恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2012年06月

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暴君王子のおっしゃることには! (31)


 ねぇ、替えのパンツは新品のにしてよ? と言い残してバスルームに消えた一伽に、仕方なく侑仁は買い置きしてあった未使用の下着と、一伽に合いそうなサイズの服を出してやった(服も貸せと言って来たのだ)。
 それから、自分が食べるためだったはずのブランチを、一伽の分まで作ってやって。

「俺、こんな甲斐甲斐しいヤツだったっけ…?」

 ふと侑仁は、自問自答した。
 自答…というか、自分で自分に聞いておいて、何も答えられないでいるけれど。
 だって、これで相手が女の子ならまだしも、一伽は男なのに。

『もぉ~~~~何これっっ! 超~~~ムカつくっ!!!』

 侑仁が、はぁ~~~…と深い溜め息をついて落ち込み掛けていたら、バスルームのほうから一伽の声が響いた。
 一体何が? …というか、1人で何にキレてんだ? と、侑仁がバスルームのほうを窺っていたら、侑仁の用意した着替えに袖を通した一伽が現れた。

「お前、何1人で騒いでんの?」
「これっ!」

 なぜか大変ご立腹気味の一伽は、フンッと片足を侑仁のほうに振り上げた。
 また蹴られるのか? と思ったが、そうではないらしい。

「え、何?」
「何このジャージ!」
「は? 俺のだけど……いいじゃねぇかジャージくらい新品じゃなくても」

 一伽が着ていた服はただいま洗濯中なので、とりあえず侑仁のTシャツとジャージを貸してやったのだが、下着ではないし、ちょっとの間なんだから、新品でなくたってそんなに怒らなくてもいいと思う(ちゃんと洗濯済みだし)。

「違うっ! 何か、裾長いんですけどっ!」
「はい?」
「侑仁、そんなに足長いわけ!? スッゲームカつくっっ!!」
「……」

 …あぁ、確かに一伽は、ジャージの裾を何度か折り返して履いている。
 履いてみて裾が長かったから、一伽は1人でキレて、声を上げていたらしい。

 悪いとは思ったが、思わず吹き出してしまったら、案の定、一伽は「何笑ってんだよっ」と、侑仁のお腹にパンチを食らわしてきた。

「いや、違うって。身長の差だろ? 別に足の長さじゃねぇなくね?」

 フォローになっていない気もしたが、一伽がしつこいので、侑仁は一応そう言ってみる。
 侑仁は、別に自分の足が特別長いとも思わないし、見たところ、一伽だって別に足が短いとも思えないから。

「うー…俺だって、もうちょっと背が高いほうがよかったのに…」
「そうなの?」

 侑仁の身長は176センチくらいだが、それよりも頭半分くらい低い一伽の身長は、170センチくらいといったところか。
 そんなに言うほど、低いというわけでもないと思うが、一伽は実に残念そうだ。

「あと20センチくらい高かったらいい!」
「いや、20センチは、全然『もうちょっと』じゃねぇし」

 背が高いことへ憧れる気持ちは、侑仁だって分からないではないが、20センチは言い過ぎだ。
 大きく出たものだと、侑仁は笑いながら突っ込んだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (32)


「つかメシ食おうぜ。一伽、これ持ってって」
「ん」

 一伽は侑仁に言われたとおり、サラダの入ったお皿とフォークをお盆に乗せて、テーブルまで運ぶ。
 パスタを取り分けていた侑仁は、一伽にその皿も渡そうと思ったのに、ふと視線を向ければ、一伽はもうちゃっかり椅子に座っていた(しかも手にはフォークを握り締めているし…)。
 仕方なく侑仁は2人分のパスタと、サラダ用のドレッシングを持って、テーブルのほうへ行く。

「すげぇー。侑仁、ホントに料理すんだ」
「するよ。てか、パスタ茹でるくらい、料理のうちに入んなくね?」
「そんなことないよっ。てか、褒めてんだから、素直に喜べよっ!」
「はいはい」

 …一体どの辺が褒め言葉だったのだろうか。
 まぁ、言い返してもしょうがないので、侑仁は一応礼を言っておくが。

「いただきまーす」

 律儀に両手を合わせてから、一伽はガツガツとパスタを貪る。
 人間のような食事をしなくてもいいわりには、言い食べっぷりだ。

「でもさ、一伽、こういう…普通のメシ? 食っても、腹いっぱいになんねぇんだろ? それってどんな感じなの? 食っても食っても腹減ってる、てこと?」
「んー? お腹いっぱいにはなるよ、食べれば。でも血も飲みたい。こういうの食べんのと、血を吸いたい! て気持ちは全然違うの。何て言うか……腹減ってても、すっげぇ喉渇いてたら、パッサパサのパンとか食えねぇじゃん?」
「腹減ってんのと、喉渇いてんのの違いみたい、てこと?」
「んー……多分。よく分かんない」

 自分ではうまく例えたつもりだったが、侑仁に聞き返されたら、何となくそうでもないような気がして、一伽は結局首を傾げた。
 今までこの感覚を、言葉で人に説明したことがないから、よく分からないのだ。

「ならさぁ、こういうメシ食わなくても、腹は減らないわけ?」
「ん。血さえちゃんと吸ってたらね。あ、分かった! 俺らにとって、吸血がご飯で、こういうの食べるのは、水飲むみたいな感じ! だから、いっぱい食べても満腹になんないの!」

 今度こそうまく例えられた! と一伽は顔を明るくして、侑仁のほうへ身を乗り出した。
 けれど侑仁は、何となく納得していない様子。

「…何、侑仁」
「でもさぁ、喉は喉で渇くんだろ? こういうの食ったとこで、喉が渇いたのは治まんねぇんじゃねぇの?」
「まぁ……そうだけど…。つか、分かんないよぉ、もうっ!」

 基本的に、難しいことを考えるのが嫌いな一伽は、お手上げ! と喚き散らして、椅子に戻った。
 とにかく血を飲まないことには腹が減る、それがすべてなのだ。

「ていうか、侑仁ー」
「何? 飲む?」

 パスタもサラダもみんな食べ尽くした一伽は、お行儀悪くフォークをガジガジしていたのだが(最初はちゃんと手を合わせて『いただきます』したのに…)、それをテーブルに置いた。
 コーヒーを飲もうと準備していた侑仁が、手を止める。

「コーヒーじゃなくて、血が飲みたい」
「はぁ? お前、今メシ食ったばっかだろ」

 一伽にとって吸血は食事なわけで、食後に血が飲みたいというのは、ご飯の後にまたすぐご飯を食べるのと同じことのような気がする。
 それを、食後のコーヒーみたく、血が飲みたいとか言われても(それとも、甘いもののように、別腹だとでも言うつもりか)。



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暴君王子のおっしゃることには! (33)


「こういうんじゃ、お腹いっぱいになんないって言った!」
「じゃあ何で食ったんだよ。こんなトコでのん気にこんなの食ってねぇで、血吸いに行けばよかっただろーが」
「だって食いたかったんだもんっ!」
「『だもん』じゃねぇよ、かわいくねぇよっ」

 確かに、人間の食べるような食事では、吸血で得られるような満腹感が得られないとは言ったけれど。
 しかし侑仁の言い分は尤もで、『血が飲みたい=腹が減っている』なら、こういうものでなく、空腹が満たされるように、さっさと吸血しに行けばよかったのだ。
 なのに、そう言っても一伽は、『食いたかったんだもん~~~!!』とジタバタしている。

「分かったよ、うっせぇなっ! 腹減ってんなら、さっさと行って来いよっ!」

 食べ終わったもののことについて、今さらとやかく言っても仕方がない。
 そんなことよりも、こんなところで喚かれたって、うるさいだけだから、血を吸うことで空腹が満たされるのなら、さっさと吸血してくればいいのだ。 

「えー、外出んのメンドイから、侑仁、吸わせてよ」
「はぁっ?」
「いいじゃん。侑仁、俺が吸血鬼だって知ってるから、一から説明しなくてもいいし」
「え、何その…手っ取り早くていいじゃん? みたいなの」

 血を吸わなければ、空腹で死んでしまうくらいのことを言っておきながら、面倒くさいとか、そんな理由を持ち出さないでほしいんだけれど…。
 でも一伽は、平気な顔で言葉を続ける。

「いや、手っ取り早く、じゃないよ。出来ればかわいい女の子のほうがいいもん。でもこないだ飲んだら、侑仁の血も結構おいしかったし、いっかなぁ、て」
「……」

 それを手っ取り早いと言うんだよ…とは、もう突っ込めなかった。
 相手は、傍若無人な吸血鬼様だ。言うだけ無駄な気がする。

「バカ、そうは言ったって、俺だって大変なんだぞっ。人間は腹減って、メシ作るの面倒くせぇ~てなったら、コンビニ行くとかカップラーメン食うとかで何とかなるけど、俺らは、どうしたって吸血しないといけないんだからっ!」
「あー…それは確かに面倒くせぇな」
「だろ!? いちいち誰かに声掛けなきゃメシ食えねぇんだからっ!」

 吸血鬼の中には、声を掛けるまでもなく襲い掛かる輩もいるようだが、それはそれで相手も抵抗が激しいから、結構難しい(一伽もこの間やってみて、つくづくそう思った)。
 吸血鬼も楽じゃないのだ。

「でもさ、お前、昨日の夜だって血飲んでたじゃん。なのにもう腹減ってるわけ? え、まさか血も1日3食?」
「いや…そこまでじゃない。俺は1日1回飲めば、まぁ平気かな」
「何だよ。だったらまだ腹減るには余裕あんじゃん。面倒くせぇとか言ってねぇで、吸いに行ってこいよ」

 先ほどの一伽の話には少し同情的になったけれど(だって本当に面倒くさいと思う)、でもやっぱり血は吸われたくないから、一伽には悪いけれど、そこは断固拒否。
 早く行け、と侑仁は追い払うような仕草で、一伽に手を振る。

「いいじゃん。あ、別に侑仁とエッチなことしようとは思ってないから大丈夫だよ!? ホント、血吸うだけだから!」
「当たりめぇだよっ!」

 昨日侑仁が聞かされた話では、一伽はただ女の子の血を吸うだけでなく、それなりに気持ちいいことをしてから…なんて言っていたっけ。
 一伽は、侑仁がそのせいで今拒んでいると思ったのか、慌ててそう付け加えたが、別にそういう理由で侑仁が拒否しているわけでは、もちろんない。



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暴君王子のおっしゃることには! (34)


「侑仁のケチぃ~…。俺がお腹空き過ぎて死んじゃったら、侑仁のせいだかんな!」
「そんなんで死ぬか」

 人間にも『餓死』ということがあるんだから、吸血鬼だって、血が吸えなければ死んでしまうのかもしれないが、今の一伽は、この間の襲い掛かって来たときと違って、そこまでの気迫が感じられないから、多分まだ死なないと思う。

「むぅ~…。あ、でも、もし前みたいにお腹減り過ぎたとき、吸わせてくれる人がそばにいなかったら、侑仁、血吸わせてくれる?」
「え? は?」
「んとね、まぁ俺だったら1日最低1回だけど、血吸わないと腹ペコなわけ。でも狩りがうまく行かない日もあんの。声掛けても、OKしてくれる子が全然捉まんないときがさ」
「…そんで?」
「でね、そういうときのために、俺のこと吸血鬼って知ってて、何かあったら連絡してもいいよ~、血吸わせてあげるよ~、て子が何人かいるわけ。いざってときのために」
「……。…うん」

 一伽は軽くそう言っているが、何かそれって、キープの女の子がいっぱいいる、というふうにも取れるんですが…。
 やっぱり一伽はタチが悪い男だ。

「侑仁も、そういう人になってよ!」
「はい~?」

 何その、面と向かって、キープになってくれ宣言。
 いや、それ以前に侑仁は男なんですが。

「お前、男の血は吸わねぇんじゃねぇのかよ」
「まぁそうなんだけど。でも侑仁の血はおいしかったし、そういう人はいっぱいいたほうが、いざってとき困らないかな、て」

 えへへ、と一伽はかわいく笑ってみせるが、言っていることは、十分にひどい。
 侑仁が言うのも何だが、本当に何て男だ。

「お前、絶対それだけじゃねぇだろ、企んでること」
「何だよ、それ! 何も企んでねぇよっ。ただ侑仁、男で体デカいから、ちょっとくらいいっぱい吸っても平気かなぁ、て思っただけだもんっ」
「いや、それ、十分企んでんだろ」

 下心満載すぎる…と、侑仁は呆れたようにコーヒーに口を付ける。

「フン! どうせ侑仁みたいなセレブ野郎には、俺みたいな貧乏吸血鬼も気持ちなんて、一生分かんねぇよっ」
「あのさ、その『セレブ野郎』て言うの、やめてくんねぇ? 無性に腹立つんだけど」
「でもセレブじゃん! 俺だってセレブだったら、金に飽かして、女の子の血を吸いまくるのにっ」
「そんなセレブいねぇよ」

 吸血鬼の中に、金持ちと貧乏がいるのかどうかも知らないが、もし『セレブ』と言われるようなタイプがいるのなら、そんな下品なまねはしないと思う。

(コイツ…思想? 思考? 何かとにかく、考え方が偏ってる…!)

 まったく航平、どんな教育してんだよ…と、侑仁は友人であり、一伽の勤め先の店長である航平に、心の中で文句を言った。

「つか…。アホなこと言ってたら、ホント腹減って来た…」
「ざけんなよ。つーかさ、昨日の夜に吸って、もう腹減ってんじゃ、1日1回て足んねぇんじゃねぇの?」
「かなぁ…? 最近さぁ、ユキちゃんに血吸わせてないから、そんなに吸血しなくても大丈夫かなぁて思って、1回にそんなに飲まないんだよね…。それがダメなのかな?」
「いや、知らねぇけど。…ユキちゃん?」

 …今コイツ、血を吸わせるとか言わなかったか?
 吸血鬼って、他の誰かに血を吸わせてるわけ?



