、こう言われることを予想していたら、案の定、思ったとおりのことを言われてしまった。
「たまには自分の力で選びなさい」
「いっつもは自分で選んでるよー。今日だって自分でちゃんとしようとしたもん。でも無理だったから。ねぇむっちゃん、お願ーい?」
「ヤダ。俺おねむなの。お風呂上がったら、もう寝るの」
「亮はー?」
「飲み会? バイトの」
睦月の場合亮がいたって、眠いときはさっさと寝てしまうから、その辺はあまり関係ない。
大体、昨日の夜遅くまで、ラブホでイチャイチャしていたのが、睦月の寝不足の原因だ。亮がいたって、さっさと寝てやる! と睦月が思っても仕方がない。
「むぅー…」
「あ、ショウちゃーん」
浴場に行けば、ちょうど翔真がそこにいて、睦月は1人で拗ね拗ねになっている和衣を置いて、翔真のところへ駆けて行った。
「むっちゃんのバカ…!」
*****
結局睦月に振られてしまった和衣は、風呂から上がって部屋に戻ると、散らかり放題になっている自分の部屋に、うんざりしたように溜め息をついた。
「あーあ…」
本当のことを言えば、和衣だってもう眠い。
明日はデートだし、早く寝たいのに。
祐介は和衣が何を着てもかわいいと言ってくれるし、いつも学校や寮で、私服なんて嫌と言うほど見せているのだから、今さらという気はするのだが、やはりデートなのだから、それなりにオシャレはしたい。
けれど、普段から私服を見せているだけに、決め決め過ぎたら、妙に気合が入り過ぎていると思われるから、それも嫌だ。
まったく、乙女心は何かと大変なのだ。
「はぁ~…」
和衣はドサリと、服の散らばるベッドに身を投げた。
この間は海まで行ったから、わりとカジュアルな感じの服装だったことを思い出す。時期的にはもう海水浴なんてころではなくて、人も疎らだったけれど。
(海……ちょっと肌寒かったけど、楽しかった…)
祐介と季節外れの海に行ったことを思い出し、ヘラリと和衣の表情が崩れる。
「……うへ」
誰もいない海でキスをした。
電車の中、人が少ないのをいいことに、ずっと手を繋いでいた。
「うーん、うぅ~ん、」
ジタバタ、ジタバタ。
「はぁ~…」
…………幸せ…。
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01. 決まらない服 (3)
「……ん…」
幸せな夢の続きを、揺すり起こされる。
「ヤ…」
それでも体を揺すられ続けて、やっと重たい瞼をこじ開ける。
「あ、れ…?」
「やーっと起きた。おはよ」
「え…祐介…?」
何で祐介、ここにいるの?
俺、まだ夢見てるの?
「何でちゃんとふとん入って寝ないの? 風邪引いたらどうすんの。それにこの服……何でこんなに散らかして…」
「え…?? …………、あっ!!」
祐介の言葉に、和衣は一気に目が覚めて、飛び起きた。
そうだ、和衣は祐介とのデートのために服を選んでいたのだ。確か睦月には振られてしまって、風呂上がりに1人で服選びを…、……………………で、どうして祐介が?
「え? え? 何で祐介…」
「いや、約束の時間になっても和衣、来ないから」
「え、ウッソ!」
祐介の言葉に驚いて時計を見れば、確かに約束の時間…………10分過ぎ…。
その時刻が本気で信じられなくて、もしかして前日の夜なんじゃ…? なんて思ってみたけれど、祐介が開けてくれたのだろう、カーテンの開いた窓の向こう、外の景色は完全に昼間の風景だ。
「下で待ってたけど、全然降りて来ないから」
同じ建物の同じ階に住んでいるというのに、デートのときは寮の集合玄関で待ち合わせ。
だって待ち合わせとか、そのほうがデートぽいし、と亮や睦月たちにはいまいち理解できない乙女感覚の和衣の言い分で、祐介とのお出掛けのときは、ずっとそうしている。
それなのに。
(信じらんない、俺…)
ちゃんと昨日のうちに服を選んで準備して、朝だってバッチリ起きて祐介のこと待ってるつもりだったのに!
「何、服選びながら2度寝?」
「……違う」
「違うの?」
「2度寝…………ではない」
だって昨日の夜から、ずっと寝てしまってるし。
2度寝どころか、起こされるまで普通に爆睡だし。
(この前の祐介とのデート思い出して、幸せだーってなってるうちに、そのまま寝て、気が付いたら朝…………って、俺のバカ!)
激しい自己嫌悪に陥りながら、和衣はショックのあまり、頭を抱えたまま固まっている。
「え、昨日の夜から、このまんまで寝たての?」
コクリ。
もう今さら何の言い訳も出来なくて、和衣は素直に頷いた。
「よく風邪引かなかったな。熱とか、ない?」
服をよけてベッドに座った祐介が、和衣を抱き締めながら、おでこをコツンと押し当ててきた。
「ッ…」
風邪は引いていないけれど、今すぐにでも熱が上がりそう…!
もう顔なんて何遍でも見ているし、キスもその先もしているくせに、今さらこんなことでとは思うけれど、ものすごく近い位置に祐介の顔があって、和衣は顔が熱くなるのを感じる。
「へーき…」
「出かけられそう?」
「…うん」
答えれば、祐介はホッとしたように笑った。
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01. 決まらない服 (4)
「んーそうだなぁ…」
考えながら服に手を伸ばそうとして、和衣はふと気が付いた。
(そういえば俺、結局、服決めてなかった!!)
――――ガーン…。
結局、寝坊はするわ、服は選べてないわで、まったく本当にダメダメな自分に、浮上しかけていた和衣のテンションも、すっかり落ち込みモードに戻ってしまった。
「どうしたの、和衣」
「結局、服、決まんなかった…」
「えぇ? これだけ広げて?」
「うぅ…だって。何着てこうか、超迷ったんだもん」
さすがにこれには祐介も驚いたらしく、ポカンと口を開けていて、和衣はさらに居た堪れなくなる。
絶対に、とっても面倒くさい子だって思われたに違いない。
「ま…服選びもそうだけど…」
「ぅ?」
「その前に、この大量の服、片付けないとまずいんじゃない?」
「…………、あ」
服が決まらないと慌てるよりも、この散らかし放題にした大量の服をどうするかで悩むほうが先だと思う。
祐介のもっともな指摘に、和衣はピシッと固まった。
「俺らが出かけてる間に部屋の人帰ってきたら、絶対ビビると思うんだけど…」
「…うん、だよね」
だいたい、どの部屋の収納スペースは同じで、殆どあるとは言い難いのに、和衣は一体どうやってこれだけの服をしまっているのだろうかと、当然の疑問が湧く。
和衣に聞けば、うーん、何かがんばって? と、よく分からない返事をされた。
「全部畳んでいいの? ハンガー?」
「えっ、いいよ祐介、そんなことしなくて! 俺がするし」
「でも2人でやったほうが早いじゃん」
勝手に散らかして、勝手にそのままで寝てしまった和衣が悪いのだから、祐介にそこまでさせるつもりはなかったのに、祐介は当たり前のように服を片付け始めた。
「あぅ…あのね、祐介、適当でいいから! グチャグチャーて丸めて、そこ入れていいから!」
「でもそれじゃ、全部入んなくね?」
「…ぅ、」
丁寧に服を畳んでいく祐介に申し訳なくて、アタフタしながらそう言えば、当然のことを切り返された。
確かにきちんと畳んでしまわないと、この小さいクロゼットには入り切らない。それは和衣自身、身を以って経験しているから、言われるまでもなく知っている。
「早く片付けて、早く出かけよう?」
「…ん」
あわあわするばかりで少しも手を動かしていなかった和衣は、あっ! と服を手に取った。
(祐介のほうが畳み方、キレイ…)
自分の服で、自分なりには精いっぱいの丁寧さで畳んでいるつもりなのに、どう見ても祐介のほうが丁寧でキレイだ。
俺って不器用…? と和衣はいらないところで、またちょっと落ち込んでしまった。
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01. 決まらない服 (5)
「…………」
「和衣?」
「祐介、俺、ダメな子でゴメン…」
何かもうホントに情けなくて、申し訳なくて謝ったら、少しの沈黙の後、祐介が思いっ切り吹き出した。
何で? 全然笑うとこじゃないのに…。
「祐介? うー…んむ」
ちょっと拗ねて唇を突き出せば、片手で頬を挟まれて、顔を覗き込まれる。
「んーぁ、にゃに?」
「和衣、あんまかわいいこと言わないで」
「ふぇ?」
困ったような顔になる祐介に、何? と首を傾げれば、祐介は苦笑いする。
「ゆーすけ?」
「…まだ朝なのに、襲いたくなっちゃうから」
「………………、ッッッ…!!!」
コソッと耳元で囁かれた言葉を理解するのに数秒、した途端、和衣は顔が熱いどころではない、耳まで真っ赤にさせた。
普段、祐介はこの手の冗談は言わない。和衣が恥ずかしがるし、祐介のキャラでもない。
けれど祐介だって、健全な肉体に不健全な精神を宿した男の子だから、かわいい恋人と一緒にいて、そういう気持ちになることなら、いくらでもあるのだ。
「冗談だよ、早く片付けよ?」
顔を赤くしたまま固まっている和衣の頭を撫でると、祐介は畳み掛けの服を手に取った。
「…」
まだ余韻でホワホワしている和衣は、いつの間にか手にしていたシャツを、クシャクシャに握り締めていることに気が付いた。
(はわわ…)
両手で自分の頬をパンパンと叩いて、和衣は気を落ち着かせようとする。
「何してんの?」
「うぇっ!?」
何枚か畳んだ服を重ねた祐介が振り返り、和衣の挙動を見て、不思議そうな顔をした。
(何してんの、じゃなくて!)
