恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2009年06月

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11月 あったかい期待シタイみたい。 (6)


「だってみんな、俺が遊んでると思って、そういうつもりで声掛けてくるんだもん。そんなことないのに、そう思われて……だから、ヤダった」
「彼女、作んないの?」
「いたけど、別れた」
「彼女はでも、ショウのこと、遊んでるとか思ってないでしょ?」
「でも、愛が足らないて、よく言われた。俺、ベッタリすんのとか、イチャイチャすんの、苦手だし。でも、1番に好きで、愛してたよ」
「ふぅん」

 こんな時間に、女の子と2人きり、ベッドの上に座って寄り添っているのに、不思議と変な気分にはならない。
 1度ヤったから、とかでなくて、何だか妙に穏やかな気持ちだった。

「なのに今は、女の子に声掛けられたら、ホイホイ付いてっちゃうんだ?」
「ホイホイ……んはは、うん、ホイホイ付いてっちゃう。だってどっちにしたってそう思われるし、何かもう…面倒くさくなっちゃった」

 全部が面倒くさい。
 自分がどう思われているのか気にするのも、らしいとか、らしくないとか、そんなことにいちいち苛立つのも。

「ショウ、本気で人、好きになったこと、あるの?」
「え? だから、彼女のこと…」
「そうだけど、聞いてると、何かそんな感じがしないんだもん。彼女に夢中になったりしないんだ?」
「夢中になってた、つもりだけど…」

 もう別れてしまったから、今となっては何とも言えないけれど、あのときは、確かに1番、誰よりも彼女のこと、愛してた。

「何かー、こう…一緒にいないときでも、つい彼女のこと考えちゃうとか、そういうの、ないの?」
「えー…そんなの…」

 そんなの、そんなこと思った相手は…。

「それは、」

 ふと、脳裏をよぎった人物に、翔真は緩く首を振って、それを打ち消した。
 自分でもどうしていいか分からないくらい、翔真の頭の中を占めていたのは、彼女でなくて、

「そんなの……でも、そんなの、好きとかじゃないし」

 だって、真大のことなんか、どうでもいい。
 蒼一郎には苦手じゃないって言ったけど、でもやっぱり得意ではないし、好きなんかじゃない。

「何でそんなに全否定?」
「だって好きじゃないもん。あんなヤツ、好きじゃないし」
「何、そういう子がいるの?」
「いない!」

 ずっと和やかだった気持ちが、急に波立って、翔真自身でもコントロール出来なくなる。
 別に声を荒げるつもりもないのに、強い口調でアヤに言い返してしまう。

 寄り掛かっていたアヤから離れて向き合えば、その瞳の中には、泣き出しそうな自分が映っていた。

「好きじゃない」
「…何かショウ、好きだって気持ち、必死に隠そうとしてるみたい」
「そんなことない…」

 だって、好きじゃない。
 いっつも敵意をむき出しにされて、翔真が歩み寄ろうとしても、伸ばした手を振り払われる。
 そんなヤツのことなんて、好きになるはずがない。

「じゃあ、何でそんなに気にしてんの?」
「そんなの、分かんないよ…」

 分からないから、ずっと苦しいんだ。
 好きでもないヤツのことが、ずっと頭から離れなくて、それで彼女とも別れてしまって。
 何でそうなのかなんて、翔真にだって、分かるわけがない。


Fortune Fate

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11月 あったかい期待シタイみたい。 (7)


「それに俺、ソイツから嫌われてるし」
「そうなの?」
「嫌われてるなんてもんじゃない。ただでさえ嫌われてんのに、さらに嫌われた」
「そんなに嫌われるって……何したの?」
「…………、…いろいろ。ひどいこととか」

 誤解があったり、翔真の責任ばかりでないことがあったり、いろいろなことがあったけれど、結局のところ、真大は翔真に傷付けられたと思っているのだ。
 真大が翔真のことを好きになる要素はないし、翔真もまた、然り。

「でもショウ、その子に嫌われて、ショックなんでしょ?」
「え? 別にショックじゃない」
「嘘。ショック受けてるから、何で~? て気になっちゃうんじゃないの? 私、そうだと思うんだけど」
「そんなの…、……そんな…」

 誤解が解けて、少し心が近寄って、けれどまた拒絶されて――――あぁ、確かにそのとき、ショックを受けたんだ。
 少しは仲よくなれたかな、て思ってたのに、またその手を振り解かれて。また、気持ちを誤解されて。
 どうしようもなく、ショックだったんだ。

「ホントは……ずっと好きだったんだ…」

 向こうが一方的に嫌うのなら、無理に好かれたくもない、…てそう思っていたけれど。きっとそのときから、真大のことが気になっていたんだ。
 だからあの雨の日、傘のない真大を放っておけなかったし、蒼一郎に叶わない恋心を抱く真大に本当のことを告げられなかったし、はたまた笑うつもりなんて更々なかった。
 蒼一郎に笑い掛けるように、その笑顔を自分にも見せてほしかったんだ。

「でも…もう遅いけどね」
「何で?」
「言ったじゃん、嫌われてるって。もとから嫌われてたのに、ますます嫌われちゃったの。もう遅いよ」

 今さら気付いたって、どうしようもない。
 というより、まだ翔真に好きという感情が芽生えるよりも以前に、真大は翔真のことを嫌っていたのだ。本当にどうしようもない。

 あぁ、これって真大のに似てる。
 好きだって分かったときには、もうすでに叶わない状況だったなんて。
 俺ら、似た者同士?

「こんなことなら、気付かなきゃよかった…。アヤさんのバカ。何で好きだなんて気付かせたの?」
「ゴメン」
「もう…ずっと知らないままでいればよかった。好きにならなきゃよかった」

 そしたらこんな思いにもとらわれないで済んだ。
 きっと彼女とも別れないで、今もいられた。
 何も変わらずに済んだのに。

「もうヤダ……こんなに苦しいなら、もう誰も好きになんかなんない…」

 言って翔真は、それが涙声になっているのに気が付いて、唇を噛むと、そのまま後ろに引っ繰り返ってベッドに転がった。
 すでに2人の寝ていた温もりは消えていて、シーツはひんやりとしている。

 何でこんな、泣きたいような気分になるのか分からない。
 人前でなんか、絶対に泣かない。

「諦めんの? その子のこと」
「だって意味ないもん。こんなの、全然意味ないっ…」
「……、人を好きになるのに、意味ないことなんかないよ?」

 アヤの指が、翔真の頬に触れる。
 ギュッと目を瞑った。


Fortune Fate

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11月 あったかい期待シタイみたい。 (8)


「俺のこと嫌ってるヤツのこと好きになって、それでも意味あるって言うの…?」
「なら、ずっと嫌われたままでいるの? てか、その子に謝ったことあんの? ひどいことしたって……ちゃんと謝った? もういいや、てそのままにしてるんじゃないの?」
「そんな…見てきたようなこと、言わないでよ…」

 ゆっくりと目を開ければ、蛍光灯の明かりが、ひどく眩しい。

「何か話聞いてたら、ショウって何かそんな感じかな、て思った。ゴメン、私の勝手なイメージ」
「せーかい」

 ぬくもりが欲しくて手を伸ばせば、アヤは笑って手を繋いでくれた。

「だって…謝ったって、どうせ許してくれないだろうし」
「でもそれだって、ショウがそう思い込んでるだけでしょ? その子のこと、そういうふうに」
「…」
「だからいつまでも、モヤモヤすっきりしなくて、気になってしょうがないんじゃない? 思い出したくないのに、頭から離れないの」

 違う? と顔を覗き込まれ、違わない、と観念して白状した。
 もしかしたら、翔真が謝るべきことはないのかもしれないけれど、でも高校のころの彼女とのことだって、事実を信じるかどうかは真大に任せるなどと言ってしまったし、蒼一郎とのことだって、結局は真大と真剣に向き合おうとはしなかった。
 頑なに心を閉ざそうとする真大に、あっさりと背を向けていた。

「その子が許してくれなかったとしてもさ、男なんだから、ちゃんとケジメつけなよ」
「うへ、アヤさん、かっこいー」
「でしょ? 惚れんなよ?」
「んはは」

 本当におかしくて笑ったのに、なのに翔真の瞳からは、ボロボロと涙が零れた。
 それを拭えなかったのは、アヤと手を繋いでいたからじゃなくて。
 人前で涙、隠すこともしないで。

「ショウのこと心配してくれる友だちの前でも、泣けるようになるといいのにね」
「…ぇ…?」
「そういう弱いとこ見せたって、友だちならちゃんと受け止めてくれるよ?」

 涙で視界がユラユラ揺らぐ。
 ボンヤリと浮かぶのは、亮とか和衣とか、あと睦月と祐介と蒼一郎と、郁雅と……だって、俺がみんなの前で泣くなんて、変じゃない?
 また、らしくないって言われちゃう。

「でも、それもショウなんだから、受け入れてくれるよ」
「…」

 あぁ、そうだ。
 蒼一郎だって、あのとき、翔真の焦った顔を初めて見たって言ったけれど、そういう顔もいいねって言ったんだ。
 本当の顔を見せることを、驚いても否定なんかしなかった。

「だから、今日はもう帰りな? 友だち、心配してるよ?」
「…うん」

 翔真は鼻を啜って、起き上った。
 袖口でグシグシと涙を拭う。

「駅まで送ろっか?」
「平気。だってそしたら、帰りアヤさん1人じゃん」
「そっか」

 ボックスからティシューを数枚抜いて、翔真に渡してやる。

「目、赤い?」
「ちょっとね」
「へへ、恥ずかし…」

 涙と鼻を拭って、ティシューをゴミ箱に投げる。
 大した距離でもないそれは、キレイな弧を描いて、ゴミ箱の中に納まった。

「もう女の子に声掛けられても、ホイホイ付いてっちゃダメだよ」
「うん、ホイホイしない」
「じゃあね」
「うん、じゃあね」

 スニーカーに足を入れて、爪先を叩いて靴を履く。
 玄関まで見送りにきたアヤは、グシャグシャになっていた翔真の髪を、手で直してやった。

「じゃあね、ショウ」
「うん。……ありがと、アヤさん」

 手を振るアヤに頭を下げて、翔真は部屋を出た。

 きっと彼女には、もう会わない。
 もう、ここに来ることもない。

 静かな廊下に、翔真の足音が響く。

「…バイバイ」

 冷えた空気。
 翔真は駅までダッシュした。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (1)


 12月に入り、街にクリスマスムードが漂い始めると、和衣のテンションも上がり始める。

(祐介に上げるプレゼント、何がいいかな)

 去年は悩みに悩んで、電子辞書をプレゼントしたのだ。
 本当はもっとクリスマスっぽい雰囲気のものを上げたかったけれど、何も思い付かなかったし、睦月から欲しがってるものを上げるのがいいとか唆されて、結局電子辞書に落ち着いたのだ。

(まぁ、喜んでくれたから、いいんだけど…)

 でも今年は、もっとクリスマスっぽい何かを上げたい。
 で、心に残って、出来ればいつも身に着けてくれるような…。

 和衣はそっと、右手にハマっている指輪に触れた。
 去年のクリスマス、祐介がくれた指輪。和衣が欲しがっていたのに気が付いていたらしく、思いがけずプレゼントしてくれたのだ。

(もう、ズルイよ、祐介…)

 こんなさりげなくカッコイイことされたら、なす術なしだ。どこまでメロメロにしたら、気が済むんだろう。

「んー…」

 和衣は本屋に入ると、クリスマスの特集をしている雑誌を手に取った。女の子が彼氏から貰いたいプレゼントランキングとして、商品がいろいろと掲載されている。

(やっぱ1位は指輪か…)

 それ以外にもネックレスだとかピアスだとかがランクインしていて、やはりアクセサリーは人気のようだ。
 けれど和衣は、そこに載っている写真を見ながら、ふと違和感を覚えた。

(このアクセ、女モン…?)

