2009年05月
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8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (8)
でもそれ以来、和衣は蒼一郎のことを『師匠』て呼んで、ときどき話を聞きに来ている。
「何かね、俺、がんばれそうな気がして来た!」
お盆を前に、一足早く祐介が帰省したため、和衣はこのところずっと翔真の部屋に入り浸っている。
そして師匠から教わったことを翔真に聞かせたり、意気込みを語ったりと、何かと大忙しなのだが、翔真にしたら、勘弁してくれ、というのが本音だ。
「よかったね。うまくいったら、お赤飯炊いてあげるからね」
「んふふ。あ、師匠もね、前にショウちゃんが言ってたみたいに、祐介と一緒に勉強したほうがいいよー、て言ってた」
「へぇ?」
「祐介もさ、男とすんの初めてで、知らないこともいっぱいあるだろうから、て。だからね、お盆明けたら、がんばるの!」
「そっか、ガンバレ、ガンバレ」
何をどうがんばるつもりか知らないが、張り切っている和衣に水を差すのはやめて、適当に応援しておく。
一緒に勉強しようが、そのまま和衣の言う次のステップに進もうが、翔真にしたらどうでもいいんだけれど、和衣のほうからそんな話題を持ち掛けたり、そういう雰囲気を作ったりなんてこと、一体出来るのだろうかと、それが疑問だ。
「うまくいったら、師匠にちゃんと報告しなきゃだよねー?」
「あー…うん、そうね。でも少なくとも俺には報告しなくていいけどね」
一応言っておかないと、和衣の場合、逐一話して来そうだから。
てか、本人がいないところでも、蒼一郎のこと、『師匠』て呼ぶんだね。
「ねぇ師匠ってもう実家帰ったの? 昨日もいなかったけど」
「昨日は俺も出掛けてたから知らないけど、今日はデートだって」
「ふぅん。あ、ショウちゃん、パソコン構ってもいい?」
「どうぞ。でも見た後に履歴消しといてね」
和衣が見たいサイトなんて決まっている。
ネットしてるときに、うっかり履歴から男の子の裸なんか表示しちゃった日には、萎え萎えだから、と翔真は心の中でぼやく。
蒼一郎からのレッスンにより、だいぶ免疫の付いてきた和衣は、ゲイ関係のサイトを1人でもいろいろ覗けるようになって来た。
ただ、パソコンを持っていない和衣がネットを利用できる環境はごく限られていて、その中でも翔真の部屋が一番手っ取り早い。
学校の電算室は涼しくて使い勝手がいいけど、蒼一郎と翔真に必死で止められたし、ネットカフェもそんなに高くはないけれど、他にただで使えるのがあるなら、そっちのほうがいいから。
「ね、ね、ショウちゃん、お気に入りって、どうやって登録すんの?」
「ぜってぇ教えねぇ!」
ケチィ! て喚いている和衣を放って、翔真はベッドに転がる。
出掛けようにも暑いし、行くところもないし、彼女は仕事だし、何だかんだで亮と睦月はラブラブだから邪魔するのも悪いし……結局和衣に付き合うしかないのが現状だ。
(あー…何かこんなことしてんの勿体ない…)
やっぱり出掛けようかな、と翔真が起き上がると、最近ようやくまともなノックを覚えた真大が、蒼一郎の名前を呼びながらやって来た。
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カテゴリー:恋するカレンダー12題
テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (9)
「カズくん? え、蒼ちゃんは?」
翔真の机に向かっていた和衣が振り返れば、思い掛けなかったのか、真大はポカンと口を開けている。
「蒼ちゃんなら、郁と出掛けてるよー」
「え、郁?」
和衣の言葉に反応した真大に、翔真はハッとした。
郁雅と出掛けたことが知れると真大が怒る、と蒼一郎から口止めされていたのだ。
隠しているのは心苦しいから、黙って出掛けてくれと翔真は言ったけれど、今日も蒼一郎はうっかり口にしていていったし、しかも和衣は翔真と違って、蒼一郎がそんなことを真大に隠しているなんて知りもしないから、真大に聞かれたことに素直に答えてしまって。
翔真は恐る恐る真大の様子を窺ったが、焦る翔真の内心には気付いていないようで、けれどひどく不満そうな顔をしている。
「…また郁?」
不機嫌丸出しの真大の声に、和衣がキョトンとしている。
真大が、しょっちゅうこの部屋を訪ねて来ては、蒼一郎の不在に憤慨しているなんて知らないんだから、仕方がない。
「真大、どうしたの? 蒼ちゃんと何か約束してたの?」
「うぅん、そうじゃないけど…。蒼ちゃん、いっつも郁と出掛けるから」
「えー、そりゃやっぱ、好きならいつも一緒にいたいよねー。俺だってそうだもん」
「え…」
真大の気持ちなんて知る由もない和衣は、何の気なしに蒼一郎と郁雅がいい仲であることをほのめかすような発言をしてしまう。
表情を硬くする真大に、翔真はヤバい! と焦ってベッドを下りた。
真大は、蒼一郎を好きなだけでなく、蒼一郎と郁雅が付き合っていることすら知らないのだ。
蒼一郎がそのことを真大に打ち明けないのはそれなりに考えているからで、まさかこんなところで和衣がバラしてしまうなんて、予想だにしていないだろう。
「カズ、」
「んー?」
もしかしたら和衣は、真大が蒼一郎と郁雅の関係を知っていると思って、うっかり話してしまうのではないかと思って、思わず翔真は和衣の名前を呼んだ。
案の定、和衣はよく分かっていない感じで翔真を見る。
「…そうなんだ。蒼ちゃん、郁と出掛けてんだ。じゃ、また今度来る」
焦る翔真を尻目に、真大は怒りも喚きもせず、にこやかに和衣に笑い掛けた。
察しのいい真大のことだから、先ほどの和衣の言葉の意味を測り知るなんて、容易いはずなのに。
「じゃーね」
のん気そうに手を振る和衣に頭を下げて、真大は静かに部屋を出て行った。
「カズ! ダメじゃん!」
「え、何が?」
「蒼と郁が付き合ってんの、知ってんの、俺とカズだけなんだから、真大の前であんなこと言っちゃダメ!」
「あ、そっか。真大、蒼ちゃんたちと仲いいから、知ってんのかと思って、つい…。まずかったかな? ゴメン、気を付ける」
和衣には口止めしていなかったんだし、悪気があって話したわけではないから、何も責めれないけれど。
妙に大人しく引き下がった真大。
今回ばかりは、このタイミングの悪さを呪いたくなった。
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カテゴリー:恋するカレンダー12題
テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (10)
向かうは寮の、真大の部屋。
今まで訪れたことはないが、蒼一郎たちの会話の中から、部屋番号だけは知っていた。
「はぁ…」
重苦しい溜め息が、静かな廊下に響く。
真大の部屋が近付くにつれ、再び翔真はいろいろなことを考え出した。
一体何をしに真大の部屋に行くつもりなのか。
蒼一郎が郁雅と出掛けたこと、知ってたのに黙っててゴメンね? ――――でも、黙っていてくれと言ったのは蒼一郎だ。
2人が付き合ってるの、何となく言っちゃってゴメン? ――――いや、言ったのは和衣だし、しかもこの場合、謝らなければならないとしたら、真大にではなくて、蒼一郎にだ。
真大は蒼一郎のことを好きで、けれどその蒼一郎には郁雅がいる。2人の関係を知らなかったとはいえ、詰まるところこれは、真大の報われない一方的な想いだ。
今回はこんな形で、その事実を知ってしまったけれど、そうでなくてもいつかは知らざるを得ないことで。
こんなこと、恋愛をしていれば誰だって経験しうることで、真大だけが特別なわけではない。
(なのに、俺は何をしに行こうとしているんだ…?)
何となく心に宿るのは、罪悪感。
別に何もしていない、と自分に言い聞かせているのだけれど、重苦しい胸の内が楽にならない。
「真大、いる?」
ノックの後、そっとドアノブを回してみたが、鍵が掛かっている。
ドア越しに窺う部屋の中の気配は静かで、出掛けているのか、居留守を使おうとしているのか、それは分からなかった。
「真大ー」
しつこくノックしても中からは何の反応もなくて、やはりいないのかと、翔真がホッとしたような、ガッカリしたような気持ちで、ドアに背を向けた。
カタリとかすかな物音がしたような気がして、思わず振り返った。
「真大?」
「…何」
静かに開いたドアの隙間から、ひどく不機嫌そうな真大が顔を覗かせた。
「何か用?」
「あ、いや…」
低いその声は、大学で出会ったばかりのころのそれに似ている。
嫌悪感を隠しもしない声。
誤解が解けて、ようやく打ち解けて来て、最近ではここまで冷たく声を掛けられたことはなかったのに。
「あの、ちょっと話でも…」
「何の?」
「いや、えっと…」
出来れば部屋に入れていただきたい。
こんなところで、立ち話でするような内容ではないし、翔真がそういう用件で来ていることくらい、真大だって気付いているはずなのに。
「何?」
「えっと…、部屋、誰かいるの? 出来れば、入れてほしいんだけど…」
「…………」
真大はしばらく何かを考えてから、厳しい表情のままではあったけれど、翔真を部屋に招き入れた。
ムアッと蒸し暑い空気に、翔真は眉を寄せた。
窓は開いているけれど風のない室内は、湿度が高い。
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カテゴリー:恋するカレンダー12題
テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
8月 暑気あたり、気づけば腕の中。 (11)
「蒼ちゃんと郁のこと?」
「あ…うん。ゴメン、その…」
「何でアンタが謝んの?」
謝った後、冷静とも言える真大の突っ込みに、言葉が詰まる。
それは、ここに来るまでの間、翔真自身、何度も思ったことだ。
結局のところ、翔真は真大に対して何もしていないのだから、謝罪したところで、一体何に対して謝っているのやら。
「…知ってたんでしょ?」
「え?」
「蒼ちゃんと郁のこと。2人が付き合ってるって、アンタ、知ってたんだろ? さっきの、そんな反応だった」