和衣1人をこんなにドキドキさせておいて、その張本人である祐介に、そんなこと、言われたくない。
それこそ中学生じゃあるまいし、こんなことでいちいちドキドキしている和衣も和衣だけれど。
「和衣? どこ行くか決まった?」
「……」
「和衣? うわっ!」
さっき、からかいすぎたかな? と少し心配になった祐介に、ガバッと和衣が抱き付いてきた。
勢いで祐介は後ろに引っ繰り返り、いやベッドの上だったので痛くも何ともないが、これではまるで和衣が祐介を押し倒しているみたいだ。
「え、ちょっ和衣?」
「…どこも行かない」
「え?」
「今日はずーっとここで、祐介とイチャイチャしてるの」
祐介の上で不敵に笑う和衣に、今度は祐介が顔を赤くする番だった。
*end*
出かけないまま終わった…。お家デートだから(てことにした)。
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02. うん、可愛いよ (1)
かわいい外見に似合わずワイルドな性格をしているのはともかく、女の子に間違われるのは大嫌い、かわいいは褒め言葉じゃないと断言しながら、どうしていつも、こうかわいい洋服ばかり買いたがるのだろう…。
「亮ー、これど~ぉ?」
久々の買い物デート。
特に欲しいものがあるというわけでもなく、2人でブラブラと歩いては、よさそうな店に立ち寄っていたのだが、そのうちの1軒で、睦月はお気に入りの一着を見つけたのか、すぐにそれを手に取って鏡の前に向かった。
「亮ー?」
服を自分の前に宛がいながら、睦月が振り返る。
亮は言葉に詰まった。
確かに服は睦月の好きそうな雰囲気だし、似合っている。それは間違いない。しかし、それを形容する言葉が、『かわいい』しか思い浮かばないのだ。
ボキャブラリーが少ないだの、日本語できないだの、罵られても構わない。だって本当にかわいいとしか言いようがないのだから。
「亮ー? ねぇ、亮ー、ねぇーてば!」
「ぁい!?」
「これ、どう? 変? 変じゃない?」
「あ…あー……いいんじゃない?」
答えてから、この返答は不合格だな、と亮はすぐに悟った。
まず答え方が微妙だった。変な間があった。これじゃあ、思ってもいないことを言ったみたいに聞こえる。現に、睦月の表情は訝しげなものに変わってしまった。
「…亮、ホントのこと言え」
「ぐぇっ」
睦月はむくれたように唇を突き出しながら、片手で亮の胸元を掴み上げた。
デートに来ている恋人にするにはあまりの仕打ちだが、睦月が本気でないこと分かっているので、亮はそんな睦月を宥めつつ、胸元の手を解いた。
「ちが…ホントにいい、て思ってるって」
「そう? じゃあ買っちゃおっかな」
何だかんだ言っても、自分でも気に入っているらしく、睦月はもう1度鏡の前に立って確認してから、結局購入することに決めた。
「お客様、試着はされますか?」
「んー…一応してみよっかな」
買ってサイズが合わないのもヤダし…と、睦月は、店員に勧められるまま、フィッティングルームに向かった。
睦月は小柄で華奢だから、試着せずに買った服がキツくて入らない、なんてことはないだろうが、逆に大き過ぎて妙かも…という心配ならある。
亮は待っている間、自分の服を見ようともせず、フィッティングルームの前で、睦月が出てくるのを待っている。
友人たちとの買い物とは違う、この感覚がデートぽくて、何かいい。
「むっちゃ……っと、睦月、着替えた?」
何となく弾んだ気持ちのまま、"むっちゃん"と呼ぼうとして、そばに店員がいることを思い出した亮は、慌てて言い直す。
そっとそばにいた若い男性店員を窺ったが、特に気付いてはいないようで、ちょっとホッとした。
「お客様、いかがですか?」
「んー、ちょっと待ってー。…よし、オッケ!」
カーテンを開けて、睦月が登場する。
ふんわりとしたシルエットの、ドルマンスリーブのロングカーディガン。サイズはぴったりだし、店員もお世辞でなく褒めてくれるから、睦月は非常に満足げだ。
うん、やはり睦月に似合っているし、とってもかわいい。
ただこの服、レディースじゃないかなー…と、亮は思わずにいられない。
この店員さん、もしかして睦月のこと、女の子と間違えてる?
今の時代、スカートを穿く男子もいるそうだから、このくらいはまだまだメンズファッションと言っても、差し支えはないのだろうか。
「亮、どぉ?」
「、ッ、…う、んっ、すごいいい…」
あどけない表情で尋ねられ、人前だというのに、亮は思い切り心拍数を上げてしまい、ドキドキしているのがばれるのも恥ずかしいので、亮はそそくさと目を逸らした。
だから、睦月が無表情になってフィッティングルームに戻ったことに、亮は気が付かなかった。
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02. うん、可愛いよ (2)
店を出て以来、ずっと無口だし、亮の話も聞こえているだろうに、あまり相槌も打たない。
「睦月? どうしたの?」
「…何が?」
「お腹空いた?」
「空いてないし」
お腹が空いてご機嫌斜めなのかと思いきや、そうではないらしい。
さすがにそこまで単純ではなかったか。
「じゃあ、どうしたの?」
「だから何が?」
「だって睦月、超機嫌悪ぃじゃん」
「悪いよ? だから? 悪い?」
「え、いや…」
そんなにはっきり切り返されると、二の句が継げなくなってしまう。
ついさっきまでは、間違いなく睦月は上機嫌だったのだ。
ブラブラと2人並んで歩いているときも、店に入ったときも、お気に入りの服を見つけたときも、それを試着してフィッティングルームから出てきたときも。
ずっとずっとずーっと、睦月はご機嫌だったのに。
「睦月?」
「…やっぱさっきの店戻って、この服返してくる」
「はぁ!?」
さすがに睦月のこの言葉には、亮も声を大きくした。
一体全体、何がここまで睦月の臍を曲げさせてしまったのだろうか。
「なっ…、…………何で?」
勢いのままに質問攻めにしそうになって、亮は大きく深呼吸してから、なるべく普通に尋ねた。
店員さんに服を褒められたときはご機嫌で、そこから先に何かあったとすれば、亮が何かしたということだろう……身に覚えはまったくないが。
「ちょっ、睦月!」
くるりと踵を返した睦月は、本気で先ほどの店まで戻るつもりのようで、亮は慌てて睦月を引き留めた。
「睦月、何で? どうしたの? それ、気に入ったんじゃないの?」
「関係ないもん」
睦月はブンッと亮の腕を振り払った。
こんなところで痴話ゲンカを繰り広げるなんて恥ずかしいマネも出来なくて、亮は、今来た道をズンズンと戻る睦月の隣を並んで歩くしかない。
「睦月、」
「別にいいじゃん、亮には関係なくね?」
「何で! だってその服、気に入ったんだろ? 睦月に似合ってたし、」
「嘘つき」
「えっ」
ピタリと足を止めた睦月は、亮のほうを向いてはっきりとそう言った。
その言葉に驚いて、亮も立ち止まる。
「は? な…何で? 何でそう思うの??」
何でいきなり嘘つき呼ばわり?
そりゃ人間ですから、生まれて此の方、嘘一つついたことがない、なんてことはないけれど、少なくとも今日朝起きてからは嘘なんてついた覚えはないし、そんな頭ごなしに嘘つき呼ばわりされる謂れはない。
「ちょっ、睦月っ」
「…何?」
いきなり嘘つきとか言われて、亮もちょっと怒りたい気分だったが、睦月が低い声で聞き返してきたから、その勢いもそがれてしまう。
想像以上に睦月はご立腹のようだ。
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02. うん、可愛いよ (3)
「…」
ギロリと睨む目付きが、本気で怖い。
目力があるからこその怖さ。
けれど亮は怯まず、事の真相を問い質す。
「睦月、何で俺が嘘つきなの?」
「…嘘つくから」
「ついてないし」
「……、…そんな、似合うとか、取って付けたように言わなくていいから。変なら変て、さっきお店で言ってくれたらよかったのに」
「………………ふえぇ…??」
何と間の抜けた受け答えだろう。
けれど亮は、それだけ返すのが、本当に精いっぱいだったのだ。
え、変なら?
似合うとか?
え? え?
