恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年02月

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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (4)


「手作り? 作るの? チョコを??」

 チョコって何で出来てるんだっけ?
 カカオ豆?
 でも、そっからどうやってチョコになるのか、俺、全然知らないんだけど。純子さん、そんなことも知ってるんだ、すごいな。

「チョコを融かして固めるだけですし、まぁ、温度設定が難しいとは言いますけど、そんなに大変じゃないと思いますよ? それとも、トリュフとか生チョコとか、そういったものにします? そのほうが簡単ですし」
「え…」

 融かして固める? チョコを?
 何か、俺が思ってることと違う??
 しかも、その後いろいろ言われたけど、何て言ったのかも、どういうもののことを言ったのかも、全然分かんないんだけど…。

「えと…、純子さん、融かして固める、て……何? チョコてカカオから作るんじゃないの??」
「………………」

 あ、あれ? 俺、何か変なこと言ったのかな?
 純子さんがポカンとしてる。
 またバカなこと言ってる、て思われちゃったかな。まぁ、俺がバカだってことは、純子さん、百も承知だとは思うけど。

「あっはっは、イヤだわ、直央さん。作る…て、そういうことじゃなくて。うふふ、板チョコとか製菓用のチョコを湯煎で融かして、それを型に入れて、また冷やし固めるんですよ」

 純子さんは、すっごいおかしそうに笑ってる。ここまで大笑いしてる純子さんを見るの、もしかしたら初めてかも。…て、そんだけ俺が変なこと言ったってことか。
 でも、純子さんに言われて、ようやくちょっと想像が付いて来た。

「俺にも作れる? その、融かして固めるのなら」
「融かして固めるだけ、て言っても、温度調節がちょっと難しいんです。でも、温度を測りながらやれば、大丈夫だとは思いますけど」
「温度…」

 大丈夫かなぁ…。
 純子さんが『ちょっと難しい』なら、俺にとっては、『すっごく難しい』レベルの気がするんだけど…。

「だったら、生チョコとかにしますか? そのほうが簡単ですよ」
「そう? それなら、俺でも出来る?」
「直央さんががんばれば、融かして固めるのでも、生チョコでも、何でも出来ますよ。ただ、生チョコのほうがちょっと簡単て言うだけで」

 純子さんは、そう言って笑う。
 そりゃ、がんばれば出来るだろうけど、でも、世の中には出来ることと出来ないことがあるわけで…。

「直央さんが作るていうなら、お教えしますよ?」
「ホント!?」
「えぇ。一緒に作りますか?」
「うんっ」

 よかったー。お料理上手の純子さんに『簡単』て言われても、俺には絶対簡単じゃない、て思ってたから、純子さんが一緒に作ってくれるなら、すごく心強い。
 何たって、食べさせるのは徳永さんだからね。
 高くておいしいものいっぱい食べてる徳永さんに、俺が生まれて初めて作ったチョコを食べさせるなんて、悪ふざけが過ぎてるとしか言いようがないもん。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (5)


「でも直央さん、まったく初めてなら、先に1度練習しますか? いきなり本番だと、勝手も分からないでしょうし」
「するする! あ、でもどこで? ここで出来る?」
「道具さえあればここでも出来ますけど、作ってる最中に仁さん帰って来られたら、ばれちゃいますし、よかったら私の家でやりますか?」
「純子さんちで!? 行ってもいいの!?」
「もちろんです」

 わーい! 一緒にチョコを作るのも楽しみだけど、純子さんち行くの、初めてだから楽しみだな。
 俺、友だちいないから、人の家て行ったことないもん。

「いつ、お出でになります?」
「えっとねー…」

 俺のバイトの時間と、純子さんの仕事の時間を確認して、純子さんちに行く日を決める。
 徳永さんが帰って来るにはまだ時間があるけど、徳永さんには内緒のことを話してるから、いつ帰って来るんじゃないかと思って、冷や冷やしちゃう。
 それは純子さんも同じだったみたいで、日にちを決めた後、2人で顔を見合わせて笑っちゃった。

「じゃあ、明々後日の3時ということで」
「うん」

 その日は純子さんお休みだから、俺がバイト終わったら純子さんちに行くってことに決めた。
 全部お任せなのは悪いな、て思ったけど、俺は何をどう用意していいかも分かんないから、ひとまずは純子さんに任せることにした。

「それじゃあ直央さん、また明々後日」
「はい! よろしくお願いします!」

 そして、俺と純子さんのバレンタイン計画がスタートした。



*****

 徳永さんにはチョコを作って上げることにしたよ、て蓮沼さんにメールで報告。
 最初は、『自分で作って』て書いたんだけど、純子さんの力が大きいはずだから、その部分は消しておいた。
 まぁ、こんなこと蓮沼さんに報告する必要もないんだけど、最初に俺にバレンタインのことを言ってくれたのは蓮沼さんだし、メールの練習もあるしね。

 俺がメールを送って数分もしないうちに、蓮沼さんから返信が来た。
 相変わらず早いなぁ。

『手作り!? 直央くんがチョコ手作りするの!?』

 何だかすごくビックリした感じの返事。
 まさか蓮沼さんも、俺がカカオ豆からチョコ作ると思ってるのかな。

『カカオ豆から作るんじゃないよ? チョコとかしてかためるんだよ? あと生ちょこ』

 今日、純子さんから教えてもらったことを、さっそく蓮沼さんにも教えてあげる。
 最近は俺も、早くメール打てるようになったんだから!
 でも俺は最初に買ってもらった携帯電話のままなんだけど、蓮沼さん、今は、スマホ? なんだよね。蓮沼さんだけじゃなくて、徳永さんも純子さんもだけど。
 やっと俺が、人並みの中の下くらいのレベルまで追い付いたのに。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (6)


 そんなことを思ってたら、すぐに蓮沼さんから返信。
 すごいな。読みながら打ってんのかな。そういう両立が出来るんだろうか、スマホは。

『そんなこと分かってるよ! そうじゃなくて、直央くん、手作りなんか出来るの!?』

 む。
 俺に料理が出来ないとか思ってんの!?
 純子さんが一緒だから、大丈夫だもん! それに練習もするし!

『練習するから大丈夫』
『練習するの? いつ? 俺が試食してあげる (・ω・)ゞ』

 試食かぁ…。自分で食べるだけじゃダメかな? 純子さんもいるし。
 でも俺の口なんて当てになんないし、純子さんは優しいから、ちょっとダメでも大丈夫て言ってくれそうだから、違う人に食べてもらったほうがいいのかな。

『しあさってバイト終わったら、、純子さんちで練習』
『次の日、バイト来るとき持って来て (^o^)/』
『いいけど、ちゃんとできてるかダメか言ってくれないとダメ』
『オッケーd(≧▽≦*)』

 俺は、作ったチョコをバイトに持っていく代わりに、そういう約束を取り付けた。
 ダメなときはダメだって言ってくれないと、蓮沼さんに試食を頼む意味がないからね。

『直央くんのチョコ、楽しみにしてるね o(@^◇^@)o』

 蓮沼さんには試食してもらうだけだから、楽しみも何もないと思うだけど……俺がそう打つ前に徳永さんが帰って来たから、蓮沼さんへのメールはこれでおしまい。
 携帯電話を置いて、徳永さんをお出迎えする。
 最初にお出迎えしたとき、別に深い意味はなかったんだけど、徳永さんがすごく喜んでくれたから、それ以来、家にいるときは、そうするようにしてるんだ。

「おかえ……うぐ」
「ただいま、直央くん!」

 靴を脱いだ徳永さんが、いきなり抱き付いて来て、それが結構力入ってたから、ウグッてなった。
 苦しい…。

「徳永さん、徳永さん」
「あ、ゴメンゴメン」

 ギュッてしてる徳永さんの腕をペチペチしたら、ようやく徳永さんが離してくれた。
 徳永さんがコートをしまったり、手洗いうがいをしたりしてるうちに、純子さんが作ってってくれたご飯を温めて、夕食の準備をしなきゃ、て思ったのに、なぜか徳永さんが俺の後を付いてくる。

「徳永さん、こんなトコでコート脱がないで、ちゃんと着替えて来てよ。あと、手洗いとうがいも!」

 風邪引いちゃったら大変! て思って言えば、徳永さんは何だかすっごい笑顔。
 どうしたんだろ。

「徳永さん? 何笑ってんの?」
「いや、何か直央くん、奥さんみたいでかわいいな、て思って」
「は?」

 奥さん? 俺、男なんだけど…。
 今日俺、男なんだけど、て何回思ったんだろ。
 でもさすがに外国だって、奥さんは女の人だろう。んー…やっぱりセレブの人の考えてることは、よく分かんないや。

 俺が首を捻ってるうちに、徳永さんは着替えに行ってしまった。
 まぁいいや。ご飯の支度しよ。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (7)


 純子さんの作った料理はおいしい。全部。
 こんなにお料理上手の純子さんに、チョコ作るの教えてもらえるんだから、俺でもうまく作れそうな気がして来た!

