恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年05月

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call my name (1)


s i d e : j i n


「徳永さん、お帰りなさーい」
「ただいま、直央くん」
「うわっ」

 帰宅した俺を、玄関までお出迎えしてくれる直央くんをギュッと抱き締めて、チューする。
 何か新婚さんみたい! とか、1人で浮かれている事実は、まぁ出来れば誰にも知られたくはないけれど、でもそんな気分になるのも仕方ない、て思えちゃうくらい、直央くんはかわいい。

「もう、徳永さん! 早く手洗って、うがいして!」

 まぁ…、かわいい奥さん、ていうより、小さいお母さんて感じがしないでもないけど…。

「直央くん、もう風邪の季節は終わったよ?」
「そういう問題じゃないし! 風邪を引かないために手洗いうがいするんじゃなくて、外から帰ってきたら必ず…」
「はいはい」

 手洗いうがいて、風邪予防のためにするわけじゃないの? 俺、てっきりそういうことかと思って、冬だけ手洗いとうがいを励行してたんだけど…。
 でも、直央くんがすごい力説するから、こんなことくらいで機嫌を損ねたくないし、素直に洗面所に向かう。

「徳永さん、あのね、」

 冷蔵庫から、純ちゃんの作った料理を出しながら、直央くんが楽しそうに、今日の出来事を話してくれる。
 恋人が今日一日何をしていたのか全部把握したいとか、そんなバカなことはもちろん思ってないんだけど、直央くんはこっちが聞かなくても、話してくれるんだよね。
 直央くんの話してくれることなら何でも嬉しいから、俺は毎日楽しい。

「これ、すごいおいしいの。俺、作れるようになりたいなっ」

 直央くんが言うのは、イカのマリネ。
 多分、凝ったアレンジをしないなら、そんなに難しい料理じゃないと思うけど、直央くんは、この味は何!? どうしたらいいの! とはしゃいでる。

「直央くん、イカ好き? それともマリネが?」
「イカの……これが。マリネ? 何かすっごいおしゃれだよね。あ、徳永さんはおしゃれだから、そんなにビックリしない?」
「いや…、そういう問題でも…」

 おいしくってテンションが上がって来たのか、なかなかに直央くんの言うことがおもしろくなってきてる…。

「ところでさ、直央くん」
「はい」

 どんなにご飯に夢中になってても、俺が声を掛けると、手を止めて顔を上げてくれる。
 口のとこ、ご飯付いてるけどね。



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call my name (2)


「前から思ってたんだけど、直央くんて、何で俺のこと、『徳永さん』て呼ぶの?」
「ぅ?」

 それは、ずっと前から思っていたこと。
 俺たち恋人同士で、俺は直央くんのこと『直央くん』て呼んでるのに、直央くんは相変わらず俺のこと、『徳永さん』て呼んでる。純ちゃんですら、『仁さん』て下の名前で呼んでくれてるのに!

 でも直央くんは、俺の言いたいことが分かんないのか、何でなのかを一生懸命考えてるのか、聞き取れなかったのか、コテンと首を傾げたまま、固まってる。

「何で、て…………徳永さんて、ホントは違う読み方なの?? 俺、最初に名刺貰ったときから、『徳永』て読むんだと思って、そう呼んでたけど、ホントは違ったの?」
「は?」
「お…俺、あんま漢字知らないから…、もしかしてずっと間違って読んでた!?」
「え? え? ちょっ待っ…」

 直央くんが考えてたことは、俺が想像してたもののどれにも当て嵌まらないことで(強いて言えば、2番目の『何でなのかを一生懸命考えてる』かもしれないけど)、聞いた俺のほうが焦る。
 まさか、読み方の間違いを指摘したと思われたとは…!!

「いや、漢字の読み方の問題じゃなくて!」
「えっ? 違うの!?」
「違う違う、読み方は合ってるから。そうじゃなくて、だから……何で下の名前じゃなくて苗字で呼ぶのかな、て。しかも『さん』付けだし」
「ぅ? うぅん???」

 ようやく質問の意図は伝わったみたいだけど(伝わったよね!?)、答えはすぐに見いだせないのか、直央くんはすごい真顔で、また固まっちゃった。
 もしかしてこんなこと、考えたこともなかったんだろうか。
 つか、そもそも直央くんて、俺の下の名前、知ってんのかな!?

「だって、徳永さんのほうが年上だし」
「純ちゃんだって、年上じゃん!」
「うん、だからちゃんと『純子さん』て、『さん』付けて呼んでる…」
「いや…」

 今俺が言いたいのは、『さん』付けのことじゃなくて、下の名前で呼ぶかどうかなんだけど…。

「何で純ちゃんのことは下の名前で呼ぶのに、俺のことは苗字なの?」
「純子さんのこと? だって俺、純子さんの苗字、知らないし」
「えぇっ!?」
「え、俺が忘れてるだけ? でも徳永さん、最初に純子さんのこと紹介してくれたとき、下の名前しか言わなかったと思う…」

 ものすごい女々しいことを言ってるのは分かるけど、こうなったら、とことん追及する! て思って聞いたのに、まさかの答えが返って来て、言葉に詰まる。
 危うく純ちゃんにまで嫉妬しそうになったけど、もともとは俺のせいだったのか…。



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call my name (3)


「まぁまぁまぁ、それはいいとして」

 今は純ちゃんの呼び方は置いといて。
 直央くんは、俺の苗字は知ってるけど、下の名前だって知ってる(はず)だから、呼んでくれたっていいと思う。

「直央くん、とりあえず俺のこと、下の名前で呼んで? 仁て」
「え、どうして?」
「どうして、て…」

 急に呼び方返るなんて恥ずかしい…とかいう反応だったら分かるし、それ相応の対応も考えてたけど、普通に『どうして?』て聞き返されると、何て言っていいか分かんなくなる…。
 恋人同士だから…て思うけど、別に必ずそうしなきゃいけない決まりがあるわけでもないし、本当にどうしてなのかを突き詰めたら、俺がそう呼んでほしいからなんだけど…。

「直央くんに、『仁』て呼んでほしいな」
「ふふ、徳永さんて、蓮沼さんみたいなこと言うね」
「えっ…?」

 突然登場した蓮沼の名前に、ビクッとなる。
 蓮沼は、(多分)悪いヤツじゃないけど、直央くんにいろいろちょっかいを掛けるし、はっきり言って、あんま得意じゃない。
 バレンタインのときも、俺より先に、直央くんのチョコ食ってるし…!

「えっと…、蓮沼も、そういうこと、言うの…?」
「うん。俺のこと、響て呼んでよ~て」

 響、ていうのは、蓮沼の下の名前なのかな。
 確かにアイツは、すっごい直央くんのこと気に入ってるし、何かそんなことも言いそうな気はするけど…。
 でも今直央くん、蓮沼のこと、『蓮沼さん』て言ったよな? てことは、まだアイツのことも、下の名前じゃ呼んでない、てことなわけで。

「直央くん!」
「はい」
「俺のこと、仁て呼んで!」
「…………」

 バシッとテーブルを叩いて、声を大きくする。
 俺の様子に気圧されたのか、直央くんは、口をポカンと開けて固まっちゃった。

「あ、いや…、コホン」

 1人で熱くなったのが恥ずかしくて、俺は咳払いすると、ワインを一口飲んだ。あ、酔ったとか思われるかな。

「徳永さん……どうしたの?」
「いえ…、何でもないです…」



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call my name (4)


 こんなの、そんな無理やり呼んでもらうものでもないし、つか、話が唐突過ぎたかな。しかも相手は、いろんな意味で、一筋縄でいかない直央くんだし…。
 でも、純ちゃんはしょうがないとして、せめて蓮沼よりは先に、俺のことを名前で呼んでほしい…。

「何で徳永さんのことを『徳永さん』と呼ぶかについて、今思い出せるだけ思い出して考えたところによるとね、」
「え、う…うん…」

 えっと…、俺としては、恋人なのに苗字のさん付けじゃ何かよそよそしいから、下の名前で呼んでほしいなぁ、くらいの気持ちで始めた話だったんだけど、直央くん、すごい真剣に、一生懸命考えてくれたのか、何かの論文発表か、会議か、みたいな感じになってる…。

「俺、最初から、徳永さんのこと、『徳永さん』て呼んでたでしょ? だって、お仕事のことでしか会わない人だし、お金貸してくれてる人だし、それは普通だよね? だから、それがずっと続いてるんだと思う」
「………………うん」

 いや、それは、直央くんが今そんなにがんばって思い出してくれなくても、俺もずっと分かってたことだよ。
 そのときからずっと『徳永さん』て呼ばれてるけど、俺たちはもうそういう関係じゃなくて、恋人同士なんだから、下の名前で呼んでほしいな、ていう話だったんだけど…。
 俺的には、結構思いの丈を最初から最後まで言ったつもりだったんだけど、直央くん的には、ようやく今、話のスタートラインに立ったところなんだろうか。
 先が長い…。

「え、徳永さん? えっと…、何か違った? 俺」
「違わないんだけど、俺たち今は恋人同士じゃん? だったら、『徳永さん』て呼ぶの、何かよそよそしいじゃん? だから、下の名前で呼ばない? て話で…」
「あ、そういうこと!? え、こっ…恋人になったら、下の名前で呼んだほうがよかったの!?」
「いや、絶対にそうしなきゃいけないわけじゃないけど…」

 直央くんは結構、何でも考えすぎちゃうというか、思い込んじゃうところがあるから、このままだと、今まで恋人として間違ってた! ガーン! てなっちゃいそうだから、それは訂正しておく。
 てか、未だに『恋人』ていうことに対して、照れるのね。

「やっ…、でも、徳永さん、そう呼んでほしいんでしょ!? その、ここ恋人としてっ」
「まぁ……うん。少なくとも蓮沼よりは先に呼んでほしいかな」
「ッ…………」

 何だかよく分からない、いろんな感情の入り混じった表情で、直央くんは動かなくなった。
 でも、どんどん顔が赤くなってくところを見ると、もしかして今になって恥ずかしくなってきてる? さっきまで何でもないふうだったのは、意味が分かってなかったからか…。

「えへ…、えへへ…」
「直央くん?」

 何か、直央くんの様子がおかしいんですけど…。
 ちょっと飽和状態になっちゃった? 大丈夫?