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暴君王子のおっしゃることには! (35)


「ユキちゃんは、俺と一緒に住んでる吸血鬼なんだけど、あの子ちょっとバカだから、知らない人の血なんか吸えない! とか言って、いっつも腹ペコでさぁ。しょうがないから、時々俺の血吸わせてあげてんの」
「は? マジで? 吸血鬼なのに?」
「吸血鬼なのに。ユキちゃん、俺以外にも血を吸わせてくれる人間が何人かいるみたいなんだけど、それでも、週に1, 2回は吸わせてやってたかな?」

 一伽みたいにナンパ上手で、キープの女の子がいっぱいいるのも何だけれど、そのユキちゃんはユキちゃんで、随分と鈍くさそうな感じ…。
 吸血鬼て、こんなに極端な連中ばっかなの?

「血吸われた後ってすっげぇ腹減るから、今まで結構飲んでたんだけど、最近ユキちゃんに血を吸わせなくてもよくなってさぁ、だから俺も、そんなに飲まなくても平気かな、て思ってたんだけど…」

 意外とダメだった……と、一伽はテーブルに突っ伏した。
 しかも、『グゥ~~~~』と派手な音を立てたのは、間違いなく一伽の腹だろう。

「え…おい、マジかよ。今からでも遅くないから、キープの子に連絡して、血吸わせてもらえよっ」

 いくら一伽でも、腹の音までコントロールは出来ないだろうから、本当に腹が減っているのだろう。最初は冗談のように言っていただけだったのが、本格的に空腹に近づいてきたのかもしれない。
 こんなところでぶっ倒れて、この間のように吸血されたら堪らない…と、侑仁は慌てて提案する。

「…お前、バカ?」

 しかし一伽は、突っ伏した状態から少しだけ顔を上げて、侑仁を睨んだ
 体勢的に、ただの上目遣いにしかなっていなくて、全然怖くないけれど、『バカ』とか言われれば、腹は立つわけで。

「何でだよ」
「ここお前んちなのに、どうやって来てもらうんだよ。どっかで会うつったって、この格好でどうすんだって…。外出る格好じゃねぇし。つか、キープて言うな」

 一伽はのっそりと体を起こした。
 もしかして、この間のようにぶっ倒れる寸前なのだろうか。

「侑仁…、血吸うのが無理なら、服貸してよ。ちゃんとしたの。外出れるヤツ」
「え、吸いに行くの?」
「行くよっ、腹減ってんだからっ」
「逆ギレすんなよ、何か俺がすげぇ悪いヤツみてぇじゃん」
「別に侑仁が悪いとか言ってないじゃん。いーから服っ!」

 声を荒げる一伽に急かされて、侑仁は急いで服を取りに行った。
 一伽には悪いけど、侑仁だって血を吸われたくないから、一伽にどうにか出来る力があるのなら、自分でどうにかしてもらいたいのが正直な気持ちだ。

 服まで貸すつもりはなかったが、血を吸われることを思ったら、そのほうがまだマシだ…と、侑仁は一伽に服を渡せば、今ばかりは一伽も、裾が長いと文句を言うこともなく、出て行った。



一伽 と 雪乃

 一伽が連絡なしに一晩くらい帰って来ないことは今までにもあったから、雪乃はそんなに気に留めていなかったのだが、帰って来た一伽が、明らかに自分の好みでなく、サイズも微妙に合っていない服を着ていたので、寝起きの一伽に尋ねたら、事の次第を聞かされた。

「ふぅん? それでいっちゃん、その侑仁て人から服借りたまま、返しに行くの忘れたの?」
「忘れた、ていうか……何かもう眠くて…」

 どうあっても侑仁は血を吸わせてくれそうもないし、腹は空いているしで、無理やり侑仁から洋服を借りた一伽は、急いでご飯をしに行ったのだが、血を吸い終わった後は、睡魔に負けてしまったのだ。
 早く寝たい…とコウモリ姿で飛んでいたら、帰巣本能なのか、つい、自分の家に帰って来ていた。



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暴君王子のおっしゃることには! (36)


 大体、昨晩血を吸ったのに、こんなに早くお腹が空いたのは、最近、1回あたりの血を吸う量が少なかったのもあるが、前の日に飲み過ぎたのが原因だと思う。
 人間が言うような二日酔いの症状にはならないけれど、やはり体はそういうのを浄化しようとするのか、いつも以上に血を欲したのだ。

「珍しいね、いっちゃんがそんななんの」
「俺もそう思う」

 アルコールには強いほうだけれど、それでもこんなになってしまったので、それだけ飲む量も多かったということだろう。
 …反省。

「でも、どうすんの? その服」
「とりあえず、航平くんに渡して返してもらう。俺も自分の服、侑仁の家に置いてきちゃったし」
「…先に、侑仁て人に謝ったほうがいいなじゃい? メールでも電話でもいいからさ」

 一伽は何でもないことのように、当たり前のようにそう言うが、話を聞く限り、一伽はだいぶ侑仁に迷惑を掛けているようだから、航平に服を託すより先に、やはり謝ったほうがいいと思う。

「でも俺、侑仁の連絡先、知らない」
「えっ、知らないの!?」
「知らないよ。聞いてないもん」

 平然とのたまう一伽に、雪乃はポカンと口を開けた。
 確かに一伽は女の子にしか興味がなくても、服を借りてくるくらいなんだから、連絡先くらい聞けばいいのに…。

「んー…じゃあ明日、航平くんに教えてもらう。そんでまぁ…連絡してみよっかな、面倒くさいけど」
「もぉ、いっちゃんてばぁ」

 長年一緒にいて、一伽の性格を知り尽くしている雪乃は、少しも悪びれたふうのない一伽に呆れつつも、それ以上は何も言わなかった。

「つかさ、ユキちゃんのほうはどうなったの?」
「何が?」
「あのストーカー作戦、成功してる?」
「ストーカーて言わないでよ!」

 一伽が言わんとするのは、雪乃が一目惚れしたスーパーの店員のこと。
 彼に会いたいばかりに雪乃は、その近くに住んでいる光宏の家へ、毎晩夕食を作りに行っているのだ。

「別にそんな大きな変化はないけど…。あ、お総菜売り場のおばちゃんと仲良くなった!」
「いや…そんな人と仲良くなってどうすんの?」
「このお惣菜、おいしいですね~、て言うと、こっそり作り方教えてくれる」
「いやいや、そうじゃなくて。そんなん知ってどうすんの。何光宏に尽くしてんの? ユキちゃん、イケメン店員と仲良くなりたいから、そのスーパーに通ってんでしょ?」
「まぁそうなんだけど」

 でも、どうせ作るなら、おいしいと言われるものを作りたいし。
 それに、今後あのイケメン店員さんと仲良くなって、万が一だけれど、ご飯とか作ってあげる関係になったら、料理上手て思われたい…!

「…ユキちゃん、そんな壮大な夢見てる暇あったら、さっさと声掛けたら?」

 意気込む雪乃には悪いが、どうも雪乃は、一生懸命の方向性がずれているような気がしてならない。
 料理の腕を磨くのは悪いことではないし、イケメン店員さんといつか仲良くなれるかな…と夢見るのも構わないが、この調子では、いつまで経っても何も進展しないだろう。
 第一、雪乃が好きなのはそのイケメン店員であって、光宏ではないはずなのに、これでは完全に光宏のことが好きみたいに見える。



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暴君王子のおっしゃることには! (37)


(つか…光宏が本気で気の毒になって来た…)

 何度も言うが、雪乃が好きなのは、スーパーのイケメン店員だ。
 光宏に尽くしているように見えるけれど、雪乃の好きな相手は光宏でなくて、スーパーの店員さん。

 しかし、気の毒な光宏は、そんな雪乃に惚れ込んでいるのである。

 つまり光宏は毎晩、好きになった相手が家にやって来て、おいしいて言われたい! とがんばって作った料理を食べている一方で、雪乃の気持ちが自分にはないことを、毎回自覚させられているのだ。
 それって一体、何の苦行だろう。

「光宏ってドMだな」

 どうせ雪乃のことだから、光宏の気持なんか知る由もなく、イケメン店員に会えた嬉しさを延々と光宏に語っているに違いない。
 完全にドMでなければ、こんな状況、耐えられないと思う。

「ぅ? いっちゃん、何か言った?」

 今度はこれ作ろう! とクックブックを広げていた雪乃が顔を上げた。
 一伽がチラッと見た限りでは、光宏の好きそうな料理だ。

「…ユキちゃんは、鈍感なうえに能天気だね、て言った」
「ちょっ、何それ!」

 ひどい言われように、雪乃はキャンキャン喚くが、一伽は相手にしない。
 雪乃と光宏、両方の気持ちを知っているけれど、どちらの肩を持つ気もないし、どちらかの味方になろうとも思っていない一伽は、鈍感な雪乃に、それ以上のことは言わないのだ。

(ホント…光宏、かわいそ)

 光宏のことをかわいそうだと思いつつ、救いの手を差し伸べるでもなく、どちらかというと、その状況にウキウキしている一伽は、生粋のドSだろう。
 誰も口に出しては言えないが。



雪乃 と 光宏

(今日の俺は、世界で一番ツイてるーーーーー!!!!!)

 まったく大げさなことを思いながら、雪乃は買い物袋をブンブン振り回しながら、光宏の家へと急いでいた。

 一目惚れした店員さんに会いたいがために、雪乃が足繁く通い詰めている、光宏の家の近所のスーパー。
 出来ることなら毎日でも行きたいけれど、そうすると、光宏にも一伽にも、ストーカー臭いからやめろと言われるので、週に3日までと決めている。
 通い始めて4回目の買い物で、運よく彼のレジの列に並ぶことが出来たので、ここぞとばかりに彼を眺め、声を聞き、名札から『山下』という名前を知った。

 いつもは、その山下さんを眺められるだけでハッピー、彼のレジの列に並べたらMAX幸せなのだが、今日は何と、その彼と話をすることが出来たのである。
 雪乃がバカみたいに浮かれるのも無理はない。

 ちなみに話をしたと言っても、何か仲良くなれるような会話をしたわけではなく、光宏から頼まれたココアがどこにあるか分からず雪乃がオロオロしていたら、山下さんが声を掛けてくれたのだ。
 それは店の従業員としてごく当たり前の行動だし、雪乃も自分だけが特別ではないことは十分に分かっているのだが、それでもこの喜びは何物にも代えがたい。



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暴君王子のおっしゃることには! (38)


「あーもうっ、あーもうっ、あぁ~~~~~っっっ!!!」

 嬉しすぎてジタバタしたい思いを抑えつつも、でも我慢できずに声を張り上げながら、光宏の部屋までの階段を駆け上がっていく。
 早く帰って、光宏にこのことを話したいっ!

「あっ、『帰って』じゃないや、あははっ!」

 もうどの辺が独り言で、どの辺が心の声なのか、自分でもよく分からなくなりながら、雪乃は勝手に鍵を開けると、光宏の部屋に上がり込んだ。

 実は雪乃は、この部屋の合鍵を持たされている。
 どうせ雪乃は毎晩来るから、あったほうが不便でないという理由で光宏から合鍵を渡されたのだが、鈍感な雪乃はその理由を素直に信じ込み、いろいろ協力してくれるなんて、光宏ていい人…! と思っている。
 家族でもない相手に合鍵を渡すなんて、普通、それなりの意味があるわけで、もちろん光宏だって、そういう思いがなかったわけではないのだが。

「ただいま~…じゃないっ、お帰り~…じゃないっ、お邪魔しま~す!」
「…ユキ、1人で何騒いでんの?」

 元気いっぱいにドアを開けて、わけの分からないことを口走りながら、ドタドタと上り込んできた雪乃に、雑誌を見ていた光宏は呆れたように顔を上げた。
 雪乃が買い物をしている間に先に帰って来ていた光宏は、まだドアが開く前から雪乃の騒がしい声が外から聞こえて来ていたので、ずっと不審に思いながら待っていたのだ。

「みっくん聞いて~!」
「はぁ? アテテテテ」

 ソファに座っていた光宏を見つけると、雪乃は買い物袋を放り出して、無理やりその隣に割り込んできた。
 それにしても、ソファはそんなに大きいわけではないから、いくら雪乃が小柄でも、無理に来られるとかなりキツイのだが、テンションの上がり切っている雪乃には、そんなことどうでもいいらしい。

「何、何、ユキどうした」
「はぁ~ん、もぉ! みっくん、聞いてよぉ~!」
「だから聞いてるって」

 聞いていると言っているのに、すっかり興奮している雪乃は、聞いて聞いてと言うばかりで、肝心の話が少しも始まらない。
 …というか何で今、ちょっと色っぽい声出したわけ?