「あ…、……うん」
やはり、真大が気付かないはずがなかった。
和衣が何の気なしに口にした言葉の意味をしっかりと読み取っていたし、慌てて和衣を止めようとした翔真の反応も、気付いていないようで、ちゃんと見ていたのだ。
「知ってて、ずっと黙ってたんだ…。俺が蒼ちゃんのこと好きだって知ってるくせに、蒼ちゃんと郁が付き合ってるって、黙ってたんだ?」
「それは…」
「何? バカみたいだって思ってた? 叶いもしないのに蒼ちゃんに付きまとって、バカみたいって。何だよ、ずっと笑ってたのかよ!」
「違う、そんなことっ」
そんなことは、絶対ない。
笑うだなんて、そんなこと。
「真大っ…」
違うって、そんなことないって言おうとして、けれど真大の目からボロボロと零れ落ちる涙に、言葉が続かなかった。
「何だよ、何なんだよ、アンタ…」
「違う、真大のこと、そんなふうになんか思ってないっ」
「うっさい! 気安く呼ぶなつってんだろ! もう出てけよ! アンタなんか大っ嫌いだよ! 俺に構うなっ…」
「真大! …真大?」
放っておいてくれと翔真の手を払う真大の顔色が、ひどく悪い。
「真大、おい、大丈夫か!?」
「放せっ…!」
「ちょっ」
掴まれた手首を振り払おうとした真大の体が、グラリと傾いた。
翔真は慌ててその体を抱えたけれど、真大は目を閉じていて、ひどく呼吸も荒い。何度か名前を呼べば、ふと目を開けたが、顔面は蒼白だし、翔真の腕から抜け出す力もないようで、ぐったりとしている。
明らかに熱中症の症状だ。
高温多湿で風も吹かない状態のだと、室内でも起こるのだと、この時期、ニュースでもしきりに言っていたから、翔真にも分かった。
症状は軽そうだが、部屋の状態がこんなでは、危険かもしれない。
扇風機すら回っていなかったことに気が付き、翔真は真大をベッドに寝かせると、扇風機のスイッチを入れ、入口のドアを開け放った。窓と対面にあるドアを開けると、かろうじて涼しいと言える風が、室内を吹き抜けた。
「真大、冷蔵庫、開けていい?」
「……は…?」
「何か飲み物、スポーツドリンクとか入ってる?」
返事はなかったが、待っていられなくて、勝手に冷蔵庫を開けた。小さな冷蔵庫の中には、食料と言えるようなものは殆ど見当たらなかったが、数本のペットボトルが入っていた。
「これお前の? つーか他にねぇから、とりあえずこれ飲め」
「ちょっ…」
翔真が開けたスポーツドリンクのペットボトルが、真大のものか、同室者のものかはよく分からなかったが、今はそれどころではないので、開けさせてもらった。
「いいよ…」
キャップを開けたペットボトルを真大に差し出せば、ひどく嫌そうな表情で、顔を背けられた。
「飲めって、真大」
「うっさい! もう俺に構うなっつってんだろ!」
「でも…」
「もうこれ以上、俺を惨めにさせないでよ…」
その声に滲む涙に、翔真は言葉が続かなかった。
激情に駆られ、雑言を浴びせた相手に、こんなふうに介抱されて、それがどんなに情けなく惨めなことか。
「分かるけど、でもこのままにしたら悪化するかも…」
「出てけっ!」
「……、分かった。でもホント、これだけは飲みな?」
真大からの返事はなくて、翔真は枕元にペットボトルを置くと、静かに部屋を出た。
けれど、そう言われても、具合の悪いヤツを放っておくことなんて出来なくて、翔真は部屋を出たばかりの廊下に立ち竦む。
誰か真大の友人に任せようかとも思ったが、1年生はよく知らない。
結局翔真は、真大の同室者が帰ってくるまで、ずっとそこにいた。
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9月 目があう回数が不自然です。 (1)
和衣はときどき、端で見ているほうがハラハラするようなことを平気で言うことがあるが、その実、後ですごく落ち込んだり、些細なことを苦にしたりするタイプだから、今回のことも、ずっと気にしていたに違いない。
「蒼ってさ、真大の気持ち、気付いてたの?」
和衣が出て行って、2人だけになった部屋、翔真は尋ねた。
「ショウちゃん、前もそんなこと聞いて来たよね?」
「そんときはお前、何も答えなかったよな?」
「……、…全然、何にも気付かなかった――――とか言えるほど、鈍感だったらよかったんだけどね」
蒼一郎はそう言って、溜め息を零した。
真大の態度は、お世辞にも、その気持ちをうまく隠しているとは言えなかった。
蒼一郎のことが大好きだということが全身から溢れていたし、それをごまかそうともしなかった。
「何となく分かってたけど、別に告られたわけでもないし、俺には郁がいるし、ずるいかもしれないけど、真大が何も言ってこないなら、気付かないふりしよう、て思ってたんだ」
「別に、ずるいとは思わないけど…」
誰だって、人を傷付けたいとは思わない。たとえそれが不可抗力だとしても。
今回はこんな形で、真大は事実を知ってしまったけれど、どんな状況だったとしても、蒼一郎が郁雅を選ぶ限り、無傷ではいられなかった。
安易な逃げ方だけれど、知らなければ傷付けずに済むのなら、きっと翔真だって同じことをする。
「…真大ってさ、ホントにお前らのこと、気付いてなかったのかな?」
「え?」
だって、それこそしょっちゅう一緒にいて、蒼一郎のことを見ていたのに。
真大の態度があからさまだったように、蒼一郎と郁雅だって、友人としてと言うには仲がよすぎて、何もないとしても勘繰りたくなるほどだった。
それを、あの勘のいい真大が気付かないなんてこと。
「もしかしたら、気付かないふり、してたのかな、て思うんだ」
「え?」
「俺が、真大の気持ち、気付かないふりしてたみたいに、真大も何となく感じ取ってても、気付かないふり、してたのかも」
だって、知ってしまえば。
気付いてしまえば、自分の想いを終わらせなければならない。
蒼一郎からも、他の誰からも、直接言われたわけではない。だとしたら、一縷の望みに賭けようとするのは、真大でなくなって、きっとそうする。
それに、もし告白して、けれど気持ちが通じ合わなかったときは、もう今までのようには一緒にいられない。
ずっと一緒にいるには、何も気付かないふりをしているのが、もしかしたらよかったのかもしれない。
「ずっとこのままでなんて、いられるはずなかったのにね」
「……」
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9月 目があう回数が不自然です。 (2)
蒼一郎たちとは学年も学部も違う翔真は、学校では時々しか会わないけれど、見ると、その数人のグループの中に、真大の姿はない。
今までのようにはいられない、分かってはいたけれど。
「ショウちゃん、どうしたの?」
「…ん?」
カフェテリアで、次の授業までの時間を潰していた翔真は、睦月に顔を覗き込まれ、ふと我に返った。
「何かさっきからボーっとしてるね」
「誰が?」
「ショウちゃんに決まってんじゃん!」
そんなにぼんやり返事してるくせに、何言ってんの? と睦月は笑い出す。
超がつくほど鈍感な睦月に指摘されるほど、そんなにぼんやりとしていたのか。
確かにあれ以来、何か他のことに集中していないと、頭の中を占めるのは真大のことばかりで。
(何でこんなに真大のことばっか…)
真大は、自分の気持ちも、蒼一郎と郁雅のことも、どちらも知っているのに黙っていた翔真のことを責めたけれど、蒼一郎が隠そうとしていたことを、翔真が勝手に話すわけにもいかないのだから、本当は責められる筋合いはないと思う。
真大を傷付けたくて、笑い者にしたくて黙っていたわけではないのに。
信じてもらえないのが、ひどく悲しい。
(悲しい?)
どうして?
確かに人に信じてもらえないのは悲しいことだけれど、もともと真大は誤解から翔真のことを嫌っていて、勝手にしろと思ったのは翔真だ。
真実は伝えたけれど、信じるか信じないかは真大の判断に任せたし、それでもいいと思った。
だから、今さら真大が翔真のことをどう思うと、さらに誤解を重ねようと、そんなこと、どうだっていいはずなのに。
「ショウちゃん!」
「うぇっ!?」
「もう授業始まるよ? 行こ?」
ボーっとしすぎ! と笑う睦月の向こう、友人と歩く真大が視界に入る。
まだ、こちらの存在には気付いていない。
「ショウちゃん!」
「あ、うん。…あっ」
睦月の呼ぶ声が届いたのか、友人と話をしていた真大が、声のほうを振り向いた。
その視線の先には、翔真。
目が合って――――逸らされた。
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カテゴリー:恋するカレンダー12題
テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
9月 目があう回数が不自然です。 (3)
部屋に来るぐらい好きにすればいいのに、このタイミングで言い出すということは、単にちょっと用事があって来るわけではないのだろう。
ある程度予想はしていたけれど、部屋にやって来た和衣は、まるでどこかにお出掛けでもするの? と問いたくなるほどの荷物を抱えていた。
「何その荷物」
「お泊まりグッズ」
「は? 泊まるの?」
同じ建物の、同じ階にある部屋に?
いや、泊まるのはいいけど、わざわざお泊まりグッズとか、そんなのいるの?
戸惑っている睦月をよそに、和衣は部屋に上がり込むと、勝手に荷物を亮のベッドの上に置いた。
「え、亮さぁ、飲み会だけど、別に泊まりじゃないよ? 夜中とか、帰って来ると思うけど」
「うん、いいよ」
「いや、いいとかそういう問題じゃ…」
和衣がよくても、こちらが困る。
だって、帰って来た亮の居場所は?
「じゃあむっちゃん、一緒に寝ようよ」
「えー? ヤダよ、この暑いのに」
「いいじゃん! ね? ね?」
「ゆっちが怒るよ?」
「むっちゃんなら平気!」
どうあっても和衣は、自分の部屋に帰って寝る気はないようで、とうとう睦月は観念した。
「その代わり、むっちゃんに、お礼においしいご飯作って上げるから!」
「え、ご飯なら亮が作ってってくれたけど…」
「マジで? じゃあ、亮のご飯食べる!」
律儀な亮は、これからバイト仲間と飲み会だというのに、出掛けに睦月のために夕飯の支度をしていってくれて。現金な和衣は、すぐにそれに飛び付いた。
…別にいいけど、お礼の話は?
