恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

君といる十二か月

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五月 水面には君という波紋 (3)


 睦月がバイトの話を持ち出してから2週間、彼はいまだ、バイトを始められずにいる。
 別に祐介に反対されたからではない。
 実のところ、祐介にもまだ話してはいないのだ。

 和衣と翔真に、ちゃんと愛想よく出来るのか、絡まれたときちゃんと対処できるのかと散々言われ(亮にしたら、祐介だけでなく、この2人も十分過保護だと思うが)、睦月は一体どんなバイトが自分に向いているのか、悩んでいるのだ。

「だから、そんなに急いで決めなくたっていいじゃん」

 最悪な天気の中、急いでバイトから帰ってきた亮は、ベッドでアルバイトの求人誌を見ている睦月に声を掛けた。

「でもぉ…」
「つーかお前、メシ食ったらちゃんと片付けろよ」

 一応部屋に備わっている簡易式のキッチンのシンクには、フライパンだとか皿だとかが適当に突っ込まれていて、グチャグチャだ。

「食べてないもん」
「は?」
「それは、食べてない。お腹空いたから、がんばって何か作ってみようとしたんだけど、結局ダメで、ムカついたからそこに突っ込んどいたの」

 相変わらずムチャクチャなことを言う睦月。

「じゃあ、メシまだなの?」
「んーん、ゆっちに作ってもらった」
「はぁ~?」

 どこまで過保護なんだよ! と、ここにはいない祐介に心の中で突っ込んでから、渋々亮は睦月が出しっ放しにしたフライパンやらを片付け始める。
 亮だってどれほど家事が出来るというわけでもないし、散らかってるのが大嫌いというほど潔癖な人間ではないが、睦月はそれ以上に大雑把な性格をしている。

「お風呂行ってこよー」

 睦月が出しっ放しにしたものを亮が片付けている最中だというのに、睦月はまったく気にするふうもなくそう言って、部屋を出て行こうとする。

「ちょっとは片付けるの手伝おうとか思わないんだ?」
「んー……じゃあ、ちょっとだけ」

 亮が洗った皿を拭こうと、布巾と濡れたお皿を手にした睦月だったが、次の瞬間。

「わっ!?」

 つるっと皿が滑って、睦月の手から離れる。
 ビクンッ! と、いきなりの出来事に亮は肩を跳ね上げたが、運良く睦月がその皿をちゃんと掴み直したおかげで、床に落ちることだけは免れた。

「危ない危ない」

 そう言って、睦月が危なっかしい手付きで皿を拭き始める。

(ホントに大丈夫かよー…)

 接客業が無理なら裏方の仕事だってあるけれど、食器の片付けもまともに出来ないほど極端に不器用な睦月に、一体どんな仕事が勤まるというのだろうか。
 なのに働きたいという意欲だけは人一倍ある睦月に、亮は本気で心配する。

(祐介のヤツ、今までどんだけ甘やかしてきたんだ!)

 おそらく睦月が何かしようとするたび、やらなくてもいいと代わりにやってあげていたに違いない。

(これはマジでバイトとかさせてやったほうがいいかも…)

 祐介とは別の意味で、保護者的な発想になっていることに、亮自身、気付いてはいない。

「終わった!」

 乱雑に食器類をしまって、大した仕事をしたわけでもないのに、それでも睦月は満足げだ。

「今度こそ、お風呂行ってこよ!」
「あーはいはい」

 食器を片付けるだけなのに、ムダに疲れてしまった亮は、ベッドに転がった。

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五月 水面には君という波紋 (4)


 風呂の道具を持って睦月が部屋を出ていき、それと入れ違いに翔真が部屋に入ってきて、亮のベッドの縁に腰掛けると、勝手にテレビの電源を入れた。

「何しに来たんだよ、お前」
「だーって、俺の部屋のテレビ、ニュースやってんだもん」
「変えればいいじゃん」
「ダメってゆわれた」
「だったらお前もニュース見ろ」
「いやー」