「何、どうした?」
「あのね、みっくん、聞いてっ! あのね、あのね、俺ね、はぁ~~~っ! 俺ね、今日、山下さんと話しちゃったぁ~~~~~~!!!」
「………………。…………。ん、うん」

 雪乃のあまりの勢いに気圧されて、光宏はやっとそれだけ返事をするのが精いっぱいだった。
 しかし雪乃は、そんなことお構いなしに、先ほどのスーパーでの出来事を喋りまくる。

「今日ね、ホラ、みっくんにココア頼まれてたじゃん? でも俺、ココアどこにあんのか分かんなくて、何売り場行けばいいの~~?? てなってたら、何とっ!! はぁっ、はぁっ、山下さんが声掛けてくれたのっ!!」
「へぇー…」

 え、それだけのことで、このテンション?
 ていうか、息が荒い…。

「ちょっ…ユキ、落ち着い…」
「みっくんありがとっ! みっくんがココア頼んでくれたおかげで、俺、山下さんとお話できた! みっくんグッジョブ!」
「、」

 何とか雪乃を落ち着けさせようとしていた光宏は、雪乃にグッと立てた親指を見せつけられ、思わず言葉に詰まったまま、何も反応できなくなった。
 それは何も、雪乃のこのテンションに呆れているからではなくて、だってそんな、ありがとうだとか、光宏のおかげだとか、そんなこと言われたくないから。
 雪乃の片想いなんて、応援したくもないし、する気もない。
 けれど、鈍感で、それゆえに残酷な雪乃は、光宏の気持ちなんて、知る由もなくて。



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暴君王子のおっしゃることには! (39)


「…?? みっくん? どしたの?」

 言いたいことを一通り言い終えて気が済んだ雪乃は、光宏が黙り込んでいることに、ようやく気が付いた。
 しかし、光宏の様子がこんななのが、自分のテンションが高すぎたせいだとも、ましてや自分の言動が光宏を傷付けているとも思っていないから、ただただキョトンとするばかりだ。

「…別にどうもしない。それよか血は? 今日は吸うの?」
「え、あ、うん。えっと…」

 何かみっくんが素っ気ない…。
 ちょっとはしゃぎすぎたかな、と雪乃は反省しつつ、前回光宏に血を吸わせてもらってから何日経ったか数えてみる。
 1回の吸血の量がそれほどでないにしても、毎日吸血されたら血液が回復しないので、献血と同じように、吸血もある程度の間隔を開けなければならない。
 そんなことにお構いなしの、極悪非道な吸血鬼もいると聞いたことはあるが、雪乃はそんな真似しないで、ちゃんと考えている。
 きっと一伽みたいに、毎回いろんな人に声を掛けている吸血鬼なら、そこまで考えなくてもいいんだろうけど、何しろ雪乃は、数少ない事情を知る人間から吸わせてもらっているのだ。うまくローテーションを組まなくては。

「んと…、もう4日開いてるよね? じゃ…吸わせて?」

 前は10日1回くらいのペースで光宏から吸血させてもらっていたのだが、雪乃が毎晩光宏のところに行くようになってから、一伽は吸血させてくれなくなったし、料理やら買い物やらに時間を取られて、他の人のところに行く余裕もなくなってしまったので、光宏から吸血する回数が増えてしまった。
 そのことは大変申し訳なく思っているのだが、雪乃も背に腹は代えられないので、光宏にお願いするしかない。

「…………。何か…あの、みっくん、怒ってる…?」
「怒ってないよ、何で?」
「いや、何か…」

 確かにその表情は、怒ってはいない。
 口調も別に、怒っている感じではない、穏やか。
 でも、何か…。

「別に怒ってないから、吸うなら早くして」
「ん…ぅん」

 雪乃は戸惑いつつも、光宏の肩に手を置いて口を大きく開けた。
 相変わらず光宏は、悲壮感の漂った顔で目を瞑っているから、吸血の前は、何となくいつもグチャグチャ考えることもあるんだけれど、でも空腹と血の魅力には敵わず、雪乃は光宏の首筋に牙を立てた。

 光宏からの吸血の間隔が短くなったこともあって、雪乃はなるべく、今までよりたくさんは血を吸わないようにしている。
 光宏は大丈夫と言うけれど、何かあったら怖いから(1回くらい吸血したくらいでは何もないけれど、同じ人から頻繁に血を吸えば、少なからず体にも影響があるはずなので)。

「ごちそうさまでした!」

 血を吸い終わった後、雪乃はいつものように、ちゃんと手を合わせた。
 今日は山下さんとお話も出来たし、光宏から血も吸わせてもらって、元気いっぱい! さぁご飯を作ろう、と雪乃は立ち上がる。

「みっくん、平気? クラクラする?」
「だから、平気だって。いつも言ってんじゃん」
「そぉだけど…。でも、その時々で違うかもじゃん。ねぇみっくん、やっぱ怒ってるよね? え、俺何かした?」
「何もないってば。怒ってないし」

 雪乃は鈍感だし、一伽に言わせるところの『完全に空気読めてない子』なので、いろいろと気付けないことが多いのだが、でもさすがに、毎日顔を合わせている光宏の様子がいつもと違うことくらいは分かる。



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暴君王子のおっしゃることには! (40)


「でも…何かいつもと違う感じ…」
「そんなことないって。そう見えるなら……分かんない、ちょっと疲れてるからかな」
「…そう? そんなときに血なんか吸っちゃってごめんね?」

 光宏の言った理由が本当かどうかは雪乃には分からなかったけれど、何となく光宏はこの話を終わらせたいんだな、と思って、雪乃はそれ以上言うのはやめた。

「えと…ご飯、何がいい? 疲れてるなら、あっさりしたのがいい? それとも元気出るように、栄養いっぱいのヤツ!?」
「…………、ふはっ、ユキに任せる」
「ぅ? え、何がおかしいの?」

 雪乃なりに一生懸命考えて言ったのに、なぜか光宏に笑われてしまった。
 光宏に、先ほどまでのような怒った雰囲気がなくなったので、少しホッとしたけれど、雪乃としては、ちゃんとご飯で光宏に元気を取り戻してもらいたいのに。

「じゃ、今日豚肉買って来たし、冷しゃぶにしよっかな」

 疲れてるなら、最初に言ってくれたら、今日は光宏から吸血しなかったのにな、と思いながらも、雪乃は台所に行って夕食の準備に取り掛かった。

「はぁ…」

 光宏はいつもだったら、雪乃に手伝わなくてもいいと言われながらも、一緒に手伝ってやるのだが、今日は何だかそんな気にはなれなくて、ソファから立ち上がれない。
 別に、先ほど雪乃に言ったように、疲れているから、というわけではない。
 いや、何となくいろんな意味で疲れはしたけれど、そういうことでなくて。

「あー…、サイアクだ、俺…」

 あんまりにも雪乃が、山下と話が出来たことを嬉しそうに話すから。光宏のおかげだとか、光宏にしたらまったく不本意なことを、その気持ちに気付いていないからとはいえ、平気で言うから。
 イライラして、つい、あんな態度になってしまった…。

 今さらながらに光宏は自己嫌悪する。
 そんな態度を取れば、どうせこんな気持ちになるのは分かっているのに、でも急加速した不機嫌さを止めることが出来なかった。心配げに、不安げに見つめてくる雪乃に、余計に苛立ちが募ってしまった。
 こんなことで苛付いたって、ましてや雪乃に当たったところで、何がどうなるわけでもないのに。

『中丸も、大変な子を好きになっちゃったよねぇ』

 ソファに寝転んだ光宏の脳裏に、先日の一伽のセリフが思い起こされた。
 光宏をからかいたいがためだけに、食べなくても平気なランチをしに、わざわざcafe OKAERIまでやって来た一伽が、言い残したセリフ。しみじみと言ったのは、別に同情しているからではなくて、光宏をからかうことに余念がないからだ。
 しかし、一伽の言葉は的確だ。たとえおもしろがっているだけとはいえ、ちゃんと的を射ていると、光宏ですら思ってしまう。

「はぁ…」

 いっそ、雪乃のことを好きでなくなってしまったら楽なのになぁ、と思う。
 そうすれば、こんなに苦しまなくても、こんなに苛付かなくても済むのに。

 雪乃は(一伽や光宏だけでなく、おそらく本人以外の誰もが気付いているだろうことだが)相当な鈍感なので、光宏が言わない限り、絶対にこの想いは伝わらない。
 一方で光宏は、聡くて物分かりのいい大人だから。
 …だから、言えない。伝えられない。想いを伝えたところで、雪乃の気持ちが自分に向くわけではないことも、彼を困らせることも、みんな分かっているから。

 もし光宏のこの恋が叶うときが来るのだとすれば、それは雪乃の今の一途な想いが終わりを迎えたときだ。
 そんなこと、光宏が自らの手で出来るわけがない。好きな人の悲しむ姿なんか、見たくない。

 だから、言えない。

「みっくーん、ご飯出来たよー」

 のん気な雪乃の声がする。
 光宏は、雪乃がこちらに顔を覗かせるより先に、体を起こした。
 …何でもない振りをするのは、得意だ。



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暴君王子のおっしゃることには! (41)


一伽 と 航平

「ねぇ航平くん、侑仁の連絡先教えてー」
「あぁん?」

 閉店後の店内、相変わらずダラダラと掃除をしていた一伽が、思い出したように航平に声を掛けた。
 ちょうど、『ちゃんと掃除しろ!』と一伽を蹴っ飛ばそうとしていた航平は、不意打ちを食らってバランスを崩し、面倒くさそうに、そして嫌そうに聞き返した。

「だからー、侑仁の連絡先教えてよ」
「…………、…はぁっ?」

 もう1度、航平は聞き返した。
 不機嫌そうとかでなく、分かっていてわざととかでなく、もちろん聞こえなかったからでもなく、本気で意味が分からなかったから。

「何航平くん、俺の話聞く気あんの?」

 さすがに2回も聞き返されて、一伽はちょっと気を悪くしたように、唇を尖らせた。

「いや、聞いてたけど…、は? 侑仁の連絡先? 何急に。侑仁て、あの侑仁だよな?」
「その侑仁じゃなかったら、航平くんに連絡先なんか聞くと思う?」

 そう言われてもまだ、航平は変な顔をしている。
 雪乃に言われて、お世話になったお礼を侑仁に言うため、航平に侑仁の連絡先を聞こうとしただけなのに、何なの、この反応。

「いや…だってお前が自分から男の連絡先を聞きたがるなんて、そんなのあり得ねぇじゃん!」
「…………。航平くん、俺のこと何だと思ってんの?」

 人聞きの悪い…と一伽は憤慨しているが、どちらかというと、航平の言い分のほうが間違いではない。
 男が嫌いなのではなく、単純に女の子が好きだから、世の中の男があまり目に入っていない一伽の携帯電話には、航平や志信といった仕事上での繋がりがある人間や、光宏などのごく一部の男しか、連絡先なんて入っていないのだ。

「昨日、侑仁から服借りたから、返そうと思って。航平くんにお願いしようと思ったんだけど、ユキちゃんが、ちゃんとお礼言ったほうがいいよ、て言うから」
「侑仁から服?」

 事実のままを話せば、航平はさらに不可解そうな顔をしたが、一伽は、続きを話すのを少し躊躇った。
 だって、どうして侑仁から服を借りたのかを話そうとすれば、クラブでの(一伽が覚えていなかった)いろいろなことを話さなければならなくなるからだ。
 このことが航平にバレたら、次からクラブに(ましてや奢りで)連れて行ってもらえなくなる!

「まぁいいじゃん! 俺は侑仁に服返したいの! 連絡先教えてよ!」

 服は航平に返してもらおうと思ったけれど、いろいろ詮索されそうなので、自分で返しに行く。
 そうだとしても、侑仁への礼はまぁいいとしても、でもちゃんと侑仁に口止めしておかないと…と思ったら、やっぱり連絡先は聞いておかなければ。

「まぁいいけど…」

 航平はまだ少し訝しみながらも、携帯電話の赤外線機能で侑仁のメールアドレスと電話番号を送ってくれた。

「つか侑仁てさー、マジでリーマンなの? 俺、実はまだ信じてないんだけど」
「何で信じねぇんだよ」

 受信した侑仁の連絡先がアドレス帳に登録されているか確認しながら、一伽は、侑仁のことを話題に上らせてみる。
 別に侑仁のことをそれほど知りたいというわけではないが、やっぱり侑仁がサラリーマンだということだけは信じられないので。



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暴君王子のおっしゃることには! (42)


「だってスーツ似合わねぇじゃん」
「いや、別にそういう問題じゃねぇだろ。てか、掃除しろよ、お前」
「んー」

 まだ掃除も終わっていない一伽に、思わず言われるがままに侑仁の連絡先を送ってしまったのは自分だから、それが登録されているか確認する作業までは許すが、そこからメールを打つ作業に移るのはいただけない。
 まったく最近の一伽は、航平が何か言っても、屁の河童だから参ってしまう。

「じゃあ俺、帰りますよー」

 一伽と航平がわちゃわちゃしているうちに、自分の持ち分の仕事が終わった志信が、パソコンの電源を切って立ち上がった。

「えー、志信もう帰んのー?」

 ようやく真面目に掃除に取り掛かり始めた一伽が、不満そうに声を出す。
 本来なら、不満なんて、志信のほうが言いたいだろうに。

「また秋葉原ー? メイドさんに会いに行くのー?」
「それは一伽くんの想像にお任せします」
「えー、マジで? そんなん言ったら、俺、超すごいこと想像しちゃうよ? ぐへへ」
「どうぞご自由に」

 一伽の下品な笑いに志信は少しも動じず、爽やかな笑顔で帰って行った。
 ちょっとつまらないが、まぁいい。そんなに志信に興味はない。

「よし、掃除終わりっ。ね、航平くん、もういいよね? キレイになったよね?」
「あーはいはい。ったく、こんだけのことなんだから、さっさと終わらせろよ」

 高が店内の掃除くらいで、一体どれだけ時間を掛けているのだ…と航平は呆れるが、一伽は気にせずに帰り支度をしている。
 店の戸締りは航平がしていくから、一伽がさっさと掃除を終えなければ、航平だって帰れないのだ(なら手伝ってやれば…と思われるが、航平はちゃんと仕事をこなしているのだ。一伽が遅いからこうなってしまうだけで)。

「あ、さっそく返事来た。アイツ、意外とまめだなー」

 思ったよりもずっと早く、侑仁から返信が来たことに驚きつつ、一伽は携帯電話を広げる。
 実のところ、返事なんて来ないくらいだと思ってたのに。

「というかお前、メールするんだったら、もう外出ろよ。店閉めるぞ」
「うぅんー」

 航平に邪魔がられ、仕方なく一伽は帰り支度をする。
 外は暑いから、ここでメールしようと思ったのに。

「あーもう、面倒くせぇっ! 電話しよっ」

 荷物を纏めた一伽は、ドアのほうへと歩きながらメールを打っていたのだが、数歩も行かないうちにそう言って根を上げると、編集中のメールを終了させた。
 気が早いな…と、少し後ろを歩いていた航平は呆れたが、歩きながらメールするなんて、この広くもない店内ならまだしも、外では危ないとも思っていたので、ちょっと安心した(子ども相手ではないが、子どもよりも危なっかしい一伽相手なので)。

「あぁん!? だから服ー! 昨日着てっちゃったから、これから返しに行くってばぁ!」

 店の戸締りをしている航平の耳に、一伽の張り上げている声が届く。
 確か、雪乃に言われて、侑仁にお礼を言うはずではなかったのか。…これの一体どの辺がお礼?