 指輪にしても、ネックレスにしても、掲載されているかわいらしいデザインのアクセサリは、どう見ても女物だ。

「あ!」

 しばらく考えていた和衣は、それが、女の子が貰いたいものランキングだということに、ようやく気が付いた。男性向け雑誌なのだから、当然だ。
 和衣がプレゼントを贈りたい相手は祐介なのだから、男の子が貰いたいものランキングとか、彼氏に上げたいプレゼントランキングを見なければ意味がない。
 ということは、今和衣が見るべきは、男性向け雑誌ではなく女性誌なわけで、気付いた和衣は、そそくさと女性誌のコーナーに向かった。

 売り場には、女子高生らしき2人組と、それより少し年上くらいだろうか、若い女性が1人。
 けれど、バレンタインに女の子たちに混じって堂々とチョコを選ぶのも厭わない和衣にしたら、そこで女性誌を立ち読みするくらい、どうということもない。
 クリスマスを特集した雑誌を1冊手に取ると、隣の女性の訝しげな視線も気にせず、ページを捲り始めた。

(1位……マフラー!? うぅん…マフラーいいけど、でも冬だけじゃん。手袋も…。あとはネクタイ……なんてする場面ないし、財布…時計…バッグ……うー…)

 どれもよさそうだけど、これぞという決め手もない。
 実は和衣は、意外とブランドとかに疎いから、何が今人気のブランドなのかもピンと来ないし。

「んー…」


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (2)


 和衣は雑誌を棚に返すと、今度は別の雑誌を手にする。
 最近人気の女優さんが表紙にいて、同じようなクリスマスの特集が組まれている。

(やっぱ人気は、身に着けるものか…。だよね、やっぱり)

 うむむ…と、眉を寄せて、これでもかというほど真剣に女性誌を眺める和衣に、ギョッとした視線を向けるのは、そばにいた女子高生2人組やら若い女性だけではなかった。
 同じ本屋に立ち寄った真大は、入ってすぐの女性誌のコーナーに見覚えのある姿を見つけ、それでも見間違いかと思って、何度か見直した後、やはりそれが和衣だと分かり、慌ててそばに駆け寄った。

「カズくん…!?」

 女性誌売り場に男が1人で立ち読みしている時点で十分目立つのに、これ以上人目につくのはゴメンだと、真大は声を潜めて和衣の肩を叩いた。

「あ、真大じゃん」

 なのに和衣は、やはりそんなことまるで気にならないのか、真大の気遣いも虚しく、普通に返事をするものだから、新たにやって来た女性客からの視線まで浴びてしまう。

「あ…えっと…」

 どうやったらこの状況から抜け出せるのだろうと頭を悩ます真大に、和衣は「どうしたの?」とのん気に声を掛ける。
 というか、『どうしたの?』は、こっちのセリフだ。

「あー…えーっと…」

 四方からの、視線が痛いんですけど…。

「メシー…でも行きません?」
「ぅん? いいよ」

 真大の口元が若干引き攣っていることに、果たして和衣は気が付いているのか。何事もないように雑誌を片付けると、和衣は「どこ行く?」と小首を傾げる。
 キョトリとしたその表情はかわいらしいが、真大はそこでふと気付いた。

(めっちゃ見られてる…! そして絶対、勘違いされてる…!!)

 女子高生2人は何やらヒソヒソ話している。他の女性客も何か言いたげな表情で和衣たちを見ている。
 確かに真大は蒼一郎に恋心を抱いたこともあって、同性愛に偏見はないが、かといってそんなことを表立ってばらすようなマネもしたくはない。
 けれどこの状況からして、絶対この2人デキてる! て思われていることは間違いない。
 とにかくもう店を出ようと、和衣の服の袖を引っ張った。

「どこ行くー? 何食べたい?」

 店を出れば、やはりまったく気付いていなかったのか、和衣は普通にそんなこと言ってくる。
 真大はこっそりと溜め息をついた。

「いや、何でもいいですけど……それより何してたんすか? あれ、女性誌でしょ?」
「うー…、ん、クリスマスのプレゼント、どうしようかな、て思って」
「は? え?」

 街はクリスマスムード一色だし、恋人に贈るプレゼントに悩むのもいいとして、だから、どうして女性誌を??
 けれど和衣は、真大の疑問の真意には気付いていないのか、何がいいかなぁ~、と再び悩み出した。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (3)


「…自分の欲しいもの、じゃなくて、相手に上げたいものを悩んでるんですよね?」
「え? そうだけど?」
「…………、えー…っと、彼氏に、上げたいものを、ですか?」
「……、えっ…あ、と…」

 一言ずつ、確認するように問い掛けられ、和衣はようやく真大の聞きたいことを察知した。
 今まで普通に話していたけれど、よく考えたら、真大には、自分が男と付き合っていることを話してはいなかったのだ。

「えと、えっとー……うん、あの、友だちに…」
「…上げるプレゼントを、そんなに悩んでたんですか?」
「えっと…」

 基本的に嘘やごまかしの苦手な和衣は、再度聞かれて、返事に詰まってしまった。
 真大としても、単に疑問に思ったから尋ねただけで、まさかこんなに問い詰めるような感じになってしまうとは、思ってもみなかったのだが。

(カズくん、顔、赤い…)

 聞かれて顔を赤らめたり、わざわざ女性誌を見てリサーチしたりするほどの相手を、友だちとは言わないだろうと、アタフタしている和衣の隣で真大は思ったが、何だかかわいそうなので突っ込まなかった。

「…変?」
「え?」
「男に上げるプレゼント、真剣に選んでるのって……変かな?」

 和衣は心配そうに、そう尋ねてきた。
 プレゼントを贈る相手が、恋人なのか、片思いの相手なのかは知らないが、他の男にそんな表情をするなんて、無防備な人だ。
 それとも相手は、本当にただの友だちだとでも言うのだろうか。

「別に、変だとは思わないです」

 真大は素直に気持ちを述べた。
 自分だって、蒼一郎の誕生日には、真剣にプレゼントを選んだのだ。それを変だなんて、絶対に思わない。

「でも…羨ましい。カズくんがそんなに一生懸命考えて選んでくれたプレゼント貰えるなんて。いいな」
「でもまだ何上げるか決まってないし。いっつも1人じゃ決めらんないの。なのにむっちゃんてば、いい加減自分で選べ、て一緒に来てくんないし…」

 シュンてなる和衣が、何だかかわいい。
 年上だけど、かわいい。

「なら、俺が付き合いましょうか。プレゼント選ぶの」
「え、いいの?」
「うん」

 いいの? て聞きながら、でももう顔は、やったぁ! て表情をしている。
 堪らなくなって、とうとう真大は吹き出してしまった。

「え、何? どうしたの?」

 急に笑い出した真大に、分からない和衣はキョトンとする。
 真大は何でもないと言いながら、近くのパスタ屋に入った。最近のお気に入りのお店。

「でも、どんなの上げたいんですか? 全然ノープラン?」
「うん。でもさぁ、やっぱクリスマスだし、ちょっと特別っぽくて、で、出来ればいつもそばに置いとくとか、身に着けててくれるようなものがいいな」

 去年上げた電子辞書は、今もちゃんと使ってくれているけれど、今年は、もっとクリスマスっぽい雰囲気をプラスしたい。

「へぇ…クリスマスっぽい雰囲気…」

 パスタのオーダーを終えた後、夢見がちに語る和衣に、さっきの、男友だちにプレゼントを上げるって設定は、もういいの? と突っ込みたくなったが、もうすっかり忘れているようなので、やめておいた。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (4)


「真大だったらさぁ、何欲しい?」
「友だちからでも、……恋人からでも、その人が考えて選んでくれたのなら、何でも嬉しいけど」
「それじゃ参考になんない!」
「雑誌には何て書いてあったんですか?」
「えっとー…1位がマフラーだったかな。あとは…ネクタイとか、時計とか……財布?」

 しかしどれもいまいちピンと来ていないのか、和衣ははぁ~と大きく息をついた。

「時計とか財布ってよくないですか? ちょっといいヤツとか贈れば、長く使ってもらえると思う」
「んー…でも、その"いいヤツ"ってのが、どういうのか分かんないんだよね。ブランドとかも知らないし、それに……高いよね? やっぱ」

 一応、クリスマスに備えて、プレゼント代を捻出できるようにセーブしていたけれど、予算的にはがんばっても3万円が限界だ。
 それに学生の身分で、あまり高い贈り物をするのも、どうかと思うし。

「でも、それならいつでも持っててもらえるか…。うー…悩む…」
「店で見てみれば、決まるかもしれないですよ。高くなくても、いいのとかあるかもしんないし」
「そっか」

 真大に言われて納得したのか、和衣はむにむにと触っていた唇から手を離して、届いたパスタに手を伸ばした。
 何だか本当に、どちらが年上なんだか分からない。

「真大はさぁ、何上げんの?」

 冷製パスタの上に飾られていた、切られたミニトマトを嫌そうによけながら和衣が尋ねると、パスタを巻いていた真大の手が止まった。

「…何がですか?」
「クリスマスプレゼント。もう買った? 何買ったの?」
「まだ…ていうか、買うつもりもないです。上げる人もいないし」
「そうなの?」

 ずっと蒼一郎のことが好きで、好きで好きでしょうがなくて、けれど彼には郁雅という恋人がいて、儚く散ってしまった真大の恋心。
 今さらクリスマスなんて、そんな気持ちはない。

(でも、蒼ちゃんと郁が付き合ってるって知ったの、カズくんのせいだけどね)

 もちろん和衣は、真大が蒼一郎のことを好きだなんて知らなかったのだから、単に2人が付き合っていることを、真大に言ってしまったとしか思っていないだろうけれど。

「じゃあ、クリスマスまでにすてきな人が現れるといいね」
「…そうですね」

 そんなこと、そういえば蒼一郎にも言われたっけ。
 いつかすてきな人が現れるとか。
 でも。

「何かもう、疲れちゃって」

 うっとりとそう言う和衣に、悪いとは思ったが、つい本音が漏れてしまった。
 今までずっと一途に思い続けてきて、それだけが心の支えで、けれどそれを失った今、新しい恋に向う気力が湧かないのも事実だ。

「疲れたって……人を好きになるのに、てこと?」
「…ん。あのね、俺、ずっと好きな人がいたんだけど、その人に恋人がいてね、失恋しちゃったの。だから何か今、落ち込んでるわけじゃないけど、何かそんなにがんばれないなぁ、て思って。……ゴメンなさい、こんな話」

 ご飯食べたら、恋人に上げるクリスマスプレゼントを買いに行こう、てワクワクしてる和衣を前に話すことでなかったと、真大は最後、早口で話を締め括って、食事を再開させた。
 けれど、視界の隅に映る和衣の手は、ジッと止まったままだ。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (5)


「カズくん?」
「…人を好きになると、ハッピーなことばっかじゃないよね。俺も昔、すっごい好きだった子に失恋しちゃって、そのときは、もう絶対誰にも好きになんない! て思ってね、彼女より好きになる人なんか、絶対に出て来ないって思ったけど、でも今は、……今好きな人のこと、すっごい大事で、大好き」

