恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

繁華街☆激濃ムラサキヴァイオレンス

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繁華街☆激濃ムラサキヴァイオレンス (10)


「えっ…。えと、それって…」
「あー…んーん、別に心は女なのに、男の体で生まれてきちゃったとか、そういうんじゃなくて」

 実は依織は、心と体の不一致に悩んでいるのかと思ったら、しかしそれはあっさりと否定された。
 ならばどういうことなのかと思いつつ、そんな踏み込んだことまで聞いていいのかと、瑛貴は返す言葉がなくなってしまう。

「俺ね、いつも誰かに優しくされてたいの」

 依織は静かに目を伏せた。
 隣を歩く瑛貴には、優しくされたい思いが、どうして女の子の格好をすることに結び付くのか、それが分からない。

「だってみんな、女の子には優しいでしょ?」

 しばらく黙ったまま歩いていたら、ポツリ、依織が口を開いた。

「え、え? えと、ゴメ…よく意味が分かんないんだけど…」
「みんな、女の子には優しいから、女の子ていいなぁ、て。だから俺、女の子になりたいの」

 まだ意味分かんない? と顔を覗き込まれ、けれど瑛貴は何と答えたらいいか分からなくて。
 人に優しくされたい気持ちなら、依織だけでなく、少なからず誰にでもあって、それは分かるけれど、女の子にはみんな優しいというのは、依織の偏見のようにも思えるし。

「…俺、男にも優しいけど」

 世の中にはいろいろな人がいるから、女性にだけ特別に優しい人もいれば、誰に対しても優しくない人もいるけれど、大抵の人は、男にも女にも大体同じくらい優しいと思う。
 しかし瑛貴の言葉に、依織は首を振った。

「でもアッキーだって、女の子にのほうが、もっと優しいでしょ?」
「そ…かな?」

 飽くまで依織は自分の考えを曲げるつもりはないらしく、そんなにきっぱり言われてしまうと、我の強くない瑛貴は、そうなのかな…と思い直してしまう。
 今日だって、依織が女の子だから絡まれているところに声を掛けたわけではないつもりだけれど、依織に話せば、そんなことないと言われてしまうだろう。
 生まれながらの体が男でも、様々な理由から女性の体になったり、服装や格好を女性のものにしたりする人は大勢いて、瑛貴も色々と見て来たが、依織のようなタイプは初めてだ。

「駅見えて来たー。ありがとうアッキー、もうここで大丈夫だよ」
「あ、うん…」

 ロクに話も出来ないまま、大した距離ではない駅までの道のり、すぐに到着してしまった。
 最初に依織が絡まれている場面に出くわしたせいか、必要以上に心配してしまっていたけれど、駅までなんて、本当にあっという間なのだ。

「ねぇねぇアッキー」
「ぅん?」
「アッキーさっき、男にも優しいて言ったよね?」
「…言ったけど?」

 瑛貴も人間なので、好き嫌いのタイプはあるし、まったくの無関係の人間より、家族や恋人、友人のほうを優先するだろうけど、優しさの度合いを、単に相手の性別だけで変えたことはないつもりだ。
 依織に改めて問われ、戸惑いつつも答える。

「ならさ、お願いがあるんだけど……聞いてくれる?」

 依織は立ち止まって、瑛貴の顔を覗き込んだ。



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テーマ:自作BL小説  ジャンル:小説・文学

繁華街☆激濃ムラサキヴァイオレンス (11)


 わざわざそんなことを確認してから言い出すなんて、もしかしてとんでもない要求をしてくるのだろうか。
 無理だと言ったら、やっぱり男には優しくない! と言われてしまったら―――瑛貴は身構えつつも、足を止めた。

「何、依織」
「あのね。俺、男だけど……アッキー、俺と友だちになってくれる?」
「………………。……は?」

 よほどの無理難題を吹っ掛けられるのかと思ったら、まるで想像とは違うことを依織が言うので、拍子抜けついでに思考が止まり掛けた。
 しかしポカンとしている瑛貴の態度をどう受け止めたのか、依織が暗い顔をするので、瑛貴は慌てて、そういうつもりではないことを伝える。