「直央くーん、またケータイ、メールの練習してたの?」
「ぅ?」
「置きっぱになってたから」

 徳永さんの手には、俺の携帯電話。
 そうだ、さっき蓮沼さんとメールしてるとき、徳永さん帰って来たから、そこでおしまいにしたんだ。
 俺は殆どケータイ構わないから、手元になくても全然気にならないんだけど、みんな、いっつもケータイをそばに置いてたがるよね。徳永さんも、その感覚で持って来てくれたみたい。

「俺、メール早く返せてる? 練習の成果、出せてる?」

 俺的には、前よりだいぶ早くなったな、て思ってんだけど、俺の思い込みかもしんないし…。
 せっかく純子さんとか蓮沼さんと練習してるんだから、早く、ちゃんと打てるようになってないと。

「早いよ、最初のころを思えば。まぁ、たまに変換が変になってることあるけど」
「嘘!?」

 徳永さんの言葉に、俺はビックリして携帯電話を開いた。
 でも、メールの画面を起動しても、受信したメールを見ることしか出来なくて、自分のメールが変なのかどうか確認できない。うぬ~…どうすれば…。

「直央くん、直央くん、そんな顔しなくても大丈夫だから。ちゃんと読める文章来てるから」
「でも、何か変ななってるんでしょ? そんなの…!」
「いや、全部ひらがなだったり、消し過ぎて文字が飛んじゃったりしてるだけだから、大したことないって」
「大したことあるーっ!」

 ガーン…。
 全然気付いてなかったけど、俺、そんなメール、徳永さんに送ってたの?
 でも、徳永さんに限ってそういうメールを送っている、なんてことはないはずだから、俺は純子さんや蓮沼さんにも、しょっちゅうそんなメールを送ってる、てことだ。
 2人とも、何でそのこと教えてくれないの!? 練習の意味ないじゃん!

「ううぅ…。徳永さん、ゴメンね。俺、もっと練習して、ちゃんとしたメール送れるようにがんばるね!」
「うん、まぁ…。いや、誰だって変換ミスとかすることくらいあるし、そんなに気負わなくても…」
「でも、もっと練習する! 純子さんも蓮沼さんも優しすぎるよっ」

 もぉ~。今度ちゃんと言わなきゃ。
 もっと厳しくチェックして、て。

「つか、直央くん。メールの練習、俺にもメール送ってよ。何で純ちゃんと蓮沼だけなの?」
「え?」
「メール! 俺も練習相手になる、て言ったのに。直央くん、全然俺にメールしてくんないじゃん」
「だって徳永さん、仕事中でしょ? 昼間。だから、メールしたってあれだし…」

 かといって、徳永さんは仕事が終わったらここに帰って来るから、後は一緒だし。
 何かメールするタイミングとか、内容とかもない、ていうか…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (8)


「でも、メールして。お昼休みとか仕事終わった後とか、返せるときはちゃんと返すから」
「…ん、分かった。じゃあこれからは徳永さんにもちゃんとメールするね。でも、ちゃんとチェックしてね? 変換とか。じゃなきゃ練習の意味ないんだから!」
「分かったけど…………ホントに練習なんだね…」

 徳永さんがちょっと微妙な顔で笑ってる。
 そうだよ。俺はメールマスターになるために、がんばってるんだから!

「ん…、ね、徳永さん、俺が送ったメール、どこで見たらいいの? 変になってるの、確認したい」
「送ったメール? 送信ボックスとか送信メールとか、そういうとこに入ってない?」
「送信…」

 徳永さんに言われたとおり、送信メールのところを開いたら、俺が送ったメールがズラッと出て来た。
 俺、そんなに変なの送ってるのかな…………あ、さっき蓮沼さんに送ったヤツはダメだ! チョコのこと書いてるんだから、徳永さんの前で開いたら、チョコのことばれちゃう!

 普通は人のメールは見るもんじゃないらしいけど、俺は全然気にしないから、いつも思いっ切り徳永さんの前でメールしてて、だから今も徳永さん、一緒に俺のケータイの画面見てる。
 しかも今は、俺が送ったメールが変じゃないか確認しようとしてるから、余計ちゃんと見ようとしてるわけで…。

「直央くん? それ、普通に選択すれば、受信したメール見るのと一緒だよ?」
「え、うん…」

 徳永さんは、俺が操作分かんなくて固まってると思ったらしく、やり方を教えてくれたけど、そうじゃなくて…。
 どうしよう…、一番上じゃなくて、途中のを開くのって、やっぱ何か変だよね?

「えーっと……あ、いつ徳永さんに送ったヤツ? 変だったの」
「え? いつ、て言われても…」

 そうだ。少なくとも1回は、徳永さんに変なのを送ってるのは間違いないわけだから、それを見ればいいんだ!
 名案! て思ったのに、徳永さんは何だか微妙な顔をしてる。
 あれ? ダメ?

「徳永さん?」
「いや、いつって言われてもよく分かんないし……また後で調べたら? 送信メールの見方、もう分かったわけだし」
「ん?」
「ご飯、冷めちゃうよ?」

 俺としては、今ちょっと確認したかったけど……徳永さんにそう言われたら、しょうがない。せっかくの純子さんのご飯が冷めちゃったら大変だしね。
 徳永さん、俺がモタモタしてたから、面倒くさくなっちゃったのかな。

 とりあえずメールは後で確認するとして、今はご飯ご飯。
 純子さんが作って行ってくれたご飯をテーブルに並べ、ご飯食べれるように準備を始めた俺は、徳永さんが微妙な顔のまま俺を見ていたことなんて、気付きもしなかった。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (9)


 約束の日、俺はバイトが終わると、すぐに純子さんちに向かった。
 純子さんから地図をメールで送ってもらったんだけど、それの開き方で悩み(だって徳永さんに聞けないし)、やっと開いた地図を見ながら純子さんちに向かったら、案の定、道に迷って、結局、約束の時間をちょっと過ぎちゃった。
 途中で純子さんに遅れることを電話はしておいたんだけど、やっぱり申し訳ない…。

「純子さん、ゴメンなさい…」
「いいえ、大丈夫ですよ。寒かったでしょう? 早くお入りくださいな」

 優しい純子さんは、怒りもせずに俺を許してくれたけど、俺のために時間を空けてくれたのに…。
 こうなったら、上手に作って、今日という日を無駄にしないようにがんばるぞ!

「さっそく始めますか?」
「うん!」
「じゃあ、お料理の前に手を洗って…」
「あ、うがいもしないと! 風邪引いちゃう」
「そうですね」

 お家に入ったら、手洗いうがい。じゃないと、風邪引いちゃうからね。
 純子さんに洗面所に案内してもらって、よく手を洗って、うがいもする。

 俺が住むまでは一人暮らしだった徳永さんちは、ここで10人くらいで生活したっていいんじゃない? いや、もっと大人数で? ていうくらい大きいけれど、同じく一人暮らしの純子さんちは、俺が思うにそれ相応のお家だと思う。
 それでもちょっと大きいかな? て感じるのは、昔、旦那さんと一緒に住んでいたときの名残りだろう。
 玄関も洗面所も台所も、みんなきれいにしてあって、俺も見習わなきゃ、て思う。

「始める前に手順を簡単に説明しますね。それからのほうが、分かりやすいでしょう?」
「うん」

 キッチンに行くと、テーブルの上には、チョコのほかに、ボウルとか鍋が出てる。
 材料も道具もあんまり多くなさそうだから、俺にも出来るかもしれない。

「温めた生クリームに、刻んだチョコを入れて融かすんです。それをバットに入れて冷やし固めたら、切って、ココアパウダーをまぶすだけです。口溶けを良くするためにハチミツを入れたり、風味を良くするために洋酒を入れたりしますけど」
「う、うん…」
「大丈夫。難しくありませんから、がんばりましょう」

 簡単て言えば簡単だけど……話を聞くのと、実際にやってみるのは違うからなぁ…。
 でも、せっかく純子さんが教えてくれるんだから、がんばらないと!

「まずはチョコを刻んでください。その後、刻んだチョコを温めた生クリームの中に入れるんですけど、私、こちらで生クリーム温めておきましょうか? それとも直央さん、自分でやりますか?」
「んー……自分でがんばる!」

 多分、俺がチョコを切ってる間に、純子さんが生クリームを温める作業をやってくれてたほうが、効率よくさっさと出来るんだろうけど、最終的には全部自分で作って徳永さんに上げたいから、そこは自分でがんばることにする!

「じゃあ、まずチョコを刻みましょうね。直央さん、包丁は使えますよね?」
「…純子さんがいつも見てるレベルくらいで」
「十分ですよ」

 純子さんは紙を敷いたまな板の上に、板チョコ…ていうか、ブロックみたいなチョコを置いてくれた。
 これを刻めばいいんだ。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (10)


「包丁をしっかり握って、反対の手をこの背の部分に当てて、上から押すといいですよ」
「こう?」
「えぇ。すごく細くしなくてもいいですけど、同じくらいの太さに刻んでくださいね?」

 純子さんに言われたとおり、同じくらいの太さになるように、丁寧に刻んでいく。ザクッ、ザクッ、てチョコを刻んでく感触が、何かちょっと気持ちいい。

「純子さん、切ったよ。これでいい?」
「今度はこっち側から切ってください。これだと千切りでしょう? こうすると細かくなりますから」
「こっちから」

 千切り状態のチョコを、今度は向きを変えて刻んでく。
 刻んでくと、チョコのいい匂いがするから、思わず一欠けら口に入れちゃった。

「…ん、何か…」
「どうしました? 直央さん」
「何か、あんま甘くない…」
「ビターチョコなので。仁さん、あまり甘いもの召し上がらないから、こういうほうがいいと思ったんですけど、いかがですか?」

 そもそも、チョコにそんな種類があるとか知らないから、いいのかどうかよく分かんないけど、そういえば徳永さん、確かに甘いものあんま食べないんだよね。
 だったら、これのほうがいいのかも。
 てか俺、徳永さんがそんなに甘いもの食べないの知ってるくせに、チョコ上げようとしてたんだ…。やっぱり純子さんにいろいろ教えてもらってよかった。

