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僕らの青春に明日はない (29)
自分の腕が人と比べて長いか短いかは知らないが、男の和衣が女の子の服を着るんだから、服のサイズが大きいことはないと思っていたのに、着てみたカーディガンは袖が長いのか、普通に着ているのに指先が少ししか出ない。
「ちょっと大きめ買って来たの。長袖だし、指先ちょっとしか出ないほうが、かわいいじゃん?」
「そうなの?」
とういうことは、袖が長いからって、腕捲りをしてはいけないんだな、と和衣は、怒られる前に学習した。
「うんうん、かわいいかわいい。やっぱ黒にしてよかったね。白っぽいのも清楚な感じでいいかなーて言ってたんだけど、黒のほうがいいわ、うん」
「よく分かんないけど……清楚な感じを目指してるんじゃないんだ?」
「お嬢様系もいいけど、こないだの、あのイチゴちゃんのゴムかわいかったから、ルーズなかわいい系で」
「へ…へぇ…??」
単に女子高生の格好をするだけなのかと思っていたが、そこからさらにテーマやコンセプトがあるらしい。
一体どんな感じに仕立て上げられるのか、和衣はまだ不安でいっぱいだ。
「上と下のボタン、外して?」
「へ? 外すの? 上と下??」
「何か知らないけど、上と下外すのがポイントなんだって。お店で店員さんに教えられたの」
「店員さんて言っても、高校生だけどね!」
ボタン外すの面倒だから、そのまま被ったのに…と思いながら、和衣が言われたとおり上と下のボタンだけ外していたら、愛菜と眞織が制服を買いに行ったときのことを話し始めた。
「高校生が、制服売ってるの? なんちゃって制服?」
「バイトだろうけどね。聞いたら、店長さん以外はみんな高校生なんだって。で、お客さんも、みんな女子高生! みんな制服!」
「店員さんも制服着ててー、お客さんにスカート選んであげながら、『制服着れるのなんて、高校生のうちだけなんだから』とか言ってんのが聞こえて来たし。ウチら、思いっ切り大学生なんですけど、みたいな!」
「めっちゃ恥ずかしかったよね。オバさんたち、今さら制服着るの? て雰囲気だったし!」
それは、2人の被害妄想なのでは…?
今どきの高校生はメイクもばっちりしていて、大人っぽい感じの子が多いけれど、やはりすでに高校を卒業した年齢の女性とは、雰囲気が違うと分かるのだろうか。
たとえもう高校生ではないとしたって、年齢で言えば、3つか4つしか違わないだろうから、オバさんということもないだろうに。
「その3つとか4つ、ていうのが重要なんだって! つーか、1つでも2つでも大変な騒ぎだけどね」
「そ…そうなの??」
「カーディガンのボタン、何で上と下だけ留めないのか理解できない時点で、オバさんなわけよ、私たちは!」
やはり女性は年齢に対して敏感なんだなぁ…と、和衣は妙なところで感心してしまった。
「さてと。後はリボン……ネクタイとリボン、どっちがいいかな」
「ネクタイのほうがクール系だよね。カズちゃんのイメージとは違うけど」
「イメージと違う…て、どういうこと? 俺、クール系じゃない?」
「んー…どっちかって言うと、天然系?」
「…………」
何だか聞き捨てならないセリフだ、と和衣が思わず突っ込めば、笑顔で明るくそう返され、それ以上は何も言えなくなってしまった。
一体この2人は、和衣のことを何だと思っているのだろう(でも否定はし切れない)。
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僕らの青春に明日はない (30)
「ねぇ、亮はどっちがいいと思うー? 亮ー…………て、寝てるし!」
落ち着いた感じの赤色のネクタイとリボンを和衣の前に宛がいながら悩んでいた2人が、こういうときのために亮がいるんだと思い出したのに、声を掛ければ、肝心の亮は机に突っ伏して寝ていた。
「亮ー! ちょっ、何寝てんの!」
「んぁっ…? え…朝…? もぉ?」
「まだ夕方! 何寝惚けてんの? てか、朝と勘違いするくらい爆睡しないでくれる?」
愛菜に叩き起こされた亮は、目をこすりながら、憚りもせずに大きなあくびをする。
だって、3人はキャイキャイ楽しそうに(若干1名は楽しくないかもしれないが)やっているけれど、亮にはさっぱり分からないし、だいたい今日はちょっと寝不足気味だし、何だか眠たくなってしまって。
「もー、ちゃんと意見してよ、これでいいかどうか!」
「意見つったって…俺、女子高生の制服とか、全然詳しくないんですけど」
亮や和衣たちの通っていた高校は、上下揃いの紺色のブレザーとプリーツスカートいう、とってもオーソドックスな学校指定の制服だったし、放課後になんちゃって制服に着替える習慣もなかったから、今どきの制服事情なんて、ちっとも詳しくはない。
というか、とっても詳しいというのも、ちょっとどうかとも思うが。
「でも見てよ。ネクタイとリボン、どっちがいいと思う?」
「えー…でも、そうやって並べられても、よく分かんねぇんだけど」
「じゃあ、実際に着ける?」
「ベストのほうも着てさ、それで比べようよ」
半分寝惚けたような頭で言った亮の意見だが、確かに尤もだと、愛菜は和衣にネクタイを渡した。
「え、俺が結ぶの?」
「は?」
ネクタイを受け取った和衣は、困ったように愛菜を見た。
だって、このまま渡されても…。
「俺、ネクタイ、結べないんだけど…」
「はぁ~? 高校のときは? 制服、どうしてたの?」
「だって学ランだもん」
今までネクタイを結ぶような機会、親戚の結婚式にお呼ばれしたときくらいしかなくて、そのときはお父さんにやってもらったから、恥ずかしながら和衣は、ネクタイの結び方を知らないのだ。
「もぉーホントにっ! ホラ、肩竦めないで、普通にしてて!」
「だ、だって…」
眞織は和衣の手からネクタイを引っ手繰ると、元気に和衣の首に巻き付けた。
そんなことはないと思うが、このまま首を締められるんじゃない? とか思って、怖くて和衣は身を硬くしたが、眞織は器用な手付きでネクタイを結んだ。
「よし、出来た」
きっちりと締めるのではなく少しルーズな感じにして、それに合わせて襟元もボタンを上まで留めずに整える。
カーディガンのボタンも上と下は外し、これで、制服ショップで女子高生に教えてもらったとおりの、なんちゃって女子高生の完成だ。
「うわっ、女子高生ぽい!」
「カズちゃん、かわいい~!」
スカートとシャツだけでも十分かわいかったけれど、やはり格好を整えると、ちゃんと女子高生に見える。
髪型やメイクはまだ何もしていないが、それも施せば、完璧に女子高生になれる気がする。
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僕らの青春に明日はない (31)
「え? え、ちょっ、何、写真!? やっ!」
愛菜が携帯電話を和衣のほうに向けて構えたのに気付き、和衣は慌てて逃げ出す。
この格好を写真に撮られるなんて、冗談じゃない。
「別にカズちゃんの女装姿、待ち受けにするわけじゃないから! 写真撮っとけば、次の格好したとき、比べやすいでしょ?」
「うー…」
「はい、気を付け!」
きびきびと号令を掛けられ、和衣は仕方なしに両腕を脇に下ろした。
「そんな顔しないで、笑ってよ」
「笑えるわけないー」
「でも笑うの!」
そう言われて、無理やり口の端を上げる。
カシャリとシャッター音に似せた音がして、愛菜が満足そうに笑う。
あぁ、その笑顔のほうが、和衣の一体何倍くらいかわいいだろう。和衣なんて、もう絶対、あり得ないくらい不自然な顔をしていると思う。
「オッケー。うん、かわいい、かわいい」
「嘘ー、絶対ブサイクな顔してたー。愛菜ちゃん、ちょっと見せて!」
「いいけど、消さないでよ?」
はい、と愛菜は、和衣に携帯電話の液晶画面を見せてやった。
「むぅ…やっぱし変な顔してる…」
「そう? かわいいじゃん。口、アヒルさんになってる」
「かわいくないし」
「じゃあ、撮り直す?」
和衣さえその気になってくれれば、写真なんて、いくらでも撮り直すけれど。
そう思って和衣を窺えば、とっても複雑な表情をしていた。
というか、写真写りを気にするようになっている時点で、だいぶ乗り気になっていると思っていいのだろうか。
「カズちゃん?」
「次…ちゃんと笑う…」
「そ? じゃ、次リボン着けてね?」
ネクタイを全部解くと、また結べなくなってしまうと思っていたら、眞織が、輪っかになった部分に頭を入れて締めればいいだけの形で緩めてくれた。
まったく、どこまでも世話が焼ける…と亮は密かに思う。
同じ高校に通っていた亮も、もちろん制服は学ランだったが、高校生のころから、ネクタイくらい自分で結べていた。
「リボンの着け方、分かる? これ後ろでカチッてすんの」
リボンは、もうすでにその形になっていて、ストラップを首の後ろに回して留めれば、簡単に着用できるタイプのもので、これなら和衣にも着けることが出来た。
カーディガンにリボンを着けたスタイルになった和衣は、今度は眞織の携帯電話で写真を撮られる。
和衣の女装パターンは全部で4種類あり、今この場には4人いるから、それぞれの携帯電話で1つずつ撮れば、比べるときに見やすいと思ったからだ。
カーディガンの次は、ベスト。
黒のV字のベストは前開きのタイプで、よく見れば胸元のワンポイントがカーディガンと同じだから、和衣にしたら、このカーディガンの袖を取ったヤツ…? とか思ってしまう(言ったら、全然違うし! と言われそうだったので、やめたが)。
そしてやはり、理由は分からないが、ボタンの上と下は留めない。
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僕らの青春に明日はない (32)
「で、どれにする? カズちゃん的には、どれがいい?」
カーディガンとベスト、ネクタイとリボン、すべての組み合わせのスタイルに着替え、写真を撮り終えると、机の上に4つの携帯電話を広げて並べた。
その全部に、女装した和衣が、引き攣り気味の笑顔で写っているわけで。
(とっても複雑な気持ち…)
愛菜と眞織は、本当にこれで賞品の旅行券を狙っているのだろうか。
――――絶対に、優勝する自信がない…!
和衣が何も言えず、密かに落ち込んでいることになど気付いていないのだろう、愛菜と眞織は、亮にも意見を求める。
「亮は? どれが一番似合ってると思う?」
「えー…」
亮は携帯電話を覗き込むが、格好は女子高生でも、着ているのは和衣だ。
彼女と買い物に行って、そう尋ねられたときに答えるのよりも、ずっと難しい。
「分かんねぇけど、かわいいの目指してんなら、ネクタイよりリボン?」
似合う似合わないは別として、単純に服とアイテムの組み合わせだけを見て、亮は感想を述べた。真剣に選ぶ気がないのではなくて、似合うかどうか判断できないのだ。
だって、カーディガンとベスト、リボンとネクタイ、女の子の、しかも制服における、その微妙なニュアンスが分かるほど、マニアックな性格ではない。
「黒のベストに、赤のネクタイだと、何かロックぽいよね」
「ロック? ネクタイだと?」
んーよく分かんない…と和衣は、小首を傾げながら、大人しくしている。
これが、実際に女の子が着ているのなら、似合うとか似合わないとか、かわいいとかあるけれど、女子高生の格好をした上に乗っかっている顔は自分のものだ。何とも言い難い。
「カーデのさぁ、指先がちょこっとしか見えないの、かわいいよね」
ベストとネクタイだとロック?
