恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

読み切り中編

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wish (10)


「じゃあ、名前は俺が付けてあげるね? 何がいいかな」

 遥琉のほうに飛び寄ってきた子犬が、遥琉の顔をペロペロと舐めている。遥琉は擽ったそうに身を捩って、その子犬を抱き上げた。

「名前付けるって…お前、その犬飼うつもりなの?」
「え?」
「飼えんの?」

 いや、名前付けるのは構わないけど、飼えもしないのに、今だけそんなにかわいがったら、そのほうがかわいそうな気がするんだけど。

「だって…」

 驚いたように顔を上げた遥琉は、瞬き1つしないで俺の目をジッと見つめている。その瞳の縁に涙が浮かんでいて、俺はハッとした。

「ずっとあそこにいたら、コイツ、死んじゃう…。1人ぼっちだし、だって…」
「あ、いや、ちが…ゴメン」

 何が悪いかって言えば、もちろん最初に犬を捨てたヤツが一番悪いけど、俺も、何もそんなに遥琉のこと、責めなくたってよかった。
 ついイライラに任せて、当たってしまった。

「あの、ゴ、ゴメンなさい…」
「え?」
「何で俺、遠山くんのこと、怒らせるようなことばっかしちゃうんだろ…」

 とうとう遥琉は泣き出してしまって。
 俺だって別に、そんなつもりじゃなかった。

「遥琉、違う、ゴメン! 別にそんなつもりじゃ…」
「大丈夫! 俺、ちゃんとコイツの世話するから! もう遠山くんに迷惑掛けな…、今日もホントは服返しに来ただけっ…も…ヒック…もぉ来ないから…だから、俺のこと、嫌いにならないでくださいっ!」

 遥琉は泣きながら一気に話して、子犬を抱えたまま深く頭を下げた。

「遥琉…あの…」
「俺、このまま…遠山くんに嫌われたままバイバイするなんて、そんなのヤダから…うぅ…」
「遥琉…」

 泣きじゃくる遥琉がほっとけなくて、俺は遥琉の横に移動して、落ち着けるようにその背中を擦ってやった。

「…ホントはね」

 ようやく涙を止めた遥琉が、けれど視線を落したまま、口を開いた。

「ホントは、別に天使が人間に姿、見せる必要なんかないの」
「え?」
「ホントは勝手にこっそり幸せにすればいいの。ちゃんとその人の願い、叶えてあげられれば、それでよくて、でも俺…遠山くんの願い、どうしても叶えてあげたくて…。だから、遠山くんに直接聞けば、て思って……ゴメンなさ…」
「何で…何でそんなに俺なんかのこと…」

 けれど遥琉は何も答えなかった。
 遥琉の腕に抱かれている子犬が、再び頬を伝い落ちた涙を舐め取った。

「それじゃ…俺、もう行くね?」
「遥琉…」

 遥琉は何度も何度も頭を下げながら玄関に向かった。
 俺は、遥琉の名前を呼ぶことも、彼を引き止めることも出来なかった。






 クリスマス小説のはずが、年越しです。ごめんなさい~。
 みなさん、よいお年を。

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wish (11)


Side:Haru

 遠山の家を出たところで、遥琉に行く当てなどなく、子犬を抱えたまま公園のベンチに座って項垂れていた。

「お腹空いたの? ミルク? ゴメンね…どぉしよ…」

 遠山の手前、自分で世話をするなどという啖呵を切ってはみたものの、やはり彼の言うとおり、どうすることも出来ないでいる。
 だいたい、天界には生き物を連れて行けないのだ。
 まったく考えなしの自分の行動に、遥琉は深く自己嫌悪した。これじゃあ遠山が怒るのも無理はない。

「寒い? タオル…遠山くんちに置いてきちゃったし…」

 先ほど濡れたこの子犬を拭いたバスタオルは、そのまま遠山の家に置いて来てしまった。
 天使である遥琉は、人間界のこの寒さをそれほど辛いとは思わないが、人間はみな寒そうにしているし、この子も寒い寒いと言っているから、やっぱりこのままではダメなんだろう。
 だからと言って遠山にまた借りにいくことも出来ず…。

『くぅ~ん…』
「あ、そっか。あの段ボール箱の中に毛布が入ってたね。取りに行こっか」

 遠山は信じていなかったようだが、天使である遥琉は、普通に犬の喋っていることが分かった。
 人間が日本語や英語など各国の言葉が話せるように、遥琉は人間の言葉も動物の言葉も聞き分け、話すことが出来るのである。

 子犬に段ボール箱のことを言われ、最初にこの子犬が入っていた段ボール箱の中に、薄っぺらだが毛布が入っていたことを思い出す。
 この子の入っていた段ボール箱の中のものなんだから、勝手に拝借してきても、きっと怒られないだろう。