「……だって、」
よっぽど亮が間抜けな顔をしていたのだろう、睦月はようやく怒りのオーラを静め、口を開いた。
「だって俺がこの服選んだときから、ずっと微妙な顔してたじゃん、亮」
「え、してねぇよ」
「してた! それに『どう?』て聞いても、何か反応いまいちだったし。似合ってるとか、俺が無理やり言わせたようなもんだし、返事も超適当な感じだったし」
「あ、」
最後の、"返事が適当"の部分は、多少思い当たる節があって、亮は気まずく視線を逸らす。
別に適当に返事をしたわけではなくて、睦月がかわいくて思わず言葉を詰まらせたら、返事タイミングがおかしくなっただけだが。
「何だよ、亮のバカ!」
「ちょっ、ちが…!」
違う。
睦月が思っていることは、全部勘違いだ。
けれど、睦月がそう思うのも無理はない、そう思わせてしまったのは、全部亮の態度のせいだ。
「違う、睦月、待って。聞いて、俺の話」
「ちょっ…」
グイと睦月の腕を引いて、人の少ない通りに入り、そばの児童公園に入った。特に理由はなくて、誰も人がいないのが見えたからだ。
「睦月、聞いて、お願い。睦月がそんなふうに感じてたなら、マジ謝る、ゴメン。でもそうじゃない、似合わないとか思ってないし、嘘もついてない」
「…」
「睦月があの店でこの服見つけて、自分の前に当てて見せてくれたときから、超似合ってるって思ってたよ。…試着して出てきたときも」
「嘘ばっか。そんな反応じゃなかったもん。ずっと微妙な顔してたし、俺のほうも見てなかったくせに」
自分で言っていて切なくなってしまったのだろう、睦月は泣くのを堪えるような表情で、キュッと唇を噛んだ。
「違う、違うって、最初見たときから似合うって思ったし、超かわいいって思った。でも睦月、かわいいとか言われるの、嫌いでしょ?」
「…、」
「けど正直かわいいって思っちゃったし、そしたら何つっていいか分かんなくなって、試着のときも何かドキドキしちゃって、恥ずかしくなって……いや、だから…」
言いながら、何のろ気てんだ? と思って、亮は尻すぼみにモゴモゴと口を閉ざした。
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02. うん、可愛いよ (4)
「思うわけないし」
「…そう」
思っていたことを全部白状したというのに、睦月は少しも元気を取り戻さない。
まだ亮の言葉を信じ切れないのだろうか。
「睦月?」
「…何か俺、バカみたい」
「ん? 何で?」
「1人で勝手に凹んで、怒って……バカじゃん」
こういうのは乙女まっしぐらの和衣だけで十分だと思っていたのに、うっかり自分もそんな思考に陥っていたなんて。
何だか恥ずかしいし、気まずいし、すごく居た堪れない気分になって、睦月は地面に視線を落すと、頭上からは、ふわりと笑う雰囲気。
「バカじゃないよ。恋ってそういうもんでしょ?」
好きな人の表情だとか仕草だとか行動に一喜一憂して。
相手の反応が気になって。
そんなの全部、相手を好きだって気持ちから来るから。
「だから、バカじゃないって」
クシャリと髪を掻き混ぜられ、睦月が顔を上げれば、優しく笑う亮がそこにはいた。
「まぁ、相当のバカップルだとは思うけど」
服が似合うとか似合わないとか、そんなことで痴話ゲンカして、こんなところで仲直りして、本当にバカップルとしか言いようがない。
「亮ー、怒ってゴメンね」
「服、返しに行く?」
「…行かない」
睦月自身、この服をとっても気に入っていたから、勢いで返しに行くとか言ったけれど、本当に返す気はなくて、こうやって否定できてちょっとホッとした。
「そっか、よかった」
「よかった? 何が?」
どうして亮がそんなにホッとするの?
自分のせいで、睦月が服を返しに行くなんて言い出したから、罪悪感を覚えてた?
「亮?」
「あー…いや、だって、それ返しちゃったら、着ないわけだろ? だからー」
柄でもないことばっかり言って、何だかずっと恥ずかしい。
ていうか、人がいないとは言え、ここ外なのに。
「睦月に似合ってたから、着てほしいな、て…」
「…うん」
「すごいかわいかったし」
「だから、かわいい、てっ…」
かわいいなんて言うな、て、いつもみたくかわいくない言葉が口から飛び出そうになって、睦月は慌てて口を噤んだ。
亮の言う『かわいい』が、悪気を含んでいないことが分かるから。
睦月をからかうつもりなんか少しもなくて。
だから。
「…亮、かわい?」
「うん、かわいいよ」
*end*
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03. プラチナ・リング (1)
「ダメッ、むっちゃん、ダメェ~~~~!!!」
もう十二分に、嫌と言うほど分かっていたというのに、押し切られるがまま和衣のプレゼント選びに付き合ってやれば、案の定すんなりと決まることはなく、優柔不断な和衣が迷い始めてから早数時間。
睦月はとうとう痺れを切らし、根を上げた――――というよりは、ぶち切れた。
「なぁーんで俺が、ゆっちの誕生日プレゼントなんか選ばなきゃいけないのっ」
「だって俺1人じゃ選べないもんっ」
「俺がいたって、選べてないじゃん! 俺の存在、意味ないじゃん!」
「意味なくない、意味なくないー! むっちゃんがいないとダメなのぉ~。お願いっ、一緒に探して!」
本気で帰ろうとする睦月の腕を掴んで、和衣は必死に引き止める。
これまで何度も睦月をプレゼント選びに付き合わせては、呆れと疲れと怒りを買っていることは、和衣だってちゃんと自覚しているし、申し訳ないとも思っているのだが、1人で選べないものは選べないのだ。
「だって知らないもん、ゆっちが何欲しいかなんて。ゆっちになんかプレゼントしたことないし、する気もないし」
「えーむっちゃん、祐介にいっぱいお世話になってるのに、お礼する気ないの?」
「…………」
もちろん悪気のない言葉だとは分かっているが、和衣の言い方はちょっと引っ掛かる。
一向に決まらないプレゼント選びの疲れも相俟って、睦月はピクピクと口元を引き攣らせた。
「むっちゃん?」
「…じゃあ、俺もゆっちに何かプレゼントする」
「ぅ?」
そう言って睦月は、クルリと回れ右をして、今出てきたばかりの店にもう1度戻ろうとする。
「俺は1人でちゃーんと決められるから、カズちゃんも1人で選んでよね」
「えっ? えっ?」
「あ、真似したら絶交」
「えっ、ちょっ、むっちゃん、待って!」
何で? 何でそんなことになってるの?
和衣が祐介に上げるプレゼントを選んでいたはずなのに、いつの間にか睦月のほうが買うことになっているし、先に買われそうだし、何か絶交とか言われてるし。
「むっちゃんっ!」
「うわっ」
慌てた和衣が、力任せに睦月の腕を引っ張った。
グイッと腕を引かれた睦月は、予想外に強かった和衣の力に、ガクリと体ごと引っ張られる。
「イッター…腕抜けるじゃん、もー」
「だって、むっちゃんがぁ…」
「俺が、何?」
「何でむっちゃんが祐介に誕生日プレゼントすんの…?」
いらない嫉妬と、子どもじみた猜疑心。
疑うつもりなんかないけれど、睦月が祐介にプレゼントを上げるなんて、何かおもしろくないし、ヤダ…。
「だってカズちゃんが、ゆっちにプレゼントする気ないの? て言ったんじゃん」
「うっ…」
確かにそう言った。
言ったけれど。
「なーにそんな顔してんの!」
「イダッ」
完全に拗ね拗ねの顔で、アヒルみたいに口を突き出している和衣のおでこに、睦月はにんまり笑顔でデコピンをした。
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03. プラチナ・リング (2)
両手でおでこを庇いつつ、和衣は恨めしげな視線を睦月に向ける。
何でそんなに嬉しげ?
やっぱり祐介にプレゼントすんの?
なかなかプレゼントを決められない和衣を放って、睦月は自分で選んだプレゼントを祐介に上げちゃうの??