長袖のカーディガンの袖から、指先ちょこっとだとかわいい?
和衣だって、オシャレに無関心なわけではないけれど、女の子の、ここまでの拘りには全然気付いていなかった。
「俺、ホントに分かんないから、2人で決めてー」
和衣は亮の前の席に座ると、べたっと机に突っ伏した。
もともとが優柔不断な性格の和衣だ。そう簡単になんて、決められるわけがない。
それに、和衣が決めた衣装で、万が一コンテストでいい成績が出せなかったら、とっても怒られるんじゃないかと、余計な心配までしてしまう。
「やっぱ、かわいいとかわいいの組み合わせで、カーディガンとリボン?」
「かなぁ?」
愛菜と眞織は、4つの携帯電話を、真剣な表情で覗き込んでいる。
やっぱり本気なんだなぁ、と和衣はボンヤリと思う。
祐介のこともあるけれど、和衣ももっとやる気を出さなければ、と改めて感じてしまった。
「亮ー」
「あ?」
「俺、がんばるねー…」
とても気合が入っているとは言い難い声ではあったが、和衣がコブシを握って亮にそう言った。
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僕らの青春に明日はない (33)
これで、黒のカーディガンにえんじ色のリボン、赤のチェックのミニスカートという女子高生スタイルの完成だ。
「そんでね、今度1回ちゃんと衣装着て、化粧とかすんだってー」
バイトの後、コンビニの隣にあるカフェ、Spicaに足を運んだ和衣は、向かいの席に座った睦月にそう言ったが、肝心の睦月は真剣にメニューを見つめていて、殆ど話を聞いていなかった。
「むっちゃん!」
「んー? 何て? よし、俺アボカドチャーハンにしよ」
「聞いてよ! あ、俺、ロ…ローストビーフのパニーニ!!」
決まった? と声を掛けて来た朋文に、さっさと睦月が注文してしまうから、和衣も慌てて言った。
「で、何だって?」
「だからー、化粧とかすんだってー」
「女子高生なんて、みんな化粧してんじゃん」
「そぉだけどー…」
それは、愛菜や眞織にも言われたし、和衣が高校生のころから、同級生の女の子もそれなりに化粧をしていたから、知っているけれど。
「でもまさか、自分がすることになるなんて、思わなかった…」
「いや、俺はカズちゃんが化粧することになるとは、思っていたよ?」
「えー…」
だって、あれだけ優勝を目指して気合を入れている愛菜と眞織だ。
単に制服を着せるだけで済むとは、到底思えない。
「てかカズちゃん。ケータイ貸して?」
「は?」
徐に手を差し出され、和衣はわけも分からないまま、それでも素直に自分の携帯電話を睦月に渡した。
「え、むっちゃん?」
睦月が受け取った携帯電話を、何の断りもなく、当たり前のように操作し始めるから、和衣はギョッとしたが、睦月は構わずに弄っている。
「むっちゃん? ねぇ、ちょっ…」
「ふぅん、これが女子高生カズちゃんか」
「え? ――――あっ、ちょっむっちゃん、ダメ!」
携帯電話を取り返そうと、睦月のほうに伸ばした和衣の手が、ピタリと止まる。
睦月がちょうど向かいに座っているので、和衣からは携帯電話の背面しか見えないが、睦月の一言で、液晶ディスプレイに何が映っているか、和衣にはすぐに分かってしまった。
「やっ、むっちゃん、ケータイ返して!」
「ほれ」
ハッとした和衣が慌てて身を乗り出せば、睦月はあっさりと携帯電話を返してくれた。
和衣は、もう2度と睦月のもとに携帯電話が行き渡らないよう、厳重に死守しつつ、即行で自身の女装姿の写真を削除した。
「消すの? もったいない」
「何言ってんの、こんなの取っててどうすんの!? てか、だいたい何で、俺のケータイのこの写真が残ってるって、むっちゃんが知ってんの?」
「衣装決めんのに、みんなのケータイでカズちゃんの女装したとこ撮ったって、亮が言った」
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僕らの青春に明日はない (34)
衣装が決まった後、和衣は自分の服に着替え直すことに気を取られていて、携帯電話に保存された写真を消すのを、すっかり忘れていた。
そういえば、亮だけでなく、愛菜や眞織の携帯電話も何も確認していなかったが、みんな、和衣の女装した写真を消してくれたのだろうか。
当の本人がうっかりしているくらいだから、もしかしたら、そのまま残っていたりして…。
「見ようとしたのに、亮、もう消したっていうからさぁ。でもカズちゃんなら、ボーっとしてるから、消し忘れてんじゃないかなぁ、て思って」
「…」
まったくそのとおりのことを言われ、和衣は返す言葉がない。
とりあえず、明日学校に行ったら、愛菜と眞織の携帯電話は確認しておこう。
「お待たせしました。相変わらず仲いいね、2人とも」
「あ、朋文。ゴメンね、カズちゃんがうるさくてー」
「むっちゃんのせいでしょ!」
夜の時間帯ということもあるし、客入りも多めで店内が賑やからだから、和衣の声が特別にうるさいわけでもなかったが、睦月はそう言ってからかう。
和衣は頬を膨らませながら、パニーニに齧り付いた。
「でも、かわいかったよ、カズちゃんの女装」
「うっさい!」
「何で? 褒めてんのに。めっちゃ女子高生に見える」
「うっさい、うっさい、うっさーい! 全然褒めてないしっ」
「………………」
喚き散らす和衣に、睦月は冷ややかな視線を向けながら、アボカドチャーハンを口に運ぶ。
睦月があまりに落ち着いているものだから、1人で熱くなっていた和衣も、ちょっとだけ冷静になる。
「むっちゃん、呆れてんの?」
「何で? 呆れてないよ。やっぱカズちゃん、"かわいい"て言われると、怒るんだなぁー、て思って」
「だって」
怒っているわけじゃないけれど。
でもやっぱり、かわいいとか、言われたくない。
「いや、別にいいんだけどさ、そりゃゆっちも悩むなぁ、て思って」
「ッ! …んぐっ!」
パニーニのローストビーフをモグモグしていた和衣は、睦月の言葉にハッとし、のどに詰まらせ掛けた。
「大丈夫? はい」
胸元をパンパンと叩いている和衣に、睦月は水のグラスを差し出す。
先ほどから和衣は1人で怒ったり慌てたり、何だか大変そうだ、と睦月はのん気に思っている。
「むっむっちゃん!」
「何」
「あの…祐介、何か言ってた…?」
登場した祐介の名前に、心臓をドキドキさせながら、和衣は声を潜めて尋ねた。
「何かって、カズちゃんの女装について?」
「…とか、いろいろ。祐介、何か悩んでる? 俺のことで、何か悩ませてる??」
「んー…、悩んでるていうか…………うん、悩んでるかな」
和衣に何と言葉を掛けていいか分からないと、カフェテリアで頭を抱えていた幼馴染みを思い出す。
睦月は単純に、応援してあげればいいじゃん、と思っているのだが、和衣にかわいいと言っただけでこの騒ぎよう、祐介が取り越し苦労でなく頭を悩ませるのも、無理はない。
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僕らの青春に明日はない (35)
「祐介…悩んでるの…?」
ガーンとなっている和衣の手から、パニーニが落っこちて、皿の上でばらけた。
「ゆっち、カズちゃんに何て言っていいか分かんないんだって。俺が、応援してあげなよー、て言ったのに、"かわいい"とか、"似合ってる"て褒め言葉か? て悩んでた」
「……」
和衣が固まったまま動かないので、睦月は自分のスプーンを置いて、和衣の散らばったパニーニを、だいたい元の形に戻してあげた。
「俺はさぁ、ゆっちが応援すれば、カズちゃんもその気になってがんばると思ったんだけどねー。でも確かにこれじゃ、掛ける言葉ないよね。…ん? どした?」
「…それ、亮にも言われたんだよね。俺がこんな態度じゃ、祐介、何て言っていいか分かんなくて、困ってんじゃね? て」
「あぁ、まさにそんな感じだね。亮、鋭い」
「うぅ…」
睦月にとどめを刺され、和衣はガックリと項垂れた。
「カズちゃんは何て言われたいわけ? 女装したとこ見られて」
「そんなの、分かんない…」
「いっそ、ゆっちにはカズちゃんの女装姿、見せないことにする?」
「いや、無理だし、そんなの」
無茶苦茶なことを言う睦月に、和衣も思わず笑ってしまう。
そんな、祐介だけ仲間外れみたいなまねはしたくないし、やはり亮に言ったように、和衣がやる気を出すしかないのだろう。
「まぁ、カズちゃんがやる気になれば、ゆっちも『ガンバレ』とか言えるもんね。がんばれ、がんばれ」
「分かってるよ! やるって決めたからには、女装だって、ちゃんとやるんだから!」
最早やけくそといった感じで、和衣はこぶしでテーブルを叩いた。
勢いで跳ね上がった食器が、うるさく音を立てた。
「女装? 女装て、カズちゃんがすんの?」
「ッ! 朋文っ!」
全然こっそりとなんか話してはいなかったけれど、まさか聞かれているとも思っていなくて、和衣は驚いて肩を跳ね上げた。
睦月が頼んでいた、焼きバナナのアイス添えを、ちょうど運んできたタイミングだったのだ。
「とっ…朋文…、……聞いてた…?」
「ゴメンね、聞こえちゃった」
お客の話を立ち聞きするつもりなんてないし、たとえうっかり耳に入ったとしても、そこに割り込んで話し始めることなんかしない。
たまたまよく見知った和衣と睦月だったので、何となく朋文は声を掛けてしまったのだ。
「学園祭のイベントで女装コンテストがあって、俺、それに出なきゃいけないの」
「そうなんだ、お疲れ様」
「女装なんてさ、全然やりたくないけど、でも、出るて決めたからには、ちゃんとしなきゃ、て思って」
「それで気合入れてたんだ?」
「…うん」
先ほど、思わずテーブルを叩いてしまったところを、朋文に見られていたのだろう。
1人で熱くなっていた自分が恥ずかしくて、和衣は俯き気味に頷いた。
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僕らの青春に明日はない (36)
「朋文も女装、したことあんの?」
かわいい、て…! と憤慨するよりも、朋文の女装ということに驚いてしまって、文句を言うタイミングをなくしてしまった。
「あるよ、高校と大学のころ。俺、身長180もあるじゃん? さすがにこんな背の高い女の子って、滅多にいないからねぇ。譲は似合ってたけど、俺なんて服のサイズも全然合ってないし、ひどかったよねぇ」
「ッ!?」
ひどかったと言いながらも、朋文は、あははーとのん気に笑っている。
確かに、この体格で女装をすれば、ひどいかもしれないけれど、そうでなくて、そこ笑うとこ? て突っ込みたい気もするけれど、それ以前に、
「譲も、女装したことあんの…!?」
しかも似合ってたの!?