「そうじゃなくて! え、依織のお願いて、それ? え? 友だち?」
「…うん。やっぱダメ?」
「何で! 全然ダメじゃないし! てか、何でダメとか思うわけ?」
「だって俺、男だし」
「は? え、別にそれって関係なくね?」

 友情にしろ愛情にしろ、つまりはその人と相性がいいかどうかなだけで、性別だけで決める問題ではない気がするのだが。
 依織はどうしてか、自分が男であることを大変卑下しているけれど、瑛貴はそういうことで人の好き嫌いなんてしない。

「友だちになろ? 依織」
「うん!」

 不安そうな顔をしていた依織が、ようやく笑って頷いたので、瑛貴もホッとした。

「あ、ねぇ依織、また来る? 店」
「んー…でも俺、ホストクラブ行けるほどお金持ってないし…。ゴメンね、せっかく送ってくれたのに、全然お客になれそうもなくて」
「そういうつもりで言ったんじゃなくて、えと、えっと…」

 どうやら瑛貴の言葉は、全然うまくない営業トークと思われたらしい。
 なり立てとはいえ、友人相手にそんな営業をするつもりはないのだが、まさかそんな勘違いをされるとも思わず、うまい訂正の言葉が出て来ない。

「アッキー?」
「だって……また会うの、だって連絡先とか分かんないし、依織がまた来てくんなきゃ…」

 友だちになろうとは言ったものの、結局のところ、瑛貴は依織の名前と泰我の友人であることくらいしか知らないから、依織がまたJADEに来てくれない限り、会うことだって出来ないのだ。

「あぁ、そういうこと? だったらケータイの番号、交換しよ?」

 瑛貴の言わんとすることが分かったのか、依織はクスクス笑いながらカバンを探り出した。
 いきなり電話番号とか聞くなんて、何かナンパぽいなぁと瑛貴は躊躇ったのだが、別に見知らぬ女の子に声を掛けたわけでもなし、寧ろ、また店に来てと言うより、そのほうがスマートだったかもしれない。
 何をするにも不器用な自分に苦笑しつつ、瑛貴は携帯電話を取り出した。

 依織の携帯電話はシンプルな黒のもので、それはちょっと、女の子が好んで持ちそうなものとは違う感じ。
 赤外線機能で電話番号とメールアドレスを交換すれば、依織は携帯電話を操作しながら、「ふーん」と呟いた。



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繁華街☆激濃ムラサキヴァイオレンス (12)


「え、何?」
「アッキーて、岩井瑛貴て言うんだ」
「そうだよ」

 結局、先ほどは『アッキー』としか名乗っていなかったから、赤外線で送られてきたデータを見て、依織は瑛貴のフルネームに気付いたようだ。

「ねぇ、アッキーていっつもこの時間に出勤して、何時まで仕事してんの? やっぱ朝までとか?」
「うぅん、お店12時までだから。片付けとかしても、終電に間に合う時間に帰れるんだよ? 2部の人は、朝から昼まで働いてるけど」

 風適法により、午前0時から日の出までの営業を禁じられているため、JADEも他店同様、二部営業の形態を取り入れていて、瑛貴は夜7時から12時までの1部営業で働いている。
 だが今は、深夜営業中止によって落ち込んだ売り上げをカバーするのと、様々な客層に対応するため、日の出から昼までの2部営業もあるのだ。

「じゃあ、昼間は寝てるとか、そんな生活じゃないんだ?」
「昼夜逆転みたいな? 違うよー、ちゃんとお昼前に起きてるし」

 いわゆるイメージの世界のホストクラブを、そのまま想像している依織に、瑛貴は笑ってしまう。
 ホストクラブに健全か不健全かを言うのも変だが、JADEはわりと健全運営なお店なので、むちゃな勤務時間を強いられることはないのだ。