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call my name (5)


「え…徳永さんは、その、えへっ…、恋人だから、俺のこと、名前ていうか……あの、そういうふうに、呼んでくれてる、てこと?」
「うん、まぁ。直央くんのこと、好きだから、かな」
「そっかぁ…」

 正直な気持ちを伝えると、直央くんは緩んでいた口元をキュッと引き締めて、そしてこぶしも握り締めた。何かを決意したような表情。もしかして、下の名前で呼んでくれる気になったのかな。
 てか、そうだとして、そこまで決意するようなことだろうか。恋愛に慣れてなければ、そんなもんなのかな。思春期みたいだな。

 …なんて、のん気に思ってた俺が甘かった……です。

「分かった! 俺、これからは徳永さんのこと、下の名前で呼べるように、ちゃんと練習するね!」
「はい?」

 そう、相手は、みんなの思考の遥か斜め上を行く、直央くんでした。
 直央くんが何事にも真剣で、練習熱心なのは知ってるけど、まさか今の決意が、今ここで俺の名前を呼ぶためのものじゃなくて、これから呼べるようにがんばって練習するためのものだったなんて…。

「あの、直央くん…」

 ところで、練習て何する気? なんて、「よーしがんばるぞぉ!」と勢い込んでる直央くんに向かって、とても言えるはずもなく。

「よし、俺はこれから、メールと、イカのこれのヤツと、徳永さんの名前を呼ぶの、がんばってかなきゃ!」
「う、うん…」

 そうだよね。直央くん、メールマスターになりたいんだもんね。それに、イカのマリネも作れるようになりたい、て言ってたしね。
 それと同列に、俺の名前を呼ぶことが並ぶのはどうかと思うし、メールマスターになるための直央くんの努力を見てると、俺の名前を呼ぶのは、そんなに大変なことなのかと、複雑な気持ちになるけど…。

「徳永さん! 俺が徳永さんのこと、『徳永さん』て呼んでたら、ちゃんと教えてね! 厳しくチェックして!」
「あ、うん。いや、今めっちゃ『徳永さん』て言ったけど」
「いやっ…、今のはなし、今のはなし! これから!」

 一生懸命な直央くんがかわいいから、まぁいっか。



*END*



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恋の女神は微笑まない (1)


yamato & ryu

 ゴシップ誌やワイドショーが、すべて本当のことを言っているわけではないことなんて、誰もが知っている。
 何割増しかは知らないが、売り上げや視聴率を伸ばすために脚色されていて、真実なんて一握りだと、みんな頭では分かっている。

 けれど、それが嘘だろうと本当だろうと、芸能人の熱愛報道は気になるし、逮捕された少年の素性も知りたいし、あの事件の裏側にも迫っておきたいと思うのが人情だ。
 だから今日もメディアは、そんな世論を盾に、あることないこと、おもしろおかしく書き立てる。

 よく出来た世の中の仕組みだ、と大和は週刊誌を手に思った。
 表紙には、『FATE 一ノ瀬大和 新恋人と深夜デート』と、自分の名前が踊っている。どうやら自分は、いつの間にか新しい恋人が出来て、深夜にデートを楽しんだらしい。

 目を凝らして、見開きページに掲載された画像の粗い白黒写真を見ても、一緒に写っているのは、残念ながら今大和が思いを寄せている彼ではなく、以前に共演した女優だった。
 この光景には見覚えがあった。確かに大和は、彼女と飲みに行ったのだ――――他に数人の友人たちも一緒に。
 けれども写真は、いいように周りの人たちが消され、あたかも2人きりで会っているようにしか見えない。

 ホント、技術の発達て恐ろしい。
 もし写っているのが自分でなかったら、大和だって、この深夜の密会を信じてしまいそうだ。

「大和~、やられたなぁ」
「うっせぇよ」

 ニヤニヤと笑っている琉に、大和は足蹴りする真似をした。
 こんな記事で、今さら傷付きはしない。若くしてこの世界に入った大和にとって、こうしたことはもう慣れっこで、どんなに悪く書かれようと、凹まないだけのメンタルの強さは持ち合わせている。

 ただ、ファンの子たちには、嫌な思いをさせて、申し訳ないなぁとは思う。
 デビューからそれなりの年数が経過し、大和たちが年齢を重ねるのに応じて、ファンの年齢層もそれ相応のものになり、世の中の事情も分かっているだろうから、こうした記事をいちいち信じないとは思うが、目にしていい気分ではないだろうから。

 あと、この件の後始末に追われている南條にも、ゴメンなさい、て感じ。

「別にさぁ」
「あ?」
「こういうのはどうでもいいんだけど、」

 こんなゴシップ記事、書かれているうちが花だし。こんなことで売り上げが伸びてくれれば、結構なことだ。大和には、1円の金も入って来ないけれど。
 そうじゃなくて、大和が今一番気にしているのは、しっかり者で抜け目ないけれど、鈍感で天然なかわいい子のこと。
 何となく千尋は、こういうゴシップとかそういうの、興味なさそうだけど、わざわざこの週刊誌を手に取らなくても、何かの切っ掛けでこの話題に触れないとも限らない。
 そうしたとき、彼はどう思うのだろうか、とは考えてしまう。


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恋の女神は微笑まない (2)


 羽目を外して遊んだ的な記事ではないから、大和に対して失望はしないだろうけど、大和に恋人がいたと知って、裏切られたとか思うんだろうか。それとも、やっぱりな、て?
 もしかしたら、大和に恋人がいようといまいと、そういうことはどうでもいいのかもしれない。

「てか、そもそも俺自身に興味ないとかだったらどうしよう…」

 そうは言っても、クリスマスイブを一緒に過ごした仲だ。
 そういう意味では、今回ともに週刊誌を飾った彼女より、千尋とほうが親密な仲だとは思うんだけど…。

「…でもなぁ」

 聖夜の出来事を思い出しても、千尋の気持ちが少しは大和に傾いたとは言い難い。こんな週刊誌のくだらない記事より、千尋のことのほうが気掛かりだ。
 けれど、万が一にも、ちょっとは大和のことが気になり掛けてて、なのにこの記事を見て、やっぱり気持ちが離れていったとかだったら…。

「この記事書いたヤツ、許せんっ!」
「お、おい、大和、どうした?」

 自分の記事にもかかわらず、先ほどまで殆ど興味なさそうにしていたくせに、大和が急に声を荒らげるから、琉はギョッとしてスマホから顔を上げた。
 根も葉もないことを書かれるのだったら、琉だって大和に負けてはいない。某ゴシップ誌によれば、琉には週替わりで恋人がいることになっていたのだ。
 だから、大和がこうした記事にあんまり関心がないことも、それほど凹まないことも、その気持ちはよく分かる。分からないのは、彼が突然熱くなったことだ。

 何やらブツブツと呟いていた内容からして、この記事を見られたくない誰かがいて、それを気にしているようなのだが…………だとしたら、そう言いたくなるのも分かる。
 琉だって、もしこんな写真載せられたら、遥希を傷付けたかもしれないとか、遥希が記事の内容を信じて、琉のことを嫌いになったらどうしようとかで、気が気でなくなる。

「何でっ、こんなときにっ、選りに選って俺をっ、この俺を載せたんだっ…!」

 一言ずつ区切って、ものすごい憎しみを込めて、大和がテーブルを叩く。
 今までに見たことのない姿だ。それだけ相手のことを想っているのだろう。ちょっと怖い…。

 とばっちりを食いたくない琉は、コソコソとスマホの画面に再び視線を落とす。遥希からメールの返事が来たのだ。
 今どきの若者らしくなく、デジタル苦手の遥希は、無料通話アプリをダウンロードしておらず、琉との通信手段は未だに普通のメールだ。でも、かえってそれが2人だけの特別な感じがして、琉は少しも嫌じゃない。

『これから琉の出てる雑誌買いに行くよ☆*:.。.o(≧▽≦)o.。.:*☆』

 琉の、『今何してるの?』のメールに、遥希は目一杯の喜びを顔文字で表現した返事をくれる。
 琉と恋人としてお付き合いしていて、これでもかと言うほどメールのやり取りして、しょっちゅう会っているというのに、それでも雑誌は押さえておくんだね…。



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恋の女神は微笑まない (3)


 遥希は、本も音楽もネットではなく、直に店に出向いて購入する派なので、今ごろ店に向かっているところだろうか。
 歩きスマホなんて絶対しない子だから、メールの返事をくれたということは、電車の中かもしれない。それともまだお家かな。

「………………ハルちゃんからのメールに浮かれて、にやけている琉が憎い…………」
「ッ…!」

 愛しい遥希へ思いを馳せていたら、低い低い大和の声がして、ギクリと肩を揺らした。
 大和にばれないよう気を付けていたはずなのだが、しっかりと感付かれていたらしい。

「琉も写真撮られて、ハルちゃんに嫌われればいい…」
「ちょっバッ…!」
「イダッ」

 大和が、縁起でもないことを、それこそ呪いでも掛けんばかりの声色で言うものだから、琉は力任せに大和の頭を引っ叩いた。
 これは大和が悪い。

 もともと琉は、マスコミが騒ぎ立てるような派手な遊びも、悪い遊びもしていなかったけれど、遥希と付き合うようになって、夜に出歩くこと自体をやめた。
 そんな時間があるなら、遥希と一緒にいたいから。
 その生活が功を奏したのか、おかげさまで、琉はこのところすっかり週刊誌上から姿を消している。
 飯の種をなくした記者たちが、標的を大和に移したのだとしたら、大和には申し訳ないとは思うが、かといって、彼のために人身御供になる気はない。

「あーもうどうしようっ! ちーちゃんがもしこの記事見て、俺のこと嫌いになったらっ!」
「………………え? ちーちゃん?」

 琉が知っている中で、大和が『ちーちゃん』と呼ぶ人間は1人しかいない。遥希の友人で、琉があまり得意としない、上田千尋だ。
 大和は琉と違って、初めて会ったときから千尋のことを気に入っているようだし、何と言っても、イブの夜に、気を失った千尋をホテルの部屋に連れ込んだ間柄だ。
 とはいえ、あのとき千尋が気絶したのは大和のせいだから、その責任を取って部屋に泊めてやったのだと思っていたのだが…………まさか下心があって…?
 というか、大和て千尋のこと、そういう意味で好きだったの? そこは琉も知らなかったんだけど…。

「うぬぬ…、今すぐにこの週刊誌がこの世から消滅するのなら、俺は悪魔に魂をも売るっ!」
「………………」

 怒りなのか、心配なのか、いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、テンションが壊れかけている大和に、ついに琉は真相を追及することが出来なかった。