「てか、何か用事とかあるんじゃないの? カズちゃん」
睦月は、亮が作ってくれた夕ご飯をレンジに掛けながら、扇風機の前で寛いでいる和衣を振り返った。
「うんー、あのねぇ、むっちゃんて亮と……エッチしたことある?」
…………。
………………。
「…………、……うぇっ!? あちっ!」
レンジから、温まった器を取り出そうとしていた睦月は、あまりにも予想だにしていなかった和衣の言葉に、布きんを持っていないほうの素手で器を掴んでしまった。
「え、何!? むっちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫じゃないよ、バカ…。何言ってんの、カズちゃん」
今度こそちゃんと、布きんで熱い器を掴んでレンジから取り出すと、心配そうに身を乗り出していた和衣のもとへ持って行った。
「ちょっといろいろ考えてんの! あ、ねぇねぇむっちゃん、ご飯食べたら、後でこれ見ようね?」
「え、何? ――――て、ちょっ!」
和衣の向かい側に座った睦月は、差し出された2本のDVDを見た瞬間、絶句した。
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テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
9月 目があう回数が不自然です。 (4)
共通に言えることは、登場するのは男の子だけで、全員ゲイ設定だということ。
「なな何なのー、カズちゃん!」
「だってさ、買ったはいいけど、1人で見る勇気ないんだもん」
蒼一郎師匠のおかげで、だいぶこういうことには慣れたけど、やっぱりまだ1人で見るまでなんて出来なくて。
でもせっかくだから見てみたいし、これまでのことを知っている翔真に声を掛けたら、いつになく邪険に断られてしまったので、もう頼るところは睦月しかいないのだ。
「ヤダよー、何でそんなの見なきゃいけないのっ?」
「だって…むっちゃん、見たくない?」
「見たくないよ!」
何が悲しくて、友だちとエロビデオの鑑賞会…。
あぁでも確かに高校生のころ、何人かでそんなことしてる連中もいたけれど、多分そのとき見てたのは、男女のもので、間違ってもゲイのエロビデオなんかではないだろう。
(ていうか、買ったんだ…)
和衣がゲイのエロDVDを買ったというその事実に、睦月は若干引き気味だが、もちろん和衣はそんなことには気付いていない。
実は調べていくうち、ゲイビデオは、一般的なアダルトビデオと違ってレンタル禁止が多いのだと知り、蒼一郎に頼み込んで、ネットで購入してもらったのだ。
「カズちゃん、何で急にそんなの見ようと思ったの?」
「だってー…。男同士でさぁ、そういうことすんの、いろいろ勉強したんだけど、やっぱ文章とか読んだだけじゃ分かんないじゃん? だから、こういうの見たら、もっと分かるかなーて」
「勉強…」
実は密かに蒼一郎からいろいろ教えてもらっていることを、最初の切っ掛けとなった翔真には話していたが、睦月にはまだ言っていなかった。
「だってキスとかはするけどさ、その先まで進みたいんだもん。ね、ね、で、むっちゃんはどうなの? 亮と……したことあるの?」
「何でそんなこと教えなきゃなんないの? バッカじゃないの」
「バカじゃないよ、真剣だし」
それなら、なお悪い。
けれど和衣は、本気で睦月からの返事を待っているようで、どうなの? どうなの? と顔を覗き込んでくる。
蒼一郎と郁雅がそういう関係で、いろいろ教えてもらっているが、2人は付き合いが長いから、それよりも同性とのお付き合いが同じくらいの睦月のほうが参考になりそうだと、和衣は思うのだ。
もし睦月もまだなら、一緒に勉強しようて言うし、もう亮と経験済みなら、『先輩』て呼ぼうと思う。
「ねぇむっちゃん、教えて? 誰にも言わないから」
「当たり前じゃん!」
そんなこと、誰彼なしに言い触らされて堪るものか。
「だって、どうすればいいか分かんないんだもん。やり方は勉強したけどさ、実際にそういう雰囲気にならないわけ! 何で?」
「それは何となくそうなるもんだよ。俺のときだって…」
「え、むっちゃんのとき、そうだったの? てか、むっちゃんやっぱ、シたことあんじゃん!」
「もーうっさい! そうだよ、あるよ! 悪い!?」
別に和衣のような意気込みがあったわけでも、勉強をしたわけでもないけれど、何となくそんな雰囲気になって、和衣の言う"キスのその先"まで進んでしまってから、すでに数か月が経っている。
そんな、高校生のころとかならまだしも、今さら恋人とそんなふうになってしまったからって、いちいち友だちになんか報告する気はないし、和衣と祐介の進行状況だって知りたくはない。
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9月 目があう回数が不自然です。 (5)
「えー…。……、何か亮からシよう言ってきたと思うけど…。俺もヤじゃなかったから、いいよー、みたいな感じで……て、あーもう、何言ってんの、俺!」
切羽詰まった表情の和衣に詰め寄られ、思わず白状してしまったけれど、そのときの状況をいちいち口に出すこと自体、どうしようもないくらい恥ずかしい。
睦月は両手で、熱くなった頬を叩いた。
「亮からかぁ…、アイツなら言ってきそうだもんね。祐介はどうかなぁ。何か言わなそうだよね?」
「カズちゃんの中では、ゆっちってそういうイメージ?」
「うーん…、何か、……うん、そういうイメージ。だってそうじゃない? 実際、祐介からそんなムーディな雰囲気、漂ってきたことないし」
「それは、カズちゃんが気付かなかっただけなのでは?」
別に幼馴染みの性事情なんて知りたくもないが、今までに付き合った女の子もいるし、祐介だって男だから、それなりに性欲だってあるだろう。
いくら祐介が生真面目で誠実な男だと言ったって、聖人君子ではないんだから、好きな子を前にして、まったく何も感じないとは思わないのだが。
「…てことは、祐介は俺といても、そんな気持ちにならないってこと? 俺って魅力ない? 色気ない!?」
「魅力があるから、ゆっちだってカズちゃんのこと、好きになったんでしょ? まぁ…色気があるかどうかは分かんないけど」
「むっちゃんに言われたくないし!」
でも亮はそういう気持ちになったわけだし、経験済みの睦月はいわば先輩だし……やっぱり睦月には、和衣が持ち合せていない色気とかがあるのかも…。
「…カズちゃんがシたいって思ってるなら、ゆっちにそう言えば?」
あんまりにも和衣が落ち込むから、だったらいっそ、と、睦月はそう提案してみる。
いくら祐介がそういう面でものすごく淡白だとしたって、恋人に真っ向から迫られたら、その気になるに違いない。
なのに。
「その言い方が分かんないんだって! てか、そんな恥ずかしいこと出来るわけないじゃん!」
「何で」
キスのその先まで進みたいとか言って、それを睦月には思い切り白状しているくせに、今さら何を純情ぶったことを言っているのやら。
「カズちゃん、女の子とシたことあんの?」
「あるよ」
「なら、そんな感じでいいんじゃない?」
「祐介は女の子じゃない!」
「知ってるよ。そうじゃなくて、何かそんときみたくすれば、てこと」
「そんなの…」
だってあのころは、自分は男なんだから、やっぱりリードしなきゃ! という思いから、初めてながらもいろいろがんばったような気がする。
それがうまくいっていたかどうかは、必死だったから、今となっても分からないけれど。
「てかさ、俺、もう1個聞きたいことあんだけど…、むっちゃんてさぁ、その……どっちなの?」
「何が?」
「エッチのとき」
「…………、……、ッッッ!!! なっ…」
2人しかいない部屋なのに、周囲を窺うように声を潜めた和衣が、何を言い出すのかと思えば。
和衣の言いたいことを理解した途端、本気で言葉に詰まった。
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9月 目があう回数が不自然です。 (6)
挿入までありなのだとしたら、どちらかが受け入れる側にならなければならない。
和衣も、蒼一郎から聞いたり、翔真の部屋のパソコンで調べたりして、そのことは何となく分かっているのだが、実際のところは未体験だ。
やっぱり男の子だから、受け入れるなんて、そんなの無理な気がするし、でも祐介も同じことを思っていたら、うまくいかない気がする。
だから睦月に聞いて、どうやってその役割を決めたのかを知りたいのだ。
ちなみに蒼一郎たちは、郁雅がネコらしい(受ける側のことをそう呼ぶのだと、教わった)のだが、どうやって決めたの? と聞いても、いつの間にかそうなってた、て言われて、全然参考にならなかった。
「ねぇ、どっち? どうやって決めたの?」
「もー勘弁してよぉ…」
まるで性に対して興味を持ち始めた子どもを相手にしているようで、睦月は頭を抱えながら後ろに転がった。
「むっちゃーん」
「そんなの、自分たちで決めて!」
ご飯を食べ終えた和衣も、同じように睦月の横に寝転ぶ。
顔を背けても、和衣がズリズリと近寄って来るから、逃げるのは諦めた。
「そりゃ最後は自分らで決めるけどさぁ…」
「てかさぁ、好きな人とやることって、別にエッチばっかじゃないでしょ? カズちゃんも、そんなに拘んなくていいんじゃない?」
「拘ってるわけじゃ…」
「だって何かさっきから聞いてると、カズちゃん、すごい欲求不満みたいだよ?」
多分、まだエッチしたことがない高校生だって、きっとここまでじゃないと思う。
というか、和衣はいつ乙女キャラを卒業したんだろう。前なら、そんな話をしたら、恥ずかしがって相手を突き飛ばす勢いだったのに。
(やっぱり、欲求不満かな?)
いくら恥ずかしがり屋の乙女でも、和衣は健康な肉体を持った男の子だ。
気持ちとは裏腹に、体は正直なのかも。
「あ、じゃあさ、このDVD、ゆっちと見ればいいじゃん。で、2人で気分盛り上げて、エッチすれば?」
「そんなの完全に変態じゃん!」
「いや、俺に一緒に見ようって誘ってる時点で、若干変態くさいよ」
いまいち和衣の羞恥の基準が分からない。
睦月に、ズバズバとあんなことを聞いてくるのは、恥ずかしくはないの?
「勉強じゃん。カズちゃん、ここまで一生懸命に勉強してきたんでしょ? 最後にゆっちと一緒にこれ見てさ、どっち側がいいか決めたらいいじゃん。見た後に、ゆっち、どっち側がやりたい? て聞くの」
「…むっちゃん、本気で思ってる?」
絶対に、もう面倒くさくなってるでしょ?
自分の性格が面倒くさいのは、和衣だって百も承知している。それを分かってて、あえて聞いているんだから、最後まで面倒を見てほしい。
「だってそんな、カズちゃんたちのエッチの心配までしてらんないよぉ」
「あうぅ…」
和衣はゴロリと転がって伏せになると、クッションを引っ張って来て、そこに顔をうずめた。
翔真にはすげなくされたし、頼みの綱は、もう睦月しかいないのに。
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テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
9月 目があう回数が不自然です。 (7)
和衣は、放り出されたままになっていた2枚のDVDを手にして、そのパッケージをじっくり眺めた。
「祐介と一緒に見るの、どっちがいいかな」
「え、ホントに一緒に見んの!?」
「何で? むっちゃんだって、一緒に見れば、て言ったじゃん」
蒼一郎にも翔真にもそう言われたし、やっぱり祐介と一緒に見て勉強するのが一番いいのかもしれないけれど、やはり中を見てみないことにはけれど、どちらが勉強に向いているのかは分からない。
「でもカズちゃん、どこで見る気?」
「え?」
「だって部屋で見てて、同じ部屋の人帰ってきたら、超気まずくない?」
「う…、そ、だよね…」
見る場所もそうだけれど、祐介と一緒にこのDVDを見るまでには、問題が山積みだと、和衣は改めて思う。
だって、エッチを誘うのだってどうしよう、て思っているくらいなのに、でもそれならきっと雰囲気とかムードとかあるけれど、DVDを見るのは、「一緒に見よう」て声を掛けるほかない。
やっぱりそれって、ちょっと変態ぽい。
「あー、やっぱこの作戦も失敗? うぅん、せっかく買ったのに…」
「もう諦めなさい」
「…分かった」
「え、」
まだ駄々を捏ねるのかと思いきや、諦めろという睦月の言葉に、和衣はなぜか素直に従う。
どうしたのかと、チラリと様子を窺えば、けれど和衣はやはり諦め切れていないのか、DVDのパッケージを見比べている。
「じゃあ、とりあえず、こっちから見てみる」
「はっ?」
えっと、今、諦めるって言ったよね?
いや、言わなかったけど、諦めろって言ったら、分かったって答えたよね?
なのに、何でやっぱり見ることになってんの??
「祐介と一緒に見るのは無理だけど、せっかく買ったから、1人で見る」
「え、あっそう? 1人で見るの?」
最初に、1人で見る勇気ないとか言ってなかったけ?
こんな短時間に、その勇気が付いたならいいんだけど…。
「…て、ちょっと待って! 何でここで見ようとしてんの?」
よいしょ、とか言いながら起き上った和衣が、DVDを手にテレビのほうに向かおうとするから、睦月は慌ててその足を掴んだ。
「え、何?」
いきなり足を掴まれて、驚いて振り返れば、睦月が変な格好で転がっている。
和衣が足を掴まれてから、1歩踏み出したせいだ。
「何じゃないよ。何今見ようとしてんの? 1人で見るんでしょ!?」
「だって俺の部屋、人いるし…。ここで見させて?」
「はぁ!? それじゃ一緒に見るのとおんなじじゃん! もーカズちゃん!」
「いいじゃん、一緒に見よ? むっちゃんも参考にすればいいじゃん、ねっ?」
焦る睦月の声を無視して、和衣はさっさとDVDをプレーヤーにセットしてしまった。
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9月 目があう回数が不自然です。 (8) R18
溜め息をつきつつ、睦月が時計を見ればまだ8時で、亮はまだ帰って来ないだろう。
いくら亮が酔っ払って帰って来たって、和衣と2人でエロビデオを見ているという状況は、隠せないと思う。
何だかんだで最後は和衣の言いなりになってしまっているこの現状を、どうにか打破したいとは思うのに、泣き付かれたり、当たり前のように『いいでしょ?』とか言われたりすると、結局はなすがままで。
(あぁ…何で俺はカズちゃんとエロビデオなんか見なきゃいけないの…?)