「俺がゆっちにプレゼントなんかするわけないじゃんっ♪」
「え? え?」
引っ掛かったー、て笑い転げている睦月を見て、和衣はようやく、睦月にからかわれたのだということに気が付いた。
「むっちゃん、ひどいー。俺、本気で焦ったのに~!」
「でも、ゆっちにお礼する気ないの? て言ったの、カズちゃんだからね?」
「うぅ…」
そう言われると、返す言葉はない。
思ったことをつい口にしてしまうのは、和衣の悪い癖だ。
「ゴメンね、むっちゃん…」
「別にいいけど。てか、プレゼント探し、これ以上付き合わせる気なら、ちょっと休憩。マジで足痛い」
もうかれこれ数時間は立ちっ放しの、歩きっ放しなのだ。
本当に疲れたし、このままでは集中力も持たない。
「じゃあさ、どっかでお茶しよ? むっちゃん、どこがいい? お詫びに俺、奢る」
「最初っから、そのつもりだし」
奢ってもらって当然とばかりの態度を取っても、和衣はまるで気にすることなく、どこにするー? なんてのん気に言っている。
亮を含め、普段よく一緒にいる友人たちは、睦月の世間知らずさを心配するけれど、睦月にしたら、あまりにも素直すぎる和衣のほうを心配してあげたほうがいいのでは…? と、ときどき思ってしまう。
和衣が、睦月のことをとても心配して、いろいろ気に掛けてくれているのは分かっているけれど、それ以上に、睦月は危なっかしい和衣の面倒を見ている気がする。
全然そんなことないのに、なぜか和衣の前ではお兄ちゃんキャラになってしまうのだ。
「じゃーさー、Spica(スピカ)にしない? ここまで来たし」
「いいよ」
Spicaは、和衣たちがバイトをしているコンビニの隣にあるカフェレストランである。
そこで働く調理担当の相楽譲(さがらゆずる)とフロア係の水崎朋文(みずさきともふみ)は、和衣と睦月の友人で、睦月が初めて和衣の前で過呼吸を起して倒れたときに助けてくれたのも、この2人だ。
今日はバイト休みだけれど、Spicaはここから近いし、いくら和衣が乙女思考とはいえ、女の子みたく流行りのカフェをいろいろ知っているわけでもなく、睦月にしてもそれは同様なので、行くところは自然と決まって来る。
「いらっしゃいませー」
オープンテラスのあるような今どきの洒落たカフェとはまた違う、レトロな雰囲気のこじんまりとしたカフェレストランであるSpicaのドアを開ければ、笑顔の朋文が2人を出迎えてくれた。
元々Spicaは、朋文のおじいさんが開業したカフェバーだったが、年齢を重ねた今、現役を引退してしまったため、朋文がその後を継いだ。
しかし残念ながら、朋文にはカフェのメニューを出すだけの腕前がなかったので(決して不器用というわけでも、料理が出来ないというわけでもないのだが、譲いわくセンスの問題で)、実質上のオーナーでありながら、フロア係という立場だ。
本人も、俺、接客好きなんだよねぇ~、とのん気に構えていて、あまり気にする様子はない。
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03. プラチナ・リング (3)
「うん、そう」
「違う!」
ニコニコと水を運んで来た朋文のつまらない冗談に、睦月は当たり前のように返事をし、和衣がすぐさまそれを否定した。
バイト先のコンビニがSpicaの隣にあることもあって、睦月と和衣がバイト帰りにSpicaに立ち寄ることも多いから、自然と朋文や譲も2人のバイトの日を覚えてしまっている。
「えー、一緒に出掛けてー、買い物してー、途中でお茶してー。これってデートじゃないの~?」
「違うもんっ、むっちゃんとはデートじゃないもん」
今日1日の行動を並べ立てて言う睦月に、和衣はますます頬を膨らませる。
もちろん睦月だって、今日2人で出掛けたことをデートだなんて思ってはいないが、和衣があんまりムキになるものだから、ついからかいたくなってしまうのだ。
「違うのにー…。そんなに意地悪言うなら、ここ奢ってやんないもん」
「…………。いいもん。そしたらもう、カズちゃんのプレゼント選び、付き合ってやんないから」
「うぐっ…。それはダメ!」
それを引き合いに出されたら、和衣に勝ち目はない。睦月は勝ち誇ったように、メニューを広げた。
朋文は相変わらずな2人に笑いながら、オーダーが決まったら呼んでね、とカウンターに戻った。
「…カズちゃん、何にするか決まった?」
「んー…ちょっと待って」
「決まった~?」
「待ってってばー」
カフェでメニュー1つなかなか決められない和衣だ。恋人に上げるプレゼントなんか、そう簡単に決められないはずだと、睦月は溜め息をついて朋文を呼んだ。
「ちょっ、むっちゃん、待ってよ」
「時間もったいない。カズちゃん、今日のメインはプレゼント探すことでしょ。ここで何食うか迷ってる場合じゃないじゃん!」
「うー…、じゃあさ、豆乳チャイとストロベリーバニラティー、どっちがいい?」
「…カズちゃんの飲みたいほう頼みなよ」
「どっちも捨て難いんだもん」
「じゃあ、両方頼んだら?」
「そんなに飲めるわけないじゃん! あ、朋文ちょっと待って」
まだ決まっていないのに、さっさと睦月が朋文を呼んでしまうから、和衣は慌てる。
「俺、ラ・フランスソーダとたまごチャーハン」
「え、むっちゃん、ごはん食べるの?」
「だってお腹空いたんだもん。俺のことはいいから、カズちゃん、自分の決めて」
「あ、あ、じゃあ豆乳チャイと……フルーツシフォンケーキ!」
何だかんだ言って、結局最後は勢いだけで決めてしまった和衣に苦笑しながら、朋文はオーダーを譲に伝えた。
朋文がカウンターへと戻って、再び祐介の誕生日プレゼントの話題へと戻る。
「カズちゃん、前、指輪貰ったとか言ってたじゃん。そーゆーの、上げれば?」
「でも祐介って、あんまアクセ着けないじゃん」
「着けないね。でもカズちゃんが上げたヤツなら、着けるかもよ? それよくない? 他のは着けないけど、カズちゃんが上げたヤツなら着けるって」
「…………」
「カズちゃん?」
「ッ、いいっ! それ、超いいっ!」
キャー! と、まるで周囲にいっぱいのお花を飛ばすかのような声を上げる和衣に、睦月は慌てて「声デカイ!」と和衣の頭を叩く。
そんなに大きな店ではないが、他にも席はあり、今日だって客は和衣と睦月だけではないのだ。現に、奥のテーブルでお茶をしていた女性の2人組が、和衣たちに好奇な視線を向けている。
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03. プラチナ・リング (4)
「だってそれ、超いいと思う! むっちゃん、ナイス!」
「でしょー? だからここ出たら、すぐ決めようね」
興奮して声が大きくなる和衣を宥め賺すよう、睦月は先ほど叩いた頭を撫でてやる。
睦月的には、和衣が祐介に何をプレゼントしようと、そんなことはどうだっていいのだが、何を提案しても和衣が納得しないことには始まらないし、いつまで経っても決まらないのだ。
これで少しでも和衣の迷いが晴れてくれれば、何よりだ。
「お待たせしました」
キャッキャしている和衣に、思わず笑みを零しながら、朋文がオーダーされていた品を持ってやって来た。
元々朋文は、いつでも笑っていると印象を持たれるくらい、ニコニコしている男だけれど、和衣たちが来て、そのやり取りを見ていると、本当に微笑まずにはいられなくなる。
「あれ…このプリンは?」
たまごチャーハンの隣に置かれた焼きプリンに、スプーンをガジガジしていた睦月が、頼んだっけ? と不思議そうに朋文を見た。
「譲からだよ」
向こうの女の子たちに聞こえちゃう、と立てた人差し指を口元に当てた朋文が、こっそりと教えてくれる。
譲? とカウンターに目をやれば、いかつい坊主頭が、ニッカリと笑いながらブイサインを送っていた。
「えへへ」
どうやら、いつもご贔屓にしてくれる2人へ、譲からのサービスらしい。
2人も譲にブイサインを送り返した。
「ごゆっくり」
朋文が静かに席を離れた。
「でもさぁ、モグモグ、カズちゃん、ゆっちの指輪の、むぐ…サイズとか、知ってんの?」
「むっちゃん、食べながら喋んないでよ」
「…ん。指輪、サイズ分かんないと、ダメなんじゃないの?」
「えへへ、実は知ってるの。寝てるときにね、こっそり測っちゃった」
祐介の指に細長く切った紙を巻き付け、後でその長さを測れば、指輪のサイズは簡単に判明する。
和衣は心臓をバクバク言わせながらも、実はこっそりサイズを測っていたのだ。
「何だ。じゃあカズちゃん、ゆっちに指輪上げるつもりでいたんじゃん。だったら、そんなに迷わないでよー」
「違うの、違うの! サイズ測ったのは、ずっと前なの。あのね、あの…最初のクリスマスのとき、祐介から指輪、プレゼントされたでしょ? そんとき超嬉しくて、テンション上がりまくってて、祐介にもリング上げたい、て思って測ったの! でもその後さー、そういえば祐介ってあんまアクセしないかも…て気付いて、そのままにしてて」
「ふぅん」
「でもやっぱ買う! どんな感じのがいいかなー。ホントに着けてくれるかなー?」
「着けるでしょ、カズちゃんがくれたヤツなら。言っとくけど、俺、ゆっちのアクセの好みまでは知らないからね」
元々祐介は、そんなにアクセサリーを身に着けない男なのだ。
いくら和衣に頼りにされたところで、分からないものは分からない。
「でもむっちゃん、一緒に探してね? ねっ?」
「分かった分かった。分かったから、口のとこにクリーム付けてないで、早く食べなよ」
「うん」
やっとプレゼント探しの道筋が付いて、和衣は安心したようにケーキを頬張った。
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03. プラチナ・リング (5)
「…あのさ、いっつも言うけど、カズちゃん、嬉しいのは分かるけど、気持ち悪いから」
「だって、だって~」
誕生日プレゼントにリングをプレゼントするなんて、何か超恋人っぽい~、と和衣は浮かれ調子で言ってくるが、2人は本当に恋人同士で、何も"恋人っぽい"と浮かれることはないだろうに。
「だって嬉しいんだもん」
「あっそ。てか、そういうのは、ちゃんとプレゼント買い終わってから言ってよね」
「うんうん」
「俺の話、全然聞いてないでしょ」
これなら睦月を頼らず、1人でプレゼントを探せそうな気がしないでもないが、Spicaでご馳走になった手前、帰るにも帰れない。
大体、睦月の趣味は、祐介とは全然違うのだ。
祐介に上げる指輪を選ぶのに、睦月の意見が参考になるとも思えないのだが。
「いいの! むっちゃんと一緒に選びたいの! むっちゃんが亮のプレゼント選ぶとき、一緒に探してあげるから~」
「別にいいよ、自分で探すから」
「遠慮しなくていいのにー」
「してないよ」
和衣と一緒に探していたら、決まるものも決まらなくなりそう……とはさすがに言えなかったが、睦月は丁重にお断りした。
「せっかくだからさー、カズちゃんがよく着けてるのに、似てるのにしたら? 何かお揃いっぽくていいじゃん」
「そうかな?」
「だって前、ペアリングだと恥ずかしいとか、図々しいとか、何かそんなこと言ってなかった? だったら、似てるのとかはどう?」
「そうだよね…、それもいいかも…!」
さりげなくお揃いとか。
そんなの祐介が着けてくれたら、最高に嬉しいかも…!