「刻んだー。もっと細かくしたほうがいいかな?」
「このくらいで大丈夫ですよ。じゃあ、生クリームを温めましょう」

 牛乳パックの小さいみたいのを渡され、よく分からないまま、俺はその口を開ける。
 これが生クリームなんだ…。でも生クリームて、ケーキに塗ってあるアレだよね? 何か牛乳みたいにサラサラしてるけど、これでいいのかな。

「どうしました? 直央さん」
「これ、牛乳じゃないの? 生クリームて、ケーキに塗ってあるヤツでしょ? これじゃ塗れなくない?」
「んふふ、ケーキに塗ったりするときは、これを泡立てるんですよ。そうすると硬くなるんです」
「へぇー」

 また笑われちゃった。
 俺ってホント、何も知らないんだなぁ。

「じゃあ鍋に入れて、火に掛けてください」
「全部入れていい?」
「えぇ。分量は確認してありますから、どうぞ」

 やっぱり分量とかあるんだ…。
 そりゃそうだよね。
 でも俺1人でやってたら、適当にドバーッてやってたとこだった。

「火をちょっと細くして……沸騰直前まで温めてください」
「温まったら、この中にチョコ入れるの?」
「そうです。それで、チョコを融かしたらブランデーを入れます。ハチミツは……どうしますか? 甘さ控えめでいくので、やめておきます?」
「どうしよう…」
「まぁ、少しですから、そこまで甘くはならないと思いますけど」

 ふむふむ。
 まぁ実際、徳永さんが、どのくらい甘いものまで食べられるか分かんないけど、さっきのはちょっと甘くなさ過ぎたから、ハチミツ入れたほうがいいかな。何か隠し味ぽくてカッコいいし。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (11)


「直央さん、そろそろいいですよ。周りがフツフツして来たでしょう? これ以上温めると、沸騰してしまうので」
「チョコ入れる?」
「火を止めてから。そしたら、これで混ぜてください。チョコが融けるまで」

 しばらくしたら、生クリームが温まって来たのか、純子さんの言うとおり、周りがちょっとブクブク(フツフツ?)して来たから、火を止めて、さっき刻んだチョコを入れた。
 純子さんから渡されたのは、ゴムべら。これで混ぜるのか。

「普通に、ガーッと混ぜていいの?」
「ガーッと…うふふ。ガーッと混ぜていいですよ。でも、愛情は込めないとダメです。バレンタインのチョコですからね」
「そっか!」

 さすが純子さん。
 バレンタインのチョコだもんね。愛情込めないとね!
 何か俺、すっごい楽しくなってきた!

「全部混ざり切ったら、ハチミツとブランデーを入れますよ」
「はいっ!」

 愛情込めてチョコと生クリームを混ぜて。
 そこにハチミツとブランデーをスプーン1杯。ブランデー入れるなんて、何かすごい大人みたい。

「混ざったら、この中に入れてくださいね」
「一気に入れていい?」
「はい。全部入れたら、平らにならしてくださいね」

 何かタッパーのおっきいヤツみたいのに、ラップが敷いてあって、そこに鍋の中身をみんな移す。
 この中に入れて固める、てことか。

「もうだいぶ冷めてますよね? じゃあ、冷蔵庫に入れて、冷やしましょう」
「どのくらい?」
「最低1時間以上ですね」
「そんなに…」

 まぁ、あんなドロドロだったのが固まるんだから、そのくらいは冷やさないとダメか。
 でもホントに固まるのかなぁ…、心配!

「冷やしてる間に、ここを片付けるのと、ココアの準備、しておきましょう」
「ココア? 飲むの?」
「まぶすんです」
「あ、そっか」

 そういえば最初に、そんなこと言ってたっけ。
 飲んじゃダメだよね。

 包丁とかまな板とか、生クリームとチョコの入ってた鍋を洗って、片付ける。
 こういうことも、ちゃんとしないと!

「でも直央さん、これなら簡単でしょ?」
「うーん…。でも、純子さんがいたから…」
「まぁ。私は口を出しただけで、直央さんが1人で全部やったじゃありませんか」
「そう…かな? でも、このタイミングで! みたいのが、俺じゃ分かんないし。純子さんのおかげです! ありがとうございます!」

 そもそも純子さんがいなかったら、手作りていう発想がなかったし、ましてや生チョコを自分で作れるとも思ってなかったからね。
 全部全部、純子さんのおかげだよ!



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (12)


「じゃあ、本番もこれでいきますか? まぁ、完成して味を見てみないと決められないかとは思いますけど」
「でもこれより簡単なのはないでしょ? 最初に言ってた、融かして固めるヤツ?」
「どちらが簡単かと言ったら、今作ったヤツのほうが、断然簡単です」
「じゃあこっち! もし味がアレだったら、もっと練習する!」

 今のだって、1回でもお菓子作りをしたことのある人だったら簡単かもしれないけど、全然何にも分かんない俺にしたら、結構アタフタだったもん。
 これ以上のことを、バレンタインに間に合うようにどうにかするなんて無理だから、やっぱりこれで行こう。

「あ、あと直央さん、ラッピングどうしますか? ご自分で用意します? 私が買ったんじゃ、きっと若いかたのセンスには合わないかと…」
「そんなことないよ、絶対俺のセンスよりマシだし! でも、それまで純子さんに全部お任せじゃ悪いし……自分で買うね」

 とか言いつつ、ラッピングなんて今まで1回もしたことないから、何をどうしたらいいか、さっぱりなんだけどね。
 まず、何を用意したらいいかが分かんない……てか、どこに行ったら買えるのかも分かんないや。

「雑貨屋さんとか……今は100均でもかわいらしいの、売ってますけどね。まぁ、仁さんに、かわいらしいラッピングがいいかどうかは分かりませんが…」
「だよね。渡すの、徳永さんだった」

 バレンタインのチョコだし、手作りだし! …て、俺も、何かかわいらしラッピングを想像してたけど、よく考えたら、渡す相手は徳永さんだった。
 それも考慮に入れてラッピングしないと、おもしろいことになっちゃう…。

「固まるまでにはまだ時間がありますから、ちょっと調べましょうか。パソコン立ち上げますよ」
「パソコン…」

 そっか、調べる…て、パソコンで調べるのか。パソコンなんて全然しない俺にしたら、まったく思い付かないことだ。
 ホント、尊敬しちゃう!

 キッチンからリビングに移動して、純子さんがパソコンを起動させた。
 パソコンはね、徳永さんも持ってるから、物自体は見たことあるんだよ、俺も。バイト先のコンビニにもあるしね。でも怖いから、触ったことないの…。

「生チョコですから、やっぱり箱に入れるのが一般的ですかね?」
「そうなの? 何で?」
「さっき冷蔵庫に入れたの、固まったら切るんです。四角いですから、」
「あ、箱か!」
「えぇ。生チョコは崩れやすいですから、箱だったら、中であんまり動かなくて、いいんだと思います」

 なるほど…。
 生チョコ、奥が深い!

「カップに入れて、透明な袋に入れる、ていうのもありますね。これです」
「あ、かわいい!」
「崩れないように、渡すまで慎重に持ち運びしないといけないですね、これ」
「う…、何かそれ、生チョコ作るより、難しそう…」

 何か俺の場合、慎重に運ばなきゃ! て意識しすぎて、最後、躓いちゃったりして、ダメにしちゃいそう…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (13)


「やっぱ、普通のにする…」
「うふふ、そうですか? 箱のヤツ?」
「うん。今回はさ、全部初めてなんだから、一番初歩的で基本的なヤツで行く! 慣れてきたら、いろいろすることにする」
「いいと思いますよ。箱に入れて、それを包装紙で包んで、リボンを掛けるとか……これはシールを貼るみたいですね。こんなふうに飾れば、すてきに仕上がりますよ」

 リボンとかシールとか……ここは思いっ切り俺のセンスが出ちゃうわけか…。
 大丈夫かな、俺。
 徳永さんに合うようなラッピング、ちゃんと見つけないと。

「よし、本番までに、買ってくるね」
「直央さん、箱を買うとき、あんまり浅すぎるのはダメですよ? さっきバットに入れたチョコの厚さよりも深くないと、ふたが閉まりませんから」
「そっか…。大きさも考えないとなんだ…」

 ただ箱を買えばいいわけじゃないんだ。
 俺ホント、純子さんいないと、全部ダメダメだよ。

「ちょっと冷蔵庫、見てきますね。もう1時間過ぎましたから」
「あ、ホント!?」

 どんなラッピングがいいかな、て思ってたら、純子さんが立ち上がって、キッチンに向かった。もうそんなに経ってたんだ。
 俺も気になるから、純子さんの後に付いて行く。

「どう? ちゃんとなってる?」
「えぇ、ちゃんと固まってますよ。大丈夫です」
「やった!」
「後は、切って、ココアをまぶさないと」
「うん」

 そうだよね、ここで終わりと思っちゃダメだ。
 完成するまでは、気を抜けないぞ。

「直央さん、まずはここに出してください。引っ繰り返せば外れるはずですから」
「…ん」

 引っ繰り返すだけ…て思っても、俺にしたらすごいドキドキなんだけど。ホントに外れるのかな。
 純子さんが紙を敷いてくれたまな板の上に、生チョコの入ってる容器を引っ繰り返して…………取れた?