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恋の女神は微笑まない (4)


chihiro & haruki

 今日は琉が出てる雑誌の発売日!
 遥希はデジタル苦手だけれど、情報入手のため、公式サイトなんかを覗いて、テレビの出演情報や雑誌やCDの発売日の情報をゲットしているのだ。
 だって、琉が出ているものは、絶対に逃したくないから。

 ちょうど出掛けようとしたところで、琉から『今何してるの?』てメールが来て、嬉しさのあまり浮かれた返信をして、遥希は本屋へと向かったのだ。
 千尋には珍しがられるけれど、遥希は未だにネットではなく、直接店に出向いて何でも買うタイプなので。

 しかし、その本屋で遥希は、大いなる衝撃に襲われることになる。
 お目当ての雑誌を見つけ、立ち読みしたいけれど、もったいないから帰ってからじっくり読もう! とレジに向かおうとした遥希の目に留まったのは、1冊の週刊誌。
 遥希は、琉のことが好きだからFATEのことは詳しいけれど、それ以外の芸能界のことには全然興味がないし、時々琉を悪く書いていることがあるので、こういう雑誌は見ないんだけれど、今日に限って気が付いたのは、見知った名前が踊っていたからだろうか。

 遥希は急いで帰りたい気持ちも忘れて、その週刊誌を手に取る。
 表紙には、『FATE 一ノ瀬大和 新恋人と深夜デート』の文字。逸る気持ちを抑えて目的のページを開けば、見開きで大和がデートをしている写真記事が載っていた。
 しかし、その記事が伝えるところによると、大和のデートの相手は、遥希が思い描いていた人物――――千尋ではなく、かつて大和と共演したことのある女優さんだ。

「た…大変!」

 こういう写真、殆ど加工だから、と琉だけでなく、南條からも教えてもらっている遥希でさえ、本当に大和がこの女優さんとデートしているように見える。
 遥希でさえこんななのだから、何も知らない千尋がこれを見たら、どう思うだろう。

 千尋を傷付けないためにも、何とかしてこの記事から千尋を遠ざけねば…! と遥希は考えるが、果たしてそんなこと、出来るだろうか…。
 遥希と違って、千尋はわざわざ本屋に行かないだろうけれど、来週になって新しい号が出るまでの間とはいえ、千尋をずっと見張ってもいられないし。
 それに、こういう週刊誌は、電車の中吊り広告とかもたくさん出ているし、きっとネットでも話題になっているだろうから、千尋に知られないようにするなんて、やっぱり無理…。

 それだったら、千尋に知られないようにがんばるんじゃなくて、この週刊誌を千尋に見せて、遥希が直に、こういう写真は殆ど加工なんだよ、て教えてあげたらいいんじゃないだろうか。
 大体、世間のみんなが知っているのに、千尋自身が知らないままでいるというのも、やっぱりおかしいと思う。

「よし」

 これから千尋のところに行って、フォローしてあげよう。
 遥希はそう意気込むと、普段は買わないその週刊誌も手に取って、レジへと向かった。

 店を出ると、すぐに千尋に電話を掛ける。
 千尋に会うための約束を取り付けるのだ。あ、でも仕事だったら、どうしよう…。ちょっとそこまで考えてなかった……と遥希は心配したものの、何度かのコールの後、電話は繋がった。

「もしもし、ちーちゃんっ!?」
『………………もし……』

 異様に低い千尋のテンション。
 もしかして、もうすでにこの記事のことを知っていて、ショックを受けているんじゃ…。だとしたら、一刻も早く、千尋のところに行かないと!



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恋の女神は微笑まない (5)


「もしもし!? もしもし!? ちーちゃん、今お家?」
『……だけど…?』
「大丈夫、すぐ行くからね!」
『ぅん…? 何ハルちゃん、声デカいてば…。朝っぱらから、うっさい…』
「あ、あれ??」

 遥希はてっきり、千尋がこの週刊誌を目にして、落ち込んでテンションが下がっているのかと思っていたのだけれど、どちらかというと、これは寝起きのテンション…?

「ねぇちーちゃん、もしかしてちーちゃん、今起きたトコ?」
『当たり前でしょ…。今何時だと思ってんの…』
「何時、て…」

 もう11時ですけど…。
 念のために時刻を確認してみても、それは間違いない。
 なのに、寝起き? もう全然朝っぱらじゃないよね?

「とっ…とにかく! 今からちーちゃんち行くからね!」
『はぁ~…??』

 今この電話で目を覚ましたのなら、今日はこれからすぐに仕事ということはないはずだ。とにかく千尋のもとへ急がないと!
 寝惚け調子の千尋にそう宣言すると、遥希は電話を切って、千尋の家へと向かった。




 遥希と千尋は親友だけれど、遥希が大学生なのに対して千尋はもう社会人だから、千尋は、遥希が住んでいるアパートよりも随分立派なマンション暮らしだ。
 遥希もこういうところで生活したいなぁ…と夢見ることはあるけれど、そういうところにお金を掛けるなら、FATEのCDや琉のグッズを買いたいとか思ってしまう遥希は、だいぶ重症だ。

「ちーちゃん、ちーちゃ~ん!」
『…………うるさい……』

 エントランスのところでインターフォンを慣らすと、少しして先ほどとまったく変わらないテンションの千尋が応答した。
 先ほどの電話から30分くらい経っているけれど、まだ寝起き状態? 千尋は遥希よりも寝起きがいいはずなんだけど…。
 とりあえず、千尋が鍵を開けてくれたので、遥希は急いで千尋の部屋へと向かった。

「ちーちゃ~ん!」
「…ったくもぉ~、うるさいなぁ~」

 遥希が千尋の部屋のドアを叩くと、非常に面倒くさそうな顔をした千尋が、ドアを開けてくれた。
 けれど、そこにいた千尋は、およそこれから人と会うような格好などしておらず、部屋着もいいところ、もしかしたらパジャマ代わりに着ている服? という姿だ。
 別に会うのは遥希だから、その格好でもいいけれど、仮にも千尋は、メンズファッションのショップで働いていて、自分でもデザインを手掛けるほどの人なのに。
 遥希が来るまでの30分の間に、どうして着替えなかったんだろう…。



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恋の女神は微笑まない (6)


「………………。もしかしてちーちゃん、電話切った後、また寝てた?」
「あったり前じゃん」

 変わらない寝起きのテンションといい、その格好といい、まさかと思って聞いてみたら、あっさりと肯定の返事が返ってきた。
 11時起きでも十分遅いと思ったのに、その後また寝るなんて…。

「ちーちゃん、もう11時半だよ?」
「だから? 俺、ここんとこめっちゃ忙しくて、徹夜とかしまくってたんだから、休みの日くらい寝かせてよね」
「そ…そうだったんだ、ゴメンね…」

 千尋は目力がすごいので、睨まれると、遥希でも結構怖い…。
 しかも今は寝起きで機嫌も悪そうだから、余計に。

「で、何の用? わざわざこの俺様を叩き起こして、家まで押し掛けたってことは、それ相応の何かがあるってことだよね?」
「そうそう! ちーちゃんちょっと! 大変だよ、これ見て!」

 凄む千尋に、遥希は慌てて紙袋から週刊誌を取り出して、千尋の目の前に突き付けた。

「…………わざわざ俺を叩き起こしてまで、水落のアップを見せに来たとかだったら、ぶっ飛ばすよ?」
「え? あっ、間違えた!」

 ものすごく嫌そうな顔と声で言われて、遥希が手にしているものを確認したら、それは千尋に見せたかった週刊誌ではなく、遥希が読みたかった、琉が表紙の雑誌のほうだった。
 もちろんこれだって千尋に見てほしいけれど、今はこっちじゃない。

「こっちこっち!」

 今度こそ遥希は週刊誌を、千尋に見せ付けた。

「…何?」
「だから、これ! 大和くん!」

 大和が新恋人と深夜デートをしたという見出しが表紙に躍る週刊誌。
 記事によれば、その新恋人は前に共演したことのある女優さんなんだけれど、でもこの写真だって、加工されたものかもしれなくて、

「はぁ? ハルちゃんの彼氏は水落でしょ? 大和くんが誰とデートしようと、別に関係ないじゃん」
「いや、俺はいいけど、だってちーちゃん、え? だって…」

 千尋の言うとおり、遥希的には大和が誰とデートしようといいんだけれど、大和と付き合っている千尋にしたら、たとえ記事がでたらめでもおもしろくないだろうし、もし信じちゃってたら大変だと思って、急いで伝えに来たのに…。

「あのね、ちーちゃん、こういうのの写真て、結構加工されててね、大和くんが2人きりで会ってたわけじゃ…」
「だろうね。本気で付き合ってんだったら、こんな顔丸出しで2人で歩かないだろうし」

 問題の記事のページを開いて、写真の説明をしようとしたら、あっさり千尋に返された。
 しかも、遥希よりも、何となく説得力ある…。



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恋の女神は微笑まない (7)


「じゃあちーちゃん、この記事、信じてない…?」
「信じるも信じないも…、つか、大和くんだって彼女の1人や2人くらいいるでしょ。こんだけイケメンなんだから」
「そんな!」

 FATEの人気は衰え知らずで、大和の彼女になりたいと思っている女の子はたくさんいるだろうけど、2人同時に彼女になってもらっては困る。
 というか、千尋がいるのに、他にもう1人彼女がいるのだって、大問題なのに。

「何でちーちゃん、そんなに落ち着いてられんの!?」
「え、むしろ何で俺が慌てないといけないの?」
「だって大和くんに彼女が、とか言われてんだよ!」
「いや、だから何で、大和くんに彼女がいて、俺がどうこうしないといけないわけ?」
「だって…」

 遥希がこんなに心配しているのに、どうも何だか千尋と噛み合っていない気がする。
 付き合っている相手について、こんな記事が書かれて、全然嫌じゃないんだろうか。それとも、それだけ大和のことを信じているということなのだろうか。

「ちーちゃん、すごいな…。俺、もし琉がこんなこと書かれたら、琉のこと信じてるけど、すごいショック受けちゃうと思う…」

 琉のことは信じているし、こういう写真は加工されていることが殆どだし、と分かっていても、絶対にショックを受けると思うのに、千尋は実際に記事を目の当たりにしても、こんなに冷静でいられるのだ。

「いや、それはハルちゃんが水落と付き合ってるからでしょ? 俺だってもし彼氏の浮気現場とか目撃したら、それなりにショック受けるよ?」
「え…? …………??? ……………………え?」

 千尋の言葉に引っ掛かりを覚えて、遥希は頭の中で、何度もその言葉を繰り返す。
 今の千尋の言い方だと、まるで千尋と大和が付き合っていないみたいな感じがするんだけど…。

「えっと…、ちーちゃんて、あの…」
「何」
「あの、ちーちゃんてその…、大和くんと付き合ってるんじゃないの…?」
「は? 付き合ってないけど? つか、何で俺が大和くんと付き合うの?」

 ごまかすとかでも何でもなく、千尋ははっきりキッパリとそう言った。

「え…?」
「ん?」
「えっ…、ちーちゃん、大和くんと付き合ってないのっ!?」
「付き合ってないよ」

 信じられなくて、もう1度聞き返しても、千尋の答えは同じだ。
 驚きのあまり、遥希はあんぐりと口を開けてしまう。

「え…、ハルちゃん、俺と大和くんが付き合ってると思ってたの? 何で?」

 遥希のあんまりにも驚いているのがおかしかったのか、とうとう千尋は笑い出した。
 機嫌が悪い千尋は扱いにくいから、笑ってくれてよかったんだけど…………え、ここ、遥希が笑われるところ?