「もうここまで来れば大丈夫だよ。アッキー、ありがとう」
「あ、うん」

 結局、駅の改札口まで一緒に来てしまっていた。
 会社帰りのサラリーマンやOLなどで、駅は混雑している。

「じゃあね」

 依織は手を振りながら、改札機を抜けていった。



*****

 依織を送って店に戻ると、すでに開店時間を過ぎていて、七槻はテーブルに着いていたので、何も聞かれず瑛貴はホッとしていたのだが、翌日、瑛貴が出勤したら、なぜかもう七槻が店にいた。
 嫌な予感がして、瑛貴はわざと七槻を避けてバックルームに行こうとしたが、やはりそれは許されなかった。

「アッキー、おはよー」

 ニヤニヤした顔の七槻が、背後から肩を組んで来た。

「…おはよーございます」
「んだよ、アッキー。人の顔見て、そーんな嫌そうな顔しなくてもいいんじゃなぁい?」
「別に普通の顔だけど。ていうか七槻くんこそ、何でこんな時間から出勤してんの? 下の子、むだに緊張させないでよ」

 瑛貴の表情の意味も、七槻がこんな時間から店に来ている理由も、お互い分かっているうえで、わざとそんなことを言って、相手を牽制する。

「で? それで? どうなったわけ?」
「何が?」

 瑛貴の言葉など端から気に掛ける気もないのか、普段はこんな時間にはいない七槻の存在に、若いホストが動揺しているのにも構わず、七槻は瑛貴に絡む。



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繁華街☆激濃ムラサキヴァイオレンス (13)


「依織と! 昨日、あの後、どうしたんだよ。帰ってくんの遅かったじゃん」
「何もないよ。普通に駅まで送っただけだし」
「嘘つけよ、駅まで行ってくんのに、あんなに時間掛かるわけねぇだろ?」
「ちょっと話とかしてたから。つーか七槻くん、重い! せっかく早く来てんだから、開店準備手伝いなよ」

 まさか本当に、瑛貴に昨日のことを聞き出すためだけに、早く店に来たとでも言うのだろうか。
 うんざりしながら、瑛貴は七槻を引き剥がした。

「あーん、アッキーがつれないよー」
「えっ、えっ、あのっ…」
「七槻くん!」

 七槻が拗ねたふりで、そばにいた若いホストに甘えるように縋り付く。
 あまりに突然の出来事に、その若いホストの思考回路はフリーズしたのか、突っ立ったまま身動き1つ出来なくなってしまっているので、仕方なく瑛貴が救出してあげた。

「何してんの、七槻くん」
「アッキーが悪いんじゃん」
「何でっ」

 あーもう意味分かんないっ! と、瑛貴は頭を抱える。
 しかしここで瑛貴が七槻の相手をしてやらないと、かわいそうな犠牲者が増えるばかりだ。仕方なく瑛貴は七槻を連れて、バックルームへと向かった。

「そんで、そんで? 依織とはどうなったの?」
「だーかーらー、どうともなってません!」

 瑛貴は、黒のスーツから、貸与されている制服に着替える。
 どうせ制服になるのだから、出勤にスーツでなくても…と思うのだが、瑛貴の場合、そうしたルールがないと、Tシャツ短パンで出勤しかねないので、叔父が厳命しているのだということは、瑛貴の知らないところだ。

「嘘ばっかー。何の下心もなしに送ってったとか、絶対言わせねぇ」
「何で。俺、七槻くんと違って、"男もいける"とかないから。普通に友だちになっただけだから」
「でもお友だちにはなったんだー」
「悪い?」

 何でこんなに七槻に絡まれるのか、分からない。
 もしかしたら七槻は、本気で依織のことが好きになったのだろうか。

「七槻くん、依織のこと…」
「ぅん?」
「…何でもない」

 もし七槻が依織のことを好きなのだとしたら、勝ち目はないなぁ、とか思って、勝ち目って? 別に依織のこと、そういう意味で好きなわけじゃないし! と、瑛貴は一気にいろんなことを考えていたのだ。
 のん気に顔を覗き込んで来る七槻の体を押しやって、瑛貴は横を通り過ぎようとする。

「アッキー」

 バックルームを出ようとしたところで、七槻に手首を掴まれた。

「何、もう七槻くん、いい加減に…」
「アッキーはさ、意外と…てか、マジで単純な子なんだから、いろいろ気を付けなよ?」
「は? どういう意味? てか単純て……ちょっとひどくない?」
「擦れてないってこと、いい意味で言ったらね。でもそれが裏目に出ることだってあんだから」
「意味分かんないし」