 そう言う和衣の表情が本当に幸せそうで、きっと今の恋を手に入れるまでに、いろんな思いをしてきたんだろうな、と思う。
 こんなに思ってもらえる相手が、羨ましい。
 蒼一郎は、いつか真大にもそんな人が現れると言ったけれど、とてもそんなふうには思えない。
 …だって、ロクなことがなかったし。

「俺ね、恋してもロクなことないんですよ」
「え?」

 こんなこと、和衣に話すべきことじゃない。
 そう思うのに、和衣の優しい気持ちに触れていると、つい頑なな心を開いてしまいそうになる。

「高校のころに付き合ってた彼女もね、先輩に取られちゃって」
「取られ…」
「ひどい話でしょ。だからその先輩のこと、ずっと恨んでたの。大っ嫌いだった。……でもね、なのに、ホントは彼女のほうが裏切ってたんだって。俺と付き合ってたのに、その先輩に告白したって」
「そんな…」

 和衣の表情が、愕然としたものに変わった。
 そんなに簡単に人の心を裏切れるなんて、信じられない、て顔。
 でも真大だって、そんなこと、信じたくはなかったけれど。

「何か、何信じたらいいか、分かんなくなっちゃって。…てか、そんなのまだ信じらんない。でも…」
「ん?」
「そのことね、ホントは彼女のほうが、てこと、その先輩から聞いたの。だから最初は何言ってんの、て思って。でもね、その人…その先輩ね、彼女のこと、信じててやれって言ったの…」

 真大は何度も瞬きをした。
 何だか話しているうち、鼻の奥がツンとして、涙が零れそうな気がしたから。

「その先輩のこと……真大、今も嫌いなの?」

 真大の言う先輩が、まさか翔真だなんて思ってもみない和衣は、思い掛けない真大の告白を聞いて、心配そうに、窺うように尋ねてきた。

「…どうかな。前みたいに、大っ嫌いとかは思わないですけど」
「仲直りとか、しないの?」
「許してくれないと思う。その先輩とね、その後、別の理由でケンカしちゃって。ケンカっていうか…俺が一方的に言っただけなんですけど。結局その人とは、それっきりだから」

 今になってみれば、何であんなに激昂したのかと思うほど、翔真に対して怒りが湧いて、ひどい言葉も投げ掛けた。
 蒼一郎とのこと、蒼一郎が郁雅と付き合っていることだって、翔真は何も悪くないし、関係ないのに、あんまりにも自分が惨めで、切なくて、苦しくて。

「でももう怒ってないんでしょ? 恨んだりとか、嫌ったりとかしてないんでしょ?」
「まぁ…ですね」
「だったらそのこと、言ったら? その人だって、真大にずっと嫌われたままだって思ってるの、ツライよ。人に嫌われてるって、だってヤじゃん」
「でも、もう話もしないし……まともに会ってないんで。そのうち、俺のこともどうでもよくなると思いますから」

 真大がそう言えば、まるで和衣は、自分が当事者のように辛そうな顔をした。
 けれど、あの夏の日以来、翔真とまともに顔を合わせていないのも、事実だ。
 避けているのは真大のほうだけれど、翔真だって別にそれを気にするふうでもなく、構内で見掛けたからといって、こちらを気にもしていない。
 もう2人は、そういう関係になってしまったのだ。

「何か…寂しいね」
「え?」
「どうでもいいとか、そう思われるのって、何か寂しいよね。…でも、もしかしたらどっかで俺も、そんなふうに思われてんのかな」

 目を伏せた和衣は、ガラスの器の中に残ったミニトマトをフォークの先でつついた。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (6)


 和衣のプレゼント探しは難航した。
 もともと優柔不断なところもあって、3軒の店をそれぞれ1時間以上かけて見て回っても決まらず、堪りかねて真大が、財布か時計がいいと強気に提案した。
 贈る相手はアクセサリをあまり着けないと言うし、季節を問わずとなれば、その辺が無難だ。

 そして、そこまで決まればあとは早いと思ったのに、和衣は、時計を見れば時計のほうがいいと言い、財布を見ればやっぱり財布のほうがいいかな、とか言い出す始末。
 決まるわけがない。

 おまけに和衣は、自分が上げるプレゼントを探しているというのに、集中力が全然なくて、すぐに、『これ真大に似合いそう』とか、『亮がこれ買ったって言ってた』とか、関係ないものまで見始めるから、埒が明かない。

 お昼を食べて、店を回り始めてから数時間。
 2人ともヘトヘトになって、近くのカフェに流れ込んだ。

「あーん、決まんないよぉ…」

 通された席で、和衣はテーブルに突っ伏した。
 1人じゃないから、絶対に決められると思ったのに。

「カズくん、優柔不断すぎ」
「だってさぁ、見ると、みんないいと思っちゃうんだもん。店員さんだって、お勧めですよ~とか言うしさぁ」

 店員に褒められると、ついその気になってしまうのは、和衣の悪い癖だ。
 自分のものなら、買わずに後悔したくない! とついつい買ってしまうのだが、プレゼントとなれば、そうもいかない。だからこそ、余計に悩むのだ。

「どうしよぉ…」

 冬の日暮れは早い。
 窓の外はもう薄暗くなっていて、何だかタイムリミットが迫っているみたいだ。

(カズくん、口がアヒルさん…)

 某夢の国のキャラクターを思わせるような表情で、ムニャムニャしている和衣に、真大は疲れていたけれど、思わず笑いが込み上げて来た。

「はぁ…。あ、真大、何にする? ケーキとか食べる? 俺奢るから、好きなの頼んで?」
「え、いいよ。プレゼント買うんでしょ? お金、残しといたほうが…」
「いいの。だってこんなに付き合わせたのに、全然決めらんないのが、申し訳なくて…。でもその代わり、プレゼント選ぶの、最後まで付き合ってね?」

 お願い! と両手を合わせて頭を下げられれば、無下には断れない。
 別にカフェセットのお礼がなくても、最後まで付き合うつもりでいたが、そうしないと和衣の気が済まなそうなので、おすすめメニューにあったトライフルセットを選ぶ。
 こういうときは迷わないのか、和衣はすぐに、「俺もそれにしようと思ってた!」と同じ物を選んだ……が、すぐに別のメニューにも目移りしてしまうようで、「あ、これもおいしそう」とか言い出し始めたから、これはまずいと、真大はすぐに店員に声を掛けた。

「ご注文はお決まりで……え、」

 真大に呼び止められ、振り返った店員は、席にいた2人に気付くと、「え」と固まった。

「え、ショウちゃん?」

 メニューから顔を上げた和衣は、その店員が翔真だと分かって驚いたが、呼び止めた真大も、まさかそれが翔真だなんて思いも寄らなくて、そのままの格好で固まってしまった。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (7)


「ショウちゃん、いつからここで働いてたの? 俺、全然知らなかった」

 すごい偶然だね、て笑い掛ける和衣に、真大は何とか顔を作る。
 チラリと視線だけ向ければ、翔真は何とも言えない表情をしていて、真大と同じように気まずいのだろう。胸が痛む……少しだけ。

「今日ね、クリスマスプレゼント買おうと思って、がんばって探してたんだけど、まだ見つかんなくてね、今休憩中なの」
「へぇ」

 この2人で? とでも聞きたいのだろうか、一瞬だけ翔真が真大を見た。
 その視線には気付いたけれど、返す言葉もなくて、真大は先に出されていた水のグラスを手に取った。

「せっかく真大が付き合ってくれたからさぁ、がんばって探したいのにー…」
「カズ、優柔不断だからねぇ」
「そんなことっ……ないこともないけど…、だってプレゼントだもん、慎重に選びたいじゃん」

 和衣の扱いには慣れているのか、翔真は、シュンとする和衣を、「はいはい」と軽くあしらう。

「もぉ、ショウちゃん冷たいんだから! 彼女に上げるプレゼント一緒に選んで、て言ったって、ショウちゃんになんか付き合ってやんないもん」

 ねー? と同意を求められ、真大は翔真のほうを見れないまま、何とかコクリと頷いた。
 和衣の中に、プレゼントを1人で探して選ぶという発想は、どうやら最初からないらしい。

「いいのが見つかるといいね」
「うん、がんばる!」

 そして注文を終えると、思わず見蕩れそうになる笑顔で、翔真は席を離れた。

「ショウちゃん、何かカッコいいね」
「え、あ、はい」

 無意識に翔真の背中を目で追い掛けていた真大は、掛けられた声にハッと意識を和衣のほうに戻した。

「あーゆう制服、いいよね。ショウちゃん、超カッコいい!」
「…ですね」

 白いシャツに黒のカフェエプロンを着けた翔真は、確かに格好いい。
 和衣は気付いていないかもしれないが、隣の席の女の子2人組も、ずっと翔真に視線を向けていた。

「俺コンビニだからさぁ、制服似合うとか言われても、何か微妙なんだよねー」

 バイトは楽しいし、やりがいもあって好きだけれど、制服の格好よさでいったら、恐らく勝ち目はない。
 でもきっと翔真なら、コンビニの制服だって、格好よく着こなすのだろうけど。

「でもショウちゃん、もうプレゼント決めちゃったのかなぁ。だったら何買ったか聞けばよかった」
「誰に上げ…」
「ぅん?」
「ぁ…何でもないです」

 翔真がクリスマスに、誰に何を上げようと、そんなのどうでもいいことなのに。

(そんなの、俺になんか関係ない…)

 その後、注文したトライフルセットを運んで来たのが、翔真でなく別の店員だったことに、少なからずガッカリしたり、ましてや自分がいるせいで来たくなかったのかと思って傷付いたりなんて、そんなこと絶対ない。
 真大は自分にそう言い聞かせた。


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (8)


 約束のないクリスマスイブ。
 翔真はいつもどおりに、バイトに来ていた。普段は女の子のグループが来たり、OLさんやサラリーマンがランチに訪れたりするこの店も、今日ばかりはカップルが占めていた。

『ショウ~あとがとー! マジで助かる!』

 彼女の誕生日にバイトがぶつかって、ちゃんと祝ってやれなかったと言うバイト仲間と、今日の勤務を交代してやったときの、あの嬉しそうな顔を思い出す。
 カウンター越しに店内を見回せば、どのお客もみんな、幸せそうな表情。
 今日は、そういう日なのだ。

 やっとクリスマスプレゼントを選んだと言う和衣は、前日からファッションチェックに余念がなかったし、出がけに会った睦月も、両サイドにポンポンの下がったロシア帽と、全体的にほわほわのコーディネイトのかわいい格好だった。
 前だったら、そんな友人たちに会って、自分だけバイトなんて状況、心底嫌だったけれど、今は特にそんなふうにも思うことなく、穏やかにいられる。

 人が思うイメージに合わせるのはやめて、自分の心のペースで動こうと決めてから、すごく楽になったと思う。
 あの日、アヤに言われた、真大とのケジメはまだ付けられてないけれど、いつかそれも出来ると思えるようになったし。

「山口くん、そろそろ上がっていいよ」
「え?」

 席待ちの客が一段落したところで店長に声を掛けられ、翔真は首を傾げた。
 閉店の時間まではまだあるのに。

「今日、朝から入っててくれたし。もうそろそろ大丈夫そうだから」
「でも…」

 確かに、開店準備のときから出勤していた翔真は、バイトとしての勤務時間なら、とうにオーバーしていた。
 けれど今日は、閉店までいるつもりだったから、急にそんなこと言われて、戸惑ってしまう。

「いいっすよ、最後までいますよ」
「でも、いつまでも友だち待たせてちゃ悪いだろ? 客足もだいぶ落ち着いたし、もう大丈夫だから、行ってやんな?」
「え? 友だち?」

 待ち合わせしている友人なんて、今日はいないはず。
 不思議に思って、翔真がキョトンとしていると、入り口のとこでずっと待ってるよ、と店長が教えてくれた。

「寒いから中で待ってろって言ったんだけど、平気だからって」
「え? え?」

 わけが分からず、翔真は店長に断って、店の入り口に出てみる。
 街はイルミネーション。
 この店も派手な装飾はないが、シンプルなリースを飾ったり、今日のお勧めランチを載せる黒板にヒイラギやベルの絵を描いたりした。

「待ってるって、誰が…――――え…」
「…」
「真大…?」

 どうして…。

 翔真は、その場に立ち竦んだ。
 真大もただ、じっと翔真を見据えていた。

 冷たい空気。
 息が、白い。

「俺のこと待ってたって……お前?」

 尋ねれば、真大は少し目を伏せて、頷いた。

「…、ッ…あ、っと、今支度してくるから、ちょっと待ってて!」

 翔真は急いで店内に引き返すと、店長や他の従業員に頭を下げて、スタッフルームにった。
 頭が混乱している。
 どうして真大が?
 待っていた?
 どうして? どうして?