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恋の女神は微笑まない (8)


「だってちーちゃん…、え…?」
「え?」

 だって、千尋は大和のことが好きだったはずだし、前にコンサートの後の楽屋に呼ばれたときの感じからして、大和だって千尋のことを好きそうな感じだった。
 そんな2人がクリスマスイブの一夜を一緒に過ごしたのだ。普通、それをきっかけに付き合い始めた、と思うに決まっている。
 そもそも千尋は、彼氏が出来ただの、別れただのをいちいち報告してくる人ではないから、相手が大和だとしても、単に遥希に言わないでいるだけなのかと思っていた。

「だって、イブの夜…」

 ハッ、もしかして、あのイブの夜、千尋は告白したけれど、フラれてしまったとか!?
 だから2人は付き合ってない…。
 ああぁっ、それなのに、付き合ってると思い込んでいろいろ話しちゃって、千尋の傷を深くしてしまったかもしれない…!

「ハルちゃん、何おもしろい顔してんの?」
「あわわわわ、ゴメン、ちーちゃん!」
「は? 何が?」
「俺、てっきり、あの、イブの、あの、」

 あのイブの夜をきっかけに、千尋と大和が付き合い始めたと思い込んでいたけれど、実はフラれてたんだね…………とは、さすがに言えず、かといって何を行ったらいいかも分からず、遥希は、ただただアワアワしてしまう。

「イブ? あぁ、ハルちゃんに誑かされて、FATEのコンサートに連れて行かされたときのこと?」
「ごごごゴメンっ!」
「別にいいけど。めっちゃ高そうなシャンパン飲んだし、大和くんの裸もめっちゃ見れたから」
「え、うん。あれ?」
「ん?」

 イブに大和にフラれたわりに、そのときのこと、あんまり悪い思い出になっていないようなんだけれど…。
 もしかして、千尋が大和にフラれた、というのも、遥希の思い込み?

「ちーちゃん、あのイブのとき、大和くんと…」
「え? うん、シャンパン飲んで、大和くんの裸、見せてもらったってば」
「………………それだけ?」

 フラれたことを隠しているんだろうか、と思って、念を押すように尋ねれば、千尋が訝しむような顔をする。

「それだけ、て…、それ以外に何があんの? 俺、もともと、大和くんの裸見るために、FATEのコンサートに付き合ってやったんだけど?」
「いや、そうじゃなくて…。その、告白的な…」
「告白? 何の?」

 千尋がフラれてないんだとすれば、もしかして千尋のほうが大和をフッてしまったんだろうか……なんて思った矢先、千尋から、さらに思い掛けない言葉が発せられる。
 え? とぼけてるわけじゃないよね?



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恋の女神は微笑まない (9)


「………………。あのさ、さっきからのハルちゃんの言動から推察し得るに、ハルちゃん、イブに俺が大和くんに告ってフラれたとか思ってない? で、そのせいで、今俺は大和くんと付き合ってないんだ、とか、そういう壮大なストーリーを思い描いてない?」
「…思い描いてる」

 最初は、千尋と大和が付き合っていると思っていたから、大和が新恋人とデート、なんて記事を見つけて、慌てて千尋のところに来たんだけれど、千尋と大和は付き合っていないとか言うから、今千尋が言ったとおりのことを思っていたのだ。

「バッカだねぇ、ハルちゃんは」
「何でっ」
「何で俺が大和くんに告んなきゃなんないの?」
「だってちーちゃん、大和くんのこと好きでしょ?」
「いや、好きていうか……FATEの2人でどっちが好きかっていえば、水落より大和くんのほうがいい、て言うだけで、別に、付き合いたいとかじゃないから」
「そうなの!?」

 遥希は、てっきり千尋は、そういう意味で大和のことが好きなんだと思っていた…。

「え? え? じゃあ、大和くんからは?」
「何が?」
「大和くんから告られたりしなかったの?」

 千尋と大和が一緒にいるところは、あのイブの夜を入れても2回しかないけれど、大和だって千尋のこと、だいぶ好きそうだった…。

「何で大和くんが俺に告んの。ハルちゃん、夢見過ぎ」
「だってぇ」
「大和くんが俺のこと好きになるわけないでしょ。あ、でも、腹筋は褒められたけどね!」

 フフン、と自慢げに笑う千尋に、冗談やごまかしは一切見えなくて。
 本当に千尋と大和の間には、何もなかったようだ。

「つか、ハルちゃんの妄想力、すごいよね。最初は、俺と大和くんが付き合ってると思ってたんでしょ? で、付き合ってないて分かったら、告ったのにフラれたんだ、て思っちゃうとか」
「だって、絶対2人、付き合ってると思ってたもん。普通、イブの夜を一緒に過ごしたら、そこから始まるでしょ。なのに付き合ってないとか言うからー」

 明確な恋心でなく、ちょっと気になっている相手だったとしても、イブの夜を、あんなすてきなホテルの一室でともに過ごしたら、そこから恋が始まると思うのは、遥希が夢見がちな男の子だからだろうか。

「そういうのは、下心がなかったら、始まんないの」
「えー、でも、ちーちゃんに下心なかったの? 全然?」
「ないよ。まぁ、裸は見たいと思ってたけど」
「イブの夜に、裸見せ合ったのに、何もなかったなんて…」

 大和に腹筋を褒められたということは、千尋も大和に裸を見せたということだろう。
 一体どんな状況でそんなことになるのかは、遥希には分かりかねるが、とりあえず2人で服を脱ぐまでしていて、何もなかったなんて…!



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恋の女神は微笑まない (10)


「相手もゲイだったら何かあったかもだけど、ゲイとノンケじゃ、何も起こんないんじゃない?」

 それか、ノンケ同士の男女だったら、あるいは、と千尋に続けられて、遥希は素直に納得する。
 お互いが、相手の裸に欲情するような性癖だったらともかく、どちらかにその気がなければ、いくら聖なる夜でも、何も起こらないらしい。

「じゃあ俺、1人で勘違いして、1人で慌ててたの?」
「そうなんじゃない?」
「何だぁ。俺、ちーちゃんがこの記事信じちゃって、傷付いてるだろうから、フォローして慰めなきゃ! て思ってたのに」
「いや、傷付かないし、そもそもこんなの見ないし。つか、俺がハルちゃんをフォローするならまだしも、ハルちゃんが俺のことを……なんて、絶対にないから」
「ちょっ!」

 その言い方は、何気にひどい。
 遥希だって、千尋のためにいろいろ一生懸命考えて、やってあげてるのに。

「ふぅん? じゃあ、これからメシ行こうよ、ハルちゃんの奢りで」
「何でそうなるの!?」
「だって、俺のこと慰めてくれるんでしょ?」
「何かそんなのいらないみたいなこと言ったじゃん、今!」

 勝手なことを言って話を進める千尋は、本当にこれから食事に行く気になったのだろう、さっさと着替えて支度を始めている。
 別に千尋と食事に行くことは全然構わないんだけれど、本当のところを言うと、今は出来れば早く、琉の出ている雑誌を読みたい、て思っているのに…。
 しかし、千尋が言い出したら聞かない性格なのは知っているから、付き合うしかないだろう。そして、遥希が奢るというのも、冗談でなく現実のものと化すのだろう。
 絶対に千尋のほうが稼いでいるんだから、遥希にたからないでよね、て思うけれど、これが千尋だ。

「俺、ちーちゃんのためにこの週刊誌買って、ちーちゃんにご飯奢ってあげて、何でこんなにちーちゃんに尽くしてるの…?」
「変な男に引っ掛かるよりいいじゃん。もっと尽くしていいよ?」
「尽くさないよー」

 変な男、て……それって千尋のことなんじゃ…? なんて、遥希の頭を一瞬よぎらないでもなかったけれど、千尋相手にそんなこと、口が裂けても言えないことは、長い付き合いの中で、よく分かっている。

「ホラ、ハルちゃん、行くよー」
「待ってよぉ」

 つい数分前まで、寝起き丸出しで、絶対に絶対に遥希以外の人にそんな姿見せちゃダメ! ていう格好だったはずなのに、顔を洗って、着替えて、ちょっと髪を弄っただけで、遥希よりもビシッと格好よく決まった千尋が、さっさと部屋を出て行こうとしている。
 遥希も琉によく思われたくて、一生懸命おしゃれがんばっているけれど、やっぱりもとの造作の違いとセンスのレベルには敵わない…。

「あーあ、ホントは早く帰って、琉の雑誌見るはずだったのにー」
「知らないよ。つかハルちゃん、何でわざわざ雑誌買うの?」
「そりゃ買うでしょ。琉の出てるのは、全部欲しいもん」
「嫌ってほど見てんでしょ? アイツの顔なんて」
「嫌ってほどじゃないよ。どんだけ見ても、嫌になんかなんないよ」
「………………」

 幸せそうにホワホワと語る遥希を一睨みして、千尋はやって来たエレヴェータに乗り込んだ。



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恋の女神は微笑まない (11)


yamato & ryu & haruki

 琉と付き合っているとはいえ、彼と一緒にユニットを組んでいる大和に会うことは、そんなに多いことではない。だから遥希は、今の状況に非常に驚いていた。

「えと、琉…」

 裏路地の創作居酒屋の一室。
 遥希の隣に琉がいるのは、今日そういう約束をしていたからなのだが、目の前にはなぜか大和がいて、この世の終わりのような暗い表情で遠くを見つめているのだ。