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暴君王子のおっしゃることには! (43)


「え、まだ帰ってない? 何で? 残業? そんなん早く終わらせろよ! つか、仕事してんのに、何メールの返信とかしてんだよっ!」

 …一伽が結構めちゃくちゃなことを言っていると思うのは、航平だけだろうか。
 残業なら、本来の就業時間と違って、自分に余裕があるならメールの返信くらい構わないだろうし、大体一伽は侑仁に用事があって連絡をしたのに、侑仁が電話に出てどうして文句を言う必要があるんだろう。

「もー、じゃあ服は航平くんに預けるからさぁ、適当に受け取ってよ」
「おいっ」

 航平の参加していない会話の中で、勝手に事が決められていく。
 別に侑仁に服を返してやるくらいどうということもないが、勝手に決められるのは、ちょっと腹が立つ。

「じゃあねっ!」

 一伽はプリプリしながら、乱暴に電話を切った。
 まったく、相変わらずの傍若無人ぶりだ。

「あ、航平くん、あのね、これ侑仁の服なんだけどね」
「お前な、何勝手に決めてんだ」

 一伽は、斜め掛けにしているカバンとは別に、手に持っていた袋を、航平のほうに差し出した。
 先ほどまでの一連の話の流れからして、この中に侑仁の服が入っているのだろう。

「だって航平くん、侑仁の友だちなんでしょ? よく会うんでしょ? 返しといてよー」
「そんなにしょっちゅうは会わねぇよ。大体、何でお前、侑仁から服なんか借りてんだよ。侑仁の家行ったのか?」
「うぇっ!? うん、まぁ、うん」

 まさか航平がそんなふうに切り返してくるとは思っていなかったから、驚いて変な声が出た。
 侑仁の家に泊まることになった状況を航平に知られたくないから、先ほど一旦は何とかごまかしたのに、また蒸し返されてしまった。

「えっとー…、まぁまぁ、それはいいとして。うん、やっぱ自分で返す。うん。こんなの、航平くんに頼ってちゃダメだよね!」
「…まぁいいけど。てか、何かしたんだったら、ちゃんと侑仁に礼言っとけよ? 服返すとき」
「言ったよ、ちゃんとー。ん? あれ? 言ってなかったかな?」

 ここまであからさまに『追及しないでオーラ』を出されて、それでもしつこく問い質す気など、航平には更々ない(面倒くさいから)。
 しかし、それでもと思って、お母さんみたいなことを付け加えれば、やはり一伽は侑仁に礼など言っていなかったようで、あ、という顔をした。

「お前、最初に侑仁にメールしたときに、礼言わなかったのかよ」
「言わなかった」
「だったら、何メールしてんだよ!」
「俺だよー、て。一伽くんですよー、て」
「アホか!」

 それは一体何の自己紹介だ。
 確かに互いに交換し合ったのではない連絡先、侑仁の携帯のディスプレイには、見知らぬメールアドレスが表示されるだろうから、そのこと自体は間違ってはいないんだろうけど。
 でも。

(アホだなぁ…、コイツ)

 今初めて気付いたことではないけれど。
 もう今までに何度も、一伽に対して感じていたことだけれど。

「アホだなぁ、お前」
「何でだよっ!」

 思わず声に出してしまった航平に、一伽はキャンキャンと噛み付いてきた。



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暴君王子のおっしゃることには! (44)


一伽 と 雪乃

「あ゛~~~づ~~~い゛~~~……」

 窓全開、扇風機フル稼働の室内は、しかしそれでも十分に暑い夜。
 今さら口に出して言わなくても分かることをウダウダ言いながら、一伽は畳の上をゴロゴロしていたが、どうにもこうにも暑くて仕方がないので、フローリングになっている狭っ苦しい台所のほうまで転がっていた。

「ぅん…冷た…」

 まだ人の熱の伝わっていないフローリングの床は、ギリギリ冷たい。一伽はようやく人心地が付いたように、ホッと目を閉じた。
 しかし、一伽のそんなささやかな安息を邪魔するものが、1人。

「い~っちゃん! 何してんの、こんなトコでっ!!」

 光宏の家から帰って来た雪乃が、台所のほうにまで転がって来ている一伽を見つけて、声を張り上げた。
 …ただでさえ暑くて堪らないのに、そんな熱血ぽくならないでほしい。暑苦しいから。
 一伽は、雪乃を無視して、さらに冷たいほうへと体を転がした。

「ちょっ、いっちゃんっ! ホントにもぉ~、だらけ過ぎ!」
「だってあちぃんだもん…。ユキちゃん、何でウチにはエアコンないのっ? 何でなのっ!?」
「そんなんしょうがないじゃんっ。アパートなんだし、勝手に付けらんないんだから」

 一伽だって十分に分かり切っていることを、敢えて切実に聞いてみたら、雪乃からは何もおもしろいことのない返事が返って来る。
 分かってて、聞いてるんだってば(せめて、何かボケろ)。

「暑いって思うから暑いの! でしょっ?」
「じゃあ、暑くない、て思ってたら、暑くないわけー? そんなん、汗だくのユキちゃんに言われたってねぇ~?」

 力説する雪乃に、一伽は冷ややかな視線を向ける。
 何だかんだ言ったって、雪乃も汗をびっしょり掻いているのだ。

「でも、しょうがないでしょ! もっとお金溜めて、いつかエアコン付いてるとこに、引っ越そうね?」
「はいはい」

 雪乃のささやかな願いを軽くあしらって、一伽はコロンと、また1つ、冷たい床のほうへと転がった。

「ていうかさぁ、いっちゃん。あんまそっち行くと、扇風機の風、届かなくない?」
「ぅー…」
「逆に暑いっしょ? そっち窓ないから、空気淀んでない?」
「淀んでる…」

 確かに、フローリングの床は冷たくて気持ちいいけれど、そちらは窓がないし、扇風機の風も届かないから、空気自体が暑苦しい。
 雪乃の言い分は間違いではなくて、でももう体を動かすのも面倒くさくて、戻るに戻れない。

「ねぇいっちゃーん、これまだ返してないのー?」

 一伽のだらけ具合をもう責めることはせず、出来るだけ扇風機の風が一伽のほうへ行くように位置を調整させた雪乃は、部屋の隅に置きっ放しになっている袋に気付いて言った。

「…ぅ?」
「こーれ!」

 がんばって一伽が体を反転させたら、雪乃がその袋を手にして、一伽に見せつけた。
 一伽は、面倒くさそうに「あぁ…」と言ったきり、また目を閉じてしまう。

「いっちゃんっ! これ、あれでしょ? 侑仁て人から借りた服でしょ!? いい加減、返しなよー。いつまでこのままにしてんのっ!?」
「だぁってぇ~…」

 前に、航平の奢りでクラブに行った際、酔い潰れた一伽は、侑仁の家に泊まり、そして侑仁から服を借りて帰って来たのだが……それきり返していない。
 いや、返そうとはしたのだ。
 すぐに洗濯して、次の日、仕事が終わったら返そうと持って行ったのに、侑仁に連絡したら残業でまだ帰ってないとか言うから、結局返しに行きそびれた。
 しかも、侑仁の友人である航平に頼んでも、面倒がって、返すのを引き受けてくれないし。

 そうしているうちに、ダラダラと時は過ぎ…………今に至るわけで。



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暴君王子のおっしゃることには! (45)


「そんなの言い訳にもなんないよ、いっちゃん…。なら、いつなら行っていいー? てメールすればいいじゃん」
「メンドイ…。最初に張り切って持ってったときに返せなかったから、もう気分萎えた…」
「そういう問題じゃないでしょ!」

 雪乃は人のことなのに、なぜかプリプリ怒っている。
 まぁ確かに、人から物を借りておいて、借りっぱなしというのもよくないか…。

(…ちょっと待て。アイツんち、エアコンあるよな? 絶対)

 何たって、セレブだし。

 …侑仁がセレブだというのは、一伽の勝手な思い込みだ。
 けれど、彼の家にエアコンがあるのは確かで、それならば、服を返しに行くという名目で、涼みに行くというのはどうだろう。

(俺って、頭いー!)

 何も侑仁の家でなくたって、涼みたいなら他にも場所はあるだろうに、一伽は名案だとばかりに起き上がった。

「返しに行く! 俺、服返しに行ってくんね!」
「えっ、今から!?」

 先ほどまで、怠そうにウダウダしていた一伽が、急にシャキシャキ動き出したので、テレビを見ていた雪乃が、驚いた顔をする。

「え、いっちゃん、その侑仁て人に連絡したの? 今から行ってもいいって?」

 この間も、残業でまだ帰っていなかったんだから、今日だってちゃんと連絡を取ったほうがいいのでは?

「んー…。じゃあ、今から行く、てメールしよっかな」
「いっちゃん! 『今から行く』じゃなくて、『今から行ってもいい?』でしょっ」
「『行く』なのっ。これから行くのっ!」

 雪乃に止められようが、今の一伽は、侑仁の家に行く気満々だ。
 エアコンのある侑仁の家に行って、涼むんだ。

「よし、と…。ほんじゃユキちゃん、行ってくるねー」

 侑仁にメールを送信し終えると、一伽はコウモリの姿へと変身して、全開の窓から飛び立っていった。



一伽 と 侑仁

「お前って、ホントあり得ねぇー…」

 エコの時代だし、設定温度はそこそこ高めだけれど、一伽の家より格段に涼しい侑仁の家。
 一伽は、侑仁の呆れた声なんて聞こえない振りで、ゆったりとしたソファに寝転んで、う~んと大きく伸びをした。
 はぁ~…最高っ!

「お前、いつまでそうしてるつもり…?」
「ん~…はぁ~…涼しっ!」
「聞けよっ!」

 話を聞く気ゼロの一伽に突っ込んでみても、少しも動じない。
 侑仁はグシャグシャと頭を掻いた。

『まぁまぁ。せっかく家まで届けに来てやったんだから、ちょっとくらい上げてよ』

 なんて、恩着せがましいことを言って上がり込んできた一伽の目的が、『借りていた服を返しに来た』わけではないことは、十分に分かっていたのに。
 なのに結局家に上げてしまったことを、侑仁は激しく後悔していた。

「おまっ…寛ぎ過ぎっ!」

 来るのはこれで2回目だというのに、まるで自分の家のようにリラックスしている一伽に言ってみたって、まったく通じない。
 ここまで図太い神経に、侑仁はある意味、尊敬する(でも、真似はしたくない)。



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暴君王子のおっしゃることには! (46)


「だってさぁ、侑仁聞いてよ~」
「あぁっ?」
「ウチさぁ、エアコンないんだよねー。あり得なくねっ!?」
「それはあり得ない」

 面倒くさそうに返事をした侑仁だったが、この猛暑にエアコンがないという事実だけは、確かにあり得ない。
 エアコンはあるけれど、エコとか節電とかのために稼働させないというなら分かるけれど、それ自体がないなんて、侑仁もちょっとこの夏を乗り切る自信がない…。

「なっ? あり得ないだろ!? かわいそうだろっ!? つーことで侑仁、もうちょっと涼ませて」
「おいっ」
「お・ね・が・いっ★」
「いや…別にかわいくねぇし」

 エアコンのない一伽には同情するけれど、それとここに居座られるのは、わけが違う。
 しかも、そんなおねだりモードの声を出されたって、女の子ではないから、別にかわいくもない(いや、その上目遣いは、少しかわいかったかも)。

「はぁ~…」

 一伽には何を言っても無駄なのかもしれない。
 そう思ったら、いちいち突っ込むのも面倒くさくなって、侑仁はタバコを吸うためにキッチンへと向かった。
 ここは自分の家だが、来客の中にはタバコのにおいを嫌がる連中もいるので、気を遣って、1人でも、換気扇のあるキッチンで吸うのが侑仁の常だった。

「侑仁ー、俺も何か飲みたいー」

 一息吸い込んで、煙を吐き出したところで、一伽がペタペタとキッチンへやって来た。
 俺も、て……別に侑仁は、何かを飲むためにキッチンに来たわけではなかったのに、一伽はそう勘違いしたらしい。

「ぅん? タバコ? 侑仁てタバコ吸う人なの?」
「そうだよ。何か飲みてぇなら、冷蔵庫ん中。勝手に出せよ」

 もう、勝手に家に上がり込んで、勝手にソファに寛いでいる時点で、一伽の勝手さ加減には慣れてしまった。飲み物くらい、どうということもない。
 面倒くさいから、勝手に飲んでくれ。

「ヘビー?」
「あん?」
「侑仁、ヘビースモーカー?」
「いや…どうだろ? 1日に1箱も吸わねぇけど。え、あ、ワリ。煙行った?」

 どうして侑仁が一伽に気を遣わなければならないのかと思いつつ、侑仁は灰皿を引き寄せた。
 侑仁が知らないだけで、吸血鬼は人間よりもタバコがダメとかかも…と、考えてしまったから。

「うぅん、俺は吸わないけど、別に平気。じゃなくて、こないだ侑仁の血吸ったとき、タバコ吸ってる感じしなかったから、ちょっとビックリしただけ」
「え、そんなん分かんの? タバコ吸ってるとか、吸ってないとか」
「分かるよー。タバコ吸う人と吸わない人じゃ、血の味、全然違うし」