落ち込む睦月をよそに、テレビとDVDのリモコンを持って戻って来た和衣は、なぜか睦月の隣にぴったり寄り添って寝そべった。
「何もうカズちゃん、もっと向こう行ってよ」
「だってだって!」
「暑いってば」
1人で見る勇気がないと言っていただけあって、誰かそばに付いていてほしいのだろうか。
けれどこれから見るのはエロビデオで、決してホラー映画ではない。
「大丈夫だったら離れるから!」
「その大丈夫とか、大丈夫じゃないの基準は!?」
あぁもう、何が何だか分からない。
とりあえずくっ付いている和衣を宥めつつ、念のためにボリュームをうんと下げて、始まるのを待った。
メーカーのロゴみたいのが表示されて、そして画面が切り替わる。
自分たちと同世代くらいだろうか、パッケージに写っていた男の子が、笑顔でこちらに向かって話し掛けてくる。
バーチャルデートみたいな感じ? と思っていたら、ベッドの上、いきなり服を脱ぎ始めた。
「ッ…」
隣で息を呑む音がして、チラリと視線を向ければ、すでに和衣の目が据わっている。
まだ始まって5分も経っていないのに、大丈夫かな。
画面ではパンツ1枚になった男の子が、自分で自分の体をまさぐり始める。
演技なのか、本気なのか、甘ったるい声が漏れる。
パンツをずり下げると、もう分かるくらいにソレが勃ち上がっている。
「ヒッ…」
また、和衣が小さく悲鳴を上げて、息を止める。
ネットで見た画像は、そういう部分が写っていないアングルだったし、無料の動画は紹介程度の数秒のものしかないし、もっと長いのが見たいと言えば、いい加減にしてくれ! と翔真に止められたので、見ることが出来なかった。
だからこれが、正真正銘、生まれて初めてのことなのだ。
「カズちゃん、これで固まってたら、ゆっちとヤるなんて無理なんじゃない?」
「なっ…別に平気だし!」
ギュッとクッションを握り締めたまま、微動だにせずにいたくせに、睦月に声を掛けられて、和衣は真っ赤な顔で否定した。
全然説得力がない。
大丈夫かなぁ…なんて思いつつ、睦月がテレビに視線を戻せば、今度はもう1人男の子が登場してて、抱き合ってキスをしていた。
舌を絡めているのが分かるくらいの、ディープキス。
『あぁん…!』
乳首を舐められて、悶えて、甘い声が上がる。
愛撫はどんどん進んでいって、濡れた性器を扱かれて、画面の中の2人はどんどん盛り上がっていく。
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テーマ:自作BL小説 ジャンル:小説・文学
9月 目があう回数が不自然です。 (9) R18
「うわっ…」
そのまま手でイかせるのかと思ったら、高ぶったソレを、もう1人の男の子が深く口に銜えた。
フェラ。
実は和衣はされたことがないし(もちろん、したことだってない)、見るのも初めてだ。
隣に睦月がいるのも忘れて、和衣は食い入るように画面を見つめ、そしてゴクリと唾を飲み込んだ。
今まで蒼一郎から話を聞いたり、ネットでいろいろ見たりはしていたけれど、実際にヤッているところを見るのは、全然違う。
(こ…これ…するの? 俺もするの? それともされるの?)
頭の中は、もうパニック状態だ。
和衣が気にしていた、どちら側になるのか、例えば受け入れる側になったとして、どうしたらよいのか、事はそこまで進んでいないというのに。
「カズちゃん、大丈夫?」
「……え…?」
睦月に肩を揺すられ、和衣は何とか顔をテレビから睦月のほうに向けた。
「何かハァハァしてるけど……あの…」
もう変な気分になっちゃったわけじゃないよね?
火照ったように真っ赤な顔をしている和衣は、開いた口を閉じることも出来ないのか、ポワンと睦月の顔を見ている。
「カズちゃん?」
「ん…俺、はぁ…」
『あぁーっ!』
2人が呆然と見つめ合っていると、テレビからはギクリとするような喘ぎ声。
思わずテレビのほうを向くと、フェラをしていたほうの男の子の顔が、白く汚れている。
先ほどまでの行為からして、その白いものが何なのか、和衣にだってそのくらいは分かる。分かってはいるけれど、頭が付いていかない。
男の子は顔に掛かった精液を拭うと、今度は相手の両方の足首を持って足を広げさせ、尻の間にローションを垂らした。
どうやら、フェラをされていたほうが、ネコらしい。
いや、それはいいとして、その大胆なポーズと行為に驚いて、和衣は思わず睦月のシャツの袖をギュッと握り締めた。
だって、こんな格好、絶対恥ずかしい。
和衣が昔、女の子とエッチしたときだって、こんな格好させたことない。
AVだから、わざとこんな恥ずかしい格好をさせるの?
それとも、男同士でヤルときは、こういうふうにしたほうがいいの?
軽くパニックになりつつ、睦月のシャツを掴む手に力を入れれば、あやすように頭を撫でられた。
(でも、だって、お尻…! 指が!)
ローションを垂らした尻の間に、1本ずつ指が埋め込まれていく。
2本になった指が、狭い穴の中を出入りしていく様をまざまざと見せ付けられ、和衣は完全に固まった。
確かに勉強したとおりではあるけれど、それを実際に目の当たりにするのでは、訳が違う。
「こ…こんな、しなきゃダメなの…?」
「だって、相手のアレ、入れるんだよ? 何もしなかったら、入んないよ?」
「だよね、だよね」
うん、確かにそれは、蒼一郎からも聞いている。
だって、もともと受け入れるための器官じゃないんだから、よく解さないとケガをしてしまうのだ。
(ていうか、むっちゃん、何でそんなに普通なの…?)
和衣の場合、興奮しているというよりは、ショックのほうが大きいのだが、それでもとても冷静ではいられないのに、睦月ときたら、まるでいつもと同じ様子だ。
何だかすごく大人みたいで、先を越された気分。
これが、実際に経験している男の余裕?
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9月 目があう回数が不自然です。 (10) R18
『あぁっ…ん、ん…』
和衣が、睦月の様子を気にしているうちに、テレビでは次のステップに突入していた。
とうとうそのイチモツが、尻の間へと挿入されていく。
「ひぃっ…」
画面の2人は、すごく気持ちよさそうな顔をしているけれど、和衣にはとても信じられなかった。
(だって…あんなの入れられて気持ちいいなんて、絶対嘘だよ、そんなの…!)
でも睦月たちも、蒼一郎たちも、こういうことをしているという。
話を聞いた中では、2人とももうやめたいみたいなことを言わないから、今テレビの中で気持ちよさそうにしている2人の表情も、まんざら演技というだけではないのかもしれないけれど。
「ねぇ、むっちゃん…」
「んー?」
(結局むっちゃんは、どっち側なの…? 受け入れる側なの? 突っ込む側なの? どっちなの?)
「何、カズちゃん」
「な…何でも…」
「えっ、何で泣きそうなの?」
自分でも気付かないうちに、涙ぐんでいたらしい。
頭の中はすっかり飽和状態で、感覚をコントロールすることが出来なくなっているみたい。
「もう見るのやめ…」
ここまでがんばったから、今日はこのくらいにして、見るのはやめる? ――――睦月はそう提案するつもりだった。
そのつもりで、DVDのリモコンに手を掛けようとしていた。
まさにそのタイミングだった。
「睦月ー、こないだ貸したDVD…」
ガチャリ。
ノブの回る音。
先に気付いたのは、睦月だった。
え? と思って振り返れば、ドアは開いていて、そこには祐介が立っている。
「は?」
祐介の姿を見つけ、声をも出せないほど驚いている和衣をよそに、睦月の口を突いて出たのは、そんな間抜けな一言だった。
だって、どうしてそこに祐介が?
このタイミングで?
てか、何でドア開いてんの?
「……………………」
「……………………」
「……………………」
3人とも、微動だに出来ないほど、固まっている。
水を打ったような静けさとは、まさにこのことか。
『あーっ!』
3人のどうしようもない沈黙を打ち破ったのは、テレビから聞こえてきた甘い喘ぎ声。
ボリュームはうんと絞ってあったけれど、それはしっかりと祐介の耳にも届いたようで、祐介は睦月と和衣を交互に見た後、ゆっくりと視線をテレビに向けた。
画面では2人の男の子が、真っ最中も真っ最中。ごまかしようがないくらい、本番まっただ中。
和衣は、「ひぃっ…!」と悲鳴まがいの声を上げて、しかも驚いた拍子に足を跳ね上げ、踵でローテーブルの背を蹴り飛ばしてしまった。
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9月 目があう回数が不自然です。 (11)
いつかは祐介と見ようとは思っていたけれど。
一緒に勉強して、いつかこういうふうなことをしたいな、とは思っていたけれど。
まさかこんな状況で一緒に見ることになろうとは、想像だにしていなかった。
「あの、あのね、祐介、あのね!」
あぁもう、どんな言い訳をしたらいいのか、分からない。
相変わらずテレビの中からは、悩ましげな声が聞こえてくるけれど、そんなのもう和衣には届かない。
「てか、ゆっち、何勝手に入って来てんの! の、ノックくらいしてよ!」
強気な発言だが、やはり睦月も動揺しているのか、声が上擦っている。
「ノックしたって! で…でも返事がないから!」
「じゃあ何で入ってくんだよ!」
「鍵掛かってんのかと思って、ノブ回したら開いたから…!」
いつもは落ち着いている祐介も、さすがにこの状況だけは、いつもどおりにはいられないのか、完全にあたふたしている。
「も、ちょっ、いいからドア閉めてよ!」
外から丸見えの状態で、もし廊下を誰かが通れば、完全に言い訳できない状況だ。
焦った祐介はとりあえず自分も部屋の中に入って、ドアを閉めた。
ちょっ…部屋の中に入られるのも、気まずさから言ったら、勘弁してよ! て思うけれど、まさか出て行けとも言えないから、睦月も和衣も、それ以上は何も言えない。
「で、何? ゆっち、何の用?」
まだ焦っているのか、睦月は早口で捲し立てた。
心なしか、祐介の口元も、引き攣っている。
「え、あの…前貸してたDVD、返してほしいな…て…」
「DVDね、DVD…」
そういえばこの間、祐介から借りたっけ。
どこ置いたっけ?
(――――て、AV点きっ放しだし!)
テレビの側にあるDVDを入れるための籠の中かな、て思って、その中を探そうとした睦月は、画面に映し出されているセックスシーンに再び頭を抱えた。
もうこんな状況で、こんなもの、見ていられるはずがない。
カズちゃん、テレビ消して! て睦月が合図するけれど、完全に思考がストップしている和衣は、呆然とその場にへたり込んでいる。
(あぁん、もう! 役立たず!)
こりゃダメだ、と分かったところで、睦月はDVD探しに専念する。
とりあえず今は、それを探し出すことが先決だ。
「あったー! あった、あった! ゆっち、あった! これだよね、はい!」
籠の中にあったDVDを祐介に無理やり押し付ける。
そして、部屋から出てもらおうと、その背中を押そうとしたが、そこでふと思う。
ここはひとまず、祐介には帰ってもらうべきか、それともここに残って、事の次第を聞いてもらうべきか。
「えっと…ゆっち、あの…」
「あ、えっと……俺、帰ったほうが、いいよね、うん、あの……お邪魔しました…」
乾いた笑みを張り付けたまま、祐介はキレイに回れ右をして、部屋を出て行こうとする。
「ちょっ、祐介、待って!」
今までずっと動けずにいた和衣が、急に立ち上がって、祐介を追い掛けた。
「…………」
部屋に残されたのは、睦月1人。
テレビからは相変わらずの喘ぎ声。
DVDは両方とも置いて行かれたし、和衣の荷物は亮のベッドの上に置きっ放し。
しかもテーブルの上は、食事を終えたままの状態で。
「カズちゃんのバカ…!」
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9月 目があう回数が不自然です。 (12)
足早に廊下を歩く祐介に追い付いた和衣は、クイとその腕を掴んだ。
「あ、あのね、あれ…」
変に思われた?