 大和の雰囲気からして、どうして大和がここにいるかではなく、何か言って慰めてあげるべきだとは思う。
 けれど、何が大和をこんなに落ち込ませているのか分からないし、遥希なりにがんばっているものの、慰めるとかそういうのが下手くそなのは、千尋相手で自覚済みだし。
 困って琉の袖を引けば、琉もまた、困ったように眉を下げて、肩を落とした。

「ゴメンね、ハルちゃん。せっかく2人でご飯しようと思ったのに、大和なんかが付いて来て」
「それはいいんだけど…」

 そうじゃなくて、ここは琉と遥希が2人きりになるんじゃなくて、琉と大和が2人きりでいたほうがいいんじゃないかと思う。
 遥希は琉からご飯のお誘いを受けてここに来たけれど、そこに大和も一緒にいるということは、きっと大和は琉に用事とか話したいことがあったに違いない。
 だとしたら、遥希がいたんじゃ、邪魔になりそう…。

「あ、あの、琉、俺帰ろっか…?」
「えっ何で!? このお店嫌? 場所帰る? あ、もう俺んち行こっか?」
「や…そうじゃなくて…」

 遥希の言葉に慌てた琉が、遥希の顔を覗き込んでくるから、未だに琉の顔に見惚れてしまう遥希は、頬が熱くなってしまう。
 でも今はそれどころじゃないというか、遥希が言いたかったのはそういうことじゃなかったというか、大和がいるんだから、こんなことしてちゃダメ…。

「琉、大和くんお話あるの、聞いてあげて? 俺、邪魔なら帰るから」
「えぇっ! 邪魔じゃない、邪魔じゃない! 何でハルちゃんが邪魔なの!? つか、むしろ大和のが邪魔じゃね!?」
「…………ハルちゃんと仲良くやってる琉なんか死んじゃえ…………」

 大和のためを思って遥希が提案すれば、すぐに琉は大和にひどいことを言って反論し、それに対して大和が何とも物騒なことを言ってのける。
 アイドルとはいえ人間なので、いつもニコニコしてばかりはいないだろうことは、夢見がちな遥希でも分かっているが、大和がこんなキツイ言葉遣いをする人だとは知らなかった…。
 それだけ今、ツライ状況で、心が荒んでいるのかもしれない。だとしたら、こんなにのん気にしている場合じゃない!

「琉! ちゃんと大和くんの話、聞いてあげて!」
「いや…、ハルちゃん、あのね。話聞くも何も……聞くまでもないっつーか、もうさんざん聞いたっつーか…」

 遥希が真剣に訴えると、琉が少したじろぐ。
 遥希は琉のことが大好きで、琉の言うことや思うことは何でも叶えてあげたいって思うけれど、目の前に悩んでいる人がいたら、いくら琉の頼みでも、それを放っておくなんて出来ない。



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恋の女神は微笑まない (12)


「あーハルちゃん! 分かったから、そんなかわいい顔しないで! 大和、ホラ、いい加減に立ち直れって。アイツがあの週刊誌見てるとは限んねぇっつてんだろ? 知られてねぇって。大丈夫、大丈夫」
「…………琉も写真撮られて、ハルちゃんに嫌われればいい……」
「ざけんなっ!」

 遥希に言われて、仕方なく大和を慰めたら、その言い方がぞんざいだったせいもあって、大和が今までに輪を掛けたくらいひどいことを言い出すから、すぐさま突っ込んでおく。
 冗談でも、そのセリフはいただけない。

 それよりも、今の2人の会話(会話になっていたかどうかは疑問だが)、何となく遥希にもピンと来るものが…。

「あの琉、週刊誌て、もしかして…」
「あー…ハルちゃんも見ちゃった? コイツ先週、週刊誌に撮られちゃって、それずっと引きずってんの」

 遥希の想像どおり、大和はあのゴシップ記事を気にしていたのだ(遥希の想像も、たまには当たる)。
 しかし、それで落ち込むというのは、あの記事がでたらめで、嘘を書かれたことがショックなのか、それともあれが本当のことで、そっと育みたかった愛を暴かれたからなのか。
 どちらにしても、そういう場合の芸能人の慰め方を遥希は知らないなぁ、と思っていたら、琉が話を続けた。

「ちーちゃんに知られたらどうしよー! とか、ちーちゃんがこれ見て俺のこと嫌いになったらどうしよー! とか。ずっと言ってるわけ」
「え、」

 ちーちゃん?
 琉の口にした名前に、遥希は驚いて顔を向ける。
 也に教えるのに、わざわざ遥希の知らない『ちーちゃん』を登場させるわけがないから、その『ちーちゃん』とはつまり、遥希の親友である千尋のことなのだろう。
 普段琉は千尋のことをちーちゃんと呼ばないけれど、今はきっと大和の真似をしたに違いない。

 大和がそんなことをずっと言っているの? 千尋に、あの記事のことを知られるのを心配して? 千尋の話では、どちらも互いにその気はなかったはずなのに、どうして?

「あ、あの…」

 というか、それどころではないのが、遥希だ。
 千尋があの週刊誌を見たかもしれない、というのは大和の想像で、実際は見ていないかもしれない、と琉は慰めたけれど、いやいやそうではなくて、実際に千尋はあの週刊誌を見たのだ。
 というか、遥希が見せたのだ。

「ゴメンなさい! ちーちゃん、あの週刊誌、見てる…」
「マジ? でも別に、ハルちゃんが謝ることなくね?」
「いや、その…、俺が見せちゃった…」
「えっ…」

 遥希のフォローをしてくれた琉には申し訳ないが、遥希はもともと嘘のつける性格でもないし、遥希が今このことを黙っていたら、琉が大和に掛けた言葉が、嘘のようになってしまうと思って、正直に打ち明けた。

「ゴメンなさい…。俺、てっきり大和くんとちーちゃんが付き合ってるのかと思ってたから、ちーちゃんがあの記事のこと信じちゃったらどうしよう、て思って…」



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恋の女神は微笑まない (13)


 遥希的には、千尋がもしあの記事を信じていたら、そんなの嘘だよ! て説明してあげるつもりだったのだが、そもそも千尋はそんなの全然信じていなかったっけ。
 だから、それはそれでよかったんだけれど、大和は千尋にあれを見られたくないと思っていたんだとしたら、遥希がしたことって、相当まずかったんじゃ…。

「でもね、ちーちゃん、全然信じてなかったよ。あの記事のこと!」

 けれど大和は、千尋にあの記事を見られることも嫌だけれど、それよりも、それを見た千尋が大和を嫌いになってしまうことを恐れているようだと気付いて、遥希は慌てて続ける。
 そうだ、千尋は遥希と違って、あの記事のこと、全然信じていなかった。

「マジで!? それで? それで? ちーちゃん、何て言ってたの?」
「えっと……大和くんイケメンなんだから、彼女の1人や2人いるでしょ、て」
「えっ……」

 何だか大和が元気になってくれた! と気をよくした遥希は、尋ねられるがまま、つい本当のことをあっさりと喋ってしまった。

「俺はね、いくらイケメンだって、彼女2人いちゃダメでしょ、て思ったんだけど…」
「う、うん、それはそうだよね…」

 真実をありのままに話す遥希の言葉に、絶句して固まった大和に代わって、琉が返事を返す。
 琉は千尋の気持ちを知らないし、大和がそういう意味で千尋のことを好きだと知ったのも最近なので何とも言い難いが、しかしあの週刊誌の件を大和が非常に気にしていたから、千尋の反応は気になるところだったのだ。
 だが、今遥希が何気なく話したそれは、大和が一番恐れていた反応ではないだろうか。

「あ、あの…、ハルちゃん、アイツ、大和のことどう思ってるかとかは言ってなかった? ちょっ…俺にこっそり教えて?」
「え? こっそり? 琉に?」

 大和にとっての最悪の反応だった場合、受けるショックが半端でない気がするので、先に琉が確認しておかないと…と思ったのだが、事情を知らない遥希は、当然だが首を傾げる。

「ハルちゃん!」
「はい?」

 しかも、琉の声が全然こっそりしていなかったので、しっかり大和の耳にも届いていたらしく、バシンとテーブルを叩いて、大和が遥希のほうに身を乗り出して来た。

「琉にこっそりしなくていい! 俺にハッキリ教えて! ちーちゃん、俺のこと、どう思ってるって!?」
「え…、えっと…」

 目力なら千尋で慣れていると思っていたのに、大和に強い視線で見つめられ、遥希はちょっと気圧されてしまう。
 琉にはこっそり…と言われたけれど、大和に話していいのだろうか、と思いつつ、遥希はチラッと琉を見てから、徐に口を開いた。

「えっと…、FATEの2人だったら、琉より大和くんのがいいかな、て」
「それだけ!?」
「え…」

 後は確か、別に付き合いたいとかじゃない、とか言ってたかなぁ…。
 しかしそれを本当に大和に言っていいものかは、鈍感気味の遥希でも、ちょっと考えてしまう。
 だって、千尋は、『大和くんが俺のこと好きになるわけないでしょ』なんて言っていたけれど、どうも大和は、千尋が言っていたよりもずっと、千尋のことが好きそうだ。



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恋の女神は微笑まない (14)


「ハルちゃん、本当のことを教えてっ!」
「あの、えと…」
「お願い、ハルちゃん!」
「え? え? ていうか、大和くんて、ちーちゃんのこと、好き……なの…? その、ラブ的な意味で…」

 大和に詰め寄られ、怯みながらも、遥希は聞き返す。
 返答次第では、相当言葉を選んで話さないとまずいようなこと、千尋は言っていたんだけど…。

「好きだよ! 何で今さらそんなこと聞くの!」
「ッ…!」

 芸能人としてそんなに簡単に口にしたら本当はいけないんじゃないの? というようなことを、大和はあっさりと何の躊躇もなく、遥希に打ち明けた。
 遥希は、千尋と大和が付き合っていると思っていたくらいなので、今の告白にはそんなに驚かないけれど、千尋は『そんなわけがない』と、きっばりバッサリとその気持ちを切り捨てていたわけで。
 まさか千尋でなく、遥希の予想のほうが当たってしまうなんて…!