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (9)


「お待たせ…」
「…」
「…ずっと、待ってたの?」

 コクリ、真大は頷く。
 俺を? と聞けば、黙ったまま、また頷いて。

「寒くなかったのかよ…」
「寒いに決まってんじゃん」

 グズッと鼻を啜る真大の頬も鼻の頭も赤い。
 人の出入りがある店の前を離れ、人目に付かない路地に入る。だって、行く先なんかないし。

「しかもカップルばっか入ってくし、超恥ずかしかった」

 さも忌々しげに言い放って、真大は地面を蹴った。
 けれど、ならどうして、と翔真は問いたい。
 別に約束もしていなかったし、第一、どうして真大が自分なんかを待つ必要があるというのか。

「何でアンタ、今日なんかに、バイトしてんの?」
「…別に、他の予定もなかったし」

 相変わらず、そっけないタメ口。

「…彼女は?」
「いたら約束してるよ。つーか真大こそ、何してんの、こんなとこで」
「だから、アンタ待ってたって…」
「だから何で? 何で俺なんか待ってんの?」

 問い詰めるような言い方にはしたくなかったけれど、うやむやにはしたくなくて。
 けれど真大は、「知らねぇよ」て、見つめ合う視線から逸らす。

「知らないじゃねぇだろ。だってもし俺が今日バイトしてなかったら、どうするつもりだったんだよ」
「…カズくんが、バイト行ったって、教えてくれた」
「え、カズ?」

 確かに和衣から、クリスマスプレゼントに何を買ったのか聞かれたとき、上げる相手もいないから買わないし、24日もバイトだと答えていた。
 そういえば先日、真大は和衣と一緒にこの店を訪れていたし、真大が今日、翔真がここでバイトしていることを知ったのはいい。でもだからどうして、そんな翔真のところに真大がやって来るのか。

「来ちゃ悪いのかよ」
「悪いとかじゃなくて、何でなのかって。だって…――――…って」

 パシッて何かを投げ付けられて、翔真は一瞬怯む。
 いきなりのことにキャッチすることの出来なかったそれは、翔真のコートに当たって地面に落ちた。

「え、これ…」

 ワインレッドの包装紙に包まれたそれには、深緑のリボンが金色のシールで留められている。クリスマスカラーの、その包み。
 そういう意味だと受け止めていいのだろうか。

「俺に?」

 包みを拾い上げて尋ねれば、真大はコクリと頷いた。

「そこのコンビニで買った」
「コンビニかよ」
「ならアンタは、何か用意したのかよ」

 ずい、と手を差し出され、今度は翔真が言葉に詰まる。
 だってまさか、イブにこんなことになるなんて思ってもみなくて。
 上げる相手なんていないと思って。

「…ゴメンなさいです…」
「別いいけど」

 最初から期待してなかったし、と真大は手を引っ込めた。

「…………、…俺、アンタのこと、嫌いじゃない」


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (10)


「俺、アンタのこと、嫌いじゃない」
「えっ…」

 ただでさえ、突然受け取ったプレゼントに驚いているというのに、続けて発せられた真大の言葉に、今度こそ翔真は言葉をなくした。

「それ、言いたくて、来た」

 ポカンと口を開けたまま立ち竦んでいる翔真に、目の前の真大は、「今までゴメンなさい」と、深々と頭を下げた。

「な…何、急に」
「…別に。ずっと言おうと思ってたから」

 あの日、和衣と話して、ずっと思っていたことを和衣に話して、それからずっと考えていた。
 許してくれないとは思うけれど、このままでもいられないと思うから。

「言いたいのは、それだけ。アンタを待ってたのも、そのため。それだけだから」

 じゃあ、て真大が回れ右をする。
 一歩踏み出す。

「ちょっ、待てよ!」

 翔真は、咄嗟にその手を引いた。
 冷たい手。
 手袋もしていないその手は、すっかり冷え切っている。

「言い逃げかよ、お前」
「だってもう言うことないし」

 真大は翔真の手を振り解こうとしたけれど、かじかんだ手、うまくいかない。
 触れた部分から、ぬくもりが伝わって来る。

「俺の話も聞けよ」
「何で、ヤダ」
「ヤダじゃねぇよ」

 翔真は、真大の手を引っ張って、自分のほうへ向き直らせた。

「お前さぁ、ホント…ホントずりぃよ、真大」
「…何それ」

 真大は怪訝そうに眉を寄せる。
 はぁー、て溜め息みたいに吐いた翔真の息が、白く上って消えた。

「俺だって、お前に謝ろうと思ってたのに」
「? 何でアンタが謝んの?」

 意味分かんない、て、真大は小さく呟く。
 こちらが謝っても、翔真に謝られるようなことをされた覚えはないのに。

「だって、真大のこと、すごい怒らせちゃったし」
「それは俺が勝手に…」
「もっと、ちゃんと話せばよかった。お前が誤解してるって分かったときも、別にそれでもいいやって思ってた。真剣に向き合おうとしてなかった」
「…」


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (11)


「だから、ゴメン……て言おうと思ってたのに。きっと許してくれないと思ったからさ、なかなか言い出せなくて、どうしようって思ってたのに、お前のほうが先に言うんだもん」

 …ホントずりぃよ。
 そう言って翔真は苦笑するから、真大もがんばって笑おうとしたけれど、それは泣くのを必死に堪えるような、そんな表情になってしまった。

 真剣に向き合うだなんて、そんな。
 ずっと拒絶していたのはこちらのほうで、差し延べてくれた手すら、振り払ってしまったのに。

「あとさ、もう1個、言いたいことあるんだけど」

 まっすぐに見つめられ、真大は思わず怯んでしまう。
 まさか謝られただけでも、こんなに心が揺れ動いてしまったのに、一体これ以上、何を言う気? もうやめて。

「俺さ、お前のこと……真大のこと、…………好き…」

 イルミネーションの明かりもロクに届かない路地裏、冷えた空気に溶けていきそうな声。

「……は…?」

 それは、あまりに思いも寄らない告白だった。
 翔真の発した言葉は分かったけれど、でも、だけど、そんなの意味が分からない。

 好き?

 真大は混乱する頭で、必死に考えていた。
 翔真の言葉がやっと脳に行き渡って、けれど認識してもまだなお、理解できない。
 だって。
 だって、そんな。

「ゴメン、真大のこと、好きになってた」
「…は? 、ぁ…アンタ、ホントにバカなんじゃないの? 何それ…、何で? 何でそんな…」

 あんなにひどいこと言ったし、ひどい態度を取ったのに。
 好きになるとか、どうしてそんな…。

「そんなの俺も分かんねぇよ。だって…気付いたら、真大のこと好きになってた」
「そん…そんなの、分かんない、知らない…」

 この状況で、"好き"を伝える翔真の、その言葉の意味が分からないほど、真大だって鈍感ではない。
 けれど。
 翔真のことは、今となっては嫌いでないけれど、でもその気持ちに答えられるかと言われたら、すぐに答えは見つからない。

「…困らせて、ゴメン」
「え?」
「伝えようかどうしようか、迷ってたんだけど、……やっぱ伝えて、ちゃんとケジメつけて、この恋を終わらさなきゃ、て思ったから」
「え…」

 終わらせる?
 この恋を、終わらせるの?

「ど…ゆこと…?」
「だって、あんだけ嫌われてたの…、真大から好きになってもらえるなんて、最初から思ってないから」

 穏やかに微笑む翔真に、真大は何も言葉を返さなかった。
 翔真は、自分の思いにきちんとケジメをつけて、そして新しい恋へと向っていくのだろう。
 もう、こんなちっぽけなことに、とらわれることもない。

「真大…?」


Fortune Fate

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12月 手ぶらのぼくにプレゼント強要。 (12)


「真大…?」
「え?」

 急に翔真が驚いた表情に変わる。
 どうしたのかと思ったら、頬が濡れていて。

「うわっ、何これっ」

 それが涙のせいだと気が付いて、真大は慌てて目元を拭った。
 何で泣き出してしまったのかなんて、そんなこと、自分でも分からない。

「何…俺、何で泣いてんの…?」

 拭っても拭っても、涙はどんどんと溢れて来て。
 もう本当に、意味が分からない。

「もういい…もう帰るっ…」
「ちょ、真大、待って!」

 逃げ出すように背を向けた真大の腕を、反射的に取る。
 本当に嫌なのだろう、真大は必死に腕を振り解こうとする。

「逃げんな、真大!」
「ヤ…もう離して、ヤダ!」

 ボロボロと、涙が止まらない。
 もう離して。
 翔真がその想いを終わらせると言うのなら、こっちだってそうするから。
 もう…。

「ヤダ、もう分かんない…」

 逃げ出そうと抵抗するのをやめて、真大は力なく項垂れた。
 だって本当に分からない。
 何でこんなに涙が溢れるの? これじゃあまるで、翔真のことを好きみたいだ。

「真大…泣かないで…?」
「やめ…離して…」
「ゴメン、俺が好きだなんて言ったから…、最後まで困らせて……ゴメン…」

 離せと言ったのは自分だけれど、その手が離れていくことに、ひどく胸が痛む。
 何度も振り払ってきた手。
 俺はまた、その手を手放すの…?

「何…俺、何でこんなに泣いてんの? アンタはもう、俺のことなんかどうでもよくなって、また別の人のことを好きになってくの……俺は…」
「真大のこと、どうでもいいなんて思わないよ、今だって好きだよ」
「そんなの…! だって俺は…」

 蒼一郎が言っていた、いつか好きになれる人がいるって、それは翔真のことなの?
 この、失いたくないって気持ちは、好きってこと?
 でも。

「分かんない、そんなの…、俺はアンタのことが好きなの…?」
「真大…」
「や…」

 もう自分の気持ちも分からず、悲愴に満ちた顔をする真大に、翔真は居た堪れなくなって、その体を抱き締めた。コートの上からだけれど、それでも分かるくらい、細い体。
 もう抵抗する気力もないのか、真大は静かにその腕に納まって、肩を震わせている。

「アンタのこと、好きなの…? そんな…ずっと嫌いだったの、でもそれなのに、好きになるなんて…」

 けれど、この腕を、何度も差し伸べてくれた手を、失いたくないのは本当の気持ちだけれど。
 こんなに苦しいのに、それでも恋だって言うの?