と、そちらのほうに驚きすぎてしまって、和衣はすっかり言葉を失ってしまって、何も言えなかった。
そして、さすがにこれには睦月もギョッとしてしまって、すくったアイスを口に運ぶ途中で固まっている(もちろん口もそのまま開けっ放しで)。
「あるよ? 譲、かわいかったからねぇ」
「…かわいい…?」
和衣と睦月は、そっとカウンターのほうを窺う。
そこでは、いかつい坊主頭がせっせとパフェ作りに励んでいたが、申し訳ないけれど、完成したパフェと並んでも、それが似合うかわいさがあるとは言い難い。
「譲が、かわいい…?」
確認するようにゆっくりと視線を朋文に戻すが、朋文は、俺、何か変なこと言った? という顔で、驚く2人を見ている。
「当時はまだ、髪の毛あったから」
「髪の毛…」
譲のオシャレ坊主がいつから始まったのかは知らないが、和衣たちが出会ったときには、すでに今の、かわいいという言葉からは無縁の、男っぽい姿だった。
優しい性格の持ち主だが、見た目だけで判断すると、その筋の人と間違われても仕方がないといった風体。
その譲が、坊主頭でないというだけで、かわいい?
(あり得ねぇ…)
はっきり言って、俄かには信じ難い。
和衣と睦月は目を見合わせてから、再び譲のほうに視線を向ければ、ちょうどもう1つのパフェを完成させたところだった。
「朋文! 何してんだ、早くしろ!」
「ゴメーン」
店のオーナーとはいえ、朋文は営業時間中、フロア係だ。
ちゃんと仕事をしろと、カウンターの向こうで譲が睨みを利かす。
「ゴ、ゴメンね、朋文! 引き止めちゃって…!」
「いいえ、ごゆっくり」
朋文を引き止めたとはいえ、和衣たちはお客なのだから、そんなに謝る必要もなかったし、譲も和衣たちを咎めたわけではなかったが、その睨みに思わず謝罪の言葉が出てしまった。
そのくらい、迫力のある雰囲気を纏っているのだ、譲は。
「譲が、かわいかった…?」
「女装…似合ってたって…」
カウンターに戻った朋文が、譲に思い切りど突かれている。
どう見ても、"かわいい"という言葉とは、無縁の男のように思えた。
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僕らの青春に明日はない (37)
――――話は数日前まで遡る。
「ジャーン、翔真くん、どぉどぉ~?」
「ッッ…!!」
間抜けな効果音を口にしながら登場した真大に、翔真は口を大きく開けて固まったまま、まったく全然動けなかった。
今日は外にお出かけしないで、お家デート in 真大の家。
なのに翔真は着いて早々、ローテーブルのところに座らされ、真大はそのまま奥に引っ込んでしまい、わけも分からず、翔真が1人で時間を潰すこと、約5分。
何してんだ? と、翔真が立ち上がり掛けたとき、閉ざされていた引き戸が勢いよく開き、自前の効果音とともに、両手を腰に当てた真大が登場したのだ――――女子高生姿で。
「どぉ? 翔真くん」
慌てふためく翔真をよそに、真大はスカートを翻しながら、クルリと1回転した。
キャラメル色のカーディガンに、グレーのチェックのミニスカート。わざと緩めて締められた赤のネクタイ、襟元からは鎖骨が見えそうで見えないのは、計算なのか。
「かわい? ねぇ、かわいい?」
「がっ、ご、ッ…」
どうも、翔真の様子がおかしい。
真大が登場して以来、まともな言葉を発していない気がする。
「翔真くん?」
「んぁーーーー!!! イダッ!」
大丈夫? と真大が小首を傾げて翔真の顔を覗き込めば、今まで微動だにしていなかったのが嘘のように、ものすごい勢いで翔真は後退って、真大から離れた。
けれど、それほど広くもない部屋、すぐに壁際に辿り着き、翔真は強かに後頭部を壁にぶつけた。
「何してんの、大丈夫?」
後ろ頭を抱えて蹲った翔真に、真大は呆れたように声を掛けた。
呆れても、嫌いになれないのが恋人というもので。真大は翔真の前に屈んで、翔真の頭をナデナデしてあげた。
「真大…」
「はい?」
翔真は深呼吸をしながら体を起したが、まだまともに真大を見ることが出来ないのか、まるで明後日の方向を見ている。
「翔真くん、どこ見てんの?」
「ま…真大さん、この格好は…」
「学園祭の、女装コンテストのヤツ。衣装が決まったんで、翔真くんに見せてあげようと思って」
翔真の両頬を手で挟んで、無理やり自分のほうを向かせる。
直視できないほど、変な格好だとでも言いたいのだろうか。
「真大、ちょっ…手、放し…」
「ちゃんと見てくれるまで、放しません」
「み…見ますから…」
翔真は一呼吸置いてから、真大に視線を合わせる。
化粧こそしていないが、栗色のロングヘアのウイッグを着け、女子高生の格好をした真大は、間違いなく女の子に見える。そしてかわいい。
「かわいい…」
ほぅ…と、溜め息のような吐息とともに、翔真は声を漏らした。
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僕らの青春に明日はない (38)
それだけで、丈の短いスカートは捲れ上がってしまうが、かわいくても男の子の真大は、そんなところに無頓着なので、きめの細かい太ももが露わになってしまった。
「かわいい? ホント?」
「真大、めっちゃかわいい。だってまさか、こんなに似合うっつーか、かわいいとか思わなくて。ビックリし過ぎて、最初、声出なかった…」
「それで、あんな反応だったの? 嘘、大げさ」
「大げさじゃない! 誰だって、あぁなるに決まってる。つーか、この格好、みんなに見せるなんてっ…」
考えただけでも、気が変になりそう! と、翔真は力を込める。
それが恋人の欲目だとしても、そこまで言ってもらえて、真大も悪い気はしない。
「大丈夫。みんなに見せるけど、俺は翔真くんのモンでしょ?」
「…ん」
翔真の上に乗っかったまま、その唇を優しく奪う。
キスを深くしながら、真大がさらに密着すれば、背中を壁に預けている翔真は、真大の腰を引き寄せる。
「ね、翔真くん、このままシていぃ?」
「ここで…? 床、痛ぇんだけど…」
「ベッド行くから。制服エッチ……したくない?」
唇を触れ合わせたまま、真大はねだるような目で、けれど翔真の意見を聞くような素振りを、わざと見せる。
真大が、したいと思ったことを、しないで済んだことなんか、今までに1度だってないのに。
「…衣装、なのに」
「汚さないようにするし」
「隣、」
「いないよ、こんな時間」
儚い抵抗。
全部が全部、真大の思いのままになってしまうのが、悔しくて。
その気になってしまったのは、翔真だって同じだけれど。
「はぁっ…」
下腹部を強く押し付け、何にも包まれていない剥き出しの太ももで、翔真の腰を挟む。
顔を少し下げ、翔真の喉仏に歯を立てる。
「しよ?」
もう1度尋ねられ、翔真はそれに、キスで答えた。
***
ベッドに押し倒した翔真の、腹の辺りに跨った真大は、ももでガッチリと翔真をホールドしながら、キスを繰り返す。
いつもとは違う長い髪が何となく邪魔で、サイドを耳に掛けるが、それでも零れ落ちてしまった毛が、翔真の首筋を擽る。
「…真大、それ取れよ…」
「何?」
「ヅラ」
「ウイッグて言わないと、女の子に怒られるよ?」
長い毛先をクイと引っ張る翔真の手に、指を絡ませる。
真大も、最初に"ヅラ"と言ってしまい、ウイッグを持って来てくれた女の子に、ひどく憤慨されてしまったのだ。
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僕らの青春に明日はない (39) R15
「いいから、取れって…」
「何で? 擽ったかった?」
「知らないヤツと、シてるみたいだから、ヤダ…」
翔真は絡んだ指を放し、サイドの髪をきちんと耳に掛けて、真大の顔を露わにした。
制服エッチは魅力的だけれど、別に、知らない女子高生とヤリたいわけではないから。
「…ん、分かった」
翔真の指先にキスをすると、真大は器用にウイッグを外し、ぞんざいな扱いにならないよう丁寧に床に置いた。
「ウイッグ被ってないと、俺、全然ダメでしょ?」
「そんなことない…、真大、すっげぇかわいい」
「翔真くんのが、かわいいよ」
「…バカ」
かわいいと言われて、翔真は照れ臭そうに視線を逸らす。
真大は笑みを深くして、翔真のニットをインナーごとたくし上げた。
「あっ、ッ…」
露わになった胸の突起を舐められ、思わず身を竦めてしまう。
舌の先で転がすようにされて、もどかしくて、翔真ははしたなくも身を捩らす。
「もう片っぽも、弄ってほしい?」
「ン、くっ…」
「ねぇ、翔真くん」
「や、バッ…喋んなっ…!」
口に含んだまま喋られると、歯が不規則に突起に当たって、もうそれだけで堪らなくなってしまって。
「翔真くん、どうしてほしいの?」
「ちゃん、と……してっ…」
ちゃんと愛撫してほしいし、脱ぎ掛けのニットも、邪魔くさいから全部脱がせてほしいし、してほしいことなんて、いくらでもある。
「分かった。ちゃんとしてあげる」
真大は翔真のニットを一気に脱がすと、ついでにジーンズまで下ろしてしまった。
(俺が上げたネックレス…)
伸し掛かって来た真大の、開いた襟元から見える首に掛かったネックレスは、クロスをモチーフにしたトップがぶら下がっている。
翔真が、真大に贈ったものだ。
贈ったプレゼントをちゃんと身に着けてくれているかを、細かくチェックしたことなんかないけれど、でもやっぱりこうやって着けていてくれると、素直に嬉しい。
「…ん?」
「これ、俺が上げたヤツ…」
「そ、だよ? ちょっ…擽ったいって、翔真くん…」
襟元から出たネックレスは、重力で下に垂れ下がる。翔真の目の前にちょうどクロスのトップがあったから、はむっ…と、それを口に銜えた。
翔真の吐息が首筋に掛かって、擽ったい。
それに、その位置と体勢だと、上目遣い…!