 一伽に平気と言われたので、侑仁はタバコを消すのをやめ、再び口元に持っていた。
 しかしそれでも、一伽のほうに煙が行かないようには気を付ける(そんな気遣い、どうせ気付いてはもらえないんだろうけど)。

「やっぱ、吸わない人のほうがうまいんだ?」
「それは好みの問題。吸血鬼だって、タバコ吸うヤツいるし」

 侑仁に勝手にしろと言われたので、一伽は勝手に人の家の冷蔵庫を開けた。
 勝手というか……なぜか開ける際に、『お邪魔しまーす』とか言っている。

「うわっ、ビールばっか。何か他にないのぉ?」
「他って何だよ。つかお前、酒飲むなよ。こないだ超面倒くさかったんだから」

 人の冷蔵庫の中身に文句を言っている一伽に、侑仁はそう忠告する。
 一伽が酔い潰れたおかげで、侑仁は散々な目に遭ったのだ。

「あれはー、いろいろおいしく飲んじゃったから! ビール1本くらいじゃ酔っ払わないしっ! ビール飲むっ」
「はいはい」

 確かに、酒豪のニナをあれだけベロベロに酔っ払わせたくらいだから、一伽だって相当酒は強いんだろうけど。
 ムキになる一伽に、少しだけ笑う。



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暴君王子のおっしゃることには! (47)


「侑仁、コップ貸して」
「えー、そのまま飲めばー?」
「ヤダ! 缶臭い!」

 まったく、面倒くさいわがままを言う一伽に、仕方なく侑仁は食器棚からグラスを1つ取り出して、一伽に渡した。
 一伽のわがままも相当だが、どうして自分はそれを素直に聞いているんだろう。

「はぁ~おいしっ!」

 涼しい部屋で、冷たいビール。ホント、最高っ!
 一伽は、満足そうにグラスを空けた。

「お前、ホントうまそうに飲むね」
「だってうまいもん。ウチで飲んだってさぁ、ビール、一瞬でぬるくなるかんね。あ、侑仁も飲む?」

 タバコを吸い終わった侑仁に、一伽が自分の持っていたグラスを差し出した。
 いや、ここは侑仁の家で、このグラスも侑仁のもので、このビールだって侑仁が買ったんだけど……と思いつつ、それでもうっかり、侑仁は手を差し出した。
 しかし。

「あっしまっ…」
「うわっツッ!」

 ダメだった。
 一伽が持っていたグラスは、侑仁の手に渡るより前に、ツルッと一伽の手から滑り落ちた。慌てて侑仁は手を伸ばしたけれど、残念ながら間に合わなかった。
 侑仁の手を掠めもしないで、グラスは床へと落ちてしまった。

「手が、滑りました…」

 床の上で、無残にも砕けたグラス。
 侑仁は嫌そうに一伽を睨んだ。さすがの一伽も、申し訳なさそうな顔をしている。

「…てめぇ、やっぱ酔ってんじゃねぇか」
「ゴメンなさい、です…」

 一伽は、素直に頭を下げた。
 グラス1杯のビールくらいでは酔わないけれど、酔っ払っていると言われたって、今は否定できない。

「はぁ~…今片付けるから、お前、そこ動くなよ?」
「え、俺も手伝うっ」
「裸足!」

 こればっかりは自分が悪い…と一伽が手伝おうとしたら、侑仁に裸足であることを指摘され、一伽は片足を上げた状態で、ピタッと動きを止めた。
 侑仁はスリッパを履いているけれど、一伽は家に上がったときからずっと裸足だ。これで破片でも踏んだ日には、目も当てられない。

 一伽が足を上げた状態で待っていたら(近くに破片が飛び散っていると思ったら、どこに足をついたらいいか分からなくなった)、侑仁が戻って来た。

「侑仁、ゴメン」
「…別にいいけど。ホラ」

 侑仁はビニル袋と雑巾と、それから一伽が履くためのスリッパを持って来てくれた。意外と甲斐甲斐しい男。見た目ほど、チャラいヤツではないのかも。
 侑仁はまず、ビニル袋に大きめの破片を気を付けながら入れていく。それから細かいのを雑巾で拭き集める作戦らしい。

「侑仁ー、何か手伝おっか?」
「寧ろジッとしてて」
「何だよ、もぅ!」

 せっかく言ってみたのに。
 一伽は少しだけ唇を突き出し、足を振り上げるマネをする。しかしそれは本当にマネだけで、もちろん侑仁を蹴ってもいないし、足だってほんのちょっとしか上げていない。
 なのに。

「テッ…」

 直後、侑仁が小さく呻いた。



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暴君王子のおっしゃることには! (48)


 え、何? と一伽が焦ってしゃがみ込めば、侑仁はまたも嫌そうな顔をしている。けれどそれは、一伽に向けられたものではなかった。
 侑仁の人差し指の先、血が滲んでいる。どうやら最後の最後に、破片で指先を切ったらしい。

「チッ」

 一伽に気を付けるように言ったばかりなのに、自分でケガをしてしまってバツが悪いのか、侑仁は舌打ちをした。
 まぁこのくらい、大した傷でもない。とりあえず傷口を洗って、絆創膏でも貼っておけば…

「え、何?」

 立ち上がろうとした侑仁の手首を、一伽が掴んだ。
 血の滲む、右手。

「何? いち…ちょっ、おいっ! ッ…」

 一伽は何も答えず、その手を自分のほうへと引き寄せると、何を思ったのか、血の滲んだ侑仁の指先を口に含んだ。
 侑仁はとっさに抵抗したが、敵わなかった。華奢な見た目と違って、一伽の力は強かった。一伽の舌が、傷口を這う。

「何してっ…」

 いや、例えばこれがコントとか、ベタなホームドラマの新婚さんなら分かるけれど、侑仁と一伽だ。一体どうしてケガをした指先をパクッとかされないといけないわけ?
 あまりの状況に、侑仁に思考は少しも働かない。

 だが、一伽がチュウと音を立てて指を吸い上げたとき、侑仁はすぐに気が付いた――――一伽は吸血しているのだ。
 この間のように、首筋に噛み付いたわけではない、しかし彼は確実に侑仁の血を吸っている。

「ん…、はぁ…」

 しばらくして、一伽はようやく侑仁の指から口を話した。
 傷は浅かったのか、血はもう殆ど滲んでいない。

「一伽っ…」
「あ、」

 侑仁に憎々しげに名前を呼ばれ、一伽はハッと我に返った。
 小さな傷口、わずかな出血ながら、一伽は気付いたら唇を寄せていて、思わず気が済むまで血を吸ってしまった。

「あ、えとー……あのー……侑仁、ゴメン…」
「テメッ…っ、」
「あぶなっ!」

 怒りに任せて立ち上がろうとした侑仁は、しかし吸血直後で若干の貧血気味だったから(一伽は、雪乃のように気を遣って血を吸うタイプではないので)、クラッとなって、危うくまだ細かい破片の残る床に手を突きそうになっのでて、一伽は慌ててその体を支えた。

「侑仁、だいじょぶ?」
「…おめーが言うな…」
「ですよねー…」

 とりあえず侑仁を危なくない位置に座らせて、一伽が不器用そうな手付きで、残りの破片を雑巾で拭き取った。
 その様子を、侑仁は冷や冷やしながら見守る。自分もケガをしてしまった以上、人のことはあまり言えないが、その手付きはかなり危なっかしい。

「ふぅ…。これで大丈夫かな?」
「…とりあえずその雑巾も、こん中入れて」
「ん」

 侑仁に言われたとおり、一伽は破片を拭き取った雑巾を、大きめの破片を入れていたビニル袋に入れた。洗ってもう1度使うなんて、危ないから。

「侑仁、ゴメンね。えと、手…」

 侑仁は、ケガをした手を思わず引っ込めた。
 まだ出血をしているのだ、また血を吸われるかもしれない。



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暴君王子のおっしゃることには! (49)


「大丈夫、もう絶対吸わないから! 絆創膏……どこ? 持って来る!」
「いや、いい…」
「でも…」
「場所説明すんの、メンドイだけだから」

 分かりやすくシュンとする一伽にそう言って、侑仁はシンクの縁に掴まりながら立ち上がった。
 絆創膏なんて貼るほどの傷ではないかもしれないが、たとえわずかでも、出血したままだと、いくら大丈夫と言われても、また一伽に血を吸われそうで怖いのだ。

「つかお前、自分の欲求をこう…抑え付ける術とか持ってねぇわけ?」

 リビングで絆創膏を貼りながら、侑仁は一伽に視線を向けた。
 大体、初対面のときだって、一伽はかなり無理やり侑仁から血を吸ったのだ。あのときは、もう耐えられないほど空腹だったと後で聞かされたが、今はただ単に吸いたいから吸っただけだ。

「いや、何か血を見ると、もったいない気が…」
「おめぇに飲ませるためにケガしたんじゃねぇよ! つか、お前がグラス割るから、こんなことになんだろっ!」
「すみません…」

 今ばかりは全面的に一伽が悪いので、謝るしかない。
 でも、空腹でなくとも、血を見ると飲みたくなってしまうのは、吸血鬼のサガだ。さすがに見ず知らずのケガ人にまで手を出すことはしないが、今は相手が侑仁だったので、つい気が緩んでしまった。

「だって、侑仁の血……おいしかったから…」
「知らねぇよ」
「ちょっ、言っとくけど、吸血鬼が血うまいって言うの、超褒め言葉なんだかんなっ!」
「何逆ギレしてんだよ」
「…あい」

 侑仁にぶっきら棒に返された一伽は、声を大きくしてしまったけれど、すぐに侑仁に突っ込まれた。
 まぁ、確かにそりゃそうだ。

「でも、あの、ホント……侑仁の血はうまかったよ? じゃなきゃ俺、男の血なんてお代わりしないから」
「何だよ、お代わり、て。つかお前さぁ…、もうちょっといろいろ気を付けて生きたほうがいいんじゃねぇの? こんな無理やりやってて、よく今まで捕まんなかったな」
「無理やりなんてしてないもん。いっつも、ちゃんとしてるもん」
「いや、おもっきり無理やり吸ってんだろ、俺からは。2回とも」
「まぁ、それは…」

 初めての吸血もビックリするくらい無理やりだったけれど、今だって相当無理やりだ。こちらの了承なんて少しも得ていないどころか、血を吸うとも言わないうちに、吸血し始めたし。
 たとえ吸血鬼界で最高の褒め言葉だとしても、無理やり吸血する理由を、『おいしかった』で済ませないでほしい。
 というか、これだけやっておいて、『無理やりなんてしてない』だなんて、よく言えたものだ。

「ねぇ、じゃあさ。無理やりじゃなかったら、吸わせてくれる?」
「は?」

 ソファに身を投げた侑仁の横にチョコチョコとやって来た一伽は、なぜか、それほど広くもないソファに割り込んできて、小首を傾げながら侑仁に尋ねてきた。
 あ、これは計算だな、と侑仁はすぐにピンと来た。
 女の子の計算か天然かは、すぐに見抜ける(…一伽は女の子ではないけれど。まぁかわいいけれど)。

「侑仁、血飲ませて?」
「はい? え、お前、今俺から無理やり血吸っといて、まだ飲み足りないわけ? ぶっ飛ばすよ?」

 先ほどまでのしおらしい態度は、どこへ行ったのだ。
 あれだけの傍若無人ぶりを発揮しておいて、まだ血を飲ませろだなんて言うとは。

「違う違う、今じゃなくて! 今度! 今度お腹空いたとき!」
「はぁ?」
「前も言ったじゃん。狩りがうまく行かない日とか、連絡して血吸わせてくれる人がいる、て。やっぱ、侑仁もそういう人になってよぉ」
「いや、『やっぱ』の意味分かんねぇし」

 侑仁に睨まれて一伽は慌てて首を振ったが、今でないとしたって、意味が分からない。
 今日の一連の出来事の中で、どうしてそんなことが言えるんだろう(普通だったら、もっと全力で遠慮する気がするのだが…)。



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暴君王子のおっしゃることには! (50)


「…ダメ?」
「ダメ」

 一伽は下から侑仁の顔を覗き込むようにして、上目遣いの攻撃を仕掛けてきたが、侑仁はあっさりとそれをかわす。
 すると一伽は、途端に唇を尖らせた。

「お前、そうやってキープの女の子増やしてんだろ? それで堕ちる女の子から吸わせてもらえよ」
「だーから、キープて言うなって。つか、『そうやって』とか、人のこと計算高いみたいに言わないでくれる?」
「十分計算高いだろうが」

 時々そういうの、計算でなくやる子はいるけれど、一伽のは、どう見たって計算だ。
 それで堕ちる女の子はいるだろうけれど、侑仁では、仕掛ける相手が間違っている(というか、そういう計算て、普通女の子がやるもんなんじゃないの?)

