恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

借金取りさん、こんにちは。

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3. こんにちは、借金取りです (1)


「寒い…」

 身も心も、ホンットに寒い。
 寒さ凌ぎのためにコンビニにいようと思ったけど、おでんとか肉まんの誘惑に負けそうだから、やめておいた。

「どこ行こうかなぁ…」

 アパート、次の人が入るの明後日って言ってたから、今日ぐらい泊まっても大丈夫かな? 鍵はあるし……つーか、普通に鍵開いてたじゃん。
 そうしよ。
 今日だけ。今日だけあそこに帰ろう。ふとんはないけど、とりあえず寒さは凌げる。
 もうチャリを漕ぐ元気もなくて、押して帰る。マジ寒ぃ。

「はぁ…」

 うるさい階段を出来るだけ静かに上る。
 外階段とか廊下にに電気なんて気の利いたもんはないから、月明かりだけを頼りに、突っ掛からないように気を付けながら。

 トボトボ部屋に向かうと、ドアの前に人影を見つける。
 もしかしてアイツ、帰ってきた!? やっぱ1人で逃げたんじゃなかった!? ―――なんていう、俺の淡い期待は、儚くもあっけなく崩れ去った。

「あ…」
「やぁ、どうも」

 思わず立ち竦んでしまった俺を見つけて、ニコッと笑う1人の男。名前は徳永さん。顔だけ見れば、いい男なんだけどなぁ、笑顔もカッコいいし。でも…。

「こんにちは、借金取りです」

 そうなんです。
 この人、借金取りさんなんです。

「遅かったね。こんな時間まで、バイト?」
「……いや…その……」
「つーか、何で部屋の中が空っぽなのかな? もしかして黙ってどこかに引っ越すつもりだった?」

 ふるふる。それにだけは首を振っておく。
 俺はどこにも逃げるつもりなんかない。

「あの……今日って、返済日、でしたっけ…?」
「ん? それ、どういう冗談?」
「えっと…」

 こ、怖い…!
 笑ってるけど、目が全然笑ってない!!

「今月の返済日、昨日なんだけどなぁ」
「あ…、そう…でした、っけ…?」

 つーか、今月の返済って、アイツじゃん!
 何、それも払わないで、いなくなっちゃったわけ!?

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3. こんにちは、借金取りです (2)


「一応俺も2日ばかり待ってみたんだけど、1円も入金されないからさぁ、来ちゃいました」
「す…すいません…」
「俺もさぁ、こんな時間に大変なわけ。残業手当もつかないしね」
「すいません…」
「言うことは、それだけ?」
「あの…来月まで……バイト代入ったら、倍で返すんで…」
「おもしろくないねぇ、その冗談」

 俯いてたら、徳永さんが顔を覗き込んできて、しっかり目を合わせられる。
 どうしよう……財布の中見せて、これしかないんですって言ったら、今日は見逃してくれるかな?

「とりあえずさぁ、返すもんは返してもらわないと、俺としても困っちゃうわけ、非常に」
「それが…」
「返せっつーんだよっ!」

 ―――ガンッ!!

「ひぃっ…」

 痺れを切らした徳永さんが、元俺の部屋のドアを、思いっきり蹴っ飛ばした。静かな周囲に嫌な音が響き渡る。
 っていうか、これでもしドアが壊れちゃったら、それって、俺が弁償しなきゃなのかな? マズイよ、それは!

「1週間! 1週間でいいんで、お願いします! マジで俺、今3,000円くらいしか持ってなくて、あの、あの……」

 俺は必死に頭を下げた。
 どんなに強く言われたって、ホントにこれだけしか持ってないんだから、返しようがない。
 というか、たった1週間で何をどう出来るってわけでもないけど、とりあえず今は、騒ぎが大きくならないうちに帰ってもらわないと…。

「……チッ、分かったよ。1週間だな?」
「え…」

 思い掛けない、徳永さんの言葉。

「1週間だけ待ってやるよ」
「ホント!?」
「その代わり、1週間後にはきっちり返してもらうからな?」
「はい!」

 よ…良かった…。

「それと……逃げようったって、逃げられると思うなよ?」

 ホッとしかかってる俺に、ドスの効いた徳永さんの声。

「は…はい!」

 階段を下りて去っていく徳永さんの足音が、何だかいつもよりうるさく聞こえた。

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4.それうちの客ですから (1)


 どうしよう、どうしよう、どうしよう…。
 徳永さんには1週間って言ったけど、1週間で10万円なんて揃える術はない。

 コンビニもスタンドも、バイト代が入るまでにはあと20日以上ある。だいたい俺のバイト代なんて、借金の返済と、光熱費の支払いで殆ど消えちゃうんだ。
 だからアイツと1月交替で返済してたのに……これから先、今の収入で、アイツの分までなんて払えるわけがない。

 アパートは引き払ったから家賃は払わなくていいけど、でも食費はどうする? コンビニ弁当だって、毎日貰えるわけじゃないし…。

 もう1個バイト増やそうかな。何か住み込みとか、そういうの。でも、こんなボロボロの奴、雇ってくれるとこなんて、あるのかな?