「ちゃんと、着けててくれたんだ…?」
「着けてるに、決まってるっ…、はっ…」
強い力ではない、けれど翔真がネックレスを引くから、自然と真大の顔も翔真のほうにどんどんと近付いていって。
やっと離してくれた、と思ったら、首筋に吸い付かれた。
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僕らの青春に明日はない (40) R18
痕が付くほどの強さでもない、翔真はベロリと耳元まで舐め上げた。
「んぁっ、翔真くっ…」
「…ん、ふ、ぅっ…」
油断していると、すぐにでも主導権を奪われそうで、真大は翔真から体を離すと、先ほど途中でやめてしまった、胸への愛撫を再開する。
ちゃんとして、と言われたのだ。焦らすようなまねはせず、唇で食みながら舌先で弄るのと反対側は、人差し指の腹でグリグリと捏ね回す。
わざと音を立てながら舐めて、吸って。
ビクビクと翔真の腹筋が震える。
「はぁっ…ん、ん…」
真大は少し体を下げて、もうすっかり熱を帯びている翔真の下腹部に、スカートの下の自身を押し付ける。
「乳首、弄られんの、気持ちいーの? すっげ勃って、熱くなってる…」
「うっせ…」
そんなこと、いちいち真大に指摘されなくたって、翔真自身が一番よく分かっている。
乳首だけでこんな、とか、絶対にあり得ねぇ…と思うのに、体は素直に愛撫に反応し、トランクスの中のソレは、もう熱く固く勃ち上がっていて。
「俺は、嬉しいんだけど」
「ひぁっ」
そう言いながら、乳首をグリッ…と爪で潰すように引っ掻くと、翔真はガクリと体を仰け反らした。
「翔真くん、痛い?」
「ぃたく、な…」
わりと強めの愛撫でも、翔真は平気…と首を横に振る。けれどそれは、口先だけのことでもないようで、翔真の下腹部は、萎えるどころかますます熱を帯びる。
真大はさらに気をよくして、乳首を嬲っていた舌を、ツー…と腹筋を辿って下へと滑らせ、ベロッと臍を舐めた。
すると翔真は、反射的に目を閉じ、両腕を顔の前でクロスしてしまった。
これでは、完全に翔真の視界は塞がってしまう。
「翔真くん、ダメ……ちゃんと目、開けて」
トランクスのウエストゴムと肌の境目の部分を舌先でなぞりながら、真大は緩く首を振る翔真にもう1度、目を開けるように言う。
翔真が目を閉じ、何も見えないようにしてしまっていては、真大が制服でいる意味がなくなってしまう。
「ちゃんと見てなきゃ、ダメじゃん」
「はぁっ…」
ゆっくりと腕を外し、目を開ければ、自分の下腹部の辺りで、いやらしく舌を出している女子高生姿の真大と目が合う。
真大は視線を外さないまま、トランクスのウエストを歯で銜えて、ズリ下げようとする。
「あっ…ダメ、真大…」
「…ぁにが?」
「イキそっ…」
手と違って、うまく脱がせてあげられないその行為は、いたずらに翔真の熱を緩く柔く嬲る。
ジワリジワリと追い上げられるのが嫌で、強い快感の波に飲まれたい。
「翔真くん、もぉイきそ…?」
真大は意地悪をやめて、ちゃんと脱がせてあげれば、まともな愛撫なんてまだキスと胸くらいなのに、固く勃起したペニスは、もう解放を待ち望んでいた。
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僕らの青春に明日はない (41) R18
「もうちょっと、我慢できる?」
「は…?」
素っ裸に剥かれて、ダラダラと先走りを零して屹立している性器。体中を渦巻く重たい熱を持て余す翔真は、すぐには真大の言葉を理解できなかった。
「俺が入れるまで、我慢できる…?」
ベッドサイドを探ってローションを取り出した真大は、それを翔真に見せつけながら、再び翔真に尋ねる。
そういうことか! と翔真はすぐに悟ったが、悟ったところで、何がどうなるというわけではない。
頭で分かっても、体のほうはどうにもならない。
「無理無理! 真大、ヤッ…イかせ…!」
「ダメ、我慢して」
「ひどっ…、バカ…!」
悔しいとか悲しいとか、そういうことでなく、生理的な涙が浮かんでくる。
そのくらい体は切羽詰まっているのに。
「バカじゃないっ、俺だって、我慢してんのっ…」
「え…、あっ…」
不意に手を取られ、真大のスカートの下へと導かれる。
短いスカートに隠れていたそこは、翔真のと同じくらい熱く固く勃ち上がっている。
「俺も、めっちゃイキそうなの、すぐにでも翔真くんの中、突っ込みたいのっ」
「ま、ひろ…」
翔真のこんな痴態を見せられて、何でもなくいられると、本気で思っていたのだろうか。
そんな不感症な男のはずがない。
「…真大、俺のこと跨いだまま、向こう向いてみ?」
「は…? え?」
向こう、と言って翔真が指したのは、翔真の頭とは反対の方向。
わけが分からず、真大は動けない。
「してやるから、向こう向けって…」
「え? え?」
「早く…。イキてぇんだろ? その代わり俺のもしろよ…?」
「…ッ!」
翔真の言わんとすることがやっと分かって、その途端、真大の心臓がうるさく、痛く跳ね上がった。
つまりは69の格好になるわけで。
「翔真く…」
「制服……汚すなよ?」
そればかりは絶対に取り返しがつかないので、翔真は念を押すと、緩く結ばれたネクタイの結び目に指先を引っ掛け、クイクイと引っ張る。
スルリと解けていったネクタイをベッドの下に落とし、真大はカーディガンも脱ぐと、先ほどとは反対向きで翔真の体を跨ぎ直した。
「ホントだ。真大の、めっちゃ勃ってる…」
「あっ…」
スカートの中は、色気の欠けらもない、男物のボクサーパンツ。
翔真はそれを下ろすと、熱く勃ち上がった真大のペニスを口の中に迎え入れた。
(俺のが、ヤバいし…!)
そんな、いきなり本気の舌遣いでフェラを始められたら、絶対に持たない。
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僕らの青春に明日はない (42) R18
さっきちょっと意地悪したのの仕返しなんだろうか……なんて頭の片隅で思いつつ、真大はローションのキャップを開けた。
「冷たかったら、ゴメンね?」
「んっ、ぁ…」
一応、手のひらで温めてから、ローションを翔真の秘部に垂らした。
固く閉ざされたそこを刺激しながら、先走りに濡れた性器に舌を這わせる。男としては悔しいけれど、翔真のソレは、自分と比べても大きくて、口の中にすべて収めようとしても、ちょっと無理。顎が痛い。
「ひぁっ、ッ…んっ」
「ん…、ちょっ…噛まないでよっ…?」
だいぶ解れてきたソコに、指1本だが奥まで差し込むと、ビクンと翔真の太ももが跳ねた。
反射的に口を窄めた翔真に、大丈夫だとは思いながらも、念のため言っておく。
ちょっとした刺激でも敏感に反応してくれるのは嬉しいが、勢い余って口の中の性器に歯を立てられたのでは堪らない。
「ふ…ん、あ…、まひろ…気持ちい…」
「中? それとも、ん…舐められんの?」
「あっ…ぁ、どっちもっ…、ン!」
翔真の答えに気をよくした真大は、体内にうずめる指を増やし、グチュグチュと音を立てながら中を掻き回す。
勃ち上がった性器の、先端の弱い部分に吸い付きながらも、簡単にはイカせまいと、真大はその根元を握り締めた。
「やっ、先…気持ちい…、はぁ、イクッ…!」
「ダメ…翔真くん、ちゃんと俺の、舐めて?」
「分かって…、あっ、あぁっ」
焦らされるのとか、もう本当に嫌なのに、真大にいいようにされて、でも拒めなくて。
放出できない熱が、グルグルと体中を渦巻く。
下半身が、甘ったるく重たい。
それでも翔真は、唾液と先走りでベタベタになっている真大の屹立を再び口に収める。
「ひッ…あぁっ…!」
「ン、ちゅ、ん…、ここ、翔真くんの、気持ちいーとこ? またデカくなった…」
真大の指先が前立腺を掠めるたび、ビクン、ビクン! と断続的に跳ねる。
前と後ろを同時に攻められて、もう何が何だか分からない。
早くイキたい、出したい、て、それしか考えられなくなって、でも真大はイカせてくれなくて、口の中の真大だって、もう目一杯に張り詰めているのに。
「やっ…真大、も…」
「…ん、ゴメ、ちゃんとイカせてあげる」
根元を締め付けていた手を離すと、唇で扱きながら、口に入りきらない部分を指先でカバーし、舌先で先端の穴をグリグリと攻め上げる。
さすがに弱い部分を一気に攻められると、翔真も堪らなくなって、体がガクガクと震えてくる。
「はぁっ…あっ、あ、ンッ…!」
ビクッと翔真の体が強張って、その次の瞬間、真大の口の中に精液が溢れた。
飲んで、と言われたら飲めないこともなかったけれど、いきなりの射精に驚いて、真大が口を離してしまったものだから、口に入り切らなかった分が、思い切り顔に掛ってしまった。
「ん、は…」
さっきもう、シーツにローションが垂れてしまっていて、どうせ後で洗わなければならないから、真大は顔に飛んだ精液をシーツで拭った。
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僕らの青春に明日はない (43) R18
(顔射とか…AVみたい…)
そういう系が好きなわけではないけれど(かといって、嫌いなわけでもないが)、そんなくだらないことをぼんやり考えていたら、下半身にいやらしい刺激。
イッたばかりだというのに、翔真がフェラを再開したのだ。
ただ快楽に身を任せてしまうだけではないのが、翔真なのである。真大だってもうイク寸前だということが分かっているので、攻める手…いや舌を緩めない。
「あーヤバッ…、イキそ、翔真くん、離し…」
男とヤるのは、お互い今の相手が初めてで、よって"フェラをする"という行為も、他の相手にはしたことがないのだから、同じレベルでいいはずなのに、やはり"してもらった"回数、経験値の差だろうか、翔真の舌遣いは半端ない。
「ダメ、はぁ…イケよ、このまま…」
「ちょっ…!」
またしても、意地悪の仕返し?