いや、和衣だって男なんだし、AVくらい見ても、不思議ではない。
だから、変には思われてないかもだけど、その代わり、悲しいけれど、変態には思われているかもしれない。
「祐介、あのね、」
何も言わない祐介が心配になって、和衣は一生懸命話し掛けるけれど、でも何を言ったらいいか分からなくて、結局、全然会話にならない。
そうしているうちに祐介の部屋の前まで到着してしまって、どうしていいか分からず、和衣は祐介の腕を掴んでいた手を離した。
「今、誰もいないから、おいで?」
「でも…」
「いいから来て」
少し乱暴に腕を引かれて、和衣はそのまま祐介の部屋に入った。
ひどく気まずい。
だって、こんな。
「…さっきのが、どういうことか、聞いてもいいよね、一応」
先ほどのことを教訓にしたのか、祐介はしっかりと施錠してから室内に上がり、和衣の隣に座った。
和衣がどんなAVを見ようと、そんなことまで包み隠さず話せとは言わないけれど、どうして睦月と一緒に見ていたのか、そこのところは、一応聞いておきたい。
「さっきの」
2人の間に隠し事はしないと決めたのだ。このままごまかすなんて、絶対出来ない。
和衣は意を決した。
「…買ったはいいけど、1人で見る勇気なくて、むっちゃんと一緒に見てたの」
「和衣が買ったの?」
祐介にひどく驚かれ、顔が熱くなったけれど、和衣は正直に頷いた。
でも、祐介とエッチしたいからいろいろ勉強してたとか、あのDVDもそのために買ったとか、そんなことちょっと言い出しにくい。
(でも言わなきゃだよね。思ってること隠して、前みたいにケンカするの、ヤダし。でも、何て言ったらいいの…?)
この状況で、『祐介とエッチしたいから』とか言うのは、いかにも過ぎる。
狙ってたわけではないけれど、まるで狙っていたみたいだ。
「あのさ、和衣…」
「え?」
戸惑いで視線を彷徨わせていた和衣が、名前を呼ばれて祐介のほうを見ると、しっかりバッチリ目が合って、恥ずかしくてまた目を逸らした。
「2人きりのとき、そんな顔すんのやめてよ…」
「え? え? そんな顔、て?」
どんな顔? そんな変な顔してる!? と、焦って両頬を押さえながらキョロキョロすれば、また祐介と目が合った。
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9月 目があう回数が不自然です。 (13)
「そういう色っぽい顔」
え? と聞き返そうとした和衣の声は、そのまま唇を塞がれて、言葉にはならなかった。
「…ん、」
角度を変えて、何度も唇を重ね合わせて、舌を絡め取られて。
いつもデートのときとか、些細なときにする、そっと優しいのじゃない、深いキス。まるで唇を食むような、そんな感じだと思った。
「はぁっ…」
長いキスから解放されて、和衣は大きく息をついた。
「ぇ…何…?」
だって、こんなキスは知らない。
いや、したことはあるけれど、昔はしたことあるけれど、祐介とはしたことないから。
「そういう顔されると、こーゆうことしたくなって、我慢できなくなるよ」
「そんな顔してない…」
「してるよ。俺、しょっちゅうクラクラしてるもん」
前髪を掻き上げられ、額にキスを落とされる。
そんなことない、そんな顔してない、て否定しようとしても、そのまま抱き締められて、言葉が続かなかった。
「あのね、俺も一応男だからさ、好きな子といると、いろいろ我慢も出来なくなるし、抑えるの、大変なの」
「嘘…、そんなの嘘だもん…」
だって全然そんな雰囲気にならないし、だから和衣は一生懸命勉強して、がんばろうとしたのだ。
「嘘じゃないって」
「じゃ…何で我慢、してたの…?」
そんなふうに思っていたのなら、もっといろいろしてくれたらよかったのに。
言ってくれたら、よかったのに。
「だって…そりゃなかなか言い出せないよ。和衣も男だから、分かるでしょ?」
ん? と顔を覗き込まれ、恥ずかしくて目を逸らした。
確かに和衣も、そういうことしたいとか、どうやったらそんな雰囲気になるのかな、とか、まるで初めて彼女が出来たときみたいなこと、考えてはいたけれど。
「でも、和衣もそういうふうに思っててくれたってことだよね?」
唇に吐息が掛かるほど近い距離で、そんなこと囁かないで。
心臓が痛い。
「祐介…俺と、シたいの…?」
「そんな、誘うような顔、しちゃダメ」
「誘ってない…」
和衣は真っ赤な顔で否定するけれど。
こんな殺し文句みたいなこと言っておいて、誘ってないとか言っても、全然説得力がない。
「…ん、やぁ…」
頬やこめかみに優しいキスを落とされて、何だかグズグズになっていきそう。
「ゆう…」
和衣が、祐介とのキスにうっとりと酔っている、まさにその最中だった。
――――ドンドンドンドンッ!
ドアを叩く激しいノックが、2人を現実の世界に引き戻した。
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9月 目があう回数が不自然です。 (14)
祐介の同室者なら鍵を持っているから、ノックなんてしないでドアを開けるだろう。なのに、いつまでもしつこくドアを叩いているのは、それ以外の誰かで。
このまま無視してしまおうかとも思ったけれど、ドア越しに掛けられた声に、2人はさらにギクリとする。
『カズちゃーん、忘れモンだよー』
「むっちゃん…」
声の主は、先ほどまで和衣と一緒にいた睦月だった。
ここは祐介の部屋なのに、和衣を呼ぶということは、祐介と2人でここにいることを知っていて声を掛けているのだ。
『カズちゃーん』
ドアをノックしたり、鍵の掛かっているノブをガチャガチャ回したり。
出て行くまで、絶対に諦めなそう。
祐介は、和衣と顔を見合わせてから、溜め息をついてドアに向った。
「…何?」
「カズちゃんは?」
こんないい雰囲気をぶち壊されて、祐介だって不機嫌にもなる。
なのに睦月は気付かないふりで、部屋の中にいる和衣の姿を探している。
「カズちゃん、忘れモンだよー」
おいでおいで、と手招きする睦月につられて、和衣もノコノコとドアのほうに行った。
「はい。これ忘れてったでしょ?」
にこやかに笑う睦月から手渡されたのは、亮のベッドの上に置きっ放しにしていた和衣のお泊まりセットと――――2本のDVD…!!
「ちょっ!」
和衣は慌ててそれを睦月に返そうとしたが、意地悪な笑顔で無理やり押し付けられた。
「あ、寮の部屋、壁薄いからね。一応、忠告しとこうと思って。…いいタイミングだったでしょ?」
「う゛…」
確かに睦月が来なかったら、このまま雰囲気に流されて……な感じになっていたに違いない。
何となく邪魔された感があったけれど、睦月の言うとおり、壁の薄い安普請のこの寮でそんなことに至れば、どんなに声とか我慢したって、絶対に隣の部屋にバレる。
それによく考えたら、事に及んでいる最中に、同室者が帰って来たら…。
そういう意味では、睦月の登場は、たとえ嫌がらせだったとしても、ありがたいことだったのかもしれない。
「てことで、お邪魔しましたー」
最後まで笑顔のまま、睦月は部屋を出て行った。
「…………」
「…………」
再び2人きりになった部屋。
顔を見合わせる。
「続きはまた今度ね」
祐介は苦笑してから、和衣を抱き締めて、もう1度キスした。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (1)
カフェテリアで亮と2人になると、翔真はおもむろにそんなことを言い出した。
向かいの席で遅めの昼食を取っていた亮は、「は?」と顔を上げた。
「何、いきなり」
「彼女と別れたー」
「はぁ!?」
思い掛けない翔真からの告白に、亮は食べていたピラフを吹き出しそうになる。
「なっ…マジで?」
本当は驚きのあまり大きな声を出しそうになったけれど、周りには他の学生もいるので、亮は出来るだけ声を潜めて、翔真に聞き返した。
「マジで」
「でもさぁ、ショウにしちゃ、結構長くなかった?」
「1年くらい」
合コンで出会った彼女だけど、すごく気が合って、すごく大好きだった。
きっと多分、今までで一番大好き。
……だったけど。
「別れよう、て言われちゃった」
それは、あまりにも突然の出来事。
先週の日曜日だって、一緒に出掛けて、仲良くしたのに。
「何かあったわけ?」
「何もない」
「何もないのに、別れようて言われたんだ?」
「うーん…、……うん」
確かに翔真は、年齢のわりに恋愛経験は豊富で、けれどその反面、恋愛にのめり込むタイプではなかったから、意外と長続きしないのも事実だった。
まるでアイドルのような甘い顔立ち、言い寄って来る女の子も多いけれど、翔真は見た目と違って、遊びで付き合うようなまねはしなくて、相手との気持ちの比重の違いが、別れる要因になることが多かった。
もっと愛してほしい、いつも一緒にいたい――――過度に求められることが苦手で、程よい距離感を保っていたかった。
そんな意味でも、彼女とは、すごく合っていた。
時おり独占欲みたいなのを見せ付けられることはあったけれど、距離感とか、すごくちょうどよかったのに。
でも、別れよう、て言われた。
「てか、すごいって何?」
「え、何が?」
「お前、最初に、女の子てすごいと思うとか言わなかった? 何それ」
彼女と別れたという発言に驚いて忘れるところだったけれど、最初に翔真の言ったその言葉の意味が、まだ分からない。
「何かさ、分かるみたい。自分だけに気持ちが向いてないのが」
「は? ショウ、他に好きなヤツがいんの?」
「うぅん、好きなのは彼女。…でも」
でも、ひどく気になるのは。
好きじゃないけれど、でも、いつもいつも、頭の片隅、どこかで考えているのは彼女ではなく――――。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (2)
そんなことないよ、て言ったのに。
でも彼女は、そんな翔真の心の奥底の、翔真自身でも気付いていないような部分まで感付いていたようで、やっぱり別れるとしか言ってくれなかった。
「あーあ、別れちゃった…」
「合コンでも行けば? ショウ、こないだも誘われてたじゃん」
「…行かね」
何だか、そんな気分にならない。
前は、彼女と別れたら、新しい恋を探そうてすぐに思ったのに、不思議と今はそんな気分にはならなくて。きっと合コンに行っても、全然集中できないだろうし、素直に楽しめないと思う。
だって。
彼女と別れて落ち込む暇もないくらい、翔真の頭の中を占めているのは、新しい恋ではなく、…………悲しいかな、真大のことだった。
あの夏の日、ひどく拒絶されて、それ以来、まともに話もしていない。
それどころか、真大は、翔真のことなどまるで知らないといった素振りで、見掛けてもそっけなく素通りしていく。
春のころのように、嫌な顔をして顔を背けるでもなく、表情1つ変えず、スッと通り抜けていく。
もともと、誤解からとはいえ嫌われていたし、最初からそんな態度で接してきた真大のことを、翔真だって、そんなに得意ではなかった。
だから、少し打ち解けて、またさらに嫌われたところで、結局元に戻っただけのこと。
別に何も気にすることはない――――それなのに。
(ずっと真大のこと、考えてる…)
こんなに真大のことが気になるなんて、もしかしたら自分は真大に恋をしてしまったのだろうか。
けれど考えてみても、別に好きだとも思わないし、どっちかっていうと、やっぱり苦手だし、この気持ちを恋と呼ぶには程遠すぎた。
「俺さぁ、ずっと不思議だったんだ」
「ぁにが?」
モグモグ、口の中いっぱいに詰め込み過ぎたピラフを咀嚼しながら、亮が聞き返した。
「亮てさ、いつからそんなに一途になったの?」
「は?」