 遥琉は涙を拭って立ち上がった。



*****

 例の段ボール箱は遠山の家のそばなので、遥琉は朝のように遠山に見つからないよう、そっとダンボール箱を捜した。

「あった! あれ」

 雪を被った段ボール箱を見つけ、遥琉は急いで駆け出した――――が。

「うわぁっ!?」

 もう何度目になるか分からない、雪に足を取られ、ズルッ、ドタンッ、と遥琉は再び地面に引っ繰り返ってしまった。

「…ったぁ~」
『きゃんっきゃんっ』

 遥琉の腕から飛び出した子犬が、先に段ボール箱のほうへと駆けていく。遥琉は雪を払いながら起き上がって、段ボール箱の中から毛布を出してやった。

「ホラ、これでもう寒くないでしょ?」
『わんっ』
「でもおかしぃよなぁ。犬って普通、寒さに強いんじゃなかったっけ?」

 苦笑しながら遥琉は、毛布ごと子犬を抱き抱えた。

「よし、行こ?」
『くぅ~ん?』
「あ、そっか、そうだよね、行くとこ…」

 遠山を幸せにしなければ、試験は不合格となる。もちろんそれを覚悟で、天界に帰ろうと思えば帰れるけれど、生き物を連れていくわけにはいかなくて。

「よっ、どーしたの?」
「へ?」

 さも知り合いらしい呼び方の声に、遥琉は思わず辺りを見回した。

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wish (12)


 掛けられた声に、遥琉は顔を上げて辺りを見回したが、周りには声を掛けてきたと思われる、3人組の男たち以外はいない。

「…俺?」

 見覚えのない顔に、遥琉は警戒しながら聞き返した。

「そうそう。何か困ってんじゃないの?」

 別の男は笑顔のまま遥琉のほうに近付いてきた。
 まだ試験にも合格していないダメ天使でも、遥琉だって天使の端くれ。人間の纏っている気配やオーラには敏感だ。
 コイツらは、絶対ヤバイ。

「何か用ですか?」
「そんなおっかない顔しないでよー。つーかさ、そんなカッコで寒くないわけ? どっかあったかいとこ行って、遊ばない?」
「遊ばないです。俺、別に寒くないし…」

 生真面目に返事をする遥琉に、男たちがバカにしたように笑っている。
 これ以上、コイツらには関わりたくない。そう思って、背を向けようとしたが、周りを取り囲まれてしまって、逃げ場がない。

「つーか、何、男の子?」
「いーじゃん、男でも」
「まぁな」

 ニヤニヤ笑いながら、男たちは目配せし合っている。
 何がいいのか分からないけれど、相手にしたくない。

「なぁなぁ、俺たちと遊ぼーぜ?」
「やめっ…」

 馴れ馴れしく肩を組まれて、その嫌悪感に遥琉は、思わずその腕を振り解いた。
 大した力だとも思わなかったが、嫌だという思いがよほど現れてしまったのか、振り払われた男は2,3歩後ずさるほどだった。

「てめっ…!」

 まさかこんな女みたいな、しかも人間から見たらイカれたような格好をしている男の子に、こんなに力強く払われるとも思っていなかったのだろう、男は遥琉の胸倉を掴んだ。

『きゃんっ!!』

 途端、腕の中の子犬が、男に大きく吠えた。
 男は大きく舌打ちして、乱暴に遥琉の服から手を離した。その勢いで遥琉はよろけたけれど、今度は背後にいた別の男に掴まった。

「何だよ、この犬」

 男が毛布ごと犬を遥琉から取り上げた。

「ちょっ…返してよっ!」

 遥琉は、奪われた子犬を何とか取り返そうとするけれど、他方の男に腕を捕まれ、逃れられない。
 まさか自分がこの男たちの誘いを断ったせいで、この子犬に万が一のことがあったら、とても耐え切れない。
 そんなこと、絶対に嫌だ。

「あんな犬なんてどうでもいいじゃん。それよりさぁ、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」
「やだぁっ、やめてよぉっ!」

 遥琉がどんなに手を伸ばしても、男たちは揶揄うように犬を遥琉に近づけたり遠ざけたりする。

「返してっ!!」

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wish (13)


『うー……わんっわんっわんっ!!』

 振り回されていた子犬が、唸り声とともに大きく吠え、男の手に齧り付いた。

「イッテ……くそっ!!」

 あまりの鳴き声と、噛み付かれたことに激怒したのか、男は、それが生き物に対してする行動とは思えない、子犬を地面に叩き付けた。

「やっ…嘘っ……やめてぇっ…!」

 遥琉は泣きながら、男の腕の中で暴れた。
 地面に打ち付けられた子犬は、ピクリともしない。お願い、目を開けて。

「うるせぇっ! 大人しくしてろっ」

 どんなにもがいたところで、男3人相手だ。
 遥琉の体は、路地裏のほうへと引きずられてしまう。

「ヤダ! たす…助けてっ、遠山くんっ!!」

 思わず声に出してしまった名前。
 遥琉は泣きながら遠山の名前を呼び続けた。

 雪の上に押し倒され、もうわけが分からなくて、遥琉はギュウと目を瞑った。
 やっぱりダメ天使は、最後までダメだったんだ。
 好きな人を幸せにも出来なかったし、ちゃんと世話をすると約束したあの子犬は目を開けてくれないし、まさか人間に凌辱されるはめになるとは。