「このラップを引っ張れば、取れますよ?」
「そっか」

 最初に容器の中に敷いてたラップの端を引っ張ると、出来上がった生チョコが容器から外れて取れた。
 うわ、すっごい。この巨大な生チョコ、このまま噛り付いちゃいたい。切っちゃうのがもったいない気がするけど、やっぱ一口サイズに切らないとなんだよね。

「じゅる……あ、」
「うふふ、直央さん」
「えへ」

 いかんいかん。
 すっごいいい匂いだし、おいしそうだから、ついヨダレが…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (14)


「切ってココアをまぶしたら、味見してみましょうね」
「うんっ」
「じゃあ、この包丁をお湯で温めてください。そのほうがキレイに切れるんで。でもチョコに水分は厳禁ですから、温めたらよく拭いて、水分を取ってくださいね」
「はーい」

 包丁をお湯で温めて、布巾で拭いて…………生チョコに包丁を入れる。うー…緊張。
 純子さんの言うとおり、生チョコはキレイに切れるけれど、この大きさでいいの? 包丁入れる位置、間違ってない? 心配…。

「これで大丈夫?」
「はい。大きさに決まりがあるわけじゃありませんから、ご自分の好みの大きさでいいですよ。でも、プレゼント用にするなら、1個1個が同じ大きさになったほうがいいと思いますが」
「だよね…」

 俺も一応そのつもりで切ってるんだけど、大丈夫かな…。

「切れた!」
「じゃあ、最後にココアをまぶしましょう。さっきのバットの中にココアを入れて、この生チョコを入れて転がしたらいいですよ」
「バット? これ?」

 さっき生チョコを入れてたヤツ……バットて言うんだ…。何か勝手に、タッパーみたいな入れ物、てことにしてた。
 そのバットの中にココアを入れて……

「あっ!!」

 ココアの袋を開けて、バットの中に入れようとしたら、勢いよくドバッと出ちゃって、テーブルの上に零れちゃった!

「ごごごめんなさいっ!」
「大丈夫ですよ、今布巾を持って来ますから」

 あうぅ…。
 アタフタはしたけど、ここまで順調に来てたのに、最後の最後で…。

「俺が拭く、俺が拭く、俺が……ああぁっ!」

 俺がしたことだから、俺がちゃんとしなきゃ! て思って、純子さんが持って来てくれた布巾を受け取って、零れたココアを拭こうとしたら、テーブルの上に置いてたココアの箱に手をぶつけて、倒しちゃった…。

「あ、あ、あ…」
「直央さん、大丈夫ですから。こうして…………はい、テーブルを拭いてください」

 どうしよう、どうしよう…て焦ってる俺を尻目に、純子さんは紙でササッと零れたココアの大部分を片付けてくれた。

「純子さん…」
「大丈夫、大丈夫。さぁ、この中に生チョコを入れてください。あとちょっとで完成ですよ」
「うん…」

 折れかけた心を何とか立て直して、俺は切った生チョコをバットの中に入れた。
 この中で転がせば、生チョコにココアが付くってことだ。

「こんな感じ?」
「えぇ、いいですよ。全体にココアが付いたら完成です」

 ヤッター、生チョコの完成だ!!
 おいしそう!!



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (15)


「キレイに出来ましたね、直央さん!」
「うんっ」
「さっそく、味見しますか? あ、せっかく初めて作ったものですし、写真撮っておきます?」
「写真……カメラないよ?」
「直央さんのケータイ、カメラ付いてません?」
「あ、そっか…」

 どうも俺、携帯電話で何かする、ていうことが思い付かないんだよね。
 最近ケータイは、メールの練習ばっかりしてて、最後にカメラ使ったのっていつだっけ? の世界だから、使い方、思い出せるかな?

「えっと…」

 カバンの中から携帯電話を出して、カメラを起動させようと四苦八苦してたら、純子さんは自分のスマホでさっさと写真を撮っちゃった。素早い…。

「…………、大丈夫です? 直央さん」
「…………大丈夫じゃないです……」

 気に掛けてくれる純子さんに、俺は素直に答えた。
 そもそも、カメラが立ち上がらない。

「ここじゃないですか? こうして…」
「あ、カメラ!」

 すごいな、純子さん。
 自分のケータイはもうスマホなのに、俺の使ってるヤツのやり方もちゃんと分かるなんて。

「はい、チーズ!」
「直央さん…、それ、生チョコに向かって言ってます?」
「えへへ」

 だって、写真撮るときって、そう言わない?
 でも確かに、生チョコに向かって言ってもしょうがないか。

「保存、保存……よし、オッケー!」
「じゃあ、味見してみましょうか」
「うん」

 純子さんから爪楊枝を受け取って、さっそく1つ口に運んでみる。

「んっ! ん~~~っ!」
「どうですか? 直央さん」
「おいひい!」
「よかった」

 すごい! おいしい!
 殆どが純子さんの力とはいえ、俺が作ったのに、このおいしさ! すごすぎる!

「純子さんも食べて食べて!」
「はい、いただきます」

 そうだ、俺だけが満足しててもしょうがない。そもそも俺は貧乏口だから、大体何食べてもおいしいんだし、当てになんないもん。
 徳永さんに食べてもらえるレベルかどうかは、俺以外の人が食べて、おいしいかで判断しなきゃだ。

「おいしいですよ、直央さん。口当たりもいいですし、成功じゃないですか?」
「ホント? ホントにホント?? 純子さん、優しくなくていいからね? 厳しく採点して!」
「うんと厳しく採点してますよ。後は本番でこれと同じものが作れて、キレイにラッピングが出来たら、大成功です」

 そうだよね、今はまだ練習だもんね。
 徳永さんに渡すヤツで失敗しちゃったら、何にもなんないもんね。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (16)


「本番か~…。あ、本番はいつ作ったらいいの?」
「賞味期限もありますからね。出来れば当日か……前日くらいで。直央さん、ご予定は?」

 本番の日程調整のため、俺はバイトの予定とかを書いてる手帳を、純子さんはお仕事の予定を入れてるスマホを確認する。

「ラッピングする時間もありますから、余裕を持って、半日は見ておいたほうがいいでしょうね」
「半日かぁ~…。ラッピングて大変? 俺、生まれてから1回もしたことないけど…」
「大丈夫ですよ。本番までに、もうちょっと調べて、どんなものが必要か、お教えしますわ」
「…ホント?」

 何か…何から何まで純子さんに頼りっ放しで、申し訳ない気がするんだけど…。

「いいんですよ。主人が死んでから、こうしたイベントにすっかり縁遠くなってましたから、楽しいですし。おばあちゃんの楽しみに付き合うと思って、一緒にやってください」
「ホントに迷惑じゃない?」
「ちっとも」

 純子さんは優しいから、そう言ってくれてるだけなんじゃないかな、とも思うけど、俺1人じゃ何も出来ないから、その言葉に素直に甘えることにする。

「俺、14日、バイトお休み!」
「私もお休みです。じゃあ、14日にしましょうか。午前中のうちに来れますか?」
「大丈夫。材料は何買ってくればいいの? チョコとココアと……生クリーム? あ、今日のお金も!」

 何の準備もしてない俺が、いきなり生チョコを完成することが出来たのは、純子さんが材料をみんな用意してくれてたからだ。
 お菓子を作るんだから、何かしらの材料を用意しなきゃいけないのは当然なんだけど、お菓子作りなんかしたこともなかった俺は、そんなことにも気付けずにいたんだ。
 だから、純子さんには、生チョコの作り方を教えてもらうだけじゃなくて、その材料まで全部揃えてもらってた、ていう…。
 てか、純子さんも何も言わずに用意してくれてんだもん。優しいていうか、そつがない…。

「材料は私が用意しますよ。当日に買ってから来るのは大変でしょうし、前の日に買ったら、置き場所に困るでしょう? 仁さんに見つかるかもしれませんし」
「確かに前の日には買えないか…。でも、お任せも悪いし……買ってくるのさえ分かれば、14日の朝に買ってくるよ?」
「そうですか? 今日使った材料でしたら、このチョコを5枚と、生クリームはこれです、1パック。同じ材料を買ってくれば、今日と同じ味になるはずですからね」
「そうだよね…。忘れないようにメモ、メモ……あ、でもメモも見つかんないようにしないとだよね!」
「あと、なくさないように」

 一番最悪なのは、家の中で落っことしたりなくしたりして、それが徳永さんに見っかっちゃうことだ。
 そしたら、何のためにこっそり計画を進めてるか分かんなくなっちゃうもんね。

「パッケージ、写真に撮っておいたらどうですか? 買うときにそれを見れば、間違えないですよ?」
「そっか! ケータイでね!」
「はい」

 さすが純子さん。
 これならメモを落とす心配も、なくす心配もないもんね。
 でも、徳永さんにケータイのことを教えてもらうとき、間違って見せちゃわないように気を付けないと。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (17)


「ハチミツとかブランデーはウチにあるのを使ってください。ちょっとの量ですし」
「ココアは? さっき零しちゃった…」
「まだ残ってますから、大丈夫ですよ」
「じゃあ、チョコと生クリームだけ買ってくればいい?」

 すごいな、それだけの材料で、こんなおいしい生チョコが作れるなんて。
 まぁ、すごいのは俺じゃなくて、このレシピを考えた人と、純子さんだけど。

「ねぇ純子さん、この生チョコね、バイトの人がね、試食したい、て言ってるの。持ってってもいい? 明日バイトで渡すの」
「えぇ、私たちだけで今から食べ切るには、ちょっと多いですから。入れ物、タッパーでいいかしら。今詰めますね」

 徳永さんより先に蓮沼さんに食べさせるのが、ちょっとどうかと思うけど…………まぁ、試食だから仕方ないか。

「でも直央さん、これ、今日お家に持って帰って大丈夫ですか?」
「ぅ? 大丈夫だよ、崩さないように、慎重に持ってく!」
「いえ、そういうことでなくて。冷蔵庫の中にこれが入ってるの、仁さんに見つかったら…」
「あっ」

 そうだ。メモが見つかるとか、そんなレベルでなくバレバレじゃん!
 バカか、俺は。

「冷蔵庫の中に入れておかないとダメ……だよね?」
「うんと涼しいところだったら大丈夫かもしれませんけど、お家の中にそんな場所あります? 仁さんに見つからない場所で」
「ないと思う…」

 そもそもからして、徳永さんちに、冷蔵庫の中以外で『うんと涼しいところ』があるとは思えない。
 だって、徳永さんち、どこ行ってもめっちゃあったかいもん!
 これがエアコンの力というものか…! て俺が驚いてたら、徳永さんは『エアコンの力だけじゃないけど…』て笑ってたから、何かもっといろんなのがあるんだろうけど、よく分かんない。

「直央さん、明日バイトに行く前に、ここに寄れます?」
「大丈夫と思う」
「じゃあ、ウチの冷蔵庫に入れておきますから、明日バイトに行く前に、取りに寄ってください」
「いいの!? 何かもう、全部純子さん頼み…」
「乗り掛かった船ですもの。最高のバレンタインにしましょうね」
「はいっ!」

 これだけ純子さんのお世話になるんだもん。
 おいしいチョコを作って徳永さんに渡して、最高のバレンタインにすることが恩返しだよね。
 俺、がんばる!