だって、高校のころの亮は、確か自分に似ていた。
彼女が出来ても長続きしなくて、でもフリーになったら誰かに告白されて、また付き合って。噂が一人歩きして、二股しているとか言われたこともあった。
実際にそんなことはしないけれど、でもそう思われても仕方ないくらい、一途とは言い難い恋愛事情だった。
なのに。
「何で、そんなになったの? 亮、何で変わったの?」
「えぇ? 別に何も変わってねぇけど?」
彼女と別れたばかりのせいなのか、いつもと様子の違う翔真に、亮は困ったように眉を寄せた。
「変わったよ、亮」
「はぁ? だから変わってねぇって」
「変わったよ。前よりカッコよくなった」
「ぶはっ!」
急に何を言い出すのかと思えば。
今までに親友から、こんな正面を切って褒められたことなんて、ただの1度もないのに。
亮は口元を引き攣らせながら、冷め切った無料のお茶を飲み干した。
「ショウ…どうしたの?」
「何が?」
「何がじゃねぇよ。いきなり褒めんなよ、キモイっつーの」
変なヤツ! と亮は首を傾げてから、ピラフに集中した。
向かいでその様子を眺めながら、翔真は、(だってホントにそう思うんだもん)と、心の中で言い返した。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (3)
彼女のことを1番に愛しているけれど、それだけに集中し切れないし、恋愛の中で、つい自分の都合で考えてしまいがちだし。
もし自分が女だったら、絶対こんなヤツ好きにならない! とは、何度も思ったことだ。
(亮もそうだと思ってたんだけどなぁ)
けれど亮は、睦月に恋をして、変わった。
本人は何も変わってないて言うけれど、一途で誠実になった。
和衣だってそうだ。
もともと一途で、恋に恋する乙女ではあったけれど、でも祐介にもっと愛されたいとか、ずっと好きでいてもらえるように、懸命に努力しているし。
(変わってないのは、俺だけか…)
人は恋で変わるとはよく言ったものだけれど、親友2人を見ていると、まさにその言葉がよく当てはまる気がする。
目の前でガツガツとピラフをがっついている亮を見ながら、ボンヤリと思った。
「あ、でもさ、ショウ」
「あー?」
「お前、誰か気になるヤツがいんの?」
「何で?」
スプーンを銜えたままで喋るなよ、と突っ込もうと思ったが、それよりも亮が何でそんなことを言い出すのかと思って、そっちのほうが気になった。
「だってさ、彼女にそういうふうに言われたんだろ?」
「あー…うん。気になるっていうか、うん、まぁ、気にはなるんだけど、好きなわけじゃないんだよね」
「そうなの?」
「うん」
好きじゃないっていうか、むしろ苦手。
嫌いとまではいかないけれど、でもやっぱ好きにはなれない。
そんな気がする。
「でも気になるんだろ?」
「うーん…、何か気付くと、そいつのこと考えてんだよね」
「??? やっぱ好きなんじゃねぇの?」
気になって、気付くとその子のことを考えていて、なのに翔真は、その相手のことを好きではないと言う。
何だか亮には、到底想像もつかないことだった。
だって、もし亮が翔真と同じような状態になって、そのことを打ち明ければ、翔真だったら絶対、それは恋だって言うだろうに。
どうして自分のそれは、恋ではないと断言できるの?
「でもさぁ、好きじゃないんだとしても、珍しくね?」
「何が?」
「ショウがそんなに執着すんの」
「してないよ」
「してんじゃん。気になって気になって、彼女と別れちゃうくらい」
そう言われると、返す言葉がない。
確かにそれが原因で、彼女とは別れたのだ。
「ねぇ亮、そんなに珍しい?」
「何が?」
「俺が1つのことに拘んの。俺って、そんなに執着心とか薄いかな?」
「自覚ねぇの?」
あっさりとそう返されて、翔真は言葉に詰まった。
自覚していないわけではない。
恋愛に限らず、1つのことへの拘りはあまりなくて、失ってもまた次を求めればいいというような、そんな性格なのは昔からだ。
「いっそ好きになったら楽なのに」
「ん?」
もしこれが恋なら。
真大のことが好きなら、こんなに悩まずに済んだ。
溺れるくらい恋にのめり込んで、何も見えなくなったら。
そうだったら、よかったのに。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (4)
そう言ってノックもせずに部屋に駆け込んできたのを、一瞬真大かと思うなんて、絶対に重症だ。
やって来たのは和衣で、翔真しかいない室内をキョロキョロと見回していた。
「あれ、ショウちゃんだけ?」
「だけ」
「何だ。蒼ちゃんは? 出掛けちゃった?」
「まだバイトから帰って来てない」
蒼一郎に用事があるのなら、そう言えば帰ると思ったのに、和衣は「そうなんだー」とか言いながら、翔真が転がっていたベッドに無理やり乗っかってきた。
「…何、カズ」
「え、ショウちゃん暇なんでしょ? 一緒に遊ぼ?」
「は?」
「だって俺の部屋の人、まだ帰って来ないし、祐介もまだバイトだし、1人で寂しいんだもん」
「むっちゃんは?」
「亮と出掛けちゃった…」
本当に寂しいのか、和衣はシュンと項垂れた。
それはいいとして、やっぱりちょっと狭い。
「カズ、遊んでやるから、ちょっと下りて。狭い」
「いいじゃーん」
「パソコン構っていいから」
「もう飽きた」
ちょっと前で、翔真の部屋に来る用事といったら、ただでパソコンを使わせてもらい、ネットをすることだったくせに。
でも和衣の『飽きた』と言うのは本当のようで、何度尋ねても、「別にしたくない」としか答えない。
「何でよ。もう"お勉強"しなくていいわけ?」
「んー? 勉強はー、いつでもしてるし!」
何のお勉強かは、今さら聞かなくても分かるくらいの間柄だ。
今までどんなに鬱陶しがられても、翔真の部屋で、そんなサイトを巡るのがもっぱらの和衣のお勉強だったのに。
「…てかカズ、何でそんなにご機嫌なの?」
「何が? 普通だよ?」
「めっちゃ顔にやけてるじゃん」
呆れた顔で指摘されて、和衣はハッと、緩んだ頬を押さえた。
そんなことをすれば、やっぱりニヤニヤしていたのだということが、あっさりバレるというのに。
そういう単純なところが、和衣らしい。
「……、あぁ、そういうこと?」
「え、何!?」
何も言っていないのに、なぜか納得したようなことを言い出す翔真に、和衣は焦って聞き返した。
「とうとう祐介とヤッちゃった?」
わざと和衣の耳元に口を寄せて、囁くようにそう尋ねれば、見る見る間に和衣の頬が赤くなっていく。
これだけ正直な反応、誘導尋問の必要もない。
「あぁ、そうなんだ」
「なっ…もう、ショウちゃんのバカ!!」
「何でだよ。そうなんだろ?」
「そ、そ、そうだけど!」
デリカシーない! て怒鳴ってやろうかとも思ったけれど、そういえば同じようなことを睦月に平気で尋ねたことを思い出し、和衣は何とか口を噤んだ。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (5)
「なっ…ッ…、…聞いてどうすんの?」
自分は、祐介とキスのその次に進みたい、て思いがあって、どうすればいいか分からなくて、蒼一郎や睦月に聞いたのだけれど、どう考えても翔真のは興味本位としか思えない。
「別にどうもしないけど。よかった?」
「ッ…、よ、よかったけど? 当たり前じゃん、好きな人とすんだから!」
顔を赤くしながらも、和衣が生真面目に答えれば、翔真の返事は「ふぅん」とつれない。
「それだけ?」
「何が?」
「感想」
聞けば恥ずかしがるくせに、そっけない翔真の態度は物足りないのか、和衣は面倒くさそうにしている翔真の顔を覗き込んだ。
「えー? じゃあ…男に突っ込まれんのって、気持ちいいの?」
「え、ちょっ…何で俺が突っ込まれる側って決め付けてんの!?」
「…………。違うの? まさかカズが祐介のこと、ヤッちゃった?」
「やややややってない! 違うよ! 何それ!」
単純な和衣は、翔真の口車に乗せられて、あっさりと白状した。
「もー、ショウちゃんのバカぁ…」
まだ頬を染めたまま、和衣は狭いベッド、翔真に背を向けるように寝返りを打ったけれど、翔真の手が和衣の体を仰向けにさせる。
「? 何、ショウちゃん」
翔真は和衣の上に覆い被さって来て、これではまるで押し倒しているみたいだ。
何の遊び? と、和衣は小首を傾げるが、翔真の表情は少しも笑っていない。
「ショウちゃん、ちょっ…何? やっ…」
上に伸し掛かっていた翔真が、和衣の首元に顔をうずめる。
吐息が掛かってくすぐったくて、和衣は首を竦めたけれど、力の差で逃げ出せない。
「何、ショウちゃ、ちょっ…ひゃっ!」
耳の後ろに唇を寄せられて、和衣は思わず声を上げてしまった。
こんなの、絶対変だ。
いくら経験が少ないと言ったって、これが単なる遊びの範囲を超えていることくらい、和衣にだって分かる。
「ねぇ、何、ヤダ、退いてよ! ショウちゃん!」
「ちょっと黙って…」
「ヤダヤダ! ねぇ、ちょっ」
手足を一生懸命バタつかせて何とか翔真の下から逃げようとするけれど、翔真は少しも力を緩めてくれない。
何でいきなりこんなことになってしまったのか、頭をフル回転させても、全然答えは見つからない。
「ショウちゃん!」
「気持ちよかったんでしょ? 俺もよくしてあげる」
「はぁ!?」
和衣は耳を疑った。
今のセリフを、本当に翔真が言ったのだろうか。
もしかしたら、悪い夢でも見てる?
こんなの絶対、いつもの翔真じゃない。
「ショウちゃん…!」
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (6)
和衣はもう1度、翔真を呼んだ。
「……あ…」
「ショウちゃ…」
「――――…………ッ、あ、ゴメ…!」
急に我に返ったのか、翔真はハッと和衣から離れた。
けれど和衣は、逃げるなら今しかないのに、和衣はその場から動けなかった。
「ショウちゃん…」
ゆっくりと起き上がる。
翔真はベッドの隅で、ぼんやりとその様子を眺めている。
「どうしたの…?」
先ほどまで本気で怖いと思っていたのに、今はもう、翔真からその雰囲気はない。
和衣は、まるで子どもに話し掛けるよう、翔真の目を見ながら声を掛けた。
「ゴメン、カズ…」
翔真は、やっとの思いで声を絞り出した。
自分が何をしたのか分からない、なんて、そんなことはない。
今まで築き上げてきた友情を、あっけなく崩壊させるところだった。
「ゴメン! ゴメン、カズ…」
和衣と目を合わせるのが怖くて、翔真はその体を押し退けてベッドを下りた。
「ショウちゃん、大丈夫?」
「…え…?」
「最近、ずっと変だったし…」
どんな理由であれ、自分はとんでもなく酷いことをしようとしたのに、和衣はそれでも心配そうに声を掛けてくれる。
「俺、そんなに変だった?」
「え…だって、何かボーっとしてること多いし、それに何か……いっつもイライラしてる感じだった。……何かあったの?」
「別に、そうじゃないけど…」
彼女と別れて。
寝ても覚めても頭の中を占めているのは、真大のことで。
もうわけが分からなくて。
「何かショウちゃんらしくないよ?」
「……、…だよね」
翔真は溜め息をついて、ベッドに腰掛けた。
あんなことがあった直後なのに、和衣は怯えることなく隣に座る。
「俺らしくないよな、ホント」
思わず苦笑い。
和衣は一体、何を翔真らしいと思い、今の翔真の何をらしくないと言うのだろう。そして自分は、それの一体何を分かって、返事をしているのだろう。
確かに、親友にあんなことをしようとしたのは、らしくないのかもしれないけれど、ボーっとしたり、イライラしたり、そんなの俺らしくない?