だったら前に祐介が和衣にプレゼントしてくれた店がいい。
和衣が買おうかどうしようか(そのときは、ほんのちょっとだけ)迷って結局買わなかった指輪を、祐介が覚えていて、クリスマスに和衣にプレゼントしてくれたのだ。
そんな思い出のリングとお揃いとか……考えただけでも、和衣は顔がにやけるのを止められない。
「……つーか、ゆっちがそんなことしたの?」
「うん、カッコイイでしょ」
「何か生意気」
「何でっ!」
確かに、子どものころからよーく知っている幼馴染みの睦月にしたら、祐介のくせに、と思ってしまう気持ちも、和衣には何となく分かる。
同じことを亮が睦月にしていたら、和衣だって、亮のくせにカッコつけちゃって、とか思うに決まっている。
「…カズちゃんが今してるヤツが、ゆっちがくれたヤツなの?」
「そうだよ」
「ふぅん」
「……、むっちゃんも、リングとか……欲しい?」
「え、カズちゃん、買ってくれんの?」
「俺が買ってどうすんの!」
そうじゃなくて、亮に買ってもらいたいとか、思わないのかな。
俺って、もしかして、すごーくわがまましちゃってるのかな。
「カズちゃん、何しんみりした顔してんの? いいじゃん、ゆっちが買ってくれんだから。素直に貢がせときなよ」
「あのね」
余計なことを考えて、1人で凹んでしまう和衣の性格を知っていて、睦月はさりげなく慰めてくれるけれど、それにしたって、貢がせるとか…。
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03. プラチナ・リング (6)
「あ、うん」
2人して頭を寄せ合い、ショーケースに並ぶ指輪を見つめる。
思わず、これいいかも~と、自分が欲しいものを選びそうになって、和衣は慌てて気を引き締める。今は祐介に上げるリング探しに集中しなければ。
「こちら、今人気のデザインですよ」
「あ、はいっ」
店員のお姉さんに声を掛けられ、和衣はビックリして顔を上げた。
薦められたのは、キレイめなデザインのシンプルな指輪だったが、それはどう見ても女物の指輪で。
きっと和衣たちが話しているのを聞き付けて、彼女への贈り物を探していると思い、声を掛けてくれたのだろう。
しかし贈りたい相手は恋人だが、女の子ではないので、出来れば男物の指輪をお勧めしてほしいのだが…。
「えっと、あの…これに似た感じのリングが欲しいんですけど…」
和衣は困ったように自分の右手を差し出して、店員のお姉さんに指輪を見せた。
「ペアリングでしょうか?」
「えっとー…そうじゃなくてもいいんですけど、あの、似た感じの…」
どうも歯切れの悪い和衣に、店員のお姉さんも少々困り顔だ。
きっとペアリングとして薦められるのは、女物の指輪に違いない。
かといって、男物で同じものを、と言えば、それはそれで、「は?」という顔をされると思う。悲しいけれど。
「えっと…」
「……、あの、俺の友だちで、このデザイン気に入った子がいて、でもこれじゃサイズが合わなくて上げらんないから、似た感じのヤツを探してるんです。だから女性向けのじゃなくて、男物の指輪が見たいんですけど」
「あ、はい、かしこまりました」
見かねた睦月がとっさに口から出任せを言えば、納得したのかしないのか、しかし和衣が伝えたかったことも分かったらしく、店員のお姉さんはいったん下がって、男物の指輪を用意してくれた。
「まったく同じものがよろしいですか? それでしたら、こちらになります」
「あー…えっと、どうしようかな」
「こちらが少しデザインの違うタイプになりますが」
あれこれと指輪を並べられ、ただでさえ迷いやすい和衣の頭の中は、もうすっかりグルグルしてしまっている。
隣の睦月はもちろんそれに気付いているけれど、店員のお姉さんがそこまで分かるはずもなく、営業センスをフルに発揮して、お勧め指輪を和衣に見せてくれる。
「ど…どうしよう、むっちゃん…」
「えー…まったく同じのじゃアレだから、ちょっと違うのにするんでしょ…? 似てるのにしたら?」
「だよね? だよね? で、どれがいいと思う…?」
「そこはカズちゃんが決めなよ…」
お姉さんに聞こえないように、コソコソとやり取りをしながら、睦月もいくつか指輪を手に取ってみる。
アドバイスをしてあげられるほど祐介の趣味や好みは知らないが、あまり派手なものは好まないだろう。後は、普段の格好に合うものを選べば、それでいいような気がする。
「うー…これにしようかな。ね、むっちゃん、どう思う?」
「カズちゃんがいいと思ったヤツがいいんじゃない? だって俺が選んだヤツゆっちがしてたら、カズちゃん、またヤキモチ妬くでしょ?」
「う…」
確かに…。
そんな自分の姿が容易く想像できて、和衣は再び指輪に向き直った。
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03. プラチナ・リング (7)
そうするには若干、店員のお姉さんの視線が痛いけれど。
彼女の一体どんな気持ちで、和衣たちを見ているのだろう。
デザインを気に入ってくれている友だちがいるなら同じものを買えばいいのに、とか、まったく同じものを買ったらお揃いになるから、わざと違うものを選んでるのかしら、とか、きっといろいろ推測しているのかもしれない。
睦月もそんなに人の目を気にするほうではないが、しばらくして和衣が「これにする」と決めてくれたときは、和衣には悪いが少々ホッとした。
「これ、むっちゃんに似合いそう」
勇気を出してラッピングをお願いし、店員のお姉さんが側から離れると、和衣はショーケースの中の1つを指差した。
「そう? リングの似合う、似合わない、て何?」
「普段着てる服とか、格好とかに合いそうじゃん? あ、でも亮のほうがセンスいいから、違うの選ぶかもね」
「え、亮に買ってもらうってこと?」
「誕生日プレゼントとか。貢がせちゃえば~?」
「バカ」
先ほどの言葉をまねされて、睦月はちょっとばつが悪くて、和衣の脇を小突いた。
「カズちゃん、お揃いのリング、嬉し?」
「うん」
真正面に尋ねられ、けれど和衣ははにかみながらも素直に返事をする。
祐介がどんな気持ちで受け取ってくれるかは分からないけれど、着けてくれたら嬉しいな。毎日なんて言わないから、2人で会うときだけでも。
「お待たせしました」
店員のお姉さんが、ラッピングした指輪を丁寧に紙袋に納めて、和衣に差し出してくれた。
自分で自分の分を買うときは、もちろんこんなラッピングなんてしてもらったことはないから、本当にとっても特別な感じがして、自然と頬が緩む。
「ありがとうございましたー」
丁寧に頭を下げられ、和衣立ちは店を出た。
「むっちゃん、今日はありがとう」
「何急に」
「え、付き合ってくれて」
「別にー。たまにはカズちゃんとデートすんのも、新鮮でよかったよ」
「もー、デートじゃないってば!」
プレゼント探しに付き合ってくれたのは大変ありがたかったけれど、それをデートて呼ぶのだけは認めたくなくて、和衣は頬を膨らます。
「またしようね、デート」
「違うってば!」
「じゃあもう、カズちゃんのプレゼント探し、付き合ってやんなーい」
「そんなのダメー!!」
ベーと舌を出して駆け出す睦月を捕まえて、和衣は背中からべったりと抱き付く。
睦月は、キュウキュウに抱き付いてくる和衣を宥めつつ、その指で光る指輪に目を遣った。
(お揃いとか……そんなの別に、俺の柄じゃないし)
でも、嬉しいのかな。
お揃いの、指輪。
そんなのよく、分かんないけど。
(…今度、言ってみよっかな)
小さな決意を秘めて、睦月は和衣の腕を離した。
「むっちゃんー?」
「何でもなーい。カズちゃん、またデートしよーね?」
「デートじゃない!」
*end*
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04. どっちが似合う? (1)
料理だって決してへたなわけでもない。手先だって、それなりに器用だし。
なのに。
「なーんで、そのセンスかなぁ…」
閉店後、後片づけも済んだカフェSpicaで、譲は大きな溜め息とともに、そうボヤいた。
祖父の経営していた小さなカフェバーを、規模はそのままながら、時々は雑誌で紹介してもらえるほどの流行りのカフェにまでした男のセンスとは思えない。
「小学生のお誕生日会かよ!」
譲は、単に突っ込むだけには飽き足りず、思い切り朋文の頭をど突いた。
「痛いなぁ…、譲、ひどいよぉ」
「ひどいのはお前のセンスだっつーの」
夏から秋へと移り変わる季節、このカフェSpicaでも、秋の新作メニューを出そうと譲が頭を捻っている中、それに併せて店内も秋らしい雰囲気にしようと言い出したのは、朋文だった。
そこまではよかった。
特別、名案と言うほどでもないが、悪いアイディアではない。
秋だし、在り来たりだけれどハロウィンかなぁ、カボチャを使ったメニューも考えたいなぁ、なんて思っていた譲は、その後に続いた朋文のセリフに、死ぬほど仰天する羽目になる。
何しろ朋文の提案というのが、『折り紙を細く切ってさ、リングにして繋げて飾るの。どう?』というものだったのだから。
さすがにこれにはど突かずにはいられない。
別にその飾り付け自体を否定はしないが、なぜあえてこのカフェで? 秋、関係なくね? てか、この年齢で、何でそんなの思い付いた!? と、様々な思いが譲の頭の中を駆け巡り、最初のボヤキと突っ込みに至ったのだ。
「つーか、今どき小学生だって、そんなの作んねぇだろ…」
「えー、でもウチのいとこの小学生、友だちの誕生日に、そういうの作ってたよ?」
「だったらお前、間違いなく思いっ切り小学生レベルじゃねぇかよ!」
「あ、そうだね」
「…………」
計算でなく、ここまで天然でボケられると、突っ込む気力も失せる。
譲はガジガジと坊主頭を掻いて、がっくりと項垂れた。
「もういいよ、お前に意見を求めた俺がバカだった…。やっぱ俺が考える」
「そんなぁ。譲にばっか色々やらせたら悪いと思って、俺も一生懸命考えてるのにぃ~…」
気持ちは有り難いが、はっきり言って、何もしないでくれるのが一番助かる。
そうは言っても、朋文はこのカフェの実質上のオーナーで、譲は雇われている身分だから、朋文に対して、あれこれ口答えの出来る立場ではない。
しかし朋文がこんなだから、やっぱり突っ込まずにはいられないことのほうが多いのだ。
「分かったよ。店内の装飾も、譲に任せる。でも何かあったら、言ってね。てか、俺にも手伝わせてね。1人で取り残されるの、寂しいから~…」
「分かった、分かったから! お前の店だろ、泣きそうになんなっ!」
泣き出しそうな顔で縋り付いてくるこの男に、本当にこの店を任せていいものなのかと、譲は一抹の不安を覚えながらも、秋の新作メニューと店内装飾のアイディアを考えるため、頭を捻ることになったのだった。
例の、カフェのお2人さんです。人類総ホ○化計画。