「だって、どうせならうまい血飲みたいじゃん」
「最低男」
「侑仁に言われたくないし」
「いや、俺のこと何も知らねぇのに、勝手に女癖悪ぃことにしないでくんね?」

 侑仁だって、修行僧みたいにストイックだとか、品行方正、遊びで体の関係なんてありえない、彼女以外の女の子とは話なんてしない――――なんて男ではないけれど、一伽の言動を見聞きしていると、コイツよりはマシだな…と思えてくる。

「つかお前、こないだクラブで声掛けた女の子、今まで飲んだ中で一番うまかったとか言ってたじゃん。何でその子、そういうふうにしなかったわけ?」
「あぁ、あんとき? あんときは、だってもうお腹いっぱいだったから、それで何か満足しちゃって、言うの忘れてた」
「えぇ~~、えぇ~~~」

 情けを掛けたとか、そういうんじゃないんだ…。
 自分に正直すぎる一伽に、侑仁はちょっと引き気味に視線を向けるが、一伽は少しも気にしていない。

「てことで、いいでしょ? 侑仁ー」
「ヤダ、つってんだろっ」
「ケチィ。減るもんじゃなし、いいじゃん~」
「減るわ、おもっきし」

 全然『ということで』でないし、吸血されればもちろん血は減るし、いやそれ以前に、侑仁は血なんか吸われたくないし。
 そんな、甘えた素振りを見せられたって、嫌なものは嫌だ。

「大体さぁ、その、お前のための血液バンクに登録したところで、俺に何の得があるわけ?」
「ぅ?」
「お前はメシの心配がなくなったかもだけど、俺がお前に血を吸わせてやったって、何のメリットもねぇじゃん」
「…………。まぁ、確かに」

 侑仁にそう言われて、一伽は素直にそれを認めた。
 一伽は、侑仁の言うとおり、ご飯の心配が1つ解消されたし、おいしい血は飲めるし、いいことだらけだが、確かに侑仁には何の見返りもない。
 これで相手が女の子なら、いろいろ気持ちよくさせてあげる、てこともあるけれど、侑仁にはそれも無理だ。

(そういえばユキちゃんも、血吸わせてもらう代わりに、光宏にご飯作ってあげてたしなぁ)

 今では、スーパーの山下さんに会うための口実になってしまっているが、尽くしていることは尽くしている。
 けれど一伽は残念ながら、本当にまったく全然料理が出来ないので、その手も使えない。

(俺ってホント、何も出来ない子なんだなぁ…)

「…て、ここで寝んなぁ~~~~!!!!」

 俺ってダメダメだ……と反省しながら目を閉じた一伽に、心地よい室温とソファによる睡魔が襲い掛かり、自分には素直の一伽は、侑仁の叫び声が聞こえたけれど、その睡魔にに抗うことをしなかった。



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暴君王子のおっしゃることには! (51)


一伽 と 航平 と 志信

「ねぇねぇ航平くん、志信、ちょっと聞いて」

 閉店後のozの店内。
 せっせと後片付けをする2人に、同じくせっせと…かどうかは分かりかねるが、働いていた一伽が声を掛けると、志信は一応一伽のほうを見たが、航平は無視した。

「ねぇあのさ、ちょっと教えてほしいんだけど、もし俺に尽くされるとしたら、どんなことしてほしい?」

 航平がわざと聞こえない振りをしていることを承知で、一伽はベラベラと自分の用件を喋り出した。
 航平は、飽く迄も無視を決め込もうとしていたのだけれど、一伽の言葉に思わず、うん? と眉間に皺を寄せて振り返った。志信も変な顔をしている。
 しかし一伽は真剣なのか、「何してほしい?」ともう1度言った。

「…………。お前、何やったんだ? 正直に言ってみろ、今だったら、許してやらないでもないから」
「いや、何もしてないし」

 いきなり一伽が『尽くす』とか言い出したので、それは何か失敗したことへの償いのためかと航平は思ったようで、眉を寄せたままの怖い表情で、一伽の顔を覗き込んできた。

「なら、何だよ。何かしたから、そんなん言ってんだろ?」
「違うってば! 誰が航平くんに尽くすよ。そうじゃなくって、もし俺に尽くしてもらうんだったら、何がいいか、て聞いてんの!」
「お前なぁ、人に何か聞くのに、何でそんな偉そうなんだよっ。てか、何で俺に尽くす気ゼロなんだ、こんなに面倒見てんのにっ!」
「航平くんになんか、何も面倒見てもらってないしっ!」
「何だと!」

 志信を抜きに、一伽と航平の会話はどんどんとヒートアップしていく。
 一方で、1人冷静な志信は、こういうのって喧喧囂囂て言うの? それとも侃侃諤諤? そういえば喧喧諤諤て、喧喧囂囂と侃侃諤諤が一緒くたになって出来ちゃった言葉なんだよなぁ……とか、そんなどうでもいいことを思っていた。
 というか、いつも思うんだけれど、この人たちって、ケンカ腰にならないと話が出来ないんだろうか。

「あのさぁ一伽くん、結局、最初の話はどうなっちゃったの?」

 志信は大概空気の読めない男だが、2人の話が逸れまくったときは、それを軌道修正するのも彼の役目である。
 声を掛けられて一伽は、「あ、そうだった」とか言っている。いつものパターン。

「ね、志信は? 志信は何してほしい?」
「えー…俺ぇ?」

 そんなことよりも、後片付けはいいのだろうかと思うが、自分が答えなければ一伽の気は済まないのだろうと、志信は一応考える素振りを見せる。

「一伽くん、俺に尽くしてくれんの? そうだな、じゃあメイドさんの格好で、『お帰りなさいませ、ご主人様』て言っ」
「死ね志信」

 一伽がしつこく聞くから答えたのに、バッサリと切り捨てられた。
 航平は、そんな志信をかわいそうに思う反面、そりゃドン引きされても仕方ないわ、とも思う。もし自分に言われたのなら、蹴り飛ばすくらいでは済まない。

「真面目に考えろよ、クソ志信~~!!」
「考えてるよぉ~」
「なお悪いわっ」

 一伽は志信の胸倉を掴み上げ、ガクガクと揺さぶる。
 志信は長身のイケメンだけれど、秋葉原が聖地のオタクだから、メイドさんの一伽に『ご主人様』と言ってもらう発想は、本気で真面目だろう。

「じゃあ航平くんはっ!?」

 志信じゃ話にならん、と一伽はその胸元から手を離すと、航平のほうに向き直った。

「え…お前に? そんなん、何か嫌だ」
「何でだよっ! 尽くすつってんじゃん!」
「だってお前、何も出来ねぇじゃん。それなのに何かしてもらうて……絶対ロクなことになんねぇし」
「いや、それは分かってんだって。分かってて聞いてんのっ! そんな俺でも出来そうなことを」

 一伽だって、自分が何も出来ない子だというのは百も承知していて、そんな自分でも何か人に尽くせることはないかと、2人に聞きたいのに。



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暴君王子のおっしゃることには! (52)


「一伽くん、誰かそういう尽くしたい人がいるの?」
「うん」
「誰だ、その犠牲者は」
「侑仁」

 志信と航平に問い詰められ、しかしまぁ隠す気もないので、一伽はあっさりと白状する(ていうか、犠牲者て!)。
 侑仁のことを知らない志信はもちろん、誰それ、という顔をしたが、航平は「はぁ~~~~~~~????」と声を大きくした。

「なっ何、は? 何言って、は? はぁっ!?」
「……航平くんこそ、何なの?」

 驚き過ぎてちゃんと喋れていない航平に、一伽が冷ややかな視線を向ける。
 そうさせたのは紛れもなく一伽の発言なのだが、今の航平には、それに突っ込むだけの余裕もなく、あんぐりと口を開けている。

「一伽くん、その侑仁て人に尽くしたいの? でも『侑仁』て男の人なんじゃないの? 女の子の名前じゃないよね?」

 航平が機能停止してしまっているので、志信が代わりに聞いてみる。
 いくら志信が侑仁のことを知らなくても、航平の反応からして、彼も侑仁の知り合いだろうことは分かるし、大体名前からして男でることも分かるのだが、女の子大好きの一伽が、一体全体どうして男になんか尽くそうとするのか、それが分からない。

「いや、侑仁から血飲ませてもらおうと思って」
「え、やっぱり宗旨替えしたの? その人に尽くしてまで、男の血飲みたいんだ?」
「飲みたいていうか…、まぁ、いざっていうときのための」
「いざ?」

 普段は、町で見かけたよさそうな女の子に声を掛けて吸血しているんだけれど、それに応えてくれる子がなかなか見つからなかったり、探す気力すらなかったりするときのために、連絡したら血を吸わせてくれる子が、何人かいて。
 侑仁にも、そういう人になってもらいたいなぁ、と一伽は思ったのだ。

「え…でも、男なんだよね? その人」
「まぁ…うん。いや、俺も出来れば女の子のほうがいいけど、『いざというとき要員』は多いに越したことないじゃん? それに侑仁て男で体格いいから、一遍にいっぱい飲めて便利だし」
「便利…」

 その発想てどうなの? 人として、大きく間違ってるんじゃ…?
 いやでも吸血鬼だから構わないのか? しかし、同じ地球上に住まう生物(それも限りなく人間に近く、人間と同じ生活を行っているもの)として、やはりダメな気がする。

「でもさぁ、侑仁にそういう人になってよ! てお願いしたら、『俺には何のメリットもないじゃん』とか言われて」
「お願いしたんだ…、本人に。面と向かって」
「うん。でもさ、確かに侑仁の言うとおりだな、て思って。人間だってご飯食べるのに、外食ならお金払うし、自分で作るのにも材料買ってくるし、ねぇ? 俺だってやっぱ、それ相応の何かを返さなきゃかな、て」
「そう…だねぇ…」

 本人を前にして、よくもそんなことをはっきりと言えたものだが、それでも、何か返さなければ、と思っただけでも、まだいいほうなのだろうか。
 返答に詰まる志信をよそに、一伽は思いの丈を喋り続ける。

「でもさ、俺、何も出来ないじゃん? ましてや人のために何かするなんて、絶対無理だからさぁ、2人の意見を参考にしようと思って」
「そっかぁー…」

 尽くす、とは聞こえがいいけれど、そこにはスーパー打算的な理由があったのだ。
 さすがに志信も、何と言ったらいいか分からない…という顔で、曖昧に笑った。

「ねぇ、航平くんはどう思う? どんなことしたら、侑仁、血飲ませてくれるかな?」
「おま…あの、おま…」
「何? 大丈夫?」

 いつまでも呆然としている航平に、一伽は眉を寄せるが、やはり航平はそれどころではない。
 侑仁がそれに納得して、一伽に血を吸わせてやるというのなら別に止めないが、そうでないのなら、とんでもないヤツに目を付けられたものだと思う。
 まぁ、以前聞いたような、とんでもなく無理やりな吸血を思えば、まだマシなほうなのかもしれないが。



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暴君王子のおっしゃることには! (53)


「…てかさ、一伽くん、何でその人にそこまで拘んの? そんな必死に尽くそうとしなくたって、簡単にそういう…いざってときのための人になってくれる人、いるんじゃないの?」

 大体、ここまで『人のために尽くす』という言葉の似合わない人もいないのに。もしかして一伽本人が気付いていないだけで、侑仁に対して何かしら特別な思いでも抱き始めているのだろうか。
 志信の問い掛けに、航平も食い入るように一伽を見つめる。

 しかし、一伽の答えは非常にシンプルなものだった。

「だって、アイツんち、エアコンあんだもん」

 …………。

 ………………。

「………………はい?」

 聞き返したのは、志信だった。
 航平は、せっかく閉じた口を、またポカンと開けていた。

「アイツんち、エアコンあって涼しいから」

 しかし一伽は、平然と同じ言葉を繰り返した。
 本気だ。

「え…一伽くん、そういう理由で、その人の血吸おうとしてんの?」
「ぅん? まぁ血もうまいし。うまくて涼しかったら、最高じゃない?」
「…………。…そーだねぇ~…」

 いや、それは確かに最高だけれども。
 それはそうなんだけれど。

(何か間違ってる…!)

 その限りなく自己中心的な発想は、一伽の中ではOKなの? 吸血鬼界では、それは常識?
 まぁ普段いくら了承を得ているとはいえ、人の血を吸おうかという種族なのだから、そのくらいの強引さは必要なのかもしれないけれど。

「えー…っと、一伽くん、あの、それって、どうしてもその人じゃないとダメなの? 今既に血を吸わせてくれてる人んちは、エアコンないんだ?」

 志信は侑仁のことを知らないし、彼を庇う理由もないのだが、何だか非常に不憫に思えてきて、思わずそう尋ねてしまった。だって、家にエアコンがあるというだけで、『いざというとき要員』にされてしまうなんて…!
 志信も航平も、家にエアコンはあるけれど、一伽の前では絶対に言えない、と思った。

「あるけどー、女の子の家行ったら、だって絶対ヤッちゃうし。そういうんじゃなくて、ただゆっくり寛ぎたいの。涼しい場所で」
「……」

 自己中も、ここまでくれば、大したものだ。
 しかも一伽自身は、自分がそうだということを、まったく自覚していないし。

「おま…それもう血吸うとか、関係ねぇじゃんっ! ただ涼みたいだけじゃんっ!!」

 ようやく航平は我に返ったのか、いつもの調子で激しく一伽に突っ込んだ。
 それはまさにそのとおりで、志信も同じことを思っていたのだが、言い出す勇気がなかっただけだ。

「まぁでも、そうだとしても! 何かしなきゃでしょ? 血はともかく、何もないのに侑仁の家行けないじゃん!」
「そこまでして行こうとすんなよ」
「なら、代わりに航平くんち行く」
「ダメッ!」

 侑仁をかわいそうとは思うが、血は吸わないとしても、一伽がこの調子で家まで来られては堪らない。航平は即行でNOの返事をした。

「何で? 俺、尽くすよ? 航平くん、何してほしい?」
「何もしなくていいわ。てか、来ないでほしい」

 『何をしてほしいか』と聞かれれば、答えは『来ないでほしい』、それしかない。
 人の家で我が物顔で寛ぐ一伽の姿を想像して、航平は蒼褪めかけた。今家には、買ったばかりの、最高に心地よいソファがあるのだ。それに座られた日には、何日でも居座られそう。



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暴君王子のおっしゃることには! (54)


「あ、だったら、志信の家に行けよ。志信に尽くしてやれ?」

 航平は勝手にそう決め付けて、話を志信に振った。
 しかし。

「ヤダ。絶対」
「ちょっ、何でそこは即行拒否!?」

 きっぱりすっぱりあっさり一伽に拒否され、志信にしては珍しく、即行の突っ込みを入れた。
 別に一伽に押し掛けられたくはないが、こうもあっさり拒否されるのは、結構ショック。というか、ここまで涼しい場所を求めているくせに、志信家だけは拒絶とか、意味が分からない。