しかも、『イケ』とか、男らしすぎる。
「何で我慢、すんだよ…」
「だって! スカート汚れ…」
「いいって……飲んでやるよ」
「…ッ、、、」
慌てた真大が振り返ったのと、翔真がニヤリといやらしい笑みを浮かべたのはほぼ同時で、とても我慢なんか出来なくて、真大は一気に上り詰め、翔真の口の中に精を放ってしまった。
「ン、ぐ…、ケホッ」
「はっ、ぁ…、翔真く…」
最後の1滴まで搾り出そうとするように、翔真は舌と唇を使って、なおも真大を攻め上げるから、不覚にも、ガクリと腰が砕けかけた。
「はぁっ…、真大の、めっちゃ濃かった…。一昨日もシたのに……足んないの? 若いね」
「1個しか、違わないじゃん…」
息を整えながら、真大は翔真の上から退いて、体の向きを変えた。
「俺の…顔に掛っちゃった?」
「ン…全部飲めなかった。ゴメンね?」
別にいいよ、と翔真は、真大の顔に付いていた欲望の残滓をペロッと舐め取り、それからなぜか嫌そうに顔を顰めた。
「マズ…」
「翔真くんが出したヤツじゃん…。てか、俺のは飲んだくせに」
「真大のなら飲めるけどさぁ、自分の精液舐めて、うまいとか言ったら、それって変態じゃね?」
翔真は手を伸ばしてティシューを引き抜くと、髪の毛にまで飛び散っている精液を拭いてあげた。
「ねぇ翔真くん、このままシていぃ?」
「スカート、汚れねぇ?」
「大丈夫じゃない? 翔真くんが、がんばれば」
「俺、たった今、あんなにがんばったんですけど」
それに、確か最初に、汚さないようにする、と言ったのは、真大のほうだった気もする…。
でもまぁ、がんばればどうにかなるかなぁ…と、結局は快楽に弱い翔真も、ついつい流されてしまう。
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僕らの青春に明日はない (44) R18
「じゃ、翔真くんのにも、ゴム着ける」
真大はコンドームを2つ取り出して、その1つを開け、なぜか翔真の顔の前に持ってきた。
「ねぇねぇ、これ、イチゴの匂いする?」
「は?」
「何かね、そういうヤツなんだって。香り付き。亮くんから貰った」
「お前、アイツから何貰ってんの…」
気が利くのか利かないのかよく分からない幼馴染みの顔を思い出し、翔真は少々げんなりする。
こんなときに思い出したくない顔だ。萎えそう。
「いいじゃん、いいじゃん。はい、着けますよー」
「バッ、ちょっ…あぅッ、!」
保育園の先生か、小児科の先生か。
子どもを宥めすかすような口調とは裏腹に、強い力で翔真の性器を扱き上げて、イチゴの匂いのするコンドームを被せた。
「入れるよ?」
もう1度ベッドに翔真を押し倒す。
スカートを汚さないように気を付けながら、自身にコンドームを着けて、翔真のそこに宛がった。
「はっ、ァ、あぁっ…」
挿入されるとき、体の力を抜く加減は自然と覚えたけれど、何の躊躇いもなく奥まで突き進まれると、衝撃にしなった背中が強張る。
でも痛みはそんなに感じなくて、自分の内壁を真大の性器がすり上げて行く感触を、嫌だとは思わないどころか、気持ちいいとか思えるようになった。
それだけ真大に慣らされたということか。いや、もしかしてMなんだろうか。
「ン、ぁ…熱ぃ…中、真大の、」
「翔真くんの中が、熱いんだよ…」
膝の裏をすくわれ、両膝が胸に付くくらい高く足を持ち上げられると、挿入されても萎えることのなかった自身が、お腹にペトリと張り付いた。
その感触に思わず視線を落とせば、薄ピンク色のコンドームに包まれた自身が見える。
イチゴだからピンクなのかなぁ…とか、どうでもいいことを思っていたら、ゆっくりと真大のモノが抜けていき、そしてまた奥まで挿し込まれた。
「あっ、ン、んふ…」
翔真はそんなに体が柔らかいほうではないから、腰が浮き上がるくらいに足を上げさせられると、体位的には結構苦しい。
でも、苦しいのと気持ちいいのがない交ぜになった感覚は、翔真の頭の中を痺れさせて、余計なことを考える力を奪って、ただ快感だけを追い掛けさせる。
「ね、翔真く…、ちゃんと目開けて、見て」
「あ…ふ、見て、る…」
「女子高生に、ン…犯されてる、みたい?」
「っ…、バカ…!」
ウイッグも取って、顔だけ見たら完全に真大で、でもいつもだったらとっくに脱いでいるシャツをまだ着たままだし、そして何よりもミニスカートを穿いた姿で。
改めて、そういうシチュエーションだったことを思い出した。
「はぁっ…翔真くん、コスプレとか、好きなの?」
「ッ、あ、そりゃ…お前だろっ…」
「嘘。中、キュウッ…てなった」
「うっせ…!」
確かに、コスプレとか悪くはないかも、とは思いましたけれど。
だって男の子だし。
男のロマンだし。
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テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
僕らの青春に明日はない (45) R18
「翔真く…、ね、もっと奥、していぃ?」
「あ、や…入んな…――――ひ、アッ…!」
今だって、奥まですごくいっぱい、真大に満たされているのに。
でも真大は、「まだ入るよ?」なんて、キスできそうなくらい近い距離で囁いて、グイと腰を奥まで進めてきて。
翔真は堪らず身を捩って、ギュッと握り締めたシーツを引き寄せた。
自分の中が、キュウキュウに真大を締め付けているのが分かる。
「あ、ぁ、らめ…」
「…ッ、何が、ダメ?」
「おく…、ぁ、ん、んぁっ…」
深いところまで突き刺した状態で抉るように掻き回されると、気持ちよくて、どうにもならなくなって、堪らなくなる。
抜き差しされて、内壁を擦られるのもいいけど、多分こっちのほうが好き。
すぐに理性がぶっ飛びそうになる。
「はぁ、あ、真大っ…」
「奥、好きなのっ…? 気持ちイ?」
「いぃ、ぅン…!」
真大に、口の端からだらしなく零れていた唾液を舐め取られ、唇を奪われる。
そのまま舌を入れられると思ったのに、真大の舌は翔真の唇を舐めるだけだから、じれったくなって、翔真は真大の舌を自分の口内に引き摺り込んだ。
「ハ…ぅん、ん…」
真大の首に腕を回して引き寄せ、舌を吸い上げる。
口の中に溜まった唾液を飲み込んでも、まだ解放はしてあげないで、夢中で真大の舌を貪った。
(おっきぃ…、あぁ、中が…)
奥を突き上げる真大のモノが、またさらに大きくなって、翔真の中を刺激する。
中が、目一杯に広げられている。
「ふぁっ…、ダメ、翔真くん…! そんな、締めないでっ…」
「あっ…、や…真大…!」
いきなりキスを解かれ、翔真は不満げに真大を引き寄せるが、真大だって全然余裕がないのだ。
だって、自身を包み込む翔真の内壁は、うねうねと蠢いていているし、締め付けはキツくなるし、……うん、だから。
「ダメだって、翔真く…はぁっ、イっちゃう、から…」
「やっ…、ダメダメ真大っ…、ぁ、んっ、もっと…!」
「だったらっ…、ちょっ、締め過ぎ…っ!」
まだ欲しい、もっと欲しいとねだる翔真の中は、けれどキュウキュウと真大自身を締め付けるから、とても我慢なんか出来そうもない。
「翔真くんっ」
「んぁっ、あ、らって…イキそっ…」
真大の咎めるような声に、翔真はフルフルと首を振った。
翔真の体はすっかりグズグスになって、真大に揺さぶられるがまま、もう自分からは動けないくらいなのに、中の敏感なところばかりを突かれるから、否応なしに真大自身を締め付けてしまうのだ。
「イキなよっ、はっ…ぁ、気持ち、いいんで、しょっ?」
「ふ、ぁ…、はっ、ン…!」
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僕らの青春に明日はない (46) R18
後ろだけではイケないから、きっと前も弄ってほしいんだと思う。
でも真大的には、きっと翔真は後ろへの刺激だけでも絶頂を迎えられるんじゃないかぁ、と思っていて、いつか試してみたい…などとよからぬことを考えているのだが、なかなか実行に移せずにいる。
今だって、そこまで持たない気がするし。
「まひ、ろっ…」
「前…ッ、触ってほし…?」
翔真は、縋るような目で、コクコクと頷いた。
体に力が入らなくて、真大の首に回した手をロクに動かすことも出来ない。そうでなかったら、とっくに自分で擦ってイッているのに。
「翔真くん、かわい」
「うっさぃ――――ああぁっ…!」
膝が胸に押し付けられるくらい真大に伸し掛かられ、そのままの格好で腰を動かされて、体勢はさらに苦しくなり、結合が深くなって。奥のほうを掻き回されて、頭のてっぺんから爪先まで、快感が駆け巡る。
真大は、翔真の足を押さえ込んだまま、固く勃ち上がり、限界を訴えている翔真の性器に指を絡ませれた。
期待のためか、それとも生理的な反射だったのか、ヒクッと翔真の体は震え、そして真大を包む込む粘膜が蠢く。
「はっ…あっ、やめっ!」
奥を突きながら、ラテックスの上からグチュグチュ擦り上げると、とうとう翔真の体はビクビクと痙攣し出した。
真大は慌てて奥歯を噛む。
「翔真く…ッ」
「ヒッ…、あ、ぁっ、んぁあっ…!」
先に耐えられなくなったのは翔真のほうで、先端にグリッと爪を立てられ、あえなく絶頂を迎えた。
けれどその瞬間に、翔真の中が食い千切らんばかりに真大を締め付けるから、少しの間も置かずに真大も達して、コンドーム越しに翔真の中に射精した。
「やっ、ぁふ…ん、んっ…」
翔真の中に入れる前に1度イッているのに、少しも勢いが衰えない射精に、真大自身も苦笑せざるを得ない。
若いって、こういうこと?