 どうして急に七槻がそんなことを言い出したのか、しかもひどく真剣な顔。
 瑛貴が困惑気味に押し黙っていたら、七槻は静かに手を解いた。

「アッキー、彼女のこと、大事にしなきゃダメだよ?」
「それ、七槻くんに言われたくないんだけど」
「…だな」

 自嘲気味に笑う七槻を残して、瑛貴はバックルームを出た。



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繁華街☆激濃ムラサキヴァイオレンス (14)


* * * * *

 恋人である真夕子(まゆこ)は、瑛貴より2つ年上で、水商売には縁のない普通のOLだ。
 それほど気乗りせずに参加した合コンで知り合って、でもなぜか不思議と気が合って、それからの付き合い。もうすぐ1年。

 真夕子は普通のOLだから、平日の昼間は仕事をしているけれど、それに対して瑛貴は夜のお仕事だから、彼女が帰宅する時間に出勤する。
 恋人としては、すれ違いの生活かもしれないけれど、お互いの時間を調整して、一緒にいる時間を作る努力はしていると思う。

 だから、七槻の言葉を気にしたのではない。断じてそんなことはない。
 誰に何か言われたわけでもないのに、瑛貴は心の中で言い訳しながら、真夕子へメールを送ったのが、依織を駅まで送った日の翌日。
 真夕子の昼休みの時間を狙ってメールを送り、あまり連絡を取れずにいたことを詫びてデートのお誘いをすれば、拍子抜けするほどあっさりとOKの返事が来た。

(…七槻くん、大げさなんだから)

 真夕子を待ちながら、瑛貴は、彼女に勘違いされないようにと言った七槻のことを思い出した。
 彼女を大事にしろとか、いつも違う女の子や男の子と一緒にいる七槻に言われたくない。

(んー……もし俺が、普通に会社とか入ってたら、こんな感じだったのかなー)

 通り過ぎていくサラリーマンを目の端で追い掛けながら、瑛貴はふと思った。
 デートの待ち合わせは彼女の仕事が終わる時間で、普段なら瑛貴はもうJADEにいるから、仕事を終えたサラリーマンやOLが溢れるオフィス街は、かえって新鮮な感じがする。
 もし面接を受けた会社に合格していたら、今ごろはあんなふうにサラリーマンになっていたのだろう。

(だとしたら、こういうスーツじゃまずいんだろうけど)

 相変わらず瑛貴のスーツ姿は七五三としか言いようがないのだが、仕事柄、スーツなら何着か持っている。
 ただその仕様が、普通のサラリーマンが着るようなトラッド系ではないので、スーツを着ているとはいえ、オフィス街で、瑛貴の姿は若干浮いている。

 大体今日は仕事でないんだから、スーツを着るつもりもなかったのに、真夕子がちょっといいところで食事をしようと言ったので、結局スーツ姿となってしまったのだ。
 間違えて仕事行っちゃったらどうすんの? と瑛貴がごねたら、降りるべき駅を丁寧に教えられる始末。
 確かに瑛貴の私服といえば、夏ならTシャツにハーフパンツといった具合で、内勤とはいえ、本当にホストクラブに勤めているの? と疑われかねない格好だから、真夕子が何か言いたくなる気持ちも、分からないではないのだが。

(ご飯、どこ行くんだろ)

 本当はこんなとき、食事をする場所は男性がリードするものなんだろうけど、女性の喜びそうなおしゃれな店なんてまるで知らない瑛貴は、その辺のところは真夕子に任せ切りだ。

『つーか彼女さん、そんなんでよく瑛貴に愛想尽かさないよな』
『母性本能? よっぽど強いんじゃない? 並大抵の母性じゃ無理だと思う』

 全然リード出来ていない瑛貴に、泰我と七槻からは好き放題言われているのだが、それは瑛貴自身が一番よく分かっているので、何も言い返せない。

(…そういえば真夕ちゃん、依織のこと、何も言わなかった)



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