「ねぇ、ハルちゃん! ちーちゃん、俺のことどう思ってるって?」
「えと…」
「大丈夫! 俺、傷付かない!」

 そういうことは言っていなかった、と言えば、何とかごまかせるかな。
 でも、あんな記事を見せられて、見せた遥希に対しても、大和への気持ちを何も言わなかったら、それは大和への関心が全然ないと言っているのと同じ気もするし…。

「あの……………………………いとかじゃない、とか…」
「え、何? 聞こえない!」

 言いたくない気持ちのほうが強すぎて、つい声が小さくなってしまったようで、しかし大和にしっかりと聞き返される。
 こうなったらもう、本当のことをはっきり言うしかないんだろうか。ままよ! と遥希は口を開いた。

「……別に、付き合いたいとかじゃない、と言ってました…」
「………………………………」
「あっ、でもね、ちーちゃん、大和くんが俺のこと好きになるわけない、とかゆってたからね、大和くんの気持ちに気付いてなくて、だからちゃんと告ったら意識するかも!」
「………………………………」
「あ、あと、腹筋褒められた! て喜んでたよっ?」
「………………腹筋…………」

 傷付かないから本当のことを言ってくれ、と言われたからこそ、遥希は意を決して本当のことを話したのに、大和がしっかりバッチリ傷付いているから、慌ててフォローしてみたものの、あんまり効果がなかったというか、かえって逆効果だったというか……。

 それはそうだろう。
 千尋が大和のことを、そういう意味で好きになっていないのだとしても、まだ2回しか会ったことがないのだから、それは仕方がないことだと思う。
 しかし、大和が千尋のことを好きになるわけがないなどと、どうして千尋はそんなにキッパリ断言するのか。大和はイブの夜、確かに千尋に告白したではないか。
 もしかして、酔っ払っていたから、覚えていないとか?
 それはそれでショックだけれど、気になるのは、腹筋を褒められたのを覚えていることだ。そのときだって、もう十分に酔っ払っていたはずなのに…。



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恋の女神は微笑まない (15)


「あ…、あの、大和くん…、ゴメンなさい…」
「ハルちゃんが謝ることねぇって。大和が写真撮られちゃったのも、アイツが大和の気持ちに気付いてねぇのも、別にハルちゃんのせいじゃないじゃん」
「………………そうだよな。写真撮られたのも自分のせいだし、ちーちゃんが俺の気持ちに気付いてないのも、俺が悪いんだよな…………」

 琉が遥希を慰めれば、それを聞いていた大和が、遠い目をしながら呟く。
 暗い…。

「てか、あれじゃん? アイツ、大和の気持ちに気付いてないかもだけどさ、あの週刊誌のことも全然気にしてないわけだし、だったら、こっからがんばればよくね? 1からスタート、てことでっ」

 大和が地の底までも沈んでいきそうなくらい落ち込んでいくので、最初は適当にあしらっていた琉だったが、今度こそ本気で慰めてやる。
 遥希の話を聞いただけでしか状況は分からないが、千尋の言っていること、結構ひどいものがあるし…………いや、大和の気持ちに全然気付いていなければ、こんなものだろうか。
 しかし、いろいろと知っている身としては、大和が不憫…。

「どうしよう…」

 そんな中、ポツリと声を漏らしたのは、遥希だった。
 心なしか顔が蒼褪めているような気もする。

「ハルちゃん、どうした? つか、大和は何か変ななってるけど、気にしなくていいんだからね?」
「や…、そうじゃなくて…………大変なの!」
「何が?」

 本気で血の気の引いている遥希に、琉だけでなく、大和も遥希に視線を向けた。

「ちーちゃん、今日、合コンなの!」
「ブッ」
「ッ!!??」

 あまりにも思い掛けない遥希の言葉に、琉は喉を潤そうと飲んでいた水を吹き出し、大和は口をあんぐりと開けたまま固まった。

「ごっ……合コン……」
「………………………………」

 シン…と静まり返る、室内。
 言わないほうがよかったのだろうか、いやでも大和の気持ちを知ってしまった以上、これを隠しておくのは非常にまずいと思うし。

「ちーちゃん、大和くんが俺のこと好きなわけがないとか言うし、別に今付き合ってる人がいるわけでもないみたいだったから、俺、止めなかったの…………どうしよう…」

 こんなことなら、大和が千尋のことを好きだという自分の考えを信じて、全力で千尋を止めればよかった…!



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恋の女神は微笑まない (16)


「とりあえず、ちーちゃんに電話してみるねっ?」

 もしかしたらまだ会場に着いていなくて、合コンに行かないで、と止めたら間に合うかも…と、遥希は慌ててカバンからスマホを取り出す。
 電話、電話……えっと、電話掛けるときは…………未だにスマホの操作には少し不安の残る遥希は、急いでいるのにモタモタしながら、千尋に電話を掛けた。

『――――もしも…』
「ちーちゃん、今どこっ?」

 繋がった途端、千尋の言葉に被せる勢いで遥希は尋ねた。
 電話に出たということは、まだ合コンは始まっていないに違いない。

『何、急に』

 遥希の焦りなど知らない千尋は、訝しむように聞き返してくる。
 今日が合コンであることは遥希に伝えてあるのだから、今どこにいるかを尋ねる電話が来るのは、確かに不審だ。

「何、じゃなくて、ちーちゃん! あっ」
「ちーちゃん、今どこにいるのっ!?」

 のんびりしている千尋に遥希が焦れていたら、大和にスマホを奪われてしまった。

「ちーちゃん!」
『………………どちら様ですか?』
「ッ…!」

 遥希から掛かってきた電話で、遥希と話していたと思ったら、急に違う声が割り込んで来たのだ。
 千尋の反応は恐らく何も間違っていないはずだが、今の大和にしたら、とっても強烈な一言だった。遥希のスマホを持ったまま、大和は崩れ落ちる。

「あの…、一ノ瀬…一ノ瀬大和ですが」
『あぁ。何?』
「ッ…、あの、今、どこに…?」

 大和の気持ちに気付いていないとは、遥希から聞いて、先ほどひとしきり落ち込んだところだけれど、改めて千尋の態度がそれだと感じ取ると、結構居た堪れない気持ちになる。

『どこって…』

 遥希にも大和にも聞かれ、怪訝そうにしながらも、千尋は現在の所在地を大和に伝えた。
 今、駅から出たところらしい。

「で、どこに行くのっ?」
『は?』
「どこにっ…、その、」

 合コンに行く情報は遥希から聞いたけれど、それを今口に出していいものか迷って、大和は急に口籠る。
 電話の向こうで、相手が狐疑しているのが分かる。



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恋の女神は微笑まない (17)


「その、どこに行くの、ですか…?」
『……』

 何でそんなこと大和くんに言わないといけないの? とか言われそうだと内心冷や冷やしていたら(予想していても、実際に言われたら、相当傷付く!)、意外にも千尋はあっさりと店の名前を口にした。
 その店名を、大和はしっかりと脳に焼き付ける。

「分かった、すぐ行くっ!」
『は?』

 電話越しに千尋が『は?』て言うのとほぼ同時くらいに、琉と遥希も、は? と思う。
 すぐに行く?
 大和、千尋のところに行くつもりなの? これから?
 今の大和と千尋の会話の中に『合コン』という単語は出て来なかったが、大和は遥希から聞いて、そのことを知っているはずだ。それなのに、今から行くの?

「じゃあね、ちーちゃん。はい、ハルちゃん、ありがとうっ」
「え、うん」

 千尋からの返事はどうだったのだろうか、と思う間もなく、大和は電話を切ると、遥希にスマホを返して立ち上がった。
 ほ、本気だ…。

「じゃあね、ハルちゃん。また今度一緒にご飯しよっ?」
「あ、はい」

 慌ただしく去って行こうとする大和に、遥希はつい頷いてしまう。
 何となく食事に誘われたけれど、遥希が大和と2人でご飯とか、ちょっと想像が付かないし……言葉の綾…みたいなこと? それとも単に琉の名前、言いそびれたの?
 しかし、それを尋ねようにも、大和はさっさと出て行ってしまって、叶わぬことだった。

「大和くん、行っちゃったね…」
「あぁ…」

 大和の出て行った襖を見つめていた2人は、肩を落としつつ、顔を見合わせた。

「何か頼もっか」
「うん」

 店に来たきり、大和に振り回されて、結局まだ何も注文していないのだ。
 嵐のように過ぎ去った時間に、何だかドッと疲れてしまったけれど、これからは2人きりの時間だ。

「でも大和くん、大丈夫かなぁ」
「アイツだってバカじゃねぇから、まぁ大丈夫でしょ。…てか、ハルちゃん」
「ん?」
「もう2人だけなんだから、他の男の名前なんか口にしないで?」
「ちょっ、琉…」

 2人きりとはいえ、ここは琉の家でも遥希の家でもないのに、琉が肩を抱いてくるから、遥希はちょっと慌てる。キスされそう…。
 何か頼もう、と先に言ったのは琉だけれど、この雰囲気で、注文は? と聞き返せるほど、遥希だって空気の読めない子でもなく。

「琉…」

 遥希のほうから、琉の唇にキスを落とした。



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恋の女神は微笑まない (18)


yamato & chihiro

 今日、車で来ていてよかった。
 危うくヤケ酒しそうになっていたけれど、飲まずにいてよかった。

 大和は焦る気持ちを抑えつつ、アクセルを吹かす。
 千尋から電話で聞いた店の名前をカーナビに叩き込んで、駐車場を飛び出したのが5分前。なのに、目的地までの到着時間は、あと20分後なんて。オーマイッ…!