射精が止まるまで翔真をユサユサと揺さぶっていたら、とうとう力が抜けてしまったのか、真大の首に回っていた翔真の腕がパサリとシーツの上に落ちた。
「ん…翔真くん、平気…?」
「は、ぁ…」
中から真大が抜け出ていく感覚にも感じてしまったのか、翔真はブルリと身を震わせた。
真大は、翔真の体を気に掛けつつ、自分が着ている制服を確認すれば、上に着ているシャツは、さすがに汗でグチャグチャだったが、スカートはかろうじて無事だった。
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僕らの青春に明日はない (47)
「ぅん?」
気だるそうにコンドームをゴミ箱にポイした翔真は、ベッドの端のほうに追い遣られていた枕を抱き寄せて身を預けた。
「何? 体、ツライ?」
「じゃなくて。ヤバイね、女子高生」
「翔真くんのエッチ!」
「お前だって、ノリノリだったくせに」
翔真は、足先で真大のももを突付いた。
その言い分はあながち間違っていないので、真大は何も言い返さない。
とりあえず暑いし、ここまで無事だったスカートを汚すわけにはいかないので、真大はポイポイ脱いで床に落とした。
「なぁなぁ、お前、ホントにコンテスト出んの?」
「出るけど? 何今さら。てか翔真くん、ちゃんと応援してよね」
「するけどさぁ、超複雑な気分!」
翔真は喚くように言って、枕をギュッと抱いて真大から体ごと顔を背けた。
「どうしたの? 翔真くん?」
「だってさぁ、お前の女装、みんなに見られるなんて…」
「まだ言ってるー」
「言うよ、そりゃ。誰だって言うに決まってる!」
翔真を潰さないように覆い被さって、その顔を覗き込めば、ふて腐れた顔をしていた。
真大の応援はしたいが、その女装姿をみんなに見られるというのは嫌、という、とっても複雑な心境らしい。
ふて腐れたような態度の翔真には申し訳ないが、真大は何だかひどく嬉しいような気持ちになっていた。
だって、こんな顔、今までなら知らなかった。
翔真はどちらかと言うと、感情の起伏が少なく、表にも出ないほうだから、一見するとクールな印象だが、心を許した相手にはどんな顔も見せるのだ。
それに、執着心は薄いはずなのに、こんな嫉妬みたいな感情を露わにして。
(俺だから…て、自惚れても、いいのかな)
きっと亮とか和衣には、敵わないかもしれない。
でも、あの2人にも負けないものが、自分にも何かあるって、少しくらい自惚れさせてほしい。
「真大ぉ」
「ぅん? 何…うわっ」
枕を離した翔真が、突然抱き付いてくるものだから、何も身構えていなかった真大は、そのまま翔真の上に落下してしまった。
たぶん翔真も結構痛かっただろうに、それに文句を言うことはなく、逆にキュウキュウと抱き付いてくる。
「何、翔真くん、どうしたの?」
というか、2人とも今は素っ裸なのだ。
そんなに抱き付かれると…。
「翔真くん?」
「みんなの前でかわいい格好しても、……俺だけの真大でいてね?」
そう言って恥ずかしそうに目を伏せた翔真に、真大はギュッと抱き付いてキスをした。
コスプレエチ…。
本編はカズちゃん中心なのに、エチはなぜかこの2人。だって、ゆっちさん&かずちゃんの恥ずかしがり屋さんコンビは絶対やんないと思うし。
でも、この2人なら、何のためらいもなく書けてしまうの。
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僕らの青春に明日はない (48)
今日は化粧までするのに、衣装合わせのときのように教室で行って、万が一、誰かに教室を覗かれたら…と和衣が嫌がったので、結局、寮の睦月たちの部屋に集まった(和衣の部屋には同室者がいるので)。
狭い寮の部屋に、亮と睦月、和衣のほかに、愛菜と眞織、そして今日は祐介もいる。
(…………狭ぇ……)
声に出しては言えないが、明らかに狭い。
メインは和衣だから、亮と睦月は邪魔にならないように亮のベッドの上に避難し、祐介も隅のほうによけていたが、衣装やら色々と荷物が多いせいで、部屋の中はえらい狭く感じる。
「じゃ、まずは着替えて? はい」
「……はい…」
部屋の狭さなんてどうでもいいのか、愛菜は気にすることなく、和衣にシャツとスカートを渡した。その後ろで、眞織がカーディガンとリボンを用意している。
この間決めた衣装の一式だ。
まだ何もしていないのに、気が滅入りそう……と思ったところで、和衣は祐介のことを思い出し、気合を入れ直した。ちゃんとがんばると決めたのだ。
「ねぇ……着替えるから、こっち見ないでよ…」
睦月のベッドの上で、シャツを手にした和衣がモジモジしながら言う。
裸を見られるのが恥ずかしいわけではないが、着替えるところをこんな人数にマジマジ見られて、恥ずかしくないわけがない。
この間の衣装合わせのときだって、まずそこからだったのだ。
「はいはい、向こう向いてるから、早くね」
そんな和衣にはもう慣れたもので、愛菜と眞織はさっさと後ろを向き、亮と祐介も一応、視線を外しておく。
けれど。
「むっちゃん! こっち見ないで、てばー!」
「見てないよ」
「見てんじゃん、思いっ切り!」
ベッドの上で、亮に寄り掛かっている睦月は、『見ていない』というセリフとは裏腹に、明らかに、しっかりバッチリ和衣のほうを見ている。
「むっちゃん、あんまカズに意地悪しないの」
何とかがんばって、祐介を連れて来るところまで漕ぎ着けたのだから、それ以上の試練を与えるのはかわいそうだと、亮は睦月の目を両手で覆った。
「何すんだよー」
当然睦月はジタバタし出すが、本気で押さえ込む気がなくても、亮が力で睦月に負けるはずがない。
腕の中を抜け出せない睦月が足をバタバタさせるから、安いベッドが嫌な音を立てる。
「風呂場で裸なんていくらでも見せてるくせにー」
「そうだけど」
「いっつも丸出しじゃん、チン――――むぐっ」
「むっちゃん!」
うっかり口を滑らせて、下ネタまで言ってしまうところだった睦月の口を、亮が慌てて塞いだ。
自分たちだけならまだしも、今日は愛菜と眞織も一緒なのだ。きっと2人は下ネタにも強そうだが、そこはそれ、一応女の子扱いをしておかないと。
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僕らの青春に明日はない (49)
「ぅむ…」
コクリと頷いた睦月の口から手を離し、亮はその体ごと、和衣のほうが見えないように反転させた。
(手の掛かるのが2人…)
和衣から背を向けている愛菜は、実は世話が焼けるのは和衣1人ではないことに気が付き、密かに溜め息を零す。
本当に今日中に、最終的な仕上げまで持っていけるのだろうか。
「着たよ」
和衣の声に、ようやく全員が和衣のほうを向いた。
先日の衣装合わせのときよりも増えた視線にも戸惑うが、やはり今日は祐介がいるから、とっても緊張する。
「次、カーディガンとリボンね」
「…ん」
和衣は恥ずかしくて、祐介のほうを向けないまま、眞織からカーディガンとリボンを受け取った。
睦月にからかわれるのは(慣れているから)いいが、祐介に変な子だって思われたくない…!
「カズちゃん、カーディガンのボタン! 上と下は留めないの」
「あ、そっか」
よく分からないが、カーディガンの上と下のボタンを外しておくのが、今どきの女子高生流らしい。
和衣はせっかく全部止めたボタンのうち2つを外し、胸元にえんじ色のリボンを着けて、パンツが見えないよう気を付けながら紺色のハイソックスを履く。
「……どぉ…?」
「オッケー、オッケー」
先日の見立てどおり、一式着込めば、かわいい女子高生の出来上がり。
和衣がちょっと恥ずかしそうにしているところが、今どきの、いわゆる"ギャル"とは違う雰囲気で、それがいい(和衣にしたら、"恥ずかしそうにしている"のではなくて、本当に恥ずかしいのだけれど)。
「女子高生だー…」
亮のベッドの上ですっかり寛いでいる睦月が、はわー…となりながら、声を上げた。
携帯電話のカメラで撮られた写真なら見たが、実物を目にするのは、今日が初めてだ。
和衣がずっと卑屈だったから、写真写りはともかく、実際は相当ひどいのかと思っていたが、普通にかわいい。
(カズちゃん、大げさなんだから)
勝手なことを思いながら、睦月は祐介のほうをチラリと見た。
祐介こそ、正真正銘、まったく初めて和衣の女装したところを見るのだ。一体どんな反応をするのだろう。
「…ゆっち?」
「………………」
「ゆっち」
「うぇっ!?」
ベッドのそばに突っ立ったまま、ボーっと和衣のほうを見ていた祐介に声を掛ければ、この部屋に自分以外の人間がいたこと自体に初めて気が付いたかのように、ビクッと肩を跳ね上げた。
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僕らの青春に明日はない (50)
「…何でもないけど」
どうかした? と、ぎこちない仕草で睦月のほうを向く祐介に、『どうかした?』は、こっちのセリフだ! と言わんばかりに、睦月は祐介をキックした。
「やっぱ、変…?」
「えっ?」
睦月と祐介の遣り取りに気付いた和衣は、祐介の反応を、また良からぬほうに考えてしまったらしい。
やっぱ変だよね…と、和衣が泣きそうな顔をするから、祐介は慌てて「そんなことないです!」と、なぜか敬語で答えてしまった。
「ゆっち、カズちゃんの女装見るの初めてだから、緊張してるの」
「?? 何で祐介くんが緊張すんの?」
睦月のフォローは的確だったが、祐介と和衣が付き合っているなど知らない愛菜たちにしたら、和衣の女装姿を見て、どうして祐介が緊張するのかと、不思議顔になる。
亮は、先ほどみたく、睦月がうっかり何か言ってしまうのではないかと、心と両手の準備だけは怠らない。
「……変じゃない…?」
変だから固まってるんじゃないの? 俺、ホントに変じゃない? 祐介、俺のこと嫌いにならない? と和衣は、視線で祐介に問い掛ければ、そのアイコンタクトの意味を理解したのか、祐介はコクコク頷いている。
祐介は何も、和衣の女装が変だったから固まっていたわけではない。自分が想像していたよりずっと、和衣がかわいかったから、焦ってしまっただけだ。
「髪の毛だけど……こないだみたいに、前髪アップにするヤツでいいよね?」
眞織はブラシで和衣の髪を梳いた後、先日睦月がガチャガチャで不本意ながら出したイチゴちゃんのゴムで、和衣の前髪を結い上げる。
手先が器用なだけあって、仕上がりはキレイだ。
それからワックスでサイドや後ろの髪をセットし、最後にイチゴの位置を微調整したら、出来上がり。
「ん、かわいくなった。じゃ、次、メイクね?」
愛菜が持ってきた荷物の中から、取っ手の付いた大きめの箱を取り出せば、ゴロゴロしながら亮の足にじゃれ付いていた睦月は、物珍しそうにそちらに身を乗り出した。
女の子の持ち物は、よく分からない。
弁当箱にしては絶対に大きすぎるけれど、中にお菓子がいっぱい詰まったらいいのにな、と睦月が小学生レベルのことを考えていたら、蓋を開けたその中には、お菓子ではなくてメイク道具がいっぱい入っていた。
「全部愛菜ちゃんの? いっぱいあんね」
「そう。どういうのが合うか分かんないから、全部持って来てみた」
ファンデーションとアイシャドウと口紅と、あとは……まつ毛をクルンてさせるヤツ? 睦月のメイクの知識はそのくらいしかないから、この箱いっぱいのメイク道具を見ても、ピンと来ない。
(あ、あと、眉毛書くヤツ!)
あれはきっと重要だと思う。
睦月の勝手な想像だが、間違いない。
「ケープがないから、とりあえずタオルでいっか」
衣装が汚れないように、タオルを和衣の首元に掛けて上げる。
女の子がどんなふうに化粧をするかなんて全然知らない睦月は、興味津々でその様子を眺めている。
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僕らの青春に明日はない (51)
和衣にしたら、何かいっぱい塗られてるー…程度の認識だが、女の子はキレイな肌を演出するために、多大なる努力とお金と時間を使っているのだ。
「うんうん、いい感じ」
「カズちゃん肌白いから、やっぱファンデ、愛菜のヤツのほうがよかったね」
愛菜の隣で和衣の顔を覗き込んでいる眞織も、かなり満足げだ。
それはいいとして、ベッドを下りた睦月が、ちゃっかりその隣に座って、メイクされている和衣を見ているのが、とっても気になる。
和衣はシッシッと追い払う仕草をするが、睦月は「ベー」と舌を出すから、亮、ちゃんとむっちゃんのこと見ててよぉ! と和衣はベッドのほうを睨んでも、亮は和衣のメイクになんか興味がないらしく、ベッドに転がってマンガを読んでいた。
(役立たず!)