そういえばずっと前、蒼一郎にも言われことがある。焦ったり慌てたりとか、顔に出さない、て。
けれど翔真だってただの人だから、感情はあるし、楽しいことばかりでない、苛付くこともあるのに。
けれど。
「…だよね。俺らしくない」
翔真は、自分に言い聞かせるみたいにして、もう1度、そう言った。
そうだ、こんなのは自分らしくない。
いつまでも過去の恋を引き摺るのは、自分らしくない。
1人の人に、ずっととらわれたままでいるのは、そんなの自分らしくないから。
別れた彼女のことは忘れよう。
いつまでも真大に拘るのもやめよう。
そして早く、新しい、気軽な恋を探そう。
きっとそれが、自分らしいから。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (7)
寮の廊下、背後から掛けられた声に、真大はギクリと固まった。
ここのところ、ずっと避けていた人――――蒼一郎。
同じ建物で生活しているとはいえ、部屋のある階が違うから、会うことなんてないと高を括っていたが、どちらかが会おうと思って訪れてくれば、簡単に会えるものなのだ。
「――――…………何、蒼ちゃん」
真大は出来るだけ普通に、何でもないように振り返った。
相変わらず、優しくてお人よしな性格とは裏腹の、チャラついた格好。そのギャップに何だか笑っちゃう、とか何とか、誰かが言ってたっけ。
「どうしたの?」
何でもないふうに笑ったら、蒼一郎は少し困った顔をした。
ヤダな、そんな顔をさせたくないから、普通にしているのに。
「話……したいんだけど、いい?」
「どうぞ」
「いや、ここじゃなくて…、えと、真大の部屋、今誰かいる?」
「…いないと思うけど」
廊下で立ち話できないようなこと、そんな話のある間柄になってしまったのだと、真大は密かに思った。
どんなに普通にしていても、どんなに何でもないように振る舞っていても、やはり前のようにはいられないのだ。
「お邪魔しまーす」
律儀に挨拶をして、蒼一郎が上がり込んでくる。
蒼一郎が真大の部屋に来るのは、前期のテスト前、分からないところを聞きに行って以来だ。
「で、何の用? どうしたの?」
「あー……うん。何かその…最近、俺ら、あんま話とかしなくなったなぁ、て思って」
「そうだね」
蒼一郎が部屋の真ん中で所在なさげに突っ立っているから、真大は部屋の真ん中に置いてあるローテーブルの前に座って、蒼一郎もそこに促した。
「真大、俺のこと、避けてる?」
「え、避けてないよ。だって今、部屋にも入れてんじゃん」
「いや、そうなんだけど、普段…」
蒼一郎が何を言いたいのかは分かる。
今まで、鬱陶しがられないのが不思議なくらい、ずっとそばをチョロチョロしていたくせに、今となっては、学校で会っても挨拶を交わすくらいで、まともに話なんかしていないのだから。
蒼一郎と郁雅の関係を知ってしまった以上、2人の仲を邪魔するようなマネ、出来ないし。
だってそんな、奪ってみせるとか、そんなこと出来るわけない。
蒼一郎のことは大好きだし、郁雅だって大切な友だちだから、悲しませたくないし、裏切りたくないから。
それに、失恋した相手と、今までみたいに一緒にいるなんて、たとえ真大だって、そこまで図太い神経はしていない。
以前のように笑い合えるようになるには、まだ時間が欲しいよ。
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10月 寝ても覚めても考えるのは。 (8)
そんな、前みたく普通でいようとか、ずっと友だちでいようなんて、すごく都合のいい言葉。
言われたって、傷を深くするだけなのに。
「別に…謝んないでよ、蒼ちゃんが悪いわけじゃないのに。しょうがないよ、郁のほうが先に出会っちゃったんだもん」
恋のライバルにすらなれないまま、破れてしまった恋心。
出会いの後先だって、きっと運命のうちだ。
「だから気にしないで。てか、いつかすっごいすてきな人見つけて、蒼ちゃんのこと悔しがらせてやるんだから」
だからもう、そんな顔しないで。
そんな申し訳なさそうな顔で、俺のことを見ないで。
そのほうが辛くて惨めだから。
「…うん、分かった」
「いつかきっと、そんな人、見つけて……俺…」
ハラリ。
流すつもりなんかなかった。
けれど、真大の頬を、涙が伝う。
「俺…」
「真大、」
「ヤダ…」
思わず伸ばしてしまった蒼一郎の手を、けれど真大は嫌だと言うように首を振って、その手を遠ざけた。
「優しく、しないで……お願い。諦めらんなくなるじゃん…」
「…ん」
「でも俺、蒼ちゃんじゃない人、好きになるなんて……俺、ヒック…」
ずっと一途に、蒼一郎だけを思い続けて来て。
盲目とはまさにこのことを言うのだろう。
蒼一郎には、いつかすてきな人を、と言うけれど、そんな人、本当にいるのかな。蒼一郎よりも、もっとこの心を動かされるような人、現れるの?
「蒼ちゃん、ゴメン…!」
涙を止めたくて、懸命に拭うけれど、全然うまく出来なくて。
泣くつもりなんかないのに。
笑ってバイバイするつもりだったのに。
「ゴメン、真大…。真大だって泣きたかったよね? なのにずっと泣けなかったんだよね?」
優しくしないでよ、慰めないでよ。
なのに蒼一郎は真大のそばに来ると、子どもをあやすように背中を抱いてくれる。
「いつか、真大にもすてきな人が現れるって、俺は思うよ?」
「好きに…なれるかな…?」
「なれるよ。俺のこと、あんなに一生懸命好きになってくれたの、真大は。比べなかったら、俺と比べなかったら、その人だけを思えるようになるから」
「…ん」
蒼一郎の腕の中。
最初で最後のぬくもり。
真大は涙を止めて、その腕を静かに解いた。
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【お話の更新ではありません】 緊急のお知らせ
fc2さんのインフォメーションにもありましたが、新しいPCウィルスが猛威を振るってます。
5/20の雑記にも書きましたが、GENOウィルスです。
私はちょっと前から知ってたんですが、そのときは調べても、そんなに流行ってるの? というくらいの情報しかなかったのですが、今はものすごい勢いで感染が広がっていて、大変な騒ぎです。
自分なりに対策をしてきましたが、fc2のインフォにも出たくらいなので、ここできちんとお知らせしたほうがいいと思い、書かせていただきますね。
GENOウィルスは、Adobe ReaderやAdobe Flash Playerの脆弱性を利用した新種のコンピュータウイルスで、感染しているサイトを閲覧するだけで、自分のパソコンもアウト、感染します。
今のところ、駆除ツールもまだ出てないようなので、とにかく怯えながらも自衛するしかないようなんですが…。
まとめサイトに載っていた対策は、次のとおりです。
・Adobe Readerを最新にする
・Adobe Flash Playerを最新にする
・該当IPアドレスへの接続を遮断
・Adobe ReaderのJavascriptを切る
・掲示板などに貼られている怪しいリンクをむやみに開かない
・ウイルス定義ファイルを更新する
・WindowsUpdate
私はこのうち、「該当IPアドレスへの接続を遮断」以外について、自宅及び職場のPCで実施しました。
ネットサーフィンも、出来るだけ自粛しています。
それと、C:\WINDOWS\system32\sqlsodbc.chmが上書きされるようなので、ファイルサイズを確認するとともに、知人からハッシュ値を確認するためのバッチ作成方法を教わり、毎日バッチを回して確認していますが、今のところ上書きされていないようです。
また、カスペルスキーのオンラインスキャンを行いました。
このブログについては、下記の確認を行いました。
GENOウイルスチェッカー(ttp://geno.2ch.tc/←先頭に「h」付けてください)で、トップページをチェックしたところ、危険度は18%でした。
1000%以外なら安全とのことですので、現在のところ感染していないと思われます(100%が出ても、現状なら大丈夫だということですので)。
以上、取り急ぎ、私が行った対策のみを報告させていただきます。
最新情報など、詳しくは各自で調べていただきたいのですが、その際、誤って感染サイトにアクセスしないよう、十分気を付けてください。
ちなみにGENOウィルスというのは通称で、通販サイトのGENOが被害に遭ったことから(どうもその後の対応もお粗末だった模様…)、そう呼ばれているそうです。
間違ってもそのサイトへはアクセスしないようにしてくださいね(「GENO」で検索すると、トップに出てきました)。
このウィルスに関するFC2総合インフォメーションへのリンクは、下記のとおりです。
新型のウィルスに関する注意(新しいページを開きます)
とにかく、こまめにアップデートをするのと、むやみに怪しいリンク先をクリックしないのが、今のところ一番のようですね。
早く対策ソフトとか駆除ツールが出来てほしいです。
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11月 あったかい期待シタイみたい。 (1)
誰も特に連絡を受けていなくて、朝一のときは、寝坊? とみんな笑っていたが、次の授業になっても姿を見せず、心配になって和衣が携帯電話を鳴らしたが、呼び出せど、繋がらない。
具合でも悪いのかと思ったが、カフェテリアで昼食を取っているときに出くわした蒼一郎に尋ねれば、翔真は昨日から帰って来ていないという。
「どっか出掛けてんだ? でもショウちゃんが学校来ないほど遊んでるなんて、珍しいね」
同じ寮に住んでいるからといって、別に毎日一緒に登校しているわけではないから、実際のところ、翔真が今、遊び疲れて寮で寝ているのか、それとも別の場所にいるのかなんて、分からない。
今回に限らず、翔真が寮以外のところから学校に来ていたとしても、亮たちがそれを知る術はないが、それでも翔真が連絡もなしに授業を休むなんてことはなかったから、何だか妙な感じだ。
「でもショウにだって、そういうことくらいあんだろ」
翔真の友人は、別に自分たちばかりではないし、翔真にも自分の都合や用事があるだろうから、理由を告げず帰って来ないからといって、あまりとやかく言うこともないと思う。
やけにみんながしんみりと深刻そうに考え込むから、亮がそう言って翔真のフォローをしたけれど、蒼一郎だけが表情を変えない。
「蒼ちゃん、どした?」
「んー…つーか、最近しょっちゅう帰って来ないんだよねー。今までもさ、帰って来ないこととかあったけど、ここんとこ、しょっちゅうなの。先週なんて1日しか帰って来なかったし」
「えっ!?」
さすがに蒼一郎のその言葉には、亮も驚きの声を上げた。
蒼一郎と翔真は学部も学年も違って、取っている授業の開始時間が異なるから、蒼一郎が学校に行った後、翔真が帰って来たり、荷物を持ってまた出かけて行ったりしているのかもしれないけれど、とにかくここ数日まともに会ってはいなかった。
「そんなの知らない…。ショウちゃん、全然帰ってないんだ…。何で?」
「いや、何かあるんだろ? 友だちンち行ってるとか」
不安そうな顔をする和衣に、亮は慌てる。
寮に帰りたくないのか、他にもっといたい場所があって、帰らないだけなのか、それとも。
「…俺と一緒の部屋なの、ウザくなったとか…?」
「…………」
「――――て、冗談なんだから、誰か突っ込んでよ!」
まさか今さら蒼一郎のことが嫌になったなんて思わないけれど、あまりに蒼一郎が深刻そうに言うから、本気かと思って誰も突っ込めないでいたら、ノリ突っ込みみたく、自分で突っ込みを入れた。
「蒼ちゃん、それ全然笑えないし」
「だって…」
「彼女のとこ行ってんじゃないの? ラブラブなの」
みんなが戸惑う中、睦月が思い付いたようにそう言った。
翔真が、恋人とそんなにべったりするタイプでないことを知っている亮と和衣は、そうかなぁ? と顔を見合わせたが、幾日も寮に帰って来ない理由としては、妥当なところだろう。
亮は、翔真が彼女と別れたと聞いていたが、もしかしたら新しい彼女が出来て、今はそれこそラブラブなのかもしれない。
「俺、ショウちゃんの彼女知ってるよ! この前見た。髪の毛クリンクリンでね、お嬢様系だった」
ウェーブの掛かったヘアスタイルを表現したかったのか、顔の横で両手を動かしてジェスチャーまでしてみせる睦月に、みんな思わず笑ってしまった。
「でもさぁ、あーゆうのって、お嬢様系って言うの? 俺も見たことあるけど、髪の毛、超金髪だったし、ギャル系じゃない?」
自分のチャラ付いた格好を棚に上げて、蒼一郎は先日翔真と並んで歩いていた女のことを思い出してそう言った。
睦月の言うとおり、髪の毛はクリンクリンという感じだったが、とてもお嬢様系とは言い難い雰囲気だった。
「…イメチェンした?」
「すごい方向転換だな」
お嬢様からギャルへ。もしくはその逆。
どちらだとしても、すごいことはすごい。
「……、でも、俺が見た子、髪短かったけど」
ずっと黙って話を聞いていた祐介が、ポツリと口を開いた。
言うべきか迷っていたが、あまりに自分の見掛けた女の子と、睦月や蒼一郎が話す女の子像が違うものだから、祐介は思い切って言ってみた。
「ゆっちも見たことあんの?」
「この前…。でも髪短くて、背高くて……何か年上、て感じだった」
「お姉さん系?」
「何系て言うかは知らないけど…」
「…………」
「…………」
さすがに三者三様の言い分に、とてもその3人が、イメチェンを繰り返す同一人物とは思えなってくる。
彼女でなく、単なる友だち?