「だって、志信には何か尽くしたくない」

 ガーン! となっている志信に、追い打ちをかけるように、一伽は真顔でそう言い切った。

「何でだよ、簡単じゃん。メイドさんの格好で、『ご主人様~』て言うだけだろ? やってやれよ。後は涼み放題だぜ?」
「やんねぇよっ! つかそれ、全然寛げねぇし!」

 他人事だと思って、航平がニヤニヤしながらそんなことを言っている。
 志信は、相手が店長であるにもかかわらず、思わず航平を睨んでしまった。

「…一伽くん、こうなったら、人に尽くして涼もうとするより、エアコン買ったほうが早いんじゃない?」

 一伽が、志信に尽くす気がないのは十二分に分かったので(志信も別に、同僚の女装姿をそこまで見たいわけではないし)、自宅に押し掛けられないうちに、他のアイディアを提案してみる。

「むぅ。そんなことないもん。エアコンなんて買えないもん。ユキちゃんだって、アパートだから勝手に設置できないって言ってたもん」
「まぁそうだけど…」

 志信と航平は顔を見合わせた。
 どうしていつも、一伽の話し相手になって、帰り時間が遅くなっているんだろう…。

「何だよ、みんなして、俺のこと迷惑がりやがって」

 何としても、侑仁の家で暑い夏を涼しく過ごそう作戦を決行したかった一伽は、何だかいろいろおもしろくない。
 一伽の計画としては、航平や志信に聞いたら意外とあっさりと、侑仁のために何をしたらいいかが思い付くと思っていたのに。

「一伽くん、ちなみに女の子……その、いざってときのための、連絡する人には、何してあげてるわけ? そういう子にも、何かしてるんでしょ?」

 一伽がすっかり機嫌を損ねてしまったので、仕方なく志信は、考える気はあるのだというアピールをしてみる。
 既にいる、キープのような『いざというとき要員』にも、何かしら返しているからこそ、相手が侑仁だとしても、何かしなければ、と思ったのだろうから。

「んー…まぁ相手は女の子だからさぁ、何かいろいろ、気持ちいいこと」
「…………」

 一伽らしい答えが返って来て、志信も航平も口を噤む。
 まぁ、相手もそれで満足しているのなら、それはそれでいいのかもしれないが、そこから、『侑仁のために』ということに結び付けるのは、なかなか難しいかもしれない。

「あ、言っとくけど俺、侑仁にそういう『ご奉仕』するつもりないからね?」
「分かってるわ!」

 一伽が女の子大好きなのは、嫌というほど知っているし、侑仁だって、そういう意味での『尽くす』だったら、一伽よりもかわいい女の子のほうがいいだろう。
 わざわざ口に出して忠告してくれなくたって、そんな提案、最初からするつもりはない。

「あ、よくさ、彼の心を掴むには胃袋を掴め、みたいなこと言うじゃん? そういう作戦は?」

 かなりベタだが、男なんて単純な生き物だから、そういうのは意外とウケるかもしれない、と志信が提案してみる。
 志信だって、彼女がただかわいいだけでなく、料理上手だったら、やっぱり嬉しいし。



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暴君王子のおっしゃることには! (55)


「でもなぁ志信、それって、男から男にも有効なのか?」
「どうかなぁ。俺、その侑仁て人、知らないし。一伽くんのこと好きなら、喜ぶんじゃない?」
「アホか。メシ作って喜ぶとか、そういう意味で『好き』なら、そんなことしなくても、家に上げてるわ」
「あ、そっか」

 せっかくの志信の案も、一伽が何か言う前に、オチが付いてしまった。
 まぁそれ以前に、一伽は料理なんて全然出来ないんだから、侑仁どころか、誰の胃袋も掴めそうもない。

 けれど、その胃袋作戦なら、雪乃が光宏に実行中のヤツだ(本来の目的とは少し違うが、不憫にも光宏はガッチリ掴まれているはず)。
 やはり男は胃袋か。
 一伽だって、おいしい血の子に出会うと、うっかり恋に落ちそうだし。

「うんうん。志信もたまにはいいこと言うじゃん!」
「は?」

 話は、この作戦ではダメだということで落ち着いたはずなのに、なぜか一伽が突如志信を褒めたので(かなり上からだが)、志信は首を傾げる。

「俺その作戦で行くわ」
「は? え? ご飯作ってあげるってこと? 一伽くんが? 作るの? ご飯?」

 一伽と料理があまりにも結び付かな過ぎて、志信はしつこいくらいに聞き返す。
 そして当然、「しつけぇよっ」と、一伽に蹴っ飛ばされた。

「いや、そうじゃなくて、一伽くんの料理の腕を信用してないとか、そういうんじゃなくて、いや、それもあるけど、そうじゃなくて、」
「何だよ、ウゼェな」
「その侑仁て人、彼女とかいないわけ?」
「ぅ?」

 一伽が、侑仁の家に行くこと前提で話をしていたから、何となく聞きそびれていたのだが、これはかなり重要な問題だ。
 そう思って志信が尋ねたのに、一伽は『それが今、何の関係あんの?』みたいな顔で首を傾げた。

「一伽くん、その人んち行く気満々だけど、もし彼女いる人だったら、一伽くんがしょっちゅう押し掛けんのって、まずくない? いくら尽くすって言ったって」
「え、そう? 俺、女の子じゃないけど、ダメ?」

 空気の読めない志信にしては、珍しく的を射た問い掛けだったのに、肝心の一伽は、何がダメなの? といった表情だ。
 たとえ侑仁に彼女がいたとしても、女の子ではない一伽が侑仁の家に行ったところで浮気にはならないけれど、頻繁に一伽が訪れれば、彼女が侑仁に会いに行きづらい。
 一伽が気にしなくても、侑仁と彼女にしたら大いに迷惑だし、いくら浮気にはならないと言ったって、侑仁と侑仁の彼女と一伽が1つ屋根の下にいるのは、どう考えてもシュールだ。

「そういえば前クラブで会ったとき、侑仁、女の子ナンパしようとしてたけど。航平くん、侑仁て彼女いんの?」
「知らねぇよ、アイツの女なんて」

 話を振られた航平は、あっさりとそう答えた。
 彼女がいるのに他の女の子をナンパするようなヤツではないと、友人としては思っているが、別に侑仁と、彼女がいるかなんてガールズトークはしないので、現在進行形で彼女がいるかを、航平は知らない。

「ま、彼女いるかどうかなんて、聞いてみればいっか」
「でも聞いてみて、彼女かいる、て言われたらどうすんの?」
「えっ…あ。えっと…もしそうなら、彼女がいない隙に行くってのは、どう?」
「いや、『どう?』て言われても。それこそ、浮気してるみたいじゃない? つか、もし彼女がいるなら、多分その人の胃袋は、彼女がガッチリ掴んでるんじゃないかなぁ? と思うのですが」

 一伽の突飛な発想に苦笑した志信は、ふと、尤もなことに気が付いた。
 たとえ一伽の料理の腕前がプロ級にうまかったとしても、よく分からない吸血鬼の男の作った料理より、やはり愛する彼女の手料理のほうが、彼の心を掴むだろう。

「何だよもうっ! ダメじゃん、この作戦! お前が言い出したくせにっ」
「いや、ゴメン」

 一伽の言うことがむちゃくちゃ過ぎるだけであって、別に志信は何も悪くないのだが、無駄な期待を持たせてしまったかな…と、結局は一伽に甘い志信は、素直に謝った。

「…一伽、もういい加減、諦めろ? な?」

 どう考えても、一伽が侑仁の家に行って、涼しく過ごすための作戦なんて見つかりそうもなくて、航平は諭すようにそう言った。
 気付けば、閉店後、早1時間が経過しているのに、まだ後片付けも終わっていないのだ。いい加減、家に帰りたい。

「むぅ~。じゃあ、航平くんち行かせて?」
「ダメ!」

 一伽の暑い夏は、まだ始まったばかりだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (56)


雪乃 と 一伽

「あ、いっちゃんがいる」

 バイトを終えて雪乃がアパートに帰って来ると、一伽が携帯電話片手に、非常にだらけた格好で床に寝そべっていた。
 この間のように、玄関を開けてすぐにあるキッチンの床まで転がってきてはいなかったが、部屋の真ん中に、まさに「大」の字になって寝転んでいる。

「…ユキちゃん、帰ってきたら、『ただいま』でしょー…」

 至極まともな内容ながら、そのだらけた格好と同じくらいだらけた感じで発した一伽は、瞬きするのも億劫だと言わんばかりに、目を閉じてしまった。

「どしたの? 疲れてんの?」
「暑ぃだけ…。つか、ユキちゃん、何でぇー…?」
「何が?」

 暑いのか眠いのか、ゆったりと喋る一伽の口調は、いつもと感じが違って、何だか一伽じゃないみたいだ。
 というか、いきなり『何で?』とだけ言われても、何のことやらなのだが。

「いっつもこんな時間、いないじゃん。光宏んトコ…」
「ん、今日は何かみっくん、残業? だって。秋に向けてのメニュー開発会議とかつってた」
「まだこんなに暑ぃのに、何が秋だよ、コンチクショーー!!!」
「ちょっ、何急に元気になってんの、いっちゃん」

 ほんの3秒くらい前までダラダラしていたくせに、何がスイッチになったのか、一伽は声を張り上げながら、勢いをつけて起き上がった(わざわざ右手で拳まで作って)。

「でも、そりゃそうでしょ。秋になってから秋メニュー考えたって、間に合わないじゃん」
「……」

 1人でなぜか熱くなっている一伽に、雪乃がとっても当たり前のことを言ってのける。
 一伽は拳を握ったまま雪乃の顔をしばし見ていたが、何かどうでもよくなったのか、再び床に引っ繰り返った。

「でさ、みっくん、その会議で遅くなるから、今日はご飯いいって。作って待っててあげてもよかったのにさぁ」

 雪乃はむぅと唇を突き出しつつ、肩を竦めた。
 光宏が嘘をつくとは思わないが、こうやって雪乃がご飯を作りに行くのを断られた日は、何となく、俺が行くの迷惑だから断ったの? 会議て口実? と雪乃はマイナスに考えてしまいがちだ。

「ねぇユキちゃん。今日はもうご飯して来たぁ?」
「ん? だからみっくんトコ行ってないから、何も作ってないし、何も食べてないよ」
「いや、ご飯……そういうことじゃなくて、血だってば。ユキちゃん、何人間みたいなこと言ってんの? 俺らのご飯は血でしょ?」
「あ、そっか。吸ってきたよ」

 いくらほぼ毎日光宏にご飯を作ってあげているからと言って、普通そこ間違える? 吸血鬼として、と一伽は突っ込んでやりたかったが、面倒くさかったのでやめた。

「ねぇ、なら、ちょっと血ちょうだい?」
「は? え? いっちゃん、今日ご飯してないの?」
「してない。もう暑くて外出る気しない。面倒くさい。ユキちゃん、血吸わせろ」
「…」

 今まで雪乃も散々お世話になって来たから、吸血したいと言われたら拒み切れないところはあるけれど、それにしても、人にものを頼んでいるわりに、態度が大きい気が…。

「俺の血でいいなら別にいいけど、いっちゃん、言っとくけど、俺男だよ?」
「知ってるけど」

 今さら再確認されるまでもなく、一伽は雪乃が男であることなんて、分かり過ぎるくらいに分かっている。
 何なんだ? と思いつつ、吸血させてくれると言うので、一伽はノロノロと起き上がった。

「だっていっちゃん、男の血なんか飲まないでしょ? 今度は飲むようにしたの?」
「飲むようにしてない」
「でも俺の血は飲むの?」
「いただきまーす」
「聞いてないし」

 随分と腹ペコらしい一伽とは、まともな会話が成立しないようなので、雪乃はもう何も言わず、白い首筋を一伽に差し出した。



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暴君王子のおっしゃることには! (57)


 少しだけチクリとした感触の後は、熱が広がっていく感じがするだけ。痛くも何ともないが…………ちょっといっちゃん、長く吸い過ぎなんじゃ…?

「いっいっちゃん…?」
「んっ、んー…」
「ね、ねぇっ」
「んーーーっっ」
「ヒッ…」
「ん、ぷはっ!」

 ギャーーーー!! 体中の血液を全部飲み干される~~~~~!!! と雪乃が悲鳴を上げそうになった瞬間、非常に満足げに一伽が雪乃の首筋から顔を上げた。

「はぁ~ごちそうさまでした」
「ふ…ぁ…」

 ようやく一伽から解放された雪乃は、そのままでは上体を保っていられなくて、床に手を突いて何とか体を支えた。
 今の、絶対に飲み過ぎでしょ!