「…俺もそうだよ」
「…」
「だってあんだけ嫌われて、お前のことなんか全然好きじゃないって思ってたのに、なのに好きだなんて…。だから自分の気持ち認めるのも、ホントはヤダった。好きだって分かったとき、すげぇ苦しかった…」

 冷えた空気に、白い息が消えていく。
 真大の濡れた瞳が、翔真を見上げる。

「俺は…」

 好きになるのが、怖いよ。
 嫌いから好きになるなんて、そんなの怖い。
 ――――でも。

 ……その手を失うほうが、ずっと怖いよ…。


「好、き…に、なっても、いい…?」

 1つ、大きくしゃくり上げる。

 今もまだ、好きだと言うのなら、ねぇ、その想いを信じてもいい?


「…うん」
「好き…」
「俺も、好きだよ」

 だから、もう1度、ちゃんとやり直そう。
 傷つけ合うのはもうやめて、ちゃんと気持ちを伝え合って、信じ合おう。


「好き…」


Fortune Fate

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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (1)


「――――あのですね」
「ん?」
「このたび、真大とお付き合いすることになりまして」
「え、」

 徐に翔真が報告した相手は、教授に呼ばれている和衣を、カフェテリアで待っていた祐介だった。
 和衣が来てから昼食を取るつもりなのだろう、周りは食事中だが、祐介はペットボトルのお茶を飲みながら、雑誌を読んでいた。
 それを見付けた翔真は、向かいの席に着くと、顔を上げた祐介にそう伝えたのだった。

「え、何? え?」

 いきなりそう告げられた祐介は、何度も瞬きをして、聞き返す。
 あまりに突然すぎる報告と、その内容に、思考が付いていかない。

「えっと…もっかい言ってもらっても、いいですか…?」

 衝撃が大きすぎたせいか、翔真相手だというのに、祐介は妙な敬語で聞き返す。
 聞き間違いでなければ、真大と付き合うとか何とか、そんな感じのことを言ったような……え、マヒロ? マヒロって…………真大?

「真大と付き合うことになったの」
「…………、えっと、それって、翔真が、…てこと…?」
「うん」

 翔真は素直に頷くけれど、祐介は納得いかない。
 翔真と真大の間に何かしらの確執があって、あまりいい関係が築けていなかったのは知っていた。その後に、多少の歩み寄りがあったことも。
 仲直りするに越したことはないけれど、翔真がわざわざ『お付き合いすることになった』と言って祐介に報告するということは、単なる友人関係に収まったというわけではないということだ。

「何かまぁ、いろいろありまして…」

 一から説明し出すと長くなりすぎるから、と翔真はことの詳細は言わなかったが、やはり2人の関係は、犬猿の中から恋人同士へと変わったらしい。

「何か祐介にはいろいろ心配かけたから…」

 亮や和衣の前では素直な後輩を演じていた真大の、翔真の前だけで違う態度に気付いていたのは、この中では祐介だけだったから。

「みんなには…亮とか、和衣には、言ったの?」
「…まだ。そのうち話すつもりだけど」

 気持ちが荒れていて、荒んだ生活を送っていたころは、みんなに心配された。その気持ちを仇で返すようなまねまでした。
 何とかここまで立ち直れたのは、みんなのおかげだから。

「でも…よかったね」
「ん?」
「恋人とか、そういう関係は抜きにしても、……やっぱり誰かに嫌われてるって、何か嫌じゃん」
「…うん。だね」

 人に嫌われて、それを別に構わないと思っていられるほど、強くはないから。
 やっと気付いたなんて言ったら、笑われそうだけれど。

「ホント……よかった」


Fortune Fate




 この2人の組み合わせは、何気に好きです(*´∀`*)
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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (2)


 真大は、今ひどく悩んでいた。
 ずっと嫌いだと思っていた相手への気持ちが、実は恋心へと変わっていたのはいい。幸運にも、相手も同じように思ってくれていて、互いに気持ちを通じ合わせることが出来た。
 晴れてお付き合いすることになったというのに、真大の悩みは、突如として現れた。

 今さら、翔真にどんなふうに接したらいいのか、分からない。
 高校生のころは、学年も違って接点はなかったし(翔真は、真大のこと自体、知らなかったくらいだし)、大学に入って会ったときも、真大は翔真のことが嫌いだったから、一方的な素振りだった。
 それから気持ちが軟化したとはいっても、年下のくせに、ずいぶん生意気な態度を取っていたのだ。

 それなのに、今さら素直になるなんて。

(態度、変わりすぎじゃね? て思われるのもヤダし、だからって、好きな人相手に、あんな態度もないよね…)

 想いを伝え合ったあの日、あんなに素直になれたのは、やはりクリスマスのおかげだったんだろうか。

(あーもう、どうしよう…)

 こんなバカみたいなこと、相談する相手なんていない。
 だってこんなの、まるで恋する乙女だ。

「――――あ、」

 ふと真大の脳裏に、和衣の顔が思い浮かんだ。
 そういえば、こんなに身近に恋する乙女がいたではないか。
 和衣だったら、こんなバカみたいな悩みでも、きっと真剣に聞いてくれるはず。

 それに本人はまだ隠し切れていると思っているようだが、一緒に買いに行ったクリスマスプレゼントを上げる相手は、男友だちではなく男の恋人だと、真大は気付いていた。同族なら、なおのこと聞きやすい。

「よしっ」

 思い立ったら、即行動。
 真大は、同じ寮に暮らす和衣の部屋へと向かった。



***

「カズくーん、いるー?」

 前に蒼一郎の部屋をノックもせずに平気で訪ねていたときとは違う、控えめなノックと声掛けで和衣を呼べば、すぐに「はいはーい」て和衣が顔を出した。

「う? 真大? どした?」
「カズくん、今時間ある? 相談したいこと、あんだけど…」
「俺に? いいよ、上がって?」

 特に予定もなかったのだろうか、和衣はすぐに部屋に招き入れてくれた。

「部屋の人は?」
「バイト行った。で、相談て…?」

 真大は促されるまま、部屋の真ん中にあるローテーブルのところに腰掛けた。

「あのね、俺……好きな人が出来た、…てか、あの、お付き合いするようになったんだけどね」
「え、彼女出来たの? おめでとう」
「あ、いや、うん」

 まるで自分のことのように、幸せそうな顔をして祝福してくれる和衣に、けれど"彼女"ではなくて、相手は男なんだけれどと、どう伝えればいいのかと思う。


Fortune Fate

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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (3)


 真大にしたら、もしかしたら和衣は、翔真から何か聞いていて、すでに2人が付き合っていることを知っているのかとも思っていたけれど、その様子はない。
 和衣が、知っているのに、知らないふりが出来るほど器用ではないことを、真大は知っている。

「あの…あのね、恋人が出来て、それでね、何か、どういうふうにしていいか分かんないっていうか…」
「どういうこと?」
「俺ね、その人の前で、ずっと態度悪かったっていうか、すっごい生意気でね、何で好きになってもらえたんだろ、て思うくらいなの。でもね、付き合うようになって、そんなんじゃダメだとは思うんだけど、今さらどうしたらいいんだろ、て…」

 我ながら、何て恥ずかしいことを聞いているんだろうと、真大は立てた膝に顔をうずめた。

「…ん、その気持ち、何か分かる。俺が今付き合ってる人、それまでずっと友だちだったのね。友だちから恋人になって、今までと同じでいいのかな、て思ったけど、そういう俺のこと好きになってくれたわけだし、変えるのも変かな、て」
「じゃあ俺も、今までどおりでいいと思う?」
「…その人はさ、真大のそういう素直になれないとことか、生意気なとことかも、みんな知ってて、それでも好きになってくれたんでしょ? ホントの真大を」
「…」
「だって恋人の前だと、どうしたって取り繕っちゃうじゃん? よく思われたいし。ホントは全部曝け出せるようにならなきゃダメなんだろうけど」

 弱い部分もみんな見せて、それでも好きでいてくれるような人でなければ、ずっと愛し合ってはいけないだろうし、自分だって恋人のそんな部分を受け止めてあげたいと思うから。

「…そうだよね」

 確かに、蒼一郎のことが好きで堪らなかったとき、彼の前では弱い自分を見せたくなかった。
 好きになってほしくて、必死にいい子の自分を演じていた。
 もし恋人になれていたら、本当の自分を殺して、ずっとそんなふうにいいヤツを演じていなければならなかったのだろうか。

「だから真大は、素のままの自分でいていいんじゃない? 好きなんだから態度悪いのは問題だけど、変にいい子ぶらなくてもいいと思う」
「…うん」

 もう、それこそ最低の自分を見せてしまっているのだ。
 今はただ、素直な自分で、彼に自分の気持ちを見せていけば、それでいい。
 …素直になるのは、苦手だけれど。

「真大は、素直ないい子だと思うよ」
「嘘。全然そんなふうになれない。カズくんみたくなれないよ」

 翔真の前で生意気な口を利いてしまうのも、素直になれないせいだ。
 そういえば子どものころから、好きな子には意地悪するタイプだった。全然素直になれなくて、いつも失敗するんだ。

「無理しないのが、一番いいと思うけどね。素直にならなきゃて無理すると、ツラくなっちゃって、続かないから」
「…うん。ありがと、カズくん」

 今だったら、こんなに素直にお礼が言えるのに、と和衣は思う。
 真大は、自分が思っているよりもずっと、素直な子なのだ。

「がんばってみるね」

 まだ始まったばかりの関係。
 どんなふうにでも、切り開いていけるから。


Fortune Fate

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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (4)


「また、何かあったらおいでよ。俺でよければ、話聞くから」
「うん」

 見送る和衣に、もう1度ありがとうと言って、真大はドアノブに手を掛けた――――けれど、真大がノブを回してドアを押し開けようとするより先。外からの力でドアが開いて、真大はそのまま前へとつんのめった。

「イッテ…、何…て、えっ真大!?」
「あ、ショウちゃん」

 つんのめった拍子に顔をぶつけた真大が、何なの? と顔を上げれば、そこにいたのは、今まさに話題に上っていた翔真で。
 事情を知らない和衣は、いらっしゃい、なんてのん気に言っているけれど。

「な、え…」

 友人の部屋のドアを開けたつもりが、中から恋人になったばかりの相手が飛び出してきて、翔真も動揺が隠せない。

「ショウちゃん、どしたの?」
「え…あ、これ、レポート。今教授のとこ寄ったら、渡してくれって」
「あ、ショウちゃん、ありがと~」

 相変わらずパソコンを買うつもりがないらしい和衣は、このレポートを仕上げるときも、学校の電算室に籠もり切りだった。

「じゃ、俺の用事はそれだけだから」
「あ、俺も! カズくん、ありがと!」

 翔真は苦笑しながら、和衣の部屋を後にする。真大はすぐにその後を追った。

「おま…すげぇビビったんだけど。何でカズの部屋にいんの?」

 自分の部屋に戻る途中、翔真ははぁ…と息をついて、隣を歩く真大をチラリと見た。

「いろいろ、恋のお悩み相談室。ねぇ、じゃあ山口くんの部屋、行ってもいい?」
「えっ、あ、うん」

 翔真の部屋は、蒼一郎と一緒だ。
 蒼一郎とのことがあって以来、真大はその部屋を1度も訪れてはいなかったけれど、今だったらもう、変に気にすることなく行ける気がする。
 だからそう言ったのに、翔真は何となく微妙な返事をする。

「何、ダメ?」
「そうじゃなくて、何か山口くんとか、聞き慣れないから…」
「……」

 それこそ、恋人同士なのに、いつまでも"アンタ"なんて呼ぶのも、て思ってそう呼んだのに、そんな妙な顔しなくたって。

「じゃあ、何て呼べばいいの? 翔真くん?」
「ッ…」
「…何照れてんの?」

 名前を呼んだだけで、そんなに顔を赤らめられても。
 この人も意外に純情?