 大和はイライラしながら、ハンドルを指で叩く。
 いやいや、ここで焦っても仕方がない。事故ったらシャレにならないし。

 そういえばさっき、千尋の居場所を聞き出した途端、話も途中で電話を切ってしまったことを、大和は思い出す。
 気に掛けて、千尋が折り返し電話して来ないかなぁ、なんて思ったけれど、よく考えたら、先ほど大和は遥希のスマホから電話したから、どう待っても、大和のスマホに電話は掛かってくるはずがないのだ。
 …だって、千尋とは電話番号も何も交換していないし。

 大和のことは、FATEの2人だったら琉よりは好きだけれど、別に付き合うほどじゃない。

 遥希から伝え聞いたこととはいえ、そのセリフは結構応える。
 遥希とだってそう何回も会ったことがあるわけではないが、彼が嘘のつける性格でないのは分かっている。つまり、彼は千尋が言った言葉をそのままに、大和に伝えたということだ。
 要は、それが今の千尋の本心。

 付き合うほどじゃない、とか…。

「、、、ッ…!」

 赤信号にイラつきながらも、決定的ともいえるセリフを思い出した大和は、思わずハンドルに突っ伏した。
 遥希づてに聞いてもこれだけダメージが大きいのだから、もしこれを千尋の口から直接聞いたら、自分は一体どうなってしまうのかと思う。
 2回しか会ったことのない中での印象だけれど、何となく千尋の場合、すごくあっさりと、遠慮なしに言いそうだし…。

「ちーちゃん…」

 目蓋の裏に浮かぶ千尋の顔は、後続車のクラクションに掻き消された。
 信号が青に変わっている。道路が渋滞し始めていて、毎日のこととはいえ、どのドライバーも苛立っているのだろう。大和は慌てて車を発進させた。

 もう合コンは始まっているんだろうか。
 チラリと、ナビ画面の端に出ている時計を見遣る。渋滞にはまったせいか、到着時刻が先ほどよりも5分ほど遅くなっている。

「合コンとか…」

 いや、合コン自体を責めるつもりなんかない。特定の相手がいないのなら、そういうことに参加するのは、別に不誠実なことじゃない。分かってる。でも。
 大和は千尋のこと、こんなに好きだと思っているのに、その気持ちがちゃんと伝わらないまま、千尋が今日知り合った誰かと恋に落ちてしまうなんて。



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恋の女神は微笑まない (19)


 …けれど、大和の気持ちがちゃんと伝わっていない、というのだって、単なる大和の妄想でしかない。いや、遥希や琉もそう思っているみたいだが、それも想像の範囲だ。
 もしかしたら、大和の告白のこと、本当はちゃんと覚えていて、それを踏まえたうえでの『付き合うほどじゃない』なのかもしれないじゃないか。

「あーもうっ!」

 まだ2回しか会ったことはないのに、一体いつの間に、こんなに好きになっていたのかと思う。
 一目惚れ? 笑える。
 女の子相手なら、遊びから本気まで、色々な恋はして来たけれど、良くも悪くも、こんなに心を心を揺さぶられたことなんかない。今まで付き合ってきた彼女、ゴメン。

 顔とか忘れ掛けている昔の彼女に謝罪を入れたところで、ようやく目的地付近に到着して、大和は近くの駐車場に車を停めた。周囲を見回しても、千尋らしき姿は見当たらない。
 千尋との電話を切ってから、何だかんだで1時間は経過している。合コンはすでに始まっているに違いない。

(…………合コンっ………!)

 その単語を思い出すたび、大和はどうしようもなく打ちのめされる。
 大和は大きく息をついて気持ちを落ち着けると、サングラスを掴んで車を降りた。焦っていても、サングラスを忘れないところがアイドルというか、習慣化されているというか。
 そんな自身を嗤笑しつつ、大和は目的の店に向かった。

 洋風の居酒屋というより、もう少しバーに近い雰囲気。でも堅苦しさはなく、適度に静かで、適度に賑やか。大和が店内に足を踏み入れると、若い男性店員がそばにやって来た。

「いらっしゃいませ。…お一人ですか?」
「あー……先に来てるんですけど…」
「ご予約のお名前は?」
「えっと…」

 席まで案内してくれようとする店員に適当に返事をしつつ、大和は店内を見回して千尋の姿を探す――――いた!

「あっ…、いましたっ、いましたんで」
「はぁ…?」

 6人? 8人? 男だけの集団が1つのテーブルを囲んでいる。
 一見するとただの飲み会だが、千尋がゲイであることと、彼が今日合コンに参加することを知っている身としては、もちろん単にそういうふうには見えない。
 その中に、千尋はいた。

 大和はキョトンとしている店員の脇をすり抜けて、そのテーブルへと向かう。
 心臓の音がうるさい。

「――――ちーちゃん、」
「ぅ?」

 幸いにも一番通路に近い席にいた千尋は、大和が声を掛けると、すぐに気が付いてくれた。
 もちろん千尋だけでなく、その場にいたみんなが大和のほうを向いたのだが、大和はサングラスを掛けていたし、まさかこんなところに国民的アイドルが現れるなんて思ってもいないからか、特に騒ぎにはならなかったものの、しかし訝しげに大和を見ている。



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恋の女神は微笑まない (20)


「ちーちゃん、ちょっと来て」
「…何で?」

 大和は、思わず千尋の手首を掴んでいた。
 合コンの席に突然割り込んできた謎の男に、その場の雰囲気は微妙なものになっていたが、大和が気付かないふりでいれば、千尋はコテンと首を倒した。
 ほんのりと顔が赤くなっているけれど、前に見た酔っ払っている姿よりは大丈夫そうだから、まだそこまで飲んではいないのだろうが、その仕草はヤバい。

「ちーちゃ…」
「何か用っすか? てか、どちら様?」

 もう一度声を掛けようとした大和の言葉は、千尋の向かいにいた男によって遮られた。
 確かに、たまたま知り合いを見つけて声を掛けたというには、2人の様子は妙だし、大体からして今は合コンを楽しんでいる最中だ。勝手な割り込みは、感じが悪い。

 しかし、もう今さらだ。
 何の用かと尋ねられても、大和は、この合コン自体にも、千尋以外の連中にも、何の用事もない。ただ早く、千尋を連れ去りたいだけ。何という暴挙だ。

 それに、さすがにこの場で正体を明かすわけにはいかないことくらい、今の大和にだって分かる。
 ゲイが集まる合コンに、FATEの一ノ瀬大和がいきなり現れ、そこに参加していた男の1人を連れて帰ったとなれば、不本意ながら、ゴシップ誌やらワイドショーの格好のネタだ。

「…ねぇ、誰?」

 大和が質問に答える気がないのを感じ取ったのか、千尋の隣に座る男が、うろんげに大和を見ながら千尋に尋ねた。
 千尋は大和の手を振り解きこそしないものの、その登場を大変喜んでいるとも言い難い雰囲気なので、千尋が大和を突っ撥ねてくれれば、とでも思ったのだろう。
 そうすれば、おおっぴらに大和のことを厄介払いできるから。

 いくら千尋が、わりと突飛な性格をしているとはいえ、まさか大和の名を口にはしないだろうが、千尋に話を振られて、大和は少し焦る。一体何と答えるのだろうか。
 千尋は、ジッと大和を見つめている。
 大和は色の濃いサングラスをしているから、目と目が合うなんてこと、千尋にしたらないはずなのに、しっかりと視線を合わせられているような気がする。
 そして、フ、とその口元が笑みを作った――――ような気がした。

「俺、行くわ」
「えっ!?」

 千尋の言葉に驚きの声を上げたのは、その隣に座る男だったが、声にこそ出さなかったものの、大和も内心、非常に驚いていた。
 大和は、千尋を連れて行くためにやって来たわけだけれど、大和が来てからの千尋の態度を見る限り、とてもそんなセリフを言ってくれるなど、思いも寄らなかったのだ。

「え、ちょっ…」

 あまりにすべてが突拍子もないことで、みんな文句も不満も言えないでいる。
 千尋はいったん大和の手を解くと、財布から出した1万円札を隣の男に押し付けて立ち上がった。



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恋の女神は微笑まない (21)


「行こ?」
「あ、うん」

 大和は一瞬だけ、千尋の抜けた一団を見渡した後、千尋の言葉に急かされるように、踵を返して歩き始めた。呆気に取られている男たちを振り返りもせず、千尋もその後に続く。
 こうすることを、こうなることを望んでいたはずなのに、そのとおりの展開になって、大和自身が一番驚いている。やはり千尋は、まだまだ計り知れない。

 店の外に出て、それでも千尋が付いて来てくれているのか不安になって、少しだけ振り返れば、千尋は、感情の見えない表情で、大和の後ろを歩いていた。
 前回会ったあのイブの夜、すっかり酔っ払って、ゆるゆるになっていたときの雰囲気は、そこにはない。
 でも今日もお酒を飲んでいたし、もうしばらくしたら、あんなふうになっていたんだろうか、あの男たちの前で。それは冗談じゃないと思う……そんなことを言う権利、大和にはないんだけれど。

「…乗って?」
「……」

 駐車場に辿り着き、助手席のドアを開けてやると、千尋は大和を一瞥してから、何も言わずに車に乗り込んだ。
 ご丁寧にドアまで閉めてやり、運転席のほうへと回ると、窓ガラス越し、千尋があくびをしながら、両腕を前に突き出して伸びをしているのが見える。
 かくものん気な様子の千尋に、かえって大和のほうが戸惑ってしまう。
 仕掛けたのは大和とはいえ、たった今、合コンに参加していた千尋のこと、有無を言わさずに連れて来たのだ。一歩間違えたら、修羅場になっていたかもしれないのに。

「で、どこ連れてってくれるの?」
「え?」
「だって、車に乗せたから。どっか行くんじゃないの? 言っとくけど俺、キレイな夜景とか、興味ないからね」

 シレッとそう言い放って、千尋は不敵なく笑ってみせた。
 それはまるで、ドラマのワンシーンのようだと思った。けれど、勢いに任せて千尋のところへやって来て、彼を連れ出して、ドラマだったらこんなとき、一体どこへ向かうんだろう。

「どこ行きたい? なんて聞くのは、野暮だよね」
「だね」

 大和が冗談めかして言うと、千尋は呆れるでもなく、楽しげに口の端を上げた。
 遥希から合コンの話を聞いて、頭に血が上って衝動的な行動に出たものの、実際のところ、そこから先のことなんて、何も考えていなかった。

「――――でも、」

 千尋は笑顔のまま、大和のほうへと身を乗り出した。
 顔が、近い。

「こんなふうに掻っ攫って来たからには、やっぱホテルかな?」
「ッ、ちーちゃ…」

 かわいらしい笑みとは裏腹に、大胆なセリフを吐く千尋に、大和は言葉を詰まらせる。
 何のつもりだ、なんて。それこそそんな野暮なこと、言えないけれど。



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恋の女神は微笑まない (22)


「ちっ…」
「うーそ。何ビックリしてんの、大和くん」
「……」

 唇が触れるか、という寸前、千尋はプッと吹き出して、シートに体を戻した。
 よほど大和が間抜けな顔をしていたのだろう、千尋はグフフといつまでも笑っている。

「…、」

 大和は、触れられることのなかった唇を親指の腹でなぞると、笑っている千尋のほうへ手を伸ばす。
 突然の行動に驚いたのか、千尋は目を見開いたが、大和はそれを無視して、助手席のシートベルトは引っ張り出すと、千尋の体を固定した。

「な…んだ、キスでもすんのかと思ったのに」

 大和が運転席に身を戻すと、動揺を悟られたくないのか、千尋は茶化すようにそう言ったけれど、声が少しだけ上擦ったのに気付いていないとでも思っているのだろうか。
 大和は何も言わずにエンジンを掛けて、駐車場を出た。