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04. どっちが似合う? (2)
酔っ払いが、そのままのテンションで来ていることが多いから、無駄に騒がしい。
くだらない商品を見ては、バカ笑いしているし。
どうせ買わないだろ? 買ったって、酔いが醒めたら捨てるだろ? みたいなものをいちいち手に取っては、突っ込んだり、爆笑したり。
うざいとしか言いようがないが、日中はカフェの仕事があるから、どうしてもこの時間でないと来ることが出来ないのだから、仕方がない。
譲は仕事のためだと自分に言い聞かせ、酔っ払いの笑い声を右から左へスルーさせているのだが、――――それにしたって。
「譲ー、これど~お~? あはは」
「おめぇはさっきから、ホンットうぜぇんだよっ!」
「イタッ」
譲が突っ込んだのは、酔っ払いではない。言わずもがな、朋文である。もちろん素面。
素面なのに、どうして酔っ払い以上にうざいのかと、譲は不思議でならない。
「だってせっかく一緒に来たんだから、一緒に選びたいじゃん」
「別に俺、1人で来てもよかったんだけど」
「えー、俺は譲と一緒に来たかったよ?」
締まりのなかった顔をキリッと引き締めて、朋文はとびきりの王子様スマイルでそう言った。
しかし、カフェに来る女の子のお客さんは一瞬で落ちてしまうその笑顔も、譲にはまったく通用することなく、 「あっそ」と冷たくあしらわれてしまう。
「ちょっ、譲、冷たすぎ!」
あっさり朋文をかわして、次の売場へ向かう譲を、朋文は慌てて追い掛けた。
「別にそんなに飾り立てなくたって、いいと思うんだよ、俺は。シンプルな感じで十分だろ?」
「うん。譲がそういうのがいいと思うなら、それでいいよ」
もとより朋文の意見を聞くつもりがないことは、ここに来る前から宣言されているし、朋文も譲のセンスに任せるつもりでいるから、素直にその意見に賛成する。
別に、譲に気を遣っているわけでもないし、朋文だってそこまで自分がないわけではないが、メニューのレシピにしろ、店内の装飾にしろ、今まで譲の意見どおりにやって、失敗したことがないのは事実だから。
小学生のお誕生日会レベルの自分のセンスよりは、ずっと信頼の置ける意見なことは間違いない。
「後はこの辺、買ってくか」
元々ハロウィンなんて日本伝来の行事ではないから、特別ディテールに拘るまでもない、カボチャのランタンだとか、そういう分かりやすいものでいいと思う。
仮装パーティーを開くわけでもないんだし、店内にちょっとそんな雰囲気が出ていればいいだろうから、余計なものは買わない。
譲はどちらかといえば、店内の装飾よりも、自分の作った料理で勝負したいのだ。
「ねぇねぇ譲、向こうも見てかない?」
「は? まだ何か買いてぇの?」
「そうじゃないけど、せっかくだから、見て回ろうよ」
普段、日中はカフェの仕事があって、2人で出掛けられる機会はそうない。
バイトの子も雇ってはいるが、その子たちだけに任せて、2人一緒に仕事を休むというわけにもいかないから、たとえ夜中、それこそセンスも雰囲気もないような雑貨の量販店だとしても、こうやって一緒にブラブラと見て回れるのが嬉しい。
「…別にいいけど」
照れ隠しに、譲はぶっきらぼうに返事をした。
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04. どっちが似合う? (3)
「いや、かわいいけど…」
たぶん日本で一番有名なくまさんが描かれたマグカップ。
確かにかわいい。
かわいいけれど、それを20代半ばの男子が手に取って、同年代の男子に向かって、かわいくない? と聞いてくる姿は、間違ってもかわいくはない。
「黄色と黄緑、どっちがいいかな?」
「え、朋文、それ買う気?」
単に商品を冷やかしているだけかと思ったら、真剣に選び始めるから、譲は慌てた。
「ねぇ、黄色と黄緑、どっちが似合うと思う?」
「えー…どっちも似合わなくね?」
そのカップを使ってコーヒーを飲む朋文の姿は、お世辞にもカッコいいとか、かわいいとは言い難いし、もちろん似合うわけもない。
安物のジャージですら、どこかのモデルのようにカッコよく着こなせそうなほどのスタイルと美貌を備えた朋文であっても、やっぱり絶対似合わない。
「じゃあ、青? ピンクはちょっとかわいすぎると思うんだよね」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ」
今さら、ピンクだからどうとかいう問題ではない。
というか、いつの間にそのカップは買うことになったんだ。
「お前が使うだけだろ? 店で出すわけじゃねぇんだし、お前の好きなのにすればいいじゃん」
もう付き合うのも面倒くさくなって、譲は適当に返事をする。
こんなことなら、さっさと会計を済ませてしまえばよかった。
「でもさぁ、譲だって使うでしょ? だから、譲の気に入ったヤツがいいと思ったんだけど」
「え、何で俺も使うことになってんの?」
とんでもないことを、サラリと何でもないように朋文が言うものだから、うっかり流しそうになったけれど、それは聞き捨てならない。
「え、使わないの? お揃いにしようよ~」
両手にそれぞれピンクと青のかわいらしいマグカップを持った朋文が、情けない顔で譲に詰め寄って来る。
身長180cmの男前の、この姿。
譲はその向こうに、ギョッとした顔で固まった女の子を見つけて、どうしようもないくらい途方に暮れてしまう。だって、バッチリ目も合った。
譲は口元を引き攣らせながら何とか笑顔を作ってごまかそうとしたけれど、女の子は隣りにいた彼氏のシャツをクイクイと引っ張って、耳元で何か囁きながら消えて行った。
「譲、どうしたの? ねぇ、どっちがいいか決まった?」
「~~~~~~ッッッッ、、、、、、」
あのカップルは朋文の背後にいて、死角になっていたから気付かなかったのだろうが、頼むから空気を読んでくれ。
というか、今俺がこれだけ項垂れている理由に気付いてくれ。
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04. どっちが似合う? (4)
さっきのカップルがまだ近くにいるかもしれないから大きな声も出せず(それがまた譲のイライラを増幅させるのだが)、譲は持っていた買い物カゴをわざと朋文にぶつけながら、その横を無理やり擦り抜け、大股でレジへと向かった。
「あ~あ、また怒らせちゃった」
残念そうな口振りでそう言いながらも、朋文の表情は、どちらかと言うと嬉しげだ。
それから、手にしたカップを棚に戻そうかどうしようか少しだけ迷った後、結局ピンクと青のカップを持って、譲を追い掛ける。
「ねぇ譲、待ってよ~、待ってってば~」
朋文がレジに辿り着いたときにはもう譲は会計を終えていて、財布にお釣りをしまおうとしていたのだが、朋文が本当にあのマグカップを買おうとしていることに気付き、ダッシュで逃げ出したくなった。
けれど朋文のことだ、逃げても平気で譲の名前を呼びながら追い掛けてくるだろう。
それに、今日はこれから別々のところへ帰るけれど、明日になればまたSpicaで会うのだ。逃げられるわけがない。
(明日じゃない、もう日にち変わってる――――)
まったくこれじゃあ、1日中一緒にいるみたいだ。
譲は、店から出たところで、足を止めた。
「譲、お待たせ~」
「…待ってねぇよ」
いや、待ってたけれど。
朋文が追い掛けてくるからとか、そんなの言い訳だ。
でも、悔しいから言わない。
「何怒ってんの~? あ、大丈夫。譲にちゃんとピンクのほう使わせてあげるからさぁ」
「ッッッ、、、ホンット、死ねよ、お前っ!」
譲が朋文のことを思い切りど突いたその瞬間、ちょうど店を出てきたさっきのカップルに鉢合わせして、譲は今度こそダッシュで逃げ出した。
同棲してるんじゃないか、てくらいの勢いで付き合ってるはずが、恋人未満みたくなってしまった…。まぁ、これから発展していくということで。
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05. アフタヌーン・ティー (1)
大学のカフェテリア。
向かいにはなぜか、1学年先輩の野上祐介。
周囲はざわついているのに、この席だけはシン…と静まり返っている。微妙過ぎるお茶会。
(ホントに、何でこんなことになっちゃったんだろ…)
最初、真大は1人で、恋人である翔真が来るのを待っていた。
そこに高校からの先輩である和衣が、祐介と睦月一緒にやって来たのだが、何か買いたいものがあるとかで和衣と睦月が席を立ってしまったものだから、この不思議で微妙な2人組が取り残されてしまったのである。
学年が違うとはいえ、和衣や翔真の友人である祐介とはそれなりに面識はある。それに真大は人見知りとかあまりしないほうだし、あえて祐介のことを避けていたこともないのだが、何となく今まで話したり遊んだりする機会のないまま過ごしてきた。
だから、彼と2人きりになることが、まさかこんなに気まずいとは、夢にも思わなかったのだ。
(気まずいて言うか……いや、別にいいんだけど…)
2人でいるからといって無理に会話をする必要もないし、現に祐介はずっと雑誌を見ていて、真大と話をする気もないようだから、何も真大だけが気にすることはないのだけれど。
(でもやっぱ…)
気にならないと言えば、それは嘘だ。
けれど今さら席を変えるのも妙だし、やっぱりこうしているしかないのか。
(…不思議な人)
2人きりになってから、会話らしい会話をしていない。
普通、ちょっとは気を遣って、話し掛けるとかしそうなものなのに。…いや別に、話したいわけじゃないけど。
うん、別に話したいわけじゃない。
だって話したければ、こちらから話し掛ければいいだけだし。
真大は勝手に結論付けて、自分自身を納得させ、暇潰しに携帯電話を開いた――――けれど、何だか集中できない。気にしないようにしているのに、何だか祐介が気になる。
自分の友人にいないタイプだからだろうか。
「ぅー………………あ、」
「…え?」
「あ…いや、何でもないです」
「??」
思わず漏れてしまった声に祐介が反応して顔を上げたので、真大は何でもないふうにごまかした。
(…指輪)
ふと、祐介の右手で光る指輪に目が止まったのだ。
20歳の大学生が着けるに相応しくないような、そんなデザインではない。シンプルながら、センスもあるし。
ただ勝手に、祐介が指輪とかを着けるようなタイプだとも思っていなかったので、ちょっと意外だった。
真大は携帯電話を弄るふりをしながら、祐介の手元を観察する。
男にしては細い指。キレイな手だと思う。
そこに嵌る指輪を、真大はどこかで見たことがあるような気がした。
(最近チェックしたリングじゃないし…………翔真くんが似たようなの、持ってたっけ?)