「呼ばれ慣れてないからだよっ」
「あぁ、みんなあだ名で呼んでるもんね。じゃあ翔真くんて呼ぶの、俺だけなんだ。フフン」

 何だかちょっと、優越感。


Fortune Fate

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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (5)


「お邪魔しまーす」

 蒼一郎はいるのだろうかと思ったが、部屋の中は空だった。郁雅のところにでも行っているのだろう。
 何だか不思議な気持ちだった。
 前だったら、絶対に怒ってたのに。

「そういえばさ、カズくんに言ってないんだね」
「何を?」
「俺らのこと。仲いいから、話してんのかと思った」
「あー…うん、まだ」

 祐介は、真大とあまり接点がないから、先にこっそり話したのだけれど、亮や和衣に話すには、真大に言ってからのほうがいいと思って、まだ話していなかった。

「蒼ちゃんにも?」
「あ、うん。そっか、蒼にも言わなきゃだよな」
「いいよ、蒼ちゃんには言わなくて」
「何で」

 蒼一郎にだって、いろいろ心配を掛けたのだから、言ってしかるべきだと翔真は思ったのに。

「だって蒼ちゃんだって、郁と付き合ってんの、俺に内緒にしてたもん。だから俺も内緒にする」
「お前ね…」

 真大も、いつか言わなきゃいけないだろうとは思うけれど、何だか恥ずかしくも思う。
 蒼一郎の前でも、あんなに泣いてしまったし。

「ちゃんと…いつかちゃんと話すから」

 ね? と言って真大が、翔真のほうへとずり寄ってくる。

「…んだよ」

 その近い距離に翔真が後ずされば、その分だけ真大が近付いてくる。

「まひ…」

 翔真が名前を呼び終えるより先、真大がその口をキスで塞いだ。

「ちょっ、何すんだよ、いきなり」
「したくなっちゃった。翔真くんこそ、何照れてんの?」
「うっさい」

 真大といると、本当に調子が狂う。
 しかも、それが嫌だとか思わないから、余計。

「ふふ、かわいいね、翔真くん」
「バカ」

 呆れて体ごと背ければ、なぜか真大の腕が伸びて来て、抱き締められた。

「ちょ、真大っ」
「やめてよ、そんなかわいい反応。思わず押し倒したくなっちゃうじゃん」
「は? バカ、ぜってぇやめろ」
「蒼ちゃんもいないし」
「そういう問題じゃねぇよ」

 伸し掛かろうとしてくる真大を、何とか押し戻す。
 いくら今いないといったって、蒼一郎がいつ帰って来るか分からないし、いや、そういう問題じゃなく、こんなところでそんなことになれば、壁が薄いから隣の部屋とか廊下に筒抜けだし、いや、そうじゃなくて、え、俺が下?


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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (6)


「真大、ちょっ…」
「えへへ、終わり」

 もう1度チュッとキスをして、真大は翔真の上から退いた。

「おま…ふざけんなよ、真大っ」
「何怒ってるの? てか、ふざけてないよ、本気だった」

 こんなにかわいい人を前にして、いい人ぶるなんて、やっぱりそんなの無理。
 和衣とも話したけれど、やはり自分らしくしよう、て思ったら、ついこんなことに。

「そんな…怒るほど嫌だった?」
「時と場所を考えろ」

 ペチンと、翔真は真大のおでこを叩いた。

「それに……何でヤる気なの、お前が」
「ぅん? ?? ……。え、逆!? 翔真くん、俺のことヤりたいのっ…?」
「…………」
「…………」

 お互いの思っていることが急に分かって、真大も翔真も言葉を失って黙りこくった。
 普段はまるで気にしない、目覚まし時計の秒針のカチカチ進む音が、静まり返った部屋に響く。

「…………、じゃあ…、一緒にベッドに入るときは、その前にジャンケンしよっか…?」
「色気ねぇ…」

 微妙な真大の提案に、翔真も口元を歪ませる。
 そんな間抜けなベッドイン、絶対に萎える。100%勃たない自信がある。

「じゃ、翔真くんが下になって! 俺ヤダ、突っ込まれるなんて!」
「バッ…声デケェ!」

 むぅと唇を突き出して拗ねる姿は、わが親友に似ていなくもないが……と翔真は頭の片隅で思ったが、そうではなくて。
 突っ込むとか突っ込まないとか、真っ昼間からデカイ声で話す内容ではない。だから、壁とか薄いんだって!
 翔真は慌ててもう一発、真大をど突く。

「イッタ~…。だってさぁ、いざってときに揉めるほうが萎えちゃわない? だからジャンケンしようて言ったのに」
「いや、そうだけど…」
「俺はジャンケンしてもいいよ。ジャンケンが嫌なら、翔真くん、下になってよ。ね、どっちがいい?」
「え、何だよ、その選択肢!」

 どちらがいいか翔真に選ばせてくれようとはしているが、その2択、どう考えても翔真が下になる確率が高い。
 しかも何で今、そんなことを決めようとしているの?

「そ…そのときが来たら、どっちがいいか選ぶからっ」

 だから今は落ち着け、と翔真は、今にも襲い掛からんばかりの真大を宥めすかす。
 てか、何でこんなに必死?
 今まで女の子と付き合って来て、エッチのことで、こんなに焦ったことなんか、1度もないのに。

(あ…突っ込まれるほう側になる危機がなかったからか…)

 山口翔真、20歳、男子。
 初めて身の危険を感じてます。

「約束ね。大丈夫、俺もしジャンケンに負けても、萎えないし、駄々捏ねないから。――――でも、負ける気もないけど」

 約束、約束~と、真大は無邪気に翔真の小指に自分のを絡めてくるけれど、最後の一言、目が本気だったことを、翔真は見逃してはいなかった。

(え…俺、今度からカズのこと、師匠って呼ばなきゃなの…?)

 何となく背中を、冷汗が伝った気がした。


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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (7)


 とうとう黙ってはいられなくなって、翔真は亮たちにも、真大と付き合うことになったことを白状した。
 みんなを集めて一気に話したほうが、同じ話を何度もしなくていいとは思ったけれど、集めたら集めたで何となく騒ぎが大きくなりそうだったから、結局、亮と和衣、そして睦月と3人にバラバラに話した。

「マヒロって、あの真大? 何お前、何か吹っ切れたと思ったら、新しい世界を開拓しちゃってたんだ…」

 亮は何度か瞬きした後、呆然とそう言った。
 いろいろと心配を掛けた後、もう大丈夫だと亮に話したときはまだ、真大と付き合う前だったから、このカミングアウトは亮にとってはかなりの衝撃だったに違いない。

「まぁ、吹っ切れむっちゃー吹っ切れたんだけどね」

 翔真があんなただれた生活に陥る一因は真大にあって、それが解決し、そして彼と付き合うことになったのだから、亮の言う"新しい世界"を開拓したことになるのかは分からないが。

「はぁ~~~~……、ショウが男に走る日が来るとは…」
「…………、そのセリフ、そのままお前に返すわ」



***

「え、じゃあ、真大が言ってた苦手だった先輩て、ショウちゃんのこと?」

 翔真が真大とのことを明かすと、和衣は驚くどころか、逆に翔真が仰天するようなことを、平気で言ってのけた。
 心臓をバクバク言わせながら、どういうことなのかを詳しく聞き出せば、どうやら和衣は、いろいろと真大から話を聞かされていたらしい。
 その中に翔真の名前が出てくることは1度もなかったから、和衣はまさかその話の登場人物が翔真だということには気付いていなかった。

「この前もね、ずっと嫌な態度取ってたのに、恋人になって、今さらどんなふうに接したらいいか分かんないって、相談に来たんだよー。かわいいね、真大」

 後輩に頼られたのが嬉しかったのだろう、和衣はニコニコとそのことを翔真に教えてくれる。

「ち…ちなみにカズは、それに何て答えたの?」
「んー? その人は、真大のそういう生意気なとことか、全部含めて好きになってくれたんだろうから、素の自分でいたら? て言ったよ。変に取り繕うことないんじゃない? て」

 夢見がちな和衣らしく、幸せそうな表情でそう答えた。

「でもその人がショウちゃんだなんて知らなかった。じゃあ、あの日、俺が真大と一緒にショウちゃんのカフェに行ったとき、ヤキモチ妬いた~?」
「……、まさか。カズじゃあるまいし」

 むふふ、と笑いながら顔を覗き込んで来る和衣に、思わず苦笑する。

 そういえば、クリスマスイブの夜、翔真がバイトしていると真大に教えたのも、和衣だったはずだ。
 もしかして、翔真と真大を結び付けたのは、和衣のおかげ?

「…カズ、サンキュ」
「ぅん??」

 天然丸出しのキューピッドは、「何が?」と、小首を傾げた。



***

「あ、むっちゃん、ちょっと聞いてくれる?」
「何?」
「あのね、驚かないで聞いてほしいんだけど…、…………、俺、真大と付き合うことになったの。あの、ラブって意味で…」

 翔真にそう打ち明けられた睦月は、は? て顔で小首を傾げた。
 それからしばしの沈黙。
 睦月自身、男と付き合っているのだから、このカミングアウトで引くことはないだろうけれど、それにしても反応が薄い。

「むっちゃん…?」
「えー…っと。…………。……真大って、誰だっけ?」
「……」

 どうやら睦月は、関心のないもののことは、まるで覚えていられないようだった。


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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (8)


 自分が友人たちにこうも簡単にカミングアウト出来たのは、周囲にそういう人間が多いことだと分かったとき、翔真はふと気が付かなくてもいいことまで気が付いてしまった。

(類友…)

 自分が普段つるんでいる友人たち皆、恋人が同性だという事実。
 同性愛に偏見はなく、ゲイなんだと打ち明けられても引くことはないが、たった今気が付いたこの現実には、若干引く。

「ショウちゃん、どうしたの? てか、このストーブ、調子悪いね。あったまんない」

 ボロのストーブを弄くり回して、何とか部屋の温度を上げようとしていた蒼一郎が、落ち込み気味の翔真に気が付いて振り返った。

「なぁ蒼ー…。郁とヤるとき、お前が突っ込む側なんだろ? どうやって決めたの? ジャンケン?」
「…………、……、…うぇっ!?」

 ごく普通の調子で尋ねてきた翔真の質問の内容に、蒼一郎は引っ繰り返った声を上げた。
 ベッドの上での蒼一郎と郁雅の関係は、ここで開かれていた和衣のお勉強会のときに話していて、何気なく耳にしていたから、知っていた。

 和衣も、その役割をどうやって決めたのか聞いていたが、蒼一郎はいつの間にかそうなったとか適当にごまかしていた。
 けれど、こんな重要なこと、何となく決まるものではないと、翔真は踏んでいる。ましてや、お互い、男同士でやるのが初めてなのなら。
 いろんな人を経験したり、どっちもやってみたりして、そのセクシュアリティが決まって来ると思うのだ。

「ななな何言い出してんの、急に!」
「何となくとか、いつの間にかとか、そんなの嘘だろ? どうやって決めたの? お前が入れたいっつったとき、郁、全然抵抗しなかった?」
「……、何でそんなこと聞くの? 興味本位?」

 慌てていただけの蒼一郎が、眉を顰めて神妙な顔付きになった。
 翔真が、男同士だとかそういったことに偏見がないことは知っているが、質問の内容が内容なだけに、単に興味だけで知りたがっているのであれば、答えたくはない。

