恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

暴君王子のおっしゃることには!

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暴君王子のおっしゃることには! (5)


 しかし一伽にしたら、おもしろくないどころの騒ぎではない。男は単に快楽目的かもしれないが、こちらはせっかくのご飯を逃がしてしまったのだ。
 本当は男なんて趣味じゃないけれど、この際、背に腹は代えられない。一伽は、ブツブツ言いながら歩き出した男の背後に忍び寄る。

「ご飯っ!」
「うぉっ!? 何だっ…」

 一伽は後ろから、男の背中に飛び付いた。
 男は当然何も身構えていなかったから、その勢いに負けて、バランスを崩した。

「ちょっ、何だよ、お前っ!」

 おんぶをせがむ子どものように、首っ玉に縋り付いてくる一伽に、男は大いに慌てた。
 先ほどの女に、そこまで未練があったのだろうか。ナンパの失の言い掛かりを付けるにしても、手荒すぎる――――一伽の思惑を知らない男は、このまま刺されたりするんだろうかと、嫌な想像をした。

「ちょっ、もぉ、暴れんなよっ…」

 しかし一伽に、そんなつもりはない。ただ、ご飯が食べたいだけだ。
 一伽は男の首にしがみ付きながら、その襟足に掛かる髪を掻き上げた。
 男の血って、うまいんだろうか。汗臭くないのかな? と思って、クンクンと鼻を寄せてみると、香水の匂いがした。セクシー系? 女の子、好きそうだな、こういうの。
 肉は硬そうだが思ったほどまずそうでもない、と一伽は、口を大きく開けた。

「いただきまーす」
「は? え? ちょっ…、イダダダダ! 何すんだ、このヤロ!」
「うわっ!」

 一伽がその首筋に歯を立てた瞬間、思い掛けない力が一伽をその体から引き剥がし、床へと弾き飛ばした。

「イッテー…。何すんだよ、バカッ!」
「それはこっちのセリフだっつの! 何なんだよ、お前! ゲッ、血が出てる! ふっざけんなよっ!」

 男は、一伽に噛み付かれた首筋を手で押さえながら、忌々しそうに一伽を睨んだが、一伽にしたら、事態はもっと深刻だ。

 くそぅ、あとちょっとでご飯にあり付けたのに。
 その指先に付いた血だって、今は惜しいのに。

「侑仁(ゆうじん)、いつまでベンジョ行ってんの? 女の子、待ってんだけど」
「あ、海晴(みはる)

 怯まず一伽が男に突撃しようとしたところで、別の声が2人の間に割って入った。
 『侑仁』と呼ばれた男よりも、少しワイルドな感じの男。『海晴』というらしい。でもやっぱりこういうところが好きそうな、遊ぶのが好きそうな、そんな感じがする。

「え、何ソイツ」

 現れた男、海晴は、尻もちをついた状態から起き上がろうとしていた一伽に気が付き、目を眇めた。
 一伽は、新たに登場した獲物が、やっぱり男だったことに多少ガッカリしつつ、もうこうなったら、どっちでもいいから血を吸ってやろう! と手当たり次第の気分になっていた。

「知らねぇよ。つか、何かちょっとヤバイ感じだから、行こうぜ」

 侑仁はコソコソと海晴に耳打ちして、その腕を引く。
 しかしそれは小さな声だったけれど、ばっちりと一伽の耳に届いていた(吸血鬼の能力、舐めんなよっ!)