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05. アフタヌーン・ティー (2)
でも誰だったか、思い出せない。
(蒼ちゃん? 郁? んー…)
思い出せそうで思い出せない、嫌な感覚。
真大は必死に記憶を辿る。
別に祐介が着けている指輪のことを、そこまで突き詰める必要なんてないのに、時間を持て余しているせいだろうか、やけにそのことばかり考えてしまう。
テレビで誰か芸能人でも着けていたのだろうか。
しかし、センスのいい指輪ではあるけれど、真大の趣味ではないから、ここまで覚えているとも思えないのだが。
(うーん…)
真大はグビリと冷め掛けたミルクティーを飲んだ。
(んあ゛ー……思い出せないっ!)
悔しいけど、ダメだ~っ! て、真大は思い切りテーブルに突っ伏した。
もちろん、真大の内心なんか知る由もない祐介は、突然の真大の行動にギョッとして視線を向けたが、テーブルに伏している真大はそれに気付かない。
思い出せないから諦めよう、て思うのに、目をギュッと瞑っても、目に焼き付いたかのように、頭の中に祐介の指輪が浮かんでくる。
何かが真大の中で引っ掛かっているのだ。
「お待たせ~。真大、どうしたの? お腹痛い?」
「…あ、カズくん」
テーブルに突っ伏していた真大は、和衣の声に慌てて頭を上げた。
先ほど真大たちを置いてどこかに行ってしまった、和衣と睦月が戻って来たのだ。
しかも睦月は、もう涼しいと感じる季節になってきたというのに、アイスを頬張っていて、案の定、祐介に「寒くねぇの?」と突っ込まれている。
「だってカズちゃんが、ごちそうしてくれるって言うから」
「むっちゃんが食べたい、て言ったんでしょ!」
2人が来た途端、急に席が賑やかになる。
祐介は、苦笑しながら雑誌を閉じた。やはり雑誌は、真大と一緒にいる間の、間を持たせるためのものだったらしい。
「むっちゃん、垂れてるよ」
「んー…ティシュー…」
睦月は、融けたアイスが垂れた手を、和衣のほうに差し出している。食べるのに専念したいから、拭いてくれということらしい。
和衣は、「もー」とか言いながら、それでもティシューを取り出して、甲斐甲斐しく睦月の手を拭いたり、テーブルに垂れたアイスを拭いたりしている。
「あ、」
ティシューを片付けている和衣の手元を、何となくぼんやりと眺めていた真大は、ふと気付いてしまった。
和衣の右手の指輪。
先ほどまで真大を苦しめていた、思い出せないモヤモヤが、一気に解決してしまった。
(指輪……カズくんがしてるのに似てるんだ…)
祐介の右手で光っていた指輪、どこかで見た覚えがあると思っていたら、和衣がよく着けているものと似ているのだ。
まったく同じ、というわけではない。
けれど、明らかにお揃いだと分かる品。
(…ふぅん)
真大はようやく納得がいった。
彼が、和衣の恋人なのだ。
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05. アフタヌーン・ティー (3)
だって、普段よく一緒にいる仲間の中で、恋人でもない人間とお揃いの指輪なんか、絶対にしない。もし後から似たのを持っていることが分かったら、いくら気に入っているものだとしても、そこから先、着けるのをやめる。
少なくとも、真大ならそうする。
しかし2人は、気にすることなくお揃いの指輪をしているし、祐介の隣に座った和衣は、幸せそうにその指輪を見つめているようにさえ、真大には見える。
(カズくんがプレゼントしたのかな)
それとも2人でお揃いのものを買いに行ったのだろうか。
どっちだとしても、ちょっと羨ましいとか思う自分がいて、真大は心の中で自分自身に突っ込んだ。
(別にそんなの…)
真大は空にしたミルクティーのペットボトルを、ベコベコと潰す。
「ねーカズちゃん、俺もミルクティー飲みたい。温かいの」
「?? 飲めばいいじゃん、何で俺に言うの?」
真大が飲んでいたミルクティーを見て思ったのだろう、食べ終わったアイスのゴミを弄っていた睦月が、なぜか和衣におねだりする。
「買ってよー」
「だから、何で俺に言うの! 亮に言いなよ」
全部飲まないで、ちょっと分けてあげればよかったかな、でも俺の飲み掛けなんて飲まないよね、と真大は2人のやりとりを見ながら思う。
和衣のことなら高校のころから知っているから、今さらそのキャラに驚きはしないが、睦月はさらにその上を行っているようで、不思議な人だと思うし、見ていて飽きない。
きっと睦月と2人きりになったら、祐介と違って気を遣うことなく、つまんないとか平気で言っちゃうんだろうなぁ、この人は。
「真大、お待たせ」
「あ、翔真くん」
真大が勝手に先輩方の人間観察をしていたら、ようやく待ち人来る、だ。
「あれ、ショウちゃん、1人?」
確か亮と一緒だったはずなのに。
睦月はバキッとアイスの棒をへし折った。
「ん? 亮、トイレ。すぐ来るよ」
「だってさ、むっちゃん」
翔真の返事ににんまりしたのは和衣で、隣で睦月は唇を突き出して、「うっさいなぁ」て、和衣の腕をペチペチ叩いている。
翔真はその様子に苦笑しながら、真大の隣に座った。
(…お揃い、か)
視界に入った翔真に指には、センスのいい指輪。
自分で買ったのかな、それとも誰かに買ってもらったのかな? もしかして、昔の女?
嫉妬なんてカッコ悪いし、お揃いとか、そんなの別に。
――――でも。
「ねぇ翔真くん」
「ん?」
耳元で、こっそりと囁く。
「これから2人で買い物行こうよ」
「んー? いいけど?」
それでさ、買っちゃおっか。
お揃いの指輪。
また出掛けんかった…。
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06. 並んですわる? (1)
うん、世の中は平和だ。
目の前で幸せそうな顔をしてクレープを頬張る蒼一郎を見ていると、つくづくそう感じる、と郁雅は思った。
「ぅん? 郁も食う?」
「いらね。つーかクリーム付いてるけど、口と…………鼻の頭に」
郁雅の視線を、クレープが食べたくて見ているのだと思ったらしい蒼一郎が、食べ掛けのクレープを郁雅のほうに差し出してきたが、甘いものの苦手な郁雅は、それをお断りした。
それにしても、いい年をした男が遊園地でクレープを食べるってどうなの? という以前に、どういう食べ方をすると、鼻の頭にまでクリームが付くのか教えてほしい。
(まぁ、いいんだけど)
見当違いなところを拭っている蒼一郎にあえて手を貸さず、郁雅は笑いを堪えながらその様子を眺める。
見た目はチャラいくせに、こういうところは癒し系だなぁ、とか思ってしまう。
年上のくせに手は掛かるわ、世話は焼けるわで、面倒を見るのは結構大変なんだけれど、でもこういうところが癖になる。
久々に来た遊園地は予想以上に2人のテンションを上げさせ、うっかり5連続絶叫マシンとか、2連チャンお化け屋敷とか、無駄に心拍数を上げまくった後、ちょっと休憩と、蒼一郎はクレープを、郁雅はコーラを買って座ったのだ。
浮かれてる?