 翔真はリモコンを亮から遠ざけながら、適当にチャンネルを回して、最終的に何やら流行りのバラエティ番組に定めた。

「じゃあカズの部屋に行けよ」
「カズ、まだバイトから帰ってきてないし。相部屋さんも留守」

 さすがに家主2人が不在の部屋に入ってテレビを見ているわけにもいかない。

「祐介は?」
「……お勉強中」

 実は新入生代表を務めた祐介は、ひょうきんなヤツだけれど、成績優秀で真面目な人間だ。
 かといって、勉強勉強って詰め込むタイプではなく、バイトとかもしてるけれど、空いた時間を亮のように無為に過ごしたりはしないのだ。
 でもおそらく、翔真がテレビを見たいと言って部屋に押し掛ければ、嫌な顔をせずに部屋に迎え入れてはくれるだろうが、翔真も勉強中の人間に対して、そこまで図々しくはなれない。

「お前も暇なヤツだなぁ」
「亮に言われたくないんですけどー」

 ゴロン。勝手に亮のベッドに転がる。亮は面倒臭そうにしながらも、少しスペースを空けた。

「彼女んとこ行けば?」
「別れたし」

 テレビに視線を向けたまま、翔真はあっさりと答えた。

「マジで? かわいい子だったじゃん」
「だってぇ」

 2人でグダグダとくだらない話をしていると、ドアの開く音がする。もう睦月が風呂から戻ってきたのだろうか。
 とくに気にも留めないでいると、2人の乗っていたベッドがいきなり大きく軋んだ。

「うおっ!?」
「いだっ!」

 唐突すぎる衝撃に驚いていると、その張本人がにんまりした表情で亮と翔真を覗き込んだ。

「ただいま~! もうね、外すごい雨と風で、帰ってくんの、超大変だった~」
「カズ…」

 部屋にやって来たのは睦月ではなく、バイトを終えて帰ってきた和衣だった。

「ただいま、じゃねぇよ。お前の部屋はここじゃねぇだろ!?」
「だってショウちゃんの部屋に行ったら、いないんだもん」
「だから、自分の部屋に帰れって!」
「いいじゃん、どうせ亮も暇なんでしょ?」
「うるせぇよ」
「あ、この芸人さん、おもしろいよね。俺、超好き」
「聞けよ!」

 いきなり話の腰を折られて、亮は一応突っ込むが、和衣の意識はすでにテレビに向かっている。

「……つーか、せめぇよ…」

 いくら何でも、シングルサイズのベッドに、男3人はキツイ。和衣は無理やり亮と翔真の間に割り込んで来るし。
 けれど、いちいちベッドを降りるのは面倒臭いし(というか、これはもともと亮のベッドだ)。
 そんな感じで、3人が1つのベッドでウダウダしていると、今度こそ本当に睦月が部屋へと戻ってきた。

「お邪魔してまーす」

 和衣が、ドアのところで固まっている睦月に、お手々ふりふり。睦月はギョッとした顔で3人を見た。

「むっちゃんも一緒にテレビ見るー?」
「…狭くないの?」

 一緒にって、ただでさえ狭いこのベッドのどこで!? て顔をしながら、睦月は首を振って、自分のベッドに荷物を置いた。

「むっちゃん、まだバイト探してんの?」
「探してるー。でもダメなの。何がいいか分かんないの」

 ベッドの上に投げっ放しになっていた求人誌を手に取り、顔を顰める。

「接客は? かわいいから、ニコニコしてればお客さん来そう」

 和衣は亮のベッドを降りて、睦月の持っている求人誌を覗きに行った。

「かわいくないし! てか、それ無理。楽しくないのに笑えって言われたって、笑えない」
「いやいや、そこで笑うのが仕事だから」

 相変わらず世間知らずというか、めちゃくちゃなことを言う睦月に、和衣も苦笑する。

「ねぇー亮。むっちゃんがバイトするって、やっぱ無理な話なんじゃない?」

 ベッドの上の翔真も、呆れたように亮に視線を向けた。

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五月 水面には君という波紋 (5)


 あれからギャーギャーと騒ぎ倒した後、風呂の時間が終わりそうになって、3人は慌てて風呂に向かった。

 亮が部屋に帰ってきたら、睦月はベッドの中で頭までふとんを被っていたけれど、部屋の明かりが点いていて、もしかして亮に気を遣ったのだろうか、いや、求人誌を読みながら、そのまま寝てしまったのだろう。
 寝るにはまだ早い気もしたが、祐介のようにテキストを開く気にもならず、ベッドの中で適当に雑誌を広げた。