「あ…いや、そうじゃないんだけど…」

 蒼一郎の表情に、彼の思っていることを感じ取って、けれど翔真は言葉に詰まってしまった。
 真大が、あとで自分から話すと言っていたから、余計なことはしないでいたのだが、蒼一郎の態度を見ていると、どうも真大もまだ話していないようだ。

 ということは、蒼一郎は、翔真が興味以外の理由でそんなことを知りたがるなんて、思いも寄らないに違いない。
 そんなつもりはないのだが、それを説明するには、真大との関係を話さなければならなくなってしまう。

「…興味じゃなくて、切実な悩み」
「……え…? …………、え?」
「何回も聞き返すなよ、バカ!」

 間を置いて、何度も聞き返してくる蒼一郎の頭を、パコンと叩いた。

「だって、え? どういうこと? その……誰かに迫られちゃったとか…?」
「…………」
「えっマジ!? イッテ!」

 黙りこくった翔真の反応を、肯定の返事と見做した蒼一郎は、仰天した拍子に振り上げた手をストーブにぶつけた。


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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (9)


「…お前さぁ、人が真剣に聞いてるときに、……何なの?」
「何なの、て……ショウちゃんこそ、何なの!?」
「何なのも何も……そのままですけど」

 真大に迫られて、どうしようか悩んでるから、聞いてみただけだ。
 恋人だし、真大のことは好きだし、男同士だろうと、セックスすることをそんなに嫌だとは思わない。男の裸に性的な興奮を覚えたことはないが、好きな相手なら勃つものも勃つのだろう。

 けれど、自分が受け入れる側になるというのは、どういうことなのだろうか。
 和衣や郁雅が、そちら側でも満足してセックスをしているのだから、もしかしたらそんなに深く考えなくてもいいのかもしれないけれど、しかし、どうにも想像がつかない。

「……、やっぱそのときの、心と体の欲求じゃないかなぁ。俺は郁を抱きたいと思ったし、郁は抱かれたいと思ってくれたから、今に至ったんだよ」
「…だよなぁ。その需要と供給みたいのが一致しなきゃ、うまくいかねぇよな」

 本格的にストーブがダメになったらしく、部屋の温度は下がる一方で、寒さに耐え兼ねた翔真は、ベッドに乗っかって毛布に包まった。何だかちっちゃな雪だるまみたいだ。

「前にカズちゃんにも言ったことあるけど、別にセックスだけがすべてじゃないし、いや、セックスするにしたって、挿入なしてことだって…」
「でも相手は、確実に俺に入れたがっている」
「え」

 ジャンケンに負けたら逆でもいいとは言っているが、負ける気は更々ないようだし、だいたいこんな大事なこと、ジャンケンなんかで決めることではないと思う。

「相手はセックスしたがってるし、俺に入れたがってる。そうしたときは、どうしたらいい? 素直に入れさせてやったほうがいいの? 何かそんな穴扱い、癪に障るんですけど!」
「いや、あのね、ショウちゃん」
「俺だって出来れば入れる側がいいし! そういう2人じゃ、やっぱセックスなんて無理? 最初からしないほうがいいのかな? 始めるだけ始めて、挿入だけなし、とかそんなんでお互い満足できんの?」
「ちょっ、ショウちゃん、あの…」

 何だかだんだんテンションが上がって来たのか、翔真は力説を始めるが、自分の言っていることが何なのか、分かっているのだろうか。

「ショウちゃん!」
「…ん?」

 とりあえず翔真を落ち着かせて、話を詳しく聞いたほうがいいと判断した蒼一郎は、止まらなくなっている翔真に、何とかストップを掛けた。

「あのね、ちょっと聞いていい?」

 翔真が丸まっているベッドの縁に腰掛ければ、毛布の隙間から顔を覗かせた。

「今の話聞くと、ショウちゃんは誰か、男の人から迫られてて、セックスするような状況になってるってことだよね? しかも、自分が入れる側だったら、その相手とセックスしてもいいと思ってる」
「んー……うん」
「てことは、無理やりヤられそうになってるわけじゃなくて、ある程度、合意の上ってことだよね? 入れる入れないは抜きにして」
「まぁ……うん」
「……、ショウちゃん……いつから男OKになったの?」
「え、」


Fortune Fate

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1月 玄関開けたらあなたとはちあわせ。 (10)


 だって、ほんのこの間まで、女の子と付き合っていたはずだ。それを彼女と呼ぶべきかは知らないが、とにかく男に興味を持ち始めたなんて、聞いていない。
 ゲイに持てるノン気の男だっているし、その気もないのに迫られることもあるけれど、今の話を聞く限り、翔真は相手からのアプローチを受け入れようとしているし、どうしたらお互いに満足の行くセックスが出来るかを模索している。

 これじゃあまるで、"彼女"でなくて、"彼氏"が出来たみたいだ。

「なっ…ちょっともっと詳しく聞かせてよ! どういうこと? ショウちゃん、え、……男の人と付き合ってんの…?」
「……気付いたら、そういうことに…」
「…………」

 唖然とした顔をする蒼一郎に、翔真も我に返った。
 真大が話すまで、蒼一郎には言わないでおこうと思っていたけれど、何だかごまかしの利かないところまで話を持っていってしまった。
 だって興味本位でこんなことを聞いていると思われて、蒼一郎に嫌な思いをさせたくなかったから。

「――――……でもまぁ、えっと…」

 呆気に取られていた蒼一郎も、ようやく自分を取り戻して来たのか、何度か瞬きをしながら、次の言葉を探している。

「えー…っと、うん、まぁ…さっきも言ったけど、セックスだけがすべてじゃないからさ、」
「でも、隙あらば、押し倒されそうな予感」
「えー!!」

 何とかフォローしようとした蒼一郎の言葉は、衝撃的な翔真のセリフにより、呆気なく打ち崩される。
 けれど本当のことだ。
 マジで食われるかもしれない。

「ちょっ…そんなヤツと付き合うの、マズイんじゃない!? ショウちゃん、大丈夫なの!?」

 翔真の言葉に、一体どんな男の姿を想像したのだろうか、蒼一郎は慌て出した。
 翔真は一見しただけではスラリとした細身に、女性的な美しさを宿した甘やかな顔立ちだが、176cmという平均よりは高めの身長に、実は脱げばきれいに筋肉の付いたガタイのいい体をしている。
 その翔真が押し倒されるかもしれないとなると、一体どんな大男に手込めにされようとしているのかと、蒼一郎が思っても致し方ない。
 ……実際は、翔真よりも小柄で華奢な真大だが。

「俺がオカマ掘られたら、慰めてね…」
「ちょっショウちゃん、冗談でもそんなこと言っちゃダメ!」

 ズブズブと包まった毛布の中にうずもれていく翔真に、蒼一郎はその肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

「んー…寒ぃし眠いから、もう寝かして…」
「ダメー!! ショウちゃん、ちゃんと話を聞かせて! 寝るなー!! 寝たら死ぬぞ~~~!!!」

 まるで雪山の遭難者を叱咤するようなことを言って、蒼一郎は何とか翔真を起こそうとするが、結局睡魔には勝てなかった翔真は、そのまま夢の世界へと落ちていった。


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2月 たまには甘いのあげようか、って。 (1)


「ぐふ…。むふふふふ、ふはははは!!!」
「…………、カズちゃん、何考えてるかは想像付くから言わないけど、何か気持ち悪いよ」

 和衣のニヤニヤした締まりのない顔と、前触れのないバカ笑いに、呆れたように突っ込んだのは睦月だった。
 長年の親友である翔真は若干引いているようで、口元を歪ませて、ただ和衣を見ていた。

「もぉ~、むっちゃんてば!」
「イテッ!」

 和衣は、軽い調子でパシンと睦月の肩を叩いたが、テンションが高いせいで結構な力が入っていたらしく、睦月は本気で痛そうな顔をした。

「何、どうしたの、カズ」

 睦月には分かったらしい和衣の考えていることが、翔真にはまだ分からない。
 いつもとキャラが違うのでは? と心配しつつ、恐る恐る尋ねてみる。

「もう、ショウちゃんまで! 今は何月? 2月でしょ? 2月と言えば!?」
「……え、」

 突然始まった、わけの分からないクイズ。
 マイクを持ったマネで、握ったコブシを目の前に差し出してくる和衣に、翔真は本気で固まった。
 一体この子は何がやりたいのだろう。

「……、ショウちゃん、あんまり相手にしなくていいよ、面倒くさいから」
「ちょっ、むっちゃん!」
「俺、もう部屋帰る」
「ダメー!!」

 立ち上がろうとする睦月を、和衣は必死に引き止めるが、しかしここは和衣の部屋ではなく、翔真の部屋だ。

「もうヤダってば。どうせバレンタインのチョコ買いに行こうとか言い出すんでしょ? 俺、絶対行かないからね」

 昨年、バレンタインの前日に、女の子で賑わう店に男2人で行き、バレンタインのチョコを選ぶという、これでもかと言うほどの羞恥プレイを経験した睦月は、今年こそは勘弁してもらうべく、先手を打ってそう言った。

「何で何で何で~?? 亮に上げないの? 上げるでしょ? ね?」

 去年のバレンタイン、睦月が亮からチョコを貰ったことは知っている(というか、無理やり聞き出した)。
 それなら今年だって、お互いチョコを渡し合うのが当然だと思う。
 少なくとも和衣は、そう思っている。

「ヤダー! 去年、超恥ずかしかったもん! 絶対ヤダ!」
「亮だって、同じ思いして買ったの。だからむっちゃんも買うの!」
「イヤ~!」

 力ずくでも睦月を納得させようとする和衣の迫力に、はたで見ている翔真も何だか押され気味になってしまい、どうしてこんなことをこの部屋でしているのかとか、出来れば(うるさいから)帰ってほしいとか、何だか言い出しにくくなった。

「ヤダじゃないの! ショウちゃんだって買うんだから、一緒に作戦会議ね!」
「えっ俺!?」

 どちらの味方になることも出来ず、すっかり傍観者だった翔真は、和衣のセリフの中にいきなり自分の名前が登場し、慌ててベッドから飛び起きた。


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2月 たまには甘いのあげようか、って。 (2)


「カズ、ちょっ…はっ!? おま…今、」
「ぅん? だってショウちゃんだって上げるでしょ? 真大に」

 翔真も上げるつもりだと当然のように思っている和衣は、うろたえている翔真に構わず、睦月の説得を再開する。
 まるで去年の自分を見ているようだと、睦月は内心思ったが、自分の防衛だけで精一杯で、翔真に救いの手を差し伸べることは出来なかった。

「つーか、だったら亮と買いに行きなよ。俺、生チョコがいい」

 和衣が一緒にチョコを買いに行く相手は、何も自分でなくてもいいはずだ。亮だっているし、それこそ翔真だっている。
 ついでに自分の食べたいのも、リクエストしてみた。

「ヤダー、むっちゃんがいい~」
「何で!」
「だって亮、買い物待つの、嫌がるんだもん…」
「カズちゃんがグズグズしてるからでしょ」
「真剣に選んでるって言って!」

 和衣は必死に弁明するが、確かに和衣の優柔不断は今に始まったことではない。
 自分のものならすんなり買えるようだが(と言うより、買わずに後悔するくらいなら、買ってしまえという信念があるらしい)、プレゼントのこととなると、まるで決断力がない。
 そういえばクリスマスプレゼントのときも、真大は丸半日付き合わされていた。