 俺と純子さんは手を取り合って、気合を入れ直した。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (18)


 ヤバイヤバイヤバイ。
 生チョコ作ったり、純子さんといろいろ計画を立てたりするのが楽しくて、すっかり時間忘れてた!
 昔と違って、今は遅い時間にバイトにシフト入れてないから、徳永さんより帰りが遅くなるなんてことないのに、このままじゃ、絶対徳永さんのほうが先に帰ってる…!

「あうぅ…」

 バイトが終わったらまっすぐ帰れ、ていう決まりはないし、今までにも、徳永さんより帰りが遅くなったことだってある。でもそのときは、遅くなる、てちゃんと連絡してたんだよね…。
 なのに今日は、帰る途中で、駅前にある時計見て気が付いちゃったんだよね。もうこんな時間…! て。

「た…ただいま…」

 徳永さん、残業でまだ帰って来てないとかないかなぁ…なんて思いながらドアを開けたら、そんなことはなくて、電気も点いてるし、人の気配もある。
 やっぱり、徳永さんのほうが先に帰ってんだ…。

「直央くん、お帰り」
「ゴメンなさいっ!」
「え、」

 どうやら徳永さんはキッチンにいるみたいだったから、急いでキッチンに駆け込むと、すぐに徳永さんに頭を下げた。

「え? え? 直央くん、どうしたの??」

 徳永さんがそばにやって来て、俺の頭を上げさせた。
 もう部屋着になってる徳永さんは、右手に菜箸を持ってて…………てことは、やっぱり…! ガーン、徳永さんがご飯作ってる…。
 どうしよう、いつも俺のほうが先に帰ってるから、純子さんがいない日は俺がご飯作ってるのに、今日はそれ、徳永さんにやらせちゃった…。

「何、何、どうした? 直央くん?」
「ゴメンなさい、ご飯…」
「ん?」
「徳永さんに作らせ……俺、こんな時間になっちゃって…」

 チョコ作りに夢中になりすぎちゃった…!
 きっと純子さんとか、お菓子作るのに慣れてる人なら、もっとテキパキやって早く終わったんだろうし、そもそも、純子さんち行くのに道に迷って遅れてった分、終わるのも遅くなったんだから…………あうぅ…、全部俺のせいじゃん…。

「いや、こんな時間つっても、まだこんな時間だし。そんなに謝らなくなって」
「でも徳永さん、ご飯…」
「や…、俺だってご飯くらい作れるよ? 別にご飯作るのは直央くんの仕事、て決まってるわけじゃないんだし、そんな顔しないでよ」

 徳永さんはそう言ってくれるけど、何だかすごく申し訳ない…。
 だって徳永さんは、俺なんかよりもずっと大変な仕事を遅くまでしてるんだから、純子さんがいないときのご飯くらい、俺がしなきゃ、て思うのに。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (19)


「いいじゃん、たまには俺の作ったご飯も食べてよ。てか、直央くん、手洗いうがいしないと」
「あ、そっか!」

 徳永さんに言われて、俺は急いで洗面所に向かった。
 早くて洗ってうがいしないと、風邪引いちゃう。…てか、帰りが遅くなって、徳永さんに謝ることばっか考えてたけど、俺が風邪菌保有してたら、今の間に徳永さんにうつしちゃってるかもじゃん!

 あー…でも、ラッピングのヤツ買ってくる日も気を付けないとだなー。
 ちょっとくらい遅く帰って来たって、別に徳永さんは怒んないだろうけど、普段あんまそんなことがないのに、急にそんな遅くなることが続いたら、変に思われちゃうよ。
 バレンタインを成功させるためにも、徳永さんに気が付かれないように、いつもどおりにちゃんとしてなきゃ!

「直央くん、ケータイ鳴ってたよー」

 キッチンに戻ったら、テーブルの上には、もうご飯が…。あわわ、そのくらい手伝おうと思ってたのに!
 …てか。

「ご飯、おいしそう…」

 俺がここに来る前のことは分かんないけど、今だったら、絶対に徳永さんより俺のほうが料理してるのに、確実に徳永さんの作ったヤツのほうがおいしそう…。
 やっぱ、徳永さんのほうが、お高くておいしい料理をいろいろ食べてるから、知ってる料理の種類とかが多いからかなぁ。
 俺だって、今までもちょっとは料理してたけど、ロクなもん食べてなかったから、差は出るよねぇ…。

「直央くん、ケータイいいの?」
「あ、そうだった!」

 ご飯おいしそう、お腹空いた…て思ってたら、ケータイ鳴ってた、て徳永さんに教えてもらってたのに、見るの忘れてた。
 俺のケータイが鳴るのは、純子さんか蓮沼さんがメールをくれることくらいなわけで……見たら、やっぱり蓮沼さんからのメールだった。
 でも、もうご飯出来てるのに、メール見ちゃっていいかな?

「ん? メールの開き方、分かんなくなった?」
「わ…分かるし!」

 メール見てもいいかな、て思って徳永さんのほうを見たのに、徳永さんは、俺がまたメールの見方が分かんなくなったと思ったみたい。
 もー! 俺、メール見るくらい、すぐ出来るんだからね!

「今メール見てもいい?」
「どうぞ」

 徳永さんがいいて言ってくれたから、俺は急いでメールを開く(だって早くご飯食べたい)。
 蓮沼さん、何の用だろ…………て、『直央くん、チョコうまく作れた (´c_`;)? 明日、持って来るの、忘れないでねー(^○^)/』…………何これ。

「直央くん、どうしたの?」
「……え? 何が?」
「いや、何かすっごい微妙な顔してたから。よくない知らせ?」
「うぅん、全然。蓮沼さんからだった」



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (20)


 ヤバイ、そんな変な顔してた?
 蓮沼さんからメールが来るのはしょっちゅうだから(メールの練習相手だしね)、それは徳永さんに話しても問題ないけど、チョコの話題はマズイし、マズイと思ったのが顔に出ちゃってるのもマズイ。

 もうご飯にしたいから、メールしてる場合じゃないけど、いつもメールの練習で、蓮沼さんからメール来たら返事してるから、ここで無視しちゃうのは変に思われるよね。
 大至急でメール打って、返信しなきゃ。

「徳永さん、待って。すぐに返信する。すぐに返信して、すぐご飯食べる。日ごろの練習の成果を発揮する!」
「練習の成果…。そうだよね、早くメール打てるように、いつも練習してんだもんね」

 俺は真面目にそう思ってんのに、徳永さんはなぜか笑ってる。
 む。俺が早く返信できないと思ってんの!? すぐに返しちゃうんだから!

『ちゃんと作れたよ。明日持っています』

 よし、送信……

「あっ、『き』が抜けた!」

 あわわわわ。『持っていきます』てしたかったのに、『持っています』になっちゃった…。
 でもメールはもう行っちゃったし、取り返しつかないよね…。あーもう、何でこういうの、送信ボタン押した直後に気付くんだろ。気付かなきゃ、何も気にしないで済むのに…。

「直央くん、ちゃんと送れた?」
「むぅ…」

 何か悔しいけど、もう1回送り直すのも何だから、これでいいことにしよう……そう思ったのに、蓮沼さんから返信が来た。
 もう! ご飯食べれないじゃん!

『写真撮ってないの? 見せてよーo(@^◇^@)o』

 写真…。撮ったことは撮ったけど……それを蓮沼さんに見せる術が…。
 メールに添付すればいいんだよね。それは分かってる。2回くらいやったことはある。でももうやり方忘れたし。今は徳永さんに聞けないし。

『明日持ってくから、それ見て。送り方が分かんない』

 送り方が分かんないことを打ち明けるのは、何かちょっと恥ずかしいけど、それを付け加えないと、何かすごい冷たい言い方な感じがするから、一応付け加えておく。
 よし、これでようやくご飯が食べられるぞ。

「いただきます!」

 もしかしたら、また蓮沼さんからメール来るかもしんないけど、もうご飯の時間だもんね。
 返事はまた明日。

「そういえば、直央くん」
「ぅ?」
「こないだ、俺にもメールして、て言ったのに、全然メールくれないね…」
「あぁっ!」



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (21)


 そうだった!
 徳永さんも、俺のメールの練習相手になってくれたのは結構前のことで、でも何か送るタイミングとか内容がなくて、メールしないでたら、こないだ徳永さんから、俺にもメールして、て言われたんだっけ…。

 俺、自分からメールするとき、メールの練習相手ていうと、純子さんのことしか思い出さないんだよね。蓮沼さんからは、こっちが送らなくても、メール来るし…。
 言い訳かもしんないけど、メールの練習てときに、なかなか徳永さんのこと、思い出さないんだよね…。

「ごごごごめんなさい! 今度こそ、徳永さんにもメールする! 絶対!」
「でも、そうは言っても忘れちゃうんでしょ、俺のことなんて…」
「わ…忘れないよ! 徳永さんのこと、忘れたことないよっ!」

 ヤバイ、徳永さんのこと、傷付けちゃった!? て思って、慌ててフォローしたら、急に徳永さんが笑顔になった。
 え…、何?