和衣が心の中で亮に文句を言っていたら、愛菜に「眉毛するから、ちゃんとしてて!」と和衣が怒られてしまった。
「眉…細くするの?」
愛菜が眉用のはさみと毛抜きを取り出したのを見て、和衣が不安そうに尋ねる。
今どき、男の子でも眉毛のお手入れをしているとテレビで見たことはあるが、和衣はそんなことしたこともないし、出来ればしたくない。
いや、いいんだけれど、明らかにお手入れをしてます! みたいな細い眉毛は、何だか恥ずかしい。
「長いとこ、ちょっとカットするだけ。大丈夫、そんなに細くしないから」
間違っても変なふうにはしないだろうから、まな板の上の鯉状態の和衣は、愛菜のその言葉を信用するしかない。
どこを見ていたらいいか分からず、和衣は近づいてくる愛菜の手をジッと見ていたら、「上向かないで、前向いてて」と言われてしまった。
難しい…。
「ねぇー…どうなってんのー…?」
動くのもダメ、上のほうを見るのもダメ、の和衣は、今の自分の状態がどうなのか全然分からなくて、心配になった。
「ねぇー、むっちゃーん、どーぉー?」
「えー? バッサリ?」
「えぇっ!?」
「ちょっ、カズちゃん! 動かないで!」
睦月の『バッサリ』にビックリして、和衣が立ち上がろうとしたら、グイと愛菜に元の位置に戻された。
「だ…だって…」
「バッサリしてないから! むっちゃんも、どうでもいい嘘つかないの」
愛菜に窘められても、睦月はキャハハハーと笑い転げている。
確かに和衣がこれだけ素直な反応を見せていれば、からかい甲斐はある。睦月の格好の標的になるわけだ。
「もう終わった、もう終わったから。ホラ、鏡見て? バッサリしてないでしょ?」
愛菜に鏡を渡され、和衣は慌ててそれを覗き込む。
眉はちゃんとあった。細くなり過ぎてもいない。それを確認して、和衣はほぉー…と息をついた。
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僕らの青春に明日はない (52)
声を掛けたのは、祐介だった。
祐介も、女性のメイクには何も詳しくなくて、口出しも手出しも出来ないから、とりあえず邪魔にならないことが、今やれる最善のことだ。
だから和衣たちの周りをチョロチョロしている睦月を見兼ねて、元のベッドのところに戻ろうと促した。
「だって暇なんだもん」
「マンガは?」
「もう読んだ」
「じゃあ…」
何か睦月の気を惹けるものはないかと、祐介が部屋の中を見回しても、亮は、何もない、と首を横に振っている。
「ゆっち、何かおもしろいことして?」
「は?」
「つまんないから、何かおもしろいことしてよ。そしたら、そっち見てる」
「何、おもしろいこと、て」
「モノマネとか」
「いや、出来ねぇし」
めちゃくちゃなムチャぶりをする睦月に、祐介は突っ込みだけ入れて、和衣の傍から引き剥がした。
祐介が睦月を構っている間に、アイブロウで和衣の眉を整えた愛菜は、アイシャドウをテーブルの上に広げている。
「むっちゃん、お菓子食べない?」
睦月が好奇心に勝てずに、またずり寄って行こうとしたところで、眞織が声を掛けた。
床に1口サイズのチョコやらお菓子が、たくさん並べられている。
「食べる食べる」
途端、睦月の興味は、和衣からお菓子に移ってしまうわけで。
何だかんだで、睦月もすごく単純に出来ているのだ。
眞織がお菓子で睦月の気を惹いて子守りをしている間に、愛菜はアイシャドウの色を選ぶ。
本当は眞織と相談しながら選びたかったのに、それどころではなくなったしまった。
「亮、ちょっと…」
メイクのことを男子に聞いても無意味だと思ったが、祐介よりは亮のほうが女の子を見ていそうという愛菜の勝手な判断で、どの色にしようか亮に尋ねようとしたら、亮は眞織と一緒に睦月を構っていた。
「ちょっと亮、それ食べないでよ、俺が食べようと思ったのに」
「じゃ、あーん」
「あー…ぐ」
バカップルよろしく「あーん」とかしている亮と睦月に溜め息をつきつつ、愛菜は祐介を手招きした。
「祐介くんなら、どっちの色がいいと思う? アイメイク」
「え…」
いくつかのアイメイク用のパレットを見せられ、祐介は固まってしまった。
本当に申し訳ないのだが、そう言われても全然分からなくて、パレットと和衣の顔と、そして愛菜を順番に見た。
その表情だけで、愛菜は祐介の言いたいことが分かったらしく、それ以上尋ねるのは断念した。
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僕らの青春に明日はない (53)
「えー? そーだなぁ…」
とりあえず睦月のことは亮に任せ、眞織も和衣のところにやって来た。
「やっぱナチュラル系?」
「だよね、やっぱり」
何が"やっぱり"なのかは、和衣にはちっとも分からないが、亮と睦月が仲良くわちゃわちゃしているから、羨ましくて仕方ない。
俺だって、祐介とイチャイチャしたい…。
「カズちゃん、目線だけ下のほうに落として」
「目線だけ…? 何それ。分かんない…」
それよりも、祐介、向こうに行かないでほしい。
傍にいてほしい。
「カーズちゃん、そんな顔しないで。カズちゃんが集中すれば、すぐ終わるんだから」
「そんな顔? どうせ俺、変な顔してるもん…」
「かわいい顔してるけど。アヒルさんみたいになってる、口。お菓子食べる?」
「いらない」
「いらないの?」
「…いる」
「どっち」
なぜか急にいじけてしまった和衣に、愛菜も眞織を倣ってお菓子で気を惹こうとするが、なかなか和衣の機嫌は直らない。
愛菜は困って、祐介を振り返った。
「祐介くん、ゴメン、お菓子ちょっと取って」
「あ、うん」
結局、和衣のメイクに何の役にも立てなかった祐介は、隅のほうで大人しくしていたのだが、急に役割を与えられ、急いで散らばっていたお菓子を取りに行った。
「カズちゃん、はい」
「…ん」
愛菜に包み紙に包まったチョコを渡され、和衣は渋々それを受け取った。
本当は睦月のように、恋人に「あーん」とかされたいのに。
そう思っていたら、なぜか急に目の前に、チョコが。
「はい」
「え、ぅ? ん?」
チョコを受け取ったまま包み紙を開けようともしない和衣に、祐介はその手からチョコを取って、中身を出して和衣の口元に持っていったのだ。
(こ…これは、もしかして…)
まさか、念願の「あーん」??
和衣はドキドキしながら、祐介を見た。
もしかしたら祐介は単に、ジッとしていなければならない和衣が、食べづらくて食べれないと思って、気を利かせてくれただけなのかもしれない。
でもそれでも、和衣は嬉しくて、心臓が高鳴ってしまう。
「あ…む」
祐介の手からチョコを口に入れてもらった和衣は、甘く溶けていくチョコに、ちょっとずつ心の中が落ち着いてくる。
そんな和衣はもちろん、愛菜と眞織に、子どもをあやすにはやっぱお菓子か…と思われているなんて、気付いてもいないが。
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僕らの青春に明日はない (54)
「ふぇ、あ、ぅん!」
思いがけず祐介に「あーん」をしてもらえて、嬉しくてホワホワになっていた和衣は、愛菜に声を掛けられ、ビックリして声が裏返ってしまった。
祐介は苦笑しながらも、先ほどのようには離れず、和衣の傍にいてくれる。
ナチュラル系ということで、ベージュを基本にしたアイカラーを並べた愛菜は、まず下地にミルク色のハイライトを眉の下からまぶた全体に伸ばし、それからミディアムカラーを指でまぶた全体に馴染ませ、チップでシャドウカラーをまつ毛との際に入れた。
まったくの初めての経験である和衣は、瞼の上を指やチップが動く感触が擽ったくて、キュウと首を竦めて、身構えてしまう。
「カズちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫だから」
「だ…だってぇ…」
「まつ毛、プルプルしてて、何か小動物みたい」
いや、気持ち的には獣に睨まれた小動物そのものなんですが…。
しかも、アイメイクはこれで終わったと思っていたのに、愛菜にまた視線を落とすように言われる。
「アイライン引くから、目線だけ下」
「んー…」
まぶたの際をなぞられ、擽ったくてまぶたがピクピクするけれど、動くと怒られそうなので、和衣は必死に我慢した。
ペンシルのアイラインでまつ毛の根元を埋めるように書き、綿棒でぼかすように整えられた後、まぶたを上のほうに引っ張られ、まつ毛の生え際にまで、リクイドアイライナーを滑らせられる。
それはまるで、まぶたの内側の粘膜を塗られているような感覚で、そんなことして本当に大丈夫なの!? と和衣は思わざるを得ない。
「よし、オッケ。ね、カズちゃん、ビューラー使える?」
「びゅーらー」
「…使えないよね、うん」
完全に何のことだか分かっていない子の発音になっている和衣に、愛菜は聞くまでもなかった、と自分でビューラーを構えた。
「人のって……やりづら…」
まぶたを挟まないように気を付けながら、愛菜はビューラーで和衣のまつ毛を根元からプレスする。言うとまた拗ねそうなので黙っているが、和衣がいちいちビクビクするから、本当にやりづらい。
それからマスカラでまつ毛を根元から持ち上げ、目頭から目尻までしっかりとカールさせて、パッチリとした瞳の完成。
最後にアイメイクが浮き立たない程度に、下まつ毛の毛先にもマスカラを乗せた。
「カズちゃん、ちょっと瞬き我慢してね」
「え? え? は?」
塗りたてのマスカラが目の周りに付いてしまわないよう、愛菜がそう注意したのだが、その一言でかえって意識してしまったのか、和衣は思わずパチパチと何度も瞬きをしてしまった。
「あっ、あー…」
「だ…だって!」
「あーもう、いい、いい。直せるから」
しっかりとマスカラが目の下に付いて、アライグマみたいになっている和衣を宥め、愛菜は綿棒でマスカラの汚れを落としてやった。
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僕らの青春に明日はない (55)
「これで終わり?」
「あと、リップとチーク」
「うえぇ…まだ終わんないのぉ?」
「もうちょっと、もうちょっと」
自分でしているわけではないが、まだ完成しないメイクアップに、和衣はもうすでにヘトヘトだ。
こんなことを毎日している女の子って、ホントすごい…。
「カズちゃん、口開けて?」
「あーん」
「いや、"あーん"までしなくていいから。ちょっとだけ開ければいいから」
さっきチョコを口に入れてもらったときよりも、ずっと大きく元気に口を開けた和衣に、愛菜と眞織は苦笑する。
けれど、薄く開かせた唇にブラシで口紅を乗せられても、和衣にしたら、口紅じゃなくてチョコのほうがいいのに…とか、思ってしまうわけで。
「あー…」
「カズちゃん、口!」
「…ん」
いつの間にか和衣の口は、ぽわんと開いてしまっていて、愛菜に指摘され、和衣は慌てて口を閉じた。
「もう終わるから、もうちょっと我慢して!」
そう言って、愛菜は和衣の頬にチークとハイライトを入れて、和衣の顔の仕上げに掛かる。
先ほどまでに下地やらファンデーションやら色々と塗られたのに、またブラシを滑らされ、一体どのくらい塗られれば終わるのかと、和衣はブラシを動かす愛菜の手先を見ながら思った。
(こんなに塗られたんじゃ、肌呼吸できなくなりそう…)
あ、でも人間て、肌呼吸するの?