 それからしばらくして、亮もウトウトし始めたころだった。もう部屋の電気を消そうかと、ベッドを降りようとしたときだった。

「―――ぅん…うぅ…」

 風の音に混じって聞こえた、苦しそうな声。
 ビクッと亮は肩を竦ませた。実のところ、亮はいわゆる"そういう系"が苦手なのだ。
 部屋の真ん中で亮が固まって、亮が気のせいだ気のせいだと自分に言い聞かせながら耳を澄ましていると、それが睦月のベッドのほうからだと気付いた。

「睦月?」

 彼のベッドに近付いてみると、苦しそうな声を出しているのは、やはり睦月だった。

「おい、大丈夫か?」

 ひどくうなされている睦月の体を、ふとんの上から揺さ振る。

「ヒッ…イヤッ…!!」

 ハッと目を開けた睦月が、顔を近付けていた亮の体を押し退けて、壁際まで逃げた。

「ちょっ…」
「……あ…」

 ふと睦月の視線が焦点を定めて、亮の姿を認識する。

「どうした? すげぇうなされてたけど」
「なっ…何でもないっ!」

 顔を覗き込めば、バッと逸らされて。

「何でもないって……いや、いいけど。大丈夫なのか?」
「…………ちょっと、嫌な夢、見て……」

 睦月は大きく息をついた。

「怖い夢見た~? それなら亮くんが一緒に寝たげようか?」

 わざと明るい声を出して、睦月の顔を覗き込む。『うるさい! さっさと寝ろ!!』って言われるのは覚悟の上、だったのだが。

「ホントにいいの?」

 なんて、上目遣いに見られて。

「は? え? あ、うん」

 今さら冗談だなんて言い出せなくて、亮はコクリと頷いてしまった。
 自分でも、男相手に何やってんだろう、とは思ったれけど。
 睦月に、何言ってんだよって、突っ込めばよかったんだろうか。でも、断わり切れなくて。
 広くもない、シングルサイズのベッド。
 壁際に寄ってふとんに入る睦月の横に、亮は失礼して。

 やっぱりよく意味が分からない。
 相手は女の子でもなければ、小学生でもない。自分と同い年の男子大学生なわけで。
 でも一番わけが分からないのは―――

(何で俺、ドキドキしてんの…?)

 相手は男だ。
 いくら顔がキレイでも、男だ。男だ。男だ。
 亮は、何度も自分に言い聞かせる。

「……ゴメンね」

 体を丸くした睦月が、ポツリと呟いた。

「俺…………風の音、苦手で……」

 窓の外。
 天気は回復する気配がないのか、気味の悪い音を立てながら風が窓を叩いている。雨音も激しくて。嵐。

「昔、ちょっと……その、色々あって……」
「……そうなんだ」

 亮は、所在なさげにしていた手を、睦月の背中に回した。

「もう大丈夫だって思ってたんだけど…………やっぱ、ちょっとまだ、ダメだったみたい…」
「いいよ、こうしててやるから、もう寝よう?」

 そう言うと、睦月は小さく頷いて、目を閉じた。

 亮はふと、昔付き合ってた彼女にだって、こんなに優しい気持ちになったことあったかなぁ、なんて思った。

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五月 水面には君という波紋 (6)


 朝、目を覚ますと、隣―――というか、腕の中に睦月がいて、亮は昨晩のことを思い出した。

 風の音が怖いと、夢にうなされていた睦月に、冗談で一緒に寝てやろうかと言ったことが発端で、結局朝まで同じベッドで過ごすことになったのだ。

(しかも、シャツ、掴まれちゃってるし…)

 しっかりと亮のシャツを掴んでいる睦月の寝顔に、亮は心底困った顔をした。その手を振り解いてでも、ベッドを降りようという気にならないからだ。

 とりあえず、昨晩睦月を苦しめていた風の音は治まっていて、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいるところをみると、天気は回復したようだ。