「そっかー、そうだよね」
「…何?」
「直央くん、俺のこと忘れたことないよねー」
「え? え?」

 あれ、俺、そんなこと言ったっけ? 言ったっけ? 言ったよね? そういえばそんなこと。
 慌てたからって、俺、何口走ってんの!?
 さっきのメールの間違いじゃないけど、改めて気が付くと、すっごい恥ずかしいんですけどっ!!

「ちょっ、徳永さん、ちがっ…!」
「んふふ。いいこと聞けたから、今日までメールがなかったことは許してあげるよん」
「もぉ…」

 絶対に明日は徳永さんにメール送ってやる~!
 絶対絶対ぜ~ったい1文字も間違いのないヤツ!



*****

 今日は、バイト行く前に純子さんちに寄らないといけないから、その分、いつもより早く家を出ないといけなくて、朝、徳永さんに『今日は早いんだね』て言われて、めっちゃ焦った。
 普段、徳永さんのほうが絶対先に家を出るのに、純子さんちに寄ってもバイトに遅刻しない時間を計算したら、何と、徳永さんが出勤するのと同じ時間になっちゃったんだよね。
 いつもと同じにしてないと、徳永さんに気付かれちゃう! て思ってんのに、昨日から全然いつもどおりに出来てない…。

 でも、『バイトで、引き継がなきゃいけないことがあって、ちょっと早く行かないといけない』て理由、咄嗟に思い付いたわりには、ちゃんと筋が通ってる気がする。
 でも、それよりも、徳永さんに嘘ついちゃったのがヤなんだよね…。
 まぁこれも、バレンタインのためだ!

「直央くん、おはよー!」

 コンビニに着いたら、もうすでに蓮沼さんがいた。
 相変わらず、朝から元気だなぁ。蓮沼さんて、深夜のシフトに入ってるときもあるけど、昔、俺も深夜入ってて一緒になったときも、こんなテンションだったっけ。すごい人だ。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (22)


「直央くん、チョコはー?」
「持って来たよ。はい」
「ヤッター、直央くんの手作りチョコ! それをロッカールームで渡されるなんて…………何か青春て感じだね!」
「……は?」

 お店の中じゃ渡せないんだから、ここで渡すしかなくて渡しただけなのに、蓮沼さん、何言ってんだろ。控え室でチョコ渡すのが青春なの?
 中学のとき、下駄箱にチョコ入れてる女の子とかいたけど…。
 でも今思うと、すごいよね、下駄箱にチョコ入れる、て。だって外歩いたりトイレ行ったりするのに履いてる靴が入ってるのに、そこに食べ物入れるなんて…。

「何か冷たい……あ、保冷剤入ってる。すごいね、直央くん。そうだよね、じゃないと生チョコ融けちゃうもんね」

 俺の渡した袋の中を覗き込んだ蓮沼さんが、感心したように言うけど、はっきり言って俺、全然分かってないからね。
 昨日、タッパーに入れるところまではやったけど、朝はもう、純子さんに袋の中に入った状態で渡されたから。で、それをそのまま蓮沼さんに渡してるから。

 でもそうだよね、冷蔵庫に入れておかなきゃいけないもの、すぐ食べるんでなければ、保冷剤とか入れておかないとダメになっちゃうもんね。さすが純子さん。
 俺だったら、ただ崩れないように慎重に運ぶことしか頭になくて、そんなこと、全然気付けないよ。

「今、1個だけ食べちゃお」
「どう?」
「今食べるってば、ちょっと待って」

 蓮沼さんが、今食べる、て言ったから、すぐにでも感想が聞きたかった俺は、まだ食べてないうちから聞いちゃった。
 どうかな、どうかな。

「ん、おいしい!」
「ホント!? 蓮沼さん、ホントにホント!?」
「ホント、ホント」

 んー…ホントかなぁ…。
 蓮沼さんは、俺がメールで打ち間違いしてても、何も言わない人だもん。ちょっとくらい変でも、そのことは言わないかもしれない。

「ねぇ蓮沼さん、ホント? ホントに?」
「ホントだってば。何で疑うの? ホントはすっごいマズイ味に作ってて、おいしいはずがないとか、そういうこと? でもおいしいよ?」
「そうじゃないけど…。蓮沼さん、ホントのこと言ってくれないかな、て思って」
「え、何で…」

 何か蓮沼さん、ポカンとなってる。
 あ、そっか、今の言い方じゃ、蓮沼さんの話、全然信用してないみたいになっちゃうもんね。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (23)


「や…、だって蓮沼さん、メールで俺が変換とか間違えてても、何も言ってくんないじゃん。だから、そういうの、あんまホントのこと言わないのかな、て思って」
「いや…、メールの変換ミスなんて、みんな、いちいち指摘しないよ? さっきのメールで、どこどこ間違えてたよー、とか言わないから」
「でも俺はメールの練習してるんだから、言ってくんなきゃダメ! ちゃんと厳しくして!」
「う、うん…。今度からそうする…。てか直央くん…、ホントにメール、練習なんだね…」

 そうだよ。
 俺はメールマスターになるんだから!

「分かった。今日からメールは厳しく添削する」
「絶対だからね!」

 蓮沼さんにそう念を押して、控え室を出た。



*****

 昨日の約束どおり、今日はちゃんと徳永さんにメールしたから、あとは徳永さんより早く帰れば完璧だ。バレンタインのことが、徳永さんにばれる要素がない。
 なのに。

「…え?」

 昨日より全然早く帰って来たはずなのに、家の中に誰かいるんだけど。
 …徳永さん?
 早く帰って来たつもりだったのに、また遅くなっちゃった?? て思ったけど、時間に間違いはなくて、やっぱり徳永さんの帰って来る時間じゃない。

 じゃあ誰? 泥棒さん??
 そうだよね、俺には全然価値とか分かんないけど、すごいのいっぱいあるもんね。泥棒さんだって、盗みに入りたくなるよね。
 でもその代わり、防犯装置? 防犯設備? とか、何かそういうのもすごいから、そう簡単に入れないはずなんだけど…。

 それなのに、誰かいる室内。
 怖いから、足音を忍ばせて、中に進んでく。見つかっちゃったら大変だからね。…いや、見つかんないようにソッと中に入って、それでどうするつもりだ、俺。
 泥棒だ、て確認して、またこっそり外に出る?
 だったら最初から中になんか入んないで、110番すればよかったんじゃ…。俺、1人で泥棒さんに太刀打ちできる自信なんかない…!

「うー…………」

 今からでも遅くない。
 見つかる前に、もっかい外に…………

「あら、お帰りなさい、直央さん」
「ひゃあっ!!」
「えっ?」
「あ、純子さん…」

 泥棒さんに見つからないように逃げなきゃ、て思って、静かに回れ右をして、1歩踏み出そうとしたら、後ろから声を掛けられて、ビックリしてすごい声を出しちゃった。
 でも、振り返ったそこにいたのは、純子さんだった。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (24)


「…………どうかされました? 直央さん?」
「そっか、今日、純子さん来る日…。まだ徳永さん帰って来る時間じゃないのに誰かいるから、すっごいビックリし…」
「まぁ。もしかして、泥棒か何かと間違えました?」

 誰かいる、て……そんなの、徳永さんじゃなかったら、純子さんに決まってんじゃん。なのに何してんだろ、俺。
 でも、ビックリしたー。

「今日は徳永さんよりちゃんと早く帰んなきゃ! て、そればっか考えてたから、純子さんが来る日だってこと、忘れてた。昨日も純子さんと一緒だったし」
「仁さんより早く? 今日は何かあるんですか?」
「うぅん、そうじゃなくて。だって、いっつも徳永さんより早く帰ってんのに、急に帰るのが遅くなったら、何かあると思われちゃうじゃん? いつもどおりにしてないと!」

 一体いつから、徳永さんには内緒の作戦になったんだっけ? て思うけど、もうここまで来たら引き返せないもんね。
 徳永さんに内緒でチョコ作って、バレンタインに贈っちゃうんだから!

「それよりも直央さん、」
「あ、手洗いとうがい? 今してくる!」
「いえ、それもそうなんですけど、そうでなくて、ラッピング」
「あっ、そっか! えっと、」
「…先に手洗いうがいしてきてください」

 そっか、ラッピングか! て思ったけど、体がもう洗面所のほうに向かい掛けてたから、とりあえず先に手洗いとうがいをしてくる。
 バレンタイン作戦も大事だけど、手洗いうがいはもっと大事だもんね。

「お待たせしましたっ。それで、ラッピングて? 俺、ラッピングの知識ゼロだけど、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。これ、100円ショップのホームページに載ってたんですけど、こんなふうに、生チョコのラッピング用の箱もちゃんと売ってるみたいですよ」
「ホントだー」

 純子さんがカバンの中から取り出して見せてくれた紙には、バレンタイン用のラッピングの材料だとか方法だとかが載ってる。
 何かすごそうに見えるけど、これも100円なんだ。

「あと、こっちは別のお店ですね。最初から箱がデコレーションされてますから、入れるだけでいい、て感じでしょうか」
「んー…、でも何か、みんなすごくかわいいね。俺が徳永さんに上げるのに、これで大丈夫かな?」

 そもそもバレンタインは、女性から男性にチョコを上げるイベントだからなのか、ラッピングの材料も、何だかすごくかわいらしいものばっかりだ。
 貰うのが徳永さんだとしても、上げるのがかわいい女の子だったら、こんなかわいい箱とかでいいんだろうけど、実際にチョコ上げるのは、俺だよ? おかしくない?