………………肌呼吸?
皮膚呼吸だっけ?
「はい、完成。――――カズちゃん?」
「んにゃ? 出来た?」
「出来た、出来た」
最後のほうは、もう全然関係ないカエルのこととか考えていたから(皮膚呼吸からどんどん思考が広がった)、愛菜の『完成』という声に、反応が少し遅れてしまった。
「はい、鏡」
手鏡よりも大きいサイズの鏡を渡され、和衣は恐る恐るそれを覗き込んだ。
自分だけど、自分じゃないみたいな顔が、そこにはあって。
「変な感じ、する…」
「何で? かわいいよ、カズちゃん。ねぇ、祐介くん」
「は…はい」
和衣がメイクされている間、空気のようにその傍らにいた祐介は、いきなり感想を求められて、言葉に詰まってしまった。
今まで散々、かわいいて褒め言葉か? とか悩んでいたのに、そんな悩み、どうでもよくなるくらいに、かわいい。
それに加えて、様子を窺うように和衣がこちらをジッと見つめるものだから、今さらながらドキドキしてしまって、うまく頭が回らずに、言葉が出て来ないという悪循環。
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僕らの青春に明日はない (56)
「ちょっ…睦月、重い!」
お菓子に釣られ、ずっと大人しく睦月が、和衣のメイクが終わったことに気付き、さっそくそばに寄って来ると、祐介の背中にこれでもかと伸し掛かった。
緊張していると言えばしているのかもしれないが、そんなこといちいち睦月に指摘されたくない。
というか、和衣が絶対にヤキモチを焼くから、早く離れてほしい。そう思ってチラリと和衣を見れば、案の定、和衣はむぅ…と唇を尖らせていた。
が、しかし、そこはそれ。
睦月は分かっていて、祐介から離れようとしない。
「むっちゃんっ!」
「なーにー? あ、カズちゃんがかわいくなってるー」
堪え切れずに和衣が声を上げても、睦月は気にするふうもなく、メイクアップの終わった和衣の顔をまじまじと見ている。
「ゆっちさん、どうですか? 女子高生のカズちゃんを見て」
「えっ…」
マイクを持つマネで、睦月は背後から、こぶしを祐介の口元へ持っていく。
いろんなことで、すっかり動揺している祐介は、そんな睦月に突っ込みを返すことも出来ない。
「むっちゃん、いつまでもそんなとこ乗っかってんじゃないの」
「ギャッ」
突然、睦月の体が宙に浮いた。
亮が睦月の腰を後ろから抱き抱え、祐介から引き剥がしたのだ。
祐介にベッタリくっ付く睦月を見て、嫉妬心を燃やしていたのは、何も和衣だけではないのだ。
「ちょっ亮、ヤダ、擽ったいー」
ちょうど脇腹の辺りに、亮の手が来てしまったものだから、睦月は擽ったくて、身を捩る。
助けてよー、と睦月は祐介のほうに手を伸ばすが、ようやく睦月から解放された祐介は、もちろん、そんな睦月を助けるはずもなくて。
「アンタたち、何かわいいことしてんの」
ベチンと亮の頭を叩いて、睦月を救出したのは眞織だ。
今日のメインは和衣なのに、全然関係ないところで、勝手に盛り上がらないでもらいたい。
「しっかりカズちゃんのこと見てよ」
「見てるよー。カズちゃん、かわいいかわいい。おパンツ見えてるけど」
愛菜と眞織の前だというのに、亮に後ろから腰に腕を回されたままでも、睦月はそんなこと全然気にならないのか、睦月は笑いながらパンツ丸見えの和衣を指摘する。
「カーズーちゃん! 女の子なんだから、足は閉じる!」
「あぅ…」
モゾモゾと足を動かし、和衣は膝をちゃんと閉じて体育座りをしたが、短いスカート、それでもパンツは丸見えだ。
「その、恥ずかしがってる感じは、完全に女の子なんだけどねぇ…」
はぁ~…と、愛菜は溜め息を零した。
和衣の仕草はかわいいが、履いているパンツはかわいげもないトランクス。だとしても、女子高生の格好で丸見えにしておくものではない。
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僕らの青春に明日はない (57)
「…むっちゃん、見てんの?」
「亮が見てる」
「見てない!」
勝手なことを言う睦月に、亮が慌てて突っ込む。
まぁ男の子なんだし、見えて嬉しくない、ということはないけれど。
「ねぇー…だったらもうちょっと丈の長いスカートにしようよぉ…。俺、パンツ見えないように行動するなんて、そんなの無理なんだけど…」
スカートを穿くたびに、パンツが見えると注意される和衣は、とうとう根を上げた。
スカートの丈さえもっと長ければ、パンツが見えるなんてこと、ないはずなのに。
「ダメダメ。女子高生はスカート短いの」
「でもパンツ見えるー…」
「ちょっと見えるくらいなら、いいの。丸見えじゃなきゃ」
「……そうなの?」
パンツ見える! と何度も怒られていたから、絶対に見せてはいけないのかと思っていたら、眞織から意外な言葉が出る。
ちょっとなら、見えてもいいの?
「チラリズムだってば! ガバッて見せられるより、チラ見せのほうが萌えるでしょ?」
「そ…そう?」
「そりゃそうでしょ。ねぇ、亮?」
「俺に振るな!」
ピンと来ていない和衣を説得するのに、なぜか引き合いに出された亮は慌てまくる。
これじゃあ、女の子のパンツばっかり覗いている変態みたいだ。
「でも、見えるっつったって、男モンのトランクスだけどね。カズちゃん、女の子のパンツ穿く?」
「穿かないっ!」
パンツを見せるなと言われているのに、いつの間にか、パンツをチラッと見せる方向になっているし、もう何が何だか分からない。
とりあえず、女の子のパンツは、断固拒否だけれど。
「ま、パンツはあとで考えるとして…」
「考えないよ! ヤダよ、自分の穿く!」
「はいはい。じゃ、カズちゃん、立って?」
何だか簡単に受け流されてしまったけれど、本当に大丈夫なんだよね? 俺、女の子のパンツ、穿かなくていいんだよね…?
和衣は不安に思いながらも、言われたとおりに立ち上がった。
「おぉ~!」
「かわいいっ! カズちゃん、ホントかわいい! マジで女子高生みたい!」
立ち上がった途端、愛菜と眞織から歓声が上がる。
けれど、そんなふうに喜ばれたって、和衣にしたら恥ずかしいだけだ。
先日の衣装合わせのときには気にならなかったスカートの丈も、今日は何だか妙に短い気がするし、さっきからパンツパンツと言われているから、見えてるんじゃないかって、気になって仕方がない。
「は…恥ずかしぃ…。もういいよね? もう終わったし、着替えていいでしょ?」
「カズちゃん! これくらいでそんなに恥ずかしがってたら、本番どうすんの? もっと大勢の前に立つんだよ?」
「うぅ…だって、めっちゃ恥ずかしいもん…」
愛菜の言うことは尤もで、本番になれば、和衣はこの格好でステージの上に立ち、人前に出るのだ。こんなことで恥ずかしがっているわけにはいかないことくらい、和衣だって十二分に分かっている。
でも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
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僕らの青春に明日はない (58)
「出来ないよ!」
女装の時点で、ある意味、芸をしているようなものなのに、どうしてさらにそこで一発芸なんか。
完全に他人事だと思っている睦月にもげんなりするが、しかしよく考えたら、単に女装してステージに上がるだけで済むとは思えない。
和衣は女装のことで頭がいっぱいだったから、全然何も考えていなかったけれど、もしかしたら何かさせられるのだろうか。
そんなの絶対に無理なんだけど…! と、和衣は途端に不安になってしまった。
「そんな大したことしないって。質問されたことにニッコリ笑って答えればいいだけだから」
「何聞かれるの?」
「知らない」
「そんなぁ~」
ただでさえ和衣は、アドリブに弱いのだ。
急に聞かれたことに、すんなりと答えが出てくる自信なんか、まるでない。
「それはもう、女装とは関係ない問題でしょうが」
「だってぇ!」
それはそうなんだけれど、苦手なものは苦手なんだから、どうしようもない。
そう考えると、和衣は絶対にこのコンテストへの参加に、本当に向いていないと思う。
真大みたいにノリノリにはなれないし、睦月みたいにポンポン言葉が出てくるわけでもない。立っても座っても、もっと女の子らしく! と言われるし、一体何がよくて和衣が選ばれたのだろう。
「カズちゃん、カズちゃん」
「ぅ?」
今にも泣き出しそうなくらいグルグルしてしまっている和衣を、亮に抱えられたままでいた睦月が、おいでおいでしている。
和衣はスカートの裾を気にしながら、睦月の前に屈んだ。
「あのね、あのね」
亮の腕の中から抜け出て、睦月は和衣の耳元に顔を寄せる。
「カズちゃん、だーいじょうぶ。ゆっちだって超メロメロになってんだから、何も心配することないよ? 変な格好だって笑いモンにされるより、かわいい、て言われたほうがいいでしょ?」
「…ん。でも、何か聞かれても、答えらんない…」
「変なこと聞いてくるヤツがいたら、俺がぶっ飛ばしてやる」
「ぶふっ」
睦月が本気でコブシを構えるものだから、和衣は思わず吹き出してしまった。
冗談だとは思うが、睦月の場合、本当にステージにまで上がって来て、殴り飛ばしそう…。
「ね?」
「…ん、がんばる」
睦月がヒソヒソ話で和衣を説得してくれているようなので、愛菜と眞織はそれを黙って見守っていたが(何かかわいいから)、どうやら和衣はようやく決心が付いたらしい。
出るからにはがんばってもらいたいし、旅行券も欲しいけれど、和衣が本気で嫌がっているのを無理やり出したいとは思わないから、やる気になってくれることが何よりなのだ。
「和衣、がんばれそう?」
「え、あ…うん」
どうしていいか分からない…と困惑していた和衣に、声も掛けられずにいた祐介だったが、自分が落ち着いたこともあって、ようやく和衣を気に掛けてあげることが出来た。
でも和衣にしたら、この格好でみんなの前に出るのも恥ずかしいけれど、祐介にそんなに見られるのは、女装を抜きにしても、何だか恥ずかしい。
だって未だに、恋人と見つめ合うだけで、ドキドキしてしまうくらいだし。
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