それとも考えたくはないけれど、こんな短期間に3人も彼女を変えたってこと?
「でもいくら何でも、ショウちゃん、そんなことしないでしょ。ねぇ?」
「…」
和衣の言葉に、亮は曖昧に頷いた。
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11月 あったかい期待シタイみたい。 (2)
学校帰りのファミレス。
通り掛かったフロア係のお姉さんを呼び止めて、翔真はさっさと注文した。
「おい、ちょ、待て! 何追加してんだ、お前」
焦った亮が突っ込んだときにはもう、お姉さんは「かしこまりましたー」とテーブルを離れて行った。
2人の座った席のテーブルには、すでにドリンクバーのグラスと、パスタとサラダ×2が乗っている。もちろん頼んだのは翔真だ。
「あー、これで俺、甘いモン食えたら、デザートとか頼むのになぁ」
「ぜってぇ頼むな」
パフェやらケーキやら、甘ったるそうなスイーツの載ったページを閉じてメニューを片付ける翔真を、亮はウンザリしたように睨んだ。
「あ、秋限定メニューだって。うまそう。やっぱこれも頼もっかな」
「ざけんな」
「だって亮が何でも奢ってくれるなんて、もうこれから先ないと思うしー」
「……」
授業が終わって早々に帰ろうとする翔真を、さりげなく呼び止めた亮は、眠いー、腹減ったー、て喚いている翔真を宥めるため、帰り道からちょっと外れたところにあるファミレスへと流れ込んだ。
『…帰れば、寝れるし、ただでメシ食えんのに』
翔真はそうぼやいた。
それは単に外食して無駄な金を遣いたくないという意味? でも冷蔵庫の中身は、自分で買ってるものだから、ただではないはず。
じゃあ、安らかに寝かせてくれて、ただメシを食わせてくれる誰かが、いるってこと?
いろいろ気になったけれど、亮は『メシくらい俺が奢ってやる』て言ってやった。そうでもしなければ、翔真をこのまま引き留めておくなんて出来なそうだったから。
けれど、通された席であくびをしながらメニューを広げた翔真が、やって来たフロア係のお姉さんに次々に注文するものだから、すぐに亮は、そんなことを言って失敗した! と後悔するはめになる。
「つーか、そんなに頼んで食えるわけ?」
「だって亮も食うでしょ? はい」
サラダに入っていたオリーブをフォークで突き刺して、翔真は向かいの亮のほうに差し出してきた。
まさかこれを食えと言うのか。
いやオリーブは好きだし、くれると言うなら食べるけれど、この状態からして、翔真が差し出すフォークから直に食べるということで。
「アホか、お前!」
「何で。亮、オリーブ好きだって言うから、上げようとしたのに!」
途端、拗ねたような顔をして、翔真はフォークに刺さったオリーブをバクリと食べた。
「…てかさぁ、ショウ、何で最近、寮に帰ってねぇの?」
モシャモシャとサラダを頬張っている翔真に直球で尋ねれば、ピタリとその手が止まった。
ゆっくりと顔を上げた翔真は、嫌そうな顔をしながらも、モグモグ口を動かしている。こんな状態で、何か答えろと言ったって、喋れるわけがない。
「あーいや、食ってからでいいから! 俺が悪かったって」
それから翔真は、亮が答えを待っているのが分かっていながら、十分に咀嚼してから飲み込んで、それからコーラを飲んで、ようやく「何のこと?」と聞き返した。
「何じゃねぇよ。何で帰んねぇの?」
「えー? 何となく?」
はぐらかすつもりなのか、本当に"何となく"以外の理由がないのか、翔真はそう言ってパスタに手を伸ばす。
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11月 あったかい期待シタイみたい。 (3)
「ウッソ。別にそんなんじゃないのに。蒼、気にしてた? 謝っとかなきゃかな?」
「一言、言っときゃいいんじゃね。てか、何で帰んねぇの? どこ泊まってんの?」
「だから何となくだって! 亮、何でそんなこと聞くの? 別にいいじゃん、どこ泊まってたって!」
何となくは何となくだもん! と翔真はふて腐れたように言い放つと、苛立たしげに、食器をガチャガチャ言わせながらサラダをつついた。
「別に悪いとか言ってねぇじゃん。そうじゃなくて」
「じゃあ何? てか、亮が聞きたいの、それだけじゃないんだろ?」
レタスを穴だらけのグザグザにしたところで、翔真はフォークを投げて、コーラを飲み干した。
ファミレスとはいえ、亮がメシを奢ってまで翔真と単に話がしたいだけのはずがないことくらい、考えるまでもない。翔真だって、それを分かって付いてきたのだ。
もしかして亮は、自分の思惑にまだ翔真が気付いていないとでも思っているのだろうか。
「ショウ、新しい彼女、出来たの?」
「え?」
「いや、前、別れたとか言ってたから…。新しい彼女、どんな子?」
亮が窺うように聞けば、翔真は視線を彷徨わせた。
「つーか、ちゃんと付き合ってんの?」
「どういう意味?」
視線を落として、空になったグラスを弄んでいる翔真に、とうとう亮は、睦月たちが見掛けたという女の子のことを話した。
あまりにも見た目や雰囲気の違う3人の女の子。その中に、果たして彼女と呼べる子がいたの?
「あー…まぁ、別に付き合ってるわけじゃないし。てか、祐介にまで見られてんだー、俺」
何かウケるー、とか言いながらヘラヘラ笑い出した翔真に、亮はバンッとテーブルを叩いた。
「ふざけんなお前、何言ってんの?」
「何って…、亮、何怒ってんの? 俺、ちゃんと質問に答えたのに」
ちゃんと付き合っているのかと聞かれたから、そんなんじゃない、て正直に言ったのに。
お付き合いしているわけじゃない。彼女じゃない。
一緒に遊ぼ、て声掛けられるから、一緒に遊んでるだけ。もちろん、もう子どもじゃないから、ただ出掛けて遊んで終わりじゃないけれど。
「ショウ、何チャラチャラ遊んでんの?」
「だって誘われるんだもん」
翔真から声を掛けたわけではない。
バイト帰りとか、1人でいた翔真に言い寄って来たのは女の子のほう。教えられた名前が本当かどうかも分からないし、携帯電話の番号すら知らない。
きっともう2度と会わない、その場限りの関係。
別にそれで構わなかった。
女の子のほうもそのつもりで声を掛けて来ているし、入れ込むなんてバカらしい。
終電が終わった、て言えば泊めてくれるし、そんなことをしていたら、ダラダラと寮に帰らない日が続いた。
ただ、それだけのことだった。
「何か、お前らしくない」
届いたフライドポテトをつまみながら、亮は言った。
恋愛にのめり込むタイプではないことは知っていたけれど、しかしかといって遊びで女の子と付き合うようなヤツでもなかった。
なのに今、平然とそんなことを言ってのける翔真は、まるで別人みたいだ。
「……、亮も、そういうこと、言うんだね」
「え?」
そういえば、いつだったか、和衣にもそんなこと言われたっけ。
翔真らしくない、て。
あれは一体いつだっただろうか。
「ショウ?」
――――あぁ、あのときだ…。
真大とのことがあって、彼女とも別れて、何だか毎日イライラしていた。すべてのことが鬱陶しくて、ひどく厭世的な気分に浸っていた。
そんなときに、そばでのん気に幸せそうな顔をしている和衣が煩わしくて、つい衝動的な行動に出てしまった。危うく親友を辱めるところだった。
かろうじて未遂に終わって、和衣もそのことを責めたりなじったりはしなかったけれど、そのとき和衣に言われたんだ――――らしくない、て。
あの出来事は、あまりのことだったけれど、和衣はそれだけでなく、苛付く翔真を見て、ずっとらしくないと思っていたらしい。
一体何が? どこが? と聞いてやろうかと思ったけれど、そんなことを尋ねることも、きっと和衣の中では、"翔真らしくない"ことだろうから、やめておいた。
そしてまた、亮も言うのだ。
お前らしくない。
昔ながらの親友から、揃ってそう言われるのだから、本当にらしくないのだろう。
けれど、言ってやりたいよ。
それなら何が俺らしいのか、て。
「ねぇ亮。じゃあさ、俺らしいって……何?」
「え…」
だって、そんなことなくたって、遊んでいるようなイメージを勝手に持たれて。
そんなつもりで、女の子は言い寄って来て。
それが、みんなが思ってる、俺らしいことなんでしょ?
「ショウは、そんなことするヤツじゃないよ。真面目なヤツだよ」
「……、俺は、お前が思ってるようなヤツじゃないよ」
そう言って目を伏せた翔真は、冷めたグラタンにスプーンを刺した。
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