「睦月ー、もう起きる時間だよー」
「ん…」

 ユサユサ肩を揺すってやると、腕の中の睦月がわずかに身じろいだ。

「起きて、遅刻するよ。今日1限からだろ?」
「んー……」

 普段は亮よりよっぽど寝起きのいい睦月だが、今日ばかりは風のせいであまり眠れなかったのか、なかなか起きようとしない。

「むーつき」
「…ん、んー……、え…?」

 ゆっくりと開いた睦月の瞳に、亮が映る。まだ微睡みの中にいる睦月は、今の状況を把握できていないのか、ボンヤリと亮の顔を見つめている。

「おはよ」

 一応声を掛けてみると、何度か瞬きした後、「おはよう…」と返してきた。

「……え? あれ?」

 次第に脳が覚醒して来たのか、睦月はキョロキョロと辺りを見回す。そして最後に、もう1度亮を見た瞬間、ビクッと体を大きく震わせた。

「え? え? なん……あ、」

 亮の腕の中という状況に戸惑っていた睦月は、ようやく昨晩のことを思い出したのか、顔を赤くして亮を見た。

「あ、あの……」
「思い出した?」
「ご、ゴメン! え? あ、俺……あのまま寝ちゃったの?」
「うん。俺も自分のベッド行こうかなって思ったんだけどさ…………」

 そう言って視線を向けた先は、睦月が掴む亮のシャツ。

「あ」

 その視線を辿っていった睦月は、慌ててその手をパッと放した。

「ごごごゴメン!!」
「別にいいけど。よく眠れた?」
「…うん」

 睦月がシャツを放したので、亮は睦月に回していた腕を解いて、先に体を起こした。

「あの、ホントゴメン!」
「別にいいってば」

 シュンとしている睦月がかわいくて、思わず笑ってしまう。亮はベッドを降りて、睦月の髪をクシャッと撫でた。

「あ、亮。あの…」
「ん?」
「このこと……俺がうなされてたとか、ゆっちには黙ってて…?」
「?? いいけど?」

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六月 隣の君は肩を濡らして (1)


 梅雨に入って以来、ぐずついた天気が続いている。
 睦月は相変わらずバイトを決め兼ねていて、おまけに睦月が求人誌を片付けていなかったせいで、祐介に睦月がバイトをやりたがっていることがバレてしまって―――案の定、キッパリと反対されて。
 ……睦月の機嫌が悪い。

「だいたい、ゆっちだってバイトしてんのに、何で俺はダメなわけ!?」
「だから、きっと祐介にも何か思うことがあるんだって」

 本日の生贄―――もとい、睦月の怒りの捌け口は、たまたま睦月の部屋にやって来た翔真だった。
 本当は亮を訪ねてきたのだけれど、まだバイトから帰っておらず、代わりに睦月に捕まってしまったのだ。

「でもでも、やりたいの!」

 まるで子供が駄々を捏ねているみたいだ。そして翔真は保育士にでもなった気分。

「何でそんなにバイトしたいわけ? いいじゃん、別にバイト経験がなくたって」
「いや! 俺だってそんくらい出来るってこと、ゆっちに見せてやりたい!」
「え、そういう理由なの?」

 改めて祐介にバイトを反対されて、どうやら睦月のバイトをやりたい理由が、いつの間にか摩り替わっているような……しかしとうの睦月はそれに気付いていないらしい。

「でもむっちゃん、接客も無理、力仕事も無理じゃ、いくらやりたいって言ったって、何も出来ないよ?」
「無理、じゃない…」

 翔真の一言に、睦月は視線を彷徨わせながらも、そう答える。

「ホント~??」
「ホント!」
「じゃあさ、コンビニでバイトしない?」
「コンビニ?」
「何かカズが今バイトしてるとこ、急にバイトの子が辞めちゃって、人手が足りないらしいよ。だからホントにむっちゃんがやりたいなら、言ってあげてもいいけど」
「マジで!? ショウちゃんナイス!!」

 亮のベッドでゴロゴロしていた翔真に、満面の笑みで飛び付いて来る睦月を、翔真は笑顔で受け止める。
 いちいち睦月の愚痴や怒りを受け止めるのは面倒臭いが、この笑顔が見れるなら、そのくらいどうってことない。

「その代わり」

 キュウキュウと抱き付いてくる睦月の体を少し離して、翔真はコツンとおでこを合わせた。

「ちゃんと祐介に許可を得てからね?」
「えぇ~~~」

 途端に不満そうな睦月の声。

「そんなの無理ぃ」
「じゃなきゃダメ。だって俺、そんなことで祐介に恨まれたくないもん」
「むぅ~…」

 膨らんだ睦月の頬をプニプニ突付いていると、「…分かった」と、諦めたように睦月は言った。

「でも早めにね」
「え!?」
「だって他にやりたいって人がいるかもしれないし」
「そ、そっか」

 睦月はパッと翔真から離れたかと思うと、すぐに部屋を出て行こうとする。

「え? え? どこ行く…」
「ゆっちのとこ!」
「はい~~~??」

 思い立ったらすぐ行動、睦月は翔真を残して部屋を出て行った。

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