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暴君王子のおっしゃることには! (6)


「待っ…ご飯っ!」

 足早に去って行こうとする2人の男を、一伽はダッシュで追い掛けた。

「ちょっ、おいっ、ざけんなっ!」

 とりあえずは、さっきの男。
 その背中にしがみ付けば、さっき歯を立てたところに、まだ血が滲んでいる。
 思わず、ゴクリと喉が鳴ってしまった。

「いただきま……うわぁっ!」
「やめろって!」

 またもや一伽は、男から振り落とされてしまった。
 本当は、人間なんて簡単に押さえ付けられるくらいの力を持っているんだけれど、今の一伽は、腹が減り過ぎていて、十分にその力を発揮できない。
 こんなことなら、雪乃に血なんか吸わせるんじゃなかった。

「ちょっ、おい、侑仁。お前コイツに何したんだよ。ヤバくね?」
「何もしてねぇよっ」

 海晴も怪訝そうな顔をしている。
 この街に、いろんな意味でヤバイ連中はたくさんいるが、一伽のことは、格別にヤバイ子だと判断したらしい。

 全然ヤバくないのに。
 ご飯食べたいだけなのに。
 吸血鬼って、なかなか人間に理解してもらえない職業で、切ない…。

「うぅ~ん…お腹…」

 狩りに失敗するなんて、それだけでも屈辱的なのに、お腹が空き過ぎて動けないなんて。
 全部全部、あの『侑仁』てヤツが悪いんだ。最初のご飯は横取りしようとするし、血を吸おうとしても吸わせてくんないし。これで死んじゃったら、一生恨んでやるんだから…!

 遠くなっていく2人の足音に、一伽は床に転がったまま、静かに目を閉じた。



侑仁 と 一伽

 今日は何となく、ついていない日だったんだ。
 ナンパには失敗するわ、変なヤツに絡まれるわ、しまいにはソイツが目の前でぶっ倒れるわ。
 そういえば、今日のかに座の運勢は最下位だって今朝テレビで言ってたっけ…と、侑仁は思い出した。テレビの星座占いなんて、信じるタチじゃないのにな。

「どーすんだよ、侑仁…」

 侑仁のナンパを邪魔し、なぜか突如襲い掛かってきたわけの分からない男は、2度目の侑仁襲撃の後、『うぅ~ん…お腹…』と呻きながら、倒れたまま意識をなくしてしまった。
 一緒にいた海晴も、どうしたものかと困惑しているが、侑仁だって、何が何だか全然分からない。

「侑仁ー、お前マジ、コイツに何したわけ?」
「だから何もしてねぇって。むしろ俺、被害者! 首噛まれたんだからな!」
「は? マジ? うっわ、血ィ出てんじゃん」

 侑仁の首筋を覗き込めば、確かに血が滲んでいる。
 海晴も、一伽が侑仁に飛び掛かって来たのを見ているので、状況は何となく把握しているが、一体全体、どうしてこんなことになってしまったのかは、分からない。



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 今さらながらインフルエンザにかかってしまいまして、コメレスとか遅れるかもしれませんが、その際はすみませんが、よろしくお願いします。

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暴君王子のおっしゃることには! (7)


「つか、どうすんだよ、コイツ。このまま放置?」
「そうしようぜ。俺もう関わりたくない…」
「でも侑仁ー、何かコイツ、めっちゃ執念深そうだったじゃん。何とかしねぇと、また追い掛けられるかもよ?」
「ちょっ…マジ勘弁」

 海晴の言葉に、侑仁は宙を仰いだ。
 でも確かにこの男は、訳もなく2度も侑仁に襲い掛かって来たのだ。3度目がないとも限らない。それに、いきなり襲い掛かってきた変質者だが、倒れたのを放置していくのは、人としてどうかとも思う。

「スタッフ、呼んで来るか?」
「おぅ」

 救急車を呼ぶにしても、店としての対応があるだろうから、一先ずは店の関係者に話をするのがいいだろう。
 どのみちここは、電波の状況も悪くて携帯電話も繋がりにくいし。

「なぁ、アンタ、大丈夫?」

 海晴が店の人を呼びに行っている間、侑仁は屈んで、倒れたまま動かない一伽を抱き起して声を掛けてみた。
 もしかして倒れているのが振りで、油断した隙にまた襲われたらどうしようとも思ったが、一伽は青白い顔でグッタリとしたままだ。とりあえず、息はしているみたいだけれど。

「おいってば」
「ん…ぅん…」
「おい、大丈夫かよ」

 一伽の意識がわずかに戻ったことに気が付いて、侑仁はその肩を揺さぶってみる。

「お腹…」
「え? 腹? 痛ぇの?」
「…空い、た…」
「…………」

 人が深刻になっているときに、何だろう、この気の抜けるような言葉は。
 でもそういえばさっきも、『ご飯』とか、しきりに言っていたっけ。腹減り過ぎて、ぶっ倒れちゃったってこと?