「シックな感じなのもありますから、そういうのを選べばいいと思いますよ。これは……レースペーパーを重ねて、リボンで結んでますね」
「そっか…、こういうのを買ってくればいいのか…。めっちゃ俺のセンスが重要だよね…?」
「ですね」

 純子さんにキッパリ断言されて、何か責任が、グッと伸し掛かってくる感じがする。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (25)


「大丈夫です、仁さんのことを思って選べば」
「うん…」

 心配だけど、悩んでたって仕方ないもんね。
 俺のなけなしのセンスで、一生懸命選ばないと!

「あら、仁さん、帰って来たんじゃありません?」
「えっ嘘っ!」

 純子さんに言われて玄関のほうに耳を澄ませば、確かに物音。
 いつもどおりなら…………お出迎えしなきゃっ!

「直央さん、紙、紙…!」
「あっ」

 玄関に向かおうとした俺は、手にまだ純子さんから受け取った紙を持ったままで、こんなの持ってったら徳永さんに思いっ切りバレンタインのことがばれるって!
 慌ててその紙を純子さんに渡して、俺は急いで玄関に向かう。

「徳永さん、お帰りっ!」
「う、うん…、ただいま…」

 ダッシュで玄関に行ってお出迎えしたら、徳永さんがビックリしたような顔をした。
 え、何で?
 徳永さんが帰って来たときは、いつもお出迎えするでしょ? 何でビックリするの? 何かいつもと違った?

「徳永さん? どうしたの?」
「いや、何かめっちゃ慌てて出て来たから。どうしたのかと思って…」
「えっ!? そう?」

 あわわわわわ、ただ単に徳永さんが玄関にいるうちに出ていけばいいってもんじゃなかったんだ。
 そうだよね、いつもはこんなに慌てて出てかないよね。しまった…!

「お帰りなさい、仁さん」
「純ちゃん!」

 どうしよう、どうしよう、て俺が焦ってたら、純子さんがキッチンから出て来て、徳永さんがますます驚いた顔をする。
 そうだ、いつもは、徳永さんが帰って来るときにはもう、純子さんはお家に帰っちゃってるから、ここにはいないんだ…!

「直央さんとお喋りしてたら、こんな時間になっちゃって。すみません、長々と」
「いや、それはいいんだけど…」
「お喋りに夢中になってたら、仁さん帰って来たのに気が付いて、直央さん、慌てて玄関に行くんですもの。いつもそうやってお出迎えしてらっしゃるんですか?」

 焦って何も出来なかった俺と違って、純子さんは落ち着いて、いつものように、お上品に笑う。
 純子さんの言うことは、何も間違ってない。
 単にお喋りしてたわけじゃないけど、話に夢中になって時間が過ぎるのを忘れてたのは事実だし、徳永さんが帰って来たのに気付いて、慌ててお出迎えに行ったのも本当のことだ。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (26)


「それじゃあ、私、これでおいとましますね」
「うん。もう暗くなってるけど、大丈夫? 駅まで送ってこっか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。この通りは明るいですし。ありがとうございます、仁さん。じゃあ直央さん、メールの練習、がんばってくださいね」
「う、うんっ」

 純子さんはそう言って、頭を下げて出て行った。
 そっか、夢中になってた、ていうお喋りの内容、メールの練習だってことにしてくれたんだ。

「徳永さん、手洗いうがい!」
「はいはい、分かってますよ。でも、その前に」
「にゃっ!」

 キッチンに戻ろうとした俺は、後ろからギュッと徳永さんに抱き締められた。
 そ…そっか、いつもどおりなら、こういうことか。でも、ちょっと恥ずかしい…。てか、純子さんに、いつもお出迎えしてることがばれちゃった! それも恥ずかしい…!

「ん? 何?」
「じゅ…純子さんに、お出迎えしてるのが、ばれちゃった…」
「えー? いいじゃん。何かダメなこと、ある?」
「恥ずかしい…」

 そんなことを知っても、きっと純子さんは全然気にしないで、いつもどおりなんだろうけど、やっぱり恥ずかしいよ。

「直央くん、かわいいっ」
「ちょっ! 徳永さん、早く手洗いうがい!」

 後ろからほっぺにキスされて、恥ずかしいやら何やらで、俺は慌てて徳永さんの腕の中から抜け出した。
 徳永さんが手洗いうがいをしに行ってる間にキッチンに戻れば、さっき純子さんに預けてった紙は、俺のカバンの外ポケットに入れてあった。一応、カバンの中にしまっておこう。
 あ、メールの練習してた、てことにしたんだから、ケータイ出しておかないと! いつもの俺は、ケータイ出しっ放しだからね。

「ふぅっ…」

 もう純子さんは帰ったんだから、さっきみたいにフォローしてくれる人はいない。
 俺がしっかりしないとっ!

「うわわわわっ」

 お箸とか出して、ご飯の準備だ! て思ったら、ケータイが音を立てて、すっごいビックリした。
 純子さんからかと思ったら、蓮沼さんだ。

『直央くん、チョコ、ちょ~~~~~~~おいしいよ d(≧▽≦*)』

 あ、そうだ。今日、蓮沼さんに試食のチョコ渡したんだった。
 バイトの控え室で1個食べたときに感想を聞いてたから、まさかまたメールで感想を言われるとは思ってなかったから、ちょっとビックリ。でも、メールが来たからには、返事しないとかな。
 でも、もう徳永さん、帰って来ちゃってるしな。昨日も、ご飯食べよう、てなったときに蓮沼さんからメールが来て、メールの返信したんだよなぁ…。
 もー! 何でこのタイミング?



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (27)


「どうしたの、直央くん」
「うわっ、徳永さん!」

 返信しようかどうか考えてたら、徳永さんが戻って来て、ビックリして変な声出しちゃった。
 もう、さっきからビックリしっ放しだ。

「えっと、蓮沼さんからメール来ちゃって、」
「ぅん? で?」
「え、だって、これからご飯だし。昨日もご飯のときにメール来て、返信とかして…。何かタイミングが、て思ったの。今度からは、ご飯のときにはメールしないで、て言おうかな?」
「いや、でもメール送るほうはさ、相手のメシの時間とか分かんないじゃん?」
「そっかぁ」

 でも、俺にメールをくれるのなんて、蓮沼さんか純子さんしかいないから、今度蓮沼さんに、ウチのご飯の時間を教えておこうかな。

「で、返事はいいの?」
「ぅ?」
「メール。来たんでしょ?」
「だってご飯…」
「俺が出すからいいよ。返事しなよ」

 そう言って徳永さんは、冷蔵庫の中から純子さんの作った料理を出す。

 確かに、メールが来たらすぐに返事をするのがいつもの俺だけど、でも昨日もこんな感じでメールの返事して、徳永さんにご飯の支度させちゃったし、ちゃんとしたかったのに。
 でも、徳永さんがそう言ってくれたんだから、無理に逆らうほうが不自然だ。

『ありがとう。これからご飯だから続きはまた明日聞くね。ごめん』

 ちょっと素っ気ない感じはしたけど、仕方がない。
 明日会って話せば、きっと蓮沼さんは分かってくれるはずだ。

「えいっ」
「お、早い。もう返信した? すごいじゃん」
「そーだよ、俺、もう返信したよ!」

 徳永さんに褒められたのが嬉しくて、俺はつい笑顔になっちゃう。
 でも、浮かれて余計なことを喋っちゃわないように、気を付けないとね。

「あ、そういえば、今日徳永さんに送ったメール、どうだった?」
「どうだった、て?」
「ちゃんと送れてた?」
「ん? ちゃんと届いたよ? 返信だってしたでしょ?」
「じゃなくて! 変換とか、間違ってなかった?」

 念入りに確認してから送ったから大丈夫だと思うけど、万が一てことがあるからね。

「大丈夫だったよ。ちゃんと変換された」
「ホント? 徳永さん、あんま優しくしないでね? 厳しく、ビシビシ! とお願いしますっ」
「はいはい」

 徳永さんは笑って、俺の頭をポンポンして来た。
 ぅ? もしかして子ども扱いされてる?
 でも、バカな俺には、よく分からないことだった。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (28)


 今日はバイト、お昼で終わり。
 基本的に俺はいつでも暇だから、人手の足らない時間、どこでも入れてください! てことにしてて、だから仕事の時間は日によってバラバラなんだよね。
 でも、徳永さんが土日お休みだから、そこはなるべく入れないようにしてるし、今は深夜の時間帯にも入れない。だからこそ、それ以外の時間は、目いっぱい働くんだ!