「で、結局どこ行く気? まさか家まで送ってくれるとか? 悪いけど俺、まだお家に帰るつもりは……」
「ちょっと黙って、ちーちゃん」
「ッ…」

 そわそわしい雰囲気を隠し切れずに口数の増えた千尋を、大和は前を見たまま制する。
 千尋は唇を噛んで、大和とは反対のほうを向いた。

「…言っとくけど、こんなの、誘拐と一緒だかんね」

 先ほどより多少は渋滞の解消された道路で、隣の車線を走る車を眺めながら、千尋がボソリと言った(大和の車は左ハンドルなので、千尋が窓の外の景色を見ると、歩道でなく車道になるのだ)。
 サングラスの下で視線だけ千尋のほうに向けると、子どものように片頬を膨らませている。誘拐だなんて、自分から『行こ?』と言って席を立ったくせに。

「別にこのままホテルに連れ込んじゃおうなんて思ってないから、心配しないで。誘拐して強姦じゃ、アイドル続けらんなくなっちゃうよ」
「フン」

 千尋はつまらなそうに鼻を鳴らしたけれど、なら、どこに行くつもりなのだ、とは続けなかった。
 こんなことをされて、こんなやり取りをして、怒っているのかな、とも思うが、駐車場を出てからもう2度ほど赤信号で停車したのに、その隙に車から降りないところを見れば、そこまででもないのかもしれない。
 千尋の座っている助手席が車道側とはいえ、千尋だったら、本当に怒ったり嫌になったりしたら、構わず飛び出しそうだから。

「だったら、アイドルなんか辞めちゃえば?」
「、」

 千尋のセリフにドキリとして思わず顔を向けると、それに気付いた千尋が大和のほうを振り返り、ニヤリと口の端を上げた。



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恋の女神は微笑まない (23)


「なーんてね」

 タチの悪い冗談。
 そんなこと、出来るわけがないのに。いや、たとえ出来たとしたって、大和がすべてを捨てて千尋への愛だけに生きることを選んでも、それを喜ばないくせに。

「冗談でも、やめてくれる? そういうこと言うの。俺、ちーちゃんのこと好きなんだよ? 告ったじゃん。本気にしたらどうすんの?」

 千尋が、酔っていたせいで忘れているのか、それとも端から本気にしていないのか、なかったことになっている告白を、もう1度してみる。
 今の千尋は、多少飲んでいるとはいえ、記憶を飛ばすほど酔っ払ってはいない。

「大和くんは頭いいから、本気になんかしないでしょ?」
「バカだよ、男なんて、恋したらバカになっちゃうの、分かるでしょ?」
「俺、バカな男は嫌いなんだけど」
「…ズルいな、ちーちゃんは」

 おどけたように言う千尋に、大和は眉を下げて、溜め息を零した。やっぱり敵わないな、て思う。
 大和の告白は、千尋の中で、何となくなかったことになっているけれど、千尋の答えも、大和の中で、何となくないことにしていた。
 千尋は、遥希相手にだけれど、大和のことは『付き合うほどじゃない』と言っているんだった。

 それが答え。

 でも、直接千尋の口から聞かないと、浅はかにもくだらない望みを持ってしまうから、どうせなら、こっ酷く振ってほしいよ。今、改めて告げた想いにでいいから。

 そんな回りくどい言い方しないで?
 男なんて、みんなバカなんだからさ。

 …なのに千尋は、そうじゃない。

「でも、バカな男は嫌いだけど、さっきの大和くん、カッコよかったよ? 合コンのトコ来たとき」
「そうやってまた期待を持たせるようなこと言うー。ちーちゃんて超小悪魔だよね」

 計算ずくの気もするし、でも天然のところもあって。
 きっと翻弄された男、多いんだろうな。

「…ん。そうだよ、大和くん。俺、こんなヤツなんだよ? だからさ、俺のことなんか嫌いになったほうがいいよ」
「そんなの無理でしょ。ちーちゃんのこと、嫌いになんかなれるわけないじゃん」

 そんなこと出来るんだったら、とっくに嫌いになっている。
 まだ3回しか会ってないのに、そんなにも好きになっていたのかと、自分でも驚くけれど。

「だからさ、ちーちゃん、そんな期待させるようなこと言わないで、いっそ、俺のこと嫌いだって言ってよ。そしたら諦められるかもじゃん」
「俺が言うの? 大和くんのこと嫌い、て? でも別に、大和くんのこと嫌いじゃないし。ただ…」
「付き合うほどじゃないだけで?」
「にゃっ!?」



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恋の女神は微笑まない (24)


 後に続く言葉に気が付いて、先に大和が言ってやれば、図星を指されたことに驚いたのか、千尋は目を見開いた。
 大人びていた表情が和らいで、それがすごくかわいいと思う。

「ハルちゃんが言ってた」
「…ハルちゃんのお喋り!」

 大和のことは、付き合うほどじゃない、というのは、間違いなく千尋の本心ではあるだろうけど、それを大和自身に伝えるつもりはなかったのだろう。
 照れたような、拗ねたような表情で、千尋は顔を背けた。

「でも、困ったな」
「…何が?」
「俺、ちーちゃんに告ったら、OK貰って付き合えるか、フラれて決別することしか考えてなかったからさ。嫌いじゃないけど、付き合うほどじゃない、て言われたら、どうしたらいいか分かんない」

 大和の『好き』が、恋愛感情の『好き』なのに対して、千尋のは友だちとしての『好き』だということ。
 こんな擦れ違いの想い、別に大和と千尋だけに特別なことじゃないけれど。

「そんなの、じゃあ大和くん、俺のこと嫌いになる努力して?」
「どうやって。むちゃくちゃだよ」
「むちゃくちゃじゃないよ。でも、大和くんだけ努力すんのはフェアじゃないから、俺も大和くんのこと、付き合いたいって思えるように努力するね?」
「えー…」

 付き合いたいと思えるように努力する、て…………それはそれで、千尋に付き合いたいと思わせるように、大和がすべき努力のような気もするけれど…。

「てか、ちーちゃんが、俺と付き合いたいって思えるようにがんばるなら、俺が無理してちーちゃんのこと嫌いになる必要、なくない?」
「じゃあ大和くんは、俺だけががんばれと?」
「そうじゃなくて。だって、付き合うとか付き合わないとかいう以前に、嫌いになんなきゃいけない意味が分かんないよ。せめて、恋愛感情をなくす努力とかさぁ」
「じゃあ、そうして」
「いや、でも、それはそれで…」

 言ってはみたものの、それもどうかと思えてくる。
 だって、千尋が大和と付き合う気がないと言うなら、大和はがんばって千尋への想いを捨てなければいけないけれど、その間に千尋は、大和のことを付き合いたいと思えるように努力するわけで…。
 じゃあ、千尋が大和と付き合いたいと思ったころに、大和は千尋への恋愛感情を失っていたら、どうするの?
 フェアにしたいと言う千尋の気持ちは分かるけれど、その方向性は、何だか違う気がする…。

「ちょうどいいタイミングで、いい感じになるかもしんないじゃん。恋愛なんて、タイミングでしょ? 大和くん」
「いや、そんな名言ぽく言われても」

 結局のところ千尋は、大和が望んだように、大和のことをこっ酷く振ってもくれない代わりに、お付き合いしたいと思うほどに好きになってもくれていないわけで。
 冷静に考えたら、これだけでも、十分にひどい男だとは思う。
 なら、これを切っ掛けに千尋を嫌いになるかといったら、むしろもっと千尋のことを知りたくなっているし、深みにはまっていきそうな予感。



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恋の女神は微笑まない (25)


「ちなみにちーちゃん、俺と付き合いたいと思えるようにがんばるって…………どんなことするつもり?」
「えー?」
「だってさ、例えば嫌いになるための努力だったらさ、ちーちゃんの嫌なところをいっぱい知るとか、何かあるじゃん? でも、付き合いたいって思えるように…て、どうがんばんの?」
「そうだなぁ…」

 大和の質問に、千尋は唇をキュウと結んで、真剣に考え込んでしまった。
 努力とかそんなこと、単に大和のことを躱したいがための、口先だけのことだと思っていたのだが、もしかして本当に本気なのだろうか。

「大和くんのいいところとか、カッコいいところとか、好きなところをいっぱい思い浮かべる」
「え……。いや、別にその方法でもいいんだけど…」
「ぅん?」
「俺のこと、そんなに知ってんの? そんなにいろいろ思い浮かべてくれるほど」
「………………」

 大和の好きなところとか、たくさん思い浮かべてくれるなんて、それはすごく嬉しいけれど、今はまだそこまで好きじゃない人のこと、そもそも、そんなに知っているのだろうか。
 しかも、それをいっぱい思い浮かべるなんて、本当に出来るの?
 そこまでするくらいなら、いっそ、付き合っちゃったほうがいいんじゃないかとも思うけれど…。

「いや…、まぁ、あの、まぁまぁまぁ、いろいろ知ってますよ、いろいろとね」

 すごく分かりやすく言葉を詰まらせた後、千尋は取って付けたように言う。
 自分が思い付いた方法がむちゃくちゃだということに、少しは気付いたようだ。

「ホントに? じゃあ、例えばどんなこと思い浮かべてくれんの?」
「どんな、て…」

 赤信号で停まったのをいいことに、大和がその顔を覗き込んで尋ねれば、千尋は気まずそうに視線をキョロキョロと彷徨わせた。

「えー……っと、…………あ、イケメン」
「顔!?」

 まぁ、アイドルなんてことを職業にしてますから、そりゃ人より多少は顔の造作もいいだろうけど…………千尋がたくさん思い浮かべようとしてくれている大和のいいところて、顔だけ!?

「いやいやいや、それだけじゃないよ、大和くんのいいトコ。あ、青!」

 全然うまくない感じでごまかして、千尋は前の青信号を指差した。
 やっぱり、まったく思い付いていないとしか思えない。
 千尋の言い分としては、これから千尋は、大和のいいところとか好きなところをたくさん思い浮かべるはずなのに、これじゃあ全然出来そうもない。

「じゃあ他にも言ってよ、ちーちゃん」
「いや、そういうのはさ、やっぱ本人に言うもんじゃないよ。俺が1人でこっそり思い浮かべてこそだと思う」
「何で! ………………。 ちーちゃん、ホントは全然思い付かないんでしょ? 俺のいいトコとか思い浮かべて、付き合いたいて思えるようにがんばるとか言ったけど、どうせ今日これでバイバイしたら会わなくなるし、俺のことなんかそのまま忘れちゃうんでしょ?」
「そっ…そんなことねぇし!」



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