「腹減ってんの? 何か食う? …つっても、ここじゃ何もないし…」

 どうしたものかと侑仁が思案していると、侑仁の腕の中、一伽が目を開けて、ジーッと見つめていた。

「ご飯…」
「え? あぁ、うん。今何か持って――――……ッ…」

 ただ腹が減っているだけなら、救急車なんて呼ぶのは大げさだろう。
 それよりも何か食べ物を…と、侑仁が思案し掛けたのも束の間、一伽は口を大きく開けて、そのまま侑仁の首筋に噛み付いた。

「なっ…――――!?」

 不意打ちを食らった侑仁は、先ほどのように素早く反応できず、首筋から肩に掛けて走った痛みに、思わず歯を食い縛った。
 噛み付かれていると気が付いて、侑仁は慌てて一伽を引き剥がそうとしたが、両腕がしっかりと侑仁の首の後ろに回っていて、ビクともしない。

「やめっ…」

 侑仁は抵抗したが、クラッと立ち眩みのような感覚に襲われて、立ち上がるどころか、逆に、一伽の背中に回していた手を床に突いてしまった。
 半身が、一伽が噛み付いている左側の、首から肩に掛けてが、熱い。



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暴君王子のおっしゃることには! (8)


「ッ…」

 どれほどの時間が経ったのか、店の人間を呼びに行った海晴がまだ戻って来ないところを見ると、大した時間ではないのかもしれない、しかし侑仁には一瞬が何分にも、何時間にも思えた。
 海晴、早く戻って来て助けろ! と念じてみるが、全然まったく通じていないようで、焦る侑仁とは裏腹に、フロアからはミュージックが溢れてくる。

「ん~~~~……ふはっ…」

 もうダメかもしれない…なんて不吉な予感が侑仁の脳裏をよぎり掛けた瞬間――――唐突に一伽の口が侑仁から離れた。
 途端、支えをなくした侑仁の体はガクリと崩れ、侑仁はその場にペタリと座り込んでしまった。

「ッ…、てめっ…何しやがった…」

 本当は今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいのに、体にうまく力が入らない。
 それでも侑仁は、怒りに満ちた瞳で、目の前の男を睨み付けた――――が。

「はぁ~おいしかった。ごちそうさまでした」

 侑仁に睨まれても一伽はのん気なもので、床にちょこんと座ったまま、『ごちそうさまでした』と侑仁に向かって合掌した。

「何しやがったんだ、てめぇ…」
「何が?」
「俺に何したんだっつのっ!」
「あぅ」

 我慢ならなくて、侑仁は一伽の胸倉を掴み上げた。
 目の前がクラッとする、しかしそれは怒りと気力でカバーした。

「苦ちぃ…」

 侑仁に胸倉を取られ、勢いで首がガクンとなったのが痛かったのと、首元が締って苦しいのとで、一伽は眉を寄せた。
 しかし侑仁は力を緩めない。痛かったのなら、侑仁だって同じだ。いきなり首筋を噛まれたのだ、冗談で済む話ではない。

「だって、ご飯…」
「はぁっ? お前、さっきから何言って…、何が『ご飯』だ、ざけんなっ!」
「むぅ~…。だってすっごいお腹空いてたんだもん、しょうがないじゃん。大体! 最初にお前がご飯の邪魔したのが悪いんだろっ!」

 侑仁の怒りに触発されたのか、一伽は、先ほど女の子に逃げられたときと同じように頬を膨らますと、無理やり自分の胸元から侑仁の手を剥ぎ取った。
 けれど侑仁にしたら、そんなの単なる言いがかりでしかない。
 そこまで本気であの子を落としに掛かっていたわけではないから、今となっては、逃げられたことに因縁を付けるつもりはないが、ナンパの邪魔をしたのは一伽のほうだ。