 隙間風のひどい部屋の隅で、小さく丸まって、目を閉じた。





*****

 翌日は、とりあえず食事は昨日のコンビニ弁当の残りで何とかして、スタンドのバイトを終わらせた。
 顔色が悪いって、店長にも先輩にも心配されて。でも昨日のことは話さない。
 心配はされても、それ以上のことはしてもらえないし。だって変に同情でもされたら働きづらくなるし、まさかお金を借りるわけにもいかないし。

「はぁ…」

 何とか短期間に、いっぱい稼げないかなぁ。
 もし俺が女の子だったら、水っぽい仕事とか、風俗系とか、何とか手段はあるけど……いかんせん俺は男だ。
 男でもそういうの……出来んのかな? でもそういうの、よく知らないし…。

 あー……腹減って、考えらんない…。
 どうしよう、明日は何も食うモンがないのに、コンビニのレジなんか出来んのかな? 食いモン目の前にして…。

 つーか、今日はどこに帰ればいいんだ? もうあの部屋には、別の誰かが引っ越してきてるはずだから、もう俺の家じゃない。
 どうしよう、マジどうしよう…。

「どうぞー」

 ビクッ!
 ボーと歩いてたら、いきなりビラ配りのお兄ちゃんが、俺の前にチラシを差し出してきた。
 こういうのって、普段あんまり受け取らないんだけど、今日はあんまり思考力が働かなくて、差し出されるがまま、それを受け取った。
 まぁあとでゴミ箱ポイしちゃえばいいっか。

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4.それうちの客ですから (2)


「ん?」

 "担保・保証人一切不要"
 "今すぐお金の必要な方"

 そんな文字の躍る、やたらと字のいっぱい書いてある、目のチカチカするようなチラシ。消費者金融のか。

 年利0.8%って……500万円借りると、いくら返すことになるの? 5×8=40…………んーと…。でもまぁ、そんなに高くはならないよね。
 あとは……

「20分以内にお振り込み…」

 マジ!? これなら、1週間以内に徳永さんにお金が返せる!

「お兄さん、興味あります?」
「へっ!?」

 声を掛けて来たのは、さっき俺にビラを渡したお兄ちゃん。
 何かニヤニヤしてて、ヤな感じ。

「えっと…」
「良かったら、話聞きます?」
「えと、あの…」

 聞きたい気もする、けど…。何か胡散臭い。

「立ち話もなんだし、ウチの店、行きませんか?」
「え…」
「じゃあ、行きましょう」
「え? え?」

 じゃあって何!? まだ何も答えてないじゃん!
 まだ何の返事もしてないのに、そのお兄ちゃんは、グイグイ俺の腕を引っ張って、"ウチの店"に連れて行こうとする。
 でも、でも、ホントに大丈夫なのかな?

「あの、ちょっ…」

 やっぱ、やっぱやめる!
 怖い!
 何かヤバイ気がする!

 でもお兄ちゃんはちっとも腕を放してくれなくて。

 瑞原直央、人生最大のピンチです!! 今まで散々いろんなピンチに出くわして来たけど、今が一番のピンチ!
 ひぃ~誰か助けて!!


 ……でも誰も助けてくれる人なんていなくて。強引に腕を引かれて、よく分かんない雑居ビルに連れて行かれてしまった。

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4.それうちの客ですから (3)


「ここの3階だから、ウチのお店」
「あ…あの、俺…」
「ん? 話だけ話だけ。聞いてヤダったらやめればいいんだし」

 ホントにヤダって言ったら、やめさせてくれんの? マジで?
 逃げるなら、今だよな? 逃げ切れるかな、俺。

「んー? 今さら帰るとか言うの? ここまで来といて」
「いや、あの…」
「君が来たいって言うから連れてきたんだよ?」

 言ってない、言ってない! 一言もそんなこと言ってない!!

「俺、ここに来ないであそこでビラ配ってたら、何枚配れたと思ってんの? ん?」

 そんなの知らないよぉ~…。
 もう何も言えなくなって、俺はそのまま俯いた。あぁ…付いてないときって、ホント、付いてないことが重なるもんだよな…。

「じゃ、行こっか」
「は、はぁ…」

 とりあえず、言うこと聞くしかないよね、もう…。
 そう観念して、お兄ちゃんの後を付いて階段を上ろうとしたときだった。

「あのさぁ」

 そう言って、俺の前にいたお兄ちゃんを引き止める、1つの手。

「ん?」

 お兄ちゃんは面倒臭そうに振り返って、でも次の瞬間、ビクッてなって固まった。

「どこに連れてく気か知らないけど、この子、うちの客ですから」

 え? この声って……

「徳永さん…」

 バリッとしたブランドもんのスーツに身を固め、サングラスを掛けた徳永さんの姿。
 何で? 何でこんなとこいるの? ってか、何でこのお兄ちゃんも、徳永さん見た途端に、こんなにビビッてんの?

「あ……あの、徳永さんとこのお客だったんですか?」
「そういうこと。この子に何か用事?」
「いえ、別に、そういうわけじゃっ…!!」
「じゃあもう連れてっちゃってもいいかな?」
「はい、どうぞ!!」

 何だろ、この手の反しよう…。

「じゃあ直央くん、行こっか?」
「へ? あ、はい」

 何だかよく分かんないけど、助かっちゃった。
 俺は徳永さんに手を引かれたまま、日の沈みかけた街を、どこに行くとも知らず歩いていった。

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