いや、一緒にいる蒼一郎が普段からこんなだから、郁雅がすごーく大人な感じがするけれど、実際は蒼一郎より1つ年下だし、まだ20歳だし、こういうところに来れば楽しいに決まっている。
「郁ー、次何乗る?」
「…まだ付いてる、鼻んとこ」
呆れてそう言えば、取ってよぉ~、と情けない顔で蒼一郎が顔を寄せてくるので、仕方なく拭ってやる。
…うん。世の中は平和だ。
「で、何乗る? ねぇ、何乗る?」
「んー…」
蒼一郎に言われ、郁雅は薄暗くなり始めた園内をグルリと見回した。
日曜日の遊園地で並ばず乗れるアトラクションなど、そうあるはずもなく、待ち時間にもだいぶ費やしてしまったので、来場してから、結構な時間が経っていた。
これから並んで乗れるとしても、2つくらいが限界かもしれない。
「なぁなぁ郁ー、やっぱ最後は、…………アレ、行っとく?」
「ん?」
最後の一口に齧り付いた後(結局また、口元にクリームを付けている)、ニヤリと笑って蒼一郎が言って来るので、何かと思って指差す方向を見れば、大きな観覧車。
郁雅は、観覧車と蒼一郎を交互に見た。
「郁?」
「まぁ…………うん」
まったく羞恥心がないと言ったら嘘になるけれど、でも乗りたい気持ちのほうが勝って、郁雅はモゴモゴと頷いた。
べたに日曜日の恋人たちを演じている自分たちが、何だかちょっと恥ずかしい。というか、それを全然嫌だと思っていない自分が恥ずかしい。
何となく顔が熱い気がして、郁雅は一気にコーラを飲み干した。
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06. 並んですわる? (2)
「え?」
「あれ」
郁雅の手から、空になったコーラの紙コップを取って、蒼一郎が立ち上がった。さりげなく紙コップを奪われた郁雅は、手持ち無沙汰になった手を持て余しながら後に続く。
当たり前のように郁雅の分まで片付けてくれるのは、いつものこと。
子どもみたいだし、手は掛かるし、情けない顔ばっかしているくせに、でも自然にカッコいいことをやってのけるし。
(だから、えっと…)
――――好き?
まぁ、そういうことだ。結局、何だかんだ言っても、全部引っ括めて、好きってこと。
「結構並んでんね」
「…、、えっ、何が?」
完全に思考がすっ飛んでいて、不意に掛けられた蒼一郎の言葉が、全然分からなかった。
よほど郁雅が驚いた顔をしていたのだろう、蒼一郎のほうを見れば、話し掛けた蒼一郎も、え? みたいな表情をしている。
「何がって……列?」
「……、列? いやゴメン、やっぱ聞いてなかった」
郁雅は何とか聞いてる振りをしてごまかそうかとしたけれど、ちょっと考えても分からず、結局諦め、聞いていなかったことを素直に認めた。
「何だよぉ、郁のバカー」
「ゴメンって。てか何、そんな重要なこと言ってたの?」
「えー…重要てか、うん、『結構並んでるね』て」
「何だよ、超普通のことじゃん」
いや、言っていることは何も間違っていないけれど。
でもそんな顔をして……さっきまでカッコいいとか思っていた、その余韻を返してほしい。
「…まぁいいけど」
「え、何で郁、ちょっと上から目線?」
「何でもない、こっちのこと」
観覧車はすでにイルミネーションが点灯していて、他のアトラクション同様、幾分か列が出来ていて、2人がその最後尾に付けば、すぐにその後ろにも人が並び出した。
やはり夜景目当てに、日が落ちてから乗る人も多いのかもしれない。
観覧車は片側に2人ずつ座れる4人乗りタイプで、混んでいるから、2人連れの蒼一郎と郁雅は他のグループと一緒にさせられるかと思ったが、運よく前は親子3人、後ろは女の子4人組だったので、結局、2人きりで乗れることになった。
2人がゴンドラに乗り込むとき、後ろの女の子たちの視線を感じないでもなかったが、そういうのはもう慣れているので、郁雅は気にしない振りをする。
「え、郁、そっち座んの?」
係員がドアを閉め、蒼一郎が進行方向に向かって座ったので、何となく郁雅はその向かいに座ったのだが、蒼一郎にはそれがすごく不思議だったようで、何で? 何で? としつこい。
「何でって……何となく?」
別に同じ側に座ったからって、ゴンドラのバランスが崩れるとかはないだろうけど、だって普通、ご飯を食べに行ってテーブル席に通されたって、こういうふうに座るし、本当に何となく郁雅はこちら側に座っただけなのだが。
「え、並んで座る?」
蒼一郎の言いたいことが分かり、今度は郁雅が驚く番だった。
けれど蒼一郎は、当然並んで座るものだと思っていたらしく、何で驚くの? といった顔だ。
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06. 並んですわる? (3)
「ちょっ」
「えへへ」
戸惑う郁雅の手を取って、蒼一郎は隣に座らせた――――うえに、郁雅が隣に座っても、繋いだ手を離してくれない。
「蒼、……手」
「いいじゃん、別に誰もいないんだし」
「いいけど、何か恥ずい」
「え、手繋ぐのが?」
「いや、お前が」
「何でっ!」
すぐにムキになる蒼一郎がおかしい。
声を上げて笑えば、蒼一郎はますますむくれてしまう。
「何笑ってんの、郁! 笑いすぎ!」
「あ、あそこ超キレイ」
「聞いてよ! 郁!」
蒼一郎を無視して窓の外の夜景を指差せば、今度は、繋いでいる手をブンブン振り出す。
もうホント、おかしくて仕方ない。
「バッ、蒼、やめろってー、あはは」
観覧車の中で、何でこんなにはしゃいでいるのか分からない。
でも何だかやけにテンションが上がってしまって、もう笑いが止まらない。
確か機嫌を損ねていたはずの蒼一郎も、つられたのか、笑い出しているし。
「ヤベ、超浮かれてる」
「いいじゃん。ねぇ郁ー。浮かれついでに、写メ撮らね?」
「えー…お前ってホント、超恥ずかしい。てか、ついでじゃねぇし、それ」
けれど蒼一郎は聞く耳持たず、携帯電話を取り出して、カメラを起動させている。
郁雅は少しだけ抵抗したけれど、そこまで拒絶することでもないからって、大人しく蒼一郎の様子を見ていた。
「夜景も入るかなー?」
「いや、無理だろ。暗いし」
カメラのレンズを通してしまうと、どうしても人の目で見たようには写らない。
それでも蒼一郎はがんばって夜景も収めようと、キュウキュウに郁雅にくっ付いてくる。
「おま…ちょっ、くっ付きすぎだって」
「郁、もっと顔こっち!」
「近ぇって」
ギャアギャア喚いているうち、機械的なシャッター音がゴンドラの中に響く。
蒼一郎が決定ボタンを押してしまったのだ。
「ちょっ…お前、今の絶対シャッターチャンスじゃなかっただろー…」
「そんなことないって。ホラ」
保存しないうちに消してしまわないよう、ちゃんと保存をしてから、蒼一郎は今撮った写真を郁雅に見せてやる。
画面いっぱいに写った2人の顔。
笑い過ぎな気もするが、いい顔はしている。
「ね、いいでしょ?」
「まぁ……うん」
顔がいっぱいに写り過ぎていて、蒼一郎ががんばって入れようとしていた夜景は全然写っていないけれど、撮った本人がそれで満足しているようなので、突っ込むことはしない。
がんばれば、観覧車の中だということも分からないではないから。
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06. 並んですわる? (4)
「バカ、ぜってぇやめろ」
「嘘だよ。これは俺だけの保存版にしとく」
郁雅に写真を消されることを恐れたのか、蒼一郎はそそくさと携帯電話をしまった。
「ん? 郁? 怒った?」
蒼一郎が携帯電話を片付けるまでの動作を、黙ってジッと見ていた郁雅の顔を、覗き込む。
勝手なことをしたと思われただろうか。
「郁?」
「何でお前だけの保存版なわけ?」
「え?」
「俺も写ってんのに? お前だけのなの?」
「…………」
無意識の仕草なのか、少し首を傾けて、郁雅は蒼一郎を見つめている。
その表情が、何だかいつもより幼く見えて、自然と蒼一郎の頬は緩む。
「蒼? わっ、ちょっ…」
蒼一郎は、繋いでいた手を解いて、郁雅を抱き寄せた。
驚いた郁雅は、一瞬身じろいだけれど、すぐに大人しくその腕の中に収まる。
「大丈夫、後で郁にも送るし。だから郁もちゃんと保存版ね?」
「…ん」
いつの間にか観覧車はてっぺんを通り過ぎて、地上へと向かい始めている。
あと、少しだけ。
「郁ー、チュウしよ?」
「…バーカ」
「ひでぇ」
そう言われることを承知で言ってみたんだけれど、やっぱりバカて言われてしまった。
思わず自分に苦笑い。
「蒼ー」
「ん? んぁっ! ちょっ、郁!」
郁雅に呼ばれるがまま振り向けば、いきなり唇に柔らかな感触。
それが郁雅の唇だってことに、ようはキスされたんだってことに、蒼一郎はすぐに気が付いて、びっくりして思わず身を離してしまった。
「…んだよ。しよ、つったの、お前だろ」
あまりにも蒼一郎が勢いよく離れるものだから、郁雅はムッとした顔で唇を突き出した。
そんな表情もかわいいけれど、いや…唇そんなふうに突き出されると。
「もーいいよ、蒼のバカ」
「ゴメン、郁、ゴメンて!。もっかいして? ね?」
「ダメ。もう着いちゃう」
このゴンドラが下まで着いたら、2人だけの時間は終わりだから。
――――だから。
「帰って、いっぱいキスしよ?」
*end*
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