「いいじゃん、ショウちゃんと2人で行ってくれば」
「ちょっ、むっちゃん、俺まだ行くとか言ってない!」

 和衣だけでなく、睦月にまで一緒に行くことにされてしまって、翔真は慌てまくる。

「え、ショウちゃん、行かないの?」

 当然翔真も行くものだと思っていた和衣は、その言葉に驚いて、翔真を振り返った。

「ショウちゃん、真大にチョコ上げないの?」

 どうして? どうして? と、和衣は不思議顔で翔真に詰め寄る。
 翔真はたじろぎながら、余計なことを言った睦月を睨むが、睦月は気付かぬ振りで、そっぽを向いた。

「何で何で? 何で2人ともチョコ上げないの? むっちゃん、去年亮に貰って、嬉しくなかった? ショウちゃんも…」
「俺、甘いもの苦手だし…」

 バレンタインのチョコがそういう問題ではないことは分かるが、もとからイベントにそんなに興味のない翔真にしたら、和衣ほどテンションを上げられない。
 もちろん、睦月と同様、買いに行くのが恥ずかしいというのもある。

「あ、じゃあさ、真大誘ったら? 後輩なんだし、カズちゃんの言うこと聞くよ?」
「そんなとこで先輩風、吹かせたくないよ! それに今それ言って、これから真大誘いに行ったら、ショウちゃんにバレちゃってんじゃん!」

 何を言っても説得されない睦月と翔真に、和衣は唇を突き出して、拗ね始めてしまう。

「あーホラ、カズ。口がアヒルさんになってっから」
「うっさい! もう知らない! あとでチョコ買いに行きたいって言ったって、ぜーーーったい付き合ってやんないから!」

 頬を膨らませた和衣は、宥めようとする翔真の手を振り払って、ドカドカとうるさく部屋を出ていった。
 取り残されたのは、睦月と翔真。

「もー、ショウちゃんが、あんなに拒否るからー」
「むっちゃんのほうが、めいっぱい拒絶してたでしょー」

 2人は顔を見合わせると、深い溜め息をついた。


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2月 たまには甘いのあげようか、って。 (3)


 もう絶対に2人となんかチョコを買いに行かない。買いたいって言ったって、絶対に付き合って上げないもん! と和衣はイライラしながら買い物に出た。

 何で分かってくれないんだろう。
 確かに日本ではチョコは女の子から男の子に上げるのが定番で、そうでなければ逆チョコとか自分チョコとか、一過性のブームのように言われてしまうけれど、単に愛を確かめ会う日と捉えるのが、そんなにダメなこと? そんなに恥ずかしいの?

「もー…全然決まんない…」

 苛付いた気持ちのせいだろうか。
 かわいくラッピングされたチョコを見て回っても、少しもテンションが上がらない。

「はぁ…」

 和衣だって、1人で買い物が出来ないわけではないけれど、やっぱり人の意見も聞きたいし、話だってしたい。プレゼントでないとしても、やっぱり1人で買い物するのはつまらない。
 勢いだけで寮を飛び出してきたけれど、プレゼントを買うウキウキ感が湧いてこない。

(祐介って、結構甘いもの好きなんだよねー。ショウちゃんはそんなに好きじゃないって言ってたけど…………て、)

「ショウちゃんなんか、どうでもいいし!」

 うっかり翔真や睦月のことを思い出してしまって、和衣は慌ててそれを振り払った。
 今は自分が買うべきチョコに集中しなければ。

「うー…でもどうしよう…」

 去年はかわいい系だったから、今年は大人っぽいのがいいかな? でもこれかわいー……と、もとが乙女思考の和衣は、ついつい自分の好みで、かわいいラッピングのものに目が行ってしまう。

(ダメダメ、これは祐介に上げるヤツなんだから)

 祐介の好みに合ったものを探さなければと、和衣は次のテナントへと向かった。
 時期が時期だけに、チョコや雑貨を取り扱っている店舗は女の子でごった返していて、真剣な表情でチョコを選んでいる和衣に、時おり女の子たちの視線が集まるが、もちろん和衣はそんなこと、まるで気にしない。

「カズ?」

 何軒か見て回った後、疲れた…とへこたれていた和衣を呼ぶ声。
 聞き覚えのあるその声に振り返れば、それこそこんな女性向けのテナントが多く入ったこの階に1人でいるなんて似つかわしくない亮が、けれど1人で立っていた。

「亮! ね、亮もチョコ買いに来たの?」
「そーだけど。お前、1人なの?」
「…ん」

 1人でチョコを買いに来ている現実を思い出し、和衣はシュンとなって頷いた。
 見たところ亮も1人のようだが、去年も亮は、睦月に上げるためのチョコを1人で買いに来たと言うから、今年だって別に平気なのだろう。

「ショウちゃんたちに振られた…」
「アイツならしょうがねぇだろ」
「でもむっちゃ…あ、んー…」

 睦月だって来てくれないと言おうとしたが、そんなこと、恋人である亮にバラす必要はないと、和衣は慌てて口を噤んだ。
 亮は和衣の言わんとしたことに気付いたが、和衣の気持ちを汲んで、黙っていた。


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2月 たまには甘いのあげようか、って。 (4)


「亮、チョコもう買った?」
「いや、今来たとこだから」
「…………」
「何だよカズ、その顔は!」

 まだ買ってないの? なら一緒に選ぼう? 一緒に買い物しよう? と和衣は目で必死に訴えかける。
 和衣のそんな性格を熟知している亮は、「はぁ~」と大げさに溜め息をついてから、「分かった分かった」と和衣を宥めた。
 どうせ自分も、この女の子だらけのどこかの店で、羞恥と戦いながらチョコを買うつもりだったのだ。2人になったところで、恥ずかしさが倍になるわけではない(かと言って、半減するわけでもないが)。

「むっちゃんねぇ、生チョコ食いたいって言ってた」

 2人なんてもう知らない! と、あんなに腹立たしく翔真の部屋を出てきたというのに、和衣はその前の会話で、生チョコがいいと言っていた睦月の言葉を思い出していた。

「生チョコねぇ。じゃあそれにしよっかな」
「えっ、ちょっ待っ…亮、もう決めたのっ? ダメ!」
「ダメって…お前が生チョコ勧めたんだろうが」
「だって俺まだ全然決まってない! ヤダ、亮、最後まで付き合って!」

 ただでさえ亮は、人の買い物で待つのが苦手だ。なのに先に品物を決めてしまっては、和衣が何を買うか決めるまで一緒にいてくれない可能性が高い。
 そんなのは、絶対に困る。
 和衣は逃がすまいと、ギュッと亮の腕を掴んだ。

「分かったからひっ付くなっつーの。お前が買うまで待ってっから!」
「絶対ね!」
「分かったから、ちょっカズ、離れ…」

 女の子だらけのフロアで、ただでさえ目立つ男の2人組。
 それに加えて和衣が、「絶対だからね!」とか言いながら亮の腕に纏わり付くものだから、さらに周囲の視線が集まる。

(ホモ丸出し…!)

 いくら亮が、女の子に混じってバレンタインのチョコを買いに来たとはいっても、それなりに羞恥心はある。
 こんな形で目立ってしまえば、恥ずかしくて居た堪れない。

「カズ、行くぞ!」
「ふぇ?」

 もうこれ以上はここにいれない! と亮は和衣の腕を引っ張って、ズンズンとその場を去ったが、それは逆に、その姿を見ていた女の子たちに、「やっぱり…」と確信を与えるものでしかなかった。

「ったく、お前は…」
「亮、何怒ってんのー?」
「うっせ。これ以上恥ずかしい思いさせたら、置いて帰るからな」
「そんなの約束違うー」
「いいから、さっさと探せ!」

 とにかく、和衣がチョコさえ選んで買ってしまえば、この場からは堂々と離れることが出来るのだ。
 亮は、グズグズしている和衣をせっ付いた。

「一応ね、何か大人っぽい感じのがいいかなーとは思ってるんだよね。去年はかわいい系にしたから」
「ビターなヤツ?」
「…でも祐介、甘いの好きなんだ」
「矛盾してんじゃん!」

 亮の突っ込みに、和衣は「グッ…」と唸った。
 言われてみれば、確かにそのとおり。ビターチョコでも上げれば喜んでくれるだろうし、食べてくれるとは思うが、祐介の好みに合わせるならば、やはり甘めのものだろう。


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2月 たまには甘いのあげようか、って。 (5)


「あー…うー…」

 一軒一軒一通り見て回っても、和衣はなかなかチョコを決められず、その間に亮は入った店で見つけた生チョコの詰め合わせを購入してしまったので、和衣は余計に焦る。

「亮、次の店行こ!」
「はいはい。つーか、何でここのじゃダメなわけ?」
「何かピンと来なかった!」
「あっそ」

 一応、最後までは付き合うと約束しているから、未だ迷いまくっている和衣を置いて帰りはしないが、早く決めてくれとは思う。
 なのに。

「あ、亮、見て! チョコフォンデュ! 試食できるって!」
「えっ、ちょっ…」

 チョコ買うんじゃないの? 試食って!? 慌てる亮をよそに、目を輝かせた和衣は、流行りのチョコフォンデュを店頭で試食させているチョコレート専門店を発見してダッシュした。
 フォンデュ用のロウソク台にボウルを乗せてチョコを融かす家庭用の簡単なタイプではなく、3段のタワーを噴水のようにチョコレートが流れ落ちるチョコレートファウンテン。
 甘い匂いが漂う。

「わー…」

 和衣は子どものように、チョコレートファウンテンを見上げている。
 周りはカップルか女の子同士。もしくは小さな子どもを連れた若い夫婦という組み合わせで、亮と和衣のように男同士なんてのは、まったくいない。
 けれど和衣はもちろん恥ずかしがることもなく、「俺、イチゴとカステラでやりたい!」と、順番待ちの列に並んでしまった…………だけならいい。

「亮、早く!」

 遠巻きにチョコレートの噴水を眺めていた亮を、手を振って呼ぶ和衣を、一体どうしてくれようか。
 周囲の視線が痛いほど突き刺さる。

(コイツ、祐介と出掛けても、こんななの…?)

 確かに昔から1つのことに夢中になると、周りが見えなくなる子ではあったけれど。
 自分よりもずっと常識人の祐介が、どうして和衣のこのテンションに付いていけるのだろうかと思ったところで、和衣がもう1度亮の名前を呼んだので、慌てて和衣のそばに駆け寄った。

「イチゴとカステラ!」

 自分たちの番が来て、和衣は望みどおりまずはイチゴをピックに刺して、チョコレートに浸す。

「おいひ」

 たっぷりとチョコを付けたイチゴを一口で頬張って、和衣は満足そうに目を細めた。
 試食は2つまで出来るとのこと、和衣は次にカステラに手を掛ける。

「亮やんないの?」
「え、俺は…」
「何にする? バナナ? キウイ? イチゴおいしかったよ?」

 戸惑う亮をよそに、和衣は勝手にバナナをピックに刺して、亮に渡してやる。
 確かにチョコレートフォンデュは楽しそうだ。けれど、こんな大勢の人の前で、男2人でやることではないのでは? しかも和衣は、甲斐甲斐しくピックにバナナを刺して手渡してくれるし。
 このコーナーを担当している若い男性従業員も、仕事ゆえ2人に丁寧に説明をして接してくれるが、何とも言えない表情をしている。

「んふ、カステラもおいし~」

 融けたチョコレートで口の端を汚しながら、和衣は幸せそうな顔をしている。
 その様子に観念して、亮もバナナにチョコレートを付けて口に入れた。チョコバナナ。チョコはかなり甘いが、普通にうまい。


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