「――――遥琉っ!!」

 偉い天使の先輩方から教えてもらった祈りの言葉を、一生懸命に頭の中で唱えていたら、もう聞けるはずのないと思っていた声が、自分の名前を呼んだような気がした。
 もしかして自分は汚されてしまって、どうにもならなくなってしまったから、最後のご慈悲にと、幻聴でも聞かせてくれた?
 あぁ、天使でも、地獄に落ちるのかしら。

「誰だよ、お前。邪魔すんなよ」

 男たちが自分から離れる気配がした。
 遥琉は恐る恐る目を開け、体を起した。
 そこは地獄ではなかった。そこは先ほど連れ込まれた路地裏で、顔を上げた先には、3人の男たちのほかに、遠山がいる。

 それこそ、何が起こったのか、遥琉には分からなかった。
 男たちと遠山は、若干の小競り合いがあったものの、男たちはすぐにその場を離れていった。

「遠山く…、どうし…」
「何か外が騒がしくて、気になって出てきたら……遥琉、大丈夫か?」

 まだ茫然とその場に座り込んでいる遥琉に、遠山は声を掛けた。
 夢でなく、遠山がそこにはいた。
 分からない、急に感情が込み上げて来て、遥琉はボロボロと泣き出してしまった。

 天使のくせに、何もかもに助けられている。
 もう迷惑は掛けないと誓った遠山に、また助けられているし、あの子犬にも……

「あっ、犬!」
「え?」
「犬がっ…」

 遥琉は慌てて立ち上がり、先ほどの場所にまで駆けていく。
 足元が滑ったが、転ばないように気を付けている暇もなかった。

「コイツ…」

 しゃくり上げながら、遥琉は道路に落ちた毛布を手繰り寄せた。

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wish (14)


 遠山もその場にしゃがみ込み、遥琉が抱き上げた毛布をそっと広げた。

「コイツ…」

 つい先ほどまで、遥琉のために必死に吠えていたあの子犬は、いまだ目も開けずにグッタリとしている。

「ねぇ、ど…したの? 寝ちゃったの…?」
「遥琉…」

 そっと遥琉の手から毛布ごと犬を受け取ると、微かだが、息をしているのが分かる。
 まだ救える命に違いない。

「遥琉、すぐに病院に連れていこう、まだ息してる」
「病院…? 何で? コイツ、寝てるんじゃないの? 何で病院? 死んじゃうの?」

 自分が襲われかけたのと、自分のせいでぐったりとなってしまった子犬と、様々なショックが重なって、遥琉はただ茫然となったまま動くことすら出来ずにいた。
 もういっそ、今は遥琉のことを置いて、いったん病院に行って来ようか、でも、

「――――なぁ、遥琉。前言ってた、俺の願い事叶えてくれるっての、まだ有効なの?」
「え?」

 どうしたの急に、と瞬きした遥琉の瞳から、溜まった涙が溢れ落ちた。

「100人の人間を幸せにするってヤツ」
「え、うん、いいけど…」
「ホントは別の願い事、ちょっと考えてたんだけど…、でもいいや。ねぇ、それでさ、コイツ助けてやってよ? 死んだヤツを生き返らせるわけじゃないんだから、いいよな?」

 自然の摂理に逆らってまで、お願い事をしようだのという傲慢な気持ちを持っているわけではない。
 けれど、助かるかもしれない命を、このまま見殺しになんて出来っこない。

「でも…それじゃ遠山くんの、ホントの願い事…」
「そうだけど、もしこの犬助けないでほかの願い事叶えてもらったって、絶対に幸せになんか、なれそうもないから」

 遠山はそっと遥琉の前に犬を差し出した。

「…うん。あ、でも、遠山くんのホントの願いも聞かせてよ、もしかしたらそれも叶えてあげられるかもっ…」

 しかし遠山は首を横に振った。

「無理だよ、……それは無理。たとえそれを俺が一番に望んでたって、絶対に叶わないから」
「何で? 分かんないじゃん、そんなの! ねぇっ!」

 何で教えてくれないの? と、なおも食い下がる遥琉に、遠山は隠し通すのをとうとう諦めたのか、溜め息をついて口を開いた。

「ずっと、遥琉と一緒にいたいなぁって…、いれたらいいなぁって思った」
「……え…?」
「でも無理だろ? 俺の願い事叶えて幸せにしちゃったら、俺は遥琉のこと、忘れちゃうんだし」

 予想だにしなかった遠山の言葉に、遥琉は立ち竦んだまま遠山を見つめた。

「調子のいいこと言ってゴメン。あんなにいっぱい遥琉のこと傷付けたのに、俺、遥琉のこと、好きになってたみたい」
「あの…遠山く…、俺…」
「…いいから、早くこの犬、助けてやって?」
「あ…、うん」

 コクンと頷いた遥琉は、子犬に手を翳しながら、小さく何かの言葉を唱えた。まるで優しい光が犬を包み込んでいるようにも見えた。

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