「つか、何で腹減って俺に噛み付くんだよ、意味分かんねぇし。大体、このケガどうしてくれんだよっ」
「大丈夫、すぐ治るから」
「いやいやいや、それのどこが『大丈夫』てことになるわけ?」

 そりゃ、すぐにでも治ってもらわなければ困るけれど、それで『大丈夫』とか言われても、もっと困る。
 それって結局、単なる自然治癒? 侑仁の自然治癒力に期待してる?

「侑仁!」

 コイツとまともに話をするなんて無理かも…と、侑仁がいろいろ諦め掛けたとき、ようやく待っていた声が背後からした。
 海晴がスタッフを連れて戻って来たのだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (9)


「おい、侑仁、大丈夫か? え、てか、ソイツ…」

 先ほどは、一伽がぶっ倒れるところを見ている海晴だ。
 床に座ったままの状態とはいえ、全然平気そうな顔をしている一伽を見つけ、面食らったような顔になる。

「え…、何? もう大丈夫なわけ? は? 何で?」
「知るかよっ」

 侑仁は苛立たしげに立ち上がると、海晴とスタッフを押し退けて、フロアのほうへと向かって行ってしまった。
 取り残された2人はもちろんポカンとなったが、肝心の一伽は、「何アイツ、超感じ悪っ」とか言っている。

「えっと…あの、大丈夫っすか…?」

 1人でプンプンしている一伽に、海晴が恐る恐る声を掛けてみる。
 出来れば海晴もあまり係わり合いになりたくないが、心配は心配だし。

「え、俺? あ、俺はもう大丈夫。アイツ……えと、侑仁? 侑仁からいろいろ……いや、いろいろでもないか。えっと…」
「は? え? 侑仁が助けてやった…?」
「あー…まぁ、うん。俺が勝手に助けられたというか……いや、まぁいっか」

 一伽は勝手に侑仁から栄養補給をして、勝手に元気を取り戻したのだが、説明するのも面倒くさいので、「いろいろ助けてもらいました」と、思い切り話を省略して終わらせた。



一伽 と 航平 と 志信

 吸血鬼とはいえ、毎日毎日、ただ血を吸っていればいいというわけではない。
 その名の如く、血を吸うのが仕事と言えば仕事だが(それだけで腹は膨れるし、生き延びることは出来る)、しかしこの現代社会において、金が掛かるのは食費だけではない。
 生きていくには、金を稼げる仕事をしなければならないのだ。

 だから雪乃も、『職業・吸血鬼』と言いつつ、ちゃんと本屋でお仕事している。
 そのとき雪乃は、『俺の職業は吸血鬼なのー! 本屋の仕事は副業なのー!!』という、どうでもいい主張を忘れてはいないが、雪乃の本屋での雇用形態は『アルバイト』なので、その言い分は間違っていない。

 ちなみに一伽は、メンズファッションを取り扱う「oz」というセレクトショップで働いている。
 取り扱っている品が一伽の好みやセンスに合っているし、店長も年齢が近いから、とっても働きやすくてやりがいがある。

「航平(こうへい)くーん…」
「何だ」

 閉店時間を過ぎ、タラタラと店内の掃除をしていた一伽が声を掛けると、本日の売り上げや在庫の確認をしていた店長の航平が顔を上げ――――眉を顰めた。

「お前なぁ、店閉まっても、まだ勤務時間中なんだから、もっとキビキビ働かんかいっ!」
「ギャー、暴力! 暴力店長! パワハラで訴えてやる!」

 モップを手にしてはいるものの、殆ど掃除のはかどっていない一伽にケツキックを食らわしてやったら、一伽が大げさに騒いだ。
 ケツキックと言っても、本気で蹴ったわけではなく、ちょっと足が当たったか? くらいの強さなのに。



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