「いっちゃんヒドイ…」
「何が?」
「いくら何でも飲み過ぎ! 俺、本気で干からびるまで飲まれるのかと思った! いっちゃんの鬼! 悪魔!」
「悪魔じゃなくて、吸血鬼だってば」
「そういうこと言ってんじゃないのー!」

 分かっていて惚けようとしているのか、本気で吸血しすぎたことに気付いていないのか、一伽はシレッとした顔をしている。
 まぁ実際、1人で一気に干からびるまで血を飲むことは、どんなに大食漢の吸血鬼でも物理的に不可能なので、雪乃の言い草は大げさと言えば大げさなのだが。
 でも本気で怖かった雪乃は、『もう絶対いっちゃんに血なんか飲ませない!』と言ってやろうと思ったが、そうすると、今度は自分も一伽から血を飲ませてもらえなくなるかもしれないので、グッと我慢した。

「もぉ…、せっかくご飯して来たのに、いっちゃんに飲ませ過ぎた。またお腹空きそう…」
「そしたら俺の血、飲ませてあげる」
「それでいっちゃんがお腹空いたら、俺の血飲むの? 何かそれって、効率いいようで、そうでもない気がする」

 そうやって2人で自給自足し合っていれば、ご飯に困ることはなくなりそうだけれど、そうすると後から血を吸われたほうが、何となく不利だと思う。

「で、いっちゃん、マジで男の血飲むようになったの?」
「なってないよ」
「でも俺の血飲んだじゃん。俺男だよ?」
「ユキちゃんが男なのは知ってるってば。男の血は侑仁とユキちゃんのしか飲んだことないし」

 侑仁の血を飲んでみて、男の血も意外と悪くないと知ったが、そうだとしても、どうせ噛み付くなら、男の首より、女の子の柔らかい首筋のほうがいい。

「侑仁てあの、前いっちゃんが服借りて来た人? あの人の血も飲んだんだ?」

 確か、酔い潰れた一伽を家に泊めてあげ、パスタを食べさせてあげ、服まで貸してくれたという、とんでもなく甲斐甲斐しい人。
 多分一伽がむちゃくちゃ言ってそうさせたんだろうけど、文句も言わず(いや、言ったかもしれないが)、一伽の面倒を見てあげて、血まで飲ませてあげたなんて。

「つか、侑仁にメールするんだったんだ」

 床にほっぽり出したままの携帯電話を手繰り寄せ、一伽は面倒くさそうにメールの画面を起動させた。
 雪乃は一伽のそばに座って、その様子を見つめている(血を吸われ過ぎたので、動くのが怠いせいもある)。

「いっちゃんが、男にメールしてる…」

 基本的に脳内から『男』という存在を抹消している一伽が、仕事の関係でもない男性に、自分からメールしているなんて、雪乃は俄かには信じられなかった。
 けれど一伽は、間違いなく侑仁にメールしているわけで。

「ねぇいっちゃん」
「んー?」
「いっちゃん、侑仁さんて人のこと、好きなの?」
「…はぁ?」

 携帯電話から雪乃のほうに視線をずらした一伽が、何を言っているんだ? という顔で雪乃を見遣った。



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暴君王子のおっしゃることには! (58)


「だってさ、侑仁さん、男なんでしょ?」
「そうだけど?」
「なのに侑仁さんの血は飲むし、メールするし、いっちゃん、その人のことが特別なんじゃないの?」
「いやいや、何でそうなるの?」

 雪乃があまりにも突拍子もないことを言うものだから、面倒くさかったけれど、律儀に一伽は起き上がって雪乃に向き直った。

「あのねユキちゃん、俺が侑仁の血を飲んだのは、お腹空き過ぎて狩りする力が残ってなかったからだし、今もメール、侑仁に彼女いるか確認するだけだから」
「ほら! 彼女がいるか確認するなんて、侑仁さんのことが好きだからでしょ!?」
「違うってば。彼女がいるなら、あんまり侑仁の家に行ったらマズいんじゃない? て志信が言うから確認すんの」
「やっぱ行きたいんじゃん、侑仁さんち! 彼女いなかったらいっぱい行く気なんでしょ!? 侑仁さんに会いたいんでしょ!?」

 ますますヒートアップしてくる雪乃に、一伽はどうしたものかと頭を抱える。
 一伽が侑仁の家に行きたいのは、侑仁の家にクーラーがあって涼しいからで、別に侑仁に会いたいからではないのに。

「で? で? 侑仁さん、彼女いるって?」

 雪乃は興味津々に一伽のほうにずり寄って来て、この暑いのにピトッと一伽に貼り付いた。

「ね、ね、いっちゃん、どうなの?」
「…まだメールしてないよ。つかユキちゃん、自分のほうこそどうなの?」
「え、何が?」

 一伽にすごく迷惑そうな顔で押し戻され、雪乃はちょこんと座ったまま、小首を傾げた。

「山下さんに彼女いないの?」
「えっ…」
「え? いないの? ならいいけど、だってユキちゃん、山下さんの彼氏になりたいんでしょ? 友だちじゃなくて。なら、山下さんに彼女いたらダメじゃん? …て、え?」

 今さらのことながら一伽が聞いてみたら、雪乃は口をあんぐりと開けたまま固まった。
 もしかして、そのことは未確認? 未確認のまま、恋人になるべく突っ走ってたの?

「マジで知らないの? 山下さんに彼女がいるかどうか」
「…だって、そんなの知る術がないもん」
「そんなにしょっちゅう通ってて? お総菜のおばちゃんとは仲良くなったんでしょ?」
「だって山下さん、殆ど大体レジにいるんだもん。話す機会なんてないし」

 自慢ではないが、雪乃が山下と話をしたのは、ココアの売り場が分からなくて雪乃が困っていたところに声を掛けてもらった、その1度きりなのだ。
 山下に彼女がいるかどうかを聞くどころか、まともに会話したことすらない。

 シュンとしてしまった雪乃に、一伽は溜め息を零した。
 そのスーパーに通い詰めることで山下と仲良くなるという作戦のはずなのに、ただ買い物をして、山下さんを見て幸せ気分を味わっているだけなら、ただの店員さんと常連客の関係でしかないではないか。

「じゃあさ、山下さんが仕事終わるの待って、後付いてってみたら?」
「そんなの完全にストーカーじゃんっ!」
「なら、コウモリの姿になって…」
「どっちだって同じだよ! つか、むしろそのほうがストーカー臭いし!」

 とんでもない提案をする一伽に、雪乃は激しく突っ込む。
 いくら山下のことが好きでも、雪乃はそんなことをするつもりは更々ないのだ。

「そんなの直接聞けないユキちゃんが悪いんじゃん! 後付けるのがヤダったら、山下さんに直接聞いてみなよ、彼女いるんですか? て!」
「グッ…」

 一伽に尤もなことを返されて、雪乃は反論の言葉を失った。

「大体さぁ、ユキちゃんが好きなのは光宏じゃなくて、その山下さんなんでしょ!?」
「そ…そーだけど…、何でそこにみっくんが出てくんの?」
「………………。ユキちゃんのバカッ! 鈍感!」
「なっ、何急に…」

 てんで分かっていない雪乃に、一伽は一瞬言葉をなくして頭を抱えた後、思い切り思いの丈をぶつけてやった。



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暴君王子のおっしゃることには! (59)


 雪乃はもしかしたらずっと、ただ山下さんのことを見れるだけで幸せ! という今の状態でいいのかもしれないが、それに付き合わされている光宏が、いい加減、不憫に思えてきたから。

「ねぇ、何いっちゃん、分かんない」
「分かんなくていいよもうっ!」
「何で怒ってんの? みっくんのこと? それとも俺が、山下さんに声掛けらんないから?」

 急に怒り出した一伽に、雪乃は困り果ててオロオロするが、一伽は『もう知らない!』と言って、雪乃に背を向けて携帯電話を広げてしまった。

「いっちゃん…」

 雪乃はもう、侑仁さんにメールするの? と一伽のそばに行くことも出来ず、雪乃は黙って項垂れた。



侑仁 と 航平

「何だ、このメールは…」

 仕事で抱えてた大きな案件が片付いて、久々に友人である航平と飲みに来ていたら、侑仁の携帯電話がメールの着信を告げたのだが、それを見た侑仁は思わず眉を寄せた。
 ちなみに今日は、クラブで賑やかに騒ごうという気分ではなかったので、2人で居酒屋で何となく飲んでいたから、向かいに座ってた航平も、その様子に『ん?』と侑仁を見た。

「何だよ。今から仕事来いとか言うんじゃねぇだろうな? そんなの、見なかったことにしとけ?」
「出来ることなら俺もそうしたい…」

 何とも微妙な顔をしながら、侑仁が携帯電話の画面を航平に見せ付けてくるから、航平も不審に思いつつ、それを覗き込んだ――――次の瞬間、顔を顰めた。
 画面には、特に絵文字が使われているでもない、シンプルな文章が1つ。

『侑仁て彼女いるの?』

 本文の上に表示されている差出人の名前は、一伽…。

 侑仁はもちろん、この唐突なメールに不思議そうな、不審そうな顔をしているが、航平は何となく事の次第が分かり、何とも言えない表情でビールのジョッキを煽った。
 先日、侑仁の血を飲ませてもらうには何か尽くさねば! と思い立った一伽に、彼女がいるのにそんなに押し掛けたらマズいんじゃない? と志信が言ったので、確認のメールをしてきたのだろう。

 しかしそれにしても、いくら航平が、侑仁に彼女がいるかどうか知らないと答えたからといって、直接本人にそんなことをメールしてくるなんて……まったく本当に、一伽のやることは計り知れない。

「ねぇ航平、これどーゆう意味?」
「知らねぇよ、そんなの。何で俺に聞くんだよ」

 いや、本当は分かるけれど、言えない。
 もし言ったら、侑仁は嘘でも絶対に『彼女がいる』と返事をしそうだし、そうなったら、一伽は侑仁を諦めて、航平の家に行くと言って聞かなそうだから。
 友だちを裏切るようなことはしたくないが、でも一伽が自分の家に押しかけて来たときのことを想像したら、やっぱり侑仁に犠牲になってもらおう。

「ねぇ航平、何で俺、コイツに彼女いるかどうか聞かれなきゃなんないの?」
「だっ…だから知らねぇって!」

 もう1度同じことを問われて、つい声を大きくした航平に、侑仁は、やはり航平は何か知っているのだと確信した。
 大体航平は、自分が意外と嘘をつくのが下手くそだということに気が付いていないので、シレッと何でもないふうに答えた気になっているが、侑仁はしっかりと見抜いているのだ。
 今だって、気付いてないだろうけど、サッと目逸らしてるからね。バレバレです。

「…ふぅん。ならいいや、直接聞く」
「え、誰に?」
「一伽に決まってんじゃん」
「え、ちょちょちょ、え、」

 もうごまかし切れないくらいに動揺している航平を無視して、侑仁は一伽に、先ほどの質問の意味を尋ねるメールを送る。
 あの一伽のことだから、侑仁が想像も付かないことを考えていて、こんなことを聞いてきたに違いないが、理由もなくこんな質問に答える義理はない。



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暴君王子のおっしゃることには! (60)


 一方で航平は、メールの送信を終えて携帯電話をテーブルに置いた侑仁を呆然と見つめながら、最悪の事態に陥りつつある状況に、焦りまくっていた。
 侑仁から、先ほどの『侑仁て彼女いるの?』メールの意味を聞かれたら、一伽はきっと正直に、彼女がいるならあまり侑仁の家に行かないほうがいいと志信に言われた、と答えるに決まっている。
 これでは、先ほど航平が知らない振りをした意味が全然ない!

(あぁ~~~~もうっ、これだったら、俺が適当にごまかしながら言ったほうがマシだった!)

 と、航平が自己嫌悪しているうちに、一伽からの返信が来た。

「何て書いてある!?」
「…航平、焦り過ぎ。えっと…『侑仁に彼女がいるなら、あんまり侑仁の家に行かないほうがいいんじゃない? て志信が言うから』だって。つーか、志信って誰だよ」

 もう、『何も知りません』という体で話をするのはやめたのか、単に忘れているだけなのか、一伽からの返事を気にしまくっている航平に、侑仁はわざわざ受信したメールを読み上げてやった。

 それにしても、志信って誰だ。
 そしてなぜ、その志信さんに、『侑仁に彼女がいるなら、あんまり侑仁の家に行かないほうがいいんじゃない?』という、アドバイスみたいなものを貰うような展開になったのだろうか。

「ねぇ航平、志信さんて誰」
「…………」
「え、それも言う気ねぇの?」

 答える気がないのか、けれどもしかしたら、口をポカンと開けている航平の様子からして、まだ茫然自失状態から回復していなくて、答えたくても答えられない状況なのかもしれない。

「ねぇ航平てば。志信さんて誰?」
「うぇっ? え、志信? 志信は俺んトコで働いとるヤツだけど、多分」
「多分? 何で自分トコで働いてるヤツが多分なんだよ」
「いや、多分じゃなくて」

 相当焦っているのか、航平の言っていることは、何だかめちゃくちゃだ。
 だが想像するに、一伽が侑仁の家に行きたいとか言い出して、それに対して、一緒に働いている志信さんが、侑仁に彼女がいるならあまり行かないほうがいいのではないか、と言ったのだろう。
 なぜ一伽が航平や志信さんに、侑仁の家に行きたいと言ったのかは知らないが、志信さんの言い分は、まぁ正論だ。しかしこれだけのこと、どうして航平は、わざわざ隠そうとしたのか。

「そんで航平、だから何なの?」
「なっ何が?」
「一伽、俺んちに来たがってんの?」
「そうなんじゃね?」

 航平がいろいろ知っているのはもう分かっているのだから、へたな小芝居はやめて素直に教えてくれたらいいのに…と思うが、航平も何だか頑なだ。
 こうなったら、ちょっと乱暴だが、強硬手段に出るしかない。

「…航平が何も教えてくんないなら、彼女いるから絶対来んな、てメールする。そんで、航平は今彼女いないから、航平ち行きなよ、て言う」
「ちょっバッ…待て、侑仁!」

 侑仁がわざとそう言ってやれば、航平は分かりやす過ぎるくらいに焦って、侑仁の携帯電話を奪おうと手を伸ばしてきた。
 しかしテーブルを1つ挟んでいるのだ、侑仁が後ろへ腕を動かせば、航平が少し身を乗り出したくらいでは、携帯電話に手が届くことはない。

「ちょっ侑仁、お前ホント…!」
「なら、どういうことか教えてよ」
「…………」

 テーブルに両手を突いて膝立ちの航平は、まんまと侑仁にはめられたことに気付いて、口をポカンと開けたまま呆然となったが、侑仁に本当にそんなメールを出されたら堪らないと、事実を打ち明ける決心をした。

「…一伽が、お前んちに行きたがってる」
「それは分かった。分かったけど、だから何なの? その志信さんて人に、彼女がいるならあんま行かないほうがいいじゃね? みたいなこと言われて、一伽が気を遣ってメールしてきたってこと?」

 聞き方に遠慮は微塵もないが、一伽なりに気を遣ってみた結果がこのメール?
 なら、もし侑仁が、彼女がいると答えたら、一伽は侑仁の家に来るのを遠慮するというのだろうか。



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