 そういう意味じゃ、今日はこの時間にバイト終わってよかった。
 ラッピングのヤツ買いに行かないと、て思ってたけど、本番の日までに、この時間にバイトが終わるのは、バレンタインの前日と今日しかないからね。
 前日に買いに行って、見つからなかったら大変だもん。

「100均でも売ってる、て言ったよね」

 ラッピングのを100円で買うのもどうかな、とか思ったけど、他にどこで売ってるか分かんないし、とりあえず行ってみることにするけど、どこのお店がいいかな。
 100均てときどき行くけど、ラッピングのなんて、探したことなかったから、どこのお店がいいか、よく分かんないや。

「ぅ? メール?」

 どこに行こう…て悩んでたら、ケータイ電話が音を立てた。
 徳永さんかな? 今日はまだ徳永さんにメールしてないから、先取りで徳永さんが送って来たのかも…………て思ったら、蓮沼さんだった。
 蓮沼さんて、しょっちゅうメールくれるのに、もしかしたら俺、メールの着信音が鳴って、蓮沼さんからかも、て思ったことないかも。何かゴメンて感じ。

『直央くん、一緒にお昼食べない? o(^O^*=*^O^)o』

 お昼かぁ。
 そういえば俺、ラッピングのを買うことばっか考えてて、お昼のこと、すっかり忘れてた。

『いいよ。今コンビに出たところ』

 返信すると、相変わらずすごい速度で蓮沼さんから返事が来る。
 何でこんな早く出来るんだろ。スマホだから? 俺もスマホにしたら、こんなになれるかな。

『じゃ、そこで待ってて。すぐ行くから ≡≡≡ヘ(*゚∇゚)ノ あと、さっきのメール、『コンビニ』が『コンビに』になってたよー σ゚ロ゚)σ』

「にゃっ!?」

 嘘っ、また間違った!? あーもうっ、蓮沼さんにあんだけ言っといて、何で俺、ちゃんと確認してから送んなかったんだろっ。
 えーっと、えーっと、送ったメールてどっから見るんだっけ? そういえば、こないだ徳永さんに教えてもらったよね…………えーっと、送信ボックス?

「あった!」

 さっき蓮沼さんに送ったメール…………『いいよ。今コンビに出たところ』……ホントだ…。
 何でこんな変換するんだよぉ! 『こんびに』て言ったら『コンビニ』しかないじゃんっ!

「……これ、どうやって直したらいいんだろ…」

 うむぅ~…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (29)


「直央くん、お待たせ~」
「うわぁ~~!!」

 蓮沼さんは、メールの返信だけじゃなくて、実際に現れるのもすごく早い人だったみたいで、さっきメールを寄越したばっかだと思ったのに、もうやって来ちゃった。

「ビックリした~。蓮沼さん、すごい早い」
「そう? この辺ぶらぶらしてたし。でも、そこまで早くもなくない?」

 言われて時間を確認したら、確かにそこまでビックリするほど早いわけでもなかった。
 俺が、メールをどうやって直したらいいか悩んでるうちに、結構時間が過ぎてたみたいだ。

「ねぇ蓮沼さん、このメールの送ったヤツの間違ったの、直したい」
「え、さっきのメール?」
「うん」
「いいじゃん、次から気を付ければ」
「ダメ、直す!」

 そういう、ちょっとくらいいいじゃん、の積み重ねが、最終的に、すんごいダメになってくんだ!
 俺はメールマスターになりたいんだから、そういう…

「分かった、分かったよ。じゃ、どっかお店入ってからにしよ? ね?」
「…ん」

 せっかく俺が、メールマスターへの思いを熱く語ろうとしたのに、何かあっさりと躱されちゃった。
 むぅ。

 蓮沼さんが、何食べたい? どこ行きたい? て聞いてくれるけど、俺は普段、自分から外食なんてしないから、お店も知らないんだよね(ときどき徳永さんがすごいトコ連れてってくれるけど、場所も店の名前も憶えてない)。

「こないだ行ったトコは?」
「こないだ? …結構前でしょ? しかもファミレスだし」

 前に蓮沼さんと一緒に行ったファミレス、いいな、て思って言ったら、何かちょっと不満そうな顔をされた。
 何で? 蓮沼さんのほうから、俺の行きたい場所聞いてきたのに。

「ファミレスなんかじゃなくてさぁ、もっとおいしいお店、行こうよー。ねぇ直央くーん」
「だって、そんなお店知らないもん。ファミレスおいしいじゃん。飲み物もいくらでも飲めるし」

 あれ、すごいシステムだよね。ドリンクバー。
 俺、大好き!

「分かったよぉ。じゃ、どこのファミレスにする?」
「どこでも…」
「『どこでもいい』は、なしね」
「……」

 どこでもいいよ、て言おうとしたら、それより先に蓮沼さんにそう言われちゃった。
 そうは言われたって、どこがいいとか、分かんないんだってば。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (30)


「…じゃあ、こないだと同じ場所…」
「もぉっ、直央くんてば!」
「だってぇ。怒るなら、俺に決めさせないでよ。蓮沼さん決めてよ」
「俺は、直央くんの食べたいものを食べさせたかったの!」

 うーん…、蓮沼さんは、難しい人だなぁ。
 でも俺、貧乏舌だから、大体何食べてもおいしいし、ホントにどこでもいいんだよね。

「じゃ、あっち行こう?」
「うん」

 どっちのどのお店に行くかは分かんないけど、俺は頷いて蓮沼さんの後に付いて行った。

 着いたのは、こないだとは違うお店で、お昼どきだから結構混んでたけど、ちょっと待つだけで、すぐに席に案内してもらえた。

「で、蓮沼さん、さっきのメール、どうやって直すの?」
「ちょっ…、せめてメニュー頼んでからにしようよ」

 席に着いて、さっそく携帯電話を取り出した俺に、蓮沼さんは困ったような顔をした。
 それもそうか…。

「おいしそう…。俺、このハンバーグにしよっかな」
「直央くん、ハンバーグ好きだよね」
「えへへ」

 子どもみたい、て思われるかもしんないけど、確かに俺、ハンバーグ好きだなぁ。
 おいしいし、お腹いっぱいになる感が、何か幸せ! て感じするの。

「じゃ、俺はこっちのパスタにする。あとドリンクバー2つね」

 席にあるボタンを押して店員さんを呼ぶと、テキパキと注文してくれる。
 でもこのボタン、すごいよね。押したら店員さんが来てくれるとか、何か王侯貴族みたいだよね。

「飲み物、取りに行こ?」
「お飲み物、お飲み物! わぁっ、いっぱいあるー」

 蓮沼さんに言われて、ドリンクバーのコーナーに行く。
 何かジュースとかの種類、多い?
 どうしよう、すっごいワクワクしてきちゃった!

「直央くん、いろいろ飲みたいなら、1回ごとにグラスにあんま入れすぎないほうがいいんじゃない? 飲み切れないからさ」
「そうだよね。でも何か、グラスいっぱいにしたくなっちゃわない!?」

 ファミレスは、メニューもいっぱいだし、お飲み物もいっぱいだし、俺にとってはすっごく魅力的な場所だけど、徳永さんとかは来ないんだろうなぁ、ファミレス。
 でも、徳永さんは社長さんだけど、普通のサラリーマンの人みたいに外回りもお仕事してるから、お昼だってきっとどこかで食べてるんだろうけど、どうしてるのかな。

「で、メール? 直すの?」
「うんうん」

 飲み物を持って席に戻ると、蓮沼さんが聞いてきた。
 あ、テーブルの上にケータイ出しっ放しだった。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (31)


「それって普通に送信メール、もっかい編集すればいいだけなんじゃないの?」
「普通に、て?」

 俺にしたら、何が普通で何が普通じゃないかとか、そういうことも分かんないんだけど…。
 とりあえず、送信メールを見てみる。さっきもやったから、送信メールを見るだけなら、すぐ出来るもんね。

「これ、どうすんの?」

 さっき蓮沼さんに送ったメールを表示して、蓮沼さんのほうにケータイを差し出す。
 あーあ、『コンビに』…。

「メニューとかないの? そん中にない? 編集とか」
「メニュー……編集…………再編集ていうのがある」
「じゃあ、それじゃん?」
「あ、なった!」

 蓮沼さんに言われたとおり、再編集ていう項目を選んでみたら、さっき送ったメールがまた編集できるようになった!
 えっと…コンビニ……あ、違うトコも消しちゃった…。難しい…。
 んー…『いいよ。今コンビニ出たところ』……よし、今度こそ大丈夫!

「えいっ!」
「…………直央くん、別にもう1回送り直さなくたって、いいよ…」

 俺がメールを送信すると、向かいの席にいる蓮沼さんのスマホが鳴って、メールの着信に気付いてスマホを開いた蓮沼さんは、俺からのメールを見て、苦笑した。
 でも、間違いに気付いたからには、ちゃんとしなきゃだもん。

「あ、そうだ。徳永さんにもメールしないと! えっと……何て送ろうかな」
「何か用事があってメールするんじゃないの?」
「徳永さんもね、俺がメール練習するの、相手になってくれたんだけど、俺、純子さんとか蓮沼さんとばっか練習してるから、徳永さんが、俺にもメールして、て」
「それで、メールすんだ??」
「うん」

 それなのに、今日のメール、忘れちゃうとこだった。いかんいかん。
 でも、何て送ろうかな。

「じゃあ、俺と一緒にご飯食べてる、て送ってよ」
「えー? 蓮沼さんと?」
「だって事実じゃん。何で嫌そうなの?」
「別に嫌じゃないけど…」

 徳永さん、俺が蓮沼さんと友だちでいるのは許してくれたけど、一緒にご飯食べてることをわざわざメールしたら、怒らないまでも、『えー何でっ!?』とか言いそう…。

「でもさぁ、俺と一緒にメシ食ってんのを隠したがるてことは、直央くん、俺とのこと、徳永さんに対して、ちょっとは後ろめたいとか思ってくれてる、てこと!?」
「後ろめたい? 蓮沼さんのことを? 何で?」
「あ、単なる天然?」
「ぅ?」



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